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ESL英語学院
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2008/09/14のBlog
[ 19:16 ] [ 公開講座資料(私の翻訳) ]
 2008年9月14日(日)(その2)はれ

 (その2)お待たせしました。実は今まで(夕食をはさんで)「日日つれづれ」(7)(「朝霧夜霧」)を書いていました。一応完成しました。ブログ登載は新聞公表後にいたします。

 (その2)では昨日の公開講座資料の一つ、「日日つれづれ」(「ヨシキリ無音」)の英訳を紹介します。

資料(2) 日日つれづれ(4)(「盛岡タイムス」より)

ヨシキリ無音 Reed-warblers Have Stopped Warbling

 夏の早朝、ヨシキリが一羽、ヨシのてっぺんにとまっている。ヨシ、すなわちアシ(葦)。葦の茎に巣くう虫を食べる。そのために葦の茎を食い破る。そこからヨシキリの名が生まれた。「アシキリ」とは言わない。「脚きり」なら大学入試となる。

On an early summer morning, a reed-warbler rests on top of a reed. In Japanese reed is ‘yoshi’ or ‘ashi.’ Reed-warblers eat worms hiding in the reed stalks. These birds tear open the stalks, and they are given the name of ‘yoshikiri,’ or reed-cutter. They are not called ‘ashikiri,’ which means preliminary selection of college entrance examinees.

 無音のヨシキリ。静かなヨシキリ。なんとも、様にならない。盛時なら「ギョギョシ、ギョギョシ、ギョギョギョギョギョ」と葦の藪のあちこちで鳴き交わしていた。六月から七月中ごろだ。

A silent, non-warbling reed-warbler it’s just contradictory and looks helpless. In their days, from June to mid-July, from all over the reed bushes, we could hear their noisy “Giyo-giyo-sh, giyo-giyo-sh, giyo-giyo-giyo-giyo.”

 産卵、子育ても終わったか。外敵警戒も終わったか。しかし、声は立てずとも格好だけは相変わらずの見張り役だ。オー・マイ・パパ。オー・マイ・ママ。カッコウが、ホトトギスが、おまえ達の巣に空き巣ねらいをして、卵を産みつけなかったか?空き巣ねらいに失敗したカッコウのメスを空高く、執拗に追いかけたヨシキリの姿。目撃したのは五年以上も前だ。小よく大を制した、珍しい、驚くべき場面だった。

Ho, silent bird, have you finished laying eggs, raising chicks, and looking out for the enemies? Now, even noiseless, you still watch out for something. Oh, papa birdie, oh, mamma birdie. Didn’t cuckoos or little cuckoos lay their eggs in your nest while you were away? Once, more than five years ago, I saw a reed-warbler chasing persistently high up in the sky a female cuckoo, who had failed in breaking into its nest. It was a rare, breath-taking sight, the small chap driving away the big one.

 「ヨシキリ君」。決して美声とはいえない。スズメによく似た容姿と色。スズメより大きいが。声をなくした見張りのヨシキリ。子は巣立ったか。妻と二人でこれから、腰を上げてまたどこかで「ご隠居」暮らしか?鳴りをひそめて。

Old chap, reed-warbler! Your song is never beautiful. You look just like a somewhat bigger sparrow. Now you are a voiceless watcher. Have your chicks left your nest? Are you leaving here somewhere with your wife to a retired life for a while? Is that the reason for your silence?

 ああ、夏は去る。カッコウも去った。ホトトギスも。暦を先取りして、秋が来る前に。空を渡り、季節を渡る鳥たち。季節労務者、いや、季節の使者。

Oh, summer is leaving, too. Cuckoos have left; so have little cuckoos. Earlier than the calendar, they have left, before autumn comes. Sky flyers, season flyers seasonal workers? No, seasonal messengers!

