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2005/08/03のBlog
[ 12:07 ]
[ 交響曲 ]
ようやくかかとの痛みが取れて、7月末からジョギングを再開。
長い距離を走るのはまだコワイので、30分程度、ほぼ5㎞のジョグ。
朝5時半から、ウォーキングを交えながら小一時間。風になる実感(かなり遅い「風」だが・・・^^;)、気持ちよい時間ではある。
今朝は、夜来の雨が上がったあとで蒸し暑かったですな。このトシでは、かなりこたえます。
そんな中、たんぼ道の草むらから、コオロギの声が・・・・・。
猛暑とはいえ、秋です。確実に「秋」は生まれております。
林の中を走れば、ヒグラシも鳴いております。立秋はもうすぐでありますな。
さて、今日はブルックナーの交響曲第9番ニ短調を。
ショルティ指揮、シカゴ響の演奏。
録音も演奏も、最強の1枚。演奏の好みはいろいろありましょうが、このショルティ盤、非常に「強い」一枚。
ブルックナーの交響曲は、結局ワンパターンなのじゃないかと思うのだが(と言っている割には、いろいろ聴いては楽しんでいるが^^;)、いずれもオーケストラの力量を試してしまう曲になっていると思う。
ブルックナーが好むと好まざるとにかかわらず、できあがった曲はオーケストラの技量の試金石になっている。
構成力も問われる。
ブルックナーの交響曲には随所に美しい旋律が現れるのだが、旋律だけの音楽ではなく、むしろ構成の音楽だろうと思う。
聴き手を飽きさせずに、長時間持たせる構成力。そして、長大な交響曲を聴き終えたあとに得る充足感。
その点、ショルティ/シカゴ響の演奏は、非常に明快で分かりやすく、しかも音楽が前向きに進んで気持ち良い。アッケラカンと言えば、確かにそうなのだが、この推進力と鮮明さに満ちた演奏は、なかなか出来るものではないと思う。
金管はいつものシカゴ響。安定感とともに、最強奏でも崩れず朗々と鳴る快感。
しかも、楽器感のバランスも完璧。録音も良いのだろう、音の分離も素晴らしい。
実は弦も素晴らしい。第3楽章など、美しさの限りだ。
シカゴ響というと、金管の名手ばかりに傾きがちだが、何のこの弦楽群のつくりだすアダージョの崇高さ、浄化した美しさは、なかなか聴けるものではないと思う。
愛想の良い演奏ではなく、どちらかというと厳しくがっちりした演奏。
「強い」演奏。
でも、その強さの中に、常に前向きな明朗さがある。それが良い。
人生、哀しいことばかりじゃない。
エエことも、ようけありまっせ。
そんなことを感じさせるショルティのブルックナー、悪くないです。
長い距離を走るのはまだコワイので、30分程度、ほぼ5㎞のジョグ。
朝5時半から、ウォーキングを交えながら小一時間。風になる実感(かなり遅い「風」だが・・・^^;)、気持ちよい時間ではある。
今朝は、夜来の雨が上がったあとで蒸し暑かったですな。このトシでは、かなりこたえます。
そんな中、たんぼ道の草むらから、コオロギの声が・・・・・。
猛暑とはいえ、秋です。確実に「秋」は生まれております。
林の中を走れば、ヒグラシも鳴いております。立秋はもうすぐでありますな。
さて、今日はブルックナーの交響曲第9番ニ短調を。
ショルティ指揮、シカゴ響の演奏。
録音も演奏も、最強の1枚。演奏の好みはいろいろありましょうが、このショルティ盤、非常に「強い」一枚。
ブルックナーの交響曲は、結局ワンパターンなのじゃないかと思うのだが(と言っている割には、いろいろ聴いては楽しんでいるが^^;)、いずれもオーケストラの力量を試してしまう曲になっていると思う。
ブルックナーが好むと好まざるとにかかわらず、できあがった曲はオーケストラの技量の試金石になっている。
構成力も問われる。
ブルックナーの交響曲には随所に美しい旋律が現れるのだが、旋律だけの音楽ではなく、むしろ構成の音楽だろうと思う。
聴き手を飽きさせずに、長時間持たせる構成力。そして、長大な交響曲を聴き終えたあとに得る充足感。
その点、ショルティ/シカゴ響の演奏は、非常に明快で分かりやすく、しかも音楽が前向きに進んで気持ち良い。アッケラカンと言えば、確かにそうなのだが、この推進力と鮮明さに満ちた演奏は、なかなか出来るものではないと思う。
金管はいつものシカゴ響。安定感とともに、最強奏でも崩れず朗々と鳴る快感。
しかも、楽器感のバランスも完璧。録音も良いのだろう、音の分離も素晴らしい。
実は弦も素晴らしい。第3楽章など、美しさの限りだ。
シカゴ響というと、金管の名手ばかりに傾きがちだが、何のこの弦楽群のつくりだすアダージョの崇高さ、浄化した美しさは、なかなか聴けるものではないと思う。
愛想の良い演奏ではなく、どちらかというと厳しくがっちりした演奏。
「強い」演奏。
でも、その強さの中に、常に前向きな明朗さがある。それが良い。
人生、哀しいことばかりじゃない。
エエことも、ようけありまっせ。
そんなことを感じさせるショルティのブルックナー、悪くないです。
2005/08/02のBlog
[ 05:18 ]
[ 交響曲 ]
寝苦しい日々は続きます。
昨晩はホンマに暑かった・・・・・。クラシック音楽鑑賞には不向きな季節でありますな。
で、最近はシューベルトの若番の交響曲にはまっております。
1番から4番まで、とっても綺麗なシンフォニー。
青春の憧れや活力、夢想などが沢山詰まった魅力。
今日はホルスト・シュタイン/バンベルク響の全集から第1番を聴いた。
シュタインは全体をカッチリとまとめながら、オーケストラをふくよかに鳴らす指揮者だと思う。交響曲の場合なら、全体像の青写真をつくっておき、その中で各楽章の特徴を描き出し、さらにオケ全体のの持ち味やオーケストラ個々のプレーヤーの技量・能力を十分に引き出そうとする指揮者だと思う。
シューベルトの1番交響曲は、1813年の作品だという(ライナーノートによれば)。このとき何とシューベルト16歳!その若さでこの完成度の高い交響曲・・・・。天才に年齢は関係ないと分かっていても、馬齢を重ねた中年オヤジからすれば羨望するよりも諦観してしまうほどの若さ。凄いなぁ。
第1楽章の序奏部から、バンベルク響の音が素晴らしい。それぞれの楽器がよく融けあって、マスの響き作り出す。音は軽やかではなく、重厚さを感じる音色。弦などは少しくすんだ音色で(だからといって汚いわけではなく、非常に澄んだ音色で心地よい)、自然な感触が好ましい。ミネラル・ウォーターの純粋さではなく、地下水の自然な味わい。よく使い込んだ革製品のように、手にしっとりと馴染む柔らかい肌触り。そんな音。
途中、トランペットが盛大に鳴らすのだが、浮き上がることなく、オーケストラ全体に溶け込んでいるのはさすが。
第2楽章は一転して静謐な音楽。シューベルトのロマンを十分に歌い込んでゆく。トランペットが省かれて、木管主体の管楽器編制になる楽章なので、ひなびた雰囲気が伝わってくる。しっとりとした味わいが何とも言えない。
第3楽章のメヌエット、ここが一番好きな楽章。メロディ・メーカーのシューベルトらしく、愛らしい旋律のオンパレード。ホルン・クラリネットの甘い音色がヴァイオリンに絡んでくるところなど、たまらなく美しい。テンポはゆったりとして、先を急がないのも良い。弱音部でのフルートやオーボエの繊細な吹き回しもイイし、そこでグッとテンポを落とすシュタインの指揮がまたイイ。
終楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。溌剌として明朗、爽快な快速楽章だが、シュタインは一音一音を確かめるように演奏させてゆく。フォルテのつくりだす響きの厚さ・雄大さが素晴らしいし、オケの一体感が聴き取れるのも嬉しい。
何度も書きますが、これホンマ16歳の音楽かいな。シューベルトの若書きのシンフォニー、どれも素晴らしい。実は長いこと、5番と未完成・グレートしかまともに聴いてこなかったことを恥じてます。
グレート以外はどれも30分程度の交響曲。通勤時間にもってこいの音楽なんですな。
いまは、シューベルト全集をいろいろな指揮者で、取っ替え引っ替え車に積んでは楽しんでいます。
お薦めは、このシュタイン盤とC・デイヴィス/ドレスデン・シュターツカペレ盤、スウィトナー/ベルリン・シュターツカペレ盤であります。今や廉価盤の時代、どれも4000円以内で入手可能という、素晴らしい世の中です。
昨晩はホンマに暑かった・・・・・。クラシック音楽鑑賞には不向きな季節でありますな。
で、最近はシューベルトの若番の交響曲にはまっております。
1番から4番まで、とっても綺麗なシンフォニー。
青春の憧れや活力、夢想などが沢山詰まった魅力。
今日はホルスト・シュタイン/バンベルク響の全集から第1番を聴いた。
シュタインは全体をカッチリとまとめながら、オーケストラをふくよかに鳴らす指揮者だと思う。交響曲の場合なら、全体像の青写真をつくっておき、その中で各楽章の特徴を描き出し、さらにオケ全体のの持ち味やオーケストラ個々のプレーヤーの技量・能力を十分に引き出そうとする指揮者だと思う。
