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Ultra Heavy Beat-KMFDM-Extra. Volume.3!!!!
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2007/05/18のBlog
スオメンリンナ島から戻ってきてからは、マーケット広場でお土産漁り購入状態でした(笑)このマーケット広場に売ってるものは全て【made in finland】のモノしかありませんし、訳分からないコピー商品や偽造商品などは一切ないのが素晴らしいです(笑)それに店員さんもフィンランド人ですし、非常に愛想も良いですし親切ですし、やはりフィンランド人は暖かく親切な国民性というのを痛感しましたね。それにヘルシンキの街には変な奴もいませんし(笑)この土産屋さんには、実際のトナカイの角で作られた小物とかも多く売っていますし、寒いフィンランド特有の真冬にかぶる帽子とかも売ってましたね。やはりお土産1つにしても手作りの凝ったものが多いので値段は高いですが、それでも購入してしまいますね。
こちらは、マーケット広場の出店で売っていたクッキーです。このクッキー屋さんの店員の女性が、それはそれは可愛い美女でして(笑)軽く覗いた時に、試食的な感じで、いくつかの種類のクッキーを食べさせてくれまして、欧州特有の甘ったるいお菓子の味ではなく、かなり美味しい日本人の口にも合うタイプのクッキーでしたし、むしろ日本のより美味しいんじゃないか!?という事で、友達や家などへのお土産として、クッキー4種類を購入しました。4箱も購入したきっかけは、やはり店員の女性の可愛さが決定的な決め手ですね(笑)純粋な美女で素晴らしかったです(笑)化粧が濃いわけでもなく、派手な感じでもなく素朴な可愛い美女でした(笑)結構な量入っていて5ユーロは、妥当な値段だと思いますし高くないと思います。それからビールも出店で購入したものです(笑)
マーケット広場からヘルシンキ中央駅の地価の地下街のショップに足を運びましたが、ヘルシンキ中央駅の地下街は、メタルのショップが何故か多くあります(笑)ゴスのコスプレの衣装が売ってる店もありましたし、1つ、かなり熱い店があり、ポスターやシャツなどグッズ売ってる店があり、その店の店員の女性もゴスな女性ですが非常にキュートな可愛いゴス女性で、フィンランドメタルバンドの会話を店員と楽しみました(笑)この辺りは日本のショップで店員と仲良くなり話すのと同じノリですね(笑)メタル関連のグッズも購入しましたが、やはりフィンランドに来たということもあるのでフィンランドのTシャツも購入すべきだろうと思い、このブルーの【SUOMI】と書かれたシャツを購入しました。なかなか日本でフィンランドのTシャツなんて売ってませんからね(笑)このお店の店員さんも非常に親切で暖かく、フィンランド人は非常に好印象です。
ヘルシンキの街は小さいので正直な、所、2.3日あれば十分に見れると思います。電車で郊外まで行けば、また違った魅力もあるとは思いますが。自分は地下鉄に2回乗りましたが、それも近場ですし、もうちょっと中央駅から30分くらい列車で乗った場所までとかまで行ってみたかったですね。郊外には自然が多そうですし。ただ、ここまで結構なお金を使っていましたので、基本、徒歩移動になっていましたので自分の欧州旅行、毎度の事ながら終盤は足が痛くなってきました(笑)本当にヘルシンキの街は洗練されていて綺麗ですし、道も綺麗です、ゴミとか捨ててないですしその辺りは国民性だと思いますね。フィランド人、非常に素朴で親切で暖かいです。
この写真はヘルシンキ中央駅のホームですね、ここから長距離列車などが出ていくみたいです。トゥルクとタンペレには行ってみたかったです。日帰りの往復となると電車賃もかかりますから諦めましたが。次回、ヘルシンキというかフィンランドに行く機会があればヘルシンキ以外の街やヘルシンキでも郊外とかにまで足を伸ばしてみたいですね。中央駅構内にあるパン屋など、美味しいです。ヘルシンキというかフィンランドのパンやお菓子は欧州特有の甘すぎる感じがなく日本人の口にも合うと思いますね。ケルンで食べた甘いパンは異常な砂糖の固まりで、さすがに全部食べれませんでしたからね(笑)マーケット広場で購入したクッキーは非常に知人内にも好評でしたし。
