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Rainy Day, Rauny Blues
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2008/07/10のBlog
新田次郎「八甲田山死の彷徨」読了。

明治35年、日露開戦をひかえて第八師団は、冬の八甲田山系を縦断する交通路を確保できるかどうかが重要になると考えた。
その可能性を探るため、第四旅団の青森第5連隊と弘前第31連隊が、雪中行軍を試みることになった。
お互いの屯営から、それぞれの連隊が逆のコースで八甲田山を越える計画だった。

第31連隊の徳島大尉は、編成は小隊編成とし、装備、日程等すべての権限を持つことを前提に指揮を引き受ける。
しかし、第5連隊は、指揮官の神田大尉の意見を取り入れず、中隊編成とし、しかも大隊本部から山田少佐が同行することになった。

この違いが、二つの連隊の明暗を大きく分けたのだった・・・。

---一人が倒れると将棋の駒の様に
---次々と倒れて行くのが、
---この遭難の特色の一つだった。
---倒れるだけ倒れたあと、
---生き残った者は、また歩き出した・・・。

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冬の山を知らない人間の口出し。
指令系統の乱れ。
そのために翻弄される下士官、兵卒たち。

一人、二人と次々に雪に倒れる第5連隊。
雪の恐怖に慄然とし、
あまりの悲惨さ、理不尽さに泣けた。
2008/07/08のBlog
[ 18:38 ] [ 映画 ]
「パピヨン」 (1973)

原作 アンリ・シャリエール
脚本 ダルトン・トランボ
監督 フランクリン・J・シャフナー
主演 スティーブ・マックィーン、ダスティン・ホフマン

殺人で終身刑を宣告されたパピヨンは、仏領ギアナの刑務所へ送られたのだが、彼は脱走のことだけを考えていた。

最初の脱走で失敗し、2年間の独房入り。
その上、友をかばったことから、飯は半分に。
パピヨンは、独房を這う虫を食って生き延びる。

2度目は5年間の独房。
出てきた時は、髪は真っ白、歯はボロボロになっていた。

そして送られたのは、絶対に脱走不可能と言われる、絶壁断崖に囲まれた孤島だった・・・。

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こいつを再び見たくなったのは、「トランボ」の予告編を見たから。

戦後、すでにトップ脚本家となっていたダルトン・トランボは、レッド・パージでつかまり、聴聞会で「共産党員だったことがあるか」という問いに、憲法(言論と集会の自由)をたてに答えを拒否したため、禁固刑を受ける。
出所後、映画界からは実質的な追放となり、メキシコで極貧生活を送る。
その間、友人たちの援助で、偽名で映画の原案・脚本を書いたり、B級映画の脚本を書いたりして糊口を凌いだ。

その偽名で書いた仕事の中のいくつかはアカデミー賞をとっている。
「ローマの休日」も原案はトランボだったのだ。

復帰第一作は1960年の「スパルタカス」。
その後も「栄光への脱出」「脱獄」、「いそしぎ」、そして「パピヨン」などの大作を手がけ、「ダラスの熱い日」が最後の作品。
(公開は「パピヨン」が最後)

「ジョニーは戦場へ行った」は自身が書いた小説を、映画化したもので、彼自身がメガフォンをとったただ一つの作品。

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この「トランボ」というドキュメンタリー映画、日本では公開されるかな?いや、しないんだろうなぁー。
この人のこと、もっと知りたいなぁー。
2008/07/07のBlog
ギャビン・ライアル「もっとも危険なゲーム」読了。

フィンランド。
水陸両用機ビーバーで、鉱物資源調査を請け負っていたビル・ケアリは、熊を撃ちに来たというアメリカ人資産家を、ソビエト国境の近くの湖まで運ぶ。

その湖で見つけたメッサーシュミットの残骸。
ケアリは中にいた白骨死体が誰なのかを知っていた。
そして、一緒に乗っていたはずだが死体が無かったある男のことも・・・。

その後巻き込まれた謀略。
友人を殺され、ケアリの胸にくすぶる怒りの炎。
戦いに身を投じたケアリを待っていた意外な人物・・・。

---あれほど懸命に私を殺そうとした相手なのに、
---私は彼が好きだった。
---私を殺そうとしたことのない人間の中にも
---いやなのがたくさんいる。
---そんなヤツらよりはるかに好きだった。

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ギャビン・ライアルの作品の中でも、
何度も読み直す数冊の一つ。

「深夜プラス1」、「ちがった空」などと並ぶ、
ハードボイルド冒険小説の傑作。

この作品では、後半、ソビエトのレーダーをかいくぐって飛ぶシーン、そして深い霧の中で湖に着水するシーン、まさに手に汗握る。
2008/07/04のBlog
[ 21:45 ] [ 雑記 ]
一人のブルース・ウーマンのアルバムについて、
結構力の入った文章を昨日書いておいた。

テキスト・エディタにズラッと書き連ねておいて、
今日ブログにアップするつもりだった。

それを・・・、
その名称未設定のテキストファイルを・・・、

あろうことか、
誤って削除しちまったぁーっ!!( ̄Д ̄;) ガーン!



