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クラシック音楽のひとりごと
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2005/06/25のBlog
[ 21:40 ] [ 近況など ]
Maestro! の stonezさんから「Musical Baton」なるものを頂戴しました。
ブログの世界では流行しているようです。

では、休日の座興にでも(^-^)。

Q1.コンピューターに入っている音楽ファイルの容量は?
ゼロです。コンピューターで音楽を聴く習慣がありません。オヤジですなぁ(^^ゞ。
音楽は自宅のステレオか車の中で聴きますので。

Q2. 今、聞いている曲は?
モーツァルト作曲のソプラノのコンサートアリア集。LP5枚組のDECCA盤。その中のグルベローヴァの1枚を聴いています。ああ、この声、エエなぁ。

Q3. 一番最近買ったCDは?
昨日買ってきたフィリップスのスーパーベスト100シリーズで、ポール・パレーのラヴェル集とか、ドラティのチャイコフスキー管弦楽曲集、バルトークのオケ・コン。税込み1000円ですよ。何という幸福な時代にボクは生きているんでしょう・・・。

Q4. よく聞く、または特別思い入れのある5曲は

♪長谷川きよし/「バイレロ」
長谷川きよし作曲の曲です。オーヴェルニュの歌じゃありません。ギターの巧さ、ヴォーカルの伸び、文句なく最高の1曲。

♪三波春夫/「俵星玄蕃」
名曲の名演。カラオケにも入るようになりました。素晴らしい。8分強かかりますが、盛り上がってイイですな。「薫る誉れの元禄桜」であります。

♪Off Course/「愛を止めないで」
小田と鈴木、2人だけの時代の方が好きだったんですがね。中野サンプラザの「小さな部屋」シリーズにはよく通いました。「愛を止めないで」は5人になってからの曲で、少々騒々しいですが、青春の記念譜と云うことで。

♪風/「あの唄はもう唄わないのですか」
このころの伊勢正三は良かった。決して上手くないが繊細なヴォーカル、物語が伝わってくる歌詞。1970年代は、遠い昔になりました。

♪平浩二/「バス・ストップ」
何か1曲と請われたら、取りあえず名刺代わりになるような曲ですな。しかも短いので、挨拶代わりにちょうど良いんです。別に、布施明でも、松山千春でも、東京ロマンチカでも何でも良いんですがね。

Q5. BATONを渡す5人
知り合いは多くありません。それに、ネットの世界のことでして、性格・考え方を当方が理解していない方ばかりです。これは止めておきますね。


伊予路に雨は降りません。ダムの取水制限が本格化しそうです。
渇水の危機です。
気温は上昇しています。蒸し暑さで不快指数も高いです。
いやはや・・・・・・・。


ああ、爽やかな空気をクラシック音楽で味わいたい。
綺麗な音を聴きたい。

そんな時に取り出すレコード。
キリ・テ・カナワのカントルーブ「オーヴェルニュの歌」。
これは、お恥ずかしい^^;・・・ジャケット買いの1枚。
キリ・テ・カナワがとても綺麗で、ついつい買ってしまったもの。
発売当時(1984年だったか)非常に話題になった(彼女が綺麗だからではなくて・・・^^;、演奏が素晴らしいので)1枚。

キリ・テ・カナワの声は、当時のコピーによれば「クリーミー・ヴォイス」。ホンマに甘くフワッとした声。
豊かでゴージャスな、贅沢な声。
ボクには、生クリームというより、アイスクリーム、ソフトクリームの舌触りだったが。
とにかく、その声にまず酔ってしまう。(ジャケットを眺めながら酔うのもまた良いもので・・・・^^;)

フランスの高原・山間部の民謡(編曲はしてあるが・・・)なので、どれも素朴な味わいを持つ曲だが、キリ・テ・カナワが歌うと、スケールが大きく、グローバルなものになる。
ひなびた味わいには欠けるかも知れないが、豊かで甘い声に部屋が満たされるのは、大変気分がよい。

よく聴くのは、「バイレロ」。
これはホンマに名曲やなぁと思う。

羊飼いと羊飼いの乙女が、川をはさんで応答する問答歌。
高原に渡る風のような、川面を走る涼風のような曲。
窓を開けて聴いていると、すうっと部屋の中に風が入り込んで来るような、爽快さ、
ピアノの繊細な序奏、木管の爽やかな響き、その上にキリ・テ・カナワの、高貴な声が立ちのぼるように響いてくる。