2007/05/17のBlog
夏が短く厳しく寒い冬の長いフィンランドですが、Finland This Weekにも掲載されていますがフィンランドでは花火が冬の代名詞だそうです。このスオメンリンナ島でも行われる様です。Finland This Weekのサイトから引用したいと思いますが。
『フィンランドでもここのところ8月の花火が定着しつつあります。とはいっても8月半ばを過ぎているので、地元の人にとっては秋の花火、という感覚でしょうか。世界遺産に指定されている要塞の島スオメンリンナでは、1998年から8月半ばにフィンランドの花火大会が行われるようになりました。もともと第一回はスオメンリンナ要塞の250周年記念の花火。記念の行事なので、日本からも花火がきて話題にもなりました。
あいにく第一回は天候が悪く雨の中の花火となりましたが、雪のない時期の花火はやはり違うもの。年明けの花火は真冬の寒い中、数発合図のようにうちあげるだけで、時間にして10分にも満たないくらい。これ以上長いと当然ながら寒くて凍えてしまいます。8月の花火だったら、1時間空を見上げていてもじっくり堪能できるのです。夏至から約2ヶ月たった8月でもヘルシンキではまだ日が長いので、花火大会が始まるのは暗くなった夜の10時から。ヘルシンキ南のカイヴォプイスト公園や港、そしてヘルシンキとスオメンリンナ島の間にある小さな島が花火スポットになっており、人々が集まる場所ではスピーカーで音楽を流してお祭りの雰囲気を盛り上げているとか。
花火がきれいに見えるくらい夜が暗くなったら、北極圏ではオーロラの季節です。白夜で見えなかったオーロラも暗くなった夜の空に美しく現れます。さらに、8月末からはラップランドでは紅葉も見られます。緑の夏と白い冬の間のフィンランドでは、まったく違ったオーロラと紅葉の色とりどりの自然を見られます。秋のフィンランドをぜひ楽しみにおいでください。 』
との事ですが、このスオメンリンナ島で、あがる花火は素晴らしそうですね。マーケット広場から見るスオメンリンナ島で打ち上げられる花火は素晴らしそうです。写真に収めましたが、それにしてもこのスオメンリンナ島の奥から見た景色は素晴らしかったです。
奥の方まで歩いていくと人が全くいないですし(笑)完全に自分1人だけ!という状態になりつつも、かなりテンションはあがりましたね。島なので風が強いですが、この場所から眺める向こう側に見えるヘルシンキの街並みと空・雲等の景色は素晴らしかったですね。北欧の空・雲は本当に素晴らしいです。去年、2006年にスウェーデンのマルメに行った際もマルメの空・雲・景色は素晴らしかったですが、ヘルシンキも非常に素晴らしかったですね。ヘルシンキはフィンランド国内の中でも地理的に南部も南部ですが、南部でこの景色ですから北部の北極圏の、いわゆるラップランドの景色・自然は凄まじいものがあるでしょうね。白夜とか体感してみたいですし、ラップランドは野生のトナカイなどもいますし。
このスオメンリンナ要塞、かなりじっくりとゆっくりと散策し体感しました。もちろん、この島の奥地で景色を眺めながら、フィンランド誇るシンフォニック・ゴシックメタルの最強バンド【Nightwishを、聞いたりしていましたが(笑)このフィンランドの景色に非常にマッチしましたね。【Nightwish】も素晴らしかったですが、【Silentium】を、このスオメンリンナ島で聞くのも非常に素晴らしくフィットしましたね。なかなか景色を見ながら音楽を聴くという機会はないですし、しかもフィンランドのバンドをフィンランドの地で聞けるというのは個人的に非常に熱い事です。このスオメンリンナ島を訪れた事は非常に自分にとって貴重な素晴らしい経験になりましたね。フィンランド・ヘルシンキに訪れる方は是非、訪れて欲しいですね。