 彼らが去った川辺の林で、ウグイスだけはいよいよ声に磨きをかける。鈴を転がす谷渡り。コロラトゥーラ・ソプラノ。そのソプラノ歌手も晩秋には声を失う。地鳴(ぢな)き、笹鳴きで「チッチッチッチ」とだけ鳴く。

Among the riverside trees, after they have left, it is only bush-warblers that polish their songs still more beautiful. Their long trills are like rolling bells. Coloratura sopranos! But even those sopranos will lose their voices in late autumn. They will begin just to mutter “jug, jug, jug” in the bushes.

 バイ・バイ・バーディー。バードの幼児語はバーディー、「小鳥さん」。しかし、季節の歌は絶えることがない。鳥、虫、哺乳動物が続く。彼らの言葉も歌である。「ヨシキリの 歌はよしたか ヨシの上」。子育てご苦労さん!カッコウやホトトギスの分までも!また来年の夏まで待っているよ。「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ヨシキリも」。(薫)

Bye-bye, birdies! Pretty birdies! However, the songs of seasons never cease. Leaving birds are followed by other birds, insects and mammal animals. Their words are also songs. “Hi there, Reed-warbler / have you stopped your noisy babble / on top of the reed?” You’ve worked really hard to raise your chicks. You have also raised the chicks of cuckoos and little cuckoos! I am waiting for you to return here next summer! “If you’ve stopped warbling / let’s wait till you do again, / you, dear reed-warblers.

三連休の二日目でした。今日はESL英語学院に行って、(高校生指導ではなく)自分自身の仕事をしました。英語弁論大会の原稿読み、「日日つれづれ」(朝霧夜霧)の文章書き、書類・文書点検です。

 古いCDを取り出して聴きました。ドイツ語の歌曲やイタリア語の民謡、英語(アメリカ・イギリス)の民謡(フォーク・ソング)です。気分転換に、歌詞から外国語を学ぶのもいいなあと思います。

 「盛岡タイムス・チャーリー英語学院」には、大型国語辞典、英文学史・詩作品アンソロジー(2冊)、時計などを運びました。TOEFLの練習問題集は明日運びます。
2008/09/10のBlog
 2008年9月10日(水)(その1) はれ

 「日日つれづれ」(5)(「盛岡タイムス」9月10日より)を掲載いたします。題は「黒い蝶」です。

 日日つれづれ(5)
 
 放送大学客員教授 三浦勲夫

 黒い蝶 ●▼▲▼●

 土手に飛び交う黒い蝶。ヒラヒラヒラと人を怖れず、散歩の供をしてくれる。名も知らぬ黒い蝶の群。前夜、同時に羽化したばかりの兄弟姉妹。土手道の、そのあたりの草原だけで舞い暮らす。露の命、限られた世界。悠久の時、無限の水の流れのほとりで。

 人の歩みに従い、後になり、先になり、耳元に、胸元につきまとう。やがてフイと、自分の狭い草原に戻っていく。「遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけん」(梁塵秘抄)。この川とあの川の、間に挟まれた一本の小道。

 戯れ一途(いちず)。三途(さんず)の流れ。黒い喪服で寄り添い、人を怖れず、何かを諭して帰る蝶、蝶々たち。おのれの命を悦(よろこ)びながら、てふてふてふ。

 喪服、紋服、モーニング。黒い地に黒い縞。黒い筋。いくつかの茶の斑点が紋所。粋でシックな黒い蝶。黒いボー・タイ(蝶ネクタイ)の黒ずくめ。黒豹は黒い豹紋、黒蝶は黒い羽織。黒い真理を人の耳にささやき、人の目に刻そうと、次々に舞い寄ってくる。舞い散る木の葉のように。

 草の露を吸い、緑の土手を右から左、左から右へ、ヒラヒラ、ヒラヒラと。戯れか、遊びか、おまえ達の命は。戯れとも見え、しかしまじめな命。毎年、夏のこの時期、草葉の陰から生まれ、程なく姿を消す。厳粛な生と死の歴史。サイクル。そのシナリオを短く、粋に、舞い踊る。「蝶(超)シック」。