伴奏の管弦楽も素晴らしい。デリケートで色彩的で、カナワの声にそっと寄り添うような、見事なバランスでオケが鳴っている。

ジェフリー・テイト指揮のイギリス室内管。
テイトはこのレコードで初めて知った指揮者だった。のちに、EMIでモーツァルトの交響曲をどんどん録音し、フィリップスでは内田光子とピアノ協奏曲を、と一躍日本でも有名になった。


「オーヴェルニュの歌」にはヴァンガード原盤のダヴラツ盤や、SONYのシュターデ盤があり、それぞれ持ち味出してます。シュターデ盤は、新譜の時は、発売がキリ・テ・カナワ盤と競合したはずであります。

ボクは、カナワ盤が好きです(ジャケットの理由だけではないです^^;)。
この「バイレロ」1曲でも、このレコードの価値はボクにとって不滅であります。
2005/06/24のBlog
不快指数高い。蒸し暑い。
仕事はいつもながら忙しい。休みが欲しい。
愚痴は沢山書けそうですが、まあ、このくらいにして・・・・・(^^ゞ

今日は、懐かしいLPを取り出しました。

ホルスト・シュタイン・・・・・。
この名前を初めて知ったのは、グルダの弾くベートーヴェンの「皇帝」を買ったときだった。伴奏がグルダ/VPOだったのだ。
もちろん、お目当てはグルダのピアノであって、素晴らしい「皇帝」だった。今でも、「皇帝」のマイ・ベストワンはグルダの演奏であります。

この「皇帝」のレコード、何度も聴いているうちに、オーケストラが何とも言えない良い音でグルダにつけていることが分かってきた。

「これは、ひょっとしてスゴイ指揮者なのではないか?」と思っていると、キングから発売の廉価盤のシリーズで「シュタイン/ワーグナー名演集」が出た。
早速、大学の生協に走り、1500円を生協価格の1200円で購入したものだ(当時、大学の生協はレコードが2割引、書籍が1割引で買えた。新譜購入の時には本当に助かった^^)。

曲目は全部で5曲。
1 さまよえるオランダ人序曲
2 ローエングリン第1幕への前奏曲
3 ローエングリン第3幕への前奏曲
4 ニュルンベルクのマイスタージンガー前奏曲
5 トリスタンとイゾルデ 前奏曲と愛の死

ワクワクして針を落とすと・・・・・・「ありゃ??」。
渋い。演奏がもの凄く(という言い方は変なのだが)渋い。地味。

それまで、カラヤンやクレンペラーのワーグナーを聴いていたので、シュタインのこの演奏、地味というか目立たないというか、いやはや。

LPのライナーノートは宇野功芳。「シュタインは職人指揮者だ」と書いていた。
なるほどそうか、とひとりごちして、何回かも聴き返すうちに、だんだんこの演奏の味わいが理解できるようになってきた。

よく聴いてみると、ウィンナホルンの咆吼は鮮やかだし、オーボエのもの悲しくしみじみとした響きも良い。ローエングリンの2曲など、素晴らしい弦楽を聞かせてくれる。艶やかで厚みがあって、しかも金管はステージ奥できちんと吼えているではないか。

シュタインの指揮がまた呼吸が深く、オケ全体が伸びやかに、そして重厚に演奏している。

マイスタージンガーの堂々とした歩み、トリスタンとイゾルデのいつ終わるとも知れない愛の営み。シュタインは妙な演出を加えることなく、徹底的にウィーン・フィルの美質を引き出して、聴き手にワーグナーの醍醐味を教えてくれる。

1973年6月、この頃DECCAの本拠であったソフィエンザールでの録音。決して派手ではなく、ワーグナーの深々とした管弦楽を見事に捉えた素晴らしい録音。CDでも出ているはずだが、LPで十分満足できる。

やがて、シュタインがNHK交響楽団の指揮者もしていることが分かり、実演やFM放送で楽しませてもらった。

録音は今でも少ないし(ブラームスの交響曲全集は良かったし、ベートーヴェンの「英雄」も素晴らしかったが)、もうかなりの高齢になっていると思うが、今でもワーグナーはこのLPを取り出すことが多い。
2005/06/23のBlog
相変わらず雨は降らず、蒸し暑く、しかも仕事は忙しく、不快指数が上昇しております。

