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世界読書放浪
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2008/05/08のBlog
これも自費ものっぽいけど、著者は甲府市立図書館長などをした人らしい。定年後は歴史ものの執筆に余生を捧げている様で、元図書館長の正しいあり方ではないかとも思う。高杉晋作の上海行について、これが「新しい視点」なのかどうかは分からぬが、晋作が半植民地化された上海を実際に見て、「他山の石」としたことが、その後の攘夷開国、しいては維新、日清日露に繋がっていることは言うまでもない。それまでも、ロシアの脅威は認識されていた様だが、上海に出てみると、オランダという国が、英仏などに比べて、取るに足らない国であるとが分かって、これまでの「蘭学崇拝」を改めるきっかけにもなったのだという。その伏線として、外国との交易に一々、オランダに手数料を払わなくてはならないという不満もあったらしいが、後の岩倉使節団も晋作の上海行の成果を踏まえたものであろう。晋作の上海滞在は約二ヶ月とのことだが、著者は「留学」と「遊学」を混在して用いている。その滞在記録などを見ると「遊学」が正しい様にも見えるが、この時代に現在的意味での「留学」などありはしないので、本来の意味としての「留学」が適当かと思われる。いずれにしても、国家の未来を背負った「留学」というものが消えて久しい。晋作にとっても、それまでの藩意識から、日本人意識へと覚醒したきっかけになった上海行だった様だが、中国では日本人留学生の日本人意識の覚醒ということは今でもあるかもしれない。中国人留学生の長野での行動もその文脈で考えれば不思議ではないのだろうが、それが日本を「他山の石」としたものかどうかは不明だ。
忘れた頃に見つかる山川世界史リブレット。素敵な名前の著者は東大の先生で、フランス近世社会史が専攻なのだという。「女・子ども」ではなく、「男」が入っているのは、フェミニズム的アプローチに対する異議を表しているのかもしれないが、「女と男と子ども」だと全員になってしまうではないか。という疑問は、近代に「子ども」が発見されたという命題によって瓦解しよう。曰く「それまで子どもは存在しなかった、あったのは小さな大人であった」というのは有名なテーゼである。著者は当時の図に子どもが「子供服」を着ていないことを指摘しているのだが、子ども服の成立を以って「子ども」が発見されたとする説もあるらしい。その辺をテーマにした本も、その内、読むこととするが、あれは、この著者の本だったかな。しかし、このシリーズは色んな方面のガイドとなってくれるから助かる。
なんのひねりもないそのまんまのタイトルの文芸社本だが、ひねり過ぎの定年本よりは良いかもしらん。ちなみに前に自費出版したのは『静岡市周辺の山々』というタイトルだったらしい。私が現役の時代には、たまにヒッピー崩れの仙人系を見るくらいで、年金パッカーはあまり見かけなかったのだが、最近は結構多いらしく、その手の需要を当て込んだガイド本も幾つか散見される。もっとも、こちらは文芸社で本を出す余裕があるくらいの人だから、泊まる所も、まあまあの中級パッカー。1943年生まれなら、「前期高齢者」だし、旅先の国では「長老」と扱われて然るべきトシなのだろうが、本人の気分的にも、見た目も「おじさん」で通用するのだろう。ということで、「年の功」を感じさせる内容は特になく、その辺の素人が書いたものに相違はないのだけど、バングラデッシュは、まあまあ珍しいから良いか。当たり前だけど、マレーシアを除けば、インドネシア、ベトナムとボリボリに遭って、バングラでも文句ばかり書いているのだが、最後がバングラデシュ最高。人々は親切で笑顔がイイ。という結論になってるのはあれれ。まあ実際、その通りなのだろうけど、チッタゴン丘陵は挑戦してくれや。逆に最悪な評価がベトナムなのだが、まあコレは著者も覚悟していたところなので妥当なものだったのだろう。インドネシアもブータラ文句垂れてるのだが、バンドン会議に郷愁を感じ、ベトナム戦争はそうでもないというのは、ベトナムの時はサラリーマン生活に入っていたということなのだろうか。しかし、ハノイの女子大生のアンケートに、ベトナムは最悪の国とか書くなんて最低だな。貴女の様な美人にもっと早く会ってたら印象が変わったと言ったら、ニッコリされたなんて、ホントKYな爺さんだ。外人のジジイにこんなこと言われて喜ぶ日本の女性っている?