 足元の地面に落ちる命。黒い蝶。透き通った羽のセミ。茶色い羽のセミ。生まれて間もないキツツキのヒナ。その背中には灰と白の小さな横縞が見えて。命、親からの贈り物。川と川に挟まれた一本の土手の小道。

 この土手は毎日、緑の空気を空に送るパイプ。川の流れは豊かな水を循環させる血管。大きな自然の肺腑(はいふ)。はぐくまれる命は多様。多様で一つ。連鎖の輪。輪の連鎖。宇宙の大真理、それは生と死。黒い蝶は草葉の陰から生まれ、つかの間を舞い、やがてまた草間に消えていく。(薫)

 「黒い蝶」後日談です。

黒い蝶の最盛期は8月でしたが、9月の今頃もまだ残りの数匹が舞っています。でも人のそばには近寄りません。生き残りでしょうか?子孫でしょうか?

 黒い蝶が舞い飛ぶ畑があります。そこのおば(あ)さんとよく話をするようになりました。黄色い(中身の)スイカと黄色い(皮の)キュウリがおいしいです。この間のお礼をしたら、またスイカとジャガイモをいただきました。収穫も大詰め、また来年です。

 今日は紫波町(左比内)に行って、ブドウを買います。(食べ過ぎに注意
2008/09/03のBlog
 2008年9月3日(水)(その1) くもり 

 まず「盛岡タイムス」(9月3日)から「日英徒然草」(157)を紹介します。どうぞお読みください。そのあとに、「ブログ語録」が続きます。よろしかったら、そちらもどうぞ、お読みください。

 
BR(157) College Admin Staff Speak English (大学職員も英語を話す)

音読(1):At the Students’ Affairs Counter: 学生課カウンターにて

Teacher: Hello, I have something to ask you. 先生:こんにちは、聞きたい事があります。
Clerk: Yes. What can I do for you? 係:はい。どんなご用でしょうか?
Teacher: Well, in my English class, a few students prepare their short speeches and read them to the class. 先生:えーと、英語の授業で学生が数人ショート・スピーチを用意してきて、みんなの前で読むんですよ。
Clerk: Oh, yes. That sounds very nice. So what is your request?
係:そうですか、とてもいいですね。で、どんなご用件ですか?
Teacher: Sometimes the voice of the students is not loud enough for the class to hear. I wonder if you have a microphone. 先生:時々、学生の声が小さくてみんなが聞こえないことがあるんです。マイクがあるかどうか知りたいのですが。
Clerk: Yes, we have. They are in this box. You can just put the plug into the jack in the classroom audio system. 係:ええ、ありますよ。この箱の中です。プラグを教室のオーディオ・システムのジャックに入れるだけでいいんです。
Teacher: Great! Thank you very much. I will use a microphone next time. It will help the students a lot. 先生:それはいい!どうもありがとうございます。今度マイクを使います。とても学生の役に立ちますよ。

音読(2):The English Language Seminar Abroad (海外英語研修)

Iwao: The Qantas flights from Narita direct to Melbourne went out of service in September. イワオ:カンタス航空便の成田―メルボルン直行便は九月に廃止されたよ。
Midori: So we are going to fly from Narita to Sydney first. Then we change to a domestic flight to Melbourne. ミドリ:だからまず成田からシドニーに飛んで、それからメルボルン行きの国内便に乗り換えるのね。
Iwao: Sydney Airport is very big so we will take more than twenty minutes to get to the domestic gate. イワオ:シドニー空港はとても大きいから、国内便ゲートに移動するのに20分以上かかるんだ。
Midori: From Sydney, it will be an hour and twenty minutes’ flight to Melbourne. At the airport, we are going to meet somebody from Monash University. ミドリ:シドニーからメルボルンまで1時間20分のフライトね。空港でモナシュ大学の人と会うわけ。
Iwao: The English Language Seminar lasts for five weeks from the second week of October. イワオ:英語研修は10月の2週目から5週間続くことになる。
Midori: I am looking forward to it but I’m also looking forward to the home-stay life there. ミドリ:楽しみだわ。でもホームステイ生活も楽しみね。

