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ESL英語学院
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2008/06/07のBlog
[ 00:03 ] [ 文章アルバム ]
 2008年6月7日(土)(その1)雨(午前0時)

 「文章アルバム」(別名「書くアルバム」)を書きました。題は「たかが野球、されど」です。

 題を英訳するとどうなるでしょう?こうかな? Is Baseball Nothing? 自分では「名訳」のつもりです。それとも「迷訳」?

   さあ、「たかが野球、されど」がいきますよ。

書くアルバム(6) 平成20年(2008)6月6日(金)

題:たかが野球、されど

 火曜日(6月3日)、盛岡を15:41の新幹線で発ち、仙台の楽天球場で交流戦、楽天イーグルス対阪神タイガースの試合を見た。最終の新幹線(21:17仙台発)に乗り、盛岡に着いたのが23:29。帰宅は午前0時近かった。

 このカードの観戦は仙台で三年連続三回目だ。最初は大学での教え子W君と、二回目は家内と、そして三回目の今年はまたW君と見た。彼は私が大学教職を退職する前の最後の卒論指導学生だった。もともと阪神ファンなのだが、東北大学職員として仙台に住んでからは、地元楽天のファンでもある。そもそも彼が、最初に観戦を私に誘ったのである。卒業式後の謝恩会で「阪神の交流戦を今年、仙台で見ませんか?」と。

 時々雨がぱらつき、(チーム・カラー!)黄色の登山用雨具のスーツを着ながらの観戦となった。初めから楽天が好調で、点差は次第に広がり、阪神は早々と序盤で、二線級の投手にきりかえた。応援団からは苛立ちや落胆の声がもれたが、私の関心は「良き敗者」として、翌日の第二戦の勝利のために最後まで試合を見守ることだった。試合を見ながら、彼と近況報告をし合い、次の観戦には在仙のだれそれを呼ぼうかなどと話した。

 だから阪神が負けてもこたえなかった。なんといっても、楽天は東北に初めて生まれたプロ野球チームである。今年はパ・リーグ第3位と善戦している。阪神の負け試合を見てあげた、ということも満足だった。最終新幹線で帰宅したが、便利な足ではある。

 六十年近く前、小学生のころ、盛岡市営球場に毎年一回プロ野球がやって来た。午後からの試合を見るために、友達と早朝六時から、山の中腹の球場まで歩いた。下駄を履き、ヒンヤリした朝の空気を吸い、胸躍らせて道を急いだ。プロ野球は少年達にヒーロー崇拝の夢を与えた。今の球場では、脚が長く、可愛い顔立ちの若い娘さんたちがビールやコーラを売りに来る。当時は生活の疲れを色濃くたたえたおばさんやおじさんたちが、木の箱のベルトを肩にかけて、アイスクリームやアイスキャンデーを売り歩いた。草木の匂いがプンプンする球場だった。

 少年は、やがて大学の英語教師となり、結婚し、子を持ち、退職した。退職して再び野球場に足を運び始めたのも奇遇である。卒業生と見るのでなければ、家族と見る。仙台や東京で、夫婦で、あるいは娘夫婦と観戦する。そこで観る野球は単なる勝負ではない。親しい者同士が、日常生活を抜け出て自由に心を共鳴し合う、空間であり時間である。

 選手までが観客と心の糸を結び、マイクを通して応援に感謝する。事は野球に限らない。祭、サーカス、スポーツなどの空間が、そこに集う人々に夢や潤いや慰めを与える。だから、人はそれらを愛するのである。野球、たかが?されど!(薫)



2008/06/02のBlog
[ 16:36 ] [ 文章アルバム ]
 2008年6月2日(月)(その2) はれ

 まず「文章アルバム」(タイトル「衣替え」)から掲載します。

 その次に(夜になりますが)「ウィークリー・チャット」です。これは先週の金曜日(5月30日)「胆江日日新聞」掲載のものです。

 実はお昼ごろ、ブログ(その2)の原稿を書き上げて、いざブログ上梓、と思ったら「メンテナンス工事中」の表示が出ました。せっかく書いた原稿(「文章アルバム(5)」を含む)がパー(雲散霧消)になりました。

