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いとしいワンコウたちとの日々
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2008/07/02のBlog
午後4時、買い物に行く。
7月に入り、いろいろなものが値上げ、食料品も高くなっている。買い物も安売りと、新鮮さを吟味しなければならない。
昨日万願寺唐辛子を買ったので、カニを詰めてみそ焼きと思っていたら、カニの剥き身を買おうとしたら、丁度直送されて箱を開けたばかりの生イカ
活きがいい、お刺身によさそう。
早速、購入。4はいで490円
次々とお客さん、頭落として、内臓取り除いて。足要らない。はいはいと魚屋さん、
サービス過剰だよ、私はそのままでいいよ、そのままの人と同じ値段? イカの耳や、足はゆでてサラダに使えるのに。
さて、カニ、ワンパック1980円、あぁ~ちょっと高い。
夕方、6時を過ぎると安くなる、出直そうかと思ったが、
魚屋さんが、親方今日はいないから、まだ早いけど、半額にしてあげる。
嬉しい。買う、買う。
身をほごしてみると、かなりの量、食べると甘くて美味しい。
これだけあれば、カニクリームコロッケができる。
メニュウー変更

たまねぎ、牛乳、バター、薄力粉、白ワイン全部ある。
たまねぎはみじん切り、バターでよくいため、カニの身をいれ、冷たい牛乳と薄力粉をを加えて、コロッケだから少し固めのクリームを作る。
胡椒、白ワインをたっぷり入れる。
塩は入れない。薄力粉がたまにならないようによく混ぜる。
私の作り方は、アバウトでいい加減です。
すべて感です。荒熱が取れるまで待っている間に生イカをお刺身用に処理し、内臓は捨てるが、刺身用以外はゆでる。
荒熱がとれたら、薄力粉、たまご、パン粉で衣
結構できた。冷凍するのはパックに詰めて冷凍庫へ。
お弁当のおかずに残るかもしれない。
美味しそうにできました。
家庭で作るカニクリ-ムコロッケのよさは、カニの身をたっぷり入れられること。
出来立て、熱々を食べられるのがいい。
でもカニは高い。中々使えない。
今夜の夕食です。
カニクリームコロッケ、イカの刺身
レタス、トマト、きゅうり、バナナ、イカのげそ入りサラダ
青梗菜の漬物、昆布の佃煮、梅干

美味しかった。何も残らない。食べすぎかしら。
ここまでは7月2日

これから、しばらく那須、母が待っている。
天気が心配。
2008/07/01のBlog
[ 18:16 ] [ 日常 ]
深川めしを食べたが、ちょっと物足りなくて、デザートと、飲物でやっとお腹も落ち着き、また歩き出す。
この界隈はお寺がたくさんあった。
その中、霊厳寺
老中、白河藩藩主、松平定信のお墓がある。
寛政の改革、日本最初の公園 南湖の築庭、白河の関の検証(ここが白河の関であると決めた)おじいさんの吉宗公に習い、賂老中、田沼意次の悪政を改革するエースとして登場したが、そのあまりに厳しい、清廉潔白過ぎる改革に庶民までもが疲れ切った。
改革には痛みが伴いますと何年か前に聞いたが、江戸庶民の当時の気持ちもわかるような・・・・

江戸庶民が詠んだ狂歌に

白河のあまりの清きに耐えかねてもとの濁りの田沼恋しき

中のお墓にまで行きたかったが、友人が単なるお墓よ
この一言で次へ。
次に今回一番行きたかった深川江戸資料館へ向かう。
途中にある、相撲部屋(北の湖部屋、大鵬道場、)を見学。

深川江戸資料館は江戸後期の深川旧佐賀町を再現し、そこでの庶民の暮らしぶり、(長屋の様子、お店)をそのまま再現したとても面白いものでした。

詳しくは上記HPを参照されたし。平日なので、空いていたので、ゆっくりと見学、ボランティアの説明される方がとても詳しく色々教えてもらった。
中の写真はHPを参照するとわかるが、

