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2008/07/23のBlog
[ 22:48 ]
[ 雑感 ]
[あいさつ]
こんばんは。mooでございます。
今日まで連休でした。そして連休が終わりそうです。
明日から8月前半までは通常に戻りますです。ハイ。
さてこの連休中はと言うと、遊ぶことは遊んだのですが、
身体が早起きするのに慣れてますもんで、
早起きして珈琲&家事、ネット探索が8時頃に終わる。
でもって、朝方の時間帯というのは涼しくてですね、
「涼しいうちに宿題をしましょう」
というのがぴったりなぐらいに過ごしやすくて頭が回る。
そんなわけで、積読本・積読論文をずっと読みあさっておりました。
読まなきゃいけないなあ・・・と思いながらもこれまで、
「しんどいし」「疲れたし」「時間がないし」
と、ええ、逃げてきたのですが、(´<_` )
いやはや・・・数日で読める程度の量だったのですね・・・。
もっと早くから手をつけておけばよかった・・・。
[研究者モードの時間をつくろう]
学生の頃であれば、
いついつまでにレビューしなきゃいけない!
完徹してでも資料作りをしなきゃいけない!!
時間を上手くつかってさくさくやらないと!!!
という状態で何年も過ごしてるので、
逃げ道というのは自然と封鎖されがちだったのですが。
(そもそも研究するために大学やら院やらに行ってるんだし)
しかし働き始めると、
優先順位の中に「仕事絡み」「職場絡み」というのが入ります。
となると、「まずはどこどこのための資料を作成しよう」とか、
「その後にどこそこに必要な本や文献を読もう」とかありまして、
本来自分に必要だと自分でも自覚している分野絡みが二の次になる。
個人的信条での優先順位というのは、
もう誰が何と言おうとも「自分の研究分野・研究テーマ」なわけで。
そして(他の人はどうか知りませんが)そのテーマはすごく狭小で、
その狭小さ加減は個人的に開き直ってますが、(´<_` )
実際仕事絡みとなると、専門分野はかぶってるものの、
ぴたりと研究テーマにかぶるというケースは意外に少ない。
となると(以下イメージ図)、
○○○○○○○
○□□□□□○ □=関連する分野
○□□●□□○ ●=研究テーマ
○□□□□□○ ○=ちょっぴりかぶる分野
○○○○○○○
という感じで、関連分野の知識とか技術が深められるというメリットはあるけれど、
自分の研究テーマをより深めるという時間が限定されるというデメリットもある。
いやはや、時間は大事ですなあ。この夏は「自分の研究の時間」をつくることにしよう。
さて、話しは変わるようなかぶるような感じなのですが。
あらちょっとシンクロと思ったロテさんのこちらのエントリ。
(ところでロテさん。カラムがキレイな日と変な日があります。仕様ですか?(ぇ)
■『心理学・社会科学研究のための調査系論文の読み方』を再度ご紹介してみる
「論文」についてのエントリはロテさんに任せることにして>クリック推奨
心理系・臨床系・発達系の「研修」や「講演」について、
だらだらと綴ってみます(あら、ここまで前置きだったのね)。
[現実は現実の中にありそこから見えるものを考える]
今、学生である人・院生である人・社会人数年目である人。
もう何年かしたら、研修や講演依頼というのが増えます。
いやまあ依頼を受ける受けないは個人の自由なのでしょうが、
何らかの分野で何らかの役割を担いながら一定期間仕事をしていると、
そういう依頼や機会は増えます。となると、資料作りは必須です。
この資料作りがこれまた結構大変です。
論文チックにイケイケドンドンで走れる研修&講演というのは、
研修や講演の聞き手自体がマニアックな方揃いという場ぐらいでしょう。
(そういう研修依頼しか受けない!というのもありかもしれない)
しかし現実には、いろいろな現場や事例に関して話しをしなければいけない。
で、ロテさんもおっしゃってますが、論文作成と同じく、
「説得力」というのが必要だったりします。嗚呼、苦手分野だ。ОTL
でも、この「説得力」ってのが実はクセモノです。
先行研究や引用文献を並べ立てるだけの研修や講演に「説得力」はない。
たまにだらだらと二時間先行研究の説明をしっぱなしという人もいますが、
資料配付だけで済むんじゃねえの?と聞きながらいつも思います。
じゃあそういう研修や講演等々で、自分の論を言えばよいのかと言うと、
いきなりそこには入れないという場合がほとんどではないかと思います。
論文であれば構成はたいてい決まっています。
「問題」「方法」「結果」「考察」という流れで語ればよい。
しかし研修等の場合は、この流れで攻めない方がよい場合もある。
もしかしたらいきなり「考察」から言わなければいけない場合もあるかもしれない。
もしかしたら「方法」に大部分を割いて、最後に「考察」という構成かもしれない。
もしかしたらその場で「問題」を拾い上げて、「考察」を返さなければいけないかもしれない。
しかもその返しには、根拠となるモノが頭の中にないといけません。
こういうのって、社会に出てから鍛えられてもよいのかもしれないけれど、
理想としては、学生・院生時代にこういう機会があればいいなあと、
今さらながらに思います。議論もよいけど説明力&説得力ってのは、
なかなか一朝一夕には身につかないのではないかと思います。
ちなみにわたし、何十回と経験してきても、
いまだに研修や講演で話しをするのは大の苦手です。ええ、苦手なんです!
