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2008/01/22のBlog
[ 02:46 ]
[ 患者をめぐる問題 ]
昨夜、外出から帰ってしばらくしたとき電話が鳴った。
大阪の前原隆司さんだった。
昨年夏だったか弟さんが亡くなって一人になっていた。
昨年末、倒れて丸一日そのままだったという。
そのあいだ薬をのめなかったので悪性症候群になり入院、今日退院してきた。
たった一日薬をのまなかった…薬を急に止めると悪性症候群になると聞いていたけど、と驚く。
手が体の下敷きになって、神経が一本だめになったそうだ。
どういうことか正確にはわからないが、リハビリをしているとのこと。
先日も四国に住む友だちが数時間倒れたままで、やはり下敷きになった手が翌日もしびれていると言っていた。
彼女はご主人と二人暮らし、お嬢さんが訪ねて来て倒れているのを見つけたという。
1年位前だったか、ゆうゆうさんが2昼夜のあいだ動けなかった。
パーキンソン病患者は本当にいつ何があるかわからない。
私はまだ倒れたまま動けなくなったことはないが、恐ろしい出来事だった。
大阪の前原隆司さんだった。
昨年夏だったか弟さんが亡くなって一人になっていた。
昨年末、倒れて丸一日そのままだったという。
そのあいだ薬をのめなかったので悪性症候群になり入院、今日退院してきた。
たった一日薬をのまなかった…薬を急に止めると悪性症候群になると聞いていたけど、と驚く。
手が体の下敷きになって、神経が一本だめになったそうだ。
どういうことか正確にはわからないが、リハビリをしているとのこと。
先日も四国に住む友だちが数時間倒れたままで、やはり下敷きになった手が翌日もしびれていると言っていた。
彼女はご主人と二人暮らし、お嬢さんが訪ねて来て倒れているのを見つけたという。
1年位前だったか、ゆうゆうさんが2昼夜のあいだ動けなかった。
パーキンソン病患者は本当にいつ何があるかわからない。
私はまだ倒れたまま動けなくなったことはないが、恐ろしい出来事だった。
2008/01/20のBlog
[ 22:26 ]
[ その他 ]
イタリアに行ったとき、リトアニアの患者さんたちと同じホテルに泊まった。
同じホテルだと気づいたのは別れる日の朝だったけど。
ひとりの患者さんが私のことを「あなたはすばらしい」と言ってくれる。
私がたどたどしい英語で果敢に話し、パーティでは踊りまくった(ただ音楽にあわせて動いていた?)ことを言ったのだろう。
そして私の杖を見て「それ、いいわね」と言う。
折りたたみの杖はリトアニアにはないと言う。
本当?
日本ではどこでも買える。
私は簡単に「送ってあげましょうか?」と言ってしまった。
彼女は喜んで私を抱きしめる。
彼女の笑顔が本当にうれしそうだった。
約束を果たそうと、帰ってきて伊勢丹に注文する。
ついでに国際宅急便で送ってもらおうと料金を聞くと、なんと1万円以上(ショックで正確には覚えていない)
郵便局のほうが安いだろうと伊勢丹の人が言うので家に送ってもらう。
だけど以前、フランスの友人に本を数冊送ったときに4、5千円送料がかかったのを思いだしていた。
ぱきぱきちゃんの母上に電話で一番安く送る方法を聞いてみた。
飛行機に空きがあるとき運ぶのがいいということだった。
送料は1800円くらいだと言う。
勇気を出して郵便局へ行く。
重さを量ってもらうと、包装を入れても400gと軽い。
小型包装物(三辺の合計90cm、2kg以内)だという。
これは安い!よかった!