ドイツ語:
「日本とメルボルンの時差はたった1~2時間である。しかし季節差は6ヶ月である。十月は日本では秋だが、そこではもう春に当たる。」

Zwischen Japan und Melbourne, ist die Zeitdifferenz nur eine oder zwei Stunden. Aber, die Jahreszeitdifferenz ist sechs Monate. Oktober ist der Herbst in Japan, aber dort ist es schon Fruehling.

翻訳助言:アラン・ファー岩手大学外国人教師

 「ブログ語録」

 あのおばさんの畑には「まくわうり」(盛岡弁で「キンカ」)もあります。「地這い(じばい)キュウリ」ばかりではありません。旅先の野菜の種も植えています。

来年、「マクワウリ」を売ってくださいと頼んだら、快くOKでした。

 今日はまず「汗をかく」仕事をしましょう。部屋の整理です。なにか「いいもの」が見つかるかもしれません。
2008/08/30のBlog
[ 23:18 ] [ 公開講座資料(私の翻訳) ]
 2008年8月30日(土)(その3) 

 帰宅して、夕食をとって、テレビを見て、ブログに向かっています。晩酌しなかったので、今まで起きていられたと思います。

 そうだ。今日の「公開講座」の資料の一部(日英翻訳)を公開しましょう。ブログ「ジャンル名」を "A Dog's Doggerel" から 「公開講座資料(私の翻訳)」に切り替えました。

「夏祭陰陽」の英訳です。

 資料(2)
 
日日つれづれ(4)(「盛岡タイムス」8月27日) 放送大学客員教授 三浦勲夫
 
夏祭陰陽 Summer Festivals -- Their Yin and Yang Phases

(1)一般的には、祭は宗教的なまつりごとが起源である。祭には動的なものと静的なものがある。季節感も深く関係する。東北は夏祭りの季節に、その活力が激しく燃え上がる。短い夏を盛大な祭で祝おうという心意気である。「盛岡さんさ踊り」はパレードとして繰り広げられるが、起源は岩手の名にも由来がある。人の村に悪さを働いていた鬼が、岩に手形を押して「もう悪事をしません」と神に約束した。それを村人が祝い、神に感謝した踊りだったとされる。

Generally speaking, a lot of festivals have started from religious ceremonies. We have those dynamic and static. Seasons have also much to do with them. The energy of the Tohoku Area, in northern Japan, burns powerfully in its local summer festivals. They reflect the residents’ passion to rejoice in their short summer. Morioka Sansa Dance is performed in the dancing parade, but its origin has been related with the name of ‘Iwate’ as well. Long ago, bad ‘oni’ devils used to do harm to villagers. Their god punished the devils and made them swear never to do evil things. They put their hand (‘te’) prints on a rock (‘iwa’) as the testimony. The villagers rejoiced at this happy conclusion and offered a dance of gratitude to the god.

(2)今はビルにこだまする太鼓、笛、掛け声、華麗な踊りとなった。現代の悪事もこの踊りで払ってもらいたいものだ。しかし、短い夏を惜しむ気持ちもそこに込められている。それは東北の夏祭りに共通する心情であろう。

Morioka Sansa is now the brilliant event, which resounds with the drums, flutes and chants parading along the lines of office buildings. May the dance dispel the modern evils, too! Along with this wish, the dance is also an expression of the people’s welcome for and farewell to the short summer. This sentiment is probably shared by all Tohoku summer festivals.

