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2005/10/09のBlog
新響鬼に対してはコメントすることすら虚しく思えて控えていたんですが、これだけは言わせてください。

普通”光り物”と言ったら、鯖とかコハダとかじゃないの?
間違っても”鰹”は光り物とは言わないと思いますが・・・。

<今日の一言>
寿司食いねぇ!
いろんな人のブログを見て10/8のウルトラマンマックスに涙したのが自分だけじゃないって分かってちょっと安心しました。

響鬼騒動以後、特撮番組を見た後の感想として、ストーリーの細かい雑感や背景にあることへの考察とかをちょっと控えるようにしてしまってました。

なんかそういうことをおおっぴらに言うのが、無意味なことに思えてしまって。

さて、今回のマックスの話では、案の定というか大きく2つの意見があるのを再確認できました。

一つは僕のように感動したという意見。

そしてもう一つは「笑っちゃう」という意見。

後者は「整合性の無い部分」の指摘もそうですが、ファンタジーを受け入れることができるかどうか、あるいは、特撮作品は理論や論理として完璧なものが最高という方の意見だと思った。

もちろん、完璧に理論武装された作品は面白いと思うし、理論に裏付けされた演出や映像には見入ってしまう。

平成ガメラを最初に見たときに感じたのはまさにそういう点だったと思う。

でも、僕が特撮に求める理論なんてのはガンダムにおけるミノフスキー粒子、もっと言ってしまえばドラえもんの世界程度の理論なんですよ。それで十分。

今回のマックスの最後のシーンで、マックスがゆっくりと宇宙に飛び立っていくシーンがありますが、科学的な理屈から言えば第2宇宙速度がないと地球の重力から脱出はできないわけで、明らかにおかしい描写と言えなくもないですが、そんな理屈よりもウルトラマンの未知の力ならばゆっくりとでも宇宙に出て行けると素直に感じ取ってもいいと思うのですよ。

また、そんなゆっくりした速度じゃ宇宙に出るまでに3分以上たっちゃうでしょという指摘も、そこは”あえて無視”で良いんですよね。
ファンタジーとしてとらえれば、そのくらいは十分許容範囲でしょう。

もちろん、クルマごと宇宙に連れて行かれたミズキ隊員と女の子は窒息しないの?とかいう疑問も考える必要なし。

そもそもウルトラマン自体、ハードSFじゃないし、むしろファンタジーなんだから、今回の話は無条件で”面白い”(笑うという意味ではなく)と感じればいいと思う。

いや、日本の特撮はファンタジーでもなくやはり”特撮”という分野なんだろうな。

そう考えると、響鬼騒動も違った見方ができそうな気がする。

響鬼という作品世界が、非常に理路整然ときちっと作られていたのが29話まで。
もちろん、矛盾点や?な部分もあったのだけど、それが気にならないくらい基本部分に破綻がなかった。

そして30話からは、その基本部分・・キャラクター設定といういじってはいけない部分に破綻を生じさせてしまったので、騒動になっていると思う。

しかし、そもそも響鬼だって”特撮”分野の作品だ。

特撮ってのは、本来そんなにきちっとしている必要もないものだったはず。
これは昔のウルトラマンや仮面ライダーやその他大勢の特撮作品群を思い浮かべるとわかるが、基本的に1話完結でその話の中でそれなりの整合性がとれていることだけが、最低限のルールだった。
もちろんキャラクターの基本路線もある程度は決まっているのだが、それにしたって響鬼(29話以前)ほど厳密じゃなく、むしろ30話以降の響鬼並みの作品の方が多かったと思う。

たとえば、初代ウルトラマンのイデ隊員。
彼は新兵器開発をする科学者の面を持ちつつ、ユーモラスなキャラクターだった。
しかし、ある回では非常にまじめで哲学的なことを考えたり行動したりもした。