八百屋の写真を一枚。

季節により野菜の種類も替えているそうであるが、亀戸大根、小松菜、ウド、ニンジン、丸茄子、みょうがなどが並んでいた。

写真ではわかりにくいが奥のほうに、黒っぽい丸いもの、
何だろうと聞いたらこんにゃくとのこと。
こんなに大きくて丸かったのか。
それをきっかけに、ボランティアの方に色々説明してもらった。
長屋は狭くて、向こう三間両隣筒抜け状態。
時代劇にでてくるおかみさんたちの洗濯場所、井戸端会議所、がかろうじてちょっとした空間。
お店は、米家、八百屋、肥料屋、船宿、中の様子も見られ、店先には防火用の水が置かれている。これだけ混み合っているので、火事が本当に怖かったのであろう。
水はお店の屋根から落ちる雨水をためて使うようにできている。エコ生活は江戸の庶民も同じ。
大きな火の見やぐらも見られた。
火の見櫓の下は広場で、よしず張りの「水茶屋」いまでいったら喫茶店、周りには江戸時代の天麩羅の床店、そばの屋台もありました。
時間によって、日の出かから始まる一日を光と音で再現してくれる。
とても楽しかった。説明してくれたボランティアの方に感謝。
次に芭蕉記念館へ。
芭蕉や俳句、文学などの関係の資料を展示してあった。
ここでは、あまりじっくりと観るものもなかったが、「奥の細道」へ出発する芭蕉は旅立ちの準備をすすめ、隅田川のほとりにあった江戸深川の芭蕉庵を引き払い、その際詠んだ句碑があった。

草の戸も 住み替わる代ぞ 雛の家

次にこの家に住む人には女の子がいて、弥生3月にはお雛様を飾るのであろうか、世捨て人のような草深い芭蕉庵も華やかになるのであろうか。

そして、出発にために、奥の細道の旅に出る前に滞在した、弟子の杉風の別荘、採荼庵(さいとあん)
へ移り、曽良と共に船で北千住へ向かう。
千住での矢立ての句を
行く春や 鳥啼(なき)魚の目は泪

これからの旅を思い不安だったのかしら。

資料館の裏手は、隅田川

坂を上るとご覧の景色。
ここが散歩コースへなっている。
とても気持ちがよかった。
こうしてみると江東区は本当に土地が低いのがよくわかる。
大きな橋がかかって、遠くには高層住宅が見られる。
子供が少なく、小学校が統廃合される中、若い世代の住宅となっているようで、近くの小学校は子供で一杯のようである。
まだまだ、ほんの一部の深川散歩
万歩計を観ると18000歩、そんなに歩いたかな。
地下鉄でたった一駅、清澄白河から、森下まで。
帰りは大江戸線森下から乗車。
ここは面白い駅で、都営新宿線のホーム経由で大江戸線森下駅ホームへ。
大江戸線は軌道が狭いので相互乗り入れができないそうで、電車の中の幅も狭い。楽しい一日であった。 御終い。
2008/06/28のBlog
”深川めし”とは 上野駅や東京駅の駅弁の深川めしと同じものかとずっと思っていた。
アサリの炊き込みご飯、美味しいのです。
旅行の楽しみは駅弁、“深川めし”は大好きな駅弁の一つ。(3番目に載っている)
ついでにもう一つ美味しい駅弁“八戸小唄寿司”は私の最も好きな駅弁
関係ないが・・・
さて、どこで、深川めしを食べようか
お店が色々あるが。。。
ぶらぶら歩いているとアサリのお土産屋さん
お店のおじさんが面白い。ちょんまげ姿
アサリの佃煮、アサリの炊き込みご飯の素を売っている。
味見をしてみるとまあまあ美味しい
買いながら、食べるところを教えてもらう。
ついでに、深川めしの由来を教えてもらった。

深川界隈は海に面していて、江戸時代深川の隅田川沿いは漁師町として栄ていた。
昔は、アサリや、蜆がたくさん獲れた。江戸前の魚貝をとっていた漁師たちが生み出した、アサリめしが始まりであるそうな。
一方、“火事と喧嘩は江戸の華”と言われたほど木造建築の江戸は火事が多かった。材木問屋は日本橋界隈に多かったが、明暦の大火(1657年)以降、さらに海に面しているこの辺りの開発が進み、材木問屋がこちらへ移り、栄えた。

淡水に材木を浸けておくよりも、淡水と海水の混合した汽水に材木を浸す方が、材木の保存がいいようで、この地が適しているそうである。(この話は次に行った江戸深川資料館で聞いた)
浸透圧の関係であろうかな?
こうして、漁師町、材木町としてもますます栄えていった。
漁師さんたちは、船の上で獲り立てのアサリを鍋に入れて煮て、醤油で味つけした「ほうかし」と呼ばれた深川めしが起源という説、また、材木屋で忙しく働く丁稚さんたちのお昼ご飯は、アサリやネギを入れた醤油仕立ての汁を、冷や飯にかけて、かけこんで、食べた、「アサリのぶっかけ飯」が起源という説も聞いた。
いずれにしても、炊き込みご飯ではないようである。

