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2005/09/04のBlog
[ 04:57 ]
[ 交響曲 ]
9月に入って、まだ残暑厳しい。蒸し暑い一日であります。
久しぶりの休日、ゆっくりさせてもらいましょう。先週は少々疲れた・・・・・。激務でありました・・・(^^ゞ。
今日は、ベートーヴェンの交響曲第6番ヘ長調「田園」。
休みの日に聴く回数が最も多いクラシック音楽。
なぜか、休日の午前中にゆっくり出来るときには、「田園」を聴いている。というより、聴かずにいられない。クラシック音楽を好きになってから、もう何度聴いたか分からない。なのに飽きない。いつ聴いても、幸福な気分になる。
春は霞がかった四国山地を遠望しながら、夏は緑濃くなる水田風景を眼下に眺めながら。
秋は徐々に冷たくなる風を窓から取り込みながら、冬は部屋を閉め切ってストーブに手をかざしながら。
本を読んだり、持ち帰った仕事をしたり・・・・・「ながら聴き」も多いのだが、それでも「田園」を聴いている自分。45分で、こちらの気持ちが穏やかになってゆく音楽。
今日は、古書店で入手したクルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の演奏。RCA(ビクター)が発売した「世界名曲選集」のうちの1枚。1973年頃の録音らしい。マズアは後年、ベートーヴェン全集をデジタル録音しているので、これは旧盤になるのだろう。
第1楽章、落ち着いたテンポで始まる。速すぎず、遅すぎず、ちょうど良いテンポ。聴き手に心地よいテンポ設定だと思う。楽器の音色は全体的に渋め。キラキラ鮮烈だとか、切れ込んでくる迫力などは感じられない。ふっくらとしていい音。ゲヴァントハウスという先入観だろうか、近隣のドレスデン・シュターツカペレの音に似た感じがする。音の融けあいがイイ。弦も管も、個々の楽器が突出することなく、オケ全体が融けあったふっくらとした音がイイ。
第2楽章は、フルートやオーボエ、クラリネットなど木管の活躍が楽しみなのだが、ここでも、それぞれが突出することがない。全体的に雰囲気豊かな管弦楽が続く。ゆったりとした気分で聴ける音楽になっている。テンポはこの楽章も中庸。心地よい。
ただ、フレージングが短いところや、リズム感がなくなるようなところがあり、「あれ?」と思うこともあり。
第3楽章、ホルンの活躍が見事。太い音から深々とした音まで、素晴らしい音。技巧も素晴らしい。このスケルツォ楽章は、軽やかにリズムが弾んで聴きやすかった。
第4楽章の嵐は、オケに厚みが出てきて結構な迫力。全体的に太い音。管楽器の咆吼も暴風雨のようで結構。
終楽章は、逆に弦楽部の細い音が印象的。マズアはここでは、繊細に、優しく弾かせようとする。音色は渋め。ややくすんだ感じの音色だが、自然な木材の肌触り。金属質の鋭利さではなく、木綿のようにややザラッとした自然な質感が良い(絹のようなしっとりと柔らかい質感ではないのだが・・・・)。
録音の出来は上々。1970年代前半の録音なのだが、十分に現役盤。ホールトーンが豊かなので、雰囲気たっぷりにオーケストラ音楽を楽しめる。
さて、マズア/ゲヴァントハウスの演奏、好評をあまり見かけません。
ネットで検索しても、評判はよろしくないです。
良い楽器が買えなかった、マズア在任中に技術が低下した、統率力が不足している、個性的な閃きがない、何もしていない指揮・・・・・云々。
そういえば、この「田園」、アンサンブルが「おや?」と思わせる箇所もあったし(技術の低下か?)、鮮烈な音が聴けることもなかった(楽器が悪い?)・・・・。
でも、この「田園」、ボクは十分楽しめ、音楽に浸れました。自分が大好きな曲だから、アバタもエクボになってしまうのかもしれませんがね・・・・(^^ゞ。
久しぶりの休日、ゆっくりさせてもらいましょう。先週は少々疲れた・・・・・。激務でありました・・・(^^ゞ。
今日は、ベートーヴェンの交響曲第6番ヘ長調「田園」。
休みの日に聴く回数が最も多いクラシック音楽。
なぜか、休日の午前中にゆっくり出来るときには、「田園」を聴いている。というより、聴かずにいられない。クラシック音楽を好きになってから、もう何度聴いたか分からない。なのに飽きない。いつ聴いても、幸福な気分になる。
春は霞がかった四国山地を遠望しながら、夏は緑濃くなる水田風景を眼下に眺めながら。
秋は徐々に冷たくなる風を窓から取り込みながら、冬は部屋を閉め切ってストーブに手をかざしながら。
本を読んだり、持ち帰った仕事をしたり・・・・・「ながら聴き」も多いのだが、それでも「田園」を聴いている自分。45分で、こちらの気持ちが穏やかになってゆく音楽。
今日は、古書店で入手したクルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の演奏。RCA(ビクター)が発売した「世界名曲選集」のうちの1枚。1973年頃の録音らしい。マズアは後年、ベートーヴェン全集をデジタル録音しているので、これは旧盤になるのだろう。
第1楽章、落ち着いたテンポで始まる。速すぎず、遅すぎず、ちょうど良いテンポ。聴き手に心地よいテンポ設定だと思う。楽器の音色は全体的に渋め。キラキラ鮮烈だとか、切れ込んでくる迫力などは感じられない。ふっくらとしていい音。ゲヴァントハウスという先入観だろうか、近隣のドレスデン・シュターツカペレの音に似た感じがする。音の融けあいがイイ。弦も管も、個々の楽器が突出することなく、オケ全体が融けあったふっくらとした音がイイ。
第2楽章は、フルートやオーボエ、クラリネットなど木管の活躍が楽しみなのだが、ここでも、それぞれが突出することがない。全体的に雰囲気豊かな管弦楽が続く。ゆったりとした気分で聴ける音楽になっている。テンポはこの楽章も中庸。心地よい。
ただ、フレージングが短いところや、リズム感がなくなるようなところがあり、「あれ?」と思うこともあり。
第3楽章、ホルンの活躍が見事。太い音から深々とした音まで、素晴らしい音。技巧も素晴らしい。このスケルツォ楽章は、軽やかにリズムが弾んで聴きやすかった。
第4楽章の嵐は、オケに厚みが出てきて結構な迫力。全体的に太い音。管楽器の咆吼も暴風雨のようで結構。
終楽章は、逆に弦楽部の細い音が印象的。マズアはここでは、繊細に、優しく弾かせようとする。音色は渋め。ややくすんだ感じの音色だが、自然な木材の肌触り。金属質の鋭利さではなく、木綿のようにややザラッとした自然な質感が良い(絹のようなしっとりと柔らかい質感ではないのだが・・・・)。
録音の出来は上々。1970年代前半の録音なのだが、十分に現役盤。ホールトーンが豊かなので、雰囲気たっぷりにオーケストラ音楽を楽しめる。
さて、マズア/ゲヴァントハウスの演奏、好評をあまり見かけません。
ネットで検索しても、評判はよろしくないです。
良い楽器が買えなかった、マズア在任中に技術が低下した、統率力が不足している、個性的な閃きがない、何もしていない指揮・・・・・云々。
そういえば、この「田園」、アンサンブルが「おや?」と思わせる箇所もあったし(技術の低下か?)、鮮烈な音が聴けることもなかった(楽器が悪い?)・・・・。
でも、この「田園」、ボクは十分楽しめ、音楽に浸れました。自分が大好きな曲だから、アバタもエクボになってしまうのかもしれませんがね・・・・(^^ゞ。
2005/09/03のBlog
[ 05:19 ]
[ クラシック音楽その他 ]
「時計」と「大学祝典序曲」、妙な取り合わせでありますが・・・・・。
今日は昔話をいたしましょう・・・・・。
昔々、高校生であった頃、ラジオの深夜放送は貴重な友人でありました。
文化放送では、レモンちゃんこと落合恵子やみのもんたの「セイ!ヤング」。谷村新司とバンバンのコンビも抱腹絶倒。「天才・秀才・バカ」シリーズは勉強そっちのけで聞き入っていた。谷村新司は、アリスでの大ヒットやソロになってからの「昴」以降、大歌手になってしまったが、当時は、「チンペイ」が愛称の、売れないフォーク・シンガーだった。
TBSはパック・イン・ミュージック。野沢那智と白石冬美の「ナッチャコ・パック」、お題拝借のコーナーは、金曜の晩の最高の楽しみだった。「なっちゃん、チャコちゃん、こんばんは」で始まる投書だけで笑えた時代。何とも懐かしい呑気な時代。
高校生の頃、テレビを見ずにラジオを聴くのが、ちょいと背伸びしたボクらの誇りだった。陽水も拓郎もテレビに出ない時代。テレビはつくりもの、偽物という感覚で、ボクらはテレビを観なかった。(ドラマだけは観ていたかな?ドラマは初めから作り物である前提があるから、観ていたように思う。ショーケンの「前略おふくろ様」など名作も多かったしね)。
夜の11時、文化放送から流れる音楽とともに、「百万人の英語」が始まる。提供は旺文社、先生はJ・B・ハリス。内容はとっくに忘れたが、テーマ音楽だけは今も鮮明。
ハイドンの交響曲「時計」の第2楽章だったのだ。クラシック音楽を聴き始めた大学生も後半になって初めて知ったのだが。
今もハイドンのシンフォニー、よく聴くのだが、「時計」だけは別格。この第2楽章を聴くたびに、懐かしさとともに、ボクは英語が大嫌いだったので、あの青春時代を思い出す。
