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2008/06/20のBlog
[ 02:45 ]
[ イギリス ]
著者は京都ものとイギリスものを出しているロンドン在住のゲイの人とのこと。イギリスのゲイ・マネーは十八兆円にも上るという真偽不明のデータを根拠に如何に英国ではゲイの影響力が強いかということを切々と綴ったものだが、オネエ言葉とは違うんだろうが、つまらんジョークが嫌味みたいに節々に挟まれていて、どうもいけ好かない。実際にこの様な話し方をするゲイの人は少ないと思うのだが、オネエ言葉のタレントが登場する番組を不快だとコメントした日本の大学教授を差別者呼ばわりしているから、この文体が嫌いと言ったら私も差別者ということになってしまうのだろうか。あちらではなんでもゲイに対する差別に厳格で、その様な無神経な話はできないそうだが、宗教的戒律があった訳ではない日本では、「オカマ」の類の言葉は侮蔑語としては成立しないではないかと思う。キリスト教文化圏でゲイが差別されてきた時代は長かったし、今でもその状況は残っているかと思うが、こうゲイは高収入、高学歴、文化的、進歩的、平和的などと「逆差別」よろしく煽ってしまうと、その対極にあるだろうイギリスの労働者階級の反感もかうのではなかろうか。まあこれは日本向けの啓蒙書なのだろうから、別に構わないけど、ますますドン引きしてしまう可能性もあろう。ゲイにもIT長者がいて、ホームレスもいる訳で、有力企業にゲイの人間がいるからといって、それをゲイ・マネーに試算するのはどうかと思う。「外人マネーが英国経済を支える」なら、まだ説得力があるのだが、ゲイのインド系イスラム教徒に人気テレビ・プロデューサーがいるというのはちょっと驚き。こういうのも「アリ」なんだね。




[ 00:10 ]
[ 韓国 ]
「朴正煕と野党政治家たち1961~1979 」との副題が付いている。岩波さんのお陰で、朴正煕時代の韓国は民主主義とは、ほど遠い暗黒時代のイメージが今でも強いのだが、この本の一方のアクターが野党政治家であることが示す通り、政局的には曲がりなりにも「民主主義」が機能していた。そおれは同様に「暗黒時代」と模される日本の戦前戦中期に、与党と野党の間で激しい攻防があったこととを想起させられるのだが、それらと対峙していた金日成や蒋介石といった血の粛清を厭わない独裁政治が賛美され、「民主政治」が卑下されるという倒錯したプロパガンダが戦後も続けられた。一時、朴正煕再評価の兆しもあった韓国だが、最近になって再び倒錯の時代に逆戻りした様だ。それは「弾圧の記憶」より、観念的な「親日」の罪というところに起因しているところが多々ある様だが、この時代の韓国政治の動きをみると、与党、野党問わず「親日」の原罪から無実である者を探すのは難しいということがよく分かる。日本でもすっかり有名になった386世代の様に、韓国は世代ごとの色分けが顕著であるらしい。李承晩は日本というフィルターを通さない「知識人」の最後の世代だそうだが、朴正煕の時代は「日本語で考え、ハングルで書く」という「サクラ」が表舞台に立った。そこで朴の様な貧困の出からのし上がる者が登場してきた訳だが、「旧政治人」と呼ばれる名門家系の出である政治家がいて、金大中、金泳三といった光復後に自己形成した者が台頭してくる。韓国では地域による断絶がよく言われるのだが、世代や出身基盤による断絶も根深いものがある様だ。そうした「分断」のスパイラルの根源が南北にあるのか日本にあるのか、或いは新羅百済まで遡れるかは分からない。「分断」という負の遺産を克服できていないことが「ハン」なのだろうか。