ОTL
話しがずれていくので戻すことにする。(´<_` )
これから研修や講演依頼を受けるであろう人。
「論文」チックにイケイケで話せるのは限られた場のみです。
そういう場での依頼しか受けないというのもありかもしれないですが(再掲)、
現実に「良い論文」を書く人の中には「良い研修」をされる人がいます。
(論文は良いけど、研修は悪いという人もいたりしますが省きます)
たぶんそういった人というのは、
「論文」であれば「どっぷり研究の世界から見つめ直して」たり、
「研修や講演」であれば「どっぷり現実の世界から見つめ直して」たりというのが、
できる人なのだろうなあと思います。
「見つめ直す」『対象』は何なのかを書き始めると長くなるので、
今日はこのへんで。明日からぼちぼちまったりいこうと思います。ではまた。
こんばんは。mooでございます。
今日まで連休でした。そして連休が終わりそうです。
明日から8月前半までは通常に戻りますです。ハイ。
さてこの連休中はと言うと、遊ぶことは遊んだのですが、
身体が早起きするのに慣れてますもんで、
早起きして珈琲&家事、ネット探索が8時頃に終わる。
でもって、朝方の時間帯というのは涼しくてですね、
「涼しいうちに宿題をしましょう」
というのがぴったりなぐらいに過ごしやすくて頭が回る。
そんなわけで、積読本・積読論文をずっと読みあさっておりました。
読まなきゃいけないなあ・・・と思いながらもこれまで、
「しんどいし」「疲れたし」「時間がないし」
と、ええ、逃げてきたのですが、(´<_` )
いやはや・・・数日で読める程度の量だったのですね・・・。
もっと早くから手をつけておけばよかった・・・。
[研究者モードの時間をつくろう]
学生の頃であれば、
いついつまでにレビューしなきゃいけない!
完徹してでも資料作りをしなきゃいけない!!
時間を上手くつかってさくさくやらないと!!!
という状態で何年も過ごしてるので、
逃げ道というのは自然と封鎖されがちだったのですが。
(そもそも研究するために大学やら院やらに行ってるんだし)
しかし働き始めると、
優先順位の中に「仕事絡み」「職場絡み」というのが入ります。
となると、「まずはどこどこのための資料を作成しよう」とか、
「その後にどこそこに必要な本や文献を読もう」とかありまして、
本来自分に必要だと自分でも自覚している分野絡みが二の次になる。
個人的信条での優先順位というのは、
もう誰が何と言おうとも「自分の研究分野・研究テーマ」なわけで。
そして(他の人はどうか知りませんが)そのテーマはすごく狭小で、
その狭小さ加減は個人的に開き直ってますが、(´<_` )
実際仕事絡みとなると、専門分野はかぶってるものの、
ぴたりと研究テーマにかぶるというケースは意外に少ない。
となると(以下イメージ図)、
○○○○○○○
○□□□□□○ □=関連する分野
○□□●□□○ ●=研究テーマ
○□□□□□○ ○=ちょっぴりかぶる分野
○○○○○○○
という感じで、関連分野の知識とか技術が深められるというメリットはあるけれど、
自分の研究テーマをより深めるという時間が限定されるというデメリットもある。
いやはや、時間は大事ですなあ。この夏は「自分の研究の時間」をつくることにしよう。
さて、話しは変わるようなかぶるような感じなのですが。
あらちょっとシンクロと思ったロテさんのこちらのエントリ。
(ところでロテさん。カラムがキレイな日と変な日があります。仕様ですか?(ぇ)
■『心理学・社会科学研究のための調査系論文の読み方』を再度ご紹介してみる
「論文」についてのエントリはロテさんに任せることにして>クリック推奨
心理系・臨床系・発達系の「研修」や「講演」について、
だらだらと綴ってみます(あら、ここまで前置きだったのね)。
[現実は現実の中にありそこから見えるものを考える]
今、学生である人・院生である人・社会人数年目である人。
もう何年かしたら、研修や講演依頼というのが増えます。
いやまあ依頼を受ける受けないは個人の自由なのでしょうが、
何らかの分野で何らかの役割を担いながら一定期間仕事をしていると、
そういう依頼や機会は増えます。となると、資料作りは必須です。
この資料作りがこれまた結構大変です。
論文チックにイケイケドンドンで走れる研修&講演というのは、
研修や講演の聞き手自体がマニアックな方揃いという場ぐらいでしょう。
(そういう研修依頼しか受けない!というのもありかもしれない)
しかし現実には、いろいろな現場や事例に関して話しをしなければいけない。
で、ロテさんもおっしゃってますが、論文作成と同じく、
「説得力」というのが必要だったりします。嗚呼、苦手分野だ。ОTL
でも、この「説得力」ってのが実はクセモノです。
先行研究や引用文献を並べ立てるだけの研修や講演に「説得力」はない。
たまにだらだらと二時間先行研究の説明をしっぱなしという人もいますが、
資料配付だけで済むんじゃねえの?と聞きながらいつも思います。
じゃあそういう研修や講演等々で、自分の論を言えばよいのかと言うと、
いきなりそこには入れないという場合がほとんどではないかと思います。
論文であれば構成はたいてい決まっています。
「問題」「方法」「結果」「考察」という流れで語ればよい。
しかし研修等の場合は、この流れで攻めない方がよい場合もある。
もしかしたらいきなり「考察」から言わなければいけない場合もあるかもしれない。
もしかしたら「方法」に大部分を割いて、最後に「考察」という構成かもしれない。
もしかしたらその場で「問題」を拾い上げて、「考察」を返さなければいけないかもしれない。
しかもその返しには、根拠となるモノが頭の中にないといけません。
こういうのって、社会に出てから鍛えられてもよいのかもしれないけれど、
理想としては、学生・院生時代にこういう機会があればいいなあと、
今さらながらに思います。議論もよいけど説明力&説得力ってのは、
なかなか一朝一夕には身につかないのではないかと思います。
ちなみにわたし、何十回と経験してきても、
いまだに研修や講演で話しをするのは大の苦手です。ええ、苦手なんです!
