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rosebud パーキンソン病とともに
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2008/05/21のBlog
[ 18:33 ] [ 私的なこと ]
先週末から痛み出した「歯」は、私が推測した「歯」とは違っていた。
私は下の歯だと思っていたのに、痛んでいたのは上のだった。

しばらく前に3~4回通った歯医者は、近所だしやさしい歯科医ではあったが、いかにも設備が古く技術もまた古いようだった。

どの歯ともわからない痛みを訴えると、以前通っていた、隣の市にある生協診療所の歯科に行くようにと夫が言う。
ひょっとしたら、近くにもいい歯医者があるのかもしれない。だけど、あの生協の歯科は間違いなく丁寧で技術も設備も新しい。
歯科衛生士も数人いる。
みんな親切だ。

意を決して隣の市までなんとか通うことにした。
きょうは、月1回の訪問看護婦さんが来る日。
歯医者の予約に時間を合わせて送ってもらった。同じ医療生協なのだ。

話はそれるけど、ヘルパーを頼むのが減ったので、訪問看護を少し増やそうと思う。
お薬をピルケースに入れたり、一緒に買い物についてきてくれる。
こちらは医療保険なので自己負担はない。
(訪問看護の単価は高いけど自己負担はないのだ)

もし私のような人が増えると、医療費は幾分か増えることになる。
介護保険の費用が減った以上に増えることになる。

こういうことを厚生労働省の人は考えているのだろうか。

誰か「全体」を考えている人って、日本にいるのかなあ。











2008/05/19のBlog
[ 18:42 ] [ 私的なこと ]
私が肉体的に弱いことはよく知っているつもりだった。
金曜日あたりから眼が痛い。
歯が痛いような気もする。
実家に行っていた間は大丈夫だった。

土曜はヨガの実演を隣の市の友の会でやった。
歯痛・眼痛はあまり気にならなかった。

その夜、痛みは増してきた。
眠りにつけない。
薬剤師の友だちA子さんに電話して訴える。
虫歯?
そうかもしれない、それに違いない。
ものを噛むと痛くなる。
頭も働かない。

My brain doesn't work.
お得意のせりふ。

あまり痛いとどこが痛いか分からなくなる。

身体のどこかの具合が悪いと、PDの薬が効かなくなる。
これは最悪。

眼が痛いのも気になる。
最近、また見えにくくなっているようなのだ。
あ~あ、最悪!(また言っちゃった)
2008/05/14のBlog
[ 22:22 ] [ 患者をめぐる問題 ]
後期高齢者医療制度についてツナミンさん、warmgunが引用している記事を、私もAppleの掲示板に貼りつけた。

この制度、65歳以上の障害者も対象となる。
75歳以上を分けるのも、すごい差別だと思うが、障害者についても、ものすごい差別だと思う。
老人も障害者も要らないと公言しているのだ。
じゃあ、誰が要るというのだろうか。
若い人もいずれ年をとる。

この制度に、老人も、これから年老いる人たちも(国民全員だ)、本気で怒っていい事態だと思う。
こんなにひどい待遇をされて怒らないのは、もう人間とは言えない。

本当に高齢者や障害者を切り捨てて誰が生き残ろうというのか。
優しさや敬意を捨てて、どんな未来があるというのだろう。
2008/05/13のBlog
きのう兄が階段から落ちたという。
兄は階段を片手に杖、もう片方に本を抱えて階段を上っていて落ちた。
無茶なことをしたものだと思う。

杖なんか階下に置いておいて、手すりを持って上がればよかったのに。
でも幸いなことに、大きなダメージはなかったらしい。
あちこち打ったり切ったりしたようだけど。
今日、病院に行ってCTスキャンをしてもらったそうだ。

もう一人、友だちもまた階段から落ちたという知らせがあった。
彼女のことが気にかかる。
ダメージが残らないといいのだけれど。

兄も友だちも、パーキンソン患者。
私たちはちょっとしたことで、バランスを崩しやすい。
ふと新しい考えが頭に浮かんでも、何かにほんの軽く躓いても、バランスを失う。
突然起こる変化に体が対応できないのだ。