11時30分からは、これも旺文社の「大学受験ラジオ講座」、通称「ラ講」が始まる。寺田文行の「鉄則数学」、なべつぐの「あすなろ数学」、西尾孝の「水準表」など、内容がチンプンカンプンでも聴いていると何となく分かったつもりになってしまう名講座がいくつもあった。そのテーマ音楽がブラームスの「大学祝典序曲」だった。1970年代後半、この音楽とともに受験勉強に励んだことを思い出す。尤も、勉強に励んだのはホンマに僅かな時間だったのが・・・・・(^^ゞ・・・・。
今日はその「時計」をカラヤン/ベルリン・フィルの洗練された演奏で。
スケールは大きく、オケの音は磨き立てられて、美しさの極み。音楽はどこまでも流麗。演奏もさすがにベルリン・フィル。巧いことこの上なし。
第2楽章など、オケは分厚く、ゆったりと、しかし淀みなく滑らかに、ムード音楽のように広がってゆく。言葉は悪いが、媚薬のような音楽になっている。でも、この媚薬、一度飲んだら忘れられない快感。
初期デジタル録音なので、やや硬めの音。籠もった感じの音でもある。突き抜け感に少し乏しい。音場の奥行きがあまりなく、ペタッとした音だが、個々の楽器はよく捉えられている。この時期のカラヤンの録音は、どれもこんな感じではあるのだが・・・・。
ブラームスの大学祝典序曲は、ショルティ/CSOの、これもダイナミックで雄大なスケールの演奏で。この演奏もスーパー・ダイナミック・ウルトラC軍団らしく、どこにも破綻がなく、爽快で、かつ大きく盛り上がってゆく。筋肉質のスポーツマン的な演奏で、テンポは例によって「ショルティのイン・テンポ」。速めでサッパリしている。「ラ講」テーマになったのは中間部だが、これは全くの懐かしい響き。
1970年代末のアナログ録音。ショルティのブラームス交響曲全集に収められていたもの。DECCAらしく、いつもながらエエ音している。我が家のステレオとDECCA、実に相性よし。
現代の高校生にとって、かような深夜放送の時代はもう古典の世界、とんでもない過去のことになるんでしょう。
ただ、若者が何かに繋がっていたいと思うのは、今も昔も変わらないかもしれません。
昔がラジオから流れくるDJの声であり、今はケータイのメールや、PCの向こうのネットの世界なのだろうと思いつつ・・・・・。
ジャケット写真は、カラヤン/BPOのハイドン「時計」。カップリングは「驚愕」。
今日は昔話をいたしましょう・・・・・。
昔々、高校生であった頃、ラジオの深夜放送は貴重な友人でありました。
文化放送では、レモンちゃんこと落合恵子やみのもんたの「セイ!ヤング」。谷村新司とバンバンのコンビも抱腹絶倒。「天才・秀才・バカ」シリーズは勉強そっちのけで聞き入っていた。谷村新司は、アリスでの大ヒットやソロになってからの「昴」以降、大歌手になってしまったが、当時は、「チンペイ」が愛称の、売れないフォーク・シンガーだった。
TBSはパック・イン・ミュージック。野沢那智と白石冬美の「ナッチャコ・パック」、お題拝借のコーナーは、金曜の晩の最高の楽しみだった。「なっちゃん、チャコちゃん、こんばんは」で始まる投書だけで笑えた時代。何とも懐かしい呑気な時代。
高校生の頃、テレビを見ずにラジオを聴くのが、ちょいと背伸びしたボクらの誇りだった。陽水も拓郎もテレビに出ない時代。テレビはつくりもの、偽物という感覚で、ボクらはテレビを観なかった。(ドラマだけは観ていたかな?ドラマは初めから作り物である前提があるから、観ていたように思う。ショーケンの「前略おふくろ様」など名作も多かったしね)。
夜の11時、文化放送から流れる音楽とともに、「百万人の英語」が始まる。提供は旺文社、先生はJ・B・ハリス。内容はとっくに忘れたが、テーマ音楽だけは今も鮮明。
ハイドンの交響曲「時計」の第2楽章だったのだ。クラシック音楽を聴き始めた大学生も後半になって初めて知ったのだが。
今もハイドンのシンフォニー、よく聴くのだが、「時計」だけは別格。この第2楽章を聴くたびに、懐かしさとともに、ボクは英語が大嫌いだったので、あの青春時代を思い出す。
11時30分からは、これも旺文社の「大学受験ラジオ講座」、通称「ラ講」が始まる。寺田文行の「鉄則数学」、なべつぐの「あすなろ数学」、西尾孝の「水準表」など、内容がチンプンカンプンでも聴いていると何となく分かったつもりになってしまう名講座がいくつもあった。そのテーマ音楽がブラームスの「大学祝典序曲」だった。1970年代後半、この音楽とともに受験勉強に励んだことを思い出す。尤も、勉強に励んだのはホンマに僅かな時間だったのが・・・・・(^^ゞ・・・・。
今日はその「時計」をカラヤン/ベルリン・フィルの洗練された演奏で。
スケールは大きく、オケの音は磨き立てられて、美しさの極み。音楽はどこまでも流麗。演奏もさすがにベルリン・フィル。巧いことこの上なし。
第2楽章など、オケは分厚く、ゆったりと、しかし淀みなく滑らかに、ムード音楽のように広がってゆく。言葉は悪いが、媚薬のような音楽になっている。でも、この媚薬、一度飲んだら忘れられない快感。
初期デジタル録音なので、やや硬めの音。籠もった感じの音でもある。突き抜け感に少し乏しい。音場の奥行きがあまりなく、ペタッとした音だが、個々の楽器はよく捉えられている。この時期のカラヤンの録音は、どれもこんな感じではあるのだが・・・・。
ブラームスの大学祝典序曲は、ショルティ/CSOの、これもダイナミックで雄大なスケールの演奏で。この演奏もスーパー・ダイナミック・ウルトラC軍団らしく、どこにも破綻がなく、爽快で、かつ大きく盛り上がってゆく。筋肉質のスポーツマン的な演奏で、テンポは例によって「ショルティのイン・テンポ」。速めでサッパリしている。「ラ講」テーマになったのは中間部だが、これは全くの懐かしい響き。
1970年代末のアナログ録音。ショルティのブラームス交響曲全集に収められていたもの。DECCAらしく、いつもながらエエ音している。我が家のステレオとDECCA、実に相性よし。
現代の高校生にとって、かような深夜放送の時代はもう古典の世界、とんでもない過去のことになるんでしょう。
ただ、若者が何かに繋がっていたいと思うのは、今も昔も変わらないかもしれません。
昔がラジオから流れくるDJの声であり、今はケータイのメールや、PCの向こうのネットの世界なのだろうと思いつつ・・・・・。
ジャケット写真は、カラヤン/BPOのハイドン「時計」。カップリングは「驚愕」。
2005/09/02のBlog
[ 04:09 ]
[ 協奏曲 ]
アナログ・レコードを時々楽しみます。
レコード棚から取り出して、クリーナーでサッと一拭き、ターンテーブルに乗せて、カートリッジのスタイラスを掃除して・・・・・儀式が多くて時々面倒くさいなぁと思いつつも、これがアナログの楽しみだから仕方がない・・・さぁ・・・・聴くぞぉ・・・・・。
ん?
左のスピーカーから音が出ん(^^ゞ・・・。
スタイラスがイカレたか?・・・・・カートリッジを替えてみたが、アカン。やっぱり出ん。
さては、シェル・リード線か?・・・・・この細かい作業が苦手で、無理矢理ヘッド・シェルに押し込んでかえって切ってしまったことがあったが・・・・ちゃう。やっぱり音出んぞ・・。
これは、ピックアップ・コードかな?・・・・・左右入れ替えてアンプに差し込むと、なるほど、今度は右のスピーカーから音が出ない。・・・・・これや。どうもコードが犯人ぽいぞ・・・・。でも、よう分からん・・・・・・。修理せにゃアカンなぁ・・・・。
この近くに修理してくれるところ、あるんかいな?
知り合いの電気屋に持ち込んだら、やってくれるだろうか?
もう20年以上前のプレーヤーであります。TRIOのKP-880D。
ストレート・パイプの銘機と謳われ、当時はYAMAHAのGT-2000と競ったものだったんだが・・・・。
修理屋を探さなくちゃなりません。やれやれ・・・面倒くさいなぁ・・・・。
で、この間、約2時間半・・・・・。いやはや汗だくになりました。
ボクは不器用な男です。手先が上手く動かないんですな。中学校の技術家庭なんか大嫌いでありました。さらに、オーディオに関心がありながら、配線だの電気系統だの、著しく苦手なんです。困ったもんです。
そんな格闘のあと、結局CDを取り出しました・・・・・(^^ゞ。
今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第22番変ホ長調K482。アシュケナージの弾き振り、管弦楽はフィルハーモニア管。1978年6月、ロンドンのキングスウェイ・ホールでの録音。
アシュケナージの音はいつもながら美しい。透明感があって、妙な色づけがない。
第1楽章アレグロ。オケの音が良い。アンサンブルも弾き振りにもかかわらず緊密でだれないのは、さすがにフィルハーモニア管。1980年代のフィルハーモニア管のCDがどれも素晴らしい演奏だったことを思い出す(時々「え?」というCDがあったが、あれは指揮のせいだろう(^^ゞ・・・)。このオケはこの当時から好調だったのだ。堂々たる序奏なのだが、木管群にオーボエがいない編成のためか、音色が渋く、響きもややくすんでいる感じ。厚みは十分。この音がイイんだなぁ。テンポも落ち着いて、安手感もよい。
そして、おもむろにアシュケナージのピアノが登場。透明で、艶があって、なのにマイルドで穏やか・・・褒めすぎだろうか?・・・・・(^^ゞ。情に溺れたり激することもなければ、聴き手が驚くようなこともない。「中庸」としか言いようがないピアノ。聴きようによっては、面白くも何ともないのかもしれないが、安心して聴けるという点ではアシュケナージにまさるピアニストが、さて何人いるのだろう?
