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2008/05/19のBlog
[ 03:00 ]
[ キューバ ]
長野の農業大学校勤務という著者は、これまで農業分野でのキューバ礼賛本を2冊出している人らしい。「サトウキビ刈り」のOBかどうかは分からぬが、色々と批判があったのだろう。独裁体制の国のデータなど信用できないと言われることをかなり気にしている様だ。その点、医療は農業よりも、世界的評価が確立している分野であることは事実。元々、ラテン・アメリカでは医療といえばキューバというイメージがあったのだが、最近はマラドーナとか、アメリカの医療体制を批判したマイケルムーアの映画などもあって、それが世界的にも知られる様にはなった。パキスタン地震とかインドネシア津波の災害にまで、医療団を派遣しているとは知らなかった。なんでも女性医師が多い為に、女性患者に対するケアができてイスラム圏では歓迎されているのだという。当然、この取材もキューバ大使館のアレンジではあるのだが、政府がわざわざ日本で宣伝する必要性は高くはないので、未だに数多く存在する「キューバ・ファン」に支えられての出版なのだろう。ソ連、中国、北朝鮮、ベトナムと日本の「近隣社会主義国」は崩壊したり、変節したり、堕落したりで、日本の純粋左翼の行き場がすっかりなくなってしまったのだが、南米の左旋回などをみてると、今や「社会主義の祖国」の座はキューバであると言って過言ではなかろう。その看板が「医療」にあることは、「帝国」に対する優位性を主張する上でも重要なことなのだが、実質、ドル経済が支配することになった社会においては、ソ連末期や一昔前の中国で起きた様な、医者の月給はタクシー運転手の日給に及ばないという現象も生じているらしい。医師免許の壁はあるが、医師という職業も、スポーツ選手や音楽家同様、亡命すれば何十倍も稼げる仕事なのではあろう。そうした誘惑の防波堤になっているのが、医師としての自尊心や愛国心だとは思えないのだが、日本の勤務医の様な過重労働とは無縁で、キューバという社会で生きていくには安定した生活を保障されているということなのだろう。データが信用できるかどうかは別としても、その収支がどうなっているかは、やはり不明である。代替治療にも力を入れているらしいが、説明がつくのは人件費くらいか。






[ 00:23 ]
[ 米国 ]
このシリーズで米本土が登場するとは意表をつかされるのだが、明石、五月、第三、彩流とその筋で本を出してきた著者が現在住んでいるところということで、人物本位の企画ものかもしれん。その路線から外れた芙蓉出版から出た、日系兵士の本は読んだ記憶があるのだが、彩流から出た『大きな女の存在証明』という本は気になるな。なぜか愛車と共に写っている近影をみると、たしかに著者は日本人女性としては大柄な感じだが、アメリカに行ったことと、米人と結婚したことが、それと関係あるのかは分からん。「大女」もまたマイノリティーなのだろうが、そのこと自体は、ここで書かれている黒人や先住民と連帯できる性質のものでもないだろう。この地域は色んな有名人を輩出しているのだが、高文研的にはエメット・ティルや「アル・カポーン」がヒーローで、ロナルド・レーガンにはそっけない感じ。「左翼のメッカ」とか「モルモン教」の話はあるのだが、「シカゴ学派」の話は無しか。アーミッシュはこの辺にも住んでるそうで、アーミッシュの家でランチを食べるツアーなんてものもあるそうだ。しかし、アメリカとカナダにしかいないと書いているが、パラグアイ、ボリビア、メキシコ、ベリーズにもコミュニティがあったはず。締めは「キャンプ・エリス」で、自分はアメリカ人でないことを確認か。靖国とか皇居に行ったら自分は日本人だと確認できるのかな。




2008/05/18のBlog
[ 13:04 ]
[ 中南米(複数国) ]
この須藤元気という人はその世界では大変有名な人らしい。格闘家は引退したとのことだが、作家としてベストセラーも出しているそうで、猪木や大山倍達の本が売れたのとは訳が違うのだろう。現役時代から体育会系とは違った魅力を放っていたのだろう。私は最近の格闘ものには疎いのだが、旅行記としては文芸社の素人以上のレベルはあるのだろう。専業作家の「お仕事」旅行記でもこのくらいなものは幾らでもある。チェ・ゲバラがこの方面の人にもリスペクトされていることは想像に難くないのだが、革命をやりに行った訳ではその息吹を感じに行ったのだという。そのくせ、キューバは情けない理由で端折ってるのだが、ベネズエラも行ったし、メキシコのトロツキー博物館にも顔を出した様だ。ゲバラよろしく旅の道連れに「ニート」の人を連れて行ったそうだが、実際は通訳も編集者もカメラも付いていったんじゃないかな。著者の体格が格闘家のソレかどうか分からぬが、「チーノ」口撃ではなく、ジロジロ見られたのだという。ペルーとベネズエラのことであろうが、やはり連中は強そうな相手には口出しできない臆病者だったか。それでもカラカスの空港では「人種差別」に遭ったとのことで、さすがは東洋人差別世界一を争うチェべスの国だけある。まああんな国に行けば、チリの人間は神様に見えることだろう。しかし、なんでボリビアとグアテマラを外したのかな。編集部の都合かしら。




