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クラシック音楽のひとりごと
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2005/05/28のBlog
昼から気温が上昇して、ようやく伊予路も夏らしくなってきた。
ここのところ、朝晩は上着を手放せなかったが、今日は昼からワイシャツ1枚で仕事。
夏が来ると聴きたくなるクラシックがある。
ヘンデルの「水上の音楽」、マーラーの交響曲第3番、そしてR・コルサコフの「シェエラザード」・・・・。

今日はそのシェエラザードをアシュケナージ・フィルハーモニア管の演奏で聴いた。
録音は1986年10月。
ヴァイオリン・ソロはコンマスのクリストファー・ウォーレン=グリーン。
レコードとCDが同時発売されていた時期のもので、日本はバブルに沸き始める頃だった。
バブル期の恩恵は、円高が進行して輸入盤の価格が安くなったこと。
当時シェエラザードはLPで何枚か持っていたが(アンセルメやオーマンディ)、音の良いCDで聴きたくなって買い込んだレギュラー盤。
円高の恩恵といっても、輸入盤でも2000円は越えていたと思う。

演奏は、テンポをゆったりと取った風格あるもの。単純だが、「ロシア風」とでも言おうか。
第2楽章から木管が活躍し始めるが、その歌い廻しには東洋風な雰囲気も漂う。
第3楽章はなめらかな歌。ピアニストとしてのアシュケナージは旋律線を大切にする演奏家だと思うのだが、その面目躍如。流線型の歌が漂うように進んでゆく。ここでも木管はDECCAの録音の良さも手伝って雰囲気豊か。
終楽章は迫力満点。一気呵成に終結までもってゆく感じ。
一気といっても、歌心があるので、強引さを感じたりすることはないんだが。

ウォーレン=グリーンのソロは、やや線が細いが、音色が美しく、繭から引き出したときの生糸をピンと張ったような透明感が素晴らしい。
ティンパニなどの打楽器も綺麗に響いて、モコモコしないのは録音が良いせいかな。
最強奏のところでもスッキリと響く(響きが薄っぺらいと言うことではない)。


特にトランペットが音色が綺麗。力強く、輝かしく、高みに向かって抜けてゆく美しさ。右スピーカーのやや左手奥に奏者がいて、豊かに吹き鳴らすのが見える。
このあたりもDECCA録音の優秀さかな。


大好きな「シェエラザード」の、初めて購入したCDなので愛着があってしばしば聴きます。
もう20年前の録音になるんですが、ホンマ、イイ音してます。
90年代後半には廉価盤(ユニヴァーサルの初めての1000円盤だったかな?)になって復活しております。(売れなかったんだろうなぁ・・・・・・)。

中古屋でも500円は切るでしょう。
見かけたら、手にとってやってください(^^ゞ。
ジャケット買いしてもいいくらい、綺麗な絵ですしね(^-^)。
2005/05/27のBlog
ハイティンクがアムステルダム・コンセルトヘボウ管を去って、もう何年も過ぎてしまった。
残念。

フィリップスがハイティンクをリストラしてからも随分たってしまった。
フィリップスの録音が素晴らしかっただけに、新譜が出ないのは何とも淋しい。

1980年代以降のハイティンクは、ホンマに良かった。
コンセルトヘボウ管とのマーラーやブルックナーの再録音は実に良かった。
ブルックナーでは7・8・9番、マーラーでは4番と7番。

のちに、ハイティンクはベルリン・フィルとマーラー全集に取り組んだが(1~7
番)、音が少しキツかった。
ウィーン・フィルとのブルックナーは全く見事で、3・4・5・8番は愛聴している。


さて、今日はコンセルトヘボウ管とのマーラー再録音で交響曲第4番。
ソプラノ独唱はロバータ・アレグザンダー。録音は1983年10月。

マーラーの4番は若い頃から大好き。
マーラーにしては幸福感に満ちていて、日曜日の午前中にゆっくり出来たなら、この4番かベートーヴェンの「田園」を取り出すことが多い。
その4番の中で最も取り出す頻度が高いのがこの演奏。

まず、音が素晴らしい。

もう、この豊かで柔らかい音が何物にも代え難く素晴らしい。
聴いているだけで、幸せにしてくれる音。
ヴァイオリンはなめらかで、派手ではないけれど、優しい肌触り、木の質感が漂う音。
木管の音はホール全体によく伸びてゆくし、金管の音はたっぷりと広がる。