2008/05/07のBlog
PHPの本は「PHP」と「PHP研究所」名義の二つがあるけど、何か違いがあるのだろうか。青木直人は前の「PHP研究所」から出したヤツでは、松下批判を書いて、逆に松下の度量の広さを示した形になっていたけど、今回はアメリカが本題ということで、お得意のキッシンジャー一派攻撃。コカコーラとかGMがそれに入るらしいが、当然、中国絡みのお話で、実際は中国に始って中国に終わる。この著者の経歴もよく分からんところがあるのだが、同じく経歴不明な鳥居民同様、その原点は70年代中国にありそうだ。著者の場合、キッシンジャーと周恩来の会談で日本が差別的に言われたことに対する怨念みたいなものも感じるのだが、NHKの再現ドラマのは超訳だったのだろうか。それにもまして気になったのは新書風の口述筆記の文体。PHP新書は王敏とか毒抜きした宮正を出しているが、PHPは新書では反中国しないという決まりでもあるのだろうか。それにしても、中越戦争は華僑を取り込む為に起こしたものなのだそうだが、北朝鮮の華僑の影響力ってそんなにあるもんなのかな。周恩来が、居住国の不信感を拭うために華僑に帰化を促す方向に転じた政策は今も有効の様だけど、その代わりの実働部隊として留学生を使えたのは計算外のことだったのかもしれない。また、最近のカルフール問題など見てると、反日デモの際、反政府と民族系小売業者の権益保護の両側面を指摘した、著者の見方が正しい様にも思えるのだが、これも計算外のことかもね。
主体がどこなのかよく分からんのだが、とりあえず日中合作の論文集。別に関が日本代表、朱が中国代表という訳ではなかろうが、関を含めた日本勢は最後に日本のケースと比較して結論としている。この辺は統一されたフォーマットなのだろう。朱は中国側に向けて書くとか言って、共産党は自民党の利益集団政治に学べなどとしている。政府の公式見解の方は、清華の大将胡鞍鋼が書いてくれているので、仕事が減ったのかもしれん。日本勢のエースは丸川知雄だろうが、主将の関の十八番である「新自由主義」vs「新左派」もよくまとまっていて分かりやすい。後はは税制、銀行、株式、三農、不動産といったところで、特に目新しいものはないのだが、その中で面白かったのは、藤村幸義の「教育産業」と、尾崎春生の「医療改革」。教育産業では、卒業証書問題から暴動が起きたなどと伝えられている「独立学院」について論じており、その背景がよく分からなかったこともあり、「勉強」になった。大学が系列校を作ることは、日本でもよくある話なのだが、あちらは構内に金儲けの為に、別の大学を作ってしまうという乱暴な話。前に西安に大学が100校あるという話を聞いて驚いたが、こういうからくりなのだろうか。医療改革についても、偽薬の話が韓国公使事件などもあって伝わってくるが、病院経営が薬でもっていることは何処も同じ。クスリが買えなくて死ぬか、クスリ漬けで死ぬか究極の選択ではある。
別に明石の「知るための」の亜流ではなく、ネパール人留学生が書いたというエッセイみたいなものなのだが、その昔、弘文堂から「もっと知りたい」が出ていたことを思い出した。明石が弘文堂の亜流なのだが、こちらの本は「プロデュース」として日本人二人と、「編集協力」という人の名前もクレジットされている。留学生が書いた日本語を分かりやすく構成し直したというものらしい。ということで、別にとりたてて面白いことが書いてある訳ではないのだが、著者のゼミ教だったという構成者は、友達がトラに食われたという話に期するところがあった様だ。ネパールも毛派が与党になって、王政廃止なんていうエラい局面を迎えているのだが、著者のお兄さんは毛派になけなしのカネで買ったトラックを積荷ごと燃やされてしまったということで、批判的ではある。