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ESL英語学院
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2008/10/11のBlog
 2008年10月11日(土)(その2)

10月8日づけ「盛岡タイムス」より「日日つれづれ」(朝霧夜霧)を転載いたします。

 日日つれづれ(7) 放送大学客員教授 三浦勲夫
 
 朝霧夜霧

 秋の朝は山々がたびたび霧に覆われる。時には町も覆われる。9月14日がそうだった。早朝、濃い霧に包まれた道を、車のライトをつけて、散歩コースの川に向かった。霧のヴェールに沈んで、見慣れた景色が少々異様に見えた。木立、畑、遊歩道、そこを歩む人たち。半透明の空気の中で一様に、灰色にくすんでいた。

 黒澤明監督の映画『蜘蛛巣城』の場面を思い出した。この映画のもとはシェークスピアの『マクベス』である。イギリスの北端、11世紀のスコットランドを舞台にしたこの物語は、魔女、森、権力への欲望、繰り返す殺人というどす黒い内心の相克と外界とが霧に包まれたような雰囲気に閉ざされている。

 「バーナムの森がダンシネインの城に向かって来ぬ限りお前の王座は安泰だ」という魔女の言葉。これを聞いて安心する王位簒奪者マクベス。しかし現実に森は動いた。敵勢が木の枝でカモフラージュしてマクベスの城に向かう姿だった。霧に閉ざされて動く森。

 『蜘蛛巣城』にもその雰囲気がよく出ていた。川辺で思わずそれらの記憶に浸ったが、散歩道を進むうちに、土手道の一風変わった景色が、注意を引いた。一本一本の木がこちらの一歩一歩に合わせて姿を現す。墨絵のような黒、灰の濃淡。その木々には、白く光るものがあちこちにフワフワとかかっている。

 蜘蛛の巣である。これほどの数があったとは知らなかった。川辺の林の蜘蛛巣城だ。霧の水滴をつけてレースのヴェールのように、あざやかに浮かび上がる。木立の奥の方まで、高く、低く、四方八方に張られて光っている。

 この光景も霧が晴れ、日が差せば、幻のように消えてしまう。目を欺かれるのは人だけではない。トンボやカも欺かれてからめ取られる。自然の生態系は残酷である。ロマンチックな幻などは消える。(実は残酷の中から、ロマンが生まれるのかもしれないが。)

 二人の恋を優しく包んだのは、石原裕次郎が歌った『夜霧』である。あれは都会的で少々、人工的な夜霧である。朝霧の方はすがすがしく、現実的で、田園的とも言えそうだ。「ただ一面に立ち込めた牧場の朝の霧の海」(唱歌「牧場の朝」)。あるいは「ハー、朝の出掛けに、ハー、山々ハー、見ればヨー(ハーイ・ハイ)、霧のかからぬ、ハー、山はない」(民謡「南部馬方節」)。日に消え去る朝霧の、短い時の間に、欺きの蜘蛛の巣さえも、はっきりとその姿を現してくれる。(薫)

 ここでブログは中断します。夕ご飯ですから。

 次の公開講座に向けて上の「朝霧夜霧」を英訳いたします。ちょっとしんどい感じですが。

 今月の仕事が後を追ってきます。だんだん、無言になってきます。
 2008年10月11日(土)(その1) 雨→くもり→はれ

今週はブログの記載ができなかった日が2日ありました。昨日がそのうちの1日でした。夕食後眠くなり、一眠りして、起きて、洗顔・歯磨き、そしてふた眠り目に入りました。ということで、ブログはカラッポでした。

 今、今日のブログ(その1)を書いています。朝一番に、盛岡駅前の「石田外科クリニック」に行きました。9月30日に手術した「うなじ」の抜糸を行いました。1時間半の待合い時間には、録音したラジオ講座、「ドイツ語」と「フランス語」を聴きました。自転車での往復です。入浴は明日から可能です。今はシャワーで我慢です。

 その他の外出は、「盛岡タイムス・チャーリー英語学院」と「放送大学岩手学習センター」です。一人で仕事しました。

 放送大学で来客がありました。「カシオ製作所」の方二人です。電子辞書使用方法の説明を聞きました。私の電子辞書は3年前の物です。比較して、新しい機能を確かめました。

 これから、放送大学から帰宅します。「胆江日日新聞」(10月10日づけ)が届いているでしょう。「ウィークリー・チャット」が掲載されていると思います。そうしたら、ブログにも「転載」させていただきます。場合によると「盛岡タイムス」の「日日つれづれ」も「転載」することになるかもしれません。

