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2008/07/05のBlog
[ 09:13 ]
[ デンマーク ]
このデンマークに帰化した元日本人の本は前にも読んだのだが、なんと言うか、現地在住なので真性の北欧教信者とでも言おうか。このおちょっくた様なタイトルからも分かるのだが、帰化した国に愛国心を持つのは別にいいけど、勝手に自分が勝ち組、日本人が負け組みだと勘違いしなさんな。とにかくもうこれ一面のデンマーク礼賛とそれに対して日本はという批判で溢れており、なんか将軍様の国の人が書いた本を読んでるみたい。デンマークが「地上の楽園」である可能性はかつての「税金など無い国」とか「ハエ一匹いない国」よりは高いかと思われるが、ここまでやれば宗教を感じさせずにいられない。日本だと「北欧教」揶揄する声を気にせぬばならぬが、昭和40年代前半の日本を「脱出」した著者には、日本というのは永遠に遅れた国でなくては、自分の人生を意味付けることはできないのだろう。今回は、歴史の専門家ではないので、軽く紹介すると言いながら、延々とデンマーク史を綴ったりと、その「愛国ベクトル」が最高潮に達している様だ。当然、ムハンマド風刺画問題や保守政権誕生など「排外的」な面は語られることはない。版元は極左だけど、デンマークならば王室を崇拝したり、皆が愛国者で、国歌は大声で歌ってもよろしいということか。




[ 02:34 ]
[ 中国 ]
フランスでは大御所らしいこの著者の本は前にも一冊読んでいるのだが、元々、評論家なのか経済学者なのかよく分からん。いわゆる「知識人」てヤツだろう。何でも67年以来、中国を度々訪れているとのことで、若かりし頃はマオイストだったのかもしれない。トクヴィル以来のフランス知識人の伝統なのかもしれんが、どうも異文化に対する上から目線が気になる。前のアメリカものはトクヴィルという雛形から理解できたのだが、共産圏に関してはジッドの『ソヴィエト紀行』が連中の雛形になっている様だ。中国を宗教から理解するということは、日本人はあまりやらないのだけど、西洋人にとって、異文化という鏡の根幹は宗教にあるのであろう。この著者がカトリックなのか、ユダヤ教なのかは知らぬが、弾圧されるキリスト教徒というイメージが西洋における「反中国」の重要なメタファーとなっていることは間違いない。彼らのチベットに対する幻想もその延長線上にあると考えれば分かりやすいのだが、要するにキリスト教を前面に出さずに、チベット仏教に代理戦争を戦ってもらっているということだろう。西洋人のウィグルとチベットの間の温度差をそうした面から理解することもできよう。フランス人が89年のウーアルカイシをダニエル・コーン=ベンディットに準えたというのも意味深な話であるが、ウィグル、イスラームとユダヤ、ドイツという記号が中国とフランスで共有できる違和感なのかどうかは分からない。「インド並み」の多神教とみる道教という理解もあるみたいだが、中国におけるその宗教的根幹は儒教だとみている様だ。文革をナマで見ている者としては、その儒教が破壊され、宗教的に迷走し、混乱しているのが中国だと思えるのだろうが、日本が儒教を内包して成功したとみているのと同じく、西洋的な思い込みも見受けられる。まあ西洋人なのだから、それも当然の話なのだが、例の「反日デモ」について、ほぼ日本の言い分に軍配を上げているところは意外。別にそれを以って翻訳出版が成ったという訳ではないのだろうが、この辺は「義和団事件」や「文革」の記憶というものが西洋人には甦るのだろうか。もちろん、『ソヴィエト紀行』という雛形があってのことではあるのだろうが。






[ 00:13 ]
[ 米国 ]
今年上半期の新書では上位を争うヒットとなったヤツだが、ようやく読めた。別に川田龍平との結婚でご祝儀商品となった訳ではなかろうが、この著者がこんな形でブレイクするとうは思わなかった。たしかに前著の「自分探し」みたいな本よりはよくまとまってる。これも岩波の編集の力がなせる業かと思うが、その分、岩波色はかなり色濃い。それでも「わたし色」よりはまだマシではあるのだが、これからは「格差系」として自立していくことだろう。その意味では現在の状況は著者にとって追い風以外のなにものではない。アメリカの格差社会がかくも悲惨なことは『アメリカ合州国』の時代から知られていたことだし、今や「アメリカ帝国論」は完全に「アメリカン・ドリーム」を凌駕しているのが現実だろう。著者がいみじくも前著のタイトルに付けた通り、支配勢力と対抗勢力としてのリベラルとの共通認識になっている「アメリカン・ドリーム」が崩れた時に、アメリカという帝国が革命によって崩壊するという可能性が現実になるのかもしれない。その革命は是非世界同時進行で行ってほしい。格差社会が著しい国から順番にしてドミノを引き起こしたらどうなんだろう。岩波さん。






