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rosebud パーキンソン病とともに
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2008/06/14のBlog
[ 23:05 ] [ 病気について ]
ひとつ前のblogで、病気は”生きるひとつの条件”だと書いた。
そういう意味では、どんな人も「生きる条件」に縛られる。
それから免れる人はいない。
何の留保もつかない、何の制限もない人生はありえない。
ある条件下に人は生まれ、生きなければならない。

一般論としてはそうなのだが、その条件の厳しさははさまざまだ。
”治らない病気”という条件は厳しい。
それも、「動く」という人間が本来当然持っているはずの能力を奪われて。
この条件の厳しさが、私たちに深く考えることを強いる。
どんな形であれ、考え悩む。

条件が厳しければ厳しいほど、その人の「生」はシンプルにくっきりしたものになる。
私たちにあいまいな人生はない。
生きることに意識的になる。
逆説的に言えば、病気が私たちを「生」に向かわせる。
私たちは生きることの意味・価値を深く知ることになる。
生きること・人のあり方について。


[ 20:22 ] [ 病気について ]
パーキンソン病のように治らない病気を抱えると、病気をどう考えるかがとても大切になってくる。
若いときだと、病気に対する考え方が、その後の人生を決定するように思う。
一時的な災難とは思えない、これからずっとそうなのだから。
災難じゃない、自分の生きる条件なのだ。
この人生しか私にはない。
病気の人生。

病気の人生…を前にして言葉を失う。

”病気を受容する”という言い方が私は嫌いだ。
なんだか強いものに負けるようで。
”仕方がないから自分が病気だと認める”という消極的態度ではなく、”病気とは何か”についての意識的な(積極的)考えを持つことが、病気の人生のターニング・ポイントになるように思う。

それほどに病気は辛い。
人生を全て変えてしまう、ドラスティックなまでに。
2008/06/12のBlog
私は教会の英会話のクラスに10年間通っている。
(そのわりには英語が上達しないんだけど)

その間に教えてくれた宣教師は5人になる。
一番長く教えてくれたのはRuth先生。
やさしい性格で、日本のことをよく知っていた。
英語もわかりやすい。

最高に楽しいクラスだったのはDarwin先生。
転職して宣教師になった30代のスキンヘッド。
ジョークばかり言っていた。
やさしい表現を何度も繰り返す。
大きな声ではっきりと。
お嬢さんをかわいがっていて、何の関係もない英語を話している途中、突然"Ana is cute!"とみなを笑わせていた。

1年半前からはBecky 彼女は中国系フィリピン人でアメリカの大学に行った。
心理学のマスターで外国人に英語を教える資格も持っているらしい。

Ruthが帰米してからは、夫君のDavidと交代で私を送り迎えしてくれる
。親切でやさしい人なのだが、早口である。
少しフィリピン風発音のせいか、わかりにくいこともある。
大分慣れてきたけれど。

こないだの火曜の夜、クラスメ-トのひとりが長期的に休むと言う。
止めるということらしい。
残念で引きとめようとしたが、彼女には彼女の考えがあるようだ。

Beckyの教え方が早過ぎてよくわからない、楽しくないというのだ。
彼女は年上の活動的な人で、ほかにも楽しいことはたくさんある様子。心配することはないのだけど、英語のクラスについて考えるきっかけになった。


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2008/06/11のBlog
以下の文章はAppleの若年性掲示板への投稿と同じものです。


今思うと、私は薬ののみ方がつくづく下手だったと思う。
あの長い年月気にし続けた、いつ訪れるかわからない「オフ」や「ジスキネジア」を、今なら殆ど経験しなくてすむのではないかと思う。

知らなかったし、一人では気がつかなかったことがたくさんあった。
ネオドパストンをのみだした頃、1回の服薬が大体4時間効果があることは気がついた。
大分たって、ジスキネジアが起きだしたとき、半分ずつ飲むようにしたのは、1回の量が多すぎる気はしたのだろう。
その当時ある神経内科医は半錠ずつのんではいけないと言っていた。

食後にのむと薬がなかなか効かず、食前にのむと効きが早かった。
効き目は早いけどジスキネジアが出やすいとは知らなかった。

大体4時間は1回の服薬で動けたけど、何かに夢中になったりして、のむタイミングにそれほど神経を使わなかった。
それで、突然オフになるのに困っていた。
どうしてオフを避けるために薬をきちんとのまなかったのか
、不思議に思う。
いい加減な性格のせいか。


私が知っている年下の若年性患者をみていると、昔の私と同じようにみえる。
もう一歩先まで考えて薬をのむことをしていない。

薬が効いてこないのはなぜか?
ジスキネジアがおきるのはどうしてか?
オフを避けるにはどうしたらいいか?