 今日の盛岡は暖かな日となりました。やっぱり「在宅」より「仕事場」のほうが仕事ができますね。生活に2種類あり、「家庭生活」と「個人生活」と。私の場合、「個人生活」即「仕事生活」です。一種の「自由業」ですね。
2008/10/09のBlog
 2008年10月9日(木)(その1)+(補足つき) くもり・はれ

 今日は朝食後に歩いてきます。初めての道を行って、諸葛川を見て来ます。小さな好奇心です。

 計画の変更―。今日午前外科クリニック行きの予定は、土曜日朝に変更。今日は13:00から授業があり、治療が遅れれば、ハラハラするからです。

今日の午前は初めてのコースを歩いてみます。

 忙しさが舞い戻る、後期開始の10月。でも、朝の散歩は欠かしません。
(ここで中断。また書き足します。)

 これから長橋台方向に行ってきます。サケが上り、カワセミもよく見るという諸葛川のあたりです。

 スケジュールをチェック。大丈夫、午前中は一時間、歩いてもよし。

 雨も降らないようだし。
2008/10/06のBlog
[ 17:58 ] [ ワクワク・ブログ ]
 2008年10月6日(月)(その2) あめ (一日降りやまず)

「盛岡タイムス・チャーリー英語学院」の床にクリーナーをかけました。最近2回目で、かなりきれいになりました。

本棚には、本とCDセット、ビデオおよびカセット・テープ・セットを入れました。英語の音声です。「イングリッシュ・ジャーナル」「ソノパック」「イングリッシュ・エクスプレス」「マクベス」「ジュリアス・シーザー」「マンスフィールド・パーク」「センス・アンド・センシビリティー」「キーツ詩朗読」などです。

一部は今日、聴きました。これから一人で聞くのが楽しみです。

 「盛岡タイムス・チャーリー英語学院」では、気楽な「英語団欒・談義」もできるようにしたいものです。

 明日、あさっての授業の名簿も自分専用にノートに書き写しました。一人の部屋は仕事がはかどります。気持ちが集中するというか。

 帰宅は5:20PM。ロックとおにいちゃんが車で迎えに来てくれました。これから夕食です。(昼は、福田パンを買ってチャーリーで食べました。)
2008/10/05のBlog
[ 08:47 ] [ 公開講座資料(私の翻訳) ]
 2008年10月5日(日)(その2)

それでは「日日つれづれ」(「クズの花」「盛岡タイムス」9月24日掲載)とその英訳をブログにてご紹介いたします。昨日の「公開講座」(英語を磨く―翻訳・通訳・会話)の資料の一部です。

 その前に一言―。きょうの日曜日、いかがお過ごし(の予定)ですか?私は(今日だけスケジュールの変更があって)個人指導(高校生)が午後6時からあります。それまでは、自分の仕事(授業準備と新聞コラム)をします。

 来週は岩手大学の火曜日授業が第1回となります。盛岡大学の火曜日授業もあります。そして水、木、金、土です。土曜日は放送大学です。

 多分来週の日曜日には「リンゴ」を買いに「リンゴ園」に出かけます。

 うなじ(項)の切開後の絆創膏も来週には抜糸となります。たしか「身体八膚これを父母に受く。あえて毀傷せざるは孝の始めなり」といったかと思いますが。無益な傷のことと思います。

日日つれづれ(6) 放送大学客員教授 三浦勲夫
 クズの花 Kudzu (Arrowroot) Blossoms

(1)クズの花は、フジを小型にしたような花房が立っていて、とても甘い香りを発する。そのつるは木に絡み、地面をはい、広い葉がぎっしりと重なる。葉陰から紫の花がのぞく。

(1) Kudzu (arrowroot) blossoms look like smaller bunches of wisteria but they stand upright. They smell very sweet. Kudzu vines grow up winding around other trees or creep on the ground. The wide leaves grow thick and dense. From the spaces between leaves, the purple blossoms show.

(2)強い生命力で、その澱粉はくずもちの原料である。くわえてもう一つ、あでやかな誇りがある。甘く濃い花の香りだ。

(2) Kudzu is a very vigorous plant and its starch from the root is used to make a cake called ‘kuzumochi.’ In addition, it has a fascinating pride -- its rich and sweet scent from the blossoms.

