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クラシック音楽のひとりごと
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2005/05/17のBlog
今日はメンデルスゾーンの「イタリア」。
デイヴィス指揮ボストンSOの演奏。1975年録音のフィリップス盤。
長いことLPで聴いてきたが、先頃CDをGETしたので今はそれをよく聴く。
グレート・コンポーザー・シリーズの1枚。
(カップリングはシェリングの独奏でヴァイオリン協奏曲。バックはハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管。実はこれがまた格調高くて素晴らしい演奏。シェリングは最高であります・・・(^-^)・・・)


で、デイヴィスの演奏だが・・・・。

まず、オーケストラの音がよい。派手でない、落ち着いた弦の音。木管も金管もどちらかというと渋め。ホールトーンも豊かな録音。「こりゃ、フィリップスの録音のせいかいな?」と思うほど、ふくよかで暖かく、輝かしくない(キラキラしていない)オケの音が素晴らしい。

「おぉ、さすがコンセルトヘボウだわい」と思っていたら、クレジットを見てあれあれ・・・(^^ゞ。ボストン響か・・・・・。

なるほど、さすがボストン響。アメリカのオケの中で最もヨーロッパ・トーンを持つオーケストラ。しかもフィリップス録音。それはもう渋めの音になるわけだわなぁ。

第1楽章は冒頭の木管の和音から、オケの音に惚れ惚れしてしまう。
第3主題が現れて、クレッシェンドシテゆく部分(このCDだと開始6分後から7分あたり)、デイヴィスは品良く、しかし、オケの厚みを生かして盛り上げてゆく。
この第3主題がフガートで現れてからフォルティシモに向かって進んでゆくクレッシェンド、メンデルスゾーンの書いた音楽の中で最も素敵なところだと思う。
最強奏部では、思わず指揮棒を振り回したくなる盛り上がり。
よく、「ロッシーニ・クレッシェンド」というが、いやぁ、このメンデルスゾーン・クレッシェンドの興奮、エエですぞ。
で、ここのところをデイヴィスは過激になる手前で上品に盛り上げる。ああ、「英国紳士だよなぁ」と思う。・・・・(と、陳腐な言葉でくくってしまう自分が情けないが。)

第3楽章のメヌエット(これは「スケルツォ」かな)、ホルンのトリオがまた良い音。前に出ずに、オケの背後でしっかり吹いている感じが良い。

第4楽章のサルタレルロ。ここでもデイヴィスは格調高く音楽を作ってゆく。
興奮しても過激に走らない。華美に過ぎない。
ボストンの音がモノをいって、素晴らしい音楽を聴いたなという実感で終結を迎える。


思えば、デイヴィスは1970年代半ばからボストンSOと素晴らしい録音を残してます。
シベリウスの全集やシューベルトの「グレート」(長い長い、おそらく最長の「天国的長さ」!)なんか良かったなぁ。
いずれ聴き直してみましょ。
2005/05/16のBlog
映画「アマデウス」(監督:ミロス・フォアマン)をDVDで観た。
随分古くなった。
20年近く前だろうか。
アカデミー賞を8部門受賞した名作である。

そして、この映画の狂言廻し・サリエリが、初めてモーツァルトを知る場面で使われた音楽が、「グラン・パルティータ」の第3楽章アダージョだった。
その冒頭、オーボエが下降してくる部分が、実に効果的に用いられていた。

そして、サリエリは独り呟くのだ。

「神は、なぜ、かくも下劣な男を選ばれたのだ?」・・・・・。

何度観てもこの場面の音楽はスゴイ。
ゾクッとしてくる。
アダージョの何という美しさだろう。そして、何と効果的にモーツァルトの天才性を表現していることだろう。


このCDは、映画のサウンドトラックとは関係ありません。

演奏はベルリン・フィルハーモニー管楽アンサンブル。オーボエにローター・コッホ、クラリネットにカール・ライスター、ホルンにザイフェルトなど、BPOの腕っこきを配したアンサンブル。
指揮者はいないが、見事なアンサンブルを聴かせる。

聴きどころの第3楽章アダージョは勿論、第5楽章のロマンツェ・第6楽章の主題と変奏も素晴らしい出来。
ソロ楽器が上手い。
とにかく音が揺れない。崩れない。
そして、アンサンブルが全く強固なのに、息苦しさがない。

