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2007/10/06のBlog
[ 18:55 ] [ 自然 ]
夕日は綺麗に見えていましたが車の中から撮りました。
快晴というほどの空でした。

喉元過ぎれば熱さを忘れる

熱いものも飲み込んでしまえば、熱かったことを忘れてしまうことから、苦しいことも、それが過ぎると簡単に忘れてしまうことの喩え。また、苦しいときに受けた恩を、楽になった途端に忘れてしまうことの喩え。

それは悲しいなあ。


孫もここまで成長しました。
毎月顔を見に行かなければいけませんね。
そろそろ出発です。
つくばまで行ってきます。
疲れなかったら筑波山を訪ねてきます。
ガラスビルの鍾路タワー(チョンノタワー)
33階のビルです。最上階はレストランになっておりお茶を飲んでゆっくり休むということは出来ませんでした。
食事代が安くて一人75,000ウォン。回転もしないのでがっかりでした。
鍾路タワーの前に位置する普信閣(ポシンガッ)
毎年12月31日24時にたった一度だけ深い鐘の音色を響かせるそうです。
この鐘の音を聞くという儀式は、希望に満ちた新年を迎えようという、韓国人にとってはとっても重要な儀式だそうです。
ハングルと英語表示があるとハングルの勉強になりますね。
最上階のある部分からの下界。
違った方面の下界。

今日はいろいろ訪ねました。
足も棒になりました。
あーあー疲れた。
地下鉄に乗りおばさんのサウナに戻り、風呂とサウナに入りダウンでした。
鍾路タワーを見に行くのに通りました。清渓川(チョンゲチョン)
クァンギョ(広橋)
川の両サイドを歩いていました。
長さもありますので散歩には良いのではないかと思います。
クァンギョ(広橋)の上でHIROパチリ。
中央の渡り石を歩く人たち。
ミョンドンを歩き始めてすぐにレコード店の店先に安室奈美恵のNew Album「PLAY」のポスターが貼られていました。
若い人が歩いていました。
カップルも多かったです。
ファションの街ですね。
屋台のおでんを食べていました。
ポテトチップスのところは太るから人がいないのかな。
違います偶然人がいないときに撮ったのです。
ここも多くの人が買って食べていました。
長~いソフトクリーム。
買おうかなと思ったのですが行列が出来ていてやめました。
ちょっと違ったハイカラな街でした。
今日は南大門の門は開いていました。
南大門内部の天井の龍の絵です。赤い色。
南大門内部の天井の龍の絵です。青い色。
昼食は南大門のお店が旧盆の秋夕(チュソク)のためそんなに開かれていない中探し当てたところで私はスンデ汁。
HIROはソウメンを食べました。

足も疲れ始めていましたが食事をして少しは楽になりました。

このあと、ミョンドンに行きました。これは次にてアップします。
末代皇帝(ラスト・エンペラー)

JVC WORLD SOUNDS<中国/古箏>淡麗なる中国古箏
MUSIC OF THE GUZHENG 2000.08.02 リリース に入っています。

姜小青(ジャン・シャオチン)京在住の女性古筝奏者

偶にこういうのも良いですね。
[ 06:07 ] [ 自然 ]
ほとんど雲がないという状態で朝日が顔を出しました。
天気予報があたりました。
台風の影響が出ている地方の方は十分気をつけてください。
九州目指す進路に変わるようです。

秋の日は釣瓶落とし

秋の夕日は沈み始めると忽(たちま)ち落ちるということを、釣瓶落としに喩えた言葉。

本当に早くなりましたね。

2007/10/05のBlog
静観軒(チョングァンホン)
1900年に建立され、王宮の中に建立された最初の西洋式(中国風)建物。
高宗皇帝が茶菓会を開催したり、音楽を鑑賞したりした休息の場所でした。
正面7間、側面5間の規模で、八作屋根模様を見せる様式屋根を載せた静観軒は、単層に木彫と赤いレンガが使われ、床には大理石が敷かれています。
正面と側面に精巧な装飾が施されたテラスがあります。
ちなみにこの静観軒はロシア建築技師、サバティン(Sabatine)によって設計されました。


