ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | DoblogMusic | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
世界読書放浪
Blog
[ 総Blog数:2919件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2008/05/01のBlog
防衛弘済会なる版元があったとは知らなかったが、財団法人らしい。「自衛隊100科」なんて本や、名越二荒之助や保守キャラで再売出し中の大高未貴の本も出している。となると、当然この本もその系列かと思いきや、著者は元朝日記者。モスクワ支局長をしていたらしいが、1925年生まれというから、正に冷戦真っ最中の話。木村汎とは関係ないみたいだが、退社後は袴田のいる青学で名誉教授まで勤めたらしい。この時代ががったタイトルも齢80を過ぎてるのだから、責められるものではないのだが、旧制大阪外国語学校でロシア語を始め、朝日入社が1950年というのはスゴイな。プラハの春のチェコ事件は現地で体験したそうだが、「壁の向こう側」萌えの私には当時の貴重な話があれこれとあった。モスクワの日本大使館盗聴器事件というのも興味深いが、西独の盗聴器バスターが、帰国後に報復で殺されていたとは知らなかった。著者は結局、「中国の手先」ということで、ソ連から退去させられたみたいだが、朝日にその通告がされると、本社は通常移動で処理をしたらしい。当時は西側報道陣にとって、ソ連から強制退去になるのは「勲章」だったそうで、その辺を著者は立腹しているのだが、もはやソ連入国がかなわない以上、報道の一線から退き、社内の研究室に廻らざるおえなかったのだろう。その後「週刊現代」で「CIAの協力員」として名前が挙がったこともあるらしいが、立花隆は分かるけど、H大のU、S新聞のSも、実名でもいいんじゃないの。これはレフチェンコ証言で明るみに出たKGBの逆情報だそうだが、当時は「中国の手先」より、「CIAの手先」の方がダメージが大きかったということか。その中国がロシアと仲直りしたもんだから、韓国に呼ばれる様になったらしいが、韓国も自分で東側と関係を深めると、台湾へと足先を変えている。そこでハルピン学院出身のロシア研究家などとも交流するのだが、蒋経国は、やはりロシアの研究だけは継続させていたみたい。とはいえ、この辺になると、トシのせいか、ほとんど観光旅行の色彩が強くなり、同世代である日本語族との交流が楽しかった様子。そして、80を過ぎて、防衛弘済会から出版となるのだが、それも回帰現象みたいなものなのだろうか。
著者は定年団塊で、東洋出版だから、自費の可能性大なのだが、エラく調べものに時間がかかったんではないかと思わせる旅行記。旅行記自体は、別にフツーなのだが、仏教歴史解説が壮大すぎて、読むのに難儀する。最初の方は「私の旅」と別に配置していたのだが、仏教話がどんどん侵食してきて、本居宣長とか三浦按針とか、スリランカと関係なさそうな人たちの解説をしたり、しまいには、血の十字架のキリスト教、目には目のイスラム教という危険な宗教に仏教徒は立ち向かえとか言い出す始末。主敵は生臭坊主ばかりの日本仏教だ。と弾劾して幕なのだが、シンハラ仏教原理主義者かいな。上座部仏教が大乗に比べて純粋なのかどうかは分からんが、スリランカでも生臭坊主は、ナンボでもいるだろう。「観光坊主」に一々、頭にきても仕方ないとも思うのだが、仏像めぐりに、ここまで情熱を捧げていれば、それも然りか。とりあえず、みうらじゅんみたいに「マイブーム」として仏像をめぐっている訳ではない。ただ、旅行記の方はそれほど悪くはないので、不信心な人間としては、旅行記だけに絞ってくれた方が助かったのだけど。