クラリネットとオーボエの掛け合いは華やかだし、音が天井に立ち上ってゆくよう。
バセット・ホルンとファゴットの二重奏のところなどは渋く、甘く酔わせる響き。

そして、ところどころで、モーツァルトらしい燦めくようなパッセージが現れる・・・。
50分かかる大曲なのだが、どの楽章も弾むような愉悦感で一杯だから、飽きずに聴き惚れてしまう。


この曲、コレギウム・アウレウム合奏団やクレンペラー指揮のロンドン管楽アンサンブル、アカデミー室内管のアンサンブルなど、美しいCDに恵まれているのだが、今はこのBPOアンサンブル盤がお気に入りであります(^-^)。


ああ、また、あの第3楽章アダージョを聴きたくなった・・・・。
2005/05/15のBlog
[ 11:52 ] [ 声楽曲・オペラ ]
ルチア・ポップ 様

どうして、そんなに早くに亡くなってしまったのですか?
あれから12年。

このモーツァルトのコンサート・アリア集を聴くたびに思います。

柔らかく包み込むような暖かいソプラノ。
高音はどこまでも澄み切って、高原を渡る風のように涼やか。
コロラトゥーラの醍醐味を味合わせてくれる若々しい声。

B面のレチタティーヴォ「ああ、私にはわかっていたわ」とアリア「ああ、私の目の前から消え去って」は貴女の絶唱。

最盛期の歌声がこのような見事なレコードになって残ったことを、大いなる喜びとするとともに、12年前に貴女が亡くなってからの新録音が途絶えていることは痛恨の極みです。

フィガロの伯爵夫人を聴きたくて、ボクはマリナー盤を買いました。
魔笛のパミーナを聴きたくて、ボクはハイティンク盤を買いました。
夜の女王を聴きたいときは、クレンペラー盤を取り出していました。

貴女の声が朗々とボクのスピーカーから響きます。

時には、鈴の音のように。

時には石鎚山から吹き下ろす初夏の風のように。


初夏の日曜日の午前、貴女の声にボクはまた酔いました。
ヘルベルト・フォン・カラヤン。
クラシック音楽初心者だった頃の、絶対の指揮者だった。
専属はDG。ただ、オペラなどはEMIからも盛んに出ていた。

1970年代後半から、80年代前半に盛んに来日して、公演はいつも満員。チケットはべらぼうに高かった。
当時貧乏学生であったボクに行けるはずもなく、来日公演を放送するNHK-FMをエア・チェックするのが楽しみだった。
(そういえば、そのために高価なメタル・テープを買い込んだっけなぁ・・・)。

貧乏学生がレコードを買うのはもっぱら廉価盤。
カラヤンのレコードはあまり廉価盤にならなかった。
年末のボーナスシーズンに出るDGやEMIの2LPシリーズ(2枚組で3000円だった)を大学の生協2割引で買うために、アルバイトもしたし、昼飯も抜いたものだ。
中古盤屋のエサ箱(当時、ショップのLPを収める箱をボクらはそう呼んでいた (^^ゞ・・・)も、大分漁ったなぁ。
数寄屋橋のハンター、御茶ノ水丸善前のディスク・ユニオンのセカンドハンズ・・・・。銀座にはモール名盤堂。高田馬場はタイム。
石丸電気の「キズ物バーゲン」など、ただでさえ安い輸入盤が半額になるものだから、開店前から並んだものだ・・・・・。


で、今日はカラヤンのベートーヴェンの1960年代録音の交響曲全集。
2番と4番を聴いた。

録音は1962年。・・・40年前とは思えないほど見事な録音。
ベルリンのイエス・キリスト教会の適度な残響も美しいが、何より、当時のベルリン・フィルの音が良い。
強く、しなりがあって、筋肉質の響き。恰幅も良く、惚れ惚れするようなドイツ的な美音。そんなに「歌う」わけではないんだが、音楽が良く流れて、聴きやすい音。

カラヤンの指揮も颯爽として、実にカッコイイ。音楽の推進力が素晴らしい。音が前へ前へ出てくる感じ。
「演奏もうまけりゃ、指揮も達者、こりゃもう言うことないわなぁ」と感心しきり。