この頃夜中に目が覚めて困ることが増えました。トシですなぁ(^^ゞ。
こんな時間帯に、ブログの更新をしているようでは・・・・やれやれ。

さて、好きな音楽三昧の日々。今夜もシューベルトの「グレート」であります。

今日はコリン・デイヴィス指揮のボストン響の演奏。
デイヴィスには後にドレスデン・シュターツカペレで再録音しており(しかも全集、これは素晴らしい全集盤!!)、ボストン響とのこのCDは旧録音になってしまった。

1980年3月、ボストン、シンフォニー・ホールでの録音。
日本発売は1981年5月だった。

学生だった頃、高田馬場のBIG-BOX内にビクターの音楽プラザがあって、ビクターの高級オーディオ装置を使ってのレコードコンサートが、月に1回くらい行われていた。
ビクターなのになぜか音源はフィリップスのレコードが殆どで、この「グレート」も、そのコンサートで聴いたものだった。
たぶん、フィリップスのキャンペーンも兼ねていたのだろうと思う。

とにかく長かった。
あとで調べてみると、第2楽章以外はすべて反復を行っているためにトータル61分!
シューマンがこの曲を「終わることを知らない神々しい長さ」と言ったのは有名な話だが、それにしても長い!

ただ、ビクターの装置が良かったのだろう、音は素晴らしかった。アナログ最末期のボストンでのフィリップス録音。弦も管も、最高の音で(というより、これぞボストンとも言うべき渋く底光りのする音で)鳴っていた。ただ、当時、新譜LP2700円は、学生のボクには手が出なかった。

昨年、廉価盤で発売されたのをきっかけに、CDを購入。1200円(この6月に発売されるフィリップスのスーパー100シリーズでは1000円になっている)。

第1楽章の序奏部は、この曲最長の出だしらしく、大変ゆっくりと始まる。スケールも雄大。聴きどころのホルンの音色も、渋く穏やかだ。主部に入ると、デイヴィスらしく構成をくっきり浮き立たせるような演奏だ。よく歌っているが、歌謡性やロマン性よりも古典としての造形をしっかり描こうとしている感じ。

第2楽章からフィナーレにかけては、ヴァイオリンを初めとしたボストンの「弦」の美しさを堪能できる。底光りのする美しさ。黄金の輝きではなく、銀色の抑制の利いた輝きだ。こういうのを「渋い」というのだろう。突き抜ける高音というより、豊かに広がってゆく高音。

終楽章は金管も木管も素晴らしい響きを聴かせながら、終結に向かって爽やかに駆け抜けてゆく。シューベルトは「歌」の人だと思うのだが、デイヴィスは、決して歌だけの作曲家ではない、堂々とした真の交響曲作家なのだとでも言おうとしているかのように、4楽章の構成を意識させる、決して歌に流されない見事な統率だと思う。

歌う「グレート」(例えば、ジュリーニ/シカゴSO盤のように)が好きなのだが、こんな正々堂々とした「グレート」も良い。

結局、何でも良いんだなぁと思いつつ、・・・・すきなんだから仕方ないか(^^ゞ。
蒸し暑さを吹っ飛ばす爽快感。やはりクラシック音楽はエエですなぁ。
2005/06/22のBlog
午後に少し雨がぱらついたものの、路面が濡れるほどでもなく、降水量ゼロに変わりないようです。
四国では各地のダムで取水制限が始まりました。
7月上旬には平年並みに降るだろうと気象台が予測していますが、さて、どうなることやら・・・。
非常に蒸し暑い日でありました。個人的には多忙な日でもありました。

で、何か爽やかな音楽を・・・・と探しつつ・・・・。

今日は、ブラームスのピアノ協奏曲第2番。
アシュケナージがハイティンク/ウィーン・フィルをバックに録音したCD。1982年の録音。

アシュケナージは、万能ピアニストだと思う。
何でも弾くし、どんな作品でもそつなく仕上げる。
音色は透明感があって全く綺麗だし、技巧的にはほぼ完璧。
しかも情感豊かで、ダイナミズムも十分。

ボクがクラシック音楽を聴き始めた頃には、中堅からヴェテランにさしかかった頃だったろうか。ロンドン・DECCAのピアニストのエースとして活躍していた。録音も好きだったはずだから、レコード会社には貴重な存在だっただろう。