2008/07/04のBlog
[ 10:22 ]
[ 台湾 ]
満を持しての大御所の登場だけど、新書は7年前、岩波のサントリー学芸賞と朝日の総統選挙見聞期は11年前、そして著者が前著と位置づける東大の台湾論は16年前にもなるのか。東大で役職になって雑事に追われていたらしいけど、その鬱積したものを吐き出すかの様な400ページ超はさすがにぐったりきた。既出と書き下ろしが混じってるらしいが、とにかく清朝から現在までの台湾政治史がずっしり。メインは「中華民国台湾」なんだけど、とにかく全ての出来事が網羅されているのではないかというくらい濃密なもの。同時期に東大が出した「現代中国の歴史」は通史だったのは対照的。こちらはハードカバーでずしりと重く、とても新入生が読めるシロモノではない。台湾というと日本人にとって、中国とはまた別の意味で「態度表明」が迫られる研究領域であるのだが、「日本語族」にシンパシーを感じながら、それに台湾を代表させることなく、学術的にはメインストリームである「中国語族」を通して研究を進める著者には学者として敬服すべきものがある。そうしたことと関係しているのか原住民の政治参加の動きについてなどは、民進党と国民党の柵もあって、なかかな日本では使えるテキストがないのだが、非常に整理がついた説明となっている。専門外とはいえ、同僚の高橋哲哉の原住民認識が全くお話にならないことも頷けよう。長い戒厳令期を経て混乱と変革の渦の中にあったと思われる台湾政治も、こうしてみると「中華民国台湾化」という一つの波の中での出来事であったのではないかと感じる。李登輝、陳水扁、馬英九もその目指す道がそれぞれ違っても、「中華民国台湾化」という波から外れようとすると、途端に溺れ死ぬ危険にさらされる。それが台湾人が持つ最大公約数だとしたら、中国人、そいて多くの日本人はその希望を意識的に誤解していると言わざるおえないだろう。統一でも独立でもなく「脱植民地化」であるというテーゼはどう捉えるべきであろうか。ことの本質は、その「植民地」の主体が何であるのかということなのだろう。








[ 02:13 ]
[ 中国 ]
三和書籍の「国際日本学とは何か?」というシリーズらしい。王敏が編者というだけで、警戒マークが点灯するのだが、最初の王を含めて、やはり在日が5人、中国が6人の中国人研究者執筆陣は「歴史認識」のお説教は外さない。とはいえ、結構温度差があるみたいで、中国組でも井上清を絶賛する文革世代が教条主義的なのに対し、同じ北京大教授の王新生という人は、中国と日本の問題点を並列化した上で、歴史認識を求めており、こちらの方が日本人をよく知っていることが分かる。おそらく中国語ではこんな文章は書かないだろうが、日本人に対する戦略が時代とともに変化していることが如実に現れている。全体的に思うのは善と悪の二分法が中国人にとっては自明のことであるということ。その文脈で言えば、悪に対する抗議活動である「反日デモ」は責められるものではないということなのだが、それが「日本右翼」の「自衛戦争」の言説と同じであることは言うまでも無い。もっとも日本を「絶対悪」と規定している以上、そこに矛盾を感じることはないのである。台湾やチベット、靖国もその意味では「疑いようが無い」話ということになり、善である者の面子は守られるが、悪である者の面子は考慮する必要もない。日本人が原罪を背負っている自覚がないこと自体が彼らの面子を潰しているということなのだろう。3人いる日本人執筆陣がそんなもんどこ吹く風で、歴史認識系の話を全く挟んでないことが、奇妙なコントラストとなっているのだが、日中間のテーマではどうしてもそのことに言及しなくてはならない中国人にも同情の余地はあるだろう。日本における中国研究が活発で、その出版点数が、中国における日本研究と対照的なことについてはよく話題になることなのだが、それを以って中国人研究者が、日本人は中国人に優越感を持っているとしているのは驚いた。私はその温度差については中国人が日本人に優越感を覚える文脈だと思っていたのだが、これは日本研究者独特のものなのだろうか。それとも、日本人が中国人に優越感を抱いていると規定するプロパガンダの賜物なのだろうか。






