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2008/01/31のBlog
[ 17:51 ]
[ ニュース ]
2割「集団がやや苦手」 5歳児健診の効果報告
元記事はこちら(Yahoo! ニュース)より。 府中丹西保健所と福知山市が05年度から始めている5歳児モデル健診事業の報告会が30日、市民会館で開かれた。健診で「集団がやや苦手な子」が約2割いることがわかったが、そうした子らに対して事後支援をし、問題改善に効果があったことも示され、問題を早期発見できる5歳児モデル健診の必要性を再認識した。
集団が苦手などの特徴を見逃したまま子どもが大きくなると、学校や社会に適応できない、より大きな問題へとつながる。5歳児モデル健診は、乳幼児期にはわかりにくい発達上の課題発見にも役立つ。
集団がやや苦手な子の割合は、他の地域の実施結果とほぼ同数という。事後支援によって34割で問題点が改善された。特に軽度発達障害児については事後支援の効果が6割以上で、早期介入による改善が期待できるとした。
事業は08年度から市が主体となる。あいさつに立った溝尻・市保健福祉部長は「これまでの3カ年を踏まえて市の事業を進めていきたい」と話していた。
[関連記事]
■府が5歳児健診を導入 問診や行動の確認など集団への適応力みる(両丹日日新聞ニュース)
元記事はこちら(Yahoo! ニュース)より。 府中丹西保健所と福知山市が05年度から始めている5歳児モデル健診事業の報告会が30日、市民会館で開かれた。健診で「集団がやや苦手な子」が約2割いることがわかったが、そうした子らに対して事後支援をし、問題改善に効果があったことも示され、問題を早期発見できる5歳児モデル健診の必要性を再認識した。
集団が苦手などの特徴を見逃したまま子どもが大きくなると、学校や社会に適応できない、より大きな問題へとつながる。5歳児モデル健診は、乳幼児期にはわかりにくい発達上の課題発見にも役立つ。
集団がやや苦手な子の割合は、他の地域の実施結果とほぼ同数という。事後支援によって34割で問題点が改善された。特に軽度発達障害児については事後支援の効果が6割以上で、早期介入による改善が期待できるとした。
事業は08年度から市が主体となる。あいさつに立った溝尻・市保健福祉部長は「これまでの3カ年を踏まえて市の事業を進めていきたい」と話していた。
[関連記事]
■府が5歳児健診を導入 問診や行動の確認など集団への適応力みる(両丹日日新聞ニュース)
2008/01/30のBlog
[ 22:06 ]
[ 雑感 ]
[あいさつ]
こんばんは。mooでございます。
さて、やっと水曜日でございますよ、折り返しです。
いとうれし。(´<_` )♪
嬉しいと言えば、Doblogさんがスパム対処してくれました。
ぐぐってみると、あらゆるblogにスパムってるようで、
ログインしていればさっくり消す 以上
ぐらいのことしかしてなかったわたしですが、(´<_` )<相手ロボットだしね
こうやって対処していただけると嬉しいです。
Doblogスタッフの皆さま、ありがとうございます。
さて、年度末ということもあって、
来年度のことなんぞを考えたり考えなかったりです。ハイ。
まあ、流されるままに生きていきますよ、わたしゃ。
[さて年度末と言えばこれ]
なんかこの時期になると毎年言うてることなのかもしれんが。
この時期に送られてくる「院生からのメール」。
正直なところ、も う イ ヤ だ。ОTL
ってか、時期にかかわらずここ数年の院生メールがイヤ。
イマドキの人、という言葉は好きではないのですが、
PCメールを持たない(あるいは使いこなせない)院生からの携帯メール。
これ、指導教官の人たちは、
「メールのマナー」から指導した方がいいんじゃねえの?
とよく思います。
携帯メールが突然送られてくるということはありません。
たいてい、どの指導教官も、
「きみのメールのアドレスをうちのゼミ生に知らせてよいか?」
とあらかじめ聞いてくれる。当然のことなのだけどね、うん。
ちなみにわたしは仕事上のやりとりは、すべてPCメールで行っています。
いろいろと添付しなきゃいけないことが多いので。ハイ。
でまあ、はじめて院生たちから送られてきた携帯メール。
一通目は「○○大学□□講座の△△ゼミに所属する××と申します」と、
書いてくるわけですよ。うん。自己紹介大事よ。友達じゃないのだからね。
で、聞きたいことを要領がようわからん内容で書きたれてくる。
まあそれはいいですよ、別に。どこかで頭打てばよい。
でまあ、聞かれたことには字数制限を気にして>指摘されて、
何通かに分けてこまめに書くわたしもアホだと言えばアホなのだが。
二通目。いきなり用件から始まる。挨拶も礼もなし。
いや別にどうでもよいですよ、社会に出てから嗤われればよいと思うし。
三通目。「了解」「どうも」「今、忙しいので」だけ。
えーと・・・こっちはPCメールですよ。
キミのメールを一日中待ってるわけじゃないのよ。
もうちょっと頭使って書けないの?