ОTL
話しがずれていくので戻すことにする。(´<_` )
これから研修や講演依頼を受けるであろう人。
「論文」チックにイケイケで話せるのは限られた場のみです。
そういう場での依頼しか受けないというのもありかもしれないですが(再掲)、
現実に「良い論文」を書く人の中には「良い研修」をされる人がいます。
(論文は良いけど、研修は悪いという人もいたりしますが省きます)
たぶんそういった人というのは、
「論文」であれば「どっぷり研究の世界から見つめ直して」たり、
「研修や講演」であれば「どっぷり現実の世界から見つめ直して」たりというのが、
できる人なのだろうなあと思います。
「見つめ直す」『対象』は何なのかを書き始めると長くなるので、
今日はこのへんで。明日からぼちぼちまったりいこうと思います。ではまた。
2008/07/22のBlog
[ 22:10 ]
[ ニュース ]
保健室登校:小学生で増加 06年は5年前の約1.7倍に
元記事はこちら(毎日jp)より。 学校にいる間、教室ではなく主に保健室にいる「保健室登校」の小学生の数が06年、5年前の約1.7倍、高校生が2倍に増えたことが、財団法人・日本学校保健会の調査で分かった。調査を依頼した文部科学省は「心の健康に問題を抱え、保健室を訪れる子どもが増えている」と分析している。
同会は06年10月、全国の小中高校1102校を調査した。常時保健室にいるか、特定の授業以外は保健室にいる児童・生徒は、計2391人(01年調査は887校で1247人)だった。1000人当たりに換算すると、小学校2.0人(01年1.2人)、中学6.6人(同5.6人)、高校2.8人(同1.4人)となった。
また、養護教諭が家庭などでの児童や生徒の虐待を「把握した」と答えた学校数は、小学校37%(01年比16ポイント増)、中学校36%(同20ポイント増)。小中742校で虐待を受けていた児童・生徒は582人で、1000人当たりの数は小学1.5人で、01年(1.0人)の1.5倍、中学1.5人で同年(0.6人)の2.5倍に増加した。
養護教諭がいじめを把握した小学校は30%、中学は65%、高校は45%。生徒の自傷行為を把握した中学校は73%で、高校は82%に達した。
一方▽糖尿病▽腎臓病▽心臓病▽ぜんそく▽アトピー性皮膚炎--の5種の疾患を把握した学校の割合は、小中高のすべてで5年前より増加。今回新たに調査した発達障害(疑い含む)は、把握した小学校が74%に上った。
[関連情報]※以下のサイトは文科省。
■平成18年度生徒指導上の諸問題の現状(不登校)について(8月速報値)
上記の詳細な調査内容がどこにあるのか見つけられませんでしたが、
「保健室登校」という狭義の定義に従えば、これくらいの数だろうなあという印象。
でも、この十倍以上の数の児童生徒がほぼ毎日保健室に顔を出してる。
「毎日あるいは週に三日以上保健室に来る児童生徒数」の調査もしてるのだろうか。
不登校児童生徒数が十万人を越えてからもう十年以上経つけれど、
保健の先生の数が増えるでもなし、
スクールカウンセラーなんて予算減るばかりで制度自体無くなりそうだし、
文科省も何を考えてんのかスクールソーシャルワーカーて。はあ。
ため息出るわ。
本気でやりゃあ不登校は減るよ。断言するよ。
でもまあこの国は子どもとか障害のある人とかお年寄りには、
金を使いたくない国だからなあ・・・。気持ちが下向きになるのでこのへんで。
ではまた・・・。
元記事はこちら(毎日jp)より。 学校にいる間、教室ではなく主に保健室にいる「保健室登校」の小学生の数が06年、5年前の約1.7倍、高校生が2倍に増えたことが、財団法人・日本学校保健会の調査で分かった。調査を依頼した文部科学省は「心の健康に問題を抱え、保健室を訪れる子どもが増えている」と分析している。
同会は06年10月、全国の小中高校1102校を調査した。常時保健室にいるか、特定の授業以外は保健室にいる児童・生徒は、計2391人(01年調査は887校で1247人)だった。1000人当たりに換算すると、小学校2.0人(01年1.2人)、中学6.6人(同5.6人)、高校2.8人(同1.4人)となった。
また、養護教諭が家庭などでの児童や生徒の虐待を「把握した」と答えた学校数は、小学校37%(01年比16ポイント増)、中学校36%(同20ポイント増)。小中742校で虐待を受けていた児童・生徒は582人で、1000人当たりの数は小学1.5人で、01年(1.0人)の1.5倍、中学1.5人で同年(0.6人)の2.5倍に増加した。
養護教諭がいじめを把握した小学校は30%、中学は65%、高校は45%。生徒の自傷行為を把握した中学校は73%で、高校は82%に達した。
一方▽糖尿病▽腎臓病▽心臓病▽ぜんそく▽アトピー性皮膚炎--の5種の疾患を把握した学校の割合は、小中高のすべてで5年前より増加。今回新たに調査した発達障害(疑い含む)は、把握した小学校が74%に上った。
[関連情報]※以下のサイトは文科省。
■平成18年度生徒指導上の諸問題の現状(不登校)について(8月速報値)
上記の詳細な調査内容がどこにあるのか見つけられませんでしたが、
「保健室登校」という狭義の定義に従えば、これくらいの数だろうなあという印象。
でも、この十倍以上の数の児童生徒がほぼ毎日保健室に顔を出してる。
「毎日あるいは週に三日以上保健室に来る児童生徒数」の調査もしてるのだろうか。
不登校児童生徒数が十万人を越えてからもう十年以上経つけれど、
保健の先生の数が増えるでもなし、
スクールカウンセラーなんて予算減るばかりで制度自体無くなりそうだし、
文科省も何を考えてんのかスクールソーシャルワーカーて。はあ。
ため息出るわ。
本気でやりゃあ不登校は減るよ。断言するよ。
でもまあこの国は子どもとか障害のある人とかお年寄りには、
金を使いたくない国だからなあ・・・。気持ちが下向きになるのでこのへんで。
ではまた・・・。
2008/07/20のBlog
[ 11:19 ]
[ 生活 ]
[あいさつ]
こんにちは。mooでございます。
暑い!暑いです! (´<_` ;)<夏です
さてさて、わたし、ほんの少しだけプチ連休に入ります。
今週は週の半分がお休みです。来週はいつも通りに仕事があるので、
今週は休みまくる予定です。休むぞーーー!