第2楽章アンダンテはハ短調。ため息のようなピアノ。歩きながら振り返る、前を向いているのに過去が気になる・・・そんな風情のピアノ。このアンダンテ、モーツァルトが書いた最も情感の溢れる音楽の一つだと思うのだが、アシュケナージのピアノは、過不足なくこの素晴らしさを伝えてくれる。
ここでも、ピアノに悲鳴・絶叫・号泣はない。その一歩・二歩手前でとどまって、品よくまとめるのがアシュケナージ。「こういう演奏だろうな」と聴き手に予想がついてしまうところが、アシュケナージの弱点だとは思うが、それにしても気品漂う美しいピアノ。
オケも木管中心にここでもよく頑張っている。特にフルートとファゴットは巧いし綺麗。
終楽章は一転、快活なアレグロのロンド。ここでも性急にならないオケとピアノ。モーツァルトの書いた愛らしい旋律が部屋に満ちてゆく。至福の境地。ピアノの音色はますます透明感を増して、クリスタルの輝き。いつまでも、何度も聴いていたい、素晴らしいロンド。終結はピアノとオケが融合した、華やかな盛り上がり。
う~ん、やはりアシュケナージはエエ。ホンマに巧いし、キレイ。
DECCAの、これはアナログ録音最末期のもの。素晴らしい録音であります。
だいたいDECCAの録音は素晴らしいのだが、特にピアノ協奏曲の出来がよろしいと思います。
このアシュケナージのモーツァルトはもちろん、アシュケナージでは、ハイティンクとの2曲のブラームスの協奏曲、メータ/VPOとのベートーヴェンの全集も良かった。
ベートーヴェンではグルダ・シュタイン/VPOも最高の録音。
そういえばルプーもラローチャも、ベートーヴェンが良かったぞ・・・・。
ありゃりゃ・・・・。
きりがないので、この辺でやめておきます・・・(^^ゞ。
それより、レコードプ・レーヤー、何とかせんとイカン・・・・。
レコード棚から取り出して、クリーナーでサッと一拭き、ターンテーブルに乗せて、カートリッジのスタイラスを掃除して・・・・・儀式が多くて時々面倒くさいなぁと思いつつも、これがアナログの楽しみだから仕方がない・・・さぁ・・・・聴くぞぉ・・・・・。
ん?
左のスピーカーから音が出ん(^^ゞ・・・。
スタイラスがイカレたか?・・・・・カートリッジを替えてみたが、アカン。やっぱり出ん。
さては、シェル・リード線か?・・・・・この細かい作業が苦手で、無理矢理ヘッド・シェルに押し込んでかえって切ってしまったことがあったが・・・・ちゃう。やっぱり音出んぞ・・。
これは、ピックアップ・コードかな?・・・・・左右入れ替えてアンプに差し込むと、なるほど、今度は右のスピーカーから音が出ない。・・・・・これや。どうもコードが犯人ぽいぞ・・・・。でも、よう分からん・・・・・・。修理せにゃアカンなぁ・・・・。
この近くに修理してくれるところ、あるんかいな?
知り合いの電気屋に持ち込んだら、やってくれるだろうか?
もう20年以上前のプレーヤーであります。TRIOのKP-880D。
ストレート・パイプの銘機と謳われ、当時はYAMAHAのGT-2000と競ったものだったんだが・・・・。
修理屋を探さなくちゃなりません。やれやれ・・・面倒くさいなぁ・・・・。
で、この間、約2時間半・・・・・。いやはや汗だくになりました。
ボクは不器用な男です。手先が上手く動かないんですな。中学校の技術家庭なんか大嫌いでありました。さらに、オーディオに関心がありながら、配線だの電気系統だの、著しく苦手なんです。困ったもんです。
そんな格闘のあと、結局CDを取り出しました・・・・・(^^ゞ。
今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第22番変ホ長調K482。アシュケナージの弾き振り、管弦楽はフィルハーモニア管。1978年6月、ロンドンのキングスウェイ・ホールでの録音。
アシュケナージの音はいつもながら美しい。透明感があって、妙な色づけがない。
第1楽章アレグロ。オケの音が良い。アンサンブルも弾き振りにもかかわらず緊密でだれないのは、さすがにフィルハーモニア管。1980年代のフィルハーモニア管のCDがどれも素晴らしい演奏だったことを思い出す(時々「え?」というCDがあったが、あれは指揮のせいだろう(^^ゞ・・・)。このオケはこの当時から好調だったのだ。堂々たる序奏なのだが、木管群にオーボエがいない編成のためか、音色が渋く、響きもややくすんでいる感じ。厚みは十分。この音がイイんだなぁ。テンポも落ち着いて、安手感もよい。
そして、おもむろにアシュケナージのピアノが登場。透明で、艶があって、なのにマイルドで穏やか・・・褒めすぎだろうか?・・・・・(^^ゞ。情に溺れたり激することもなければ、聴き手が驚くようなこともない。「中庸」としか言いようがないピアノ。聴きようによっては、面白くも何ともないのかもしれないが、安心して聴けるという点ではアシュケナージにまさるピアニストが、さて何人いるのだろう?
第2楽章アンダンテはハ短調。ため息のようなピアノ。歩きながら振り返る、前を向いているのに過去が気になる・・・そんな風情のピアノ。このアンダンテ、モーツァルトが書いた最も情感の溢れる音楽の一つだと思うのだが、アシュケナージのピアノは、過不足なくこの素晴らしさを伝えてくれる。
ここでも、ピアノに悲鳴・絶叫・号泣はない。その一歩・二歩手前でとどまって、品よくまとめるのがアシュケナージ。「こういう演奏だろうな」と聴き手に予想がついてしまうところが、アシュケナージの弱点だとは思うが、それにしても気品漂う美しいピアノ。
オケも木管中心にここでもよく頑張っている。特にフルートとファゴットは巧いし綺麗。
終楽章は一転、快活なアレグロのロンド。ここでも性急にならないオケとピアノ。モーツァルトの書いた愛らしい旋律が部屋に満ちてゆく。至福の境地。ピアノの音色はますます透明感を増して、クリスタルの輝き。いつまでも、何度も聴いていたい、素晴らしいロンド。終結はピアノとオケが融合した、華やかな盛り上がり。
う~ん、やはりアシュケナージはエエ。ホンマに巧いし、キレイ。
DECCAの、これはアナログ録音最末期のもの。素晴らしい録音であります。
だいたいDECCAの録音は素晴らしいのだが、特にピアノ協奏曲の出来がよろしいと思います。
このアシュケナージのモーツァルトはもちろん、アシュケナージでは、ハイティンクとの2曲のブラームスの協奏曲、メータ/VPOとのベートーヴェンの全集も良かった。
ベートーヴェンではグルダ・シュタイン/VPOも最高の録音。
そういえばルプーもラローチャも、ベートーヴェンが良かったぞ・・・・。
ありゃりゃ・・・・。
きりがないので、この辺でやめておきます・・・(^^ゞ。
それより、レコードプ・レーヤー、何とかせんとイカン・・・・。
2005/09/01のBlog
[ 03:42 ]
[ 交響曲 ]
雨が降るたびに、秋の風情が強くなってきました。もう9月。月日の過ぎ去るのは、「矢のごとし」よりも速い・・・・・弾丸のように速く感じるのは、トシのせいでしょうか?日々、忙しすぎるせいでしょうか?
