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2008/05/22のBlog
[ 13:06 ]
[ イラク ]
『カブールの本屋』の人か。今回の翻訳は江川ショウコーじゃなくて、翻訳グループの人らしい。前回はゴーストだけど、今回は名前を出したということなのかも。世界的なベストセラーとなったという前の本は、パツキンのネーチャンが、カブールの本屋にホームステイして、オーマイガッて感じの話だったのだが、今回は本職であるらしい「ジャーナリスト」の仕事。もちろん本人としては、バグダッドの豆腐屋にでも住み込んで、女房子どもらとイラク男の悪口でも言って過ごしたかったんだろうが、正に陥落直前のバグダッドでそんな悠長なことはできないし、サダム・ビザの身では通訳という名の秘密警察の案内なしにはどこへも行けない時代。結局、苦心してビザ取りして、パレスチナ・ホテル篭城で陥落を迎えたというのは、不肖の人と同じか。外へは行けん、ミサイルが直撃して、篭城者に犠牲者が出るともなれば、いきおい「戦友」であるガイジン記者仲間の話が多くなるのだが、不肖の人はもちろん、綿井も、大騒ぎしてた不倫カップルの話などは出てこない。朝日新聞の記者はおとなしすぎるなんて記述が唯一あったけど、これはムッシュー国末のことかな。結局、不肖の人が大風呂敷広げているだけで、現地でも日本人は日本人だけでつるんでいたのが実情の様だ。まあ生きるか死ぬかの状況で、悠長に「国際交流」なんてやってらんないのは確かだろう。とはいえ、この著者みたいにノルウェー人とかなると、現場で同国人に会う可能性自体が低い。これも原書英語だろうが、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、オランダ、デンマークなどのメディアと契約していたのだという。スウェーデンなどでは、ノルウェー語で中継すると、リアルタイムで司会者がスウェーデン語に翻訳できる関係らしいが、こういうのも小国相互扶助というか、米英仏の配信記事ではイマイチしっくりこないところが、こういう国々にはあるのだろう。だからといって、『カブールの本屋』がそうだった様に、私たちは傲慢な白人大国とは違うというコンセプトに則った話ではない。著者は現地からみたら、あくまで「殺す側」の方。米軍の黒人兵に案内されて、もはや不用になったイラク人女性通訳とサダム宮殿を見て廻るクライマックスは、そうした不条理な関係性を象徴したものなのだろう。






[ 02:44 ]
[ 香港・マカオ ]
この著者もその道では知られた人というかパイオニアみたいな人なのだが、これが2冊目の単著で、しかも10年ぶりか。南京運動屋の偽松岡環も同じく2冊とはこれ如何に。この本もレスリーの死んだ年に執筆を始めたそうだが、5年目にして、ようやく陽の目を見たのは、「韓流」の元祖ともいえる「港流」が息切れしていたこともさることながら、安直な便乗「追悼本」に与せず、丹念に資料を整理し、単なる評伝に留まらない、本邦初の香港芸能史を試みたからであろう。著者自身が熱狂的な「レスリー迷」であったことは知られている様なのだが、そうしたファン向けではないことを最初に断ったりしている。「四天王」以前の50年代から80年代の香港芸能事情並びに社会事情は港星オタにとっては興味の対象外なのかもしれないが、個人的には大変興味があるこの時代の香港について教えてくれる良質なテキストだった。「香港通信」に依拠していると箇所が結構あるのだが、環さんもあの雑誌には大きな刺激を受けていたとは古い同志に出会った様な感じがした。例の同性愛問題には、ほとんど突っ込まないのだが、これは故人のイメージを尊重したというより、レスリー迷の女性ファンにとっては未だ触れられたくない件であるという事情からなのかもしれない。当時何気なく、あるレスリー好きの日本人女性にその事実を話したところ、えらく不機嫌になってしまったことを思い出した。








