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世界読書放浪
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2008/07/25のBlog
これも、まあ啓蒙書。どうもこの事件については、「原光州事件」といった感じで、左派復権の象徴として、再評価への期待があった様だ。李明博時代となり、その動きが止まることを懸念しての出版という意味があるらしい。よって、北朝鮮の影といったものを排除しながらも、日本人読書を意識したのか、「歴史認識」は抑制し、密航についても言及している。よくいえばバランスをとったのだろうが、その分、「悲劇」としても、「伝説」としてもパワーが足りない感じがした。もっとも、歴史上の事件など日常の延長に過ぎないのだから、「物語化」された歴史は疑ってかかるのが筋というものであろう。そうした裏事情に関しては、最後に弁明というか、まとめがあるので分かりやすいうのはたしか。本国での再評価がどういう文脈でなされているのかは分からないが、済州島という地が韓国人の意識の中でも、本土とは違っていることには留意すべきだろう。特に日本との関係性においては、「コリアン世界の旅」で野村進が書いてる様な特殊性が、その土壌がモンゴル時代に培われたものだとしている。そこまで遡ってしまうのも韓国人らしい「歴史認識」ではあるのだが、植民地時代の日本への流入や、四・三事件での粛清といったものを、本土との距離感の理由にするよりは、韓国人にとって理解しやすいものなのかもしれない。その「共通性」から台湾の二・二八事件の真相究明運動との連帯を模索する動きもある様だが、それにも何か裏がありそうだするのは下衆の勘繰りだろうか。
一体幾つNGO屋が巣くっているんだろうと思うくらいのNGO銀座国家ネパールだが、この著者は「ネパールNGOネットワーク」代表なるものを歴任したそうで、この本は普通のネパール紹介本とはちょっと変わった社会福祉問題に特化したもの。お約束の歴史とか地理の話はなく、ホームステイしながら村を歩いて、その辺の村人を適当にインフォーマントにしたり、そこで活動しているNGOがいれば、すかさずチェックを入れて、デンマークの団体は放任主義でいかんとか評価を出す。今やNGOは観光と並ぶ外貨獲得産業には違いないのだが、その分、競争も激しい様で、人気の教育、女性以外に、進出の可能性がある福祉の分野を検討している。その中でも興味深いのは「老人ホーム」で、これまでネパールには老人ホームは存在しないと言われてきたらしい。それもネパールの平均寿命を考えれば無理もない話だし、核家族化が前提となる老人の生活問題はネパールでは深刻化していなかったということもあるだろう。日本に来たネパール人が「日本には老人ホームがあって悲しいが、ネパールには老人ホームがないのが悲しい」と言ったそうだが、これは何たる至言。そんなネパールにも老人ホームが最近できたそうで、介護や老人医療といったものもネパールでは新しい分野なのだろう。もっとも、最大の問題はそれを支える若年層の失業問題であるからにして、その辺りも含めて社会企業家の養成というものが今後有望な「NGO産業」なのかもしれない。もっとも、あっと驚く「大政奉還」があったばかりのこの国で、長期的ビジョをすえた計画を立てるのは難しいところだ。NGOの中にはマオイストに税金を納めているところもあるらしい。この版元は極左だけど、さすがにマオとは距離を置いている。伝統的な中国とインドの緩衝国も、中印和解で、分割の危険性が出てきた様だ。
2008/07/24のBlog
著者は「海洋写真家」という人らしいのだが、ハワイの伝統航海術師に師事して、伝統航海カヌーの日本人初のクルーになったのだか。ほんで、そのカヌーが「ホクレア」ってヤツらしい。なんかどっかで聞いた話だなと思ったら、同じ「写真家」を肩書きとする石川直樹も、著者と同じマウ・ピアイルグという人に師事して、同じく「ホクレア」号の日本人初のクルーに選ばれていたらしい。石川は事故の禊を済ませたのかどうか知らんが、なんだか、海図もコンパスも使わない伝統航海術も、日本人「写真家」たちの売名行為に利用されている感は否めない。この本によると、ハワイの伝統航海船であるからにして、舟の製作にも携わってきた白人は最初、乗船を拒否されたらしい。それでいて、日系人どころか「写真家」の純ジャパが伝統航海術師に師事することができて、クルーにもなれるというのも変な話だ。なんでもハワイから沖縄まで航海するという企画だそうだから、最初から日本の資金が入ったものではあったのだろう。苦労して日本までたどり着いたら、各地で歓迎されたとのことだが、それは裏方が計画通りに動いたということでしょうが。別に「星が教えてくれた道」ではないのだよ。