ってか、イマドキの院生ってこういうものなのか?
自分だったら、こんな内容のメールを携帯からでも出さんよ?
しかも、「就職の相談」だったり「紹介依頼」だったりするわけで。
なんつうか見ていてすげえイタイ。
ってか、あまり個人的にかかわりたくないと思います。
で、たかがメールなのですが、されどメールです。
メールですらまともに書けん人間に、誰が仕事を頼むかっての。
ふざけんなよ。
指導教官はいい人なのに、院生がダメダメだ・・・というのが、
ここ数年異常に多いです。これ大学関係ないところがミソです。
ОTL
今ふと思いましたが、単にわたしがなめられてるだけというのもあるな。
ぺろりとね。~~-y(´<_` )
まだその方がマシだなあと思いました。
ちなみに、
学部生・院生のメールでさらにイタイのがあったけど、内容は忘れました・・・。
だってはじめてのメールで絵文字がたくさんだったんだも・・・。
キラキラ彩られた絵文字と、ところどころ出てくる顔文字にちょっとショックだった。
m(__)m
(-人-;)(;-人-)
(^_^)/~~
(/_;)
/(^◇^;)
d(⌒O⌒)b
が、べたべたと貼られた「仕事・ケース絡みのメール」を見て、
頭がくらくらしたことだけは覚えてます。
そして、親しくもないのにそういうメールを送ってくる人には、
決して仕事を頼まないでおこうと思ったわたしなのでした。ではまた。
こんばんは。mooでございます。
さて、やっと水曜日でございますよ、折り返しです。
いとうれし。(´<_` )♪
嬉しいと言えば、Doblogさんがスパム対処してくれました。
ぐぐってみると、あらゆるblogにスパムってるようで、
ログインしていればさっくり消す 以上
ぐらいのことしかしてなかったわたしですが、(´<_` )<相手ロボットだしね
こうやって対処していただけると嬉しいです。
Doblogスタッフの皆さま、ありがとうございます。
さて、年度末ということもあって、
来年度のことなんぞを考えたり考えなかったりです。ハイ。
まあ、流されるままに生きていきますよ、わたしゃ。
[さて年度末と言えばこれ]
なんかこの時期になると毎年言うてることなのかもしれんが。
この時期に送られてくる「院生からのメール」。
正直なところ、も う イ ヤ だ。ОTL
ってか、時期にかかわらずここ数年の院生メールがイヤ。
イマドキの人、という言葉は好きではないのですが、
PCメールを持たない(あるいは使いこなせない)院生からの携帯メール。
これ、指導教官の人たちは、
「メールのマナー」から指導した方がいいんじゃねえの?
とよく思います。
携帯メールが突然送られてくるということはありません。
たいてい、どの指導教官も、
「きみのメールのアドレスをうちのゼミ生に知らせてよいか?」
とあらかじめ聞いてくれる。当然のことなのだけどね、うん。
ちなみにわたしは仕事上のやりとりは、すべてPCメールで行っています。
いろいろと添付しなきゃいけないことが多いので。ハイ。
でまあ、はじめて院生たちから送られてきた携帯メール。
一通目は「○○大学□□講座の△△ゼミに所属する××と申します」と、
書いてくるわけですよ。うん。自己紹介大事よ。友達じゃないのだからね。
で、聞きたいことを要領がようわからん内容で書きたれてくる。
まあそれはいいですよ、別に。どこかで頭打てばよい。
でまあ、聞かれたことには字数制限を気にして>指摘されて、
何通かに分けてこまめに書くわたしもアホだと言えばアホなのだが。
二通目。いきなり用件から始まる。挨拶も礼もなし。
いや別にどうでもよいですよ、社会に出てから嗤われればよいと思うし。
三通目。「了解」「どうも」「今、忙しいので」だけ。
えーと・・・こっちはPCメールですよ。
キミのメールを一日中待ってるわけじゃないのよ。
もうちょっと頭使って書けないの?
ってか、イマドキの院生ってこういうものなのか?
自分だったら、こんな内容のメールを携帯からでも出さんよ?