私たちは危険がいっぱいの世界に住んでいる。
2008/05/11のBlog
思いたって読み返してみた。
2003年10月に書いた「私の障害年金日記」

Appleにアップしていたので、たくさんのパーキンソン患者が(多分)読んでくれたと思う。
がこれを読んで年金の手続きをし受給していると感謝されることが多かった。

最近でこそ、Appleの福祉担当は、はとぽっぽさんにお願いしているが、初めの5年間くらいは私が孤軍奮闘していた。
自分が体験している「介護・福祉」で、”具体的な体験から制度の本質に迫る”というのが私のポリシーだった。

この日記はその具体化のひとつ。


2008/05/10のBlog
夫のブログを覗いたら、イタリアで撮った写真を載せていた。
美しい写真だ。

イタリア北部の街・ベルガモの旧市街。
城壁で囲まれた都市。

道に敷かれた石はローマ時代からそこにある。
「幸せなとき」と夫は言う。

本当にそう。


2008/05/09のBlog
この頃、疲労を覚えるようになって、少し外出を控えめにしている。
病気ではない、うちの夫と比べて、難病患者の私は、はるかに忙しいのだ。
疲れるのは無理もない。


私が先日書いた「大言壮語―人間と文化」を読んで、夫は大喜びしていた。
「あなたは強烈!僕もあそこまでは書かない」と。

私、普段は穏健で、優柔不断だったりするんだけど、なにかに怒ると結構辛辣になる。
いつもは、あんまり人とぶつかりたくないの。典型的日本人だと思う。
穏健ではあっても、よく考えてみれば私の考え方ははっきりしている。

昔から、素直な私は、戦後民主主義教育を受けてすくすく育った。
自由・平等・友愛の子だった。

病気になり、大人になって牧歌的ではなくなったが、まだストレートに正論を言いたがる。
私の立場・考えに根拠をおきたい。

病気のせいで、いわゆる社会で働いたことがない。
家庭のなかで守られていた。
もっとも自分では、家庭もひとつの社会だと思っている。
思ってはいるけど、悪意のある人に囲まれてはいなかったのも事実。
それは私には幸せだったと思いたい。

友は言う。
私のような人は社会ではつぶされてしまうと。
無防備ということだろう。
自分の弱点を平気でさらしているから。

私は本当に弱い。
自分で自分が支えられない位弱い。

そんなに弱い私が、強烈な主張もする。
不思議。


2008/05/08のBlog
嫌だと思うことがある。

「もらえるものはもらわなくちゃ」

きょう、その言葉を耳にした。
言った人は正直なのだろう。

私のように神経難病(パーキンソン病)患者は障害者とも呼ばれる。
実は私は自分を障害者だとは思っていない。
ただ、病気だと思っているだけだ。
「障害者」を英語では"disabled"という。
これは単に「できないことがある人」という意味らしい。
昔は「無能者」かと思って憤慨していた。
「障害者」という言葉を耳にするたびに思う。
健康に見える人だって、なにかしら“障害”はあるのに、それが自分ではわからないのねと。

脱線した。
話を戻して、福祉制度の適用を受けていると、国が国民を信用していないという思いを強くする。
「悪用する人がいるから」という前提で制度の細部が決められている。
国が率先して国民を疑うのはひどいことだと思う。
自国の国民を信用しない国家ってなんなのだろうと。

でも、翻って思うことは、日本は自らにふさわしい国民を持っているのかもしれないと。
「もらえるものは、もらわなくっちゃ」という国民。
「得する」ことを追いかける人たち。

障害年金を受給するのは、障害(この言葉は使う)があったり難病患者が生活に支障をきたし仕事や家事ができなくなったとき、生活を支えるために受給する年金だと私は思っている。
それに、年金保険料は例外を除いて長年払い続けてきたのだから、受給するのは当然のことだと思う。
でも、生活がなんとかできる体の状態のとき、経済的に困らないときは受給申請する必要はないのではないか。

「もらえるものはもらう」という考えは、恥ずべきだ。
そういうことを恥ずかしいと云わなくて、人間といえるだろうか。

国民がまっとうな考えを持つことは、そんなにも難しいことなのか。
また、国家も率先して国民を信用するのが、そんなにも不可能なことなのか。