(3)北国の春、そこは自然界の花が天与の祭りを繰り広げる場である。すなわち長い冬がようやく明けて、ウメ、サクラ、モモなどが一斉に開花する。待ちに待った花々の到来である。機が熟し、どっと咲き競う。抑えられた生命力がバネのようにはじける季節である。

The northern spring also stages the natural festival with all the flowers. When long winter finally goes away, trees of Japanese apricot, cherry, peach and so on bloom at one time. It is the long-awaited coming out of all the flowers. The time is ripe now to set their hidden vitality springing forth dynamically.

(4)「耐え忍ぶ」思いが原動力としてある。「忍ぶ恋」が互いの引力を何倍にも強めるように。表面の静寂の中で、熱い情熱が燃える。それが殻を破って発露し、一偏に燃焼する。すなわち爆発となる。

The source of this power is the patient endurance just like a secretly-harbored love strengthens the mutual attraction all the more. Vehement passion keeps its heat muffled under the silent surface; then it is triggered to catch fire; bursts open the cover; flames up at once; and it explodes.

(5)ことしはホタルを三度見た。二度は近所の田んぼで、三度目は田に水を供給する上流の諸葛川。よく保護された支流の小川だった。暗い流れ、水草、岸辺の草が影絵のようだった。ホタルの群が光りながらうごめいていた。その光は小さく、青白い。つつましく、幻想的である。昔の歌人はそれを秘めた恋心の化身とした。「もの思へば沢のほたるもわが身よりあくがれ出づるたまかとぞ見る」。

This summer I saw fireflies three times: twice at nearby rice paddies and once in an upper part of the River Morokuzu, which provides water to those paddies. It was a tributary stream, where the natural environments were well protected. The dark water and the grass in the water and on the banks looked like those in a shadow play. There a few groups of fireflies were moving about slowly, with their small lamps glowing pale. They were the modest and fantastic dots of light. An ancient poet made the insects aglow a symbol of the hidden adoration for somebody she loved. “With this secret love, / the fireflies by the stream / look like my soul’s fire, / having escaped my body / to fly towards my dearest.

(6)内に秘めたエネルギーが、外にほとばしる東北の夏。点の光が寄せ集まり、人魂(ひとだま)の炎のように、上へ下へと交錯する。ここには暗い冥界の祭。人魂は冥界の黒い幕を開けて、現世を訪れる。盆の祭り。ボン・フェスティバル。もう一つの夏祭である。祭の陰陽が北の夏をあるいは激しく、あるいは妖しく、織りあげる。(薫)

In the northern summer, passion held inside spurts out. Dots of light get together, to form the flames of dead people’s spirit as well, floating up and down. Here, by a stream at night, was another dim festival from the underworld. The spirits of the deceased ones open the black curtain to visit this world. It is the Buddhist Bon Festivalanother summer festival. The Yin and Yang, or the negative and the positive, festivals color the northern summer fantastically or passionately.

 上の英訳中、苦労したのは和歌の部分でしょう。

 「もの思へば 沢の蛍も わが身より あくがれ出づる たまかとぞ見る」。

「もの思へば」は「恋心を持っているから」。「もの思はば」は「恋心を持っているなら」。
「已然形」と「未然形」の違いでしたか?

 英語でもできるだけ「5・7・5・7・7」の音節数を保っています。(元歌は一部崩れていますが。)
2008/08/27のBlog
2008年8月27日(水)(その1) はれ

 朝晴れたのは久しぶりです。

 川土手散歩3キロ、膝を上げて歩きました。

 雲も秋、山も秋、空気も秋。日に日に秋、秋色は深まります。

 今日(8月27日)の「盛岡タイムス」から「日日つれづれ」をどうぞ。


日日つれづれ(4) 放送大学客員教授 三浦勲夫
 
 夏祭陰陽

 一般的には、祭は宗教的なまつりごとが起源である。祭には動的なものと静的なものがある。季節感も深く関係する。東北は夏祭りの季節に、その活力が激しく燃え上がる。短い夏を盛大な祭で祝おうという心意気である。「盛岡さんさ踊り」はパレードとして繰り広げられるが、起源は岩手の名にも由来がある。人の村に悪さを働いていた鬼が、岩に手形を押して「もう悪事をしません」と神に約束した。それを村人が祝い、神に感謝した踊りだったとされる。

