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rosebud パーキンソン病とともに
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2008/08/25のBlog
[ 08:50 ] [ 福祉サービス全般 ]
医療費のお知らせが市役所から送られてきた。
5月時点の6週間(42日)分の薬剤費が175,510円、
ちょっと驚いた。

1日分の薬剤は

レキップ2mg錠 369.8円×8錠=2958.4
コムタン100mg 211.5×4=846,5
シンメトレル100mg 67×3=201
ネオドパストン100mg 41.7×2=83.4
(現在はドパコール50mg 8×4=32)

一日分で4172,7円もかかっている。
上にあるようにレキップ・コムタンなどの新薬は異常に高価で、その反面ドパコールのジェネリックは異常に安い。
欧米ではレキップは10年以上前から使われているのでジェネリックもある。
それに処方箋があれば自己負担はないのかもしれない(問い合わせ中)

高額な薬剤費は高い薬価に原因があるのかもしれない。
私の主治医は言う。あなたは目いっぱい社会福祉の恩恵を受けていると。
(重症認定をい受けているので自己負担はない)
それで、これから福祉は悪くなる一方だろうと。

なぜか?大多数の納税者が私たち障害者・難病患者・高齢者に”与え過ぎ”だと思っているカらだという。 」

諸外国もそうなのだろうか。
「難病をもつ人の地域自立生活を確立する会」の資料がある。

日本の障害者の定義には難病患者は入っていない。
また、障害者の数(対人口比も5%と、欧米の20%に比べ圧倒的に少ない。

障害年金給付費のGDP比(0.33%) 社会支出総額比 1..93%、
スエーデン 1.94% 6.70% 
ドイツ 0.87% 3.18% 
アメリカ 0.60% 4.05%
とアメリカに比べても相当低い。

日本はアメリカ型を目指しているということだが、この低い水準からさらに撤退しようとしているのだから、本当はどこの国をも目指してはいないのだろう。
何を目指しているかというと、ただ一国「弱者切捨て」の方向だ。

オリンピックを見て思った。

このたくさんのスポーツ選手たちにどのくらいの大金が使われているのだろうかと。
見ていて感動する選手・試合もあるが、それは国を問わない。

活躍する人も出場さえできない人もいる。
彼らの生活費・トレーニング費・コーチ費・コーチの生活費・解説者たちの費用・海外遠征の費用・メダルを取った人の賞金・試合出場しただけで報酬もでるだろう。
彼らがそれだけの価値がある存在で、私たち障害者は何の価値もないのだろうか。

私たち患者は不十分な公的援助を得て、肩身の狭い申し訳ない気持ちで生きることを強いられる。
こういうことは正しいことなのだろうか。
絶対の正義なのだろうか。

この国のお金の使い方は間違ってはいないだろうか。

2008/08/21のBlog
ヨーロッパの患者の集まりに初めて参加したのは2001年、7年前のことだ。 EuroYapmeetという若年性患者の集まりだった。
そのときは何人かの日本人患者と参加したのだけど、日本以外の患者・家族・友人(PWP)がどのような考えでどのように生活しているかに初めて触れることになった。

PWPというのはパーキンソン病と共に生きる人(People with Parkinsons) という意味だと思う。

患者の集まりが一流ホテルで一般の泊り客に混じって堂々と開かれていた。何よりも医師を特別扱いしていない・患者も医師も同じような感じで、誰が患者で誰が医師なのかわからない。
スピーチを聞いて、「ああ、医者だったんだな」とか「患者なんだ」と初めて気がつく。
ディナーやダンスのときもみんな同じように楽しんでいた。
そのときのダンスの楽しかったこと!