 今度そういうことがあったら、もう一つのブログ「WSL外語学院」に投稿したいと思います。

 それではようやく「文章アルバム」(5)の投稿です。

書くアルバム(5) 平成20年(2008)6月2日(月)

題:衣替え

 6月1日は衣替えの日である。あいにく朝から雨が断続的に降る、肌寒い日だった。しかし幸い日曜日で、中学生や高校生は、夏の制服で鳥肌立つことは免れた。翌日の月曜日は、よく晴れて暖かく、白い制服に日差しを受けて元気に通学した。

 「たいてい衣替えの日は寒いんだ」と夕食の席で息子が昔の記憶をたどった。娘は高校時代、衣替えの日に冬用の制服を着て家を出て、あわてて戻って来たことがあった。おそらく寒い日だったのだろう。

 しかしである。昨今、制服はともかく、夏の装いは春から始まる。原因は「おしゃれ」と「基礎代謝量」である。雪が解けたばかりの三月に、早くもミニスカートが登場する。四月の新学期になると大学キャンパスはあたかも「温室」と化す。季節を先取りした服装がまぶしく闊歩する。

 五月は暑い日と寒い日が交錯する。若い人たちは寒い日でも、半袖のTシャツで平気である。見ている老人は寒気がする。基礎代謝量、すなわち、安静に就寝しているときのカロリー消費量は、若年者が高齢者よりも大きい。いわんや、目覚めているときにおいてをや、である。

 自分はかなり前から、夏でも長袖シャツとなった。紫外線除け、日焼け除け、そして体温調節のためである。ジョギングにも長袖Tシャツだ。それでたっぷり汗をかくが、三十代の時ほど体重は減らない。エネルギー消費量が少ないのだろう。

 だから、昔の人は言った。「年寄りの冷や水」と。若者に負けまいと冷水浴をすると、体が参る。無理をせず、たっぷり酸素を取り、水を取り、時間を取って、運動も仕事もしなければならない。衣替えを迎えたが、日々の気温や一日の気温変化に合わせて、脱いだり、着たりをこまめに行い、体温を調節しなければならない。それこそ本当の「衣替え」ではなかろうか。(薫)
2008/05/31のBlog
 2008年5月31日(土)(その2) 曇 のち 雨

 今日は5月最後の日です。そこで、「文章アルバム」(4)をめざしています。まだ完成途上です。朝に原案を書きました。これから原案を元に、修正版を1から出直しで書き上げます。

 川端散歩は朝のうちにしました。3キロ40分です。変わったものといえば、クリのイガの赤ちゃんと、胡桃の実の赤ちゃんでした。ヨシキリ、ホトトギス、キジ、ウグイスが夏を謳歌していました。

 放送大学までは往復歩きました。片道35分です。おかげで少々減量に成功し、繋温泉(清温荘)では○○キロでした。

 「船頭多くして船山を登る」といいますが、船は山を登れるのですね。えっ?と驚く為五郎!パナマ運河は、船が勾配を登って、太平洋と大西洋間の地峡を横断します。

 このことが「文章アルバム」(4)に登場します。これから、夕食です。夕食を終えたら、「文章アルバム」(4)を書き上げます。その後、ブログに公表します。

お待たせしました。「文章アルバム」(運河を上る)が出来上がりました。やはり、私は原案を紙に書くのが性に合うようです。ここに掲載します。これが(4)番目、5月の週1ペースを守りました。

 書くアルバム(4)

 題:運河を上る

 「船頭多くして舟、山を登る」とは、口出しする人が多いと、思わぬ結末を招くということだ。常識では考えられない事も、しかし、可能である。運河を掘れば、舟は高い山を越えて、反対側の海に出る。こうしてパナマ運河は、大西洋に続くカリブ海と太平洋とを結んでいる。

 閘(こう)門式という方法である。高い地点に上るとき、水位が低い後方の門を閉じて、水位が高い前方の門を開く。水が低い方へ流入し、やがて水位が等しくなる。舟は前進し、次の門にいたる。ここでも同じことを行う。これを何度かくり返し、一番高い地点を越えると、それから徐々に反対側の海の高さまで下りるのだ。こうして船は、パナマ地峡82キロを約8時間で横断する。