岩波新書のカラー版。ここのカラー版は結構キレイに出来ているので、陶磁器なんぞ、てんで興味がない私でも楽しく「鑑賞」できた。著者は「西洋陶磁史家」という人なのだそうだが、この世界もコレクターと実践家の人が多いから、十分、評論活動は成り立つのだろう。当たり前だが、「陶磁」の話であって、「陶磁器」とは限らないので、まあ色んなモノが登場する。「グロテスク」の語源が、「グロッタ」(洞窟)にあるとは初めて知ったが、「グロった」って「グロテスク」の派生語にないかな。そのグロったお鉢が西洋陶磁史の中で外せない作品にあるそうだが、コレはホントに気色悪い。ヘビとかカエルなどをあしらったものなのだが、こういうグロ系を集めた洞窟が貴族の間で流行して、それが「グロテスク」になったのだという。たしかに陶磁は絵よりリアルに迫るものがある。まあ「チャイナ」とか「ジャパン」なんて単語が残っているくらい、この世界も普遍的なものなのだが、アジアでは「陶磁器」以上に拡がりをみせなかったのはなぜだろう。やっぱり地震の関係なのか。
2008/04/30のBlog
よく分からんが、鞍山の昭和製鋼所に勤務していた人たちの親睦団体があって、その子ども会の人が、バラバラに出された親たちの手記をまとめて一冊の本にしたというものらしい。こども会といっても、当時こどもだったという人たちなのだから、こちらも、もう老人なのだが、この世代の人は、鞍山よりも、「8月15日」以降の記憶が鮮明なのだろう。タイトルはそうした思いを表したものかと思うが、「親と子が語り継ぐ」としているのも、自分の子どもの代に「語り継ぐ歴史」が無かったことを反省しているのかもしれない。もっとも、昭和製鋼所に勤務していた親たちの「歴史」も、子ども会は「手記」を読んで知ったのかもしれない。書籍化はそれを孫たちに引き継ぐという意味合いもあったと思う。孫の世代に語り継ぐには書籍よりウェブの方が有効なのだろうが、この時代、自分の親の歴史をブログで知るなんて子どもたちもいるのだろう。私自身、検索すると10年以上前に書いたホムペが未だにヒットして驚くことがあるのだが、このブログは子々孫々に残らないからこそ、書けているところがある。鞍鋼の親たちの手記も後世に残すために書いたものだから、どこか「教育的」な感じがしないでもない。最近読んだ山崎正和の新書の冒頭で、当時のゾッとする状況が書いてあったのだが、こども会の方もまた、「8月15日」以降の暗い記憶を、親たちが遺した鞍鋼の明るい記憶で中和させようとしたのかもしれない。
NHKロシア語講座のテキストに連載されてたヤツで、書いてたのも元NHKモスクワ特派員。よく知らんが、名物キャスターだった人みたいで、色んな賞も獲っているのだが、「日本エッセイスト・クラブ賞」なんてのも受賞してたのか。それで今は「日本エッセイスト・クラブ理事」とか船田大学教授とか、ナントカ財団評議員とか色んな肩書きがある人らしい。その華やかな経歴がナンボのもんなのか知らんが、私が知ってるのは、有名人と知り合いであることを鼻にかけたイヤな感じが前の本でしたこと。インタビューしたことがある人は「さん」付けで呼ぶみたいで、「プーチンさん」とか「シュレーダーさん」といった具合。ロストロポーヴィチという人はその筋では大変な巨匠らしいが、今回も自分とはツーカーの仲であることが自慢げに書いてあった。なんたって「プーチンさん」だから悪口を言いたくないのか、言えないのか知らないが、日本の報道でプーチンの評価が低いことにえらく立腹していて、リトヴィネンコもポリトコフスカヤも殺したのはプーチンではない、だから日本のロシア報道はレベルが低いと言わんばかり。ていうか、その筋の本を出しているのはNHK出版だし、プーチンに篭絡された「ジャーナリスト」の報道はレベルの問題ではない気もする。しかし、著者はプーチンの柔道愛をホンモノだと思って感激していたりするのだが、あれは対日用のイメージ戦略に過ぎないという説もある。無理があからさまだった温家宝の「野球愛」よりは遥かにマシだが、シラクの相撲愛とは比べもんにならないといった程度ではなかろうか。ブッシュを呆然とさせてしまった小泉のプレスリー愛は天然のなせる業だが、コキントウがドラえもんの着ぐるみで、のび太福田とツーショット撮らせたら、ギョーザもチベットも長野も許したる。愛ちゃんと卓球したら、憎さ倍増だけど。
