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クラシック音楽のひとりごと
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2005/09/08のBlog
台風が去りました。
大雨でいくつかの河川が増水しております。
小さな川が決壊して、少々水が出た地域もあり、被害ゼロというわけではなかったようです。

台風一過、昼から快晴。黄昏時、西にかかる三日月の美しさは格別。
秋になりました。だいぶ涼しくなりました。
いよいよクラシック音楽の季節であります。

秋になると聴きたい曲があります。
以前に取り上げたボロディンの弦楽四重奏曲第2番などはその最たるもの。秋の夜にふさわしい哀愁のノクターンがたまらない。
モーツァルトだとピアノ協奏曲イ長調K488の第2楽章。これも秋の物思い。これは葉が色づいてくる頃に聴きたい。

そして、ブラームス! 
ブラームスはどの曲でもイイ。秋から冬、せいぜい春の初めまでの作曲家だ。
涼しくなって、やがて寒くなって、春まだ浅い頃の暖かさまで・・・・・・がブラームスの季節だと思っている。
何とまあ日本人的な聴き方なんだろうが、クラシック音楽に親しみ始めた頃から、この印象は変わらない。

で、今日はブラームスの交響曲第3番ヘ長調作品90。ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏。ああ、もう40年も前になってしまった、1964年10月の録音。CBSソニーが出している全集盤からの1枚。

ブラームスの3番シンフォニー、4つの交響曲の中では、最も早くに親しんだ曲だった。第3楽章のポコ・アレグレットが、映画音楽に使われていたこともあって、BGMとして聴いたことがあったし、なによりその旋律が哀愁きわまりない美しさ。クラシックを聴き始めた頃、アルビノーニのアダージョやマルチェルロのオーボエ協奏曲などとともに、とりこになった音楽の一つだった。

第1楽章はアレグロ・コン・ブリオ。勇壮な開始。しかし、ブラームスは、ベートーヴェンのように肩をいからせたりしない。どこかに慎ましさを残し、後ろを振り返るのがブラームス流。このあたりの、一種のためらいがこの楽章の良さだろうと思う。
セル/クリーヴランド管は、もう上手いなんてものじゃなく、ボクら素人でもヴァイオリン群の音が細く感じられるほど「綺麗に揃っている」のが分かる凄さ。
金管も木管も余裕綽々で吹いているのだが、それを感じさせないのが、かえって凄みを漂わせている・・・。

第2楽章、アンダンテ。この楽章も、「アダージョ・カラヤン」などに採られている曲で、非常に美しい。
カラヤンが振るとムード音楽的・化粧の濃い酒場の女性風になるのだが、セルの棒だと、気品が漂うというか、澄まし顔というか、ある意味飾り気がないというか、そんな感じ。でも、ブラームスが書いたのは、本当はこういう音楽なんだという説得力がある。

お待ちかねの第3楽章、ここでもセルは、妙な演出をせずに、ただひたすらブラームスの抒情を音にしてゆく。テンポは中庸。弦楽も管楽器も美しい。クラリネットもオーボエもホルンもフルートも、哀愁を込めてよく歌う。ただ、セルの指揮だとその哀しさに気品あり。愁嘆場にならないのが良い。ホルンの響きが絶品。

終楽章はダイナミクスが広く、ピアニシモの繊細さからフォルティシモの爆発まで、メリハリのついた指揮。オケは終結に向かって一糸乱れず突き進んでゆく。爽快な終楽章になっている。


セル/クリーヴランド管の鉄壁のアンサンブルを実感できる1枚。
このアンサンブルの素晴らしさは、以前によく「ヴァイオリンがコンマスの1本に聞こえる」とまで称された。(と、こんな表現だったかな?)。

録音はさすがに40年前のもの、ちょいと苦しくなってきたかな。
ただ、セルのベートーヴェン全集よりよい音がします、我が家のシステムでは。
2005/09/07のBlog
台風通過中。風雨激しいので、久しぶりに自室の雨戸を閉めた。
九州では大きな被害が出ている模様。
住宅浸水は、昨年、当地が何度も痛い目に遭っているので、ホンマ同情する。
伊予路東部地方は、その大水害の教訓があり、早くから準備が(心の準備も)出来ていた。雨も昨年ほど降っていないので、特に被害はなさそう。

さて、閉め切った部屋で聴くは、モーツァルト最後のピアノ協奏曲、第27番変ロ長調K595。
ルドルフ・ゼルキンのピアノ、伴奏はアバド指揮ロンドン響。
1983年3月、ロンドンのキングスウェイ・ホールでの録音。ゼルキン晩年の演奏。

ジャケットのゼルキンの表情が何ともいえず良い。
この録音当時、ゼルキンは80歳。ビルトゥオーゾが歳をとって、幸福な老年を迎えている表情。
自分も老人になったら、こんな顔で日々を過ごしたいと思う。エエ顔で老境を迎えたいものだ。

