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2008/07/27のBlog
[ 19:47 ]
[ Weekly Chat ]

2008年7月27日(日)(その2) はれ
今日は(その1)で終わるつもりでした。しかし(その2)へ進行。
理由は「ウィークリー・チャット」(117)。
WC(117) Where are you, Jaja? (ジャジャはどこに行った?)音読(1):
In March Jaja went away from his house in the garden. Since then he hasn’t come home. Jaja’s owner told so to my wife. My wife and I had been wondering what had happened to him. His dog house had been empty and we couldn’t see him anywhere. Jaja looked like a middle-size Akita, but he might have been a mixed one. He had a very friendly nature, both to other people and other dogs. Every time we passed by his small house, he was sure to show his face over the fence to greet us.
大意(1):
「三月に庭の小屋から、ジャジャは出て行った。それ以来、帰って来ない。飼い主が私の妻にそういった。妻と私は彼がどうなったのか話していた。小屋はカラッポでどこにも彼の姿は見当たらなかった。ジャジャは中型の秋田犬のように見えたが、多分雑種だったろう。とても人なつこかった―他人にも犬にも。彼の小さい小屋の前を通るたび、必ず塀から顔を見せてあいさつしてくれた。」
語句:
What happened to him?=彼はどうなったか? middle-size(d)=中型の mixed dog=雑種犬
音読(2):
Once we saw him wandering on the road free of the chain. His owner Mom was looking for him, so we taught her where we had seen him. He was taken back home by her and after that he was always in his dog house. We liked his good nature and his lovely black eyes. He was already a very old dog and could not hear so well. So, we thought he might have died. But, in fact, he had left his house ― to go where? Cats leave their houses to die unseen by anybody. Jaja’s owners have had no information from anybody since he went away.
大意(2):
「一度、彼が鎖から離れて道をウロウロしているのを見た。飼い主のママが探していたので、ジャジャを見かけた場所を教えてあげた。彼は家に連れ戻されたが、あとはずっと小屋にいた。私達はジャジャの気立てのよさと可愛い黒い目が好きだった。もうすでにかなりの年で、耳もよく聞こえなかった。だから彼は死んだのかなと思っていた。でも本当は小屋を出て行ったのだ―どこへ?猫なら誰にも見られずに死ぬため家を出る。ジャジャの飼い主にはまだ誰からも知らせが来ない。」
語句:
free of ~=~がない die unseen by anybody=誰にも見られずに死ぬ
音読(3):
Our dog, Rock, prefers to stay at home and does not want to go out of our front door even if it is open. He does not like to take a walk for a long time. His walk is usually for half an hour. We wish he were more outgoing but we don’t want him to go out and never come back.
大意(3):
「我が家のロックは家にいるほうが好きで、玄関が開いていても外に出ようとしない。長い散歩も嫌いで、たいがい三十分である。もっと外向的ならいいのにと思うが、出て行ったきり帰らないのは困る。」
語句:
outgoing=外向的

今日は、JALT Morioka の 研究発表を聴きました。発表者は2人(共同研究)でその一人が岩手県立大学講師のスーザン・ダガン先生でした。そのあと長田町(盛岡市)の個人教室に行きました。指導ではなく、自分の仕事でした。指導は明日です。
2008/07/25のBlog
[ 07:47 ]
[ 日英徒然草 ]


2008年7月25日(金)(その1) くもり ▽▲

ヒラヒラヒラヒラ。黒いチョウが飛び交います。人を恐れず、近寄り、ついて来ます。川土手の散歩道。

雨上がり。ヨシキリの見張り番はいつものあたりにいました。不思議。今朝は「ギョギョシ・ギョギョシ」の声もなく。親の務めを終えたのか?

