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2005/07/16のBlog
[ 05:04 ]
[ 協奏曲 ]
寝苦しい夜でありました。
出張中のホテルではエアコンをかけっぱなしだったので、冷房なしでは寝られない体になってしまいました。
いかん、いかん。
田舎の自然の夜風の中で寝なくちゃ・・・・。
それにしても昨晩は風がなかった・・・・・(^^ゞ。
さてさて、今日はプレヴィンの弾き振りで聴くモーツァルトのピアノ協奏曲第24番ハ短調K491。
バックはウィーン・フィル。1984年4月、ソフィエンザールでの録音。
第1楽章の開始、もともと不気味な厳粛さで始まるところ、オケのユニゾンが物々しくかつゆったりと始まる。プレヴィンの指揮は、遅めのテンポで十分にオーケストラに歌わせる。弾き振りのせいか、少しアンサンブルに乱れが見られるが(管楽器が前に進んでしまおうとするところが少しある)、そこはさすがウィーン・フィル、澄まし顔で戻してしまい破綻することはない。
オケの第一主題を受けておもむろに始まるピアノが、またたっぷりとした音で美しい。
キラキラというより、かすかに光沢を持った感じの音。綺麗なのだが、磨き立てすぎずに、オーケストラから遊離しすぎないように気をつけているのかな、そんな音。この音で聴き手を捉えてしまう。プレヴィンは指揮者としてボクは認識しているのだが(VPOやLSOとのいくつもの素晴らしいレコード・CDがある)、この音で、ピアニスト・プレヴィンの世界に引き込まれてしまう。
そして、テヌートの多用。音を十分に引っ張って、ロマンティックに響かせてゆく。プツプツ音を切らないので、旋律線が大変美しく聞こえる。
モーツァルトの、この協奏曲は、他のピアノコンチェルトに比べて交響的に響く曲だと思うのだが、プレヴィンが歌う(引っ張る)旋律線は、管弦楽に埋もれることなく、鮮やかに歌ってゆく。美しい。
そしてこの楽章ラストのカデンツァがまた、劇的でロマンに満ちている。ピアニスティックでため息が出る。ああ、そうだ、プレヴィンは指揮者になる前は、ハリウッドの作曲家だった・・・・。
第2楽章のラルゲット。木管群とピアノ・弦楽器の対話が美しい。ファゴットにオーボエの歌が絡み、それにフルートが更に美しい旋律を紡ぎ出すところなど、たまらないセンスの良さ。これ、ウィーン・フィルの強みと思う。そしてオケに歌わせるところは十分に歌わせる、指揮者プレヴィンの面目躍如。
終楽章の変奏曲は、管弦楽とピアノの目眩く協奏。プレヴィンのピアノは第1楽章からテヌートを多用していたからか、ここで出てくる速いパッセージがハッとするほど綺麗。ピアノも巧いなぁ・・・ホンマこの人、才人なんやなぁ・・・。
カップリングは17番ト長調K453。これも惚れ惚れする美しさ。
録音は、ピアノの音がとても綺麗に捉えられていて、非常に美しい。さすがフィリップス。管楽器も美しいが、若干ヴァイオリンのトゥッティが我が家のシステムでは堅く聞こえる。少し惜しい。でも、発売当時は名録音として話題になったのを覚えている。
出張中のホテルではエアコンをかけっぱなしだったので、冷房なしでは寝られない体になってしまいました。
いかん、いかん。
田舎の自然の夜風の中で寝なくちゃ・・・・。
それにしても昨晩は風がなかった・・・・・(^^ゞ。
さてさて、今日はプレヴィンの弾き振りで聴くモーツァルトのピアノ協奏曲第24番ハ短調K491。
バックはウィーン・フィル。1984年4月、ソフィエンザールでの録音。
第1楽章の開始、もともと不気味な厳粛さで始まるところ、オケのユニゾンが物々しくかつゆったりと始まる。プレヴィンの指揮は、遅めのテンポで十分にオーケストラに歌わせる。弾き振りのせいか、少しアンサンブルに乱れが見られるが(管楽器が前に進んでしまおうとするところが少しある)、そこはさすがウィーン・フィル、澄まし顔で戻してしまい破綻することはない。
オケの第一主題を受けておもむろに始まるピアノが、またたっぷりとした音で美しい。
キラキラというより、かすかに光沢を持った感じの音。綺麗なのだが、磨き立てすぎずに、オーケストラから遊離しすぎないように気をつけているのかな、そんな音。この音で聴き手を捉えてしまう。プレヴィンは指揮者としてボクは認識しているのだが(VPOやLSOとのいくつもの素晴らしいレコード・CDがある)、この音で、ピアニスト・プレヴィンの世界に引き込まれてしまう。
そして、テヌートの多用。音を十分に引っ張って、ロマンティックに響かせてゆく。プツプツ音を切らないので、旋律線が大変美しく聞こえる。
モーツァルトの、この協奏曲は、他のピアノコンチェルトに比べて交響的に響く曲だと思うのだが、プレヴィンが歌う(引っ張る)旋律線は、管弦楽に埋もれることなく、鮮やかに歌ってゆく。美しい。
そしてこの楽章ラストのカデンツァがまた、劇的でロマンに満ちている。ピアニスティックでため息が出る。ああ、そうだ、プレヴィンは指揮者になる前は、ハリウッドの作曲家だった・・・・。
第2楽章のラルゲット。木管群とピアノ・弦楽器の対話が美しい。ファゴットにオーボエの歌が絡み、それにフルートが更に美しい旋律を紡ぎ出すところなど、たまらないセンスの良さ。これ、ウィーン・フィルの強みと思う。そしてオケに歌わせるところは十分に歌わせる、指揮者プレヴィンの面目躍如。
終楽章の変奏曲は、管弦楽とピアノの目眩く協奏。プレヴィンのピアノは第1楽章からテヌートを多用していたからか、ここで出てくる速いパッセージがハッとするほど綺麗。ピアノも巧いなぁ・・・ホンマこの人、才人なんやなぁ・・・。
カップリングは17番ト長調K453。これも惚れ惚れする美しさ。
録音は、ピアノの音がとても綺麗に捉えられていて、非常に美しい。さすがフィリップス。管楽器も美しいが、若干ヴァイオリンのトゥッティが我が家のシステムでは堅く聞こえる。少し惜しい。でも、発売当時は名録音として話題になったのを覚えている。
2005/07/15のBlog
[ 19:33 ]
[ 交響曲 ]
夏空が広がり始めました。
松山から今治へと県内の出張で家を空けておりました。
いやはや忙しかった・・・・と言っているうちに、梅雨明けの空であります。
いよいよ夏本番。今年も猛暑なんでしょうかね・・・。
高校野球の県予選も開幕して、球児の汗がしたたる季節になりました。
さて、疲れた今日はドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。
クリスト・フォン・ドホナーニの指揮クリーヴランド管の演奏。
1984年10月、マソニック・オーディトリウムでの録音。
録音はDECCAらしく、各楽器の音を鮮明に捉えながら、ホール全体を鳴らすというダイナミックなもの。今から20年前の録音だが、大変鮮やかで、現在の最新録音と遜色ないと思う。
第1楽章の冒頭、ホルンが音を伸ばさず、あえて歌わずに進んでゆく。それに続いて、イキのいい音楽がどんどん展開する。テンポは速い。かなり速い。グイグイと前に進んでゆく。辛口、男性的なドヴォルザーク。
第2楽章は一転して歌に満ちている。第1楽章がサッパリとしていたからか、ラルゴが大変印象的に響く。ただ、歌うと言っても情緒纏綿な歌い方ではなく、しみじみと、後ろ姿で少しはにかみながら、照れながら歌っている感じ。ヴィオラやチェロの音色が美しく響くのもその感触を助長している。
第3楽章、また表情は辛口に戻る。金管が吼えるのだが、朗々と吼えず、短くスパッと割り切って鳴らしている。ティンパニも強烈で胸のすくような叩き方。
終楽章も、オケのパワー全開。木管も金管も、弦楽群もガッツに満ちた素晴らしい合奏を聴かせる。アンサンブルの乱れなし。コーダまで一気に盛り上がる。
全編に渡って、ドホナーニの指揮は非常に潔い。男性的。
女々しくないのは、以前に書いたショルティと同じだが、ドホナーニの方がもっと若々しく、颯爽として、男気に満ちている。
推進力に溢れて、青年の活気、青春の音楽になっている。
若々しく覇気に溢れた名演ではケルテス/VPOを思い出すが、ドホナーニ盤は、ケルテスほどテンポを揺らさないところが違う。また、あえて歌を犠牲にしても前に進んでゆくインテンポ・突進力がドホナーニの素晴らしいところと思う。
どちらも甲乙つけがたい青春の音楽だろう。
「新世界より」、アメリカのオケに名演が多いように思います。作曲家自身のアメリカ体験に基づいた交響曲だからでしょうか、ショルティやジュリーニと録音したシカゴ響、バーンスタインと入れたNYP(旧盤)、セルやドホナーニとのクリーヴランド管など・・・。アメリカのオケが元気よく演奏しているせいかもしれませんね。
松山から今治へと県内の出張で家を空けておりました。
いやはや忙しかった・・・・と言っているうちに、梅雨明けの空であります。
