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2005/03/20のBlog
[ 12:45 ]
【狂ったチワワは吠えたてる】
※ 当文章には、人によっては「差別的」と受けとれるかもしれない表現が
含まれております。そのため、特に「地球市民」を自認される方、及び
これに類似した考えをお持ちの方はお読みにならないことをお勧めしま
す。
3月16日に島根県議会が「竹島の日」条例案を本会議で可決したことに伴い韓国メディアの伝えるところでは、韓国国民は「怒り震え」ているそうです。
私としては、島根県議会が可決した条例の内容は、漁業従事の際に韓国側漁民からの妨害を避けるために公安権力を動員するわけでもなし、ましてや竹島をのっとろうなどというものでもなく、ただ2月22日を「竹島の日」と定めただけで実質的にはほとんど意味の無いささやかなパフォーマンスに過ぎなかったわけだから、実効支配を進める韓国はたいした反応も見せないだろうと高をくくっていました。しかし条例可決の知らせをうけた韓国国民の言動・行動は私の想像を遥かに、しかも斜め上に超えるものでした。
人々は日本に対する暴言どころか、日本大使館の占拠を企て(『アジアの真実』様)、日本国旗を焼き払い(『敬天愛人』様)、挙句の果てには焼身など自分の体を傷つけるといったマゾヒスティックな行為まで行う始末(同じく『敬天愛人』様)。何ですか?この異様な事態は。韓国はマリリン・マンソンのライヴ会場か何かですか?
時期的には教科書検定と丁度重なり、日本が歴史の歪曲化を進めていると「勝手に思い込んで」いたせいもあって彼らは(ただでさえ外れやすい)理性のたかが外れ、動物と化してしまったようです。
しかし彼らは、これら激しいパフォーマンスと独島が自らの領土であることの直情的な主張以外は何も異なる点はなく、注視するに値しません。多様な主張を欲しているのに同じシャチハタ三文判が大量に転がっていたところで拾い上げるのはその内の一つです。頑張っている彼らには気の毒ですが、ヴィジュアル的な面白さ以外に特に注目するところはありません。
恐らく彼らをこのような狂信的行為に駆り立てる動機は、幼い頃より植えつけられた極度の被害妄想によるものでしょう。韓国における歴史教科書は国定のそれだけであり、韓国政府の主張どおりの被害者思想がその中に織り込まれています。韓国は日本の残虐性による被害者であり、抵抗者であり、そして勝利者でなければならないと彼らは本気で信じているようです。哀れな話です。
そういった教育カリキュラムの中で育てあげられた人間であれば、日本で採択されるいかなる歴史教科書も歪曲化されたものに映るのは当然です。結果まともな教科書を検定で通す度に、それだけでなく日本の政治家が自らが正当であると考える歴史認識を発露するたびに彼らは「挑発された!」と感じます。そして今回の島根県による「竹島の日」条例案可決に対しても、韓国メディアはこれを「挑発的行為」と大々的に報じています。
しかし、1952年に韓国が一方的に「李承晩ライン」を引いた後、近海にて漁業に従事していた漁師を中心におよそ4000人の日本人が不当に拿捕・拘留され、また、なんと40人以上もの邦人が殺害されています。
さて、挑発されてきたのは一体どちらでしょうか?自らが(事前交渉なしに)勝手に決めた海域に足を踏み入れた他国民を不当に逮捕・拘留し、その上殺害までしてしまう。日本以外の国家がかような仕打ちを受けたならば明らかに有事以上の事態に発展していることでしょう。しかし日本は(諸々の事情があったのでしょうが)そうはしなかった。代わりに日本がこの領有問題の解決策として提案したのが国際法廷です。
================================================================
日本の国際司法裁判所付託提案 1954年9月25日
口上書
外務省は、在本邦大韓民国代表部に、敬意を表すとともに、竹島の領
有問題に関し、次のとおり申し述べる光栄を有する
1.日本国政府は、竹島が日本領土不可分の一部であることを確信
し、これを韓国領土なりとする大韓民国政府の主張を累次の構文、
特に1954年2月10日付外務省口上書亜2第15号を以て反駁し
てきた。
しかしながら、大韓民国政府は、日本政府の見解を全く無視した。
のみならず、日本国政府の度重なる申入れ及び厳重な抗議にもか
かわらず、大韓民国官民による竹島に対する侵犯、同島周辺の日
本国領海内における漁猟並びに同島における大韓民国領土標識
及び灯台の設置等の不法行為が繰り返され、更に、最近同島の現
況調査のため派遣された日本国巡視船が同島より突然銃撃を受け
損害を被るに至った。
2.本件は国際法の基本原則に触れる領土権の紛争であるので、唯一
の公正な解決方法は本件紛争を国際裁判に付託し判決を得ることに
あると認められる。日本国政府は、紛争の平和的解決を熱望し、本件
紛争を日本国政府並びに大韓民国政府の合意の下に国際司法裁判
所に付託することをここに提議する。
3.日本国政府は、大韓民国政府がこの紛争の最終的解決を最も公正に
して権威ある機関、すなわち国際司法裁判所にゆだねることに同意す
べきことを確信し、早急に好意ある回答を寄せられることを期待する。
日本国政府は、ここに、国際司法裁判所の下すいかなる判決にも誠実
に従うものであることを誓約する。
4.裁判所の判決のあるまでの期間、両国政府が事件をこれ以上紛糾さ
せないためにあらゆる手段を尽くすことは、最も望ましいことと考えられ
る。
よって、外務省は、日本国政府が竹島及びその周辺において困難な
事件の発生を防止するための共同の暫定措置について大韓民国政
府と協議する用意があることを同代表部に通報する。
外務省は、在本邦大韓民国代表部が前記の諸提案を大韓民国政府
に伝達し、それらの提案に対する同国政府の見解を同省に提案せら
れんことを要請する。
昭和29年9月25日
================================================================
この日本政府による付託提案に対する韓国側の回答は下記のものでした。
================================================================
大韓民国註日本代表部は、日本外務省に敬意を表し、独島の領有問題に
関して、本年9月25日の貴省の覚書について大韓民国政府の見解と決定
を次のように貴省に送達する光栄を有します
1.独島は太古の時代から韓国の領土であって、現在においても韓国領で
ある。
2.紛争を国際司法裁判所に付託しようとする日本政府の提案は司法的な
装いとして虚偽の主張をしている一つの企図に過ぎない。韓国は独島に
対して初めから領土権を持っており、その権利の確認を国際司法裁判所
に求めることの理由を認めることはできない、
いかなる紛争もあり得ることがないにもかかわらず、類似的な領土紛争
を造作するのは日本である。日本は独島問題を国際司法裁判所へ提議
を付託することによって、いわゆる独島の領有紛争に関して、ただ暫時
的に自国を韓国と同等な立場に置こうということによって、独島に対する
韓国の完全な論議の余地がない、領土権に妥協する紛争の余地がない
にもかかわらず、日本は仮定を主張しようと企図している。
3.独島は日本侵略の犠牲となった最初の韓国の領土である。
4.現在、独島に対する政府の不合理である終始一貫した主張にかんがみ、
韓国国民は日本が同一な侵略の方法を反復しているのではないかと非
常に疑っている。
5.韓国政府は臨時的であり、また国際司法裁判所においても独島に対す
る韓国の主権を疑義に付する必要はない。
6.大韓皆国政府に独島問題を国際司法裁判所に提示しようとする日本政
府の提案に反駁せざるを得ないことを遺憾に思っている。しかし大韓民
国政府は日本政府が有しているかもしれないという独島に関連する如何
なる質疑にも常に応えるものである。
================================================================
( ゚∀゚) ・・・・・・
(;゚∀゚) ハァッ ????
時の韓国政府は日本側付託提案書の回答を小学生にでも書かせたんでしょうか?
いえ、今日の小学生でももっとましな文章を書きます。
================================================================
1.独島は太古の時代から韓国の領土であって、現在においても韓国領で
ある。
================================================================
⇒ではそれを法廷で実証すればよい。
ハイ終わり。
================================================================
2.紛争を国際司法裁判所に付託しようとする日本政府の提案は司法的な
装いとして虚偽の主張をしている一つの企図に過ぎない。韓国は独島に
対して初めから領土権を持っており、その権利の確認を国際司法裁判所
に求めることの理由を認めることはできない、
いかなる紛争もあり得ることがないにもかかわらず、類似的な領土紛争
を造作するのは日本である。日本は独島問題を国際司法裁判所へ提議
を付託することによって、いわゆる独島の領有紛争に関して、ただ暫時的
に自国を韓国と同等な立場に置こうということによって、独島に対する韓
国の完全な論議の余地がない、領土権に妥協する紛争の余地がないに
もかかわらず、日本は仮定を主張しようと企図している。
================================================================
⇒お宅の夢想する陰謀論は良くわかった。しかし、日本がいかなる方法で「司法的な装いとして虚偽の主張をしている一つの企図」を行い、また日本が「ただ暫時的に自国を韓国と同等な立場に置こうということによって、(~<略>~領土権に妥協する紛争の余地がないにもかかわらず)仮定を主張しようと企図している」のであっても、あなた方は公の場で自らの主張を行うことによりこれを完全に反駁すれば良いだけの話であり、これを行うことにより韓国は、自ら主張する領土権が国際的に明確になるというメリットはあっても失うものは何もない。それ以前にもっと文章の書き方を勉強しなさい。
ハイ終わり。
================================================================
3.独島は日本侵略の犠牲となった最初の韓国の領土である。
================================================================
⇒ならばそもそも自国の領土であったことを法廷で証明すればよい。侵略や犠牲の話はこの際関係ないのでお宅の孫にでも聞かせてやれ。
ハイ終わり。
================================================================
4.現在、独島に対する政府の不合理である終始一貫した主張にかんがみ、
韓国国民は日本が同一な侵略の方法を反復しているのではないかと非
常に疑っている。
================================================================
⇒だから今は竹島(独島)の領有権に関して取り上げている。その疑いの詳細は我々にではなく老人ホームのお年寄りにゆっくり聞かせてやれ。
ハイ終わり。
================================================================
5.韓国政府は臨時的であり、また国際司法裁判所においても独島に対す
る韓国の主権を疑義に付する必要はない。
================================================================
⇒なぜですか?その理由がまったく説明されていません。我々が今欲しているのは領有権の明確化であり、あなたのこねる「駄々」ではない。
ハイ終わり。
================================================================
6.大韓皆国政府に独島問題を国際司法裁判所に提示しようとする日本政
府の提案に反駁せざるを得ないことを遺憾に思っている。しかし大韓民
国政府は日本政府が有しているかもしれないという独島に関連する如
何なる質疑にも常に応えるものである。
================================================================
⇒国際法廷付託提案に反駁せざるを得ない明確な理由がまったく説明されていません。あなた方の一連の主張には、法廷に出る必要がない、および出ることができない論理的に妥当な理由は何一つ示されていません。示されているのは「なにがなんでも法廷には出たくない」というあなた方の屁理屈だけです。いかなる質疑にも答えることができるのであればさっさと証言台でやってください。
ハイ終了!
