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2008/07/25のBlog
[ 00:55 ]
[ 野球 ]
2008/07/24のBlog
[ 20:57 ]
[ 仕事 ]
本日うちの施設の夏祭りだった。
だが・・・。
我がグループホームから参加した利用者さんは9人だった。
付き添いで行った職員の方が多いと言う状態だった。
回を重ねるごとに規模と参加者がどんどん縮小されていくうちの施設の行事。
なんとかならないかな・・・
だが・・・。
我がグループホームから参加した利用者さんは9人だった。
付き添いで行った職員の方が多いと言う状態だった。
回を重ねるごとに規模と参加者がどんどん縮小されていくうちの施設の行事。
なんとかならないかな・・・
2008/07/23のBlog
[ 02:37 ]
[ プロレス・格闘技 ]
もう『ハッスル』とは、とんとご無沙汰になった僕。
2008/07/22のBlog
[ 00:10 ]
[ プロレス・格闘技 ]
昨日行われたDREAM.5。
ライト級グランプリ決勝は、準決勝で宇野を判定で下した青木真也と
川尻を殴り倒したエディ・アルバレスの間で行われると思いきや・・・。
アルバレスが目の負傷の為、決勝戦を棄権。
代わりにリザーブマッチを勝ち上がったヨアキム・ハンセンが決勝進出!
ライト級グランプリ決勝は、準決勝で宇野を判定で下した青木真也と
川尻を殴り倒したエディ・アルバレスの間で行われると思いきや・・・。
アルバレスが目の負傷の為、決勝戦を棄権。
代わりにリザーブマッチを勝ち上がったヨアキム・ハンセンが決勝進出!
よって、青木真也とヨアキム・ハンセンの間で決勝戦が行われることとなった。
一昨年の大晦日にハンセンをフットチョークで完封した青木。
不運続きだった青木がハンセンを下して優勝し、ハッピーエンドと思いきや・・・。
一昨年の大晦日にハンセンをフットチョークで完封した青木。
不運続きだった青木がハンセンを下して優勝し、ハッピーエンドと思いきや・・・。
2008/07/21のBlog
[ 22:08 ]
[ プロレス・格闘技 ]
2008/07/20のBlog
[ 23:56 ]
[ 仕事 ]
今日、大笑いのしすぎで狭心症の発作を起こした利用者さんがいた。
目の前で楽しそうに大笑いしていた人が突然苦しみだす。
ちょっと衝撃的な場面だった。
幸い大事には至らなかったが・・・。
笑いすぎにも要注意!
目の前で楽しそうに大笑いしていた人が突然苦しみだす。
ちょっと衝撃的な場面だった。
幸い大事には至らなかったが・・・。
笑いすぎにも要注意!
2008/07/19のBlog
[ 01:48 ]
[ 野球 ]
カープの山崎浩司がオリックスにトレードになった。
“守備の達人”
“バンドの名手”
“曲者”
カープ時代、そんな称号で呼ばれていた山崎。
僕はそんな山崎のファンだった。
もし梵が入団していなければ、山崎は2番・ショートのレギュラーを掴んでいたはずである。
“守備の達人”
“バンドの名手”
“曲者”
カープ時代、そんな称号で呼ばれていた山崎。
僕はそんな山崎のファンだった。
もし梵が入団していなければ、山崎は2番・ショートのレギュラーを掴んでいたはずである。
昨年8月巨人戦で隠し玉を決め、一躍脚光を浴びた山崎。
チャンスを与えれば、与えられた仕事はきっちりし、充分光れる選手だと僕は思う。
山崎、カープからいなくなるのは寂しいけど、オリックスでしっかり頑張ってくれ!
チャンスを与えれば、与えられた仕事はきっちりし、充分光れる選手だと僕は思う。
山崎、カープからいなくなるのは寂しいけど、オリックスでしっかり頑張ってくれ!
2008/07/18のBlog
[ 01:54 ]
[ 野球 ]
23試合連続無失点を続けていたカープの梅津の連続無失点がついに昨日ストップした。
昨日の横浜戦。
4―4の六回一死一・二塁の場面で岸本の後を受けて登板した梅津。
バッターは仁志。簡単に2ストライクをとった後の3球目、真ん中に入ったスライダーを
左中間スタンドへ叩き込まれた。
チームにとっても、梅津にとっても痛恨の3ラン。
こうして連続無失点はあっさりストップした。
その直後、村田にも2ランホームランを許し、まさかの大炎上!!
連続試合無失点記録はいつかは止まるもの。
だけど、こんな大事な場面で大炎上して止まらなくても・・・。
この1イニングの5失点が致命的となり、9-8で横浜に破れ、借金3となったカープ。
まさかの横浜戦負け越し。
まさかの5位転落だった。
一時は天谷のサヨナラヒットで勝率5割に乗せ、2位も見えていたカープ。
だがその後、連日勝利まで紙一重の良い試合が続くも、もう一歩のところで勝利の女神から見放され続けるカープ。
僕の計算では、この横浜3連戦で3連勝し、貯金1になる予定だった。
黒田・新井の離脱を契機に、新しく生まれ変わったカープ。
連日良い試合を続けているのに、このまま沈んでいってほしくない!
これからまた盛り返してくれ!!
そして、梅津。
今日からまた連続試合無失点のスタートだ!
昨日の横浜戦。
4―4の六回一死一・二塁の場面で岸本の後を受けて登板した梅津。
バッターは仁志。簡単に2ストライクをとった後の3球目、真ん中に入ったスライダーを
左中間スタンドへ叩き込まれた。
チームにとっても、梅津にとっても痛恨の3ラン。
こうして連続無失点はあっさりストップした。
その直後、村田にも2ランホームランを許し、まさかの大炎上!!