(3)川辺の遊歩道は草木に囲まれ、そこにタヌキが住む。無粋といえばタヌキに失礼か?夜の闇にまぎれて、畑を荒らす。目標はトウモロコシだ。長年の被害に日ごろ温厚な畑の主も(かっと)切れた。美容院でカットした髪の毛をもらい、ストッキングに詰め、畑につるした。

(3) The riverside path for walkers is lined with grass and trees, where raccoon dogs live. If I say that this nice beautiful walking area is resided by those graceless creatures, is it rude to them? However, they haunt the riverside vegetable fields in the dark of night. Their aim is corn. One farmer suffered long a loss of his corn and this year finally lost his temper. From a beauty salon, he got some of cut off hair, stuffed it in a few stockings, and hung them at the entrance to the fields.

(4)効果はてきめん!ヒトの目にはばっさり垂れた髪が不気味だが、タヌキの鼻にはヒトの匂いがもっと不気味だ。畑には髪の房とクズの花房、二つの房の匂いが立ちこめる。しかしこの「化かしカカシ」、賞味期限はいつだろう?タヌキごっこかがイタチごっこになる可能性もある。

(4) It worked marvelously! The dangling hair bunches are weird and awful to human eyes, but to raccoons’ nose, the human smell from them is more awful. To the fields are wafted two smells, from the hair bunches and from kudzu blossom bunches. However, I wonder when this ‘raccoon-dog-beguiling hairy scarecrow’ will stop being effective. In Japanese, repelling weasels (‘itachi-gokko’) means an endless repetition of offence and defense, which may also be the case with this hairy scary device, I’m afraid.

(5)トウモロコシの攻防戦も知らぬげに、クズの花は夜もやるせなく香る。夜が明ける。「アカシヤの雨」の一節、「夜が明ける、日が昇る、朝の光のその中で」となる。遊歩道はニセアカシヤの下、散歩、ジョギング、サイクリング、畑の見回り、様々の人が通る。ヒトの匂いがムンムンと立ち込める。しかしヒトはおのれの匂いに気づかない。鈍感な鼻をもくすぐるのは、あのクズの芳香だ。

(5) Indifferent to the ‘corn war,’ the kudzu blossoms continue issuing amorous aroma during nights, too. Then day breaks, as is sung in an old pop of ‘The Rain on Acacias’: “Day breaks, the sun rises and the morning light floods over the world ~.” Yes, here, on the walking path, under locust trees, diverse human smells drift from walkers, joggers, cyclists and farmers. However, humans don’t notice their own smell. Even their dull nostrils, though, are sensitive to the arrowroot’s aroma.

(6)川沿いの畑と遊歩道。トウモロコシ、ジャガイモ、インゲン、カボチャ、キュウリ、ナスがたわわに実る。観賞、利用、共存、競争の自然。動物も、植物も、鉱物も。共栄にしたいものだ。エコロジー、メタボリズム、ベジタブル、リフレッシュの朝。

(6) Riverside fields stretch along a few walking paths. You see corn, potatoes, kidney beans, pumpkins, cucumbers and eggplants growing full. The natural environments are the stage for appreciation, exploitation, coexistence and rivalry. Animals, plants and minerals have their places there. I would like to wish co-prosperity for all of them --- wish good morning for ecology, metabolism, vegetable and refreshment, too.

(7)タヌキは光を避けて、夜を待つ。月に誘われて、また畑に向かう、抜き足、差し足、忍び足。忍ぶ先に待ち受けるは、またまたおどろおどろの髪の房。それが月夜の風に揺れている。ジューシーな野菜の匂い、甘い花の匂い、しかしあのムカつく恐ろしき動物の匂い。またもやタヌキは退散する。いつまで続くかタヌキごっこ。田舎芝居の舞台。クズの花は甘い香水を「化かしカカシ」の髪の房にもふりかける。お客はいない川端の芝居小屋、どたばた役者に、におい袋の大道具、小道具。演題は「真夏の夜の夢物語」。(薫)

(7) Raccoon dogs hide from the daylight and wait for the night. Guided by moonlight, they head again for the fields of corn. Carefully, stealthily, step after step, they come to their destination; but no! that scary human hair still again, shaken by the moonlit night breeze. A disgusting, horrible smell mixes with the fragrance of juicy vegetable and Kudzu blossoms. The four-legged robbers have to retreat once more. How long will this ‘corn play’ last in the country playhouse? The Kudzu blossoms spray their perfume even on the awful-smelling hairy scarecrow. The riverside play goes on without any audience, played by the slapstick actors, with diversely smelling sets and properties---it’s a play of “A Midsummer Night’s Dreary Dream.”