 このようなことに思いいたったのは、退職してからの仕事と将来のことを考えたからだ。退職するまでは組織の大きい船に乗って、海を渡ってきた。退職後、小さい船に乗り換え、新しい旅をしてきた。別の海に出るために、「運河」という助けを借りている格好だ。この運河を渡ると、新たな海に出る。そこでまた、別の船に乗り換えなければならない。

 そのとき仕事を続けるか、あるいはやめて落ち着くか、それを決めなければならない。できれば向こうの海でも、仕事の船を見つけたい、という気持ちがある。もともと英語の教師をしてきたのだから、それを続けるしかないだろうが。

 続けるとすれば、自分の教室を開いて、幅広く教える。生徒達の学習や受験勉強、一般の人たちの翻訳・通訳や英会話、などだ。今は、非常勤ながら「勤め」があって、個人教室に割く時間が少ない。しかし、少ない時間の中で、学習、受験指導を開始している。

 それとも?小さいながら「外国語学校」を開いて、幾つかの外国語を教える。自分も教えながら、学ぶ。そうなると教師を他にも求めなければならない。

 運河を上り、運河を下って、向こうの海に着水するとき、そこにどのような自分と船が待っているのだろうか。いくつかの可能性をイメージするのは楽しい。人生を切り開くこと、それは常に終幕への用意を行うことだが、それを受け持つのはイメージである。(薫)



2008/05/28のBlog
 2008年
 5月28日(水)
 (その2)

 今日のブログ(その2)がこんなに早く続くとは、自分でも予想しませんでした。「文章アルバム」(別名「書くアルバム」)を書きましたので、掲載する気になりました。これは新聞コラムではありません。公器の顔を装う必要はあまりありません。

 タイトルは「家屋解体」。
でもこのタイトルは字数に制約がある新聞の場合のタイトルですね。

それよりも 「とり壊される家」 の方が良かったなあと思います。

 それでは「公開」いたします。

 書くアルバム(3)

家屋解体

 我が家の裏の家が取り壊されて跡形もなくなった。まさに「形ある物は滅びる」。あっという間である。最初は家の中で大工らしい人が、ふすま、障子、ガラス戸、畳、などを取り外し、解体して、大きな袋に入れて外に出した。中の作業が終わると、外側から重機がバリバリと壁や屋根を砕き始めた。

 一週間もしないうちに一軒の家屋は単なるガレキになった。この家は以前の居住者が数年前に手放した。長い間「売り家」の標示が出ていたが、ついに買い手が現れた。これから新築工事が始まるだろう。新しい「形」が出現する。

 「終(つい)の棲家(すみか)」と言う言葉がある。人生の最後にたどり着く安住の終着駅。それが見つかるまで、人は移り住み続ける。引越し、転校、転勤、移民、結婚、入院、そして「終の棲家」を見出す。この世で、そして、次の世でも。

 それは、どこからともなくこの世に生を受けた、人間の宿命であろう。「無」から「有」へ、「有」から「無」へと移り住む。しかし二番目の「無」は新たな「有」をこの世に残す。思い出、業績、作品、あるいは子孫として。

 自分が昔住んだ家を訪ねることもある。自分が昔住んだ町や田舎を訪ねることもある。「郷愁」に浸り、人を思い出す。この場所に、あの人(たち)がいて、あんなことをしていたと、追憶する。父は七年前に亡くなった。父は生まれ故郷の外山を喜んで何度も訪れた。草深い高原の村に、古びた小さい家があった。住む人は違っていたが、眺めては童心に返った。

 裏の家が取り壊される前、静かな朝の庭にウグイスが来て、美しい声で鳴いていた。今夜は、静まったそのガレキ越しに、ホトトギスの声が聞こえてくる。自然は変わらずに、季節を繰り返していく。(薫)

 ああ、あの村の「藪川そば」がまた食べたくなったなあ。
2008/05/12のBlog
 2008年5月12日(月)(その2) はれ

 ブログ(その1)を英訳・独訳する「楽しみ」を忘れさせたものがあります。

 それは「文章アルバム」を書いていたからです。

 題は「ゴールデン・ウィーク」。今年も盛岡で家族再会でした。

 東京でも家族再会を計画しています。去年のように。

 ということで、その「文章」を掲載いたします。

     