それでEMSという早く着くので送ることにした。
1800円。
「ギフト」ということにして、補償のための価格欄に正確な値段を書いた。
これはどうやら失敗だったようだ。
相手側に税金がかかってしまった。
後の祭りだがサイトを検索してみた。
http://belgium.fc2web.com/mail.html
価格が高いと税関で開けて、新品だと税金がかかってしまうと書いてあった。
2000円か3000円にしておけばよかった。
海外から代金を送ってもらうのも、大変なことがわかった。
銀行の手数料が数千円かかる。
これは現在、最も安い方法を探索中。
同じホテルだと気づいたのは別れる日の朝だったけど。
ひとりの患者さんが私のことを「あなたはすばらしい」と言ってくれる。
私がたどたどしい英語で果敢に話し、パーティでは踊りまくった(ただ音楽にあわせて動いていた?)ことを言ったのだろう。
そして私の杖を見て「それ、いいわね」と言う。
折りたたみの杖はリトアニアにはないと言う。
本当?
日本ではどこでも買える。
私は簡単に「送ってあげましょうか?」と言ってしまった。
彼女は喜んで私を抱きしめる。
彼女の笑顔が本当にうれしそうだった。
約束を果たそうと、帰ってきて伊勢丹に注文する。
ついでに国際宅急便で送ってもらおうと料金を聞くと、なんと1万円以上(ショックで正確には覚えていない)
郵便局のほうが安いだろうと伊勢丹の人が言うので家に送ってもらう。
だけど以前、フランスの友人に本を数冊送ったときに4、5千円送料がかかったのを思いだしていた。
ぱきぱきちゃんの母上に電話で一番安く送る方法を聞いてみた。
飛行機に空きがあるとき運ぶのがいいということだった。
送料は1800円くらいだと言う。
勇気を出して郵便局へ行く。
重さを量ってもらうと、包装を入れても400gと軽い。
小型包装物(三辺の合計90cm、2kg以内)だという。
これは安い!よかった!
それでEMSという早く着くので送ることにした。
1800円。
「ギフト」ということにして、補償のための価格欄に正確な値段を書いた。
これはどうやら失敗だったようだ。
相手側に税金がかかってしまった。
後の祭りだがサイトを検索してみた。
http://belgium.fc2web.com/mail.html
価格が高いと税関で開けて、新品だと税金がかかってしまうと書いてあった。
2000円か3000円にしておけばよかった。
海外から代金を送ってもらうのも、大変なことがわかった。
銀行の手数料が数千円かかる。
これは現在、最も安い方法を探索中。
2008/01/19のBlog
[ 23:04 ]
[ 患者をめぐる問題 ]
地域の患者クラブに関わって4月で1年になる。
大変な1年だったとも言えるし、経験のない私たちにしてはよくやったとも言える。
ただ個人的に反省することは、私には自分の考えを通す強さがないこと。
あるいは、考えが主張できるまで深くはなかったのだろう。
人の考えに引っ張られてしまった。
私は当初、若年性患者の私的な少人数の集まりを想定していた。
規則もなければ義務もない、ゆるやかな、参加したいときだけ参加できるような集まり。
そういう人為的でなく負担にならないクラブ。
みんなと一緒に食事したり、お茶を飲みながら日常生活、薬や症状、不安などを語りあえるような集まり。
ところが現実は思ってもみない方向に走り出した。
初めから市役所や保健所、社会福祉協議会などとコンタクトを取り、地域の公的組織としてスタートしてしまった。
本当はこの時点で私は降りるべきだったのだろう。
”ゆるやかな集まり”はきちんとした”組織”になってしまった。
会則・総会・代表・運営委員・会報まで存在する組織!