『スウェーデンは対ロシア防衛のため1747年,ヘルシンキ沖の6島の群島に要塞を作り,海軍基地を置きました。フィンランドは当時スウェーデンの1州としてその支配下にあり,この要塞はスヴェアボリ(Sveaborg)=スウェーデンの城と呼ばれていました。1800年代初頭にはヘルシンキの人口が4200人だったのに対し,ここの人口は4600人にも上ったと言われています。1808年,要塞はロシア軍に包囲され,ロシアの統治下になり,1917年のフィンランド独立までの109年間ロシア軍がここに駐屯しました。この島には今でもロシアの雰囲気のある建物などが残っています。スウェーデンの統治時代は Turku がフィンランド州の州都でしたすが,ロシアはロシアに近い Helsinki を首都に定め,1812年遷都を行いました。
1855年,クリミア戦争で英仏艦隊の攻撃で打撃を受けて,その後ロシアによって大改修が行われました。現在の城壁はこのとき作られたものだそうです。フィンランド独立後,1918年 Suomenlinna(フィンランドの城・要塞)と名を変えてフィンランド海軍が駐屯し,第2次世界大戦の時は,首都防衛基地となりました。1973年以降は規制がとかれ,観光や憩いの場として博物館,美術館,レストラン,カフェがあり,夏には市民が日光浴を楽しむ観光の島となっています。フィンランドがスウェーデン領だった18世紀にヘルシンキの港の眼前にある6つの島に築かれた要塞は,19世紀にはロシア軍の駐屯地となり,20世紀になってようやくフィンランドに帰属した。
要塞はスヴェアボリからヴィアポリへ,ついでスオメンリンナへと名を変えた。スヴェアボリはスウェーデン語で「要塞」を,スオメンリンナはフィンランド語で「武装解除」を意味する。かつての要塞は,今日では北ヨーロッパの芸術センターとなっており,駐屯軍の姿はもとよりなく,ただ軍事施設だった頃の面影だけが残されている。その広大な施設は,19世紀ヨーロッパの要塞建築の好例を示す貴重な遺産である。』

かなり引用してしまっていますが(笑)このスオメンリンナ要塞は凄いです。このスオメンリンナ要塞もヘルシンキですからヘルシンキが、どう作られたかヘルシンキの歴史も引用しておきたいと思います。
『16世紀にスウェーデン人によって交易の目的のために開拓された港町。1550年からヘルシングフォシュ(峡谷の人々の滝)と呼ばれている。町と言っても当時は寒村に等しかったが、フィンランドの貿易中継の中心地となった。19世紀までに火事、疫病、飢饉など災禍に見舞われ、町の存亡さえ危惧された。しかし1808年の大火災では、町の三分の二が消失したことでそれを契機に乱雑だった町の景観が近代化され、20世紀までにフィンランド一の大都会へと変貌を遂げることとなったのである。1812年にフィンランド大公国の首都となり、1917年のフィンランド独立により正式に首都となる。ちなみにフィンランド人はヘルシンキと呼んでいるが、スウェーデン語話者は現在でもヘルシングフォーシュ(Helsingfors)という名を用いている。
かつてのフィンランドの中心地であったトゥルクに代わり、現代では経済、商業、文化活動の中心地としてフィンランドの最高水準を誇っている。』
ほとんどスオメンリンナ要塞に関してはサイトからの文面を引用してしまいました(笑)この写真の辺りですと、かなりこの島を奥の方にまで歩いていますね。奥まで行くと人がほとんどいませんし、民家というか、この島で生活している人達も見かけましたね。周りに人が全然いない島を1人で散策するのは、心地良いですし、非常に面白いです。今までは欧州の街並み、旧市街などの散策や大聖堂などの散策でしたので、こういった島を散策するのは初めてでしたので面白かったですし、要塞等の詳しい事は分かりませんが興味深いものがありましたね。
2007/05/16のBlog
スオメンリンナ島に到着して、島という事もあり、やはり寒かったです(笑)ただ海外の島に来たというのはテンションあがりましたので寒さは全く気にならず(笑)早速、このスオメンリンナ島を散策しました。非常に大きすぎる島です。簡単なマップを貰いましたが、時間はたっぷりあったので、ゆっくりと散策する事にしました。まず、この様な建物がありました。この島に到着した時には日本人観光客、4、5人も見かけましたね。ヘルシンキの街中では日本人は見かけませんでしたが、やはり、このスオメンリンナ島には観光客はいらっしゃいますね。この島に住んでる人もおられる様ですし、この島の売店やカフェで働いてる人もいますね。それでいて至る所にトイレがありますから島でも何も問題ないです。
