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rosebud パーキンソン病とともに
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2008/01/24のBlog
[ 07:10 ] [ 映画・本・音楽・写真 ]
指が思うように動かないのでパソコン・ワークができない。
しょっちゅうほかのキーを触ってしまい打ち直す。

それで夫と映画をシネフィル・イマジカで観た。

映画が始まる。
映像はフィックス。
ある家の全体を正面から撮っている。

男の顔が映る。
声が聞こえる。
テレビのニュ-ス・ショーのようだ。
フランス語
この声は知っていると思った。

顔は誰なのかわからない。

ダニエル・オートゥイユだ!
顔が変わってしまった、私が映画を観ない間に。
でもおもかげはある。

後ろ姿の女性…振り返った顔はビノシュじゃないか。

この映画がはじまったとき、「この映画はみたことがある、その話したよ」と夫が言った。
でも「筋は全然思い出せない」と。

その話を私も思い出せない…だけど何かがひっかかっている。

なにかがあった。

「最後にアラブが…」と私。
夫は黙っている。

私は夫の話を聞いただけで、誰の作品かどんな映画かもしらなかった。
夫は映画を観ただけで、作家の名前も誤解していたし俳優はしらない(ビノシュは知ってる)

夫の話が、この映画の何かを的確に表現していたのだろう。
まだ、映画のストーリーは始まったばかりだったのだ、
私があの映画だと思ったのは。
書き忘れましたが、この映画のタイトルは「隠された記憶」(原題 Caché)
2005年 ミヒャエル・ハネケ(オーストリー)作品
他の作品に「ピアニスト」

この監督は男だと思うが、映画の視線からか夫は「監督は女性だ」と思ったという。


それから、主人公の母親役はなんとアニー・ジラルドだった。
2008/01/23のBlog
[ 23:17 ] [ 病気について ]
おととい、駅の改札口で右手を不自然にひねって痛めてしまった。
動かすと痛くてはれてしまった。
翌朝、病院に電話したけど予約がとれない。
今朝9時の予約…雪の朝。
付き添いがいないので、歩行補助車を持ってタクシーで病院へ。

診察とレントゲン撮影の結果、大きな骨折はなかったけど小さな三角形の影がある。

普通なら添え板を当てるのだけどと医師は言う。
あなたの場合は困るでしょうと。
”あなたの場合”がパーキンソン病患者の場合ということなのかは不明。
医師は私を一人暮らしだと思ったのかもしれない。

結果は包帯でぐるぐる巻き。
1週間はそのままにと言われる。

おとといに比べたら痛みも減った。
普通に動くようになるといいんだけど。
[ 05:20 ] [ 映画・本・音楽・写真 ]
昨夜、シネフィル・イマジカでペドロ・アルモドバルの「Talk to Her」を観た。
この人はスペインの映画作家で、彼の2002年の作品。
彼の映画には、ラテン系のエネルギッシュな迫力と直線的でピュアな美しさがある。

突然吐かれる女性の野卑な言葉も、濃厚な男のピュアな涙も、ごくごく当たり前に流れる。
日本的感覚だと相当異常なシチュエイションが、なんと魅惑的なことか。
ラテン系の人たちのグラマラスな肉体のしなやかさ。
肉体の感情と精神が一体となったように彼らは存在している。

2008/01/22のBlog
[ 02:46 ] [ 患者をめぐる問題 ]
昨夜、外出から帰ってしばらくしたとき電話が鳴った。
大阪の前原隆司さんだった。
昨年夏だったか弟さんが亡くなって一人になっていた。
昨年末、倒れて丸一日そのままだったという。
そのあいだ薬をのめなかったので悪性症候群になり入院、今日退院してきた。

たった一日薬をのまなかった…薬を急に止めると悪性症候群になると聞いていたけど、と驚く。
手が体の下敷きになって、神経が一本だめになったそうだ。
どういうことか正確にはわからないが、リハビリをしているとのこと。