第1楽章。冒頭のホルン。あまりにも素晴らしい冒頭なので、ここだけ聴くこともあるくらい。ブラームスってスゴイと思う。そして、このホルンの音色!まさにウィンナ・ホルン!ブルックナーの「ロマンティック」、シューベルトの「グレート」と並ぶ、ホルン開始の名曲。
ハイティンク/ウィーン・フィルの深々とした音色が素晴らしい。そのバックに乗って、アシュケナージのピアノが縦横無尽に駆けめぐる。ブラームスの2番協奏曲らしくバリバリと弾くところもあれば、繊細にフワッと羽毛で撫でるよう音色のところもある。アシュケナージの面目躍如と言ったところ。

第2楽章もオケの厚みは十分。アシュケナージは、ピアノを技巧を駆使してデリケートに仕上げる。音色はクリスタル・ガラスの輝き。キラキラと輝きながら、あるいはコロコロと転がるように弾む。ピアノの音色だけで酔いそう。
第3楽章の低弦や木管は朗々と歌い、アンサンブルも見事。これはハイティンクの職人芸かな。

終楽章のピアノはまさに万華鏡。「千変万化」という陳腐な言葉しか思いつかないが、アシュケナージの演奏は、瞬間瞬間に色彩を変えて、左右のスピーカーの間から部屋全体にに広がる。ハイティンクもその色彩感について行くのが必死だったのじゃないかな?よくつけているが、少し持て余し気味。アシュケナージの演奏、テンポは揺れないが色彩の変化がスゴイんだなぁ。

演奏時間、51分。聴き手を幸福にするピアニスト・アシュケナージ。
指揮ばかりしていないで、もっと協奏曲録音を・・・、特に再録音を聴いてみたい・・・というのが本音であります。
2005/06/21のBlog
暑い日が続きますが、皆様お元気でしょうか?

四国伊予路の六月は、ホンマに雨が降っていません。11日に梅雨入りしたにもかかわらず、その後殆ど降水量がありません。例年の20%に満たない降雨のようです。
近所のお百姓さんは、田植えが出来ないと困っています。川の水が減っていて、田に水が引けないのです。今はひたすら「雨待ち」のようです。ボクの住む街は「水の都」と称していますが、地下水も徐々に減ってきているらしく、もともと恵まれない地域ではポンプでの汲み上げ不能になったらしく、トイレの水が流れないと困っています。
ダムの貯水率も70%程度になっているらしく、この調子でいくと、ホンマに渇水になってしまいそうであります。

さて、夏の暑い夜には、「シェエラザード」であります。
今夜はリッカルド・ムーティが手兵のフィラデルフィア管を振った演奏で。1982年2月の録音。ムーティがフィラデルフィアに着任して2年目のものだ。

先頃エッシェンバッハとの来日公演の様子は、しのたかさんのブログ『Running On Empty』で楽しく読ませていただいた。
それ以来、フィラデルフィア管のCDやレコードをよく取り出している。

演奏は、ムーティらしくと言うべきか、リズムがよく弾んで、ダイナミック。実に溌剌とした演奏。

第1楽章は速めのテンポでグイグイと運んでゆく。
「交響組曲」というより、標題性を意識した演奏だと思う。
シャリアールはあくまで残忍・暴虐、シェヘラザードは優美・華麗。ムーティはくっきりとその特徴を描き出そうとするので、音楽の強弱付けがハッキリとしている。実にダイナミック。

第2楽章でもその特徴は変わらない。
木管が上手い。朗々と明るい音色で歌う。そう、演奏は全体的に明るい。フィラデルフィア管の特徴なのだろうが、少し軽めの音にも聞こえる。
アンサンブルはこんなものかな、という感じ。

第3楽章になると、ムーティさらに好調。
テンポをやや落として、このデリケートな楽章を描き尽くす。フィラデルフィア管の弦の柔らかさは勿論だが、クラリネットの繊細さは特筆ものではなかろうか。

終楽章は、劇的。一気呵成にたたみかけるような若々しい迫力が好ましい。少しあざとい感じもするが(だから、この点で聴き手の好みが分かれそう・・・・ボクは好きですけど)、これはこれでムーティの個性だなぁ。

録音はEMIらしく(?)、イマイチであります・・・・(^^ゞ。
奥行きは不足気味で平面的、各楽器の音色も少し明るすぎるような気がする(軽めに聞こえる)。
ただ、内声部が良く聞こえてくるので、時々ハッとする部分有り。ヴィオラやチェロ、あるいは対向旋律を吹く管楽器の動きが面白く聞こえる。
他の盤と比べて、録音ではその点が面白い。
2005/06/20のBlog
ホセ・カレーラスの絶唱!