ところでまとまった休みができると、
そのときのモードによって過ごし方が決められてしまいます。
[パターンA]
家事も何もしたくないモード:何もしないひたすら何もしない
もちろん料理も洗濯も掃除もしない、外出すら億劫モード
[パターンB]
ちょっとだけ主婦モード:少しだけ動いてみる
一通りの家事を朝早くから済ませてしまうモード、出かけたりもする
[パターンC]
仕事ガンガンモード:ひたすら書き物系の仕事をする
気がつけば夜になっていて暗くなっていることに気づく、外食奨励モード
んでまあ、基本的にはたいていBばかりなのですが、
ときどきエンジンがかかってくれてCに突入することもあります。
そんなわけで、起動してるか暴走してるかのどちらかなのがわたしの休み。
で。ただいま、珍しく仕事ガンガンモードの気配があります。
今仕事始めたらすごい勢いでこなせそう>だったらこなせ
しかし、暑いです。なんですかこの暑さは。ОTL
仕事が進みそうなのになあ・・・。
今逃したら、このモードは近いうちに訪れてくれるかなあ・・・。
しかし暑いなあ・・・夏だなあ・・・。
朝からぐだぐだ言うてますです。ハイ。
とりあえず、山積みになってた論文をアイス食べながら読もうと思います。
連休の中日、みなさんもまったりお過ごしくださいませ。ではまた。
こんにちは。mooでございます。
暑い!暑いです! (´<_` ;)<夏です
さてさて、わたし、ほんの少しだけプチ連休に入ります。
今週は週の半分がお休みです。来週はいつも通りに仕事があるので、
今週は休みまくる予定です。休むぞーーー!
ところでまとまった休みができると、
そのときのモードによって過ごし方が決められてしまいます。
[パターンA]
家事も何もしたくないモード:何もしないひたすら何もしない
もちろん料理も洗濯も掃除もしない、外出すら億劫モード
[パターンB]
ちょっとだけ主婦モード:少しだけ動いてみる
一通りの家事を朝早くから済ませてしまうモード、出かけたりもする
[パターンC]
仕事ガンガンモード:ひたすら書き物系の仕事をする
気がつけば夜になっていて暗くなっていることに気づく、外食奨励モード
んでまあ、基本的にはたいていBばかりなのですが、
ときどきエンジンがかかってくれてCに突入することもあります。
そんなわけで、起動してるか暴走してるかのどちらかなのがわたしの休み。
で。ただいま、珍しく仕事ガンガンモードの気配があります。
今仕事始めたらすごい勢いでこなせそう>だったらこなせ
しかし、暑いです。なんですかこの暑さは。ОTL
仕事が進みそうなのになあ・・・。
今逃したら、このモードは近いうちに訪れてくれるかなあ・・・。
しかし暑いなあ・・・夏だなあ・・・。
朝からぐだぐだ言うてますです。ハイ。
とりあえず、山積みになってた論文をアイス食べながら読もうと思います。
連休の中日、みなさんもまったりお過ごしくださいませ。ではまた。
2008/07/19のBlog
[ 10:59 ]
[ ニュース ]
「言語習得」の脳活動記録に成功
元記事はこちら(CBニュース)より。 理化学研究所(理研)と科学技術振興機構が、人間が言語を習得する上で重要な脳の活動を記録することに成功した。連続した音声に含まれる単語やメロディーの切れ目だけに出現する脳波を発見したもので、理研では「成果は、乳幼児の言語獲得や発達の観察、失語症など脳障害患者のリハビリ効果の観察などに対する重要な知見になる」としている。
理研によると、言語を習得するには、連続した音声に含まれる単語の切れ目を見つける必要があるという。これを音声の「分節化」といい、赤ちゃんは、親の会話やテレビなど周りの環境から発せられる音声を無意識に聞き、出現頻度が高い単語をひと固まりに区切って分節化していると考えられている。
この連続した音声の分節化には、連続音声に含まれる統計的情報(遷移確率)が重要な手掛かりになるという。
連続した音声の分節化が、どのようにして行われ、どんな神経機構が分節化を可能にしているかについて、理研の脳科学総合研究センター生物言語研究チームが研究を進めた。
研究チームは、人工的な単語を数個作成し、それらが切れ目なくランダムに繰り返されるような「連続音刺激」をつくった。これを被験者28人に聞かせて、脳波計で「事象関連電位(ERP)」=語句説明=を記録。その結果、遷移確率が最も低い単語の切れ目(単語の1音目)で、2、3音目に比べて振幅が大きい「陰性電位(N400)」=語句説明=を観察した。
また、どの程度の分節化ができたかをテストし、その成績で3つのグループに分けたところ、陰性電子の振幅が、成績の良いグループでは学習初期に最も大きく、中程度のグループでは学習が進むにつれて徐々に大きくなり、悪いグループでは小さいままで変化しなかった。
さらに、遷移確率が低いほど振幅の大きいN400電位が出現していることが分かった。
これらの結果から、被験者は連続音刺激の中で次に聞こえる音を予測し、統計的情報を手掛かりに分節化していることが判明。N400電位が、その分節化などを定量的に反映し、学習の進行過程や達成度を示す重要な指標になりうることが示された。
理研では、「研究によって、言語獲得にかかわる脳の機能が明らかになり、失語症など脳障害患者の治療などへの貢献が期待できる」としている。
【事象関連電位(ERP)】
光や音、自発的な運動といった特定の事象に関連して一過性に生じる脳電位で、頭皮上から誘発される電位成分の総称。高度の認知機能を反映しているとされる。
【陰性電位(N400)】
聴覚刺激の提示後、頭皮上で記録される陰性の脳電位のこと。※詳細画像は元記事を参照してください。
元記事はこちら(CBニュース)より。 理化学研究所(理研)と科学技術振興機構が、人間が言語を習得する上で重要な脳の活動を記録することに成功した。連続した音声に含まれる単語やメロディーの切れ目だけに出現する脳波を発見したもので、理研では「成果は、乳幼児の言語獲得や発達の観察、失語症など脳障害患者のリハビリ効果の観察などに対する重要な知見になる」としている。
理研によると、言語を習得するには、連続した音声に含まれる単語の切れ目を見つける必要があるという。これを音声の「分節化」といい、赤ちゃんは、親の会話やテレビなど周りの環境から発せられる音声を無意識に聞き、出現頻度が高い単語をひと固まりに区切って分節化していると考えられている。