私の考えが足りなかったのが今わかる。
”行政に働きかけ、地域の人とつながりを持つ”ことはいいことには違いないが、その活動をする患者に負担がかかり過ぎる。
ただ集まって話し、食べ、歌うだけなら、世話係もいらないしどの患者でもできる。
前者がレベルが高く、後者が低いということはないのだ。
パーキンソン患者が患者クラブのために”仕事”を抱え込むのは、本末転倒というものだ。
本当の仕事ができなくなってくるというのに、収入にならないばかりか個人出費がかさむような忙しい生活を送るなんて患者のすることではない。
ゆるやかな集まりだったら代表はいなくていいし、いたとしても誰でもいいはずだった。
こんなに明確な方向性の違いをあいまいにしたことが、あとあとまで(現在も)尾を引いている。
ゆるやかな集まりは人に義務を課さない。
望む人は個人的に勉強・活動し、個人的に呼びかければいい。
知りたいニュースは他の誰かが教えてくれる。
行政に要望することだってその必要性があったときにすればいいこと。
いろいろな患者がいるのだし、みんなが同じことをする必要はないのだ。
グループとしてはただ集まるだけ。
これだけで患者クラブの意義は十二分にある。
私は『患者クラブは仲良しクラブでいい』という考えを貫くべきだった。
大変な1年だったとも言えるし、経験のない私たちにしてはよくやったとも言える。
ただ個人的に反省することは、私には自分の考えを通す強さがないこと。
あるいは、考えが主張できるまで深くはなかったのだろう。
人の考えに引っ張られてしまった。
私は当初、若年性患者の私的な少人数の集まりを想定していた。
規則もなければ義務もない、ゆるやかな、参加したいときだけ参加できるような集まり。
そういう人為的でなく負担にならないクラブ。
みんなと一緒に食事したり、お茶を飲みながら日常生活、薬や症状、不安などを語りあえるような集まり。
ところが現実は思ってもみない方向に走り出した。
初めから市役所や保健所、社会福祉協議会などとコンタクトを取り、地域の公的組織としてスタートしてしまった。
本当はこの時点で私は降りるべきだったのだろう。
”ゆるやかな集まり”はきちんとした”組織”になってしまった。
会則・総会・代表・運営委員・会報まで存在する組織!
私の考えが足りなかったのが今わかる。
”行政に働きかけ、地域の人とつながりを持つ”ことはいいことには違いないが、その活動をする患者に負担がかかり過ぎる。
ただ集まって話し、食べ、歌うだけなら、世話係もいらないしどの患者でもできる。
前者がレベルが高く、後者が低いということはないのだ。
パーキンソン患者が患者クラブのために”仕事”を抱え込むのは、本末転倒というものだ。
本当の仕事ができなくなってくるというのに、収入にならないばかりか個人出費がかさむような忙しい生活を送るなんて患者のすることではない。
ゆるやかな集まりだったら代表はいなくていいし、いたとしても誰でもいいはずだった。
こんなに明確な方向性の違いをあいまいにしたことが、あとあとまで(現在も)尾を引いている。
ゆるやかな集まりは人に義務を課さない。
望む人は個人的に勉強・活動し、個人的に呼びかければいい。
知りたいニュースは他の誰かが教えてくれる。
行政に要望することだってその必要性があったときにすればいいこと。
いろいろな患者がいるのだし、みんなが同じことをする必要はないのだ。
グループとしてはただ集まるだけ。
これだけで患者クラブの意義は十二分にある。
私は『患者クラブは仲良しクラブでいい』という考えを貫くべきだった。
2008/01/18のBlog
[ 17:48 ]
[ ぐち ]
今日は一日中、薬がちゃんと効かなかった。
それでずっと思うように動けない。
キーを打つのがやっとだ。
昨日もよくなかった。
薬の効きが落ちているのだろうか。
具合がよければ、したいことはたくさんある。
病気についての翻訳も私の半生も文章にしたい。
動けなくなったらどんな気持ちで知日を過ごすのだろう。
頭に浮かんでくる考えを人に伝えられないまま。
それとも考えも浮かばなくなるのか。
何度も打ち間違いを直すのに疲れた。
それでずっと思うように動けない。
キーを打つのがやっとだ。
昨日もよくなかった。
薬の効きが落ちているのだろうか。