 今日の一日、よき「日曜日」を!
2008/10/01のBlog
 2008年10月1日(水)(その1) はれ

 今日(10月1日)の「盛岡タイムス」に「日英徒然草」が載っています。「初めてのオーストラリア旅行」という題です。

 My First Visit to Australia (初めてのオーストラリア旅行)
会話:
Miura: It was in September 1999 that I first went to Monash University. I met the staff at the English Language Centre. We talked about Iwate University students coming there to learn English.(三浦「はじめてモナシュ大学に行ったのは1999年の9月でした。英語研修センターのスタッフに会って、岩手大学の学生が英語を習いにくる話をしました。」)

Iwao: When did you first take the students there? (いわお:「いつ、はじめて学生を連れて行きましたか?」)

Miura: In March 2000. Eighteen students participated in it. They went to the Peninsula Campus in Frankston, which is about 90 minutes by train from Flinders Street Station in central Melbourne.(三浦「2000年の3月です。18人の学生が参加しました。フランクストンのペニンシュラ・キャンパスに行きました。メルボルン都心部のフリンダーズ・ストリート駅から電車で約90分の所です。」)

Midori: So it was eight years ago, and it was half a year after your first visit there. Did you have any problems? (みどり「すると8年前、最初の訪問から半年後ですね。なにか問題はありましたか?」)

Miura: No big problems. But I was a little nervous because it was the first time for me to travel with a group of students.(三浦「大きな問題はありませんでした。でも学生集団と旅をするのは初めてでしたから、すこし緊張しました。」)

語句:
staff=職員一同 participate in ~=(~)に参加する peninsula=半島

ドイツ語で:
Im Oktober beginnen zwei Angestellten von Iwate Universitaet einen fuenfwoechigen Englischkurs in Australien. Aber, bevor sie nach Melbourne reisen ab, bereiten sie sich auf ihrer Kurs vor,. Nun lernen sie bei mir Englisch und ich erklaere, wann und wie das Englisch Lernen Projekt in Australien angefangen hat.

「十月に岩手大学職員2名がオーストラリアで五週間の英語研修を始める。しかし、メルボルンに向かう前、彼らは研修の準備をする。現在、彼らは私のもとで英語を学び、私はいつ、いかにして、オーストラリア英語研修計画が始まったかを説明している。」

(イム・オクトーバー・ベギネン・ツヴぁイ・アンゲシュテルテン・ふぉン・イワテ・ウニヴェるジテート・アイネン・ふゅンふヴぇッヒゲン・エングリッシュクるス・イン・アオストらリエン。アーバー、ベふぉア・ジー・ナーハ・メルボーン・らイゼン・アップ、ベらイテン・ジー・ジッヒ・アオふ・イーラ・クるス・ふォア。ヌーン・レるネン・ジー・バイ・ミーア・エングリッシュ・ウント・イッヒ・エアクレーれ、ヴぁン・ウント・ヴぃー・ダス・エングリッシュ・レるネン・プろイェクト・イン・アオストらリエン・アンゲふぁンゲン・ハット。)

翻訳助言:アラン・ファー岩手大学外国人教師

 さて、今日から10月です。岩手大学と盛岡大学に行きます。岩手大学は今日から後期開始です。盛岡大学は先週から開始でした。

 後期の授業が順調にいきますように。
2008/09/24のBlog
▼△ 2008年9月24日(水)(その1)+ (追記版)

△▼ (+)(追記版です): 「翻訳・通訳Ⅱ」の授業は午後の最終授業で、16:10から17:40まででした。秋の日はつるべ落とし。授業が終了すると、暗くなっていました。

▲▽ (+)受験勉強もたけなわになっていきます。古くは「灯火親しむ候」といいました。高校3年生は文化祭も終わり、活動を引退、受験準備です。

○■ (+)明日は大学の授業はありません。高校生が一人、学習に来ます。昼は早いうちに「ブドウ」を買いに行きます。以上で「追記」を終わります。「追記」をブログのトップに回しました。


