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釋護法の雑記帳「みちくさ」
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2008/08/04のBlog
土笛、オカリナをご自分で作られて作曲もなさり、そして演奏活動を精力的になさっている武市さんのコンサートに行ってきました。

演奏会会場の徳島県板野町の「技の館」です。


 *武市さんのホームページ、土の音楽室です(→URL)</a。>
約2時間、土笛とオカリナを取り合わせた素敵な演奏・・・でも冷房なしの会場は猛烈に暑かったです(^_^;)。
演奏会が終わって外に出て、ふと丘の上を見上げたら、なにやら変わった建物が。
これは、高速「徳島道」を走っているときに山の上に見えていた気になる楼閣?。

もちろん行ってみました。道路脇の看板に惑わされ狭い道に入り込むと、なんと行き止まりの農家でした。そこで、道を聞いて大きく迂回する山道に入っていきます。
うーん、戻れるのかなと不安になったところで、建物に到着。

この建物はなんでしょう?展望台?入口も窓も板を打ち付けて閉鎖され、中が見えません。外の螺旋階段を登っていくと・・・
なかなかの見晴らしです。

山の下にあった看板には台山公園と書いてあったですね。でも、この建物は不思議な形です。朱に塗られているし、一番上にはシャチホコのようなものが載っています。
展望台にしては立派すぎますし、閉鎖しているのも解せません。やはり宗教施設なんでしょうかしら。
2008/08/02のBlog
[ 08:34 ] [ 山歩き ]
山を散策していてヤマダニに刺された宮崎の方が被害に遭われたニュースが今朝の新聞(読売他)に報道されていました。

発表によると・・・、
女性は7月18日に39度の発熱や発疹(ほっしん)が出て診療所を受診。別の病院に入院した23日に意識不明となり、多臓器不全で25日、死亡した。女性は、7月10、14、15日に市内の山へ夫と散策に行った際にダニに刺されたとみられる。
・・・らしい。


リケッチア感染症ですね。
代表的な疾患は「つつがむし病」で、もう一つの疾患が「日本紅斑熱」。これはダニにより媒介され、発熱、紅斑を伴って発症するもので1980年代に徳島で発見された比較的新しい病気だそうです。
07年は宮崎県内で4件、全国で98件確認されたとの事です。

お医者が慣れていないと治療が遅れて多臓器不全、播種性血管内凝固症候群にて不幸な転帰をとることがあるらしい。
山から帰って2~3日後に高熱が出たら、病院で山に行った旨を伝えるようにと言われてますね。

2008/08/01のBlog
スイスからのメルマガに、本日はスイスの建国記念日と書かれていました。1291年8月1日に3つの州の代表が集まって同盟を誓った日だそうです。

あわせて、この7月に開催された第32回世界遺産委員会で、文化遺産として「レーティッシュ鉄道アルブラ線/ベルニナ線と周辺の景観」が登録されたとの事。箱根登山鉄道と姉妹縁組してますね。

この線に乗ってチューリッヒからクール、ザメダンそしてディアボレッツァへと行ったのは、もう何年も前になるでしょうか。
途中のパンフレットでよく見かけるランドバッサー橋、ディアボレッツァ展望台からの雪山の眺め、童話に出てくるような可愛い駅アルプグリュムは目に焼き付いています。
ベルニナ山群です。涼しそう(^_^;)。
アルプグリュム駅です。
2008/07/31のBlog
[ 23:04 ] [ 表紙 ]
7月もそろそろ終わろうかという頃に、思い出して表紙の作成です。
毎日、毎日やたらに暑いので、写真だけでも涼しく(^_^)。
で、スイミングの積算距離です。6月は出かけている期間が長かったですが、まずまずの月間距離になってました。
図書館で借りてきたモンゴル関連の書籍です。他に地球の歩き方なども参考にして、
これでモンゴルの旅も完了か・・・の筈でしたが、宿題が残ってしまいました。

司馬遼太郎の「街道をゆくシリーズのモンゴル紀行」、まだソ連が存在した1973年にソ連経由でモンゴルを旅したときの紀行文です。
若干古いですが、この中で「あれれ、ほんと」と疑問を感じる所が出てきました。