岩手県立宮古短期大学は「補講日」のため休講。高校生は夏休み。そこで午前10時から個人指導。

岩手県私学協会に講演資料を届けます。岩手大学にて、新聞コラム原稿チェックを受け取ります。

「日英徒然草」(151)を掲載します。

BR(151) Be Careful When You Are Sleepy音読(1)です:
Last weekend I had to teach at Iwate College of the Open University from 10:00 to 18:00. So, from Monday this week, I was rather tired. However, Monday passed, Tuesday passed and then Wednesday passed without any problems. But on Thursday my fatigue reached a peak. I forgot to make the test questions for one of my classes. I apologized to the students. They were kind enough to accept the postponement until two weeks later.
大意(1)です:
「先週末、放送大学岩手学習センターで10時から18時まで教えなければならなかった。だから、今週月曜日からちょっと疲れていた。しかし、月、火、水曜日と、問題なく過ぎた。でも、木曜日、疲れが極に達した。あるクラスの試験問題を作ることを忘れてしまった。学生達に謝った。彼らは二週間の試験延期を十分快く受け入れてくれた。」
語句です:
fatigue=疲労 apologize=誤る postponement=延期
音読(2)です:
On that day I was so tired that while driving my car I forgot to turn right. When I realized it, it was too late. I had to turn left. After that, I came back to the right way. I was on my way to Iwate Prefectural University. After I got there, I found that I had forgotten to make the test questions.
大意(2)です:
「その日、非常に疲れていたので、車を運転中、右折することを忘れた。気がついたときは遅かった。左折しなければならなかった。その後、正しい道に戻った。県立大学に行く途中だった。到着後、試験問題を作り忘れたことに気がついたのだ。」
ドイツ語です:
「眠たいときは行動に気をつけなければならない。でなければ、交通事故を起こすだろう。六時間以上は眠ることを望みます。」
Wenn Sie schläfrig sind, muessen Sie aufpassen. Sonst, werden Sie einen Verkehrsunfall haben. Ich hoffe, dass Sie mehr als sechs Stunden schlafen.
(ヴぇン・ズィー・シュレふリヒ・ズィント、ミュッセン・ズィー・アオふパッセン。ゾンスト、ヴぇアデン・ズィー・アイネン・ふぇアケアスウンふぁル・ハーベン。イヒ・ホッふぇ、ダス・ズィー・ふゅア・メーア・アルス・ゼクス・シュトゥンデン・シュラーふぇン。)
フランス語です(日本語は同上):
Si vous avez sommeil, vous devez faire attention à vos actions. Sinon, vous avez probablement un accident de la circulation. Je voudrais que vous dormiez plus de six heures.
(シ・ヴザベ・ソメユ、ヴ・ドゥヴぇ・ふぇーる・アタンスィオン・ア・ヴぉ・ザクスィオン。スィノン、ヴ・ザヴぇ・プろバブルマン・アン・ナクスィダン・ドゥ・ラ・スィるキュラスィオン。ジュ・ヴドゥれ・ク・ヴ・ドるミエ・プリュ・ドゥ・スィ・ザーる。)
翻訳助言:アラン・ファー岩手大外国人教師(英独);中里まき子岩手大准教授(仏)
2008/07/24のBlog
[ 08:43 ]
[ 日英徒然草 ]
2008年7月24日(木)(その1) 今朝0時をまわってすぐ大地震。震源は岩手県北沿岸地下108キロ。大きな揺れに驚きました。今まで体験した中で最大。盛岡の進度は6弱。我が家は大丈夫でしたが、皆さんはいかがでしたか?
「日英徒然草」(152)を掲載します。トピックは今年6月14日の「岩手・宮城内陸地震」でした。BR(152) Iwate-Miyagi Inland Earthquake 岩手宮城内陸地震
音読(1)です:
At 5:43, June 14, the Iwate-Miyagi Inland Earthquake hit this area. The earthquake measured 7.1 on the Richter scale, which compared to the Hanshin Earthquake in magnitude. It caused great damage in southern Iwate and northern Miyagi. In Morioka, no serious damage was reported but the tremor was very strong and lasted for a long time.
大意(1)です:
「6月14日午前5時43分に、岩手宮城内陸地震がこの一帯を襲った。マグニチュード7.1を記録し、阪神大震災に匹敵する強さだった。岩手南部と宮城北部に多大な被害を及ぼした。盛岡では、大きな被害は報告されなかったが、揺れは相当に大きく、長い時間続いた。」
語句です:
Richter scale=リヒター地震強度計 magnitude=マグニチュード
音読(2)です:
At the time of the earthquake, I was driving to Kotorisawa. I did not feel the earthquake in the car. However, it is also a terrible situation. If a road is cut, or if a bridge suddenly collapses while I am driving by, I might plunge down, too, and be crushed in the car. When I came home from Kotorisawa, my wife told me how terrified she had been at home.
大意(2)です:
「地震発生時、小鳥沢へと車を運転していた。車内で地震を感じなかった。しかし、これもまた恐るべき状況である。もしそこを運転中に道路が寸断されたり、橋が突然崩落したら、じぶんもまた落下し、車内でぺしゃんこになるだろう。小鳥沢から帰宅すると、妻が家でとても怖かったと話した。」
語句です:
plunge=とび込む be crushed=押しつぶされる be terrified=恐れる
ドイツ語:
Die grosse Erdbeben verursachen grosse Katastrophen. In Japan, gibt es viele Erdbeben. Unter dem Grundboden von Japan, gibt es viele Verwerfungen, die oft Erdbeben herforbringen.
(ディー・グろーセ・エーアトベーベン・ふぇアウアザッヘン・グろーセ・カタストろーふぇン。イン・ヤーパン、ギープト・エス・ふぃーレ・エーアトベーベン。ウンタ・デム・グるントボーデン・ふぉン・ヤーパン、ギープト・エス・ふぃーレ・ふぇアヴぇアふンゲン、ディー・オふト・エーアトベーベン・ヘアふぉアブりンゲン。)
フランス語:
Les grands tremblements de terre causent de grands désastres. Au Japon, nous avons beaucoup de tremblements de terre. Au sous-sol de ce pays, il y a beaucoup de failles, qui en causent souvent.
(レ・グらン・トらンブルマン・ド・テーる・コーズ・ド・グらン・デザストる。オ・ジャポン、ヌ・ザヴォン・ボク・ド・トらンブルマン・ド・テーる。オ・スソル・ド・ス・ペイ、イリ・ヤ・ボク・ド・ふぁユ、キ・アン・コーズ・スヴぁン。)
独仏語和訳:
「大地震は大災害をもたらす。日本の地下には多くの断層があり、それがしばしば地震を引き起こす。」
翻訳助言:アラン・ファー岩手大教師(英・独);中里まき子岩手大准教授(仏)
今日の地震の時、私はシャワー中でした。幸い終わりかけていたので、すぐ着替えて浴室を見渡すと、ガラス窓OK、ただし鍵が開いて、窓が少し開いていました。揺れが鍵をも外すとは!本が少々落下しました。耐震設計、耐震家具止め、危険な位置への物置き厳禁。
改めて確認しました。額、かがみの設置方法、ガラス戸棚の扉はフックで止める。
さて、今日は県立大学へ。7月の「課題英作文レポート」のトピックは「地震その他の天災」「災害防止」「その他」でした。今日返却します。着々書き方が向上して、今回は19人中9人が評価「A」に突入しました。今日はほめたいと思います。
(それではまた後ほど)(この後、とたんに岩手県立大学から電話連絡。午前の講義(「比較言語論」)は休講措置とのこと。理由は現在、盛岡―滝沢間のJRストップ(地震のため)。11時現在でもストップならば、午後(「英語表現Ⅲ」)も休講とのこと。盛岡の自宅付近(西側)は夜間から救急車のサイレンが続いています。地震の恐ろしさを再認識しました。
岩手・宮城内陸大地震が6月14日午前8時43分発生。それから40日。今度は岩手県北沿岸からの大地震です。岩手の北上高地方面(東側)は玄武岩地盤で地震に強いといわれていますが。だけど、この揺れは大きく、建物がきしむ音が激しかった。負傷者が80名あまりと報じられています。
我が家では、隣のおばあちゃん宅が「家具の置き方」に問題ありで、この際、簡素・安全を徹底しなければなりません。
今日は自分自身の仕事ができそうです。新聞コラムと講演原稿、その他。
天災はいつ襲うか分かりません。まさに「一期一会」で暮らさなければ。2008/07/23のBlog
[ 12:21 ]
[ 日英徒然草 ]


