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2006/11/29のBlog
[ 00:02 ]
[ 出張音帖 ]
French Pops、という表現が適切な言葉なのかどうか。
日本のPop musicをJ-POPというくらいなので、それでも良いのかも知れないが、あまりに英語文化偏重主義的な呼び名じゃないか、などと、天邪鬼な自分はつい思ってみたりする。
まぁ、そんなことはさておき。
高校、大学と5年間フランス語の授業を受けて、フランス語検定3級までは一応とったので、得意なわけではないけれど、一応それなりに愛着のある言葉、だったりする。
ここでも幾つか紹介しているように、そういうわけで何枚かフランス語圏のCDを所有している。
ざっと思いつくだけで、
・Jane Birkin
・Celine Dion
・Lara Fabian
などなど。Chanson集も何枚かあるので、総数では多分10枚前後だと思う。
/*
ちゃんと目録は作るべきなんだろうな、とは思っているものの、ざっと棚に並べているだけ。今度某所からデータベースの雛形をいただいてしまおうかな?とも思ってみたり。
そろそろまた枚数を数えてみよう。
*/
最近購入したのは次の二枚。
まだちゃんと聞き込めていないので、レビュー、というよりは単にご紹介のみ。
日本のPop musicをJ-POPというくらいなので、それでも良いのかも知れないが、あまりに英語文化偏重主義的な呼び名じゃないか、などと、天邪鬼な自分はつい思ってみたりする。
まぁ、そんなことはさておき。
高校、大学と5年間フランス語の授業を受けて、フランス語検定3級までは一応とったので、得意なわけではないけれど、一応それなりに愛着のある言葉、だったりする。
ここでも幾つか紹介しているように、そういうわけで何枚かフランス語圏のCDを所有している。
ざっと思いつくだけで、
・Jane Birkin
・Celine Dion
・Lara Fabian
などなど。Chanson集も何枚かあるので、総数では多分10枚前後だと思う。
/*
ちゃんと目録は作るべきなんだろうな、とは思っているものの、ざっと棚に並べているだけ。今度某所からデータベースの雛形をいただいてしまおうかな?とも思ってみたり。
そろそろまた枚数を数えてみよう。
*/
最近購入したのは次の二枚。
まだちゃんと聞き込めていないので、レビュー、というよりは単にご紹介のみ。
一枚目は、以前にも紹介した、Teteの新作、
「Le Sacre des Lemmings」。「レミングの祭典」、ですね。CDのレーベルには可愛らしいレミングの画が描いてありました。
前回よりもエフェクトを使うなど音の厚みが増したで仕上がりになっていましたが、アコースティックギターをバックに訥々と歌いあげる点は変わらず。
こういったシンプルな造りは昔から好きなので、ああ、高校生の頃にこの人の音楽と出会っていたら、もっとフランス語は上達したのかもなぁ、と少し思ったりもします。
「Le Sacre des Lemmings」。「レミングの祭典」、ですね。CDのレーベルには可愛らしいレミングの画が描いてありました。
前回よりもエフェクトを使うなど音の厚みが増したで仕上がりになっていましたが、アコースティックギターをバックに訥々と歌いあげる点は変わらず。
こういったシンプルな造りは昔から好きなので、ああ、高校生の頃にこの人の音楽と出会っていたら、もっとフランス語は上達したのかもなぁ、と少し思ったりもします。
もう一枚は、タワーレコードで見つけた一枚。
Elodie Frege(本当はeには全部アクソンがつきます)の「Le Jeu Des 7 Erreurs」。英語で言うと、「The Play Of 7 Errors」ということになるんですが、上手く日本語にできません....どなたか捕捉をお願いできれば幸いです。
タワーレコードで試聴をして購入しました。
お綺麗な方なのでジャケットに惹かれてふらふらと.....、といつものことですね。
でも、さすがに試聴をしなければ買わなかったかもしれません。
音の使い方も、声も好きな感じです。ダイナミックに情感たっぷりと、という歌い方ではないですね。Celine DionやLara Fabianとは明らかに違う感じ。雰囲気はだいぶ違うけれど、Joan Baezなどの歌い方に近いものがあるのかな、とも思います。
こちらで色っぽいPVが見られました。
Elodie Frege(本当はeには全部アクソンがつきます)の「Le Jeu Des 7 Erreurs」。英語で言うと、「The Play Of 7 Errors」ということになるんですが、上手く日本語にできません....どなたか捕捉をお願いできれば幸いです。
タワーレコードで試聴をして購入しました。
お綺麗な方なのでジャケットに惹かれてふらふらと.....、といつものことですね。
でも、さすがに試聴をしなければ買わなかったかもしれません。
音の使い方も、声も好きな感じです。ダイナミックに情感たっぷりと、という歌い方ではないですね。Celine DionやLara Fabianとは明らかに違う感じ。雰囲気はだいぶ違うけれど、Joan Baezなどの歌い方に近いものがあるのかな、とも思います。
こちらで色っぽいPVが見られました。
2006/11/28のBlog
[ 22:34 ]
[ 出張音帖 ]
アフリカはいつか訪れてみたい土地だ。
丁度、山崎豊子の「沈まぬ太陽」を読んでいたこともあって、アフリカの音を聴きたくなり久しぶりに、Ladysmith Black Manbazoをかけてみる。
彼らの声に最初に触れたのは、中学1年生のときだから、今をさかのぼること、もう20年近く前になる。First Contactは当然、Paul Simonの「Graceland」だ。思えば、僕の音楽への関心がここから一気に広がりを見せたことは疑いのない事実だ。
GracelandからBorn At The Right Timeへ。そこで、Michael Breckerと出会い、John Coltraneに遡上し....というちょっと風変わりな広がり方ではあるのだが。そんなGracelandの中でも、Black Manbazoの存在は群を抜いて大きなもののはずだったのだが、これまで眼前にその姿を見る機会は無いままだった。
動く彼らを見たのは、「African Concert」のビデオが先立ったか、「Born At The Right Time」のビデオが先立ったか、あまり正確な記憶を持たない。
実は、今年の8月、丁度盆休み中ということもあって、Blue♪Note Tokyoにそんな彼らのライブを観にいってきた。
そのときのレポートはmixiにも載せていたのだが、こちらもにも遅まきながら転載してみる。