今日はマーラーの交響曲第4番ト長調。演奏はジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管。ソプラノ独唱はエディタ・グルベローヴァ。1991年2月、ロンドンでの録音。シノーポリが急死していくつか追悼盤が出たが、それを輸入盤で購入したもの。嘆きの歌も入っていた。
第1楽章。サンタクロースを思わせる鈴の音、冒頭のテンポが速く、「え?」と思わせる開始。やがて、普通のテンポに戻るのだが、特徴的な始まりだ。
シノーポリの指揮の特徴は、歌わせる部分で思い切りテンポを落とすところ。この楽章でも、大きくテンポが揺れる。遅いところは徹底して甘く歌わせて、速いところは、颯爽としてカッコイイ。泣くべきところはすすり泣くし、快活なところは元気よく。この第1楽章の中でも曲想は様々に変化するのだが、その変化がとても分かりやすいのがシノーポリ。金管の扱いも面白い。目立つのだ。ホルンは太々として、トランペットは朗々と、それぞれハッキリクッキリ音も大きい。たぶん、意識的にシノーポリは大きな音量で吹かせていると思う。そういうのも分かりやすい。
第2楽章、録音が良いので、隅々までよく聴こえる。例のヴァイオリン・ソロ、悪魔的には響いていないが味わい深い。ここでもホルンやトランペットの音色がイイ。ファゴットやオーボエ、クラリネットなどの木管群も活躍。それぞれのソロが、大変巧い。フィルハーモニア管の面々、好調。
第3楽章の静謐さ、ゆったり感はシノーポリ向き。マーラーの書いた最も幸福な音楽のひとつ、しみじみとした楽想だが、聴き慣れてくると眠くなってしまいそうなところ。シノーポリはニュアンス豊かにオケをドライブして飽きさせない。いろいろなところで、「あ、こんな風に書かれているんだ」と思わせるように楽器が鳴る。ボクは楽譜が読めないので(この曲はもちろん、他のスコアも殆ど持っていないので)、偉そうなことは言えないのだが、楽器の扱いが特徴的で聴き手の耳を引く。その辺が、シノーポリの非凡さなのかな。
終楽章、お目当ては、エディタ・グルベローヴァ。テンポは速め。圧倒的な声。相変わらず玲瓏玉を転がすような弾む声(とは、まぁ古い表現だが^^;)。葉についた水滴が玉になって、震えながら落ちてゆくような、新鮮な声。エエ声やなぁ。この声を聴いているだけで、夢見心地になるなぁ。
シノーポリのとるテンポが劇的。第1楽章と同じく、速いところ(鈴音のところ)は非常に速く、遅いところはゆったりとしている。グルベローヴァが、その時々に変わる曲想の上を歌い上げてゆくのだが、少し窮屈そうなところもあり。
全体的には、劇的なのにべとつかず、スッキリ爽快なマーラーになっております。管弦楽も非常に巧いです。フィルハーモニア管、絶好調と見ました。
あ、そういえば、シノーポリのマーラーは、1番から9番まで全曲とも「カッコイイ」です。若々しく颯爽としてハンサムなマーラーと言いましょうか。劇的な面白さもあります。録音も素晴らしく、部屋中にマーラーのオーケストレーションが響きます。
好みが分かれそうな気もしますが・・・・・ボクは、シノーポリのマーラー、好きです。
今日はマーラーの交響曲第4番ト長調。演奏はジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管。ソプラノ独唱はエディタ・グルベローヴァ。1991年2月、ロンドンでの録音。シノーポリが急死していくつか追悼盤が出たが、それを輸入盤で購入したもの。嘆きの歌も入っていた。
第1楽章。サンタクロースを思わせる鈴の音、冒頭のテンポが速く、「え?」と思わせる開始。やがて、普通のテンポに戻るのだが、特徴的な始まりだ。
シノーポリの指揮の特徴は、歌わせる部分で思い切りテンポを落とすところ。この楽章でも、大きくテンポが揺れる。遅いところは徹底して甘く歌わせて、速いところは、颯爽としてカッコイイ。泣くべきところはすすり泣くし、快活なところは元気よく。この第1楽章の中でも曲想は様々に変化するのだが、その変化がとても分かりやすいのがシノーポリ。金管の扱いも面白い。目立つのだ。ホルンは太々として、トランペットは朗々と、それぞれハッキリクッキリ音も大きい。たぶん、意識的にシノーポリは大きな音量で吹かせていると思う。そういうのも分かりやすい。
第2楽章、録音が良いので、隅々までよく聴こえる。例のヴァイオリン・ソロ、悪魔的には響いていないが味わい深い。ここでもホルンやトランペットの音色がイイ。ファゴットやオーボエ、クラリネットなどの木管群も活躍。それぞれのソロが、大変巧い。フィルハーモニア管の面々、好調。
第3楽章の静謐さ、ゆったり感はシノーポリ向き。マーラーの書いた最も幸福な音楽のひとつ、しみじみとした楽想だが、聴き慣れてくると眠くなってしまいそうなところ。シノーポリはニュアンス豊かにオケをドライブして飽きさせない。いろいろなところで、「あ、こんな風に書かれているんだ」と思わせるように楽器が鳴る。ボクは楽譜が読めないので(この曲はもちろん、他のスコアも殆ど持っていないので)、偉そうなことは言えないのだが、楽器の扱いが特徴的で聴き手の耳を引く。その辺が、シノーポリの非凡さなのかな。
終楽章、お目当ては、エディタ・グルベローヴァ。テンポは速め。圧倒的な声。相変わらず玲瓏玉を転がすような弾む声(とは、まぁ古い表現だが^^;)。葉についた水滴が玉になって、震えながら落ちてゆくような、新鮮な声。エエ声やなぁ。この声を聴いているだけで、夢見心地になるなぁ。
シノーポリのとるテンポが劇的。第1楽章と同じく、速いところ(鈴音のところ)は非常に速く、遅いところはゆったりとしている。グルベローヴァが、その時々に変わる曲想の上を歌い上げてゆくのだが、少し窮屈そうなところもあり。
全体的には、劇的なのにべとつかず、スッキリ爽快なマーラーになっております。管弦楽も非常に巧いです。フィルハーモニア管、絶好調と見ました。
あ、そういえば、シノーポリのマーラーは、1番から9番まで全曲とも「カッコイイ」です。若々しく颯爽としてハンサムなマーラーと言いましょうか。劇的な面白さもあります。録音も素晴らしく、部屋中にマーラーのオーケストレーションが響きます。
好みが分かれそうな気もしますが・・・・・ボクは、シノーポリのマーラー、好きです。
2005/08/31のBlog
[ 05:35 ]
[ 協奏曲 ]
クラシック音楽をきちんと聴こうとすると、まとまった時間が要ります。「ながら聴き」でも構わないんですが、こうしてブログを書こうとしたときにはスピーカーに正対して聴きたいもの。ヘッドホンでもよし。集中して聴ければ良いんです。
そのまとまった時間・・・・・せめて2時間あれば、マーラーがゆっくり聴けるし、オペラでもまぁ何とか最後まで届くかな・・・・と思いつつ、仕事との兼ね合いでなかなか時間が取れませんな。
でも、クラシックを聴きたい。
そういう時には、協奏曲がエエですね。シンフォニーに比べて概して短く、30~45分程度の曲が多いので、好都合。気分良く音楽に浸れます。しかも、ソロの名人芸にウットリ、古典派からロマン派の協奏曲は旋律も美しく聴きごたえも十分。
で、今日はグリーグのピアノ協奏曲。ピアノがマレイ・ペライア、コリン・デイヴィス指揮バイエルン放送響の演奏。1988年1月、ミュンヘンでの録音のCBS盤。ソニーの発売した世界名曲大系のうちの1枚らしく、中古屋で購入したもの。
第1楽章からペライアの流麗で繊細なピアニズムを堪能できる。音が綺麗。ダイナミズムも十分で、弱音の美しさはいつものペライアらしい。フォルティシモでも、強靱なタッチでしかも鮮烈な美しさを味わえる。このグリーグでは、ペライアはピアノを遠慮なく「鳴らして」気持ち良い。モーツァルトやいくつかのソロ曲では控えめな音出しが多い人だっただけに、面白い。
第2楽章の静謐な部分は、ペライア得意の弱音で聴かせる。ニュアンスたっぷりに弾いてくれれば、聴き手としては満足。
べとつかない抒情、というか、停滞せずに流れてゆくような情感というか・・・ロマンティックに歌うんだけれど、泣きっぱなしにならないのがペライアのカッコイイところ。
終楽章も目眩くピアニズム。特に最後のカデンツァで、ペライアがバリバリと鳴らすのには少し驚いた。もちろん、音がデカくなっても、形は崩れない。さすが。
バックのデイヴィス/バイエルン放送響は、あまり色濃い演出をせずに、アッサリ・スッキリ系の伴奏。第1楽章ではペライアのピアノについてゆくのに懸命な感じだが、第2楽章以降はテンポも安定して堂々たる伴奏ぶり。
ロマン派の協奏曲なんだからもう少し嘆いたり喚いたりしてもいいんじゃないかなとは思う。ちょいと淡泊かなと思うのだが、これがデイヴィスの持ち味だろうな。スタイリッシュに造形してゆくのはデイヴィスの真骨頂だから。
バイエルン放送響は、非常に巧いオケ。ホルンやフルートのソロは特に美しい。
録音はややペタッとした音場であまり奥行きなし。
各楽器は美しく捉えられているので、この時期のものとしては標準なのかなと思うが。
そのまとまった時間・・・・・せめて2時間あれば、マーラーがゆっくり聴けるし、オペラでもまぁ何とか最後まで届くかな・・・・と思いつつ、仕事との兼ね合いでなかなか時間が取れませんな。
でも、クラシックを聴きたい。
そういう時には、協奏曲がエエですね。シンフォニーに比べて概して短く、30~45分程度の曲が多いので、好都合。気分良く音楽に浸れます。しかも、ソロの名人芸にウットリ、古典派からロマン派の協奏曲は旋律も美しく聴きごたえも十分。
で、今日はグリーグのピアノ協奏曲。ピアノがマレイ・ペライア、コリン・デイヴィス指揮バイエルン放送響の演奏。1988年1月、ミュンヘンでの録音のCBS盤。ソニーの発売した世界名曲大系のうちの1枚らしく、中古屋で購入したもの。
第1楽章からペライアの流麗で繊細なピアニズムを堪能できる。音が綺麗。ダイナミズムも十分で、弱音の美しさはいつものペライアらしい。フォルティシモでも、強靱なタッチでしかも鮮烈な美しさを味わえる。このグリーグでは、ペライアはピアノを遠慮なく「鳴らして」気持ち良い。モーツァルトやいくつかのソロ曲では控えめな音出しが多い人だっただけに、面白い。
第2楽章の静謐な部分は、ペライア得意の弱音で聴かせる。ニュアンスたっぷりに弾いてくれれば、聴き手としては満足。
べとつかない抒情、というか、停滞せずに流れてゆくような情感というか・・・ロマンティックに歌うんだけれど、泣きっぱなしにならないのがペライアのカッコイイところ。
終楽章も目眩くピアニズム。特に最後のカデンツァで、ペライアがバリバリと鳴らすのには少し驚いた。もちろん、音がデカくなっても、形は崩れない。さすが。
バックのデイヴィス/バイエルン放送響は、あまり色濃い演出をせずに、アッサリ・スッキリ系の伴奏。第1楽章ではペライアのピアノについてゆくのに懸命な感じだが、第2楽章以降はテンポも安定して堂々たる伴奏ぶり。
ロマン派の協奏曲なんだからもう少し嘆いたり喚いたりしてもいいんじゃないかなとは思う。ちょいと淡泊かなと思うのだが、これがデイヴィスの持ち味だろうな。スタイリッシュに造形してゆくのはデイヴィスの真骨頂だから。
バイエルン放送響は、非常に巧いオケ。ホルンやフルートのソロは特に美しい。
録音はややペタッとした音場であまり奥行きなし。
各楽器は美しく捉えられているので、この時期のものとしては標準なのかなと思うが。
2005/08/30のBlog
[ 04:06 ]
[ 管弦楽曲 ]
朝晩の涼しさは、まさに初秋。
コオロギの盛大な鳴き声がこれから1ヶ月続きます。
伊予路では、はや新学期が始まっています。
最近は、高校独自に2学期を始めており、次男坊も文句を言いつつ登校していきました。学力低下だの授業時数不足だの、いろいろなことが叫ばれてますので、その埋め合わせかな。まあ、土日が全部休みなのだから、あまり変わらんような気もするが・・・。
さて、今日は「アダージョ・バーンスタイン」と称したオムニバス盤を。
これは、ユニヴァーサルと丸善メイツが発売した名曲全集「TRINITAT」からの1枚。丸善の通販か訪問販売かに使われた全集なのだろう。
某オークションで75枚セットで出品されていたのだが、誰も入札しないので開始価格で落とせてしまった(ラッキー^^)。こういう商品の入札・落札は正月の福袋のような楽しみ。何枚かダブリがあったが落札したのは正解だった。
曲目は下記のようなもの。
1.マーラー:アダージェット(交響曲第5番)
2.ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番からのレント(弦楽合奏版)
3.ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
4.シューマン:交響曲第1番のラルゲット
5.モーツァルト:アヴェ・ヴェルム・コルプス
6.ブラームス:交響曲第3番のアンダンテ
7.バーバー:弦楽のためのアダージョ
(オケはVPO、BRSO、ロスPOなど)
「アダージョ・カラヤン」が大当たりしたのは、いつのことだったか。レコード会社は二匹目のドジョウを求めて、随分アダージョのCDを発売したものだ。このセットにも、カラヤンはもちろん、小沢やアバド、何とベームまでアダージョのオムニバス盤を組み込んでいる。商魂はいつも逞しい。
さて、演奏だが、これは曲目からしてもバーンスタイン得意のものばかり。
マーラーのアダージェットは、粘り着くような演奏。情緒纏綿、粘着質、滂沱たる涙・・・・・(^^ゞ・・・・。ゆったりとしたテンポで、よくVPOがついていっているなと思う。低減のピチカートがこれほど効果的に響く演奏をボクは知らない。このピチカートはマーラーの(いや、バーンスタインか・・・)の涙か?