私は今までにこれほど稚拙な公式文書を見たことがありません。あ、嘘をつきました、北朝鮮の公式文書(発表)では頻繁にあります。つまり韓国は今も昔もその程度の次元でしかない、と言うことです。
この度の「竹島の日」条例案可決に対して、韓国国内では現在「(国交の)断交」を求める声があり、また韓国政府は「島根県が条例案を即刻廃棄しない場合、政府は必要なあらゆる措置を取る計画で、今後発生するいかなる事態に対しても責任は完全に日本側にあるという点を明らかにする」として若干ではありますが外交以上の手段まで臭わす主張が出ています。(なんと「宣戦布告」〔『IrregularExpression』様〕まで行っていますw。「韓国」「宣戦布告」でトップヒットしただけです)
しかし、です。仮に国交を断絶し、その上経済のつながりまで絶ってしまうと困るのはむしろ韓国の側です。両国間の貿易比率、とくに科学技術に関するそれは圧倒的に韓国の方が日本に依存しています。これに関しては韓国側も一部認めているところです。さすがに馬鹿ばかりではないようです。
また、仮に日韓関係が有事にまで発展した場合も困るのは圧倒的に韓国の側です。日本の海上戦力はイージスシステムをはじめ韓国側の戦力を凌駕しています。日本としてはなにも韓国に攻めて行く必要はありません。ただ海上封鎖を行うだけで、後は勝手に消耗し尽きるか、めでたく半島が統一されるか(手段はともかくとして)、それだけの話です。
※ 当文章には、人によっては「差別的」と受けとれるかもしれない表現が
含まれております。そのため、特に「地球市民」を自認される方、及び
これに類似した考えをお持ちの方はお読みにならないことをお勧めしま
す。
3月16日に島根県議会が「竹島の日」条例案を本会議で可決したことに伴い韓国メディアの伝えるところでは、韓国国民は「怒り震え」ているそうです。
私としては、島根県議会が可決した条例の内容は、漁業従事の際に韓国側漁民からの妨害を避けるために公安権力を動員するわけでもなし、ましてや竹島をのっとろうなどというものでもなく、ただ2月22日を「竹島の日」と定めただけで実質的にはほとんど意味の無いささやかなパフォーマンスに過ぎなかったわけだから、実効支配を進める韓国はたいした反応も見せないだろうと高をくくっていました。しかし条例可決の知らせをうけた韓国国民の言動・行動は私の想像を遥かに、しかも斜め上に超えるものでした。
人々は日本に対する暴言どころか、日本大使館の占拠を企て(『アジアの真実』様)、日本国旗を焼き払い(『敬天愛人』様)、挙句の果てには焼身など自分の体を傷つけるといったマゾヒスティックな行為まで行う始末(同じく『敬天愛人』様)。何ですか?この異様な事態は。韓国はマリリン・マンソンのライヴ会場か何かですか?
時期的には教科書検定と丁度重なり、日本が歴史の歪曲化を進めていると「勝手に思い込んで」いたせいもあって彼らは(ただでさえ外れやすい)理性のたかが外れ、動物と化してしまったようです。
しかし彼らは、これら激しいパフォーマンスと独島が自らの領土であることの直情的な主張以外は何も異なる点はなく、注視するに値しません。多様な主張を欲しているのに同じシャチハタ三文判が大量に転がっていたところで拾い上げるのはその内の一つです。頑張っている彼らには気の毒ですが、ヴィジュアル的な面白さ以外に特に注目するところはありません。
恐らく彼らをこのような狂信的行為に駆り立てる動機は、幼い頃より植えつけられた極度の被害妄想によるものでしょう。韓国における歴史教科書は国定のそれだけであり、韓国政府の主張どおりの被害者思想がその中に織り込まれています。韓国は日本の残虐性による被害者であり、抵抗者であり、そして勝利者でなければならないと彼らは本気で信じているようです。哀れな話です。
そういった教育カリキュラムの中で育てあげられた人間であれば、日本で採択されるいかなる歴史教科書も歪曲化されたものに映るのは当然です。結果まともな教科書を検定で通す度に、それだけでなく日本の政治家が自らが正当であると考える歴史認識を発露するたびに彼らは「挑発された!」と感じます。そして今回の島根県による「竹島の日」条例案可決に対しても、韓国メディアはこれを「挑発的行為」と大々的に報じています。
しかし、1952年に韓国が一方的に「李承晩ライン」を引いた後、近海にて漁業に従事していた漁師を中心におよそ4000人の日本人が不当に拿捕・拘留され、また、なんと40人以上もの邦人が殺害されています。
さて、挑発されてきたのは一体どちらでしょうか?自らが(事前交渉なしに)勝手に決めた海域に足を踏み入れた他国民を不当に逮捕・拘留し、その上殺害までしてしまう。日本以外の国家がかような仕打ちを受けたならば明らかに有事以上の事態に発展していることでしょう。しかし日本は(諸々の事情があったのでしょうが)そうはしなかった。代わりに日本がこの領有問題の解決策として提案したのが国際法廷です。
================================================================
日本の国際司法裁判所付託提案 1954年9月25日
口上書
外務省は、在本邦大韓民国代表部に、敬意を表すとともに、竹島の領
有問題に関し、次のとおり申し述べる光栄を有する
1.日本国政府は、竹島が日本領土不可分の一部であることを確信
し、これを韓国領土なりとする大韓民国政府の主張を累次の構文、
特に1954年2月10日付外務省口上書亜2第15号を以て反駁し
てきた。
しかしながら、大韓民国政府は、日本政府の見解を全く無視した。
のみならず、日本国政府の度重なる申入れ及び厳重な抗議にもか
かわらず、大韓民国官民による竹島に対する侵犯、同島周辺の日
本国領海内における漁猟並びに同島における大韓民国領土標識
及び灯台の設置等の不法行為が繰り返され、更に、最近同島の現
況調査のため派遣された日本国巡視船が同島より突然銃撃を受け
損害を被るに至った。
2.本件は国際法の基本原則に触れる領土権の紛争であるので、唯一
の公正な解決方法は本件紛争を国際裁判に付託し判決を得ることに
あると認められる。日本国政府は、紛争の平和的解決を熱望し、本件
紛争を日本国政府並びに大韓民国政府の合意の下に国際司法裁判
所に付託することをここに提議する。
3.日本国政府は、大韓民国政府がこの紛争の最終的解決を最も公正に
して権威ある機関、すなわち国際司法裁判所にゆだねることに同意す
べきことを確信し、早急に好意ある回答を寄せられることを期待する。
日本国政府は、ここに、国際司法裁判所の下すいかなる判決にも誠実
に従うものであることを誓約する。
4.裁判所の判決のあるまでの期間、両国政府が事件をこれ以上紛糾さ
せないためにあらゆる手段を尽くすことは、最も望ましいことと考えられ
る。
よって、外務省は、日本国政府が竹島及びその周辺において困難な
事件の発生を防止するための共同の暫定措置について大韓民国政
府と協議する用意があることを同代表部に通報する。
外務省は、在本邦大韓民国代表部が前記の諸提案を大韓民国政府
に伝達し、それらの提案に対する同国政府の見解を同省に提案せら
れんことを要請する。
昭和29年9月25日
================================================================
この日本政府による付託提案に対する韓国側の回答は下記のものでした。
================================================================
大韓民国註日本代表部は、日本外務省に敬意を表し、独島の領有問題に
関して、本年9月25日の貴省の覚書について大韓民国政府の見解と決定
を次のように貴省に送達する光栄を有します
1.独島は太古の時代から韓国の領土であって、現在においても韓国領で
ある。
2.紛争を国際司法裁判所に付託しようとする日本政府の提案は司法的な
装いとして虚偽の主張をしている一つの企図に過ぎない。韓国は独島に
対して初めから領土権を持っており、その権利の確認を国際司法裁判所
に求めることの理由を認めることはできない、
いかなる紛争もあり得ることがないにもかかわらず、類似的な領土紛争
を造作するのは日本である。日本は独島問題を国際司法裁判所へ提議
を付託することによって、いわゆる独島の領有紛争に関して、ただ暫時
的に自国を韓国と同等な立場に置こうということによって、独島に対する
韓国の完全な論議の余地がない、領土権に妥協する紛争の余地がない
にもかかわらず、日本は仮定を主張しようと企図している。
3.独島は日本侵略の犠牲となった最初の韓国の領土である。
4.現在、独島に対する政府の不合理である終始一貫した主張にかんがみ、
韓国国民は日本が同一な侵略の方法を反復しているのではないかと非
常に疑っている。
5.韓国政府は臨時的であり、また国際司法裁判所においても独島に対す
る韓国の主権を疑義に付する必要はない。
6.大韓皆国政府に独島問題を国際司法裁判所に提示しようとする日本政
府の提案に反駁せざるを得ないことを遺憾に思っている。しかし大韓民
国政府は日本政府が有しているかもしれないという独島に関連する如何
なる質疑にも常に応えるものである。
================================================================
( ゚∀゚) ・・・・・・
(;゚∀゚) ハァッ ????
時の韓国政府は日本側付託提案書の回答を小学生にでも書かせたんでしょうか?
いえ、今日の小学生でももっとましな文章を書きます。
================================================================
1.独島は太古の時代から韓国の領土であって、現在においても韓国領で
ある。
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⇒ではそれを法廷で実証すればよい。
ハイ終わり。
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2.紛争を国際司法裁判所に付託しようとする日本政府の提案は司法的な
装いとして虚偽の主張をしている一つの企図に過ぎない。韓国は独島に
対して初めから領土権を持っており、その権利の確認を国際司法裁判所
に求めることの理由を認めることはできない、
いかなる紛争もあり得ることがないにもかかわらず、類似的な領土紛争
を造作するのは日本である。日本は独島問題を国際司法裁判所へ提議
を付託することによって、いわゆる独島の領有紛争に関して、ただ暫時的
に自国を韓国と同等な立場に置こうということによって、独島に対する韓
国の完全な論議の余地がない、領土権に妥協する紛争の余地がないに
もかかわらず、日本は仮定を主張しようと企図している。
================================================================
⇒お宅の夢想する陰謀論は良くわかった。しかし、日本がいかなる方法で「司法的な装いとして虚偽の主張をしている一つの企図」を行い、また日本が「ただ暫時的に自国を韓国と同等な立場に置こうということによって、(~<略>~領土権に妥協する紛争の余地がないにもかかわらず)仮定を主張しようと企図している」のであっても、あなた方は公の場で自らの主張を行うことによりこれを完全に反駁すれば良いだけの話であり、これを行うことにより韓国は、自ら主張する領土権が国際的に明確になるというメリットはあっても失うものは何もない。それ以前にもっと文章の書き方を勉強しなさい。
ハイ終わり。
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3.独島は日本侵略の犠牲となった最初の韓国の領土である。
================================================================
⇒ならばそもそも自国の領土であったことを法廷で証明すればよい。侵略や犠牲の話はこの際関係ないのでお宅の孫にでも聞かせてやれ。
ハイ終わり。
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4.現在、独島に対する政府の不合理である終始一貫した主張にかんがみ、
韓国国民は日本が同一な侵略の方法を反復しているのではないかと非
常に疑っている。
================================================================
⇒だから今は竹島(独島)の領有権に関して取り上げている。その疑いの詳細は我々にではなく老人ホームのお年寄りにゆっくり聞かせてやれ。
ハイ終わり。
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5.韓国政府は臨時的であり、また国際司法裁判所においても独島に対す
る韓国の主権を疑義に付する必要はない。
================================================================
⇒なぜですか?その理由がまったく説明されていません。我々が今欲しているのは領有権の明確化であり、あなたのこねる「駄々」ではない。
ハイ終わり。
================================================================
6.大韓皆国政府に独島問題を国際司法裁判所に提示しようとする日本政
府の提案に反駁せざるを得ないことを遺憾に思っている。しかし大韓民
国政府は日本政府が有しているかもしれないという独島に関連する如
何なる質疑にも常に応えるものである。
================================================================
⇒国際法廷付託提案に反駁せざるを得ない明確な理由がまったく説明されていません。あなた方の一連の主張には、法廷に出る必要がない、および出ることができない論理的に妥当な理由は何一つ示されていません。示されているのは「なにがなんでも法廷には出たくない」というあなた方の屁理屈だけです。いかなる質疑にも答えることができるのであればさっさと証言台でやってください。
ハイ終了!
