Blog
2008/06/11のBlog
[ 16:37 ]
[ 薬剤 ]
以下の文章はAppleの若年性掲示板への投稿と同じものです。
今思うと、私は薬ののみ方がつくづく下手だったと思う。
あの長い年月気にし続けた、いつ訪れるかわからない「オフ」や「ジスキネジア」を、今なら殆ど経験しなくてすむのではないかと思う。
知らなかったし、一人では気がつかなかったことがたくさんあった。
ネオドパストンをのみだした頃、1回の服薬が大体4時間効果があることは気がついた。
大分たって、ジスキネジアが起きだしたとき、半分ずつ飲むようにしたのは、1回の量が多すぎる気はしたのだろう。
その当時ある神経内科医は半錠ずつのんではいけないと言っていた。
食後にのむと薬がなかなか効かず、食前にのむと効きが早かった。
効き目は早いけどジスキネジアが出やすいとは知らなかった。
大体4時間は1回の服薬で動けたけど、何かに夢中になったりして、のむタイミングにそれほど神経を使わなかった。
それで、突然オフになるのに困っていた。
どうしてオフを避けるために薬をきちんとのまなかったのか
、不思議に思う。
いい加減な性格のせいか。
私が知っている年下の若年性患者をみていると、昔の私と同じようにみえる。
もう一歩先まで考えて薬をのむことをしていない。
薬が効いてこないのはなぜか?
ジスキネジアがおきるのはどうしてか?
オフを避けるにはどうしたらいいか?
薬がよく効くようにするにはどうしたらいいか?
規則正しい生活をして、睡眠を充分にとる。
便秘をしない。
不安や緊張はなるべく避ける
決まった種類・決まった回数・決まった量の薬をのむようにする。
ほかにも、乳製品と同時に薬をのまない、などいろいろあるけれど、原則的に身体の基本的状態をよくすることだ。
薬が効かない、体調が悪いと言う前に、「それは何故か」「どうしたら解消できるか」を考える大切さを経験から痛感します。
今思うと、私は薬ののみ方がつくづく下手だったと思う。
あの長い年月気にし続けた、いつ訪れるかわからない「オフ」や「ジスキネジア」を、今なら殆ど経験しなくてすむのではないかと思う。
知らなかったし、一人では気がつかなかったことがたくさんあった。
ネオドパストンをのみだした頃、1回の服薬が大体4時間効果があることは気がついた。
大分たって、ジスキネジアが起きだしたとき、半分ずつ飲むようにしたのは、1回の量が多すぎる気はしたのだろう。
その当時ある神経内科医は半錠ずつのんではいけないと言っていた。
食後にのむと薬がなかなか効かず、食前にのむと効きが早かった。
効き目は早いけどジスキネジアが出やすいとは知らなかった。
大体4時間は1回の服薬で動けたけど、何かに夢中になったりして、のむタイミングにそれほど神経を使わなかった。
それで、突然オフになるのに困っていた。
どうしてオフを避けるために薬をきちんとのまなかったのか
、不思議に思う。
いい加減な性格のせいか。
私が知っている年下の若年性患者をみていると、昔の私と同じようにみえる。
もう一歩先まで考えて薬をのむことをしていない。
薬が効いてこないのはなぜか?
ジスキネジアがおきるのはどうしてか?
オフを避けるにはどうしたらいいか?
薬がよく効くようにするにはどうしたらいいか?
