2005/11/30の記事
「わたしの温暖化注意報」に頂いた投稿をご紹介します。

 10年ほど前は冬の朝に車に乗る際、窓ガラスが凍っていてお湯をかけないと発車できなかったが、今ではそんな作業をすることすらなくなってしまった。 (ニックネーム不明/21歳女性)

 北海道の旭川市に住んでいた小学生のときの話。朝6時の気温がマイナス21度以下だったら、学校の登校時間が一時間遅れになった。昔はその気温では水道が凍結している可能性が高く、朝の支度ができないからそうだったのだろう。ちなみに25度以下だと2時間遅れだった。よく、しばれた朝に布団の中から、「お母さん、今日は何度!?」と聞いたモノグサな人間だった私。 今はそんなことないんだろうな~。 (にゃお@郡山さん/33女性)

 私は山中湖の山中(富士山の1合目位)に34年前から家があり、住み始めて約10年経ちました。以前は蝉が鳴かず、落雷はもう少し下の方で気温も26℃が最高でした。8月20日を過ぎると炬燵を出し、毛のセーターは夏でも朝夕、雨の日にも着用しました。 ここ10年は「地球温暖」蝉は鳴き、炬燵も毛のセーターも不要、雷も落ち、気温は30℃になる日も度々です。霧も無くなり、冬以外にも獣が餌を求めて庭を荒しに来ます。 (ノリババ さん/66歳女性)

 十年前くらいまで、冬の朝は乾燥していて自転車のサドルに露がつくという事は無かったのですが、ここ近年ではサドルが露で濡れているという光景がよく目に付くようになりました。それだけ暖かくなっており、尚且つ湿気が増えているという事なのでしょうか。 (wataruさん/28歳女性)

 会社の独身寮の各部屋にエアコンが付いたのが数年前の話し。私が「最近の若い奴らは贅沢になったねぇ」と言うと、寮母さんが「最近は暑くて我慢できないのよ」。 私が住んでいた15年前は、東海道本線を挟んで駿河湾を望む寮の窓はいつも開けっ放し。 風が通ると涼しかったなぁ。風がない日は扇風機を回せばぐっすり寝れました。(若かったからかな?) 台風が来ると空気が湿っていて、さすがに暑かった事を思い出します。 空いていたのは窓だけじゃなく、部屋の鍵も空いてて、帰ると仲間が集まって先に宴会を 始めていたりして。 地球は涼しかったけど、仲間との交流はホットでした。 (OMOさん/40歳男性)


「わたしの温暖化注意報」に頂いた投稿をご紹介します。

 冬が寒くない。ギンギンに「しばれた」空気が頬を喉を鼻を刺し、耳を切り裂き、凍り付いた道が靴に吸いつく。靴紐は凍りついて、太い針金のように固まり、柔らかに膨らんでいた毛糸の手袋もマフラーも、コチコチに固まった。すべてはサラサラと風に舞って消える、真夜中の銀世界。あんな北海道の冬を、私はいつから見失っただろう。 (どさんこのいちさん/22歳女性)

 私が中学生の頃は、冬に学校に行くときに手袋をしても手が冷たくて冷たくて仕方がなかった記憶があるのですが、今はそんなことないですね。多少手が冷たくてもポケットに入れれば平気だし、あの指先が痛くなるような寒さが今はないですよね。やっぱり地球は徐々に温暖化してるんだなぁって毎年思います。 (まねきネコさん/46歳女性)

 洋服の入れ替えをしていて思いました。 近頃、冬服をあまり着ないカモ。 少なくとも都内は、確実に薄着化している・・・。 ぞっとして道路に水を撒いてみたりしています。 (のらさん/35歳女性)

 岸和田だんじり祭の朝、昔は腹巻してないと寒くていてられなかったが、最近は朝4時でも暑いねぇ。 (さざんさん/21歳男性)

 自分はサーフィンをやるんですが、3年間同じ場所に通っています。年々海水温の暖かい日が多くなっている気がします。サーフィン自体ウェットスーツを着てやるものですが、周りを見ても冬物を着ている人の数が減ってきているのを痛感します。寒いより暖かい方がいいんですが、 環境面から見るとこのままではいけないんじゃないかと思います。 (カジサーフさん/25歳男性)

 私は昭和23年小学校へ入りました。終戦後の何もない時期でしたので、鹿児島市内の学校はほとんどの人ははだしで通学していました。冬の季節は霜柱がひどく、月曜日の校庭で行う全体朝礼のあとは解けた霜柱のため、ぬかるんでいましたし、全員が足や手先にしもやけをして掻いていました。今の鹿児島市内の子供たちは霜柱もツララも、霜やけも知らない人がほとんどではないかと思われます。温暖化による気温の変化が良くわかります。 (yosiyan60さん/63歳男性)