具合がよければ、したいことはたくさんある。
病気についての翻訳も私の半生も文章にしたい。
動けなくなったらどんな気持ちで知日を過ごすのだろう。
頭に浮かんでくる考えを人に伝えられないまま。
それとも考えも浮かばなくなるのか。
何度も打ち間違いを直すのに疲れた。
________________________________________________________________________________________
午後7時過ぎ、やっと、やっと、今日はじめてのはっきりしたキック・イン。
”はっきりしたキック・イン”といっても、10年前のキック・インとは違う。
10年前までは、キック・インしたら、もう何も心配いらなかった。
オフになる前に、薬をのめば大体継続して普通に歩けたし動けた。
オフも今ほどきつくはなかったと思う。
薬がよく効いて楽な時間があったから、43年間もパーキンソン病患者という状態に耐えられたのだ。
きょうは盛大に「ぐち」を言ってみた。
午後7時過ぎ、やっと、やっと、今日はじめてのはっきりしたキック・イン。
”はっきりしたキック・イン”といっても、10年前のキック・インとは違う。
10年前までは、キック・インしたら、もう何も心配いらなかった。
オフになる前に、薬をのめば大体継続して普通に歩けたし動けた。
オフも今ほどきつくはなかったと思う。
薬がよく効いて楽な時間があったから、43年間もパーキンソン病患者という状態に耐えられたのだ。
きょうは盛大に「ぐち」を言ってみた。
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具合がよければ”したいことがいっぱいある”と書いた。
やると約束したこと、やろうと思っていたことは、もうできないかもしれない。
これからは、「やる」とは言わないことにしよう。
できるようなら(=可能ならば)やる
約束が果たせなくても、したいことが途中でも、自分を責めないことにしよう。
具合がよければ”したいことがいっぱいある”と書いた。
やると約束したこと、やろうと思っていたことは、もうできないかもしれない。
これからは、「やる」とは言わないことにしよう。
できるようなら(=可能ならば)やる
約束が果たせなくても、したいことが途中でも、自分を責めないことにしよう。
2008/01/16のBlog
[ 05:23 ]
[ 考える―その他 ]
在フランスの友だちが今、日本に帰ってきている。
彼女の娘はフランスのインターナショナル・スクールの教師になったばかり、在仏日本人の子ども(幼稚園と小学校一年)が生徒のようだ。
お嬢さん自身は日本で育っていないので日本の知識があまりなく、母親に尋ねてくるらしい。
そして、彼女は私に尋ねてくる。
フランスと日本の教育についての考え方が全く違うので、日本人父母に説明するのに困るらしい。
フランスの教育プログbラムというのが、まず
■世界を理解する
(そうだろう、そうだろう、フランスなら当然だ!)
■自分がどう考えるか
友だちが挙げたのこの二つだった。
私の友だちは公平なので、この教育プログラムがうまくいっているかどうかはわからないと言った。それと
■教科書は教師がそれぞれ選ぶ、使わなくてもいい。
つまり、検定制度なんてない。
(さすがフランス!)
彼女は付け加える。
どうやって調べたのかわからないけど、フランスの大学は一番遅いんだって…”遅れている”ということらしい。
どこが進んでいるの?と私。
アメリカ、だそうである。
多分、アメリカが調査したんだろう。
教育の結果はどこに表れるか。
調査結果なんかではなく、その国のあり方に表れるだろう。
そこでちょっと検索してみた。
フランスと日本の教育制度
「日本の教育」と「フランスの教育」
彼女の娘はフランスのインターナショナル・スクールの教師になったばかり、在仏日本人の子ども(幼稚園と小学校一年)が生徒のようだ。
お嬢さん自身は日本で育っていないので日本の知識があまりなく、母親に尋ねてくるらしい。
そして、彼女は私に尋ねてくる。
フランスと日本の教育についての考え方が全く違うので、日本人父母に説明するのに困るらしい。
フランスの教育プログbラムというのが、まず
■世界を理解する
(そうだろう、そうだろう、フランスなら当然だ!)