シューベルトの1番交響曲は、1813年の作品だという(ライナーノートによれば)。このとき何とシューベルト16歳!その若さでこの完成度の高い交響曲・・・・。天才に年齢は関係ないと分かっていても、馬齢を重ねた中年オヤジからすれば羨望するよりも諦観してしまうほどの若さ。凄いなぁ。
第1楽章の序奏部から、バンベルク響の音が素晴らしい。それぞれの楽器がよく融けあって、マスの響き作り出す。音は軽やかではなく、重厚さを感じる音色。弦などは少しくすんだ音色で(だからといって汚いわけではなく、非常に澄んだ音色で心地よい)、自然な感触が好ましい。ミネラル・ウォーターの純粋さではなく、地下水の自然な味わい。よく使い込んだ革製品のように、手にしっとりと馴染む柔らかい肌触り。そんな音。
途中、トランペットが盛大に鳴らすのだが、浮き上がることなく、オーケストラ全体に溶け込んでいるのはさすが。
第2楽章は一転して静謐な音楽。シューベルトのロマンを十分に歌い込んでゆく。トランペットが省かれて、木管主体の管楽器編制になる楽章なので、ひなびた雰囲気が伝わってくる。しっとりとした味わいが何とも言えない。
第3楽章のメヌエット、ここが一番好きな楽章。メロディ・メーカーのシューベルトらしく、愛らしい旋律のオンパレード。ホルン・クラリネットの甘い音色がヴァイオリンに絡んでくるところなど、たまらなく美しい。テンポはゆったりとして、先を急がないのも良い。弱音部でのフルートやオーボエの繊細な吹き回しもイイし、そこでグッとテンポを落とすシュタインの指揮がまたイイ。
終楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。溌剌として明朗、爽快な快速楽章だが、シュタインは一音一音を確かめるように演奏させてゆく。フォルテのつくりだす響きの厚さ・雄大さが素晴らしいし、オケの一体感が聴き取れるのも嬉しい。
何度も書きますが、これホンマ16歳の音楽かいな。シューベルトの若書きのシンフォニー、どれも素晴らしい。実は長いこと、5番と未完成・グレートしかまともに聴いてこなかったことを恥じてます。
グレート以外はどれも30分程度の交響曲。通勤時間にもってこいの音楽なんですな。
いまは、シューベルト全集をいろいろな指揮者で、取っ替え引っ替え車に積んでは楽しんでいます。
お薦めは、このシュタイン盤とC・デイヴィス/ドレスデン・シュターツカペレ盤、スウィトナー/ベルリン・シュターツカペレ盤であります。今や廉価盤の時代、どれも4000円以内で入手可能という、素晴らしい世の中です。
2005/08/01のBlog
[ 04:50 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
午前中、結婚式で松山へ。途中、車軸を流すような激しい雨。
30分くらい続いたろうか、もの凄い雨で結婚式が心配されたが、何のことはない一時的なもので、式が始まる頃にはまたいつもの夏空。
久しぶりの教会結婚式。賛美歌などをよくも知らぬのに歌ってきました。
披露宴は、新郎が乾杯の音頭をとるなどハチャメチャなもの。
若いってイイですねぇ・・・・・。ハチャメチャささえ羨ましい。
さて、今日はクレンペラーがフィルハーモニア管を指揮したモーツァルトの「魔笛」ハイライト盤。
1964年録音のEMI盤。
全曲盤でもセリフがないので、抜粋でもさほど不便に感じない。それどころか、最近は他のオペラでも抜粋盤を聴くことが増えてきた。時間がないのが大きな理由なのだが、良いところだけを聴かせてくれる抜粋盤の方が、楽曲そのものを楽しめるようだ。
もちろん、初めて聴くオペラなら全曲盤でなければと思うのだが、よく知っている歌劇ならハイライト盤で十分に今は思う。
さて、このクレンペラー盤、キャストが凄い。スゴ過ぎる。
主だったところを挙げてみると、タミーノがニコライ・ゲッダ、パパゲーノにワルター・ベリー。この2人の男声が素晴らしい。ゲッダの歌唱は少し癖があるが、高音はよく伸びて美しい。 ベリーのパパゲーノははまり役。少し野卑なところがあるが、もともとパパゲーノにはそんな個性があるからよしとしよう。
夜の女王は、ルチア・ポップ。これがデビュー盤。清潔で、爽やかで、可愛らしい。クールで透明な声なのに、冷たく感じない、ほどよい人肌の温もりを感じさせる声。絶品としか言いようがない。これ、ホンマにデビュー盤かいな?・・・・と思わせるほどの出来。夜の女王なのに強さや恐ろしさを感じさせないが、それはポップの声が若々しく、凛々しいから。この抜粋盤には2つの有名なアリアが収められているが、どちらも最高の出来。この声を聴くだけでも、このCDの価値有り・・・・。’と、少し入れ込みすぎましたかな・・・・・(^^ゞ・・・・)
パミーナのグンドラ・ヤノヴィッツも、当時デビュー間もない頃。こちらは暖かみのある柔らかな声を生かして、パミーナの可憐さを表出する。後年の巧さ(例えば、「フィガロ」の伯爵夫人を演じきったような)はまだ見られないのだが、 ふっくらとした優しい歌声は、やはり素晴らしいと思う。
豪華キャスト、ここに極まれり。なんと、第1の侍女にエリザベート・シュワルツコップ、第2の侍女はクリスタ・ルートヴィッヒ。このハイライト盤では、塞がれたパパゲーノの口が開くところ「Hm、Hm、Hm」の五重唱でしか聴けないが、何とまあ厚みのある重唱になっているか。これはもうお聴きいただくしかないだろう。
クレンペラーの指揮は、ゆったりとしてテンポで格調高い。「フィガロの結婚」ほど遅くないが、終結部のパパゲーノとパパゲーナの二重唱のあたりでは十分にテンポを落として、豊かな歌を聴かせる。
録音も良い。とても40年前の録音とは思えない。EMIなのに・・・・・。
30分くらい続いたろうか、もの凄い雨で結婚式が心配されたが、何のことはない一時的なもので、式が始まる頃にはまたいつもの夏空。
久しぶりの教会結婚式。賛美歌などをよくも知らぬのに歌ってきました。
披露宴は、新郎が乾杯の音頭をとるなどハチャメチャなもの。
若いってイイですねぇ・・・・・。ハチャメチャささえ羨ましい。
さて、今日はクレンペラーがフィルハーモニア管を指揮したモーツァルトの「魔笛」ハイライト盤。
1964年録音のEMI盤。
全曲盤でもセリフがないので、抜粋でもさほど不便に感じない。それどころか、最近は他のオペラでも抜粋盤を聴くことが増えてきた。時間がないのが大きな理由なのだが、良いところだけを聴かせてくれる抜粋盤の方が、楽曲そのものを楽しめるようだ。
もちろん、初めて聴くオペラなら全曲盤でなければと思うのだが、よく知っている歌劇ならハイライト盤で十分に今は思う。
さて、このクレンペラー盤、キャストが凄い。スゴ過ぎる。
主だったところを挙げてみると、タミーノがニコライ・ゲッダ、パパゲーノにワルター・ベリー。この2人の男声が素晴らしい。ゲッダの歌唱は少し癖があるが、高音はよく伸びて美しい。 ベリーのパパゲーノははまり役。少し野卑なところがあるが、もともとパパゲーノにはそんな個性があるからよしとしよう。
夜の女王は、ルチア・ポップ。これがデビュー盤。清潔で、爽やかで、可愛らしい。クールで透明な声なのに、冷たく感じない、ほどよい人肌の温もりを感じさせる声。絶品としか言いようがない。これ、ホンマにデビュー盤かいな?・・・・と思わせるほどの出来。夜の女王なのに強さや恐ろしさを感じさせないが、それはポップの声が若々しく、凛々しいから。この抜粋盤には2つの有名なアリアが収められているが、どちらも最高の出来。この声を聴くだけでも、このCDの価値有り・・・・。’と、少し入れ込みすぎましたかな・・・・・(^^ゞ・・・・)
パミーナのグンドラ・ヤノヴィッツも、当時デビュー間もない頃。こちらは暖かみのある柔らかな声を生かして、パミーナの可憐さを表出する。後年の巧さ(例えば、「フィガロ」の伯爵夫人を演じきったような)はまだ見られないのだが、 ふっくらとした優しい歌声は、やはり素晴らしいと思う。
豪華キャスト、ここに極まれり。なんと、第1の侍女にエリザベート・シュワルツコップ、第2の侍女はクリスタ・ルートヴィッヒ。このハイライト盤では、塞がれたパパゲーノの口が開くところ「Hm、Hm、Hm」の五重唱でしか聴けないが、何とまあ厚みのある重唱になっているか。これはもうお聴きいただくしかないだろう。
クレンペラーの指揮は、ゆったりとしてテンポで格調高い。「フィガロの結婚」ほど遅くないが、終結部のパパゲーノとパパゲーナの二重唱のあたりでは十分にテンポを落として、豊かな歌を聴かせる。
録音も良い。とても40年前の録音とは思えない。EMIなのに・・・・・。
2005/07/31のBlog
[ 05:47 ]
[ 協奏曲 ]
相変わらずの「盛夏」であります。
久しぶりの休日、今日は自室に籠もって、随分音楽を聴けました。