2008年7月23日(水)(その2)

「日英徒然草」(153)です。お詫び:「(151)と(152)、2回連続でブログ搭載をしませんでした。「怠慢」は「多忙」のせいでした。お詫びします。明日、明後日と、掲載いたします。」
BR(153) Bilingual Rambling (153)
A Riverside Cleaner (川岸掃除の奉仕)
音読(1):
A man comes to the riverside with a big plastic bag and a small hoe. He picks up litter to keep the riverside walking area clean. He wears a pair of boots so that he can walk into tall grass and thickets. He is a volunteer cleaner around the area. Thanks to him, we can walk in a riverside area that is nice and clean.
大意(1):
「大きいプラスティック・バッグと小さい鋤(すき)を持って一人の男性が川辺にやって来る。そこの散歩コースをきれいにするため、ゴミを拾うのだ。高い草や藪に入れるように、長靴をはいている。その辺一帯のボランティア清掃人である。おかげで、とてもきれいな川辺を歩くことができる。」
語句:
hoe:鋤(すき) litter:ゴミ thicket:かん木 nice and ~:とても~
音読(2):
He started picking up the litter ten years ago. He grew up near the riverside and told me that the area used to be very clean. When he was a boy, water oozed out of the ground and they could drink it. After rain falls and soil is washed away, old litter appears. His dream is to get rid of that, too.
大意(2):
「彼は10年前にゴミ拾いを始めた。その川のそばで育った人で、そのあたりは昔はきれいだったと話してくれた。子供のころは、地面から水が湧いてそれを飲んだという。雨が降って土が流されると古いゴミも顔を出す。かれの夢はそれも拾うことだ。」
語句:
ooze:湧き出す get rid of ~:~を取り除く
この文をドイツ語・フランス語で:
「川に来て岸のゴミを拾う人がいる。彼はビニル袋と小さい鋤(すき)を持って来る。川岸は人々が散歩するのに、とてもきれいな場所だ。」
ドイツ語で:
Es gibt einen Man, der zu dem Fluss kommt, um den Müll der auf dem Ufer liegt, beiseite zu schaffen mit eine Plastiktüte und einen kleinen Spaten. Das Flussufer ist ein sehr schöner Ort zum Spazierengehen.
(エス・ギープト・アイネン・マン、デア・ツー・デム・ふルス・コムト、ウム・デン・ミュール・デア・アオふ・デム・ウーふぁ・リークト、バイザイテ・ツー・シャッふぇン・ミット・アイネ・プラスティクテューテ・ウント・アイネン・クライネン・シュパーテン。ダス・ふルスウーふぁ・イスト・アイン・ゼーア・シェーナ・オるト・ツム・シュパツィーれンゲーエン。)
フランス語で:
Un homme vient à la rivière et ramasse des ordures sur la rive. Il y vient avec un sac en plastique et une petite charrue. La rive est un lieu très beau où les gens peuvent se promener.
(アン・ノム・ヴぃアン・ア・ラ・りヴぃエーる・エ・らマス・デ・ゾるデューる・シュる・ラ・りーヴ。イ・リ・ヴぃアン・アヴぇ・カン・サク・アン・プラスティク・エ・ユン・プティート・シャりゅ。ラ・りーヴ・エ・タン・リュ・トれ・ボ・ウ・レ・ジャン・プーヴ・ス・プろムネ。)
翻訳助言:アラン・ファー岩手大教師(英・独);中里まき子岩手大准教授(仏)


(書き足します。午後17:30)盛岡大学でテスト「イギリスの文学Ⅰ」を終了して、帰宅したのが午後15:20でした。D.H. Lawrence の詩「蛇」に限定して出題しました。出題は次の三つです。
(1) 詩の一節(5箇所)の和訳
(2) 詩の内容(ストーリー)説明
(3) 詩の感想


家では「ウィークリー・チャット」の原稿を作りました。日英仏語版の原稿です。 

夜、「英語教室」にて高校生の英語指導があります。







ラジオ外国語講座の録音をゆっくり聞こうと思います。また、これからしばしは、ラジオ外国語講座は録音せずにナマで聞きます。「ナマもレコードも」は「二兎を追うもの」になります。
[ 08:45 ]
[ 公開講座資料(私の翻訳) ]