[ 02:28 ]
[ イスラエル・ユダヤ ]
すっかり、新書の定番になってしまった「ジョーク集」だが、最近はどれだけツマランかを確認する為に読んでいる感じ。タイトルに「爆笑」とかつけるのもなんだが、ユダヤだからって、こんなタイトルにしてしまうのも、「ユダヤ商法」なのだろう。「反朝日本」は見掛け倒しだったが、オリコン裁判の人なら、まあマシなものを書くかなと思ったら、これは別人だった。もっとも、英語本とかユダヤ本とかを出しているこの著者の方が著作は多いみたいなので、世間的にはこちらの方が知られているのかもしれん。親戚なのか分からんが、この苗字って地方によっては珍しくもないのだろうか。とりあえず、読んで頭がよくなることは、まずないと思うが、ネタのジョークは著者の下に、メールで続々と送られてくるのだという。たしかに「電子メール」の黎明期に、チェーン・メールよろしく、つまらんジョークが英文で転送されてきたことがよくあったのだが、これだけスパムが蔓延する時代になっては、何か懐かしくも思える。さすがに、著者みたいに「世界をマタに駆けるビジネスマン」をしている訳ではないので、センスのかけらもない東洋人と思われても、無理してジョークを実践したいなどとは思わない。最後に虎の巻などがあるのだが、ひたすら暗記して、その機会が来たらよどみなく言えるようにするのだそうだ。ジョークって暗記するものだったのか。




[ 00:33 ]
[ ミクロネシア ]
この染木煦という人は全く知らなかったのだが、画家で民俗学者としても活躍した人らしい。前に読んだ「南洋の和製ゴーギャン」たちを扱った本にその名前が出ていたのかもしれないが、その企画展に展示するために、遺族がアトリエを整理したところ、この日記が出てきたのだという。版元の求龍堂は美術出版の老舗らしい。戦前戦中は画家として暮らしていた様だが、さすがに戦後は長く私立校で美術教師をしたそうだ。定年後になってから木版画などを手掛け、七十を過ぎてからシルクロードを旅したりして、昭和天皇の前年に生まれ、前年に亡くなった人とのこと。その作品を見るとかなり現代風なのだが、当時の風貌もイマ風な感じ。昭和のこの時代、アーティストにとっては、満洲より南洋の方が魅力的ではあったのだろう。肝心の日記の方は、まあ史料としては貴重なものといったところ。チャモロ人よりカナカ人の方がずる賢いか。実際にどうだったのかは分からんが、モデルの女性に性的魅力を感じた様な記述は見られない。




2008/05/17のBlog
[ 10:46 ]
[ イタリア ]
新潮の「とんぼの本」。澁澤龍彦ブランドは死後10年経っても、なお健在の様で、澁澤がイタリアに旅行した時のスナップ写真に街のガイドを付け加えたもの。澁澤龍子という人は奥さんだが、元「芸術新潮」編集者で、小川煕という人も「芸術新潮」編集部出身の当時イタリア在住というお方らしい。澁澤の奥さんが「澁澤龍子」なんて名前だとは知らなかったが、旧姓名が前川龍子で、エッセイストなのだとか。澁澤一族である澁澤龍彦の本名は「龍雄」。龍子さんとは再婚だそうだが、澁澤クラスの人が名前の受けを狙って結婚したことはないだろう。その新婚旅行でヨーロッパに行ったときは三島由紀夫も羽田に見送りに来たのだとか。澁澤の場合、メシの種がヨーロッパだから当然なのだが、この時代は海外旅行といえばヨーロッパだったのだろう。海外旅行が大衆化した現在でもそれほど事情が変わっている訳ではないが。この旅のスポンサーが新潮だったのかどうかは分からんが、その日記は没後に河出から出たらしい。若き日の塩野七生にも現地で会っているそうだが、澁澤の直筆日記なども公開されている。その字がなんというか、今の若い子が書くような字体だったので、意外な気もした。




