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2006/01/06のBlog
ブラチスラヴァ(スロバキア語 Bratislava)はスロバキアの首都。人口43万人を擁するスロバキア最大の都市。ドナウ川に面しており、オーストリアやハンガリーとも国境を接する。ブラチスラヴァの名称は第一次世界大戦後に使われ始めたもので、古くはハンガリー語でポジョニ(Pozsony)、ドイツ語でプレスブルク(Preßburg)といった。
と言うブラチスラバの解説の引用ですが、最近であれば、このブラチスラバはサッカーのクラブチームの方で名を上げたかも知れませんねチャンピョンズリーグにも出場していました、アルトメディアブラチスラバですチャンピョンズリーグ、グループリーグ突破はなりませんでしたがUEFAカップの方に周りましたFC Artmedia Bratislavaには頑張って欲しいですアルトメディアブラチスラバのユニフォームとか欲しかったんですが、俺が街を歩いた限りでは見当たりませんでした(笑)

これは確か聖マルティン教会というものですねガイドブック無しでブラチスラバに行ってますので、歩いて感覚を掴む感じでした(笑)歴史は感じますが、正直な所、綺麗というわけではないですねしかも閉まっていましたので中には入れませんでしたし、冬だと空も本当にずっと曇り空ですし…ただこの感覚が本当に東欧!な感じがして好きです観光客も本当いませんでした。ちょろちょ数人、カメラ構えた人がいましたがそれにしても女性が綺麗でした(笑)
この聖マルティン教会は、イエスズ会の典型的パターンである、17世紀後半のバロック様式の教会ですこれはミュンヘンの「聖ミヒャエル教会」を参考に建設されているみたいです
ブラチスラバの歴史を引用したいと思います

石器時代には、この地域への最初の定住の痕跡が見つかっている。
紀元前400-50年頃:ケルト人が定住していた。
紀元前125年頃 - ケルト人がオッピドゥムを建造していた。
1世紀-5世紀頃:ローマ帝国の辺境に位置し、ローマ人とゲルマン人が定住していた。
6世紀-8世紀: スラブ人 (西暦500年 - 現在) と Avarians (560年代 - 8世紀頃)が住み始める。
623年-658年: Samo王国の一部となる。
8世紀後半:Nitrian principalityの一部となる。
833年907年 - 大モラヴィア Great Moravia に属する。
907年1918年 - (短期の中断期間を挟むも)ハンガリー王国に属する。
1536年-1784年: ハンガリー王国の首都 (whose territory consisted until 1699 of today's Slovakia and parts of today's Western Hungary, because the Turks ruled Buda at that time); the Kingdom of Hungary was part of the Habsburg (i. e. Austrian) Monarchy from 1526 to 1918
1542年-1848年: (短期の中断期間を挟むも)ハンガリー議会所在地となる。
1563年-1830年: ハンガリー国王の戴冠式 (St. Martin's Cathedral)
18世紀以降:スロバキア地方の中心都市となる。
1805年 - プレスブルクの講和条約 Treaty of Pressburg
1919年-1939年:チェコスロバキアの領土となる。1919年に公式都市名が"Prešporok"からブラスチバ(スロバキア語:Bratislava)となる
1939年-1945年:スロバキアの首都になる。
1945年-1969年: 再びチェコスロバキア領となる。
1969年-1992年:チェコスロバキアの連邦であるスロバキアの行政府所在都市となる。
1993年:スロバキアの首都になる。