2008/06/19のBlog
[ 13:11 ]
[ 米国 ]
「米国キリスト教の功と罪」という副題が付いているところから想像できる通り、「帝国」と「キリスト教右派」を結びつけたアメリカ批判なのだが、一般向けの概説書と著者が位置づけている様に、体系的にまとめられていて分かりやすい。日評の他に、梨の木、彩流、岩波といったところから著作を出している人なので、「反宗教」というより、「反米」や「反”反共”」といったところが主眼なのかもしれないが、最近ブログでも押し寄せてくるいかがわしい「原理」とか「福音派」の正体を知るには良いかもしれない。ブッシュ・ジュニアに与えた影響ではネオコンよりもキリスト右派の思想が強いのだろうが、アメリカ政府の宗教を理由とした「イスラエル」擁護の起源がトルーマンにあったことは興味深い。終末論を信じ、選民思想に凝り固まった連中には何を言っても無駄なのだろうが、世界を戦争に巻き込んで平然と「救済」とか「平和」を謳われたら、たまったもんではない。どんな宗教でも基本は「洗脳」なのであるが、世間に出て他人様に迷惑をかけずに、せいぜいブログ程度に収めてもらいたいものだ。






[ 02:13 ]
[ ロシア ]
京城生まれの京都育ちであるこの著者は山村美紗の実弟であるのだが、ロシア研究の大御所。時代的にモスクワではなくアメリカに留学組の元北大スラブ研所長だが、現在の拓大と東京新聞の客員とい立場が示すとおり、微妙なバランスをとる人の様だ。それはソ連を研究対象とする者の宿命なのだろうが、プーチン時代になって、「ロシア特殊論」という昔取った杵柄が生かされている様にも感じる。冒頭はいきなり、プーチンの「準博士論文」は盗作だという話。盗作された米国の老教授がコメントしている通り、そんなものは誰を訴えるのかという話になってしまうのだが、やはり、プーチンも知らぬ間に「盗作」をしていたというのが真相の様だ。そんな軽い掴みから、サハリン1、2問題、カスピ海新グレートゲーム、ウクライナ・ガスパイプライン問題、そして、大元締めのガスプロムと、プーチンのエネルギー戦略を網羅。プーチンの「鉱山博士号」同様、それはプーチンの取り巻きが立てた戦略にプーチンがゴーサインを出すという性質のものであろうが、そこに「盗作問題」のヒントがあるらしい。資源を戦略的に扱うのは、どこの国でも当たり前の話なのだが、プーチンの「博士論文」を書いた者がアメリカの資源戦略に影響を受けていたことは間違いないということである。日本の関係ではサハリン1.2についてがよくまとまっていて参考になった。ここでも中国というアクターが大きなウェイトを占めている訳だが、中国からみれば、日本という邪魔者が乗り込んできたとしか映らないであろう。日中を競わせ、大きな譲歩を引き出すのがロシア一流のビジネスだが、環境だの資源ナショナリズムを理由とした、外資系の乗っ取りは中国のレベルを超えている。さすがにガスプロムが東電を買収するなどとは言っていないのだが、ヤクザ国家の面目躍如ではある。ただ、そうした体質が工業化を妨げ、ますます資源の依存する構造を強固にしている訳で、こういう国を見ると、未来永劫に続く有限でない資源は人だけであるということをあらためて思い知らされる。






[ 00:06 ]
[ メキシコ ]
産業編集センターの「私のとっておき」シリーズ。このシリーズは女性のみの起用か。それも国際結婚組ばかりな様な気もするが、旅行も野郎は黙って出かけるのを好むのに対し、女性は「これカワイイ、行きたい」というプロセスが必要なのかもしれんから、狙いとしては間違いではないのだろう。この著者はアメリカ留学(ラテン・アメリカ学科)、一般企業OL、NGOフェアトレ、メキシコ雑貨輸入という王道を経た人みたいで、その辺も「自分探し」の旅行をしたい女性陣にはポイントなのかもしれない。オアハカという所は私は行ったことがないのだが、グアテマラ・マヤ女性織物団体(ウィピルだな)でインターンも経験したという著者がグアテではなく、メキシコものを商売にしているということは、メヒコの方がやはり「カワイイ」からだろう。「オアハカ・リンド」というフレーズは変だなと思ったら、最後に「Que lindo!」から取りましたという説明があった。なるほど、それで「キュートなオアハカ」ね。