2008年7月23日(水)(その1) 雨 時々 曇
今日はまず「岩手県私学教育研修会」(英語分科会)講演の骨組みのみをご紹介します。題は「分かる英語授業の試み―多様な教育の場から」です。
岩手県私学教育研修会(第34回・2008・8・5)英語分科会講演:「分かる英語授業の試み―多様な教育の場から」(案)
三浦勲夫(放送大学客員教授・岩手大学特任教授・同名誉教授)
Ⅰ 目的と方法
(1)目的:高校生のための「分かる授業」の組み立て方
(2)方法:最近の個人的試み:シャドーイングの工夫・その他
Ⅱ 教育対象
高校生・大学生・放送大学生・英語学習者(岩手大学公開講座)
Ⅲ 対象別にみた教育活動
(1)高校生(個人指導):
英語が苦手
平均点を目指して
平均点に迫る
平均点を超える
4技能別特徴把握
基礎の「穴」をふさぐ
週1回2時間(あるいは1時間+1時間)
文法問題練習
会話場面の創造(想像)と文法例文
単語覚えの心構え
シャドーイング(とその変形)
リスニングも「インターバル・レピティション」
(2)大学生:
月1回「課題英作文レポート」
ショート・スピーチ
シャドーイング(CDに合わせて音読)
シャドーイング(英語で質問文を作る)
板書の工夫(スラッシュ・リーディング利用)
(3)放送大学生(大人の学生):
学生の日本語あいさつから英会話を作る
シャドーイング(「ゼロからスタートEnglish」2008年夏号)
新聞コラム(「日英徒然草」「ウィークリー・チャット」)
(4)英語学習者(岩手大学公開講座):
英語であいさつ(会員)
新聞コラム
講師の日英翻訳(「日日つれづれ」)
課題英作文レポート
Ⅳ 推奨する授業方法4つ:
(1)シャドーイング
(2)課題英作文
(3)ショート・スピーチ
(4)スラッシュ・リーディング
Ⅴ 参考:岩手大学全学共通科目「学生による授業アンケート」質問用紙

今日のブログではこの後(その2)で、「日英徒然草」をご紹介します。題は「川辺の清掃奉仕」です。 
早朝の川土手散歩は、曇のち雨でした。途中で引き返し、2キロ歩いただけでした。でも最近見る黒いアゲハチョウ(カラスアゲハではありません)、人を恐れずに、前になり、後になり、横に並んでついてきます。「ウィークリー・チャット」に書きました。2008/07/21のBlog
[ 05:24 ]
[ 公開講座資料(私の翻訳) ]
○◎
◎○ 2008年7月21日(月)(その1) くもり


7月19日(土)に岩手大学公開講座(講師は三浦勲夫)を実施しました。「英語を磨く―翻訳・通訳・会話」(上級)です。
講座の資料の一部をブログ紹介するのもいいですね。自分の日本語エッセー、自分の英訳です。題は「ないしょの話」。


資料(2) 書くアルバム(8)
平成20年(2008)6月22日(日)記
題:内緒の話 (This Is Secret)
① 「ここだけの話」ということばがある。英語にも「ビトウィーン・ユー・アンド・ミー」がある。ここだけの話(でもないが)、この場合の「ユー」は会話中の相手をさす。特定人物である。しかし「ユー」には「総称的ユー」もあり、一般の人たちをさす。その区別が日本人にはできない。日本に住む英語話者も誤解を招いて当惑する。この文章はそこには深入りしないが、強く発音すれば「君、皆さん」という目の前の特定人物であり、弱く発音すれば「一般の人々」という総称になる。
In Japanese, we say “kokodake no hanashi.” In English, they say “between you and me.” What I write here is not between you and me, but in this phrase, ‘you’ refers to a conversation partner. It is a definite person. On the other hand, there is also ‘generic you,’ which refers to general people. Japanese can’t distinguish the two usages of ‘you.’ Native speakers of English living in Japan are often confused to be misunderstood. In this essay, I don’t write about this further, but if you stress ‘you,’ it means a definite person, while unstressed ‘you’ refers to indefinite people.
② ここからが本論である。「ここだけの話」といって、あちこちで同じ話、あるいは同じ話をゆがめて触れ回る人たちがいる。聞かされた人たちがその話を持ち寄って「あの人は口が軽い」とか「あの人は嘘つきね」という評価が下されるのがおちである。
Now I will start my main story. There are people who frequently say “between you and me,” and repeat the same or somewhat distorted stories to others. Those who have been confided something to talk together later and end up with a conclusion that so-and-so has a loose tongue or is a liar.
③ 内緒話とは何かということも問題になるが、それはともかく、個人的に内緒話が好きな性格もあるし、社会の趨勢に影響されることもある。戦後昭和20年代に童謡ブームがあった。子供の成長に将来の日本復興への夢を託したのだろう。「内緒の話」という歌があった。「ないしょ、ないしょ、ないしょのはなしは、アノネノネ。ニコニコ、ニッコリ、ねえ、かあさん。ないしょのはなしは、アノネノネ。ぼうやの おねがい きいてよね」。
One problem is what a confidential story is. However, there are people who like ‘confidential’ stories by nature, or those liable to be affected that way by the time they live in. After the war, during the Showa 20s (1945 to 1954), children’s songs were a boom. There was a song entitled “This Is a Secret Talk.” Japanese might have had a hope for Japan’s future recovery in the healthy growth of children. The song words were like this: “Listen to my secret, Mom. It’s between you and me. Listen and smile, Mom. I want to ask you something.”
④ この場合、母親と幼児という絶対的親密関係の中の内緒話である。だからなにも悪いことはないだろう。しかし、幼児時代から受け継いだ「内緒観」は案外に強い根をその人に植え付ける。歌の母親もその根を張ったまま、母親として育児教育を行う。子が成人したり、働くとき、そこに時代の新たな「内緒観」も加わる。
In this song, the confidential talk occurs between an infant and his Mom, or in the relation of an absolute intimacy. There seems to be no problem there. However, the seed of view on confidence, sown in one’s mind in infancy can take root unexpectedly deep in that person. The Mom in the song has her own confidential ‘root’ and raises her children. There is still another chance of a new view on confidence to develop, when children become adult and work in their society.
⑤ 現代は「個人情報保護」の時代である。個人情報は一種の内緒ごとである。みだりに他人に教えてはならない。それを預かった第三者は、それを漏洩しないよう細心の注意を払わなければならない。
One of the features of the present age is the “protection of personal information.” Personal information is a kind of secret. You should never disclose it to others. The person who has come into possession of it should never carelessly let it out.
⑥ 先の童謡「内緒の話」に戻ると、母のない子に対する差別も児童福祉の観点から問題となる。母の日に子供が母親にカーネーションの花をプレゼントをする。昔は、母のある子は胸に赤の、母のない子は白の、紙製カーネーションのリボンをつけさせられたものだ。あのきまりは今はない。差別化に対する反省が原因だろう。
To return to the song “Naisho no Hanashi (This Is a Secret Talk), another problem will be posed in terms of children’s welfare: isn’t this song an innocent discrimination against the motherless children? On Mother’s Day, children present their mothers a bunch of carnations. Years ago, most kids wore on their chest a ribbon of a red carnation, while there were other children who wore that of a white carnation. They were motherless children. That old custom exists no more today. The reason must have been the opinion against discrimination.
⑦ 差別の問題は複雑・微妙だ。明確な言論的差別があり、言論化されないが暗黙の差別がある。差別の根絶は不可能だろう。程度の問題、あるいは良識の問題となる。言論コミュニケーションに関して盛岡に俚諺がある。共通語化していえばこうだ。「言えば言ったで言われ、言わなければ言わないで言われる。いっそのこと言って言われて言わぬ方がいい」。
Discrimination can exist in complex and subtle forms and in a definite spoken form. Whether it comes in an explicit or an implicit form, to eradicate it will be impossible. However, it will be possible to lessen its degree or to enhance conscience against it. Regarding spoken communication, Morioka has a local traditional proverb. Translated in standard Japanese, it goes: “If you speak, you’ll be accused on having spoken; if you don’t, on having not spoken. So, you had better speak out something and then nothing against any of their remarks.”
⑧ 封建時代的価値観を漂わせるコミュニケーション観である。しかし、これに現代的再解釈を補えばこうなるだろう。「言えば言ったで、言わなければ言わないで、とやかく言われる。しかし、自分の意見は言い、正当な反論には再弁明を加える。価値のない揶揄、嘲笑は無視するがいい。筋が通った意見は結局世論の支持を得るのだから」。物を言うべき場合と、言わない方がいい場合とを自己判断する力が問われる。(薫)
It is a view on communication reflecting the values from the feudalistic age. However, you could apply to this old saying a modern re-interpretation. “True they will always accuse you for having said something or nothing. You should, nevertheless, give your opinion, and then give your grounds for it, if somebody asks a question; you should overlook their worthless slanders and ridicules. After all, a reasonable opinion will win society’s support.” The judgment upon whether to speak out or not will be of great importance.


