ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | DoblogMusic | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
クラシック音楽のひとりごと
Blog
[ 総Blog数:1117件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2005/06/01のBlog
気温が上昇しています。もう夏です。
早朝のジョギング、南に向かって走ると西日本最高峰、石鎚山(標高1982メートル)が目の前に広がります。
最も美しいのは、お正月の冠雪の石鎚なんですが、夏は夏で、青々と輝く雄姿はまた格別。
走りながら、何とも言えぬイイ気分になります。
ジョギング・ハイの状態なんでしょうが、どこまでも走って行けそうで爽快であります。

さあ、そういう日は、R・シュトラウスのアルプス交響曲を。
ハイティンク指揮のアムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏で。
1986年発売の国内盤。
ただし輸入盤仕様で、ペラ紙の日本語解説がジャケットの間に挟んでありました。
(CD発売当初は、そんな国内盤が多かったと思います。)

この音楽、実に「こけおどしの音楽」だと思います。悪口ではなくて、イイ意味で、外面的なこけおどしクラシック音楽。
R・シュトラウスは凄いなと思います。
日の出、滝の音、雨粒、牧場ののどかな風景、花の開く音、霧が足下に広がってくる音・・・・・挙げればキリがないくらい、もの凄い描写力。
管弦楽で描けないものなんかない。スゴイ。
鳥の声だの、雷だの、多くの作曲家が標題音楽に取り組んでいるが、このアルプス交響曲は、その最高峰だと思う。凄すぎる。


そんな、絢爛豪華な外面的音楽を、しかし、ハイティンクは誠実に、虚飾なく(いや、虚飾だらけのこの曲をひたすらそのままに)運んでゆく。
オケも、ホールも素晴らしいコンセルトヘボウ。
木管も金管も美しく溶け合い、ホールの空間にどこまでも伸びてゆく。

フィリップスの名録音はここでも最高。
各楽器を明瞭に捉えながら、ホール全体を鳴らしてゆく。

日の出の雄大さ、山頂の爽快さ、雷雨の恐怖。
R・シュトラウスの描き出した音楽を、そのまんま、眼前に示してくれる。


何にもしないようでいて、楽曲の良さを、聴き手に余すところなく伝えてくれる。
これ、最高の技術じゃないでしょうか。

このCDの解説書、小石忠男が書いています。
ちゃっちいペラ紙なんですが、聴きながら読み進んでゆくと、アルプス交響曲が理解できる優れもの。
こういう解説書が常に付いているのなら、国内盤も悪くないなと思います(^-^)。
2005/05/31のBlog
[ 05:08 ] [ 管弦楽曲 ]
仕事が不調の時。長いことやっていれば、そんな時もあります。
部下の失敗の責任を取らざるを得ないこともあります。
これも仕方ありませんな。

腹が立つのは、その失敗をボクが謝罪している時に、失敗の当人が横でヘラヘラしている時です。怒りをグッとこらえて、まあ何とかその場を収めるわけですが、いやはや後々までイライラしますな。

「こらぁ、こちとらオマエのせいで頭下げてんだ。横でヘラヘラしてんじゃねえぞっ。このくそバカがぁっ」と、埼玉弁と伊予弁の混じった怒りをぶつけたり・・・・・・・・・・
しませんよ。
この年ですから、もう口に出したりはしません。心で思っても、決して口にはしません。
顔で笑って心で泣いて・・・。トシを取るのは難しいもんです(^^ゞ。


さて、そういう時は、「惑星」です(^-^)。特に「火星」!
気分がスッキリします。


で、今日はマゼール/フランス国立管の「惑星」。


「火星」がドロドロしていて、もうマゼールの面目躍如。
特にラストのティンパニの強打が延々と続く部分など、マゼールでなくしては誰が出来るだろう。
音圧も最高、録音も1981年のデジタル初期のものとしては、最上級。
スピーカーから重量サウンドが迫ってくる。その快感。
物理的な快感のような気もするが、気持ち良いのは確か。

ところが一転、「金星」では神秘的な雰囲気をたたえながら、ヴァイオリンのソロがエロティシズムをまき散らす。
デリケートなピアニシモ。
「火星」との落差が激しい。ダイナミックレンジも広大。