日が暮れてくるにつれ、なんか雰囲気的に、より全体が暗くなってくる感じでした…パブでピボことビールを飲みますが、かなり安かったですチェコよりも安かったです(笑)確か日本円にしたら80円とかじゃないでしょうかね(笑)パブにいた女性も皆、綺麗でしたね~素晴らしいです(爆)特に何を見たと言われると観光的な事はしてないかも知れませんが、スロバキアという国に行けた事はかなり思い出になりまして、暗くなった頃に、ブラチスラバ中央駅からウィーン南駅に戻ります帰りの列車でオーストリア側の検察にスタンプを押してもらえましたがスロバキア側はありませんでしたスロバキアのスタンプ欲しかったです
ブラチスラバ・スロバキア俺は気に入った素晴らしい街です
2006/01/05のBlog
ブラチスラバの旧市街の裏側というわけではないですが、少しズレた通りというか路地に入るとこんな感じにボロボロの建物が多いですそれでいて人がいない(笑)こういうボロボロな感じの建物は歴史を感じれて好きなんですが人がいなく、冬の東欧らしいというか薄暗さもあり、雰囲気的には、なんか陰鬱な臭いはしますね(笑)ウィーンから列車で1時間ですが、これだけ違うのかと思わせてくれましたウィーンから西に行けば、オーストリア国内の美しきザルツブルグやインスブルグなどもありますがウィーンから東へ、このブラチスラバ方面だと、より東欧な雰囲気を感じれるかと思いますスロバキアはブラチスラバよりも、調べた所、東部の、もうウクライナに近いコシツェという街なんかが素晴らしいみたいですねもちろんブラチスラバも俺は好きですけどね
ブラチスラバのインターネットカフェに入りましたが、やはりブラチスラバでは日本語をPCで見るのは無理でした(笑)完全に文字化けしていましたね(笑)ただ、そのインターネットカフェの店員の女性も半端なく綺麗で(笑)その後に昼食としてマクドナルドに行きましたが、マックの店員の若い女性も、めちゃめちゃ綺麗で(笑)凄かったです(笑)まさに東欧の美女大国とも言えるかも知れません(笑)それでいて物価も安いですチェココルナとスロバキアコルナと同じコルナでも、もちろん国が違うわけですから違うのですがスロバキアの方が明らかに物価安いですね道端でホットドック購入しましたが激安でしたが、パンがマズイ(笑)そういう事もあり昼ご飯は無難にマクドナルドにしました(笑)1スロバキアコルナ・1SK=3円とかでしょうかね
こんな感じの通りというか建物の感じとかはプラハにも通じますが、ブラチスラバの方は観光客が少ないという事もあり、やはり、整備がされていない部分はありますねただ、このままの感じが俺は好きですねしかも、こういう欧州の建物は好きですし、特に東欧の建物は西欧と比べて、また違った魅力という部分がありますのでねこの写真でも見えるのがブラチスラバの旧市庁舎みたいですね観光客はほぼいないので街にも人が少ないですし、移住してくる外国人も少ないので、プラハと違い街歩く人間が、ほとんどスロバキア人と捕らえていいと思いますねそれにしてもスロバキア女性は可愛かったです(笑)大絶賛します!!(爆)
この写真の建物の街並みはヤバイ(笑)ボロボロもボロボロです(笑)ここまでのはベルリンの旧東側でも見ませんでした(笑)これは凄い!!一瞬、東欧の深いエリアが思いつきました(笑)ルーマニア、ブルガリア、ボスニア、セルビア、マケドニア…などこの感じで人がいないと、何か怖かったです(笑)それでいて薄暗いのがより、その感覚を増させます(笑)ただ、欧州に興味を持ち出した頃から、東欧の雰囲気というのを感じたかった部分はありますので、まさにこのスロバキア・ブラチスラバで感じる事が出来たかと思います以外とネット等で調べると日本とスロバキアの関係というのは結構、密接な関係にあるみたいですね
これは街中を歩いていたら発見したお店なんですが日本食屋みたいですねTOKYO』と『JAPONSKE』とまで書いてありますから(笑)これで経営者が日本人でなく、あっちの連中が日本食を名乗って営業してたらマジでムカツキます(爆)この店に入っていないので分かりませんが、スロバキア辺りでも、やはりSUSHIは人気あるんですねこれは凄いですそれにしてもスロバキアとかにまで来ると日本のJAPANという文字が原型をどんどん失いますね(笑)ドイツやオーストリアではジャパンでなくヤーパンですが、チェコとかスロバキアだとヤポネッツやヤポンスキとか(笑)原型がなくなってます(笑)ブラチスラバ、正直、1日あれば十分な街ですが、なんか魅力があります