司馬遼太郎は好きな作家です。彼の小説はだいたい読んでいます。で、いつも感じることですが、この方はかなり饒舌ですよね。小説でも本筋から離れて、関連はしているけど時代も場所も離れて、あっちに飛びこっちに飛びと色んな情報を饒舌に語ります。このモンゴル紀行でも同じでした。民主化される前の社会主義時代のモンゴルの状況も色々と書かれていて興味深いです。世界で二番目にできた社会主義の国とは言いながらも、ソ連とか昔の東欧とはかなり違った開放的な印象。もっとも、実際には大粛清といった暗い過去もあるようですが、それには一切触れてなかったです。


さて、当時のソ連のサービス感覚の無さについて頻繁に触れていますが、これは今となっては懐かしいともいえる情報です。
気になったのは、中国がというより清がモンゴルを支配していた時代のチベット仏教の事をさらっと書かれている内容です。

司馬遼太郎というと、歴史小説の中で多少の創作とかデフォルメはされていても、本質的な情報といしては信頼しきっています。少なくとも私はそうなんですが、このモンゴル紀行で書かれている「モンゴルのチベット仏教に関する余談」にはびっくり。まるで邪教みたいな印象を受けます。
チベット仏教徒言わずにラマ教(今は不適切として通常は使わない)と書かれていますが、それは書かれた時期のせいでしょう。気になったのは、断定的に書かれていた以下の内容です。
清朝がモンゴル人の民族的活気を殺ぐためにラマ教をすすめた事が衰弱に拍車をかけた。
生産を支える男子の多くが僧になり、ラマ教には僧が初夜権を持つという奇習があり、しかもその性的権威を通じ、僧が梅毒を蔓延させるなどもあって人口まで激減。
清朝の対モンゴル政策には梅毒をひろめることまでふくんでいたといわれる。

チベット民族の一派であるタングート人がシルクロードの証券を大きく握っていたこともあるのに、秘境という印象の強い西蔵高原に引きこもってひどく閉鎖的な民族になったのは・・・少なくともラマ教の信奉と無縁ではあるまい。

モンゴル人の精神と生活を自立できないまでに退廃させたのはラマ教であるとされていた。事実そうであったあったろう。

---等の記述が随所に出てきます。うーん、こんない酷い宗教だったのかしら??

ネット検索でも類似の情報は出てきますが、こちらは「タメにする」というか、なにか別の目的があるみたいで信頼性に乏しいです。
疑問に思い出すとなかなか離れられなくなる性分なので、暫くはこだわってもう少し正確な情報を探してみましょう。
ところで、チベット仏教を取り入れて保護化においたのは元じゃなかったでしたっけ。
 サキャ派のサキャ・パンディタ(1182-1251)が侵攻してきた元との交渉を担い、随行したドゴン・パクパ(1235-1280)は元の帝師となった。チベット仏教は元の皇室の帰依を受けた。中国辺境で信仰されていたチベット仏教を受容する政治的配慮もあったのか、漢民族の明になってもチベット仏教は皇室で信仰され、あるいは性的な秘儀が後宮の興味をそそった。清は中国北方の満州族の政権であり、もともとチベット仏教が信仰されていたそうである。このように、チベット仏教はチベット高原だけの仏教ではなく、中国やその辺境地域にまで弘まっていたのである。とくに、中国やモンゴルの皇室にて信仰されたことの地政学的な影響は計り知れない。

ダライ・ラマという称号もモンゴルの支配者アルタン・ハーンがデプン寺のソナム・ギャツォに贈った称号と聞いていますから、明と戦っていた時代のモンゴル帝国の後半頃の筈。
2008/07/30のBlog
[ 09:28 ] [ 徳島点描(徳島のはてな?) ]
先日、自治体の防災訓練があり参加しました。
炊き出し、救出、救急、避難所の構築などもする本格的な訓練でした。
いつ起きてもおかしくないと言われている南海・東南海地震を想定した訓練です。

このチャンスに南海・東南海地震のときにどうなるのか、これまで気になっていた身近での液状化とか津波などの想定状況を調べに県立防災センターを訪問しました。
体験コーナーもあって、夏休みの親子連れ、小学生のグループなどが来てました。

体験コーナーはなかなかのものです。煙の中を移動する煙体験コーナー、強い風雨の体験コーナー、震度5強~7を体験するコーナー、消火体験コーナーを案内してもらいました。他にも救急体験など色々あるようです。