それから2005年のダブリン・2007年のストレーザ(イタリア)と参加して、いつも感じること。
イギリスで差別的なまなざしを感じたこともある。
あれだけ患者協会が活動しているイギリスでさえパーキンソン病に対する理解は一般的ではない。
そういう人はどこにでもいるということだろう。
だけど、それを超えるような考え方をヨーロッパの人から私は感じる。
誇りをもって生きよう、家族や友人たちと共に生きよう。
サイエンスを含めあらゆることを動員して。

PWPのなかには医師や研究者たちも医療従事者も、広義にjは入るのだろう。
その考えは力強く、大きい。

ロンドン・ダブリンに共に参加した前原隆司さんは彼らの考え方を日本の患者たちに直に知ってもらいたいと私に言った。

EPDAの会員でもない日本の患者たちを心から歓迎してくれ、その後も招待状を送ってくれる。
今年10月にクロアチアで開かれる若年性の集まりには参加しないけれど、また参加したいと心から思う。
2008/08/13のBlog
[ 10:07 ] [ 福祉サービス全般 ]
(以下はある掲示板に投稿したものです。)

初診証明が必要な理由は「どの年金制度が年金を負担するのか決めるため」だそうです。
でも、これが何らかの理由で取れないと年金の裁定請求ができない。
年金をどの年金制度が負担するかは”障害を持つ人に年金を支給する”という大目的に比べるとテクニカルな問題です。
そのテクニカルなことのために本来の目的が実現されないのは本末転倒と言うべきでしょう。
現在の状態が障害にあたるなら、それだけで年金を支給するというのが適正な判断だと思います。
どの年金制度が負担するかわからなければ、年金制度自体を一本化すればいいのです。
基礎年金だけ・厚生・共済という職業による区別は、障害を持つ人・そうでない人全てにとって本来的な区別とは思えません。
病気であるために家族に負担をかける。
これはどうしようもなく真実だと思う。
病気は家族の生活をもまた変えてしまうことになるのだ。
しかし、このことと「わがまま」という形で精神的に家族に負担をかけてしまうのとは違う。
自分が病気だということをどう考えていいのか分からずに、あるいは病気であることの憤懣を家族にあたったりわがままをとおしたりすることがある。
自立というのは「機能的・経済的には人に助けてもらっても、精神的には人に負担をかけないこと」ではないか。
つまり自分の人生や生活についての考え方まで人に頼らないこと。
これは人間の最低の条件だと思う。

2008/08/08のBlog
20代・30代のころ「うつ」になることがときどきあった。
病気のせいだったと思う。
とにかく生活が次々に回っていくのについていけない。
何もかも放り出して「日常」から降りたい。

放り出してしまうと、今度は自分を責める。
当然するべきことができない。
「日常」は自分を支えていたのだ。
私は病気だけれど一応「主婦」だという意識が私を支えていた。

自分がなんらかの役割を果たしていると思えないのは、相当辛い。
ただ存在しているだけで意味がなかった。

食べたり眠ること以外の意思的行動をしないのは存在を無意味にする。
人から評価されるどころか自分自身でも評価できない状態が続く。
「うつ」は辛かった。

しばらくたつと、少しは何かをしようと試みる。
ひとつでもできるとそれを評価することにした。
「きょうはこれをやった」と。
そうやって「うつ」を脱出する。

こういう「うつ」にははっきりした原因はなかったが、「うつ」になる原因があることもある。
症状が進んで将来に希望が持てなくなる。
10年前のときはマンションを買って引越しをすることで乗り切った。
目先に楽しいことを設定すると「うつ」から脱出することができた。
いつまでも同じ状態(それも楽しくない)が続くとしか思えないのは「うつ」の引き金になる。

「うつ」にならないためには、
◆メリハリのある生活をする。(時々の刺激と休息のリズム)

◆何かするべきこと・したいことがある。

◆自己評価とともに人から評価される


それでも歳をとり症状が進むという圧倒的現実を前にしては深刻な「うつ」状態も当然のこと。
さらに医療も介護の質はどんどん低下する。
いいことは何も予想できない。
生活に楽しみを見つけていくことがいつまでできるのだろうか。

2008/08/04のBlog
暇があるとぼーっとあるサイトを眺める。
ネパリ・バザーロというフェアトレードのインターネットショップ「ベルダ」
ここの服やなにかはネパールの女性たちがつくっている(のだと思う。)
これらの女性が自立した生活を送れるようフェアトレード(対等な取引?)しているのだ。

昨年あたりからここの服が気に入っている。
私はもう10年以上「大地を守る会」から野菜やお米を買っているのだけど、そこで時々雑貨や洋服も紹介する。
ここでネパリ・バザーロを知った。