いよいよ夏本番。今年も猛暑なんでしょうかね・・・。
高校野球の県予選も開幕して、球児の汗がしたたる季節になりました。
さて、疲れた今日はドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。
クリスト・フォン・ドホナーニの指揮クリーヴランド管の演奏。
1984年10月、マソニック・オーディトリウムでの録音。
録音はDECCAらしく、各楽器の音を鮮明に捉えながら、ホール全体を鳴らすというダイナミックなもの。今から20年前の録音だが、大変鮮やかで、現在の最新録音と遜色ないと思う。
第1楽章の冒頭、ホルンが音を伸ばさず、あえて歌わずに進んでゆく。それに続いて、イキのいい音楽がどんどん展開する。テンポは速い。かなり速い。グイグイと前に進んでゆく。辛口、男性的なドヴォルザーク。
第2楽章は一転して歌に満ちている。第1楽章がサッパリとしていたからか、ラルゴが大変印象的に響く。ただ、歌うと言っても情緒纏綿な歌い方ではなく、しみじみと、後ろ姿で少しはにかみながら、照れながら歌っている感じ。ヴィオラやチェロの音色が美しく響くのもその感触を助長している。
第3楽章、また表情は辛口に戻る。金管が吼えるのだが、朗々と吼えず、短くスパッと割り切って鳴らしている。ティンパニも強烈で胸のすくような叩き方。
終楽章も、オケのパワー全開。木管も金管も、弦楽群もガッツに満ちた素晴らしい合奏を聴かせる。アンサンブルの乱れなし。コーダまで一気に盛り上がる。
全編に渡って、ドホナーニの指揮は非常に潔い。男性的。
女々しくないのは、以前に書いたショルティと同じだが、ドホナーニの方がもっと若々しく、颯爽として、男気に満ちている。
推進力に溢れて、青年の活気、青春の音楽になっている。
若々しく覇気に溢れた名演ではケルテス/VPOを思い出すが、ドホナーニ盤は、ケルテスほどテンポを揺らさないところが違う。また、あえて歌を犠牲にしても前に進んでゆくインテンポ・突進力がドホナーニの素晴らしいところと思う。
どちらも甲乙つけがたい青春の音楽だろう。
「新世界より」、アメリカのオケに名演が多いように思います。作曲家自身のアメリカ体験に基づいた交響曲だからでしょうか、ショルティやジュリーニと録音したシカゴ響、バーンスタインと入れたNYP(旧盤)、セルやドホナーニとのクリーヴランド管など・・・。アメリカのオケが元気よく演奏しているせいかもしれませんね。
2005/07/13のBlog
[ 05:18 ]
[ 管弦楽曲 ]
午後から梅雨明けを予感させるような好天。
暑さも、時折吹く風も、夏の肌触りでありました。
夏休みの予定でも立てようか(予定などないくせに・・・・)と思いたくなる日差し。
さて、本日から出張。
この数ヶ月、毎日更新する勤勉さを発揮してしまいましたが、今日からは1年で最も忙しい時期に突入します。恒例のこととはいえ、多忙であります。
ということで、今月は歯抜けのブログであります(^^ゞ。
さてさて、今日は、モーツァルトのセレナード第7番「ハフナー」。
演奏は、シャーンドル・ヴェーグ指揮ザルツブルグ・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカ。
先日HMVの通販で入手した「モーツァルト:セレナーデ&ディヴェルティメント集」(10枚組)のうちの1枚。カプリッチョ原盤で計4600円だったか。10年ほど前に、DENONから1枚1000円(あのときは「レーザーライト」レーベルだったが)で発売されていたものをまとめたもの。
ボツボツ聴き始めた中で、最も気に入ったのがこの「ハフナー」。豪華で優美、交響曲風なのに爽快な曲にヴェーグは仕上げている。
R・ランドンによれば、このセレナードは「この上ない技術的能力と音楽的天才とが、完璧な統一をかたちづくっている」らしい。モーツァルトの中期以降の曲にはすべて当てはまるような表現だと思うが、「まぁそんなもんやろな」と思いつつ聴き始めたところ、あっという間にヴェーグ/カメラータ・アカデミカのボクは虜になりましたな(^^ゞ。
まず、音が素晴らしい。
現代楽器を使っているのだろうが、音が全く爽やか。録音極上だし、ホールの残響(ザルツブルク・モーツァルテウム)も見事なのだが、これ、録音の成果だけではあるまい。涼しい風が頬を撫でるような音。気持ち良いというか、快感というか、もう音だけで参ってしまう。
第1楽章の立派さ。シンフォニー風の開始で胸がときめく。ティンパニが遠慮なく叩いているのも気持ち良い。
第2楽章から第4楽章までは、独奏ヴァイオリンが加わってヴァイオリン協奏曲風のつくりだが、綺麗に管弦楽に溶け込んで品がよい。独奏はArvid Engegard(読み方が分かりません・・・^^;)。透明感のあるヴァイオリン、技術も確か。速いパッセージの時は胸がすくような演奏。
第3楽章が素晴らしい。痛切なメヌエット。あまりに響きが悲痛なので、調べたらト短調だった。「モーツァルトのト短調」、さもありなん。アクセントを生かして、鋭い響きを作り出しているのもいい。
第4楽章のロンドはクライスラーの編曲で有名なところ。独奏が美しいのは勿論、オケも美しい響きで支える。ヴェーグの指揮、モーツァルトを演奏する喜びに溢れているのが何より聴いていて心地よい。
第5楽章から終楽章までは、フルート(オーボエもちかえ)やファゴットの木管・ホルンやトランペットの金管の巧さに惹かれた。
正直に言えば、今まで「ハフナー」は演奏時間が長いので敬遠しておりました。飽きてしまうんですな。ところが、このヴェーグ/カメラータ・アカデミカは最後まで、飽きさせずに聴かせてくれました。退屈しない演奏でありました。結局「音を聴いているだけで気持ち良い」・・・・。ヴェーグという指揮者、日本では目立たない人だと思いますが、こういう演奏こそ、実はスゴイのではないかと思ったりします。
蛇足。これ、現代楽器の演奏ですが、古楽器のように聞こえます。
こんな極上の爽やかさを持つ演奏なら、わざわざ古楽器団体の演奏を聴くこともないなと、思わされました。この10枚組、もっと丁寧に聴こうと思います。
ヴェーグ、恐るべし。
暑さも、時折吹く風も、夏の肌触りでありました。
夏休みの予定でも立てようか(予定などないくせに・・・・)と思いたくなる日差し。
さて、本日から出張。
この数ヶ月、毎日更新する勤勉さを発揮してしまいましたが、今日からは1年で最も忙しい時期に突入します。恒例のこととはいえ、多忙であります。
ということで、今月は歯抜けのブログであります(^^ゞ。
さてさて、今日は、モーツァルトのセレナード第7番「ハフナー」。
演奏は、シャーンドル・ヴェーグ指揮ザルツブルグ・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカ。
先日HMVの通販で入手した「モーツァルト:セレナーデ&ディヴェルティメント集」(10枚組)のうちの1枚。カプリッチョ原盤で計4600円だったか。10年ほど前に、DENONから1枚1000円(あのときは「レーザーライト」レーベルだったが)で発売されていたものをまとめたもの。
ボツボツ聴き始めた中で、最も気に入ったのがこの「ハフナー」。豪華で優美、交響曲風なのに爽快な曲にヴェーグは仕上げている。
R・ランドンによれば、このセレナードは「この上ない技術的能力と音楽的天才とが、完璧な統一をかたちづくっている」らしい。モーツァルトの中期以降の曲にはすべて当てはまるような表現だと思うが、「まぁそんなもんやろな」と思いつつ聴き始めたところ、あっという間にヴェーグ/カメラータ・アカデミカのボクは虜になりましたな(^^ゞ。
まず、音が素晴らしい。
現代楽器を使っているのだろうが、音が全く爽やか。録音極上だし、ホールの残響(ザルツブルク・モーツァルテウム)も見事なのだが、これ、録音の成果だけではあるまい。涼しい風が頬を撫でるような音。気持ち良いというか、快感というか、もう音だけで参ってしまう。
第1楽章の立派さ。シンフォニー風の開始で胸がときめく。ティンパニが遠慮なく叩いているのも気持ち良い。
第2楽章から第4楽章までは、独奏ヴァイオリンが加わってヴァイオリン協奏曲風のつくりだが、綺麗に管弦楽に溶け込んで品がよい。独奏はArvid Engegard(読み方が分かりません・・・^^;)。透明感のあるヴァイオリン、技術も確か。速いパッセージの時は胸がすくような演奏。
第3楽章が素晴らしい。痛切なメヌエット。あまりに響きが悲痛なので、調べたらト短調だった。「モーツァルトのト短調」、さもありなん。アクセントを生かして、鋭い響きを作り出しているのもいい。
第4楽章のロンドはクライスラーの編曲で有名なところ。独奏が美しいのは勿論、オケも美しい響きで支える。ヴェーグの指揮、モーツァルトを演奏する喜びに溢れているのが何より聴いていて心地よい。