そもそも例の宮廷クーデター事件が元凶だと見ていて、ギャネンドラ現国王や毛派に懐疑的なのも、ネパール人の大方の見方と一致しているのだろう。それでも毛派が政権をとったということは、農村地帯に支持があったのか、それとも恐怖があったのか。いずれにしても、その本質が貧困問題にあることには違いない。また、日本で初めて満員電車に乗ったとき、ネパールのバスと同じだと思ったが、いざ乗ってみればエアコンもついていて快適だったという感想は面白い。外国人には極めて不評な通勤電車だが、実際は中国人とかは、屁とも思ってないんじゃないかな。さて、北海道でネパール人が嫁と娘を殺したなんて事件があった様だが、彼の地での家族制度の事情には、かなり頁数を割いているので参考になるかも。
2008/05/06のBlog
タイトルは平々凡々なのだが、この研究対象の「スラム」はフィリピンとかインドとかブラジルといった「メジャー・スラム」ではなく、ドミニカ、ガイアナ、トリニダード。ドミ共本でさえ数少ないのに、こちらはドミ国だ。これぞ研究界のニッチだが、著者は毎年の様にドミ国の調査に出かけているという。全くうらやましい。ドミ国の人口は約7万ということで、首都のロゾーも田舎町だと思うのだが、「不法占拠地」という形でスラムが形成されているという。ジャマイカとかハイチみたいにそれなりの人口と都市を抱えていれば、そうした問題も表沙汰になるのだが、この辺の小島国は独立していても、旧宗主国の恩恵がまだ何がしかあって、人口も少ないから土地も余って、まあまあの生活水準かと勝手に思っていた。所得水準では「中進国」と位置づけられているらしいが、実際には「小さなジャマイカ」みたいなものだろう。石油があってインド人がいるトリニダードや、ガイアナでは商業基盤がしっかりしてそうだが、貧困やスラムはそれに伴うものであろう。ガイアナで犯罪が多発していることも裏付けられてしまったが、人種的要因というのは、やはりあるのだろうか。その点、ドミ国のカリブ人の存在も気になるのだ、ここでは言及が無い。著者がドミ国の社会的発展を阻害している理由に宗教を挙げていることは興味深い。衣食住足りて、金銭的余裕がある者たちが道楽として宗教をやるのは結構だが、そうでない者を宗教心で縛り付けるのは搾取であろう。宗教団体が海外に出て貧困層を対象としたボランティアをやるのも免罪符に過ぎないのだが、その詭弁も批判されている。「怠惰」という概念も、その実、キリスト教がもたらしたものではなかろうか。神ではなくて、現実と向き合わなくてはならない。
日刊工業新聞のB&Tブックスっていうヤツらしい。著者は御馴染み島田卓だが、取材は日刊工業新聞の方でやったのだろう。ということで、トヨタの提灯本みたいなものだが、トヨタ関係者二人が「取材協力者」としてクレジットされている。しかし、トヨタが世界が血眼になっている中国とインドという「巨大市場」にあまり手をつけてこなかったは、戦略的に失敗だったのだろうか。先が不透明な段階では本格的には動かないというのは、トヨタくらいの会社になれば、賢明な選択だと思うし、他で儲かっているのなら、無理して出て行くこともないだろう。お陰で、中国では、散々イヤミを言われて、お荷物国営企業とかを押しつけられたりもしたのだが、インドでも、タタの独占時代にトラックにだけ手をつけたそうだが、変な金融会社と組まされたせいで、1台売るのに、15万円も赤字を出し続けていたのだという。そんなことで「世界のトヨタ」はびくともしないのは言うまでもないのだが、その合弁解消に島田は立ち会ったそうだ。こういう儀式は私も何度かしたことがあるのだが、何となく気まずい感じになるのはよく分かる。それで、インドの「改革開放」が始ってから、トヨタが再び進出して、ディーラー網も立ち上げる話になるのだが、宝石屋と酒屋が手を上げたというのも、ありそうな話だ。インド人と対等に渡り合えるようになったら、日本人も国際化したということと言ったのは、谷野作太郎だそうだが、それがインド人であって、中国人でないところがミソだろう。同じ仁義無き戦いでも、ルールもレフェリーも機能するのがインドというフィールドということか。