どちらも、江戸庶民の生活の中から生まれたものである。

教えてもらった、深川めし屋へ行くと
2種類の深川めし
写真の私が食べたものは“ぶっかけ深川めし”
アサリの剥き身、油揚、長ネギのぶつ切りを醤油で煮た汁物、ご飯が別に用意されていて、かけて食べる。
味は結構濃いめ。
体力を消耗する漁師や昔の丁稚さんには、塩分の濃いほうがいいのかもしれないけれど、ちょっとしょっぱかった。

こちらは、一緒に行った友人が食べた“ビビンバ風深川めし” 他のお客さんもたいていはこちらを食べていた。

ご飯の上に、アサリと長ネギの小口切が載っている。
これにレンゲにある赤味噌をまぶして、よく混ぜる。
器のそこが熱いので、おこげができそう。
途中で、汁をかけて食べてもよいそうである。
味見したが、こちらの方が美味しかった。
現在は、ここは埋め立てが進み、アサリは近場の“江戸前”は獲れないが、同じ東京湾の木更津周辺のアサリのほか、愛知の三河湾でとれた良質の日本産アサリを築地市場から仕入れているとか。

深川めしの由来はわかったが、やっぱり、駅弁の深川めしのような炊き込みご飯が私は好き。

続く
2008/06/27のBlog
昨日は寒くて、梅雨特有の天気だったが、今日は暖かくてこんな日は、やっぱり庭の花

白いゆりが散って、今度は黄色のゆりが咲き出した。これもなななか、きれい、
やっぱり、こちらへ戻り、手入れをするときれいに咲いてくれる。
また、花ばっかり
チビゴン太は不満そうに
ブログの題名「いとしいワンコウたちとの日々」
でしょうが、おいらたちの写真より、花 花
たいして、珍しい花があるわけでもなく、写真も下手なのに

どうせ、午後からは、お出かけでしょうが、昨日の続きのブログが先でしょうと・・・
わかったよ、チビゴン太、写真写すからね。
昨日の続きのブログは夜にでも書くから
毎年、何時ごろ、どんな花が咲くかママのメモなんだからね。
こはなはどこ、写っていないじゃないの
ハイビスカスも咲き出した。
蕾もたくさん。楽しみ。
あっつ桜もまだまだ、黄色も咲き出した。
今年は虫に蕾がやられてしまい、もう駄目かと思っていたが、何とか咲き出してくれた。毎年咲いてくれて嬉しい花

2008/06/26のBlog
昨日、いつもの仲間と東京散歩
美術館めぐりや、映画の仲間とたまには歩きましょうと深川界隈を歩いた。
都営大江戸線で、清澄白河下車、すぐに都営清澄庭園へ
江戸の豪商紀伊国屋文左衛門の屋敷跡と伝えられている。その後下総の城主下屋敷、明治になって、三菱財閥創業者岩崎彌太郎が造園、隅田川の水を引き、江戸からの歴史を写す明治の代表的「回遊式林泉庭園」である。
岩崎家が自社の汽船で全国の名石を集め、3つの池の周りに石を配し、四季折々の花が咲く、心和む素敵なお庭でした。ゆっくり眺めながら、1時間半ほど歩きました。
「古池や かはづ飛び込む 水の音」
有名な芭蕉の句碑もありました。
この歌碑はこの庭園から北北西400mの場所にあった深川芭蕉庵で、1685年に詠まれたものであるが、隅田川の岸辺近くにあったが護岸工事の際こちらへ移された。

この広い庭園は大正時代の関東大震災や、第2次世界大戦の東京大空襲の時には避難所として多くの命を救った場所でもある。
丁度この季節、園内はクチナシの甘い香りと、紫陽花、菖蒲が見頃でした。
平日の午前中、暑くもなく、静で気持ちよく歩いた。
池には、こんな鳥(名前わからない)や、鯉や、カメもたくさん泳いでいた。
歩き回ってお腹もすいて、深川にきたら、深川飯、早速、食べに出かけた。
続く。
加筆
昨日27日、写真を観たかたより、鳥の名前はアオサギの子供と教えていただきました。
有難うございました。
2008/06/24のBlog
夫から「お前の好きそうな本を買ってきたよ。」と渡された。