そして、それらの楽器の融合が、この豊かな音を生み出している。
綺麗に溶けあって、ホール全体を響かせる音。
ソロの時でも、妙に突出しないのだから・・・。

フィリップスの録音が素晴らしいのだろうが、ハイティンクの指揮も、この音を前面に出して勝負している感じ。
自分の解釈を押し出すことなく、マーラーの書いた素晴らしいオーケストラ音楽を、最高の楽器たちで鳴らしているだけ・・・そんな指揮なのだが、だからこそ、良いのだろう。


もちろん、第2楽章でのヴァイオリンは悪魔的に鳴るが、だからといって金属的なイヤラシサはない。
第4楽章のアレグザンダーのソプラノも、オケの中によくとけ込んで、あざとさがない。


55分間、幸福に浸れます。
何回聴いても、この印象は変わらない。
ついつい取り出しては聴いている・・・・。

こういうのを名盤というのではないかなぁ・・・・・。

とすれば、ハイティンクはボクにとって最高の指揮者であります。


ああ、ハイティンクがフィリップスに復帰して、フィリップスの録音で、コンセルトヘボウ管とオーケストラ曲を出してくれないだろうか。
出来ればマーラーの全曲を(^-^)。


2005/05/26のBlog
爽やかと言えば、確かに爽やかなのだが、少し気温が低いような気がする。
と、家人に言ったら、「去年が早くから暑くなりすぎたのだ」と返された。
ま、しかしクラシック音楽を聴くには快適な季節。

で、今日は、のんびりとグリュミオーが弾くバッハのヴァイオリン協奏曲集を聴いた。

アナログ時代最末期の1978年11月、スイスのラ・ショードフォンでの名録音。
蘭フィリップスらしく、ホール・トーンが豊かに取り入れられつつ、ヴァイオリンの輪郭がくっきりと描かれている。

昔、アナログ・ディスクの時代、輸入盤の方が圧倒的に音が良いと、もてはやされたことがあった。
長岡鉄男が、オーディオ雑誌で特に推奨した1枚だったので(「外盤A級セレクション」だったかな・・・・?)、秋葉原の石丸電気で購入したLP。
ワクワクしながら針を落とした瞬間が忘れられない。

確かに良い音だった。
今も時々取り出してはLPの方を聴く。
写真は7年前にCDで買い直したもの。1000円だったか。あまりの安さに、残念にさえ思えたものだ。


演奏はというと、グリュミオーの美音が徹底的に楽しめる。
高貴で美しいグリュミオーのヴァイオリンを余すところなく収録しているのではなかろうか。
アナログ録音が生きて、柔らかく豊かに伸びてゆく残響も良い。

アルパド・ゲレッツが指揮するソリスト・ロマンドは、その美音を生かそうと控えめな伴奏。好感が持てる。

で、このレコード(CD)の白眉は、2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調BWV1043。
第1楽章の、何かから逃げ出してゆくような迫力ある音楽。
(逃げ出す迫力というのも変なのだが・・・・・(^^ゞ・・・そんな風に聞こえるんだなぁ・・)
第2楽章の、安らぎ。
終楽章の、これも遠くへ、やはり逃げてゆくような哀しみの音楽。

グリュミオーの美音はソロ協奏曲以上に冴え渡る。
高音が涼やかに鳴り渡り、低音は、豊かにどこまでも伸びてゆく。

そして、なにより、ヘルマン・クレバースの第2ヴァイオリンが、良い。
クレバースはアムステルダム・コンセルトヘボウ管のコンサート・マスター。
当時、コンドラシンとのシェエラザードでもソロヴァイオリンを受け持ち、また、ハイティンクとベートーヴェンやブラームスのヴァイオリン協奏曲を録音していた、まさに絶好調の時。


名手ひとりでも素晴らしいのに、二人も揃って目の前で奏でてくれたら、それはもう、幸福の絶頂であります。
2005/05/25のBlog
ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。
クラシック音楽を聴き始めた頃から大好きな曲。