Joseph Shabalalaは、若干スリムになって頭頂部がやや寂しくなっていたものの、その風貌は往時のものと大きく変わることが無かった。
そして、声。あの独特のハイトーン・ボイスもCDで聴くものと些かも変わるところ無く、鳥肌が立つ。
CDでは3分少々で終わってしまう「Hello My Baby」は10分近い熱演。Paul Simonのビデオでは脇役なので、あまり多く見ることが出来ない彼らの「高々と足を上げるダンス」は圧巻。
3歳やそこらからクラシックのレコードを聴かされていた僕にとって、所謂生音の存在は、心を洗うのにどうしても必要なもののような気がする。そんななかで、プリミティブ(?)なコーラスには、とりわけ心を動かされる。それは、NZや、南太平洋諸国の「HAKA」のようなものもまたしかり。
そこには、10歳に満たない子供の頃に浴びた、インドネシア・バリ島のKecakの影響が大きいのは確かなことだろう。
アフリカ東南に浮かぶマダガスカルには、インドネシアから海を越えて住み着いた人の子孫が暮らすという。インドネシアのサンヒャンのような声の文化がマダガスカルに伝わり、更にアフリカ南部に伝わったという事実があったら面白いのかもしれない、などと考えた。おまけに、南アフリカは世界でも屈指のラグビー強豪国でもある。なんとなく因縁めいたものを勝手に感じてみたりする。ライブハウスに行く前に読んでいた本が司馬遼太郎の「歴史を紀行する」であったため、空想力がたくましくなっていたせいもあるのだが。
彼らと最初の出会いの曲、「Homeless」を聴き、またゾクゾクとしてみる。ラストの「Nkosi Sikelele i Africa/Amazing Grace」のメドレーまで、オリジナルとトラディショナルを交えたステージにはとにかく圧倒されっぱなしだった。
そして、なによりも印象的だったのは、J.Shabalalaの「Tradition」というものに対する言葉だったりする。
「Traditionは樹に似ている。
神様が蒔いた種から、芽と根が生える。
根は深く深く、広く広く大地に根ざし、
芽は大きな樹となり、広く広く、枝を張り巡らせる。
そうして、大きくなった樹は、どんな風もその枝で受け流し、
深く張った根で、踏みとどまる。
Traditionとはそんな大樹のようなものだ。」
彼らZulu族が不幸な歴史をたどって来たことは世界中の人たちが知っている。しかし、8月15日に僕の前に現れた彼らの口からはただの一言の恨み言も聞くことは無かった。
----------------
以上、mixiから一部改定の上、転載。
丁度、山崎豊子の「沈まぬ太陽」を読んでいたこともあって、アフリカの音を聴きたくなり久しぶりに、Ladysmith Black Manbazoをかけてみる。
彼らの声に最初に触れたのは、中学1年生のときだから、今をさかのぼること、もう20年近く前になる。First Contactは当然、Paul Simonの「Graceland」だ。思えば、僕の音楽への関心がここから一気に広がりを見せたことは疑いのない事実だ。
GracelandからBorn At The Right Timeへ。そこで、Michael Breckerと出会い、John Coltraneに遡上し....というちょっと風変わりな広がり方ではあるのだが。そんなGracelandの中でも、Black Manbazoの存在は群を抜いて大きなもののはずだったのだが、これまで眼前にその姿を見る機会は無いままだった。
動く彼らを見たのは、「African Concert」のビデオが先立ったか、「Born At The Right Time」のビデオが先立ったか、あまり正確な記憶を持たない。
実は、今年の8月、丁度盆休み中ということもあって、Blue♪Note Tokyoにそんな彼らのライブを観にいってきた。
そのときのレポートはmixiにも載せていたのだが、こちらもにも遅まきながら転載してみる。
Joseph Shabalalaは、若干スリムになって頭頂部がやや寂しくなっていたものの、その風貌は往時のものと大きく変わることが無かった。
そして、声。あの独特のハイトーン・ボイスもCDで聴くものと些かも変わるところ無く、鳥肌が立つ。
CDでは3分少々で終わってしまう「Hello My Baby」は10分近い熱演。Paul Simonのビデオでは脇役なので、あまり多く見ることが出来ない彼らの「高々と足を上げるダンス」は圧巻。
3歳やそこらからクラシックのレコードを聴かされていた僕にとって、所謂生音の存在は、心を洗うのにどうしても必要なもののような気がする。そんななかで、プリミティブ(?)なコーラスには、とりわけ心を動かされる。それは、NZや、南太平洋諸国の「HAKA」のようなものもまたしかり。
そこには、10歳に満たない子供の頃に浴びた、インドネシア・バリ島のKecakの影響が大きいのは確かなことだろう。
アフリカ東南に浮かぶマダガスカルには、インドネシアから海を越えて住み着いた人の子孫が暮らすという。インドネシアのサンヒャンのような声の文化がマダガスカルに伝わり、更にアフリカ南部に伝わったという事実があったら面白いのかもしれない、などと考えた。おまけに、南アフリカは世界でも屈指のラグビー強豪国でもある。なんとなく因縁めいたものを勝手に感じてみたりする。ライブハウスに行く前に読んでいた本が司馬遼太郎の「歴史を紀行する」であったため、空想力がたくましくなっていたせいもあるのだが。
彼らと最初の出会いの曲、「Homeless」を聴き、またゾクゾクとしてみる。ラストの「Nkosi Sikelele i Africa/Amazing Grace」のメドレーまで、オリジナルとトラディショナルを交えたステージにはとにかく圧倒されっぱなしだった。
そして、なによりも印象的だったのは、J.Shabalalaの「Tradition」というものに対する言葉だったりする。
「Traditionは樹に似ている。
神様が蒔いた種から、芽と根が生える。
根は深く深く、広く広く大地に根ざし、
芽は大きな樹となり、広く広く、枝を張り巡らせる。
そうして、大きくなった樹は、どんな風もその枝で受け流し、
深く張った根で、踏みとどまる。
Traditionとはそんな大樹のようなものだ。」
彼らZulu族が不幸な歴史をたどって来たことは世界中の人たちが知っている。しかし、8月15日に僕の前に現れた彼らの口からはただの一言の恨み言も聞くことは無かった。
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以上、mixiから一部改定の上、転載。
2006/11/26のBlog
[ 22:52 ]
[ こんすとらくしょん ]
「終わらせ方を考えないで始めた喧嘩に勝てるはずなどありえない」