第5楽章から終楽章までは、フルート(オーボエもちかえ)やファゴットの木管・ホルンやトランペットの金管の巧さに惹かれた。
正直に言えば、今まで「ハフナー」は演奏時間が長いので敬遠しておりました。飽きてしまうんですな。ところが、このヴェーグ/カメラータ・アカデミカは最後まで、飽きさせずに聴かせてくれました。退屈しない演奏でありました。結局「音を聴いているだけで気持ち良い」・・・・。ヴェーグという指揮者、日本では目立たない人だと思いますが、こういう演奏こそ、実はスゴイのではないかと思ったりします。
蛇足。これ、現代楽器の演奏ですが、古楽器のように聞こえます。
こんな極上の爽やかさを持つ演奏なら、わざわざ古楽器団体の演奏を聴くこともないなと、思わされました。この10枚組、もっと丁寧に聴こうと思います。
ヴェーグ、恐るべし。
2005/07/12のBlog
[ 06:29 ]
[ 交響曲 ]
梅雨前線が活発化。7月中旬というのに、まだ梅雨真っ盛りであります。
蒸し暑いことこの上なし。
ドウセナラ、カーッと暑い真夏が来て欲しいもの。
高校野球の予選も始まるのに、心配なお天気でありますな。
さて、最近のマイブームは、ベートーヴェンの交響曲第1番と2番であります。
ベートーヴェンの若書きの2曲(実際はそんなに若くはないのだが)、覇気があって気持ち良い。
「やるぞ、やったるぞ」という若きベートーヴェンの声が聞こえてきそうだ。
仕事のストレスがたまる昨今、元気が出るクラシック音楽を聴きたいものだが、「運命」や「英雄」は少しもたれるし、「合唱」は構えて聴かなくちゃならないし(構えずに気楽に聴けばいいのに、3楽章あたりになるとやはり耳をそばだててマジになってしまう)・・・・
7番などが良いけれど、あれは一種のアジ演説だしなぁ。
ということで、この頃は1番2番を聴くのです。
今日はアバドの旧盤。ウィーン・フィルのシェフだった当時のDG盤。
発売当時は、どうも音が軽く聞こえて、薄味のような演奏だと思ったものだ。
だから、随分長く眠っていたはず。(結局、輸入盤全集を買い直したのだが・・・・(^^ゞ・・)。その頃は、もっぱらバーンスタインの暑苦しいまでのエネルギッシュな演奏や、ショルティのガチガチの全集が好みだった。スウィトナーの正統的堅牢明快な演奏や、ハイティンク/ACOの滋味溢れる演奏も好んで聴いていた。
それらに比べると、アバドのベートーヴェンは説得力が弱いなぁと感じていたし、録音もイマイチのように思えたのだ。
ところが、この第1番、よく聴いてみると爽快で聴きやすく、我が疲れを癒してくれる名盤となってしまった。
まず、ウィーン・フィルの音が良い。艶やかな弦楽、味わい深い木管、輝かしい金管は聴いていて心地よい。ベートーヴェンのオーケストレーションだから、輝かしく鳴り渡るということではないのだが、爽快に鳴るのは、ウィーン・フィルならではだろう。
アバドの指揮も推進力があって気持ち良い。聴いていて勇気が出てくる。もちろん、第2楽章のアンダンテ・カンタービレは、アバドらしく歌心に満ちた名演。第3楽章はメヌエットだが、「エ・ヴィヴァーチェ」が入っているので奔放になる。終楽章も、アバドは健康的に盛り上げてくれる。爽快。
このシンフォニー、時間はおおかた30分であります。
帰宅後、なかなかゆっくり音楽を聴けずに、もどかしいときにはお薦めの曲ですな。
爽快に盛り上がり、明日への勇気が湧いてきます。
蒸し暑いことこの上なし。
ドウセナラ、カーッと暑い真夏が来て欲しいもの。
高校野球の予選も始まるのに、心配なお天気でありますな。
さて、最近のマイブームは、ベートーヴェンの交響曲第1番と2番であります。
ベートーヴェンの若書きの2曲(実際はそんなに若くはないのだが)、覇気があって気持ち良い。
「やるぞ、やったるぞ」という若きベートーヴェンの声が聞こえてきそうだ。
仕事のストレスがたまる昨今、元気が出るクラシック音楽を聴きたいものだが、「運命」や「英雄」は少しもたれるし、「合唱」は構えて聴かなくちゃならないし(構えずに気楽に聴けばいいのに、3楽章あたりになるとやはり耳をそばだててマジになってしまう)・・・・
7番などが良いけれど、あれは一種のアジ演説だしなぁ。
ということで、この頃は1番2番を聴くのです。
今日はアバドの旧盤。ウィーン・フィルのシェフだった当時のDG盤。
発売当時は、どうも音が軽く聞こえて、薄味のような演奏だと思ったものだ。
だから、随分長く眠っていたはず。(結局、輸入盤全集を買い直したのだが・・・・(^^ゞ・・)。その頃は、もっぱらバーンスタインの暑苦しいまでのエネルギッシュな演奏や、ショルティのガチガチの全集が好みだった。スウィトナーの正統的堅牢明快な演奏や、ハイティンク/ACOの滋味溢れる演奏も好んで聴いていた。
それらに比べると、アバドのベートーヴェンは説得力が弱いなぁと感じていたし、録音もイマイチのように思えたのだ。
ところが、この第1番、よく聴いてみると爽快で聴きやすく、我が疲れを癒してくれる名盤となってしまった。
まず、ウィーン・フィルの音が良い。艶やかな弦楽、味わい深い木管、輝かしい金管は聴いていて心地よい。ベートーヴェンのオーケストレーションだから、輝かしく鳴り渡るということではないのだが、爽快に鳴るのは、ウィーン・フィルならではだろう。
アバドの指揮も推進力があって気持ち良い。聴いていて勇気が出てくる。もちろん、第2楽章のアンダンテ・カンタービレは、アバドらしく歌心に満ちた名演。第3楽章はメヌエットだが、「エ・ヴィヴァーチェ」が入っているので奔放になる。終楽章も、アバドは健康的に盛り上げてくれる。爽快。
このシンフォニー、時間はおおかた30分であります。
帰宅後、なかなかゆっくり音楽を聴けずに、もどかしいときにはお薦めの曲ですな。
爽快に盛り上がり、明日への勇気が湧いてきます。
2005/07/11のBlog
[ 05:49 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
雨続きです。
今年の梅雨は陽性とのこと。降るときはどんどん降ると・・・・。
水不足の心配は解消しましたが、伊予路でも浸水被害や土砂災害が出ています。
昨年の水害を思い出しまして、心配になってきます。
さて、今日はオペラであります。
モーツァルトの「魔笛」。演奏はハイティンク/バイエルン放送響のEMI盤。
オペラにはなかなか親しむことが出来なかった。言葉の壁が大きかった。歌手がを言っているか分からない、どんな詞を歌っているのか分からないというのは辛いもんだ。対訳を見ながら聴けなくはないのだが、結構疲れるしなぁ。
てなわけで、オペラを好きになるのには時間がかかった。
その中で、分かりやすかったのは「魔笛」だった。話の筋が途中で逆転、メチャクチャになってしまうのだから、台本の出来は何ともお粗末としか言いようがないのだが、音楽は最高級。
こちらは、もう絶品としか言いようがない。
何枚か「魔笛」は聴いてきたが、最も思い入れが強いのはハイティンク/バイエルン放送響盤だ。初めて買ったオペラのCDだった。国内盤で3枚組10500円。1050円の間違いではない、1万500円もしたのであります。1枚3500円。高いなぁ。・・・それでもボクは買ったのです。お目当ては、エディタ・グルベローヴァ演ずる夜の女王。
圧倒的なコロラトゥーラ・ソプラノ!「玲瓏玉を転がす」なんて大時代的な言葉が、戦前から戦後間もなくの批評にあったような気がするが、このグルベローヴァにはまさにピッタリ。どこまでも突き抜けていきそうな高音、しかも輝きに満ちた声。低音部では濡れたような色気が発散して、聴き手をハッとさせる。潤いがあるコロラトゥーラ。2曲のアリアとも、最高の夜の女王が聴ける。この声を聴いてしまうと、どんな夜の女王でも満足できなくなる強烈な麻薬のようなもの。購入して20年以上、いまだグルベローヴァを上回る夜の女王に出会わず。
パミーナのルチア・ポップもスゴイ。パパゲーノとの二重唱「恋を知るほどの殿方には」の見事なアンサンブル。パパゲーノに合わせつつ、しかし、しっかりと朗々と歌い上げてゆく。グルベローヴァに比べてやや細めの高音が、やはり突き抜けてゆく。アリア「愛の喜びは露と消え」の情感豊かな歌唱は、ファンとしては涙なしには聴けない・・・。ポップはデビュー当時に、クレンペラー盤で夜の女王を演じているのだが、このパミーナも素晴らしい。パミーナの中にある芯の強さ、母性の強さを鮮やかに表現していると思う。
他のキャストも良い。ジークフリート・イェルザレムはタミーノの強さをよく表しているし、ローラント・ブラハトのザラストロも堂々としてはまり役と思う。そして、モノスタトスのハインツ・ツェドニク。この人はこういう役どころを歌わせたら実に巧いなぁ。