私は今までにこれほど稚拙な公式文書を見たことがありません。あ、嘘をつきました、北朝鮮の公式文書(発表)では頻繁にあります。つまり韓国は今も昔もその程度の次元でしかない、と言うことです。
この度の「竹島の日」条例案可決に対して、韓国国内では現在「(国交の)断交」を求める声があり、また韓国政府は「島根県が条例案を即刻廃棄しない場合、政府は必要なあらゆる措置を取る計画で、今後発生するいかなる事態に対しても責任は完全に日本側にあるという点を明らかにする」として若干ではありますが外交以上の手段まで臭わす主張が出ています。(なんと「宣戦布告」〔『IrregularExpression』様〕まで行っていますw。「韓国」「宣戦布告」でトップヒットしただけです)
しかし、です。仮に国交を断絶し、その上経済のつながりまで絶ってしまうと困るのはむしろ韓国の側です。両国間の貿易比率、とくに科学技術に関するそれは圧倒的に韓国の方が日本に依存しています。これに関しては韓国側も一部認めているところです。さすがに馬鹿ばかりではないようです。
また、仮に日韓関係が有事にまで発展した場合も困るのは圧倒的に韓国の側です。日本の海上戦力はイージスシステムをはじめ韓国側の戦力を凌駕しています。日本としてはなにも韓国に攻めて行く必要はありません。ただ海上封鎖を行うだけで、後は勝手に消耗し尽きるか、めでたく半島が統一されるか(手段はともかくとして)、それだけの話です。
いずれにせよ明確に言えることは「韓国は日本にとって実質的な脅威ではない」と言うことです。つまり格下(ペーペー)です。それでもこれだけ気を使ってあげている。
韓国は日本に対する自らを、まさに竜と対峙する虎の如く思い描いているのかもしれませんが、日本にとっては「チワワ」に過ぎません。それも何かと狂ったように吠えるチワワです。
何かあるたびにキャンキャンとやかましく吠え立てる。とはいっても近所の(日頃かわいがってくれることもある)住人からはさして真剣に取り上げられることもなく、ただ鬱陶しいだけの存在。私にとって韓国は(政治的に見ると)その程度でしかありません。それは、私が一方的に彼らを蔑視してそのように捉えているわけではなく、そのようなつまらない存在に彼らが「甘んじている」ことに対する直接的な感想に過ぎません。彼らが「被害妄想」と「誇り高さ」を履き違えてキャンキャンと騒ぎ立てるのではなく、真の意味で誇り高ければ、私はこのような感想を抱くことはないでしょう。そしてこの時はじめて、韓国は極東における重要なパートナーであり、またライバルとなるように思います。
韓国には、もう少しだけでも大人になって、せめて「うるさいけれど愛らしいポメラニアン」程度にはなっていただきたいものです。
韓国は日本に対する自らを、まさに竜と対峙する虎の如く思い描いているのかもしれませんが、日本にとっては「チワワ」に過ぎません。それも何かと狂ったように吠えるチワワです。
何かあるたびにキャンキャンとやかましく吠え立てる。とはいっても近所の(日頃かわいがってくれることもある)住人からはさして真剣に取り上げられることもなく、ただ鬱陶しいだけの存在。私にとって韓国は(政治的に見ると)その程度でしかありません。それは、私が一方的に彼らを蔑視してそのように捉えているわけではなく、そのようなつまらない存在に彼らが「甘んじている」ことに対する直接的な感想に過ぎません。彼らが「被害妄想」と「誇り高さ」を履き違えてキャンキャンと騒ぎ立てるのではなく、真の意味で誇り高ければ、私はこのような感想を抱くことはないでしょう。そしてこの時はじめて、韓国は極東における重要なパートナーであり、またライバルとなるように思います。
韓国には、もう少しだけでも大人になって、せめて「うるさいけれど愛らしいポメラニアン」程度にはなっていただきたいものです。
2005/03/19のBlog
[ 13:05 ]
【奇声を発する人々】
職場で次のようなことを言われて驚きました、「韓国でニューカッスル病が人に大量感染しているらしい」。
それはおかしい、とにかくすぐにネットで調べてみて納得しました。確かに奇声を発してはいるがウィルス性ではない。
職場で次のようなことを言われて驚きました、「韓国でニューカッスル病が人に大量感染しているらしい」。
それはおかしい、とにかくすぐにネットで調べてみて納得しました。確かに奇声を発してはいるがウィルス性ではない。
ここ2,3日は忙しくすっかり浮世離れしていましたが、島根県が「竹島の日」条例案が議会で可決されたことを巡って韓国では他国の国旗を燃やしたり(!?)、唐辛子でデモを起こしたり(?x100)、大変の大騒ぎらしいですね(「唐辛子デモ」でそんな真剣に語らなくても、、、駄目だ!笑いを我慢できない!)。
その上事もあろうか韓国"政府"が日本の一地方である島根県議会が可決した条例の即時廃棄を要求していると言うのだからあきれます。彼らは果たして「独立主権国家」の意味を理解しているのでしょうか?あまりにも大人げないではないですか。
私にとって笑えたのが、「韓国大統領諮問機関がオンライン署名運動を展開」しているというニュースです。彼らは署名運動をして、集めた署名をどこに提出する気なんでしょうか?(国連?) 内政問題であれば担当部署など提出先もあるでしょうが。
まさかこれを日本に提出するようなお馬鹿なまねをするわけではないでしょうね。日本政府がこんなちんけな署名をもらったところで署名者は日本における「主権者」ではありません。こんなものは日本の政策決定においては「街頭で配られるティッシュ」以上に受け取る価値の無いものです。
こんなくだらない行為は韓国の恥部をさらけ出す以外の効果をもたらさないと思うのですが、しかし言いますまい。いたずらに「栄養ドリンク」を与えてもニューカッ、いえ、奇声が続くだけでしょうから。
その上事もあろうか韓国"政府"が日本の一地方である島根県議会が可決した条例の即時廃棄を要求していると言うのだからあきれます。彼らは果たして「独立主権国家」の意味を理解しているのでしょうか?あまりにも大人げないではないですか。
私にとって笑えたのが、「韓国大統領諮問機関がオンライン署名運動を展開」しているというニュースです。彼らは署名運動をして、集めた署名をどこに提出する気なんでしょうか?(国連?) 内政問題であれば担当部署など提出先もあるでしょうが。
まさかこれを日本に提出するようなお馬鹿なまねをするわけではないでしょうね。日本政府がこんなちんけな署名をもらったところで署名者は日本における「主権者」ではありません。こんなものは日本の政策決定においては「街頭で配られるティッシュ」以上に受け取る価値の無いものです。
こんなくだらない行為は韓国の恥部をさらけ出す以外の効果をもたらさないと思うのですが、しかし言いますまい。いたずらに「栄養ドリンク」を与えてもニューカッ、いえ、奇声が続くだけでしょうから。
[ 11:05 ]
【不思議な出来事】
今週はとても不思議な出来事が起こりました。
と言うのも、昨日の時点で私は3回しか出勤した覚えが無かったのに対して、すでにその日は金曜日だったのです。
一体どうなってるんだ? 量子力学でも作用したのか?そこで私は突然思い出しました。 自分が仕事のため職場で2徹していたことに。
(;´Д`) グロッキー・・・
※疲労のため、今日以前の事はすっかり忘れてしまいました。
気を取り直してまた一からはじめます。
今週はとても不思議な出来事が起こりました。
と言うのも、昨日の時点で私は3回しか出勤した覚えが無かったのに対して、すでにその日は金曜日だったのです。
一体どうなってるんだ? 量子力学でも作用したのか?そこで私は突然思い出しました。 自分が仕事のため職場で2徹していたことに。
(;´Д`) グロッキー・・・
※疲労のため、今日以前の事はすっかり忘れてしまいました。
気を取り直してまた一からはじめます。
2005/03/13のBlog
[ 01:54 ]
【言論マゾヒスト】
ここ最近ヤバイくらい忙しくてまともに更新できませんでした。かなりグロッキー。
さて本題。ここ2-3日朝日新聞の社説を読んでいるのですが、すごく疑問に感じることがあります。
というのは、「こんな突っ込み所満載な文章を公開して、書いた論説委員(本人)は恥ずかしくないのだろうか? もしかしてマゾなのか?」ということです。
この事に関して思ったことを社説別にダラダラと書いてみます(今日はその第1弾)。
■近隣国条項――見過ごせぬ政務官発言(3/9)
まず冒頭から「近隣諸国条項」に関してや下村博文氏(文科省政務官)の講演での発言内容とその経緯、また下村氏の議員活動や政務官という役職の内容など各種関連情報を大まかに説明しているのですが、この直後いきなり下記の批判がなされます。
======================================================
そうした政府高官が自ら所属する文科省の行政について
語った発言である。まして国の基本姿勢にかかわる問題だ。
とても見過ごすことはできない。
そもそも近隣諸国条項を否定するような議員連盟の事務局
長を政務官に任命した小泉首相の責任も免れまい。
======================================================
私はこの段階でわけがわからなくなってしまいました。というのも、この論説委員は「近隣諸国条項」に否定的な下村氏の姿勢がどうして悪いのか、その理由をなんら論理的に説明することなく突如として下村氏と、彼を政務官に任命した小泉首相を批判しているからです(なぜこの人はいきなり怒り出したの?と戸惑うばかりです)。この論説委員が「近隣諸国条項」を神聖視している感すらあります。
後半になると、この論説委員がなぜ下村氏を批判するのかがちょこっと述べられています。
======================================================
文科省の高官が近隣諸国条項を否定すれば、日本の基本
姿勢が疑われる。日本が国際的な協調をますます必要として
いるときに、国益にも反する。
======================================================
私には6カ国協議における韓国にそれほどの影響力があるとは思えませんが・・・(むしろ協調を乱している感すら受けます)。
また、日本による過去の大戦と植民地支配への反省は今までも繰り返し述べられてきましたし、その基本姿勢に変わりはありません。
そもそも教育とは完全に内政に属する問題です。世界のどこを見ても、自国の教育内容を他国に配慮したものにするよう「明文化」してまで求めている国はありません。仮にこれが公然と認められれば、他国の干渉によりその教育内容が(干渉国にとって)都合の良いものに変えさせられることも十分に考えられます(何といっても「配慮される」のは干渉国なのですから)。これがどれだけ危険な事かこの論説委員はわかっているんでしょうか(アンタ本当に国益について考えたの?)。その危険性があるが故に「近隣諸国条項」に対する否定的な姿勢は、「過去に対する反省の否定」に直結しません。不当な内政干渉への危惧が、この条項に否定的とさせることがあってもまったく不思議はない。
そしてこれが、近隣諸国のくだらない猜疑心を回避するために犠牲にされて良いほどちっぽけなものだとは私には到底考えられません(ていうか条項を否定してはいけない理由がたったこれだけ!?)。
この論説委員は「近隣諸国条項の否定 = 過去に対する反省の否定」と単細胞的に脊髄反射してしまっているようです。私には一連の知覚情報が彼の大脳にまで到達しなかったのが残念でなりません(でなければこんなアホな方程式を導き出すわけがない)。
そして最後の締めの部分で私は完全に混乱してしまいました。
======================================================
中山文科相は、下村発言に対して「国際理解や国際協調の観
点が必要なのは、条項以前の問題だ」と語った。その認識は正し
い。
近隣諸国条項のあるなしにかかわらず、周りの国々との歴史を
ないがしろにすることはできない。
======================================================
「あるなしにかかわらず」って、アンタ一体どっちなんだよっ!!
