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2008/05/10のBlog
[ 18:55 ]
[ 九州の山 ]
傾山へは、宮崎県の日之影町から登ることにした。
ルートを見ると、高千穂を通るという。
椎葉と同様に訪れたいと思っていたから、途中下車・・・
高千穂峡や天の岩戸、神楽などで知られる”秘境”と思っていたら、盆地状に開け、市街地もあったのでビックリ!
ルートを見ると、高千穂を通るという。
椎葉と同様に訪れたいと思っていたから、途中下車・・・
高千穂峡や天の岩戸、神楽などで知られる”秘境”と思っていたら、盆地状に開け、市街地もあったのでビックリ!
2008/05/09のBlog
[ 12:52 ]
[ 九州の山 ]
傾山へ向かう前に、椎葉村の中心地へ寄った。
お目当ては、那須家住宅(鶴富屋敷 重要文化財)
私の家に近い服部緑地に「日本民家集落博物館」がある。
移設された椎葉の民家とともに、那須家のことは知っていたが、本物を見たいと思っていた。
江戸期に建てられた茅葺き民家がどっしりと構えています。
お目当ては、那須家住宅(鶴富屋敷 重要文化財)
私の家に近い服部緑地に「日本民家集落博物館」がある。
移設された椎葉の民家とともに、那須家のことは知っていたが、本物を見たいと思っていた。
江戸期に建てられた茅葺き民家がどっしりと構えています。
受付のおばさんから、那須家の由来を聞きます。
「壇ノ浦の戦いで有名な那須与一の弟の大八郎が平家の落人を討ちに椎葉にきた。清盛の孫の鶴富姫と恋仲になり、姫は子をみごもった。大八郎は鎌倉に呼び戻された。子は女だったから椎葉で育った。子孫は姓を那須と名乗り、江戸期にこの家を建てた。」
この悲恋物語から「ひえつき節」が生まれたらしい。
「壇ノ浦の戦いで有名な那須与一の弟の大八郎が平家の落人を討ちに椎葉にきた。清盛の孫の鶴富姫と恋仲になり、姫は子をみごもった。大八郎は鎌倉に呼び戻された。子は女だったから椎葉で育った。子孫は姓を那須と名乗り、江戸期にこの家を建てた。」
この悲恋物語から「ひえつき節」が生まれたらしい。
中に入って、部屋を見る。プランは、こちら。
北側に収納スペースを持つ4つの部屋(ござ:神棚を祀る部屋、でい:客間、つぼね:夫婦の寝所、うちね:居間)と土間(どじ:台所)が横方向に並らぶ、一列平面型と呼ばれる、平地が少ない椎葉ならではのつくりです。
[ 12:33 ]
[ 九州の山 ]
2008/05/08のBlog
[ 20:53 ]
[ 九州の山 ]
2日目、天気予報は午後から雨と出た。
なんとか昼までに下山しよう・・と、朝5時半に宿を出た。
支流を車で15分登った尾向(おむかい)地区が登山口
本渓谷沿いの尾前にはなかった棚田が出てきた。
人はもともと山里や山麓に住んだ・・・なるほどだ。
なんとか昼までに下山しよう・・と、朝5時半に宿を出た。
支流を車で15分登った尾向(おむかい)地区が登山口
本渓谷沿いの尾前にはなかった棚田が出てきた。
人はもともと山里や山麓に住んだ・・・なるほどだ。
2008/05/07のBlog
[ 05:30 ]
[ 九州の山 ]
2008/05/06のBlog
[ 12:33 ]
[ 九州の山 ]
九州の2つ目の山は、熊本・宮崎県境の国見岳(1739m)
祖母山から下山後、五ヶ瀬渓谷沿いに南下
平家の落人伝説やひえつき節で有名な椎葉村へ
上椎葉ダム沿いの細い道をうねうねと走り、
椎葉村のどん突きの尾前地区へ着いた。
40戸程度の村は、秘境ムードがたっぷりだ。
祖母山から下山後、五ヶ瀬渓谷沿いに南下
平家の落人伝説やひえつき節で有名な椎葉村へ
上椎葉ダム沿いの細い道をうねうねと走り、
椎葉村のどん突きの尾前地区へ着いた。
40戸程度の村は、秘境ムードがたっぷりだ。
この日の宿は、民宿を兼ねている尾前商店
ちなみに、尾前地区の家は、ほとんど尾前さん(笑)
山奧の集落を見て、「よく住んだな・・」と思うが、相棒曰く。「山は食べ物が豊富で、気候的にも住みやすい。谷水を利用して棚田も作れる。平地に住むのは江戸持代から。人はもともと山里や山麓に住んでいたのだ。」 なるほど・・・
ちなみに、尾前地区の家は、ほとんど尾前さん(笑)
山奧の集落を見て、「よく住んだな・・」と思うが、相棒曰く。「山は食べ物が豊富で、気候的にも住みやすい。谷水を利用して棚田も作れる。平地に住むのは江戸持代から。人はもともと山里や山麓に住んでいたのだ。」 なるほど・・・
80歳を超えたお母さんから、昔話を聞きます。
「尋常小学校は尾前にあったが、高等小学校は歩けば3~4時間かかる椎葉にあったので、12歳で寮に入って自炊した。夫が40歳代で死んだので、5人の子どもを一人で育てた。子どもは自立し、店も息子が継いでくれた。孫は11人いる。大阪にいる娘や孫に会いに行くのが楽しみ。今が一番いいです。」
苦労を重ねた話には説得力があります。
「尋常小学校は尾前にあったが、高等小学校は歩けば3~4時間かかる椎葉にあったので、12歳で寮に入って自炊した。夫が40歳代で死んだので、5人の子どもを一人で育てた。子どもは自立し、店も息子が継いでくれた。孫は11人いる。大阪にいる娘や孫に会いに行くのが楽しみ。今が一番いいです。」
苦労を重ねた話には説得力があります。
2008/05/05のBlog
[ 18:45 ]
[ つれづれに ]
[ 12:54 ]
[ 九州の山 ]
2008/05/04のBlog
[ 19:11 ]
[ 九州の山 ]
[ 02:54 ]
[ 九州の山 ]
2時間弱で、だだっ広い草原に出た。
どうやら、国観峠(くにみとうげ)のようだ。
めざす祖母岳が遠くに見える。
祖母岳へは、大分県尾平からの宮原コースが一般的だ。
宮崎県側の五カ所コースは、緩やかだが距離は長い(笑)。
どうやら、国観峠(くにみとうげ)のようだ。
めざす祖母岳が遠くに見える。
祖母岳へは、大分県尾平からの宮原コースが一般的だ。
宮崎県側の五カ所コースは、緩やかだが距離は長い(笑)。