先日も四国に住む友だちが数時間倒れたままで、やはり下敷きになった手が翌日もしびれていると言っていた。
彼女はご主人と二人暮らし、お嬢さんが訪ねて来て倒れているのを見つけたという。

1年位前だったか、ゆうゆうさんが2昼夜のあいだ動けなかった。
パーキンソン病患者は本当にいつ何があるかわからない。

私はまだ倒れたまま動けなくなったことはないが、恐ろしい出来事だった。
2008/01/20のBlog
イタリアに行ったとき、リトアニアの患者さんたちと同じホテルに泊まった。
同じホテルだと気づいたのは別れる日の朝だったけど。

ひとりの患者さんが私のことを「あなたはすばらしい」と言ってくれる。
私がたどたどしい英語で果敢に話し、パーティでは踊りまくった(ただ音楽にあわせて動いていた?)ことを言ったのだろう。
そして私の杖を見て「それ、いいわね」と言う。
折りたたみの杖はリトアニアにはないと言う。
本当?
日本ではどこでも買える。
私は簡単に「送ってあげましょうか?」と言ってしまった。
彼女は喜んで私を抱きしめる。
彼女の笑顔が本当にうれしそうだった。

約束を果たそうと、帰ってきて伊勢丹に注文する。
ついでに国際宅急便で送ってもらおうと料金を聞くと、なんと1万円以上(ショックで正確には覚えていない)
郵便局のほうが安いだろうと伊勢丹の人が言うので家に送ってもらう。
だけど以前、フランスの友人に本を数冊送ったときに4、5千円送料がかかったのを思いだしていた。


ぱきぱきちゃんの母上に電話で一番安く送る方法を聞いてみた。
飛行機に空きがあるとき運ぶのがいいということだった。
送料は1800円くらいだと言う。

勇気を出して郵便局へ行く。
重さを量ってもらうと、包装を入れても400gと軽い。
小型包装物(三辺の合計90cm、2kg以内)だという。
これは安い!よかった!

それでEMSという早く着くので送ることにした。
1800円。

「ギフト」ということにして、補償のための価格欄に正確な値段を書いた。

これはどうやら失敗だったようだ。
相手側に税金がかかってしまった。

後の祭りだがサイトを検索してみた。
http://belgium.fc2web.com/mail.html

価格が高いと税関で開けて、新品だと税金がかかってしまうと書いてあった。
2000円か3000円にしておけばよかった。

海外から代金を送ってもらうのも、大変なことがわかった。
銀行の手数料が数千円かかる。
これは現在、最も安い方法を探索中。


2008/01/19のBlog
[ 23:04 ] [ 患者をめぐる問題 ]
地域の患者クラブに関わって4月で1年になる。
大変な1年だったとも言えるし、経験のない私たちにしてはよくやったとも言える。
ただ個人的に反省することは、私には自分の考えを通す強さがないこと。
あるいは、考えが主張できるまで深くはなかったのだろう。
人の考えに引っ張られてしまった。

私は当初、若年性患者の私的な少人数の集まりを想定していた。
規則もなければ義務もない、ゆるやかな、参加したいときだけ参加できるような集まり。
そういう人為的でなく負担にならないクラブ。
みんなと一緒に食事したり、お茶を飲みながら日常生活、薬や症状、不安などを語りあえるような集まり。

ところが現実は思ってもみない方向に走り出した。
初めから市役所や保健所、社会福祉協議会などとコンタクトを取り、地域の公的組織としてスタートしてしまった。
本当はこの時点で私は降りるべきだったのだろう。
”ゆるやかな集まり”はきちんとした”組織”になってしまった。
会則・総会・代表・運営委員・会報まで存在する組織!