(あぁ~あ、必ずしも必要ではないことを暗に白状しちゃったよこの人)
つまり本質は「国際理解や国際協調の観点が必要」なのであって近隣諸国条項の有無ではない、ということでしょう(少なくとも上記引用部分では完全に切り離して考えられていますし)。だったらその本質をふまえてさえいればこんな副次的話題にすぎない条項なんて(国際理解や国際協調への配慮は既に担保されているという意味で)無くても別に構わないわけじゃないですか。
ではどうして下村氏の近隣諸国条項に対する発言に、「狂犬病にかかったパピヨン」の如く食いつくのでしょうか?少なくとも記事を見る限りでは下村氏に周辺諸国との歴史を「ないがしろにする」明確な姿勢は確認できませんが。この発言だけをもって、下村氏は「国際理解や国際協調の観点」に欠けていると断定する人間がいたならば、彼(彼女)は別の意味でユリ・ゲラーを超えています。
まあ、ただ一つ言えるのは、「しっかり論旨をまとめた段階で社説を書け」と言うことでしょう。
※それにしても近隣諸国条項の成立が、自社の「侵略⇒進出」捏造報道に端を発する
ことに一言も触れないとは・・・さすが朝日
※2弾以降をUPするかどうかは体と相談して決めます・・・
ここ最近ヤバイくらい忙しくてまともに更新できませんでした。かなりグロッキー。
さて本題。ここ2-3日朝日新聞の社説を読んでいるのですが、すごく疑問に感じることがあります。
というのは、「こんな突っ込み所満載な文章を公開して、書いた論説委員(本人)は恥ずかしくないのだろうか? もしかしてマゾなのか?」ということです。
この事に関して思ったことを社説別にダラダラと書いてみます(今日はその第1弾)。
■近隣国条項――見過ごせぬ政務官発言(3/9)
まず冒頭から「近隣諸国条項」に関してや下村博文氏(文科省政務官)の講演での発言内容とその経緯、また下村氏の議員活動や政務官という役職の内容など各種関連情報を大まかに説明しているのですが、この直後いきなり下記の批判がなされます。
======================================================
そうした政府高官が自ら所属する文科省の行政について
語った発言である。まして国の基本姿勢にかかわる問題だ。
とても見過ごすことはできない。
そもそも近隣諸国条項を否定するような議員連盟の事務局
長を政務官に任命した小泉首相の責任も免れまい。
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私はこの段階でわけがわからなくなってしまいました。というのも、この論説委員は「近隣諸国条項」に否定的な下村氏の姿勢がどうして悪いのか、その理由をなんら論理的に説明することなく突如として下村氏と、彼を政務官に任命した小泉首相を批判しているからです(なぜこの人はいきなり怒り出したの?と戸惑うばかりです)。この論説委員が「近隣諸国条項」を神聖視している感すらあります。
後半になると、この論説委員がなぜ下村氏を批判するのかがちょこっと述べられています。
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文科省の高官が近隣諸国条項を否定すれば、日本の基本
姿勢が疑われる。日本が国際的な協調をますます必要として
いるときに、国益にも反する。
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私には6カ国協議における韓国にそれほどの影響力があるとは思えませんが・・・(むしろ協調を乱している感すら受けます)。
また、日本による過去の大戦と植民地支配への反省は今までも繰り返し述べられてきましたし、その基本姿勢に変わりはありません。
そもそも教育とは完全に内政に属する問題です。世界のどこを見ても、自国の教育内容を他国に配慮したものにするよう「明文化」してまで求めている国はありません。仮にこれが公然と認められれば、他国の干渉によりその教育内容が(干渉国にとって)都合の良いものに変えさせられることも十分に考えられます(何といっても「配慮される」のは干渉国なのですから)。これがどれだけ危険な事かこの論説委員はわかっているんでしょうか(アンタ本当に国益について考えたの?)。その危険性があるが故に「近隣諸国条項」に対する否定的な姿勢は、「過去に対する反省の否定」に直結しません。不当な内政干渉への危惧が、この条項に否定的とさせることがあってもまったく不思議はない。
そしてこれが、近隣諸国のくだらない猜疑心を回避するために犠牲にされて良いほどちっぽけなものだとは私には到底考えられません(ていうか条項を否定してはいけない理由がたったこれだけ!?)。
この論説委員は「近隣諸国条項の否定 = 過去に対する反省の否定」と単細胞的に脊髄反射してしまっているようです。私には一連の知覚情報が彼の大脳にまで到達しなかったのが残念でなりません(でなければこんなアホな方程式を導き出すわけがない)。
そして最後の締めの部分で私は完全に混乱してしまいました。
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中山文科相は、下村発言に対して「国際理解や国際協調の観
点が必要なのは、条項以前の問題だ」と語った。その認識は正し
い。
近隣諸国条項のあるなしにかかわらず、周りの国々との歴史を
ないがしろにすることはできない。
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「あるなしにかかわらず」って、アンタ一体どっちなんだよっ!!
(あぁ~あ、必ずしも必要ではないことを暗に白状しちゃったよこの人)
つまり本質は「国際理解や国際協調の観点が必要」なのであって近隣諸国条項の有無ではない、ということでしょう(少なくとも上記引用部分では完全に切り離して考えられていますし)。だったらその本質をふまえてさえいればこんな副次的話題にすぎない条項なんて(国際理解や国際協調への配慮は既に担保されているという意味で)無くても別に構わないわけじゃないですか。
ではどうして下村氏の近隣諸国条項に対する発言に、「狂犬病にかかったパピヨン」の如く食いつくのでしょうか?少なくとも記事を見る限りでは下村氏に周辺諸国との歴史を「ないがしろにする」明確な姿勢は確認できませんが。この発言だけをもって、下村氏は「国際理解や国際協調の観点」に欠けていると断定する人間がいたならば、彼(彼女)は別の意味でユリ・ゲラーを超えています。
まあ、ただ一つ言えるのは、「しっかり論旨をまとめた段階で社説を書け」と言うことでしょう。
※それにしても近隣諸国条項の成立が、自社の「侵略⇒進出」捏造報道に端を発する
ことに一言も触れないとは・・・さすが朝日
※2弾以降をUPするかどうかは体と相談して決めます・・・
2005/03/06のBlog
[ 00:51 ]
【この世で一番ウザイもの】
暇つぶしに日常のことでも書きます。
もしも大手百貨店から出てきたばかりの私が、「この世で一番ウザイものは何ですか?」と聞かれたならば、恐らくほぼ間違いなく「アパレルショップのしつこい店員」と答えるでしょう。勿論常に、というわけではありませんが。
私は商品を物色している最中に話しかけられるのが大嫌いです。ましてや詳しい説明などは望むとき以外は基本的にしてほしくありません。
一度平日に新宿のとある大型百貨店へ服(インナー)を求めて訪れたことがあったのですがその時は最悪でした。平日なので当然来客者は週末ほどはいません。暇をもてあましたショップスタッフの "説明欲求" が臨界点に達しつつあるまさにそんな時に、私はまぬけにも訪れてしまったというわけです。
最初に入った店からいきなりの説明攻撃でした。それ以降は声をあまりかけられないように足を止めることを控えていましたが、最後に訪れた店では足を止めた瞬間にスタッフが死角から近寄って声をかけてきました「何をお求めでしょうか」(ホラー映画のようにドキッとしました)。
恐らく御本人はサービス精神が旺盛だったのでしょう。私はただ「いえ、見ているだけですのでお構いなく」と申し上げたのですが、店員はそれから延々と喋り続けました。礼儀上の相槌を打ちながら「もしやこいつは私のさっきの言葉を『私に構わず説明して良い』という意味に取り違えたのでなかろうか?」と真剣に考えました。その間も彼は私に "お構いなく" 喋り続けます。
(店員) 「現在の流行といたしましては~」
( 私 ) 「よくわかりました。」
(店員) 「こちらのアイテムですがココのところが~」
( 私 ) 「ああいい感じですね。ではあとは自由に見させて・・・」
(店員) 「あちらの品は絶対にお似合いに~」
( 私 ) 「い い 加 減 に し ろ っ !!!」
もちろんそんな失礼なことを言ったりはしませんよ。言葉以外で表現したかもしれませんが。
ショップスタッフは必要ない、とまでは言いません。確かに私も知りたいことがあれば聞きますし、詳細な説明を求めたこともあります。とても親切で感じのいいショップスタッフも当然いらっしゃいます。しかし、求めてもいない状況下で一方的に説明することだけは勘弁していただきたい。説明を欲する場合は呼びます。中には「店員に声をかけづらい」と言う方もいらっしゃるかもしれませんが、その場合は声をかけられやすい場所に移動するか、またはちょこっと声をかけるなりすればいいだけだと思います。
結局その日は気分が悪くなったので何も買わずに帰りました。
「来客者がたくさんいるときに訪れたらいいじゃないか」と言う人もいるかも知れません。しかしその人にはこう答えるでしょう。
「『人ごみ』はもっと嫌いなんだ」。
暇つぶしに日常のことでも書きます。
もしも大手百貨店から出てきたばかりの私が、「この世で一番ウザイものは何ですか?」と聞かれたならば、恐らくほぼ間違いなく「アパレルショップのしつこい店員」と答えるでしょう。勿論常に、というわけではありませんが。
私は商品を物色している最中に話しかけられるのが大嫌いです。ましてや詳しい説明などは望むとき以外は基本的にしてほしくありません。
一度平日に新宿のとある大型百貨店へ服(インナー)を求めて訪れたことがあったのですがその時は最悪でした。平日なので当然来客者は週末ほどはいません。暇をもてあましたショップスタッフの "説明欲求" が臨界点に達しつつあるまさにそんな時に、私はまぬけにも訪れてしまったというわけです。
最初に入った店からいきなりの説明攻撃でした。それ以降は声をあまりかけられないように足を止めることを控えていましたが、最後に訪れた店では足を止めた瞬間にスタッフが死角から近寄って声をかけてきました「何をお求めでしょうか」(ホラー映画のようにドキッとしました)。
恐らく御本人はサービス精神が旺盛だったのでしょう。私はただ「いえ、見ているだけですのでお構いなく」と申し上げたのですが、店員はそれから延々と喋り続けました。礼儀上の相槌を打ちながら「もしやこいつは私のさっきの言葉を『私に構わず説明して良い』という意味に取り違えたのでなかろうか?」と真剣に考えました。その間も彼は私に "お構いなく" 喋り続けます。
(店員) 「現在の流行といたしましては~」
( 私 ) 「よくわかりました。」
(店員) 「こちらのアイテムですがココのところが~」
( 私 ) 「ああいい感じですね。ではあとは自由に見させて・・・」
(店員) 「あちらの品は絶対にお似合いに~」
( 私 ) 「い い 加 減 に し ろ っ !!!」
もちろんそんな失礼なことを言ったりはしませんよ。言葉以外で表現したかもしれませんが。