[ 01:53 ]
[ 中国 ]
井出孫六も懐かしい名前だ。1931年生まれというから、まだまだ現役で、著書もコンスタントに出している様だ。それにしても丸岡秀子や井出一太郎とは随分、トシが離れているな。造り酒屋が実家だそうだが、田舎では酒屋は豪商というのが相場であろう。ということで、秩父困民党も、満蒙開拓団も、本人の実感としてはない話なのだと思うのだが、逆にそのことが尾を引きずっているのかもしれない。『終わりなき旅』も、地元長野の開拓団の話が中心だった様な気がする。別に「新版」でも「続編」でもないのだろうが、例の裁判の話が後半にちょっとある以外は、あまり変わっていない内容ではなかろうか。「中国残留孤児」も最近は「真実」が語られる様になっているから、捨てられた日本人の子どもを我が子同然に育てた中国人の度量といった中共の宣伝は有名無実になってしまったのだが、「日中友好」に依拠した初期の「運動」をしていた人はそう簡単に「転向」する訳にはいかないだろう。それにしても、長崎国旗事件を今頃痛烈に批判されると、時代錯誤の感は否めない。しかし、あれから半世紀経って、地元長野に埋め尽くされた五星紅旗に著者は何を思ったのだろうか。






2008/05/16のBlog
[ 23:30 ]
[ 米国 ]
ちょっと前に話題になった本。なるほど、たしかにこれはアメリカ版「バナナと日本人」だ。かの国でも、児童労働の問題で、ナイキとかウォルマートが糾弾されて久しいから、こういう本も出るべくして出て、称賛されるべくして称賛されたというところだろう。その「手段」はTシャツだけでなく、ゆりかごからロケットまで、ありとあらゆる製品でのアプローチが可能かと思うが、アメリカから中国を往復してアフリカに辿りつく旅が、ポスト共産主義運動としての反グローバリゼーションに対する反証になっている様に思える。中国の「女工哀史」やアフリカの「白人のお古」といった、定型的な批判からは距離を置いたというか、反論する形でグローバリゼーションの動きを捉えているのは、著者がそれでも自由主義経済を信奉している証左にもなろう。その辺は「バナナ」や「エビ」の日本人とアメリカ人の違うところである。おそらくは、そうした観点からの批判も出ているかと思うが、チャイナタウンのスウェット工場や、国内で古着に頼る生活をしている貧困層など、アメリカ国内で完結する「Tシャツ」の行方は興味の対象外となっている。もっとも、この本がアメリカで話題になったのも、グローバリゼーションというものを対象にしたからであって、わざわざ中国やアフリカに行かなくても、アメリカに中国やアフリカがあることは自明のことだったのかもしれない。アメリカの高賃金も中国の低賃金と同じく、産業の空洞化を招いているという説明は秀逸だが、日本の中古輸出がもたらす第三世界の雇用についてもちょっと考えさせられる。






[ 21:19 ]
[ 中国 ]
著者は小林亜星の次男。カリスマ塾講師だそうで、「国語の神様」の異名を持つのだという。元俳優とのこだが、亜星の息子だから、別に生活の為のバイトが本業になったという訳ではないのだろう。むしろ七光り的に見られることに嫌気がさしたのかもしれない。今回、彩図社から出すのも、自分の意思で動いたからなのだろうか。「本当は怖ろしい」ものはグリム童話のヤツが当たってから、その系譜が出来ていると思うのだが、身近なものに対する考えを改めさせると言う意味では、漢字はその最たるものなのかもしれない。「怖ろしい」話は前半だけで後半は「奥深い」話となるのだが、嫌韓ものに進出した彩図社が反中ものも窺っていたのかも。ここに書かれている起源がマユツバなのかどうかは阿辻先生にでも聞かないと分からないが、たしかに身の毛がよだつ様なことが多く書かれている。受験勉強にも息抜きにもならんだろうが、弾をダンと読むのは弓を弾く音が「ダン」だからだとか、参考にはなった。ニセモノ商品で責められている中国が半ば冗談で「漢字の著作権を主張する」なんてことを言ったりしているのだが、そんなことになったら、亜星も息子を守りきれんだろうな。