題名を見ると『夕張映画祭物語』 平凡社 
著者 小松澤陽一

この本は私が読んでいる、大夕張の方のブログに紹介されていて知ってはいた。
ただ、私は夕張で映画祭というのがどうもしっくりこなくて
多額の市のお金を映画祭に使うくらいなら、もっと使い道があるのではとずっと思っていた。
昔の夕張の繁華街へ行くと、やたらとレトロな映画の看板が目に付き、シネマ街道というらしいことも知ったが、ちょっと、脇道に入ると、今にも崩れそうな古い建物が、山へへばりつくように暗がりからあらわれ、まるでゴーストタウンのようにさえ感じた。
映画にかけるお金があるなら、炭鉱の残骸をもう少しきれいになるようにならないの。防災上も危険な感じがした。
映画祭などとお金がかかる派手なことをして何考えているのだろう。
うわべいばかりつくろってぐらいに思っていた。
この本の副題は“映画を愛した町、映画に愛された町”となっている。
かって、夕張人であった私の記憶ではそんなに映画が好きな町とは思えなかったが。
3年前、認知症になった母が長らく住まいした、札幌の家を引き払った。
家を片付けているとき、父が残した日記が大量に残っていた。
書き出しは函館の近くの七飯で結核のため療養生活をしていた頃、まだ母とも結婚する前からのものである。
保存状態も悪くて読めないところもあるが、どうしても捨てられなくてとりあえず、持ってきた。
今年の春まで家の押入れに入れ放しでいたが、夫から
「お前が読んでやらなくて、誰が父と母の60年を知ってやれるのか。」と言われぼちぼちと読み出している。

夕張時代の若い頃、父は月に3~4回は映画を観にいっている。
観た映画を必ず記録し、よかった映画には赤ペンが引かれている。
母と一緒のこともあるが、会社の帰り1人で夜観ている。
父がこんなに映画好きとはまったく知らなかった。
洋画が多い、しかも、当時住んでいた近くの映画館だけではなく遠くの映画館までわざわざ、通っている。
確かに夕張には映画館が多かった。最盛期は17館あったようである。
私の記憶では母に連れられて「君の名は」を観に行ったことが最初のような気がするが・・・・
家では映画の話はあまり出てこなかったが・・・
この本を読むと、厳しい労働の中で、行き詰り山間の地形
閉塞感、炭鉱は娯楽施設を盛んにし、従業員へ安らぎの場として映画の上映を盛んにしていった。
父もその1人だったのであろうか。
テレビもない時代、山奥の町で、都会の香りや、文化の香りを映画に求めたのはよくわかる。

(
写真は梅雨によく合う紫陽花の一種ダルマノりウツギ)
前置きが長くなったが、著者は、夕張の長期政権を担当した前の中田市長から依頼されて映画祭の創設期からチーフプロデューサーとして、この映画祭に携わってきた人である。思いいれも一入なのはわかるが・・・・

炭鉱が撤退した後の夕張を何とか活性化したい
スキー場もつくり、観光にも力を注いで、フランスのアヴォリッツ映画祭が成功したように冬のスキーと抱き合わせで、その頃のふるさと創生資金1億円を すべて、映画に注ぎ込んだのが始まり。
夕張にとって賛否両論があったが、映画に詳しくない私には判断ができないが、著者によると国内外の映画界からは賞賛され、高い評価を得ているようであるが・・・・
夕張メロンと夕張映画祭を著者は夕張のメジャーなものとして挙げているが、私には疑問に思う。
夕張メロンは農家が苦労して、市からの援助もあまりない中、ここまでメジャーなブランドにしたのは立派と思うが、
映画祭は遠くにいる、それほど映画に関心のない者にとってはどうなんだろう、やっぱり、財政破綻の一因ではなかろうかと思うが。
著名な映画監督や、スターたちが夕張映画祭に訪れ、夕張を絶賛したとあるが、どうなんだろう。
炭鉱が駄目になりかけていたときに、炭鉱会社は観光会社
へ方向転換し、最後には炭鉱施設や、従業員の雇用もそのままにして夕張の地から、出て行った。
炭鉱に全面依存していた夕張は、どうしたら残った市民、
市としての誇りや、体面を保つか、暗く、刹那的気分になっていた市民にはつかの間の期間、楽しい夢を見た、華やぐものであったろうと思う。
それが、映画界からは賞賛されたことはまことによいことではあるが、市から、多額の映画祭費用が使われたことに対しては、記述があまりなく、前市長が精力的にこの映画祭を、著者と共に成功させたことが強調されているようで、ちょっとしっくりこない。
もし、この映画祭が、経済面でも採算が取れているのであれば中止ということはなかったと思う。
映画の場所によく使われたことで、映画に愛されたとあるが、自然が美しく、何もなく使い放題に使える、、市民が人懐こく、優しくもてなす、きっと映画を作るほうとしてはよいところなのであろうが。
財政破綻後、映画祭は当然中止、しかし、長年、映画祭を続けてきた夕張市民にとって、今こそ、本当に市を頼らない、市民のための映画祭を、NPOを立ち上げ今年は規模も小さくし、大物スターも呼べなくなっているが開催、成功だったと思う。ここは、大いに評価してよいと思った。