規則正しい生活をして、睡眠を充分にとる。
便秘をしない。
不安や緊張はなるべく避ける
決まった種類・決まった回数・決まった量の薬をのむようにする。
ほかにも、乳製品と同時に薬をのまない、などいろいろあるけれど、原則的に身体の基本的状態をよくすることだ。
薬が効かない、体調が悪いと言う前に、「それは何故か」「どうしたら解消できるか」を考える大切さを経験から痛感します。
[ 16:37 ]
[ 薬剤 ]
以下の文章はAppleの若年性掲示板への投稿と同じものです。
今思うと、私は薬ののみ方がつくづく下手だったと思う。
あの長い年月気にし続けた、いつ訪れるかわからない「オフ」や「ジスキネジア」を、今なら殆ど経験しなくてすむのではないかと思う。
知らなかったし、一人では気がつかなかったことがたくさんあった。
ネオドパストンをのみだした頃、1回の服薬が大体4時間効果があることは気がついた。
大分たって、ジスキネジアが起きだしたとき、半分ずつ飲むようにしたのは、1回の量が多すぎる気はしたのだろう。
その当時ある神経内科医は半錠ずつのんではいけないと言っていた。
食後にのむと薬がなかなか効かず、食前にのむと効きが早かった。
効き目は早いけどジスキネジアが出やすいとは知らなかった。
大体4時間は1回の服薬で動けたけど、何かに夢中になったりして、のむタイミングにそれほど神経を使わなかった。
それで、突然オフになるのに困っていた。
どうしてオフを避けるために薬をきちんとのまなかったのか
、不思議に思う。
いい加減な性格のせいか。
私が知っている年下の若年性患者をみていると、昔の私と同じようにみえる。
もう一歩先まで考えて薬をのむことをしていない。
薬が効いてこないのはなぜか?
ジスキネジアがおきるのはどうしてか?
オフを避けるにはどうしたらいいか?
薬がよく効くようにするにはどうしたらいいか?
規則正しい生活をして、睡眠を充分にとる。
便秘をしない。
不安や緊張はなるべく避ける
決まった種類・決まった回数・決まった量の薬をのむようにする。
ほかにも、乳製品と同時に薬をのまない、などいろいろあるけれど、原則的に身体の基本的状態をよくすることだ。
薬が効かない、体調が悪いと言う前に、「それは何故か」「どうしたら解消できるか」を考える大切さを経験から痛感します。
今思うと、私は薬ののみ方がつくづく下手だったと思う。
あの長い年月気にし続けた、いつ訪れるかわからない「オフ」や「ジスキネジア」を、今なら殆ど経験しなくてすむのではないかと思う。
知らなかったし、一人では気がつかなかったことがたくさんあった。
ネオドパストンをのみだした頃、1回の服薬が大体4時間効果があることは気がついた。
大分たって、ジスキネジアが起きだしたとき、半分ずつ飲むようにしたのは、1回の量が多すぎる気はしたのだろう。
その当時ある神経内科医は半錠ずつのんではいけないと言っていた。
食後にのむと薬がなかなか効かず、食前にのむと効きが早かった。
効き目は早いけどジスキネジアが出やすいとは知らなかった。
大体4時間は1回の服薬で動けたけど、何かに夢中になったりして、のむタイミングにそれほど神経を使わなかった。
それで、突然オフになるのに困っていた。
どうしてオフを避けるために薬をきちんとのまなかったのか
、不思議に思う。
いい加減な性格のせいか。
私が知っている年下の若年性患者をみていると、昔の私と同じようにみえる。
もう一歩先まで考えて薬をのむことをしていない。
薬が効いてこないのはなぜか?
ジスキネジアがおきるのはどうしてか?
オフを避けるにはどうしたらいいか?
薬がよく効くようにするにはどうしたらいいか?
規則正しい生活をして、睡眠を充分にとる。
便秘をしない。
不安や緊張はなるべく避ける
決まった種類・決まった回数・決まった量の薬をのむようにする。
ほかにも、乳製品と同時に薬をのまない、などいろいろあるけれど、原則的に身体の基本的状態をよくすることだ。
薬が効かない、体調が悪いと言う前に、「それは何故か」「どうしたら解消できるか」を考える大切さを経験から痛感します。
2008/06/10のBlog
[ 03:56 ]
[ 書くこと ]
麦さんにショルダーバッグを編んでもらった。
麻(リネン)の糸の2本取り、濃い砂色のぺったんこ。
留めるボタンも茶色の糸でふっくら編んである。
麦さんが言う。
「編む」のと「書く」のと似ている、自分との対話だという。
結局は人とつながると。
