ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
世界読書放浪
Blog
[ 総Blog数:3310件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2008/10/19のBlog
著者は中央党校の教授ということで、体制イデオローグではあるのだが、元々、報告会の内部資料であったのを大紀元にまでリークされたという曰く付きの論文らしい。これも「対日新思考」みたいに、アドバルーンを挙げての様子見なのかもしれないが、氷点事件みたいに著者が干されることもなく、ネット上とはいえ、反響を呼び、国内でも数種類の版本があるのだという。政権が安定している証左として党史見直しを進めているのかもしれないが、当然ながら、「核心」の部分にまでメスが入っている訳ではない。中共も自分で自分の首を締めない範囲で、過去の「冒険主義」とは決別しなけらばならないが、「正史」を編纂するとなると、「毛沢東時代」を前王朝として捉えているということなのだろうか。ここで「論点」として挙げられているのは、陳独秀評価, 長征密電の問題、富田事件,延安整風,朝鮮戦争,高崗・饒漱石、反右派闘争,大躍進,文化大革命,国家主席設置、林彪事件,四人組逮捕といったもので、いずれも毛沢東批判に通じるものである。後半は訳者でもある辻康吾の解説なのだが、辻の言うところである「官方歴史学」への挑戦という性質のものではない様に感じる。反右派闘争で名誉回復されなかったのは結局5人だったことで、5人の為に55万人が犠牲になったという言説は、最近観た王兵の『鳳鳴』でも鳳鳴さんが力説していたことだが、こうした「民間歴史学」の声が「官方歴史学」に影響を与えていることを窺わせる。林彪については再評価というよりも、打倒の対象から歴史上の人物に変わったという感じで、これも時代の趨勢というものであろう。とはいえ、劉少奇の様に名誉回復するには、林彪事件が陰謀論であるという確固たる証拠を提示しなくてはならず、これはもはや無理というもの。それならば、むしろ六・四の再評価の方が可能性があるかもしれないが、当然ながら現時点では「論争点」などにはなっていない様だ。
モロ自費だし、大手メーカー退職後に豪州ロングステイの団塊日本語教師となると、また身辺雑事の小宇宙での比較文化論モノかなと思いきや、結構違った。何処の大手メーカーか知らんが51で退職といのは早期退職にしても早いものだろう。よって悠々自適という訳にはいかなったらしいが、それでも当座のカネは用意した上でのセミリタイア生活の様だ。豪州に来てしているのは図書館通いというのも好感が持てるが、現地で英語多読法を実践している日々だという。そのせいか、ファーストネームで呼ぶとって付けたみたいな現地の友人とかはあまり登場せず、もっぱらオーストラリアのニュースを紹介解説するというもの。その関係の深さを考慮すると、日本のオーストラリア本は大変少ない気がするし、私が読んでるのもアボリジニものばかりだ。オーストラリアの政局ニュースなどはあまり報道されることもなく、せいぜいクジラとか、親中首相が反日打消しに躍起みたい話が出てくる程度である。この本が結構読めたのも、そうした穴を埋める作用があったからということにもなるのだが、最初の政治家隠し子事件とか、ワニに食われた話とかオーストリアのローカル色が出ていて興味深い。イ・アイ・イの高橋治則は死んだことさえ忘れていたが、ゴールドコーストでの顛末なども書いてある。そんな感じで気になった新聞記事を解説してくれる分には良いのだが、最後はどうしても日本経済だの日本社会だのに説教したくなるのは団塊の病なのかなあ。
2008/10/18のBlog