「木星」は、辺りを払う威容。
中間部の例の盛り上がる部分では、意外にマゼールは淡々と進める(やや期待はずれ。もっと、強烈な指揮を期待している聴き手を裏切る)。
しかし、堂々とした印象は最後まで変わらない。
テンポはかなり速く、7分26秒で「木星」終了。
それでも素っ気なさを感じないのは、フランス国立管の音圧の強さのためかもしれない。

「土星」から終曲「海王星」までは、本来この曲が持っている魔術性、神秘性、妖しい雰囲気が十分に出ている。
あ、これは決して「変な演奏」という意味ではなく、マゼールの指揮が、「惑星」という曲が持つ神秘的な部分を、意味深く表出しながら聴き手に迫ってくるということ。

マゼールの「惑星」録音はこの演奏だけだったと思うし、フランスのオーケストラの「惑星」もそんなに多くないはず。

このレコードが発売された時の宣伝文句は「惑星戦争に終止符!」だった。
当時、「惑星」は人気抜群で(今もかな?)、特に冨田勲がシンセサイザー録音を発表してからは、クラシック界もどんどん録音をしていたように思う。
1970年代後半から1990年頃までは、毎年のように「惑星」の新譜があって、ボクら「惑星」好きには有り難かった。
だから「終止符!」とブチ上げたのだろうが、確かに素晴らしいレコードだったと思う。

最近、魅力的な「惑星」が減っているのは寂しいことだ。

ついでに言うと、マゼールのCBS録音の音の良さ、当たりはずれが大きいです。
この「惑星」は素晴らしい。マーラー全集も良いです。
70年代のクリーヴランド管とのベートーヴェンは最悪です、我が家では。
蛇足でしたが(^^ゞ。
2005/05/30のBlog
フルーティストで好きなのは、オーレル・ニコレであります。

クラシック音楽を聴き始めた頃は、バッハなどのバロックを聴いておりました。
廉価盤でお世話になったのが、ルドルフ・バウムガルトナー指揮のルツェルン祝祭管弦楽団。オイロディスク原盤で、当時、日本コロムビア(DENON)から盛んに新譜が出ていました。
尤も売れなかったんでしょうね、直ぐに廉価盤になるんです。
ブランデンブルク協奏曲全曲のLPなんか、確か発売後1年で5000円が3000円に値下がりしてました(^^ゞ。
そのバッハのブランデンブルク協奏曲や管弦楽組曲(大好き!)でフルートを受け持っていたのが、オーレル・ニコレでありました。

やがて、クラシックの知識が増えてきます。
オーレル・ニコレは、1950年から9年間ベルリン・フィルの首席フルート奏者であったこと、しかも、フルトヴェングラーが認めて首席にしたこと等を知るに及んで、信頼感は絶大になりました。
「フルトヴェングラーが認めたのか・・・・しかもニコレは24歳の若さ・・・・」

ボクは基本的にミーハーです(^^ゞ。
(このブログ、いわゆる名曲の名演奏が殆どであることでお分かりかと思います)

ですから、早い時期にニコレの演奏するバッハのフルート・ソナタ全集を手に入れております。伴奏は、カール・リヒター。アルヒーフ原盤の名演奏であります。


今日は、レコード・プレーヤーが不調なので、CDでニコレを。
伴奏・共演は藤原真理のチェロ、クリスティアーヌ・ジャコテのハープシコード。
DENONのクレスト1000シリーズで再発されたものだ。

最も長いBWV1030ロ短調ソナタ。ニコレのフルートは自在で闊達。
音は豊かで、時には太く、時にはデリカシーの固まりとなってゆく。
緩徐楽章の優しさは最高。いつまでもこの時間が続けばいいのにと思う。

無伴奏のBWV1013は、いっそうニコレのフルートを味わえて良いのだが、チェロとハープシコードが加わるホ長調とホ短調のソナタは、音の厚みが出て楽しい。
わが藤原真理のチェロが良いのは勿論だが、ジャコテのハープシコードの音色が素晴らしい。
彼女は、バウムガルトナーのブランデンブルク協奏曲や管弦楽組曲でもハープシコードを担当していた。上品で、決して饒舌になることがない、きれいな音色のハープシコード。この人の通奏低音があれば、ニコレも楽しかっただろうなと思う。