カレーラスこそ最高のロドルフォだと思う。
その歌唱は知的で端正、しかも情熱的。
さらに甘い声と甘いマスク。
高音の伸びは十分だし、抑えめの歌唱では惻々とした叙情を聴かせる。

ロドルフォは詩人だ。
詩作に没頭する若者は、情熱的でしかも知的であって欲しいと思う。
パヴァロッティもドミンゴも素晴らしいテノールだと思うが、カレーラスの知性は、その2人を上回る。
ロドルフォにはカレーラス。

ミミのリッチャレッリは可憐な歌唱に努めている。
高音が太くなりすぎると、ミミの可愛さ(やがて病死する)がうまく出ない。
細い透きとおる声は大変美しい。少し美人過ぎるかな?
ミミならもう少し素朴な声でも良いような気がする。でも、美人は良い(^-^)。

もう一人のお目当てはムゼッタ。
アシュリー・パトナムというソプラノ(どんな人なのか、詳しくは知りません・・・(^^ゞ)。
ムゼッタらしい嬌態。流し目、甘え、ツンとすました表情など、その歌唱から伝わってくる。
リッチャレッリより太めの声なのがまた良い。
化粧の匂いがプンプンするムゼッタでないと、味わいが薄くなる。

C・デイヴィス指揮のコヴェントガーデン王立歌劇場管が、とても雄弁。
ミミのアリア「私の名はミミ」で、「春になると・・・」と歌う部分、サァッと春の陽光が天から降り注ぐように管弦楽が歌う。
録音も良いのだろう、ため息が出るような美しさ。
これなら、歌手たちも歌いやすかったろう。


プッチーニのオペラ「ボエーム」は青春の詩だと思います。
学生時代にカラヤン/BPOのDECCA盤(当時は2枚組のレコードだった)に出会ってから、ずっと愛聴してきました。時間も長くかからず聴きやすいですし、何よりプッチーニのつくるアリアが綺麗だし、バックの管弦楽もため息が出るほど美しい。うっとりしてしまうほどきれいな旋律のオンパレードなんです。

トシのせいか、最近は、ハイライト盤でオペラを聴くことが多くなりました。
このデイヴィス盤、ユニバーサルのeloquenceシリーズで廉価盤化されたもの。リマスタリングが効いているのか、1979年録音なのに、現役盤でも十分通用するほど、非常に音が美しいです。

2005/06/19のBlog
四国伊予路は暑い日が続いています。
ホンマに空梅雨なんですが、各地の「みずがめ」は大丈夫なんでしょうか?
ダム情報がニュースでも流れてきました。渇水が心配です。

昨日から今日まで出張しておりました。
毎夏のことですが、7月は全く忙しくなります。上旬から下旬まで、息もつけないほどシンドイ日々が続きます。
今日はその準備でありました。
クラシック音楽をのんびり聴けるのもあと10日。(8月にはまた余裕が出来るのですがね・・・・)


で、ここのところ、ハイドンをよく聴いています。

ハイドンは長いこと苦手でありました。
若い頃から、何点かは交響曲を持ってはいたんですが、あまり聴いてこなかったのが正直なところ。
交響曲も弦楽四重奏も、いくつかはあるんですがね、食わず嫌いのようなものかな?
当時思っていたのは、モーツァルトのような天才的な閃きはないし、ベートーヴェンのような劇的迫力もない、シューベルトのような「歌」もない・・・・・ということ。実は、ハイドンはそれらをちゃんと内包していたんですが、ボクの耳が、それに気づかなかったです。

最近、少しずつハイドンを聴き直しています。持っているレコードやCDを取り出しては、「あぁ、なるほど。そうだったのか」と思うことしきり(^^ゞ。ワルター/コロンビア響も、ヨッフム/LPOも、カラヤン/VPOやC・デイヴィス/ACOだって、みなそれぞれ素晴らしい演奏を展開してます。アダム・フィッシャーの激安盤も雰囲気豊かな録音が結構気に入ってます。