書くアルバム(2)

「ゴールデン・ウィーク」

 「ゴールデン・ウィークはどちらにおでかけですか?」
 「娘夫婦が東京から来ますから、家にいますよ。」
 大型連休前、たずねられるとこんな風に答えていた。この数年、判で押したように同じ答だ。彼らが連休後半にやって来て二日半、一緒に過ごした。私は食事、団欒、日帰り温泉には付き合ったが、車で小岩井、米内などに案内したのは息子、家内、愛犬ロックだった。留守居役の私は、仕事、仮眠、ジョギングなどをしていた。

 車に乗れば乗れないことはないが窮屈だ。年が離れた父親は、若い人たちの行楽からは一歩遠ざかるのも「もてなし」の心遣いだとも思う。案外これが効を奏して、温泉とか食事では話が盛り上がった。

 東京で働く若い彼らは、盛岡周辺の自然をゆっくり楽しんだ。風景、空気、動植物、町の落ち着いた雰囲気など、リラクセーションとレクレーションを堪能した。ロックが笑いの焦点でもあった。ペットは最高のムード・メーカーでもある。

 彼らが帰京し、連休は終わり、ふだんの生活に戻った。自分も年金生活3年目だが、仕事がある。宮古にある県立短大での授業日を利用して、夫婦でバスで行った。私が授業をする間、彼女は浄土が浜や魚菜市場を見て回った。

 短大に行く前に立ち寄った海を見晴らすホテルは、マイカーや観光バスがいっぱい来ていて驚いた。連休後の週末観光客だろう。時間が自由な年金生活者が多いのだろう。午後の授業を終えて、駅前のバス停留所で連れと落ち合った。盛岡・宮古間のバス旅行は、行きも帰りも、緑滴る山に挟まれて、涼しい川沿いに走った。

 魚菜市場で買った魚、海草、山菜がその晩から食卓に上がった。次のゴールデン・ウィークは、東京の二人に宮古経由のルートを勧めようか。長距離バスで宮古に来て、国立公園を見て、それから盛岡に来るのはどうだろう、と話している。今年の連休は、前半が飛び石、中間に仕事日が三日間だった。もっと連続休日が多ければ可能なプランだ。いや、その前に、夏にはこちらが東京に出て、親子夫婦で野球観戦する約束もあった。(薫)




2008/05/05のBlog
 2008年5月5日(月)(その3)くもり

 新しいセクション(ジャンル)の「文章アルバム」です。今日その第1作を書きました。

 題は「夏と仮眠」です。ダジャレでいえば「夏眠と仮眠」です。

 ご覧いただければ幸いです。

 書くアルバム(1)

 「夏と仮眠」

 今年(平成20年)の五月一日が八十八夜、同五日が立夏であった。立夏の日、一人寝の仮眠を玄関のチャイムに起こされた。出てみると宅急便で、F氏から「新茶」の到来だった。陸中海岸の海の味覚でもお返ししようと思う。

 家人は東京から連休でやって来た娘夫婦と盛岡近郊の田園風景を見に出た。自分は今朝五時前から目覚めていたので、仮眠を申し出た。みんなが帰って来たら、温泉とすし屋には同行する。

 仮眠を覚まされて考えた。人の睡眠は摩訶不思議なタイプに分かれる。仕事型でいうならば、シフト制では仕事も眠りも朝、昼、夜型に適応しなければならない。季節型でいうならば、春眠が古来よく言われるタイプである。

 冬は夜長で早くふとんに入り、遅い夜明けまでたっぷりと寝る。冬型睡眠に慣れたころ、春となる。徐々に夜明けが早くなり、まだ寝ているうちに夜が明ける。「春眠暁を覚えず」である。春の目覚めに慣れていくうちに夏となる。夜明けがもっと早まる。目覚めも早くなる。昼が長いので仕事をし、あるいは団欒をする。結果として睡眠不足となる。

 夏は高温で体力を消耗する。強烈な日光で神経も疲れる。どうしても、仮眠で不足を補わねばならない。短い睡眠を日中の仮眠で補わないと間に合わない。夏眠が仮眠を必要とするうちに、やがて秋、冬となり、睡眠には事欠かなくなる。