どなたの言葉だったかすっかり失念してしまったが、この言葉が真理をついているのは歴史を見れば分かることだ。
「自分たちの勝ち方を知っていれば、喧嘩の終わらせ方なんて自ずと分かる」
と、言い換えることも出来るではないか、と思ってもみる。
一対一の喧嘩だったら、自分の頭で「勝ち方」を考えて思ったとおりに手足を動かし、考えた「終わらせ方」を実践すればよい。
厄介なのはチームで喧嘩をするときだ。
一対一で喧嘩をするときでも、自分の頭で考えなければ手足は動いてくれない。
手足は勝手に自分たちで考えて喧嘩はしてくれないものだ。
もし、手足が勝手に考えてくれたとしても、「手」が思う勝ち方と「足」が思う勝ち方が違っていれば、手足の動きはてんでバラバラ。これでは、喧嘩にすらなりはしない。
チームで喧嘩をするときは、この手足が勝手に考える、というのとまさに同じこと。
「勝ち方」が共有できなければ勝ちは覚束ない。
「どうやって勝つか」を共有できて初めて喧嘩が出来るようになる。
まして、チームに「勝ち方」が無い状態で喧嘩を始めたのなら、その喧嘩は負けになっても当然だ。
「個人個人がそれぞれの責任を全うすれば、必ず勝機は開けて来る。だからガンバレ。」
という言葉でチームのメンバーが奮い立ち、確かに結果につながることがある。
ただ、それはチームに「勝ち方」があってそれを共有できているときに初めて効果を生み出すおまじない、であって、無から有を生み出す魔法の言葉ではありえない。
ところで、
「個人個人がそれぞれ頑張れば、必ず勝機は開けて来る。だからガンバレ。」
というのは似た言葉だが、これでは「勝ち方」を共有することはできない。
そして、やはり似たような言葉だが、
「何しろ不透明でどちらに行くか分からない。だから、みんな頑張れ」
これでは勝つ気があるのか無いのかすらわからない。
末期的だ。
局地戦で勝つことだけだったら、上の言葉は「魔法の言葉」として機能するのかもしれない。しかし局地戦の優劣と、全体の勝敗は全くの別物だ。
ただスキルの長けた強い個人を集めれば局地戦では勝てるだろう。
ただ盲目的に頑張れば、局地戦で負けることもないだろう。
しかし、選手一対一のコンタクトプレーで勝ったとしても、どれだけモールやラックでボールを連取しても、点を積み上げることができなければ、勝利はありえない。
そういうものだ。
そのことを理解して初めて、チームは勝てるようになる。
チームが理解する、というのは、頭がちゃんと「終わらせ方」を考えているかどうかにかかっているというものだ。
............と、たまには偉そうに言ってみる。
ジャンルが「楕円のボール」ではなく、「こんすとらくしょん」になっているのは意図したもので、決して間違えているわけではない。
どなたの言葉だったかすっかり失念してしまったが、この言葉が真理をついているのは歴史を見れば分かることだ。
「自分たちの勝ち方を知っていれば、喧嘩の終わらせ方なんて自ずと分かる」
と、言い換えることも出来るではないか、と思ってもみる。
一対一の喧嘩だったら、自分の頭で「勝ち方」を考えて思ったとおりに手足を動かし、考えた「終わらせ方」を実践すればよい。
厄介なのはチームで喧嘩をするときだ。
一対一で喧嘩をするときでも、自分の頭で考えなければ手足は動いてくれない。
手足は勝手に自分たちで考えて喧嘩はしてくれないものだ。
もし、手足が勝手に考えてくれたとしても、「手」が思う勝ち方と「足」が思う勝ち方が違っていれば、手足の動きはてんでバラバラ。これでは、喧嘩にすらなりはしない。
チームで喧嘩をするときは、この手足が勝手に考える、というのとまさに同じこと。
「勝ち方」が共有できなければ勝ちは覚束ない。
「どうやって勝つか」を共有できて初めて喧嘩が出来るようになる。
まして、チームに「勝ち方」が無い状態で喧嘩を始めたのなら、その喧嘩は負けになっても当然だ。
「個人個人がそれぞれの責任を全うすれば、必ず勝機は開けて来る。だからガンバレ。」
という言葉でチームのメンバーが奮い立ち、確かに結果につながることがある。
ただ、それはチームに「勝ち方」があってそれを共有できているときに初めて効果を生み出すおまじない、であって、無から有を生み出す魔法の言葉ではありえない。
ところで、
「個人個人がそれぞれ頑張れば、必ず勝機は開けて来る。だからガンバレ。」
というのは似た言葉だが、これでは「勝ち方」を共有することはできない。
そして、やはり似たような言葉だが、
「何しろ不透明でどちらに行くか分からない。だから、みんな頑張れ」
これでは勝つ気があるのか無いのかすらわからない。
末期的だ。
局地戦で勝つことだけだったら、上の言葉は「魔法の言葉」として機能するのかもしれない。しかし局地戦の優劣と、全体の勝敗は全くの別物だ。
ただスキルの長けた強い個人を集めれば局地戦では勝てるだろう。
ただ盲目的に頑張れば、局地戦で負けることもないだろう。
しかし、選手一対一のコンタクトプレーで勝ったとしても、どれだけモールやラックでボールを連取しても、点を積み上げることができなければ、勝利はありえない。
そういうものだ。
そのことを理解して初めて、チームは勝てるようになる。
チームが理解する、というのは、頭がちゃんと「終わらせ方」を考えているかどうかにかかっているというものだ。
............と、たまには偉そうに言ってみる。
ジャンルが「楕円のボール」ではなく、「こんすとらくしょん」になっているのは意図したもので、決して間違えているわけではない。
2006/11/25のBlog
[ 22:15 ]
[ ちょこっとスナップ ]
[ 21:40 ]
[ 観・読 ]
年の瀬なので、モデルをさがしに上野へ。
その後、国立科学博物館で催されていた仏像展に行ってきました。
地下鉄の構内にあるポスターが気になっていたのと、ちょっと厳かな気分になりたかったのと、そんなのが観覧の理由です。
ほとんど予備知識なしで行きました。
やや残念だったのは、鎌倉期のものがほとんど無かったことですね。
鎌倉期の運慶作品などの、「今にも息をしそう、今にも筋肉が動き出しそう」、という彫刻が好きなので、例え仏像展でも四天王像などにはそういったものを求めてしまいます。奈良・平安だと、そこまではいかず、もっとおとなしめの作風が多かったような印象でした。ただ、衣の表現は緻密で、とても一木から彫りぬかれたとは思えないほど。
本当にもう一枚衣をまとっているかのような彫刻が幾つかありました。
ハイライトは、国宝の「十一面観音菩薩立像」。
ポスターなどでも大きくフィーチャーされています。
小ぶりの像なのかと思っていたのですが、等身を上回る存在感のある像でした。
ポスターや図版では正面、あるいは横顔の写真しか無いのですが、後頭部にある「暴悪大笑面」が印象的でした。個々の面の名前や、意味合いをもう少し理解した上で観ることが出来れば、もっと色々考えられたのかな、とも思います。