どの楽章がどうのこうの・・・・・というレベルではなく、もうソファーに深く沈み込んで約1時間堪能しました。ハイ。カラヤンはスゴイです。

カラヤンが今もちゃんとCDショップに生き残っている理由が、何となく納得できました。
ベームの精神性だの、バーンスタインの燃焼・即興性だの、カラヤンと比べて大いに評価されたけれど、今、ショップに並ぶCDの数・・・・全然違いますな。
カラヤンはスゴイですわい・・・。
2005/05/14のBlog
[ 13:49 ] [ ジョギング ]
早朝のジョギングを始めて1年経過しました。
去年の5月、GW中に「国立病院ダイエット」なるものを敢行し、2週間で4㎏のダイエットに成功。78㎏あった体重を74㎏まで落とせました。
(このダイエット、お勧めしません・・・・(^^ゞ・・・・キツイですから・・)


で、そのリバウンドを防ごうと、朝のジョグを始めたのであります。

当初は1㎞を7分ぐらいのペース。早歩きとあまり変わらないペースでのんびりと。それでも30分走ると、筋肉痛に加えて息が上がってしまって、いっぱいいっぱいでありました。


今は1㎞を5分40秒程度で走ります。ゆっくり長めのジョグの時は1㎞6分ぐらいで。この半年は朝7.5㎞を走っています。途中、給水には、「うちぬき」があって、地下水をいくらでも飲めます。これが旨い!


これから夏にかけて、「うちぬき」が助かります。
写真は、10㎞コースの途中にある「うちぬき」。朝、ここに水をくみに来る市民が沢山います。


1年のジョグの収穫というと・・・・。

①この1年、まるで病気をしなかった。風邪ひとつ引かなかった。
②体重がリバウンドしなかった(減りもしてませんが・・・(^^ゞ・・・)
③朝飯が旨い
④ウェストが大分締まった。10年前のスーツが着られるようになった。
(この倹約の分だけ、クラシックCDが買える・・・・(^-^)・・・・)
⑤自然の移ろいを肌で感じられる。春夏秋冬、日本人に生まれて良かった。
⑥日々の充実感、大いなるものへの感謝の心・・・・が生まれた。「生きている」実感、「生かされている」実感。これ、悪くないですな。


最近、『ランナーズ』なる雑誌まで定期購読してます。ランニングシューズも何足も買いました。買い換えました。
凝り出すと止まらない自分・・・・・・(^^ゞ。

ただ、どこまで続くやら・・・・・。無理しない程度にジョグしましょ。

あ、大事なことは
①しんどい時には走らない。
②雨の日には走らない。雪の日などもちろん。
③睡眠不足の時は走らない。
④オーバーユースの時は走らない(ふくらはぎや膝を痛めて、昨秋、酷い目にあったので)

このペースで、1ヶ月に180㎞までが限度のようです。中年オヤジには120~150㎞くらいが健康には良いようで。
ボクがマーラーに「開眼」したのは、5年前にインバル/フランクフルト放送響の「マラ5」を実演で聴いてからであります。
(インバル/ベルリンSOが今年来日して名演を聴かせてくれています。しのたかさんのブログに詳しく記されています。)

それまでも、ポツポツ聴いてはいましたが、熱に浮かされるように手当たり次第に聴き始めたのは、この数年です。
ようやく、マーラーの面白さが分かってきたように思います。

若い頃からマーラーは聴いてきたんですがね。あまり分かっていなかったじゃないかなぁ、と思います。1番「巨人」は大好きだったんですが、それ以降の作品になると、あまりに長すぎて辟易としてました。聴きながら寝てしまうことも多かった・・・・(^^ゞ

今は、その長さがまた良かったりするわけで、クラシック音楽を聴くというのは面白いもんです。年齢とともに、その聴き方や感銘が変わってきますからね。

さて・・・・・。

アバドが1980年頃にしばしば客演して、録音も多かったシカゴ響。このマーラー5番は、その時の1枚。現在発売されているアバドのマーラー全集では、5番はベルリン・フィルでのLIVEになっている。
(今日聴いているのは、グレート・コンポーザーという書店販売用の1枚。激安ゲット盤であります・・・・・・・・(^^ゞ・・・)