しかも、「就職の相談」だったり「紹介依頼」だったりするわけで。
なんつうか見ていてすげえイタイ。
ってか、あまり個人的にかかわりたくないと思います。
で、たかがメールなのですが、されどメールです。
メールですらまともに書けん人間に、誰が仕事を頼むかっての。
ふざけんなよ。
指導教官はいい人なのに、院生がダメダメだ・・・というのが、
ここ数年異常に多いです。これ大学関係ないところがミソです。
ОTL
今ふと思いましたが、単にわたしがなめられてるだけというのもあるな。
ぺろりとね。~~-y(´<_` )
まだその方がマシだなあと思いました。
ちなみに、
学部生・院生のメールでさらにイタイのがあったけど、内容は忘れました・・・。
だってはじめてのメールで絵文字がたくさんだったんだも・・・。
キラキラ彩られた絵文字と、ところどころ出てくる顔文字にちょっとショックだった。
m(__)m
(-人-;)(;-人-)
(^_^)/~~
(/_;)
/(^◇^;)
d(⌒O⌒)b
が、べたべたと貼られた「仕事・ケース絡みのメール」を見て、
頭がくらくらしたことだけは覚えてます。
そして、親しくもないのにそういうメールを送ってくる人には、
決して仕事を頼まないでおこうと思ったわたしなのでした。ではまた。
2008/01/29のBlog
[ 21:28 ]
[ ニュース ]
名古屋市が学習障害児の支援研究 霊長類研と連携しモデル事業
元記事はこちら(中日新聞)より。 名古屋市は2008年度から、発達障害の療育方法などを研究している京都大霊長類研究所(愛知県犬山市)の正高信男教授と連携し、学習障害の児童らの支援方法を研究するモデル事業を始める。同市には、学習障害のある子どもたちへの支援態勢が整っておらず、新たな訓練プログラムの開発につなげたい考えだ。
学習障害は発達障害の一種で、知的には標準かそれ以上だが、読み・書き・計算などの一部ができないなど学力に著しい偏りがある。小学校に入学後、授業についていけなくなるなどして障害が分かる例が多い。
正高教授の研究室が、発達障害者の支援施設がある市児童福祉センター(昭和区)へ研究員を派遣。小学校低学年の学習障害の児童数人が参加して、療育方法の開発を目指す。
学習障害はそれぞれ特徴が異なるため、各自の症例に合わせる形で、心理療法や子どもが興味を持つゲームなどを活用しながら支援方法を開発する。
正高教授は、サル学の研究成果を応用して人間の子育てやいじめなどの研究に幅広く取り組んでおり、発達障害の分野では、キーボードで単語や文章を入力してもらうことで、言葉を操る能力を高める療育方法の研究などを行っている。
元記事はこちら(中日新聞)より。 名古屋市は2008年度から、発達障害の療育方法などを研究している京都大霊長類研究所(愛知県犬山市)の正高信男教授と連携し、学習障害の児童らの支援方法を研究するモデル事業を始める。同市には、学習障害のある子どもたちへの支援態勢が整っておらず、新たな訓練プログラムの開発につなげたい考えだ。
学習障害は発達障害の一種で、知的には標準かそれ以上だが、読み・書き・計算などの一部ができないなど学力に著しい偏りがある。小学校に入学後、授業についていけなくなるなどして障害が分かる例が多い。
正高教授の研究室が、発達障害者の支援施設がある市児童福祉センター(昭和区)へ研究員を派遣。小学校低学年の学習障害の児童数人が参加して、療育方法の開発を目指す。
学習障害はそれぞれ特徴が異なるため、各自の症例に合わせる形で、心理療法や子どもが興味を持つゲームなどを活用しながら支援方法を開発する。
正高教授は、サル学の研究成果を応用して人間の子育てやいじめなどの研究に幅広く取り組んでおり、発達障害の分野では、キーボードで単語や文章を入力してもらうことで、言葉を操る能力を高める療育方法の研究などを行っている。
2008/01/28のBlog
[ 21:34 ]
[ ニュース ]
子どもの心の診療拠点を整備=厚生労働省
元記事はこちら(時事通信出版局)より。 厚生労働省は、発達障害を抱えたり、虐待で心理的に傷ついたりしている子どもを適切に診療できるように、各都道府県に子どもの心を専門にケアする拠点病院を整備する方針を決めた。2008年度は約10カ所を選んでモデル事業に着手し、3年間かけて拠点病院に必要な設備やスタッフなどを検証するとともに、都道府県を支援する中央拠点病院の整備を進める。
近年、学習障害(LD)や注意欠陥・多動性障害(ADHD)といった発達障害、ひきこもり、不登校、児童虐待など子どもの心の問題への関心が高まっている。
しかし、こうした心の問題を抱える子どもの診断は難しく、治療法もさまざま。子どもの心の治療を専門とする医師や医療機関は不足しており、同省はより積極的な対応が必要だと判断した。
約10病院で始めるモデル事業では、心の問題を抱えた子どもを受け入れるだけでなく、子どもの心の問題について関係機関との連絡会議や講習会なども開催する。1カ所当たりの事業費は1000万円程度となる見通しで、所在地の都道府県と国が半分ずつ負担する。
中央拠点病院は、都道府県拠点病院への技術的助言のほか、専門家派遣や国内外の最新の医学的知見の収集なども担う。
都道府県ごとに順次、整備していく拠点病院には子どもの心の専門医を置いて、難しい症例に対応できるようにする。最終的には、こうした拠点病院を中核として、一般病院や学校、警察、児童相談所など関係機関と連携したネットワークを構築し、子どもが健やかに成長できるよう支援態勢を整えていく考えだ。
「子どもの心の問題」がごった煮になってる気もしますが、
「難しい症例に対応できるように」「支援態勢を整えていく」らしいです。
教育職、医療職、福祉職、心理職それぞれがイメージする「子どもの心の問題」ってのは、
重なってるところと重なっていないところがあるわけですが、
それもこれもごった煮の中に入れてしまって、