閑話休題。


今日は「海の日」。三連休の3番目の日。


三浦先生も三連休でサンキュウ(三休)でした。でも今日は個人指導で「東大の英語」です。


早い朝のひととき。庭から「ニャー、ニャー」と猫の声。二軒先の猫です。ロックは散歩中でよかった。


昨日の午後は瞬間的土砂降りで、cats and dogs でした。「瞬間的」は10分続きました。その時、車で温泉へ一家は進行中。国道46号を西へ。7分後、大釜(滝沢村)に来たら、全然道路は濡れてない!にわか雨、細い雨雲、雨境。
大釜は煮立っていませんでした。仁反田(にたんだ)も。


ブログはここで休憩します。後続は散歩から帰ってから。


川辺の散歩は6:20~7:10。3キロ歩きました。黒い貴婦人、紳士たちがヒラヒラヒラ。土手の草の上で舞っていました。この蝶の名前調べます。
イタドリの広い葉が葉脈だけを残して「レース編み」になっています。丸い、黒い、玉虫みたいに輝く昆虫たちが食べつくしたのです。満腹して交尾中です。


緑の林の音楽堂。ウグイスの声が抜群です。数が増えて、二つの川の両岸の林で「ホーホケキョ」「キョキョキョキョ、ケキョケキョ」。


朝食後はチャリで運動公園へ。サブトラックの外周を走りました。ちょっとしたクロス・カントリー。三連休は三連走。一日目は木の根につまづいて転びましたが。


川辺の土手も歩く人が増えました。健康志向。団塊世代の退職。さまざまなウォーキング・フォーム。サッソー、ダラダラ、ぺチャぺチャ、みんな「コンニチワー」。
◎○ 2008年7月21日(月)(その1) くもり

7月19日(土)に岩手大学公開講座(講師は三浦勲夫)を実施しました。「英語を磨く―翻訳・通訳・会話」(上級)です。講座の資料の一部をブログ紹介するのもいいですね。自分の日本語エッセー、自分の英訳です。題は「ないしょの話」。