当時のアバドは絶好調だった。
シカゴ響とのマーラーはこの5番の他に1番、6番に7番をたてつづけに録音。そのどれもが新鮮で歌心に満ち、スタイリッシュなマーラー。
DGの録音も素晴らしいので、マーラーのオーケストレーションを心ゆくまで味わえるし、しかも演奏は世界最強のシカゴ響。特に金管の鮮烈さは、今までのマーラー演奏とは一線を画する素晴らしさだった。

この5番も、そんなアバドの良さが前面に出た名盤だと思う。
ベルリン・フィルとの再録音より、ボクは若々しさに溢れている分、シカゴとのこの旧録音の方が好きだ。

第1楽章の朗々と鳴り渡るトランペット!この冒頭を聴くだけで、アバド/シカゴの世界に引き込まれる。トランペットの何と冴え冴えとした高音、また、太く艶やかな中音。ハーゼスのトランペットかしら、もう、全編うっとりしてしまう美音。
金管の強奏が崩れない。鉄壁のアンサンブル。弦楽も張りがあって、管楽器に負けない力強さ。
第2楽章は、大河小説風。荒々しい管弦楽を堪能できる。いつも思うんだが、この楽章、NHKの大河ドラマのテーマ音楽に用いても、全く違和感がないだろうなぁ。ここでも、弦楽の強い張りが、良い。
第3楽章は、いわばホルン協奏曲。スケルツォ楽章にもかかわらず、5番シンフォニーの一番の聴きものだ。シカゴのホルンは、トランペットと同様、気持ち良く吹き渡る。余韻も素晴らしい。アナログ録音の最末期、絶頂期。DGの録音スタッフの素晴らしい技術に拍手。
第4楽章アダージョは、静謐の中に、フワッとした浮揚感を味わえる。これがアバドの歌心だろう。シカゴの弦楽は張りだけではない。ピアニシモでの繊細さも見事だ。ただ、もっと、峻厳なアダージョでもよかったかな・・・・。
終楽章は、マーラーのオーケストレーションを堪能できる。推進力があって、グイグイっと終曲までアバドの棒はよどみがない。コーダでの突進は迫力満点。ああ、5番を聴いたなぁと満足感一杯。

計72分。

う~ん・・・・・アバド/シカゴ響。実はこの組み合わせが最高だったのではなかろうか?
ウィーン・フィルでもなく、もちろんベルリン・フィルとでもなく・・・。

この数年、DGからアバドのLIVE盤発売が続いている。
最近出た6番など、非常に素晴らしいらしい。
romaniさんのブログにそのことが詳しいので、ご案内でいたします。


「座右のマーラー」というブログもあります(ぐすたふさんのブログ)です。
2005/05/13のBlog
久しぶりに取り出すCD(レコード)が増えるのは、オヤジの証拠ですな(^^ゞ

これ、1978年発売のオフコース「FAIRWAY」。
この1曲目は、この季節にふさわしい。「あなたのすべて」・・・・。
毎年この時期になると聴きたくなるんです。

歌詞の一節・・・。

 緑色の季節を背中に
 白い服に ああ 包まれて
 あなたがいた

あるいは・・・

 風と光と あなたが 心のままに
 わたしの中で きらめいている


職場から眺める四国山地の緑が濃くなって綺麗です。
涼風に揺れる 桜の緑が 綺麗です。
葉擦れの音が また 五月であります。


クラシック音楽ばかりではなく、たまには、こんな懐かしいレコードも一興。
どうも過去の音楽ばかりだが・・・・まぁいいでしょう(^^)
ハイドンの交響曲は、朝に聴く。
今朝は「軍隊」。

職場への通勤時間は、車で朝は25分。少々道が混むが、イヤになるほどではない。
(帰宅は夜8時頃になるので20分とかからない。)
田舎暮らしの有り難さ、職住接近。埼玉で暮らしていた頃を思うと、朝がラクで良い。

今、通勤の車の中に、ハイドンを何枚か入れている。演奏はアダム・フィッシャー/オーストリア・ハンガリー・ハイドン管弦楽団。
例のBRILLIANTの激安CD全集で33枚組、HMVで1万円弱だった。録音は1987~89年で、柔らかい残響が美しく音場も深々としている。騒音のある車内でも結構イケル。書斎で聴くにも、小編成のアンサンブルがゆったりと柔らかく響いてすがすがしい。