風雨体験は風速30mを体験。足場のせいもあるでしょうが、いつだったか山で強風に吹かれたときの方が厳しかったですね。風速30mでも顔の皮膚が引っ張られる感じで、終わった後に押しつけられたゴーグルの跡がくっきり。ということは、身体がぐらつき、這い蹲るような強風を経験した山ではもっと風速があったのでしょうね。

震度5強でも身体の維持がかなりたいへんな感じでしたが、7になると手すりに掴まって立っているのがやっと。捉まる場所がないと這い蹲るしかなさそう。家も耐震設計がどうあれ、中は滅茶苦茶でしょう。家自体もおそらく回復不能まで壊れそう(^_^;)。
さて、この後にスタッフの方に事務所で色々教えていただきました。
まずは、警報というか地域へのアナウンスの整備状態です。実は、防災訓練の時にサイレンも放送も全く聞こえませんでした。時間が決まっているので会場に出向きましたが、これでは初期の情報伝達はできませんですね。

どうも、こうした地域の警報サイレンもアナウンス設備も津波で非難困難なまさに海岸の一部にしかないそうです。という事は、殆どの地域は自主判断しかなさそうな事が判明です(^_^;)。
次に液状化ですが、これは危険地域の地図が出ています。この液状化がどの時点で発生するのか、それによる被害と地震自体の揺れによる被害とはどう違うのか、いま自治体で勧めている家の耐震診断と耐震補強と液状化の関係はどうなのか・・・どうも理解しにくくて、帰宅してネットで調べてみました。

人身被害の発生は揺れによる家屋倒壊を考えていて、液状化は家屋の基礎などの損傷が対象で人身被害はあまり考えていないようです。
斜面とか盛り土の場所では液状化でずり落ちたり、家・ビルが倒れたりと被害は大きいですが、平らな場所では基礎が壊れるなどで家が修復不能になるだけのようです。
やはり、揺れによる家財の転倒、家屋の崩落などでの人身被害への対応が重要みたい。
なお、液状化は地面の下に対策する事で多少防止できるそうですが、川が縦横に走っている徳島市内では難しいかも。建築中の家で2mにも満たない穴を掘っている現場を見た事があります。穴の中を地下水が川のように流れているのを目撃しました。たぶん、地面の表皮の下は川になっているのでは??
そして、家財にも潰されず、家の下敷きにもならずに幸か不幸か生き延びたときに、怖そうなのが津波です。徳島平野のほとんどは海抜0mみたいなものですし、海に近いし、津波が遡ってくるであろう川にも事欠きません。
これも南海・東南海地震の同時発生と満潮時を想定したシミュレーションデータが公開されています。ネットでも見られますが、画素が粗くて細かく読み取れません。もっときれいな図があればと思いましたが、どうもこれだけのようです。
まあ、大凡の事は分かります。津波が到達する時間も分かりますから、大急ぎで避難した方が良いのか、危険が一杯の屋外を通り抜けて高台に走った方が良いのかといった判断は出来そうです。
2008/07/28のBlog
熱中症でダウン寸前のリナックス・ザウルス、流石にもう駄目かもと対策に動き始め、最近ののPDA(Personal Digital Assistants)状況を調べてみました。
いやはや、ここ2~3年での様変わりにビックリ仰天。

一時期はブームのようにいろんなメーカーから競争でリリースされていたPDAですが、市場からほぼ消えてしまったようです。いま辛うじて残っているのは、
 ・HP(iPAQを吸収した)の製品、
 ・PDAの製造拠点であった台湾で根付いたメーカーMioの製品、
 ・上記のリナックス・ザウルス、
 ・あまり見かけないソニーのLINUXベースの製品

くらいしか見あたらないですね。
ついでに、電子手帳と言われていたジャンルも子孫の電子辞書に姿を変えてしまって、滅びてしまったようですね。

もう15年もの間、PDA系統の機種を愛用、スケジュール管理・日記とメモ・各種情報、そして広辞苑などのデータを持ち運ぶ生活に馴染んでしまってます。
こりゃあ困ったと、リナックス・ザウルスの大手術に着手。完全初期化を何回か行ったところ、なんとか今のところ復帰したかのよう(^_-)。
手術してから約24時間を経過、幸い今のところは大丈夫みたい。でも、まだまだ油断はならないです。