あとは、個人的に目を引いたのは、
・宝誌和尚立像(→参考サイト)
でした。和尚の顔の下には、観音様の顔がある、という表現がなんとも神秘的でよかったです。ガンダーラなどの仏教美術でもあまり見ない表現ではないのかな、と思います。
円空作のものが多く展示されていたのですが、円空はどうも苦手です。
確かに、存在感はあるのですが、先にも述べたとおり、鎌倉期の作品のような雰囲気が好きなので、円空作のような抽象化はあまり受け入れられないようです。
同列に並んで取り上げられていた、木喰のものの方が個人的には好きです。
子安観音菩薩坐像(立木仏)の、そっと木のうろの中に置かれたような作りと、仏像のなんとも柔和な表情はじっくり見ていても飽きの来ないものでした。
仏像展を堪能した後、常設展も見たのですが、美術の教科書に載っているような作品、
たとえば、黒田の「読書」とか、光雲の「猿」とかがあまり展示されていませんでした。
かつては、むしろ無造作なくらいに薄暗い展示室に並んでいた記憶があるのですが、どうやら当面開架になる予定はないようです。
その点が少々残念でした.....。
その後、国立科学博物館で催されていた仏像展に行ってきました。
地下鉄の構内にあるポスターが気になっていたのと、ちょっと厳かな気分になりたかったのと、そんなのが観覧の理由です。
ほとんど予備知識なしで行きました。
やや残念だったのは、鎌倉期のものがほとんど無かったことですね。
鎌倉期の運慶作品などの、「今にも息をしそう、今にも筋肉が動き出しそう」、という彫刻が好きなので、例え仏像展でも四天王像などにはそういったものを求めてしまいます。奈良・平安だと、そこまではいかず、もっとおとなしめの作風が多かったような印象でした。ただ、衣の表現は緻密で、とても一木から彫りぬかれたとは思えないほど。
本当にもう一枚衣をまとっているかのような彫刻が幾つかありました。
ハイライトは、国宝の「十一面観音菩薩立像」。
ポスターなどでも大きくフィーチャーされています。
小ぶりの像なのかと思っていたのですが、等身を上回る存在感のある像でした。
ポスターや図版では正面、あるいは横顔の写真しか無いのですが、後頭部にある「暴悪大笑面」が印象的でした。個々の面の名前や、意味合いをもう少し理解した上で観ることが出来れば、もっと色々考えられたのかな、とも思います。
あとは、個人的に目を引いたのは、
・宝誌和尚立像(→参考サイト)
でした。和尚の顔の下には、観音様の顔がある、という表現がなんとも神秘的でよかったです。ガンダーラなどの仏教美術でもあまり見ない表現ではないのかな、と思います。
円空作のものが多く展示されていたのですが、円空はどうも苦手です。
確かに、存在感はあるのですが、先にも述べたとおり、鎌倉期の作品のような雰囲気が好きなので、円空作のような抽象化はあまり受け入れられないようです。
同列に並んで取り上げられていた、木喰のものの方が個人的には好きです。
子安観音菩薩坐像(立木仏)の、そっと木のうろの中に置かれたような作りと、仏像のなんとも柔和な表情はじっくり見ていても飽きの来ないものでした。
仏像展を堪能した後、常設展も見たのですが、美術の教科書に載っているような作品、
たとえば、黒田の「読書」とか、光雲の「猿」とかがあまり展示されていませんでした。
かつては、むしろ無造作なくらいに薄暗い展示室に並んでいた記憶があるのですが、どうやら当面開架になる予定はないようです。
その点が少々残念でした.....。
[ 04:39 ]
[ 雑記 ]
ええと。
目が覚めてしまって眠れないので、久しぶりにこちらを更新。
最後に書いたのは随分前ですね。
こちらの常連さん、ほとんどがmixiのほうにもお越しなので近況はご存知のこととは思いますが一応。
.............元気でやっております。一応(笑)。
島から戻って、とっくに半年以上。
東京の生活にもすっかり慣れました。
が、都会の暮らしはある意味島より寂しい、という気もしています。
どうやらやはり、自分は「宮仕え」という仕事には向いていないのだ、というのも理解できたようです。
さ、今度は何をしよう。
色々思うところはあれど、実現させるのは難しいのかな、とも思ったり思わなかったり。
ただ、自分の人生のロードマップを大きく書き換えてみようか、などと思ってみたりしています。
ああ、それから先日、肋軟骨を損傷しました。
春の試合は万全の状態でのぞめなかったので、今度こそは....と思っていたのですが再び「手負いのとら」での出場になります。
痛みは引いているけれど、どこまでやれるか、というところ。
mixiのほうでジャンルもヘタレも無い雑言を書き散らかしているので、レポートっぽいのは少しこちらに移してこようか、と思っています。
それでは皆さん、よろしくどうぞ。
...............でも、他のblogポータルへのお引越しも引き続き検討中だったりします....。
目が覚めてしまって眠れないので、久しぶりにこちらを更新。
最後に書いたのは随分前ですね。
こちらの常連さん、ほとんどがmixiのほうにもお越しなので近況はご存知のこととは思いますが一応。
.............元気でやっております。一応(笑)。
島から戻って、とっくに半年以上。
東京の生活にもすっかり慣れました。
が、都会の暮らしはある意味島より寂しい、という気もしています。
どうやらやはり、自分は「宮仕え」という仕事には向いていないのだ、というのも理解できたようです。
さ、今度は何をしよう。
色々思うところはあれど、実現させるのは難しいのかな、とも思ったり思わなかったり。
ただ、自分の人生のロードマップを大きく書き換えてみようか、などと思ってみたりしています。
ああ、それから先日、肋軟骨を損傷しました。
春の試合は万全の状態でのぞめなかったので、今度こそは....と思っていたのですが再び「手負いのとら」での出場になります。
痛みは引いているけれど、どこまでやれるか、というところ。
mixiのほうでジャンルもヘタレも無い雑言を書き散らかしているので、レポートっぽいのは少しこちらに移してこようか、と思っています。
それでは皆さん、よろしくどうぞ。
...............でも、他のblogポータルへのお引越しも引き続き検討中だったりします....。
2006/07/31のBlog
[ 23:59 ]
[ 目次など ]
さぁ、2006年も後半戦。
違った立場で会社と工事と業界をみるようになって、あっという間に二ヶ月が過ぎます。
暴れ方、思案中。
なかなか難しいですね。会社って。
----------------------
7月の個人的イベント予定
----------------------
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今月の公的行事