独文の先生の「非文学系」論文集らしい。「ドナウのほとりの三色旗」とはジークマリンゲンのヴィシー政権のことだが、他には唱歌「蝶々」とか、テュービンゲン大学」とかナチスの指揮者と俳優、鐘の文化史といったところで、脈略のない感じもするが、皆、ドイツ繋がり。紀要の既出論文が多いが、東京教育大学「影の会」の「影」誌発表というものが3本ある。著者は東教大院卒とのことだが、大学消滅後もOBによる「影」の紀要が続いていたのか。あとがきで奥さんに詫びをいれているのも何があったのか気に掛かるところであるが、内容に関しては特に気に掛かる様なものはナシ。
著者は中国の大学院まで日本語を専攻し、来日後も転向することなく日本語研究をしている人らしい。中国人教授の常として、中国語の担当もしているのだろうが、こういう歴史認識の態度表明から離れた中国人の本を読むのは肩の力が抜けて良い。タイトル通り、日本語の諺と、それに対応する中国の諺を併記して解説するという趣旨なのだが、あくまで主題は「日本の諺」の方。なぜか日本語を勉強している中国人(大陸)の人は、この諺ってヤツが大好きで、日本語の練習台にされると、「ちゅうごくには、こういうことわざがありますホニャララ」とかいうのを、決まり文句の如く清聴させられたものである。四字成語の世界で育った人間にとって、日本語を中国語式に解読するのは諺がちょうど良かったのだろうし、日本語の格言の多くが中国由来であることに、密かなプライドも感じていたのだろう。日本語を教わる相手に、逆に教え諭すということに快感があったのかもしれない。著者のみるところ、日本語の諺には一方的なものが多く、結果、一つの方向に向かって、皆が「頑張る」という日本的な性質があるとのこと。つまりは中国の諺はもっと解釈が多様だということを言いたいのだろうが、諺というものは、中国人の日本人に対する「精神的優越感」を体現できたものなのかもしれない。もっとも当時は日本人も何の根拠もなく、中国人を「大人」とか持ち上げたものである。ただ、意外だったのは、日本語由来の諺が結構、中国でも使われているということ。「人間到処有青山」などは毛沢東も中国の諺だと思って使っていたのだとか。「氷山一角」などは戦後に台湾経由で入ってきたものというから興味深い。「人民共和国」は日本語という話があるが、こうした「日帝残滓」を追放することなく、漢語化して使い続ける点は中国が「大人」である証左なのかもしれない。しかし、目白大学の学生さんは「住めば都」を「住むなら東京がいい」と解釈していたのか。まあ大学はその要望に応えて、都心にキャンパスを移した様だけど。
文庫クセジュで、このテーマというのは王道なのだろうが、他国の「公式神話」など読んでも面白くはないし、それが植民地支配を受けた国でもなければ、植民地支配をしていた国で、なおかつ現在も植民地政策を続ける国となればなおさらだ。訳者も控えめな表現ながら、個人主義に徹し、規律や束縛を嫌うフランス人が自己の生命を危うくするレジスタンスに参加したとは容易に理解できないとしている。国が解放されたら皆が抵抗していた様なことを言うのは、どこの国の「光復」でも見られる保身みたいなものなのだろうが、元々、抵抗する人間の方が多ければ、そう簡単に占領されたりもしないものである。てなことを考えながら読んだのだが、どうもその「レジスタンス神話」に批判的なところもある感じの本だった。どうやらドゴールの威光はさすがに薄くなっている様で、レジスタンスは革命ほど「歴史化」されていないのかもしれない。共和国の理念は革命から連綿と受け継がれたものであって、その後の歴史はナンバー制の共和国に過ぎないということであろうか。
2008/07/23のBlog
つげの「シリーズ・地球文化紀行」か。このシリーズは結構面白いテーマを持ってくるんだけど、ビートルズ研究とインド研究って、両雄合いまみれずといったところで、天国(かな?)のジョージの嘆きが聞こえる様な気もする。インド研究の連中にも入り口がビートルズだったという人は結構いるのだろうが、インドに入り込むことによって、だんだんと「特殊化」して、パンピーの「インド放浪」を見下していく傾向になるのも、ある意味、カーストとか、修行解脱のシステムとかインド的要素を感じられなくもない。この著者は、はっきりとビートルズが入り口であったと認識している訳だが、その過去を「恥ずかしいもの」という意識もあるらしい。なんでも幼少の頃からピアノやら声楽やらを習ったものの、ニューウェーブの洗礼も受け、パンク系バンドなどもやっていたのだとか。そんなロック少女が大学教授となり、インド音楽の本を出す時代になったということなのだが、入り口はなんだっていいし、あらゆる所に入り口があるのが人生だと思わざるおえない。もしかしたら、インドを入り口にしてビートルズに入ったという若者も既に現れているのかもしれない。しかし、この本の目的は明確で、ビートルズを入り口にして、インド音楽の豊饒世界に引きずり込もうとするものである。それは著者が辿った道なのだろうが、それも著者が「音楽」という素養があったから容易に転向できたということであろう。そうでないパンピーは前半の「ビートルズ」編から、後半の「インド伝統音楽」にスイッチを切り替えるのは困難な様な気がした。