少し島を歩いたら早速、バルト海に向ってロシアを睨む大砲が往時のままに!これは凄いです!これが昔からずっとあるのだと思いますし凄いです。
スオメンリンナ要塞(Suomenlinna)の解説を紹介したいと思います。
登録年 1991年 文化遺産
所在地 ヘルシンキ (スオメンリンナ島)
入場料 なし(ただし島内の博物館は有料)
スオメンリンナ博物館:5.00ユーロ
アクセス ヘルシンキ市内マーケット広場の港から船で15分
トラム・バスと共通チケットが使用できる船は市交通局が通年運航
夏季のみ運行のJTラインもあり。
観光情報 Suomenlinna、URL www.suomenlinna.fi
スオメンリンナの築城は1748年、東(ロシア)の境界を危惧したスウェーデンにより始められた。(当時フィンランドはスウェーデン領)。城塞は「Sveaborg・Viapori(ヴィアポリ:スウェーデンの白)」とスウェーデン語で名づけられた。建築にあたり責任者としてエーレンスヴァルトが任命され、作業は40年に及んだ。1809年にフィンランドがロシア帝国の自治大公国となったことから、東を守るためにスウェーデンが築いた城は、皮肉にもロシアから西のスウェーデンを守ることになった。その後、100年間にわたってロシア軍がこの島にとどまった。
1855年のクリミア戦争の際には、仏・英艦隊が2日間に渡って要塞を攻撃したが、占領することはできなかった。フィンランド独立の翌年1918年、城塞はフィンランド語の「スオメンリンナ(Suomenlinna)」と改名された。現在のスオメンリンナは市民の憩いの場となっている。島の一部はフィンランド海軍の基地としても使用されている。スオメンリンナは1991年にユネスコ世界遺産に登録された。島には現在約900名が住み、350名が島内で仕事に就いている。島民でなくても、天気のいい日はピクニック気分でスオメンリンナに訪れる人が多い。島では,要塞の名残の城壁や大砲を散歩がてらに眺めることができる。スオメンリンナ要塞の歴史は、島の中央にあるビジター・センター兼博物館に展示。
そのほか潜水艦の博物館や島の創始者エーレンスヴァルドの博物館、人形博物館などがある。
スオメンリンナ島にあるレストランはヘルシンキ市街地では味わえない雰囲気がある。「ヴァルハラ」では夏季のみ名物のザリガニ料理が食べられる。港近くにある「パニモ」は、地ビール・メーカーとしても有名。さらに、バルト海をのぞむ丘の上にたつカフェもスオメンリンナならでは。海風が強いこともあるので、風をよけられるような服装ででかけるとよい。
レストランヴァルハラ
5月1日から9月までオープン。それいがいは、グループのみ要予約。
URL:http://www.restaurantwalhalla.com/
ヘルシンキに到着した日の夜は市内のロックパブで深夜までフィンランドビールを結構な量を飲み、翌日のフィンランド滞在2日目は午前中に、まずヘルシンキに来たからには訪れなければならない世界遺産の『スオメンリンナ要塞』へ向かいました。このスオメンリンナ要塞はスオメンリンナ島という島にありまして、ヘルシンキのマーケット広場から船が出ていまして、船で、だいたい15分ちょいの距離にありますね。マーケット広場からはスオメンリンナ島へ行く船や、それからヘルシンキの島ごと動物園となってる島や、それからスウェーデンのストックホルム行きのシリアライン、それからバルト三国のエストニアの首都・タリン行きの船なども出ています。もう1泊ヘルシンキに滞在出来ていればエストニアに日帰りで行ってましたが。