この連続した音声の分節化には、連続音声に含まれる統計的情報(遷移確率)が重要な手掛かりになるという。
連続した音声の分節化が、どのようにして行われ、どんな神経機構が分節化を可能にしているかについて、理研の脳科学総合研究センター生物言語研究チームが研究を進めた。
研究チームは、人工的な単語を数個作成し、それらが切れ目なくランダムに繰り返されるような「連続音刺激」をつくった。これを被験者28人に聞かせて、脳波計で「事象関連電位(ERP)」=語句説明=を記録。その結果、遷移確率が最も低い単語の切れ目(単語の1音目)で、2、3音目に比べて振幅が大きい「陰性電位(N400)」=語句説明=を観察した。
また、どの程度の分節化ができたかをテストし、その成績で3つのグループに分けたところ、陰性電子の振幅が、成績の良いグループでは学習初期に最も大きく、中程度のグループでは学習が進むにつれて徐々に大きくなり、悪いグループでは小さいままで変化しなかった。
さらに、遷移確率が低いほど振幅の大きいN400電位が出現していることが分かった。
これらの結果から、被験者は連続音刺激の中で次に聞こえる音を予測し、統計的情報を手掛かりに分節化していることが判明。N400電位が、その分節化などを定量的に反映し、学習の進行過程や達成度を示す重要な指標になりうることが示された。
理研では、「研究によって、言語獲得にかかわる脳の機能が明らかになり、失語症など脳障害患者の治療などへの貢献が期待できる」としている。
【事象関連電位(ERP)】
光や音、自発的な運動といった特定の事象に関連して一過性に生じる脳電位で、頭皮上から誘発される電位成分の総称。高度の認知機能を反映しているとされる。
【陰性電位(N400)】
聴覚刺激の提示後、頭皮上で記録される陰性の脳電位のこと。※詳細画像は元記事を参照してください。
2008/07/18のBlog
[ 23:49 ]
[ 雑感 ]
[あいさつ]
こんばんは。mooでございます。
煙草がまずいなあ・・・と思い始めると、それは風邪の初期症状。
んんん?なんでこんなに肩がこるの?と思い始めると、それはすでに風邪。
今ギリギリラインで風邪を食い止めております。
ちょっと気を抜くと全身風邪にやられそうな気配。
と言うわけで、ちょっぴり頭が回ってませんが、前回の続き。
■変わった子ども(1)
[専門機関へゴー?]
わたしはちょっぴり自覚はしているのですが、
イワユル『変わった子』と接するのが得意だと言われてます。
個人的には「あら素敵♪」と思いながら会話をするのですが、
周囲のオトナたちに『あの子変わってますよね』と言われてる子どもたち。
そして、それを言っている周囲のオトナというのは、
学校の先生だったり専門機関の専門家だったりしてね。いやはや。
仕事柄よく耳にします。(´<_` )
最近の流行りとしては、専門機関を紹介するというヤツでしょうか。
わたし自身、このあたりを耳にすると自分のことを振り返ってしまいます。
保育園や幼稚園大脱走なんて、今の時代だったらすぐに専門機関へゴーなのか?
小学校の糞教師が嫌いでイワユル期間限定不登校てのは専門機関へゴーなのか?
中学校の一時期のような怠学少年時代なんて、すぐさま専門機関へゴーなのか?
~~~~-y(´<_` )。○(煙草がいまひとつ美味しくない
[『変わった子』と言われる子たち]
困った子。
反抗的な子。
トラブルメーカーな子。
すぐに問題を起こす子。
何考えてるのかわからない子。
生意気な子。
わがままな子。
生徒指導の難しい子。
友達作りが下手な子。
その他などなど・・・・・・。
こうしたコトバを聞くと、うひょっ!とケツが浮きそうになる。
まあ浮くだけならよいのです。毎度のことですから。
しかしまあ、最近こうした子どもたちの話しの際に、
『専門家に見てもらった方が・・・』
というのが混ざる割合が増えてきたように思う。
いやあ・・・子どもたちの割合は増えてないのですよ。
それを言うオトナたちの割合が増えてるだけで・・・。いやはや。
でまあ、わたしみたいなおばちゃんのところに、
空いてる時間とやらに会いに行かなきゃならなくなる子どもたち。
で、実際に会って話してみると、ほとんどの子どもたちは、
「そんなに困るのか?この子が?え?」
という感じの子どもたちばかりだったりする。
まあなあ確かに個性的と言えば個性的な面々だったりするのだけど、
わたしはそういう子どもの方が「あら素敵♪」と思ってしまう。
何度か雑談(カウンセリングでは決してない)をしていると、
『最近すごく落ち着いてきて安定して過ごせてます』
などと周囲のオトナたちに言われたりする。わしゃ何もしとらんがな。
確かに。
うひょ!紹介で出会う子どもたちは、
生き方それ自体が下手くそそうだなあと感じる子が多いかもしれない。
まあなあ、わたしも生き方は下手くそだしなあ・・・。(´<_` )
ただ何と言うのか、こんな見ず知らずのおばちゃんに、
いろいろなことを話せること自体に、すごく力強さを感じる。
わたしはもっともっと斜に構えた糞生意気なガキだったもんなあ・・・。
しかし。
『変わった子』と言われる子どものほとんどが、
丁寧に(丁寧すぎるほどに)ひとつひとつ吐きだしていける強さをもってます。
そして、きっかけさえあれば、そうした子どもたちは、
生活の大半を過ごす学校内の先生に自分の気持ちを話せるのだと思います。
素敵な先生。誰かひとりでいい。
押さえつけずに否定しないで話しが聞ける先生。ひとりでいい。
もしもそうした子どもたちが素敵な先生に出会えたら、
もともとの強さがありますもん。壊れることなく生きていけると思う。
というところまで書いていて、咽喉の痛さにやられて寝てしまいました。
恒例の日付詐称をしとこうと思います。ではまた素敵な週末を・・・。
こんばんは。mooでございます。
煙草がまずいなあ・・・と思い始めると、それは風邪の初期症状。
んんん?なんでこんなに肩がこるの?と思い始めると、それはすでに風邪。
今ギリギリラインで風邪を食い止めております。
ちょっと気を抜くと全身風邪にやられそうな気配。
と言うわけで、ちょっぴり頭が回ってませんが、前回の続き。
■変わった子ども(1)
[専門機関へゴー?]