■自分がどう考えるか
友だちが挙げたのこの二つだった。
私の友だちは公平なので、この教育プログラムがうまくいっているかどうかはわからないと言った。それと
■教科書は教師がそれぞれ選ぶ、使わなくてもいい。
つまり、検定制度なんてない。
(さすがフランス!)
彼女は付け加える。
どうやって調べたのかわからないけど、フランスの大学は一番遅いんだって…”遅れている”ということらしい。
どこが進んでいるの?と私。
アメリカ、だそうである。
多分、アメリカが調査したんだろう。
教育の結果はどこに表れるか。
調査結果なんかではなく、その国のあり方に表れるだろう。
そこでちょっと検索してみた。
フランスと日本の教育制度
「日本の教育」と「フランスの教育」
2008/01/15のBlog
[ 00:01 ]
[ 福祉サービス全般 ]
障害基礎年金を受給し始めたのは、発病後30数年経った2003年11月だった。
20歳前の発病なので障害基礎年金になる。
これは1級でも年額99万円くらい、これだけでは到底暮らせない。
就労中に発病した場合、障害厚生年金か障害共済年金を受給することになる。
標準報酬額に基づいて上乗せされるが、これは年金が「保険」だからだ。
保険料を多く支払ったから年金額も大きくなるということらしい。
この考えは果たして当然のことか?
私や私の兄のように、20歳前に発病した患者は病気のせいで就労の機会さえなかった。
自分の努力が足りないせいで、保険料が払えなかったのではなく就労そのものができなかったのだ。
罹病期間が長い分、苦労も長くしてきた。
日本の国の基本的考えはどうなっているのだろうか。
「平等」ということは考えられているのだろうか。
どういうことを”平等”と言っているのだろう。
「人間は本来、不平等なものである」ということが前提になっているのだろうか。
人の能力・職業・収入・財産などの不平等を認めた上で成立しているのか。
それらがいかに理不尽なものであっても、そこからスタートするというのはあまりにも安易だと思う。
資本主義というのは競争社会を前提とする。
競争という点では平等と言えるだろうが、あきらかに人間の存在自体が不平等なのだからおかしな話になる。
ある人が持っている特権が何の根拠もないのだとしたら、「平等」ということ自体成り立たない。
「保険」における”平等”は、”保険料の額に応じて”という平等。
「保険料の額」自体に何の根拠もないのなら、その上に乗っかる平等もまた根拠がない。
私の言いたいことがお分かりだろうか?
本来、平等でない人間社会において、”平等”をうたうことの無意味さを言っている。
20歳前の発病なので障害基礎年金になる。
これは1級でも年額99万円くらい、これだけでは到底暮らせない。
就労中に発病した場合、障害厚生年金か障害共済年金を受給することになる。
標準報酬額に基づいて上乗せされるが、これは年金が「保険」だからだ。
保険料を多く支払ったから年金額も大きくなるということらしい。
この考えは果たして当然のことか?
私や私の兄のように、20歳前に発病した患者は病気のせいで就労の機会さえなかった。
自分の努力が足りないせいで、保険料が払えなかったのではなく就労そのものができなかったのだ。
罹病期間が長い分、苦労も長くしてきた。
日本の国の基本的考えはどうなっているのだろうか。
「平等」ということは考えられているのだろうか。
どういうことを”平等”と言っているのだろう。
「人間は本来、不平等なものである」ということが前提になっているのだろうか。
人の能力・職業・収入・財産などの不平等を認めた上で成立しているのか。
それらがいかに理不尽なものであっても、そこからスタートするというのはあまりにも安易だと思う。
資本主義というのは競争社会を前提とする。
競争という点では平等と言えるだろうが、あきらかに人間の存在自体が不平等なのだからおかしな話になる。
ある人が持っている特権が何の根拠もないのだとしたら、「平等」ということ自体成り立たない。
「保険」における”平等”は、”保険料の額に応じて”という平等。
「保険料の額」自体に何の根拠もないのなら、その上に乗っかる平等もまた根拠がない。
私の言いたいことがお分かりだろうか?