著者も、この映画祭を総括する中でこの方向が続くようにきっぱり述べている。
始まりは、色々言われていたが、私も出身者として、この、暖かな、市民のぬくもりを感じさせるような映画祭が続くのであれば夕張の新映画祭を応援していきたいような気持ちになる。
映画祭の始まりからの経過はよくわかったが、映画祭に対する著者の思い入れが強すぎるように思った。

(犬たちは、相変らず元気でうるさい。
今朝、散歩の後)
2008/06/17のBlog
こちらへ戻ると梅雨の中休みが続いて、毎日よい天気である。
小さな庭に、色々植えている草花、面倒を見てあげないと
色も悪く、虫がついたり、枯れていたりで、帰ってくるとガッカリ。草花は生き物、日々可愛がってあげなければ、きれいに咲いて応えてくれない。
帰って、やっと手入れしたかいがあって、少しはましになり、可愛い花が咲き出した。
でも、毎年、楽しんでいたバラや、トケイソウが今年は被害
トケイソウはもう駄目かもしれない。
今年は、昨年と違いキュウイフルーツは枝をつめなかったせいか、余計に伸び放題の葉を切ると小さな実がたくさん。
収穫の時期を今から楽しみにしている。

この小さな実を見ると、毎年子供の頃、父が山へ行って採ってきたこくわ(さるなし)を思い出す。
お米の中に入れて熟するのを待ったものである。
毎年この時期の花ヒぺリカム・カリシナム
小さな苗で買ったが、今や1m以上に大きくなり、華やかな色合いである。

このお天気で花は散り、赤い実になりつつある。
今年は、黄色が流行とか、春の初めに盛んに言われていたが、タンポポで始まり、黄色く色付く紅葉で終わる、日本の四季の草花や木々もまた、この色が多い。
濃い黄色はちょっと敬遠であるが
レモン色の洋服を買った。
歳をとると、くすんでくるので淡い色合いが気持ちも、明るくなる。
初代ゴン太が死んだときに植えたゆりが、今年も清楚な姿で楽しませてくれる。
どんどん増えて、今年は一杯。
今度、那須では山百合が待っていてくれるはず。
バラは本当に今年はアブラムシにやられてしまい駄目だったが、2回目の白のミニバラが次々と咲き出した。
暑くなるとバラも一日でおしまい。
今朝きれいでも、明日はもうおしまい。
でもきれいに咲いてくれて嬉しい。
最近はワンコウよりお花
花の手入ればかりの私に2匹は少し不満かな。
おいらたちの写真が少ないよと、チビゴン太
こはなは花より団子、花も食べられると思い、花をむしる。

日々の手入れが肝心と、那須から帰るときも同じ思い。
2008/06/12のBlog
[ 20:33 ] [ 那須の自然 ]
昨夜千葉の家へ戻った。
こちらは、昨夜は暑かったが、今日は梅雨独特の雨、
それでも夕方から雨はやんで、明日は天気がよいそうである。
車の修理を急がせたので、予定より早く帰ることができた。

帰ると蒸し暑く、空気が淀んでいるようで、那須のすがすがしさが、もう懐かしくなるような。
ワンコウどもは、暑がっていたが、夜が明るく、人道りが多くて嬉しそう。疲れて、雨のせいか、朝からぐっすり眠っていた。
こちらは紫陽花がきれいだが、那須はまだまだ。
犬たちの散歩で、山ボウシの白や、ピンクの花をあちらこちらで見かける。
この花を見ると夏がそこまで来ていると感じる
庭は、虫が多くなってきた。
写真はノイバラに蜜を吸いにやってくる蜂。
このミツバチがこちらでは多い。
写真が下手。

