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クラシック音楽のひとりごと
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2005/07/12のBlog
梅雨前線が活発化。7月中旬というのに、まだ梅雨真っ盛りであります。
蒸し暑いことこの上なし。
ドウセナラ、カーッと暑い真夏が来て欲しいもの。
高校野球の予選も始まるのに、心配なお天気でありますな。


さて、最近のマイブームは、ベートーヴェンの交響曲第1番と2番であります。

ベートーヴェンの若書きの2曲(実際はそんなに若くはないのだが)、覇気があって気持ち良い。
「やるぞ、やったるぞ」という若きベートーヴェンの声が聞こえてきそうだ。
仕事のストレスがたまる昨今、元気が出るクラシック音楽を聴きたいものだが、「運命」や「英雄」は少しもたれるし、「合唱」は構えて聴かなくちゃならないし(構えずに気楽に聴けばいいのに、3楽章あたりになるとやはり耳をそばだててマジになってしまう)・・・・
7番などが良いけれど、あれは一種のアジ演説だしなぁ。
ということで、この頃は1番2番を聴くのです。

今日はアバドの旧盤。ウィーン・フィルのシェフだった当時のDG盤。
発売当時は、どうも音が軽く聞こえて、薄味のような演奏だと思ったものだ。
だから、随分長く眠っていたはず。(結局、輸入盤全集を買い直したのだが・・・・(^^ゞ・・)。その頃は、もっぱらバーンスタインの暑苦しいまでのエネルギッシュな演奏や、ショルティのガチガチの全集が好みだった。スウィトナーの正統的堅牢明快な演奏や、ハイティンク/ACOの滋味溢れる演奏も好んで聴いていた。

それらに比べると、アバドのベートーヴェンは説得力が弱いなぁと感じていたし、録音もイマイチのように思えたのだ。

ところが、この第1番、よく聴いてみると爽快で聴きやすく、我が疲れを癒してくれる名盤となってしまった。
まず、ウィーン・フィルの音が良い。艶やかな弦楽、味わい深い木管、輝かしい金管は聴いていて心地よい。ベートーヴェンのオーケストレーションだから、輝かしく鳴り渡るということではないのだが、爽快に鳴るのは、ウィーン・フィルならではだろう。

アバドの指揮も推進力があって気持ち良い。聴いていて勇気が出てくる。もちろん、第2楽章のアンダンテ・カンタービレは、アバドらしく歌心に満ちた名演。第3楽章はメヌエットだが、「エ・ヴィヴァーチェ」が入っているので奔放になる。終楽章も、アバドは健康的に盛り上げてくれる。爽快。

このシンフォニー、時間はおおかた30分であります。
帰宅後、なかなかゆっくり音楽を聴けずに、もどかしいときにはお薦めの曲ですな。

爽快に盛り上がり、明日への勇気が湧いてきます。
2005/07/11のBlog
雨続きです。
今年の梅雨は陽性とのこと。降るときはどんどん降ると・・・・。
水不足の心配は解消しましたが、伊予路でも浸水被害や土砂災害が出ています。
昨年の水害を思い出しまして、心配になってきます。

さて、今日はオペラであります。
モーツァルトの「魔笛」。演奏はハイティンク/バイエルン放送響のEMI盤。

オペラにはなかなか親しむことが出来なかった。言葉の壁が大きかった。歌手がを言っているか分からない、どんな詞を歌っているのか分からないというのは辛いもんだ。対訳を見ながら聴けなくはないのだが、結構疲れるしなぁ。
てなわけで、オペラを好きになるのには時間がかかった。

その中で、分かりやすかったのは「魔笛」だった。話の筋が途中で逆転、メチャクチャになってしまうのだから、台本の出来は何ともお粗末としか言いようがないのだが、音楽は最高級。
こちらは、もう絶品としか言いようがない。

何枚か「魔笛」は聴いてきたが、最も思い入れが強いのはハイティンク/バイエルン放送響盤だ。初めて買ったオペラのCDだった。国内盤で3枚組10500円。1050円の間違いではない、1万500円もしたのであります。1枚3500円。高いなぁ。・・・それでもボクは買ったのです。お目当ては、エディタ・グルベローヴァ演ずる夜の女王。

圧倒的なコロラトゥーラ・ソプラノ!「玲瓏玉を転がす」なんて大時代的な言葉が、戦前から戦後間もなくの批評にあったような気がするが、このグルベローヴァにはまさにピッタリ。どこまでも突き抜けていきそうな高音、しかも輝きに満ちた声。低音部では濡れたような色気が発散して、聴き手をハッとさせる。潤いがあるコロラトゥーラ。2曲のアリアとも、最高の夜の女王が聴ける。この声を聴いてしまうと、どんな夜の女王でも満足できなくなる強烈な麻薬のようなもの。購入して20年以上、いまだグルベローヴァを上回る夜の女王に出会わず。