 今はビルにこだまする太鼓、笛、掛け声、華麗な踊りとなった。現代の悪事もこの踊りで払ってもらいたいものだ。しかし、短い夏を惜しむ気持ちもそこに込められている。それは東北の夏祭りに共通する心情であろう。

 北国の春、そこは自然界の花が天与の祭りを繰り広げる場である。すなわち長い冬がようやく明けて、ウメ、サクラ、モモなどが一斉に開花する。待ちに待った花々の到来である。機が熟し、どっと咲き競う。抑えられた生命力がバネのようにはじける季節である。

 「耐え忍ぶ」思いが原動力としてある。「忍ぶ恋」が互いの引力を何倍にも強めるように。表面の静寂の中で、熱い情熱が燃える。それが殻を破って発露し、一偏に燃焼する。すなわち爆発となる。

 ことしはホタルを三度見た。二度は近所の田んぼで、三度目は田に水を供給する上流の諸葛川。よく保護された支流の小川だった。暗い流れ、水草、岸辺の草が影絵のようだった。ホタルの群が光りながらうごめいていた。その光は小さく、青白い。つつま
しく、幻想的である。昔の歌人はそれを秘めた恋心の化身とした。「もの思へば沢のほたるもわが身よりあくがれ出づるたまかとぞ見る」。

 内に秘めたエネルギーが、外にほとばしる東北の夏。点の光が寄せ集まり、人魂(ひとだま)の炎のように、上へ下へと交錯する。ここには暗い冥界の祭。人魂は冥界の黒い幕を開けて、現世を訪れる。盆の祭り。ボン・フェスティバル。もう一つの夏祭である。祭の陰陽が北の夏をあるいは激しく、あるいは妖しく、織りあげる。(薫)

2008/08/19のBlog
2008年8月19日(火)(その2)雨・晴れ間  /

□■ ブログ(その2)は「文章アルバム」(題:大きい声)をどうぞ。



◎ 文章アルバム(12) 平成20(2008)年8月19日(火) 

三浦勲夫 放送大学客員教授
 
題:大きい声

 学校の先生は声が大きい方がいい。分かりやすく、興味深く話せればいい。生徒に分からせようとする気持ちがそれを支える。いい授業には、器具の使用や黒板の書き方も関係するが、ここでは声について書きたいと思う。それも学校や授業を離れた場での声についてである。

 他人と居合わせる公共の場としてバスがある。ある小学校前の停留所で降りる人がはっきりした声で運転手に「どうもありがとうございました」といった。乗り合わせる度にそのあいさつを聞き、「ああ、ここの学校の先生だ」と感心したものだ。

 学校の先生だけではない。同じバスが市内を過ぎて田舎に入ると、乗り降りする多くの人が同じように運転手にあいさつする。基本的な人間関係の確認があいさつであることを教えられる。

 私も、教室で大きな声で話すことに慣れてはいても、教室外ではなかなかそういかない。しかし、そう言っていられない場合が時にある。盛岡駅から帰宅するバスでのこと。「滝沢営業所」行きである。一人のおばあさんが、隣席の少女にバスが「青山一丁目経由」かどうかしきりに聞いていた。少女は困った顔をして無言である。これが何度か繰り返された。

 聞いているうちに、これは捨て置けないと思い、「青山一丁目経由とはバスに書いていませんでしたよ」と大きな声で教えた。「天昌寺で乗り換えなければ。私は天昌寺で降りますが」というとおばあさんは、「私は歩けないから、運転手さんに青山一丁目経由か聞いてください」。こちらはか弱い声である。