この著者の新著は岩波からか。ケンブリッジにフェローとして出ていたときに脱稿し、あとがきはニューオリンズから。別にいいんだけど、いよいよ大御所への道を固めつつある匂いがする。とはいえ、今回はテーマ論文に関わらず、前著同様、かなり読みやすいもの。「アメリカン・センター」というと、私などは「アメリカ文化センター」を思い出してしまうのだが、正にその話だった。著者もだいぶ通ったクチかと思われるが、もちろん職員ではないので、アメ文で一冊という訳にはいかず、「パブリック・ディプロマシー」というヤツがテーマ。アメリカのその歴史は大戦下での「ホワイト・プロパガンダ」にその嚆矢をみることができるのだが、激化する戦火の下で「ブラック・プロパガンダ」と2本立てになり、それらが、占領下の「民主化」宣伝、しいては現在のアメリカ文化センターに繋がっていることは承知の通りである。ちなみにセンターはCIE図書館が前身という位置づけらしい。少し前にフィルセンでCIE映画の特集をやっていたので何本か観たのだが、『格子なき図書館』とはCIE図書館のことだったのか。占領終了後は交流プログラムでターゲットを訪米させ親米家に育てることが主流になるのだが、ここで狙われたのが労組幹部陣らしい。表向き革命を唱えていた総評幹部も「昼は反米、夜は親米」なんてことだった様で、安保闘争の時も、若い人のビザ申請が伸びていて、大使館は全く危惧していなかったとか。おそらく今の在韓米大使館なども似たような見解なのだろう。日本政府がどれだけ中国の反日活動家にアプローチしているのか分からないが、歌舞伎町案内人の本によると、中国は日本の民族活動家と接触しているらしい。中国は文化センターの相互設置を認めておらず、一方的に、しかも費用折半という形で外国に「孔子学院」を設置しているそうだが、冷戦を戦ってきた大国は昔から「プロパガンダ」に強いというものである。それにしても、市川房枝から村上春樹まで戦後文化オールスターを訪米させておるのだが、このテーマの研究があまりないこと自体が研究テーマになりそうだ。小田実と江藤淳みたいに、親米も反米も育てることが、アメリカという国の宣伝になったことは間違いないだろう。日本も是非、反日家を招いてほしいものだ。
著者は筑波大学北アフリカ研究センター長というお方で、イスラーム啓蒙書を幾つか出している人。この本もタイトルから分かる通り、一般向け啓蒙書なのだが、秋山書店という版元は知らんかった。この種のものは大手新書から出す以外、有効性を感じないのだが、私も発売から一年以上経って、ようやく見つけた次第。例によって、9.11以降の「イスラム原理主義」敵視の雰囲気に喝を入れるということが目的だった様だが、テロに遭ったアメリカとかヨーロッパと違って、キリスト教国でもなく、ムスリム人口が多い訳でもない日本が、果たしてイスラーム敵視の雰囲気で覆われているのかどうかは疑問。日頃から狭いイスラーム研究界で仕事をしている人にとっては、新聞やテレビでちょっとでもイスラームに否定的なことを書かれるのは見逃せないものなのだろうが、だからといって、いちいち、イスラームは平和な宗教で女性差別などではないなどと声を張り上げるのもどうか思う。ネガティブな報道もイスラームというものが世間に認知されるプロセスだと思えばイイとも外野は思うし、批判を許さぬ非寛容な宗教と思われるには得策ではない様な気もする。この本でも池内恵が槍玉にあがっているのだが、片倉もとこを初めとする「イスラーム研究原理派」の女性陣が、池内を異端として排除する姿勢はなんか滑稽な感じもする。特に筑波は五十嵐事件が未解決である以上、「イスラム原理派」を「イスラム復興運動」とかオブラートに包んだり、「自爆テロ」を教義に反する特殊なケースで、ムスリムの多くは反対しているなどといった言葉で片付けるのではなく、毅然と向き合う必要もあるのではないかとは感じた。その姿勢こそが人々をイスラームを学んでみようと思わせるものだと考えるのだが、どうだろう。
2008/07/22のBlog