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違った立場で会社と工事と業界をみるようになって、あっという間に二ヶ月が過ぎます。
暴れ方、思案中。
なかなか難しいですね。会社って。
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7月の個人的イベント予定
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今月の公的行事
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2006/06/30のBlog
[ 23:59 ]
[ 目次など ]
あっという間に6月ですね。
直ぐに半年なんて過ぎてしまいます。
新部署に来てから半月。
そろそろ頭角を現して暴れていってみましょうか、なんて思ってみたりします。
直ぐに半年なんて過ぎてしまいます。
新部署に来てから半月。
そろそろ頭角を現して暴れていってみましょうか、なんて思ってみたりします。
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6月の個人的イベント予定
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今月の公的行事
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6月の個人的イベント予定
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今月の公的行事
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2006/06/25のBlog
[ 23:05 ]
[ 出張音帖 ]
http://www.jazzfusion.com/に、Michael BreckerがHerbie Hancockのライブに飛び入り出演した報が出ていた。
ニュースソースは、New York Timesだそうだ。
(mixiに入っておられる方は、こちらから詳報と写真が見られる)
Michaelが病に伏したことが明らかとなったのは、ほぼ一年前のこの時期だ。
あれから、約一年の闘病の末、再びステージに立てるまでに回復したのは本当に嬉しいことだ。
聞くところによると、Chris.M.Dorkeyの新作にもゲストとしてレコーディングに参加しているということ。この分で行くと、昨年秋に発売予定で準備されていたニューアルバムにも、一年遅れでお目にかかる、というのも決して夢物語ではないのかもしれない。
ニューアルバムを引っさげての来日が実現すれば、これほど嬉しいことはないのだが、ファンとしては、まずは復活Michael Breckerの新しい音が聴ければ満足この上ない。
引き続き、じっくり養生しつつ、無理のない範囲でニューアルバムの製作が進んでいるような状況が現実のものになるであろうことを期待して、じっくりと完全復帰を待ちたいものだ。
ニュースソースは、New York Timesだそうだ。
(mixiに入っておられる方は、こちらから詳報と写真が見られる)
Michaelが病に伏したことが明らかとなったのは、ほぼ一年前のこの時期だ。
あれから、約一年の闘病の末、再びステージに立てるまでに回復したのは本当に嬉しいことだ。
聞くところによると、Chris.M.Dorkeyの新作にもゲストとしてレコーディングに参加しているということ。この分で行くと、昨年秋に発売予定で準備されていたニューアルバムにも、一年遅れでお目にかかる、というのも決して夢物語ではないのかもしれない。
ニューアルバムを引っさげての来日が実現すれば、これほど嬉しいことはないのだが、ファンとしては、まずは復活Michael Breckerの新しい音が聴ければ満足この上ない。
引き続き、じっくり養生しつつ、無理のない範囲でニューアルバムの製作が進んでいるような状況が現実のものになるであろうことを期待して、じっくりと完全復帰を待ちたいものだ。
2006/06/24のBlog
[ 22:54 ]
[ 出張音帖 ]
今更のようなネタですが、インドネシア旅行時に購入したCDをお披露目。
一枚目、Yogyaで買ったCDはインドネシアン・ポップス。
Marcellという人。
知人の車の中でかかっていたバラードが非常に良かったので、これを購入。
べったべたのラブソングだそう。
少し辞書でも首っ引きで訳してみようかな、と思っているところ。
一枚目、Yogyaで買ったCDはインドネシアン・ポップス。
Marcellという人。
知人の車の中でかかっていたバラードが非常に良かったので、これを購入。
べったべたのラブソングだそう。
少し辞書でも首っ引きで訳してみようかな、と思っているところ。
もう一枚はUbudで購入。
タイトルは、「Bali Meets Africa & Java」。
タイトルにそそられて購入したのだけど、アタリでした。
昔から、バリのジェゴクとアフリカンリズム&ドラムはしっくり来るんじゃないかなぁ、という想像をしていたのですが、その自分の中で勝手に作ったイメージが具体化されているようで、なんとも嬉しいような楽しいようなそんな気分です。
いやいや、豊かな音だ。
キーになっている人物は、オーストラリアのDjango Mangoという人物のようです。
この名前でサーチすると、日本でも取り扱っているお店にたどり着けました。
オススメです。
タイトルは、「Bali Meets Africa & Java」。
タイトルにそそられて購入したのだけど、アタリでした。
昔から、バリのジェゴクとアフリカンリズム&ドラムはしっくり来るんじゃないかなぁ、という想像をしていたのですが、その自分の中で勝手に作ったイメージが具体化されているようで、なんとも嬉しいような楽しいようなそんな気分です。
いやいや、豊かな音だ。
キーになっている人物は、オーストラリアのDjango Mangoという人物のようです。
この名前でサーチすると、日本でも取り扱っているお店にたどり着けました。
オススメです。
[ 20:41 ]
[ 同居人。 ]
2006/06/23のBlog
[ 23:34 ]
[ 同居人。 ]
[ 16:41 ]
[ 旅 ]
Yogyakartaの地震からもう一ヶ月が過ぎ去ろうとしている。
現地在留邦人の方のblogがいくつかあるのだが、あの地震以後、チェックすることが日課となっている。
どの方もボランティア活動に勤しんでおられ、何もできないこちらとしては、頭が下がる。
もっぱら良く拝見しているのは、