薬がよく効くようにするにはどうしたらいいか?

規則正しい生活をして、睡眠を充分にとる。
便秘をしない。
不安や緊張はなるべく避ける
決まった種類・決まった回数・決まった量の薬をのむようにする。

ほかにも、乳製品と同時に薬をのまない、などいろいろあるけれど、原則的に身体の基本的状態をよくすることだ。

薬が効かない、体調が悪いと言う前に、「それは何故か」「どうしたら解消できるか」を考える大切さを経験から痛感します。
以下の文章はAppleの若年性掲示板への投稿と同じものです。


今思うと、私は薬ののみ方がつくづく下手だったと思う。
あの長い年月気にし続けた、いつ訪れるかわからない「オフ」や「ジスキネジア」を、今なら殆ど経験しなくてすむのではないかと思う。

知らなかったし、一人では気がつかなかったことがたくさんあった。
ネオドパストンをのみだした頃、1回の服薬が大体4時間効果があることは気がついた。
大分たって、ジスキネジアが起きだしたとき、半分ずつ飲むようにしたのは、1回の量が多すぎる気はしたのだろう。
その当時ある神経内科医は半錠ずつのんではいけないと言っていた。

食後にのむと薬がなかなか効かず、食前にのむと効きが早かった。
効き目は早いけどジスキネジアが出やすいとは知らなかった。

大体4時間は1回の服薬で動けたけど、何かに夢中になったりして、のむタイミングにそれほど神経を使わなかった。
それで、突然オフになるのに困っていた。
どうしてオフを避けるために薬をきちんとのまなかったのか
、不思議に思う。
いい加減な性格のせいか。


私が知っている年下の若年性患者をみていると、昔の私と同じようにみえる。
もう一歩先まで考えて薬をのむことをしていない。

薬が効いてこないのはなぜか?
ジスキネジアがおきるのはどうしてか?
オフを避けるにはどうしたらいいか?

薬がよく効くようにするにはどうしたらいいか?

規則正しい生活をして、睡眠を充分にとる。
便秘をしない。
不安や緊張はなるべく避ける
決まった種類・決まった回数・決まった量の薬をのむようにする。

ほかにも、乳製品と同時に薬をのまない、などいろいろあるけれど、原則的に身体の基本的状態をよくすることだ。

薬が効かない、体調が悪いと言う前に、「それは何故か」「どうしたら解消できるか」を考える大切さを経験から痛感します。
2008/06/10のBlog
[ 03:56 ] [ 書くこと ]
麦さんにショルダーバッグを編んでもらった。
麻(リネン)の糸の2本取り、濃い砂色のぺったんこ。
留めるボタンも茶色の糸でふっくら編んである。

麦さんが言う。
「編む」のと「書く」のと似ている、自分との対話だという。
結局は人とつながると。

私は自分のために書く。
そういえば、「作品」のつもりで書いている。
まあ、「作品」でありたいということだけど。

そして、「自分に徹する」ことが「普遍」に通ずることだと確信している。

2008/06/09のBlog
◆2005年5月 
ビシフロール(Mirapex,成分名 pramiprexole)がやっと認可された。
早速のむことにした。
0.5mg錠を1錠から徐々に増やしていく。
一日3.0mg(6錠)まで増やしたとき、いい感じがした。
しばらくそのままで、その後もう少し飲んでみたいと主治医に言った。

それで、1日7錠(一時期8錠)のんでいた。
4.5mgが上限なのを3.5mgから4mgのんでいたことになる。
状態はよかった。
Lドーパは減り、一日200mgを切った。
実際1.5錠くらいだった。

ビシフロールは猛烈に眠くなった。
眠くなるだけでなく、しゃべりながら、食事しながら眠ってしまうことがあった。
家にいることが多かったので、眠くなったらすぐに眠ることにした。
効きめがよくわかったので、止めようとは思わなかった。
何よりうれしかったのは、姿勢保持障害が軽減し、あまりすくまなくなり転ぶことも減ったことだ。

よかったのは転びにくくなっただけでなく、それまで夜の睡眠が2~3時間で寸断されていたのが、ぐっすり8時間は眠れるようになった。


2003年に書いた、1972年から2003年までの薬の履歴です。

「私の薬の履歴 1972~ 2003」