いかにも西洋という感じでした。
浚明堂(チュンミョンダン)
創建年代は不明ですが、1897年に再建されたと推測される木造建築物。
高宗が大臣と国政について論議した便殿でした。
光明門(クァンミョンムン)
1897年に建設、1904年に焼失、同年に再建された木造建築。
本来は咸寧殿の南側にあり、咸寧殿の正門として使用されていましたが、石造殿別館(当時は李王家美術館)が建立されたことで1938年に現在の位置に移され、神機箭機火車(シンギチョンギファチャ)と興天寺(フンチョンサ)銅鐘、水時計の自撃漏(チャギョンヌ・国宝229号)を保管する楼閣として使用されています。
水時計の自撃漏(チャギョンヌ・国宝229号)
世宗の時に創られていて、朝鮮の標準時計とされていました。
これはそれを改良して創られたものだとされます。
昔御堂(ソゴダン)
徳寿宮で唯一、2階建ての建築物。
1階は正面8間、側面3間、2階は正面6間、側面1間の規模で、八作屋根です。
ハングルの創始者で有名な世宗(セジュン)大王の像
小さな姉妹の写真をお母さんに了解を取り撮りました。
可愛かったです。
咸寧殿(ハンニョンジョン):
宝物820号。高宗皇帝の寝殿として使用された建物で、1904年の火災で焼失したのを同年に再建し、現在の姿になりました。
また高宗皇帝が崩御した場所でもあります。
照明器具
地下鉄はソウル市庁で降りました。
この建物はソウルシティホールです。
大漢門(テハン厶ン)
旧盆のため王宮守門将交代儀式はおやすみでした。

大漢門はもともとは徳寿宮の正門でなくて東門であり、もともとの名前も大安門(テアンムン)でした。1904年の大火災の後、1906年7月15日に再建、大漢門と改称され、以来事実上の徳寿宮の正門となりました。


ここでもカチカラスを見ることが出来ました。
ラッキーな一日になるかなと思いました。
中和門(チュンファムン)
徳寿宮の正殿である中和殿の正門にあたります。
正面3間、側面2間の重軒多包系八作屋根(四隅の軒の先が上に反り返っている韓式の家)様式です。
中和殿(チュンファジョン)
1902年に建立された徳寿宮の正殿で、李朝時代末期に使用されました。
正面5間、側面4間の八作屋根形式の中和殿は、中和門とともに1902年に建設されましたが、1904年に火災で全殿閣(チョンジョンガク)とともに焼失、1906年に再建され、現在の姿になりました。
中和殿は一般的な王宮の正殿の使用目的にふさわしく、王の即位式、家礼式、外国使臣の歓迎儀式、朝賀礼儀式など公式行事が行われた場所です。

9/26です。
HIROと2人で 漢江遊覧船に乗りゆっくりソウルを見ようと朝早くから行ったのですが、なんと旧盆のためお休みでした。
日本なら当然していると思ったのですが。
この船に乗るはずだったのに。
それにしても漢江は大きな川ですね。
ここでもカチカラスを見ることが出来ました。
近くに63ビルもありましたが、ビルの中のライトはついていませんでした。

漢江公園を少し歩いてトクスグンに向かうことにしました。
[ 18:08 ] [ ちょっと気になる事 ]
稲毛の駅の近くにあったタバコの自動販売機。こんなに多くの種類必要なの。
千葉西警察署のおしらせ板なのですが2年も前のお知らせなのだから新しいものに変えたら如何なものかと思います。
[ 17:27 ] [ 自然 ]
雲間から夕日が見えました。
宿世にまた雲の中に吸い込まれていきますね。

水に油

二つのものがしっくりと調和しないこと。二人の性分(しょうぶん)が互いに合わないこと。

そういう人一人いました。何故なのかは分かりませんが。
最初は水同士だったのですが、突然油になってしまい合わなくなりました。
もう一度水に戻ってもらいたいのですが難しいみたいです。