10年ほど前、ホームセンターでジャコテの平均律第1巻2枚組とゴルトベルク変奏曲をGETしました。2枚組で500円、4枚1000円。このジャコテの演奏がとても良いんです。
これについては、また、いつか。
2005/05/29のBlog
マーラーの交響曲第1番「巨人」。
名指揮者でマーラーの愛弟子であったブルーノ・ワルターは「これは、マーラーの『ウェルテル』だ」と言ったとか。
確かに、この交響曲は若きマーラーの青春譜だろう。
ボクにとっての青春譜でもある。

クラシック音楽に親しんでから、長い間マーラーを理解できなかった。
曲があまりにも膨大で長過ぎること。
内容が混沌としていて何が言いたいのか分からなかったこと。
声楽が入ってきて歌詞も含めて理解できなかったこと・・・・等々。

そんなボクにでも、親しみやすかったのは第1番の「巨人」だった。
比較的早い時期に、ワルター/コロンビア響やバーンスタイン/ニューヨーク・フィルのレコード(いずれもCBSソニー盤)を買って、聴いていたと思う。
(もちろん中古盤LPなのだが・・・・・)

第3楽章など馴染みのあるメロディだったし、終楽章の爆発は若いボクを奮い立たせたものだ。
第1・2楽章も親しみやすい旋律が出てくるし、木管も鳥のさえずりを思い出させて親しみやすかった。

ワルターやバーンスタインはもちろん今でも愛聴盤。
今日は、しかしワールト指揮のオランダ放送フィルを選んでみた。
1993年10月16日、アムステルダム・コンセルトヘボウでのライヴ録音。


ワールトを取り出した理由は演奏のぬくもりと若々しさ。
ワールトは、ヒューマンで暖かい。
テンポはさほど揺らさないが、遅い部分では十分な歌心をもってこちらに迫ってくる。

ライヴの一発録音なのだろう、演奏者も必死なのが分かる。
トランペットやホルンは時々苦しそうだし、音程が「ありゃ?」と思わせる部分もあるのだが、全体的には大健闘。
弦は全く美しい。
ソロヴァイオリンの美しさは絶品。

ホールの良さもあるのだろうが(なんてったってコンセルトヘボウだもの)、自然でバランスがよい好録音。
終楽章の爆発も十分。
録音が良いので、音楽のフォルムが崩れないのがイイ。


入手したのは最近なんですが、これから長い付き合いをしていきたい演奏です。
「巨人」は自分の青春でもあります。
一生感動、一生青春・・・・・(^-^)。
2005/05/28のBlog
昼から気温が上昇して、ようやく伊予路も夏らしくなってきた。
ここのところ、朝晩は上着を手放せなかったが、今日は昼からワイシャツ1枚で仕事。
夏が来ると聴きたくなるクラシックがある。
ヘンデルの「水上の音楽」、マーラーの交響曲第3番、そしてR・コルサコフの「シェエラザード」・・・・。

今日はそのシェエラザードをアシュケナージ・フィルハーモニア管の演奏で聴いた。
録音は1986年10月。
ヴァイオリン・ソロはコンマスのクリストファー・ウォーレン=グリーン。
レコードとCDが同時発売されていた時期のもので、日本はバブルに沸き始める頃だった。
バブル期の恩恵は、円高が進行して輸入盤の価格が安くなったこと。
当時シェエラザードはLPで何枚か持っていたが(アンセルメやオーマンディ)、音の良いCDで聴きたくなって買い込んだレギュラー盤。
円高の恩恵といっても、輸入盤でも2000円は越えていたと思う。

演奏は、テンポをゆったりと取った風格あるもの。単純だが、「ロシア風」とでも言おうか。
第2楽章から木管が活躍し始めるが、その歌い廻しには東洋風な雰囲気も漂う。
第3楽章はなめらかな歌。ピアニストとしてのアシュケナージは旋律線を大切にする演奏家だと思うのだが、その面目躍如。流線型の歌が漂うように進んでゆく。ここでも木管はDECCAの録音の良さも手伝って雰囲気豊か。
終楽章は迫力満点。一気呵成に終結までもってゆく感じ。
一気といっても、歌心があるので、強引さを感じたりすることはないんだが。