2006/01/04のBlog
オーストリアのウィーンからお隣の国、スロバキア共和国の首都ブラチスラバまでは列車で1時間ちょいと言うことを下調べしていましたので、ここまで来たら、せっかくなのでスロバキアに行ってみたいという事で、この日は朝早くにウィーン南駅にまで行きますウィーン南駅~ブラチスラバ中央駅までの往復切符を購入します確か往復で17ユーロくらいだったと思います日本円で往復で2380円って所ですかねこの写真の列車ですが、2NDクラスオンリーの列車で、正直な所、ボロイです(笑)ウィーン南駅構内で購入した激美味しいパンを持って列車内に乗りますが、アジア人というか日本人は俺だけです(笑)それでいておそらくスロバキア人と思われる人ばかりでした
かなりの雪景色の中を列車が走り、途中、オーストリアとスロバキアの国境になると、列車が止まり、スロバキアの検察の女性が入って来ましてパスポートを提示しましたが、スタンプも押されずで終わりでしたその検察のスロバキアの女性がめちゃめちゃ綺麗でした(笑)スラブ系な顔つきの、かなり俺好みな感じで(爆)雪景色の田舎を列車が走り、このブラチスラバ中央駅こと、Bratislava hlavna stanicaに到着しましたいやぁ~、この写真の外観では大きく見えるかも知れませんが小さいですし構内もボロイです(笑)が味がありますまず通貨がスロバキアはスロバキアコルナなので両替をしますスロバキアも日本円の両替を受け付けます。この時は普通にユーロで両替をしましたが
中央駅構内でも駅の外でも早くも感じましたが、女性が綺麗な事、綺麗な事(笑)です!(笑)美女を探す必要なく普通にあちこちにいます(笑)ただ、街の雰囲気は薄暗く、ボロいというか、まさに東側な東欧!って感じはしましたが、俺個人はこじんまりとしていて歴史も感じられかなり早い段階で気に入りましたしかも日本人というかアジア人や観光客すらほとんど見かけません(笑)チェコスロバキア解体後、チェコ共和国には観光地として見る所が多いですがスロバキアには、観光地という観光地がないという事もあり、まぁ観光客は来ないでしょうね(笑)ただ欧州好きな中欧から東欧好きな俺にとってはスロバキアも行ってみたい国でもありましたので大満足ですこの写真のスロバキアの国旗達を見るとスロバキアに来たんだ!という実感を物凄く感じましたね
ブラチスラバは首都?と言うくらいに小さい小規模な街で、徒歩で全然周れますので、スロバキアのガイドブックなど持っていませんが、旧市街のエリアは把握していましたので徒歩で行きます駅から旧市街までの街並みの雰囲気ですまぁこう見てもウィーンとの違いは明らかに分かりますね(笑)個人的にはこういう感じの街並みは好きなのでブラチスラバは気に入りました何よりも女性がヤバイくらいに綺麗です(笑)これも、これも!と言うくらいに次々と美女が多くいます(笑)これはベルリン、プラハ、ウィーンと比較しても最も綺麗な女性が多かった街というか国ですね人それぞれの好みがあるかと思いますが(笑)スロバキアは結構、モデルも多いですし、テニス選手ダニエラハンチュコワもスロバキアの選手ですし俺個人はシャラポワよりもダニエラハンチュコワの方が好きです(爆)
ブラチスラバの旧市街に到着しましたこの通りは非常にプラハにも似ていて綺麗な街並みというか通りではあるんですが、ほんの少しズレるとボロボロな建物が多いです(笑)元々、同じ国でもあったチェコとスロバキア、分裂してからプラハとブラチスラバの差というのが出てしまったかも知れませんね地理的にもチェコの方がドイツにも隣接していますし東欧!という雰囲気も少ないのですが、スロバキアに関しては東に行けばウクライナ、南にはハンガリー、北部にはポーランドと、まさに東欧な雰囲気が漂っていますただ、この東欧の雰囲気が俺は好きです何よりも街歩く女性が綺麗なのが目の保養になりますね(笑)それからブラチスラバに来て初、街中歩いてる男から『煙草一本くれない?』というのがありました(笑)ここは、あげておきましたが(笑)それにしてもアジア人はいませんでしたね何処にでもいると言われている東アジアのあっちの連中の姿も見かけませんでしたね(笑)