「ネットワークを構築」することは、
それはそれで意味のあることなのだろうと思いますです。ハイ。(´<_` )
元記事はこちら(時事通信出版局)より。 厚生労働省は、発達障害を抱えたり、虐待で心理的に傷ついたりしている子どもを適切に診療できるように、各都道府県に子どもの心を専門にケアする拠点病院を整備する方針を決めた。2008年度は約10カ所を選んでモデル事業に着手し、3年間かけて拠点病院に必要な設備やスタッフなどを検証するとともに、都道府県を支援する中央拠点病院の整備を進める。
近年、学習障害(LD)や注意欠陥・多動性障害(ADHD)といった発達障害、ひきこもり、不登校、児童虐待など子どもの心の問題への関心が高まっている。
しかし、こうした心の問題を抱える子どもの診断は難しく、治療法もさまざま。子どもの心の治療を専門とする医師や医療機関は不足しており、同省はより積極的な対応が必要だと判断した。
約10病院で始めるモデル事業では、心の問題を抱えた子どもを受け入れるだけでなく、子どもの心の問題について関係機関との連絡会議や講習会なども開催する。1カ所当たりの事業費は1000万円程度となる見通しで、所在地の都道府県と国が半分ずつ負担する。
中央拠点病院は、都道府県拠点病院への技術的助言のほか、専門家派遣や国内外の最新の医学的知見の収集なども担う。
都道府県ごとに順次、整備していく拠点病院には子どもの心の専門医を置いて、難しい症例に対応できるようにする。最終的には、こうした拠点病院を中核として、一般病院や学校、警察、児童相談所など関係機関と連携したネットワークを構築し、子どもが健やかに成長できるよう支援態勢を整えていく考えだ。
「子どもの心の問題」がごった煮になってる気もしますが、
「難しい症例に対応できるように」「支援態勢を整えていく」らしいです。
教育職、医療職、福祉職、心理職それぞれがイメージする「子どもの心の問題」ってのは、
重なってるところと重なっていないところがあるわけですが、
それもこれもごった煮の中に入れてしまって、
「ネットワークを構築」することは、
それはそれで意味のあることなのだろうと思いますです。ハイ。(´<_` )
2008/01/27のBlog
[ 21:37 ]
[ 仕事 ]
[あいさつ:略]
そんなわけで前回の続きでございます。
[閑話休題]
ちなみにわたしですが、子どもに嫌われる云々については考えたことないので、
ようわからんのですが、(´<_` )<そもそも好かれたいと思ってない
イワユル教師に嫌われる子どもに好かれがちな体質だったりします。
「ホントに手に負えないんです!」だの、
「あんな子、見たことがない」だの、
「叱っても泣きもしないで可愛げがない」だの、
「全然子どもらしくないんですよ!」だの、
まあいろいろ言われてしまってる子どもたちに、好かれがち。
いや、好かれてるというのではないのだろうなあ・・・。~~-y(´<_` )
珍しい小動物を見るような、なんだなんだこのおばちゃんは・・・という感じというか。
そういう子どもたちは、学校の先生であれ親であれ、
オトナに対して、かなりシビアな意見をもっていて教えてくれます。
「どうせあの人(担任)はさ、自分の仕事さえ上手く回ればいいんだよ」とか、
「学級崩壊しないように一生懸命なのはわかるけど、子どもが見えてないんだよ」とか、
「オトナなんて信用ならないよ」とか、いろいろ教えてくれる。
ちなみに、これ高校生にもなってない小中高生の言葉ですよ。
いやあ、一応わたしもオトナの部類に入る年齢だとは思うのだけど>(´<_` )
などと言うと、
「いや、mooセンセー、全然オトナらしくないし」とか言われたりする。
ん? オトナらしいってどういう感じのこと?>(´<_` )
などとたずねると、
「自分のことしか考えていないヤツ」とか、
「すぐに学歴とか世間体とか言うヤツ」とか、
「人の気持ちがわからんヤツ」とか、まあいろいろ・・・。
そういうのは、身近なオトナに対する印象が強く反映されてると思うのだけど。
まあ、子どもも年取ると、それなりに上手く生きていこうとしますよ。
馬鹿なオトナが馬鹿なことを言っていても、
「はい。わかりました(ハイハイワロスワロス)」という感じで。
しかし、それがどうしてもできん子(わたしもできんかったが)は、
教師に反論してしまったりして、クラス内で浮いてしまうこともある。うむむ。
まあなあ・・・わたしが一番苦手とするのが、
「イッパンジョーシキ」とか「ショウライのためのシャカイセイ」だからなあ。
これはこれで腹くくって生きていくしかないわけで・・・。
もっときちんとしたちゃんとしたオトナの人の方が、
考えたり生きていく上で見本になると思うのだけど・・・。ようわからん。
というわけで、話しを前回の続きに戻すことにしよう。
[子どもに嫌われたくないと考えなくてよい]
上記のような子どもたちというのは、
一部のセンセイやオトナの人にとって苦手と感じられるかもしれん。
まあ、こういう子どもたちの数は少ないと思いますです。ハイ。
普通に接しているつもりなのに、
普通に誉めているつもりなのに、
普通にかかわっているつもりなのに、
普通に子どもたちのことを考えているつもりなのに、
子どもに嫌われてしまっていると感じている人。
※この場合の「人」ってのは、「子どもにかかわる専門家」という意味です(再掲)。
自覚があるだけまだマシです。
そうじゃないバカタレなセンモンカもいますから。(´<_` )
「こんなに子どもたちのことを考えているのに!」とか、
「生徒たちのために一生懸命になっているのに!」とか、
「どうして子どもたちは私の気持ちをわかってくれないのか・・・」とか、
もしもそういうのがうずまいているとしたらですね、
それって裏返すとどういうところにつながるの?ってことを考えてほしい。
一生懸命になっている自分を、子どもたちに認められたいのか?