ほとんどパターン化した「疑問系」の新書なのだが、タイトルの話は最初の20ページ超で、さっさと片付けて、後はこの著者のお門である「ベースボール史」のダイジェスト。しかし、実際に観にいったことはないので分からんが、ホントに観客が皆、あの歌を合唱しているのだろうか。日本のプロ野球で「君が代」斉唱とかやったら、韓国人選手とかは怒って退場しそうなもんだが、さすがに「大リーグ」は元祖だけあって、外国人選手がワンサといるのに、そういう問題は起きないか。もっとも、国歌が「近隣国」のみならず、自国民からも拒否されるということ自体が、世界的にも異例な話ではあるのだが。で、この著者は、このテーマ一筋ウン十年というお方だけあって、かの国は大変敬意を抱いている様だ。アメリカ野球学会という所の会員でもあるらしいのだが、野球の元祖研究が最近のライフワークであることは、前著でも確認済。タウンボールやストゥールボールについては、何度も文章にしているのだろう。解説にも慣れた感じがした。他のボールゲームの得点が、ボールを主体としているのに、野球はなぜ、走者が主体なのかというのも面白い疑問である。とはいえ、海を越えたイギリス人がホームに帰って来るから得点になるという説は、それほど感心するものでもない。著者としては「元祖」に敬意を表してのことだろうが。
2008/05/05のBlog
嫌悪感を覚えるタイトルだが、著者は前ケニア大使で、損保ジャパン顧問という人とのこと。元々、外交官ではなく、大蔵官僚出身らしく、NTTに天下り後、ケニア大使兼エリトリア、ルワンダ、セーシェル大使に呼ばれた様だ。タイトルだけではなく経歴も嫌味だが、中身も、まあ大使ものらしいゴミ本だった。毎日新聞社刊というのもイヤらしいが、元はホムペ(日本大使館のヤツ?)かなんかの流用らしい。在勤時代のものだとすると、下手なコトを書くと外交問題になるから、この程度でよかろうが、なんでもある人から、このままだと、あなたは遊んでばかりいると思われるから、仕事のことも書きなさいと言われてしまったのだとか。じゃあ書きますということで、大使の仕事などを書いているのだが、マータイさんに会ったとか、菊川怜が来たとかそんな話。初っ端からサファリ話で、キリマン観光とか、ゴルフ三昧の日々とか、まあ植民地官僚みたいな生活をしていたことは間違いないのだが、ケニア観光産業の宣伝に貢献したということなのだろう。大使兼任の国を含めて、他のアフリカ諸国への旅も書いているのだが、これも完全、視察という名の観光かな。このクラスだと、SPとかいるのかどうか分からんが、イスラーム圏でも、家族を連れて普通に市場に行ったり、カフェでお茶したりしている。アメの大使だったら、そうはいかんかもしれん。なんでも、大使館を訪れる人を「お客様」扱いすることを徹底したとのことで、この辺は、一応、「民間大使」の功績なのだろう。まあ税務署長時代も、NTT時代も、自分が「お客様」みたいなものだったのだろうけど、ケニアの様な「不健康地」では、日本人ムラの結束も固いのかな。その在留日本人関係では、JICAの青年隊とSVを一人、一人紹介したり、高校の後輩だという市橋夫妻も持ち上げているのだが、ケニアにコロッケ屋チェーンを展開した日本企業があったとは知らなかった。「コロちゃん」というコロッケ屋は西日本で成功したベンチャーらしく、社長が社会貢献をしようということで、ケニアに進出したのだとか。最初は日本から冷凍を輸入するなんてことをしていたらしが、ケニアに工場も作って、コロッケ弁当をケニアに広めようとした矢先に、日本の会社は破産したらしい。
