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2005/08/15のBlog
[ 05:42 ]
[ 交響曲 ]
PC画面の見過ぎか、細かな文字が見えにくくなってきました。
老眼の始まりかもしれません。
若い頃から近眼で困ってきたが、いよいよ老眼も出始めたか・・・・。
我が友人で、視力の良いヤツは、早くから(もう5年も前から)老眼になって新聞が読みにくいと愚痴をこぼしていたことを思い出します。
いやはや、衰えを実感するのは、つらいものですな。
そういう気分の時はブラームスであります(^^ゞ。
今日は交響曲第4番ホ短調作品98。ブラームス晩年、52歳の大傑作。ブラームスはこの作品のあと12年間生きるのに遂に交響曲を作曲しなかったので、これが最後の交響曲になってしまった。
演奏はヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮ロンドン・フィル。1989年録音のEMI盤。
第1楽章、密やかな息づかいで始まる。寂しい感情を内に秘めつつも、ついつい表に出てしまう、そんな演奏。ロンドン・フィルの弦が渋くて良い。チェロの美しい旋律など、むせび泣くようだ。サヴァリッシュの指揮は、感情に流されすぎぬよう手綱を締めながら、きっちりと歌うべきところは歌わせている。構造が崩れないのはさすがだが、もっと泣きじゃくってもイイのになぁとも思う。この辺が、サヴァリッシュの美学だろう。
第2楽章はホルンと木管の序奏、この音色が渋くて素晴らしい。朗々と歌うわけではなく、しみじみと後ろ髪を引かれながら、で、つい後ろを振り返ってしまうような響き、演奏。第2主題はチェロ。ここでも低弦部の美しさに聴き惚れてしまう。
第3楽章は、過去の栄光か。トゥッティがよく揃って、心地よい。サヴァリッシュはここでも慎重で、あまり爆発的になることはない。十分に美しい演奏。
終楽章のパッサカリア。人生の酸いも甘いも知り尽くした男の音楽(ブラームスの場合は苦い味が強いのだろうが)。サヴァリッシュはここでも渋く、格調高く、淡々と演奏させる。絶叫しない。腰をくねらせて歌う演歌歌手のような演奏も時々聴くことがあるが、サヴァリッシュ/ロンドンPOはひたすら誠実に、あくまでもスタイリッシュに楽譜を音化してゆく。だからこそ、しみじみとした味わいが出る。人生いろいろなことがあったなぁ・・・・・・・そんな回想の音楽を、美しく仕上げた演奏。
録音がEMIらしく、ボチボチといったところ。あまり鮮烈な録音ではないので、しかも個々の楽器をクローズアップするような録音でもないので、滋味で深々とした音になってブラームス的と言えそう。ホールトーンも十分。
老眼の始まりかもしれません。
若い頃から近眼で困ってきたが、いよいよ老眼も出始めたか・・・・。
我が友人で、視力の良いヤツは、早くから(もう5年も前から)老眼になって新聞が読みにくいと愚痴をこぼしていたことを思い出します。
いやはや、衰えを実感するのは、つらいものですな。
そういう気分の時はブラームスであります(^^ゞ。
今日は交響曲第4番ホ短調作品98。ブラームス晩年、52歳の大傑作。ブラームスはこの作品のあと12年間生きるのに遂に交響曲を作曲しなかったので、これが最後の交響曲になってしまった。
演奏はヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮ロンドン・フィル。1989年録音のEMI盤。
第1楽章、密やかな息づかいで始まる。寂しい感情を内に秘めつつも、ついつい表に出てしまう、そんな演奏。ロンドン・フィルの弦が渋くて良い。チェロの美しい旋律など、むせび泣くようだ。サヴァリッシュの指揮は、感情に流されすぎぬよう手綱を締めながら、きっちりと歌うべきところは歌わせている。構造が崩れないのはさすがだが、もっと泣きじゃくってもイイのになぁとも思う。この辺が、サヴァリッシュの美学だろう。
第2楽章はホルンと木管の序奏、この音色が渋くて素晴らしい。朗々と歌うわけではなく、しみじみと後ろ髪を引かれながら、で、つい後ろを振り返ってしまうような響き、演奏。第2主題はチェロ。ここでも低弦部の美しさに聴き惚れてしまう。
第3楽章は、過去の栄光か。トゥッティがよく揃って、心地よい。サヴァリッシュはここでも慎重で、あまり爆発的になることはない。十分に美しい演奏。
終楽章のパッサカリア。人生の酸いも甘いも知り尽くした男の音楽(ブラームスの場合は苦い味が強いのだろうが)。サヴァリッシュはここでも渋く、格調高く、淡々と演奏させる。絶叫しない。腰をくねらせて歌う演歌歌手のような演奏も時々聴くことがあるが、サヴァリッシュ/ロンドンPOはひたすら誠実に、あくまでもスタイリッシュに楽譜を音化してゆく。だからこそ、しみじみとした味わいが出る。人生いろいろなことがあったなぁ・・・・・・・そんな回想の音楽を、美しく仕上げた演奏。
録音がEMIらしく、ボチボチといったところ。あまり鮮烈な録音ではないので、しかも個々の楽器をクローズアップするような録音でもないので、滋味で深々とした音になってブラームス的と言えそう。ホールトーンも十分。
2005/08/14のBlog
[ 05:24 ]
[ 協奏曲 ]
お盆休みに入って、田舎は他県ナンバーの自動車が増えております。
週末が重なったので田舎には珍しく渋滞もあったりしまして・・・・・。
OBやOGの盆帰りに合わせたのか、地元高校の芸術文化発表会(もう今年で9回目)が開かれ次男坊もコントラバスを抱えて出演。3年生最後の演奏会でもあり、なかなか感動的。演奏も上手で、特別出演の今久保宏美さんの素晴らしい歌唱も聴けました。満足。
さて、今日は久しぶりに協奏曲を。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ニ長調作品61。ヴァイオリンはジャン・ジャック・カントロフ、伴奏はアントニ・ロス・マルバ指揮オランダ室内管。1984年4月、オランダのヴァールス教会で録音。
DENONの名曲全集からの1枚。(カップリングはメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲)。中古書店でよく見かけるもの。1枚300円程度で買えることが多い。
結論から言うと、これは掘り出し物。初めて聴いたが、全く素晴らしい演奏で、録音も最高じゃないかと思えた。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、第1楽章の冒頭、序奏部のヴァイオリンが登場する前のオケの演奏がまず聴きものだと思う。最初のティンパニのあと、オーボエとクラリネット、ファゴットが第1主題を歌い出すところ、マルバ/オランダ室内管のつくり出す響きが素晴らしく繊細でなめらか。木管の音も表情も素晴らしい。強弱をつけて、心を揺さぶるような開始。浪漫的な演奏と言えるのかもしれない。ニュアンスに富んで、この管弦楽を聴いているだけで、幸福な気分になる。
やがて、カントロフのソロが登場、この音がまた繊細で美しい。カントロフって、こんなに美音家だったのか見直す思い。音色は明るめで繊細、やや細身。突き刺すような尖った細さではなく、何本か撚った絹糸のように透明感があって、しかも美音。遠くまで伸びるような、続くような、細いにもかかわらず確かな質感のある響き。耳に何とも心地よい。
この音を聴くだけでもイイのだが、フレージングがまた面白い。今まで聴いた演奏とは、印象が違う。
調べてみると、児島新校訂による新ベートーヴェン全集による世界初録音とのこと。フレージングが独特だなと思ったら、今までの版とはかなり異なっているとのこと。なるほど。カデンツァはクライスラーのものを使用。
カントロフの演奏、技術的にも破綻なく、美しく弾く。耽美的にさえ聴こえてくる。
だいたい、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲には、あまりアクロバティックな聴かせどころはないと思う。それよりも、如何にオーケストラと会話するか、協調するか、あるいは競い合うか・・・・が大事なのだろうと思う。この点で、カントロフの演奏は、オケとよく協調して、愉悦感や安らぎを与えてくれる。しかも、豊かなスケールを示しながら高貴な品格さえ漂わせているように思える。名演だなぁ。
第2楽章は、カントロフの美音を生かして、何とも綺麗な演奏。マルバ/オランダ室内管のつくり出す「歌」もイイ。ベートーヴェンが書いた、これは敬虔な祈りの歌だと思うのだが、ヴァイオリンもオケも静謐で、心落ち着く演奏になっている。
第3楽章のロンド。ヴァイオリンの美音が軽やかに弾み、爽快。オケの音も素晴らしい。DENONの録音がまた最高なので、躍動しながらどんどん高みに登っていけるような演奏になっている。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲といえば、名盤も数多いが、このカントロフ盤、この美音この録音、十分に名盤の価値有りと見ました。
週末が重なったので田舎には珍しく渋滞もあったりしまして・・・・・。