 2008年9月24日(水)(その1)+ はれ

今日はまず、「盛岡タイムズ」(9月24日)から「日日つれづれ」(クズの花)を紹介します。

日日つれづれ(6) 放送大学客員教授 三浦勲夫
 
 クズの花

 クズの花は、フジを小型にしたような花房が立っていて、とても甘い香りを発する。そのつるは木に絡み、地面をはい、広い葉がぎっしりと重なる。葉陰から紫の花がのぞく。

 強い生命力で、その澱粉はくずもちの原料である。くわえてもう一つ、あでやかな誇りがある。甘く濃い花の香りだ。

 川辺の遊歩道は草木に囲まれ、そこにタヌキが住む。無粋といえばタヌキに失礼か?夜の闇にまぎれて、畑を荒らす。目標はトウモロコシだ。長年の被害に日ごろ温厚な畑の主も(かっと)切れた。美容院でカットした髪の毛をもらい、ストッキングに詰め、畑につるした。

 効果はてきめん!ヒトの目にはばっさり垂れた髪が不気味だが、タヌキの鼻にはヒトの匂いがもっと不気味だ。畑には髪の房とクズの花房、二つの房の匂いが立ちこめる。しかしこの「化かしカカシ」、賞味期限はいつだろう?タヌキごっこかがイタチごっこになる可能性もある。

 トウモロコシの攻防戦も知らぬげに、クズの花は夜もやるせなく香る。夜が明ける。「アカシヤの雨」の一節、「夜が明ける、日が昇る、朝の光のその中で」となる。遊歩道はニセアカシヤの下、散歩、ジョギング、サイクリング、畑の見回り、様々の人が通る。ヒトの匂いがムンムンと立ち込める。しかしヒトはおのれの匂いに気づかない。鈍感な鼻をもくすぐるのは、あのクズの芳香だ。

 川沿いの畑と遊歩道。トウモロコシ、ジャガイモ、インゲン、カボチャ、キュウリ、ナスがたわわに実る。観賞、利用、共存、競争の自然。動物も、植物も、鉱物も。共栄にしたいものだ。エコロジー、メタボリズム、ベジタブル、リフレッシュの朝。

 タヌキは光を避けて、夜を待つ。月に誘われて、また畑に向かう、抜き足、差し足、忍び足。忍ぶ先に待ち受けるは、またまたおどろおどろの髪の房。それが月夜の風に揺れている。ジューシーな野菜の匂い、甘い花の匂い、しかしあのムカつく恐ろしき動物の匂い。またもやタヌキは退散する。いつまで続くかタヌキごっこ。田舎芝居の舞台裏。クズの花は甘い香水を「化かしカカシ」の髪の房にもふりかける。お客はいない川端の芝居小屋、どたばた役者に、におい袋の大道具、小道具。演題は「真夏の夜の夢物語」。(薫)

 今日から盛岡大学の授業が始まります。「翻訳・通訳Ⅱ」の講義ですが、「通訳」の部門について始めます。
2008/09/20のBlog
[ 21:59 ] [ 公開講座資料(私の翻訳) ]
 2008年9月20日(土)(その3) くもり

 「公開講座」(上級)無事終了。そこで出した「資料」の一つが日英翻訳「夏と仮眠」です。ご紹介します。

 「夏と仮眠」 Summer and a Nap

(1)今年(平成20年)の五月一日が八十八夜、同五日が立夏であった。立夏の日、一人寝の仮眠を玄関のチャイムに起こされた。出てみると宅急便で、F氏から「新茶」の到来だった。陸中海岸の海の味覚でもお返ししようと思う。

(1) This year, in 2008, May 1 was Hachiju-hachi-ya (Eighty-eighth Night in lunar calendar spring), and May 5 was Rikka (first day of lunar summer). On the day of Rikka, I was alone at home drowsing off, when the door chime aroused me. It was a home delivery gift from Mr. F of this year’s fresh green tea. My gift for him will be some marine product from Rikuchu Coast.

(2)家人は東京から連休でやって来た娘夫婦と盛岡近郊の田園風景を見に出た。自分は今朝五時前から目覚めていたので、仮眠を申し出た。みんなが帰って来たら、温泉とすし屋には同行する。

(2) During the long weekend in May, my daughter and her husband have visited us. That day they and my wife went out for a drive in rural suburbs of Morioka. I didn’t go with them as I had been awake since before 5 a.m. and wanted to take an afternoon nap. When they come home, I am going out with them to a hot spring and a sushi restaurant.