パミーナのルチア・ポップもスゴイ。パパゲーノとの二重唱「恋を知るほどの殿方には」の見事なアンサンブル。パパゲーノに合わせつつ、しかし、しっかりと朗々と歌い上げてゆく。グルベローヴァに比べてやや細めの高音が、やはり突き抜けてゆく。アリア「愛の喜びは露と消え」の情感豊かな歌唱は、ファンとしては涙なしには聴けない・・・。ポップはデビュー当時に、クレンペラー盤で夜の女王を演じているのだが、このパミーナも素晴らしい。パミーナの中にある芯の強さ、母性の強さを鮮やかに表現していると思う。

他のキャストも良い。ジークフリート・イェルザレムはタミーノの強さをよく表しているし、ローラント・ブラハトのザラストロも堂々としてはまり役と思う。そして、モノスタトスのハインツ・ツェドニク。この人はこういう役どころを歌わせたら実に巧いなぁ。
惜しいのはパパゲーノのヴォルフガング・ブレンデル。真面目すぎて面白味が不足。パパゲーノは、もう少し抜けた(間抜けな)歌唱・演技が出来る人が望ましいな。

管弦楽は、ハイティンクらしい真摯な伴奏。オケの音が素晴らしい。木質の肌触り、ゆったりと、ふっくらとした優しい情感もある。バイエルン放送響はもっとキラキラしたところがあったように思うのだが、さすがハイティンク。メルヘンの世界を表出するのに、大変素朴で滋味溢れる音で迫ってくる。
録音もEMIにしては最上級と思える。当時はだから大枚10500円を支払っても満足でありました。

ただ、輸入盤とはいえスウィトナーが指揮した「魔笛」は、今1000円もしません。これも素晴らしい演奏なんですが、ハイティンクの10分の1・・・・・(^^ゞ。
演奏の善し悪しに価格は関係ないと思うのですが・・・・今は、何という世の中なんでしょう。
2005/07/10のBlog
高校2年の次男が、北海道への修学旅行から帰ってきました。
伊予路の高校生の修学旅行といえば、以前は東京一辺倒だったものですが、最近は生徒の希望に合わせて、北海道や沖縄、韓国や上海、シンガポールまで・・・・。いやはや贅沢なものであります。
で、土産が定番のタラバ。これは旨かった。随分高かったろう。他にも沢山の土産を買ってきていたので、家内はだいぶ散財したのではないかと心配しておりました。
なぁに、欲しいものをとことん買ってしまうのは遺伝子の働き、仕方あるまい。ワシなど出張のたびにCDを山ほど買い込んで来るではないかと、納得させましたが。

さて、カニを食って元気が出たところで、今日はクーベリックのベートーヴェン交響曲全集から、ウィーン・フィルとの7番。1974年9月の録音。

クーベリックの「ベト7」には、1970年頃に手兵のバイエルン放送響と録音したレコードがある(グラモフォン・スペシャルという1300円の廉価盤で所持している)が、このウィーン・フィル盤は、9曲のベートーヴェンの交響曲をすべて違うオケで録音しようというDGの企画物の1枚。
この全集は、オケの違いはもちろん楽しいのだが、クーベリック唯一のベートーヴェン全集として貴重だと思うし、愛聴盤でもある。
パリ管との田園、ボストンとの運命など、大好きな演奏もある。

これはレコードで初め購入した。御茶ノ水のディスク・ユニオンだったと思う、中古盤でも8000円もした。高かった。高いからと云うわけではないが、よく聴いた。その後、5年ほど前に同じく中古盤でCDを見つけ、買い直した。CDの方が聴きやすい音になっていると思う。

で、演奏はと言うと・・・・・・。
第1楽章から堂々とした演奏。テンポはゆったりとして、恰幅の良い、王者の歩みだ。さすがにウィーン・フィル、瑞々しい弦と明るめの管楽器が美しいアンサンブルを聴かせてくれる。
第2楽章の悲痛な響きも極上。もちろん、クーベリックのこと、情緒纏綿・お涙頂戴の愁嘆場になるようなことはなく、聴き手に迫る哀しみはもっとさりげなく、高貴だ。
第3楽章、たたみかけるような迫力が素晴らしい。ここでもテンポは堂々としたもの。性急になることがなく、安定感抜群。いわゆる爆演系ではなく、正統的・伝統的な演奏だと思うが、硬直していることはない。ウィーン・フィルだからか。
終楽章は、ヴァイオリンの両翼配置が効いて、第1・第2ヴァイオリンの掛け合いが楽しめる。ベートーヴェンやマーラーについては、オケの両翼配置の方が楽しめると思うのだが、この終楽章などはその典型だろう。クーベリックはここでも王者の歩み、正々堂々、貫禄十分の行進を見せつつ終結する。
聴き手は満足感一杯。