[ 00:15 ]
[ 欧州(複数国) ]
「講座派」北大の21世紀COE成果も、これで読破だが、第一巻を最後に読むのもマヌケか。執筆者は編者を含めて全9名。心なしか他2冊に比べて薄い気がするが、執筆者数も頁数も大して変わらんか。目玉は岩下明裕なのだろうが、得意の国境政治学論。露中印の三角関係を図式化しているのだが、A国とB国が関係を強化するのはC国を牽制する為といった新聞記者の常套文句が気に入らなかったらしい。中ロ同盟は米国を牽制したからという証明はできないのだという。まあそりゃそうだ。わざわざ、牽制するために同盟します。なんて宣言する様なことは外交儀礼としてありえない訳だが、「覇権国家にならない」とか「地域の安定と平和に寄与する」といった言葉を額面通り受け取ったら外交失格と言うべきものだろう。そうした「国際関係」の定式化を試みているのだが、これは分かりにくかった。そんな感じで観念的な論文が多いのだが、「バルカン」という語句を巡るクロアチアにおける言説を調べた人のは、かなりの労作か。データベースでチェックしただけかも知らんが、クロアチア語の解読だけで大変そう。当地では「バルカン=旧ユーゴ=停滞」というイメージであることは予想通りだが、その対語は「ヨーロッパ」であるということは、他の「東欧」諸国に共通するものであろう。文系論文集にしては珍しく、この執筆者が紅一点なのだが、一人だけ、生年を記していないのは、ちょっと目立つな。






2008/05/21のBlog
[ 13:08 ]
[ フランス ]
副題に「フランス・ロマネスク聖堂紀行」とある。この前読んだカラー版新書と全く同じテーマなのだが、こちらの著者は定年元高校教師で、元々、詩の同人誌に寄稿したものらしい。詩集を自費出版したりはしてたみたいだが、これは同人誌掲載から、詩人経由であすなろ社の雑誌に掲載され、そこから築地書館経由で作品社での出版と相成ったらしい。築地も自分トコで出さずに、作品社に廻したのだが、「共同出版」ってヤツかな。とはいえ、自作詩などは載せてないのでありがたい。歴史ウンチクも、様式解説もないので助かるのだが、カラー写真もなし。あるのはタクシーの運転手とか、食堂のオバサンが陽気だったとか、日本は中国の一部だと思われているとか、日本の若者と道連れになったとかそんな話。登場する若者たちが如何にも年寄りからみた若者像なので、いささか創作が入っているものと思われるが、高校の先生とはガキ共を型にはめ込んでナンボなんだから、それで良いのだろう。目的地への行き方なども記してあって、どこも一生、行く予定がない私にはどうでもよいのだが、同好の人たちには有難いものなのかもしれない。著者が信者なのかどうかは知らんが、聖堂めぐりをする人は着いたら。写真を撮る前に、お祈りの一つでも捧げていただきたいもんだ。




[ 02:42 ]
[ 米国 ]
新書だからこれで良いのかもしれないが、何か掴み所がない印象。朝鮮戦争からベトナム戦争、「ブッシュの戦争」までアメリカ式戦争の特徴と問題点を政策決定者の証言を交えて分析とあるけど時系列に書かれている訳でもなく、その事実のおさらいをしている様な感じにさせられる。学生さんが入門書として読むには適していると思うが、パックス・アメリカーナの本質を追求するには、反米、親米、リアリストのいずれかに立脚した方が分かりやすいだろう。イラクが明らかな失敗に終わった現在、アメリカも無理して単独行動主義に走ることもなかろうし、イランや北が相手ではその価値もなかろう。経済効果や選挙戦を睨んだ戦争は、もはや割に合わない時代に突入しているのではなかろうか。中国が旧ソ連と同じくらい力をつけ、ニュー冷戦の世紀を迎える可能性はあるが、台湾が落ちても、日本やアセアンに「中華ドミノ」が起きるとは考えにくい。むしろ「民主主義国家同士では戦争をしない」という法則が全世界に適用される時代の方が早く到来するだろう。アメリカの新世界秩序はそこで完成する訳だが、戦争という人類が生んだ最高最悪のショーが本当に終幕を迎えることができるのだろうか。