中公新書の世界史シリーズが売れてるもんだから、講談社もそれにあやかった訳ではなかろうが、読みやすいけど、ついていくのが大変というスタイルもそのまんま。こういう「都市史」なるものは、歴史アプローチと、建築アプローチの二つの手法があるかと思うが、著者の専門は都市計画とのこと。大学での都市計画講義は時間の関係で近代都市計画だけが扱われるので、前近代からの講義ノートみたいな体裁になっている。では、世界最初の都市はどこかということは気になるのだが、前3000年ごろに都市文明が同時多発的に現れたということになっている。このグループが、メソポタミア、エジプト、インダス、黄河であるのだが、黄河は都市文明としては前三者より後発であるらしい。この辺はほとんど考古学の世界だが、発掘調査も都市計画の知識が必要であることは言うまでもない。あくまでも「世界史」なので、各大陸の文明を公平に扱っていて、平安京平城京の都市計画的説明もあるのだが、前近代を抜けると、やはりヨーロッパ都市文明の記述が多くなる。バロックの都市というものはよく知らなかったのだが、近代的都市計画のハシリの様なものなのだろうか。しかし、ヴェルサイユはともかく、カールスルーエもその代表例だったのか。郊外田園都市の時代くらいから、なんとなく頭に入る様になったが、それも視覚的記憶があるからであろう。郊外田園都市にスラム化防止策の側面があったとは知らなかったが、フランスの「郊外問題」などをみると、今日では田園都市にもスラム化の危険は存在している様な気もする。東京でも住民高齢化による団地の過疎化などが言われて久しいのだが、団地や工場に萌える人たちが、ちゃんと現れてくれるのも日本人の「オタク力」なのかと思う。

2008/04/29のBlog
「ハノイを楽しむ」といっても、ハノイの話は4分の一ほどで、後はインド、東欧、パリとなっている。要するに、ごった煮旅行記なのだが、六十過ぎの女性一人旅というのがミソらしい。定年団塊パッカーは今や一潮流らしいが、「滞在型」というのがポイントなのだとか。なんでも現在の仕事は清掃員(パート)だそうで、女手一つで3人のこどもを育て上げたとのことで、「がんばった自分にご褒美」系の人らしい。映画情報誌や今井正の本などを編集製作したこともあるらしいが、生計は塾講師や経理事務員で立てていた様だ。連合出版には何かツテがあったのだろうか。その辺のことは何も書いていないのだけど、旅先で映画館に行くことを習慣としているらしく、これは私と同じ。たしかにハノイでは街中に映画館がなかったけど、郊外にはあったのか。それにしても、清掃員(パート)をしながら海外旅行を楽しむ人っていうのは、別に珍しくないのかもしれないが、インドなどで遭遇する同じ職業の人には、別に同情も共感もない様だ。まあ、そんなの当然か。