ウォーレン=グリーンのソロは、やや線が細いが、音色が美しく、繭から引き出したときの生糸をピンと張ったような透明感が素晴らしい。
ティンパニなどの打楽器も綺麗に響いて、モコモコしないのは録音が良いせいかな。
最強奏のところでもスッキリと響く(響きが薄っぺらいと言うことではない)。


特にトランペットが音色が綺麗。力強く、輝かしく、高みに向かって抜けてゆく美しさ。右スピーカーのやや左手奥に奏者がいて、豊かに吹き鳴らすのが見える。
このあたりもDECCA録音の優秀さかな。


大好きな「シェエラザード」の、初めて購入したCDなので愛着があってしばしば聴きます。
もう20年前の録音になるんですが、ホンマ、イイ音してます。
90年代後半には廉価盤(ユニヴァーサルの初めての1000円盤だったかな?)になって復活しております。(売れなかったんだろうなぁ・・・・・・)。

中古屋でも500円は切るでしょう。
見かけたら、手にとってやってください(^^ゞ。
ジャケット買いしてもいいくらい、綺麗な絵ですしね(^-^)。
2005/05/27のBlog
ハイティンクがアムステルダム・コンセルトヘボウ管を去って、もう何年も過ぎてしまった。
残念。

フィリップスがハイティンクをリストラしてからも随分たってしまった。
フィリップスの録音が素晴らしかっただけに、新譜が出ないのは何とも淋しい。

1980年代以降のハイティンクは、ホンマに良かった。
コンセルトヘボウ管とのマーラーやブルックナーの再録音は実に良かった。
ブルックナーでは7・8・9番、マーラーでは4番と7番。

のちに、ハイティンクはベルリン・フィルとマーラー全集に取り組んだが(1~7
番)、音が少しキツかった。
ウィーン・フィルとのブルックナーは全く見事で、3・4・5・8番は愛聴している。


さて、今日はコンセルトヘボウ管とのマーラー再録音で交響曲第4番。
ソプラノ独唱はロバータ・アレグザンダー。録音は1983年10月。

マーラーの4番は若い頃から大好き。
マーラーにしては幸福感に満ちていて、日曜日の午前中にゆっくり出来たなら、この4番かベートーヴェンの「田園」を取り出すことが多い。
その4番の中で最も取り出す頻度が高いのがこの演奏。

まず、音が素晴らしい。

もう、この豊かで柔らかい音が何物にも代え難く素晴らしい。
聴いているだけで、幸せにしてくれる音。
ヴァイオリンはなめらかで、派手ではないけれど、優しい肌触り、木の質感が漂う音。
木管の音はホール全体によく伸びてゆくし、金管の音はたっぷりと広がる。

そして、それらの楽器の融合が、この豊かな音を生み出している。
綺麗に溶けあって、ホール全体を響かせる音。
ソロの時でも、妙に突出しないのだから・・・。

フィリップスの録音が素晴らしいのだろうが、ハイティンクの指揮も、この音を前面に出して勝負している感じ。
自分の解釈を押し出すことなく、マーラーの書いた素晴らしいオーケストラ音楽を、最高の楽器たちで鳴らしているだけ・・・そんな指揮なのだが、だからこそ、良いのだろう。


もちろん、第2楽章でのヴァイオリンは悪魔的に鳴るが、だからといって金属的なイヤラシサはない。
第4楽章のアレグザンダーのソプラノも、オケの中によくとけ込んで、あざとさがない。


55分間、幸福に浸れます。
何回聴いても、この印象は変わらない。
ついつい取り出しては聴いている・・・・。

こういうのを名盤というのではないかなぁ・・・・・。

とすれば、ハイティンクはボクにとって最高の指揮者であります。


ああ、ハイティンクがフィリップスに復帰して、フィリップスの録音で、コンセルトヘボウ管とオーケストラ曲を出してくれないだろうか。
出来ればマーラーの全曲を(^-^)。


2005/05/26のBlog
爽やかと言えば、確かに爽やかなのだが、少し気温が低いような気がする。
と、家人に言ったら、「去年が早くから暑くなりすぎたのだ」と返された。
ま、しかしクラシック音楽を聴くには快適な季節。

で、今日は、のんびりとグリュミオーが弾くバッハのヴァイオリン協奏曲集を聴いた。

アナログ時代最末期の1978年11月、スイスのラ・ショードフォンでの名録音。
蘭フィリップスらしく、ホール・トーンが豊かに取り入れられつつ、ヴァイオリンの輪郭がくっきりと描かれている。