[ 00:47 ]
[ 中国 ]
この著者が前に出した集英社新書は中国の正当性を主張する何か説教じみたものだったと記憶しているのだが、批判があったのか、称賛されたのか分からんが、前と趣きが異なる仕上がりになっている。持論であるらしい「権力社会中国」と「文化社会日本」にどうしても結論づけたい様だが、その部分は端折って読んだ方が良いかもしれん。元々、死刑廃止運動を盛り上げる為に集英社新書が企画したんだろうが、中々、リアルで死刑の判決を下すことに加担し、その執行現場を見届けた人物が日本語で新書を書くなんてことはないだろう(と思ったら、最近、50年前の死刑執行の実況がテレビとラジオで放送されたりした)。著者はその現場を見て、表向きは死刑反対論者になった様だが、それも事件と犯人の場合によるとしている。日中米三国の法体制を比較するのが著者の専門らしいのだが、意外にも著者が評価しているのが日本の法律。蒔餌式の米国、魚網式の日本、キャンペーン式の中国とはよく言ったものだが、「欧米諸国」やそれに妄信する「進歩派」の人たちから人権無視の証拠として突き上げられている例の「有罪率99%」は日本の細密捜査の賜物だとしている。一方、日本の法律が甘いから外国人犯罪が増えるという見方は間違いとして、中国は日本の様な厳罰主義ではないとしている。何でも500元以下の窃盗は犯罪として立件されることはなく、外登不携帯や万引きで逮捕され、裁判を受けることになった中国人が差別だと訴えるのを、石鹸3個盗んで送検された日本人もいると言って諭しているのだという。それでは中国ではスリも500元以下だったら犯罪ではないかというと、私が勤めていた会社でも年中窃盗騒ぎがあったのだが、被害が一万元以下だったら、警察に届ける様なことはしてなかった様な覚えがある。中国の死刑執行数というのは実のところ不明なのだそうだが、「社会主義経済秩序破壊罪」というのが事由として一番多く、死刑の半数近くは所謂「経済犯」である様だ。パンダを殺して死刑なんてこともあったが、改革解放前は「反革命罪」が一番多かったことを鑑みれば、中国の司法制度が「キャンペーン式」というのは言い得て妙である。あまりこの分野で名をはせる在日中国人学者はいないのだが、法整備は古くから中国は日本を参考にしている様だ。著者にしても学者より稼げる道はあったのだろう。日本の社会は評価しなくても、日本の法律自体には未だ惹かれるものがあるのかもしれない。








2008/05/20のBlog
[ 12:26 ]
[ 米国 ]
ー普及版ーとなってるのは、前に豪華版が2冊も出ているからなのだが、版型を小さくしたこの本で使われている写真は大型本と重複しているのだろう。2年位前に新丸ビルでやってた展覧会のヤツかと思うのだが、アーカイブス出版はこれにカネをつぎ込んだのか、最近、倒産の運びとなった様だ。まさか、カバーに今にも噴き出しそうな顔の昭和天皇、皇后の写真を使ったからという訳ではなかろうが。それにしても、これらの写真はデジタル加工でもされたのだろうか。やたら鮮明になっていて、再現ドラマみたいに感じる。ある年代以上の人は幼い頃の記憶は白黒で残っているというのだが、私も自分が生まれる前の世界は白黒だと思っていた。色覚異常の人でも「白黒の世界」に生きている人はいないと思うが、カラーの東京PXなんて映画の世界だ。ここに載っている写真を撮った人は、GHQ専属カメラマンとして来日して、14年間も日本の写真を撮り続けた人らしい。つまり進駐軍撤収後も日本に居続けたということなのだが、アルバニア出身の移民だったのだとか。そうした出自が敗戦国ニッポンに惹かれた理由なのか分からぬが、除隊後の行動についてはよく分かってないらしい。いずれにしても、当時の日本がガイジン天国であったことは間違いない。イラク侵攻の責任が日本にあるとしたら、こういう間違った教訓をアメリカに与えてしまったということであろう。それにしても、戦後一面の焼け野原であった東京が、短期間でここまで復興するものだろうか。銀座なんてほとんど無傷の様にも思える。焼け野原にも復興した東京にも印象操作があったと見るべきなのか。