 さて、ゴールデン・ウィークは明日の六日で終わる。家族サービスに追われた、若いパパたちのスタミナのほどはどうだったろうか。運転、渋滞の末、行楽地に到着する。そこで仮眠しないと、帰りの運転が居眠りになる。家族のレクレーションと自分の休息と。問題の解決が行楽地での仮眠となる。

 その行動形態を笑うわけにはいかない。「一人鬱々として楽しまず」では、これも問題である。自分のスタミナ、趣味、嗜好で適宜判断し、無理せずに行動するのがいい。レクリエーションは「再創造」である。健康と英気の回復が本義である。都会人間は自然の緑、新鮮な空気を求める。眠りが浅く不足な、いわば「夏型」の睡眠を、年中続けているのだ。どうぞ気力充実の大型連休を、と願う。(薫)

 「文章アルバム」→「書くアルバム」と変えたいと思います。
2008/04/29のBlog
 2008年4月29日(火)(その2) はれ

 昨夜書いた「こだま」(案)が引き金になって、新版「こだま」が出来上がりました。このブログ(ブログ「交差点」)にも紹介いたします。

 ブログのジャンル名(ブログ「交差点」)ですが、以前執筆した「岩手日報」のコラム「交差点」を部分的に継承したものでした。

 その執筆を終了したわけですから次回(五月)からは新しいジャンル名に変えようと思います。

 新聞のコラムに書く文章は、かなり読者を意識しなければなりません。内容的、形式的、文体的にそれなりの条件が加わります。それに対して今書き始めた文章はかなり自由がききます。

 それでは「ブログ交差点」というジャンルでの4番目(最終回)になりますが、「こだま」を掲載させていただきます。 


 こだま

 「やまびこ」と「こだま」。新幹線のことではない。エコーのことである。山で聞けば山彦となる。しかし、こだまは?漢字で「木霊」だから、もともとは林や森の中で反響する音だろうか。

 散歩やジョギングで雫石川べりの土手を行く。一段高い土手の下には、林や湿地や畑が続く。朝はヒナに餌を与える親鳥の声が元気に、忙しく響く。夕方は一日の活動を終えて安息する鳥たちの静かな声が響く。

 次第に暗さが忍び寄る林の空気は「木霊」の霊的な存在を感じさせる。鳥たちが「キョッキョッ、キョッキョッ」と若葉のレースをふるわせる。ウグイスも、安らかに一節一節を区切って響かせる。

 薄暗い木立の遠く近くに、ヤマザクラの花が浮かぶ。その白さが鳥の声と同じように、鋭い音を発する。鋭いながらまろやかである。色調の差が静かな音となる。英語の「トーン」が、音にも色にも通じることを思いだす。一方、「こだま」が心を動かすとすれば、言葉のこだまが「言霊(ことだま)」になるといえるかもしれない。
 
 土手から下りて、林の小道を走る。林を抜けてまた土手に上がると、突き当りは大きな橋で、帰宅や仕事の自動車が行き交う。一旦木霊から解放されるが、折り返して今来た道を引き返す。

 炭酸ガスが充満した橋から再び、新鮮な酸素の林や野原へ。これから若葉が広がり、日中には酸素が大量生産される。自然の仕組みに感謝する。心が緑に共鳴する。木霊する鳥の声、花の色に対して心がまた共鳴する。(薫)

 

2008/04/22のBlog
[ 20:04 ] [ ブログ「交差点」 ]
 2008年4月22日(火)(その2) はれ

 今日はdoblogのメンテナンス工事があって午後このブログが開けませんでした。その間、私はいつもの川土手を5キロ走ってきました。

 夕焼け、夕日、サクラの花。夕日のサクラもいいものです。

 走る前、「ブログ交差点」を書き上げました。題を「顔のしわ」としました。その文章を当ブログに掲載します。

 「ブログ交差点」
 
 題:顔のしわ

 「美貌も皮一重」とことわざ(英語)に言う。原文の直訳は「美貌もわずか皮膚一枚の厚さだけ」である。「皮膚一枚の厚さ」は転じて「上っつら」を指す。しかし皮膚一枚の差に一喜一憂するのが、俗人の常でもある。