「BUBUKA」に連載されていたというから、こちらは正真正銘のコアマガジン系なのだが、イマイチ、パワーが足りない様な気もする。アジアが発展して「アジア」でなくなってきていることや、ネットの隆盛で、かつて伝説的に語り継がれた「あやしいわ~るど」系もそれほどインパクトが感じられなくなった。とはいえ、ドクター・ホーがまだ現役だったとは知らなかったが、バングラのAV事情はちょっと意外。一昔前は中国人もバングラ人も(男は)日本に来たら、まずAVに嵌るというのが相場だったのだが、もはやそれも過去のことなのかもしれない。中国では圧倒的に和モノの人気が高いが、バングラは洋モノか。単に流通事情の問題か、趣味の問題かは気になるところだ。インド系もそのうち洗練されたものが出回るのかもしれない。トルコのハマームは行ったことがないのだが、全裸なのか。他のアラブ圏ではパンツだった記憶があるのだけど、全裸で、皆全開は「特殊風呂」という訳ではないのだろうか。しかし、ラオスからトルコまでという下川祐司ばりの行程なのだが、「貧しくとも純真なアジア」というレトリックがとっくの昔に崩壊した以上、こういう地下系が「カウンター・カルチャー」として作用することはなかろう。「アジアの純真」なんて歌も考えてみれば、そのパロディーみたいなものだったんだな。陽水が天才であることには変わりがないけど。
如何にもこの版元が好きそうなテーマであるのだが、原題は「十一万から三千へ」というらしい。オラヒスものだが、原題の意味は日本占領期に香港の小中学校の児童生徒数が大幅に減ったということらしい。原題のタイトルも、あたかも日本軍が子どもたちを虐殺した様な印象操作的なところがあるが、邦題を「子どもたち」にしたのも、戦争は悲惨であるということを暗喩する日本的印象操作の匂いがする。実際に証言者として登場するのは、カバー写真の様な「子どもたち」ではなく、皆、中学生以上の「少年少女」であって、「抗日ゲリラ」として活躍した人たちも多く含まれている。特にトップバッターは中共の教科書通りみたいな人だったので、どうなることかと思ったが、その基本路線は変わらぬものの、なにせ登場人数も多いので、自然にバランスがとれる様な感じになった。日本人と個人的な接触があった人は日本人にもいい人はいると評価し、そうでない人は日本人全体を憎んでいるという分かりやすい図式だった。日本の兵隊はたぶん学校にもいけない文化の低い人だったんだろうという感想は中国的な感覚で面白い。日本語教育にそれほど反発がなかったのは意外だが、これも日常、外国語の有用性を実感できる香港という地域の特殊性であろう。精神的な恨みより、食い物の恨みが大きい様にみえるのは地域性というより、どの世界でも普遍的なものであろう。侵会大学の原書は英語と中文両方あったのだろうけど、膨大な注釈作成と付録資料の翻訳はご苦労様である。訳者は占領史としてよりも、教育史としての史料的価値を認めた様だ。
2004年の原書だが、題材は81年の「バビロン作戦」。著者は元LAタイムズの編集者で、在職中にたまたま興味を持ったこの作戦を調べることにしたということにしてある。なんでもイスラエル大使館での取材を終え、ロスに戻るフライトを変更して帰宅したところ、乗るはずだった便が9.11で墜落したのだという。奥付けの略歴には2007年3月に病没となっているのだが、2007年5月に書かれた訳者のあとがきには、そのことは全く触れられていない。病没は間違いないんだろうが、何か陰謀めいたものも感じる。ちなみにバビロン作戦に参加したパイロットの一人は、その後に宇宙飛行士となり、コロンビア号の事故で亡くなっている。この著者は秘密とされていた関連文書にアクセスできた最初のジャーナリストなのだそうだが、それが個人の力によって成されたものではないことは容易に分かることであろう。ならば、その「見えざる手」を動かしたのはモサドかCIAかという話になるのだが、いずれにしてもサダム・フセイン拘束という事態が、その扉を開かせたところはある様だ。作戦実行の詳細なプロセスも書かれているのだが、いささか「英雄段」的なところがあるのは否めない。アメリカの承認なしの電撃作戦であったというのは定説なのかもしれないが、作戦に使われた戦闘機がイラン革命でキャンセルされ、イスラエルに廻ってきたものだったとは知らなかった。イランのキャンセル分がイスラエルに廻ったのではイラクもたまったものではないが、サダムからみれば、それはアメリカの了承どころか、アメリカの計画である証左であろう。それが後のクウェート侵攻に繋がっているのだろうし、イラク戦争における米仏対立の原点とも言えるものだろう。となると、去年のシリア各施設(とされる)の空爆はイラン空爆への布石となるのだろうか。