[ 02:38 ]
[ ロシア ]
「自伝」なのに別の人の名前があるのは聞き書きだから。聞き書きしている人はカラシニコフの娘の友人だそうで、モスクワ生まれのパリ在住の作家だそうだが、ロシア人なのかフランス人なのかは不明。ということで原書はフランス語なのだが、2003年のものらしい。朝日の連載がコレを参考したのかどうか分からんが、ヒントはこの本だったのかもしれない。自前の出版が終わったから、新書で出したのだろう。何よりもカラシニコフが存命であるという事実が最大の見せ場であった訳だから。もっとも、この本を読むと、カラシニコフが健在であることも、財団を作ってることも、現役の技師であることも、世界的には知られた事実であることが分かる。「カラシニコフ」の知名度及び注目度は、「平和ボケ」の国と「世界」では違うものだろう。カラシニコフに責任を負わすのは、靖国の刀匠に責任を負わすのと同様、無意味なものであるが、問題提起を装った松本仁一と李纓に比べて、この聞き書きの人は誠実だと言えると思う。それは娘の友人であり、言語の障壁がなかったことも理由だろうが、当人の半生が生き生きと綴られていて面白い。エリツィンやゴルバチョフに批判的なのは、この時代の「ソ連人」らしいし、プーチンについて特に言及がないのも、また「ソ連的」な処世術である様に感じた。






[ 00:01 ]
[ 中国 ]
この人も、もう帰化済らしいが、いつものSAPIO路線。まあ色々考えさせてくれるのは確かなのだけど、中国の政策として「反日」の後は「親日」の波が来るというのは、とりあえずご明答であった。ちょうど地震もあったし、これでオリンピックを乗り切ったら、「反日」のガス抜きをしてくるのだろう。例のソウル聖火騒ぎでも分かったのだが、朝鮮族のナショナリズムも歪な形で現れてくることがある。張景子とは月とスッポンみたいになってしまったが、著者に言わせれば、張景子も共産党に従っているフリをしているということなのだろう。昔、日本僑報社から著作を出したこともあるそうだが、中国で認められない「言論の自由」に対して、よりラジカルな挑戦を行うことが、深い満足を得ることに繋がっている様な気もする。それは来日して覚醒したというよりも、生まれ育った国に対するトラウマを払拭せんとする行為にも思える。確証はないが、瀋陽で生まれ育ったとしたら、「親日派」の子孫であろう。親の世代は毛沢東も金日成も冷ややかにみていたのではなかろうか。著者の世代の朝鮮族は「漢族」を他者とするなら、先進資本主義国家の「日本」はその道具としてアイデンティティの一部に成り得たのかもしれない。






2008/05/19のBlog
[ 12:57 ]
[ イギリス ]
副題に「イギリス十八世紀から十九世紀へ」とある。これで何をテーマにしたものかは想像がつくのだが、出版ビジネスの黎明期を知るには良いテキストかもしれない。出版が業としてして成立するには、読者という裏づけがなくてはならないのだが、それまで「ペイトロン」の存在なくしては出版が適わなかった作家たちが、一般市民の識字率や教養の高まりにより「読者」が台頭し、版権が財産という価値を生むという時代に突入したのである。もっとも作家を保護する著作権はまだ後の話で、版権が第一次的価値を持っているのは現在でもあまり変わらない事情である。この本で取り上げられている『奔放なアイルランド娘』の様な作品が登場したのも、受けてである「読者」の変化が、書き手にも出版社にも変化をもたらしたと言えるのだろう。こんなブログは書き手や出版社にとって迷惑なものなのだろうが、時には読者のチャチャ入れも必要ではなかろうか。巷に溢れるシャンシャン「書評」大会ばかりでは出し手側にも新しいものが生まれないということである。