 反面、花の命は短いゆえに苦しみも多いという。花の青春を達観する年頃になると、メタボリック・シンドロームが気になって減量作戦を開始する。食餌療法と運動である。しかしやがて風船がしぼんだように、顔にしわがよる。何歳か年を取った人相に驚いて、今度は少々増量し始める。

 しわが消える、というより少なくなるが、お腹もまた張ってくる。そこでまた減量に励むことになる。やがて、忘れていたしわが再現する。「ああ、そうだった。しわが目立つんだった」と思い出す。「やせてしわを刻むか、肥った張りを取るか、それが問題だ」。ハムレットがそう悩まなかったのは、彼がまだ若い青年だったからだ。

 普通の人はしわが増えても減量して、健康長寿を図る。食餌療法と運動を続ける。「健全な精神を健全な肉体に」とばかり、皮一重の美に代えて精神の美を求める。

 精神の美とは、意欲、気力、好奇心、行動、日々の学習などである。顔のしわを気にするのは、肉体の不老不死を願うような不可能事である。体の内部から若さと力が、目や表情や姿勢や話し振りに現れることを忘れまい。

 サクラの季節である。ついこの間咲いた花が、今日はハラハラと散り始めた。花のみが若さにあらず、美にあらず、とサクラは教えている。見た目に支配されて、心まで老いてはならないと。幹はしわを刻み、年輪を重ねても、毎年花を咲かせる。その生命力をこそ学びたい。(薫)(平成20年4月22日)



 これからも毎週一編の「ブログ交差点」を搭載いたします。その英訳は「公開講座」の資料(日英翻訳)となります。

 「公開講座」の第2回開催日は5月10日(土)、第3回開催日は5月17日(土)です。その後は(10月まで)毎月第一土曜日と第三土曜日です。岩手大学人文社会科学部第一会議室です。広い部屋ですからゆったりとした気分になれます。

 Das erste Sitzungszimmer von der Fakultaet von Geisteswissenschaften und Sozialwissenschaften ist so weit, dass man kann da sich behaglich fuehlen.

The first conference room of the Faculty of Humanities and Social Sciences is so large that you can feel relaxed there.

 それではまた明日お目にかかります。
2008/04/20のBlog
[ 21:51 ] [ 英訳「ブログ交差点」 ]
 2008年4月20日(日)(その3) はれ

 「英訳ブログ交差点」は「公開講座」資料からのものです。

 「耳の焦点」がタイトルです。


「ブログ交差点」(4月12日)→ 日英翻訳・例

題:耳の焦点 The Focus of the Ear

 金曜日の早朝、宮古行きのバスを盛岡駅前で待つ。県立宮古短大で平成二十年度の初授業がある。両耳にイヤホンをして「ドイツ語・ラジオ講座」を聞きながらバスを待つ。

On an early Friday morning, at the Morioka station bus stop, I waited for the bus for Miyako. I was going to give the first class of English of this school year at Miyako Junior College. I was listening to the radio German course through a pair of earphones.

 五十代と思われるビジネスマンが「チケット売り場はどこですか」と聞くので、イヤホンのまま「すぐそこですよ」と指差す。その人との話が始まった。イヤホンをつけたままである。耳の焦点をドイツ語からそらして、彼の日本語に移さざるを得ない。

A businessman apparently in his fifties asked me, “Where is the ticket booth?” I answered, “Just over there,” pointing to it, with the earphones on. We began to talk, still the earphones in my ears. I had to shift my focus of the ears from the German course to Japanese that he spoke.

 宮古行きのバスが来る。彼と別れて乗ろうとすると、一緒に授業する英国人教師がそばにいたことに初めて気づく。バスの中で再び耳の焦点をドイツ語から、今度は英語に移して会話が続く。このまま二時間では大変なので、イヤホンを耳から外す。

The bus for Miyako arrived. Saying “Good by” to him, I was going to get in it, when I noticed the Englishman had been beside me, who was to teach English with me at the college. In the bus, again, I talked with him, this time shifting the hearing focus from German to English. However, I didn’t want to let it continue for two hours, so put the earphones off my ears.