惜しいのはパパゲーノのヴォルフガング・ブレンデル。真面目すぎて面白味が不足。パパゲーノは、もう少し抜けた(間抜けな)歌唱・演技が出来る人が望ましいな。
管弦楽は、ハイティンクらしい真摯な伴奏。オケの音が素晴らしい。木質の肌触り、ゆったりと、ふっくらとした優しい情感もある。バイエルン放送響はもっとキラキラしたところがあったように思うのだが、さすがハイティンク。メルヘンの世界を表出するのに、大変素朴で滋味溢れる音で迫ってくる。
録音もEMIにしては最上級と思える。当時はだから大枚10500円を支払っても満足でありました。
ただ、輸入盤とはいえスウィトナーが指揮した「魔笛」は、今1000円もしません。これも素晴らしい演奏なんですが、ハイティンクの10分の1・・・・・(^^ゞ。
演奏の善し悪しに価格は関係ないと思うのですが・・・・今は、何という世の中なんでしょう。
今年の梅雨は陽性とのこと。降るときはどんどん降ると・・・・。
水不足の心配は解消しましたが、伊予路でも浸水被害や土砂災害が出ています。
昨年の水害を思い出しまして、心配になってきます。
さて、今日はオペラであります。
モーツァルトの「魔笛」。演奏はハイティンク/バイエルン放送響のEMI盤。
オペラにはなかなか親しむことが出来なかった。言葉の壁が大きかった。歌手がを言っているか分からない、どんな詞を歌っているのか分からないというのは辛いもんだ。対訳を見ながら聴けなくはないのだが、結構疲れるしなぁ。
てなわけで、オペラを好きになるのには時間がかかった。
その中で、分かりやすかったのは「魔笛」だった。話の筋が途中で逆転、メチャクチャになってしまうのだから、台本の出来は何ともお粗末としか言いようがないのだが、音楽は最高級。
こちらは、もう絶品としか言いようがない。
何枚か「魔笛」は聴いてきたが、最も思い入れが強いのはハイティンク/バイエルン放送響盤だ。初めて買ったオペラのCDだった。国内盤で3枚組10500円。1050円の間違いではない、1万500円もしたのであります。1枚3500円。高いなぁ。・・・それでもボクは買ったのです。お目当ては、エディタ・グルベローヴァ演ずる夜の女王。
圧倒的なコロラトゥーラ・ソプラノ!「玲瓏玉を転がす」なんて大時代的な言葉が、戦前から戦後間もなくの批評にあったような気がするが、このグルベローヴァにはまさにピッタリ。どこまでも突き抜けていきそうな高音、しかも輝きに満ちた声。低音部では濡れたような色気が発散して、聴き手をハッとさせる。潤いがあるコロラトゥーラ。2曲のアリアとも、最高の夜の女王が聴ける。この声を聴いてしまうと、どんな夜の女王でも満足できなくなる強烈な麻薬のようなもの。購入して20年以上、いまだグルベローヴァを上回る夜の女王に出会わず。
パミーナのルチア・ポップもスゴイ。パパゲーノとの二重唱「恋を知るほどの殿方には」の見事なアンサンブル。パパゲーノに合わせつつ、しかし、しっかりと朗々と歌い上げてゆく。グルベローヴァに比べてやや細めの高音が、やはり突き抜けてゆく。アリア「愛の喜びは露と消え」の情感豊かな歌唱は、ファンとしては涙なしには聴けない・・・。ポップはデビュー当時に、クレンペラー盤で夜の女王を演じているのだが、このパミーナも素晴らしい。パミーナの中にある芯の強さ、母性の強さを鮮やかに表現していると思う。
他のキャストも良い。ジークフリート・イェルザレムはタミーノの強さをよく表しているし、ローラント・ブラハトのザラストロも堂々としてはまり役と思う。そして、モノスタトスのハインツ・ツェドニク。この人はこういう役どころを歌わせたら実に巧いなぁ。
惜しいのはパパゲーノのヴォルフガング・ブレンデル。真面目すぎて面白味が不足。パパゲーノは、もう少し抜けた(間抜けな)歌唱・演技が出来る人が望ましいな。
管弦楽は、ハイティンクらしい真摯な伴奏。オケの音が素晴らしい。木質の肌触り、ゆったりと、ふっくらとした優しい情感もある。バイエルン放送響はもっとキラキラしたところがあったように思うのだが、さすがハイティンク。メルヘンの世界を表出するのに、大変素朴で滋味溢れる音で迫ってくる。
録音もEMIにしては最上級と思える。当時はだから大枚10500円を支払っても満足でありました。
ただ、輸入盤とはいえスウィトナーが指揮した「魔笛」は、今1000円もしません。これも素晴らしい演奏なんですが、ハイティンクの10分の1・・・・・(^^ゞ。
演奏の善し悪しに価格は関係ないと思うのですが・・・・今は、何という世の中なんでしょう。
2005/07/10のBlog
[ 05:06 ]
[ 交響曲 ]
高校2年の次男が、北海道への修学旅行から帰ってきました。
伊予路の高校生の修学旅行といえば、以前は東京一辺倒だったものですが、最近は生徒の希望に合わせて、北海道や沖縄、韓国や上海、シンガポールまで・・・・。いやはや贅沢なものであります。
で、土産が定番のタラバ。これは旨かった。随分高かったろう。他にも沢山の土産を買ってきていたので、家内はだいぶ散財したのではないかと心配しておりました。
なぁに、欲しいものをとことん買ってしまうのは遺伝子の働き、仕方あるまい。ワシなど出張のたびにCDを山ほど買い込んで来るではないかと、納得させましたが。
さて、カニを食って元気が出たところで、今日はクーベリックのベートーヴェン交響曲全集から、ウィーン・フィルとの7番。1974年9月の録音。
クーベリックの「ベト7」には、1970年頃に手兵のバイエルン放送響と録音したレコードがある(グラモフォン・スペシャルという1300円の廉価盤で所持している)が、このウィーン・フィル盤は、9曲のベートーヴェンの交響曲をすべて違うオケで録音しようというDGの企画物の1枚。
この全集は、オケの違いはもちろん楽しいのだが、クーベリック唯一のベートーヴェン全集として貴重だと思うし、愛聴盤でもある。
パリ管との田園、ボストンとの運命など、大好きな演奏もある。
これはレコードで初め購入した。御茶ノ水のディスク・ユニオンだったと思う、中古盤でも8000円もした。高かった。高いからと云うわけではないが、よく聴いた。その後、5年ほど前に同じく中古盤でCDを見つけ、買い直した。CDの方が聴きやすい音になっていると思う。
で、演奏はと言うと・・・・・・。
第1楽章から堂々とした演奏。テンポはゆったりとして、恰幅の良い、王者の歩みだ。さすがにウィーン・フィル、瑞々しい弦と明るめの管楽器が美しいアンサンブルを聴かせてくれる。
第2楽章の悲痛な響きも極上。もちろん、クーベリックのこと、情緒纏綿・お涙頂戴の愁嘆場になるようなことはなく、聴き手に迫る哀しみはもっとさりげなく、高貴だ。
第3楽章、たたみかけるような迫力が素晴らしい。ここでもテンポは堂々としたもの。性急になることがなく、安定感抜群。いわゆる爆演系ではなく、正統的・伝統的な演奏だと思うが、硬直していることはない。ウィーン・フィルだからか。
終楽章は、ヴァイオリンの両翼配置が効いて、第1・第2ヴァイオリンの掛け合いが楽しめる。ベートーヴェンやマーラーについては、オケの両翼配置の方が楽しめると思うのだが、この終楽章などはその典型だろう。クーベリックはここでも王者の歩み、正々堂々、貫禄十分の行進を見せつつ終結する。
聴き手は満足感一杯。
ああ、ベートーヴェンを聴いたなあ、という実感で喜びに浸れる1枚であります。
伊予路の高校生の修学旅行といえば、以前は東京一辺倒だったものですが、最近は生徒の希望に合わせて、北海道や沖縄、韓国や上海、シンガポールまで・・・・。いやはや贅沢なものであります。
で、土産が定番のタラバ。これは旨かった。随分高かったろう。他にも沢山の土産を買ってきていたので、家内はだいぶ散財したのではないかと心配しておりました。
なぁに、欲しいものをとことん買ってしまうのは遺伝子の働き、仕方あるまい。ワシなど出張のたびにCDを山ほど買い込んで来るではないかと、納得させましたが。
さて、カニを食って元気が出たところで、今日はクーベリックのベートーヴェン交響曲全集から、ウィーン・フィルとの7番。1974年9月の録音。
クーベリックの「ベト7」には、1970年頃に手兵のバイエルン放送響と録音したレコードがある(グラモフォン・スペシャルという1300円の廉価盤で所持している)が、このウィーン・フィル盤は、9曲のベートーヴェンの交響曲をすべて違うオケで録音しようというDGの企画物の1枚。
この全集は、オケの違いはもちろん楽しいのだが、クーベリック唯一のベートーヴェン全集として貴重だと思うし、愛聴盤でもある。
パリ管との田園、ボストンとの運命など、大好きな演奏もある。
これはレコードで初め購入した。御茶ノ水のディスク・ユニオンだったと思う、中古盤でも8000円もした。高かった。高いからと云うわけではないが、よく聴いた。その後、5年ほど前に同じく中古盤でCDを見つけ、買い直した。CDの方が聴きやすい音になっていると思う。