今日は、カラヤン/ウィーン・フィルの演奏で「太鼓連打」を。
1963年8月録音のDECCA盤。この頃、カラヤンはDECCA専属のウィーン・フィルを盛んに振って、名録音を沢山残していた。
チャイコフスキーのバレエ組曲やホルストの「惑星」、ドヴォルザークの8番など、名演奏が随分ある。

この演奏もその一つ。レガートを多用した後年ほどではないが、実に流麗で優美な音楽をカラヤンは聴かせてくれる。もちろん、流れるように柔らかく優しいのはウィーン・フィルの特性だとは思うが、やはりこれは指揮者カラヤンあってのことだと思う。

第1楽章の「太鼓連打」は遠雷のように響かせる。スピーカーの奥の方で、慎ましく鳴っている。上品でやや抑えめ、拍子抜けするくらい(ヨッフムなどは随分強く際だたせるのだが)。でも、その序奏部に続く主部が、もう全く素晴らしい快活さ。ヴァイオリンは艶っぽく、木管は品がよい。「ああ、これなら別に<太鼓連打>を目立たせる必要ないなぁ」と納得。
第2・3楽章、民謡風の主題をカラヤンはとても丁寧に歌わせる。歌うはVPOの輝かしばかりの弦。LPのせいか、キラキラと言うよりは少し光り方を抑えて、トロッとした音色で歌わせる。それにしても艶麗。
終楽章は僅か5分で駆け抜ける。カラヤンのとるテンポは、心地よく颯爽としている。ホルンの響きも格別。あぁ、VPOやなぁ・・・・としみじみ思ったところで約30分。

カップリングは104番の「ロンドン」。これはスケール大きく逞しい演奏。
やはり、この頃のカラヤンはとても良かった。

もちろん、後年のカラヤンだってイイんですが(^-^)。
2005/06/18のBlog
蒸し暑さが増してきました。

朝のジョギング、踵の痛みもあって最近は1勤1休状態なんですが、走ったあとはやはり爽快です。
ただ、汗は相当かきます。
走る前にコップ2杯の水を飲むんですが、家に帰る頃には汗でグショグショ喉も渇ききるほど。
この時期のジョグは、結構こたえますな(^^ゞ。

さて、暑い日にはヘンデルの「水上の音楽」。
この夏も何回聴くことになるのやら。
好きなんだから仕方ない、しかも聴くと涼やかな風が部屋に満ちるのだから、こんなに良い音楽はそうはない。


今日の「水上の音楽」はコレギウム・アウレウム合奏団の演奏。
例によってフッガー城の糸杉の間での素晴らしい録音。
1971年7月、もう34年前になってしまった。
CDでも買い直しているのだが、今日はLPで。ジャケットが涼しそうだから(^-^)。

コレギウム・アウレウム合奏団は、いわゆるオリジナル楽器での演奏が出始めた頃、盛んに録音していた団体。指揮者はいない。コンサートマスターのフランツ・ヨーゼフ=マイヤーが中心で、大学で教えるような先生クラスが集まっていたという。この「水上の音楽」には後に大家となるバルトルド・クイケンがトラヴェルソで参加している。

いつもながら、柔らかい音。どこまでも伸びてゆく名録音。
糸杉の間が素晴らしいのだろう。ホンマに気持ち良くなる録音。
古楽器のひなびた音、柔らかく繊細な音、きれいに伸びてゆく倍音が、実に美しく録られていると思う。

テンポはゆったり。
最近のオリジナル楽器の演奏と比べるとロマン的に聞こえてしまうほど遅い。
リズムもそんなに弾まないし、アンサンブルも少し怪しいところがある。技巧的にも危なっかしい(当時はそう思わなかったのだが、最近の古楽器演奏を聴いていると、やはりこの時期だからか、技術イマイチなのが分かってしまった・・・)。
組曲ニ長調でのホルンなど、相当怪しい。窮屈に、しかし必死に吹いているのがよく分かる。苦労してるなぁ。

でも、(だからと言うべきか)味わいは格別。もう、みんなが仲良く楽しみながら演奏しているのが伝わってくる。指揮者がいないのが良いのだろう、みんなが「さぁ、合わせようぜ」とアンサンブルを楽しんでいるのがビンビン伝わってくる。