昔、アナログ・ディスクの時代、輸入盤の方が圧倒的に音が良いと、もてはやされたことがあった。
長岡鉄男が、オーディオ雑誌で特に推奨した1枚だったので(「外盤A級セレクション」だったかな・・・・?)、秋葉原の石丸電気で購入したLP。
ワクワクしながら針を落とした瞬間が忘れられない。

確かに良い音だった。
今も時々取り出してはLPの方を聴く。
写真は7年前にCDで買い直したもの。1000円だったか。あまりの安さに、残念にさえ思えたものだ。


演奏はというと、グリュミオーの美音が徹底的に楽しめる。
高貴で美しいグリュミオーのヴァイオリンを余すところなく収録しているのではなかろうか。
アナログ録音が生きて、柔らかく豊かに伸びてゆく残響も良い。

アルパド・ゲレッツが指揮するソリスト・ロマンドは、その美音を生かそうと控えめな伴奏。好感が持てる。

で、このレコード(CD)の白眉は、2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調BWV1043。
第1楽章の、何かから逃げ出してゆくような迫力ある音楽。
(逃げ出す迫力というのも変なのだが・・・・・(^^ゞ・・・そんな風に聞こえるんだなぁ・・)
第2楽章の、安らぎ。
終楽章の、これも遠くへ、やはり逃げてゆくような哀しみの音楽。

グリュミオーの美音はソロ協奏曲以上に冴え渡る。
高音が涼やかに鳴り渡り、低音は、豊かにどこまでも伸びてゆく。

そして、なにより、ヘルマン・クレバースの第2ヴァイオリンが、良い。
クレバースはアムステルダム・コンセルトヘボウ管のコンサート・マスター。
当時、コンドラシンとのシェエラザードでもソロヴァイオリンを受け持ち、また、ハイティンクとベートーヴェンやブラームスのヴァイオリン協奏曲を録音していた、まさに絶好調の時。


名手ひとりでも素晴らしいのに、二人も揃って目の前で奏でてくれたら、それはもう、幸福の絶頂であります。
2005/05/25のBlog
ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。
クラシック音楽を聴き始めた頃から大好きな曲。

ムード音楽に近い魅惑的な旋律。
ひっそりと、ピアニシモの連続の中で漂うノーブルな雰囲気。

初めて聴いたのはピアノ版だった。
サンソン・フランソワの演奏、EMIから出ていたLPで。


フランソワの演奏は、ピアニシモが綺麗でデリカシーに富む。濃厚な表情は見せず、アッサリ系でテンポも比較的速い。淡々と進んでゆくのだが、ポエジーというか粋というか、何とも言えない音色と、微妙に変化するニュアンスがたまらない。テンポが速いので、あっという間に終わってしまうので、初めは、「何かアッサリした演奏やなぁ」と思っていたが、聴きこむと、この淡々とした表情がいろいろな顔を見せながらこちらに向かってくる(いや、こちらに向かうというより、向こうへどんどん逃げ去ってゆく感じ)。

「亡き王女のためにパヴァーヌ」ピアノ版はいろいろ聴いたが、結局このフランソワ盤に戻ってくる。


オーケストラ・バージョンでは、とりわけ雰囲気豊かなデュトワ盤で。
デュトワ/モントリオールSOの演奏は、弦楽のピアニシモが美しい。時に、青みがかった揺らめく炎のような味わいを醸し出す。テンポはゆったりとして、きれいな旋律がたゆたう。冒頭のホルンなど、優しく甘い響きは最高だ。情感を込めた演奏ではない、淡々と進んでゆくのだが、漂う美しさは素晴らしい。

青葉が目にしみる初夏の昼下がり、ゆったりとラヴェルを聴くのもまた良い。
2005/05/24のBlog
このDoblog、夜は大変「重く」なります。
更新がままならないときがあります。何とかならんのでしょうかね?(無料だと無理かな・・・・・・(^^ゞ・・・)
そこで、早朝目が覚めてしまうオジンであるボクは、こうして朝の更新を続けております。