ところで、ついでに調べた「まだ生きた化石として残っているPDAとその血筋の子孫らしいスマートフォン」の事です。
極々直近ですと、ソフトバンクが売り出した iPHONE もスマートフォンの仲間でしょうね。
この iPHONE やたらに売れいるらしい。いつものパターンで、「これはああだ、こうだ。こう使える」のIT提灯持ち記事があちらこちらに見受けられるようになりましたので、暫くはブームが続くのでしょう。

確かに、携帯用の電子機器、携帯電話・携帯通信の機能、従来のPDA機能(パソコン文書が読める、連携できる)から iPOD のような音楽から動画を持ち歩ける機能。あれば良いなという機能がてんこ盛り。デザインと操作性も新しもの好きの若者とか電子オタクにぴったしの斬新さ。
大きさも 115x62.1x12.3mm で133g は、上記のリナックス・ザウルスの 124x87x25mm の 278g に比べて携帯しやすそう。
これで安ければ良いんですがねえ。使っている基本ソフトはアップル独自のものみたい。一方、スマートフォンの主流はかっての PDA で使われたマイクロソフトの Windows-CE の後継になる Windows MOBILE です。

この iPHONE も他のスマートフォンも 電話機能が不要という利用者には勿体ない代物です。販売元が電子機器メーカーではなくて、通信会社キャリヤなんです。という事は、通信契約を結ばないといけません。携帯電話と同じですね。例えば「2年契約すれば、初期費用はこんなに安いで~す」の世界です。
実は、毎月の基本料金を2年間支払っていくと、どこのキャリヤのスマートフォンも合計10万円を超える仕組みになっています。そして iPHONE は月額が最低でも8000円を超えているようですから、2年で十数万円は超えますですか。いずれも、途中で契約解除するとほぼ同額になるだけの差額を要求されるみたいで、通話・通信機能を多用する人でないと決して安い代物じゃないです。
キャリヤによっては契約解除すると PDA としても使えない、パソコンとの連携ができないという情報もあります。キャリヤの全てがどうなのかは分かりませんが、基本的には通話・通信契約なしの機器販売はしてないし対応してないみたい。

子孫のスマートフォンがそんな鬼っ子みたいでは困ったものです。一方、生き残った恐竜じゃなかった 本来の PDA 。こちらは3万数円~5万数千円とまあ妥当な値段かなと。いずれも、無線LAN も BLOOTOOTH も内蔵していますし、GPS と地図内蔵もありますが、選択肢に乏しいのが難点でしょうか。

2008/07/24のBlog
[ 11:27 ] [ 山歩き ]
友人お二人と愛媛県の皿ヶ嶺をトレッキング。
今年の夏は3000m級のアルプスも東北の山も計画なく、毎日のこの暑さでは2000mに満たない四国の山もたいへんだろうと敬遠してました・・・が、ネット知人の六甲での汗との戦いアルトレ、高尾~陣場の酷暑縦走のレポを見て、これではいかんと急遽計画。
そういえば、去年の9月にコマクサご夫妻に連れて行っていただいた愛媛の皿ヶ嶺。標高は1700mくらいだが、ブナなど原生林の中を登っていくと広々とした竜神平という湿原に出る快適なコースだった事を思い出しました。

車のアクセスは約3時間と長いですが、友人の車に乗せていただいての大名登山です。
登山口の風穴です。
霧がかかるほどの冷気が岩の隙間から吹き出してきています。
江戸時代には藩主用の氷室になっていた(らしい)窪地にブルーポピーが栽培されています。
温度計で測ってみると、手すりの所でなんと14℃でした。どうして冷たい風が吹き出してくるんでしょう。ネット検索してみましたが、山歩きレポはそれこそ山ほどヒットしますが、学術的な研究レポートはほぼ皆無です。ひとつだけ、愛媛県総合教育センターが小中学校(かな?)を対象にした教育指導の説明書がありました。
 ・気温が20度のとき、最も低いところで6度だ。
 ・吹き出す岩の隙間の奥行きは1~2mくらい、洞窟にはなっていない
 ・何故に温度が低いのか--この周辺に水が流れ込んでいるためで、その気化熱だ。
 ・北斜面が切り立った崖で、それが崩れて大きな岩が積み重なった。降った雨がその岩の間を流れ込み、周辺が常に湿った状態にある。