子供の頃、夕張で、この蜂の頭を履いていた下駄で一撃
蜂のおしりを押すと、甘い蜂蜜がたらり
随分ワイルドな遊びをしたものだが、今ではとてもできない。
消毒していないので、かわいそうなほど花は虫の餌食。
梅雨に開く花、露草と、隣はニゲラの花。
露草も、ニゲラも、野菜を直売するあばちゃんから、100円で苗を買ったものだが随分大きくなり、花が咲いてくれる。
名前がわからない。聞くと、「名前なんかわかんないよ、でもきれいだよ」と言うばかり。
ネットで調べられるよい時代になったものである。
写真は、庭の木々の下に毎年咲くユキノシタ

とても可愛い、小さな花
小さな小人さんが踊っているように私は感じる。
アップすると、こうなるが、写真が下手できれいには写らない。
こうして、那須で折々の季節に咲く草花を眺めたり、育てるのが最近は最も楽しいことになりつつある。
私も変わったものである。

でも、こちらに戻ったら、羽ばたかねば。
2008/06/09のBlog
母を家に連れてきいた。
今回は私の腰の状態が思わしくなく2泊3日
それでも疲れた。これぐらいで根を挙げているようでは、私も衰えたものと苦笑。
もはや、母との会話は繋がらない。
美味しいと食事はよく食べる。
食べることにはまだまだ、貪欲である。
お箸を使うと今回は言うので持たせると何とかまだ使えたのが嬉しかった。施設ではホークのみ。

ビロウな話ではあるが、母は便秘がひどく、4日に一度薬を使って排便している。
家に連れてくる前にヘルパーさんが薬で排便させ、家では排便しないようにしてくれているが、
今回も、前回も家で4回ほど自然排便があった。
施設へ報告するとやっぱり家で好きなものをたっぷり食べるのがいいのよと言われたが・・・・

母の施設には、入居者全体の家族会というのがある。
施設長から、過日、家族会の代表になってくださいと頼まれていた。
何で、私が、まだ、母は正式入所して1年も経っていないのに。適任者がいるはずと、固辞したが、懇願され、断ると母の立場がと考えてお引き受けした。

でも、どうしてなんだろうと、親しいヘルパーさんに言うと、
どうも、私が一番ぐらい母のところへ通っているらしい。
介護に理解があると思われたようである。
本当は全然ないのに。

7日にその会があり、珍しくスーツを着て出かけると、たった
10名ほどの家族の方しかいらしていない。
特養に入ると、家族は安心して、今までの介護で疲れきっているのであろうか・・・・もはや、正常でなくなっている肉親に合うのがつらい。
唖然とした。これではいくら仕事とはいえ施設で働く人たちの気が萎えるし、家族会として施設に要求したいことも言えない。
施設の人も家族が一番だから、せめて月に一度はと言われるが、来ない家族が多いようである。
写真は、母の朝食時、以前の写真と比べると悲しくなるほど衰えている。
施設長から、施設の現状と、ヘルパーさんや、看護師さん
の獲保状況の説明を聞いたが、職員とばかり思っていたが
施設で働く多くの人たちはほとんどが派遣
単価が10円でも高いところへ移動するそうで、私も感じていたが出入りが激しいようである。
ここだけでなく、待遇もあまりよくないのでそんな傾向にあるようです。
入居者の年金や、家族からの支えも色々で、中々大変そうである。
安易に引き受けはしたものの家族会として、一体何ができるのであろう。
大きなイベント、夏祭りを盛り上げる、地域の人たちとの交流を活発にするなどあるようだが地元に住んでいないので名前だけの代表になりそう。
いよいよ、海外からもヘルパーさんを受け入れるようで、これからの介護を支える専門職の人たちの現状がこれでよいのであろうか。
私の老後の方がよっぽど心配。
2008/06/08のBlog
[ 16:57 ] [ 日常 ]
5/30日より那須の家に来ているが、まだ帰れないでいる。
多分12日か、13日までこちらにいることになる。