通勤の車内で聴くのもイイのだが、やはり、ちゃんとしたスピーカーを前にして聴きたい。
さて、HMVのネット通販は、地方在住者にとっては非常に有り難い。
バーゲンが多いので価格は安いし、2500円以上購入すれば送料無料という有り難さ。2500円なんて、国内盤1枚の価格だもんね(^^ゞ。
特に箱物の価格は激安。「こんなんアリかいな?」と思うほど、今、輸入盤箱物は安い。哀しいくらい安い。CDが出始めた頃、薄給と財布の中身と、まだ幼い子供と育児に余念のない家内と・・・・様々な思いを持ちつつ、購入したあのCDの値段は何だったのか・・・・・(^^ゞ・・・・。
先頃届いた、その激安箱物の一つ。カプリッチョ・レーベルで4枚組1890円のアルビノーニの協奏曲集。
4枚組の中身は、5声の協奏曲op.5《全12曲》/同op.7《全12曲》/同op.9《全12曲》。アルビノーニの作品で最も好きなのは、作品9の2のオーボエ協奏曲。これが聴きたくて、今まで何枚か協奏曲集を購入してきたが、この4枚組は最も安い(クラウディオ・シモーネ指揮のイ・ソリスト・ヴェネティのも安かったが)。
HMVのHPによれば、ソリストは、ラヨシュ・レンチェシュ(オーボエ)、ミクロス・バルタ(オーボエ)、ベラ・バンファルヴィ(ヴァイオリン)とある。
一人も知らない・・・・・(^^ゞ。演奏団体は、ブダペスト・ストリングス。これも初耳(^-^)。
で、演奏はと言うと・・・・・・、これがイイ。非常に良い。
まず、録音がイイ。深々とした音場で、残響が素晴らしい。教会での録音かな?倍音の響きが心地よく、フワーッと消えてゆくのは、聴いていて気持ち良い。
個々の楽器をシャープに捉えるよりは、楽団全体の響き・弦の柔らかさ・録音会場の雰囲気を大切にしている録音で、長時間聴いていても、疲れない穏やかさ。
BGMにも好適。
レンチェシュ(が吹いているんだろうが)のソロ・オーボエは音がよく伸びて爽やか。技巧をひけらかすのではなく、たっぷりとした歌を歌い尽くすという感じの演奏で、こういうのは好みだなぁ。
指揮者名がないので、きっと、指揮者を置かない室内楽団なのだろう。しかし、アンサンブルはよくまとまっていて、緩さはない。小編成の響きが素晴らしい残響とともに味わえる。
ブダペスト・アンサンブルというのだから、ハンガリーの団体なんだろう。特に弦楽の冴え冴えとした響きは、涼感さえ漂わせて美しいと思う。
生来の安物買い、時々「銭失いだったか」とガッカリするものもあるが、今回の通販は当たりでありました。
1890円で4枚、十分に楽しませてもらいました。
今度は車の中で聴いてみましょうわい。
久しぶりの休日、今日は自室に籠もって、随分音楽を聴けました。
通勤の車内で聴くのもイイのだが、やはり、ちゃんとしたスピーカーを前にして聴きたい。
さて、HMVのネット通販は、地方在住者にとっては非常に有り難い。
バーゲンが多いので価格は安いし、2500円以上購入すれば送料無料という有り難さ。2500円なんて、国内盤1枚の価格だもんね(^^ゞ。
特に箱物の価格は激安。「こんなんアリかいな?」と思うほど、今、輸入盤箱物は安い。哀しいくらい安い。CDが出始めた頃、薄給と財布の中身と、まだ幼い子供と育児に余念のない家内と・・・・様々な思いを持ちつつ、購入したあのCDの値段は何だったのか・・・・・(^^ゞ・・・・。
先頃届いた、その激安箱物の一つ。カプリッチョ・レーベルで4枚組1890円のアルビノーニの協奏曲集。
4枚組の中身は、5声の協奏曲op.5《全12曲》/同op.7《全12曲》/同op.9《全12曲》。アルビノーニの作品で最も好きなのは、作品9の2のオーボエ協奏曲。これが聴きたくて、今まで何枚か協奏曲集を購入してきたが、この4枚組は最も安い(クラウディオ・シモーネ指揮のイ・ソリスト・ヴェネティのも安かったが)。
HMVのHPによれば、ソリストは、ラヨシュ・レンチェシュ(オーボエ)、ミクロス・バルタ(オーボエ)、ベラ・バンファルヴィ(ヴァイオリン)とある。
一人も知らない・・・・・(^^ゞ。演奏団体は、ブダペスト・ストリングス。これも初耳(^-^)。
で、演奏はと言うと・・・・・・、これがイイ。非常に良い。
まず、録音がイイ。深々とした音場で、残響が素晴らしい。教会での録音かな?倍音の響きが心地よく、フワーッと消えてゆくのは、聴いていて気持ち良い。
個々の楽器をシャープに捉えるよりは、楽団全体の響き・弦の柔らかさ・録音会場の雰囲気を大切にしている録音で、長時間聴いていても、疲れない穏やかさ。
BGMにも好適。
レンチェシュ(が吹いているんだろうが)のソロ・オーボエは音がよく伸びて爽やか。技巧をひけらかすのではなく、たっぷりとした歌を歌い尽くすという感じの演奏で、こういうのは好みだなぁ。
指揮者名がないので、きっと、指揮者を置かない室内楽団なのだろう。しかし、アンサンブルはよくまとまっていて、緩さはない。小編成の響きが素晴らしい残響とともに味わえる。
ブダペスト・アンサンブルというのだから、ハンガリーの団体なんだろう。特に弦楽の冴え冴えとした響きは、涼感さえ漂わせて美しいと思う。
生来の安物買い、時々「銭失いだったか」とガッカリするものもあるが、今回の通販は当たりでありました。
1890円で4枚、十分に楽しませてもらいました。
今度は車の中で聴いてみましょうわい。
2005/07/30のBlog
[ 04:25 ]
[ 交響曲 ]
猛暑は続きます。
暑い日に、クラシック音楽を聴くのは辛いものですが、最近はエアコンなる便利な物が出来て有り難いですな。生来の貧乏性、「エアコンはもったいない」と思う中年オヤジでありますが、この暑さには勝てません。エアコンを入れつつ、クラシック音楽を聴いてます。
さて、夏に聴きたいクラシック。涼しい音楽がイイですな・そこで、今日はダンディのフランス山人の歌による交響曲。
演奏はシャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団。ピアノはジャン・イヴ・ティボーデ。1989年10月録音のDECCA盤。
この交響曲は「セヴェンヌ交響曲」と呼ばれるように、フランス中部山岳地方の民謡を題材にした曲だが、この旋律が、爽やかで懐かしい響きで、全く美しい。高原の涼風のように、山から見下ろす田園風景のように、柔らかく優しいメロディ。一度聴いたら耳から離れなくなる美しさ。しかも循環形式をとっているので、3楽章すべてにこの旋律が顔を出す。
猛暑の中、こんな音楽をゆっくり聴くと、一服の清涼剤、一時の涼を得ることが出来ると思う。
第1楽章の冒頭、序奏部のイングリッシュ・ホルンが、民謡主題を心にしみとおるるように吹く。やがて、クラリネットやホルン、弦がそれを繰り返して、部屋中に高原の空気が充満してゆく。「ああ、エエなぁ・・・・爽快やなぁ」。
主部からはピアノが登場。このピアノがデリケートで美しい。音色に透明感があって、涼やか。管弦楽の中に溶け込んで、慎ましく和音を奏でるところなど、とっても綺麗。独走することがないのもイイ。
第2楽章は、ゆっくりと穏やかに進行する。ティボーテのピアノが装飾的に響いて、様々な管楽器が主題を吹いてゆく。ホルンもトランペットもニュアンス豊かだ。フルートなど絶品(これ、ティモシー・ハッチンズだろうか?)。
終楽章は一転してピアノ協奏曲的。ティボーテのピアノは軽やかでカツンと硬質な音色で進んでゆく。管弦楽も活気に満ちて、田園舞曲風。クライマックスでは、モントリオール響の巧さが際だつ。オケが巧い。
デュトワの指揮はいつもながらエレガントなもの。フォルティシモでも絶叫的にならず、常に余裕がある響きをつくってゆく。DECCAの録音も優秀なので、響きが固くなることはなく、各楽器を鮮明に捉えた(特に管楽器の響きが素晴らしい!)名録音。
今日はこのシンフォニーを2度繰り返して聴きました。30分かからない曲なので、ほぼ1時間程度。
カップリングはフランクの交響曲ニ短調。本来はこちらがメインであり、演奏も素晴らしいんですが、それについてはまたいずれ。
暑い日に、クラシック音楽を聴くのは辛いものですが、最近はエアコンなる便利な物が出来て有り難いですな。生来の貧乏性、「エアコンはもったいない」と思う中年オヤジでありますが、この暑さには勝てません。エアコンを入れつつ、クラシック音楽を聴いてます。
さて、夏に聴きたいクラシック。涼しい音楽がイイですな・そこで、今日はダンディのフランス山人の歌による交響曲。
演奏はシャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団。ピアノはジャン・イヴ・ティボーデ。1989年10月録音のDECCA盤。
この交響曲は「セヴェンヌ交響曲」と呼ばれるように、フランス中部山岳地方の民謡を題材にした曲だが、この旋律が、爽やかで懐かしい響きで、全く美しい。高原の涼風のように、山から見下ろす田園風景のように、柔らかく優しいメロディ。一度聴いたら耳から離れなくなる美しさ。しかも循環形式をとっているので、3楽章すべてにこの旋律が顔を出す。
