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Ojos(オホス=眼)
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2008/07/24のBlog
雨に濡れるハイアット・リージェンシーの朝の庭です。池には噴水+鶴の像が立っていたりして、なかなかの日本趣味です。ゴルフオジサン集団さえうろつかなければ、居心地の良さそうなホテルなのに(それを言っちゃぁ、オシマイだってば(^.^))。で、この後、隣のホテル:フィエスタ・リゾート&スパも、ついでに覗いてみました。ここも悪くなさそうです。ストリート・マーケットは目の前だしね。
パン、キムチ、ヨーグルトという異色の組み合わせで朝食を終え、デザートは西瓜、グレープフルーツ、ハネジューメロンです。朝、これだけの果物が食べられると、ぼくはご機嫌です。(この後、午後の空港での出国手続きが混んで、2時間も、構内で立ち待ちしなければならないとは、この時は予想もしませんでしたよ。昨年の出国手続きは楽勝だったのに)
サイパンにしては珍しく、朝から雨が降っています。今日は帰国の日ですが、午後のピックアップまでには止むでしょう。ホテルの傘を借りて、ハイアット・リージェンシーの朝buffetを食べに行きました。エントランスに入って、びっくりしたのは、こんな雨降りなのに、ゴルフに行く格好のオジサン集団が、ピックアップを待って屯していました。(バッカじゃないの?なんて言ってはいけません。人様の自由ですから(^.^))さて、buffetのメニュー、手前はヨーグルト。右はキムチ。朝からキムチなんて、食欲が出ますねぇ。
ペルセポリス遺跡での自由時間で、ぼくは他の人たちより一足早く集合地点に着き、「伸びるアイス」を食べていました。これは、トルコの山岳地帯の山羊の乳で作られるアイスクリームで、独特の「伸び」があるのですが、イランの山岳地帯の山羊の乳も同じ性質があるのでしょう。前日の疲労で心配したペルセポリス観光も無事に終わり、ホッとしながら食べるアイスの味は一段と美味でしたが、実はこの時、ぼくたちの乗ったバスで深刻なトラブルが進行していたことを後で知りました。バスがクラッチ板の故障で、部品交換に数時間要する事態になったのです。急遽、ガイドは他のバスを一時的に借りて、ぼくたちを昼食レストランまで運ぶことを決め、全員を集めました。ぼくの背後で進行していた事態を、ぼくの近くにいたトルコ人が「日本人クルーは出発するらしいよ」と英語で教えてくれたので、慌ててぼくは、アイスを食べながら立ち上がりました。伸びるアイスを食べるたびに、きっとぼくは、あの狼狽を思い出すことでしょう。
ペルセポリス遺跡で自由時間となりました。「太陽を遮るものが何もないので各自で紫外線対策を」と添乗員に言われていたので、ぼくは折畳み雨傘を差していました。幸いにも、この日は、アラビア半島から舞い上がった砂塵が空を覆い、太陽が月のように霞んでいたので助かります。観光客があまり行かない遺跡に、1人じっと座って動かない女性がいました。何を思う人でしょうか?「ひとり座し、ひとり臥し、ひとり歩み、なおざりになることなく、わが身をととのえて、林の中でひとり楽しめ」画面との脈絡はないのですが、ブッダの言葉と伝えられるフレーズを思い出してしまいました。
2008/07/23のBlog
画面はペルセポリス遺跡に残るゾロアスター教のシンボルマークで、同じ形(羽を広げた大鳥)が、後で見るゾロアスター教寺院のエントランスにもあります。この宗教は、開祖ゾロアスターが唱えた、最も古い宗教の一つで、拝火教とも呼ばれ、アラブがペルシャを征服するまで、ペルシャの国教でした。教義は難解ですが、世界は「聖霊」と「破壊霊」の闘争の中にあり、人は自由意志で、そのどちらかを選択し、善と悪は戦い続ける、という世界観は、その後のヒンドゥー教などに強い影響を残しました。ニーチェの著書「ツアラトゥストラはかく語りき」のツアラトゥストラはゾロアスターをドイツ語読みしたものです。水、火、大地の3要素を汚してはならないことから、死体は、石の上に置き風化(実際にはハゲワシなどが食べるので、「鳥葬」として知られる)させることでも有名で、今回のツアーも4日目に、その遺跡「沈黙の塔」を見学します。
ペルセポリス遺跡には段差があって、緩やかな階段を昇り降りします。その階段の脇にもレリーフがあり、階段を昇り降りする人の足の形が、ユーモラスに描かれています。(画面がよく見えない場合、クリックすると拡大されます)レリーフの作者が、楽しみながら、これを彫ったことや、その息吹きが伝わって来るような気がしませんか?ガイドのムサさんは、「当時のペルシャの王は、『相手の軍隊を何人殺した』とか、『建物をどれだけ破壊したか』を誇るようなタイプではなかった。宗教を強制したわけでもなく、相手の国との共存を大切にした」と、暗に、マケドニアのアレキサンダー大王よりもモラルが高かったことを強調していました。本当のことは、ぼくには分かりませんが、遺跡のレリーフには、確かに殺戮を暗示する場面は少なく、描かれる民族の長たちの表情も穏やかです。ムサさんの言葉には多分、今の米英の戦争の仕方に対する批判も含まれていたかも。
辺りが少し暗くなりかけた頃、ようやくスパイシー・タイ・ヌードルに着きました。ガラパン地区は、いかにも観光客相手と分かる店構えのところが殆どなのに対して、逆に、この辺は、ガイドブックにも解説は無く、地元向けの店構えばかり。ぼくも1991年に泊まったグランドホテルより南には来たことがありません。とにかく、店の味を知るには、タイカレーが一番良いと思っているので、それを頼みました。いやぁ、さすがに「スパイシー」を看板にしているだけあって、辛いわ!汗かきながら全部食べましたけどね。タイを舐めちゃいけません(^.^)。帰りは、タクシーを呼んで、と頼んだら「5$タクシー?」と訊かれました。意味が分からないまま「OK」と答えたら、店のオバサンが車でホテルに送ってくれて、それが5$ということが最後に分かりました。地元の符牒は体験しないと分からないね。アハハ
タイ料理店に行く途中、面白い看板がありました。サンアントニオ小学校の案内板のようですが、ホーム・オブ・オクトパスって「タコの家?」、、、これって、小学校のこと?海に囲まれた島だから、タコは珍しくないでしょうけど、うーん。土地の人に話を聞いてみたいけど、語学力に自信ないしなぁ、、(^.^)。
サイパンでの最後の夕食を食べるために、島の南側にあるスパイシー・タイ・ヌードルに行くことにしました。昨年食べた、比較的近所の「タイ・ハウス」は気取っているだけで美味しくないので、遠いけど、労を惜しまないことにします。お金がかかるタクシーは避けて、夕方から、DFSギャラリアと主要ホテル間を循環する低料金のバスを利用しました。パシフィック・アイランド・クラブというホテルで下車し、15分くらい歩いて戻ると、店があるはずです。その途中、見事なホウオウボクを撮りました。