で、演奏はと言うと・・・・・・。
第1楽章から堂々とした演奏。テンポはゆったりとして、恰幅の良い、王者の歩みだ。さすがにウィーン・フィル、瑞々しい弦と明るめの管楽器が美しいアンサンブルを聴かせてくれる。
第2楽章の悲痛な響きも極上。もちろん、クーベリックのこと、情緒纏綿・お涙頂戴の愁嘆場になるようなことはなく、聴き手に迫る哀しみはもっとさりげなく、高貴だ。
第3楽章、たたみかけるような迫力が素晴らしい。ここでもテンポは堂々としたもの。性急になることがなく、安定感抜群。いわゆる爆演系ではなく、正統的・伝統的な演奏だと思うが、硬直していることはない。ウィーン・フィルだからか。
終楽章は、ヴァイオリンの両翼配置が効いて、第1・第2ヴァイオリンの掛け合いが楽しめる。ベートーヴェンやマーラーについては、オケの両翼配置の方が楽しめると思うのだが、この終楽章などはその典型だろう。クーベリックはここでも王者の歩み、正々堂々、貫禄十分の行進を見せつつ終結する。
聴き手は満足感一杯。
ああ、ベートーヴェンを聴いたなあ、という実感で喜びに浸れる1枚であります。
2005/07/09のBlog
[ 03:33 ]
[ 管弦楽曲 ]
夕方5時過ぎより、職場対抗ソフトボールの試合。
月曜日の1回戦は雨天による抽選勝ち、今日の2回戦は21対5の大勝。
我がチームの若きエースが好調、打線も爆発。
次の13日の試合に勝つと県大会出場が決まるのだが、自分はその日から出張のため出番なし。老齢鈍足凡打ザル守の二塁手がいなければ、勝つチャンスが増えて良いかもしれない(^^ゞ。
そうや・・・先発メンバーの最高齢であることに気づき愕然。光陰矢のごとし。脚がもつれるのも当然か。
さて、今日はバッハの管弦楽組曲。
クラシック音楽を聴き始めた頃は、バロックをよく聴いた。聴きやすいメロディで、親しみやすかったからだ。バッハ、ヘンデルやアルビノーニ、パッヘルベルなど、いわゆる「バロック名曲集」を買ってきては楽しんでいた。
これはそのうちの1枚で、とても懐かしいLPレコード。パイヤール室内管弦楽団のバッハ・管弦楽組曲第2番BWV1067。
ERATO原盤の全集レコードの型番はERX2213-14。1976年録音で初出当時は2枚組で5000円もした。もちろん、当時は新譜で買えるはずもなく、購入は中古盤、御茶ノ水のディスク・ユニオンだったと思う。
この曲は、「フルート協奏曲」などと評されることもあるが、協奏的ではないと思うなァ・・・・。
フルートは殆ど第1ヴァイオリンのパートと重なって、独特の響きを作り出す。
この響きが実に味わい深く、時にひなびて聞こえるのがイイ。
パイヤールはフランスの演奏団体。
音色は明るく、艶やかだ。やや乾いたような音でもある。録音もその軽みを引き出すような感じ。
響きがもたれないのは、いかにもフランス的か。
(ドイツの演奏団体だと、音が厚ぼったくなると言うか、理屈っぽいというか、モコモコした響きを感じてしまうことがある)
雨が続いて湿気が多い日には、この明るく艶やかでやや乾いた響きのフランスの演奏を聴きたくなる。
フルート独奏はアラン・マリオン。この録音の翌年、38歳の若さでパリ音楽院の教授になる演奏家。音色は明るく、音の粒立ちもよい。楽譜の一つ一つの音を慈しむように吹いてゆく(マリオンは1998年8月、韓国で臓発作のため急逝している。残念)。
ソロが映えるブレーの中間部、ポロネーズの後半部は特に美しい。
組曲第2番での管楽器は、このフルートのみなので、音が徐々に消えてゆく部分、その余韻が特に美しく聞こえる。
終曲のバディネリは、フルートのまさに独壇場。鮮やかなマリオンのフルートが奔放に飛び回って快感である。
この全集、第3番・4番がもっと素晴らしいのだが、それについてはまたの機会にでも(^-^)。
月曜日の1回戦は雨天による抽選勝ち、今日の2回戦は21対5の大勝。
我がチームの若きエースが好調、打線も爆発。
次の13日の試合に勝つと県大会出場が決まるのだが、自分はその日から出張のため出番なし。老齢鈍足凡打ザル守の二塁手がいなければ、勝つチャンスが増えて良いかもしれない(^^ゞ。
そうや・・・先発メンバーの最高齢であることに気づき愕然。光陰矢のごとし。脚がもつれるのも当然か。
さて、今日はバッハの管弦楽組曲。
クラシック音楽を聴き始めた頃は、バロックをよく聴いた。聴きやすいメロディで、親しみやすかったからだ。バッハ、ヘンデルやアルビノーニ、パッヘルベルなど、いわゆる「バロック名曲集」を買ってきては楽しんでいた。
これはそのうちの1枚で、とても懐かしいLPレコード。パイヤール室内管弦楽団のバッハ・管弦楽組曲第2番BWV1067。
ERATO原盤の全集レコードの型番はERX2213-14。1976年録音で初出当時は2枚組で5000円もした。もちろん、当時は新譜で買えるはずもなく、購入は中古盤、御茶ノ水のディスク・ユニオンだったと思う。
この曲は、「フルート協奏曲」などと評されることもあるが、協奏的ではないと思うなァ・・・・。
フルートは殆ど第1ヴァイオリンのパートと重なって、独特の響きを作り出す。
この響きが実に味わい深く、時にひなびて聞こえるのがイイ。
パイヤールはフランスの演奏団体。
音色は明るく、艶やかだ。やや乾いたような音でもある。録音もその軽みを引き出すような感じ。
響きがもたれないのは、いかにもフランス的か。
(ドイツの演奏団体だと、音が厚ぼったくなると言うか、理屈っぽいというか、モコモコした響きを感じてしまうことがある)
雨が続いて湿気が多い日には、この明るく艶やかでやや乾いた響きのフランスの演奏を聴きたくなる。
フルート独奏はアラン・マリオン。この録音の翌年、38歳の若さでパリ音楽院の教授になる演奏家。音色は明るく、音の粒立ちもよい。楽譜の一つ一つの音を慈しむように吹いてゆく(マリオンは1998年8月、韓国で臓発作のため急逝している。残念)。
ソロが映えるブレーの中間部、ポロネーズの後半部は特に美しい。
組曲第2番での管楽器は、このフルートのみなので、音が徐々に消えてゆく部分、その余韻が特に美しく聞こえる。
終曲のバディネリは、フルートのまさに独壇場。鮮やかなマリオンのフルートが奔放に飛び回って快感である。
この全集、第3番・4番がもっと素晴らしいのだが、それについてはまたの機会にでも(^-^)。
2005/07/08のBlog
[ 05:24 ]
[ 協奏曲 ]
蒸し暑い一日です。30度を少し超えた程度なのに、暑苦しい日でありました。
まだまだ梅雨前線は健在。
不快指数の高い日々は続きそうです。
さて、今日はシューマンでも聴いてみようと、レコード棚をゴソゴソ・・・。
シューマンの作品、歌曲やピアノ曲が一番面白いと、クラシック好きな同僚が言うのですが、どうも相性が悪いようです。
シューマンといえば、まず交響曲、そしてピアノ協奏曲なのです。
ピアノ協奏曲は大好き。
今日はアリシア・デ・ラローチャのピアノ、管弦楽は、シャルル・デュトワ指揮ロイヤル・フィルの演奏で聴いた。
ラローチャのピアノは、モーツァルトの22番協奏曲でも書いたように、全く清冽な音。
美味い地元の水のように新鮮で、光るような音。
アナログ・ディスクなので、包み込むような暖かさ・ふっくらと広がる柔らかさもある。ジャケット写真を眺めながら聴いていると、容貌よろしく、母なる暖かさを感じる。
女性ピアニストの中には、巫女のような霊感を漂わせる演奏家もいるが(アルゲリッチのように)、ラローチャは違う。
母性の安心感、両手を広げて聴き手を包み込む愛情に満ちた演奏家だと思う。
テンポはゆったり。一音一音を弾き飛ばさず、じっくり聴き手に示すように弾く。
速いパッセージでも、念を押すような独特のアーティキュレーション。
優しい感情に満ちた演奏。
管弦楽との対話も美しい。第1楽章で、オーボエが主題を歌いながらすすり泣くところで、ラローチャのピアノがスッとオーボエに寄り添う。本来は、オーボエがピアノに寄り添うものだろうに、聴いていると、ラローチャが管弦楽を愛撫しているような錯覚に陥る。
第2楽章も落ち着いたテンポは変わらない。デュトワ/ロイヤル・フィルの紡ぎ出す伴奏が美しい。おおらかに広がってゆく伴奏。決して雄大ではないのだが、ラローチャのピアノに触発されたのか、ふっくらと豊満な管弦楽。
終楽章でもラローチャは慌てない。克明に引き抜く。でも、肩に力が入った真面目さと言うより、それは、母の愛情のように真摯で優しい心映えだと思う。見事な終曲。
1980年のアナログ録音。ロンドンの名スタジオ、キングズウェイ・ホールでのもの。
日本発売は1982年。この翌年、デュトワはあの「ダフニスとクロエ」で一気にブレイクする。その直前、「合わせものが得意な指揮者」とのレッテルを押されていた頃の最後の録音かと思う。