OBやOGの盆帰りに合わせたのか、地元高校の芸術文化発表会(もう今年で9回目)が開かれ次男坊もコントラバスを抱えて出演。3年生最後の演奏会でもあり、なかなか感動的。演奏も上手で、特別出演の今久保宏美さんの素晴らしい歌唱も聴けました。満足。
さて、今日は久しぶりに協奏曲を。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ニ長調作品61。ヴァイオリンはジャン・ジャック・カントロフ、伴奏はアントニ・ロス・マルバ指揮オランダ室内管。1984年4月、オランダのヴァールス教会で録音。
DENONの名曲全集からの1枚。(カップリングはメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲)。中古書店でよく見かけるもの。1枚300円程度で買えることが多い。
結論から言うと、これは掘り出し物。初めて聴いたが、全く素晴らしい演奏で、録音も最高じゃないかと思えた。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、第1楽章の冒頭、序奏部のヴァイオリンが登場する前のオケの演奏がまず聴きものだと思う。最初のティンパニのあと、オーボエとクラリネット、ファゴットが第1主題を歌い出すところ、マルバ/オランダ室内管のつくり出す響きが素晴らしく繊細でなめらか。木管の音も表情も素晴らしい。強弱をつけて、心を揺さぶるような開始。浪漫的な演奏と言えるのかもしれない。ニュアンスに富んで、この管弦楽を聴いているだけで、幸福な気分になる。
やがて、カントロフのソロが登場、この音がまた繊細で美しい。カントロフって、こんなに美音家だったのか見直す思い。音色は明るめで繊細、やや細身。突き刺すような尖った細さではなく、何本か撚った絹糸のように透明感があって、しかも美音。遠くまで伸びるような、続くような、細いにもかかわらず確かな質感のある響き。耳に何とも心地よい。
この音を聴くだけでもイイのだが、フレージングがまた面白い。今まで聴いた演奏とは、印象が違う。
調べてみると、児島新校訂による新ベートーヴェン全集による世界初録音とのこと。フレージングが独特だなと思ったら、今までの版とはかなり異なっているとのこと。なるほど。カデンツァはクライスラーのものを使用。
カントロフの演奏、技術的にも破綻なく、美しく弾く。耽美的にさえ聴こえてくる。
だいたい、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲には、あまりアクロバティックな聴かせどころはないと思う。それよりも、如何にオーケストラと会話するか、協調するか、あるいは競い合うか・・・・が大事なのだろうと思う。この点で、カントロフの演奏は、オケとよく協調して、愉悦感や安らぎを与えてくれる。しかも、豊かなスケールを示しながら高貴な品格さえ漂わせているように思える。名演だなぁ。
第2楽章は、カントロフの美音を生かして、何とも綺麗な演奏。マルバ/オランダ室内管のつくり出す「歌」もイイ。ベートーヴェンが書いた、これは敬虔な祈りの歌だと思うのだが、ヴァイオリンもオケも静謐で、心落ち着く演奏になっている。
第3楽章のロンド。ヴァイオリンの美音が軽やかに弾み、爽快。オケの音も素晴らしい。DENONの録音がまた最高なので、躍動しながらどんどん高みに登っていけるような演奏になっている。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲といえば、名盤も数多いが、このカントロフ盤、この美音この録音、十分に名盤の価値有りと見ました。
2005/08/13のBlog
[ 05:42 ]
[ 交響曲 ]
猛暑は続きます。雨が降りません。
隣の香川県では早明浦ダムの渇水で、取水制限も始まったようです。
去年は洪水、今年は渇水。いやはや、自然の猛威であります。
十数年ぶりに旧友に再会。出張のついでとはいえ、わざわざ西条まで来てくれました。
大学時代の彼は主将、ボクは連盟委員。
逢うのは、どの友人の結婚式以来だったかなと、互いに思い出せないほど久しぶりでありました。昔話から、今の境遇まで話題は尽きません。
再会を約して松山空港まで見送りました。
学生時代の友人というのはイイもんです。気を遣わず、好きなことが言えますな。
さて、今日はシューベルトの若番交響曲を。
ベーム/BPOで交響曲第2番変ロ長調D125。
録音は1971年。ベームが晩年にさしかかろうとする時期の録音で、シューベルト交響曲全集からの1枚。
シューベルト17歳の頃の作品。若々しく青春の息吹を感じさせる曲、といってもシューベルトのこと、完成度は高いなと思う。天才はいくつの時でも天才なのだ。年齢など関係ないんやなぁ。
シューベルトの交響曲、最近はピリオド楽器の隆盛・流行で、速くスッキリとした演奏が殆ど。このベーム/BPOの演奏を聴くと、時の流れを実感せざるを得ない。
今から34年前の録音、古楽器はバロック演奏にとどまっていた時代のものだから、この演奏を今の耳で聴くとスケールが大きく浪漫的。
ただベームの指揮だから、テンポは常に正鵠。揺れたりはしない。表情付けもあまりないので、どちらかというと誠実・厳粛な感じの演奏。
録音が結構よい。鮮烈と云うことではなく、ベルリン・フィルの重厚な音がよく録られていると思う。弦が渋く、ややくすんだ感じで響くので、ドレスデン・シュターツカペレの音のような錯覚に陥ったほど。エエ音してる。
第1楽章のラルゴの序奏部、ベームはゆったりとしたテンポで開始。着実に進んでゆく印象。やがて、アレグロ・ヴィヴァーチェになるのだが、響きはさすがにこの時代のもの、厚みがあってしっとりとした味わい(現代の演奏なら、もっとサラサラとながすだろう)。
第2楽章は、この交響曲で最も旋律の美しい部分。可愛らしいメロディが変奏曲形式で移ろいゆくさまは美しい。室内楽のように始まるときのヴァイオリンの響きは特に綺麗。
第3楽章はメヌエットなのだが、シューベルトの溢れる情感がたぎるような曲。さすがBPO、弦と管のバランスがほどよく、迫力のある響きをつくりながらシューベルトの感情を伝える。ベームの指揮は古典的。情念に突き動かされることなく、ここでも正確なテンポを刻んでゆく。結果的に格調高い楽章になった。ベームがモーツァルトの交響曲を指揮したときも同じような印象を持ったが。
終楽章はもっと軽やかに進んでもイイかな・・・・と思って聴いていたが、やはりベームの指揮だもんね。このくらい「しっかりと」演奏するのも悪くないか。
ベームのシューベルト全集、どの曲もベームの誠実さ・謹厳さが伝わってくる名録音だと思います。未完成やグレートは、もちろんさすがの演奏。若書きの若番交響曲も、しっかりとした演奏でボクは好きです。
隣の香川県では早明浦ダムの渇水で、取水制限も始まったようです。
去年は洪水、今年は渇水。いやはや、自然の猛威であります。
十数年ぶりに旧友に再会。出張のついでとはいえ、わざわざ西条まで来てくれました。
大学時代の彼は主将、ボクは連盟委員。
逢うのは、どの友人の結婚式以来だったかなと、互いに思い出せないほど久しぶりでありました。昔話から、今の境遇まで話題は尽きません。
再会を約して松山空港まで見送りました。
学生時代の友人というのはイイもんです。気を遣わず、好きなことが言えますな。
さて、今日はシューベルトの若番交響曲を。
ベーム/BPOで交響曲第2番変ロ長調D125。
録音は1971年。ベームが晩年にさしかかろうとする時期の録音で、シューベルト交響曲全集からの1枚。
シューベルト17歳の頃の作品。若々しく青春の息吹を感じさせる曲、といってもシューベルトのこと、完成度は高いなと思う。天才はいくつの時でも天才なのだ。年齢など関係ないんやなぁ。
シューベルトの交響曲、最近はピリオド楽器の隆盛・流行で、速くスッキリとした演奏が殆ど。このベーム/BPOの演奏を聴くと、時の流れを実感せざるを得ない。
今から34年前の録音、古楽器はバロック演奏にとどまっていた時代のものだから、この演奏を今の耳で聴くとスケールが大きく浪漫的。
ただベームの指揮だから、テンポは常に正鵠。揺れたりはしない。表情付けもあまりないので、どちらかというと誠実・厳粛な感じの演奏。
録音が結構よい。鮮烈と云うことではなく、ベルリン・フィルの重厚な音がよく録られていると思う。弦が渋く、ややくすんだ感じで響くので、ドレスデン・シュターツカペレの音のような錯覚に陥ったほど。エエ音してる。
第1楽章のラルゴの序奏部、ベームはゆったりとしたテンポで開始。着実に進んでゆく印象。やがて、アレグロ・ヴィヴァーチェになるのだが、響きはさすがにこの時代のもの、厚みがあってしっとりとした味わい(現代の演奏なら、もっとサラサラとながすだろう)。
第2楽章は、この交響曲で最も旋律の美しい部分。可愛らしいメロディが変奏曲形式で移ろいゆくさまは美しい。室内楽のように始まるときのヴァイオリンの響きは特に綺麗。