立ち直るまで、しばらくお待ちください・・・。
2008/06/29のBlog
新田次郎「剣岳 <点の記>」読了。

明治39年、陸軍参謀本部陸地測量部三角科測量手柴崎に、測量部長から至上命令が下った。
発足したばかりの山岳会よりも先に剣岳初登頂を達成し、三等三角点を設置する。

越中剣岳は、立山山岳信仰で、「地獄の山、針の山、決して登ってはならない山」とされている山であった。
柴崎は、来年の測量のための下見に向かったのだが、そこで耳にした、登ってはならないとされる剣岳に登ったものがいると言う噂。

そして別山乗越へ向かう途中、室堂のそばの洞窟で出会った修験者の言葉。
「雪を背にして登り、雪を背にして帰れ。」

柴崎はその言葉を胸に、翌年、剣岳を目指す。

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kazuさんのブログを見ていなければ、
「点の記」?何のこっちゃと思っただろうな。

測量の基準点を決めるために、
日本国中を歩き回った測量手たち。
殆どの山の初登頂は、測量手によって成されたらしい。
天気が悪いと、何日も晴れるのを待つ。
今の様に登山装備も満足に無い時代、寒さに凍えながら、雲の切れるのをじっと待つさまにちょっとぞっとした。

それに、初めて知ったんだけど、日本にもシェルパ族の様な人々がいたんだね。
柴崎が見せる彼らへの心遣い、そして感謝の言葉にジーンと来た。

そして、あまりの難所ゆえ、三等三角点の設置が望めず、四等三角点(三等三角点を設置するための補助的な役割を果たす点で、「点の記」としての記録は残らない)にせざるを得なかった時の悔しさ。

そんなにドラマティックな展開はなく、たんたんとした本なんだけど、柴崎という、誠実で、朴訥で、測量という仕事に命をかけた男の姿と、彼らを助けた長次郎ら地元の人夫たちの姿が丁寧に描かれていて、とても好感が持てた。

新田次郎の本は初めて読んだ。
「八甲田山」も呼んでみようかな。

※映画化されるそうで、本のカバーは、今はこの画像のものとは違います。
2008/06/28のBlog
GIGAZINEより。

イギリスの日刊紙「The Sun(サン)」によると、メルセデスベンツは7年以内に石油で動く自動車を全廃する計画を立てているそうです。

現在のエンジンを順次、ハイブリッド、電気自動車、そして水素を燃料とするエンジンに変えていく。

一社がやれば、次々に他のメーカーも追随して行くでしょう。
ただ、その最初の「一社」になるってことは、やはり大変なことで、いろんな方面から圧力とかもあるんじゃないかと思うし、そういう意味でもベンツってやっぱり凄いメーカーだって言えるのかもしれない。

ベンツに乗るってことが、
ホントの意味で「ステータス」になる日も近い。
[ 08:48 ] [ 音楽 (ロック) ]
Ry Cooder 「I, FLATHEAD」(Limited Edition)

米国盤の発売日の24日、Amazonより到着。
まだ聴きこんではいないけど、
二、三回軽く聴き流した感じでは、凄くイイ。
カリフォルニア三部作の中では、一番好きかも。

小説の内容は、
主人公は、カーレーサーでミュージシャンのKash Bukと、その恋人、そしてエイリアンの友人。
彼らをとりまく心優しき人々とのふれあい。そして敵対するヤツらとの戦いを、カリフォルニアを舞台に描いたもの・・・らしい。
そしてCDは、そのKash Bukが作ったものという設定(?)。

ホントに少人数でのレコーディング。
多くても4人くらい。
ライ・クーダーと、息子のヨアキムの2人だけという曲も。

懐かしいポップスぽいもの、
スインギーなもの、
カントリー、テックス・メックス、ロックンロール、
色々。

珍しく、ライのギャロッピング・ギターが聴けたりとか、
なんだか幸せな気分になれる作品。

大満足!