「中国人のメンタリティー」という副題だが、苦手の古典モノだった。中国語の「情」と日本語の「情」の違いを詩歌や小説から探るというものだが、これは王敏なんかも盛んに言ってることだな。中国人の「情」が理解できないから、日本人は中国人を誤解しているということになる様だが、中国人にはわりと簡単に日本の「情」が理解できるものらしい。その意味では日本の「情」の方が普遍的なものに近いのかもしれないが、それはむしろ中国人が「中国特殊論」を以って、外国人には理解できないものとしているからなのかもしれない。この本で説明されるのは、そうした中国的特殊な「情」ではなく、愛情、友情といった普遍的なもので、中国人のメンタリティーはそれほど特殊な訳でもないというメッセージがある様にも感じた。ただ、その説明素材となる物語が古典モノばかりなので、結局のところ、日本と中国の「情」の違いは歴史感覚の違いではないかという気もしてくる。あらゆる国民性は歴史とは無縁ではなかろうが、少なくとも中国人は自分たちの「情」が歴史に深く根付いたものと考えている様だ。
この著者の前の新書も読んでるのだが、今回はこりゃまた随分と違うものを持ってきた。正に体当たり取材というか体験記なのだが、NYにサバティカルに出たのは、これが目的ではなく、別の研究テーマもあったらしい。フランスでもバカンス前に、一緒に過ごすパートナーを見つけなくてはならないものらしいが、あちらのサバティカルというものも一人で過ごすものではないのかもしれない。トニ・モリソンも知らなければ、左も右も嫌いな「反動」の私は最初から失格なのだが、日本の出会い系とは全く違う世界がアメリカでは常識となっているのか。それにしても、よくこんな短期間で何人もホイホイ付き合えるものかとも思うのだが、その辺は著者の気持ちが若いからなのか、オトナなのかよく分からんところだ。とはいえ、ちゃんとセックスのことも書いているし、フィールドワークとしてはかなり面白いものであることはたしか。どうも女性のコイバナは美化とドロドロが多くて、正直苦手なのだが、こういう「カジュアル」な話だと興味深いものがある。もっとも、著者もそうした美化とドロドロがホンモノの恋だと思っているフシがあって、テーマから外れるからという理由もあるが、「ホンモノ」の方を匂わせているのも、何か「女の意地」みたいなものを感じる。「オリエンタリスト」への抵抗感もそうした文脈で捉えてよいかと思うが、白人の「アジア系女性」に対する偏見と憧憬は、日本以上に「女性性」というものを意識させられるのではなかろうか。著者が驚くべき成果を達成したことからも分かる様に、「アジア系女性」の選択肢は、「アジア系男性」の何百倍もあると言っても過言ではなかろうが、アメリカの様な国でこうしたシステムが正常に稼動しているのも意外だ。もちろん犯罪と結び付くケースは少なくないだろうが、実社会とは逆に、ネット社会が低信頼性社会ではないというというのは日本と全く逆である。少なくともアメリカではネットというものにネガティブなイメージはないのだろう。考えてみれば、ネットというのはアメリカが作り出した自国の伝統文化には違いない。核兵器とか宗教への信頼もそうだが、ネットを批判するのは自国を批判する様なものなのだろうか。
2008/10/17のBlog
阿片帝国・日本といっても戦前の「帝国」時代の話なのだが、著者はこの問題を専門にやっている人らしい。その前は「からゆきさん」→「従軍慰安婦」というコースで来た様で、次は毒ガス辺りであろうか。ということで、北朝鮮が覚せい剤を輸出しているなんて日本がしたことに比べれば大したことがないと擁護したりもしているのだが、せっかくの面白いテーマも色が濃すぎて損をしている風にも思える。満州の阿片王と言えば里見甫で、評伝も何種類も出ているのだが、著者が阿片王に選んだのは二反長音蔵という人。この人は全く知らなかったのだが、その遺族の下に大陸浪人の手になる極秘レポートが残されているらしく、その全文掲載と、阿片中毒患者の特効薬、阿片禁止運動に立ち上がった日本人の話などを加えたものが今回の内容。正体不明の大陸浪人のレポートがどれだけ信憑性があるのかは分からんが、まあ「日本軍国主義」の非道を暴く史料ということなのであろう。後半では渡辺利夫に噛み付いているのだが、これは渡辺が拓大学長の先人だった後藤新平を評価する一文を認めているからだそうで、著者に言わせれば、後藤新平こそ、阿片帝国日本の中国侵略における諸悪の根源だそうだ。という感じで全体的に教条的な印象が強い。名は体を表すではないが、おそらく著者は正直な人なのだろう。