100番「軍隊」は第2楽章と終楽章で打楽器やトランペットが活躍して非常に面白いのだが、この演奏も、楽しく聴ける。尤も、残響のせいか、アンサンブルがイマイチなんじゃないかとも思う。

しかし、第1楽章などは、序奏の後にサワっと涼しい風が吹くような新鮮さが良いし、演奏全体に楽しさが漂う。

このオーケストラは常設ではなく、レコーディング用の編成だろうと思うんだが、生き生きと明るく音楽しているのが聴き手に伝わってくる。そこがイイ。


朝は明るい気持ちで。
ハイドンは朝の音楽である。


さて、この33枚組、最後まで聴き終えること出来るのかな?
(どうも自信ないですな・・・・・・(^^ゞ・・・)
2005/05/12のBlog
これも古く懐かしいCD。いつも古いので、申し訳ありません。
また、このブログには、マニアックなCD・レコードは出てきません。
そういうCDをボクは持っていません。
普通のCDショップや中古屋さんに当たり前に並んでいるものだと思います(最近は、クラシック売り場は縮小の一途をたどっていますが)。
普通に購入して、普通にその日に楽しんで、「あぁ、エエなぁ・・・」と思うCDのことを書いてます。
寄る年波のせいか(^^ゞ・・・・どうしても過去に目が向いてしまいます。
懐かしいCDが多くなります。新譜を最近購入しないので、これも申し訳ありません。


で、ハイティンクのチャイコフスキー/交響曲第5番。
演奏は手兵アムステルダム・コンセルトヘボウ管。録音は1974年のアナログ録音、ハイティンクのチャイコフスキー全集の第1弾である。マンフレッド交響曲を含むLPでの全集は廉価盤で発売されたので(1980年頃、夏と冬のボーナス・シーズンには、各レコード会社は売り上げ増を当て込んで、ボックス物を廉価で発売したものだ。これはそのひとつ)、今も愛聴している。後期3大交響曲集は、CDでも買い直した。ジャケットは、CDのものだ。

コンセルトヘボウ管の「音」が良い。決して華やかなものではなく、暗くもない。「ほの暗い音」というのが良いかもしれない。豊かなホール・トーンとともに、渋く落ち着いた音が、何とも言えず心地よいのだ。
ハイティンクの指揮も、最近特にお気に入りである。「何も足さず、何も引かない」・・・ウイスキー会社のCMのコピーみたいだが、ハイティンクの指揮は、まさにそうなのだ。必要にして十分。チャイコフスキーの書いた楽譜を、そのまま格調高い演奏に純化してゆく。
構成はしっかりしており、端正で破綻がない。妙な感情移入もないので、音が感傷的に堕することもない。ホ短調のこの曲、浪花節よろしく「泣ける」ような演奏にすることは簡単だろう。しかし、ハイティンクは、常に志し高く、気品ある演奏を繰り広げる。

聴きどころは、第2楽章の管楽器。冒頭ホルン・ソロの、たっぷりとした響き。これも、派手な音色ではなく、渋くほの暗い音色。余韻は豊かで、ホールの奥へゆっくりと消えてゆく。録音は1974年とは思えない瑞々しさ。CDで聴くと音場も奥行きが十分に感じられるものだ。オーケストラが並ぶ奥の方から、ホルンのソロが渺々と響くのである。これが大変に美しいのだ。
第4楽章の開放感も素晴らしい。コンセルトヘボウ管のアンサンブルが全くゆるむことなく、終楽章を盛り上げてゆく。もちろん、ハイティンクの指揮はここでも格調高い。阿鼻叫喚・大騒ぎで盛り上げるのではなく、チャイコフスキーの曲自体の素晴らしさを十全に語るという姿勢で盛り上げてゆく。これは大人の演奏であり、ロシア臭さ・土俗的粘っこさはない西欧的な演奏であると言えそうだ。