(3)仮眠を覚まされて考えた。人の睡眠は摩訶不思議なタイプに分かれる。仕事型でいうならば、シフト制では仕事も眠りも朝、昼、夜型に適応しなければならない。季節型でいうならば、春眠が古来よく言われるタイプである。

(3) After I was aroused from my nap, I began to think about the types of human sleep. It can be classified into a few miraculous types. In order to adapt to work shift, some people must sleep either in the morning, during the day, or at night. Also sleep can be classified into seasonal types; of which the most often referred to has been spring sleep.

(4)冬は夜長で早くふとんに入り、遅い夜明けまでたっぷりと寝る。冬型睡眠に慣れたころ、春となる。徐々に夜明けが早くなり、まだ寝ているうちに夜が明ける。「春眠暁を覚えず」である。春の目覚めに慣れていくうちに夏となる。夜明けがもっと早まる。目覚めも早くなる。昼が長いので仕事をし、あるいは団欒をする。結果として睡眠不足となる。

(4) During winter, nights are so long that people go to bed early and sleep long until late daybreak. This is the winter type sleep, to which people get used to after autumn, but then comes another type when spring approaches. Day breaks earlier, while they are sound asleep. An ancient Chinese poet wrote: “Spring sleep doesn’t know daybreak.” As people gradually get used to getting up earlier, summer approaches them with much earlier daybreak. People must wake up still earlier. They have longer daytime, work longer and talk with friends or family longer. They end up by lacking in sleep.

(5)夏は高温で体力を消耗する。強烈な日光で神経も疲れる。どうしても、仮眠で不足を補わねばならない。短い睡眠を日中の仮眠で補わないと間に合わない。夏眠が仮眠を必要とするうちに、やがて秋、冬となり、睡眠には事欠かなくなる。

(5) Summer heat makes us tired out. Strong sunlight tires our nerves. We cannot help trying to recover from physical exhaustion by taking a nap. The shorter sleep during nights must be compensated with afternoon nap. Summer sleep (‘kamin’) comes paired with a nap (‘kamin’). Summer is followed by autumn, and then by winter, which make it easier for people to get more sleep.

(6)さて、ゴールデン・ウィークは明日の六日で終わる。家族サービスに追われた、若いパパたちのスタミナのほどはどうだったろうか。運転、渋滞の末、行楽地に到着する。そこで仮眠しないと、帰りの運転が居眠りになる。家族のレクレーションと自分の休息と。問題の解決が行楽地での仮眠となる。

(6) Golden Week ends tomorrow on May 6. Young papas must have been busy with their family service; has their stamina stood the burden? They drove a car, were often caught in traffic jams, and got to a recreation site. They had to take a good nap there in their cars or somewhere else to avoid a sleepy drive back. Family recreation and dads’ repose were only made possible with a nap at the drive destinations.

(7)その行動形態を笑うわけにはいかない。「一人鬱々として楽しまず」では、これも問題である。自分のスタミナ、趣味、嗜好で適宜判断し、無理せずに行動するのがいい。レクリエーションは「再創造」である。健康と英気の回復が本義である。都会人間は自然の緑、新鮮な空気を求める。眠りが浅く不足な、いわば「夏型」の睡眠を、年中続けているのだ。どうぞ気力充実の大型連休を、と願う。(薫)

(7) We should not laugh at such recreation behavior. A more serious problem is not to enjoy oneself sunk in solitary melancholy. A recommendable way is to think about your stamina, hobbies and tastes and not to do too much. Recreation means originally to recreate health and refresh yourself. City people adore green nature and fresh air. Every day they take as it were a ‘summer sleep,’ where they sleep short and shallow. I wish them a long weekend to improve their ‘drive.’

 若いパパだけではありません。年取ったジジもババも、気力・体力を。自分の「足」で歩けるように。

 周囲に動かされての「喜怒哀楽」はいけません。それは自分が何物かの「影」に過ぎない証拠。

 あるいは自分の「喜怒哀楽」に負けてもいけません。一度負けても、二度、三度と繰り返してはいけません。
2008/09/14のBlog
[ 19:16 ] [ 公開講座資料(私の翻訳) ]
 2008年9月14日(日)(その2)はれ

 (その2)お待たせしました。実は今まで(夕食をはさんで)「日日つれづれ」(7)(「朝霧夜霧」)を書いていました。一応完成しました。ブログ登載は新聞公表後にいたします。