サイトを見れば分かると思うけど、ここの服はナチュラルだ。
手織り綿などの素朴な布地。
そして身体を自由にする形。
草木染のような自然な色あい。

この夏の私のスタイルはネパリのロングドレスと麦さんの麻のショルダー
それに何年か前に買ったラフィアの帽子

ロングドレスは背中でクロスした紐を引っ張って身体にあわせて着る。
小柄な私が着ると目いっぱい長い。
秋に着たいのはポシェットつきのチュニック。
でもこれもサイズが大きそう。



2008/07/31のBlog
[ 20:36 ] [ 福祉サービス全般 ]
SophiaがALS患者のための小冊子コピーを参考にと送ってくれた。
ハトポッポさんが分担してくれる「チャートと簡単な説明」もこういうようなものだと思う。
一般の患者が知りたいことには、これで十分なのだろう。これ以上書くのは困難だし返って混乱するだけかもしれない。

だが私は疑問に思う。
小冊子の説明では患者は全てサービスが受けられるという印象を持つだろう。
これは真実ではない。
制度の目的は難病患者や障害者への援助を保障するものであっても、実際に運用するときは「~以外は援助しない」という制限条項として機能することになるのではないか。

「~以外」の線引きになるのは症状の程度ということになるけれど、ご存知のようにパーキンソン病の症状判定基準はまちまちである。
制度によって違い医師によって違う。

誰に援助が必要か必要でないかを第三者は決められないのではないか。
決められるとしたら援助を必要とする当人だけだと思う。

ところが現在の制度は当人以外の第三者がどんどん決めていく。
これはどうしてなのだろうか。

これからますます社会福祉は後退していくだろう。
制度はますます理念を放棄し制限ばかりになるだろう。
つまり、「援助が必要な人を援助しよう」というヒューマンな考えは消えたということだ。
今すぐでないとしても、その方向は既に選択されている。
そういうときに、私たち援助が必要な人はどう考えていけばいいのだろうか。
2008/07/29のBlog
私は人に話をするのが下手だ。
肝心なことが言えなくてどうでもいいことばかり言ったりする。
説明描写も下手だ。
文章だとやっと言いたいことが書けるような気がする。
それでも情感に欠ける文章だと夫は言う。

医師に自分の状態をできるだけ正確に話すこと。
これは私にとって至難の業だ。
はじめの頃は感情的な辛さばかり訴えていた
。医師に何を話すべきかわかっていなかったのだろう。
主治医は「どういう状態だったのですか?」とか「いつもですか?」とか問い返していた。
それで、具体的に(数字などをあげて)話さなくてはならないのがわかった。



私はまめな性格ではないので、そのときそのとき一番困っていることを言うようにした。
それでも話しても対策がなさそうなことは繰り返して言わなかったりもする。
これはとてもよくない。

今の主治医に替わってからの3年間、私は主治医にオンのときのすくみと転倒を訴えてきた(つもりだった。)
でもそれがあまり伝わっていなかったのが障害年金の診断書再提出でわかった。
彼女はジスキネジアのことを主に気にかけDBSを勧める。
ジスキネジアより私の問題は、薬の量や緊張に過敏に反応する脚の筋肉。
もしかしたら主治医はこのことを分かっていないかもしれないと今突然思った。 私っ

てどうして肝心なことが言えないのだろう。

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以下はもぐもぐタイムさんから戴いたコメントをご本人の許可を得てここに載せます。

≫肝心なことがいえない!
私もいつもいつも自分の事ではそう思っています。
つたない私の経験から、(私自身のことと重なるかもしれませんが)毎日をどう生きるかの姿勢と密接に結びついているように思っています。

私の場合は、どこか深いところでいつも遠慮があるのです。
生きていることそのこと事態への遠慮というか一歩引いているのを感じています。それは、子どもの頃から家族の中でもそうでした。
だから、考えていることや感じていることの7~8割しか表現しないできました。それが今でも残っています。
ただ、もしかしたら日本人の特色?なのかもしれないとも思っています。
幼い頃から多様な異文化の環境であったら、表現することを意識的につくってきたのではないか?そしてそれが自然な姿になっていたかもしれないと、そんなことも思います。
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