自分の気持ちを、反抗してくる子どもたちに理解してほしいのか?
子どもたちのことを考えている自分を、子どもたちに知ってほしいのか?
・・・たぶん、こういうのがある時点で、
“専門家”としてはダメダメなんじゃね?と思いますよ、わたしゃ。
裏返したときに見えてくる感情とか欲望ってのは、子どもたちは敏感に感じ取ってます。
嫌われるとか好かれたいとかってのは、もう考えなくてよい。
(ちなみに、これまったく考えないエセセンモンカで、
専門性ゼロってかマイナスの輩もいますが論外で。ハイ)
子どもに好かれるために、子どもになつかれるために、
仕事してるんじゃないでしょうに・・・。
「何のために」仕事をしているのかが自覚できてれば、
たぶん、ここらへんのことはたいして悩まなくて済む問題なのではないかと思います。
さて、まだまだ続きそうな感じですが、
このエントリーはここでおしまいということにします。
今からまったり読書でございます。週明けからもぼちぼちいきましょう。ではまた。
そんなわけで前回の続きでございます。
[閑話休題]
ちなみにわたしですが、子どもに嫌われる云々については考えたことないので、
ようわからんのですが、(´<_` )<そもそも好かれたいと思ってない
イワユル教師に嫌われる子どもに好かれがちな体質だったりします。
「ホントに手に負えないんです!」だの、
「あんな子、見たことがない」だの、
「叱っても泣きもしないで可愛げがない」だの、
「全然子どもらしくないんですよ!」だの、
まあいろいろ言われてしまってる子どもたちに、好かれがち。
いや、好かれてるというのではないのだろうなあ・・・。~~-y(´<_` )
珍しい小動物を見るような、なんだなんだこのおばちゃんは・・・という感じというか。
そういう子どもたちは、学校の先生であれ親であれ、
オトナに対して、かなりシビアな意見をもっていて教えてくれます。
「どうせあの人(担任)はさ、自分の仕事さえ上手く回ればいいんだよ」とか、
「学級崩壊しないように一生懸命なのはわかるけど、子どもが見えてないんだよ」とか、
「オトナなんて信用ならないよ」とか、いろいろ教えてくれる。
ちなみに、これ高校生にもなってない小中高生の言葉ですよ。
いやあ、一応わたしもオトナの部類に入る年齢だとは思うのだけど>(´<_` )
などと言うと、
「いや、mooセンセー、全然オトナらしくないし」とか言われたりする。
ん? オトナらしいってどういう感じのこと?>(´<_` )
などとたずねると、
「自分のことしか考えていないヤツ」とか、
「すぐに学歴とか世間体とか言うヤツ」とか、
「人の気持ちがわからんヤツ」とか、まあいろいろ・・・。
そういうのは、身近なオトナに対する印象が強く反映されてると思うのだけど。
まあ、子どもも年取ると、それなりに上手く生きていこうとしますよ。
馬鹿なオトナが馬鹿なことを言っていても、
「はい。わかりました(ハイハイワロスワロス)」という感じで。
しかし、それがどうしてもできん子(わたしもできんかったが)は、
教師に反論してしまったりして、クラス内で浮いてしまうこともある。うむむ。
まあなあ・・・わたしが一番苦手とするのが、
「イッパンジョーシキ」とか「ショウライのためのシャカイセイ」だからなあ。
これはこれで腹くくって生きていくしかないわけで・・・。
もっときちんとしたちゃんとしたオトナの人の方が、
考えたり生きていく上で見本になると思うのだけど・・・。ようわからん。
というわけで、話しを前回の続きに戻すことにしよう。
[子どもに嫌われたくないと考えなくてよい]
上記のような子どもたちというのは、
一部のセンセイやオトナの人にとって苦手と感じられるかもしれん。
まあ、こういう子どもたちの数は少ないと思いますです。ハイ。
普通に接しているつもりなのに、
普通に誉めているつもりなのに、
普通にかかわっているつもりなのに、
普通に子どもたちのことを考えているつもりなのに、
子どもに嫌われてしまっていると感じている人。
※この場合の「人」ってのは、「子どもにかかわる専門家」という意味です(再掲)。
自覚があるだけまだマシです。
そうじゃないバカタレなセンモンカもいますから。(´<_` )
「こんなに子どもたちのことを考えているのに!」とか、
「生徒たちのために一生懸命になっているのに!」とか、
「どうして子どもたちは私の気持ちをわかってくれないのか・・・」とか、
もしもそういうのがうずまいているとしたらですね、
それって裏返すとどういうところにつながるの?ってことを考えてほしい。
一生懸命になっている自分を、子どもたちに認められたいのか?