 (その2)では昨日の公開講座資料の一つ、「日日つれづれ」(「ヨシキリ無音」)の英訳を紹介します。

資料(2) 日日つれづれ(4)(「盛岡タイムス」より)

ヨシキリ無音 Reed-warblers Have Stopped Warbling

 夏の早朝、ヨシキリが一羽、ヨシのてっぺんにとまっている。ヨシ、すなわちアシ(葦)。葦の茎に巣くう虫を食べる。そのために葦の茎を食い破る。そこからヨシキリの名が生まれた。「アシキリ」とは言わない。「脚きり」なら大学入試となる。

On an early summer morning, a reed-warbler rests on top of a reed. In Japanese reed is ‘yoshi’ or ‘ashi.’ Reed-warblers eat worms hiding in the reed stalks. These birds tear open the stalks, and they are given the name of ‘yoshikiri,’ or reed-cutter. They are not called ‘ashikiri,’ which means preliminary selection of college entrance examinees.

 無音のヨシキリ。静かなヨシキリ。なんとも、様にならない。盛時なら「ギョギョシ、ギョギョシ、ギョギョギョギョギョ」と葦の藪のあちこちで鳴き交わしていた。六月から七月中ごろだ。

A silent, non-warbling reed-warbler it’s just contradictory and looks helpless. In their days, from June to mid-July, from all over the reed bushes, we could hear their noisy “Giyo-giyo-sh, giyo-giyo-sh, giyo-giyo-giyo-giyo.”

 産卵、子育ても終わったか。外敵警戒も終わったか。しかし、声は立てずとも格好だけは相変わらずの見張り役だ。オー・マイ・パパ。オー・マイ・ママ。カッコウが、ホトトギスが、おまえ達の巣に空き巣ねらいをして、卵を産みつけなかったか?空き巣ねらいに失敗したカッコウのメスを空高く、執拗に追いかけたヨシキリの姿。目撃したのは五年以上も前だ。小よく大を制した、珍しい、驚くべき場面だった。

Ho, silent bird, have you finished laying eggs, raising chicks, and looking out for the enemies? Now, even noiseless, you still watch out for something. Oh, papa birdie, oh, mamma birdie. Didn’t cuckoos or little cuckoos lay their eggs in your nest while you were away? Once, more than five years ago, I saw a reed-warbler chasing persistently high up in the sky a female cuckoo, who had failed in breaking into its nest. It was a rare, breath-taking sight, the small chap driving away the big one.

 「ヨシキリ君」。決して美声とはいえない。スズメによく似た容姿と色。スズメより大きいが。声をなくした見張りのヨシキリ。子は巣立ったか。妻と二人でこれから、腰を上げてまたどこかで「ご隠居」暮らしか?鳴りをひそめて。

Old chap, reed-warbler! Your song is never beautiful. You look just like a somewhat bigger sparrow. Now you are a voiceless watcher. Have your chicks left your nest? Are you leaving here somewhere with your wife to a retired life for a while? Is that the reason for your silence?

 ああ、夏は去る。カッコウも去った。ホトトギスも。暦を先取りして、秋が来る前に。空を渡り、季節を渡る鳥たち。季節労務者、いや、季節の使者。

Oh, summer is leaving, too. Cuckoos have left; so have little cuckoos. Earlier than the calendar, they have left, before autumn comes. Sky flyers, season flyers seasonal workers? No, seasonal messengers!

 彼らが去った川辺の林で、ウグイスだけはいよいよ声に磨きをかける。鈴を転がす谷渡り。コロラトゥーラ・ソプラノ。そのソプラノ歌手も晩秋には声を失う。地鳴(ぢな)き、笹鳴きで「チッチッチッチ」とだけ鳴く。

Among the riverside trees, after they have left, it is only bush-warblers that polish their songs still more beautiful. Their long trills are like rolling bells. Coloratura sopranos! But even those sopranos will lose their voices in late autumn. They will begin just to mutter “jug, jug, jug” in the bushes.