これは「イデはそういうキャラクターだった」と片づけられてしまうが、それはウルトラマンという作品自体が成功した結果にすぎないと思う。

たしかに結果としてイデ隊員を実在の人物として考え、またウルトラマンのいる世界も1つの時間軸上に存在する世界という認識に立てば、そう言わざるを得ない。

しかし、イデは実在の人物ではないし、ウルトラマンも存在しない。
存在するのはウルトラマンという特撮番組があったという事実のみなのだ。

ある意味、昔はみんな大らかで1つの作品の中でも微妙にキャラクターの性格が違っても、その1話1話が面白ければそれで良しという部分があったと思う。

それが良くも悪くも現在では、登場人物はまるで実在の人物かのごとく作品を通じて一貫性を持っていないと非難されてしまう。

誤解しないで頂きたいが、一貫性を持たなくて良いという意味ではない。
一貫性をもった登場人物の方が良いに決まっている。

でも、”特撮”という分野にそこまで求めなくてもいいのではないかと思うのだ。

今回のマックスのように、1話、1話で面白かった、つまらなかったと言えるような作品こそ優れた特撮分野の作品だと思うのだ。

特撮分野のメインターゲットは子供(であるべき)なのだから、その日見た番組が「面白かった」と言えればそれで良いと思うのだ。

たまたま、丁重に作られた29話までの響鬼や今回のマックスが大人が見ても面白い作品に仕上がっているというだけの話で、大人のための特撮を-なんてのは変な話だなぁと思ってしまう。

特撮が大人のために作られることがあるならば、それは”特撮”ではなく”SF”か”ファンタジー”であるべきなのだから。

そこまで割り切れたのが平成ガメラやクウガ、響鬼(29話まで)であり、中途半端になってしまったのがアギト以降のライダーと響鬼(30話以降)なのだと思う。

そう言った意味ではマックスは上質な特撮だなぁと非常に強く感じる今日この頃なのです。

<今日の一言>
BLOOD+は面白そうだ。
2005/10/08のBlog
今日のウルトラマンマックスは「第三番惑星の奇跡」という話でした。

タイトルから受けるイメージとしては、ウルトラセブンの「第四惑星の悪夢」のようなストーリーですが、全く違いました。

あとは、怪獣イフ(最初のほう)の造形は微妙に好みではなかったが、そんなことはもう本当に些細なこと。

非常にすばらしい作品だと思います。

正直、久々にやられました。
この話だけで自分の中のマックスの評価が10倍になりました。

最近涙腺がゆるくなっているのに加え、ショパンの別れの曲で完全にノックアウト。
思わず泣いてしまいました。
特撮で泣いたのは、クウガ12話「恩師」以来のこと。

未見の方は、必見です。

<今日の一言>
響鬼亡き後はマックスだけが頼りなんだよ。
2005/10/06のBlog
久々に来たよ。
ソニーらしい製品が。

Xビデオステーション

やばい。
かなり欲しいッス!

とりあえず、4チューナー、1TBかな。

149,800円也。

<今日の一言>
買っていい?
2005/10/05のBlog
4月に起きたJR福知山線の脱線事故の手記を読んだ。

当事者の口から語られる”起きたこと”のリアルさ(本当のことなんだけど当事者ではない僕からしてみるとTVの向こうの話に感じていたものを、グッと身近なことに感じさせたという意味での”リアルさ”)に、今更ながら恐怖を感じた。

この手記の中で、救出を待っている間隣の人の手を握って励ましたという部分(実際は・・・なんだけど、それは手記を読んでください)で、思った。

『人間ってこういう場面で無意識で手を繋ぐということをするのかな』と。

手を繋ぐシチュエーションはいろいろある。

子供が親と手を繋ぐ。
友達同士が手を繋ぐ。
恋人同士が手を繋ぐ。
励まし合うために手を繋ぐ。

強いて共通点を探すとしたら、”人と共通の意識(共感)を得ようとする”ということだろうか。

手を繋ぐというのは非常に単純なコミュニケーション手段だが、お互いの体温を直に感じることができる非常に優れた手段だと思う。

自分以外の人の体温を感じるということは、当たり前だがその人が生きていると言うことであり、逆に言えば手を繋いだ相手からみても自分が生きていることを感じると言うことであり、また、お互いが”手を繋ぐ”という共通の動作をしているという無意識の認識もあるのだろう。

大げさかもしれないが、こういう小さな共感が”世界平和”に繋がるのではないかと思う。

だからみんなで手を繋ごう!

<今日の一言>
昨日、町中で手を繋いで下校するまじめそうな中学生のカップルを見て、ちょっとほほえましく思えた。
2005/10/02のBlog
[ 23:09 ] [ 特撮 ]
今までも特撮モノって途中での路線変更って結構あった。

それらはだいたい何年かすると「あの番組って最初はこうだったのに、途中からああなっちゃって、笑ったよねぇ」とか言えるモノだ。

怪獣VOWの新しいのがもし出るなら、絶対に載るな。今回の響鬼騒動は。

そういう意味では、どこまで変になるのか楽しみでもある。

<今日の一言>
三十四之巻と次回予告を見る限り、かなり来てるよ。