切符売り場でスオメンリンナ島の往復切符を購入し、12時間有効な往復切符で確か、3EURちょいだったとは思います。ヘルシンキのマーケット広場からスオメンリンナ島行きの船は1時間に1本程度の本数だったと思います。ヘルシンキ市内の小学校の生徒なのか分かりませんが、課外授業的な感じで先生に引きつられ、フィンランドの子供達も大勢、この乗り場に来ていました。フィンランドの子供達も可愛いですね(笑)日本で埼玉~東京ばかりの自分にとっては船で移動するなんて事はまずないですし海のない埼玉に住んでますから(笑)船での移動なんて皆無に等しいわけで、船移動というだけでもテンションあがりますね(笑)去年、ハンブルグからコペンハーゲン移動の際、途中、船にも乗りましたがテンションあがりましたし(笑)
船の中は、なかなか広くて結構な人数乗れますね。もちろん室内だけでなく外にも出れます。ただ、この日は午前中から風が冷たく寒かったですね(笑)普通に暖かい格好をしていました(笑)2日前のアムステルダム滞在時の格好とは偉い違いです(笑)このスオメンリンナ要塞は、やはりヘルシンキ観光に来た旅行者にとっては、見逃せないという事もあるでしょうし、観光客もそこそこいましたね。まぁでも他の国や街に比べて、時期もあるのかも知れませんが観光客は少なかったと思います。この船の中の乗客も、ほとんどが先生に引きつられた小学生くらいの子供達ばかりでしたし(笑)こういう世界遺産に課外授業で行けるのは非常に貴重ですね。
船で移動と言っても、移動時間は15分程度なので長い時間乗ってるわけではないんですが、それでも船移動は面白いです。小さい島がいくつかあったりします(笑)人が住んでるとは思えない島ではありましたが。今回の旅行、もっと時間とお金に余裕があれば欲を言えばヘルシンキからシリアラインで憧れの都市・スウェーデンの首都ストックホルムにまで行きストックホルムから帰国という旅程を組みたかったですね。シリアライン、ヘルシンキのマーケット広場に発着していましたが素晴らしい船ですね。内装等はホームページで見ましたが高級ホテルの様です。シリアラインでの移動は非常に心地良いでしょうね。エストニアのタリンにも行ってみたいですし。
そうこうしてるうちに、あっという間にスオメンリンナ要塞があるスオメンリンナ島へ到着しました。島がドンドン近づいてるくる感じとかはテンションあがります。気温は低く寒かったですが雨とかは降られなかったのは運が良かったですね。過去の欧州旅行で世界遺産はいくつか見ましたが、そのほとんどが世界遺産に登録されている旧市街や、今回の旅行で訪れたケルン大聖堂などの建物の世界遺産で、遺跡等の世界遺産は見た事ないですし、もちろん要塞を見た事なんて今までの人生で1度もありませんでしたので、このヘルシンキのスオメンリンナ要塞を見に行けるのは非常に楽しみでした。しかも島全部が要塞になっているわけですし。
2007/05/15のBlog
ヘルシンキ大聖堂は素晴らしいです。階段を登り大聖堂の入り口周辺ですが、やはり今まで訪れた欧州の街並みとは建物の感じとか違いますし、建物の色使いも違いますね!時期と時間帯にもよるのかも知れませんが人が少なかったですが。マジ素晴らしいです。観光客らしき人も、ほとんどいなく(笑)アムステルダムの賑やかな感じはなく、静かで洗練されていて、それでいて人が物凄く親切で暖かいです。少なからず自分が接したフィンランド人は皆、親切で暖かかったです。長期滞在したわけではないので一概には言えませんが今まで訪れた街の人で最もだと思いますね。このヘルシンキ大聖堂の階段に座り、ゆっくり休みましたが、やはり時間が遅くなるに連れて寒くなってきましたね(笑)
大聖堂の階段から眺めた街ですが、やはり今まで訪れた街とは雰囲気が違います。この大聖堂の階段でヘルシンキ出身の女性オルタナティブロックのAgnesを聞いたりして1人、黄昏ましたが(爆)素晴らしい時間でした。Agnesのショウを見たいです!!自分がヘルシンキ滞在中にAgnesはフィンランド国内のツアーに出ていまして、丁度、タンペレでショウだったはずです。Agnesは素晴らしい女性ボーカリストですよ。以前にもブログでも記事にしましたが、これぞフィニッシュロック!!という感じです。ヘルシンキ以外の街にも、かなり行きたいです。TampereやTurkuには行きたいですね。もちろんラップランドにも行きたいです。ラップランドは凄まじそうです!!