猛暑の中、こんな音楽をゆっくり聴くと、一服の清涼剤、一時の涼を得ることが出来ると思う。
第1楽章の冒頭、序奏部のイングリッシュ・ホルンが、民謡主題を心にしみとおるるように吹く。やがて、クラリネットやホルン、弦がそれを繰り返して、部屋中に高原の空気が充満してゆく。「ああ、エエなぁ・・・・爽快やなぁ」。
主部からはピアノが登場。このピアノがデリケートで美しい。音色に透明感があって、涼やか。管弦楽の中に溶け込んで、慎ましく和音を奏でるところなど、とっても綺麗。独走することがないのもイイ。
第2楽章は、ゆっくりと穏やかに進行する。ティボーテのピアノが装飾的に響いて、様々な管楽器が主題を吹いてゆく。ホルンもトランペットもニュアンス豊かだ。フルートなど絶品(これ、ティモシー・ハッチンズだろうか?)。
終楽章は一転してピアノ協奏曲的。ティボーテのピアノは軽やかでカツンと硬質な音色で進んでゆく。管弦楽も活気に満ちて、田園舞曲風。クライマックスでは、モントリオール響の巧さが際だつ。オケが巧い。
デュトワの指揮はいつもながらエレガントなもの。フォルティシモでも絶叫的にならず、常に余裕がある響きをつくってゆく。DECCAの録音も優秀なので、響きが固くなることはなく、各楽器を鮮明に捉えた(特に管楽器の響きが素晴らしい!)名録音。
今日はこのシンフォニーを2度繰り返して聴きました。30分かからない曲なので、ほぼ1時間程度。
カップリングはフランクの交響曲ニ短調。本来はこちらがメインであり、演奏も素晴らしいんですが、それについてはまたいずれ。
2005/07/29のBlog
[ 05:19 ]
[ 交響曲 ]
伊予路を分ける峠道がいくつかあります。
中予と東予を分けるのが「桜三里」と呼ばれる峠で、その名の通り春には桜道が三里続く美しい山道であります。
今日はそこを松山から西条に帰りながら出張の仕上げ。
車の窓を開けて、自然の風に当たりながら走っていたところ、さすが山道、すでに蜩が鳴いていました。
通称カナカナ・・・・この鳴き声を聞くと、ああ、もう夏も終わりだなと思います。山間部ではもう秋の気配が忍び寄っているのかと思うと、この猛暑が何となく愛おしくなる・・・・・と言いつつ、下界に降りてくると、盛大な蝉時雨(^^ゞ。しかも、風までムゥッとする暑さ。
秋の気配はまだ遠いようですな・・・・・。
早めに帰宅できたので、今日はマーラーを。
大曲の7番「夜の歌」をウィーン・フィルの音で聴いてみたいなと思ったら手元にあるのは1枚だけだった。
マゼール指揮ウィーン・フィルの演奏。1984年10月、ムジークフェライン・ザールでの録音。
交響曲第7番「夜の歌」・・・・マーラーの交響曲の中で、長いこと、何がなにやらサッパリ分からない曲だった。苦手な曲だったのだが、3年前に通勤の車内で2週間、ぶっ続けにこの7番を聴きまくって、だいぶ親しむことが出来た(指揮者はいろいろ替えながら飽きないようにしつつ)。「習うより慣れろ」ということか、この曲の本質が何なのかサッパリ分からないのは依然として変わらないが、全曲を聴き通すことは苦でなくなった。
と言うより、7番が好きになって、CDをどんどん購入してしまった(^^ゞ。好きになると、いろいろな演奏で聴いてみたくなるのは、この道の業・・・・。財布からどんどん紙幣が消えてゆく。
さて、今日のマゼールのCDなのだが。
まず音が綺麗。ヴァイオリンが鮮やかな美しさ、艶めかしい音色で、まぁ何とも魅力的。木管の巧さはもちろんだし、金管の鮮烈さは最高。
やはり、ウィーン・フィルはイイよなぁ・・と思う。
マゼールは、いつものマゼール。聴かせどころで、ソロ楽器をクローズアップしてみたり、低弦を強調してみたり・・・・音楽の枠をさらに縁取りして聴かせる演奏。一聴、あざといというか、アクが強いというか・・・そんな感じがするのだが、ボクはマゼールのこと嫌いではないので、数ある「マラ7」のCDの中でも存在感は強いと思う。
第1楽章の冒頭、テナー・ホルンの色っぽさ。婉然と微笑むような色気は、マゼールならでは。ヤルなぁ・・・と、こちらもニヤリとしてしまう。
第2楽章の「夜曲」。都会(といっても19世紀末ウィーンの街並みの中で)の夜を思わせるような演奏。金管が異様な響きをつくる。木管が描くのは野鳥だろうか。マゼールの演奏は、そんな街の夜、夜警が歩いているような街の「夜曲」と感じる。
第3楽章は怪しげな楽章。マゼールの指揮で聴くと、魑魅魍魎(パソコンはこんな文字でも一発変換(^^ゞ)が蠢く。低弦がその奇怪さを更に強調する。
第4楽章の「夜曲」。この夜曲は森の夜。フクロウが鳴いているのが聞こえる。マゼールは艶やかな音色で、メロディを情緒豊かに歌わせる。表情の何と多彩なこと。ギターやマンドリンの音色まで妖しく、もちろん美しい。
終楽章、阿鼻叫喚の楽章だが、マゼールの指揮はいたってスタイリッシュ。緊張と解放、豪快に鳴らすところと繊細に響かせるところと、その対比が見事に決まって、素晴らしい終曲。
と、ここまで書いて、もう一度聴きたくなりました。
マゼールという指揮者は、やはり面白いです。
中予と東予を分けるのが「桜三里」と呼ばれる峠で、その名の通り春には桜道が三里続く美しい山道であります。
今日はそこを松山から西条に帰りながら出張の仕上げ。
車の窓を開けて、自然の風に当たりながら走っていたところ、さすが山道、すでに蜩が鳴いていました。
通称カナカナ・・・・この鳴き声を聞くと、ああ、もう夏も終わりだなと思います。山間部ではもう秋の気配が忍び寄っているのかと思うと、この猛暑が何となく愛おしくなる・・・・・と言いつつ、下界に降りてくると、盛大な蝉時雨(^^ゞ。しかも、風までムゥッとする暑さ。
秋の気配はまだ遠いようですな・・・・・。
早めに帰宅できたので、今日はマーラーを。
大曲の7番「夜の歌」をウィーン・フィルの音で聴いてみたいなと思ったら手元にあるのは1枚だけだった。
マゼール指揮ウィーン・フィルの演奏。1984年10月、ムジークフェライン・ザールでの録音。
交響曲第7番「夜の歌」・・・・マーラーの交響曲の中で、長いこと、何がなにやらサッパリ分からない曲だった。苦手な曲だったのだが、3年前に通勤の車内で2週間、ぶっ続けにこの7番を聴きまくって、だいぶ親しむことが出来た(指揮者はいろいろ替えながら飽きないようにしつつ)。「習うより慣れろ」ということか、この曲の本質が何なのかサッパリ分からないのは依然として変わらないが、全曲を聴き通すことは苦でなくなった。
と言うより、7番が好きになって、CDをどんどん購入してしまった(^^ゞ。好きになると、いろいろな演奏で聴いてみたくなるのは、この道の業・・・・。財布からどんどん紙幣が消えてゆく。
さて、今日のマゼールのCDなのだが。
まず音が綺麗。ヴァイオリンが鮮やかな美しさ、艶めかしい音色で、まぁ何とも魅力的。木管の巧さはもちろんだし、金管の鮮烈さは最高。
やはり、ウィーン・フィルはイイよなぁ・・と思う。
マゼールは、いつものマゼール。聴かせどころで、ソロ楽器をクローズアップしてみたり、低弦を強調してみたり・・・・音楽の枠をさらに縁取りして聴かせる演奏。一聴、あざといというか、アクが強いというか・・・そんな感じがするのだが、ボクはマゼールのこと嫌いではないので、数ある「マラ7」のCDの中でも存在感は強いと思う。
第1楽章の冒頭、テナー・ホルンの色っぽさ。婉然と微笑むような色気は、マゼールならでは。ヤルなぁ・・・と、こちらもニヤリとしてしまう。
第2楽章の「夜曲」。都会(といっても19世紀末ウィーンの街並みの中で)の夜を思わせるような演奏。金管が異様な響きをつくる。木管が描くのは野鳥だろうか。マゼールの演奏は、そんな街の夜、夜警が歩いているような街の「夜曲」と感じる。
第3楽章は怪しげな楽章。マゼールの指揮で聴くと、魑魅魍魎(パソコンはこんな文字でも一発変換(^^ゞ)が蠢く。低弦がその奇怪さを更に強調する。
第4楽章の「夜曲」。この夜曲は森の夜。フクロウが鳴いているのが聞こえる。マゼールは艶やかな音色で、メロディを情緒豊かに歌わせる。表情の何と多彩なこと。ギターやマンドリンの音色まで妖しく、もちろん美しい。
終楽章、阿鼻叫喚の楽章だが、マゼールの指揮はいたってスタイリッシュ。緊張と解放、豪快に鳴らすところと繊細に響かせるところと、その対比が見事に決まって、素晴らしい終曲。
と、ここまで書いて、もう一度聴きたくなりました。
マゼールという指揮者は、やはり面白いです。
2005/07/28のBlog
[ 02:44 ]
[ 協奏曲 ]
暑い日々が続いています。日中の気温はさて何度になっていることやら。
とりわけ今日は暑かったですな。
そんな中、伊予路でも高校野球の決勝戦が行われておりました。