わたしはちょっぴり自覚はしているのですが、
イワユル『変わった子』と接するのが得意だと言われてます。
個人的には「あら素敵♪」と思いながら会話をするのですが、
周囲のオトナたちに『あの子変わってますよね』と言われてる子どもたち。
そして、それを言っている周囲のオトナというのは、
学校の先生だったり専門機関の専門家だったりしてね。いやはや。
仕事柄よく耳にします。(´<_` )
最近の流行りとしては、専門機関を紹介するというヤツでしょうか。
わたし自身、このあたりを耳にすると自分のことを振り返ってしまいます。
保育園や幼稚園大脱走なんて、今の時代だったらすぐに専門機関へゴーなのか?
小学校の糞教師が嫌いでイワユル期間限定不登校てのは専門機関へゴーなのか?
中学校の一時期のような怠学少年時代なんて、すぐさま専門機関へゴーなのか?
~~~~-y(´<_` )。○(煙草がいまひとつ美味しくない
[『変わった子』と言われる子たち]
困った子。
反抗的な子。
トラブルメーカーな子。
すぐに問題を起こす子。
何考えてるのかわからない子。
生意気な子。
わがままな子。
生徒指導の難しい子。
友達作りが下手な子。
その他などなど・・・・・・。
こうしたコトバを聞くと、うひょっ!とケツが浮きそうになる。
まあ浮くだけならよいのです。毎度のことですから。
しかしまあ、最近こうした子どもたちの話しの際に、
『専門家に見てもらった方が・・・』
というのが混ざる割合が増えてきたように思う。
いやあ・・・子どもたちの割合は増えてないのですよ。
それを言うオトナたちの割合が増えてるだけで・・・。いやはや。
でまあ、わたしみたいなおばちゃんのところに、
空いてる時間とやらに会いに行かなきゃならなくなる子どもたち。
で、実際に会って話してみると、ほとんどの子どもたちは、
「そんなに困るのか?この子が?え?」
という感じの子どもたちばかりだったりする。
まあなあ確かに個性的と言えば個性的な面々だったりするのだけど、
わたしはそういう子どもの方が「あら素敵♪」と思ってしまう。
何度か雑談(カウンセリングでは決してない)をしていると、
『最近すごく落ち着いてきて安定して過ごせてます』
などと周囲のオトナたちに言われたりする。わしゃ何もしとらんがな。
確かに。
うひょ!紹介で出会う子どもたちは、
生き方それ自体が下手くそそうだなあと感じる子が多いかもしれない。
まあなあ、わたしも生き方は下手くそだしなあ・・・。(´<_` )
ただ何と言うのか、こんな見ず知らずのおばちゃんに、
いろいろなことを話せること自体に、すごく力強さを感じる。
わたしはもっともっと斜に構えた糞生意気なガキだったもんなあ・・・。
しかし。
『変わった子』と言われる子どものほとんどが、
丁寧に(丁寧すぎるほどに)ひとつひとつ吐きだしていける強さをもってます。
そして、きっかけさえあれば、そうした子どもたちは、
生活の大半を過ごす学校内の先生に自分の気持ちを話せるのだと思います。
素敵な先生。誰かひとりでいい。
押さえつけずに否定しないで話しが聞ける先生。ひとりでいい。
もしもそうした子どもたちが素敵な先生に出会えたら、
もともとの強さがありますもん。壊れることなく生きていけると思う。
というところまで書いていて、咽喉の痛さにやられて寝てしまいました。
恒例の日付詐称をしとこうと思います。ではまた素敵な週末を・・・。
2008/07/17のBlog
[ 21:26 ]
[ 生活 ]
[あいさつ]
こんばんは。mooでございます。
今朝からのどに違和感があったのですが、
夕方頃から本格的に、咽喉痛・寒気・肩こりが来てます。
ええ・・・この症状。わたしの場合、ズバリ風邪です。
まいったなあ・・・>~~~~-y(´<_` )
そんなわけで寝ます。昨日の続きは週末にアップします。
明日仕事ができる程度には回復したいものです。ハイ。
おやすみなさい。ではまた。
[追記]
みなさんも夏風邪にはご注意してくださいませ。(´<_` )
こんばんは。mooでございます。
今朝からのどに違和感があったのですが、
夕方頃から本格的に、咽喉痛・寒気・肩こりが来てます。
ええ・・・この症状。わたしの場合、ズバリ風邪です。
まいったなあ・・・>~~~~-y(´<_` )
そんなわけで寝ます。昨日の続きは週末にアップします。
明日仕事ができる程度には回復したいものです。ハイ。
おやすみなさい。ではまた。
[追記]
みなさんも夏風邪にはご注意してくださいませ。(´<_` )
2008/07/16のBlog
[ 21:55 ]
[ 雑感 ]
[あいさつ]
こんばんは。mooでございます。
折り返しになる水曜日。そろそろ疲労がどんよりしてます。
そうなるとblogの更新が止まりがちになるのねんと先ほど気づきました。
ええ、わたしのピークは火曜・水曜・木曜あたりなのです。(´<_` )
さて、仕事を終えるとその瞬間からまったくblogネタが浮かばなくなります。
毎日毎日通勤途中には「あ。このことを書いてみたいな」とか思うのですがね。
仕事が終わったら仕事モードのまま運転して帰り、そして車から降りた途端、
生活モードに切り替わるのでダメですね。きれいさっぱり忘れてしまいます。
と、長文を書いてると目がチカチカする。(´<_` )
そんなわけでいつも通り、まったり雑感をば。