著者は1930年生まれの名誉教授さんなのだが、60年代から一貫してこのテーマで著作を出しているらしい。となると文革期にどういう立ち位置にいたのか気になるところなのだが、その辺は村田雄二郎のインタビューをご参照のこと。あとがきで当時の著作について理解が足りなかったというのは、今の様な情報過多の時代ではないから致し方ないことであろう。もっとも、著者の専門は「近代中国」の方であるからにして、当地では文革による「歴史修正」があったにせよ、戦前からの学者も健在であった日本においては、辛亥革命の見直しまでには至らなかっただろう。孫文、胡適、毛沢東の近代中国の三大思想潮流を論じていくのだが、思想に直結した政治と、政治に直結した思想といったものを感じた。中共為政下にある以上、抗日期における政治コンテクストは現在でも有効なのだろうが、たしかに自由の主体が人民であって、個人ではないとう論点は現在にまで貫徹する重要な論点と言えるであろう。こうした「愛国のための献身」モラルは、ここ数日爆発している中国人の「集団的自衛権」たる行動を説明するに分かりやすいものである。
このタイトルは別に姜尚中にあやかろうとした訳ではないんだろうが、姜とは大違いの硬質な本だった。著者は在日ではなく韓国出身の様で、これが日本語では初の著書になるみたい。博論ではなく、既出の論文をまとめたものらしいが、金史良を中心とした植民地朝鮮日本語文学の終戦前後の葛藤を論ずる。前に読んだ台湾日本語文学の同じテーマの本は「大日本帝国のクレオール」だったのだが、タイトル(台湾の方は、英語原書なので日本語タイトル)からして、韓国と台湾では日本語コロニアル文学の受け止められ方がかなり違うことが窺える。金史良のテキストは読んでいないので、よく分からないのだが、大陸で抗日戦線に参じたことにより、「親日」のみそぎを済ませたという評価が韓国ではあるのだろうか。芥川賞の次点となったのも、その出自が影響したのではなく、候補になったこと自体が朝鮮出身作家ということが関係している様だ。当時の状況は今の中国の「中華民族」政策と類似したものがあろう。金は越北後に金日成賛美の作風を残しているらしい。光復後に林和ら植民地作家たちと座談会を開き、日本語の創作活動について「総括」したとのこと。台湾と違って、朝鮮語へのスイッチがスムーズだったことは、「日帝がハングルを禁止した」という言説だけではなく、作家と読者の教育言語も再検討する必要がありそうだ。著者は李御寧を「自民族中心主義」と捉えている様だが、韓国出身のニューカマー研究者が、日本で朝鮮人作家による「コロニアリズム文学」に出会うことは新鮮なことなのかもしれない。
2008/04/28のBlog
これもPHPだけど、亡くなった元上海総領事の本がかなり売れたみたいだから、これが二匹めのドジョウだったのだろう。その上海領事の本は訳者の参考文献のトップに上げられてはいるのだが、参考にしたのはタイトルだけだと思われる。副題の『中国民工調査』が、原書のタイトルだそうで、つまり原書も『中国農民調査』の二匹目のドジョウ。ブルジョア資本家の出版社であるPHPが、こんな本を出してしまっては元も子もないのだが、原書の著者も香港の管理顧問会社マネージャー兼主席コンサルタントという人らしい。経歴をみると中国の三浦展みたいな人の様だが、中国の「下流社会」はフリーターとか派遣みたいなヤワなものではないので、ほとんど「女工哀史」のノリ。おそらく、中国でも自ら民工となり、「絶望工場」型告発ルポを書く書き手がいると思うのだが、この華製三浦は取材はするものの、大学教授とか「専家」に意見を貰ってまとめる手法。その辺が政府の「指導」となって、「中国農民調査」みたいに発禁にならなかった所以なのかもしれない。温家宝が視察の際、予定外に民工の家を訪れ、現状を知って改善を求めるといったという話が幾つか出てるのだが、このパターンは歴代首相の定番ではないのか。朱容基が再三コレをやって、人気取りに成功したからなのかもしれんが、こんな仕込みで洗脳できるのなら世話ない。胡錦濤がチベット時代にコレをやっていたのかどうか分からんが、民工の場合、それが待遇改善の宣伝手段となっても、チベットでは正直に訴えたがゆえに、弾圧に繋がってしまったのかもしれんね。