私は自分のために書く。
そういえば、「作品」のつもりで書いている。
まあ、「作品」でありたいということだけど。
そして、「自分に徹する」ことが「普遍」に通ずることだと確信している。
麻(リネン)の糸の2本取り、濃い砂色のぺったんこ。
留めるボタンも茶色の糸でふっくら編んである。
麦さんが言う。
「編む」のと「書く」のと似ている、自分との対話だという。
結局は人とつながると。
私は自分のために書く。
そういえば、「作品」のつもりで書いている。
まあ、「作品」でありたいということだけど。
そして、「自分に徹する」ことが「普遍」に通ずることだと確信している。
2008/06/09のBlog
[ 21:18 ]
[ 薬剤 ]
◆2005年5月
ビシフロール(Mirapex,成分名 pramiprexole)がやっと認可された。
早速のむことにした。
0.5mg錠を1錠から徐々に増やしていく。
一日3.0mg(6錠)まで増やしたとき、いい感じがした。
しばらくそのままで、その後もう少し飲んでみたいと主治医に言った。
それで、1日7錠(一時期8錠)のんでいた。
4.5mgが上限なのを3.5mgから4mgのんでいたことになる。
状態はよかった。
Lドーパは減り、一日200mgを切った。
実際1.5錠くらいだった。
ビシフロールは猛烈に眠くなった。
眠くなるだけでなく、しゃべりながら、食事しながら眠ってしまうことがあった。
家にいることが多かったので、眠くなったらすぐに眠ることにした。
効きめがよくわかったので、止めようとは思わなかった。
何よりうれしかったのは、姿勢保持障害が軽減し、あまりすくまなくなり転ぶことも減ったことだ。
よかったのは転びにくくなっただけでなく、それまで夜の睡眠が2~3時間で寸断されていたのが、ぐっすり8時間は眠れるようになった。
ビシフロール(Mirapex,成分名 pramiprexole)がやっと認可された。
早速のむことにした。
0.5mg錠を1錠から徐々に増やしていく。
一日3.0mg(6錠)まで増やしたとき、いい感じがした。
しばらくそのままで、その後もう少し飲んでみたいと主治医に言った。
それで、1日7錠(一時期8錠)のんでいた。
4.5mgが上限なのを3.5mgから4mgのんでいたことになる。
状態はよかった。
Lドーパは減り、一日200mgを切った。
実際1.5錠くらいだった。
ビシフロールは猛烈に眠くなった。
眠くなるだけでなく、しゃべりながら、食事しながら眠ってしまうことがあった。
家にいることが多かったので、眠くなったらすぐに眠ることにした。
効きめがよくわかったので、止めようとは思わなかった。
何よりうれしかったのは、姿勢保持障害が軽減し、あまりすくまなくなり転ぶことも減ったことだ。
よかったのは転びにくくなっただけでなく、それまで夜の睡眠が2~3時間で寸断されていたのが、ぐっすり8時間は眠れるようになった。
[ 20:40 ]
[ 薬剤 ]
2008/06/08のBlog
[ 23:27 ]
[ 書くこと ]
「"Message from Almond"を本にする」と宣言したのは一昨年の冬。
あれからもう1年半も経ってしまった。
その間に私がしたことは、掲示板へのレス、「障害年金Q&A」のサイトへアップ、いくつかの和訳に手をつけたまま放置、人の作品・文章のアップ作業、ぱきぱきクラブの運営委員会出席、カラオケ活動…
このリストを見たら、誰も本気で本ができるとは思わないだろう。
やる気がないのか、じっくり考えることより、目先のカラオケ・雑用に追われている。
掲示板で、私の辛かったことなどを尋ねられ、今まで書いた文章を読んでもらおうと思った。
ところが私の文章はAppleのあちこちに飛び散っている。
ほかの何人かは専用のコーナーを持っているのにである。
彼らは自分たちはアップ作業をしない。
アップ作業をするのはRaisin、私、Sophia、Iris。
それなのに私は専用コーナーも持っていない。(私以外敬称略)
誰に文句を言うわけではないが、なにか理不尽を感じる。
こういう理不尽はAppleでは言ってもしかたなさそう。
大分前に、「自分の文章は自分でアップするように」という方針が出されたのに、それ以降、一人もアップできる人は現れなかった。
Appleは自発的な意思に基づくグループだ。
誰も強制しない。
私も人の文章をアップするより、自分の本づくりに取り組むべきなのだ。
ああ、お人よし!