ショップスタッフは必要ない、とまでは言いません。確かに私も知りたいことがあれば聞きますし、詳細な説明を求めたこともあります。とても親切で感じのいいショップスタッフも当然いらっしゃいます。しかし、求めてもいない状況下で一方的に説明することだけは勘弁していただきたい。説明を欲する場合は呼びます。中には「店員に声をかけづらい」と言う方もいらっしゃるかもしれませんが、その場合は声をかけられやすい場所に移動するか、またはちょこっと声をかけるなりすればいいだけだと思います。
結局その日は気分が悪くなったので何も買わずに帰りました。
「来客者がたくさんいるときに訪れたらいいじゃないか」と言う人もいるかも知れません。しかしその人にはこう答えるでしょう。
「『人ごみ』はもっと嫌いなんだ」。
2005/03/03のBlog
[ 02:45 ]
【60年を経ても駄々っ子は喚き続ける】
失礼なのを承知で申し上げますが、これほどまでに成長しない人々も珍しい。
===========================================================
<韓国大統領>日本の「賠償」検討要請 3・1独立運動演説
【ソウル堀山明子】韓国の盧武鉉(ノムヒョン)大統領は1日、日本による
植民地支配に抵抗する「3・1独立運動」の86周年記念式典で演説した。
盧大統領は、日韓国交正常化40周年にあたり1月、戦後補償責任は韓国
政府にあるとの政府見解を示す日韓条約関連文書の一部を公開したことに
関連、「被害者としては、国家が国民の個人請求権を一方的に処分したこと
は納得しがたいだろう」と述べ、当時の朴正煕(パクチョンヒ)大統領の姿勢
は過ちとの認識を示した。
そのうえで被害者補償を補完する対応策について積極的に努力する韓国
政府の姿勢を強調し、日本に対しても「法的問題以前の人類社会の普遍的
倫理、隣国間の信頼問題との認識を持って積極的な姿勢を見せてほしい」と
協力を求めた。
また、盧大統領は「過去の歴史問題を外交的な争点にしないと公言してき
た考えは今も変わりない」とする一方、歴史問題の克服には「日本政府と国
民の真摯(しんし)な努力が必要」と訴え、「過去を真相究明して謝罪、反省
し、賠償することがあれば賠償し、和解すべきだ」と述べ、日本の追加措置
を求めた。
日韓政府間の過去の清算は、国交正常化した65年の日韓条約で外交的
には決着済みだが、交渉過程では戦争国としての「賠償」を要求する韓国と、
植民地支配の「補償」に代わる経済協力に応じるとする日本が対立。事実上、
日本の主張が通ったため、韓国内では、日韓条約は謝罪と補償が不十分とし
て再交渉を求める世論が高まっている。
盧大統領は「国交正常化自体はやむを得ないと考える」として再交渉はしな
い考えを示した。しかし、日本政府と国民に対し「賠償」との強い言葉で対応を
求めたのは、日韓条約締結時の不十分な点を補う責任は日本にもあるとの認
識に基づき、法的制約を超えて日本が自発的に戦後補償の補完を検討するよ
う促す狙いがあるとみられる。
演説は、冒頭で「韓日2国は北東アジアの未来をともに開く運命共同体だ」と
日韓の協力関係を強調。フランスがナチス・ドイツに協力した自国民を処分する
一方でドイツとは友好関係を回復した例を挙げ、「わが国民もフランスのように
寛大な隣国として日本とともに歩みたい」と自制と和解を呼びかけた。
(毎日新聞) - 3月1日13時9分更新
===========================================================
韓国の盧武鉉大統領が「3・1独立運動」86周年記念式典の場で演説し、最近明らかになった(日本ではとっくの昔から知られていましたが)日韓国交正常化交渉において明言された韓国政府の個人補償義務に言及しました。おそらく国内の風当たりが相当強かったのでしょう。
これに関して盧大統領は当時の朴大統領の姿勢は「過ち」だったとの認識を示したようですが、当時の韓国では(特に農村部で)収穫した食糧が春頃までに尽きてしまい、人々は「春窮」と呼ばれる飢えに苦しみました。そんな韓国としては国家の近代化のために兎にも角にもまとまった資金を欲していたのは当然のことです。そして朴大統領と当時の韓国国民は見事にこの近代化を成し遂げました。このような歴史的バックボーンをまったく考慮せず、当時の指導者を軽々しく批判する「現在の」韓国大統領とはそんなに楽な役職なんでしょうか?うらやましい限りです。
いずれにせよ日本側が韓国側に謝罪および賠償を行う法的必然性は、韓国国民の認識においてもなくなりました。しかしそれもつかの間、お次に持ち出してきたのは「法的問題以前の人類社会の普遍的倫理、隣国間の信頼問題」だそうです。この内容を見た瞬間、あまりの滑稽さに大笑いしてしまいました。私としては、韓国政府には個人補償義務が自らに属すことを明確にし、またこれに基づいた対応をしっかりと行った上で上記の高尚なコメントをしていただきたかった。植民地支配にからむ日本政府への賠償請求がおこってもこれを静観あるいは援護射撃をしておきながら今更になって「法的問題以前の」とはあきれます。これでは論点をはぐらかしたといわれても仕方がないでしょう。少なくともそんな事は今頃言うことではない(それにしてもそもそも自分たちが行うべき個人補償を十分に行っておらず、かつ日本側には賠償を行う法的根拠が存在しないにも関わらずここまであからさまに謝罪と賠償を求めるとは、一体どういう神経をしているんでしょうか? まさにヤクザですね<『カレーとご飯の神隠し』様>)。
上記毎日新聞以外の記事では「従軍慰安婦」や「徴用」などの具体的なフレーズが挙がっていましたが、とにかく韓国側の主張する「日本人による残虐行為」というのは「韓国のネズミを踏みつけた」事さえも取り上げているのではないかと感じられるほど限りなく存在するのですが、とりあえず「従軍慰安婦」と「徴用」に関してのみ述べるならば、前者に関してその争点となっているのは「日本軍による強制事実があったかどうか」であり、これは今になっても根拠となる物証は何もでていません。ただ「証言者」が声高に叫んでいるだけです。
後者に関しては、彼らは「強制連行された」とか何とかおっしゃっていますが、これは当時の日本国民に課せられた義務です。彼らは「当時は日本人であった」ことを忘れているのではないでしょうか?徴用とは彼らだけでなく内地の人間にも当然課せられていました。また半島の成年男子に対しては1944年まで徴兵は免除され、徴用のみの適用となっていました。彼らは重労働でこき使われた、とかなんとかおっしゃっていますが、少なくとも私は南方戦線で餓死や野垂れ死にするよりかは重労働でこき使われるほうが遥かにマシだと考えます。
上記歴史問題に関する内容は既に散々議論されていますが、私は現在の状況下で韓国側と歴史問題に関して話し合うことには意味が無いと考えています。
彼らが教わる歴史教科書は国定のそれしか認められておらず、多様な歴史解釈を行う場が提供されていないどころか、それを行うことすら許さない社会的雰囲気が存在します(ある親日本の著者はその弾圧の激しさのために亡命まで考えたとの事です)。このような状況下においては、はっきり申し上げて歴史問題を話し合う「前提」すらそもそも成り立っていません。彼らはいまだに熱病で舞い上がっている状態です。日韓併合当時の国際状況下において、日本および南進するロシアの脅威を独力で回避し独立を維持することが可能であったかどうかや、日本による植民地政策が他の欧米列強のそれと比べてどう違っていたのかや、旧植民地であった多くの国々がいまだ困窮する中で、なぜ自国だけが群を抜いて先進国入りができたのかなどに関して、今の韓国が冷静に考えられる状態にあるでしょうか?熱病にかかった人間とまともに話し合えといわれても到底無理な話です。
現在の韓国を見ていると、(それとはまるで対照的であるという意味で)バンドン会議におけるネルーの演説が思い浮かびます。
===========================================================
アジアはもう、受身ではありません。黙って人の言うことを聞いたりもしません。
今日のアジアは、力強い活気に溢れているのです。
我々は今更、アジアを支配した国に、憎悪の念を抱くつもりはありません。
これから先は兄弟として席を並べたい、そう願っているだけなのです。
===========================================================
戦後60年経ち、かつて植民地であったアジアの国々は立派な大人になりました。しかしまだこの状況に気がつかない子供が、ショーウィンドウの前で玩具をねだり続けています。
※ネタとしては古いんじゃないかって? 気のせいでしょ。
失礼なのを承知で申し上げますが、これほどまでに成長しない人々も珍しい。
===========================================================
<韓国大統領>日本の「賠償」検討要請 3・1独立運動演説
【ソウル堀山明子】韓国の盧武鉉(ノムヒョン)大統領は1日、日本による
植民地支配に抵抗する「3・1独立運動」の86周年記念式典で演説した。
盧大統領は、日韓国交正常化40周年にあたり1月、戦後補償責任は韓国
政府にあるとの政府見解を示す日韓条約関連文書の一部を公開したことに
関連、「被害者としては、国家が国民の個人請求権を一方的に処分したこと
は納得しがたいだろう」と述べ、当時の朴正煕(パクチョンヒ)大統領の姿勢
は過ちとの認識を示した。
そのうえで被害者補償を補完する対応策について積極的に努力する韓国
政府の姿勢を強調し、日本に対しても「法的問題以前の人類社会の普遍的
倫理、隣国間の信頼問題との認識を持って積極的な姿勢を見せてほしい」と
協力を求めた。
また、盧大統領は「過去の歴史問題を外交的な争点にしないと公言してき
た考えは今も変わりない」とする一方、歴史問題の克服には「日本政府と国
民の真摯(しんし)な努力が必要」と訴え、「過去を真相究明して謝罪、反省
し、賠償することがあれば賠償し、和解すべきだ」と述べ、日本の追加措置
を求めた。
日韓政府間の過去の清算は、国交正常化した65年の日韓条約で外交的
には決着済みだが、交渉過程では戦争国としての「賠償」を要求する韓国と、
植民地支配の「補償」に代わる経済協力に応じるとする日本が対立。事実上、
日本の主張が通ったため、韓国内では、日韓条約は謝罪と補償が不十分とし
て再交渉を求める世論が高まっている。
盧大統領は「国交正常化自体はやむを得ないと考える」として再交渉はしな
い考えを示した。しかし、日本政府と国民に対し「賠償」との強い言葉で対応を
求めたのは、日韓条約締結時の不十分な点を補う責任は日本にもあるとの認
識に基づき、法的制約を超えて日本が自発的に戦後補償の補完を検討するよ
う促す狙いがあるとみられる。
演説は、冒頭で「韓日2国は北東アジアの未来をともに開く運命共同体だ」と
日韓の協力関係を強調。フランスがナチス・ドイツに協力した自国民を処分する
一方でドイツとは友好関係を回復した例を挙げ、「わが国民もフランスのように
寛大な隣国として日本とともに歩みたい」と自制と和解を呼びかけた。
(毎日新聞) - 3月1日13時9分更新
===========================================================
韓国の盧武鉉大統領が「3・1独立運動」86周年記念式典の場で演説し、最近明らかになった(日本ではとっくの昔から知られていましたが)日韓国交正常化交渉において明言された韓国政府の個人補償義務に言及しました。おそらく国内の風当たりが相当強かったのでしょう。