だから、音楽は全く晴朗。おおらかでノビノビしている。
ゆっくり呼吸しながら、水辺の遊びを楽しんでいる感じ。
ヘンデルだもんね、やはり、おおらかでなくちゃ。
バッハなら、峻厳さを求めたくなることもあるが、ヘンデルは、にこやかに朗らかにやって欲しいと思う。

最後に置かれた組曲ト長調ではクイケンのトラヴェルソが大活躍。
これが実に上手く、しかも情感たっぷり。
メヌエットの哀愁は、ちょっと他の演奏では味わえないのではなかろうか。
2005/06/17のBlog
雨上がりの蒸し暑さ。
今日の午後は太陽が照りつけて、一気に気温が上昇、梅雨時らしい暑さだった。
そして、ジュリーニの訃報。享年91歳。

ジュリーニは高齢であったし、隠退して長かったので、いつかはこの日が来るとは思っていたとはいえ、寂しい。残念。哀しい。

ジュリーニは、ボクがクラシック音楽に目覚めたときからの、一種アイドルだった。
ハンサムで、慈愛に満ちた表情。
無骨ではあるが、作品の本質にひたすら迫ろうとする気迫が背中から発する指揮姿。

シカゴ響とのマーラー。ドヴォルザーク、シューベルト、ブルックナー(これだけEMI盤)の9番交響曲シリーズ。
ロサンゼルス・フィルとのベートーヴェン・シリーズ。
1970年代後半から80年代前半、ボクの愛聴盤が相次いだ。


ジュリーニが演奏すると、とにかく音楽は「歌う」のだった。
「音楽はまず旋律だ。歌だ。」と言っているかのように、彼のレコードやCDは、歌に満ちていた。

そして、落ち着いたテンポ。
ゆったりと包容力があって、旋律線がよく分かるテンポ。
決して慌てず、性急にならず、深い呼吸でじっくりと作品の素晴らしさを表出するそのテンポが良かった。
母性的な包容力、愛の深さを感じさせるテンポだった。

今夜は、ジュリーニのために、ロサンゼルス・フィルと録音した「英雄」を聴いた。
確かロスPOの常任になって初めて録音した1枚で、1978年の録音。

第2楽章は、まさにゆったりと、ジュリーニのためにあるかのような演奏。
17分13秒間、ジュリーニの葬送行進曲だ。

当時、すでに大指揮者であったジュリーニを迎え、喜び勇んで、溌剌と演奏するロサンゼルス・フィルの熱気が伝わってくる。
「ああ、ジュリーニはこんなにも愛されていたんだなぁ」と実感した。

ジュリーニの遺したレコード・CDが我が家のラックには沢山。
あれこれ聴き直しながら、彼の冥福を祈りましょう。

このブログでも既に何回もジュリーニの演奏を書いております。

シューベルトの「グレート」シカゴ響盤

マーラーの交響曲第9番

ドヴォルザークの交響曲第8番

ドヴォルザークの「新世界」コンセルトヘボウ管

モーツァルトの交響曲第39番

モーツァルトの交響曲第40・41番
2005/06/16のBlog
ここのところ、仕事が忙しく、青息吐息状態であります。
「人間、忙しいうちが花よ」と言ってはみるものの、なんだかんだと責任を負わされて、ついでに部下の面倒まで見る(尻ぬぐいをさせられる)のは、やはりこたえますなぁ・・・・(^^ゞ。
「これは、オメェの仕事だろうが!」という言葉を呑み込んで、常に微笑を絶やさず前向きに仕事を続けるのは、しかしストレスにはなります。ガハハ。


さて、常に微笑みを絶やさないモーツァルト最後の交響曲「ジュピター」。
聴けば聴くほど、傑作だなぁと思います。
終楽章のフーガなど、もう言葉を失う見事さ。
澄み切った青空、透きとおった水、稜線に輝く旭日・・・・・そんな純粋な何物かを想像させる音楽。

今日は、アバド/ロンドン響の演奏で聴いた(カップリングは40番)。
LPのデータによれば、録音は1979年10月12日。僅か1日でセッションが終わっている。

第1楽章。第1主題の提示が終わってヴァイオリンがトゥッティで入ってくるところ、気合い十分。
もの凄い勢いでグイッと力強く入る。ジュピターの開始を強烈に印象づける導入だ。しかし、重くはならない。いや、かえってアバドは意識的に軽めの音を出させていると思う。オケの音色は、明るく軽やかだ。澄んだ青空だ。