[ 02:38 ]
[ カザフスタン ]
前に「初代大使の見たカザフスタン」ってヤツを読んだが、こちらは前大使のヤツらしい。この人もカザフスタン大使で上がりとなって、天下りの身らしいが、退官記念ものとしては意外に良い出来の部類ではなかろうか。宮仕えではなくなった気軽さからか、割と自由な記述が目立つ。中身的には王道で、地理、歴史、文化、政治、経済、地方、国際、そして対日と通り一辺倒ではあるのだが、本題から外れることは「蛇足ながら」で繋いでいて、この辺は好感が持てる。ギリシャ系が5000人もいて、ギリシャ大使館のレセプションに駆り出されたりしてたなんてことは、あまり知る余地もないことなのだが、そうした知られざる多民族国家の言語事情などは参考になった。この件に関しては、BSの小池A子が出てる世界のテレビを紹介する番組でも確認したことなのだが、若い人の間ではカザフ人同士でもロシア語会話が普通らしい。歴史的にも台湾の「国語」に近い事情なのだが、非カザフ、非ロシア系も少なくないということが、共通語としてのロシア語の地位が揺らがない要因になっている様だ。とはいえ、スラブ系住民の地盤低下は著しく、下層階級を形成しているというのは何か意外な気もする。ソルジェニーツィンとジリノフスキーが共にカザフ北部のロシア編入を訴えているというのも意外だが、カザフ・ナショナリズムに依拠した国民国家建設は国の崩壊を招くものであるのだろう。また、大使館アスタナ移転話なども興味深いが、国際関係もかなり整理できる。しかし、上海協力機構の「上海精神」の「翻訳」には笑った。まあこういう国際規約は現場では「翻訳」して読むものだろう。水谷尚子さんの本にも依拠している箇所があったりするのだが、大使館は在カザフ・ウィグル人組織と何か接触があったのかな。かなり同情的なので、それはそれで結構なことなのだが。








[ 00:26 ]
[ イギリス ]
アダム・スミスというと「国富論」ということで、もっぱら経済学者というイメージで、「国富論」がそうである様に、今日の経済学の祖であるのだが、それまでの「国富論」以前の「経済学」がない時代に、この人は何をしていたんだろうということは、あまり考えたことがなかった。アダム・スミスの著作はわずか2つしかなく、一つは経済学の嚆矢であり、もう一つは倫理学の本だという。つまりアダム・スミスは大学で倫理学を教えていたということなのだが、その著作が『道徳的感情論』というものらしい。その二つの著作を解説というか、読み下してくれる有難い新書なのだが、著者は経済学の先生であって、なんでも定年退職後に門下生となった院生から、武藤山治はアダム・スミスの思想に影響されているのではないかという指摘を受け、そのヒントとして、思想面からみたアダム・スミスの入門書を執筆することにしたのだという。大昔に『国富論』は訳分からんまま読んだ記憶はあるのだが、この『道徳的感情論』はたしかに全く別ジャンルの本である様だ。今日の経済学徒にとって『国富論』は未だ必携だろうが、『道徳的感情論』を読んでいる人はそうはいないだろう。倫理学という学問が今でも健在かどうかも不明なのだが、その道で古典と称されるものでもないかと思う。ただ、こうやって内容を追っていくと、やはり『国富論』よりは頭に入ってくる。こちらの方が現代社会にも通用する概念の様な気がするのだが、どうだろうか。








2008/05/15のBlog
[ 11:18 ]
[ 米国 ]
これもよく分からん本なのだが、ガリバープロダクツというのは広島地場の出版社で、著者は広島県医師会会長というお方なのらしい。この版元から何冊も著書を出しているらしく「ガリバーBOOKS 碓井静照 ベストヒットシリーズ」と銘打って、巻末にズラッとタイトルが並んでいる。もしかしたら広島では知らぬ者がいない有名人なのかもしれない。広島の日野原か養老かといったところなのだろうか。その「ベストヒット・ヒロシマ」は、専門の核戦争防止から、宮本武蔵、徐福、宮島とレパートリーがある様だが、これは在米被爆者の健康診断で米国に赴いた時にしたためたものをまとめたものらしい。カバーは野球場のスタンドの風景になっているのだが、イチローを観にいったなんて話は全くなく、ブラジル移民とか、モンゴル不思議旅とか、不老長寿考とかのごった煮。著者自身の被爆体験も入ってるが、こういうのが定番のスタイルなのかもしれない。しかし、ブラジルの日本人移民がオーストラリア移民の下で多く働いたとか、親戚がサントス開拓の為チリに移民したという話は何か違うような気もするのだが、大先生に間違いはないか。