簡単にヘルシンキの解説を引用したいと思います。
『フィンランド共和国の首都。フィンランドの南部(北緯60度10分、東経24度56分)に位置し、バルト海の最奥、フィンランド湾の北、多島海のヘルシンキ湾に面している。別名「バルト海の乙女」。ヘルシンキ市の人口は546,000人。ヘルシンキ市にはエスポー、ヴァンター市などの衛星都市がある。ヘルシンキ都市圏の人口は約100万人。フィンランドの公用語がフィンランド語とスウェーデン語の二言語であるため、二言語併用が原則となっているほか、地名(駅名、停留所名なども)はフィンランド語、スウェーデン語で別々に存在する。』という解説です。バルト海の乙女まさにその表現が似合ってるかも知れませんね。
このヘルシンキ大聖堂の敷地内で、偶然な事にアムステルダムからヘルシンキ行きの飛行機で近くに座っていた長髪のメタル兄さんと再会しました(笑)飛行機内で、別に喋ったわけではないですが、お互いに覚えていたようです(笑)少なからず、その兄ちゃんはバリバリメタラーだったので目立ったのと、アムステルダム⇒ヘルシンキ間の飛行機で東洋人は、俺以外は見かけなかったのもありますし(笑)目立ったのかも知れません。お互いに『おっ!!』という感じで(笑)話たらヘルシンキ住人の様です。見た目はメタラーですが非常に良い人でしたし、話も合いましたね。フィンランドのメタルバンドの話だけですが(笑)フィンランド人、かなり暖かいと思います。
ヘルシンキ大聖堂で、かなり時間を潰し、大聖堂の階段の上から写真撮ろうとカメラを合わせていたら、この女の子2人組が入り込んできました(笑)高校生くらいですね。少し話ましたが、やはり日本のアニメが好きな様で『ドラゴンボールのDVDがDVDショップに売ってるから見に行ってみて!』とか言ってきました(笑)英語で話しかけてきましたし、さすが世界トップクラスの教育水準の国・フィンランドですね。音楽からフィンランドの魅力を感じ、それ以降、フィンランドについて色々と調べあげましたがフィンランドの教育素晴らしいです。要は落ちこぼれを作らない教育をしていますし授業時間とか長いんですが、完璧な教育をしてますね。それに比べ『ゆとり教育』…日本も、もっと北欧から学ぶべきです
2007/05/14のBlog
ウスペンスキー大聖堂を見た後は、そのままヘルシンキの街のシンボルでもあるヘルシンキ大聖堂へ…ここまでの街並み、やはり今まで訪れた欧州の街並みとは違います。建物の感じもそうですし、北欧独特の洗練された感じも、もちろんですが、同じ北欧のコペンハーゲンやマルメとも違いますし、やはり隣国のロシアの影響が強いと思える建物・街並みがありますし、現にロシアで最も人気が高いサンクトペテルブルグにもヘルシンキからは距離的に近いですし。サンクトペテルブルグは将来的に訪れたいですがロシアですと色々と面倒な部分もありますが、サンクトペテルブルグは素晴らしい観光地ですから安心して滞在は出来ると思います。ヘルシンキ大聖堂に向かうまでの道、街並みも素晴らしいです。