高2の次男坊は吹奏楽部。決勝戦まで必死に応援席に通っておりましたが、今夏はアルプススタンドでの演奏は成らず。残念。
何とか公立高校(全国制覇の経験もある伝統校なのだが)に勝たしてやりたかったが、致し方なし。私立高校が2年連続の優勝。
負けて爽やか、伝統の紫紺のユニホームは美しかった。
さて、そんなことには関係なく、いつも通りクラシック音楽を聴くワタシ(^^ゞ。
今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第20番ニ短調K466。
ピアノ独奏はサー・クリフォード・カーゾン、ブリテン指揮イギリス室内管の演奏。
1970年の録音だが、生前のカーゾンが発売を許さず、彼の死後に遺族の許可を得てようやく発売されたものだったかな。
1982年頃に国内発売されたはず。このCDは廉価盤になってから購入した。
カーゾンのピアノが清らかで美しい。透明でみずみずしい音。小粒でよく響く音。大声を上げるわけではなく、喚くような音を出すわけでもなく、一音一音を慈しむように丁寧に弾いてゆく、その誠実な姿勢がイイ。
音楽そのものはモーツァルトの「短調」、デモーニッシュで迫力に富んでいるのだが、カーゾンのピアノはあくまでも清らか。ガンガン弾き鳴らすのではなく、楽譜に書いてある音符を吟味しながら繊細に弾いてゆく。このデリカシーがたまらない。
ブリテンの指揮がまたカーゾンにぴったりと寄り添って、繊細さに満ちている。
イギリス室内管も懸命の演奏。見事に揃ったアンサンブル。トランペットもホルンも木管楽器も、それぞれの音を慎ましく響かせて、カーゾンをしっかりサポートしているのが聴き手に伝わってくる。
第1楽章のアレグロのテンポが、速すぎず遅すぎず、全く心地よい。
第2楽章のロマンツェは最高に美しい。この楽章がこんなにきれいに響くのはあまりないような気がする。
カーゾンのピアノはそっけないくらい淡々としている。思い入れたっぷりというわけではないのだが、じわじわと暖かい感情がにじみ出てくる響き。この温もりがたまらない。優しい気持ちで胸が一杯になる音楽。
終楽章がこのCDの白眉と思う。管弦楽とピアノが一体化したロンド。ここでもカーゾンのピアノは慌てない。性急になることなく、落ち着いたテンポで弾きあげる。ピアノにからみつくオーボエやフルートの美しさ、華麗なカデンツァ。もはや言うことはアリマヘン。
カップリングは、最後のピアノ協奏曲、第27番変ロ長調K595。これは、20番以上にデリカシーに溢れた名盤だと思うのだが、これについてはまたどこかで書きます。
今、おそらくこのCDは新品でも1000円程度で買えるはず。いつも書いてますが、なんと幸福な時代なんでしょう。
とりわけ今日は暑かったですな。
そんな中、伊予路でも高校野球の決勝戦が行われておりました。
高2の次男坊は吹奏楽部。決勝戦まで必死に応援席に通っておりましたが、今夏はアルプススタンドでの演奏は成らず。残念。
何とか公立高校(全国制覇の経験もある伝統校なのだが)に勝たしてやりたかったが、致し方なし。私立高校が2年連続の優勝。
負けて爽やか、伝統の紫紺のユニホームは美しかった。
さて、そんなことには関係なく、いつも通りクラシック音楽を聴くワタシ(^^ゞ。
今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第20番ニ短調K466。
ピアノ独奏はサー・クリフォード・カーゾン、ブリテン指揮イギリス室内管の演奏。
1970年の録音だが、生前のカーゾンが発売を許さず、彼の死後に遺族の許可を得てようやく発売されたものだったかな。
1982年頃に国内発売されたはず。このCDは廉価盤になってから購入した。
カーゾンのピアノが清らかで美しい。透明でみずみずしい音。小粒でよく響く音。大声を上げるわけではなく、喚くような音を出すわけでもなく、一音一音を慈しむように丁寧に弾いてゆく、その誠実な姿勢がイイ。
音楽そのものはモーツァルトの「短調」、デモーニッシュで迫力に富んでいるのだが、カーゾンのピアノはあくまでも清らか。ガンガン弾き鳴らすのではなく、楽譜に書いてある音符を吟味しながら繊細に弾いてゆく。このデリカシーがたまらない。
ブリテンの指揮がまたカーゾンにぴったりと寄り添って、繊細さに満ちている。
イギリス室内管も懸命の演奏。見事に揃ったアンサンブル。トランペットもホルンも木管楽器も、それぞれの音を慎ましく響かせて、カーゾンをしっかりサポートしているのが聴き手に伝わってくる。
第1楽章のアレグロのテンポが、速すぎず遅すぎず、全く心地よい。
第2楽章のロマンツェは最高に美しい。この楽章がこんなにきれいに響くのはあまりないような気がする。
カーゾンのピアノはそっけないくらい淡々としている。思い入れたっぷりというわけではないのだが、じわじわと暖かい感情がにじみ出てくる響き。この温もりがたまらない。優しい気持ちで胸が一杯になる音楽。
終楽章がこのCDの白眉と思う。管弦楽とピアノが一体化したロンド。ここでもカーゾンのピアノは慌てない。性急になることなく、落ち着いたテンポで弾きあげる。ピアノにからみつくオーボエやフルートの美しさ、華麗なカデンツァ。もはや言うことはアリマヘン。
カップリングは、最後のピアノ協奏曲、第27番変ロ長調K595。これは、20番以上にデリカシーに溢れた名盤だと思うのだが、これについてはまたどこかで書きます。
今、おそらくこのCDは新品でも1000円程度で買えるはず。いつも書いてますが、なんと幸福な時代なんでしょう。
2005/07/26のBlog
[ 04:05 ]
[ 交響曲 ]
台風接近中であります。
「台風」と聞くと、昨年の水害を思い出します。
四国、特に愛媛県東部は、昨年、台風に何度も襲われ、そのたびに洪水・土砂崩れがおこりましたので。
今年は何もなければいいんですが・・・・・。
大雨だと、今月最後の出張日程も延びますのでね・・・・・延びるのも困るんです。
さて、今日は、ドレスデン・シュターツカペレの「音」を聴きたくなって、ブロムシュテットのモーツァルト「ジュピター」を取り出した。
ドレスデン・シュターツカペレらしい、ふくよかで各楽器が融け合った素晴らしい音。DENONの録音がまた良い。ボリュームを上げても耳が痛くならない。
柔らかくゆったりとしていながら、つややかなヴァイオリンの音や鮮やかな管楽器の音色が楽しめる。
ブロムシュテットの指揮は、いつもながらオーソドックスで、何の変哲もないもの。穏やかな息づかいはいつも通りだし、アーティキュレーションも妙なところがなく、安心して聴いていられる演奏。
テンポはやや遅めで、堂々としている。「ジュピター」の名にふさわしく力強く、正攻法の演奏だと思う。
全曲を通じて、ハッとするような場面はないし、感情が高ぶることもない。いわゆる「爆演系」でもなければ、古楽器団体のような学究的な演奏でもない。
でも、豊かで、音楽的で、厚みがあって、誠実さがビンビン伝わってくる演奏。
そこがイイ。
フル・オーケストラを存分に鳴らしたら、こんなに素敵なモーツァルトになってしまった・・・・・そんな演奏。
第1楽章のアレグロ・ヴィヴァーチェ。真正面からモーツァルトの美を描き出したような演奏。堂々として雄大な「ジュピター」の開始だ。
第2楽章のアンダンテ・カンタービレ。弱音器をつけたヴァイオリンの音色が美しい。フワッと軽く浮かんで、やがて徐々に天井に向かって消えてゆく美しさ。管楽器が絡んでくるニュアンスもたまらない。管楽器の音色も、いろいろ変化してゆく。
第3楽章のメヌエットを経て、終楽章は、モーツァルトが書いた最高の美、最高のフーガ。晩年のモーツァルトは金に困って貧困にあえいでいたにもかかわらず、こんなに美しく均整のとれた音楽を書いた・・・・。凄い。ここでも、ブロムシュテットは堂々と正攻法で進んでゆく。ドレスデン・シュターツカペレのアンサンブルも完璧。よくいわれる「縦の線」はきっちり揃って、対位法の精華を聴かせてくれる。
録音場所は、例によって、ドレスデンのルカ教会。
音の広がり、厚み(と同時に抜けの良さ)、音の融けあい、各楽器のバランスなど、もう言うことのない素晴らしい録音。
この音に包まれているだけで、至福の境地になる。・・・・そう思ってしまう自分は変人か・・・・(^^ゞ。
「台風」と聞くと、昨年の水害を思い出します。
四国、特に愛媛県東部は、昨年、台風に何度も襲われ、そのたびに洪水・土砂崩れがおこりましたので。
今年は何もなければいいんですが・・・・・。
大雨だと、今月最後の出張日程も延びますのでね・・・・・延びるのも困るんです。
さて、今日は、ドレスデン・シュターツカペレの「音」を聴きたくなって、ブロムシュテットのモーツァルト「ジュピター」を取り出した。
ドレスデン・シュターツカペレらしい、ふくよかで各楽器が融け合った素晴らしい音。DENONの録音がまた良い。ボリュームを上げても耳が痛くならない。
柔らかくゆったりとしていながら、つややかなヴァイオリンの音や鮮やかな管楽器の音色が楽しめる。