札幌の版元らしい。著者も道産子の北海道文化人の様だが、この本はバイエルン州の修道院を訪ねる旅エッセイ。長年、美術館長など芸術行政に携わってきた人らしく、宗教建築や宗教画に一家言がある様だ。弟さんがドイツ在住ということもあって、片田舎の教会へも足を伸ばしている。とはいってもドイツに人里離れた知られざる修道院がある訳もなく、それぞれ地元の名所とはなっているのだろう。名物の修道院ビールなども味わっているのだが、南部だからカトリックか。全く知らんかったが、バロック芸術とはカトリックの反宗教改革が背景にあったんだな。もっとも、その歴史にも、様式にも興味はないので、カラー写真が多くて助かったという印象。
著者は米国籍のユダヤ系ポーランド人研究者とのこと。タイトル通り、戦後ポーランドにおけるポグロムを論じた本だが、それがドイツ人によるものでなく、ポーランド人によるものであったことは現在では常識となっている。問題は南京同様、「数」が争われている様で、この著書もそうした文脈からすれば、ユダヤ側からの検証ということにはなろう。ただ、虐殺写真も加え、かなり実証的なものを提示はしているのだが、その「事実」よりも「動機」の面に焦点をあてたものとなっている。著者は1947年ワルシャワ生まれで、68年に亡命とのことで、ポーランド人の深層意識はある程度理解しているかと思われる。父は共産党員で、母はナチスに抵抗した国内軍のメンバーだそうだが、父はユダヤ人で、母はポーランド人ということなのだろうか。ポーランド人が反ユダヤ主義に走った理由をユダヤ人から没収した財産を奪われる恐れと、ユダヤ人と共産主義者を結びつけ共産党支配への抵抗感の二点を主なたるものとあげているのだが、ポグロムの直接的原因となったのは、ユダヤ人がポーランド人の子どもを儀式の為に殺害しているという噂なのだという。こうした「伝説」はバルカン起源なのだそうだが、日本の戦後は一時的に「第三国人」がこの世の春を謳歌したが、ポーランドでは「関東大震災」レベルであったことも窺われる。もっとも、困窮した民衆の反感をかったという点では同じだろう。そこで「知識人云々」の話になってしまうのだが、こういうことを強調するのは余計ユダヤ人に対する反感を招くのではないかという気がしないでもない。いずれにしても、多民族国家であったポーランドが解体された結果、国家を持たない民族であるユダヤ人が取り残されてしまったということは背景としてあるのだろう。その意味でユダヤ人はスケープゴートになるのも必然的なのだが、この辺も日本の戦後の風景に似たものがある様に思える。
この人は今年から拓大日本文化研究所客員教授になったのか。しかし、これで黄文雄、呉善花と並んで「売国奴」揃い踏みではないか。佐藤優もそうだというのも何か意味深だ。渡辺利夫もここの学長になってから急速な「右旋回」を見せてるが、中国とか韓国の留学生が彼らの授業をとることはないのかな。で、最近コンスタントに出している著者だが、これは小学館のClickシリーズというヤツらしい。SAPIOの連載ということではない様だが、中国の「悪魔の辞典」モノはこれまで出ていなかったか。最初がイキナリ「チベット」なのだが、これは編集の方のリクエストかもしれない。四川省出身だけど、中国にいた時にはこんな認識はまず持っていなかっただろう。その関連で「自治区」、「聖火リレー」と続き、「漢奸」と来るのは、ここまでは「中国人」の認識とは一線を画すという意味なのだろうか。その後は皮肉というより、「中国人」にとっても「常識」の線なのだけど、長野の留学生まで「墳青」扱いするのはどうだか。まあ馮錦華も日本にいたなら、真っ先に長野に駆けつけたクチだろうから、中には反日原理主義の人間がいたかもしれないが、あれはどちらかというと官製の性質が濃いだろう。もっとも「紅衛兵同様、政権に都合の良い道具」という意味では正しいとは思う。「日中友好」とか「歴史問題」は笑ってしまうが、「白猫・黒猫論」が鄧小平のオリジナルではなく、四川省の古い諺だとは知らなかった。トリは「北京五輪」だが、著者の言う通り、「誰も噴き出して、すっきりする分かる説明」とはとても思えんな。まあこうした自画自賛は著者が未だに「中国人」であることを表してる様で安心はするのだけど。