さて・・・・・いつも昔話ばかりで恐縮であります。

昔、CDが発売される以前、LPしかなかった時代、レコードは高かったので貧乏学生にはなかなか買えなかった。
中古盤屋か廉価盤(大学生協は2割引だったので、これは助かった)が殆どだった。
廉価盤をどんどん出してくれたのは、フィリップスとデッカ。次いでEMI。
大手のDGは古い録音を廉価盤にして出していたんだが(DGのレコードはよく売れたから廉価盤・販促の必要がなかったのだろう)、新しめの録音を安く買える有り難さの点では、フィリップスとデッカだった。
今もフィリップスの録音をボクが好むのは、このあたりに起因しているのかも(^^ゞ。

そんなフィリップスの看板ピアニストはブレンデル。今から25年前、一流ピアニストの新録音で、廉価盤が多かったのも、だからブレンデルだった。

ええ、ホンマ彼にはお世話になりました。

だいたい音が綺麗で、その演奏は正統的、格調高く分かりやすい。
音の綺麗さは、「アシュケナージの透明さ・突き抜ける高音」でもなく「ポリーニの大理石のような地中海的晴朗さ」でもない。
「純白」ではなく、やや肌色の混じったような白さ。
透明でも大理石の白でもないんだが、その白さに引き込まれてゆくような優しい白さというか。。。。

「学究的」なんて批評もよく見るが、ボクのような素人には、曲の全体的な構造を分かりやすく提示してくれる素晴らしいピアニストだと思う。

今日はそのブレンデルがマリナー/アカデミー室内管と組んだモーツァルトのピアノ協奏曲第21番ハ長調。

オケはマリナー/アカデミーらしく溌剌として爽やか。曇りのない明晰さ。ブレンデルにぴたっと付いて文句なし。さすがマリナー、上手い。
ブレンデルも独走せず、協調性溢れる演奏。とにかく音が綺麗。録音も極上。

第1楽章のカデンツァはラドゥ・ルプー作のもの。これがまた上品で軽やか。
第2楽章の静謐さも良い。誰が弾いてもここは良いんだが(作品そのものが良すぎるから拙く弾けないんじゃないのかな)、録音の極上さが加わって素晴らしい。

カップリングは26番「戴冠式」。コロコロと弾むようなピアノ、こちらも名演だと思う(こっちの方がエエと言った友人もおりました)。

ブレンデルのモーツァルトの協奏曲シリーズ、再録音は聴いたことがありません。
マリナーとのレコード(買い直したCDも含めて)で十分満足してます。
2005/05/23のBlog
昔はみんなが絶賛したアバドの「幻想」。今は、誰も褒めない・・・(^^ゞ。
でも、いまだにこの演奏がボクのデフォルトです。
「ああ、幻想を聴きたいなぁ」と思ったときには、このCDを取り出していることが多い。

このころのアバドは絶好調、新譜もどんどん出ていた。DGの国内発売元ポリドールも積極的に広告を打っていた。「アバド・イヤー」なんて勝手に作って、売りまくっていた(1981年頃だったように記憶しているんだが)。

さてこの幻想交響曲、ジャケットがカッコイイ。今もこのジャケットを上回る幻想はないんじゃないか?(チョン・ミュン・フンの幻想のジャケットも良かったが・・)

演奏は一言。
「みずみずしく精気に濡れた明晰な幻想交響曲」。

アバドの演奏は、とにかく新鮮。生まれたばかりの作品を聴くかのよう。

第1楽章冒頭、序奏部の静謐さ、ヴァイオリンのユニゾンのデリカシー。恋と狂気の物語の開始を示しつつ、徐々に熱を帯びてゆく管弦楽。
第2楽章のハープの鮮やかさ。音色は万華鏡のように燦めいて、その艶やかさに聴いていてドキッとする。テンポは快速で、一気に踊り終わってしまう。でもその潔さがとても良い。
第3楽章はコーラングレとオーボエのかけあいの美しさはもちろん、ヴァイオリンとフルートがユニゾンで奏する田園的な主旋律の清新な音。こんなところでも、アバドの眼は鋭く光っている。
第4楽章以降の迫力、シカゴのブラスセクションの威力を開放して、聴き手の快感を誘う。4本ファゴットの部分なんか、エロティックな感じさえ漂う。主部の繰り返しも効果的だと思う(この部分の反復は珍しいらしいが)。
第5楽章の鐘は、広島の平和の鐘を用いて当時話題になったが、その話題性に関係なく、アバドは終結まで一気に持ってゆく。