第2楽章、例の弱音器つきのアンダンテ・カンタービレ。演奏は際だって美しい。アバドは繊細に、しかししっかりと歩みつつ、骨太の歌を歌わせる。優美な旋律なのに、アバドの歌は男性的だ。背筋がピンと伸びているカンタービレは、実に心地よい。

第3楽章メヌエットのトリオが聴かせる。木管が自然な歌を気持ち良く奏でる。

終楽章のフーガは徐々に盛り上がって劇的な緊張感が生まれてゆく。
終結部の壮大なフーガは見事だよなぁ。拍手。

アバドは各所で繰り返しを行っているので、トータルで35分以上かかる。ジュピターにしてはやや長めかな。
しかし、見通しのよい設計で、鑑賞後の爽快感が大きい。
これは、ガッチリとした構成の中でアバドが逞しく歌い上げた演奏だなと思う。

LPジャケットのアバドの顔が良いんです。
アバド壮年期の気合いの入った顔。イイ顔です。
「さぁ、やったるぞい」って感じでしょうか。
こんな顔で仕事しなくちゃイケマセンね。いやはや。

というわけで、仕事しましょ・・・。
2005/06/15のBlog
昔話ばかりで、恐縮であります。
どうも、過去へ過去へ話が向かってしまうのは、トシのせいでしょうか。
ホンマ回顧録のようなブログになっておりまして、お恥ずかしい次第です。


小学校の給食の時間。クラシック音楽を聴いていると、ふと思い出すんです。

食パン2枚に牛乳(低学年の頃は脱脂粉乳だった記憶もある(^^ゞ)。
簡単なおかずにアルミの食器、先割れスプーン。
旨いと思った記憶は全くないので、相当不味かったのかもしれません。
冬場になると、マーガリンが固くなってなかなかパンに塗れなかったのをよく覚えています。
埼玉県入間市の、東京都西多摩郡と接している田舎の小学校でありました。

その給食の時間に、いわゆる「お昼の放送」が流れておりました。
だいぶ昔の小学校です。「健全な音楽」ということでもあったのでしょう、流れる音楽はクラシックの小品と決まっていました。
(まさかジュリーやショーケンって訳にもいかなかったでしょう・・・・・(^^ゞ・・・)

クシコスの郵便馬車、天国と地獄、くるみ割り人形、ペール・ギュント、金と銀、金婚式、スケーターズ・ワルツ乙女の祈り・・・・・そして、今日の「ペルシャの市場にて」も
お昼の放送の定番でありました。


これらの曲を今でも懐かしく思い出しては時々聴くんですから、ボクのクラシック好きは、小学校当時にその下地が出来ていたのかもしれません。

もちろん、家は貧しかったので(と言うより、いくら「高度成長」とはいえ日本全体がまだまだ貧しく慎ましい時代だったのです)、ボクら子供にピアノを習わせるような余裕もなかったですし、そもそも我が家には、ふつうの歌謡曲がテレビを通じて流れるだけでありました。

それにしても、この「ペルシャの市場にて」・・・・。
異国情緒豊かな音楽です。旋律も郷愁を誘います。
ふと望郷の念にかられます。「ふるさとは遠きにありて思うもの・・・・」

中間部の民謡風のところなど、全く素晴らしいです。
オーケストレーションも見事なものだと思います。

今日の演奏はロビン・ステープルトン指揮のロンドン・ジョフ・ラブ・オーケストラ。
ロンドン市内のオーケストラ・プレーヤーを録音用に集めた団体だということです。
非常に上手いですし、録音も1978年、アナログ末期の雰囲気豊かな録音。

収録曲も良いです。マドンナの宝石、白鳥の湖や、さっき書いた「給食の音楽」が何点か入っています。
古いCDですから、廃盤かもしれませんが、上品で心地よい小品集に仕上がっていますので、お薦めであります。

最近、クラシック音楽の「小品」は流行らなくなっているようです。小品を集めたCDもあまり出なくなっています。
でも、昔聴いた音楽は、今も懐かしく聴けるものです。
このCD、ジャケットもきれいです。これからも、時々取り出しては聴き続けるだろうと思います。
きっと、固いマーガリンや先割れスプーンを思い出しつつ(^-^)。