ああ、ベートーヴェンを聴いたなあ、という実感で喜びに浸れる1枚であります。
2005/07/09のBlog
夕方5時過ぎより、職場対抗ソフトボールの試合。
月曜日の1回戦は雨天による抽選勝ち、今日の2回戦は21対5の大勝。
我がチームの若きエースが好調、打線も爆発。
次の13日の試合に勝つと県大会出場が決まるのだが、自分はその日から出張のため出番なし。老齢鈍足凡打ザル守の二塁手がいなければ、勝つチャンスが増えて良いかもしれない(^^ゞ。
そうや・・・先発メンバーの最高齢であることに気づき愕然。光陰矢のごとし。脚がもつれるのも当然か。

さて、今日はバッハの管弦楽組曲。

クラシック音楽を聴き始めた頃は、バロックをよく聴いた。聴きやすいメロディで、親しみやすかったからだ。バッハ、ヘンデルやアルビノーニ、パッヘルベルなど、いわゆる「バロック名曲集」を買ってきては楽しんでいた。

これはそのうちの1枚で、とても懐かしいLPレコード。パイヤール室内管弦楽団のバッハ・管弦楽組曲第2番BWV1067。
ERATO原盤の全集レコードの型番はERX2213-14。1976年録音で初出当時は2枚組で5000円もした。もちろん、当時は新譜で買えるはずもなく、購入は中古盤、御茶ノ水のディスク・ユニオンだったと思う。

この曲は、「フルート協奏曲」などと評されることもあるが、協奏的ではないと思うなァ・・・・。
フルートは殆ど第1ヴァイオリンのパートと重なって、独特の響きを作り出す。
この響きが実に味わい深く、時にひなびて聞こえるのがイイ。

パイヤールはフランスの演奏団体。
音色は明るく、艶やかだ。やや乾いたような音でもある。録音もその軽みを引き出すような感じ。
響きがもたれないのは、いかにもフランス的か。
(ドイツの演奏団体だと、音が厚ぼったくなると言うか、理屈っぽいというか、モコモコした響きを感じてしまうことがある)
雨が続いて湿気が多い日には、この明るく艶やかでやや乾いた響きのフランスの演奏を聴きたくなる。

フルート独奏はアラン・マリオン。この録音の翌年、38歳の若さでパリ音楽院の教授になる演奏家。音色は明るく、音の粒立ちもよい。楽譜の一つ一つの音を慈しむように吹いてゆく(マリオンは1998年8月、韓国で臓発作のため急逝している。残念)。

ソロが映えるブレーの中間部、ポロネーズの後半部は特に美しい。
組曲第2番での管楽器は、このフルートのみなので、音が徐々に消えてゆく部分、その余韻が特に美しく聞こえる。
終曲のバディネリは、フルートのまさに独壇場。鮮やかなマリオンのフルートが奔放に飛び回って快感である。

この全集、第3番・4番がもっと素晴らしいのだが、それについてはまたの機会にでも(^-^)。
2005/07/08のBlog
蒸し暑い一日です。30度を少し超えた程度なのに、暑苦しい日でありました。
まだまだ梅雨前線は健在。
不快指数の高い日々は続きそうです。

さて、今日はシューマンでも聴いてみようと、レコード棚をゴソゴソ・・・。
シューマンの作品、歌曲やピアノ曲が一番面白いと、クラシック好きな同僚が言うのですが、どうも相性が悪いようです。
シューマンといえば、まず交響曲、そしてピアノ協奏曲なのです。

ピアノ協奏曲は大好き。
今日はアリシア・デ・ラローチャのピアノ、管弦楽は、シャルル・デュトワ指揮ロイヤル・フィルの演奏で聴いた。

ラローチャのピアノは、モーツァルトの22番協奏曲でも書いたように、全く清冽な音。
美味い地元の水のように新鮮で、光るような音。
アナログ・ディスクなので、包み込むような暖かさ・ふっくらと広がる柔らかさもある。ジャケット写真を眺めながら聴いていると、容貌よろしく、母なる暖かさを感じる。
女性ピアニストの中には、巫女のような霊感を漂わせる演奏家もいるが(アルゲリッチのように)、ラローチャは違う。
母性の安心感、両手を広げて聴き手を包み込む愛情に満ちた演奏家だと思う。

テンポはゆったり。一音一音を弾き飛ばさず、じっくり聴き手に示すように弾く。
速いパッセージでも、念を押すような独特のアーティキュレーション。
優しい感情に満ちた演奏。