ベートーヴェンの弦楽四重奏の弦楽合奏版のLPは、1980年頃に発売されたとき大いに話題になったものだ。今は廃盤かな?このレント、ホンマに遅くて、のろくて、でも美しい演奏。本元の弦楽四重奏で聴きたくなった。
ドビュッシーは、すこしアンサンブルがゆるめ。でも、雰囲気が良いので許しちゃう。このテンポも、やや粘り着く感じ。ということは、「ドビュッシーらしくない」ことになってしまうのだろうが、美しい演奏であることには変わりない。ボクは好きです。
シューマンやブラームスは、交響曲の全曲で聴きたい。
最後のバーバー。これは涙が溢れて、しかも絶叫する哀しみにあふれている。感情の表出が凄まじい。バーンスタインの情念に聴き手は満腹になりそう。聴き手は、その渦の中で酔いしれればいいのかもしれないな。
コオロギの盛大な鳴き声がこれから1ヶ月続きます。
伊予路では、はや新学期が始まっています。
最近は、高校独自に2学期を始めており、次男坊も文句を言いつつ登校していきました。学力低下だの授業時数不足だの、いろいろなことが叫ばれてますので、その埋め合わせかな。まあ、土日が全部休みなのだから、あまり変わらんような気もするが・・・。
さて、今日は「アダージョ・バーンスタイン」と称したオムニバス盤を。
これは、ユニヴァーサルと丸善メイツが発売した名曲全集「TRINITAT」からの1枚。丸善の通販か訪問販売かに使われた全集なのだろう。
某オークションで75枚セットで出品されていたのだが、誰も入札しないので開始価格で落とせてしまった(ラッキー^^)。こういう商品の入札・落札は正月の福袋のような楽しみ。何枚かダブリがあったが落札したのは正解だった。
曲目は下記のようなもの。
1.マーラー:アダージェット(交響曲第5番)
2.ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番からのレント(弦楽合奏版)
3.ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
4.シューマン:交響曲第1番のラルゲット
5.モーツァルト:アヴェ・ヴェルム・コルプス
6.ブラームス:交響曲第3番のアンダンテ
7.バーバー:弦楽のためのアダージョ
(オケはVPO、BRSO、ロスPOなど)
「アダージョ・カラヤン」が大当たりしたのは、いつのことだったか。レコード会社は二匹目のドジョウを求めて、随分アダージョのCDを発売したものだ。このセットにも、カラヤンはもちろん、小沢やアバド、何とベームまでアダージョのオムニバス盤を組み込んでいる。商魂はいつも逞しい。
さて、演奏だが、これは曲目からしてもバーンスタイン得意のものばかり。
マーラーのアダージェットは、粘り着くような演奏。情緒纏綿、粘着質、滂沱たる涙・・・・・(^^ゞ・・・・。ゆったりとしたテンポで、よくVPOがついていっているなと思う。低減のピチカートがこれほど効果的に響く演奏をボクは知らない。このピチカートはマーラーの(いや、バーンスタインか・・・)の涙か?
ベートーヴェンの弦楽四重奏の弦楽合奏版のLPは、1980年頃に発売されたとき大いに話題になったものだ。今は廃盤かな?このレント、ホンマに遅くて、のろくて、でも美しい演奏。本元の弦楽四重奏で聴きたくなった。
ドビュッシーは、すこしアンサンブルがゆるめ。でも、雰囲気が良いので許しちゃう。このテンポも、やや粘り着く感じ。ということは、「ドビュッシーらしくない」ことになってしまうのだろうが、美しい演奏であることには変わりない。ボクは好きです。
シューマンやブラームスは、交響曲の全曲で聴きたい。
最後のバーバー。これは涙が溢れて、しかも絶叫する哀しみにあふれている。感情の表出が凄まじい。バーンスタインの情念に聴き手は満腹になりそう。聴き手は、その渦の中で酔いしれればいいのかもしれないな。
2005/08/29のBlog
[ 04:58 ]
[ 協奏曲 ]
朝夕の涼しさ、いよいよ「秋」ですね。
最近の目覚めは、蝉の声ではなく、もっぱらコオロギです。
田舎の生活の良さは、この自然の音を聴けることかもしれません。
初夏はカエル、真夏はセミ、初秋はコオロギ・・・・・(^^ゞ・・・・。
今日は内田光子のピアノでベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番ハ短調。
管弦楽は老巨匠クルト・ザンデルリンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管。
内田光子の完成したベートーヴェンピアノ協奏曲全集からの1枚。オケはRCOとバイエルン放送響だった。
第1楽章は、ベートーヴェン得意のアレグロ・コン・ブリオ。オーケストラの雄大な演奏が冒頭から楽しめる。この曲、なかなかピアノが登場しないのだが、それまでの間の管弦楽がスゴイ。雄弁でスケール大きく、ゆったりと豪快。堂々の行進。王者の風格。
ザンデルリンクのテンポは加齢とともに遅くなって、いまや我が道を行っている感じ。コンセルトヘボウ管の音は、1980年代に比べて少しきつくなったような感じ。もう少し暗く、木質で、柔らかかった音だったが、録音のせいか、すこし明るくきつめに感じる。
そして、ピアノの登場。内田もマイペース。管弦楽との対話を楽しむより、自分の思いの丈を吐露してゆく感じ。オケには「ついてこい」、とでも言っているかのようだが、だからこそ指揮に老巨匠が選ばれたのかな?コンセルトヘボウ管は巧い。
ピアノの音色は、いつもの内田の音。透明感が半端じゃなく透きとおっていて、細く張りがあって、ニュアンス豊かな音。
内田には専属の調律師がついていて、独特の調律らしいのだが耳が悪くよく分からない(^^ゞ。ライナー・ノートにもそれっぽいことが書いてあるらしいのだが、輸入盤のため英語分からず(^^ゞ。
第2楽章、冒頭からデリカシーに満ちた内田のピアノが美しい。ためらうように、夢見るように、秘かな声で、でもピアノの音色はくっきりとして美しく響く。管弦楽も弱音器をつけていて、深い抒情を漂わせる。ゆったり、遅いテンポ。時間が止まってしまうのではないかとさえ思わせる深い息づかい。内田のロマン的心情が伝わってくる演奏。恍惚として弾いているのが、聴き手に「見えてくる」演奏。オーケストラの音も非常に美しいが、楽団員みんな内田についていくのに必死だったのじゃないかと思わせる緊張感あり。
第3楽章のロンド。ベートーヴェンの5曲のピアノ協奏曲の中では、最も面白くない楽章だとボクは思っているのだが、内田とザンデルリンク(ヘボウ管)とのやりとり・掛け合いが結構楽しめるので、面白く聴けた。ハ短調だが、内田のピアノは華麗に舞う。調性を忘れてしまう華やかさ。オーケストラは好調。この楽章が一番イイ音してる。
この全集、HMVで2800円ほど。輸入盤の廉価盤です。
内田の最新のベートーヴェンが3000円以下で買えてしまうこの時代。
内田のピアノについては、好みは分かれるかもしれませんが、この安さは「買い」だと思います。4番も5番「皇帝」も、さらにスゴイ名演でもありますしね^^。
最近の目覚めは、蝉の声ではなく、もっぱらコオロギです。
田舎の生活の良さは、この自然の音を聴けることかもしれません。
初夏はカエル、真夏はセミ、初秋はコオロギ・・・・・(^^ゞ・・・・。
今日は内田光子のピアノでベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番ハ短調。
管弦楽は老巨匠クルト・ザンデルリンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管。
内田光子の完成したベートーヴェンピアノ協奏曲全集からの1枚。オケはRCOとバイエルン放送響だった。
第1楽章は、ベートーヴェン得意のアレグロ・コン・ブリオ。オーケストラの雄大な演奏が冒頭から楽しめる。この曲、なかなかピアノが登場しないのだが、それまでの間の管弦楽がスゴイ。雄弁でスケール大きく、ゆったりと豪快。堂々の行進。王者の風格。
ザンデルリンクのテンポは加齢とともに遅くなって、いまや我が道を行っている感じ。コンセルトヘボウ管の音は、1980年代に比べて少しきつくなったような感じ。もう少し暗く、木質で、柔らかかった音だったが、録音のせいか、すこし明るくきつめに感じる。
そして、ピアノの登場。内田もマイペース。管弦楽との対話を楽しむより、自分の思いの丈を吐露してゆく感じ。オケには「ついてこい」、とでも言っているかのようだが、だからこそ指揮に老巨匠が選ばれたのかな?コンセルトヘボウ管は巧い。
ピアノの音色は、いつもの内田の音。透明感が半端じゃなく透きとおっていて、細く張りがあって、ニュアンス豊かな音。
内田には専属の調律師がついていて、独特の調律らしいのだが耳が悪くよく分からない(^^ゞ。ライナー・ノートにもそれっぽいことが書いてあるらしいのだが、輸入盤のため英語分からず(^^ゞ。
第2楽章、冒頭からデリカシーに満ちた内田のピアノが美しい。ためらうように、夢見るように、秘かな声で、でもピアノの音色はくっきりとして美しく響く。管弦楽も弱音器をつけていて、深い抒情を漂わせる。ゆったり、遅いテンポ。時間が止まってしまうのではないかとさえ思わせる深い息づかい。内田のロマン的心情が伝わってくる演奏。恍惚として弾いているのが、聴き手に「見えてくる」演奏。オーケストラの音も非常に美しいが、楽団員みんな内田についていくのに必死だったのじゃないかと思わせる緊張感あり。