2006/01/03のBlog
ハプスブルク家の夏の離宮だったシェーンブルン宮殿(英語サイト)は、ヨーロッパ有数のバロック宮殿のひとつである。1569年、皇帝マクシミリアンII世が入手したカッターブルクは、1605年、反乱を起こしたハンガリー人によって焼き払われ、マティアス皇帝によって再建された。シェーンブルン(美しい泉)の名も、当時マティアスが発見した泉に由来する。その後、歴代皇帝によって建築が進められ、マリア・テレジア女帝が最終的に完成、夏の離宮とした。1805年と1809年にはナポレオンが、また第二次大戦後はイギリス軍が総司令部を置き、1961年にはケネディ・フルシチョフ会談の舞台となった。1141室のうち、約40室が一般公開されている。金箔を用いた装飾、ボヘミアン・クリスタルのシャンデリア、陶器の暖炉など、豪華な内部はマリア・テレジアの時代にロココ様式に改装されたものである。
見学コースには、1762年に6才のモーツァルトが御前演奏した「鏡の間」、1814~15年のウィーン会議で舞踏会が催された大広間などがある。バチカン市国の4倍の敷地に広がるフランス式バロック庭園には、ネプチューンの泉、夏季に野外オペラ公演の舞台ともなる「ローマの廃墟」などのほか、バロック様式の動物園、熱帯植物園(パルメンハウス)、熱帯の蝶が飛び交う温室「蝶の家」などがある。眺望の良い丘の上のグロリエッテは、近年、マリア・テレジアが祝宴を催した当時の姿に修復され、カフェレストランがオープンしている。
正面の門を入った右手には宮廷劇場があり、人形劇やコンサートが催されている。宮廷劇場の先には馬車博物館(ヴァーゲンブルク)があり、1690~1917年に制作された皇帝の式典馬車や馬そり約60台、フランツ・ヨーゼフ皇帝やエリーザベト皇后(1998年は没後100年)の愛馬の肖像などが展示されている。
◎宮殿内の見学時間:
夏季4月1日~10月31日 8:30~17:00 冬季11月1日~3月31日 8:30~16:30
◎見学コース:
インペリアル・ツアー(22室を見学)
コース:宮殿西側/フランツ・ヨーゼフ皇帝とエリーザベト皇后の居住空間~宮殿中央/パーティー、セレモニーのためのホール、広間。
いきなりシェーンブルン宮殿の引用を掲載してしまいましたが、ここは本当に写真では分からないくらいに素晴らしい場所で観光客も多いのですが、そんな中で、小学生くらいの1人の男の子が俺に『コンニチワ!!』と日本語で言ってきました(笑)凄い!!凄すぎ!!小学生、しかもオーストリア人の子供が公用語のドイツ語でもなく英語でもなく日本語で『コンニチワ!!』感動しました(笑)そしたら、その友達の子かなんか2人も一緒になった『コンニチワ!!』と言ってきました日本人の観光客が多いのは確かにありますが、それにしても凄いです。俺も、コンニチワ!と言い返し、グーテンタークとも言っておきました(笑)同時に余っていた日本の金、10円をその子供達にジャパニーズマネーと言い差し上げておきました(笑)それにしても子供も本当に可愛い良い子で素晴らしいです
このシェーンブルン宮殿は冬場よりも夏とかの方がいいかも知れませんね雪の影響もあり、庭園の美しき景色が雪で覆われてしまっていたのが残念な部分でもありましたただ、観光産業に力を入れているオーストリアという事もあるので、かなり雪の対応というのは国がかなりしていますね雪で観光地をダメにしていませんし、こういう部分でも本当に完備されていて素晴らしい国だと思いますドイツもそうですが、このドイツ語圏というかゲルマン系の人種のドイツ、オーストリア、スイスというのは本当に綺麗ですし、設備もちゃんとしていますし、安全だし人も親切な人が多いですねこれも旅行でなく実際に住んだら、また違う面も見えるのかも知れませんが…あぁ~欧州に住んでみたいです
2006/01/02のBlog