ブロムシュテットの指揮は、いつもながらオーソドックスで、何の変哲もないもの。穏やかな息づかいはいつも通りだし、アーティキュレーションも妙なところがなく、安心して聴いていられる演奏。
テンポはやや遅めで、堂々としている。「ジュピター」の名にふさわしく力強く、正攻法の演奏だと思う。
全曲を通じて、ハッとするような場面はないし、感情が高ぶることもない。いわゆる「爆演系」でもなければ、古楽器団体のような学究的な演奏でもない。
でも、豊かで、音楽的で、厚みがあって、誠実さがビンビン伝わってくる演奏。
そこがイイ。
フル・オーケストラを存分に鳴らしたら、こんなに素敵なモーツァルトになってしまった・・・・・そんな演奏。
第1楽章のアレグロ・ヴィヴァーチェ。真正面からモーツァルトの美を描き出したような演奏。堂々として雄大な「ジュピター」の開始だ。
第2楽章のアンダンテ・カンタービレ。弱音器をつけたヴァイオリンの音色が美しい。フワッと軽く浮かんで、やがて徐々に天井に向かって消えてゆく美しさ。管楽器が絡んでくるニュアンスもたまらない。管楽器の音色も、いろいろ変化してゆく。
第3楽章のメヌエットを経て、終楽章は、モーツァルトが書いた最高の美、最高のフーガ。晩年のモーツァルトは金に困って貧困にあえいでいたにもかかわらず、こんなに美しく均整のとれた音楽を書いた・・・・。凄い。ここでも、ブロムシュテットは堂々と正攻法で進んでゆく。ドレスデン・シュターツカペレのアンサンブルも完璧。よくいわれる「縦の線」はきっちり揃って、対位法の精華を聴かせてくれる。
録音場所は、例によって、ドレスデンのルカ教会。
音の広がり、厚み(と同時に抜けの良さ)、音の融けあい、各楽器のバランスなど、もう言うことのない素晴らしい録音。
この音に包まれているだけで、至福の境地になる。・・・・そう思ってしまう自分は変人か・・・・(^^ゞ。
2005/07/25のBlog
[ 06:02 ]
[ 協奏曲 ]
猛暑の中の出張でありました。
忙しくて世間の動きに疎い日々を送っておりましたが、関東での地震のニュースには驚きました。お見舞い申し上げます。
すぐに、埼玉の狭山丘陵に住む老父母に電話したところ「あんでもねえよ」と言われました。さすが戦中派。少々のことには動じませんな。
「あんでもねえよ」というのは「何でもないよ(大したことはないよ)」という意であります。埼玉県西部方面では、「なに」を「あに」と言います。東村山市出身・バカ殿の志村けんが、よく使っていますな。
さてさて、暑い時にはクールな音楽を聴きたいもの。
そこで北欧の・・・・グリーグのピアノ協奏曲。何と安易な選曲・・・(^^ゞ。
でも、この曲の独特のナイーブな響き。エエですな。
今日は、クリスティアン・ツィマーマンのピアノ、管弦楽はカラヤン指揮のベルリン・フィル。録音は1981年から翌年にかけて。
当時ツィマーマン25歳、デビュー間もない若かりし頃の演奏。
カラヤン/BPOの演奏が美しい。
ワイセンベルクとのラフマニノフの協奏曲でも書いたのだが、こんなに美しい伴奏は滅多に聴けないと思う。
情緒纏綿、繊細な美音の連続、オケの技量は最高、弦も管も磨き立てた美しさ。
ただただ唖然とするばかりの伴奏。
それに乗って演奏するツィマーマンのピアノも、全く美しい。
第1楽章のカデンツァの夢見るようなロマン。若者らしい潔いピアニズム。最強の伴奏に支えられて、ピアノが飛翔するような演奏。青春の輝きに満ちて、若者らしい溌剌とした姿勢を全面に出しながら、清潔なピアノが響く。音色も透明で、キラキラと輝くばかりの美しさ。
第2楽章の冒頭、オーケストラによる弱音の序奏、これがまた最高に美音。カラヤンらしい息をのむような緊張感・静謐さの中で、ツィマーマンのピアノが、ややためらいがちに静かに響いてゆく。抒情的なピアノ。
やがてオケとともにクレッシェンドしてゆくところは、若者の夢・ロマン・憧れの響き。これを初めてレコードで聴いたとき、ボクも20代前半の青年だった。懐かしい響き。懐かしい演奏。
終楽章は、ツィマーマンの決然とした演奏が聴ける。さすがにショパン・コンクールの優勝者、技巧的にも完璧。伴奏はゆったりとして、暖かくツィマーマンのソロを支える。第2主題のフルートのソロ、冷涼でさわやか、高原をわたる風のよう。この音だけでもカラヤン/BPOの演奏はたたえられて良いんじゃないか。さらに、それに続くツィマーマンのピアノがデリカシーに溢れた音色の美音を紡ぎ出す。ああ、たまらない。
コーダは管弦楽・ピアノが一体となって興奮する。ツィマーマンが、稀代のオケ・カラヤン/BPOに負けじと、鮮烈きわまりない演奏をしているのが印象的。
これほどのピアニストと、後にカラヤンは録音をすることがなかった。
自分の手の中に入れようとして、実は手の中に入りきらないピアニストであることを、この時点でカラヤンは感じ取っていたのではないかと思う。
ツィマーマンは今も現役バリバリの、おそらく当代最高のピアニストの一人なんだろうが、これほど青春のロマンに満ちた演奏は、やはりこの時期でなくては出来なかったのではないかとも思う。
ジュリーニ/ロスPOと録音したショパンのピアノ協奏曲と並ぶ、これはツィマーマン傑作の一枚だと思う。
忙しくて世間の動きに疎い日々を送っておりましたが、関東での地震のニュースには驚きました。お見舞い申し上げます。
すぐに、埼玉の狭山丘陵に住む老父母に電話したところ「あんでもねえよ」と言われました。さすが戦中派。少々のことには動じませんな。
「あんでもねえよ」というのは「何でもないよ(大したことはないよ)」という意であります。埼玉県西部方面では、「なに」を「あに」と言います。東村山市出身・バカ殿の志村けんが、よく使っていますな。
さてさて、暑い時にはクールな音楽を聴きたいもの。
そこで北欧の・・・・グリーグのピアノ協奏曲。何と安易な選曲・・・(^^ゞ。
でも、この曲の独特のナイーブな響き。エエですな。
今日は、クリスティアン・ツィマーマンのピアノ、管弦楽はカラヤン指揮のベルリン・フィル。録音は1981年から翌年にかけて。
当時ツィマーマン25歳、デビュー間もない若かりし頃の演奏。
カラヤン/BPOの演奏が美しい。
ワイセンベルクとのラフマニノフの協奏曲でも書いたのだが、こんなに美しい伴奏は滅多に聴けないと思う。
情緒纏綿、繊細な美音の連続、オケの技量は最高、弦も管も磨き立てた美しさ。
ただただ唖然とするばかりの伴奏。
それに乗って演奏するツィマーマンのピアノも、全く美しい。
第1楽章のカデンツァの夢見るようなロマン。若者らしい潔いピアニズム。最強の伴奏に支えられて、ピアノが飛翔するような演奏。青春の輝きに満ちて、若者らしい溌剌とした姿勢を全面に出しながら、清潔なピアノが響く。音色も透明で、キラキラと輝くばかりの美しさ。
第2楽章の冒頭、オーケストラによる弱音の序奏、これがまた最高に美音。カラヤンらしい息をのむような緊張感・静謐さの中で、ツィマーマンのピアノが、ややためらいがちに静かに響いてゆく。抒情的なピアノ。
やがてオケとともにクレッシェンドしてゆくところは、若者の夢・ロマン・憧れの響き。これを初めてレコードで聴いたとき、ボクも20代前半の青年だった。懐かしい響き。懐かしい演奏。
終楽章は、ツィマーマンの決然とした演奏が聴ける。さすがにショパン・コンクールの優勝者、技巧的にも完璧。伴奏はゆったりとして、暖かくツィマーマンのソロを支える。第2主題のフルートのソロ、冷涼でさわやか、高原をわたる風のよう。この音だけでもカラヤン/BPOの演奏はたたえられて良いんじゃないか。さらに、それに続くツィマーマンのピアノがデリカシーに溢れた音色の美音を紡ぎ出す。ああ、たまらない。
コーダは管弦楽・ピアノが一体となって興奮する。ツィマーマンが、稀代のオケ・カラヤン/BPOに負けじと、鮮烈きわまりない演奏をしているのが印象的。
これほどのピアニストと、後にカラヤンは録音をすることがなかった。
自分の手の中に入れようとして、実は手の中に入りきらないピアニストであることを、この時点でカラヤンは感じ取っていたのではないかと思う。
ツィマーマンは今も現役バリバリの、おそらく当代最高のピアニストの一人なんだろうが、これほど青春のロマンに満ちた演奏は、やはりこの時期でなくては出来なかったのではないかとも思う。
ジュリーニ/ロスPOと録音したショパンのピアノ協奏曲と並ぶ、これはツィマーマン傑作の一枚だと思う。
2005/07/21のBlog
[ 01:55 ]
[ 交響曲 ]
出張続きの日々を送っています。
今日は帰宅できましたが、明日からまた4日間の出張。
しばらく更新できません(^^ゞ。
いやはや、この猛暑の中、激務であります。
月末までは仕方ないですな。毎年のことでありますが。
さて、たまたま今日は時間が取れたので、久しぶりに大曲ブルックナーの交響曲第8番ハ短調を。