 バイ・バイ・バーディー。バードの幼児語はバーディー、「小鳥さん」。しかし、季節の歌は絶えることがない。鳥、虫、哺乳動物が続く。彼らの言葉も歌である。「ヨシキリの 歌はよしたか ヨシの上」。子育てご苦労さん!カッコウやホトトギスの分までも!また来年の夏まで待っているよ。「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ヨシキリも」。(薫)

Bye-bye, birdies! Pretty birdies! However, the songs of seasons never cease. Leaving birds are followed by other birds, insects and mammal animals. Their words are also songs. “Hi there, Reed-warbler / have you stopped your noisy babble / on top of the reed?” You’ve worked really hard to raise your chicks. You have also raised the chicks of cuckoos and little cuckoos! I am waiting for you to return here next summer! “If you’ve stopped warbling / let’s wait till you do again, / you, dear reed-warblers.

三連休の二日目でした。今日はESL英語学院に行って、(高校生指導ではなく)自分自身の仕事をしました。英語弁論大会の原稿読み、「日日つれづれ」(朝霧夜霧)の文章書き、書類・文書点検です。

 古いCDを取り出して聴きました。ドイツ語の歌曲やイタリア語の民謡、英語(アメリカ・イギリス)の民謡(フォーク・ソング)です。気分転換に、歌詞から外国語を学ぶのもいいなあと思います。

 「盛岡タイムス・チャーリー英語学院」には、大型国語辞典、英文学史・詩作品アンソロジー(2冊)、時計などを運びました。TOEFLの練習問題集は明日運びます。
2008/09/10のBlog
 2008年9月10日(水)(その1) はれ

 「日日つれづれ」(5)(「盛岡タイムス」9月10日より)を掲載いたします。題は「黒い蝶」です。

 日日つれづれ(5)
 
 放送大学客員教授 三浦勲夫

 黒い蝶 ●▼▲▼●

 土手に飛び交う黒い蝶。ヒラヒラヒラと人を怖れず、散歩の供をしてくれる。名も知らぬ黒い蝶の群。前夜、同時に羽化したばかりの兄弟姉妹。土手道の、そのあたりの草原だけで舞い暮らす。露の命、限られた世界。悠久の時、無限の水の流れのほとりで。

 人の歩みに従い、後になり、先になり、耳元に、胸元につきまとう。やがてフイと、自分の狭い草原に戻っていく。「遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけん」(梁塵秘抄)。この川とあの川の、間に挟まれた一本の小道。

 戯れ一途(いちず)。三途(さんず)の流れ。黒い喪服で寄り添い、人を怖れず、何かを諭して帰る蝶、蝶々たち。おのれの命を悦(よろこ)びながら、てふてふてふ。

 喪服、紋服、モーニング。黒い地に黒い縞。黒い筋。いくつかの茶の斑点が紋所。粋でシックな黒い蝶。黒いボー・タイ(蝶ネクタイ)の黒ずくめ。黒豹は黒い豹紋、黒蝶は黒い羽織。黒い真理を人の耳にささやき、人の目に刻そうと、次々に舞い寄ってくる。舞い散る木の葉のように。

 草の露を吸い、緑の土手を右から左、左から右へ、ヒラヒラ、ヒラヒラと。戯れか、遊びか、おまえ達の命は。戯れとも見え、しかしまじめな命。毎年、夏のこの時期、草葉の陰から生まれ、程なく姿を消す。厳粛な生と死の歴史。サイクル。そのシナリオを短く、粋に、舞い踊る。「蝶(超)シック」。

 足元の地面に落ちる命。黒い蝶。透き通った羽のセミ。茶色い羽のセミ。生まれて間もないキツツキのヒナ。その背中には灰と白の小さな横縞が見えて。命、親からの贈り物。川と川に挟まれた一本の土手の小道。

 この土手は毎日、緑の空気を空に送るパイプ。川の流れは豊かな水を循環させる血管。大きな自然の肺腑(はいふ)。はぐくまれる命は多様。多様で一つ。連鎖の輪。輪の連鎖。宇宙の大真理、それは生と死。黒い蝶は草葉の陰から生まれ、つかの間を舞い、やがてまた草間に消えていく。(薫)

 「黒い蝶」後日談です。

黒い蝶の最盛期は8月でしたが、9月の今頃もまだ残りの数匹が舞っています。でも人のそばには近寄りません。生き残りでしょうか?子孫でしょうか?

 黒い蝶が舞い飛ぶ畑があります。そこのおば(あ)さんとよく話をするようになりました。黄色い(中身の)スイカと黄色い(皮の)キュウリがおいしいです。この間のお礼をしたら、またスイカとジャガイモをいただきました。収穫も大詰め、また来年です。

 今日は紫波町(左比内)に行って、ブドウを買います。(食べ過ぎに注意