伴奏がよいと、ソロがホンマに美しい。
エエ協奏曲やなぁ。
まだまだ梅雨前線は健在。
不快指数の高い日々は続きそうです。
さて、今日はシューマンでも聴いてみようと、レコード棚をゴソゴソ・・・。
シューマンの作品、歌曲やピアノ曲が一番面白いと、クラシック好きな同僚が言うのですが、どうも相性が悪いようです。
シューマンといえば、まず交響曲、そしてピアノ協奏曲なのです。
ピアノ協奏曲は大好き。
今日はアリシア・デ・ラローチャのピアノ、管弦楽は、シャルル・デュトワ指揮ロイヤル・フィルの演奏で聴いた。
ラローチャのピアノは、モーツァルトの22番協奏曲でも書いたように、全く清冽な音。
美味い地元の水のように新鮮で、光るような音。
アナログ・ディスクなので、包み込むような暖かさ・ふっくらと広がる柔らかさもある。ジャケット写真を眺めながら聴いていると、容貌よろしく、母なる暖かさを感じる。
女性ピアニストの中には、巫女のような霊感を漂わせる演奏家もいるが(アルゲリッチのように)、ラローチャは違う。
母性の安心感、両手を広げて聴き手を包み込む愛情に満ちた演奏家だと思う。
テンポはゆったり。一音一音を弾き飛ばさず、じっくり聴き手に示すように弾く。
速いパッセージでも、念を押すような独特のアーティキュレーション。
優しい感情に満ちた演奏。
管弦楽との対話も美しい。第1楽章で、オーボエが主題を歌いながらすすり泣くところで、ラローチャのピアノがスッとオーボエに寄り添う。本来は、オーボエがピアノに寄り添うものだろうに、聴いていると、ラローチャが管弦楽を愛撫しているような錯覚に陥る。
第2楽章も落ち着いたテンポは変わらない。デュトワ/ロイヤル・フィルの紡ぎ出す伴奏が美しい。おおらかに広がってゆく伴奏。決して雄大ではないのだが、ラローチャのピアノに触発されたのか、ふっくらと豊満な管弦楽。
終楽章でもラローチャは慌てない。克明に引き抜く。でも、肩に力が入った真面目さと言うより、それは、母の愛情のように真摯で優しい心映えだと思う。見事な終曲。
1980年のアナログ録音。ロンドンの名スタジオ、キングズウェイ・ホールでのもの。
日本発売は1982年。この翌年、デュトワはあの「ダフニスとクロエ」で一気にブレイクする。その直前、「合わせものが得意な指揮者」とのレッテルを押されていた頃の最後の録音かと思う。
伴奏がよいと、ソロがホンマに美しい。
エエ協奏曲やなぁ。
2005/07/07のBlog
[ 01:31 ]
[ 交響曲 ]
注文していたCD、届き始めると次々とやってくるものです(^^ゞ。
今日はシューベルトの交響曲全集。スウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレの演奏。DENONの廉価盤、5枚組税込み4200円也。
早速、第5番変ロ長調D485を聴いた。
これは、「未完成」との組み合わせで発売されたスウィトナーのシューベルト全集の第1弾だった。録音は1983年、国内発売は1984年だったと思う。
当時は、まだ埼玉に住んでいた頃で、友人が「このLPはいいぞイイぞ」と貸してくれたものだった。一聴、音が良いのにビックリした。これがあのB&Kマイク使用の効果なのかと思ったし、東ベルリンのイエス・キリスト教会の音響の良さに感心したものだ。
ホンマ懐かしい曲。
このシンフォニーは、小編成オケ向きに書かれている。フルート1、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、それに弦5部。トランペットやトロンボーンなどのキラキラしたり甘く響いたりする楽器がないので、室内オケでも十分に演奏できる曲。
スウィトナーは、ベルリン・シュターツカペレのきめの細かい、温もりのあるサウンドを生かして、爽やかなシューベルトを聴かせてくれる。
第1楽章など、きれいで爽快。出来の良いプレーン・ヨーグルトの味わい。舌触りがプルン、ツルッとして実に美味い。この交響曲の開始として、ワクワクさせてくれる音。
小編成なので、決して重厚ではない。といって軽いわけでもない中庸の音。
第2楽章のアンダンテの歩みは、余裕のある足取り。ここでも音が洗練されている。鮮烈な輝きはないのだが、包まれてゆく安心感のある木質の響き。自然な味わいがたまらない。
第3楽章のメヌエットが一番面白いかな。ト短調の3拍子なので、踊るようなしかし痛切な響きが聴き取れる。後の「未完成」の虚無感に通じるものがあるように思えてくるのは、想像を膨らませすぎか。ト長調になるトリオとの対比は抜群に面白い。
終楽章は、第1楽章と同じく爽快に締めくくる。第1楽章が序曲なら、この終楽章はオペラでいうと軽快な終曲。ベルリン・シュターツカペレはますます好調で、この音ならいつまでも聴き続けていたいと思う。昔、子供の頃よく触った、出来の良い練り絹のような肌触り。たまりません。
ああ、初期の1番からグレートまで、また、音楽を聴く楽しみが増えた。
ホンマ、クラシック音楽ってエエですなぁ。
今日はシューベルトの交響曲全集。スウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレの演奏。DENONの廉価盤、5枚組税込み4200円也。
早速、第5番変ロ長調D485を聴いた。
これは、「未完成」との組み合わせで発売されたスウィトナーのシューベルト全集の第1弾だった。録音は1983年、国内発売は1984年だったと思う。
当時は、まだ埼玉に住んでいた頃で、友人が「このLPはいいぞイイぞ」と貸してくれたものだった。一聴、音が良いのにビックリした。これがあのB&Kマイク使用の効果なのかと思ったし、東ベルリンのイエス・キリスト教会の音響の良さに感心したものだ。
ホンマ懐かしい曲。
このシンフォニーは、小編成オケ向きに書かれている。フルート1、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、それに弦5部。トランペットやトロンボーンなどのキラキラしたり甘く響いたりする楽器がないので、室内オケでも十分に演奏できる曲。
スウィトナーは、ベルリン・シュターツカペレのきめの細かい、温もりのあるサウンドを生かして、爽やかなシューベルトを聴かせてくれる。
第1楽章など、きれいで爽快。出来の良いプレーン・ヨーグルトの味わい。舌触りがプルン、ツルッとして実に美味い。この交響曲の開始として、ワクワクさせてくれる音。
小編成なので、決して重厚ではない。といって軽いわけでもない中庸の音。
第2楽章のアンダンテの歩みは、余裕のある足取り。ここでも音が洗練されている。鮮烈な輝きはないのだが、包まれてゆく安心感のある木質の響き。自然な味わいがたまらない。
第3楽章のメヌエットが一番面白いかな。ト短調の3拍子なので、踊るようなしかし痛切な響きが聴き取れる。後の「未完成」の虚無感に通じるものがあるように思えてくるのは、想像を膨らませすぎか。ト長調になるトリオとの対比は抜群に面白い。
終楽章は、第1楽章と同じく爽快に締めくくる。第1楽章が序曲なら、この終楽章はオペラでいうと軽快な終曲。ベルリン・シュターツカペレはますます好調で、この音ならいつまでも聴き続けていたいと思う。昔、子供の頃よく触った、出来の良い練り絹のような肌触り。たまりません。
ああ、初期の1番からグレートまで、また、音楽を聴く楽しみが増えた。
ホンマ、クラシック音楽ってエエですなぁ。
2005/07/06のBlog
[ 02:51 ]
[ 協奏曲 ]
梅雨らしい天気が続いております。ようやく。
しとしと雨が、降ったりやんだり。
水不足も殆ど解消。ホッとしました。
ただ、部屋の中も梅雨らしくジトジトしております。
こんな日はカラッとした音楽を聴きたいもの。
モーツァルトのコンチェルトを爽やかに聴いてみようか・・・。
モーツァルトのピアノ協奏曲、20番以降はどれも甲乙つけがたい名曲だと思う。
今日は第26番ニ長調K537「戴冠式」。
演奏は内田光子のピアノ、ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管。
1987年6月、ロンドンのセント・ジョンズ教会での録音。
内田光子がモーツァルトのピアノソナタを録音して成功、それを受けてピアノ協奏曲の全曲を録音し始めた、その第3作だったと思う。
「戴冠式」は、モーツァルトにしては、「外面的で、あまりよく書けていない」という評価を読んだこともあるが、ボクにとっては大切な名曲、大好きなのであります。
全曲を通じて、内田光子のピアノが素晴らしい。
優雅でデリカシーに富んでいる。
ピアニシモの繊細さ、ニュアンスの多彩さは、ちょっと他のピアニストではなかなか聴けないのではないか?