第3楽章はメヌエットなのだが、シューベルトの溢れる情感がたぎるような曲。さすがBPO、弦と管のバランスがほどよく、迫力のある響きをつくりながらシューベルトの感情を伝える。ベームの指揮は古典的。情念に突き動かされることなく、ここでも正確なテンポを刻んでゆく。結果的に格調高い楽章になった。ベームがモーツァルトの交響曲を指揮したときも同じような印象を持ったが。
終楽章はもっと軽やかに進んでもイイかな・・・・と思って聴いていたが、やはりベームの指揮だもんね。このくらい「しっかりと」演奏するのも悪くないか。
ベームのシューベルト全集、どの曲もベームの誠実さ・謹厳さが伝わってくる名録音だと思います。未完成やグレートは、もちろんさすがの演奏。若書きの若番交響曲も、しっかりとした演奏でボクは好きです。
2005/08/12のBlog
[ 05:38 ]
[ 交響曲 ]
マリナー指揮するアカデミー室内管のチャイコフスキーの交響曲全集(レーベルはカプリッチョ)、HMVのバーゲンで激安だったのでついついGET。
1800円で6曲が揃って、しかも管弦楽曲もいくつかフィルアップされている、コスト・パフォーマンス抜群の全集・・・・。
(ただし、HMVのサイトでは酷評されていたが^^・・・・ )
芸術にコスト・パフォーマンス云々とは真摯なクラシック・ファンに怒られそうだが、CDも立派な「商品」だからねぇ。価格が安いのはエエことであります。
マリナーのCDは夥しいほど市販されている。この人、カラヤンに匹敵する(凌駕したのかな?)くらい録音が多い指揮者。何でも録れちゃう。
バロックから古典派、ロマン派から近現代まで広大なレパートリー。しかも、何でもそつなく仕上げちゃう職人芸。マリナーのCD、1960年代後半にはドキッとする演奏が多かったが(ヴィヴァルディの四季とか、バッハの管弦楽組曲とか・・)、1970年代後半から現在までは、人間が丸くなったのか、見た目が美しい(聴いた耳に心地よい、と言うべきか)、仕上げの綺麗な演奏が増えた。
100点満点で、平均点80点以上のCDばかり。秀才的指揮者なんだろうな。
我が家にも沢山マリナーのCDあり、どれも素晴らしい。
以前にも書いたホルストの「惑星」は、今もボクのエヴァー・グリーンであります。
(ただ、120点の演奏はないなぁ。時々大爆発する指揮者もいるが、マリナーはそういうタイプではないのだろう。)
で早速、交響曲第4番ヘ短調作品36を聴いてみる。
この交響曲は、彼の交響曲の中で最も情熱的でダイナミックな(金管などスゴイよなぁ)ものだとおもうのだが、さて、アカデミー室内管ではどうなんだろう。
アカデミー室内管、アカデミー・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ(英語で書くのは面倒^^;)、略してASMF。室内管弦楽団なのに、スケール大きい演奏。普通の大編成のオケに比べても遜色ない。増員しているのだろうが、十分にチャイコフスキーのオーケストレーションを味わえる。
録音も1991年なので、十分すぎるほど美しい。ただ、室内管の録音の特徴なのか、音がスピーカーの前に出てくる感じで、「ホールトーンを味わいながら雰囲気を楽しむ」という録音ではない。ただ、各楽器は美しく録られており、木管など、ふるいつきたくなるくらい綺麗。
第1楽章のホルンの最強奏、カッコイイ。もう少しガッツがあってもいいなと思うのだが、よく聴いてゆくと、これがマリナーのやり方なのだと納得。金管の大咆吼を目指すのではなく、エレガントにこの交響曲を仕上げようという意図が聴こえてくる。弦も管も華々しくなるのだが、「美しく」鳴る。音が混濁しないし、変にテンポが揺れることもない。きちんとした演奏。
第2楽章は、いつ聴いても泣けるアンダンテ。オーボエが美しい。テンポも速すぎず、ネトネト粘りすぎず、心地よいもの。チャイコフスキーの説明文「仕事に疲れ果てた者が一人家の中に座っているときの憂鬱な感情」という標題からあれこれ想像してしまうが、ここでは音楽そのものの美しさが伝わる。オケも巧い。
第3楽章のピチカート。よく揃って安定。金管のピアニシモがデリケートで綺麗。こういう表情はマリナー、さすがに巧いなぁと思う。
第4楽章の爆発、強烈な終曲まで一気に聴けた。ASMF、確かに巧いのだが、終楽章だけはもう少し雄大にハデハデしくやってくれてもいいんじゃないかと思った。これはボクの好みの問題か。演奏の仕上げはエレガントで美しかった。全体的に上品なこの演奏、終楽章も阿鼻叫喚にしないのがマリナーの美学なのだろう。
ということで、演奏も録音も一級品。仕上げの綺麗な工芸品という感じ。
あ、そういえば、この演奏はちっともロシア臭くないです。
だから、もっとドロドロ、爆発系の演奏が好きな人には向かないだろうなぁ・・・・でも、そういう人はこういうCDを買うことはないか(^^ゞ。
1800円で6曲が揃って、しかも管弦楽曲もいくつかフィルアップされている、コスト・パフォーマンス抜群の全集・・・・。
(ただし、HMVのサイトでは酷評されていたが^^・・・・ )
芸術にコスト・パフォーマンス云々とは真摯なクラシック・ファンに怒られそうだが、CDも立派な「商品」だからねぇ。価格が安いのはエエことであります。
マリナーのCDは夥しいほど市販されている。この人、カラヤンに匹敵する(凌駕したのかな?)くらい録音が多い指揮者。何でも録れちゃう。
バロックから古典派、ロマン派から近現代まで広大なレパートリー。しかも、何でもそつなく仕上げちゃう職人芸。マリナーのCD、1960年代後半にはドキッとする演奏が多かったが(ヴィヴァルディの四季とか、バッハの管弦楽組曲とか・・)、1970年代後半から現在までは、人間が丸くなったのか、見た目が美しい(聴いた耳に心地よい、と言うべきか)、仕上げの綺麗な演奏が増えた。
100点満点で、平均点80点以上のCDばかり。秀才的指揮者なんだろうな。
我が家にも沢山マリナーのCDあり、どれも素晴らしい。
以前にも書いたホルストの「惑星」は、今もボクのエヴァー・グリーンであります。
(ただ、120点の演奏はないなぁ。時々大爆発する指揮者もいるが、マリナーはそういうタイプではないのだろう。)
で早速、交響曲第4番ヘ短調作品36を聴いてみる。
この交響曲は、彼の交響曲の中で最も情熱的でダイナミックな(金管などスゴイよなぁ)ものだとおもうのだが、さて、アカデミー室内管ではどうなんだろう。
アカデミー室内管、アカデミー・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ(英語で書くのは面倒^^;)、略してASMF。室内管弦楽団なのに、スケール大きい演奏。普通の大編成のオケに比べても遜色ない。増員しているのだろうが、十分にチャイコフスキーのオーケストレーションを味わえる。
録音も1991年なので、十分すぎるほど美しい。ただ、室内管の録音の特徴なのか、音がスピーカーの前に出てくる感じで、「ホールトーンを味わいながら雰囲気を楽しむ」という録音ではない。ただ、各楽器は美しく録られており、木管など、ふるいつきたくなるくらい綺麗。
第1楽章のホルンの最強奏、カッコイイ。もう少しガッツがあってもいいなと思うのだが、よく聴いてゆくと、これがマリナーのやり方なのだと納得。金管の大咆吼を目指すのではなく、エレガントにこの交響曲を仕上げようという意図が聴こえてくる。弦も管も華々しくなるのだが、「美しく」鳴る。音が混濁しないし、変にテンポが揺れることもない。きちんとした演奏。
第2楽章は、いつ聴いても泣けるアンダンテ。オーボエが美しい。テンポも速すぎず、ネトネト粘りすぎず、心地よいもの。チャイコフスキーの説明文「仕事に疲れ果てた者が一人家の中に座っているときの憂鬱な感情」という標題からあれこれ想像してしまうが、ここでは音楽そのものの美しさが伝わる。オケも巧い。
第3楽章のピチカート。よく揃って安定。金管のピアニシモがデリケートで綺麗。こういう表情はマリナー、さすがに巧いなぁと思う。
第4楽章の爆発、強烈な終曲まで一気に聴けた。ASMF、確かに巧いのだが、終楽章だけはもう少し雄大にハデハデしくやってくれてもいいんじゃないかと思った。これはボクの好みの問題か。演奏の仕上げはエレガントで美しかった。全体的に上品なこの演奏、終楽章も阿鼻叫喚にしないのがマリナーの美学なのだろう。
ということで、演奏も録音も一級品。仕上げの綺麗な工芸品という感じ。
あ、そういえば、この演奏はちっともロシア臭くないです。
だから、もっとドロドロ、爆発系の演奏が好きな人には向かないだろうなぁ・・・・でも、そういう人はこういうCDを買うことはないか(^^ゞ。
2005/08/11のBlog
[ 05:40 ]
[ 交響曲 ]
朝のジョギング30分。1キロ6分のペースなので約5キロといったところか。
汗でビショビショになるのは気持ち悪いのだが、そのあとのシャワーは爽快。
涼やかな気分で出勤できます。
今日も田園地帯を走ったのですが、稲の緑がどんどん濃くなってきています。
お盆前のこの時期、最も暑い季節。緑も深くなります。
真夏の田舎の風景であります。
この濃さ、深さを過ぎると収穫の秋まで一直線。
畦道からは、秋の虫の音が聞こえます。