管弦楽との対話も美しい。第1楽章で、オーボエが主題を歌いながらすすり泣くところで、ラローチャのピアノがスッとオーボエに寄り添う。本来は、オーボエがピアノに寄り添うものだろうに、聴いていると、ラローチャが管弦楽を愛撫しているような錯覚に陥る。
第2楽章も落ち着いたテンポは変わらない。デュトワ/ロイヤル・フィルの紡ぎ出す伴奏が美しい。おおらかに広がってゆく伴奏。決して雄大ではないのだが、ラローチャのピアノに触発されたのか、ふっくらと豊満な管弦楽。
終楽章でもラローチャは慌てない。克明に引き抜く。でも、肩に力が入った真面目さと言うより、それは、母の愛情のように真摯で優しい心映えだと思う。見事な終曲。

1980年のアナログ録音。ロンドンの名スタジオ、キングズウェイ・ホールでのもの。
日本発売は1982年。この翌年、デュトワはあの「ダフニスとクロエ」で一気にブレイクする。その直前、「合わせものが得意な指揮者」とのレッテルを押されていた頃の最後の録音かと思う。

伴奏がよいと、ソロがホンマに美しい。
エエ協奏曲やなぁ。
2005/07/07のBlog
注文していたCD、届き始めると次々とやってくるものです(^^ゞ。
今日はシューベルトの交響曲全集。スウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレの演奏。DENONの廉価盤、5枚組税込み4200円也。

早速、第5番変ロ長調D485を聴いた。

これは、「未完成」との組み合わせで発売されたスウィトナーのシューベルト全集の第1弾だった。録音は1983年、国内発売は1984年だったと思う。
当時は、まだ埼玉に住んでいた頃で、友人が「このLPはいいぞイイぞ」と貸してくれたものだった。一聴、音が良いのにビックリした。これがあのB&Kマイク使用の効果なのかと思ったし、東ベルリンのイエス・キリスト教会の音響の良さに感心したものだ。
ホンマ懐かしい曲。

このシンフォニーは、小編成オケ向きに書かれている。フルート1、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、それに弦5部。トランペットやトロンボーンなどのキラキラしたり甘く響いたりする楽器がないので、室内オケでも十分に演奏できる曲。

スウィトナーは、ベルリン・シュターツカペレのきめの細かい、温もりのあるサウンドを生かして、爽やかなシューベルトを聴かせてくれる。
第1楽章など、きれいで爽快。出来の良いプレーン・ヨーグルトの味わい。舌触りがプルン、ツルッとして実に美味い。この交響曲の開始として、ワクワクさせてくれる音。
小編成なので、決して重厚ではない。といって軽いわけでもない中庸の音。
第2楽章のアンダンテの歩みは、余裕のある足取り。ここでも音が洗練されている。鮮烈な輝きはないのだが、包まれてゆく安心感のある木質の響き。自然な味わいがたまらない。
第3楽章のメヌエットが一番面白いかな。ト短調の3拍子なので、踊るようなしかし痛切な響きが聴き取れる。後の「未完成」の虚無感に通じるものがあるように思えてくるのは、想像を膨らませすぎか。ト長調になるトリオとの対比は抜群に面白い。

終楽章は、第1楽章と同じく爽快に締めくくる。第1楽章が序曲なら、この終楽章はオペラでいうと軽快な終曲。ベルリン・シュターツカペレはますます好調で、この音ならいつまでも聴き続けていたいと思う。昔、子供の頃よく触った、出来の良い練り絹のような肌触り。たまりません。


ああ、初期の1番からグレートまで、また、音楽を聴く楽しみが増えた。
ホンマ、クラシック音楽ってエエですなぁ。
2005/07/06のBlog
梅雨らしい天気が続いております。ようやく。
しとしと雨が、降ったりやんだり。
水不足も殆ど解消。ホッとしました。

ただ、部屋の中も梅雨らしくジトジトしております。
こんな日はカラッとした音楽を聴きたいもの。
モーツァルトのコンチェルトを爽やかに聴いてみようか・・・。

モーツァルトのピアノ協奏曲、20番以降はどれも甲乙つけがたい名曲だと思う。
今日は第26番ニ長調K537「戴冠式」。
演奏は内田光子のピアノ、ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管。
1987年6月、ロンドンのセント・ジョンズ教会での録音。

内田光子がモーツァルトのピアノソナタを録音して成功、それを受けてピアノ協奏曲の全曲を録音し始めた、その第3作だったと思う。

「戴冠式」は、モーツァルトにしては、「外面的で、あまりよく書けていない」という評価を読んだこともあるが、ボクにとっては大切な名曲、大好きなのであります。

全曲を通じて、内田光子のピアノが素晴らしい。
優雅でデリカシーに富んでいる。
ピアニシモの繊細さ、ニュアンスの多彩さは、ちょっと他のピアニストではなかなか聴けないのではないか?
残響豊かな教会での録音なので、ピアノはとても柔らかく聞こえる。
音色は綿毛で包むような雰囲気豊かなもの。