北大COEの「講座スラブ・ユーラシア学」の第3弾。全3巻だそうから、第1巻を最後に残してしまったけど、まあいいか。前回はモンゴルからチェコまで幅広かったが、今回は「ロシア帝国」、「ソ連」の範囲内。日本唯一(たぶん)のベラルーシ本の著者、服部倫卓もベラルーシで参戦しているが、総論は編者のみ許される特権なので、べラのユニエイトがテーマ。もっぱらウクライナ・ナショナリズムだけに結びつけるのは再考してほしいとのこと。ダゲスタンはアヴァル語の詩人であるガムザトフという人について。ソ連多民族文化礼賛と、民族語、ダゲスタン・アイデンティティの両立は、「教育」によって獲得された「先進文化」を手段として、「民族」を涵養させるという意味において、数多の植民地ケースと同質のものではあろう。ただ、国家の規定する「多民族文化礼賛」を利用した、民族文化復興という側面があったのかもしれない。逆説的だが、僧院やマドラサよりも、「同化教育」の方が民族主義涵養の為には有効である側面もあろう。あと、ハルビンのロシア人社会については、仲間内向けである「来日ロシア人研究会」の本より分かりやすかった。紀鳳台という人は知らなかったが、日露戦争の時代にロシアに帰化した華商か。華僑華人研究も南洋ばかりに目を向けていてはダメだな。
総連の拉致実行犯から兄貴と慕われたとしている昭和12年生まれの人が著者。拉致実行犯とは故張龍雲なのだが、病床の張が著者に拉致被害者の名前を告白するところから始る。となると、大変面白そうな感じがするのだが、期待を裏切るを通り越して、もはや異次元の本といっても過言はない。なんでも著者は20代の時から小説・評論を多数著しているとのことで、20年間自営業(不動産ブローカーみたいなものか)をしたあと、「将棋観戦記者」を経て、この本の執筆活動に専念したとのこと。つまりなんだ、書きたかったのは張龍雲のことではなく、自分のことであって、自慢だか妄想だか分からん凄まじい「自分ワールド」が綴られている。北朝鮮本マニアでもコレについていくのはかなり辛いと思うのだが、PHPから出たということは自費ではないのかな。3年前に脱稿したそうだが、PHPが手直しするのを拒否してたのだろうか。ノンフィクションなのか私小説なのか知らんが、こんなゴミをよくPHPも出したなあ。自分が本格的に作家の道に入っていたら、今頃は著作を何冊も出している有名作家になっていただろうとかほざいているけど、それは絶対ナイナイ!20代の頃からの作品多数は「同人誌」だったみたいで、同人仲間だった田辺聖子の芥川賞受賞作は著者をモデルにしたのだとか(ホンマかいな)。結局、物書きとしてのキャリアは「将棋ペンクラブ大賞」の「佳作」になったことくらいらしく、選考委員だった池内紀がわざわざ電話してきて、著者に差し上げるべき賞だったのに、自分は責任をとって辞任したいと言ってきたのだとか。しかし、一番凄かったのは、張が著者との出会いを「ドンピシャ」だったと告白して、それが著者の琴線に触れたという箇所。なぜ「ドンピシャ」が琴線に触れたかというと、末期ガンの母の延命の為に丸山ワクチンを求めにいった帰りに、吉原の高級ソープに行き、ソープ嬢から、帰り際に、「あなたのモノ、私とドンピシャなのよ」と言われたことがあったからだという。逃げた嫁さんを迎えにいって、アオカンしたとか、再会した張に告白本を投げつけ、日本人をナメるなと怒ったら、張がこれは、あなたが私を探してくれることを願って書いたサインなのだと言われたとか、自分に対して張が拉致を告白したはずだったのに、拉致の真相を知ったのは日テレの再現ドラマだったとか、ツッコミどころが満載の俺様小説(モドキ)だが、やっぱり、人生で一番、著者の琴線に触れた出来事は、去り際にソープ嬢(高級)からモノを褒められたことだったみたいね。さすがは高級ソープ嬢、拉致実行犯を凌いでいる。