こちらがヘルシンキ大聖堂です。素晴らしいです!!自分は建築家でもなんでもないですが、欧州の建物・建築物には非常に興味あります。それは単純に普通の住宅街というか民家やドイツで多く見る木組みの家などもそうですが、ゴシック様式の建物など、詳しい用語とか詳しい事は分かりませんが建築物には非常に魅力を感じますね。自分が海外に欧州に行く最大の理由は音楽ですが、その次には街並み・建築物になりますね。海や山はそこまでですが北欧を訪れてから、森・湖の自然の魅力も凄く感じてますね。やはり、このヘルシンキ大聖堂もロシアの影響を感じます。ロシアには訪れた事はないので偉そうには言えませんが(笑)今まで訪れた欧州の街で見た大聖堂とは雰囲気が違いますね。時間帯と時期もあるのか、ほとんど人はいませんでしたが。
ここでヘルシンキ大聖堂の解説を引用したいと思います。

『フィンランドの首都ヘルシンキのほぼ中央に建つ福音ルーテル派の大聖堂である。 1917年のフィンランドの独立までは「聖ニコラウス教会」と呼ばれていた。ヘルシンキの中央の市街の風景の特色あるランドマークであるこの教会は1830年から1852年にかけてネオ・クラシック様式に改築された。カール・エンゲルによって独自にデザインされ、彼の後継者であるエルンスト・ロールマンによって継承された。今日最も有名なヘルシンキの観光名所である。毎年350,000 を越える人々が教会を訪れ、その中には宗教儀式に参加するものもいる。
教会は通常、信仰の奉仕と結婚式のような特別なイベントに使用される。大聖堂の屋根には12使徒の真鍮の彫刻がある。 これは世界最大の真鍮彫刻の一様のコレクションである。大聖堂はしばしばヘルシンキ市全体の象徴として使用される。トゥルク市の象徴にトゥルク城が使用されたり、タメルコスキー橋がタンペレを象徴したり、あるいはJätkänkynttilä ("Lumberjack's candle")と呼ばれる大きな橋がロヴァニエミを象徴するのと同様である。この大聖堂が建つ前は、もっと小さな教会が同じところにあった。この教会の模倣は雪でできていたが後の2000年代に入ってヘルシンキ元老院広場が建設された。』
との解説です。フィンランドはメタル超大国と言う表現を自分はしていましたが、音楽の影響から国に興味を持ち、実際に訪れたいという気持ちにかられ、自分は海外に行きますが、きっかけは音楽ですが、やはり音楽だけでなく、その国の文化や歴史などを色々と調べてみたくなりますね。逆を言えば自分にとって音楽的魅力の全くない国には、国自体に興味ないですし、その国の歴史も文化も地理も何も知りません(爆)物凄く極端ですね、詳しく知りえてる国と知らない国と(笑)まぁでも、そんなもんでしょう。きっかけは何にしろ、日本以外の国に興味を持ち、その国の文化・歴史・特性を知るのは面白い事だと思いますし良い事だと思います。
2007/05/13のBlog
それにしてもマジでフィンランド人のファッションセンス、女性全般と若い男性の良さは素晴らしいです。もちろんメタル超大国ですから街中にゴスやメタラーのファッションした男女も多々いますが、そのファッションも格好いいですし、女性のファッションセンスが素晴らしいくらいに良いですし、それでいて可愛い・美女も多いです(笑)フィンランド人女性の中では眼鏡が流行ってるのか、お洒落な眼鏡をファッションのアクセントの1つとして、うまく取り入れてます。もちろん、それだけ洋服にお金をかけられる豊かな国という事もありますが、国民性だと思いますね。自分も街中の洋服屋には結構入りましたし、靴とかも、かなりクールなのが多かったです。ただ、やはり値段が高い(笑)洋服屋の店員の女性も可愛い!素晴らしいです!