と書かれてましたが、ほんとかしら。

ブルーポピーは、メコノプシス・ベトニキフォリアだそうです。この近辺にお住まいのT氏を始めとする会員の方々が栽培なさっているとか。
 ネット情報では、
 その風穴から夏は冷たい風が、冬は栽培場の最低気温よりも高い風が流れ出るそうだ。実際に計測された「風穴の温度変化グラフ」が添付されていて、素晴らしいデータである。あのヒマラヤの環境にも匹敵する好環境なのだろう。
と書かれてました。

 うん、冬場には暖かい風??。暖かい空気が何故吹き出すんでしょう。冷たい風が比重の関係で吹き下ろすのなら判りますが、暖かい空気は上に登っていくのでは??
竜神平とその周辺~山頂にかけての花達。
同じく花達です。
ところで、ブルーポーピー、幻のヒマラヤの青いケシ。
栽培されていたのは、メコノプシス・ベトニキフォリアらしいですね。一般にヒマラヤの青いケシといえば本種を指し、英名もそうなっているが主産地は中国雲南省北西部の高山地帯だそうです。多年生であるため、一度根付けば種から育てる必要は無く、その点栽培の難しい本属の中では栽培しやすいといえる---との事。

この写真ははメコノプシス属ホリドュラ種。こちらが青いケシの代表かな?四川省のパーローシャン峠の近くで写したもの。こちらは、標高4000mを超えた地域にしか生えないそうです。天上の妖精、幻の青いケシといった異名はこちらでしょうか。
2008/07/21のBlog
[ 09:16 ] [ モンゴルの旅 ]
あまりに暑いし、モンゴルの情報集めもあって県立図書館に避暑に行ってきました。

休日ということもあって同じ考えの方が多いようです。これまでになく盛況、座席の8割以上が塞がっていましたかしら。
モンゴル関係の本を数冊借りました。花の図鑑は閲覧のみ可能です。

ネット検索時と同じで、モンゴルの花といった図鑑はなさそうです。近いところで見つけたのがヒマラヤ花大図鑑。中国、チベット、ネパール、インド、パキスタン、アフガニスタンの辺りを網羅しているようです。
モンゴルとはちと場所が離れてますが、ひょっとしたらと思って重い図鑑を1ページ1ページと繰っていきました。
途中で居眠りも(^_^;)、でも見つけました。
そっくりの花です。
左側がモンゴルのテレルジで草原の至る所に咲いていた花です。
ツア中は、お仲間がコデマリソウと命名しました。
帰ってからホームページ知人のmichikoさんが調べてくださいました。通称でモンゴリアンボンボリと書いたホームページがあります。
これで決まりですが、折角なので正規にはなんという花か判ればと図書館に行った次第です。
見つかったのが、写真右側の花です。
日本名はなくて、ジンチョウゲ科ステレラ属だそうで、ステレラ・カマエヤスメが正規のナメみたい。

四姑娘山で写された花がホームページにも掲載されてました。
2008/07/20のBlog
これまで使ってきたPDAとデジカメの整理をしていたら(物は既にありません、記録の確認です)、懐かしい機種が出てきました。

まずは、キャノンのQ-PICです。ミニフロッピーディスクにスチル写真を記録。もちろんアナログです。画質は論外ですが、高級な双眼鏡のようなデザインは抜群。
仕事で使えないかと試験しましたが、たまに山に持ち出しました。
こちらは、初めてデジカメが世の中にデビューしたカシオの名機QV-10の次の機種QV-100です。
画期的だったですね。

この写真はたぶんQVで写したものかも。
なんとQ-PICで写した画像が出てきました。
ビデオテープに複写して、更にDVDにコピーしてました。アナログ画像なのでキャプチャーして静止画にしています。アナログのままテレビに映してたときは、もう少しきれいながめんだったかなあ?
2008/07/18のBlog
[ 20:36 ] [ 電脳遊び、IT ]
独自仕様のザウルスからHPの名機HP-200LXの次はNECのモバイルギヤ、通称黒モバを使ってた時期があります。
この一つ前の記事で動作が不安定、液晶画面が読み取れないなど不出来な機械に散々悩まされたのはこちらでした。