抜ける秋はもうすぐそこまで・・・・・・。
そんな風景の中、今日聴くのは、ブラームスの交響曲第2番。
カラヤン/ベルリン・フィルのブラームスのシンフォニーには沢山の録音があるのだが、これは最後のもので、1986年6月の録音。
カラヤンのブラームスは、70年代に録音した、研磨に研磨を重ねて鏡面のように仕上げたような演奏も好きなのだが、最後の全集は、フッと力が抜けたような余裕があって、大好き。(1番など、もう絶品としか言いようがないスケール雄大な名演だと思うのだが、あまり褒める人はいないかな・・・(^^ゞ・・)
さて、その2番であります。
第1楽章の冒頭、スケール雄大な、ゆったりとしたテンポで始まる。カラヤンの交響曲演奏のテンポは概して速いのだが、これはゆっくりでイイなぁと思う。この悠揚迫らぬテンポの中で、ホルンが深々として素晴らしい響き。ヴァイオリンの響きも磨き上げた鮮烈さ。木管の歌がまた良い。
オケが巧いだけじゃなくて、よく歌う。しかも、こちらを気持ち良くさせてくれる歌。このあたりが、「カラヤンは演出が巧み」と称されたゆえんだろうか。
第2楽章は、弦の活躍が聴きもの。素晴らしい旋律が続くのだが、その旋律美にブラームスは酔わせてくれない。すぐに展開したり、変奏したり・・・・ああ、もっとこの旋律を聴きたいよと思うのだが、はぐらかしてしまう(照れているように)のがブラームス流。そんなブラームスのしみじみとした「歌」が聴けるのでこの楽章は大好きなのだが、カラヤン/BPOの演奏では、ヴィオラやチェロが綺麗。木管やヴァイオリンの歌を支えつつ、きちんと刻みながら歌っているのが良い。
第3楽章は、オーボエ、クラリネット、フルートなどの管楽器の巧さを楽しめる。ベルリン・フィルだから・・・とは書きたくないのだが、この巧さ、なにをか言わんや・・・・・・(^^ゞ。
第4楽章は、壮大に盛り上がるところあり、ゴージャスな響きに酔いしれるところあり、カラヤンの術中にはまるというか、BPOの素晴らしさに引き込まれるというか、素晴らしい演奏で文句なし。
ちょいとブラームスにしては(しかも2番交響曲にしては)、派手な響き過ぎるかなとも思うが、この響き、やはりエエです。
もう少しドイツ的な深々と渋い音色の方が・・・・なんて言いません。
カラヤンはやはりカラヤンなんです。
汗でビショビショになるのは気持ち悪いのだが、そのあとのシャワーは爽快。
涼やかな気分で出勤できます。
今日も田園地帯を走ったのですが、稲の緑がどんどん濃くなってきています。
お盆前のこの時期、最も暑い季節。緑も深くなります。
真夏の田舎の風景であります。
この濃さ、深さを過ぎると収穫の秋まで一直線。
畦道からは、秋の虫の音が聞こえます。
抜ける秋はもうすぐそこまで・・・・・・。
そんな風景の中、今日聴くのは、ブラームスの交響曲第2番。
カラヤン/ベルリン・フィルのブラームスのシンフォニーには沢山の録音があるのだが、これは最後のもので、1986年6月の録音。
カラヤンのブラームスは、70年代に録音した、研磨に研磨を重ねて鏡面のように仕上げたような演奏も好きなのだが、最後の全集は、フッと力が抜けたような余裕があって、大好き。(1番など、もう絶品としか言いようがないスケール雄大な名演だと思うのだが、あまり褒める人はいないかな・・・(^^ゞ・・)
さて、その2番であります。
第1楽章の冒頭、スケール雄大な、ゆったりとしたテンポで始まる。カラヤンの交響曲演奏のテンポは概して速いのだが、これはゆっくりでイイなぁと思う。この悠揚迫らぬテンポの中で、ホルンが深々として素晴らしい響き。ヴァイオリンの響きも磨き上げた鮮烈さ。木管の歌がまた良い。
オケが巧いだけじゃなくて、よく歌う。しかも、こちらを気持ち良くさせてくれる歌。このあたりが、「カラヤンは演出が巧み」と称されたゆえんだろうか。
第2楽章は、弦の活躍が聴きもの。素晴らしい旋律が続くのだが、その旋律美にブラームスは酔わせてくれない。すぐに展開したり、変奏したり・・・・ああ、もっとこの旋律を聴きたいよと思うのだが、はぐらかしてしまう(照れているように)のがブラームス流。そんなブラームスのしみじみとした「歌」が聴けるのでこの楽章は大好きなのだが、カラヤン/BPOの演奏では、ヴィオラやチェロが綺麗。木管やヴァイオリンの歌を支えつつ、きちんと刻みながら歌っているのが良い。
第3楽章は、オーボエ、クラリネット、フルートなどの管楽器の巧さを楽しめる。ベルリン・フィルだから・・・とは書きたくないのだが、この巧さ、なにをか言わんや・・・・・・(^^ゞ。
第4楽章は、壮大に盛り上がるところあり、ゴージャスな響きに酔いしれるところあり、カラヤンの術中にはまるというか、BPOの素晴らしさに引き込まれるというか、素晴らしい演奏で文句なし。
ちょいとブラームスにしては(しかも2番交響曲にしては)、派手な響き過ぎるかなとも思うが、この響き、やはりエエです。
もう少しドイツ的な深々と渋い音色の方が・・・・なんて言いません。
カラヤンはやはりカラヤンなんです。
2005/08/10のBlog
[ 06:59 ]
[ 管弦楽曲 ]
次男が吹奏楽部でコントラバスを弾いております。
次男以外は女子ばかりという部で(何と、ハーレムではないか!)、楽器も少なく、自分にはなかなか回ってこないのでバスに落ち着いたらしいんですな。
高校のコンクールが松山市民会館でありましたので、休暇を取って家内と二人で出かけました。どうも、息子は聴きに来て欲しかったらしく、まんざらでもない表情。
演目は課題曲と自由曲。自由曲はオルフの「カルミナ・ブラーナ」編曲版。なかなかダイナミックでイイ演奏でした。ナマで聴く管楽器の音は、自宅のオーディオ装置で聴くより、やはり良いものであります。
いくつかの高校の演奏を聴きましたが、中でもR・シュトラウスの「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」を演奏したところがありました。これは巧かった。指揮は顧問の先生(女性であります)なんだろうが、なかなか堂に入っていて、演奏も逞しく輝かしく立派なものでありました。これ、難しい曲なんじゃなかろうかと思うんですがね、きょうびの高校生は大したもんです。
で、それに刺激されて早速帰宅してからゴソゴソCDを探しました。
手にあたったのは、この1枚。
ドラティ指揮デトロイト響の演奏。DECCA原盤で1980年の録音。
ユニヴァーサル系の通販名曲全集からのものだろう、中古で400円くらいだったか。
金蒸着の豪華盤(ゴールドCDは音が良いとかで、15年前くらい盛んに出されたわなぁ)。
金蒸着の効果はどうか分からないが、演奏はスッキリと見通しの良いもの。
複雑で多重的に楽器が絡んでいるR・シュトラウスの作品は、いろいろな楽器が相互にかぶってしまって、モコモコした響きになりがちなのだが、このCDはスカッと爽やかに音が抜けている。
録音も演奏もイイのだろう。
まず、デトロイトのオケが巧い。そして、DECCA録音も最高レベル(アナログ時代最後の時期)、素晴らしいオーケストラ音楽が聴ける。
R・シュトラウスの音楽は、金管が巧くないとちっとも良くないと思うが、ドラティ/デトロイト響の金管群は、非常に巧い。技術もそうだが、アンサンブルがまた巧い。響かせどころ、抑えどころが絶妙のバランス。これ、ドラティの指揮の賜物だろうと思う。
ドラティ、大編成の管弦楽を振らせたら、上手かったものなぁ。
(ストラヴィンスキーの三大バレエ(DECCA)やバルトークのオケコン(フィリップス)など、今もよく取り出しては聴いているのだが。)
金管に隠れがちなのだが、弦楽もしっとり艶やかで美しい。
フィルアップは「ドン・ファン」と「ツァラトゥストラはかく語りき」。これも抜けの良いスッキリした演奏。
この響きを聴くのは快感であります。
次男以外は女子ばかりという部で(何と、ハーレムではないか!)、楽器も少なく、自分にはなかなか回ってこないのでバスに落ち着いたらしいんですな。
高校のコンクールが松山市民会館でありましたので、休暇を取って家内と二人で出かけました。どうも、息子は聴きに来て欲しかったらしく、まんざらでもない表情。
演目は課題曲と自由曲。自由曲はオルフの「カルミナ・ブラーナ」編曲版。なかなかダイナミックでイイ演奏でした。ナマで聴く管楽器の音は、自宅のオーディオ装置で聴くより、やはり良いものであります。
いくつかの高校の演奏を聴きましたが、中でもR・シュトラウスの「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」を演奏したところがありました。これは巧かった。指揮は顧問の先生(女性であります)なんだろうが、なかなか堂に入っていて、演奏も逞しく輝かしく立派なものでありました。これ、難しい曲なんじゃなかろうかと思うんですがね、きょうびの高校生は大したもんです。
で、それに刺激されて早速帰宅してからゴソゴソCDを探しました。
手にあたったのは、この1枚。
ドラティ指揮デトロイト響の演奏。DECCA原盤で1980年の録音。
ユニヴァーサル系の通販名曲全集からのものだろう、中古で400円くらいだったか。