資料(2) 書くアルバム(8)平成20年(2008)6月22日(日)記
題:内緒の話 (This Is Secret)
① 「ここだけの話」ということばがある。英語にも「ビトウィーン・ユー・アンド・ミー」がある。ここだけの話(でもないが)、この場合の「ユー」は会話中の相手をさす。特定人物である。しかし「ユー」には「総称的ユー」もあり、一般の人たちをさす。その区別が日本人にはできない。日本に住む英語話者も誤解を招いて当惑する。この文章はそこには深入りしないが、強く発音すれば「君、皆さん」という目の前の特定人物であり、弱く発音すれば「一般の人々」という総称になる。
In Japanese, we say “kokodake no hanashi.” In English, they say “between you and me.” What I write here is not between you and me, but in this phrase, ‘you’ refers to a conversation partner. It is a definite person. On the other hand, there is also ‘generic you,’ which refers to general people. Japanese can’t distinguish the two usages of ‘you.’ Native speakers of English living in Japan are often confused to be misunderstood. In this essay, I don’t write about this further, but if you stress ‘you,’ it means a definite person, while unstressed ‘you’ refers to indefinite people.
② ここからが本論である。「ここだけの話」といって、あちこちで同じ話、あるいは同じ話をゆがめて触れ回る人たちがいる。聞かされた人たちがその話を持ち寄って「あの人は口が軽い」とか「あの人は嘘つきね」という評価が下されるのがおちである。
Now I will start my main story. There are people who frequently say “between you and me,” and repeat the same or somewhat distorted stories to others. Those who have been confided something to talk together later and end up with a conclusion that so-and-so has a loose tongue or is a liar.
③ 内緒話とは何かということも問題になるが、それはともかく、個人的に内緒話が好きな性格もあるし、社会の趨勢に影響されることもある。戦後昭和20年代に童謡ブームがあった。子供の成長に将来の日本復興への夢を託したのだろう。「内緒の話」という歌があった。「ないしょ、ないしょ、ないしょのはなしは、アノネノネ。ニコニコ、ニッコリ、ねえ、かあさん。ないしょのはなしは、アノネノネ。ぼうやの おねがい きいてよね」。
One problem is what a confidential story is. However, there are people who like ‘confidential’ stories by nature, or those liable to be affected that way by the time they live in. After the war, during the Showa 20s (1945 to 1954), children’s songs were a boom. There was a song entitled “This Is a Secret Talk.” Japanese might have had a hope for Japan’s future recovery in the healthy growth of children. The song words were like this: “Listen to my secret, Mom. It’s between you and me. Listen and smile, Mom. I want to ask you something.”
④ この場合、母親と幼児という絶対的親密関係の中の内緒話である。だからなにも悪いことはないだろう。しかし、幼児時代から受け継いだ「内緒観」は案外に強い根をその人に植え付ける。歌の母親もその根を張ったまま、母親として育児教育を行う。子が成人したり、働くとき、そこに時代の新たな「内緒観」も加わる。
In this song, the confidential talk occurs between an infant and his Mom, or in the relation of an absolute intimacy. There seems to be no problem there. However, the seed of view on confidence, sown in one’s mind in infancy can take root unexpectedly deep in that person. The Mom in the song has her own confidential ‘root’ and raises her children. There is still another chance of a new view on confidence to develop, when children become adult and work in their society.
⑤ 現代は「個人情報保護」の時代である。個人情報は一種の内緒ごとである。みだりに他人に教えてはならない。それを預かった第三者は、それを漏洩しないよう細心の注意を払わなければならない。
One of the features of the present age is the “protection of personal information.” Personal information is a kind of secret. You should never disclose it to others. The person who has come into possession of it should never carelessly let it out.
⑥ 先の童謡「内緒の話」に戻ると、母のない子に対する差別も児童福祉の観点から問題となる。母の日に子供が母親にカーネーションの花をプレゼントをする。昔は、母のある子は胸に赤の、母のない子は白の、紙製カーネーションのリボンをつけさせられたものだ。あのきまりは今はない。差別化に対する反省が原因だろう。
To return to the song “Naisho no Hanashi (This Is a Secret Talk), another problem will be posed in terms of children’s welfare: isn’t this song an innocent discrimination against the motherless children? On Mother’s Day, children present their mothers a bunch of carnations. Years ago, most kids wore on their chest a ribbon of a red carnation, while there were other children who wore that of a white carnation. They were motherless children. That old custom exists no more today. The reason must have been the opinion against discrimination.
⑦ 差別の問題は複雑・微妙だ。明確な言論的差別があり、言論化されないが暗黙の差別がある。差別の根絶は不可能だろう。程度の問題、あるいは良識の問題となる。言論コミュニケーションに関して盛岡に俚諺がある。共通語化していえばこうだ。「言えば言ったで言われ、言わなければ言わないで言われる。いっそのこと言って言われて言わぬ方がいい」。
Discrimination can exist in complex and subtle forms and in a definite spoken form. Whether it comes in an explicit or an implicit form, to eradicate it will be impossible. However, it will be possible to lessen its degree or to enhance conscience against it. Regarding spoken communication, Morioka has a local traditional proverb. Translated in standard Japanese, it goes: “If you speak, you’ll be accused on having spoken; if you don’t, on having not spoken. So, you had better speak out something and then nothing against any of their remarks.”
⑧ 封建時代的価値観を漂わせるコミュニケーション観である。しかし、これに現代的再解釈を補えばこうなるだろう。「言えば言ったで、言わなければ言わないで、とやかく言われる。しかし、自分の意見は言い、正当な反論には再弁明を加える。価値のない揶揄、嘲笑は無視するがいい。筋が通った意見は結局世論の支持を得るのだから」。物を言うべき場合と、言わない方がいい場合とを自己判断する力が問われる。(薫)
It is a view on communication reflecting the values from the feudalistic age. However, you could apply to this old saying a modern re-interpretation. “True they will always accuse you for having said something or nothing. You should, nevertheless, give your opinion, and then give your grounds for it, if somebody asks a question; you should overlook their worthless slanders and ridicules. After all, a reasonable opinion will win society’s support.” The judgment upon whether to speak out or not will be of great importance.