ハイティンクの演奏、年々、好きになっております。
また、そのうちにハイティンクのことを書くようになると思います。
ブルックナー、マーラー、ベートーヴェン、シューマン、ブラームス・・・・・ああ、いわゆるシンフォニストの作品・・・・・、ハイティンクの録音多いですから。


※さて、チャイコフスキーのことですが・・・・。
参考までに、ここには、5番の楽譜についての記事(おさかな♪さんのブログ)があります。
2005/05/11のBlog
今日は、M市へ車で出張。
途中、「桜三里」と呼ばれる峠道を走ります。
ここは4月上旬は見事な桜が続くところです。
今日は目にしみるような青葉一色。明るい陽光を浴びて、それはそれは美しいこと。風も涼しく、絶好のドライブ日和となりました。

緑の中を走っていると、大学時代にキャンパスのスロープで本を読んだことを思い出しました。こんな季節にこんな詩をよく読んだものです。
(また、昔話であります・・・・・・・(^^ゞ・・・・・・。)


<立原道造「優しき歌 II」>
 
I 爽やかな五月に
 
月の光のこぼれるやうに おまへの頬に
溢れた 涙の大きな粒が すぢを曳いたとて
私は どうして それをささへよう!
おまへは 私を だまらせた……

《星よ おまへはかがやかしい
《花よ おまへは美しかつた
《小鳥よ おまへは優しかつた
……私は語つた おまへの耳に 幾たびも
 
だが たつた一度も 言ひはしなかつた
《私は おまへを 愛してゐる と
《おまへは 私を 愛してゐるか と
 
はじめての薔薇が ひらくやうに
泣きやめた おまへの頬に 笑ひがうかんだとて
私の心を どこにおかう?


立原の14行詩。ソネットであります。
こんな緑の風の中、若い時代はあっという間に過ぎていきました・・・・。



で、今日はソネットにふさわしく、ヴィヴァルディの「四季」を。
演奏は小澤征爾/ボストン響団員。ソロ・ヴァイオリンはコンサートマスターのヨゼフ・シルヴァースタイン。
録音の良さが自慢のテラーク・レーベルから1982年頃に出たもの。
(初出はもちろんレコードだった・・・・)

シルヴァースタインのソロが素晴らしい。突き抜ける高音の美音、低音の瑞々しさ、ソロがピアニシモになって次第に消えてゆくときの透明感、どれをとっても最高の出来。
ソロの装飾もふんだんにあって、それがどれも上品。イヤらしさが、わざとらしさが全くない装飾。
音色からして気品があるのに加えて、装飾も見事に決まった名演。
何より確固たる自信に満ちているのが、良い。

小沢/ボストンSOは、シルヴァースタインの背景・黒子に徹して、これも上品だ。激することのない伴奏。あくまでオーソドックス。ゆったりと構えて、シルヴァースタインの自由を尊重している。小沢の棒は、締め上げることなく、団員の自発性を信頼して任せている感じ(と言うより、指揮者の存在をあまり感じさせない・・・・(^^ゞ・・・)。

録音も素晴らしい。ボストンの落ち着いた音をよく捉えていると思う。ソロ・ヴァイオリンはやや明るめに、バックは派手でなくむしろ渋めの音がする。イ・ムジチの燦々とした輝く太陽と青空のような音ではなく、シックな仕上がりがまた好ましい。

最近、ピリオド楽器ばかりになってしまった「四季」だが、室内合奏団や、小編成の現代オーケストラで聴く方がボクは好きだな。


大好きな、懐かしい、そして大切な1枚であります。

2005/05/10のBlog
夜も更けて、モゾモゾ本棚の整理をしながら、あるいはお気に入りの本を読みながら(オーディオ雑誌なんかもいいな)、ふと聴きたくなるような音楽。
夜中はオーケストラ音楽では騒々しすぎる。ピアノ曲も時にダイナミックレンジが広すぎて、音量を絞らなくちゃならない。
そうすると、バロック系の室内楽などが心地よく、就寝前の豊かなひとときを過ごせるものだ。

そんな時は、テレマンの12の幻想曲。原曲は<無伴奏フルートのための>なのだが、ボクが好きなのは無伴奏オーボエ版。演奏は、ハインツ・ホリガー。

もともとオーボエのために書かれた曲なのではないかと思えるほど、ホリガーの演奏は素晴らしい。そう、素晴らしいとしか表現できない。
音色は千変万化し、技巧は完璧で破綻など一切ないし(テクニックのことはボクは素人で偉そうなことはイエマセンが)、しかも録音はDENON特有の澄み切ったもので、広々とした音場。ホリガーの息づかいが間近に聞こえる。

透き通った、時々ひんやりと感じられるほどのオーボエ。
ソロのオーボエのCDで、これだけ良くできたものはないんじゃなかろうか?