自分の気持ちを、反抗してくる子どもたちに理解してほしいのか?
子どもたちのことを考えている自分を、子どもたちに知ってほしいのか?
・・・たぶん、こういうのがある時点で、
“専門家”としてはダメダメなんじゃね?と思いますよ、わたしゃ。
裏返したときに見えてくる感情とか欲望ってのは、子どもたちは敏感に感じ取ってます。
嫌われるとか好かれたいとかってのは、もう考えなくてよい。
(ちなみに、これまったく考えないエセセンモンカで、
専門性ゼロってかマイナスの輩もいますが論外で。ハイ)
子どもに好かれるために、子どもになつかれるために、
仕事してるんじゃないでしょうに・・・。
「何のために」仕事をしているのかが自覚できてれば、
たぶん、ここらへんのことはたいして悩まなくて済む問題なのではないかと思います。
さて、まだまだ続きそうな感じですが、
このエントリーはここでおしまいということにします。
今からまったり読書でございます。週明けからもぼちぼちいきましょう。ではまた。
2008/01/26のBlog
[ 12:51 ]
[ 仕事 ]
[あいさつ]
こんにちは。mooでございます。
寒いですね、震えておりますよ、家の中で。(´<_` )
さて、シリーズの続きでございます。
目次などは、オススメエントリーからご覧下さいませ。
前回は幼児・児童編でして、
子どもたちってすごいのよ♪というお話しでした。(´<_` )<端折りすぎ
で、ここ数年から最近の出来事を振り返って、番外編。
児童・生徒編はまた今月末か来月にでも・・・ということで。ハイ。
[子どもに嫌われる人]
たぶんこのエントリー、これとかぶってます。
で、長文にならないように気をつけつつ書きたいと思います。
子どもに嫌われてしまう人がいます。
この場合の「人」ってのは、「子どもにかかわる専門家」という意味です。
まあ、専門家もただの人間ですから、
「嫌われたくない」「好かれたい」と思う人もいるでしょう。
それは別にどうでもよいのです。ハイ。
ただ、子どもたちに何らかの支援をしなきゃならんときに、
子どもに嫌われてしまってかかわりがもてない
ってのは致命的だと思う。
ここらへん、専門性とか専門技術の話しは横に置いときます。
(専門性も技術も低いけど、子どもになつかれる人がいるので)
まあ、子どもに嫌われてしまって、
目の前で子どもが泣いたり怒ったりしているのに、
「うるさいわね!何よ!子どものくせに!」
と言っていた某専門家をリアルで知っていますが、ここらへんは論外。
嫌われて当然ですし、さっさと仕事辞めてほしいものです。ハイ。(´<_` )
そういう人ではなくて、
本人はそれなりにそれなりの姿勢や対応で、
子どもにかかわろうと努力しているのが端から見てもわかるのだけれど、
でも、子どもに嫌われてしまう人。
でもって「嫌われてしまった・・・もうダメだ」とショックを受けてしまう人。
ショックを受けてる暇があるなら、さっさと自分を振り返ってほしいですが。
ショック経験からか、
子どもをうまく叱れない・子どもにうまく声かけできない
↓
(子どもとの関係がぎくしゃくしているのが見ていてわかる)
↓
適切なかかわりができなくなり支援もぼろぼろ
↓
さらに子どもたちに嫌われる・その人再びショック
という悪循環に陥ることもしばしば。
どこかで悪循環を断ち切って、
「この子に必要なことは?」という“専門家”としての視点で見られれば、
不思議と子どもとの関係もよくなるのだけど・・・。
悪循環に取り込まれてしまって、“ただの人”としての感情だけで、
子どもとかかわり続けてしまって、へとへとになっている人がいる。
これはねえ・・・見ていてツライものがあります。
『ひとりの人間として子どもに好かれたい』
まあこういう感情を持ってしまう人がいるのもわかる気はする。
わたしはそういう感情ないのですが。(´<_` )<好かれるために仕事してないので
『自分という人間・人格が嫌われてしまうことに恐ろしい不安を感じる』
まあこういう人もいるかもしれません。
わたしは腹黒いですし、子どもが伸びりゃあいいやと思ってまして、
この手の不安は感じないのでようわからんのですが。(´<_` )
けどねえ・・・。
ここは職場であって、子どもたちを支援する場であって、
あなた個人のプライベートな人間関係を育む場所ではないのだよ。
あなたがもっている専門性でもって、仕事をする場所なのですよ。
[子どもに嫌われるためのテクニック]
というわけで、そういう人たちの特徴について書いてみますと、
・子どもを適切に叱れない/もしくはまったく叱れない
・子どもをタイミングよく誉められない/もしくはご機嫌を取る
・自分の生活史から「個人的によかれ」と思っていることを子どもに押しつける
・イッパンジョーシキとやらを振りかざすが、机上の空論であることがほとんど
という感じでしょうか。
結局、“ただの人”として子どもと向かい合ってしまって、
“専門家”として向かい合えてないだけなのですが。(´<_` )<オチが早い