残響豊かな教会での録音なので、ピアノはとても柔らかく聞こえる。
音色は綿毛で包むような雰囲気豊かなもの。
透きとおるとか、硬質でコツンとしたとかいうピアノではない。
クリーミーで甘い味わいの音色。我が家ではそう聞こえる。
これこそ、モーツァルトの音色にふさわしいのだと思う。
第1楽章冒頭の管弦楽、まずこの音が良い。フィリップスらしく残響豊かで弦セクションを美しく捉えた録音。テイトも力まず緩まず、イギリス室内管をきちんとまとめている感じ。
ピアノが登場すると、サァッと光が差し込んだようにステレオ空間が明るくなる。
一聴、内田のピアノは自然で、奔放に聞こえるのだが、計算ずくかもしれない。
カデンツァは内田自身の、センスに満ちたもの。川面にゆらめく光のような、ニュアンス豊かなカデンツァ。
第2楽章は装飾音をふんだんに取り入れて楽しい。その装飾音が、バックと見事に調和しているのは、テイトの功績だろうなぁ。音色は、瞬間瞬間に移り変わり、コロコロと弾むように進んでゆく。名演やなぁ。
終楽章のアレグレット。いつもながら、モーツァルトの協奏曲の終楽章は閃きが沢山。それを、内田とテイトが全部すくい取って、聴き手に教えてくれる。「ね?モーツァルトってスゴイでしょ?」とでも言っているかのように・・・。
「戴冠式」、気分によってピアニストを変えます。バレンボイム、ペライア、ブレンデル、アシュケナージ、アンネローゼ・シュミット、そしてグルダ・・・・。それぞれが美しい演奏を聴かせてくれます。それを楽しむ時間の、何と贅沢なこと!
ボクは果報者であります。部屋の湿気も取り除かれたかのようであります。
しとしと雨が、降ったりやんだり。
水不足も殆ど解消。ホッとしました。
ただ、部屋の中も梅雨らしくジトジトしております。
こんな日はカラッとした音楽を聴きたいもの。
モーツァルトのコンチェルトを爽やかに聴いてみようか・・・。
モーツァルトのピアノ協奏曲、20番以降はどれも甲乙つけがたい名曲だと思う。
今日は第26番ニ長調K537「戴冠式」。
演奏は内田光子のピアノ、ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管。
1987年6月、ロンドンのセント・ジョンズ教会での録音。
内田光子がモーツァルトのピアノソナタを録音して成功、それを受けてピアノ協奏曲の全曲を録音し始めた、その第3作だったと思う。
「戴冠式」は、モーツァルトにしては、「外面的で、あまりよく書けていない」という評価を読んだこともあるが、ボクにとっては大切な名曲、大好きなのであります。
全曲を通じて、内田光子のピアノが素晴らしい。
優雅でデリカシーに富んでいる。
ピアニシモの繊細さ、ニュアンスの多彩さは、ちょっと他のピアニストではなかなか聴けないのではないか?
残響豊かな教会での録音なので、ピアノはとても柔らかく聞こえる。
音色は綿毛で包むような雰囲気豊かなもの。
透きとおるとか、硬質でコツンとしたとかいうピアノではない。
クリーミーで甘い味わいの音色。我が家ではそう聞こえる。
これこそ、モーツァルトの音色にふさわしいのだと思う。
第1楽章冒頭の管弦楽、まずこの音が良い。フィリップスらしく残響豊かで弦セクションを美しく捉えた録音。テイトも力まず緩まず、イギリス室内管をきちんとまとめている感じ。
ピアノが登場すると、サァッと光が差し込んだようにステレオ空間が明るくなる。
一聴、内田のピアノは自然で、奔放に聞こえるのだが、計算ずくかもしれない。
カデンツァは内田自身の、センスに満ちたもの。川面にゆらめく光のような、ニュアンス豊かなカデンツァ。
第2楽章は装飾音をふんだんに取り入れて楽しい。その装飾音が、バックと見事に調和しているのは、テイトの功績だろうなぁ。音色は、瞬間瞬間に移り変わり、コロコロと弾むように進んでゆく。名演やなぁ。
終楽章のアレグレット。いつもながら、モーツァルトの協奏曲の終楽章は閃きが沢山。それを、内田とテイトが全部すくい取って、聴き手に教えてくれる。「ね?モーツァルトってスゴイでしょ?」とでも言っているかのように・・・。
「戴冠式」、気分によってピアニストを変えます。バレンボイム、ペライア、ブレンデル、アシュケナージ、アンネローゼ・シュミット、そしてグルダ・・・・。それぞれが美しい演奏を聴かせてくれます。それを楽しむ時間の、何と贅沢なこと!
ボクは果報者であります。部屋の湿気も取り除かれたかのようであります。
2005/07/05のBlog
[ 05:13 ]
[ 交響曲 ]
7月に入ってから、四国は雨続きです。大量に降りました。
ダムの貯水率も大幅に回復した模様です。
渇水に関しては、伊予路はほぼ大丈夫、讃岐方面は早明浦ダムがまだ半分だそうで、ここが一番の問題らしいです。
さて、HMVから注文していたCDが、ようやく届いた。最近待たされることが多く、注文していたことを忘れてしまうこともある。こちらのトシのせいばかりではなく、入荷が遅いのだろう。
「在庫有り、24時間以内に発送」と表示してあるCDは確かに到着も速い。が、一般の注文はどうも遅れがちで残念だ。
で、待望久しかったモーツァルトの交響曲全集。
ハンス・グラーフ指揮モーツァルテウム管弦楽団の演奏。
録音は1980年代後半。しかも13枚組2890円・・・・・・(@_@;)。何という価格。
LPのベーム/BPOの全集(DG盤)を中古盤で買えたときの価格は、今思えばべらぼうに高価だった。数寄屋橋のハンターで、財布の中身を数えながら必死の思いで購入したものだ。それに比べて・・・・・何という今は時代なのか。
さっそく、「リンツ」から聴く。
この交響曲は、ハ長調の調性の特徴なのだろう、晴れやかで爽快。涼やかな風が頬を撫でてゆくような快感を味わえる。心が弾んで、楽しいことが待ちかまえているような気分になってくる。
全集・選集を買ったときに、だから、まず聴くのはこの交響曲第36番「リンツ」なのだ。
「リンツ」をそんな風に聴かせてくれるか、ワクワクしながら。
小編成の室内管弦楽団らしい音。
分厚くモコモコしている音ではなく、柔軟で抜けてゆくような爽やかさのある音。
後方で鳴るホルンの奥ゆかしさ。オーボエやファゴットなどの木管も、弦セクションにきれいに融けあって、優美な響きを聴かせる。
第1楽章のテンポはモダン楽器としてはやや速め、溌剌として快適なもの。
オケは左右への広がりはないものの、奥行きが十分な録音。弦の音が柔らかく心地よい。
第2楽章のアンダンテ、第3楽章のメヌエットも爽やかに鳴り響く。フレージングも心地よく、心が弾む。
終楽章は快速。プレストだから当たり前なのだが、グラーフは4つの楽章の速度記号を、鮮やかに振り分けて、この終楽章ではクライマックスでロンドのような効果を見せている。
ああ、窓から部屋に吹き込んでくる朝風のように、気持ち良い。
この全集、52曲を収録。全部聴かなくちゃイケナイと思いつつ、ホンマに全部聴けるんかいなぁ。
でも、このレベルで演奏してくれるのなら、車に入れておいて通勤音楽で順々に聴いていこうかしら(^-^)。
ダムの貯水率も大幅に回復した模様です。
渇水に関しては、伊予路はほぼ大丈夫、讃岐方面は早明浦ダムがまだ半分だそうで、ここが一番の問題らしいです。
さて、HMVから注文していたCDが、ようやく届いた。最近待たされることが多く、注文していたことを忘れてしまうこともある。こちらのトシのせいばかりではなく、入荷が遅いのだろう。
「在庫有り、24時間以内に発送」と表示してあるCDは確かに到着も速い。が、一般の注文はどうも遅れがちで残念だ。
で、待望久しかったモーツァルトの交響曲全集。
ハンス・グラーフ指揮モーツァルテウム管弦楽団の演奏。
録音は1980年代後半。しかも13枚組2890円・・・・・・(@_@;)。何という価格。
LPのベーム/BPOの全集(DG盤)を中古盤で買えたときの価格は、今思えばべらぼうに高価だった。数寄屋橋のハンターで、財布の中身を数えながら必死の思いで購入したものだ。それに比べて・・・・・何という今は時代なのか。
さっそく、「リンツ」から聴く。
この交響曲は、ハ長調の調性の特徴なのだろう、晴れやかで爽快。涼やかな風が頬を撫でてゆくような快感を味わえる。心が弾んで、楽しいことが待ちかまえているような気分になってくる。
全集・選集を買ったときに、だから、まず聴くのはこの交響曲第36番「リンツ」なのだ。
「リンツ」をそんな風に聴かせてくれるか、ワクワクしながら。
小編成の室内管弦楽団らしい音。
分厚くモコモコしている音ではなく、柔軟で抜けてゆくような爽やかさのある音。
後方で鳴るホルンの奥ゆかしさ。オーボエやファゴットなどの木管も、弦セクションにきれいに融けあって、優美な響きを聴かせる。