これに関して盧大統領は当時の朴大統領の姿勢は「過ち」だったとの認識を示したようですが、当時の韓国では(特に農村部で)収穫した食糧が春頃までに尽きてしまい、人々は「春窮」と呼ばれる飢えに苦しみました。そんな韓国としては国家の近代化のために兎にも角にもまとまった資金を欲していたのは当然のことです。そして朴大統領と当時の韓国国民は見事にこの近代化を成し遂げました。このような歴史的バックボーンをまったく考慮せず、当時の指導者を軽々しく批判する「現在の」韓国大統領とはそんなに楽な役職なんでしょうか?うらやましい限りです。
いずれにせよ日本側が韓国側に謝罪および賠償を行う法的必然性は、韓国国民の認識においてもなくなりました。しかしそれもつかの間、お次に持ち出してきたのは「法的問題以前の人類社会の普遍的倫理、隣国間の信頼問題」だそうです。この内容を見た瞬間、あまりの滑稽さに大笑いしてしまいました。私としては、韓国政府には個人補償義務が自らに属すことを明確にし、またこれに基づいた対応をしっかりと行った上で上記の高尚なコメントをしていただきたかった。植民地支配にからむ日本政府への賠償請求がおこってもこれを静観あるいは援護射撃をしておきながら今更になって「法的問題以前の」とはあきれます。これでは論点をはぐらかしたといわれても仕方がないでしょう。少なくともそんな事は今頃言うことではない(それにしてもそもそも自分たちが行うべき個人補償を十分に行っておらず、かつ日本側には賠償を行う法的根拠が存在しないにも関わらずここまであからさまに謝罪と賠償を求めるとは、一体どういう神経をしているんでしょうか? まさにヤクザですね<『カレーとご飯の神隠し』様>)。
上記毎日新聞以外の記事では「従軍慰安婦」や「徴用」などの具体的なフレーズが挙がっていましたが、とにかく韓国側の主張する「日本人による残虐行為」というのは「韓国のネズミを踏みつけた」事さえも取り上げているのではないかと感じられるほど限りなく存在するのですが、とりあえず「従軍慰安婦」と「徴用」に関してのみ述べるならば、前者に関してその争点となっているのは「日本軍による強制事実があったかどうか」であり、これは今になっても根拠となる物証は何もでていません。ただ「証言者」が声高に叫んでいるだけです。
後者に関しては、彼らは「強制連行された」とか何とかおっしゃっていますが、これは当時の日本国民に課せられた義務です。彼らは「当時は日本人であった」ことを忘れているのではないでしょうか?徴用とは彼らだけでなく内地の人間にも当然課せられていました。また半島の成年男子に対しては1944年まで徴兵は免除され、徴用のみの適用となっていました。彼らは重労働でこき使われた、とかなんとかおっしゃっていますが、少なくとも私は南方戦線で餓死や野垂れ死にするよりかは重労働でこき使われるほうが遥かにマシだと考えます。
上記歴史問題に関する内容は既に散々議論されていますが、私は現在の状況下で韓国側と歴史問題に関して話し合うことには意味が無いと考えています。
彼らが教わる歴史教科書は国定のそれしか認められておらず、多様な歴史解釈を行う場が提供されていないどころか、それを行うことすら許さない社会的雰囲気が存在します(ある親日本の著者はその弾圧の激しさのために亡命まで考えたとの事です)。このような状況下においては、はっきり申し上げて歴史問題を話し合う「前提」すらそもそも成り立っていません。彼らはいまだに熱病で舞い上がっている状態です。日韓併合当時の国際状況下において、日本および南進するロシアの脅威を独力で回避し独立を維持することが可能であったかどうかや、日本による植民地政策が他の欧米列強のそれと比べてどう違っていたのかや、旧植民地であった多くの国々がいまだ困窮する中で、なぜ自国だけが群を抜いて先進国入りができたのかなどに関して、今の韓国が冷静に考えられる状態にあるでしょうか?熱病にかかった人間とまともに話し合えといわれても到底無理な話です。
現在の韓国を見ていると、(それとはまるで対照的であるという意味で)バンドン会議におけるネルーの演説が思い浮かびます。
===========================================================
アジアはもう、受身ではありません。黙って人の言うことを聞いたりもしません。
今日のアジアは、力強い活気に溢れているのです。
我々は今更、アジアを支配した国に、憎悪の念を抱くつもりはありません。
これから先は兄弟として席を並べたい、そう願っているだけなのです。
===========================================================
戦後60年経ち、かつて植民地であったアジアの国々は立派な大人になりました。しかしまだこの状況に気がつかない子供が、ショーウィンドウの前で玩具をねだり続けています。
※ネタとしては古いんじゃないかって? 気のせいでしょ。
2005/02/28のBlog
[ 01:28 ]
【貶めることが目的化した人々】
話題としては新しくないですが、アカデミー賞に先駆けて26日に「ゴールデン・ラズベリー(ラジー)賞」の授賞式が行われました。
その中でも、かのマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画『華氏911』に出演(?)したブッシュ米大統領が 「最低男優賞」 に選ばれたそうです。
話題としては新しくないですが、アカデミー賞に先駆けて26日に「ゴールデン・ラズベリー(ラジー)賞」の授賞式が行われました。
その中でも、かのマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画『華氏911』に出演(?)したブッシュ米大統領が 「最低男優賞」 に選ばれたそうです。
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ブッシュ米大統領に「最低男優賞」
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さすがは民主党の強力な支持地盤であるカリフォルニア、
えげつなさが違います。カンヌでもそうでしたが、映画界というのはいやに政治的ですね。
カンヌで『華氏911』にパルム・ドールが与えられた時は言い知れぬ失望感を味わいました。賞賛される(すなわち受賞されるべき)映画とは、人々の思想性を超えて広く感動を与えるものである(ある普遍性を有する)と考えるからです。しかしあの映画は思想性そのものに深く関わり、また(少なからぬ人々にとっては)これに止まるものであったと思います。カンヌでの審査員であったタランティーノ氏は『華氏911』の受賞理由として、「政治は受賞に何の関係もない。単に映画として面白かったから君に賞を送ったんだ」 と述べてますが、ブッシュ氏や共和党にシンパシーを感じている人々が果たして同じように感じたでしょうか?むしろこれらの人々にとってこの映画は思想性を超えるものではなかったと思います。その意味でこの映画が普遍的な支持を受けることはありえません。別に思想性に関わる映画を作るべきではない、などと言いたいわけではありません。ただ先ほども述べたように、真に賞賛される映画とはそれを超えたすばらしさを広く人々に感じさせてくれるのではないか、と言いたいわけです。
このラジー賞もそうですが、『華氏911』が取り上げられるにつけ私が感じたことは「こんな事をして一体何になるんだろう?」ということでした。国民が選んだ指導者を面白おかしく貶めて、それで? 一体何をどうしたいので?
上記映画のワンシーンに、イラク戦争を支持した政治家にムーア監督が直撃し、イラク派遣の可能性をちらつかせた上で子息の入隊を迫る、というものがありました。「戦争を支持したのだから自らの息子を真っ先に戦場に送るべきだ」というのが監督の思想のようです(日本でもこれをパクっている方々がいらっしゃいましたね)。
子息の入隊を迫られ戸惑う政治家たち、ここに面白さを感じるようです。しかし私はこのシーンに関して次のようなことを監督に伺いたい、「もしルーズベルトが息子の命を優先して、ナチスドイツへの戦いを躊躇したら、あなたは何とおっしゃるおつもりですか?」。
別に私はブッシュ大統領のイラク戦争とルーズベルトの戦争をその正当性で同列に並べているわけではありません(私はむしろルーズベルトを評価していませんし)。これはただ、先の大戦における自分たちの立場が絶対的に正しいと信じているアメリカ人へのアイロニーです。まさか「やらねばならなかった」戦争を「やらなくてもよかった」などと言うわけがありませんからね。
ここで述べたいのは、「国の方針を決定する指導者にとって、私事(ここでは「戦争始めると息子の命が危険にさらされる」こと)によりその決断を躊躇せられるケースは絶対にあってはならない」ということです。自分たちが指導者を選んでおきながら、その指導者の決断を鈍らせる制約を科すのはまったくもってナンセンスです(そんなことをするくらいならそもそもそんな屁タレを大統領にしなければいいだけの話です)。そういう点で、このムーア監督の手法はある意味の「揚げ足取り」だと私は感じています。
それにしても『華氏911』でムーア監督(その他ニューヨークタイムズなどのマスコミ)があれほど頑張ったにもかかわらず、結局ブッシュ大統領は再選されました。この結果を受けて彼らの今までの行為に一体何の意味があったのでしょう? あれほどバッシングしたブッシュ大統領が再選されて、それでも残る彼らの成果とは? 私は、彼らの行為は「ブッシュ再選」を阻む、ただそれだけが目的だったためにブッシュ大統領再選後に残された成果も何もないのではないか、と感じています。彼らの行為は「貶めることが目的化していた(それ以上でも以下でもない)」と考えるわけです。
一体アメリカ国民は後味の悪さ以外に、えげつないバッシング(もちろんこれは共和党側にも言えますが)から得るものが何かあったんでしょうか? いずれにせよ大統領選は終わりました。ムーア監督にはもっとポジティヴな方向にその発想力を活かしてもらいたいです。
ブッシュ米大統領に「最低男優賞」
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さすがは民主党の強力な支持地盤であるカリフォルニア、
えげつなさが違います。カンヌでもそうでしたが、映画界というのはいやに政治的ですね。
カンヌで『華氏911』にパルム・ドールが与えられた時は言い知れぬ失望感を味わいました。賞賛される(すなわち受賞されるべき)映画とは、人々の思想性を超えて広く感動を与えるものである(ある普遍性を有する)と考えるからです。しかしあの映画は思想性そのものに深く関わり、また(少なからぬ人々にとっては)これに止まるものであったと思います。カンヌでの審査員であったタランティーノ氏は『華氏911』の受賞理由として、「政治は受賞に何の関係もない。単に映画として面白かったから君に賞を送ったんだ」 と述べてますが、ブッシュ氏や共和党にシンパシーを感じている人々が果たして同じように感じたでしょうか?むしろこれらの人々にとってこの映画は思想性を超えるものではなかったと思います。その意味でこの映画が普遍的な支持を受けることはありえません。別に思想性に関わる映画を作るべきではない、などと言いたいわけではありません。ただ先ほども述べたように、真に賞賛される映画とはそれを超えたすばらしさを広く人々に感じさせてくれるのではないか、と言いたいわけです。
このラジー賞もそうですが、『華氏911』が取り上げられるにつけ私が感じたことは「こんな事をして一体何になるんだろう?」ということでした。国民が選んだ指導者を面白おかしく貶めて、それで? 一体何をどうしたいので?