2008/10/16のBlog
脱北ものも最近はすっかり出なくなってしまったが、「北朝鮮バッシング」のブームが去ったからというより、脱北者は拉致被害者ほどの同情を集められなくなったからといったところであろう。石丸次郎さんが始めた季刊誌は健闘しているのだろうか。そんな中、久々に「脱北者」としてスポットライトを浴びたのがこの著者。収容所からの脱出記はパイオニアの姜哲換をはじめ幾つか出ているのだが、収容所生まれというのはかなりレアではあろう。金正日の存在すら知らなかったというのも、ポルポト政権下の「オンカー」を彷彿させる話であるが、外国の存在など当然知らずに育ったらしく、少なくとも収容所に中では「主体思想教育」も「反日教育」も成立する余地などない。目の前で母親が監視員に辱めを受けて、脱走を図った母親と兄の処刑も眼前で見せられたそうだが、同時に執行された処刑が母親が絞首刑、兄が銃殺と別れているのはなぜだろう。本人はあまり悲しみを感じなかったそうだが、実際、「家族関係」などというものが成立していない以上、そんなものかもしれないし、自分もそのせいで拷問を受けたという理由もあったのかもしれない。そんな「無知の涙」状態である著者が、たまたま同房になった政治犯の「朴課長」に影響されて、脱走を図るというのも解せないが、結局、一人で脱走し、盗みと賄賂で脱北まで成功する知恵があったというのも奇妙な感じはする。軍隊がもはや脱北阻止ではなく、脱北させてナンボというのは、その通りかと思うのだが、更には中国で何ヶ月も生き延び、上海まで辿りついたというのも極めて運が良かったというか特殊なケースではあろう。現在は姜哲換が作った「北韓政治犯収容所解体運動本部」なるものに加わっているとのことだが、ブルース・カミングスがいみじくも語った様に、そこで起きていることは真実かもしれないし、それ以上のことが起きているのかもしれない、ホロコーストが後に真実と分かってときに欧米の知識人が受けた衝撃がスターリン政治の終焉を導いたのも確かだろう。中国や北朝鮮における「収容所思想」はスターリンの遺産であるということも言えるのだが、そこには欧米の「野蛮なるアジア」のイメージに対するアンチテーゼがあるとも言える。この構図を終焉させるには「アジア的価値観」に基づいた解決策が必要なのかもしれない。
ご存知、河出の「ふくろうの本」図説シリーズ。このシリーズは既に「満州帝国」、「満鉄」、「満州 都市物語」と出ているのだが、今回は「戦跡」か。ということで、旅順をトップに持ってきたりはしているのだが、どうも前に出たのの焼き直しっぽい感じがする。満州の目立った戦績は「抗日戦争」を伝説化する中共の正史ではナンボでも出てくるのだろうが、日本の戦史的には二〇三高地くらいしかないのが現実。そこで、例によって満州建築ツアーとなってしまうのも仕方がないんだろうが、その方が実用的で求められるものであるということもあるのだろう。まあ偽満史観に立てば。ヤマトホテルも特急あじあ号も「戦跡」には違いないんだろうが、実利的理由から、教育的効果、そして現在は観光資源として、中国も潰すに潰せなくなってしまった「負の遺産」は、これからどのくらい生き長らえるのだろうか。ちょっと気になったのが「満洲」ではなく、「満洲」表記なのだが、最近は「洲」をつ使がことが、研究者の「常識」みたいになってきている。別にこれは「とんぼの本」だから「州」にしたのではなく、清王朝が水をシンボルとした「水徳」の王朝だから、さんずいが付いたのであると明記している。日本人が長く使っていた歴史用語として「満州」を使用するともしているのだが、これは中国の「偽満州」に対する弁明であろう。清王朝と「満州」は別物だから「さんずい」はいらないという意味なのかもしれないが、この辺がちょっと曖昧だった。