[ 00:49 ]
[ パキスタン ]
博論もの。「在日パキスタン人ムスリム移民の妻たち」という副題が付いている。修論は在英パキスタン人についてだったらしく、研究テーマが日本にシフトししているし連続性は保たれている。「妻たち」にフィールドを移したのは、同性として、「夫たち」より調査の利点があるがことが関係しているのだろう。もっともそれ以上に、「妻たち」が同じ日本人であることが大きいと思われる。日本人の妻を持つ在日パキスタン人はほぼ例外なく、流暢な日本語を話すし、英語での調査も可能だろう。しかし、女性研究者の調査にはパキスタン人男性としても、ムスリムとしても壁があったことは確かであろう。改宗してムスリマとして生きる「在日パキスタン人の妻たち」が社会から見えない存在であることや、ビザ不要の時期に来日して、現在まで在留し続けるパキスタン人と結婚した妻たちの年齢が著者と近いこともその理由となった様だ。一言で言えば、彼女たちが社会から「見えない存在」になっている原因を追究する論考と言えるのだが、ビザを要因とした結婚、イスラームにおける女性の扱いといった、とかくステレオタイプに陥ってしまう話を声高に否定するのではなく、その可能性も含めて、内実の多様性を紹介することで、日本人同士の結婚、非ムスリム同士の結婚同様、一筋縄では語れない「結婚」と「家庭」という問題を相対化することに成功している。日本では宗教的実践が難しいという声もあれば、皆がほっといてくれるので、イスラームの実践はしやすいという声もある。いずれにしてもイスラームの問題に帰結できるのだが、「ボーン・ムスリム」がイスラームとパキスタン或いはその出身社会の慣習を混同している点は興味深い。これは「スカーフ論争」と同種のものだろう。また「娘の教育」というのはこうした家庭の重要な課題となっている様で、娘はパキスタンに送って「日本の女の様にさせない」というのが、多くの家庭で共通する認識なのだという。たしかに日パハーフの息子はよく見かけるが、娘はあまり見かねない。その是非は議論の対象になるべきだろうが、ムスリムとしては問答無用の自明なことなのであろう。女子の性教育や体操着を拒否することがクルアーンの教えに合致してるのかもしれないが、「女性」を見えなくしてしまうことは宗教というより、文化的なものとも思われる。学術論文である以上、宗教に関わる問題については慎重な姿勢が窺えるが、いすれにしても優れたものであることはたしか。著者自身の入信の予定はないらしいが、それも博士という「自己実現」があったからだろう。離婚や日本人以外の第三国人の妻たちについても調査があればよかった。在日パキスタン人の妻として、フィリピン人やロシア人、中国人などの事例がかなりあるのだが、彼女たちに対しては明らかに日本人妻に求められるものとは違う傾向がある様にも感じる。








2008/07/03のBlog
[ 13:49 ]
[ 中国 ]
これもなんか変わった本だが、母親の遺品を整理したところ、70年前に書き残した満洲国についての「自由研究」のノートが出てきて、還暦を過ぎた息子が、その検証をするというもの。女学校の「自由研究」なのだが、価値があるものだと思い込んだ様で、満洲に詳しい学者に見てもらおうと探したのが劉傑。さては新書の「漢奸裁判」辺りで見当を付けたのかと思われるが、劉はさすがに小林英夫に廻したらしい。小林はこういう素人参加が好きな人だから、気さくに会ってくれたらしいが、残念ながら「資料的価値はない」とバッサリ。まあそれも当然の話だが、母思いの還暦男に同情したのか、「当時は上野の図書館くらいしか、調査する資料がなかったはずだから、お母さんは大変努力されたと思います。形見として大切に保存してください」と暖かい言葉。その言葉で火がついたのか、ここから、母親が参考にした当時の資料を探し求める息子の闘いが始る。母親が卒業したのは跡見で、今は女子大になっているのだが、そこで検証する様なことはぜず、ひたすら国会図書館と国立大学ので資料を探す。なんでも満洲関係の資料は富山大と宇都宮大、そして神戸大の山口誓子記念館というところにまとめてあるらしく、骨盤痛で苦しむ中、足を伸ばす。富山大には、満洲馬賊を専門とする女性教授がいたはずだが、名前は出てこない。大豆油から人造石油の件で、「自由研究」をバカにされた研究者がいたなんてことも書かれているが、かつて食品分析を生業にしていたという著者は母親と自身の名誉をかけて執念でその裏づけを見つけていく。と、まあ70年前の「自由研究」に熱くなった男の記録なのだが、こういうのって、男のロマンを掻き立てるものなんだろう。