第1楽章のテンポはモダン楽器としてはやや速め、溌剌として快適なもの。
オケは左右への広がりはないものの、奥行きが十分な録音。弦の音が柔らかく心地よい。
第2楽章のアンダンテ、第3楽章のメヌエットも爽やかに鳴り響く。フレージングも心地よく、心が弾む。
終楽章は快速。プレストだから当たり前なのだが、グラーフは4つの楽章の速度記号を、鮮やかに振り分けて、この終楽章ではクライマックスでロンドのような効果を見せている。
ああ、窓から部屋に吹き込んでくる朝風のように、気持ち良い。
この全集、52曲を収録。全部聴かなくちゃイケナイと思いつつ、ホンマに全部聴けるんかいなぁ。
でも、このレベルで演奏してくれるのなら、車に入れておいて通勤音楽で順々に聴いていこうかしら(^-^)。
2005/07/04のBlog
[ 05:13 ]
[ 交響曲 ]
金曜日の晩から、待ちに待った「雨」です。
しかし、その降り方が半端じゃありません。
昨年の水害を思い出させるような激しい雨。
浸水家屋が出ているとの報道もあり、大変であります。
我が家は「東予」にありますので、異状はなかったのですが、中予・南予は被害が出ている模様です。
何という梅雨でしょう。降らないのも大変ですが、降りすぎも困ります。
さて、今日は久しぶりのマーラー。大曲、交響曲第3番ニ短調。演奏はゲオルグ・ショルティ指揮シカゴ響。アルトはヘルガ・デルネシュ。
マーラーの3番ともなると、なかなか平日には聴けない。1時間40分もかかる大曲だけに、十分に時間があって(電話や来客がなく、家人からの野暮用もない)、余裕があるときに聴きたい。なぁに細切れで聴くのもイイのだが、終楽章の感動は、やはり全曲聴き通したあとに味わいたい。終楽章にこの交響曲の本質があると思うから。
マーラーの3番、初めて聴いたときには何が何だかさっぱり分からなかった。しかもあまりに長いので途中で居眠りしたし、終曲ではすっかり飽きてしまった。「ただ、長いだけの曲」という不幸な出逢いだった。
転機はインバル/フランクフルト放送響の5番を実演で聴いたこと。マーラーの5番の本当の姿を知るとともに、無性に他のマーラーの曲を聴きたくなったのだった。何とか自分のものにしたいなと思い、徹底して繰り返して聴くことにした。家でも車でも、音楽を聴くときにはすべて3番。クーベリックとショルティ、テンシュテットを既に持っていたので、これらを取っ替え引っ替え聴きまくった。
相性の悪かった3番も(後には何が何だかサッパリだった7番も)、1週間ぶっ通しで聴くことで、ようやく曲の構造が見えてきて理解できるようになった。今では、マーラーの交響曲で最も好きなものはと問われれば、躊躇なく「3番と7番」と答えるだろう。
その後、いろいろな指揮者で「マラ3」を聴いた。その中で、今も取り出す回数が多いのは、あのときの徹底聴きでのショルティ盤だ。
ショルティの指揮は明快そのもの。常に前向きで推進力があり、分かりやすい演奏。反面、マーラーのドロドロした部分は綺麗さっぱり洗い流されて、マーラーの心の奥底の心情などにはあまり縁のない演奏だと思う。
(もっとも、この3番などの比較的初期の交響曲で、あまりドロドロとやられるのも、何か変だとは思うのだが。ドロドロは後期の曲がお似合いだろう・・・)
しかも、オケが、これまた明快豪快陽性最強技術のスーパー軍団たるシカゴ響。マーラーの多彩で奔放な曲想・オーケストレーションを堪能できる。
第1楽章の冒頭、ホルン8本の見事さ。トロンボーンのソロの美しさ、豪快さ、巧さ。「夏の行進曲」にふさわしい着実なリズム。チェロやコントラバスの動きもよく捉えた録音。巧いなぁ・・・。これほど弛緩のない演奏はないと思う。
第2楽章は、弦セクションが素晴らしいアンサンブルを聴かせる。ショルティと言えば剛毅で豪快。でもここでは繊細で美しいアンサンブルを楽しませてくれる。
第3楽章は、ポストホルンの美しさに聴き惚れる。巧いだけではなく、何か遠い世界に思いを馳せさせてくれるような演奏。
第4・5楽章の歌唱も綺麗。特にデルネシュのアルトは美しい。貫禄もある。デルネシュはカラヤンの指揮した「トリスタンとイゾルデ」(EMI盤)でタイトルロールを歌ったことで知っていた。朗々とした歌唱は文句なし。
そして、感動の終楽章。金管・木管・弦楽セクションが一体化して、最高のオーケストラ音楽を奏でる。感情的にも豊かだし、弱音部では微妙なニュアンスが漂う。コーダではもう白熱して、こちらもウルウル状態。
ショルティ/シカゴの演奏で3番と出逢えたことに感謝しています。
ショルティの演奏には、いろいろな批評がありますが、マーラーの曲の構造やオーケストレーションの多彩さ、旋律の美しさなど、曲そのものを知る上では、ホンマ上手な指揮者だと思います。
じゃ、マーラーの情念を表出しているかというと、それは別問題でありまして・・・。
しかし、その降り方が半端じゃありません。
昨年の水害を思い出させるような激しい雨。
浸水家屋が出ているとの報道もあり、大変であります。
我が家は「東予」にありますので、異状はなかったのですが、中予・南予は被害が出ている模様です。
何という梅雨でしょう。降らないのも大変ですが、降りすぎも困ります。
さて、今日は久しぶりのマーラー。大曲、交響曲第3番ニ短調。演奏はゲオルグ・ショルティ指揮シカゴ響。アルトはヘルガ・デルネシュ。
マーラーの3番ともなると、なかなか平日には聴けない。1時間40分もかかる大曲だけに、十分に時間があって(電話や来客がなく、家人からの野暮用もない)、余裕があるときに聴きたい。なぁに細切れで聴くのもイイのだが、終楽章の感動は、やはり全曲聴き通したあとに味わいたい。終楽章にこの交響曲の本質があると思うから。
マーラーの3番、初めて聴いたときには何が何だかさっぱり分からなかった。しかもあまりに長いので途中で居眠りしたし、終曲ではすっかり飽きてしまった。「ただ、長いだけの曲」という不幸な出逢いだった。
転機はインバル/フランクフルト放送響の5番を実演で聴いたこと。マーラーの5番の本当の姿を知るとともに、無性に他のマーラーの曲を聴きたくなったのだった。何とか自分のものにしたいなと思い、徹底して繰り返して聴くことにした。家でも車でも、音楽を聴くときにはすべて3番。クーベリックとショルティ、テンシュテットを既に持っていたので、これらを取っ替え引っ替え聴きまくった。
相性の悪かった3番も(後には何が何だかサッパリだった7番も)、1週間ぶっ通しで聴くことで、ようやく曲の構造が見えてきて理解できるようになった。今では、マーラーの交響曲で最も好きなものはと問われれば、躊躇なく「3番と7番」と答えるだろう。
その後、いろいろな指揮者で「マラ3」を聴いた。その中で、今も取り出す回数が多いのは、あのときの徹底聴きでのショルティ盤だ。
ショルティの指揮は明快そのもの。常に前向きで推進力があり、分かりやすい演奏。反面、マーラーのドロドロした部分は綺麗さっぱり洗い流されて、マーラーの心の奥底の心情などにはあまり縁のない演奏だと思う。
(もっとも、この3番などの比較的初期の交響曲で、あまりドロドロとやられるのも、何か変だとは思うのだが。ドロドロは後期の曲がお似合いだろう・・・)
しかも、オケが、これまた明快豪快陽性最強技術のスーパー軍団たるシカゴ響。マーラーの多彩で奔放な曲想・オーケストレーションを堪能できる。
第1楽章の冒頭、ホルン8本の見事さ。トロンボーンのソロの美しさ、豪快さ、巧さ。「夏の行進曲」にふさわしい着実なリズム。チェロやコントラバスの動きもよく捉えた録音。巧いなぁ・・・。これほど弛緩のない演奏はないと思う。
第2楽章は、弦セクションが素晴らしいアンサンブルを聴かせる。ショルティと言えば剛毅で豪快。でもここでは繊細で美しいアンサンブルを楽しませてくれる。
第3楽章は、ポストホルンの美しさに聴き惚れる。巧いだけではなく、何か遠い世界に思いを馳せさせてくれるような演奏。
第4・5楽章の歌唱も綺麗。特にデルネシュのアルトは美しい。貫禄もある。デルネシュはカラヤンの指揮した「トリスタンとイゾルデ」(EMI盤)でタイトルロールを歌ったことで知っていた。朗々とした歌唱は文句なし。
そして、感動の終楽章。金管・木管・弦楽セクションが一体化して、最高のオーケストラ音楽を奏でる。感情的にも豊かだし、弱音部では微妙なニュアンスが漂う。コーダではもう白熱して、こちらもウルウル状態。
ショルティ/シカゴの演奏で3番と出逢えたことに感謝しています。
ショルティの演奏には、いろいろな批評がありますが、マーラーの曲の構造やオーケストレーションの多彩さ、旋律の美しさなど、曲そのものを知る上では、ホンマ上手な指揮者だと思います。
じゃ、マーラーの情念を表出しているかというと、それは別問題でありまして・・・。