[素敵な先生との出会い]
わたしは自覚ゼロだったのですが、
小さな頃からイワユル「変わった子」として扱われてきました。
もとから変わってるのか途中から変わってしまったのか、
そこらへんようわからんのですが、まあそうらしい。
保育園から大学院にいるあいだまで(そしてその後も)、
周囲の大人たちに「変わってる」と言われ続けてきたので、
たぶん変わってるのでしょう。自分ではそうは思わんのだけど。
さて、毎度blogで愚痴ばかり垂れ流してるので、
今回はそういう「変わってるよね」と言われてきたわたしが、
あらこの人素敵♪と思った大人の話しをしてみることにしますです。ハイ。
小学校一年生のときの担任の先生。
いまだにフルネームで言えますし、顔もすぐに思い出せます。
わたしが人生で初めて出会った「先生」です。
A先生は叱ることはあっても、決して怒らない。
その場しのぎの嘘やなあなあで物事を済ますことはしない。
ちょっと頑張ったことや普段の挨拶や係活動をいつも誉めてくれる。
国語の授業のはずがいつのまにやら社会や理科の授業になってて楽しい。
体育の授業のはずが家庭科や算数になってたりしてこれまた楽しい。
ガラスや花瓶が割れたときには、すぐにそばにいる全員の怪我を心配してくれる。
宿題を手抜きしたときは、たくさん赤ペンでお返事を書いてくれる。
宿題を忘れたときは、ノートの空いているところにお返事を書いてくれる。
いつもちゃんと見てくれているなと安心できる。
それまでのわたし。
保育園・幼稚園とも大脱走を繰り返してまして、(´<_` )
ビンタやお仕置きは日常茶飯事でした。
「せんせい」と言われる人たちの仕事は、
デキル子どもたちだけを可愛がり、面倒な子どもたちには怒るキレる。
そういう仕事をする人たちだと子ども心に思ってました。
小学校に入ってA先生に出会っていなかったら、
わたしはとんでもなく歪んでいたかもしれません。A先生ありがとう。
六年生のときのB先生もいい先生のひとりかもしれない。
熱血漢!という言葉が似合うその若い先生(当時三十代)は、
休み時間毎には運動場に出てクラス全員と遊んでくれた。
わたしがいじめっ子をいじめるいじめっ子だということは、
引き継ぎのときにすでに知っていたにちがいない(トラブルメーカーなわたし)。
それでも、ひとつひとつほぐすように話しを聞いてくれたし、
頭ごなしに否定されたり怒られることはありませんでした。
五年のときに人生最悪と言ってよい某糞教師に、
「それなんていじめ?」という対応を一年通じてされてきたわたしですら、
「ほほう、こんな大人も世の中にはおるんかいな」と思わせてくれたB先生。
A先生とB先生がいてくれたから、そこそこそれなりに学校生活も送れたのだと思う。
(中学は嫌な先生の記憶の方が大きい。
もうフルネームで言える先生なんてほとんどいないけど、
まあ人間的にこの人面白いじゃんと思える先生が何名かいたのは救い。
時代的なものもあるのかもしれないけれど、
わたしの時代の男性教師は、セクハラ教師&体罰教師が多かったからなあ。
思い出すだけで反吐が出るのでパスすることにしよう)
高校は教科指導内で素敵♪と思える先生がたくさんいらして、
ごくんと呑み込むまでの時間がとんでもなくかかるわたしに、
すべての教科において、ひとつひとつすごく丁寧に教えてくれました。
中学のときはフツーに「オマエ馬鹿じゃねえの?」などと言われ、
「単にテストで点が取れてもオマエみたいな云々」とも言われてきたわたし。
ちゃんと教科指導のできる教師ってのがいるじゃんと高校で思いました。
初めて勉強って面白いのねと思いましたし、あほみたいに成績上がりました。
本当はこういう先生ってのは義務教育期間中に出会うのがよいのだと思う。
単に運が良かっただけなのだろうなあ・・・。(´<_` )
大学・院で素敵♪と思ったのはマイ師匠のC先生です。
C先生ははっきり言ってこわいです。とんでもなくこわいです。
研究室で一緒に朝珈琲を飲んでても、ランチを一緒に取っててもこわい。
同じ車内で何時間十何時間と揺られながら、目的地に向かうときもこわい。
ええ、いまだにこわいです。声が震えます。(´<_` )ブルブル
でも何がこわいの?と聞かれるとようわかりません。
こわいところって、研究話をしているときのツッコミぐらいだもんな・・・。
そんなC先生には十代最後の年に、
「変わってはいるけど曲がってはないよね。あ。いい意味でだよ」
と言われました。なんでか知らんが目から汗が出そうになりました。
三人。
出会えたわたしは幸せなのだろうなあ・・・と今なら思えます。
その何十倍もの数のフツー教師とか糞教師にも出会ってきたけれど、
三人の先生がいてくれたおかげで、壊れなかったのだと思います。
あらあら。長くなってしまった。
本題はちょっと違ったのだけど、それは明日書くことにしよう。うむ。
と言うわけで、折り返し地点の水曜日です。ぼちぼちまったりいきましょう。
ではまた。
こんばんは。mooでございます。
折り返しになる水曜日。そろそろ疲労がどんよりしてます。
そうなるとblogの更新が止まりがちになるのねんと先ほど気づきました。
ええ、わたしのピークは火曜・水曜・木曜あたりなのです。(´<_` )
さて、仕事を終えるとその瞬間からまったくblogネタが浮かばなくなります。