第3楽章のロンド。ベートーヴェンの5曲のピアノ協奏曲の中では、最も面白くない楽章だとボクは思っているのだが、内田とザンデルリンク(ヘボウ管)とのやりとり・掛け合いが結構楽しめるので、面白く聴けた。ハ短調だが、内田のピアノは華麗に舞う。調性を忘れてしまう華やかさ。オーケストラは好調。この楽章が一番イイ音してる。
この全集、HMVで2800円ほど。輸入盤の廉価盤です。
内田の最新のベートーヴェンが3000円以下で買えてしまうこの時代。
内田のピアノについては、好みは分かれるかもしれませんが、この安さは「買い」だと思います。4番も5番「皇帝」も、さらにスゴイ名演でもありますしね^^。
2005/08/28のBlog
[ 05:02 ]
[ 交響曲 ]
我が家の三男坊は中学3年。バレーボール部はようやく引退したものの、相変わらず合唱部は熱心に参加中(来年3月には、高校受験なのだが・・・・・(^^ゞ・・・・)。
その合唱、昨日、愛媛県民文化会館で行われたNHKコンクール四国大会で、見事2年連続金賞。大したもんです。顧問の先生が素晴らしい先生なのです。
いよいよ10月はNHKホールでの全国大会であります。
お祝いに、ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱」を。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1980年10月、コンセルトヘボウでのライヴ録音。2枚組LP発売当初は、ハイティンク初のライヴでしかも初デジタル録音、話題になった1枚。CD化も早かった。3000円という激安価格での発売(当時は3000円が廉価盤だったのだ)、ボクは思わず購入(^^ゞ。
第1楽章から、熱気に満ちた迫力で展開してゆく。ハイティンクらしく、別に妙な演出をせず、ひたすら正攻法で押してくる。この正攻法が良い。ベートーヴェンを振るときのハイティンクは全く安心して聴ける。音も素晴らしい。コンセルトヘボウの、深々とした音。美しい残響。この楽章独特の、鬼気迫る音楽に耳を澄ませているのだが、録音が美しいだけに、オケの音に耳が行ってしまうのが難点かも。
第2楽章、ティンパニの力強さにびっくり。金管も、派手にならないがしかし十分に厚みがある。弦のユニゾンも全く美しい。ここでもオーケストラの音に酔う。
第3楽章のアダージョは、コンセルトヘボウの弦が深々とした、自然で、木質で、柔和な肌触りの音色で、精一杯歌う。その歌い方がまたイイ。気品があるというか、やや控えめというか、ノーテンキな歌い廻しではなく、清楚でしみじみとした感じの歌い方。ホルンの音がまた遠くから深々と息長く響くのだから、たまらない。
終楽章、壮大な盛り上がり。オランダ出身の歌手(だと思う)4人も懸命、すがすがしい歌いぶり。音楽全体が伸び伸びとしている。オケを締め付けることなく、心ゆくまで解放してゆくような演奏。合唱団も上手。
ベートーヴェンの「合唱」、実はどんな演奏を聴いても、たいがい感動します。
曲そのものが素晴らしいんでしょう。ボクにとっては殆ど凡演がありません。
どんなCDを聴いても素直に納得できます。
ただ、ハイティンクのこのライヴ盤、初めてCDで購入した第九でありまして、思い入れはひとしお。
今日も感動が深いのでありました。
その合唱、昨日、愛媛県民文化会館で行われたNHKコンクール四国大会で、見事2年連続金賞。大したもんです。顧問の先生が素晴らしい先生なのです。
いよいよ10月はNHKホールでの全国大会であります。
お祝いに、ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱」を。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1980年10月、コンセルトヘボウでのライヴ録音。2枚組LP発売当初は、ハイティンク初のライヴでしかも初デジタル録音、話題になった1枚。CD化も早かった。3000円という激安価格での発売(当時は3000円が廉価盤だったのだ)、ボクは思わず購入(^^ゞ。
第1楽章から、熱気に満ちた迫力で展開してゆく。ハイティンクらしく、別に妙な演出をせず、ひたすら正攻法で押してくる。この正攻法が良い。ベートーヴェンを振るときのハイティンクは全く安心して聴ける。音も素晴らしい。コンセルトヘボウの、深々とした音。美しい残響。この楽章独特の、鬼気迫る音楽に耳を澄ませているのだが、録音が美しいだけに、オケの音に耳が行ってしまうのが難点かも。
第2楽章、ティンパニの力強さにびっくり。金管も、派手にならないがしかし十分に厚みがある。弦のユニゾンも全く美しい。ここでもオーケストラの音に酔う。
第3楽章のアダージョは、コンセルトヘボウの弦が深々とした、自然で、木質で、柔和な肌触りの音色で、精一杯歌う。その歌い方がまたイイ。気品があるというか、やや控えめというか、ノーテンキな歌い廻しではなく、清楚でしみじみとした感じの歌い方。ホルンの音がまた遠くから深々と息長く響くのだから、たまらない。
終楽章、壮大な盛り上がり。オランダ出身の歌手(だと思う)4人も懸命、すがすがしい歌いぶり。音楽全体が伸び伸びとしている。オケを締め付けることなく、心ゆくまで解放してゆくような演奏。合唱団も上手。
ベートーヴェンの「合唱」、実はどんな演奏を聴いても、たいがい感動します。
曲そのものが素晴らしいんでしょう。ボクにとっては殆ど凡演がありません。
どんなCDを聴いても素直に納得できます。
ただ、ハイティンクのこのライヴ盤、初めてCDで購入した第九でありまして、思い入れはひとしお。
今日も感動が深いのでありました。
2005/08/27のBlog
[ 02:58 ]
[ 管弦楽曲 ]
夏も終わり。
まだ日中の暑さはこたえるが、朝夕はかなり過ごしやすくなった。
いやはや、今年の夏も猛暑だった。冷房嫌いなのだが、今年はたまらずエアコンのスイッチを何度も入れた。そのせいか、どうも夏バテ気味。食欲はあるのだが、体がだるい。
冷房のせいではないかと疑っているのだが、さて・・・・・。
今日は夏の名残の「シェエラザード」。
シャルル・デュトワ指揮モントリオール響。ヴァイオリン・ソロはリチャード・ロバーツ。1983年5月、モントリオールでの録音。
ラヴェルの管弦楽曲集で大ブレイクしてから、英DECCAはデュトワに次々とアンセルメのレパートリーを録音させた。ロシアやスペイン物、さらにフランス物など、アンセルメのDECCA音源を、新しいデジタル録音にせんと、デュトワはCDを増やしていった。
このシェエラザードは、その頃のものだ。
(CDはユニヴァーサルの「リベルタ」なる世界名曲全集からの1枚。古書店などでよく見かけるものですな。でもゴールド仕様の豪華盤^^)
第1楽章から、もうデュトワ/OSMの特徴が遺憾なく発揮。優雅で華麗な絵巻物が展開してゆく。デュトワは相変わらずの演出上手。ロバーツのヴァイオリン・ソロは細めだが、明るく艶やかな音色。録音極上なので、どこまでも弱音が空間に伸びてゆく。
管楽器は明るく、時に弾けるよう。柔和で繊細な弦楽がこれに絡んで、フォルティシモのところでも、荒々しい音楽にならないのはさすが。シャリアール王の迫力は十分なのだがが、迫力だけでなく気品さえ漂うのは、デュトワ/OSMの巧さに他ならない。
第2楽章の「カレンダー王子の物語」。ノスタルジックな旋律を歌うファゴットの見事さ。オーボエも品が良く、いい音を出している。クラリネットの吹くカデンツァも、優雅で奥ゆかしい。力強いトロンボーン、浮遊するようなピッコロ。トライアングルまで加わって、様々な奏者のプレイが楽しめる演奏。最高に色彩的で、聴いていて全く退屈しない。そのことこそ、デュトワの腕かな。
第3楽章、ここは旋律を楽しめる。ソロのヴァイオリンはもちろん、小太鼓のリズムに乗って軽やかに踊るクラリネットも巧い。ホンマ、みんな巧い。
終楽章のクライマックス。エキゾティックなバクダッドの祭りが、劇的に盛り上がってゆく。音量は大きいが、いつも通り、デュトワ/OSMは荒々しくならない。迫力は十分、しかしオケにはまだまだ余力がある感じ。美しい音を徹底的に引き出そうとするかのよう。
録音もDECCAらしく鮮やかで、各楽器も実に美しく録られている。今から20年以上前の録音だが、現役盤として十分通用するばかりか、これ以上のシェエラザード録音はそうはないと思う。
(コンドラシンのコンセルトヘボウ録音、チョン・ミュン・フン/バスティーユの熱気を帯びた録音・・・・・も素晴らしかったが。)
今夏も「シェエラザード」をよく聴きました。自己リンクであります。
アシュケナージ/フィルハーモニア管の演奏
ムーティ/フィラデルフィア管の演奏
まだ日中の暑さはこたえるが、朝夕はかなり過ごしやすくなった。
いやはや、今年の夏も猛暑だった。冷房嫌いなのだが、今年はたまらずエアコンのスイッチを何度も入れた。そのせいか、どうも夏バテ気味。食欲はあるのだが、体がだるい。
冷房のせいではないかと疑っているのだが、さて・・・・・。
今日は夏の名残の「シェエラザード」。
