Blog
2007/10/07のBlog
[ 06:52 ]
[ ミュージック ]
ビギン・ザ・ビギン
THE MANTOVANI ORCHESTRA IN CONCERT'96 に入っています。
ビギン・ザ・ビギンはコール・ポーターの作品。
元は1935年初演のミュージカル「ユビリー」のなかの曲。
その後、アーティーショー楽団のジャズ史に残る名演奏で一躍スタンダード・ナンバーに仲間入り。
THE MANTOVANI ORCHESTRA IN CONCERT'96 に入っています。
ビギン・ザ・ビギンはコール・ポーターの作品。
元は1935年初演のミュージカル「ユビリー」のなかの曲。
その後、アーティーショー楽団のジャズ史に残る名演奏で一躍スタンダード・ナンバーに仲間入り。
[ 06:12 ]
[ 自然 ]
2007/10/06のBlog
[ 23:46 ]
[ 21:16 ]
[ 楽しみ ]
[ 19:19 ]
[ 記録 ]
[ 18:55 ]
[ 自然 ]
夕日は綺麗に見えていましたが車の中から撮りました。
快晴というほどの空でした。
喉元過ぎれば熱さを忘れる
熱いものも飲み込んでしまえば、熱かったことを忘れてしまうことから、苦しいことも、それが過ぎると簡単に忘れてしまうことの喩え。また、苦しいときに受けた恩を、楽になった途端に忘れてしまうことの喩え。
それは悲しいなあ。
快晴というほどの空でした。
喉元過ぎれば熱さを忘れる
熱いものも飲み込んでしまえば、熱かったことを忘れてしまうことから、苦しいことも、それが過ぎると簡単に忘れてしまうことの喩え。また、苦しいときに受けた恩を、楽になった途端に忘れてしまうことの喩え。
それは悲しいなあ。
[ 09:08 ]
[ 嬉しいこと ]
[ 08:47 ]
[ 旅行 ]
ガラスビルの鍾路タワー(チョンノタワー)
33階のビルです。最上階はレストランになっておりお茶を飲んでゆっくり休むということは出来ませんでした。
食事代が安くて一人75,000ウォン。回転もしないのでがっかりでした。
33階のビルです。最上階はレストランになっておりお茶を飲んでゆっくり休むということは出来ませんでした。
食事代が安くて一人75,000ウォン。回転もしないのでがっかりでした。
鍾路タワーの前に位置する普信閣(ポシンガッ)
毎年12月31日24時にたった一度だけ深い鐘の音色を響かせるそうです。
この鐘の音を聞くという儀式は、希望に満ちた新年を迎えようという、韓国人にとってはとっても重要な儀式だそうです。
毎年12月31日24時にたった一度だけ深い鐘の音色を響かせるそうです。
この鐘の音を聞くという儀式は、希望に満ちた新年を迎えようという、韓国人にとってはとっても重要な儀式だそうです。
[ 08:45 ]
[ 旅行 ]
[ 08:08 ]
[ 旅行 ]
[ 07:24 ]
[ 06:52 ]
[ ミュージック ]
[ 06:07 ]
[ 自然 ]
2007/10/05のBlog
[ 23:40 ]
■今日の朝日
■今朝の一曲 恋の予感 井上陽水
■ベランダの草花
■稲毛海岸あたりを散歩 ①
■稲毛海岸あたりを散歩 ②
■今日の夕日
■なんで
■韓国旅行7日目 漢江遊覧船
■韓国旅行7日目 トクスグン ①
■韓国旅行7日目 トクスグン ②
■韓国旅行7日目 トクスグン ③
〆切
明日は孫の顔を見につくばに行ってきます。
■今朝の一曲 恋の予感 井上陽水
■ベランダの草花
■稲毛海岸あたりを散歩 ①
■稲毛海岸あたりを散歩 ②
■今日の夕日
■なんで
■韓国旅行7日目 漢江遊覧船
■韓国旅行7日目 トクスグン ①
■韓国旅行7日目 トクスグン ②
■韓国旅行7日目 トクスグン ③
〆切
明日は孫の顔を見につくばに行ってきます。
[ 20:07 ]
[ 旅行 ]
静観軒(チョングァンホン)
1900年に建立され、王宮の中に建立された最初の西洋式(中国風)建物。
高宗皇帝が茶菓会を開催したり、音楽を鑑賞したりした休息の場所でした。
正面7間、側面5間の規模で、八作屋根模様を見せる様式屋根を載せた静観軒は、単層に木彫と赤いレンガが使われ、床には大理石が敷かれています。
正面と側面に精巧な装飾が施されたテラスがあります。
ちなみにこの静観軒はロシア建築技師、サバティン(Sabatine)によって設計されました。
1900年に建立され、王宮の中に建立された最初の西洋式(中国風)建物。
高宗皇帝が茶菓会を開催したり、音楽を鑑賞したりした休息の場所でした。
正面7間、側面5間の規模で、八作屋根模様を見せる様式屋根を載せた静観軒は、単層に木彫と赤いレンガが使われ、床には大理石が敷かれています。
正面と側面に精巧な装飾が施されたテラスがあります。
ちなみにこの静観軒はロシア建築技師、サバティン(Sabatine)によって設計されました。
光明門(クァンミョンムン)
1897年に建設、1904年に焼失、同年に再建された木造建築。
本来は咸寧殿の南側にあり、咸寧殿の正門として使用されていましたが、石造殿別館(当時は李王家美術館)が建立されたことで1938年に現在の位置に移され、神機箭機火車(シンギチョンギファチャ)と興天寺(フンチョンサ)銅鐘、水時計の自撃漏(チャギョンヌ・国宝229号)を保管する楼閣として使用されています。
1897年に建設、1904年に焼失、同年に再建された木造建築。
本来は咸寧殿の南側にあり、咸寧殿の正門として使用されていましたが、石造殿別館(当時は李王家美術館)が建立されたことで1938年に現在の位置に移され、神機箭機火車(シンギチョンギファチャ)と興天寺(フンチョンサ)銅鐘、水時計の自撃漏(チャギョンヌ・国宝229号)を保管する楼閣として使用されています。