ムード音楽に近い魅惑的な旋律。
ひっそりと、ピアニシモの連続の中で漂うノーブルな雰囲気。

初めて聴いたのはピアノ版だった。
サンソン・フランソワの演奏、EMIから出ていたLPで。


フランソワの演奏は、ピアニシモが綺麗でデリカシーに富む。濃厚な表情は見せず、アッサリ系でテンポも比較的速い。淡々と進んでゆくのだが、ポエジーというか粋というか、何とも言えない音色と、微妙に変化するニュアンスがたまらない。テンポが速いので、あっという間に終わってしまうので、初めは、「何かアッサリした演奏やなぁ」と思っていたが、聴きこむと、この淡々とした表情がいろいろな顔を見せながらこちらに向かってくる(いや、こちらに向かうというより、向こうへどんどん逃げ去ってゆく感じ)。

「亡き王女のためにパヴァーヌ」ピアノ版はいろいろ聴いたが、結局このフランソワ盤に戻ってくる。


オーケストラ・バージョンでは、とりわけ雰囲気豊かなデュトワ盤で。
デュトワ/モントリオールSOの演奏は、弦楽のピアニシモが美しい。時に、青みがかった揺らめく炎のような味わいを醸し出す。テンポはゆったりとして、きれいな旋律がたゆたう。冒頭のホルンなど、優しく甘い響きは最高だ。情感を込めた演奏ではない、淡々と進んでゆくのだが、漂う美しさは素晴らしい。

青葉が目にしみる初夏の昼下がり、ゆったりとラヴェルを聴くのもまた良い。
2005/05/24のBlog
このDoblog、夜は大変「重く」なります。
更新がままならないときがあります。何とかならんのでしょうかね?(無料だと無理かな・・・・・・(^^ゞ・・・)
そこで、早朝目が覚めてしまうオジンであるボクは、こうして朝の更新を続けております。

さて・・・・・いつも昔話ばかりで恐縮であります。

昔、CDが発売される以前、LPしかなかった時代、レコードは高かったので貧乏学生にはなかなか買えなかった。
中古盤屋か廉価盤(大学生協は2割引だったので、これは助かった)が殆どだった。
廉価盤をどんどん出してくれたのは、フィリップスとデッカ。次いでEMI。
大手のDGは古い録音を廉価盤にして出していたんだが(DGのレコードはよく売れたから廉価盤・販促の必要がなかったのだろう)、新しめの録音を安く買える有り難さの点では、フィリップスとデッカだった。
今もフィリップスの録音をボクが好むのは、このあたりに起因しているのかも(^^ゞ。

そんなフィリップスの看板ピアニストはブレンデル。今から25年前、一流ピアニストの新録音で、廉価盤が多かったのも、だからブレンデルだった。

ええ、ホンマ彼にはお世話になりました。

だいたい音が綺麗で、その演奏は正統的、格調高く分かりやすい。
音の綺麗さは、「アシュケナージの透明さ・突き抜ける高音」でもなく「ポリーニの大理石のような地中海的晴朗さ」でもない。
「純白」ではなく、やや肌色の混じったような白さ。
透明でも大理石の白でもないんだが、その白さに引き込まれてゆくような優しい白さというか。。。。

「学究的」なんて批評もよく見るが、ボクのような素人には、曲の全体的な構造を分かりやすく提示してくれる素晴らしいピアニストだと思う。

今日はそのブレンデルがマリナー/アカデミー室内管と組んだモーツァルトのピアノ協奏曲第21番ハ長調。

オケはマリナー/アカデミーらしく溌剌として爽やか。曇りのない明晰さ。ブレンデルにぴたっと付いて文句なし。さすがマリナー、上手い。
ブレンデルも独走せず、協調性溢れる演奏。とにかく音が綺麗。録音も極上。

第1楽章のカデンツァはラドゥ・ルプー作のもの。これがまた上品で軽やか。
第2楽章の静謐さも良い。誰が弾いてもここは良いんだが(作品そのものが良すぎるから拙く弾けないんじゃないのかな)、録音の極上さが加わって素晴らしい。