[ 01:41 ]
[ 中東(複数国) ]
著者はアラ石OBで、ジェトロのリヤド事務所長も務めた人らしい。なんでも退職後に、アラブ関係のブログを始め、毎日更新を義務付けたところ、雑誌の取材も受け、新潮社の目にも留まって、新書デビューということになったらしい。今では4本もブログを抱えるというのだが、そんなに毎日更新できるものなのか。私も3つあるが、ここ以外の感想は一行。まあ誰でも出来る読書とかではなく、アラビア事情ともなれば、それなりに専門性も要求されるのだろう。アラ石やジェトロで十年近くサウジにいたとなれば、その気になれば、コンサルや口銭屋でもして、もう一稼ぎできそうなものなのだが、現在は悠々自適にアラブ・ニュースを翻訳してアップする毎日なのだという。ドバイのムハンマド首長や、「アラビアのバフェット」アルワリード王子など、文字通りのアラブの大富豪について書かれているものなのだが、組織人として生きた著者にとって、その存在は眩しく映る一方、自分の生きる道を再確認させたものなのかもしれない。






2008/07/02のBlog
[ 23:54 ]
[ 中国 ]
東大新入生の為の教科書用かなんかだろうか。横書きの口絵付きで、辛亥革命から現在までの通史なのだが、内容密度は濃い。執筆人は学外の中堅どころ(おそらく皆、東大出身なのだろう)の教授さんたちなのだが、地道に論文を書いている人たちの様で、あまり中国本世界では見かけない人たち。『中国河北省における三光作戦』(大月書店)なんてのを出している人も入っているが、その立ち居地はよく分からない。「歴史を鑑として」ならイマイチだが、「未来を開く」ならマアマアといったところか。「両岸三地100年のあゆみ」という副題が付いていて、実際に台湾については詳細、香港については軽めの記述がある。この辺は「中国は一つ」の言説に則ったものかもしれないが、「中国史」と「台湾史」を融合させたものは、日本ではあまりお目にかかったことはなかった。霧社事件も、抗日事件も、2.28も、文革も、6.4も同列に扱うという点は肯定すべきものだと思うが、南京とチベット侵攻に関しては、議論の対象となっているという感じで、あえて詳しく触れなかったという印象。この辺は「歴史的評価」が定まっていないのか、教科書的に問題があったのかよく分からん。その意味では「文革」や「6.4」は歴史的評価が定まっているということなのだろう。あくまでも日本では、ということなのだが。






[ 11:55 ]
[ フランス ]
この著者も修士課程在学中に3冊目の著書か。その全てのネタ元であるフランス留学は1年半というから、随分とコスト・パフォーマンスがいいものだ。なんでも、就職活動がイヤで、院に行ったら、2年後にまた就職時期が迫ってイヤになり、とりあえずどこか留学しようと思ったところ、指導教授がフランス留学経験者だったので、勧められるままフランスに行くことにしたのだという。こう書くと究極のモラトリアムっぽいが、「土門拳賞を最年少で受賞」した人の下で写真を学んだり、人脈築きに奔走した様子も窺えるので、この世界で生きることは早くから決めていたのだろう。ABCから始めて、わずか2年足らずで、ルペンとかミッテラン夫人とかの大物にインタビューできるほどの語学力をつけたとは驚きだったのだが、どうも通訳を用意したものであったらしい。交渉ごとも通訳がしたのだろうか。その辺のことは前著には全く触れられていなかったのだが、この留学指南には、その一挙手一投足が克明に綴られている。リール、トゥール、パリと語学学校を移動しながら留学ライフを満喫した様で、色んな国の友達ができて、英語で発表したリポートは大受けで爆笑の渦だったなどとも書いているのだが、最後にうつ病になって診療を受けたなんてことも書いてあった。日本人の「パリ五月病」については、色々と話題にはなったのだけど、生活にも勉強にも順調なことしか書いてなかったので、さてはネタ作りかとも思ってしまった。しかし、たしかにアメリカに留学するより、安上がりなのだろうが、だからといって、金持ちでない普通の人たちと知り合えるというのはちょっと違うのではなかろうか。モラトリアムの著者が自前の資金で賄えたのかどうかは分からんが、3冊の著書では経済的な元はとれなくても、精神的な元は十分とっただろう。それにしても、わざわざ自分がゲイでないとか、否定しなくてもいいのに。