私の考えが足りなかったのが今わかる。
”行政に働きかけ、地域の人とつながりを持つ”ことはいいことには違いないが、その活動をする患者に負担がかかり過ぎる。
ただ集まって話し、食べ、歌うだけなら、世話係もいらないしどの患者でもできる。
前者がレベルが高く、後者が低いということはないのだ。

パーキンソン患者が患者クラブのために”仕事”を抱え込むのは、本末転倒というものだ。
本当の仕事ができなくなってくるというのに、収入にならないばかりか個人出費がかさむような忙しい生活を送るなんて患者のすることではない。
ゆるやかな集まりだったら代表はいなくていいし、いたとしても誰でもいいはずだった。

こんなに明確な方向性の違いをあいまいにしたことが、あとあとまで(現在も)尾を引いている。

ゆるやかな集まりは人に義務を課さない。
望む人は個人的に勉強・活動し、個人的に呼びかければいい。
知りたいニュースは他の誰かが教えてくれる。
行政に要望することだってその必要性があったときにすればいいこと。
いろいろな患者がいるのだし、みんなが同じことをする必要はないのだ。
グループとしてはただ集まるだけ。
これだけで患者クラブの意義は十二分にある。


私は『患者クラブは仲良しクラブでいい』という考えを貫くべきだった。
2008/01/18のBlog
[ 17:48 ] [ ぐち ]
今日は一日中、薬がちゃんと効かなかった。
それでずっと思うように動けない。
キーを打つのがやっとだ。
昨日もよくなかった。
薬の効きが落ちているのだろうか。
具合がよければ、したいことはたくさんある。
病気についての翻訳も私の半生も文章にしたい。
動けなくなったらどんな気持ちで知日を過ごすのだろう。
頭に浮かんでくる考えを人に伝えられないまま。
それとも考えも浮かばなくなるのか。

何度も打ち間違いを直すのに疲れた。
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午後7時過ぎ、やっと、やっと、今日はじめてのはっきりしたキック・イン。
”はっきりしたキック・イン”といっても、10年前のキック・インとは違う。
10年前までは、キック・インしたら、もう何も心配いらなかった。
オフになる前に、薬をのめば大体継続して普通に歩けたし動けた。
オフも今ほどきつくはなかったと思う。

薬がよく効いて楽な時間があったから、43年間もパーキンソン病患者という状態に耐えられたのだ。

きょうは盛大に「ぐち」を言ってみた。
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具合がよければ”したいことがいっぱいある”と書いた。
やると約束したこと、やろうと思っていたことは、もうできないかもしれない。
これからは、「やる」とは言わないことにしよう。

できるようなら(=可能ならば)やる

約束が果たせなくても、したいことが途中でも、自分を責めないことにしよう。
2008/01/16のBlog
[ 05:23 ] [ 考える―その他 ]
在フランスの友だちが今、日本に帰ってきている。
彼女の娘はフランスのインターナショナル・スクールの教師になったばかり、在仏日本人の子ども(幼稚園と小学校一年)が生徒のようだ。
お嬢さん自身は日本で育っていないので日本の知識があまりなく、母親に尋ねてくるらしい。
そして、彼女は私に尋ねてくる。
フランスと日本の教育についての考え方が全く違うので、日本人父母に説明するのに困るらしい。

フランスの教育プログbラムというのが、まず

世界を理解する
(そうだろう、そうだろう、フランスなら当然だ!)

自分がどう考えるか

友だちが挙げたのこの二つだった。
私の友だちは公平なので、この教育プログラムがうまくいっているかどうかはわからないと言った。それと

■教科書は教師がそれぞれ選ぶ、使わなくてもいい。
つまり、検定制度なんてない。
(さすがフランス!)
彼女は付け加える。
どうやって調べたのかわからないけど、フランスの大学は一番遅いんだって…”遅れている”ということらしい。
どこが進んでいるの?と私。
アメリカ、だそうである。
多分、アメリカが調査したんだろう。

教育の結果はどこに表れるか。
調査結果なんかではなく、その国のあり方に表れるだろう。

そこでちょっと検索してみた。
フランスと日本の教育制度

「日本の教育」と「フランスの教育」