連続試合無失点記録はいつかは止まるもの。
だけど、こんな大事な場面で大炎上して止まらなくても・・・。
この1イニングの5失点が致命的となり、9-8で横浜に破れ、借金3となったカープ。
まさかの横浜戦負け越し。
まさかの5位転落だった。
一時は天谷のサヨナラヒットで勝率5割に乗せ、2位も見えていたカープ。
だがその後、連日勝利まで紙一重の良い試合が続くも、もう一歩のところで勝利の女神から見放され続けるカープ。
僕の計算では、この横浜3連戦で3連勝し、貯金1になる予定だった。
黒田・新井の離脱を契機に、新しく生まれ変わったカープ。
連日良い試合を続けているのに、このまま沈んでいってほしくない!
これからまた盛り返してくれ!!
そして、梅津。
今日からまた連続試合無失点のスタートだ!
2008/07/17のBlog
[ 16:22 ]
[ プロレス・格闘技 ]
近所のレンタルショップで何気に借りた『新日本語録』というDVD。
このDVD、凄く面白かった!!
語録集の名の通り、新日本プロレスの歴史を彩った数々の名(迷)言がいっぱい詰まっていた。
「てめーらの力で勝ち取ってみろ!」
「どうですか?」
「出る前に負ける事考えるバカいるかよ!」
このDVD、凄く面白かった!!
語録集の名の通り、新日本プロレスの歴史を彩った数々の名(迷)言がいっぱい詰まっていた。
「てめーらの力で勝ち取ってみろ!」
「どうですか?」
「出る前に負ける事考えるバカいるかよ!」
「こんばんは」
「天下を取り損ねた男がよく上がってきた」
「またぐなよ」
「甘い!」
「正直、スマンかった」
「おい、エッチュー!何こら!これが俺の返事だ!」
「ガッチャメラ」
「バク進します」
「こんなしょっぱい試合ですいません!」
「天下を取り損ねた男がよく上がってきた」
「またぐなよ」
「甘い!」
「正直、スマンかった」
「おい、エッチュー!何こら!これが俺の返事だ!」
「ガッチャメラ」
「バク進します」
「こんなしょっぱい試合ですいません!」
「時は来た!」
「UWFの一年半が何であったか。それを確認するためにやってきました」
「猪木さんに命預けます!」
「キレちゃいないよ」
等など。
プロレス史に残る名言や思わず笑ってしまう迷言のオンパレードだ!
個人的にお気に入りの名言場面はこれ。
「UWFの一年半が何であったか。それを確認するためにやってきました」
「猪木さんに命預けます!」
「キレちゃいないよ」
等など。
プロレス史に残る名言や思わず笑ってしまう迷言のオンパレードだ!
個人的にお気に入りの名言場面はこれ。
87年の世代闘争開戦の場面。
「藤波!前田!お前ら噛み付かないのか?
今しかないぞ!俺たちがやるのは!」
と叫んだ長州力。
「どうせやるなら世代闘争だけに終わらんと、誰が強いか一番強いかね、決まるまでやれば良いんだよ、決まるまで!」
との名言を残した前田日明。
何度見てもぐっとくる名場面だ。
ところで、このDVDで初めて知った名言はこれ。
83年4月2日・蔵前で藤波から歓喜の初勝利をおさめた長州。
試合後、リング上でインタビュアーのインタビューに答えて
「藤波!前田!お前ら噛み付かないのか?
今しかないぞ!俺たちがやるのは!」
と叫んだ長州力。
「どうせやるなら世代闘争だけに終わらんと、誰が強いか一番強いかね、決まるまでやれば良いんだよ、決まるまで!」
との名言を残した前田日明。
何度見てもぐっとくる名場面だ。
ところで、このDVDで初めて知った名言はこれ。
83年4月2日・蔵前で藤波から歓喜の初勝利をおさめた長州。
試合後、リング上でインタビュアーのインタビューに答えて
2008/07/16のBlog
[ 21:57 ]
[ 野球 ]
取手二高のエースで1984年夏の甲子園大会で優勝投手となった石田文樹が15日午前1時40分、直腸がんのため死去した。
石田は早大を中退した後、日本石油を経て89年に大洋に入団。
94年に引退後は横浜の打撃投手を務めていた。
石田擁する取手二高は、桑田・清原時代のPLを夏の甲子園で唯一破ったチーム。
当時、桑田のファンで、PLの優勝を信じて疑わなかった僕にとって、非常にショッキングな出来事だった。
石田には悪いが、僕にとって石田は“甲子園のヒーロー”というより、“桑田を破った憎き仇敵”というイメージだ。
しかし・・・。
KK世代の人が亡くなるとは・・・。
石田は早大を中退した後、日本石油を経て89年に大洋に入団。
94年に引退後は横浜の打撃投手を務めていた。
石田擁する取手二高は、桑田・清原時代のPLを夏の甲子園で唯一破ったチーム。
当時、桑田のファンで、PLの優勝を信じて疑わなかった僕にとって、非常にショッキングな出来事だった。
石田には悪いが、僕にとって石田は“甲子園のヒーロー”というより、“桑田を破った憎き仇敵”というイメージだ。
しかし・・・。
KK世代の人が亡くなるとは・・・。
昨年発行された
『思い出甲子園
ヒーローと呼ばれたエースたち』
という本では
『思い出甲子園
ヒーローと呼ばれたエースたち』
という本では
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