 「聖徳太子みたいですね」と彼が言う。冗談じゃない。聖徳太子は七人の話を同時に聞いて理解した。並みの人ではない。

He said to me, “You are like Shotoku-taishi.” No kidding! Shotoku-taishi listened to seven peoples’ talks at a time. He was not an ordinary man.

 並みの人は耳の焦点をずらして、結局一つだけを聴く。別の言葉は単なるBGMだ。しかし、イヤホンから日本語が流れればどちらも分かるだろう。よくあることだが、他人同士の外国語の会話を小耳に挟んでも、サッパリ意味が分からない。日本語の場合だと、よく分かる。

An ordinary person like me has to shift the hearing focus to listen to just one speech. The other speech is just like music. However, if I hear Japanese through the earphones, I would understand it and the other speech outside them, too. It happens very often that we hear a talk of other people in a foreign language but don’t understand it at all. If their talk is in Japanese, we understand it very well.

 単語はコインのようだ。表面と裏面を持つ。表面は「音」で裏面は「意味」だ。日本語なら既に立派なコインだ。しかし外国語の場合は、まだそうではない。発音を聞いても、意味が同時に出てこない。表裏一体となれば、自分の外国語も完全理解だ。

Words are like coins. They have two sides. One side is the sound and the other side is the meaning. For us, Japanese words are already perfect “coins.” However, foreign languages are not. We listen to the words, but quite often we don’t understand what they mean simultaneously. If we can do so, our understanding is perfect.

 イヤホンをつけた私に話しかけてくる人は、私が音楽か日本語を聞いていると思っているのだろう。まさか聖徳太子だとは思っていない。こちらは聖徳太子の領域に早く近づきたいと、密かに思っているのだが。(薫)


 これで今日のブログは(その3)まで行きました。ここで今日の終わりです。

Let's call it a day!
2008/04/12のBlog
 2008年4月12日(土)(その3)

 さて、今日のブログ(その3)です。

 3回も(手書きで)原稿を書き換えていると、4回目のワープロ清書はとても楽です。ちなみにその都度、原稿は最初から書き直します。

 自分の言いたいことの内容、表現スタイルが、微妙に変わります。

 それで、「ブログ交差点」はこうなりました。

「ブログ交差点」 

 題:耳の焦点

 金曜日の早朝、宮古行きのバスを盛岡駅前で待つ。県立宮古短大で平成二十年度の初授業がある。両耳にイヤホンをして「ドイツ語・ラジオ講座」を聞きながらバスを待つ。

 五十代と思われるビジネスマンが「チケット売り場はどこですか」と聞くので、イヤホンのまま「すぐそこですよ」と指差す。その人との話が始まった。イヤホンをつけたままである。耳の焦点をドイツ語からそらして、彼の日本語に移さざるを得ない。

 宮古行きのバスが来る。彼と別れて乗ろうとすると、一緒に授業する英国人教師がそばにいたことに初めて気づく。バスの中で再び耳の焦点をドイツ語から、今度は英語に移して会話が続く。このまま二時間では大変なので、イヤホンを耳から外す。

 「聖徳太子みたいですね」と彼が言う。冗談じゃない。聖徳太子は七人の話を同時に聞いて理解した。並みの人ではない。

 並みの人は耳の焦点をずらして、結局一つだけを聴く。別の言葉は単なるBGMだ。しかし、イヤホンから日本語が流れればどちらも分かるだろう。よくあることだが、他人同士の外国語の会話を小耳に挟んでも、サッパリ意味が分からない。日本語の場合だと、よく分かる。

 単語はコインのようだ。表面と裏面を持つ。表面は「音」で裏面は「意味」だ。日本語なら既に立派なコインだ。しかし外国語の場合は、まだそうではない。発音を聞いても、意味が同時に出てこない。表裏一体となれば、自分の外国語も完全理解だ。

 イヤホンをつけた私に話しかけてくる人は、私が音楽か日本語を聞いていると思っているのだろう。まさか聖徳太子だとは思っていない。こちらは聖徳太子の領域に早く近づきたいと、密かに思っているのだが。(薫)