本来、平等でない人間社会において、”平等”をうたうことの無意味さを言っている。
2008/01/14のBlog
[ 23:09 ]
[ 考える―その他 ]
人はみんな、いつかは死ぬ。
これは避けがたいことだ。
いつも「死」を忘れたふりをしているか、本当に忘れているのか、死の影から遠く離れて存在しているかにみえる。
その「死」が突然、白昼、露出する。
ぱきぱきクラブの男の子が亡くなった。
”男の子”と言うには実際の年齢は上だったけれど、その人は、私の心の中では、いつまでも”男の子”のまま。
パーキンソン病のほかに知的障害があり、直接の死の原因は肝硬変だったという。
私が彼と会ったのはほんの数えるほどだった。
でも、人に対する思いは会った回数ではない。
たった1回しか会わなくても、その心に触れることはある。
私は彼とそんな時間を持った。
彼を知っている人は全員そういう感情を持ったのかも知れない。
彼はどんな人にも、心の美しさ・純粋さを感じさせるような存在だった。
おおげさに言っているのではない。
ロシアの小説に基づいた映画「オブローモフの生涯より」というのを観たことがある。
ドストエフスキーにも「白痴」(この言葉は変換しなかった。他になんと言い換えればいいのだ。私はこの言葉は美しいと思う)がある。
ドストエフスキーは「白痴」を”美しく大切なもの”として描いている。
ロシアでは伝統的に心や体に障害がある人たち(つまり”異常な”人たち)を、”聖人”として敬い、大切にしてきたという。
ニキタ・ミハルコフの映画は、ふたりの男女とオブローモフの3人の関係を描いていた。知恵遅れ(これも差別用語というのだろうか?)のオブローモフを、あとの二人はお荷物扱いしながらも友だちだった。
最終的にオブローモフは亡くなってしまうのだが、彼がいかにあとの2人の関係を豊かにし優しさや愛情をもたらしていたか。
それを教訓的にではなく感じさせる映画だったと思う。
誰も気がつかないけれど聖人”は今もいる。
これは避けがたいことだ。
いつも「死」を忘れたふりをしているか、本当に忘れているのか、死の影から遠く離れて存在しているかにみえる。
その「死」が突然、白昼、露出する。
ぱきぱきクラブの男の子が亡くなった。
”男の子”と言うには実際の年齢は上だったけれど、その人は、私の心の中では、いつまでも”男の子”のまま。
パーキンソン病のほかに知的障害があり、直接の死の原因は肝硬変だったという。
私が彼と会ったのはほんの数えるほどだった。
でも、人に対する思いは会った回数ではない。
たった1回しか会わなくても、その心に触れることはある。
私は彼とそんな時間を持った。
彼を知っている人は全員そういう感情を持ったのかも知れない。
彼はどんな人にも、心の美しさ・純粋さを感じさせるような存在だった。
おおげさに言っているのではない。
ロシアの小説に基づいた映画「オブローモフの生涯より」というのを観たことがある。
ドストエフスキーにも「白痴」(この言葉は変換しなかった。他になんと言い換えればいいのだ。私はこの言葉は美しいと思う)がある。
ドストエフスキーは「白痴」を”美しく大切なもの”として描いている。
ロシアでは伝統的に心や体に障害がある人たち(つまり”異常な”人たち)を、”聖人”として敬い、大切にしてきたという。
ニキタ・ミハルコフの映画は、ふたりの男女とオブローモフの3人の関係を描いていた。知恵遅れ(これも差別用語というのだろうか?)のオブローモフを、あとの二人はお荷物扱いしながらも友だちだった。
最終的にオブローモフは亡くなってしまうのだが、彼がいかにあとの2人の関係を豊かにし優しさや愛情をもたらしていたか。
それを教訓的にではなく感じさせる映画だったと思う。
誰も気がつかないけれど聖人”は今もいる。