CDのブックレットによれば、1979年11月、コロムビア第1スタジオの録音。永らくLPで愛聴してきたが、クレスト1000シリーズの登場で買い直した。
このブログ、DENON盤が多いのですが、特にクレスト1000シリーズがスゴイので、つい書いてしまいます。

このシリーズ、お勧め盤の目白押しです。
(例えば、ブロムシュテット/ドレスデン・シュターツカペレのモーツァルト、ブルックナー、R・シュトラウスはすべてお勧めです。)
2005/05/09のBlog
「その時ピアノは火を吹いた!」
「アルゲリッチ&コンドラシン一期一会、白熱のライヴ!」

このLPのタスキのコピー。名コピーである。
このころの、フィリップスの宣伝文句は非常に面白かった。
中でも、このコピーは、このレコードを一言で表現し尽くす素晴らしい名文句でありました。

よく知られた、これは名盤。
1980年2月、ミュンヘンのヘラクレス・ザールでのライヴ。日本初出は1982年5月新譜で。LP1万枚限定盤で2000円。1万枚売り切れ次第、2700円のレギュラー盤として出されることが事前にアナウンスされていたので、ボクはすぐに買いに走ったのであります。銀座・山野楽器。発売2日後だったと思うが、店に行くと、最後の1枚だった。
店の女の子が「良かったですね、これで最後だったんですよ」と優しく声をかけてくれたことを覚えている。
23年前の、青葉が目にしみる、ちょうど今頃だった。


演奏はというと、そう、まさに「その時ピアノは火を吹いた!」・・・・。

第1楽章から、アルゲリッチの豪快な表現が炸裂する。有名な冒頭部分を圧倒的なフォルティシモで乗り切ると、一気呵成に引き上げてゆく。ピアニシモでは、繊細そのもの、ニュアンス抜群の音色で聴き手を魅惑する。テンポは速い。第1楽章に約19分しかかけない。ライナーノートでも言っているように、ホロヴィッツ/トスカニーニ盤が爆速なのだが、それに次ぐ速さ!

第2楽章はきわめてセンチメンタル。ピアノのトリルが、瑞々しく綺麗。石清水の新鮮さとでも言おうか。

第3楽章は、もう目が眩むようなフィナーレ。バックのコンドラシン/バイエルン放送響に挑みかかるような、激烈な表現。それに応じてコンドラシンも燃えたぎる。ラストではお互いが炎をたぎらせて、一層盛り上がってゆく。息もつかせぬクライマックス。

「いやぁ・・・スゲエなあ・・・」初めて聴いたときの印象と、23年経った今の印象と、全く変わらない。スゲエと呟くだけだ。感動が全く変わらない、これは真の名盤だと思う。


閑話休題。
このころの、フィリップスのタスキ。おかしなコピーも多かった。

①クライバー/バイエルン国立管のベートーヴェン「交響曲第4番」。
1984年9月新譜のLP盤で

「ここでカルロス火を吹いた!」・・・(^^ゞ。

明らかにアルゲリッチ盤のバクリ。2匹目のドジョウ狙いのコピーだが・・・、クライバーが火を吹く大道芸人のように思えて笑えた・・・。
ただし、爆発的に売れた。

②アイオナ・ブラウン(指揮とVn)でヴィヴァルディの「四季」(アカデミー室内管の演奏)。
「Iona Brown」の綴りに引っかけて、タスキのコピーは

「イオナ(Iona)、貴女は美しい」・・・・(^^ゞ。

これ、当時流行していた化粧品のCMのパクリ。こんなコピーでは売れなかったと思う。

ただ、アイオナ・ブラウンの名誉のために、argoレーベルに録音した彼女のベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲は素晴らしい演奏であり、ボクのとっては大切な名盤であります。