在米十四年という著者が、大リーグの投手術を解説というものだが、こちらが野球を見ない事もあって、イマイチ、ピンとこないものだった。「ジャイロボール」についても熱く語っているのだが、どうも実在しない「魔球」という訳でもなさそう。なんでも「魔球の正体」という解明本が出ているらしく、個人的な翻訳をロバート・ホワイティングの紹介でアメリカ人から頼まれたそうだ。メジャーでもそれを参考に投げるピッチャーがいるそうだが、日本の野球は精神的、アメリカは科学的とは一概には言えない様だ。先発ピッチャーの100球限度制も別に科学的根拠がある訳ではないらしく、選手の年俸が高騰したことにより、酷使して稼動年数が短くなると、単年で好成績を挙げても割に合わないからという理由らしい。不正投球のゲイロード・ペリーという人は前にテレビで特集をしていたのを見たが、プロなんだから、こういう確信犯も商業的には必要であろう。松坂がシャツで汗を拭って反則とされたというのは知らなかったが、ならばハンカチ王子みたいのはアメリカでは許されないということか。成績がどうであれ、日本でドラフト指名されることは確実なんだろうけど、慶應の志村とか、日生の杉浦みたいに、日本のプロ野球には背を向けて欲しい気もする。大リーグはやっぱ無理かもしれんけど。
2008/10/15のBlog
韓流も映画、音楽、食いもん、とそれぞれ韓専ライターがいる訳だが、韓流スポーツ専門というのは著者以外にはあまりいないだろう。それも出世作「日韓キックオフ伝説」を出したのが1996年というから年季が入っている。これまでサッカー、野球と日韓対決物語を書いてきたのだが、今度はスポーツ全体。サッカーや野球と違って、他の競技では日本の影など、あまりないだろうと思いきや、あにはからんや、それが「大韓民国」の歴史である以上、あらゆることに「日本」は無関係ではない。著者としても韓国のスポーツ史を書いたつもりだったんだろうが、結果的に「克日」とか「戦争」とか韓国スポーツのステレオタイプ的な面が浮き彫りになってしまったことは意図せざるものだった様だ。朝鮮戦争後に長く続いた「貧困」の時代はスポーツなどの余裕は国民になかった訳で、スポーツとは国家代表が行う国策的なものという現在まで続く認識において、スポーツと「克日」、「戦争」が結びつくのも必然的なことだった。その意味でも「克日」は長い間、「克北」であったし、「克日」を掲げるにはスポーツにしても、経済にしても「日本の背中」が見えてきた80年代になってからというのが実情であった。それまでは日韓にはサッカーなど一部競技を除けば、圧倒的な力の差があった訳だが、日本を追い抜いた現在、その先にあるのは「克中」ではないことは、韓国のスポーツが未だ国策の枠から抜け出せないことを表している様な気もする。オリンピック招致が実は瀬島龍三と五島昇の提案であったことは初めて知ったが、全斗煥が瀬島に助言を求めたからだという。韓国が現在躍起になっている「親日派」追放は日本人にとってはイマイチ、ピンとこないのだが、民主化以前は政治においても日本の影響というものが存在していたことは事実であった様だ。換言すれば、日本の最高権力層はソウルで決めていた訳で、名古屋招致は最初から負け戦だったということになる。そうした「克日」の裏にある日韓協力はスポーツ界でも多みられ、大松監督が韓国でも指導したなどということは、著者が知らなかったくらいだから、周恩来が自ら招聘したことで有名な中国における指導とは違って、関係者のみが知っていたことだったのかもしれない。そして、そうした「克日」の季節が終わった現在でも韓国にとって、スポーツが国家のものであることは変わりがない。如何に一般人と選手がかけ離れているかは、それまでとは打って変わって批判的なトーンで描かれているのだが、こうしたことが書けるのも「克日」の後に来るものを見出せないコリアンスポーツへの著者なりの愛情表現にも感じた、