 反対側の座席にいた年配男性が、大きく口を動かしていた。どうやら「とおる」の動きだ。「通るの?」と確かめると大きく首を縦に振った。声が出ない事情があるらしいが、口と目は真剣だ。「どうも。通るそうですよ。運転手さん、通りますか?」と男性に礼をし、おばあさんに伝え、運転手に確認した。「はあい、通りまあす」と運転手はみんなに聞こえるような大きな声で答えた。

 今後も、公共の場で必要ならば、自分の大きな声を人のお役にたてられそうだ。(薫)


 ロックは「サンデー」に行って、レインコート(黄色)を買いました。着せてもらっても嫌がりません。気に入っています。一度、外に出て歩いて来ました。

 午前3時半に目が覚めて、来たばかりの新聞を1時間読んでいた私は、9時には眠くて1時間ぐっすり。頭がさえてきました。

でも上の「大きい声」は眠い頭で書きました。それで頭が疲れたか?
2008/08/15のBlog
 2008年8月15日(金)(その3)

 くもり → 雨 → はれ → くもり (盛岡)。

山形県の庄内地方は大雨だとか。

 午前中は盆の訪問客とお話しをし、午後はこちらが訪問をして来ました。

ある人は去年が七回忌で、ある人は来年が十三回忌です。月日が経つのは早いものです。

今年が新盆の人もいます。

 お盆も明日まで。盛岡はひとしお秋が身にしみるでしょう。

なんとなく明日は温泉にでも行きたい気分です。
 
 それで、手持ちの原稿を探しました。

♀♂
文章アルバム(3) 平成20(2008)年7月12日(土) 三浦勲夫
 放送大学客員教授
題:面接授業
 
 放送大学に面接授業がある。放送やテープを利用せず、直(じか)に教室で授業を受ける。私の面接授業「英語」は定員が30名または40名である。岩手県内外から受講生が出席し、土曜と日曜の朝から夕方まで学習し、レポートを書き、単位を取得する。
 
 今年、私の面接授業は六月にあった。九月にもある。授業で案外に好評だったものが二つある。発音(記号)の解説と会話式英作文である。教え方を工夫した結果だが、放送大学岩手学習センターでの「英語学習セミナー」でも実行しているものだ。
 
 発音(記号)の解説はたとえばこうである。一部を紹介する。
 (1)「オ」と「ウォ」の違い。日本語にもいわゆる「くっつきのを」という「を」がある。英語のWの音は唇を丸めて突き出して発音する。WOは「ウォ」となる。日本語の共通語にはなくなったが、古くはあった。故笠智衆さんの「を」はそのようだった。
 (2)「じ」と「ぢ」の違い。ZとJの音はアイウエオとくっついて「ザジズゼゾ」となる。英語にはDとJの音がくっつく場合がある。「けちな」は「スティンジ」とも「スティンヂ」ともなる。「ジ」と「ヂ」の違いは微妙だ。しかし盛岡地方の方言発音で「いがべじゃ」(いいだろう)と「いがべぢゃ」がある。「ぢゃ」は「じゃ」よりも摩擦音が重く響く。
 (3)口の前方で発音する「オ」とのどで共鳴させる「オ」。英語には二つの「オ」がある。一つ目は日本語と共通だが、二つ目は日本語にない。カッコウの鳴き声「カッコー」は「カ」も「コ」ものどの奥で共鳴する。このとおりです、と実演した。ほかの例は省略するが、説明の工夫が受講者の興味と納得を呼んだ。
 
 会話式英作文はこうだ。名簿順に受講者10名ずつに、日本語で自己紹介をしてもらう。氏名、出身地、趣味、最近印象に残った話題、など。その話から自由に対話文を私が作る。英語にする。これだけだが、英語のしかたに工夫がいる。
 