こちらに来て連日庭の草取りや、草花の世話、母を家に連れてきていたので、腰が痛い。
母を施設に帰した夜、温泉に行った。
とても気持ちがよく、少しは疲れも取れるかと、上機嫌で夜9時ごろ駐車場に戻ってぎょっとした。
車の左後ろの窓ガラスが粉々に割られている。
すぐに、ETCカード、車の免許証、ガソリンのカード、家の鍵
などを確認した。それらは大丈夫であった。
現金はおいていなかった。
警察を呼んで、被害はないと言ったが、事情聴取に1時間以上かかり、折から強い雨、履いていたジーパンはグッショリ、湯冷めしそう。
温泉場から、家まで車で15分、どうやって帰ろうか・・・

温泉の方がご親切に大きなビニールとガムテープをくれたのでとりあえずそれで窓をふさぎ、エンジンをかけると大丈夫そうなので、走り出した。
雨は小降りになっていたが、すごい霧、やっとの思いで家にたどり着き、翌朝、千葉の車のディラーに電話して、家から15Kmほどのもよりのディラーに車を預け、ガラスを交換してもらい、レンタカーを借りた。
でも、ガラスが入るのが12日か、13日とのこと、出来上がるまで帰れない。
警察の話だと、車上荒らしとのこと。
話には聞いた事があったが、自分がこんなことになるなんて、びっくり。
それにしても、大きな駐車場で、お客の出入りも多いのに
いくら、平日の夜とはいえ誰も気がつかない。
今は、窓枠にちょっと傷をつけるだけでガラス全体にひびが入り簡単に割ることができるとか。
朝になって、よくよく、車を点検したら、千葉でリサイクルに出したハンドバックの売れ残りを大きな袋へ入れて車の後ろ下においていたのが無くなっていた。
あんなものを盗むためにガラス割ったの。
さっさと、捨てて置けばよかったが。
まあ、事故を起こしたわけではないので、気が楽。
それにしても、警察の事情聴取は長い。

教訓 車の中には、特に窓から見えるところには
 物を置かないこと。
たとえ、私のように、捨てるものであっても、外目には
よいものと思うかもしれない。

写真は、庭に咲いた、梅雨によくあう草花
[ 16:56 ] [ 那須の自然 ]
5月の連休にこちらへきたときは、まだ草花にはちょっと早かったが、来ない間に随分花が咲いたようで、終わりになりかけているものもある。

笹ゆり、これももうすぐおしまい。随分と咲いていたようである。
ささゆり (笹百合、さゆり) Lilium japonicum
球根 【ゆり科ゆり属】 分布地 本州中部以南
数あるゆりの中で一段と清楚な感じがする。

今朝、クレマチスが2個やっと花が咲いた。
ちばではもう、すっかり終わっているがこれから。
クリンソウ
これもも花はほとんど終わりかけている。
昨年に次いで今年も庭でこの花に逢えた。
今庭は、ミヤコワスレが一杯。

あまり好きな花ではないが、よく咲いている。
庭のあちらこちらに、多分、アマドコロと思われる。

半分ぐらいは雑草扱い。

写真はいずれも6/4撮影
2008/06/04のBlog
30日から、那須に来ている。
今回も母を家に連れてきている。
6月に入り、早々に入梅、緑は濃く美しいが、連日の雨で
うっとうしい。雨が降ると、肌寒く、特に母は寒がりだから
毎日、薪ストーブをたいている。

6月1日、母が来ると出かけられないので、満開の白八汐(五葉つつじ)を観に出かけた。
平日だからすいているかと思ったが、見学者がたくさん。
ロープウエイで1400mまで登ると、辺りは霧でボーと霞んでいる。
これだけの白八汐(五葉つつじ)の群生地は他にはないであろう。ここの白八汐(五葉つつじ)は約3万本
山の斜面に樹齢200~300年の木々が覆い茂り、可憐な白花を見せてくれる。
斜面に群生しているので私のような素人は写真が上手く写せないが。
これでこの季節訪れるのは3度目であるが、天気に恵まれたことはない。雨が降らないだけいい。
親しくしている、山に詳しいおじさんに、玄関前に花木を植えたい。山つつじ、山ボウシどれがいいかなと相談したら、
どうせ植えるなら、那須らしい、品のいい花木を植えないさいと言われたが、この木は花が咲くまでに時間がすごくかかる。
花がたくさんつけるような大きな木はすごく高いし、小さい木を買って成長するまで待つ?
奥さんが生きている間に花が咲くのは無理かも、ガッカリ
結局庭から山つつじを一本移動してもらった。
観に来るだけで充分と言う結論
八汐つつじは栃木県の県花
学名:Rhododendron pentaphyllum var. nikoense
本州の滋賀県以北から北海道に分布しています。
山地帯から亜高 山帯の林縁や雪渓の縁に生え、高さは1~2メートルになる。