透きとおるとか、硬質でコツンとしたとかいうピアノではない。
クリーミーで甘い味わいの音色。我が家ではそう聞こえる。
これこそ、モーツァルトの音色にふさわしいのだと思う。

第1楽章冒頭の管弦楽、まずこの音が良い。フィリップスらしく残響豊かで弦セクションを美しく捉えた録音。テイトも力まず緩まず、イギリス室内管をきちんとまとめている感じ。
ピアノが登場すると、サァッと光が差し込んだようにステレオ空間が明るくなる。
一聴、内田のピアノは自然で、奔放に聞こえるのだが、計算ずくかもしれない。
カデンツァは内田自身の、センスに満ちたもの。川面にゆらめく光のような、ニュアンス豊かなカデンツァ。
第2楽章は装飾音をふんだんに取り入れて楽しい。その装飾音が、バックと見事に調和しているのは、テイトの功績だろうなぁ。音色は、瞬間瞬間に移り変わり、コロコロと弾むように進んでゆく。名演やなぁ。
終楽章のアレグレット。いつもながら、モーツァルトの協奏曲の終楽章は閃きが沢山。それを、内田とテイトが全部すくい取って、聴き手に教えてくれる。「ね?モーツァルトってスゴイでしょ?」とでも言っているかのように・・・。


「戴冠式」、気分によってピアニストを変えます。バレンボイム、ペライア、ブレンデル、アシュケナージ、アンネローゼ・シュミット、そしてグルダ・・・・。それぞれが美しい演奏を聴かせてくれます。それを楽しむ時間の、何と贅沢なこと!
ボクは果報者であります。部屋の湿気も取り除かれたかのようであります。
2005/07/05のBlog
7月に入ってから、四国は雨続きです。大量に降りました。
ダムの貯水率も大幅に回復した模様です。
渇水に関しては、伊予路はほぼ大丈夫、讃岐方面は早明浦ダムがまだ半分だそうで、ここが一番の問題らしいです。


さて、HMVから注文していたCDが、ようやく届いた。最近待たされることが多く、注文していたことを忘れてしまうこともある。こちらのトシのせいばかりではなく、入荷が遅いのだろう。
「在庫有り、24時間以内に発送」と表示してあるCDは確かに到着も速い。が、一般の注文はどうも遅れがちで残念だ。

で、待望久しかったモーツァルトの交響曲全集。
ハンス・グラーフ指揮モーツァルテウム管弦楽団の演奏。
録音は1980年代後半。しかも13枚組2890円・・・・・・(@_@;)。何という価格。

LPのベーム/BPOの全集(DG盤)を中古盤で買えたときの価格は、今思えばべらぼうに高価だった。数寄屋橋のハンターで、財布の中身を数えながら必死の思いで購入したものだ。それに比べて・・・・・何という今は時代なのか。

さっそく、「リンツ」から聴く。
この交響曲は、ハ長調の調性の特徴なのだろう、晴れやかで爽快。涼やかな風が頬を撫でてゆくような快感を味わえる。心が弾んで、楽しいことが待ちかまえているような気分になってくる。
全集・選集を買ったときに、だから、まず聴くのはこの交響曲第36番「リンツ」なのだ。
「リンツ」をそんな風に聴かせてくれるか、ワクワクしながら。


小編成の室内管弦楽団らしい音。
分厚くモコモコしている音ではなく、柔軟で抜けてゆくような爽やかさのある音。
後方で鳴るホルンの奥ゆかしさ。オーボエやファゴットなどの木管も、弦セクションにきれいに融けあって、優美な響きを聴かせる。

第1楽章のテンポはモダン楽器としてはやや速め、溌剌として快適なもの。
オケは左右への広がりはないものの、奥行きが十分な録音。弦の音が柔らかく心地よい。
第2楽章のアンダンテ、第3楽章のメヌエットも爽やかに鳴り響く。フレージングも心地よく、心が弾む。
終楽章は快速。プレストだから当たり前なのだが、グラーフは4つの楽章の速度記号を、鮮やかに振り分けて、この終楽章ではクライマックスでロンドのような効果を見せている。
ああ、窓から部屋に吹き込んでくる朝風のように、気持ち良い。


この全集、52曲を収録。全部聴かなくちゃイケナイと思いつつ、ホンマに全部聴けるんかいなぁ。
でも、このレベルで演奏してくれるのなら、車に入れておいて通勤音楽で順々に聴いていこうかしら(^-^)。
2005/07/04のBlog
金曜日の晩から、待ちに待った「雨」です。
しかし、その降り方が半端じゃありません。
昨年の水害を思い出させるような激しい雨。
浸水家屋が出ているとの報道もあり、大変であります。
我が家は「東予」にありますので、異状はなかったのですが、中予・南予は被害が出ている模様です。
何という梅雨でしょう。降らないのも大変ですが、降りすぎも困ります。