上記映画のワンシーンに、イラク戦争を支持した政治家にムーア監督が直撃し、イラク派遣の可能性をちらつかせた上で子息の入隊を迫る、というものがありました。「戦争を支持したのだから自らの息子を真っ先に戦場に送るべきだ」というのが監督の思想のようです(日本でもこれをパクっている方々がいらっしゃいましたね)。
子息の入隊を迫られ戸惑う政治家たち、ここに面白さを感じるようです。しかし私はこのシーンに関して次のようなことを監督に伺いたい、「もしルーズベルトが息子の命を優先して、ナチスドイツへの戦いを躊躇したら、あなたは何とおっしゃるおつもりですか?」。
別に私はブッシュ大統領のイラク戦争とルーズベルトの戦争をその正当性で同列に並べているわけではありません(私はむしろルーズベルトを評価していませんし)。これはただ、先の大戦における自分たちの立場が絶対的に正しいと信じているアメリカ人へのアイロニーです。まさか「やらねばならなかった」戦争を「やらなくてもよかった」などと言うわけがありませんからね。
ここで述べたいのは、「国の方針を決定する指導者にとって、私事(ここでは「戦争始めると息子の命が危険にさらされる」こと)によりその決断を躊躇せられるケースは絶対にあってはならない」ということです。自分たちが指導者を選んでおきながら、その指導者の決断を鈍らせる制約を科すのはまったくもってナンセンスです(そんなことをするくらいならそもそもそんな屁タレを大統領にしなければいいだけの話です)。そういう点で、このムーア監督の手法はある意味の「揚げ足取り」だと私は感じています。
それにしても『華氏911』でムーア監督(その他ニューヨークタイムズなどのマスコミ)があれほど頑張ったにもかかわらず、結局ブッシュ大統領は再選されました。この結果を受けて彼らの今までの行為に一体何の意味があったのでしょう? あれほどバッシングしたブッシュ大統領が再選されて、それでも残る彼らの成果とは? 私は、彼らの行為は「ブッシュ再選」を阻む、ただそれだけが目的だったためにブッシュ大統領再選後に残された成果も何もないのではないか、と感じています。彼らの行為は「貶めることが目的化していた(それ以上でも以下でもない)」と考えるわけです。
一体アメリカ国民は後味の悪さ以外に、えげつないバッシング(もちろんこれは共和党側にも言えますが)から得るものが何かあったんでしょうか? いずれにせよ大統領選は終わりました。ムーア監督にはもっとポジティヴな方向にその発想力を活かしてもらいたいです。
2005/02/26のBlog
[ 06:46 ]
【韓国から始まる連想ゲーム】
せっかくの給料日だというのに韓国からこんな香ばしい記事が。
========================================
歴史問題で日本を批判 盧大統領、就任2年演説
========================================
ああ、やっぱり彼も今までと同じか、といったところでしょうか。「未来志向の日韓関係」どころか、再び「歴史認識」の問題に逆戻りです(予想した通りではありますが)。
しかし、下記の演説内容ですが
=========================================
(引用)
盧大統領は「歴史問題を処理するドイツと日本の異
なった態度は、多くの教訓を与えている。両国の異
なった態度によって、隣国から受ける信頼が異なる」
と指摘。
=========================================
「異なる」だらけでMI6の暗号文かと思いました(訳者にもよるのでしょうが)。
しかし、盧大統領もわかって言ってるんだから人が悪い。ドイツはいまだにどの国にも国家賠償を行っていません。仮にこれを知らずに言っているのだとしたら、彼はただの馬鹿です。
このネタに関してはこちら(『カレーとご飯の神隠し』様)でも取り上げていらっしゃいます。
しかしドイツ人がこの件でポーランドを訴えようとしている(もう訴えたのかな?)とは知りませんでした。日本に当てはめると、終戦時の在外資産は朝鮮半島だけでも数兆円に上るといわれてますから、韓国・北朝鮮の当局者はプライドや品位をかなぐり捨ててでも猛烈に反対するでしょうね。
まてよ? 確か北朝鮮は国交正常化交渉で数兆円規模の経済支援を要求していましたね。いろいろと調べてみたら下記の記事を拾いました。
========================================
日本、財産請求権行使なら北朝鮮に6兆円請求
(2002/09/13 産経新聞朝刊)
日本が一九四五年当時、朝鮮半島の北朝鮮地域
に残した資産総額は、現在の価格に換算して約八
兆七千八百億円に上ることが十二日、分かった。
日朝双方がサンフランシスコ講和条約の財産請求
権を行使した場合、日本が北朝鮮に支払う額より、
北朝鮮が日本に支払う額の方が約五、六兆円超過
し、北朝鮮側が大幅に不利になるとされる。
=========================================
財産請求権ですか、これって北の賠償請求に特化したある意味での「外交カード」に使えるんじゃないの?
話を『ドイツ人によるポーランド政府への財産返還要求』に戻しますが、この問題で訴えられるポーランドもちょっと可哀相かなぁ、と思います。たしかポーランド領の西方シフトの方針は1945年のヤルタ会談にて「当事者不在」の元で決定されたものです。最終的には同年8月の「ソヴィエト=ポーランド国境条約」にて確認されましたが、この時のポーランド政府はソビエト寄りのルブリン政権(まだポーランド国民開放委員かな?)、首を横に振るわけがありません。
まあ国家間の合意が成立していると言われるとたしかにその通りで、そうなると返還要求の対象はポーランド政府になるのでしょうが、やっぱりちょっと可哀相な気がします。
さて上記のヤルタ会談ネタで、かの朝日新聞が面白い社説(2/22)を書いていましたね(ちょっとネタとしては鮮度が落ちますが)。以前から朝日新聞の論説委員には、「1904年に亡くなったロシアの文豪チェーホフ」や、「日本の新幹線事情にお詳しい歴史家と称する人物」が好き放題に喋る夢を見る方がいらっしゃいましたが、この度はなんとヤルタ会談時の首脳たちの言葉が聞こえるという方が現れました。これを書いたのが「夢落ち」社説を書いた方と同じなら病状はさらに悪化したといえるでしょう。
それにしてもいつから社説は「歴史上の人物に語らせる筆者の愚痴」を意味するようになったんでしょうか?愚痴なら自分の口で言いなさい!
(それにしても愚痴を言うだけ言って無理やり締めたのが見え見えなところがまた面白いですね)。
※ヤルタ会談ネタへのもっていき方が強引じゃないか、って? 気のせいでしょ。
せっかくの給料日だというのに韓国からこんな香ばしい記事が。
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歴史問題で日本を批判 盧大統領、就任2年演説
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ああ、やっぱり彼も今までと同じか、といったところでしょうか。「未来志向の日韓関係」どころか、再び「歴史認識」の問題に逆戻りです(予想した通りではありますが)。
しかし、下記の演説内容ですが
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(引用)
盧大統領は「歴史問題を処理するドイツと日本の異
なった態度は、多くの教訓を与えている。両国の異
なった態度によって、隣国から受ける信頼が異なる」
と指摘。
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「異なる」だらけでMI6の暗号文かと思いました(訳者にもよるのでしょうが)。
しかし、盧大統領もわかって言ってるんだから人が悪い。ドイツはいまだにどの国にも国家賠償を行っていません。仮にこれを知らずに言っているのだとしたら、彼はただの馬鹿です。
このネタに関してはこちら(『カレーとご飯の神隠し』様)でも取り上げていらっしゃいます。
しかしドイツ人がこの件でポーランドを訴えようとしている(もう訴えたのかな?)とは知りませんでした。日本に当てはめると、終戦時の在外資産は朝鮮半島だけでも数兆円に上るといわれてますから、韓国・北朝鮮の当局者はプライドや品位をかなぐり捨ててでも猛烈に反対するでしょうね。
まてよ? 確か北朝鮮は国交正常化交渉で数兆円規模の経済支援を要求していましたね。いろいろと調べてみたら下記の記事を拾いました。
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日本、財産請求権行使なら北朝鮮に6兆円請求
(2002/09/13 産経新聞朝刊)
日本が一九四五年当時、朝鮮半島の北朝鮮地域
に残した資産総額は、現在の価格に換算して約八
兆七千八百億円に上ることが十二日、分かった。
日朝双方がサンフランシスコ講和条約の財産請求
権を行使した場合、日本が北朝鮮に支払う額より、
北朝鮮が日本に支払う額の方が約五、六兆円超過
し、北朝鮮側が大幅に不利になるとされる。
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財産請求権ですか、これって北の賠償請求に特化したある意味での「外交カード」に使えるんじゃないの?
話を『ドイツ人によるポーランド政府への財産返還要求』に戻しますが、この問題で訴えられるポーランドもちょっと可哀相かなぁ、と思います。たしかポーランド領の西方シフトの方針は1945年のヤルタ会談にて「当事者不在」の元で決定されたものです。最終的には同年8月の「ソヴィエト=ポーランド国境条約」にて確認されましたが、この時のポーランド政府はソビエト寄りのルブリン政権(まだポーランド国民開放委員かな?)、首を横に振るわけがありません。
まあ国家間の合意が成立していると言われるとたしかにその通りで、そうなると返還要求の対象はポーランド政府になるのでしょうが、やっぱりちょっと可哀相な気がします。
さて上記のヤルタ会談ネタで、かの朝日新聞が面白い社説(2/22)を書いていましたね(ちょっとネタとしては鮮度が落ちますが)。以前から朝日新聞の論説委員には、「1904年に亡くなったロシアの文豪チェーホフ」や、「日本の新幹線事情にお詳しい歴史家と称する人物」が好き放題に喋る夢を見る方がいらっしゃいましたが、この度はなんとヤルタ会談時の首脳たちの言葉が聞こえるという方が現れました。これを書いたのが「夢落ち」社説を書いた方と同じなら病状はさらに悪化したといえるでしょう。
それにしてもいつから社説は「歴史上の人物に語らせる筆者の愚痴」を意味するようになったんでしょうか?愚痴なら自分の口で言いなさい!
(それにしても愚痴を言うだけ言って無理やり締めたのが見え見えなところがまた面白いですね)。
※ヤルタ会談ネタへのもっていき方が強引じゃないか、って? 気のせいでしょ。
2005/02/22のBlog
[ 03:25 ]
【NHK番組改変問題 - News23(筑紫氏vs安倍氏)で感じたこと】
このネタの発生時期に対して記事作成が著しく遅れたのは、ひとえに「その頃ブログをまだはじめてなかった」ことにほかなりません(なので特に意味はありません)。
当日のNews23放送を直接見たわけではないのですが、番組内容はこちら(『Irregular Expression』様)から確認させていただきました。
■両者の論点
まず、筑紫氏が問題としている事柄は 「政治家の圧力」 に関してであり、終始これだけに焦点を当てている感じがします。一方安倍氏に関しては「朝日新聞の記事の信憑性」をテーマとして取り上げようとしているように感じました。
しかし思うに、今回の 「NHK番組改変問題」と「安倍氏による政治的圧力問題」を直接的に関連付けて論を進めるのには無理があります。
■そもそも事実かどうかがかなり怪しい
当初の記事においては安倍氏はNHK関係者を呼び出して、「一方的な放送はするな」「公平で客観的な番組にするように」などと求めたことになっています。しかしそもそも安倍氏はNHK関係者を「呼び出した」事実はないですし、また、「公平で客観的な番組をお願いします」と述べたことは主張していますが、「一方的な放送はするな」などと述べたことは事実と認められてはいない上に本人も否定しています。前者のコメントに関しては放送法にのっとったものなので特に問題となる必然性はありません。それに番組の編集自体が安倍氏の面会前にすでに始まっているという事実は、改変と安倍氏がリンクしないことを示しています。上述の内容はよく知られているので詳述は避けますが朝日記事の信憑性はかなり怪しいといえるでしょう。
その上で筑紫氏が問題として取り上げたのがいわば「無意識の圧力」 といったものです。
■無意識の圧力?も今回直接の関係はない
要は「発言者本人が圧力目的で発言したのではなくても、受け取り側によっては圧力と感じることがある」というものですが、問題の朝日記事中に出てきた「NHK関係者」こと松尾氏は顔と名前を明らかにした上で「圧力は感じなかった」「記事は主張した内容と異なる」と発言しています。記事中にて「圧力」の存在根拠とされていた当の本人がこのように述べている以上、「無意識の圧力」を松尾氏が受けた(あるいは受けたと「主張した」)のであれば、朝日新聞はこれを証明しなければなりません。証明されてもいないことを前提に論を進める筑紫氏には明らかに無理があるでしょう。
この「無意識の圧力」が当問題にて取り上げられる要素としては、せいぜい 「今回の件とは直接関係ありませんが、よくよく考えてみると受け取り側によっては圧力を感じるということもあり得ますね」程度が限度でしょう。
仮に筑紫氏が上記のように「NHK番組改変問題」と「無意識の圧力」を分けて論じていたとして、彼の言い分はわからんでもない。人は時として言われたこと以上の「言外の意味」を受け取る場合がありますし、これが圧力めいて感じることもあるだろうと思います。
しかし、ここで考えなければいけない要素は2つあると思います。まずひとつは、「圧力を感じるかどうかは受け取る側による」こと、もうひとつは「相手が圧力を感じたというだけで善悪の判断はできない」ということです。
■それでは何もいえなくなってしまいます
あからさまな場合ではない限り、圧力を感じるかどうかは受け取る側によります。日頃手厳しい姑に味噌汁を味見してもらっている新妻は何を言われても圧力に感じるものじゃないですか。そんな相手のことまでいちいち配慮してあげたのでは何もいえなくなってしまいます。筑紫氏は「安倍さんは将来のリーダーと目されている訳だから圧力と誤解されるような行為(言動)には慎重であるべきでないか」と述べてますが(正確には「そういう見方も有りますが」とおっしゃっていますが、これは氏自身の考えでしょう)、その論法にたつならばなまじ政治の重役についている者は何もいえなくなってしまいます。
■すみませんが、あんたら一体何様なんですか?