カップリングは26番「戴冠式」。コロコロと弾むようなピアノ、こちらも名演だと思う(こっちの方がエエと言った友人もおりました)。

ブレンデルのモーツァルトの協奏曲シリーズ、再録音は聴いたことがありません。
マリナーとのレコード(買い直したCDも含めて)で十分満足してます。
2005/05/23のBlog
昔はみんなが絶賛したアバドの「幻想」。今は、誰も褒めない・・・(^^ゞ。
でも、いまだにこの演奏がボクのデフォルトです。
「ああ、幻想を聴きたいなぁ」と思ったときには、このCDを取り出していることが多い。

このころのアバドは絶好調、新譜もどんどん出ていた。DGの国内発売元ポリドールも積極的に広告を打っていた。「アバド・イヤー」なんて勝手に作って、売りまくっていた(1981年頃だったように記憶しているんだが)。

さてこの幻想交響曲、ジャケットがカッコイイ。今もこのジャケットを上回る幻想はないんじゃないか?(チョン・ミュン・フンの幻想のジャケットも良かったが・・)

演奏は一言。
「みずみずしく精気に濡れた明晰な幻想交響曲」。

アバドの演奏は、とにかく新鮮。生まれたばかりの作品を聴くかのよう。

第1楽章冒頭、序奏部の静謐さ、ヴァイオリンのユニゾンのデリカシー。恋と狂気の物語の開始を示しつつ、徐々に熱を帯びてゆく管弦楽。
第2楽章のハープの鮮やかさ。音色は万華鏡のように燦めいて、その艶やかさに聴いていてドキッとする。テンポは快速で、一気に踊り終わってしまう。でもその潔さがとても良い。
第3楽章はコーラングレとオーボエのかけあいの美しさはもちろん、ヴァイオリンとフルートがユニゾンで奏する田園的な主旋律の清新な音。こんなところでも、アバドの眼は鋭く光っている。
第4楽章以降の迫力、シカゴのブラスセクションの威力を開放して、聴き手の快感を誘う。4本ファゴットの部分なんか、エロティックな感じさえ漂う。主部の繰り返しも効果的だと思う(この部分の反復は珍しいらしいが)。
第5楽章の鐘は、広島の平和の鐘を用いて当時話題になったが、その話題性に関係なく、アバドは終結まで一気に持ってゆく。

今日も満足しました。
アバド/シカゴ響は、最高の組み合わせだと、やはり思いました(^-^)。

2005/05/22のBlog
[ 20:21 ] [ 近況など ]
四国伊予路は、雨の日曜日でした。

「麦秋」とでも言いましょうか、今、麦の刈りとりが盛んです。
五月の薫風が、麦畑に金色の波を起こす・・・・・。これも間もなく見納めです。

同時に田植えが始まりました。我が家の周辺は田んぼばかりです。
水路から水が入りました。満々と水が張ってあります。
いよいよ夏です。
ベートーヴェンの「田園」が似合う季節になります。

夏はクラシック音楽鑑賞には不向きです。
暑いのでクーラーを入れます(本当は嫌いなんですがね)。この冷房の音がピアニシモを邪魔します。
さらに、今は田んぼに水が。。。すなわち「カエルの合唱」が始まります。
これを書いている今、夜8時過ぎ。カエルの合唱は盛大です(^^ゞ。
第九の終楽章もかくや・・・と思わせるほどの・・・・やれやれ。

今日、スウィトナーのベートーヴェン・シューベルトの交響曲全集を注文しました。
フィリップスが6月末に出す1000円盤も何点か注文しました。
行きつけのレコード屋の店主が嬉しそうでした。
クラシックの売り上げが減っているとのこと、お客さんは奇特だと言わんばかりの表情でもありました(^^ゞ。

しかしまあ、旨い空気と旨い水に、良き音楽。
ボツボツとまた書いていきましょう(^-^)。



ムソルグスキー(ラヴェル編曲)の「展覧会の絵」。あの冒頭のトランペットを初めて聴いたときから大好きな曲です。
中学校のグランドで白球を追いかけていた頃、吹奏楽部員がしばしば、このソロの練習をしていました。
トランペットの女の子が下手でした(^^ゞ。
このメロディをとちるんです・・・・。
すると、ボクは簡単なゴロをファンブルしてしまうのであります・・・・。やれやれ。