さて、今日は久しぶりのマーラー。大曲、交響曲第3番ニ短調。演奏はゲオルグ・ショルティ指揮シカゴ響。アルトはヘルガ・デルネシュ。

マーラーの3番ともなると、なかなか平日には聴けない。1時間40分もかかる大曲だけに、十分に時間があって(電話や来客がなく、家人からの野暮用もない)、余裕があるときに聴きたい。なぁに細切れで聴くのもイイのだが、終楽章の感動は、やはり全曲聴き通したあとに味わいたい。終楽章にこの交響曲の本質があると思うから。

マーラーの3番、初めて聴いたときには何が何だかさっぱり分からなかった。しかもあまりに長いので途中で居眠りしたし、終曲ではすっかり飽きてしまった。「ただ、長いだけの曲」という不幸な出逢いだった。

転機はインバル/フランクフルト放送響の5番を実演で聴いたこと。マーラーの5番の本当の姿を知るとともに、無性に他のマーラーの曲を聴きたくなったのだった。何とか自分のものにしたいなと思い、徹底して繰り返して聴くことにした。家でも車でも、音楽を聴くときにはすべて3番。クーベリックとショルティ、テンシュテットを既に持っていたので、これらを取っ替え引っ替え聴きまくった。
相性の悪かった3番も(後には何が何だかサッパリだった7番も)、1週間ぶっ通しで聴くことで、ようやく曲の構造が見えてきて理解できるようになった。今では、マーラーの交響曲で最も好きなものはと問われれば、躊躇なく「3番と7番」と答えるだろう。

その後、いろいろな指揮者で「マラ3」を聴いた。その中で、今も取り出す回数が多いのは、あのときの徹底聴きでのショルティ盤だ。

ショルティの指揮は明快そのもの。常に前向きで推進力があり、分かりやすい演奏。反面、マーラーのドロドロした部分は綺麗さっぱり洗い流されて、マーラーの心の奥底の心情などにはあまり縁のない演奏だと思う。
(もっとも、この3番などの比較的初期の交響曲で、あまりドロドロとやられるのも、何か変だとは思うのだが。ドロドロは後期の曲がお似合いだろう・・・)
しかも、オケが、これまた明快豪快陽性最強技術のスーパー軍団たるシカゴ響。マーラーの多彩で奔放な曲想・オーケストレーションを堪能できる。

第1楽章の冒頭、ホルン8本の見事さ。トロンボーンのソロの美しさ、豪快さ、巧さ。「夏の行進曲」にふさわしい着実なリズム。チェロやコントラバスの動きもよく捉えた録音。巧いなぁ・・・。これほど弛緩のない演奏はないと思う。
第2楽章は、弦セクションが素晴らしいアンサンブルを聴かせる。ショルティと言えば剛毅で豪快。でもここでは繊細で美しいアンサンブルを楽しませてくれる。
第3楽章は、ポストホルンの美しさに聴き惚れる。巧いだけではなく、何か遠い世界に思いを馳せさせてくれるような演奏。
第4・5楽章の歌唱も綺麗。特にデルネシュのアルトは美しい。貫禄もある。デルネシュはカラヤンの指揮した「トリスタンとイゾルデ」(EMI盤)でタイトルロールを歌ったことで知っていた。朗々とした歌唱は文句なし。
そして、感動の終楽章。金管・木管・弦楽セクションが一体化して、最高のオーケストラ音楽を奏でる。感情的にも豊かだし、弱音部では微妙なニュアンスが漂う。コーダではもう白熱して、こちらもウルウル状態。

ショルティ/シカゴの演奏で3番と出逢えたことに感謝しています。
ショルティの演奏には、いろいろな批評がありますが、マーラーの曲の構造やオーケストレーションの多彩さ、旋律の美しさなど、曲そのものを知る上では、ホンマ上手な指揮者だと思います。
じゃ、マーラーの情念を表出しているかというと、それは別問題でありまして・・・。
2005/07/03のBlog
[関連したBlog]

これは夢騎士さんのブログでの企画へのエントリーです。


思い出の曲は沢山あるんですが、拙ブログタイトルにふさわしく、クラシック音楽で書いてみようと思います。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ「月光」。

学生の頃、福永武彦の作品に傾倒しておりました。特に『死の島』、『風土』、『草の花』には大きな影響を受けました。福永作品は、クラシック音楽をモチーフにしたものが多く、マーラーやシベリウスの交響曲や管弦楽曲が出てきます。ボクが初めて耳にする作曲家でもありました。
そして、『草の花』では、ベートーヴェンの「月光」を弾く場面が出てきます。