どれにしようかなと棚を眺めていたら、カール・ベーム/VPOのCDが目にとまったので、それを。1976年2月、ウィーンのムジークフェラインでの録音。数年前に廉価盤になったので購入した1枚。ベーム晩年の録音。ノヴァーク版。
そういえば、カール・ベームが亡くなったのが1981年。もう死んでから24年たつ。
ボクがクラシック音楽を聴き始めたのが1980年頃、ベームはクラシック界最大の巨匠であった。
フルトヴェングラーやワルター、クレンペラーは既に亡く、カラヤン、バーンスタインが現役バリバリで、次々にレコードが発売されていた頃だ。
アバド・小沢・マゼール・メータあたりは若造扱い、デュトワに至っては嫁さんに逃げられた伴奏指揮者としてしか扱われていなかった昔、ベームはおそらく日本で抜群に評価が高かった指揮者だったろうと思い出す。
確かに、良いレコードが多かった。
VPOと録音したベートーヴェンの「田園」や「合唱」は素晴らしかったし、モーツァルトはどれも最高だった。
ブラームスはもっと良かったし、ブルックナーの「ロマンティック」は今も、エヴァー・グリーン的名盤だと思う。
今もよく取り出すのはLP4枚組の「1975年来日NHKライブ」DG盤。録音は今聴くとかなり貧しいが、白熱の名演だなぁと思う。
ところが、今やレコード屋でベームのCDは殆ど見かけなくなった。何点か再発ものはあるが(ブルックナーとかモーツァルトとか)、往年の巨匠扱いから考えると、だいぶ忘れ去られているような気がする。(その点で、カラヤンは今もスゴイ・・・)。
そんなわけで、往年の巨匠ベームに敬意を表して、彼の「ブル8」を取り出したのであります。
第1楽章の冒頭、序奏部は非常にゆったりとした開始。堅実な足取り。何の変哲もない運び。ベームの指揮は細かいところで何かしているのだろうが、ブル8の曲そのものが素晴らしく、あまり作為を感じさせない。豊かでスケール大きな音楽。
第2楽章のスケルツォ、ウィーン・フィルの色彩美が良い。やはり、素敵なオケだなと思う。ヴァイオリンは匂うように鮮やか、木管も金管もお互いを尊重しながら、しかし美しく歌う。ベームの指揮はそのオケの美しさを楽しんでいるかのよう。
第3楽章は、おそらく誰が演奏しても美しいと思うのだが、ベームは約28分をかけてアダージョを歌う。
この楽章は聴くたびに荘厳さに打たれる。どこがどうのというお話ではなく、もっと遙か遠い世界、崇高で巨大な何か、そんなものを感じさせてくれる。ベーム/VPOも、その豊饒の音楽を聴かせてくれた。
終楽章でも落ち着いたテンポ。ベームが造りだす大伽藍。大団円。
ウィーン・フィルの音が美しい。少し録音は古くなったかなとも思うが、アナログ末期のDGらしくオケ全体をスケール豊かに捉えている。
ウィーン・フィルのブル8は素敵な演奏が目白押し。ハイティンク、シューリヒト、カラヤン、そしてジュリーニ。ブーレーズもあったなぁ・・・。
その中でのベームの指揮。
最近忘れられがちな巨匠愛惜の今日は1枚でありました。
では、出張であります(^-^)。
今日は帰宅できましたが、明日からまた4日間の出張。
しばらく更新できません(^^ゞ。
いやはや、この猛暑の中、激務であります。
月末までは仕方ないですな。毎年のことでありますが。
さて、たまたま今日は時間が取れたので、久しぶりに大曲ブルックナーの交響曲第8番ハ短調を。
どれにしようかなと棚を眺めていたら、カール・ベーム/VPOのCDが目にとまったので、それを。1976年2月、ウィーンのムジークフェラインでの録音。数年前に廉価盤になったので購入した1枚。ベーム晩年の録音。ノヴァーク版。
そういえば、カール・ベームが亡くなったのが1981年。もう死んでから24年たつ。
ボクがクラシック音楽を聴き始めたのが1980年頃、ベームはクラシック界最大の巨匠であった。
フルトヴェングラーやワルター、クレンペラーは既に亡く、カラヤン、バーンスタインが現役バリバリで、次々にレコードが発売されていた頃だ。
アバド・小沢・マゼール・メータあたりは若造扱い、デュトワに至っては嫁さんに逃げられた伴奏指揮者としてしか扱われていなかった昔、ベームはおそらく日本で抜群に評価が高かった指揮者だったろうと思い出す。
確かに、良いレコードが多かった。
VPOと録音したベートーヴェンの「田園」や「合唱」は素晴らしかったし、モーツァルトはどれも最高だった。
ブラームスはもっと良かったし、ブルックナーの「ロマンティック」は今も、エヴァー・グリーン的名盤だと思う。
今もよく取り出すのはLP4枚組の「1975年来日NHKライブ」DG盤。録音は今聴くとかなり貧しいが、白熱の名演だなぁと思う。
ところが、今やレコード屋でベームのCDは殆ど見かけなくなった。何点か再発ものはあるが(ブルックナーとかモーツァルトとか)、往年の巨匠扱いから考えると、だいぶ忘れ去られているような気がする。(その点で、カラヤンは今もスゴイ・・・)。
そんなわけで、往年の巨匠ベームに敬意を表して、彼の「ブル8」を取り出したのであります。
第1楽章の冒頭、序奏部は非常にゆったりとした開始。堅実な足取り。何の変哲もない運び。ベームの指揮は細かいところで何かしているのだろうが、ブル8の曲そのものが素晴らしく、あまり作為を感じさせない。豊かでスケール大きな音楽。
第2楽章のスケルツォ、ウィーン・フィルの色彩美が良い。やはり、素敵なオケだなと思う。ヴァイオリンは匂うように鮮やか、木管も金管もお互いを尊重しながら、しかし美しく歌う。ベームの指揮はそのオケの美しさを楽しんでいるかのよう。
第3楽章は、おそらく誰が演奏しても美しいと思うのだが、ベームは約28分をかけてアダージョを歌う。
この楽章は聴くたびに荘厳さに打たれる。どこがどうのというお話ではなく、もっと遙か遠い世界、崇高で巨大な何か、そんなものを感じさせてくれる。ベーム/VPOも、その豊饒の音楽を聴かせてくれた。
終楽章でも落ち着いたテンポ。ベームが造りだす大伽藍。大団円。
ウィーン・フィルの音が美しい。少し録音は古くなったかなとも思うが、アナログ末期のDGらしくオケ全体をスケール豊かに捉えている。
ウィーン・フィルのブル8は素敵な演奏が目白押し。ハイティンク、シューリヒト、カラヤン、そしてジュリーニ。ブーレーズもあったなぁ・・・。
その中でのベームの指揮。
最近忘れられがちな巨匠愛惜の今日は1枚でありました。
では、出張であります(^-^)。
2005/07/19のBlog
[ 04:34 ]
[ 協奏曲 ]
激務の7月であります。あと10日ほど、しんどい仕事が続きます。
炎天下の仕事も入ってきます。
やれやれ・・・・・夏バテせぬよう、気をつけなくちゃなりません。
で、今日は元気を出そうと景気づけにベートーヴェンの「皇帝」を。
クラウディオ・アラウのピアノ、C・デイヴィス指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
アラウのピアノは、グランドマナーというか、正々堂々、まさに王道をゆく演奏。
テンポはゆったりとして、ふくよかにピアノを鳴らす。
音は太い。墨をたっぷり含んだ太筆で、グイッと一気に書いてしまったような演奏。
勿論、ピアニシモのところでは十分繊細なのだが。
フォルテのところは、とにかくガツンと豪快に鳴らしてくれる。ストレス解消にはうってつけだが、そこはさすがアラウ、粗暴ではない。洗練された「ガツン」と言うべきかな。
オーケストラがまた素晴らしい。ドレスデンのややくすんだ渋めの音色が、録音場所のルカ教会一杯に広がってゆく気持ちよさ。ウィーンPOやベルリンPOのような輝き、鮮やかさはないのだが、熟成した芳醇な酒のような味わい。
各楽器がそれぞれの音を十分に鳴らしながら美しく融けあって、ホール(この録音では教会なのだが)一杯に響くのを聴くのは、何とも気持ち良い。
この心地よさにはまると、おそらくこれが麻薬のようなもので、癖になってしまう。ああ、「ドレスデンの音が聴きたいなぁ」という気分になってしまう。
第1楽章のカデンツァから、もうアラウの世界に引き込まれる。それに続くオケのトゥッティがまた何とも素晴らしい。ドレスデン・シュターツカペレは最強奏でも全く音が崩れない。それどころか、音が大きければ更に美しく音が融けあう。何とまぁ綺麗な響きのオケだろう。
アラウの採るテンポは堂々として、これぞ「皇帝」。
ボクは、グルダやペライア、アシュケナージのような「若々しいエンペラー」が好きなのだが、このアラウとドレスデンの音・テンポで聴かされると、「ああ、やっぱりこれが皇帝だよなぁ」と納得してしまう。
第2楽章の静謐の美。ここだけ聴くこともある。癒しの音楽。皇帝とオケの会話が美しい。ホルンが右手奥で太く甘い音色でピアノに合わせるところなど最高。
終楽章も、堂々としたロンド。ピアノがここでも正面からオケと向き合いながら素晴らしい「合奏」を聴かせる。ピアノがオケを、オケがピアノを互いに尊重しながらつくる協奏曲は、ホンマに素晴らしい。青年の音楽とは言わないが、非常に若々しいフィナーレ。この録音当時、アラウ御歳81才。何という若さ。老人が作る音楽ではないぞ、これは。