こういった感じの1つ1つが非常にセンスが良い感じをウィーンは受けましたねそれにしても、ベルリン・プラハ・ウィーンと全く違いますねそりゃ4時間半程度で列車で出入国出来ると言っても、もちろん国が違いますので当たり前なのかも知れませんがプラハの街並みの雰囲気とウィーンとでは明らかに違いますね本当に街が華やかで明るい感じですし、人が親切なのはベルリンもプラハも同じでしたがオーストリア人は、とにかく外見が清楚というか真面目な感じの人が多く感じましたそれは男も女もそうですねと言ってもそこまで俺はウィーンの街を全部把握しているわけでもないので言えませんが、俺が見た中ではヤバそうな奴とか居ませんでしたね
こういう白を基調とした建物は非常に素晴らしいですね個人的に好きです、ネットやテレビで見ましたがギリシャやスイスの何処かの街には、建物が全て白で統一された素晴らしい街並みがあるのを見た事ありますこういう部分でもやはり欧州のセンスを感じますねそれにしても寒かったのが印象に残っています(笑)街歩きをしても寒いので、途中何処かのお店に入ってしまうという流れが多かったですね特にウィーンのカフェはコーヒーがかなり美味しかったですカフェの横に小さいコップに入って水が付いてくるというのも特徴的でしたそれからケーキやお菓子と言った部分も非常に有名ですただ甘すぎて普段、余り食べない俺からすると厳しいですね(笑)
ウィーンは非常に規模が大きいので1日では回れないと思いますねウィーンというかオーストリアに関しての知識というのは、昔は正直な所、ほとんどありませんでしたし、テレビ等で見る事になってからウィーンの素晴らしというのを知ったくらいです日本人の中でもオーストリアに関しては、ほとんど知らないという人もいるかと思いますねそういう事もあるのか街中のお土産屋さんには、オーストリアとオーストラリアを間違えられない様になのか、ある種の皮肉か分かりませんが、『NO KANGAROO AUSTRIA』と書かれたスウェットやパーカーが売ってました(笑)あれには笑いました(笑)AUSTRIAとAUSTRALIAを、ひっかけたものですが(笑)オーストラリアの方のイメージはやはりカンガルーなんですね(笑)
こういう感じの建造物というかも、さすがクラシックな街、ウィーンって感じですね街中とかでも昼・夜関係なく、ミュージシャンが演奏してたりもしますし、行ってないですがクラシックのコンサートも頻繁に多くやっていますし本当にクラシックが好きな人にとっては最高の街だと思いますね特に2006年は、モーツアルト生誕、何周年だか忘れましたがそういう記念の年みたいなので、ウィーンの街がモーツアルト一色になるみたいですしモーツアルトに思い入れがある人にとっては本当に最高な年になるでしょうねそれから何度も言ってますが本当に安全というか治安が良いというか、街歩く人に変な奴がいません(笑)郊外とかそういうエリアに足を運んでいない俺だからかも知れませんが(笑)
この公園の敷地内の池というかですが、アヒルの感じと凄い良かったんですが、とにかく寒くて(笑)これが夏なら、ゆったりとベンチに座ってとかも出来たんでしょうけど、とにかく寒かったので散歩程度な感じでした(笑)それにしれも、本当に海外というか欧州は本当に素晴らしいですよ日本には日本の良さというものは非常にありますが…正直な所、日本での楽しみが非常に減少しています(笑)音楽面では昔から洋楽しか聴かないので仕方ないのですが特に2005年は日本でお金を稼いで欧州で使うという感じになってますし(笑)おそらく今年2006年もそうなってしまうでしょうね(笑)
2006/01/01のBlog
欧州旅行、ウィーン2日目の朝に風邪をひき喉を痛め、鎮痛剤を飲んで早くに寝ましたので、翌日は体調の方は回復しました若干、鼻声な感じは残ったものの喉の痛みや身体の寒気やダルさはなくなったので良かったですね本当に海外旅行中に、具合悪くなるのは最悪ですねテンション的にも落ちますし…非常に苦しいです(笑)しかも単身1人での旅行となると…より不安感がありますそれにしても、ただの風邪薬に+して鎮痛剤も持参してよかったと思っています