ボクがクラシック音楽を聴き始めるようになったのは、福永武彦の文学であり、『草の花』であったのです。

さて、やがて、「月光」のレコードがいくつか手に入っていきます。
ブレンデル、アシュケナージ、ホロヴィッツ、そしてグルダ。
ボクはアシュケナージの透明感が好きでよく聴いておりました。

当時、大学4年生。
のちに結婚する家内とは同じ大学・同じ学部・同じサークル。
その頃は最も仲の良い、信頼できる親友でありました。
家内は教育学科でしたので、教員免許状を取得するのに必死でありました。
中学・高校の免許状は私大の文学部でも簡単に取得できるのですが、小学校は一発試験を受けて合格しなければもらえないシステムでありました。
一般教養に加えて、水泳や音楽もありました。
その音楽の試験がピアノ演奏、課題曲が「月光」であったのです。

「手本になるような『月光』を貸して欲しい」と言われたので、ボクは先の4人の演奏をテープで聴かせました。
「気に入ったのを手本にすればよいんじゃないか」と。
ボクはアシュケナージやグルダが好みでした。
しかし、彼女が選んだのは、ブレンデルでありました。
「私はこういう演奏をしてみたい。テンポもタッチもこれが最高だと思うわ」との返事でありました。

ボクはピアノを弾けません。クラシック音楽が好きなだけで、ズブの素人であります。
なるほど、ピアノを弾ける女性はブレンデルを選ぶのか、と感心しつつ、何度も聴き直したものです。

たしかに、テンポは正鵠そのもの。
タッチは実に繊細で、たゆたう月光を思わせる第1楽章。
軽やかに弾んで、リズム感に富む第2楽章。
迫力十分、しかもベートーヴェンの意志の強靱さがよく現れている終楽章。

一度聴いただけでは分からなかった演奏だったのですが、何度も聴き直すうちに、すっかりボクの基準演奏になってしまいました。

その後彼女は、一発試験に合格。小中高の免許状を持っていることを今も誇りにしております。
教員採用試験には不合格だったので、結婚後は専業主婦の道を邁進しております。
少々ピアノが弾けるだけで、クラシック音楽には無縁な女であります。
ブレンデルの演奏など、とうに忘れているでしょう。
ボクが4種類の月光を録音してやったことも忘れているでしょう。

それで構わんのです。時が経つのは、そういうことであります。

ただ、ブレンデルの「月光」は今もボクの手元にあるわけです。
青春を共有したLPレコードはCDの姿に変わって。
2005/07/02のBlog
[ 04:01 ] [ 声楽曲・オペラ ]
夕方からの雨。
強い風をともなって激しく降りました。
「恵みの雨」なんでしょうが、ちと強すぎるかな。
真夜中には雷雨。この雷鳴の激しさで、飛び起きました(^^ゞ。
だんだん遠くなってゆく雷鳴・・・・
久しぶりに遠雷を聴きました。
雷とともに一時的に激しい雨。

さあ、この雨で水不足が解消されて欲しいもの。
もう少し降ってくれると助かるんですが・・・・・・、

さて、週末。
今日取り出したのは、モーツァルトの歌劇、「フィガロの結婚」。

「フィガロの結婚」を初めてレコードで購入したのは、カラヤン/ウィーン・フィルのDECCA盤だった。
今でも、最も愛着があるのは、このカラヤン盤だ。

配役はカラヤン好みなのだろう、比較的「綺麗で軽めの声」を出す歌手が多いように思う。

ホセ・ファン・ダムのタイトルロールなどその最たるもので、実によく透るが、しかし重厚な声ではない。若々しくカッコいいフィガロだ。溌剌とした姿が見えてくるが、もう少し「強気」なところがあってもいいな。
伯爵夫人はアンナ・トモワ=シントウ。これも綺麗な透明感のあるソプラノ。さすがロジーナを歌うだけあって、貫禄十分。声に気品があって玲瓏、全く上手い。ヴィヴラートをつけすぎているのが少し気になるけれど。

素晴らしいのは2人の女声。スザンナを歌うイレアナ・コトルバスと、ケルビーノのフレデリカ・フォン・シュターデ。
コトルバスは、今まで聴いた「フィガロ」の中で最も気に入っているスザンナ。可愛らしくチャーミング。金属的なところが全くないのもイイ。スザンナが活躍する場面が多いのだが、でもスザンナが前面に出すぎるとこのオペラは失敗してしまうと思う。そのあたりをコトルバスは心得ていて、バリバリ歌わないのがイイ。冒頭の、部屋の寸法を測る場面や「手紙の二重唱」の場面など最高だと思う。
シュターデは凛とした歌唱を聴かせてくれる。ケルビーノは少年の声。少年の純真さ・危うさ・壊れやすさが、シュターデの声そのものから伝わってくる。あの有名な「恋とはどんなものかしら」、シュターデの歌唱は新鮮で爽快だ。
いずれにしても、この女声、ベストキャストだろうなぁ。