シャルル・デュトワ指揮モントリオール響。ヴァイオリン・ソロはリチャード・ロバーツ。1983年5月、モントリオールでの録音。
ラヴェルの管弦楽曲集で大ブレイクしてから、英DECCAはデュトワに次々とアンセルメのレパートリーを録音させた。ロシアやスペイン物、さらにフランス物など、アンセルメのDECCA音源を、新しいデジタル録音にせんと、デュトワはCDを増やしていった。
このシェエラザードは、その頃のものだ。
(CDはユニヴァーサルの「リベルタ」なる世界名曲全集からの1枚。古書店などでよく見かけるものですな。でもゴールド仕様の豪華盤^^)
第1楽章から、もうデュトワ/OSMの特徴が遺憾なく発揮。優雅で華麗な絵巻物が展開してゆく。デュトワは相変わらずの演出上手。ロバーツのヴァイオリン・ソロは細めだが、明るく艶やかな音色。録音極上なので、どこまでも弱音が空間に伸びてゆく。
管楽器は明るく、時に弾けるよう。柔和で繊細な弦楽がこれに絡んで、フォルティシモのところでも、荒々しい音楽にならないのはさすが。シャリアール王の迫力は十分なのだがが、迫力だけでなく気品さえ漂うのは、デュトワ/OSMの巧さに他ならない。
第2楽章の「カレンダー王子の物語」。ノスタルジックな旋律を歌うファゴットの見事さ。オーボエも品が良く、いい音を出している。クラリネットの吹くカデンツァも、優雅で奥ゆかしい。力強いトロンボーン、浮遊するようなピッコロ。トライアングルまで加わって、様々な奏者のプレイが楽しめる演奏。最高に色彩的で、聴いていて全く退屈しない。そのことこそ、デュトワの腕かな。
第3楽章、ここは旋律を楽しめる。ソロのヴァイオリンはもちろん、小太鼓のリズムに乗って軽やかに踊るクラリネットも巧い。ホンマ、みんな巧い。
終楽章のクライマックス。エキゾティックなバクダッドの祭りが、劇的に盛り上がってゆく。音量は大きいが、いつも通り、デュトワ/OSMは荒々しくならない。迫力は十分、しかしオケにはまだまだ余力がある感じ。美しい音を徹底的に引き出そうとするかのよう。
録音もDECCAらしく鮮やかで、各楽器も実に美しく録られている。今から20年以上前の録音だが、現役盤として十分通用するばかりか、これ以上のシェエラザード録音はそうはないと思う。
(コンドラシンのコンセルトヘボウ録音、チョン・ミュン・フン/バスティーユの熱気を帯びた録音・・・・・も素晴らしかったが。)
今夏も「シェエラザード」をよく聴きました。自己リンクであります。
アシュケナージ/フィルハーモニア管の演奏
ムーティ/フィラデルフィア管の演奏
2005/08/26のBlog
[ 03:39 ]
[ 交響曲 ]
夏から初秋へ、水田周辺の風景は確実に変わりつつあります。
早場米は稲刈りが始まりました。
早朝のジョギングを楽しみながら日々の田舎暮らしを満喫しておりますが、最近は大阪方面への出張もなく、埼玉に帰省しないので東京に向かうこともなく、なかなか大きな中古盤屋に行けません。
まあ、ネット・オークションで、結構まとまった枚数の買い物は出来ますが、やはり店頭であれやこれやと悩みながら求めたいものであります。
今日のCDは、そのオークションで大人買いしたうちの1枚。
カラヤン/BPOの「幻想交響曲」。録音は1964年というから、もう40年以上前のもの。ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。
ユニヴァーサルの「名盤1200」シリーズ、3年前に国内盤として再発されたCD。
カラヤンには3種類のスタジオ録音があるが、ほぼ10年間隔で録っている。これはその真ん中のもの。1974年録音のBPO盤もLPで持っているが(これもDG)、この1964年盤の方がオケの力感が強い。
第1楽章、カラヤンらしい繊細な序奏。レガートを駆使しているので、なめらかな印象。主部に入ると一転、快速なテンポになる。この時期のカラヤンのCDは、グイグイと推進力に富んで清新な演奏が多いのだが、この幻想交響曲も同様。颯爽としたカラヤンの指揮が目に浮かぶようだ。カッコイイことこの上なし。
第2楽章のワルツ、金管もハープも磨き上げたような美しい音色。惚れ惚れする。交響曲に用いられた初めての本格的ワルツ、カラヤンは優雅華麗に仕上げている。BPOのアンサンブルも美しく、磨き上げた音色で勝負する。
第3楽章のアダージョは木管を味わうべき楽章だろう。コーラングレもオーボエも、フルートも、みんな巧いし音色は綺麗だし、レガートも決まっている。ヴァイオリンの美しさも良いのだが、ここでもスゴイのはカラヤンの指揮じゃないか。16分もかかるアダージョ楽章、聴き手を飽きさせずに退屈させずに、居眠りもさせずに、しみじみ聴かせてくれる。
第4楽章から終楽章への、妖しさと盛り上がりもカッコイイ。断頭台への更新の不気味さ、サバトの夜の夢での金管の咆吼も見事な演出。終楽章のコル=レーニョなど、イヤラシイくらい。ラストのBPOのフルパワーも、一種のカタルシスだ。
今から40年前の録音、さすがに今の耳で聴くとやや古びたかなと思う。
ただ、奥行きもあり素直な録音だと思う(後年の1974年録音盤より、音は良いような気がする)。
そして、ベルリン・フィルの力が凄まじい。力感あふれた演奏だと思う。後年のカラヤンならもっと徹底的に磨き込んだんじゃないかと思うが、これは率直な演奏だと思う。
1960年代前半、ベルリン・フィルはこんなにパワーのあるオケだったのだ。
早場米は稲刈りが始まりました。
早朝のジョギングを楽しみながら日々の田舎暮らしを満喫しておりますが、最近は大阪方面への出張もなく、埼玉に帰省しないので東京に向かうこともなく、なかなか大きな中古盤屋に行けません。
まあ、ネット・オークションで、結構まとまった枚数の買い物は出来ますが、やはり店頭であれやこれやと悩みながら求めたいものであります。
今日のCDは、そのオークションで大人買いしたうちの1枚。
カラヤン/BPOの「幻想交響曲」。録音は1964年というから、もう40年以上前のもの。ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。
ユニヴァーサルの「名盤1200」シリーズ、3年前に国内盤として再発されたCD。
カラヤンには3種類のスタジオ録音があるが、ほぼ10年間隔で録っている。これはその真ん中のもの。1974年録音のBPO盤もLPで持っているが(これもDG)、この1964年盤の方がオケの力感が強い。
第1楽章、カラヤンらしい繊細な序奏。レガートを駆使しているので、なめらかな印象。主部に入ると一転、快速なテンポになる。この時期のカラヤンのCDは、グイグイと推進力に富んで清新な演奏が多いのだが、この幻想交響曲も同様。颯爽としたカラヤンの指揮が目に浮かぶようだ。カッコイイことこの上なし。
第2楽章のワルツ、金管もハープも磨き上げたような美しい音色。惚れ惚れする。交響曲に用いられた初めての本格的ワルツ、カラヤンは優雅華麗に仕上げている。BPOのアンサンブルも美しく、磨き上げた音色で勝負する。
第3楽章のアダージョは木管を味わうべき楽章だろう。コーラングレもオーボエも、フルートも、みんな巧いし音色は綺麗だし、レガートも決まっている。ヴァイオリンの美しさも良いのだが、ここでもスゴイのはカラヤンの指揮じゃないか。16分もかかるアダージョ楽章、聴き手を飽きさせずに退屈させずに、居眠りもさせずに、しみじみ聴かせてくれる。
第4楽章から終楽章への、妖しさと盛り上がりもカッコイイ。断頭台への更新の不気味さ、サバトの夜の夢での金管の咆吼も見事な演出。終楽章のコル=レーニョなど、イヤラシイくらい。ラストのBPOのフルパワーも、一種のカタルシスだ。
今から40年前の録音、さすがに今の耳で聴くとやや古びたかなと思う。
ただ、奥行きもあり素直な録音だと思う(後年の1974年録音盤より、音は良いような気がする)。
そして、ベルリン・フィルの力が凄まじい。力感あふれた演奏だと思う。後年のカラヤンならもっと徹底的に磨き込んだんじゃないかと思うが、これは率直な演奏だと思う。
1960年代前半、ベルリン・フィルはこんなにパワーのあるオケだったのだ。
2005/08/25のBlog
[ 06:27 ]
[ 協奏曲 ]
台風接近地域の方々にはお見舞い申し上げます。
この数日の雨で、気温がだいぶ下がりました。今朝も涼しいこと。
蝉の群れに替わって(今年は多かったなぁ)、朝夕にコオロギの鳴き声。
いよいよ田舎は秋であります。
さて、今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第21番ハ長調K467。
ゲーザ・アンダの弾き振り、管弦楽はウィーン響。
録音は1973年。アンダ晩年の貴重な1枚。
DENONのマイ・クラシック・ギャラリーという名曲全集からのもので、中古盤で手に入れた(カップリングはK466)。
残響音が多く、アンダのピアノが夢見るように美しい。両スピーカーの間から部屋中にフワッと広がり、立ちのぼってゆく感じ。
音はエッジがやや丸く(残響音のせいかな?)、優しく穏やかな透明感がある音。
フォルテの部分でも、音が柔らかく優しい。