2008/06/18のBlog
[ 15:09 ]
[ 米国 ]
講談社から講談社アメリカに出向した著者がNYでの出版事業を振り返るというもの。帰国退社後は外資系コンサルにいて、幾つか著作もあるらしく、これも講談社ではなくNTT出版。講談社アメリカは村上春樹とか三島とかに翻訳を出してるのかと思ったら、一時はアメリカ出版界のメインストリームにいたこともあるらしく、ドプチェクの自伝や、話題になった黒人100歳姉妹の自伝、あのオバマの自伝も無名時代に出したのだという。そんな裏話が綴られているのだが、意外といっては失礼だが、アメリカの出版事情が垣間見られて、結構面白いものであった。これもプロとしての著者が「読ませる技術」を心得ているからでろう。自身、翻訳を出したという堺屋太一が序文を書いているのだが、そこで境屋は英語に翻訳された書籍の元言語点数が日本語はハンガリー語やデンマーク語に劣っているというデータを出している。2万点を越える独語や仏語の約10分の一という数なのだが、これは、ハンガリーやデンマークの作家が日本の作家より受け入れられているということを意味しているのではない様な気がする。逆に、著者が本文で明らかにした様な、日本がカナダ、英国に次ぐ、アメリカの書籍の第三の輸出先であるというデータや、出版点数でアメリカに次ぐ世界第二位の出版大国であるという事実を認識すべきだと思う。本社の事情もあって、講談社アメリカは縮小の道を辿ったそうだが、世界に冠たるマンガ版権をはじめ、日本の大手出版社がアメリカに進出する手がかりに不足はないだろう。アメリカの本の定価が高い理由は、他国の様な出版点数による事情ではなく、小売業者と値段交渉があるので、定価を高く設定せざるおえないからだという。もちろん再販制度などないから、叩き売りも叩き買いもある訳で、書籍もまた、市場流通経済の例外ではないのである。日本の出版業界も今後こういう世界に突入せざる負えないのかもしれないが、私の読む様な本に関しては、図書館にだけ配本して、出版社も著者も食っていけるのがベストである。








[ 02:55 ]
[ 中国 ]
博報堂のマーケティング本らしい。博報堂が対象として位置づけている「パワー生活者」とは世帯月収6千元以上の人たちとのこと。当然顧客は日系企業であろうから、そんなトコかと思うが、生活、住居、クルマ、美容の複数の市場調査を基にした報告書みたいなもの。具体例として登場するのは高級マンションに住む上海の富裕層ばかりで、この辺は「アドバイザー 莫邦富」の意向が関係していると思われる。そんな「パワー生活者」のライフスタイルなどには興味はないのだが、買い物において、店員の言うことを参考にすることは皆無というのは思い当たるフシがある。日本の様な「カリスマ店員」などが登場する余地は全くなく、客は店員を自分たちより文化程度の低い人間としてみているので、その知識やアドバイスなどを期待することは全くないのだという。また、自家用車の保有者が運転手と間違えられ無い様に服装には気を使っているというのも考えさせられるものがある。日本でも昭和30年代くらいまではそういう光景があったのだろうか。そういったことがマーケティングの参考になるのかどうか分からんが、莫の言う「中国人の心を掴むマーケティング」というのは、資本主義の権化みたいなものを言うのだろうね。