八汐つつじにはピンクの赤八汐、白八汐、そして、ムラサキ
八汐の3種類がある。
赤八汐は春、桜よりも前に花開きやっと春がきたことを告げてくれる。
こちらで見かけるのは赤八汐、白八汐が主である。
八汐の意味は何度も染色した色のようである、ということらしい。
今年も白八汐にあえてよかった。
帰りにエンレイソウにも逢えた。
今年もきてよかった。
2008/05/29のBlog
30日からまた那須へ行くので、昨日は、車の6ヶ月点検。
ちょっと早いが、5000Kmになっているので車を出した。
一時間ぐらいで終わると言われたが、待ち時間、久しぶりに車のディラーの近くに住む友人たちと昼食をした。

元住んでいた所の友人たち。もう、かれこれ、25年のお付き合い。
皆、ご主人がリタイヤしたが、その後、御主人のおかげんが悪く、入院していたり、お家で臥せっていたりで、大変である。
初めて、家を建てたころは、皆30代、若かった。
あんなにお元気だったのにと思うが。
60代になると、くたびれて色々出てくる。

くよくよしても仕方がないがと友人たちは元気。
早く、良くなってほしいと思うだけだが。
それでも皆好きなことをやって楽しんでいる。
今楽しまなければの心境、話も、旅行、ガーデニング、習い事、本は読まなくなったと皆言う。
私も、夜は本が読めなくなった。
その代わりと言うか、ラジオがお友達になりつつある。
NHKの夜12~朝5時までのラジオ深夜便
毎晩聴きながら寝ている。
懐かしい音楽があり、最近俳句のことをここで、聴いていてなかなか面白い。
でも、今夜はと思っていても、何時の間にやら寝入ってしまい聞きのがすことも多いが。
なかなか、俳句は奥が深い。

送られてきた採り立てトマトをたくさんいただく。
早速今日の夕飯へ。

料理もしばらくブログに書いていなかったので、久しぶりに
今夜の一品
豚ヒレ肉に、ゆでたインゲンと、カニかまぼこ入り卵焼きを巻いたフライ。
ここのところ、魚が続いたので、肉にする。
ヒレカツにしょうかとも思ったが、60代の夫婦が夜9時過ぎに食べるおかずにしては重いかなと・・・
我が家の昨夜の夕飯

先ほどのメインの一品のほかには、たこの刺身、カイワレ添え、トマト、昨夜のあまりもの、ひじきの煮物(ひじき、油揚げ、ニンジン、かまぼこ、大豆マメ入り)、きゅうりの漬物
からし明太子
私は、必ず、漬物、からし明太子、昆布の佃煮など、塩辛いものをつけないと、ご飯が進まない。
夫は毎晩焼酎のレモンわりを飲むのでご飯は食べない。
漬物は、欠かせない我が家では最近このあっさり漬けの素を使っている。
きゅうりが安くて、美味しくなってきたので、きゅうり半分にして、この浅漬けの素を振りかけて2~3時間で食べる。
大根や、キャベツでも美味しい。
昨夜は、犬たちがひと騒動
まず、こはなが網戸を破る。
チビゴン太は何度も破ったが、こはなは小さいので大丈夫と思っていたが甘かった。
夜ご飯の直後、突然、チビゴン太がきゃんきゃん泣くので、どうしたのかと思ったら、左前足の爪がカーテンに絡んでしまい、暴れるので爪が痛い。

そっととってあげようとしたが、動くし、泣くしで、余計、カーテンの模様部分にひっかかって取れない。
暴れてどうしょうもなくて、とうとう、引っかかっている部分を
鋏で切って、ようやく収まったが。
カーテンは丸い穴が、結構目立つな~。
まったく、チビゴン太は大げさに泣くんだから。
網戸、カーテンまた、出費
すったもんだしている間に、こはなが、サークルから出てきて、チビゴン太の残したご飯をさっさと食べていました。
まったく、太ったって知らないよ。
昨夜は、まだ、爪が痛いのか、こはなを怒らないでいる。

残ったご飯は夜中にチビゴン太が毎夜楽しみに食べるのにね。
2008/05/26のBlog
家から最寄のJR、TX(つくばエクスプレス)線の駅まで、