思春期あたりになると、時期的・発達的なものも絡まって、
“ただの人”がするご機嫌取りや矛盾した言動に、
子どもたちはより敏感な視線を向けてきます。
同年代の友人に対しても、そういう視線が向けられる時期でもあるので、
なおさらそれと同じようなことを「目の前のオトナ」がしていたら、
さらに手厳しい?対応・意見・反論はされてしまいます。
そこで、イッパンジョーシキやら世間体やらを出してきてもね、
ほとんどの子どもは理解も納得も了解もしないですよ。
そこで、怒らせないように・嫌われないように・・・なんてご機嫌取ってたらね、
子どもはますます“ただの人”に幻滅してしまいますよ。
ああ・・・長文だ。
昨日の日付にして、(2)に続きます。ではまたのちほど。
こんにちは。mooでございます。
寒いですね、震えておりますよ、家の中で。(´<_` )
さて、シリーズの続きでございます。
目次などは、オススメエントリーからご覧下さいませ。
前回は幼児・児童編でして、
子どもたちってすごいのよ♪というお話しでした。(´<_` )<端折りすぎ
で、ここ数年から最近の出来事を振り返って、番外編。
児童・生徒編はまた今月末か来月にでも・・・ということで。ハイ。
[子どもに嫌われる人]
たぶんこのエントリー、これとかぶってます。
で、長文にならないように気をつけつつ書きたいと思います。
子どもに嫌われてしまう人がいます。
この場合の「人」ってのは、「子どもにかかわる専門家」という意味です。
まあ、専門家もただの人間ですから、
「嫌われたくない」「好かれたい」と思う人もいるでしょう。
それは別にどうでもよいのです。ハイ。
ただ、子どもたちに何らかの支援をしなきゃならんときに、
子どもに嫌われてしまってかかわりがもてない
ってのは致命的だと思う。
ここらへん、専門性とか専門技術の話しは横に置いときます。
(専門性も技術も低いけど、子どもになつかれる人がいるので)
まあ、子どもに嫌われてしまって、
目の前で子どもが泣いたり怒ったりしているのに、
「うるさいわね!何よ!子どものくせに!」
と言っていた某専門家をリアルで知っていますが、ここらへんは論外。
嫌われて当然ですし、さっさと仕事辞めてほしいものです。ハイ。(´<_` )
そういう人ではなくて、
本人はそれなりにそれなりの姿勢や対応で、
子どもにかかわろうと努力しているのが端から見てもわかるのだけれど、
でも、子どもに嫌われてしまう人。
でもって「嫌われてしまった・・・もうダメだ」とショックを受けてしまう人。
ショックを受けてる暇があるなら、さっさと自分を振り返ってほしいですが。
ショック経験からか、
子どもをうまく叱れない・子どもにうまく声かけできない
↓
(子どもとの関係がぎくしゃくしているのが見ていてわかる)
↓
適切なかかわりができなくなり支援もぼろぼろ
↓
さらに子どもたちに嫌われる・その人再びショック
という悪循環に陥ることもしばしば。
どこかで悪循環を断ち切って、
「この子に必要なことは?」という“専門家”としての視点で見られれば、
不思議と子どもとの関係もよくなるのだけど・・・。
悪循環に取り込まれてしまって、“ただの人”としての感情だけで、
子どもとかかわり続けてしまって、へとへとになっている人がいる。
これはねえ・・・見ていてツライものがあります。
『ひとりの人間として子どもに好かれたい』
まあこういう感情を持ってしまう人がいるのもわかる気はする。
わたしはそういう感情ないのですが。(´<_` )<好かれるために仕事してないので
『自分という人間・人格が嫌われてしまうことに恐ろしい不安を感じる』
まあこういう人もいるかもしれません。
わたしは腹黒いですし、子どもが伸びりゃあいいやと思ってまして、
この手の不安は感じないのでようわからんのですが。(´<_` )
けどねえ・・・。
ここは職場であって、子どもたちを支援する場であって、
あなた個人のプライベートな人間関係を育む場所ではないのだよ。
あなたがもっている専門性でもって、仕事をする場所なのですよ。
[子どもに嫌われるためのテクニック]
というわけで、そういう人たちの特徴について書いてみますと、
・子どもを適切に叱れない/もしくはまったく叱れない
・子どもをタイミングよく誉められない/もしくはご機嫌を取る
・自分の生活史から「個人的によかれ」と思っていることを子どもに押しつける
・イッパンジョーシキとやらを振りかざすが、机上の空論であることがほとんど
という感じでしょうか。
結局、“ただの人”として子どもと向かい合ってしまって、
“専門家”として向かい合えてないだけなのですが。(´<_` )<オチが早い
思春期あたりになると、時期的・発達的なものも絡まって、
“ただの人”がするご機嫌取りや矛盾した言動に、
子どもたちはより敏感な視線を向けてきます。
同年代の友人に対しても、そういう視線が向けられる時期でもあるので、
なおさらそれと同じようなことを「目の前のオトナ」がしていたら、