さえらジャワ:http://blogs.yahoo.co.jp/saerajawa1020/
Yogyakarta Times:http://midoriart.exblog.jp/5089024
の二つ。時々、具体的な場所の被災状況がレポートされている。
「さえらジャワ」では、プランバナン近郊、プラオサン寺院の被災状況写真が掲載されていた。
周りを彩っていたストゥーパの数々は跡形も無く、そして、寺院の北房が大きく崩れ落ちている様子に愕然とした。今、手元に残っている写真に、まさにこの北房の内側で撮った写真があったからだ。
「Yogyakarta Times」では私が滞在していたプラウィロタマンの様子を少し写したものが掲載されていた。
やはり市街内でも被害が大きかった箇所とのレポートが掲載されていた。具体的な店名は書かれていなかったが、「瓦礫の山となったカフェ」という表現は、あの界隈で幾許かの時間を過ごした者にとって、なんとも言えない気分にさせられるものだ。
たった一ヶ月。
地球の営みからすれば、ほんの一瞬の誤差に過ぎない。
その誤差の間隙を縫って、今の自分がここにあるのは事実として否定できない。
運命論を語るなど、技術屋の端くれとしてあるまじきことだとは思う。
それでも、何かそこに意味付けをしてみたくなってしまう。
ましてや、こういった経験が初めてのことではないから、なおさらだ。
俺は生かされているんだろうか。
そして、それは何のためなんだろう。
などと、決して出ることの無い答えを求めて考えをめぐらしてしまう。
俺は生かされているのかもしれない。
だから、何もしないで悔いるようなことは絶対にやめるべきなんだろうな。
と、思う。
俺は何かしたのだろうか。
今のままでは、何もしていないのと同じ事なんじゃないだろうか。
自らのあまりに軽率さが全てを終わらせた。
でもこのまま黙って、距離を隔ててしまっても良いのだろうか。
そんなことを考えながら、早暁に瞼裏に見たある女性の表情を思い起こしてみた。
現地在留邦人の方のblogがいくつかあるのだが、あの地震以後、チェックすることが日課となっている。
どの方もボランティア活動に勤しんでおられ、何もできないこちらとしては、頭が下がる。
もっぱら良く拝見しているのは、
さえらジャワ:http://blogs.yahoo.co.jp/saerajawa1020/
Yogyakarta Times:http://midoriart.exblog.jp/5089024
の二つ。時々、具体的な場所の被災状況がレポートされている。
「さえらジャワ」では、プランバナン近郊、プラオサン寺院の被災状況写真が掲載されていた。
周りを彩っていたストゥーパの数々は跡形も無く、そして、寺院の北房が大きく崩れ落ちている様子に愕然とした。今、手元に残っている写真に、まさにこの北房の内側で撮った写真があったからだ。
「Yogyakarta Times」では私が滞在していたプラウィロタマンの様子を少し写したものが掲載されていた。
やはり市街内でも被害が大きかった箇所とのレポートが掲載されていた。具体的な店名は書かれていなかったが、「瓦礫の山となったカフェ」という表現は、あの界隈で幾許かの時間を過ごした者にとって、なんとも言えない気分にさせられるものだ。
たった一ヶ月。
地球の営みからすれば、ほんの一瞬の誤差に過ぎない。
その誤差の間隙を縫って、今の自分がここにあるのは事実として否定できない。
運命論を語るなど、技術屋の端くれとしてあるまじきことだとは思う。
それでも、何かそこに意味付けをしてみたくなってしまう。
ましてや、こういった経験が初めてのことではないから、なおさらだ。
俺は生かされているんだろうか。
そして、それは何のためなんだろう。
などと、決して出ることの無い答えを求めて考えをめぐらしてしまう。
俺は生かされているのかもしれない。
だから、何もしないで悔いるようなことは絶対にやめるべきなんだろうな。
と、思う。
俺は何かしたのだろうか。
今のままでは、何もしていないのと同じ事なんじゃないだろうか。
自らのあまりに軽率さが全てを終わらせた。
でもこのまま黙って、距離を隔ててしまっても良いのだろうか。
そんなことを考えながら、早暁に瞼裏に見たある女性の表情を思い起こしてみた。
2006/06/03のBlog
[ 13:50 ]
つらつらと書いてきましたインドネシア旅行記。
目次はこちらから↓
[時系列編]
0.旅程
1.プランバナン寺院群に感じたインドネシア文化の多重性
2.プランバナン周辺の風景
3.ジョグジャカルタ市街から
4.ディエンへ
5.都市圏を離れて。
6.チラチャップとヌサカンバガン
7.ジョグジャカルタ再び
8.インド洋の夕陽
9.ジョグジャカルタからブロモへ
10.ブロモにて
11.バリへ
12.ウブド入郷
13.散歩とタナロットと買い物
14.帰途、そして総括。
[食事編]
ジャワでの食事 1・2
バリでの食事
[おまけ]
出会った動物
目次はこちらから↓
[時系列編]
0.旅程
1.プランバナン寺院群に感じたインドネシア文化の多重性
2.プランバナン周辺の風景
3.ジョグジャカルタ市街から
4.ディエンへ
5.都市圏を離れて。
6.チラチャップとヌサカンバガン
7.ジョグジャカルタ再び
8.インド洋の夕陽
9.ジョグジャカルタからブロモへ
10.ブロモにて
11.バリへ
12.ウブド入郷
13.散歩とタナロットと買い物
14.帰途、そして総括。
[食事編]
ジャワでの食事 1・2
バリでの食事
[おまけ]
出会った動物
[ 13:37 ]
[ 旅 ]
これまでの旅行で某かのトラブルに巻き込まれることは必定。
しかし、ここまでトラブルらしいトラブルは一切無かった。
..................しかし、土壇場でやってきたトラブル。
それでも今までと比べたら大いに軽微なのだが。
1)ウブドから空港まで。
格安航空券なので、少し早めのチェックインをしたい。というのがいつものこと。
少々早めにシャトルバスを手配して、ウブドから空港へと向かう。
順調な道のりだな、楽しかったな、と思いつつ、サヌールを経由して空港へ....。
ところが、空港直前で道路規制&大渋滞フライトは22時。
チェックインは20時までにはしておきたい。そして、渋滞遭遇は19時ちょうど。
道が動く気配はない.........。
どうやら、D8(イスラム主要8カ国会議:インドネシア、トルコ、エジプト、イラン、マレーシア、ナイジェリア、バングラデシュ、およびパキスタン)の会合がバリで催されることになっていたそうで、ちょうど要人到着のタイミングだったそうだ。じりじり待つこと数十分。
大量の警察車両を見送り、空港には19時45分頃滑り込む。
しかし、ここまでトラブルらしいトラブルは一切無かった。
..................しかし、土壇場でやってきたトラブル。