ショッピング通りを抜けて、公園や広場を越えてヘルシンキの港というか、マーケット広場という所にまで行きました。このマーケット広場は数多くの出店の飲食店やお土産屋さんが出てるんですが、夕方の18時までなので到着した日は既にマーケット広場は終わってまして、かたずけをしてる最中でした(笑)なので、このマーケット広場周辺を散歩しましたが、やはり素晴らしい!去年、2006年にデンマークのコペンハーゲンとスウェーデンのマルメに行った時にも痛感しましたが、北欧の空と雲、自然はマジで素晴らしいです。このヘルシンキでも非常に痛感しました。それでいてヘルシンキも島がいくつかある街ですし、自然も非常に多く感動します。ドイツやオランダの街並みとは違った感動がありますね。
こちらは大統領官邸の様です。入り口には兵隊がいましたし。ヘルシンキの街を散策し始めて早い段階で気がついたのは、この街は自分が今まで訪れた欧州の街とは、街並み・建物・雰囲気が違うという事です。ドイツもオランダもチェコもオーストリアもスロバキアもデンマークも素晴らしい街並みですが、若干、似てる部分もあります。特にドイツの中世な街並みとチェコも中世な街並みがかぶる部分もありますし(笑)赤い屋根の家がズラーっと並んでいたり、木組みの家が並んでいたし、いわゆるヨーロッパという石畳の街並みと似た部分もありますが、このヘルシンキは他とは雰囲気が違います。北欧4ヶ国、アイスランドも含めると5ヶ国ですがデンマーク・スウェーデン・ノルウェーは言葉も似てますがフィンランド語は全然違いますし、フィンランドは隣国のロシアの影響が強い建物がありますね。
そのロシアの影響が強い建物の象徴が、この『ウスペンスキー大聖堂』だと思います。こういう感じの建物の大聖堂は今まで見た事ありません。ロシアの街並みはテレビでしか見た事ないですが、確かにロシアの影響を受けてる建物な気がします。簡単にこのウスペンスキー大聖堂の解説を掲載しておきます

『Uspenskin katedraaliは、ヘルシンキに所在する東方正教会の教会堂で、至聖生神女の就寝に捧げられた。ロシア帝国の建築家、アレクセイ・ゴルノスターエフの設計により1862年から1868年にかけて、ヘルシンキ市街を一望できるカタヤノッカ半島の丘陵地に建立された。
建設当時フィンランドの君主であったロシア皇帝アレクサンドル2世を祝福する記念銘板が大聖堂の背中に置かれている。フィンランド正教会ヘルシンキ管区の主要な大聖堂である。』
という解説です。ウスペンスキー大聖堂周りは特に人もいなく観光客らしき人もいませんでした(笑)時間帯にもよるのかも知れませんが。ヘルシンキ、東洋人をほとんど見かけませんでしたし、フィンランド人以外もロシア人やエストニア等のバルト三国の人くらいな気がします。とにかく美女が多いです(笑)色々と洋服屋など入りましたが店員が凄く親切ですし、暖かいですね。素朴な感じというか、店員の挨拶が『モイ!』というフィンランド語のこんにちわ!も美女が言ってると余計に可愛く感じます(笑)モイモイ!
2007/05/12のBlog
ヘルシンキ空港からヘルシンキ中央駅へバスが到着しましたが、この中央駅も素晴らしいです。欧州は中央駅が物凄く絵になりますね。アムステルダムやケルンなどと比較しても明らかに街に人が少ないです。フィンランドは北欧ですが通貨はEUROなので楽です。デンマーク、スウェーデン、ノルウェーはそれぞれのクローネですし。中央駅構内のお店とか覗きましたが思っていたよりか物価は高くなかったです。物価が高いだろうと覚悟をしていたせいもあるかも知れませんが(笑)オランダやドイツよりかは、もちろん高いですが、極端に高いというわけではないですね。【RAUTATIEASEMA JARNVAGSSTATION】という表記がヘルシンキ中央駅の事です。難しいです(笑)
ヘルシンキは、もちろんホテルが高いです。しかも中央駅周辺のホテルを手配するなら、かなり高いです。ただ自分は、どうしても中央駅周辺のホテルにしたかったですしメタル超大国のフィンランド・ヘルシンキであれば奮発してお金を落としても苦にならないという事で、この『Radisson SAS Plaza Hotel Helsinki』を手配しました。高いです(笑)1泊の料金で、ドイツで宿泊したホテルを2泊出来ますね。このRadisson SASは系列で北欧には多くあると思います。コペンハーゲンでも見かけましたし。さすが高級ホテルという感じでレセプションの人も素晴らしいです。フィンランド人の人柄の良さもあると思いますが。このホテルも