第1楽章のアレグロ・マエストーソ。序奏の管弦楽が、これも穏やかな表情で始まる。テンポはやや遅めで落ち着いている感じ。今から30年以上も前の録音なので、ヴァイオリンの音などやや乾いているが、全体的にはふっくらとしたオーケストラの音が聴ける。そこにアンダのピアノが滑るように入ってくる。優しく、少し寂しげな表情の音。この音楽、モーツァルトが書いた最も晴朗なものの一つだと思うのだが、アンダのこの演奏で聴くと、明るいというよりは、やや寂しげな音楽に聞こえる。ソロは突出せず、オケと会話を楽しみつつ進んでゆくのも良い。時々テンポを揺らすのはアンダの貫禄。
第2楽章のアンダンテも同じ。静謐で柔らかく、穏やかなのだが、フッと哀愁を感じさせるピアノ。ニュアンスに富んだ繊細さが何とも言えない。
第3楽章でも、雰囲気は同じ。「ヴィヴァーチェ」だから、快活で推進力に富んでいるのだが、そんな中でもアンダのピアノは常に優しい。オーケストラのつくり出す音の中に、綺麗に溶け込んで、絶美の音楽を作り出す。
アンダが弾くモーツァルトのピアノ協奏曲、1960年代にモーツァルテウム管と録音したDG全集盤があります。あれもオケと一体化した(というか、お互いに良く音を聴き合わせる)もので、オケとの絶妙な会話が楽しめるものでありました。アンダのピアノは清潔感にあふれておりました。
この1973年のDENON盤(原盤はオイロディスクだったと思う)は、それを越えた名演奏だと思います。アンダのピアノが寂しげな音に聞こえるのは、こちらの体調のせいかと思いましたが、2度目でも同じでありました。
この数日の雨で、気温がだいぶ下がりました。今朝も涼しいこと。
蝉の群れに替わって(今年は多かったなぁ)、朝夕にコオロギの鳴き声。
いよいよ田舎は秋であります。
さて、今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第21番ハ長調K467。
ゲーザ・アンダの弾き振り、管弦楽はウィーン響。
録音は1973年。アンダ晩年の貴重な1枚。
DENONのマイ・クラシック・ギャラリーという名曲全集からのもので、中古盤で手に入れた(カップリングはK466)。
残響音が多く、アンダのピアノが夢見るように美しい。両スピーカーの間から部屋中にフワッと広がり、立ちのぼってゆく感じ。
音はエッジがやや丸く(残響音のせいかな?)、優しく穏やかな透明感がある音。
フォルテの部分でも、音が柔らかく優しい。
第1楽章のアレグロ・マエストーソ。序奏の管弦楽が、これも穏やかな表情で始まる。テンポはやや遅めで落ち着いている感じ。今から30年以上も前の録音なので、ヴァイオリンの音などやや乾いているが、全体的にはふっくらとしたオーケストラの音が聴ける。そこにアンダのピアノが滑るように入ってくる。優しく、少し寂しげな表情の音。この音楽、モーツァルトが書いた最も晴朗なものの一つだと思うのだが、アンダのこの演奏で聴くと、明るいというよりは、やや寂しげな音楽に聞こえる。ソロは突出せず、オケと会話を楽しみつつ進んでゆくのも良い。時々テンポを揺らすのはアンダの貫禄。
第2楽章のアンダンテも同じ。静謐で柔らかく、穏やかなのだが、フッと哀愁を感じさせるピアノ。ニュアンスに富んだ繊細さが何とも言えない。
第3楽章でも、雰囲気は同じ。「ヴィヴァーチェ」だから、快活で推進力に富んでいるのだが、そんな中でもアンダのピアノは常に優しい。オーケストラのつくり出す音の中に、綺麗に溶け込んで、絶美の音楽を作り出す。
アンダが弾くモーツァルトのピアノ協奏曲、1960年代にモーツァルテウム管と録音したDG全集盤があります。あれもオケと一体化した(というか、お互いに良く音を聴き合わせる)もので、オケとの絶妙な会話が楽しめるものでありました。アンダのピアノは清潔感にあふれておりました。
この1973年のDENON盤(原盤はオイロディスクだったと思う)は、それを越えた名演奏だと思います。アンダのピアノが寂しげな音に聞こえるのは、こちらの体調のせいかと思いましたが、2度目でも同じでありました。
2005/08/24のBlog
[ 06:12 ]
[ 協奏曲 ]
クラシック音楽をきちんと聴こうとすると、まとまった時間が要ります。「ながら聴き」でも構わないんですが、こうしてブログを書こうとしたときにはスピーカーに正対して聴きたいもの。ヘッドホンでもよし。集中して聴ければ良いんです。
そのまとまった時間・・・・・せめて2時間あれば、マーラーがゆっくり聴けるし、オペラでもまぁ何とか最後まで届くかな・・・・と思いつつ、仕事との兼ね合いでなかなか時間が取れませんな。
でも、クラシックを聴きたい。
そういう時には、協奏曲がエエですね。シンフォニーに比べて概して短く、30~45分程度の曲が多いので、好都合。気分良く音楽に浸れます。しかも、ソロの名人芸にウットリ、古典派からロマン派の協奏曲は旋律も美しく聴きごたえも十分。
で、今日はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ニ長調作品35。
ヴィクトリア・ムローヴァのVn独奏、伴奏は小澤征爾指揮ボストン響。
1985年10月の録音。カップリングはシベリウスのヴァイオリン協奏曲。
チャイコフスキー・コンクールとシベリウス・コンクール両方を制覇したムローヴァの、コンクール名にもなっている協奏曲録音だったので、発売当時、随分話題になった1枚。
この2曲のCDを持っていなかったので、国内盤(といっても輸入盤仕様で、日本語解説のペラ紙が付いているだけだったが)を定価で購入した覚えがある。安月給の身、当時は懐にこたえる1枚だった。
チャイコフスキーの協奏曲は、ピアノのもヴァイオリンのも、独奏者が自分の好きなように演奏すればするほど、効果が発揮される曲だと思う。
好き勝手に、目立つように、あるいは思いの丈を吐露するように・・・・・ソロが思い通りに演奏すれば、それだけでも聴き手に訴えかけてくる演奏になる曲だと思う。
伴奏に気を遣いすぎると、かえって効果が上がらない曲のように思う。
このCDは伴奏が小沢。さすがに「つける」のが巧い。ボストン響の音も、いつも通りの渋さ・品の良さで素晴らしい。さらに、フィリップスの録音がまた良い。「CDを買って良かった」と当時思わせてくれた名録音。今聴いても十分に美しい。
開始早々のオケのトゥティの音が、何と深々としていることか。
冒頭から、惚れ惚れしてしまう。ああ、エエ音やなぁ・・・。
この小沢/ボストン響の音(そしてフィリップスの録音!)は聴き手を幸福にさせる。
そのオケの中、決然と入ってくるムローヴァのソロは、もう技巧を越えた巧さ。技術的にどうのこうのと言えるような知識はない、ボクはど素人だが、何の引っかかりもなく気分良く聴かせてくれるソロは、それは技術的に破綻がないということだろう。
ムローヴァの音色は、全体的にはクール。
醒めているというよりは、健康的で明快な音。爽快な響きでも
そのまとまった時間・・・・・せめて2時間あれば、マーラーがゆっくり聴けるし、オペラでもまぁ何とか最後まで届くかな・・・・と思いつつ、仕事との兼ね合いでなかなか時間が取れませんな。
でも、クラシックを聴きたい。
そういう時には、協奏曲がエエですね。シンフォニーに比べて概して短く、30~45分程度の曲が多いので、好都合。気分良く音楽に浸れます。しかも、ソロの名人芸にウットリ、古典派からロマン派の協奏曲は旋律も美しく聴きごたえも十分。
で、今日はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ニ長調作品35。
ヴィクトリア・ムローヴァのVn独奏、伴奏は小澤征爾指揮ボストン響。
1985年10月の録音。カップリングはシベリウスのヴァイオリン協奏曲。
チャイコフスキー・コンクールとシベリウス・コンクール両方を制覇したムローヴァの、コンクール名にもなっている協奏曲録音だったので、発売当時、随分話題になった1枚。
この2曲のCDを持っていなかったので、国内盤(といっても輸入盤仕様で、日本語解説のペラ紙が付いているだけだったが)を定価で購入した覚えがある。安月給の身、当時は懐にこたえる1枚だった。
チャイコフスキーの協奏曲は、ピアノのもヴァイオリンのも、独奏者が自分の好きなように演奏すればするほど、効果が発揮される曲だと思う。
好き勝手に、目立つように、あるいは思いの丈を吐露するように・・・・・ソロが思い通りに演奏すれば、それだけでも聴き手に訴えかけてくる演奏になる曲だと思う。
伴奏に気を遣いすぎると、かえって効果が上がらない曲のように思う。
このCDは伴奏が小沢。さすがに「つける」のが巧い。ボストン響の音も、いつも通りの渋さ・品の良さで素晴らしい。さらに、フィリップスの録音がまた良い。「CDを買って良かった」と当時思わせてくれた名録音。今聴いても十分に美しい。
開始早々のオケのトゥティの音が、何と深々としていることか。
冒頭から、惚れ惚れしてしまう。ああ、エエ音やなぁ・・・。
この小沢/ボストン響の音(そしてフィリップスの録音!)は聴き手を幸福にさせる。
そのオケの中、決然と入ってくるムローヴァのソロは、もう技巧を越えた巧さ。技術的にどうのこうのと言えるような知識はない、ボクはど素人だが、何の引っかかりもなく気分良く聴かせてくれるソロは、それは技術的に破綻がないということだろう。
ムローヴァの音色は、全体的にはクール。
醒めているというよりは、健康的で明快な音。爽快な響きでも