この後にカシオペアに乗り換えたんでした。これは、まずまず使えたのかな。カシオペアにごめんなさいです_(..)_。
2008/07/17のBlog
[ 19:23 ] [ 電脳遊び、IT ]
出先・旅行先でのデータ管理、作成にノートパソコンと併用する形でPDA・ハンドヘルドを使い出して約15年になります。いまは2005年にジェニオから乗り換えたシャープのザウルス(LINUX)。少し重量あるのが難点ですが、パソコンとの同期・連携もできなかなかの優れもの。

ところが、入手当初から初期不良。電源まわりが温度にちょっと弱くて、電源ONにミスする事が頻発。夏になってポケットに入れると発生しやすい。
今年の夏は特に暑いのか、卓上に置いておいても電源ONをミスし、いちいちリセット操作をしないいけない。
夏バテを過ぎてもう熱中症の段階になったかなあ(^_^;)。

もしかして機種の入れ替えも必要になるかと、最近のPDA状況を調べてみましたが・・・
なんと、もはやPDAは市場から姿を消してしまったに等しい事が判明。

同じザウルス(LINUX)か台湾企業のGPS付PDAかヒューレットパッカードのiPAQしか存在してません。一時期の各メーカーから洪水のように新機種がリーリスされていた頃がウソのよう。

似たジャンルでマイクロソフトのスマートフォンを使った携帯電話(PHS)とPDA機能を合わせた機種が、ソフトバンク、e-MOBILE、WILCOMなどから出てますが、携帯電話の契約をしないと購入できません。実質的に凄く高くなります。そんなあ(~_~メ)。
思い出せば、シャープ独特の仕様であったザウルスを使い始めたのが1994年でした。
その後に入手した、DOSベースのHP-200LXです。158x26x86mmと胸ポケットにも納まるPDAで性能も抜群でした。
これは、続いて使っていたカシオのカシオペア。マイクロソフトのWindows-CEベースです。このPDA用OSはバグも多くてトラブル多発の酷い代物でした。マイクロソフトの人体実験手法の面目躍如でした。ハードも液晶画面が暗くて、屋外ではまず読み取れないといった代物。
途中に他の機種を使ったかどうか忘れましたが、いまのザウルス(LINUX)にする前は東芝のジェニオを使っていました。
OSはマイクロソフトのWINDOWS-CEの流れですが、だいぶ改良もされました。まあまあ実用になりましたが、LINUXで遊びたくてザウルスに変更した次第です。この機種もなくなってしまったですね。
2008/07/16のBlog
[ 15:41 ] [ 徒然Diary ]
今年はセミの声があまり聞こえてきませんが、今朝の庭には抜け殻が例年になく沢山落ちていました。

少し離れた草原の方で微かに声がしてますが、いったいどうしたんでしょうね。ここで羽化したのに居心地が悪いのかしら(^_^;)。

抜け殻を写していると変なトカゲがしゃしゃり出てきました。尻尾が変ですね。

いやあ、それにしても暑いです。ただでさえ暑いのにNTT西日本から委託を受けた会社から光接続の売り込み電話。まあ嘘は言うし、ひつこいし・・・(~_~メ)。089-xxxで愛媛からですね。この電話を迷惑シャットアウト番号に設定しました。
2008/07/15のBlog
[ 08:55 ] [ 徒然Diary ]
7月9日にはまだ蕾もあったフウランですが、一昨日頃から満開になっています。
この写真は9日の時点。
こちらは満開になった昨日の写真です。

今年は少しだけ花が遅かったようですが、樹に寄生した状態で成長していってるようです。
2008/07/13のBlog
いままで約20年間のデータファイルを外付けハードディスクに保存、もうひとつの外付けハードディスクにバックアップしてきましたが、ハードディスクの容量がパンクしかけてきました。
安売りの外付けハードディスクを本日ゲット。これで、また数年間は大丈夫かな。最近の動画撮影が場所を食ってきているのが原因ですが、これからどうだろう。ブルーレイDVDへのバックアップを兼ねた保管もいずれ考える必要があるでしょう。

ゲットしたハードディスクがFAT32でフォーマットされていたので、NTFSに変更。なんと、数時間かかりました。
この間にモンゴルのレポをホームページ用にまとめてましたが、いまだ完成せず。途中の工事中状態で取り敢えず更新しました。