 一例をあげればこうだ。
A:「先月の岩手・宮城内陸地震はすごかった。岩手県南と宮城県北がひどい被害だった。」
B:「ボクはちょうど焼石山に登っていた。突然揺れだし、大きい岩がゴロゴロ落ちてきた。あわてて引き返したが、道が崩れて沢をふさいでいた。」
C:「私はその前日に東京に行って、日帰りで盛岡に帰ってきたの。次の日だったら、新幹線ストップで帰れなかったわね。」
D:「あんた達は運が良かったけど、地震のたびに犠牲者が出るのは気の毒ね。」
 
 それを短く分けたり、必要な語句を加えたりして、私が英語にする。自分達の行動を英語でいうとこうなる。なるほど。おもしろい。受講生の反応はそうなるのである。(薫)

 明日は土曜日、しかし放送大学に行きます。
2008/08/13のBlog
2008年8月13日(水)(その2)

 朝1番で我が家のお寺まで行きました。夫婦とロックで。もうたくさんの人がお参りに来ていました。「線香を たいてロックと 盆参り」。

 久しぶり(5ヶ月ぶり)で犬と歩きました。それにしても、ロックはどうしてあんなに飼い主を引っ張るのでしょうか!これでは、お母さんが引かれて転んで腕を骨折したのも無理ないです。三月の凍った道の上で。あまり引っ張るものだから、「ゲーゲー、ゲーゲー」喉を鳴らします。 

 もっとスマートに歩けば、もっと引き立つのに!せっかくの○○が××になっている。

 ともあれ今日の「盛岡タイムス」から「日日つれづれ」(3)をお届けします。題は「ヨシキリ無音」です。









 

日日つれづれ(3)

ヨシキリ無音

 夏の早朝、ヨシキリが一羽、ヨシのてっぺんにとまっている。ヨシ、すなわちアシ(葦)。葦の茎に巣くう虫を食べる。そのために葦の茎を食い破る。そこからヨシキリの名が生まれた。「アシキリ」とは言わない。「脚きり」なら大学入試となる。

 無音のヨシキリ。静かなヨシキリ。なんとも、様にならない。盛時なら「ギョギョシ、ギョギョシ、ギョギョギョギョギョ」と葦の藪のあちこちで鳴き交わしていた。六月から七月中ごろだ。

 産卵、子育ても終わったか。外敵警戒も終わったか。しかし、声は立てずとも格好だけは相変わらずの見張り役だ。オー・マイ・パパ。オー・マイ・ママ。カッコウが、ホトトギスが、おまえ達の巣に空き巣ねらいをして、卵を産みつけなかったか?空き巣ねらいに失敗したカッコウのメスを空高く、執拗に追いかけたヨシキリの姿。目撃したのは五年以上も前だ。小よく大を制した、珍しい、驚くべき場面だった。

 「ヨシキリ君」。決して美声とはいえない。スズメによく似た容姿と色。スズメより大きいが。声をなくした見張りのヨシキリ。子は巣立ったか。妻と二人でこれから、腰を上げてまたどこかで「ご隠居」暮らしか?鳴りをひそめて。

 ああ、夏は去る。カッコウも去った。ホトトギスも。暦を先取りして、秋が来る前に。空を渡り、季節を渡る鳥たち。季節労務者、いや、季節の使者。

 彼らが去った川辺の林で、ウグイスだけはいよいよ声に磨きをかける。鈴を転がす谷渡り。コロラトゥーラ・ソプラノ。そのソプラノ歌手も晩秋には声を失う。地鳴(ぢな)き、笹鳴きで「チッチッチッチ」とだけ鳴く。

 バイ・バイ・バーディー。バードの幼児語はバーディー、「小鳥さん」。しかし、季節の歌は絶えることがない。鳥、虫、哺乳動物が続く。彼らの言葉も歌である。「ヨシキリの 歌はよしたか ヨシの上」。子育てご苦労さん!カッコウやホトトギスの分までも!また来年の夏まで待っているよ。「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ヨシキリも」。(薫)

○●●○ 以上です。


2008/08/09のBlog
[ 21:17 ] [ 公開講座資料(私の翻訳) ]
 2008年8月9日(土)(その3) くもり