閑話休題。

これは、オーケストラ音楽の醍醐味を味わえる曲。
ラヴェルのオーケストレーションが楽しい。様々な楽器の面白さを堪能させてくれる。
35分程度の長さもまた良い。居眠りしている暇もない(^^ゞ。
いろいろな指揮者が録音しており、それぞれに面白いが、今日はシャルル・デュトワ指揮モントリオールSOの演奏で。

オケの音がとにかく鮮烈。
DECCAの録音が素晴らしいからだろう。弦は柔らかく、金管は鮮やか、木管はふくよかに響く。
特に金管の鮮やかさと言ったら・・・、ちょっと他のオケでは聴けない華やかさだろう。
鮮やか・華やかで、刺激的な音は全然出ていない。
トランペットの強奏でも、音に丸みさえ感じる。余裕を持って吹いている証拠だろう。
ホルンもトロンボーンも同様。鮮やかに切れ込むのに、音のエッジがきつくない。
まろやかな響きを保っているのがスゴイ。
だから、オケ全体がふっくらと響く。
ほかの楽器の上手さも申し分ない。

デュトワの指揮は、それぞれの楽器の音色を十分に引き出して、色彩的。
両スピーカーの間、その空間から、魅惑的な音色が次々に飛び出してくる感じ。
音だけでうっとり、楽器のそれぞれの音色に酔ってしまう。

アンサンブルも完璧。「キエフの大門」で壮烈に盛り上がってゆくところでも、優雅なニュアンスは、いっこうに変化しない。
この「キエフの大門」、DECCA録音らしく、ダイナミックレンジは広大。あまりの音圧にアンプのボリュームを少し下げたほど。
こんなに盛り上がっているのに、オケは澄まし顔で演奏して、しかも余裕十分・・・・。
決して、「冷たい演奏、醒めた演奏」ではない。
ただ、激しない、喚かない、繊細にラヴェルのオーケストレーションをなぞって、エレガンスに演奏してゆくのだ。

1985年の録音だから、もう20年も前のCD。
しかし抜群の録音で、今も十分にボクのリファレンスであります。
2005/05/21のBlog
しばしばお邪魔しているブログで、アバドのマーラー6番「悲劇的」の評判がよろしいです。最近発売のLIVEのやつです。
昨日、タワーレコードを覗いたら3000円もしたので、手が出ませんでした。
(そのかわりにテンシュテット/LPOのワグナーのLIVE盤を買いました。)

そのアバドのLIVE盤は・・・。
romaniさんの「ETUDE」でのレビュー
その演奏が大変よく分かります。


今日のマーラーは、交響曲第6番『悲劇的』。
さて、どの「悲劇的」にしようかなと思ったところ、手に取ったのはマリス・ヤンソンス指揮ロンドン交響楽団のライヴ盤。
2002年11月、ロンドン、バービカン・センターでのレコーディング。

隣町にあるタワーレコードのバーゲンで購入したもので、1000円程度だった。
LSOレーベルのライヴ盤、だいぶ目に付くようになったが、録音はイマイチ。
バービカン・ホールって、音が響かないのかな?
ライヴにしては、音の伸び(特に残響)が、少し不足しているように思う。
もう少し豊かなホールトーンをボクは聴きたいなぁ・・・・・。

演奏はというと・・・・・。
第1楽章は慎重な入り方。激しい音楽のはずだが、ヤンソンスは、慟哭しない。
ドロドロとした心情を吐露するような「悲劇的」に慣れているので、とても新鮮。
音楽の造形がしっかりしているのは、とても良い。

第2楽章にアンダンテを、第3楽章にスケルツォを配置している。
この第2楽章から、がぜんヤンソンス好調。
普通にやってもこのアンダンテは泣けます。
マーラーが書いた、おそらく最も美しい音楽。
お涙頂戴式ではなく、ヤンソンスは淡々と進める。これが、イイ。惻々と哀愁が迫ってくる。

第3楽章はトリオの部分が面白い。管楽器の処理も上手い。整然として滑らか。
(もっともマーラーが「整然として」いてはイカンのかな?もっと混沌としているのがマーラーかなぁ・・・・・?)