これに対して、中には「政治家が "公平・公正に" と求めること自体間違っている」と主張する過激な方々がいます(特にジャーナリストの方々)。彼らはおそらく「政治家が報道関係者に圧力を感じさせること自体が悪いこと」だと考えているのだと思います。もちろん報道関係者がある圧力を感じて表現の自由を制限されられるようなことになれば、これは由々しき事態だと思います。しかし、圧力を感じた発言が社会的常識に則ったものであっても、相手が圧力を感じれば間違いである、などと私は思いません(放送法に則って公平公正な番組作りを求めることは非常識なことでしょうか?)逆に常識的な発言に感じる圧力ってなんなんです?私にはその人には後ろめたい何かがあるとしか思えませんが。
「発言が至極常識的な内容であっても、相手が圧力を感じたのであればそれは悪いことであり慎まなければならない」などという人がいたならば、私は正直「あんた一体何様なの?」と感じずにはいられません。このようなことが肯定されてしまえば、マスコミは政治家以上の権力でしょう。私は国民から選ばれもしないどこの誰ともわからない人々が、我々の選挙で選んだ人間よりも大きな権力を持つことを望みません(彼らが絶対的に正義であり、正しい行為しか行わないのであれば話は別ですが)。
■記事の信憑性を追及することの方が優先事項でしょ そもそも、安倍氏がNHK関係者に対して放送法にのっとった発言しかせず、これに対してNHK関係者も圧力を微塵も感じず、番組改変は内部的な理由(番組内容が偏っていると内部的に判断した上での編集)であったならば、今回の件はそもそも問題になりようがありませんし、両事象はまったく結びつきません。これに対して安倍氏と番組改変を結びつけたのが朝日新聞の記事です。そのように報道した以上、両事象の結びつきが事実であることを証明せねばなりません。
しかし朝日新聞は記事に対する根拠をまったく示していないのですが、それにもかかわらず日頃政治家の説明責任を声高に求める報道関係者たち(筑紫さん、あなたですよ)がなぜこの「記事の信憑性」に焦点を当てようとしないのか、私には不思議でなりません。はっきりいえると思うのは「あったかどうかもわからない圧力よりも記事の信憑性を追求することのほうがよっぽど重要だろ」ということです。
しっかしこの問題、今後も尾を引きそうですね・・・。
このネタの発生時期に対して記事作成が著しく遅れたのは、ひとえに「その頃ブログをまだはじめてなかった」ことにほかなりません(なので特に意味はありません)。
当日のNews23放送を直接見たわけではないのですが、番組内容はこちら(『Irregular Expression』様)から確認させていただきました。
■両者の論点
まず、筑紫氏が問題としている事柄は 「政治家の圧力」 に関してであり、終始これだけに焦点を当てている感じがします。一方安倍氏に関しては「朝日新聞の記事の信憑性」をテーマとして取り上げようとしているように感じました。
しかし思うに、今回の 「NHK番組改変問題」と「安倍氏による政治的圧力問題」を直接的に関連付けて論を進めるのには無理があります。
■そもそも事実かどうかがかなり怪しい
当初の記事においては安倍氏はNHK関係者を呼び出して、「一方的な放送はするな」「公平で客観的な番組にするように」などと求めたことになっています。しかしそもそも安倍氏はNHK関係者を「呼び出した」事実はないですし、また、「公平で客観的な番組をお願いします」と述べたことは主張していますが、「一方的な放送はするな」などと述べたことは事実と認められてはいない上に本人も否定しています。前者のコメントに関しては放送法にのっとったものなので特に問題となる必然性はありません。それに番組の編集自体が安倍氏の面会前にすでに始まっているという事実は、改変と安倍氏がリンクしないことを示しています。上述の内容はよく知られているので詳述は避けますが朝日記事の信憑性はかなり怪しいといえるでしょう。
その上で筑紫氏が問題として取り上げたのがいわば「無意識の圧力」 といったものです。
■無意識の圧力?も今回直接の関係はない
要は「発言者本人が圧力目的で発言したのではなくても、受け取り側によっては圧力と感じることがある」というものですが、問題の朝日記事中に出てきた「NHK関係者」こと松尾氏は顔と名前を明らかにした上で「圧力は感じなかった」「記事は主張した内容と異なる」と発言しています。記事中にて「圧力」の存在根拠とされていた当の本人がこのように述べている以上、「無意識の圧力」を松尾氏が受けた(あるいは受けたと「主張した」)のであれば、朝日新聞はこれを証明しなければなりません。証明されてもいないことを前提に論を進める筑紫氏には明らかに無理があるでしょう。
この「無意識の圧力」が当問題にて取り上げられる要素としては、せいぜい 「今回の件とは直接関係ありませんが、よくよく考えてみると受け取り側によっては圧力を感じるということもあり得ますね」程度が限度でしょう。
仮に筑紫氏が上記のように「NHK番組改変問題」と「無意識の圧力」を分けて論じていたとして、彼の言い分はわからんでもない。人は時として言われたこと以上の「言外の意味」を受け取る場合がありますし、これが圧力めいて感じることもあるだろうと思います。
しかし、ここで考えなければいけない要素は2つあると思います。まずひとつは、「圧力を感じるかどうかは受け取る側による」こと、もうひとつは「相手が圧力を感じたというだけで善悪の判断はできない」ということです。
■それでは何もいえなくなってしまいます
あからさまな場合ではない限り、圧力を感じるかどうかは受け取る側によります。日頃手厳しい姑に味噌汁を味見してもらっている新妻は何を言われても圧力に感じるものじゃないですか。そんな相手のことまでいちいち配慮してあげたのでは何もいえなくなってしまいます。筑紫氏は「安倍さんは将来のリーダーと目されている訳だから圧力と誤解されるような行為(言動)には慎重であるべきでないか」と述べてますが(正確には「そういう見方も有りますが」とおっしゃっていますが、これは氏自身の考えでしょう)、その論法にたつならばなまじ政治の重役についている者は何もいえなくなってしまいます。
■すみませんが、あんたら一体何様なんですか?
これに対して、中には「政治家が "公平・公正に" と求めること自体間違っている」と主張する過激な方々がいます(特にジャーナリストの方々)。彼らはおそらく「政治家が報道関係者に圧力を感じさせること自体が悪いこと」だと考えているのだと思います。もちろん報道関係者がある圧力を感じて表現の自由を制限されられるようなことになれば、これは由々しき事態だと思います。しかし、圧力を感じた発言が社会的常識に則ったものであっても、相手が圧力を感じれば間違いである、などと私は思いません(放送法に則って公平公正な番組作りを求めることは非常識なことでしょうか?)逆に常識的な発言に感じる圧力ってなんなんです?私にはその人には後ろめたい何かがあるとしか思えませんが。
「発言が至極常識的な内容であっても、相手が圧力を感じたのであればそれは悪いことであり慎まなければならない」などという人がいたならば、私は正直「あんた一体何様なの?」と感じずにはいられません。このようなことが肯定されてしまえば、マスコミは政治家以上の権力でしょう。私は国民から選ばれもしないどこの誰ともわからない人々が、我々の選挙で選んだ人間よりも大きな権力を持つことを望みません(彼らが絶対的に正義であり、正しい行為しか行わないのであれば話は別ですが)。
■記事の信憑性を追及することの方が優先事項でしょ そもそも、安倍氏がNHK関係者に対して放送法にのっとった発言しかせず、これに対してNHK関係者も圧力を微塵も感じず、番組改変は内部的な理由(番組内容が偏っていると内部的に判断した上での編集)であったならば、今回の件はそもそも問題になりようがありませんし、両事象はまったく結びつきません。これに対して安倍氏と番組改変を結びつけたのが朝日新聞の記事です。そのように報道した以上、両事象の結びつきが事実であることを証明せねばなりません。
しかし朝日新聞は記事に対する根拠をまったく示していないのですが、それにもかかわらず日頃政治家の説明責任を声高に求める報道関係者たち(筑紫さん、あなたですよ)がなぜこの「記事の信憑性」に焦点を当てようとしないのか、私には不思議でなりません。はっきりいえると思うのは「あったかどうかもわからない圧力よりも記事の信憑性を追求することのほうがよっぽど重要だろ」ということです。
しっかしこの問題、今後も尾を引きそうですね・・・。
2005/02/20のBlog
[ 13:50 ]
エッカルと申します。これが当ブログでの最初の記事となります。
以前からブログには興味がありました。というのはネットでの情報共有手段で私がまず思いつくものといえば「掲示板」とりわけ「2ちゃんねる」ですが、「2ちゃんねる」では、なんといいますか、かきこみの数が多すぎることと、書き込まれている内容にお世辞にもまともといえないものも存在するように見えたため、書き込みを見ている方も書いている方も、なにかその意見が希薄なものに感じられるような気がしていました(それ以前に長い文章は読んでもらえないかな?とも思いますし)。
そのため、もうちょい強く意見性を表現できる情報共有(発信)手段としてブログに注目していたわけですが、おそらくこれ以降書き込まれる内容としては、駄文がその9割をしめることでしょうし、更新も恐ろしいほど遅いことでしょう(基本的に面倒くさがり屋なので・・・)。また、まだ操作方法に慣れてないこともあり、見苦しい点など多々発生するかと存じますが、なま温かい目でお見守り願います。
以前からブログには興味がありました。というのはネットでの情報共有手段で私がまず思いつくものといえば「掲示板」とりわけ「2ちゃんねる」ですが、「2ちゃんねる」では、なんといいますか、かきこみの数が多すぎることと、書き込まれている内容にお世辞にもまともといえないものも存在するように見えたため、書き込みを見ている方も書いている方も、なにかその意見が希薄なものに感じられるような気がしていました(それ以前に長い文章は読んでもらえないかな?とも思いますし)。
そのため、もうちょい強く意見性を表現できる情報共有(発信)手段としてブログに注目していたわけですが、おそらくこれ以降書き込まれる内容としては、駄文がその9割をしめることでしょうし、更新も恐ろしいほど遅いことでしょう(基本的に面倒くさがり屋なので・・・)。また、まだ操作方法に慣れてないこともあり、見苦しい点など多々発生するかと存じますが、なま温かい目でお見守り願います。
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