[ 00:13 ]
[ フランス ]
たしかにパリをテーマにした本というのは掃いて捨てるほどあるのだが、その辺を考慮して、セーヌ川というファクターを通したパリをテーマにしたのだという。「テムズ川の水上交通」というのが研究テーマだったのは、現皇太子なのだが、かつてパリがフランスを代表する港だったというのは、やはり意外なものである。なんでも鉄道より早く蒸気船が開通したとのことで、フランスもまた、水上交通が内陸輸送の担い手であった時代が長かった様だ。そうした経済面に加え、著者の専門である小説、絵画といった文化的アプローチに、川と人との関係を変えた架橋についても論ずる。川のある街に育った人にとって、川というのは容易に原風景の記憶を引き出す手段となろうが、パリが世界文化の首都だとすれば、セーヌ川というのは文化人の心象風景に響くものがあるのだろう。隅田川や淀川をテーマに外国人がこの様な本を書くことはあまり考えられないのだが、土左衛門の話などもあって、近世までの川と人々の関係性はセーヌも隅田川も大して変わらぬものだった様だ。高速道路で塞いでしまったり、暗渠化したりすることは最近でこそ悪名が高いものだが、絶えず変化していかないと生き続けられない「アジア」と「停滞するヨーロッパ」の相違を表す風景なのなかとは思う。






2008/06/17のBlog
[ 12:47 ]
[ 中国 ]
著者は元小野田セメント常務で、退職後に「資源・環境ジャーナリスト」に転向したという人。技術畑の出身だが、お偉いさんになっただけあって、戦略的な話ばかりで、技術的な話はあまりない。まあビジネス書だから、それは当然なのだが、ビジネスにしても資源・環境にしても、中国を外したテーマは今やほとんど成立しない。この本の副題も「中国が世界の鉱物資源を支配する」。ということで、「中国」と「メジャー」の二本立てになっている。中国の資源囲い込み狂騒については、「中国脅威論者」ならずとも、世界的なイシューとなっているのだが、こう証拠書類よろしく、ポンポン突きつけられると、「メジャー=西洋諸国」の策謀以上の重大な責任が中国に生じていることを否定するのは難しい。タングステンなど、中国が生産を占有しているレア・メタルの多くは、中国が安値攻勢をかけたため、他国の鉱山が採掘をやめたものだという。つまり、中国にだけしか存在しないものではなく、採算性の問題から、中国が占有することとなったという多くの工業製品と同じ構図の話であるのだが、筑豊にペンペン草が生えている様に、一度、廃坑となった鉱山を再開するのは困難なのである。釧路の炭鉱や、新潟の石油といった、「試験的」に保存された「日本の資源」に、スポットライトが浴びる日が来るとは思わなかったが、開発コストがかかるこうした「水もの」の世界では、市場を押さえたら勝ちという教訓を石油のメジャー支配から中国も学習したのだろう。その意味で、アフリカで狂奔する中国の意図を見極める必要があるかと思うのだが、あちこちの国で中国人が襲撃され、殺害されても、確信犯如く政策が全くブレない国に太刀打ちできるものではない。拉致や誘拐などモノの数に入らず、人間の命は虫より軽いのである。などと思ったら、最後に「魔法の虫」の話が出た。この「虫」を使うと、自然を破壊することなく、危険な作業を伴うこともなく、資源を効率的に採掘できるのだという。そんな「虫のいい話」があるかと思うのだが、課題とされる都市鉱山の効率回収と含めて、日本の「失われた鉱山」を再開する手がかりとなるかもしれない。