金蒸着の豪華盤(ゴールドCDは音が良いとかで、15年前くらい盛んに出されたわなぁ)。
金蒸着の効果はどうか分からないが、演奏はスッキリと見通しの良いもの。
複雑で多重的に楽器が絡んでいるR・シュトラウスの作品は、いろいろな楽器が相互にかぶってしまって、モコモコした響きになりがちなのだが、このCDはスカッと爽やかに音が抜けている。
録音も演奏もイイのだろう。
まず、デトロイトのオケが巧い。そして、DECCA録音も最高レベル(アナログ時代最後の時期)、素晴らしいオーケストラ音楽が聴ける。
R・シュトラウスの音楽は、金管が巧くないとちっとも良くないと思うが、ドラティ/デトロイト響の金管群は、非常に巧い。技術もそうだが、アンサンブルがまた巧い。響かせどころ、抑えどころが絶妙のバランス。これ、ドラティの指揮の賜物だろうと思う。
ドラティ、大編成の管弦楽を振らせたら、上手かったものなぁ。
(ストラヴィンスキーの三大バレエ(DECCA)やバルトークのオケコン(フィリップス)など、今もよく取り出しては聴いているのだが。)
金管に隠れがちなのだが、弦楽もしっとり艶やかで美しい。
フィルアップは「ドン・ファン」と「ツァラトゥストラはかく語りき」。これも抜けの良いスッキリした演奏。
この響きを聴くのは快感であります。
2005/08/09のBlog
[ 22:03 ]
[ 交響曲 ]
今朝、出張のためにバタバタして更新できず。
帰路、車を飛ばしながら初秋の風を感じておりました。
涼しい風はイイもんです。
ただ帰宅してみれば、相変わらずの猛暑・・・・・・・(^^ゞ。
さて、今日はシューマンの交響曲第3番変ホ長調「ライン」。演奏はハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管。1981年の録音、このあと全集魔ハイティンクはシューマンのそれを完成させた。
シューマンの交響曲、1番が「春」なら3番「ライン」は秋のシンフォニーだと思う。
シューマンがライン河畔のデュッセルドルフに居を移したことがきっかけとなって、作曲された交響曲だという。
確かに第2楽章など、ラインの滔々とした流れを思わせる出来だと思うし、終楽章などラインの秋、収穫の祭典を思わせるつくり。
演奏の仕方によっては、派手に、浪漫的に、濃厚な表情付けでやることも可能な曲だと思うが、そこは、ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管、渋く格調高くまとめ上げる。
いつもながらの、コンセルトヘボウの音。弦はほの暗く柔らかく響き、管楽器はホール全体によく融けて金属的に鳴ることはない。耳に馴染みやすく、長い時間聴いても疲れない、安心して身を任せられる音。
第1楽章、序奏部なしの堂々たる開始。輝かしい始まり方で、エネルギーに満ちている(といっても、コンセルトヘボウらしく、ギンギンに鳴ることはない)。
第2楽章スケルツォはラインの流れ。ゆっくりと大河は悠久の時を越えて流れてゆく。引用されているのはドイツの民謡「ぶどう酒の国ライン」というらしい。ハイティンクはじっくりとそのレントラー風の旋律を歌い上げてゆく。美しい。
第3楽章と4楽章の繊細な弦のユニゾン。シューマンの歌心が充満する。静謐なところも良し、激情的なところも良し。ハイティンクの指揮はいつも克明。しっかりとその特徴を描き出す。
終楽章は、収穫の祭典。金管のファンファーレ風のところでは思い切ってオケを解き放って思う存分吹かせている感じ。ホルンの甘く、やや暗く深々とした音色が素晴らしい。きゃんつかない金管の素晴らしさと弦のシルクタッチの響きに感激しつつ終曲。
もっと激しくロマンティックな演奏でこの曲を聴きたいときには、それにふさわしい指揮者がおります。爆演系の指揮者がおります。
でも、最近は格調高く、曲そのもの、本質を聴かせてくれる演奏が好みになりました。
トシのせいですかな?
ハイティンク、今やボクの中で切り札的指揮者になっております。
帰路、車を飛ばしながら初秋の風を感じておりました。
涼しい風はイイもんです。
ただ帰宅してみれば、相変わらずの猛暑・・・・・・・(^^ゞ。
さて、今日はシューマンの交響曲第3番変ホ長調「ライン」。演奏はハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管。1981年の録音、このあと全集魔ハイティンクはシューマンのそれを完成させた。
シューマンの交響曲、1番が「春」なら3番「ライン」は秋のシンフォニーだと思う。
シューマンがライン河畔のデュッセルドルフに居を移したことがきっかけとなって、作曲された交響曲だという。
確かに第2楽章など、ラインの滔々とした流れを思わせる出来だと思うし、終楽章などラインの秋、収穫の祭典を思わせるつくり。
演奏の仕方によっては、派手に、浪漫的に、濃厚な表情付けでやることも可能な曲だと思うが、そこは、ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管、渋く格調高くまとめ上げる。
いつもながらの、コンセルトヘボウの音。弦はほの暗く柔らかく響き、管楽器はホール全体によく融けて金属的に鳴ることはない。耳に馴染みやすく、長い時間聴いても疲れない、安心して身を任せられる音。
第1楽章、序奏部なしの堂々たる開始。輝かしい始まり方で、エネルギーに満ちている(といっても、コンセルトヘボウらしく、ギンギンに鳴ることはない)。
第2楽章スケルツォはラインの流れ。ゆっくりと大河は悠久の時を越えて流れてゆく。引用されているのはドイツの民謡「ぶどう酒の国ライン」というらしい。ハイティンクはじっくりとそのレントラー風の旋律を歌い上げてゆく。美しい。
第3楽章と4楽章の繊細な弦のユニゾン。シューマンの歌心が充満する。静謐なところも良し、激情的なところも良し。ハイティンクの指揮はいつも克明。しっかりとその特徴を描き出す。
終楽章は、収穫の祭典。金管のファンファーレ風のところでは思い切ってオケを解き放って思う存分吹かせている感じ。ホルンの甘く、やや暗く深々とした音色が素晴らしい。きゃんつかない金管の素晴らしさと弦のシルクタッチの響きに感激しつつ終曲。
もっと激しくロマンティックな演奏でこの曲を聴きたいときには、それにふさわしい指揮者がおります。爆演系の指揮者がおります。
でも、最近は格調高く、曲そのもの、本質を聴かせてくれる演奏が好みになりました。
トシのせいですかな?
ハイティンク、今やボクの中で切り札的指揮者になっております。
[ 05:20 ]
[ 近況など ]
伊勢路の旅も暑かったですな。伊勢神宮にもお参りしましたが、もう暑いの何のって・・・・ほうほうの体で引き上げて、冷房の中で「伊勢うどん」を食いました。
今は日本中、どこも暑いのでしょうな。
写真は伊勢神宮・内宮入り口の鳥居であります。
さてさて昨日、大変お世話になっております、みー太さんから「イメージバトン」なるモノを頂戴致しました。
さてその内容は、(以下、頂いたものをコピペ)
① 受け取った人が、キーワードからイメージするものを思い浮かべて
② 他の3人につなげる。
③ あと、紹介された人へのメッセージもつけるとです。(←熊本弁か?)
そして、これまでのイメージの流れは、
森→癒し→清流→魚釣り→湾→船→長旅→世界一周→飛行船→高所恐怖症→電話BOX
① みー太さんから、頂いたキーワードは、
電話BOX
② ボクがイメージしたことは、
懐かしいなぁ、電話BOX・・・・。最近、入っていないな。電話は自宅や職場の電話か、携帯ですからねぇ。見かけなくなりましたなぁ。
でも・・・・。昔はよく入りましたね。BOXだけではなく、公衆電話そのものをよく使いました。赤電話、ピンク電話、黄色いのもありましたな。10円玉を何個か用意して。1個だけ入れると、通話の開始音がするので、何個か投入してから番号を回した(押すのではなく、回した。プッシュ・ホンじゃ亡かったからね、昔は)。
そう、何個か握りしめて、よくかけたもんですな・・・・・・・。
そこで・・・・。
「10円玉」
で、いかがでしょうか。
③ みー太さんへのメッセージ。
毎日暑いです。猛暑です。暦の上では秋ですが、まだまだ暑いです。
仕事も季節も、いやはや
「残暑お見舞い申し上げます」
暑くてクタクタになりますが、頑張りましょう。
四国の田舎では、日が暮れると秋の虫の音が聞こえ始めています。もう秋です。
マジメに仕事しすぎないよう、適度に力を抜きながら、クラシック音楽を聴きましょうや。
④ 次にバトンをお渡しする3名様。
友人・知り合いが多くありませんので、ご遠慮させてくださいね。
他のどなたかが繋げて下さるでしょう。
今は日本中、どこも暑いのでしょうな。
写真は伊勢神宮・内宮入り口の鳥居であります。
さてさて昨日、大変お世話になっております、みー太さんから「イメージバトン」なるモノを頂戴致しました。
さてその内容は、(以下、頂いたものをコピペ)
① 受け取った人が、キーワードからイメージするものを思い浮かべて
② 他の3人につなげる。
③ あと、紹介された人へのメッセージもつけるとです。(←熊本弁か?)