[ 03:00 ]
[ キューバ ]
長野の農業大学校勤務という著者は、これまで農業分野でのキューバ礼賛本を2冊出している人らしい。「サトウキビ刈り」のOBかどうかは分からぬが、色々と批判があったのだろう。独裁体制の国のデータなど信用できないと言われることをかなり気にしている様だ。その点、医療は農業よりも、世界的評価が確立している分野であることは事実。元々、ラテン・アメリカでは医療といえばキューバというイメージがあったのだが、最近はマラドーナとか、アメリカの医療体制を批判したマイケルムーアの映画などもあって、それが世界的にも知られる様にはなった。パキスタン地震とかインドネシア津波の災害にまで、医療団を派遣しているとは知らなかった。なんでも女性医師が多い為に、女性患者に対するケアができてイスラム圏では歓迎されているのだという。当然、この取材もキューバ大使館のアレンジではあるのだが、政府がわざわざ日本で宣伝する必要性は高くはないので、未だに数多く存在する「キューバ・ファン」に支えられての出版なのだろう。ソ連、中国、北朝鮮、ベトナムと日本の「近隣社会主義国」は崩壊したり、変節したり、堕落したりで、日本の純粋左翼の行き場がすっかりなくなってしまったのだが、南米の左旋回などをみてると、今や「社会主義の祖国」の座はキューバであると言って過言ではなかろう。その看板が「医療」にあることは、「帝国」に対する優位性を主張する上でも重要なことなのだが、実質、ドル経済が支配することになった社会においては、ソ連末期や一昔前の中国で起きた様な、医者の月給はタクシー運転手の日給に及ばないという現象も生じているらしい。医師免許の壁はあるが、医師という職業も、スポーツ選手や音楽家同様、亡命すれば何十倍も稼げる仕事なのではあろう。そうした誘惑の防波堤になっているのが、医師としての自尊心や愛国心だとは思えないのだが、日本の勤務医の様な過重労働とは無縁で、キューバという社会で生きていくには安定した生活を保障されているということなのだろう。データが信用できるかどうかは別としても、その収支がどうなっているかは、やはり不明である。代替治療にも力を入れているらしいが、説明がつくのは人件費くらいか。






[ 00:23 ]
[ 米国 ]
このシリーズで米本土が登場するとは意表をつかされるのだが、明石、五月、第三、彩流とその筋で本を出してきた著者が現在住んでいるところということで、人物本位の企画ものかもしれん。その路線から外れた芙蓉出版から出た、日系兵士の本は読んだ記憶があるのだが、彩流から出た『大きな女の存在証明』という本は気になるな。なぜか愛車と共に写っている近影をみると、たしかに著者は日本人女性としては大柄な感じだが、アメリカに行ったことと、米人と結婚したことが、それと関係あるのかは分からん。「大女」もまたマイノリティーなのだろうが、そのこと自体は、ここで書かれている黒人や先住民と連帯できる性質のものでもないだろう。この地域は色んな有名人を輩出しているのだが、高文研的にはエメット・ティルや「アル・カポーン」がヒーローで、ロナルド・レーガンにはそっけない感じ。「左翼のメッカ」とか「モルモン教」の話はあるのだが、「シカゴ学派」の話は無しか。アーミッシュはこの辺にも住んでるそうで、アーミッシュの家でランチを食べるツアーなんてものもあるそうだ。しかし、アメリカとカナダにしかいないと書いているが、パラグアイ、ボリビア、メキシコ、ベリーズにもコミュニティがあったはず。締めは「キャンプ・エリス」で、自分はアメリカ人でないことを確認か。靖国とか皇居に行ったら自分は日本人だと確認できるのかな。