今年はなぜか満洲ものが多いのだが、証言者も書けるうちに書いて、出せるうちに出しとかないと、「偽満」を正史としなくてはならない時代に突入してしまうかもしれない。そんなことを岩波が考えている訳はないのだが、ジュニアでも満州啓蒙。著者はレナウンに勤めていた人らしいのだが、1931年生まれのハルピン育ちで、敗戦時は開拓団で勤労奉仕をしていたとのこと。タイトルにある通り、当時、中学生だったので、「蟻の兵隊」をジュニアに持ってくるよりは妥当な線なのかもしれない。とはいえ、ちゃんと啓蒙路線はとっており、「七三一」や「パーロ」の章は編集サイドのリクエストかもしれん。「満州」と「満洲」、「ハルピン」と「ハルビン」の表記についての説明もちゃんとしている。こういうツマランことで、研究者たるオトナが罵倒しあったりなんてこともあるのだが、ジュニア向けにしては気を配っている感じもした。「残留孤児」にしても、それが「売買」であったことを示唆しているし、中国人による略奪、ソ連軍による強姦などもちゃんと書いてある。もちろん、日本人生徒間の軍隊式イジメについても触れており、敗戦後の逃避行中は、日本人も、もちろん「リャク」に走っている。混乱した社会では「五族共悪」であったのだが、ソ連軍が再三、家に略奪に来る一方で、ロシア人兵士が遊びに来て、お茶を飲みに来たというのは、どういうことなのだろうか。その説明はないのだが、やはり刑務所から出されたならず者が、ソ連軍先遣隊として略奪、強姦したという説は本当なのだろうか。衣類などを切り売りするタケノコ生活から、花札製造業に乗り出す話などは面白いが、この時代、ちゃぶ台ひっくり返すオヤジってのは、劇画に話ではなく普通にあったことも分かった。しかし、今の中学生がコレを読んで、「平和が大切だと思いました」とか、「日本は侵略戦争を中国の人たちに謝罪するべきです」とか都合のいい感想を持つかな。そう書けば、いい点数になることが分かってる子たちは、そう書くんだろうが、「こんなドラマチックな体験を私もしてみたかったです」とか、「僕たちはアルバイト禁止なのに、当時の中学生は自分で商売して稼いでいてうらやましいです」なんて、正直な感想も出てくるんじゃないかな。
この著者は、その特徴的な名前と、10年くらい前の岩波新書で記憶していたのだが、名前のことで突っ込んだら、怒られそうなフェミ系の人。しかし、フランスものには、女性がジェンダーをテーマにしたヤツが多いな。出生率の回復というキャッチコピーで釣っておいて、実際は引退年齢なしの男女関係とか、結婚制度によらぬカップルの法的承認といったことを賞賛するのが、そのパターンなんだけど、やっぱ女性にとって、その辺は魅力的なものなのだろうか。そうした日本人女性の「片思い」に冷や水を浴びせるようなフランス男の新書も出たりしているのだけど、「パリ在住エッセイスト」が勝ち組と捉えられている以上、その系譜はまだ続くであろう。そんな中にあって、この著者は在住二十余年というから古株なのだが、フランス人の父親たちを理想化するつもりは毛頭ないと、まず断っている。これも「お約束」みたいなものなのだが、日本では子育てなんぞ出来ないというのが、正直なところの様だ。唯一、日本の方が良いとしているのは、川の字で眠ることなのだが、前に読んだ元NHKの朝日記者が出したフランス・ジェンダーものにも全く同じことが書いてあった。「川の字」は出産を境に、「夫」が「おとうさん」に、妻が「おかあさん」へ変化する儀式の様なものなのだろうか。一方、フランスで「おとうさん」は宗教的なものを意味するというのは正しいと思うが、その説明が観念的で、これもフランス流なのだろうか。