フィリップスの素晴らしい録音。このCD、数ある「皇帝」の中でも最高の名演の一つと思うのだが、フィリップス録音陣の手柄でもあるように思う。
今から20年も前の録音だが、これほど美しくピアノとオーケストラを捉えた「皇帝」、他に思いつきません。極上の録音であります。
炎天下の仕事も入ってきます。
やれやれ・・・・・夏バテせぬよう、気をつけなくちゃなりません。
で、今日は元気を出そうと景気づけにベートーヴェンの「皇帝」を。
クラウディオ・アラウのピアノ、C・デイヴィス指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
アラウのピアノは、グランドマナーというか、正々堂々、まさに王道をゆく演奏。
テンポはゆったりとして、ふくよかにピアノを鳴らす。
音は太い。墨をたっぷり含んだ太筆で、グイッと一気に書いてしまったような演奏。
勿論、ピアニシモのところでは十分繊細なのだが。
フォルテのところは、とにかくガツンと豪快に鳴らしてくれる。ストレス解消にはうってつけだが、そこはさすがアラウ、粗暴ではない。洗練された「ガツン」と言うべきかな。
オーケストラがまた素晴らしい。ドレスデンのややくすんだ渋めの音色が、録音場所のルカ教会一杯に広がってゆく気持ちよさ。ウィーンPOやベルリンPOのような輝き、鮮やかさはないのだが、熟成した芳醇な酒のような味わい。
各楽器がそれぞれの音を十分に鳴らしながら美しく融けあって、ホール(この録音では教会なのだが)一杯に響くのを聴くのは、何とも気持ち良い。
この心地よさにはまると、おそらくこれが麻薬のようなもので、癖になってしまう。ああ、「ドレスデンの音が聴きたいなぁ」という気分になってしまう。
第1楽章のカデンツァから、もうアラウの世界に引き込まれる。それに続くオケのトゥッティがまた何とも素晴らしい。ドレスデン・シュターツカペレは最強奏でも全く音が崩れない。それどころか、音が大きければ更に美しく音が融けあう。何とまぁ綺麗な響きのオケだろう。
アラウの採るテンポは堂々として、これぞ「皇帝」。
ボクは、グルダやペライア、アシュケナージのような「若々しいエンペラー」が好きなのだが、このアラウとドレスデンの音・テンポで聴かされると、「ああ、やっぱりこれが皇帝だよなぁ」と納得してしまう。
第2楽章の静謐の美。ここだけ聴くこともある。癒しの音楽。皇帝とオケの会話が美しい。ホルンが右手奥で太く甘い音色でピアノに合わせるところなど最高。
終楽章も、堂々としたロンド。ピアノがここでも正面からオケと向き合いながら素晴らしい「合奏」を聴かせる。ピアノがオケを、オケがピアノを互いに尊重しながらつくる協奏曲は、ホンマに素晴らしい。青年の音楽とは言わないが、非常に若々しいフィナーレ。この録音当時、アラウ御歳81才。何という若さ。老人が作る音楽ではないぞ、これは。
フィリップスの素晴らしい録音。このCD、数ある「皇帝」の中でも最高の名演の一つと思うのだが、フィリップス録音陣の手柄でもあるように思う。
今から20年も前の録音だが、これほど美しくピアノとオーケストラを捉えた「皇帝」、他に思いつきません。極上の録音であります。
2005/07/17のBlog
[ 01:14 ]
[ 室内楽曲 ]
『徒然草』第百十七段の一節。「よき友、三つあり。一つには、物くるゝ友。二つには医師。三つには、智恵ある友。」・・・・・。
職場の同僚、ボクにクラシックのCDをくれる大変良い友であります。
以前にも書いたように、ダブリ買いをするのです。先日も2枚ほどくれました。
それが、もう全く素晴らしいCDで、今日は是非それを書きたくなりました。
モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ集。
ピアノはマイア・ジョアオ・ピリス。ヴァイオリンはオーギュスタン・デュメイ。
1990年から91年にかけての録音。
25番ト長調K301、28番ホ短調K304、34番変ロ長調K378、35番ト長調K379の4曲。
1曲目、K301の冒頭、ヴァイオリンが左右のスピーカー中央から流れ出したとたん、耳を奪われてしまった。何と綺麗なヴァイオリンの音色。また、ピアノの響きも実に綺麗、美しい。エエ録音やなぁと、初めて聴くCDだったので思わず録音年を確認してしまった。15年前の録音だが、十分現役。素晴らしい。
デュメイのヴァイオリンは、あたたかく、柔らかな音色が魅力的。しかも優美で繊細、洗練された美しさを持っっている。
ピリスも弱音の繊細さはため息が出るほど。フォルテはクリスタルで透きとおる美しさで魅力的なのだが、この人の持ち味は弱音でのデリケートな響きだと思う。ヒソヒソとピアノが主導して、ヴァイオリンがつけてゆくところなど最も美しい。(と言うか、少しイヤラシイ感じもする・・・・(^^ゞ・・・)。
K304のホ短調は、このCDで最高の名演。
郷愁を誘うような哀しみ。
痛切・悲痛という悲しさではなく、通り過ぎてしまった昔を懐かしむときのような哀しさ。そんな響きでピアノが歌い、ヴァイオリンがそれをなぞってゆく。
世評高いハスキル&グリュミオーの演奏は聴いたことがないので偉そうなことは言えないが、グリュミオーの新盤(&クリーン)、シェリング&ヘブラーの演奏に比べると、音の瑞々しさが際だっている。
この演奏、主役はピリスだと思う。ハッとするような瞬間が続出する繊細さ。モーツァルトにふさわしく、鋭すぎない・尖らない音色、先が少し丸くなったガラス棒のような感じ。怜悧でよく透る音色なのだが、不思議と温かみがある。
それに加えて、デュメイの音色。何とも魅惑的。ヴァイオリンをこんなに美しく弾かれちゃ、もう惚れ惚れするしかないな。
モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ、本来は「ヴァイオリンの助奏付きピアノソナタ」と言うらしい。
とすれば、このピリス&デュメイの演奏は、表題の通りということになるのだろう。
我が同僚、イイCDをくれたもんだ。感謝。
物をくれる友は、よき友であります(^-^)。
職場の同僚、ボクにクラシックのCDをくれる大変良い友であります。
以前にも書いたように、ダブリ買いをするのです。先日も2枚ほどくれました。
それが、もう全く素晴らしいCDで、今日は是非それを書きたくなりました。
モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ集。
ピアノはマイア・ジョアオ・ピリス。ヴァイオリンはオーギュスタン・デュメイ。
1990年から91年にかけての録音。
25番ト長調K301、28番ホ短調K304、34番変ロ長調K378、35番ト長調K379の4曲。
1曲目、K301の冒頭、ヴァイオリンが左右のスピーカー中央から流れ出したとたん、耳を奪われてしまった。何と綺麗なヴァイオリンの音色。また、ピアノの響きも実に綺麗、美しい。エエ録音やなぁと、初めて聴くCDだったので思わず録音年を確認してしまった。15年前の録音だが、十分現役。素晴らしい。
デュメイのヴァイオリンは、あたたかく、柔らかな音色が魅力的。しかも優美で繊細、洗練された美しさを持っっている。
ピリスも弱音の繊細さはため息が出るほど。フォルテはクリスタルで透きとおる美しさで魅力的なのだが、この人の持ち味は弱音でのデリケートな響きだと思う。ヒソヒソとピアノが主導して、ヴァイオリンがつけてゆくところなど最も美しい。(と言うか、少しイヤラシイ感じもする・・・・(^^ゞ・・・)。
K304のホ短調は、このCDで最高の名演。
郷愁を誘うような哀しみ。
痛切・悲痛という悲しさではなく、通り過ぎてしまった昔を懐かしむときのような哀しさ。そんな響きでピアノが歌い、ヴァイオリンがそれをなぞってゆく。
世評高いハスキル&グリュミオーの演奏は聴いたことがないので偉そうなことは言えないが、グリュミオーの新盤(&クリーン)、シェリング&ヘブラーの演奏に比べると、音の瑞々しさが際だっている。
この演奏、主役はピリスだと思う。ハッとするような瞬間が続出する繊細さ。モーツァルトにふさわしく、鋭すぎない・尖らない音色、先が少し丸くなったガラス棒のような感じ。怜悧でよく透る音色なのだが、不思議と温かみがある。
それに加えて、デュメイの音色。何とも魅惑的。ヴァイオリンをこんなに美しく弾かれちゃ、もう惚れ惚れするしかないな。
モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ、本来は「ヴァイオリンの助奏付きピアノソナタ」と言うらしい。
とすれば、このピリス&デュメイの演奏は、表題の通りということになるのだろう。
我が同僚、イイCDをくれたもんだ。感謝。
物をくれる友は、よき友であります(^-^)。