終楽章は、これも、しっかりとした足取りで最後まで進む。
地に足が着いている感じ。阿鼻叫喚にならないのが良い。
勿論、ライヴらしく、盛り上がりは十分。オケも終盤に来て乗ってきているなぁ・・・・。

録音のせいか(響きが薄い、ホールトーンが豊かじゃない)、曲の輪郭がよく分かる演奏だった。第2楽章以降はマルであります。
2005/05/20のBlog
[ 04:47 ] [ 声楽曲・オペラ ]
今日は、少々事情があって、あまり音量を上げられません。
そういう時は、器楽曲や室内楽曲が良いようです。
さて・・・・・・・・・・・・・・。


これは楽しいCDだ。モーツアルトのオペラ4作からの名旋律集。
フルートはヴォルフガング・シュルツ、オーボエがハンスイェルク・シェレンベルガー。
シュルツはウィーン・フィルのトップ、シェレンベルガーはベルリン・フィルの首席。
夢のような組み合わせで、モーツァルトのオペラの聴きどころが楽しめる。

「ドン・ジョヴァンニ」から8曲、「フィガロの結婚」から6曲、「後宮からの誘拐」から6曲、そして「魔笛」から8曲。
どれも聴いたことのある名旋律ばかり、それを二人の超弩級のデュオが名人芸を披瀝してくれる。たまらない贅沢!

フィガロや魔笛が特に楽しい。
歌う旋律が多いからか、2人が心から楽しんで吹いているのが分かるし、きっとアイ・コンタクトを取りながらお互いを尊重しているのだろう。
フルートが音量を上げてゆくと、オーボエが声をひそめたり、そっと寄り添ったり・・・・。
2つの楽器が互いを思いやりながら絡んでゆく様子は、エロティックでさえある。

シェレンベルガー自身によるライナー・ノートでは、どうも編曲そのものは18世紀末から19世紀初めにかけて2つのフルート(もしくは2つのヴァイオリン)のために書かれたものらしい。作者は不詳とのこと。

殆どの場合、女性の登場人物はフルートが、男性の場合はオーボエが受け持っているが、管弦楽の導入部やパッセージの部分は反転させるなど、工夫していて飽きさせない。
装飾音もふんだんに取り入れて、聴きながら思わずニヤリとしてしまう。全く楽しい。

2人のソロもよく伸びて、空間に広がる感じ。
名演奏・名録音だと思う。
そして、これはボクにとっての名作である。


1987年ザルツブルクでの録音。DGの日本盤発売は翌年。
あの頃は、バブリーな時代だったなぁ・・・・。
2005/05/19のBlog
[ 12:04 ] [ クラシック音楽その他 ]
朝晩の車での通勤、往復で約50分かかります。都会の人に比べれば、近いものです。車の中には連奏のCD。のんびり音楽を楽しみながら、職場と家庭を往復するわけです。

家で聴く音の方が、はるかにイイんです。当たり前です。装置が違うんですから。車のCDは、普通の連奏型式。オートバックスで安めのものをつけてますからね、しかも7年も前につけたもの、大した音じゃないはずなんです。

でもね、ダイナミック・レンジが狭いからでしょうか、時に雰囲気豊かに鳴ります。高音が冴え渡るわけじゃなし、低音がよく伸びているわけでもないんです、多分。
だいたい、車中・車外の騒音があって、細かな部分まで十分には聴き分けられません。


でも時々ハッとすることがあります。

昨日、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管のブルックナーの8番交響曲を聴いてました。いわゆる「ブル8」です。録音は1969年、セルの晩年ですな。CBS録音なので、ふだん家で聴くには、ちと、つらいんです。セル/クリーヴランドのレコードやCD、乾いた音で潤いが欠けてましてね、我が家ではうまく響きません。
ところが、車で聴くとイイんです。柔らかい、よく伸びた爽やかな音になって。
第3楽章のアダージョ、これにセルは29分以上かけます。遅い。でも、だれないんです。ゆったりと、古典派を演奏するような格調高い指揮。第3楽章半ば過ぎから、もう、ウルウル状態でありました。ああ、至福のドライブ・・・・・幸福な通勤。このまま、ずっと・・・。。
「そうか、セルはこんな神々しい音楽をつくっていたのか・・・」
感激して帰宅しましてね、車からCDを出して、書斎にて早速第4楽章を再生したんです。