で、指揮のカラヤン。序曲はダイナミック・レンジが大きいので、序奏部をきちんと聴こうとアンプのボリュームを上げると、直ぐにやってくる管弦楽のフォルティシモで部屋が揺れてしまう(^^ゞ。
カラヤンのレガートはいつもながら綺麗だし、さすがウィーン・フィル、序曲のポルタメントの味わいは絶品。
そして、カラヤン指揮の管弦楽は、歌手にそっと寄り添って、芸の細かい演奏を展開する。これ、歌手たちは気持ち良く歌っているのだろうなぁ。
それとも、集められた「カラヤン好みの歌手たち」だから、そんなことも気にせず、楽に歌えるのかも・・・・。

1978年の録音。少し音が古びてきたようにも思うが、まだまだ聴けるLPであります。
2005/07/01のBlog
暑い。暑い。しかも南西の風が強い日が続いています。
雨は午後3時頃、一瞬降りました。
降りそうな空模様なのに、殆ど降りません。
心配であります。今週はもう降らないだろうとの予報・・・・。


さて、今日は、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を。
演奏はアレクシス・ワイセンベルクのピアノ、伴奏はカラヤン指揮パリ管弦楽団。1970年の録音。

以前に、この組み合わせ(オケはBPO)のラフマニノフで書いたように、ここでもメインはカラヤン/パリ管。
ワイセンベルクが霞んでしまう、もの凄い管弦楽。
決して音が騒々しいとか、ピアノを置き去りにして管弦楽が前に出てくるというわけではないのだが、大変に伴奏が雄弁で面白い。
ピアノ序奏付きの交響組曲を聴いているみたい。

第1楽章から、もうカラヤン/パリ管の独壇場。
冒頭の雄大なホルン!
しかもゆったりと王者の行進を思わせるテンポ。
ワイセンベルクも管弦楽に合わせてバリバリ弾いて気持ち良い。そう、オケがピアノに合わせるのではなく、ピアノ・ソロが管弦楽に合わせているのだ。カラヤンが「オレがこんな風にオケを鳴らすから、しゃんと合わせぇよ」とでもワイセンベルクに言いつけているみたい。
しかし、いずれにせよ、冒頭のこのスカッとした爽快感は、他のレコード・CDでは味わえない。

主部に入ってからも、カラヤン/パリ管は絶好調。
どっしりしたテンポで、オーケストラを聴く醍醐味を味合わせてくれる。(繰り返しますが、ワイセンベルクもちゃんとピアノを弾いてます。決してサボっているわけではありません^^;)。
ピアノは硬質で透明感のある音色。タッチはデリケートで、ダイナミクスも広い。速いところや強奏部でも崩れないのは、さすがにワイセンベルクのテクニックだろう。

第2楽章は、この演奏の白眉。なんと8分45秒もかけてゆく。
遅い。遅すぎる・・・・。
伴奏がゆっくりと情緒纏綿と歌い上げてゆく。ムード音楽もかくやと思わせるほど、情感たっぷり。メロドラマか?・・・。
聴き手に泣けとばかりに、木管がむせび、低弦がうねる。
その上にクリスタルな輝きでピアノが滑ってゆく。
いやはや、もの凄い伴奏。媚薬のような演奏。だんだん感覚が麻痺してくる・・・。
アルゲリッチ/コンドラシン盤が6分20秒で駆け抜け、リヒテル/カラヤン盤が6分55秒で終わるこの第2楽章を、9分近くかけるとは!

終楽章も雄大なスケールは変わらない。テンポも堂々と、急くようなことはない。
第2楽章があまりにも遅いので、走り抜けるような錯覚に陥るが、なんの、テンポはゆったりなのだ。
ワイセンベルクのピアノは切れ味鋭く、ここでもダイナミクスは広い。
でも、それもカラヤンの指示のような気がしてならない・・・・・(^^ゞ。

というわけで、異形の演奏。異様な伴奏。
でも、媚薬のような魅力に富んだ演奏。

なお、このLPは、カップリングがラフマニノフのピアノ協奏曲。
長時間録音盤で、音はパッとませんな。
CDなら、もっと良い音がするんでしょうが、なにせEMI・・・。
先日1300円盤で見つけたので買い直そうとは思いましたが・・・レコードでもいいかな(^^ゞ。

「3枚買ってくれたら1枚やるぞ」というキャンペーンに釣られそうにはなっているんですが・・・このテのサービスに子供の頃から弱くて・・・・・・・(^^ゞ。