それでも今までと比べたら大いに軽微なのだが。
1)ウブドから空港まで。
格安航空券なので、少し早めのチェックインをしたい。というのがいつものこと。
少々早めにシャトルバスを手配して、ウブドから空港へと向かう。
順調な道のりだな、楽しかったな、と思いつつ、サヌールを経由して空港へ....。
ところが、空港直前で道路規制&大渋滞フライトは22時。
チェックインは20時までにはしておきたい。そして、渋滞遭遇は19時ちょうど。
道が動く気配はない.........。
どうやら、D8(イスラム主要8カ国会議:インドネシア、トルコ、エジプト、イラン、マレーシア、ナイジェリア、バングラデシュ、およびパキスタン)の会合がバリで催されることになっていたそうで、ちょうど要人到着のタイミングだったそうだ。じりじり待つこと数十分。
大量の警察車両を見送り、空港には19時45分頃滑り込む。
2)空港待合室にて
突然、私の本名を呼ぶ声がする。
何事かと思い、向かうと、なんのことは無いオーバーブッキングだ。
同姓でイニシャルが同じ人物が駆け込んできたらしい。
席の移動を求められる。席が廊下側に替わる。
窓側の席で、メラピの様子を見ながら飛べると思っていたのに少々残念だったがいたしかたあるまい。乗れなかったわけではないのだから。
3)乗り換え
ジャカルタ経由便のため、一旦、スカルノ・ハッタ空港に着陸。
再離陸時間まで、座席でのんびりしていようと思ったら、突如「全員降りてください」とのこと。何事か?と思い説明を求めると、機材のトラブルだそうだ。オーディオシステムの不調ということで、ジャカルタにて予備機材への交換。
いくらかの待ち時間の末、再度搭乗。ようやく日本へと向かうことになる。
まぁ、トラブルといってもこれまでのトラブルほどトラブルらしいものではなく、軽微なものであったが、やっぱりこれぐらいのことが無いと旅行は面白くないのかもしれない。
成田への到着前に、どういうわけか「入国カード」を渡される。
そうか、相変わらず何処へ行っても日本人扱いされない。
そして、成田に到着。日本人として再入国する。
入国審査では特に問題はない。
手荷物受け取り場所で荷物が出てくるのを待つ。ちゃんと出てきた。
待っている間に麻薬犬が日本人を一人捕まえている様子を見る。
今回はなかなか珍しいものを見ることが多い旅行だった。
税関ではさすがに髭面の日本人男性一人旅は怪しまれる。
いたしかたあるまい。年を取るにつれて質問が増えて要求事項がややこしくなる。
軽くやりとりをし、ゲートを出る。
東京に到着。無事に帰国したことを各方面に連絡し、帰宅の途についた。
----------------------------■
.....................と、帰国から一ヶ月近くたって、ようやく旅行記完成。
そして、ちょうど一ヶ月がたとうとしたころ、ジョグジャカルタ周辺での地震の発生。
いろいろと考えることが多い旅となりました。
中部ジャワの景色は、やはり僕の目には「懐かしく」うつるものばかりで、今更ながらに「ああ、この土地は僕にとって特別な土地なのだよな」というのを実感した次第です。
そう言う風に考えると、一体自分は何が出来るのだろう、何かしなければならないんだろうか?等と思ってもみたいりします。そして、本当の自分の土地であるこの日本において、何が出来ているわけでもなく、何者にもなれていない自分のことも思い出したりします。
あの土地にとって、所詮自分は外国人です。
でも、あの土地は自分にとって、「ふるさと」に近い存在であることには変わりません。
なんとなく縁が切れず、折に触れて立ち寄ったり思い出したりする、そんな存在。
それが自分にとってのインドネシア、そしてジャワなのかな、と思いました。
反面、バリは随分変わってしまった感じです。
拝金主義的なところは昔もあったように思いますが、今はそれに拍車がかかったような気もします。原油高による急激な物価上昇、テロリズムの余波により減少してしまった観光客。そうした一方で、観光地として高度に開発されてしまった部分はもはや元に戻ることは出来ず、一度覚えた贅はなかなか捨てることはなかなか出来ない、という人間の現実。8年前に訪れたときも少し感じたことではありますが、もはやバリは20余年前へのノスタルジーを満足させてくれる場所では無くなっていました。
やはり、
「ふるさとは遠くにありて想うもの」
なのかもしれません。
東京に住む様々な日本人が、自分の出身地・故郷・田舎、といったものと色々な関わり方を持つように、インドネシアに住んだことがある人間とあの国との関わり方もまた様々なのは当然でしょう。自分なりにどうあの国と関わっていくか、それがどんな密度であれどんな形であれ、まだまだこれからの事なのだと思います。「ふるさとは遠くにありて」という立場もまた一つでしょうし、どっぷり浸かり混むこともまた一つでしょう。それは、人生のタイミングとチャンスに応じて決めていけばいいことなのかもしれません。
いままで、20余年の間、すっかり縁遠くなってしまった国ではありますが、これからも全く縁がとぎれることは無く、どんな形にせよ、つながり続ける部分が残されるのだと思います。5歳~9歳の間に、ジャカルタに住んでいたという事実は消しようがないのですから。
突然、私の本名を呼ぶ声がする。
何事かと思い、向かうと、なんのことは無いオーバーブッキングだ。
同姓でイニシャルが同じ人物が駆け込んできたらしい。
席の移動を求められる。席が廊下側に替わる。
窓側の席で、メラピの様子を見ながら飛べると思っていたのに少々残念だったがいたしかたあるまい。乗れなかったわけではないのだから。
3)乗り換え
ジャカルタ経由便のため、一旦、スカルノ・ハッタ空港に着陸。
再離陸時間まで、座席でのんびりしていようと思ったら、突如「全員降りてください」とのこと。何事か?と思い説明を求めると、機材のトラブルだそうだ。オーディオシステムの不調ということで、ジャカルタにて予備機材への交換。
いくらかの待ち時間の末、再度搭乗。ようやく日本へと向かうことになる。
まぁ、トラブルといってもこれまでのトラブルほどトラブルらしいものではなく、軽微なものであったが、やっぱりこれぐらいのことが無いと旅行は面白くないのかもしれない。
成田への到着前に、どういうわけか「入国カード」を渡される。
そうか、相変わらず何処へ行っても日本人扱いされない。
そして、成田に到着。日本人として再入国する。
入国審査では特に問題はない。
手荷物受け取り場所で荷物が出てくるのを待つ。ちゃんと出てきた。
待っている間に麻薬犬が日本人を一人捕まえている様子を見る。
今回はなかなか珍しいものを見ることが多い旅行だった。
税関ではさすがに髭面の日本人男性一人旅は怪しまれる。
いたしかたあるまい。年を取るにつれて質問が増えて要求事項がややこしくなる。
軽くやりとりをし、ゲートを出る。