さらに手厳しい?対応・意見・反論はされてしまいます。
そこで、イッパンジョーシキやら世間体やらを出してきてもね、
ほとんどの子どもは理解も納得も了解もしないですよ。
そこで、怒らせないように・嫌われないように・・・なんてご機嫌取ってたらね、
子どもはますます“ただの人”に幻滅してしまいますよ。
ああ・・・長文だ。
昨日の日付にして、(2)に続きます。ではまたのちほど。
2008/01/25のBlog
[ 13:48 ]
[ ニュース ]
特別支援教育員、地域で格差=文科省集計
元記事はこちら(時事通信出版局)より。 文部科学省は、発達障害などがある児童・生徒らの学校生活を支援する「特別支援教育支援員」の2007年7月時点の配置状況をまとめた。最も多い東京都では、公立小中学校数1959校に対し支援員2818人が配置されている。それに対し、鹿児島県は同868校で31人、高知県は同434校で36人と地域差が浮き彫りになった。
同支援員は、障害を抱える児童・生徒の学校生活上必要な補助に加え、学習障害(LD)や注意欠陥・多動性障害(ADHD)といった発達障害がある児童・生徒の学習支援や安全確保などを行う。特に、発達障害へのサポートを求める声は強く、政府は07年度から同支援員配置に対する地方財政措置を始めた。
07年度は支援員2万1000人分となる約250億円が措置され、08年度は同3万人分約360億円の措置が決まっている。3万人は全公立小中学校に1人ずつ支援員を配置できる規模。同省は「障害を持つ児童・生徒の人数や財政力など、各学校、地域によって事情は異なるが、各学校に1人は配置してほしい」(特別支援教育課)と強く求めている。
同省の調査によると、地財措置が開始される前の06年5月時点で、全国の特別支援教育支援員は計1万8200人だった。これが07年7月時点では、計2万2602人に増加。
都道府県別に見ると、東京のほか、神奈川(公立小中学校1284校で支援員1977人)、新潟(805校で959人)、岐阜(578校で647人)、三重(610校で760人)、兵庫(1176校で1597人)、岡山(596校で626人)が学校数よりも多い人数を配置している。
一方、高知は、地財措置が始まっても配置数は全く増えておらず、鹿児島も06年に比べ07年は5人しか増えていない。そのほか、4、5校に1人程度の計算となる配置の少ない県は、青森(549校で128人)、山形(473校で115人)、和歌山(443校で99人)、鳥取(224校で51人)、大分(496校で103人)などとなっていた。
[関連記事:当blog内]
■特別支援教育支援員とは(07/07/11)
■「特別支援教育支援員募集」について(07/07/14)
元記事はこちら(時事通信出版局)より。 文部科学省は、発達障害などがある児童・生徒らの学校生活を支援する「特別支援教育支援員」の2007年7月時点の配置状況をまとめた。最も多い東京都では、公立小中学校数1959校に対し支援員2818人が配置されている。それに対し、鹿児島県は同868校で31人、高知県は同434校で36人と地域差が浮き彫りになった。
同支援員は、障害を抱える児童・生徒の学校生活上必要な補助に加え、学習障害(LD)や注意欠陥・多動性障害(ADHD)といった発達障害がある児童・生徒の学習支援や安全確保などを行う。特に、発達障害へのサポートを求める声は強く、政府は07年度から同支援員配置に対する地方財政措置を始めた。
07年度は支援員2万1000人分となる約250億円が措置され、08年度は同3万人分約360億円の措置が決まっている。3万人は全公立小中学校に1人ずつ支援員を配置できる規模。同省は「障害を持つ児童・生徒の人数や財政力など、各学校、地域によって事情は異なるが、各学校に1人は配置してほしい」(特別支援教育課)と強く求めている。
同省の調査によると、地財措置が開始される前の06年5月時点で、全国の特別支援教育支援員は計1万8200人だった。これが07年7月時点では、計2万2602人に増加。
都道府県別に見ると、東京のほか、神奈川(公立小中学校1284校で支援員1977人)、新潟(805校で959人)、岐阜(578校で647人)、三重(610校で760人)、兵庫(1176校で1597人)、岡山(596校で626人)が学校数よりも多い人数を配置している。
一方、高知は、地財措置が始まっても配置数は全く増えておらず、鹿児島も06年に比べ07年は5人しか増えていない。そのほか、4、5校に1人程度の計算となる配置の少ない県は、青森(549校で128人)、山形(473校で115人)、和歌山(443校で99人)、鳥取(224校で51人)、大分(496校で103人)などとなっていた。
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■特別支援教育支援員とは(07/07/11)
■「特別支援教育支援員募集」について(07/07/14)