2008/01/12のBlog
[ 22:41 ]
[ 患者をめぐる問題 ]
blogタイトルはともかく、私のこのblogに対するスタンス・”書く”ことへのスタンスは変わらない。
ずーっと同じ=ワンパターンである。
1昨年から話が出て、昨年はじめ動き始め、4月に正式発足した地元の「ぱきぱきクラブ」。
ほぼ9ヶ月の”活動(非活動も含む)”を体験した。
■最初の私の発想は、家に引きこもりがちなパーキンソン病(特に若年性)患者が出かける場所と機会をつくることだった。
いろいな動作が下手になり人前で食事するのが憚られる患者たちにも、レストランで食事する楽しみ、人とおしゃべりする楽しみ、外に出る楽しみがある生活を提供する。
患者・非患者を問わない当たり前の人間関係がある、ふつうの暮らし(社会生活)をする。
つまり病人として特殊な隔離された生活を送るのではなく、社会の一員として、当たり前の暮らしを送れるようにしたかった。
そうすれば、パーキンソン病がどういう病気か、私たちの発言・行動・姿から人々に直接見てもらえる。
パーキンソン病になって社会から脱落あるいは落伍したと考えることが間違いだと私は思っている。
たしかに、健康な人と同じようにはできない、競争社会では落ちこぼれる。
だが、ほかの闘いは常にしているし、自分の人生を精一杯生きている。
私たちが人前に出てそこで何かをし、人々に交わることは、私たちが社会の一員であることを人々に示すことになる。
私たちは人の手助けを必要としているけれど、その人たちにも”人を助け優しくすることの喜び・誇らしさ”をプレゼントしていることになるのだ。
こういう体験は、社会が私たちに”一方的に与える”のではなく、私たちも他の人たちに何かを与え、社会の立派な構成員だということを身をもって示すことになる。
「社会は、さまざまな人の相互関係で成り立つ」という考えは、人間の精神を健全にする。
私たち患者が人間らしく存在することは、社会全体を健康にする。
ずーっと同じ=ワンパターンである。
1昨年から話が出て、昨年はじめ動き始め、4月に正式発足した地元の「ぱきぱきクラブ」。
ほぼ9ヶ月の”活動(非活動も含む)”を体験した。
■最初の私の発想は、家に引きこもりがちなパーキンソン病(特に若年性)患者が出かける場所と機会をつくることだった。
いろいな動作が下手になり人前で食事するのが憚られる患者たちにも、レストランで食事する楽しみ、人とおしゃべりする楽しみ、外に出る楽しみがある生活を提供する。
患者・非患者を問わない当たり前の人間関係がある、ふつうの暮らし(社会生活)をする。
つまり病人として特殊な隔離された生活を送るのではなく、社会の一員として、当たり前の暮らしを送れるようにしたかった。
そうすれば、パーキンソン病がどういう病気か、私たちの発言・行動・姿から人々に直接見てもらえる。
パーキンソン病になって社会から脱落あるいは落伍したと考えることが間違いだと私は思っている。
たしかに、健康な人と同じようにはできない、競争社会では落ちこぼれる。
だが、ほかの闘いは常にしているし、自分の人生を精一杯生きている。
私たちが人前に出てそこで何かをし、人々に交わることは、私たちが社会の一員であることを人々に示すことになる。
私たちは人の手助けを必要としているけれど、その人たちにも”人を助け優しくすることの喜び・誇らしさ”をプレゼントしていることになるのだ。
こういう体験は、社会が私たちに”一方的に与える”のではなく、私たちも他の人たちに何かを与え、社会の立派な構成員だということを身をもって示すことになる。
「社会は、さまざまな人の相互関係で成り立つ」という考えは、人間の精神を健全にする。
私たち患者が人間らしく存在することは、社会全体を健康にする。