そして、これまでのイメージの流れは、
森→癒し→清流→魚釣り→湾→船→長旅→世界一周→飛行船→高所恐怖症→電話BOX
① みー太さんから、頂いたキーワードは、
電話BOX
② ボクがイメージしたことは、
懐かしいなぁ、電話BOX・・・・。最近、入っていないな。電話は自宅や職場の電話か、携帯ですからねぇ。見かけなくなりましたなぁ。
でも・・・・。昔はよく入りましたね。BOXだけではなく、公衆電話そのものをよく使いました。赤電話、ピンク電話、黄色いのもありましたな。10円玉を何個か用意して。1個だけ入れると、通話の開始音がするので、何個か投入してから番号を回した(押すのではなく、回した。プッシュ・ホンじゃ亡かったからね、昔は)。
そう、何個か握りしめて、よくかけたもんですな・・・・・・・。
そこで・・・・。
「10円玉」
で、いかがでしょうか。
③ みー太さんへのメッセージ。
毎日暑いです。猛暑です。暦の上では秋ですが、まだまだ暑いです。
仕事も季節も、いやはや
「残暑お見舞い申し上げます」
暑くてクタクタになりますが、頑張りましょう。
四国の田舎では、日が暮れると秋の虫の音が聞こえ始めています。もう秋です。
マジメに仕事しすぎないよう、適度に力を抜きながら、クラシック音楽を聴きましょうや。
④ 次にバトンをお渡しする3名様。
友人・知り合いが多くありませんので、ご遠慮させてくださいね。
他のどなたかが繋げて下さるでしょう。
2005/08/08のBlog
[ 15:29 ]
[ 協奏曲 ]
伊勢志摩の旅を終えて帰宅したら、PCがまた起動でおかしくなった。
と思うと、素直に起動したり・・・・。
ネットの途中でハングしたり・・・・・。
いよいよ末期症状かなと思いつつ、現在は調子よく稼働しております。
いったい何なんや・・・・と思いつつ、XPをServicePack2にしなくちゃイカンかな・・・と悩んでおります。(今のところ、ServicePack1で動かしております。何か、トラブルが多いと聞いてから逡巡して、ここまで来てしまいました)
と言いつつ、今日の1曲。
モーツァルトのフルートとハープのための協奏曲ハ長調K299。
ギャラントで晴れやかな曲なので大好き。素晴らしい名曲。
いつ聴いてもエエなぁと思う。春には緑の風のように、夏には涼やかな石清水のように・・・・さすが、モーツァルトの名曲は季節を選ばない。
愛聴盤が多いのだが、今日はDG盤、ソロは、ヴォルフガング・シュルツのフルート、ニカノール・サバレタのハープ。伴奏は、ベーム/VPO。1975年5月、ウィーン(おそらくムジークフェラインでの)録音。
中古書店などによく出ている、同朋舎出版の「グレート・コンポーザー」シリーズの1枚。このシリーズ、ユニヴァーサルから出ているレギュラー盤と全く同じ演奏・録音なのでお買い得。300円ほどだったと思う(^-^)。
第1楽章の冒頭から、ベームの振るウィーン・フィルが克明な伴奏を繰り広げる。しっかりとした足取りで、せかせかしない落ち着いたテンポがいい。音色は弦楽群を中心に、非常に明るい。軽いと思わせるくらい、明るい音色。
シュルツのフルートもそれに合わせるかのように、やや細めの明るい音色。
第2楽章はアンダンティーノ。この序奏部は、映画「アマデウス」で用いられて有名な部分だが、確かにむべなるかな。ホンマ綺麗なメロディ。そして、フルートのソロが軽やかに涼やかに歌い始めると、ハープが同じ軽やかさで、そよ風のようにからみつく。このハープ音色、響きがたまらない。貴婦人の上品さ(って、貴婦人の知り合いがいるわけではないのだが・・・^^;)。何とも言葉に出来ずにもどかしい、品の良い風情。いつまでも音楽が終わって欲しくないと思う演奏。
それを支えるベーム/VPOの演奏がまた格調高いのだ。このテンポ、この姿勢。背筋が伸びて、妙に聴衆に媚びたりしないベームのマジメさが、何とも好ましい。
終楽章は美音の饗宴。両のスピーカーからあふれ出てくるウィーン・フィルの鮮烈な弦の音色を満喫し、シュルツのフルートの軽やかさ、サバレタのハープの高貴な音色を全身で受け止める快感。演奏も即興的な感じで、聴いていて楽しい。ソリストふたりの名技にベームの職人芸が支える、これは楽しい1枚であります。
と思うと、素直に起動したり・・・・。
ネットの途中でハングしたり・・・・・。
いよいよ末期症状かなと思いつつ、現在は調子よく稼働しております。
いったい何なんや・・・・と思いつつ、XPをServicePack2にしなくちゃイカンかな・・・と悩んでおります。(今のところ、ServicePack1で動かしております。何か、トラブルが多いと聞いてから逡巡して、ここまで来てしまいました)
と言いつつ、今日の1曲。
モーツァルトのフルートとハープのための協奏曲ハ長調K299。
ギャラントで晴れやかな曲なので大好き。素晴らしい名曲。
いつ聴いてもエエなぁと思う。春には緑の風のように、夏には涼やかな石清水のように・・・・さすが、モーツァルトの名曲は季節を選ばない。
愛聴盤が多いのだが、今日はDG盤、ソロは、ヴォルフガング・シュルツのフルート、ニカノール・サバレタのハープ。伴奏は、ベーム/VPO。1975年5月、ウィーン(おそらくムジークフェラインでの)録音。
中古書店などによく出ている、同朋舎出版の「グレート・コンポーザー」シリーズの1枚。このシリーズ、ユニヴァーサルから出ているレギュラー盤と全く同じ演奏・録音なのでお買い得。300円ほどだったと思う(^-^)。
第1楽章の冒頭から、ベームの振るウィーン・フィルが克明な伴奏を繰り広げる。しっかりとした足取りで、せかせかしない落ち着いたテンポがいい。音色は弦楽群を中心に、非常に明るい。軽いと思わせるくらい、明るい音色。
シュルツのフルートもそれに合わせるかのように、やや細めの明るい音色。
第2楽章はアンダンティーノ。この序奏部は、映画「アマデウス」で用いられて有名な部分だが、確かにむべなるかな。ホンマ綺麗なメロディ。そして、フルートのソロが軽やかに涼やかに歌い始めると、ハープが同じ軽やかさで、そよ風のようにからみつく。このハープ音色、響きがたまらない。貴婦人の上品さ(って、貴婦人の知り合いがいるわけではないのだが・・・^^;)。何とも言葉に出来ずにもどかしい、品の良い風情。いつまでも音楽が終わって欲しくないと思う演奏。
それを支えるベーム/VPOの演奏がまた格調高いのだ。このテンポ、この姿勢。背筋が伸びて、妙に聴衆に媚びたりしないベームのマジメさが、何とも好ましい。
終楽章は美音の饗宴。両のスピーカーからあふれ出てくるウィーン・フィルの鮮烈な弦の音色を満喫し、シュルツのフルートの軽やかさ、サバレタのハープの高貴な音色を全身で受け止める快感。演奏も即興的な感じで、聴いていて楽しい。ソリストふたりの名技にベームの職人芸が支える、これは楽しい1枚であります。
2005/08/06のBlog
[ 05:29 ]
[ 器楽曲 ]
中学3年の三男坊は、バレーボール部を引退したあとも、嬉々として合唱部を続けております。受験生なのだが、さていつ勉強するのやら。
今日はNHK学校音楽コンクールの愛媛県大会。見事金賞。
昨年は東京渋谷のNHKホールで歌えたので(ボク以外の家族は東京まで「追っかけた」・・・(^^ゞ)、今年も必死。朝6時から練習を始めたり、1日10時間以上も練習したり。顧問の先生も大変。指導力は勿論だが、かける時間が半端じゃありませんな。頭が下がります。でも、取りあえず四国大会への出場権、良かったですな。。
さて、その合唱にまるで関係なく(ボクは合唱曲を殆ど聴きませんので^^;)、ピアニストである(であった?)クリストフ・エッシェンバッハの弾くシューベルト「即興曲集」。D899とD935の8曲。
1975年4月、もう30年前になってしまったベルリンでの録音。
このころから、エッシェンバッハは指揮者になっていった。このシューベルトを聴くたびに、惜しいなと思う。こんな暗いシューベルトを弾けるピアニストはざらにはいないと思うから。