閑話休題。

今日は「海の日」。三連休の3番目の日。

三浦先生も三連休でサンキュウ(三休)でした。でも今日は個人指導で「東大の英語」です。

早い朝のひととき。庭から「ニャー、ニャー」と猫の声。二軒先の猫です。ロックは散歩中でよかった。

昨日の午後は瞬間的土砂降りで、cats and dogs でした。「瞬間的」は10分続きました。その時、車で温泉へ一家は進行中。国道46号を西へ。7分後、大釜(滝沢村)に来たら、全然道路は濡れてない!にわか雨、細い雨雲、雨境。大釜は煮立っていませんでした。仁反田(にたんだ)も。


ブログはここで休憩します。後続は散歩から帰ってから。

川辺の散歩は6:20~7:10。3キロ歩きました。黒い貴婦人、紳士たちがヒラヒラヒラ。土手の草の上で舞っていました。この蝶の名前調べます。イタドリの広い葉が葉脈だけを残して「レース編み」になっています。丸い、黒い、玉虫みたいに輝く昆虫たちが食べつくしたのです。満腹して交尾中です。


緑の林の音楽堂。ウグイスの声が抜群です。数が増えて、二つの川の両岸の林で「ホーホケキョ」「キョキョキョキョ、ケキョケキョ」。

朝食後はチャリで運動公園へ。サブトラックの外周を走りました。ちょっとしたクロス・カントリー。三連休は三連走。一日目は木の根につまづいて転びましたが。

川辺の土手も歩く人が増えました。健康志向。団塊世代の退職。さまざまなウォーキング・フォーム。サッソー、ダラダラ、ぺチャぺチャ、みんな「コンニチワー」。2008/07/16のBlog
[ 23:20 ]
[ 日々つれづれ ]

2008年7月16日(水)(その3)
今日の「盛岡タイムス」から新コラムがスタートしました。
コラムの題名は「日々つれづれ」。筆者は私(三浦勲夫)です。
これは日本語で綴るものです。
スタイルはさまざまです。散文詩風、論説風、戯画風、その他。
「日英徒然草」同様、よろしくお願いします。
第一回は「音の借景」です。










「日々つれづれ」(『音の借景』) 盛岡タイムス 2008年7月16日



平成20(2008)年7月6日(日)記音の借景―森と鳥
川が流れる。川岸に木が生える。川に沿って林が続く。夏。木々はすくすくと背を伸ばし、枝葉を広げる。緑が濃さを増す。鳥たちの絶好の住処である。
夏の早朝。鳥たちは食事中、あるいは食事後。歌声が林からこだまし、共鳴する。そこは緑の音楽堂。木の幹は林立する柱。織り重なる木の葉は大小の幕であり、緞帳である。
そうそうたる夏の歌手達は、ウグイス、カッコウ、ホトトギス、ヨシキリ、クイナ、モズ、キジたち。キツツキはパーカッション(打楽器)を打ち鳴らす。
野外音楽堂→野外コンサート→ロンドンにいたころ。連想はさかのぼる。北部のハムステッドに森、野原、公園が広がっていた。貴族の館、ケンウッド・ハウスもあった。
ケンウッド・ハウスを囲む森、泉、芝生は六月の野外コンサートの舞台だった。ロンドン・フィルがやって来て、泉の向こう岸に舞台をしつらえ、演奏した。大勢の客達は泉を挟んでこちら側で、思い思いに芝生に座り、寝そべって聴いた。
それは「音の借景」。木々と水と館を夕方の涼しい空気が包んだ。その空気を通して流れるメロディー。日本の「薪能」を思いながら聴いた。あれも「音の借景」。イギリスの景色も鳥の声も舞台効果を高めた。
盛岡。夏の朝の川辺の森。地下水を吸い、流れる水を見やり、木はスクスクと伸び、葉はモリモリと盛り上がり、ヒラヒラとひるがえる。鳥の声の共鳴も、基音、倍音が折り重なる。葉群(む)らのように、八重の花弁のように、深く、やわらかく。
ここは自然の中の自然の声。人の演奏はない。歩きながらそれを聴く。いつか足を止めて、草に腰をおろして、聴いてみたい。 (三浦勲夫―放送大学客員教授)
2008/06/23のBlog
[ 07:05 ]
[ 文章アルバム ]












2008年6月23日(月)(その1)くもり□■■△▼△▼○●◎ おはようございます。まず今日のブログ(その1)のワク作りをしました。コンテントの主役は「文章アルバム」です。別名もあります。「書くアルバム」あるいは「写心帖」あるいは「文字の風景」です。
昨夜遅くに案を書きました。題は「内緒の話」です。ワープロで清書してから、ブログに付け加えます。



それまでしばし、朝の頭の準備体操をします。体の体操は完了しました。「テレビ体操」をして、ストレッチをして、腹筋・腕立て(それぞれ30回と40回)しました。そろそろ「逆立ち」を試みてもいいかな?


その前は「テレビドイツ語」を25分見ました。基礎から中級リスニング程度です。文法やボキャビュラリには、やはり「読書」が必須ですね。 


これからラジオで「フランス語」、「イタリア語」、「スペイン語」が続きます。当分、録音は休みます。それでは「内緒の話」をワープロ(ワード)で清書します。しばし、ブログを閉じます。