私には時間がないかもしれない。
あれからもう1年半も経ってしまった。
その間に私がしたことは、掲示板へのレス、「障害年金Q&A」のサイトへアップ、いくつかの和訳に手をつけたまま放置、人の作品・文章のアップ作業、ぱきぱきクラブの運営委員会出席、カラオケ活動…
このリストを見たら、誰も本気で本ができるとは思わないだろう。
やる気がないのか、じっくり考えることより、目先のカラオケ・雑用に追われている。
掲示板で、私の辛かったことなどを尋ねられ、今まで書いた文章を読んでもらおうと思った。
ところが私の文章はAppleのあちこちに飛び散っている。
ほかの何人かは専用のコーナーを持っているのにである。
彼らは自分たちはアップ作業をしない。
アップ作業をするのはRaisin、私、Sophia、Iris。
それなのに私は専用コーナーも持っていない。(私以外敬称略)
誰に文句を言うわけではないが、なにか理不尽を感じる。
こういう理不尽はAppleでは言ってもしかたなさそう。
大分前に、「自分の文章は自分でアップするように」という方針が出されたのに、それ以降、一人もアップできる人は現れなかった。
Appleは自発的な意思に基づくグループだ。
誰も強制しない。
私も人の文章をアップするより、自分の本づくりに取り組むべきなのだ。
ああ、お人よし!
私には時間がないかもしれない。
2008/06/07のBlog
[ 19:12 ]
[ 患者組織 全国組織と地域 ]
私がぱきぱきクラブを追い出されたという噂が狭い患者業界(!)にあるらしい。
追い出したって、いったい誰が?
クラブに私が存在する意味がないとは思った。
私は目的・方針を考えるタイプで、クラブの精神的支柱にはなりえても、実際に動き回るのには向かない。
このことは誰から言われたのでもなく、自ら痛感した。
ほかのメンバーは引きとめた、かなり強力に。
でも、私は義務があると重荷に感じてしまう。
フリーであることが一番私らしさを発揮できる条件。
肩書きはいらない。
私自身でありさえすれば。
追い出したって、いったい誰が?
クラブに私が存在する意味がないとは思った。
私は目的・方針を考えるタイプで、クラブの精神的支柱にはなりえても、実際に動き回るのには向かない。
このことは誰から言われたのでもなく、自ら痛感した。
ほかのメンバーは引きとめた、かなり強力に。
でも、私は義務があると重荷に感じてしまう。
フリーであることが一番私らしさを発揮できる条件。
肩書きはいらない。
私自身でありさえすれば。
[ 00:33 ]
[ ぐち ]
この文章はAppleの若年性掲示板に載せたものと同一です。
長い間たった一人で病気と苦闘してきた。
その頃は”闘っている”という意識はなかったけれど、今から思うとこの病気は「闘う」としか言いようがない。
いや、あの頃はそれでも薬さえ効いていれば一人でどこへでも行けた。
そのときはおずおずとだったけど。
病気になって薬を飲みだすまでの8年間。
診断がつかず、なんで歩けないのかわからない。
どんどん歩けなくなった。
医者に行ってもなにもわからない、何も変わらない。
不安そして絶望。
うつうつと家に閉じこもった。
17歳から25歳まで。
分かち合う人は誰もいなかった。
そして今も不安がいっぱい。
いつまで動けるのだろうか。
動けるといってもふつうには動けない。
すくみ、バランスを崩し、前へ後ろへ転ぶ。
常に病気のことは頭から離れない。
なにも考えずに歩けたのは、いつまでだったろう。
そういう思いに沈むこともある。
人には言えないけれど。
長い間たった一人で病気と苦闘してきた。
その頃は”闘っている”という意識はなかったけれど、今から思うとこの病気は「闘う」としか言いようがない。
いや、あの頃はそれでも薬さえ効いていれば一人でどこへでも行けた。
そのときはおずおずとだったけど。
病気になって薬を飲みだすまでの8年間。
診断がつかず、なんで歩けないのかわからない。
どんどん歩けなくなった。
医者に行ってもなにもわからない、何も変わらない。
不安そして絶望。
うつうつと家に閉じこもった。
17歳から25歳まで。
分かち合う人は誰もいなかった。
そして今も不安がいっぱい。
いつまで動けるのだろうか。
動けるといってもふつうには動けない。
すくみ、バランスを崩し、前へ後ろへ転ぶ。
常に病気のことは頭から離れない。
なにも考えずに歩けたのは、いつまでだったろう。
そういう思いに沈むこともある。
人には言えないけれど。