シューベルトのピアノ曲、ソナタのいくつかにはドキッとするような美しさがあって大好き。中でも即興曲は、素晴らしいと思う。形式に左右されず、メロディ・メーカーであったシューベルトの美しい旋律が噴出するから。次から次に歌が現れて、どんどん先へ歌が進んでゆく。即興曲は、ソナタ形式のように繰り返しも解決も不要な形式だろう。だから、音楽が行ったきりで戻ってこない・・・・ところもあるのだが、それも良し。構成よりもまず歌。シューベルトの歌を楽しみたい。
そんな気分で聴いているうちに、手元には何枚かの即興曲集が集まってきた。
今日は、そんな中の1枚。
エッシェンバッハの独特の(あえて言えば「異形」の!)演奏・・・・。
暗さがどんどん沈み込んでゆく。沈潜する暗鬱な感情。
人生の暗部を見せつけられて、聴き手がゾッとしてしまうような(ボクだけかな・・?)演奏。
D899の第1曲ハ短調。エッシェンバッハは装飾音を時折混ぜながら、ゆっくりと弾いてゆく。ここぞというところでの、テンポを落とす「タメ」も効いている。
第2曲は変ホ長調。長調であるのに(あのエロイカと同じ変ホ長調)、暗く感じる。フォルティシモでは十分にピアノを鳴らしているのに、うるさいとは思わない。
第3曲変ト長調。三部形式。ゆったりとしたテンポ。ルバートもかけている。先を急がず、旋律を歌わせるのだが、癖のある(アクの強い)歌わせ方。ロマンティック、主情的な演奏と言うべきなのだろうか。左手の動きが活発で、低音が強調されるせいか、ここでも曲想が暗い。明るくならない。シューベルトの絶望感が出ているところかもしれない。
第4曲変イ長調。これも三部形式で、両端部は細かく軽やかに音符が動き回る。その動きが、陽性でない。ためらうように、時にぎこちなく進む。途中、つっかえながら、何かに迷うように進むのは、シューベルトの不安だろうか。
D935も肌触りは同じ。沈潜したり、時には激情に駆られて絶叫してみたり。その中に、余り「救い」の響きが感じられない暗さ。いやはや、何とも言えない演奏。
第3曲のアンダンテ・変ロ長調は、あの有名な「ロザムンデ」。ロマン・憧れに満ちた名旋律だが、エッシェンバッハは旋律に流されないよう注意深く弾きつつ、時折ルバートをまじえながら、ほの暗い世界を演出する。変奏曲、それぞれの性格の違いを綺麗に弾きわけているのだが、トータルで見ると、陰影に富んだ、揺らめくかすかな光のような独特の世界。
エッシェンバッハ、この1枚だけで、ピアニストとして一流とボクは思います。
今から10年以上前、国内廉価盤で購入。1450円だったか。
何回も再発されたのだが、今も現役盤で買えるのだろうか・・・・。
シューベルトの即興曲集、実は驚くほど暗い世界だったことを教えてくれる貴重な1枚であります。
今日から1泊2日で三重県、伊勢志摩に向かいます。
7年前の研修会で知り合った友人たちと、毎年1回の同窓会であります。
ボクは四国愛媛県代表。他にはホスト県三重、和歌山、大阪、茨城、山梨、埼玉、広島、群馬、大分の各地から。エエもん喰って、楽しんできましょうわい。
今日はNHK学校音楽コンクールの愛媛県大会。見事金賞。
昨年は東京渋谷のNHKホールで歌えたので(ボク以外の家族は東京まで「追っかけた」・・・(^^ゞ)、今年も必死。朝6時から練習を始めたり、1日10時間以上も練習したり。顧問の先生も大変。指導力は勿論だが、かける時間が半端じゃありませんな。頭が下がります。でも、取りあえず四国大会への出場権、良かったですな。。
さて、その合唱にまるで関係なく(ボクは合唱曲を殆ど聴きませんので^^;)、ピアニストである(であった?)クリストフ・エッシェンバッハの弾くシューベルト「即興曲集」。D899とD935の8曲。
1975年4月、もう30年前になってしまったベルリンでの録音。
このころから、エッシェンバッハは指揮者になっていった。このシューベルトを聴くたびに、惜しいなと思う。こんな暗いシューベルトを弾けるピアニストはざらにはいないと思うから。
シューベルトのピアノ曲、ソナタのいくつかにはドキッとするような美しさがあって大好き。中でも即興曲は、素晴らしいと思う。形式に左右されず、メロディ・メーカーであったシューベルトの美しい旋律が噴出するから。次から次に歌が現れて、どんどん先へ歌が進んでゆく。即興曲は、ソナタ形式のように繰り返しも解決も不要な形式だろう。だから、音楽が行ったきりで戻ってこない・・・・ところもあるのだが、それも良し。構成よりもまず歌。シューベルトの歌を楽しみたい。
そんな気分で聴いているうちに、手元には何枚かの即興曲集が集まってきた。
今日は、そんな中の1枚。
エッシェンバッハの独特の(あえて言えば「異形」の!)演奏・・・・。
暗さがどんどん沈み込んでゆく。沈潜する暗鬱な感情。
人生の暗部を見せつけられて、聴き手がゾッとしてしまうような(ボクだけかな・・?)演奏。
D899の第1曲ハ短調。エッシェンバッハは装飾音を時折混ぜながら、ゆっくりと弾いてゆく。ここぞというところでの、テンポを落とす「タメ」も効いている。
第2曲は変ホ長調。長調であるのに(あのエロイカと同じ変ホ長調)、暗く感じる。フォルティシモでは十分にピアノを鳴らしているのに、うるさいとは思わない。
第3曲変ト長調。三部形式。ゆったりとしたテンポ。ルバートもかけている。先を急がず、旋律を歌わせるのだが、癖のある(アクの強い)歌わせ方。ロマンティック、主情的な演奏と言うべきなのだろうか。左手の動きが活発で、低音が強調されるせいか、ここでも曲想が暗い。明るくならない。シューベルトの絶望感が出ているところかもしれない。
第4曲変イ長調。これも三部形式で、両端部は細かく軽やかに音符が動き回る。その動きが、陽性でない。ためらうように、時にぎこちなく進む。途中、つっかえながら、何かに迷うように進むのは、シューベルトの不安だろうか。
D935も肌触りは同じ。沈潜したり、時には激情に駆られて絶叫してみたり。その中に、余り「救い」の響きが感じられない暗さ。いやはや、何とも言えない演奏。
第3曲のアンダンテ・変ロ長調は、あの有名な「ロザムンデ」。ロマン・憧れに満ちた名旋律だが、エッシェンバッハは旋律に流されないよう注意深く弾きつつ、時折ルバートをまじえながら、ほの暗い世界を演出する。変奏曲、それぞれの性格の違いを綺麗に弾きわけているのだが、トータルで見ると、陰影に富んだ、揺らめくかすかな光のような独特の世界。
エッシェンバッハ、この1枚だけで、ピアニストとして一流とボクは思います。
今から10年以上前、国内廉価盤で購入。1450円だったか。
何回も再発されたのだが、今も現役盤で買えるのだろうか・・・・。
シューベルトの即興曲集、実は驚くほど暗い世界だったことを教えてくれる貴重な1枚であります。
今日から1泊2日で三重県、伊勢志摩に向かいます。
7年前の研修会で知り合った友人たちと、毎年1回の同窓会であります。
ボクは四国愛媛県代表。他にはホスト県三重、和歌山、大阪、茨城、山梨、埼玉、広島、群馬、大分の各地から。エエもん喰って、楽しんできましょうわい。
2005/08/05のBlog
[ 01:25 ]
[ 管弦楽曲 ]
うぅ~ 暑いでんなぁ。寝苦しいですなぁ。
こうも暑い日にはヘンデルの「水上の音楽」ですな。涼しく爽やかな音楽で部屋を満たしましょう。
演奏は、懐かしいトレヴァー・ピノック指揮イングリッシュ・コンサート。1983年4月、ロンドンのヘンリー・ウッド・ホールでの録音。国内発売は1984年2月。輸入盤仕様の国内CDは売価4200円(◎-◎)。
高かったんです。でもね、欲しかったんです・・・・。
当時、レコード会社はCD販促のためにセット販売などをしておりました。ポリドールもそう、このCDは、ピノックのチェンバロ曲集やビルソンのモーツァルトなどとともに3枚セット9000円で購入したもの。ジャケットを見て下さい。赤いシールが貼ってあるでしょ?