それでは「文章アルバム」の文章・材料「内緒の話」をご紹介します。






「ブログ新聞『薫』」の記事でもあります。書くアルバム(8) 平成20年(2008)6月22日(日)
題:内緒の話
「ここだけの話」ということばがある。英語にも「ビトウィーン・ユー・アンド・ミー」がある。ここだけの話(でもないが)、この場合の「ユー」は会話中の相手をさす。特定人物である。しかし「ユー」には「総称的ユー」もあり、一般の人たちをさす。その区別が日本
人にはできない。日本に住む英語話者も誤解を招いて当惑する。この文章はそこには深入りしないが、強く発音すれば「君、皆さん」という目の前の特定人物であり、弱く発音すれば「一般の人々」という総称になる。
ここからが本論である。「ここだけの話」といって、あちこちで同じ話、あるいは同じ話をゆがめて触れ回る人たちがいる。聞かされた人たちがその話を持ち寄って「あの人は口が軽い」とか「あの人は嘘つきね」という評価が下されるのがおちである。
内緒話とは何かということも問題になるが、それはともかく、個人的に内緒話が好きな性格もあるし、社会の趨勢に影響されることもある。戦後昭和20年代に童謡ブームがあった。子供の成長に将来の日本復興への夢を託したのだろう。「内緒の話」という歌があった。「ないしょ、ないしょ、ないしょのはなしは、アノネノネ。ニコニコ、ニッコリ、ねえ、かあさん。ないしょのはなしは、アノネノネ。ぼうやの おねがい きいてよね」。
この場合、母親と幼児という絶対的親密関係の中の内緒話である。だからなにも悪いことはないだろう。しかし、幼児時代から受け継いだ「内緒観」は案外に強い根をその人に植え付ける。歌の母親もその根を張ったまま、母親として育児教育を行う。子が成人したり、働くとき、そこに時代の新たな「内緒観」も加わる。
現代は「個人情報保護」の時代である。個人情報は一種の内緒ごとである。みだりに他人に教えてはならない。それを預かった第三者は、それを漏洩しないよう細心の注意を払わなければならない。
先の童謡「内緒の話」に戻ると、母のない子に対する差別も児童福祉の観点から問題となる。母の日に子供が母親にカーネーションの花をプレゼントをする。昔は、母のある子は胸に赤の、母のない子は白の、紙製カーネーションのリボンをつけさせられたものだ。あのきまりは今はない。差別化に対する反省が原因だろう。
差別の問題は複雑・微妙だ。明確な言論的差別があり、言論化されないが暗黙の差別がある。差別の根絶は不可能だろう。程度の問題、あるいは良識の問題となる。言論コミュニケーションに関して盛岡に俚諺がある。共通語化していえばこうだ。「言えば言ったで言われ、言わなければ言わないで言われる。いっそのこと言って言われて言わぬ方がいい」。
封建時代的価値観を漂わせるコミュニケーション観である。しかし、これに現代的再解釈を補えばこうなるだろう。「言えば言ったで、言わなければ言わないで、とやかく言われる。しかし、自分の意見は言い、正当な反論には再弁明を加える。価値のない揶揄、嘲笑は無視するがいい。筋が通った意見は結局世論の支持を得るのだから」。物を言うべき場合と、言わない方がいい場合とを自己判断する力が問われる。(薫)






2008/06/16のBlog
[ 21:34 ]
[ 文章アルバム ]
2008年6月16日(月)(その2)パソコンが一応復旧、いや回復しました。「復旧」というと元通りになることですものね。「回復」だと「また元気な状態になる」事ではないかと、推理するわけです。
これで、昨日書いた「文章アルバム」(『ヤマボウシ』)も発表できます。
「このー木、何の木、気になる木ー」です。だって、一面に花が咲いて雪みたいに、木全体を覆っているからです。こんなヤマボウシ、見たことない。
岩手大学農学部にも、すくすく伸びた大木が何本もあります。背丈30メートルは優に超す木々です。学校、公園、山、森林、神社などの大木は「崇敬」されます。住宅地の只中にある、「超デカイ庭木」となると不気味です。そこに住む人も「超感覚的」です。
「ヤマボウシ」変じて「ヤマボウズ」(海坊主のパロディです)、「ヤマボウズ」変じて「ヤマンバ」(山姥)です。
年々この木は上へ、上へと伸びて行きます。四方へ広がって行きます。今に落ち葉がその家をすっぽり飲み込むかもしれません。

それでは「ヤマボウシ(文章アルバム)」です!書くアルバム(7) 平成20年(2008)6月15日(日)
題:ヤマボウシ
ヤマボウシは英語で「ドッグウッド」という。「犬の木」である。ある人がいうには、ヤマボウシには赤い小さな実がなり、それは犬の好物だという。それが英語の語源かどうかは知らないが、今度、我が家のロックにも食べさせてみようかと思う。
ヤマボウシの花は白くて平たい。半月ほど前に咲き始め、満開の時期がサクラに比べてずっと長い。近所にその庭木が一本ある。全然、手をかけていない木で、二階の屋根よりも高くそびえている。花は全ての枝をすっぽりと覆い、雪が積もったようである。
今では大木になり、枝を周囲に押し広げ、素人では手もつけられない状態である。手をかけないでいるうちに伸びすぎて、お手上げになった格好だ。隣近所の人たちは木が倒れたら、と思うとぞっとするだろう。それより、その家に住む人たちはどう思っているのか。なんとも思わないとすれば、そのことがさらに不気味である。
住宅街の真中で、学校や公園の木のようにそれは勢い良く立っている。同じ庭のナナカマドも負けてはいない。二本の木の枝がその家にばっさりと覆いかぶさり、物語りに出てくる妖怪屋敷のようだ。
そのようなことは知らぬ気に、その木は年々自分の葉を落として腐葉土をたっぷり作る。光合成で、無機的な原料から有機的な養分を作る。日光、炭酸ガス、そして水。そこから幹、枝、葉、花、実を作り、育て、葉を落としては、自分の滋養とする。動物が自分の肉を食べて育つことなどありえない。しかし植物はそれを行う。
今、いたるところで青葉は葉陰を濃くし、緑を滴らせている。山では木々の葉がエネルギーを蓄え、ピーンと張り切っている。ふんだんに腐葉土の養分も吸い、呼吸し、光合成を行っている。しかし、人家の庭木が山の木のように肥育すると、恐ろしい。「この木なんの木、気になる木」というコマーシャル・ソングがある。広い平原や山地にあれば大木も崇められる。しかし、住宅街の庭の中では、逆の意味で非常に気になる。人と木の適切な共生ということが問題となる。(薫)
2008/06/07のBlog
[ 00:03 ]
[ 文章アルバム ]