東京に到着。無事に帰国したことを各方面に連絡し、帰宅の途についた。
----------------------------■
.....................と、帰国から一ヶ月近くたって、ようやく旅行記完成。
そして、ちょうど一ヶ月がたとうとしたころ、ジョグジャカルタ周辺での地震の発生。
いろいろと考えることが多い旅となりました。
中部ジャワの景色は、やはり僕の目には「懐かしく」うつるものばかりで、今更ながらに「ああ、この土地は僕にとって特別な土地なのだよな」というのを実感した次第です。
そう言う風に考えると、一体自分は何が出来るのだろう、何かしなければならないんだろうか?等と思ってもみたいりします。そして、本当の自分の土地であるこの日本において、何が出来ているわけでもなく、何者にもなれていない自分のことも思い出したりします。
あの土地にとって、所詮自分は外国人です。
でも、あの土地は自分にとって、「ふるさと」に近い存在であることには変わりません。
なんとなく縁が切れず、折に触れて立ち寄ったり思い出したりする、そんな存在。
それが自分にとってのインドネシア、そしてジャワなのかな、と思いました。
反面、バリは随分変わってしまった感じです。
拝金主義的なところは昔もあったように思いますが、今はそれに拍車がかかったような気もします。原油高による急激な物価上昇、テロリズムの余波により減少してしまった観光客。そうした一方で、観光地として高度に開発されてしまった部分はもはや元に戻ることは出来ず、一度覚えた贅はなかなか捨てることはなかなか出来ない、という人間の現実。8年前に訪れたときも少し感じたことではありますが、もはやバリは20余年前へのノスタルジーを満足させてくれる場所では無くなっていました。
やはり、
「ふるさとは遠くにありて想うもの」
なのかもしれません。
東京に住む様々な日本人が、自分の出身地・故郷・田舎、といったものと色々な関わり方を持つように、インドネシアに住んだことがある人間とあの国との関わり方もまた様々なのは当然でしょう。自分なりにどうあの国と関わっていくか、それがどんな密度であれどんな形であれ、まだまだこれからの事なのだと思います。「ふるさとは遠くにありて」という立場もまた一つでしょうし、どっぷり浸かり混むこともまた一つでしょう。それは、人生のタイミングとチャンスに応じて決めていけばいいことなのかもしれません。
いままで、20余年の間、すっかり縁遠くなってしまった国ではありますが、これからも全く縁がとぎれることは無く、どんな形にせよ、つながり続ける部分が残されるのだと思います。5歳~9歳の間に、ジャカルタに住んでいたという事実は消しようがないのですから。
[ 12:35 ]
[ 旅 ]
最後に動物の写真をいくつか。
動物性タンパク質としては鶏が主体です。
そこかしこに鶏があるいています。
鳥インフルエンザが心配されるのも確かですが、鶏とともに過ごす、というのが彼らの生活基盤。抜本的な解決策を求められるかもしれないですが、完全を求めるのは難しいことなのだと思います。
写真はバンジャルヌガラで見た、鶏の親子。
動物性タンパク質としては鶏が主体です。
そこかしこに鶏があるいています。
鳥インフルエンザが心配されるのも確かですが、鶏とともに過ごす、というのが彼らの生活基盤。抜本的な解決策を求められるかもしれないですが、完全を求めるのは難しいことなのだと思います。
写真はバンジャルヌガラで見た、鶏の親子。
水田耕作地に行くと、今度はアヒル・ガチョウがいます。
彼らは水田の中に放たれ、害虫の駆除に一役かっているほか、当然のように食材にもなります。
ただし、鶏ほど頻繁に食べられるわけではなく、どちらかというと贅沢食となるようです。写真は、プルバリンガでのアヒルの群れ。
彼らは水田の中に放たれ、害虫の駆除に一役かっているほか、当然のように食材にもなります。
ただし、鶏ほど頻繁に食べられるわけではなく、どちらかというと贅沢食となるようです。写真は、プルバリンガでのアヒルの群れ。
タンパク源としてはもう一つ、山羊。
これもそこら中にいますが、プランバナン周辺では遺跡の合間に放たれて草を食んでいました。遺跡とのマッチングもなかなか悪くないものでしたが、今、この風景が見られるのかどうかわかりません。
これもそこら中にいますが、プランバナン周辺では遺跡の合間に放たれて草を食んでいました。遺跡とのマッチングもなかなか悪くないものでしたが、今、この風景が見られるのかどうかわかりません。
バリ島では何カ所か、野生の猿が支配している寺院があります。
今回2カ所ほど立ち寄ったのですが、場所によって毛色や顔つきが微妙に異なり、異なる種類の野猿が島内にいるのだ、ということを認識しました。日本のように単一種しか野生で生息していないのとは少し違いますね。決して大きな島なのではないのですが。
ウブド近くのモンキーフォレストでは、野生の猿の繁殖行動が観察できました。
細かい描写は抜きにして、しなだれかかったのにふられる雌猿、迫ってふられる雄猿、長いこと見つめ合って結ばれるカップルなど、結構興味深かったです。
猿と来れば犬、なのですが、勿論こちらも多いです。
野犬ともつかず、放し飼いの犬ともつかず、そんな感じの犬がそこら中にいます。
安心しきって路上で寝ているようなのもいるのは、ななこ先生のblogの通りでしたので、
ここでは写真は割愛します。
一度、狂犬病と思しき犬にも行き会いました。
よだれを吹き、手足が痙攣し、その様子はあまりにも哀れで悲しげでもあり、恐ろしくも感じてしまうものでした。
長閑な風景ではあるけれど、そこにはやはり何かの厳しさが隣接しているのだな、というのを感じた瞬間でもあります。
今回2カ所ほど立ち寄ったのですが、場所によって毛色や顔つきが微妙に異なり、異なる種類の野猿が島内にいるのだ、ということを認識しました。日本のように単一種しか野生で生息していないのとは少し違いますね。決して大きな島なのではないのですが。
ウブド近くのモンキーフォレストでは、野生の猿の繁殖行動が観察できました。
細かい描写は抜きにして、しなだれかかったのにふられる雌猿、迫ってふられる雄猿、長いこと見つめ合って結ばれるカップルなど、結構興味深かったです。
猿と来れば犬、なのですが、勿論こちらも多いです。
野犬ともつかず、放し飼いの犬ともつかず、そんな感じの犬がそこら中にいます。
安心しきって路上で寝ているようなのもいるのは、ななこ先生のblogの通りでしたので、
ここでは写真は割愛します。
一度、狂犬病と思しき犬にも行き会いました。
よだれを吹き、手足が痙攣し、その様子はあまりにも哀れで悲しげでもあり、恐ろしくも感じてしまうものでした。
長閑な風景ではあるけれど、そこにはやはり何かの厳しさが隣接しているのだな、というのを感じた瞬間でもあります。
[ 12:24 ]
[ 旅 ]