今日も満足しました。
アバド/シカゴ響は、最高の組み合わせだと、やはり思いました(^-^)。

2005/05/22のBlog
[ 20:21 ] [ 近況など ]
四国伊予路は、雨の日曜日でした。

「麦秋」とでも言いましょうか、今、麦の刈りとりが盛んです。
五月の薫風が、麦畑に金色の波を起こす・・・・・。これも間もなく見納めです。

同時に田植えが始まりました。我が家の周辺は田んぼばかりです。
水路から水が入りました。満々と水が張ってあります。
いよいよ夏です。
ベートーヴェンの「田園」が似合う季節になります。

夏はクラシック音楽鑑賞には不向きです。
暑いのでクーラーを入れます(本当は嫌いなんですがね)。この冷房の音がピアニシモを邪魔します。
さらに、今は田んぼに水が。。。すなわち「カエルの合唱」が始まります。
これを書いている今、夜8時過ぎ。カエルの合唱は盛大です(^^ゞ。
第九の終楽章もかくや・・・と思わせるほどの・・・・やれやれ。

今日、スウィトナーのベートーヴェン・シューベルトの交響曲全集を注文しました。
フィリップスが6月末に出す1000円盤も何点か注文しました。
行きつけのレコード屋の店主が嬉しそうでした。
クラシックの売り上げが減っているとのこと、お客さんは奇特だと言わんばかりの表情でもありました(^^ゞ。

しかしまあ、旨い空気と旨い水に、良き音楽。
ボツボツとまた書いていきましょう(^-^)。



ムソルグスキー(ラヴェル編曲)の「展覧会の絵」。あの冒頭のトランペットを初めて聴いたときから大好きな曲です。
中学校のグランドで白球を追いかけていた頃、吹奏楽部員がしばしば、このソロの練習をしていました。
トランペットの女の子が下手でした(^^ゞ。
このメロディをとちるんです・・・・。
すると、ボクは簡単なゴロをファンブルしてしまうのであります・・・・。やれやれ。


閑話休題。

これは、オーケストラ音楽の醍醐味を味わえる曲。
ラヴェルのオーケストレーションが楽しい。様々な楽器の面白さを堪能させてくれる。
35分程度の長さもまた良い。居眠りしている暇もない(^^ゞ。
いろいろな指揮者が録音しており、それぞれに面白いが、今日はシャルル・デュトワ指揮モントリオールSOの演奏で。

オケの音がとにかく鮮烈。
DECCAの録音が素晴らしいからだろう。弦は柔らかく、金管は鮮やか、木管はふくよかに響く。
特に金管の鮮やかさと言ったら・・・、ちょっと他のオケでは聴けない華やかさだろう。
鮮やか・華やかで、刺激的な音は全然出ていない。
トランペットの強奏でも、音に丸みさえ感じる。余裕を持って吹いている証拠だろう。
ホルンもトロンボーンも同様。鮮やかに切れ込むのに、音のエッジがきつくない。
まろやかな響きを保っているのがスゴイ。
だから、オケ全体がふっくらと響く。
ほかの楽器の上手さも申し分ない。

デュトワの指揮は、それぞれの楽器の音色を十分に引き出して、色彩的。
両スピーカーの間、その空間から、魅惑的な音色が次々に飛び出してくる感じ。
音だけでうっとり、楽器のそれぞれの音色に酔ってしまう。

アンサンブルも完璧。「キエフの大門」で壮烈に盛り上がってゆくところでも、優雅なニュアンスは、いっこうに変化しない。
この「キエフの大門」、DECCA録音らしく、ダイナミックレンジは広大。あまりの音圧にアンプのボリュームを少し下げたほど。
こんなに盛り上がっているのに、オケは澄まし顔で演奏して、しかも余裕十分・・・・。
決して、「冷たい演奏、醒めた演奏」ではない。
ただ、激しない、喚かない、繊細にラヴェルのオーケストレーションをなぞって、エレガンスに演奏してゆくのだ。

1985年の録音だから、もう20年も前のCD。
しかし抜群の録音で、今も十分にボクのリファレンスであります。