毎日毎日通勤途中には「あ。このことを書いてみたいな」とか思うのですがね。
仕事が終わったら仕事モードのまま運転して帰り、そして車から降りた途端、
生活モードに切り替わるのでダメですね。きれいさっぱり忘れてしまいます。
と、長文を書いてると目がチカチカする。(´<_` )
そんなわけでいつも通り、まったり雑感をば。
[素敵な先生との出会い]
わたしは自覚ゼロだったのですが、
小さな頃からイワユル「変わった子」として扱われてきました。
もとから変わってるのか途中から変わってしまったのか、
そこらへんようわからんのですが、まあそうらしい。
保育園から大学院にいるあいだまで(そしてその後も)、
周囲の大人たちに「変わってる」と言われ続けてきたので、
たぶん変わってるのでしょう。自分ではそうは思わんのだけど。
さて、毎度blogで愚痴ばかり垂れ流してるので、
今回はそういう「変わってるよね」と言われてきたわたしが、
あらこの人素敵♪と思った大人の話しをしてみることにしますです。ハイ。
小学校一年生のときの担任の先生。
いまだにフルネームで言えますし、顔もすぐに思い出せます。
わたしが人生で初めて出会った「先生」です。
A先生は叱ることはあっても、決して怒らない。
その場しのぎの嘘やなあなあで物事を済ますことはしない。
ちょっと頑張ったことや普段の挨拶や係活動をいつも誉めてくれる。
国語の授業のはずがいつのまにやら社会や理科の授業になってて楽しい。
体育の授業のはずが家庭科や算数になってたりしてこれまた楽しい。
ガラスや花瓶が割れたときには、すぐにそばにいる全員の怪我を心配してくれる。
宿題を手抜きしたときは、たくさん赤ペンでお返事を書いてくれる。
宿題を忘れたときは、ノートの空いているところにお返事を書いてくれる。
いつもちゃんと見てくれているなと安心できる。
それまでのわたし。
保育園・幼稚園とも大脱走を繰り返してまして、(´<_` )
ビンタやお仕置きは日常茶飯事でした。
「せんせい」と言われる人たちの仕事は、
デキル子どもたちだけを可愛がり、面倒な子どもたちには怒るキレる。
そういう仕事をする人たちだと子ども心に思ってました。
小学校に入ってA先生に出会っていなかったら、
わたしはとんでもなく歪んでいたかもしれません。A先生ありがとう。
六年生のときのB先生もいい先生のひとりかもしれない。
熱血漢!という言葉が似合うその若い先生(当時三十代)は、
休み時間毎には運動場に出てクラス全員と遊んでくれた。
わたしがいじめっ子をいじめるいじめっ子だということは、
引き継ぎのときにすでに知っていたにちがいない(トラブルメーカーなわたし)。
それでも、ひとつひとつほぐすように話しを聞いてくれたし、
頭ごなしに否定されたり怒られることはありませんでした。
五年のときに人生最悪と言ってよい某糞教師に、
「それなんていじめ?」という対応を一年通じてされてきたわたしですら、
「ほほう、こんな大人も世の中にはおるんかいな」と思わせてくれたB先生。
A先生とB先生がいてくれたから、そこそこそれなりに学校生活も送れたのだと思う。
(中学は嫌な先生の記憶の方が大きい。
もうフルネームで言える先生なんてほとんどいないけど、
まあ人間的にこの人面白いじゃんと思える先生が何名かいたのは救い。
時代的なものもあるのかもしれないけれど、
わたしの時代の男性教師は、セクハラ教師&体罰教師が多かったからなあ。
思い出すだけで反吐が出るのでパスすることにしよう)
高校は教科指導内で素敵♪と思える先生がたくさんいらして、
ごくんと呑み込むまでの時間がとんでもなくかかるわたしに、
すべての教科において、ひとつひとつすごく丁寧に教えてくれました。
中学のときはフツーに「オマエ馬鹿じゃねえの?」などと言われ、
「単にテストで点が取れてもオマエみたいな云々」とも言われてきたわたし。
ちゃんと教科指導のできる教師ってのがいるじゃんと高校で思いました。
初めて勉強って面白いのねと思いましたし、あほみたいに成績上がりました。
本当はこういう先生ってのは義務教育期間中に出会うのがよいのだと思う。
単に運が良かっただけなのだろうなあ・・・。(´<_` )
大学・院で素敵♪と思ったのはマイ師匠のC先生です。
C先生ははっきり言ってこわいです。とんでもなくこわいです。
研究室で一緒に朝珈琲を飲んでても、ランチを一緒に取っててもこわい。
同じ車内で何時間十何時間と揺られながら、目的地に向かうときもこわい。
ええ、いまだにこわいです。声が震えます。(´<_` )ブルブル
でも何がこわいの?と聞かれるとようわかりません。
こわいところって、研究話をしているときのツッコミぐらいだもんな・・・。
そんなC先生には十代最後の年に、
「変わってはいるけど曲がってはないよね。あ。いい意味でだよ」
と言われました。なんでか知らんが目から汗が出そうになりました。
三人。
出会えたわたしは幸せなのだろうなあ・・・と今なら思えます。
その何十倍もの数のフツー教師とか糞教師にも出会ってきたけれど、
三人の先生がいてくれたおかげで、壊れなかったのだと思います。
あらあら。長くなってしまった。
本題はちょっと違ったのだけど、それは明日書くことにしよう。うむ。
と言うわけで、折り返し地点の水曜日です。ぼちぼちまったりいきましょう。
ではまた。