[ 02:34 ]
[ 中国 ]
時事の元北京支局長という著者だが、この人も「ボーン上田」の受賞者か。わりと早くに大学に転じた様だが、毎日の上村さんみたいに何か圧力がかかったからということではなそそう。これもそうだが、退職後も定期的に時事から本を出しているみたいだし、平凡社からも出している。6.4時の北京特派員らしいが、これまでの本は割と無難な路線だった様な記憶がある。「ボーン上田」を何で獲ったのか知らんが、サラリーマン記者として、その辺が評価されたのかもしれない。ところが、この近著では完全にベクトルが「中国脅威論」に向いていて、ちょっと意外だった。時流に乗ったと言えばそれまでだし、販売戦略的なものもあるのだろうが、どうも単純に「反日デモ」にムカついたからという感じも受ける。その意味では一般人の感覚に近いジャーナリストであり、大学教授なのだろうが、今は東洋大か。そういえば、あそこの学長もモンゴル仏教がらみで、中共を非難する本を出してたな。私大はどこも留学生とか研修とかで、中国の大学と「国際交流」が必須なのだけど、こういうのはちゃんと大使館にチェックされてんだろうな。拓大総長になった渡辺利夫が最近出した新書も凄かったけど、ガチ台湾派の拓大も中国との交流は熱心みたいだから、まあどこも「政冷学熱」か。しかし、大学教授となった今ではジャーナリストとしての取材活動は難しいのかもしらんが、ネタ元が皆インターネットっぽいな。これは。






[ 00:32 ]
[ キューバ ]
このゲバラ嫁は最近日本に来てた様だが、呼んだのは朝日だったのか。そういえば、朝刊の「ひと」にも出てた気がする。例の如く、「未亡人」が書いた訳ではなく、イタリアの「出版プロデューサー」がテープ起こして、最初イタリアで出て、後にキューバ版が出たらしい。後藤政子先生が訳しているから、訳出はキューバ版なのだろう。ということで、当たり障りのない内容となっている。訳者はチェとフィデルの確執について、フィデルが残された家族を大変気遣っていたことをひいて、「別れの手紙」で囁かれたフィデルに対する疑念を払拭する発見だとしている。たしかにフィデルによる暗殺説などはマユツバだったけど、キューバの「公式プロパガンダ」の系譜に入る本である以上、フィデルについて、「歴史が無罪を宣告する」のはその死後を待たなくてはならんだろう。後藤先生もフィデル熱にうかれているところはあるだろうし。その意味で、淡々と書かれている「天国へのラブレター」にそれほど価値はないと思うのだけど、かなり多く掲載されている写真には注目。特に変装したチェとのツーショットとか、タンザニアでの密会写真、爺さんに扮したチェとそれとは知らずに遊ぶ子どもたちの写真とか、カメラ好きのチェがプライベートで撮ったものなのだろう。アレイダさんも変装して秘密裏に会いに行ってた訳だが、こんなものを持ち出して保管してたとは、結構呑気なところがあったんだな。「蜂谷親子」があちこちで記念写真を撮ったりしてたのとは訳が違うが、プラハでは、サッカーを観にいったりとかなり自由に行動していたらしい。キューバ女性同盟の団長として中国にも行ったそうだが、人民公社を見学して、チェとは意見を異にしたなんてこと書いている。チェの死後も一家は、カストロ一家とは違って亡命者も出さず、皆ふくよかな体型でキューバに暮らしているらしい。キューバでは存命の指導者については、肖像化することを禁止している為、世界的なブランド価値があるゲバラ像に対して、フィデルの肖像はキューバ国内では見ることはない。一党独裁が続く限り、その死後に家族に言及した本がキューバで出されることはあるのだろうか。