[ 01:29 ]
[ 中東(複数国) ]
これも博論ものだが、慶應は博士論文に出版助成のシステムがある様だ。早稲田の出版部は自前のロートル教授のヤツしか出さんのとはエラい違いだけど、出版点数も桁違いではなかろうか。慶應が粗製濫造だとは言いけれんけど、早稲田が少数精鋭でないことは言い切れる。で、この草野厚が指導教授という著者だけど、シリア留学経験ありとのこと。それが先代の時代だったかどうか分からんが、「情報統制」がテーマといっても、危ない橋を渡った訳ではなく、そのフィールドは「インターネット」に関することだけ。ということで、フィールドワークはネットカフェを覗く程度のもので、これなら、フィルターなし、光配備の日本で「調査」した方が効率があがる様な気もするし、事実、現地調査より、SFCの高速マシンで書き上げたものが多いのかもしれない。そんなこともあるのか、なぜかシリアの事例は少なく、比較検討されるのはヨルダン、エジプト、UAEが主。なんでもエジプト、ヨルダン、レバノンといったところが、政府がプロキシを置いていない国で、後のアラブ諸国は国家の監視下にあるという。もっとも、エジプト、ヨルダンといった国は政府の情報機関が活躍中であり、ネットに関しても情報統制国家に属すとしている。となると、唯一の例外がドバイの「インターネット・シティ」となるらしいのだ、これはUAE市民が個人的にはアクセスが制限されているのだとか。その警告ページが挿入されているのだが、結構怖い画面。ドバイもやはり自国民には何でもアリとはいかない様だが、アラブ諸国で政府によるインターネット規制を支持する割合は六割を越えてるらしい。それには宗教的事情によるところが大きいと思われるが、イスラームでインターネットを排除する教えがない(ムハンマドの時代にそんなものがある訳ないのだから当然なのだが)ので、政府としては、ポルノ関連を口実に、ついでに反体制も取り締まってしまおうという部分がありそうだ。とはいえ、アラブもイスラームも国を越えた枠組みがある訳だから、ネット上ではそれなりの活発な議論が展開されているはずである。アラブ語に支障があったのか、テーマ外なのか、その辺の「ナマの声」は紹介されず、各国のインターネット政策を紹介するので手一杯か。アラブの「2ちゃんねる」は、いつか池内紀が紹介してくれないかな。






[ 00:16 ]
[ イギリス ]
岩波新書お得意の名誉教授ものか。シェイクスピア解説本を何冊か出している人の様で、英文学と演劇学が専門と来れば、まあ王道解説なのだろう。現代の脚本は全てシェイクスピアに通じるという話もあるけど、それは脚本工学的というより、既存のプロットを脚色するというスタイルを意味しているのだろう。「新しいものは何も生み出さなかった」というシェイクスピアが現代劇の創始者に祭り上げられているのも妙な話ではある。良いシナリオとは如何に観客を騙せるかということになったのも、「シェイクスピアのたくらみ」が劇作家に観客に対する優越感を与えた効果によるものであろう。言わば現代演劇の嚆矢というべき、その辺を具体的に説明しましょうというのがこの新書なのだが、その為には粗筋を頭に入れなくてはならないので大変だった。「ベニスの商人」がユダヤ人の悲劇だととるのは浅薄だとか、説教が多く入っているのも面倒くさい。著者はこれでシェイクスピアと「観客に対する優越感」を共有していると思っているのだろう。物語の見方は一つではないし、所詮は芝居なんだから、観客や読者がどんな感想を持とうが勝手ではないかという気はする。劇作に親しんでいない若者が、もっと単純な雛形のケータイ小説に走るのも無理はないかとも思う。




2008/06/16のBlog
[ 13:38 ]
[ ネパール ]
二丁目系の本を出してるらしい版元なのだが、これは「会社と仕事のつくりかた」シリーズの第二弾ということらしい。ちなみに第一弾は「荻窪ルースター」。私が現役の頃、風の旅行社は格安チケット屋もやっていたのだが、本に書いてある事情で、現在はツアー専門でやってるらしい。そしたら、広告を出していた双葉社の下川裕治と一悶着あって、「格安航空券マガジン」に事情説明の広告を一面で出されたらしい。下川もエゲツないが、格安屋からツアー屋への転向はヤツにとって、堕落したプチブルと同義なのであろう。その辺の弁明はかなり詳しく書いてあって、あたかも高尚な理想主義の下、転向を決意した様にもとれるのだが、まあ会社である以上、利益追求が第一の理由であることには違いない。観光やめて食っていける国ではないし、マオイストもいつまでもつかといったところもあるが、ネパールもエラいことになって、この先、観光産業がどうなるかは分からん。とかく多角化したのも、「秘境」リピーターの囲い込みも、カントリー・リスクの分散もあるからだろう。下川じゃないけど、この種のところに、ツアーで行くのは邪道という考えはまだまだ強い。とはいえ、この業界も差別化しか、生き残る法はないし、ハワイもネパールも観光地という意味では違いがある訳ではないのである。