おかしいなぁ。。。。ピンと来ないんです。
さっきまで、あんな豊かなブル8だったの・・・・・。


今朝はペーター・マークのベートーヴェン全集(オケはパドヴァ・ヴェネト管)を車に積み込んで、「英雄」から。冒頭の和音が鳴った瞬間に、もうマークのエロイカに引き込まれました。第2楽章なんか、もう木管・金管が素晴らしすぎて、涙・涙。葬送行進曲の途中で職場に着きましたが、そのまま車中にとどまって聴いていたかったくらいです。

昨日家で聴いたモントゥーの「エロイカ」、コンセルトヘボウの音にしては少し明るいので、録音面で若干不満が残りました(演奏はものすごいんだから、文句言っちゃイケナイんですが、もうすこし豊かなホール・トーンがあってもいいかな・・・と贅沢な話なんでですが(^^ゞ・・・・)。
これも車で聴くと、神々しい音楽になるんでしょうか・・・

オーディオというか、音楽の聴き方というか、伝わり方というか・・・不思議なもんです。
今日、商店街周辺で仕事をしていたら、ようやくモントゥー/ACOの「英雄」がショップに届いていた。1200円の廉価盤。

一時、ヤフー・オークションでは10000円を越える価格で取引されていたものだ。法外な価格、オークションの加熱がこれで収まるだろう。テンシュテットのマーラー6・7番のLIVE盤もそうだが、レコード会社はどんどん再発すべきだ。
この調子で、中古市場でも入手しにくくなっているハイティンク/ベルリン・フィルのマーラー(フィリップス)、3番・6番・7番あたりを廉価で再発してほしいものだ。尤も、待っていればそのうちにオランダ・フィリップスのDUOシリーズで出るだろうけれど。


さて、今日はモントゥーの「英雄」。


1962年7月の録音にしては、音が鮮明だし、オケの音も鮮やか。弦やトランペットは前に出てくるし、ホルンは奥の方で朗々と吹く。
この時期にしては十分な鮮度だと思う。
ただ、60年代のヘボウ録音は、やや明るめの音になっているレコード(CD)が多いような気がする。70年代中盤から、現在のような渋めの音に録音が変化したのではなかろうか。試しに取り出してみたヨッフム/ACOの「英雄」(むかし日本フォノグラム=フィリップスから国内発売された廉価盤)の音も、モントゥーの「英雄」と同傾向の録音だった。


第1楽章から確信に満ちた足取り。堂々とした英雄だが、響きが濁るようなことはない。リズムも十分に弾む。
第2楽章は、オーボエのソロが良い。やや明るめの録音なので、オーボエが生きる。葬送行進曲の哀しみが突き抜ける。
第3楽章のスケルツォ、これが一番面白かった。それぞれの楽器の自主性に任せたのだろうか、オケ全体が弾むように進んでゆく。リズム感抜群。ホルンのソロも素晴らしく快活。聴いていてニンマリ。聴き手の体も弾んでくる。
第4楽章はもう終結に向かって一直線。決してテンポは速くない。でも、あっという間に終曲を迎えた感じ。「これ、ホンマ87歳かいな?」と、思わずモントゥーの生年をライナーで確認してしまった。いやはや、これを名演盤といわずに何という?

第1楽章のコーダ、例のトランペット補強がない。最近のピリオド楽器でのベートーヴェンでは当たり前なんだろうけれど、この時代としては珍しいはず。ショルティなんかもここは楽譜通りにしてたかな。




で、最後に恥ずかしい話。その第1楽章コーダのトランペットの部分で、ボクは気づいたのです。
「ありゃ、こんな演奏、どこかで聴いたことあるんやなかいな?」・・・もしや・・??

レコード棚をガサゴソ、整理が行き届いていないので、まさに取り出し、引き出し・・・・約30分。

見つけました。LP盤。モントゥーとコンセルトヘボウ管の「英雄」。録音は1962年7月1日~3日とある。まさに同一音源。フォノグラムが1980年頃に出していたフォンタナ・シリーズの廉価盤1300円。馬上のナポレオンを挿絵にしたジャケットが上品。


CDを注文して、首を長くして待つ必要などなかったわけです・・・・・(^^ゞ。

こういうダブリ買い、最近増えてきてます・・・。
トシを取るのはつらいものです・・・・やれやれ。

モントゥーの「英雄」、このレビューを是非・・・(「みー太の日記」)