今なら1000円程度の廉価盤で購入可能でしょう。中古盤なら500円程度でしょうね。見つけたら、即買いをお奨めします。素晴らしい演奏であり、録音です。
さて、演奏は爽やかそのもの。生き生きと弾むような、躍動感が素晴らしい。ピノックの指揮がまた若々しい。そんなに快速なテンポではないのだが、颯爽とした音楽になっているのは、リズムがシェイプされて推進力があるからだろう。
ハレ版による演奏なのだが、曲順はクリュザンダー版によっているという。組曲へ長調・ニ長調・ト長調の順番。
組曲へ長調の開始、冒頭からワクワクさせるような爽やかな音楽が展開する。ソロ・ヴァイオリンはサイモン・スタンデイジとエリザベス・ウィルコック。ステージの左右に立つソロが美しく会話しつつ、水上の音楽が始まる。
ヴァイオリンは12名。よく揃った見事なユニゾンを聴かせてくれる。音色もオリジナル楽器らしく涼やかで抜けるような美しさ。ヴィオラもチェロもピッチが安定していて、ふくよかな広がりを見せている。
管楽器も健闘。ナチュラル・ホルンはかなり難しいのだろうが(この頃から、古楽器団体の技術は飛躍的に向上していったはずだ)、よく頑張っていると思う。トランペットも輝かしい音を響かせて心地よい。有名なアラ・ホーン・パイプは聴きもの。音の厚みも十分で雄大な音楽になっている。ピッチが不安定になるのは致し方なしか。
トラヴェルソやオーボエ、ピッコロの音色も美しい。朴訥としたひなびた味わいが聴けるし、トリオの部分ではみやびやかな演奏になって心地よい。
指揮・録音・ソロ楽器や各管楽器演奏の見事さ、どれも最高。
今もボクにとって「水上の音楽」のベスト・ワンです。
こうも暑い日にはヘンデルの「水上の音楽」ですな。涼しく爽やかな音楽で部屋を満たしましょう。
演奏は、懐かしいトレヴァー・ピノック指揮イングリッシュ・コンサート。1983年4月、ロンドンのヘンリー・ウッド・ホールでの録音。国内発売は1984年2月。輸入盤仕様の国内CDは売価4200円(◎-◎)。
高かったんです。でもね、欲しかったんです・・・・。
当時、レコード会社はCD販促のためにセット販売などをしておりました。ポリドールもそう、このCDは、ピノックのチェンバロ曲集やビルソンのモーツァルトなどとともに3枚セット9000円で購入したもの。ジャケットを見て下さい。赤いシールが貼ってあるでしょ?
今なら1000円程度の廉価盤で購入可能でしょう。中古盤なら500円程度でしょうね。見つけたら、即買いをお奨めします。素晴らしい演奏であり、録音です。
さて、演奏は爽やかそのもの。生き生きと弾むような、躍動感が素晴らしい。ピノックの指揮がまた若々しい。そんなに快速なテンポではないのだが、颯爽とした音楽になっているのは、リズムがシェイプされて推進力があるからだろう。
ハレ版による演奏なのだが、曲順はクリュザンダー版によっているという。組曲へ長調・ニ長調・ト長調の順番。
組曲へ長調の開始、冒頭からワクワクさせるような爽やかな音楽が展開する。ソロ・ヴァイオリンはサイモン・スタンデイジとエリザベス・ウィルコック。ステージの左右に立つソロが美しく会話しつつ、水上の音楽が始まる。
ヴァイオリンは12名。よく揃った見事なユニゾンを聴かせてくれる。音色もオリジナル楽器らしく涼やかで抜けるような美しさ。ヴィオラもチェロもピッチが安定していて、ふくよかな広がりを見せている。
管楽器も健闘。ナチュラル・ホルンはかなり難しいのだろうが(この頃から、古楽器団体の技術は飛躍的に向上していったはずだ)、よく頑張っていると思う。トランペットも輝かしい音を響かせて心地よい。有名なアラ・ホーン・パイプは聴きもの。音の厚みも十分で雄大な音楽になっている。ピッチが不安定になるのは致し方なしか。
トラヴェルソやオーボエ、ピッコロの音色も美しい。朴訥としたひなびた味わいが聴けるし、トリオの部分ではみやびやかな演奏になって心地よい。
指揮・録音・ソロ楽器や各管楽器演奏の見事さ、どれも最高。
今もボクにとって「水上の音楽」のベスト・ワンです。
2005/08/04のBlog
[ 07:17 ]
[ 協奏曲 ]
PCの調子が不調。ハングアップすることが増えてきた。
OSも怪しい。IEも時々落ちる・・・・。
バックアップを取っておかないと危ないかもしれない。
さて、今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第23番イ長調K488。
マレイ・ペライアの弾き振り、管弦楽はイギリス室内管。
録音は1984年2月、ペライアのモーツァルト・ピアノ協奏曲全集からの1枚。
この全集はCDが発売され始めた当初、1枚当たりにすると比較的購入しやすい価格設定だったはず(それでも3万円もした!)。懐かしい全集だ。価格も今思えば、涙が出るような価格。CDは高かったなぁ・・・・・。
ペライアは当時、モーツァルト弾きとして名が売れ始めた「若手」だった。
演奏の特徴は中庸で繊細、綺麗なピアノの音色を生かして丹念に弾いてゆく、アクの強くない演奏。優等生的というか、理知的というか、物わかりは大変良く声を荒立てずにきちんと学習を積んでいる模範生のような演奏。フォルティシモでも音がきつくなることがなく(と言うより、フォルティシモもそのものがあまりない、最強奏でも、音をあまり大きくさせない・・・)、弱音の繊細きわまりない美しさが印象的なピアニストだった。
この印象は今も変わらないが、ペライアは現在、堂々たるベテラン・ピアニストになっている(バッハのゴルトベルク変奏曲など素晴らしい・・・スゴイ演奏だった)。
さて、そのイ長調K488。
第1楽章の冒頭から、中庸としか言いようがない、落ち着いてたっぷりとしたテンポが良い。イギリス室内管は、いつも通り巧い。ヴァイオリンの音が清らかで美しい。やがてピアノがその上を滑るように入ってくる。ヴァイオリンよりさらに清らかで透明、時に輝くようなピアノ。ナイフのような鋭さで光るのではなく、音のエッジを少し丸くして、輪郭の周辺が柔らかく光るような音。何とも言えぬイイ音でピアノが響く。これを聴くのは快感。
第2楽章は有名なアダージョ。秋の愁い・物思いといった風情の音楽を、ペライアは弱音を生かして、ニュアンス豊かに弾いてゆく。木管との会話が美しいのはイギリス室内管の功績かな。結部、弦のピチカートがデリケートに響く上をピアノがなめらかに進んでゆくあたりは、全く美しい。絶品。
終楽章のアレグロ・アッサイ、ここでもテンポは落ち着いている。サッサと終わらせることなく、克明に弾いてゆくペライアの真面目さがイイ。音色は多様、強弱の付け方も巧いなと思う。管弦楽もピッタリと寄り添って美しいロンドを繰り広げる。
ペライアのピアノは、無理をしない、荒々しく響かない。
感情むき出しの爆演とは縁遠い演奏。
こういう演奏を「気品がある」と言うのだろう。ボクは好きです。
OSも怪しい。IEも時々落ちる・・・・。
バックアップを取っておかないと危ないかもしれない。
さて、今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第23番イ長調K488。
マレイ・ペライアの弾き振り、管弦楽はイギリス室内管。
録音は1984年2月、ペライアのモーツァルト・ピアノ協奏曲全集からの1枚。
この全集はCDが発売され始めた当初、1枚当たりにすると比較的購入しやすい価格設定だったはず(それでも3万円もした!)。懐かしい全集だ。価格も今思えば、涙が出るような価格。CDは高かったなぁ・・・・・。
ペライアは当時、モーツァルト弾きとして名が売れ始めた「若手」だった。
演奏の特徴は中庸で繊細、綺麗なピアノの音色を生かして丹念に弾いてゆく、アクの強くない演奏。優等生的というか、理知的というか、物わかりは大変良く声を荒立てずにきちんと学習を積んでいる模範生のような演奏。フォルティシモでも音がきつくなることがなく(と言うより、フォルティシモもそのものがあまりない、最強奏でも、音をあまり大きくさせない・・・)、弱音の繊細きわまりない美しさが印象的なピアニストだった。
この印象は今も変わらないが、ペライアは現在、堂々たるベテラン・ピアニストになっている(バッハのゴルトベルク変奏曲など素晴らしい・・・スゴイ演奏だった)。
さて、そのイ長調K488。
第1楽章の冒頭から、中庸としか言いようがない、落ち着いてたっぷりとしたテンポが良い。イギリス室内管は、いつも通り巧い。ヴァイオリンの音が清らかで美しい。やがてピアノがその上を滑るように入ってくる。ヴァイオリンよりさらに清らかで透明、時に輝くようなピアノ。ナイフのような鋭さで光るのではなく、音のエッジを少し丸くして、輪郭の周辺が柔らかく光るような音。何とも言えぬイイ音でピアノが響く。これを聴くのは快感。
第2楽章は有名なアダージョ。秋の愁い・物思いといった風情の音楽を、ペライアは弱音を生かして、ニュアンス豊かに弾いてゆく。木管との会話が美しいのはイギリス室内管の功績かな。結部、弦のピチカートがデリケートに響く上をピアノがなめらかに進んでゆくあたりは、全く美しい。絶品。
終楽章のアレグロ・アッサイ、ここでもテンポは落ち着いている。サッサと終わらせることなく、克明に弾いてゆくペライアの真面目さがイイ。音色は多様、強弱の付け方も巧いなと思う。管弦楽もピッタリと寄り添って美しいロンドを繰り広げる。
ペライアのピアノは、無理をしない、荒々しく響かない。
感情むき出しの爆演とは縁遠い演奏。
こういう演奏を「気品がある」と言うのだろう。ボクは好きです。