 足先が腫れない冬… 小学校まで徒歩で通っていた私の足は もともと皮膚が弱いこともあり 毎冬「しもやけ」で腫れていた。 そんな私をみて、オヤジは自慢げに 小指と薬指がくっついた自分の両足先を見せ 「俺がガキの頃の冬は、こんなものじゃなかった」 と苦労貧乏していた。 最近「しもやけ」という言葉を聞かない… オヤジの頃と比べると、まだ暖かかったのかも 知れないが… 学校を急ぐ、あの頃の、地底の底から冷えきった冬の道を、 今感じることはない。 嬉しいような、寂しいような…。 (ワッキーさん/33男性)

 私が中学生だった頃の思い出といえば、暑さをひたすら我慢していたことです。冬服で暑い思いをしながら6月1日の衣替えを待ったり、冷房設備のない教室で勉強したり、制服とはなんと理不尽なものかと思っていました。12歳年下の妹は、今都心の公立中学校に通っています。現在では教室に扇風機が完備され、衣替えの期間制限もなくなったそうです。ああ、もう我慢だけでは耐えられないところまで温暖化が進んでいるのだな、と思いました。いっそのこと制服も涼しいものに変えればいいのにと思います。 (シロさん/24歳女性)


「わたしの温暖化注意報」に頂いた投稿をご紹介します。

 私の母は冬になると毎年白菜の塩もみを漬けます。私が小学校の頃、白菜を漬けた樽が白菜からしみ出した水でいっぱいになり、朝になるとほぼ毎朝その水が厚さ5センチくらいの氷になるので、その氷を取り出し、蹴飛ばしながら小学校に通い、家ではシャキシャキの白菜を頬張ったものです。しかし、ここ十数年はその樽に氷が張ることがめっきり減り、ここ数年に至っては、夜の冷え込みがあまりに浅いため、白菜がうまく漬からず、白菜の塩漬け自体を諦めざる得なくなりました。将来、子供達が樽に張った氷を蹴りながら学校に通うことが出来る日は来るのでしょうか?(関東在住) (こじこじさん/31歳男性)

 九州に住んでいます、温暖化の影響と感じるのは近年お漬物が上手く漬けられなくなってきたことです、塩を多くしてもカビが生えるすぐ酸っぱくなってしまう、梅干には焼酎をかなりふりかけ、粕漬けは量を増やしたり、浅漬けは冷蔵庫でつけるなど工夫をしています。本で発酵食品と気候(風土)の関係が以外に密接だと読んで知って食の文化にも影響が出始めているのだなと感じます。 (おにーるさん/43歳女性)

 私の住む山梨県塩山市の特産品にころ柿(干し柿)があります。ころ柿は秋の朝夕冷え込みとこの地方特有の冷たい北風が吹いて,美味しい干し柿が出来上がります.しかし近年は地球温暖化の影響でしょうか、朝夕の冷え込みも無く空っ風も吹かないため、作っても途中でカビが生えたり、腐ったりしてしまいます。その昔は武田信玄が戦のとき補助食として持ち歩いたと聞いていますが,このままでは名産品も無くなってしまうでしょう。 (ピンボケさん/65歳男性)

 大阪で和食のお店をしています。温暖化で魚の旬や漁場が変わり残念です。例えば関西で鱧(はも)といえば夏のご馳走。京都の祇園祭のころに“初もん”を食べて夏の到来を感じ、残暑の頃に“はしりの松茸”と一緒に“残り鱧”と呼ばれる、シーズン最後の鱧をお鍋でいただき真近に来た秋を想う・・・はずが、3月にはもう鱧が出回るんですもの。 (YUMI姉(ユミネエ)さん/年齢不明・女性)

 糠漬けが日々暑すぎて漬かりすぎてしまう。夏は、特に糠床自体駄目になりそうで怖い。 何年か前はそんなことなかったのに家庭の味にまで影響するとは、恐るべし!! (ゆうねこさん/24歳女性)

 私の実家は石川県です。冬はかなり冷えますが、それでも12月に雪が積もることは珍しくなりました。冬になると多くの家庭で“かぶらずし”を漬けるのですが、気温が高めの日が続きおいしく漬け上がらない・・・と、祖母が10数年前から嘆いていました。これも温暖化の影響でしょうか・・・ (べにーべにーさん/34歳女性)





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