第1楽章、ゼルキンとアバドの採るテンポは、やや遅め。ゆったりと余裕のある管弦楽が、静かに歌い始める。モーツァルトの、もう現世には欲望がなくなったかのようなシンプルで静謐な音楽。ロンドン響の音が優しく漂うように美しい。これはアバドの指揮の賜物だろう。
長調の爽やかさを保ちつつも時に哀しげに響く。モーツァルトの真髄がこの協奏曲の開始、管弦楽の響きにあるんじゃないかと、聴くたびに思う。
さて、ゼルキンのピアノが登場。音がとても美しい。大げさでなく、そんなに色彩的な派手さはないのだが、耳に心地よく響く美しさ。ほのかに温かく、繊細なニュアンスに富んだ音色。
録音のせいだろうか、管弦楽はスッキリとした音に録られているのだが、ピアノにはややエコーがかかる感じ。マイクを少し離してセッティングしたのかもしれない。ただ、このピアノの響きが何とも綺麗。ゼルキンが時に施す品の良い装飾音が、たいそう綺麗に響くのだ。一瞬、キラッと閃くような装飾音なのだが、全く印象的。

第2楽章のラルゲット。磨き抜かれた美しいピアノは、ここでも変わらない。ゼルキンはこの緩徐楽章の一音一音を慈しむように弾いてゆく。誠実で上品なピアノ。派手さはないし、色づけもないのだが、慎ましい穏やかな重いが伝わってくる演奏。アバド/ロンドン響の伴奏もよく歌って美しく、ゼルキンをしっかりサポートしてゆく。こういう合わせ方、いつ聴いてもアバドは上手い。

終楽章は、永遠に続くようなロンド。急がず慌てず、ゼルキンのピアノは着実な足取り。時に歌い、時に沈潜し、ピアノは様々な表情を見せる。
モーツァルト最後のピアノ協奏曲だという思い入れでこちらが聴いているせいかもしれないが、白鳥が飛び立つ姿を連想させるロンド。

後ろ髪を引かれながら、しかし、時は過ぎてゆく。美しいものは壊れてしまう。去る者は逝ってしまう。
ゼルキンのピアノから、そんな感情が伝わるのは、思いこみが少し激しいかな・・・・・。でも、それほど、ゼルキンのピアノは美しい。

この演奏、名人が晩年に到達した境地を示す名演だと思います。そして、名人自身が白鳥となってゆく・・・・そんな演奏でありました。
2005/09/06のBlog
大学の後輩達が、遂に宿願の全国制覇!
朗報でありました。
雨中の激闘を制しての、優勝まですべて完勝だったとのこと。
ようやった。ホンマに頑張ったなぁ。嬉しいなぁ。わが恩師・大監督の笑顔が目に浮かぶ・・・・・。

大型台風が接近中であります。昨年の水害を思うと、恐ろしくなります。我が家は被害を受けなかったのですが、当地はホンマに大変でありました。雨戸を全部閉めて、備えております。

さて、そういうもろもろのことに関係なく・・・(^^ゞ、今日はドヴォルザークの交響曲第8番ト長調。
オトマール・スウィトナー指揮シュターツカペレ・ベルリンの演奏。1977年7月の録音。ドイツ・シャルプラッテンから出ていた廉価盤CD(1000円盤のはしりだった)。

第1楽章、序奏部の、深々としたチェロの音が素晴らしく、期待を持たせる開始。と思ったら、一気に加速、急激なテンポ。速い。この曲、こんなに速かったかなと記憶をたぐったが、思い出せない。演奏時間をいちいち確認したわけではないが、手持ちのドヴォ8ではおそらく最速。コーダの部分など、煽りに煽ってゆく激烈なテンポ。スウィトナーといえば、正統的で格調高い指揮者だと思っていたが(モーツァルトは速かったが、ベートーヴェンやシューベルトなど中庸のテンポで落ち着きもり非常に良かった)、この第1楽章はグイグイ進んでゆく。そうか、これ、アレグロ・コン・ブリオだった。

第2楽章は一転、ゆっくりと運んでゆく。アダージョだから当然か(^^ゞ。弦楽の音色が甘く穏やかで心地よい。ヴァイオリンはやや細めに聴こえる。金管群も活躍、ホルンのソロなど大変上手いし、音色も甘く落ち着いていてイイ。録音の加減もあるのだろうか、決して鮮烈であるとか、派手であるとか、そんなオーケストラの音ではないのだが、馥郁とした香りが漂ってくる演奏。

第3楽章。この楽章は、ドヴォルザークの個性丸出し。前の2つの楽章が、ブラームス的なつくりを感じさせるのだが、この楽章からドヴォルザークの無類のメロディ・メーカーぶりが発揮される。しなやかなヴァイオリンに、懐かしい響きを醸し出すチェロがとても良い。木管や金管の音もよく融けあって、この民謡風舞曲風の楽章を美しく彩ってゆく。スウィトナーの指揮はリズムがよく弾んで心地よいし、歌うべきところは、しっかり歌って期待を裏切らない。

終楽章、スウィトナーの指揮ぶりは、遅いところは遅く、速いところは速く、メリハリをはっきりつけてゆくもの。変奏曲の楽章だが、その変奏の特徴をクッキリ描き出そうと、テンポを揺らしてゆく。コーダの部分の劇速なテンポは、第1楽章と同じ。一気呵成に終結に持ってゆく。

ドヴォ8は、チェコののどかな田舎風景をイメージする交響曲だと思っていたのだが、スウィトナーの演奏でイメージ一新。
鮮烈とは云いがたいが、オケ全体がよく融けあった録音で非常に聴きやすい。
2005/09/05のBlog
台風接近中で、湿度の高い一日。気温はさほど上がっていないのに蒸し暑かった。
雨は断続的。明日以降の天気が心配ですな。

さて、今日はベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番変ロ長調。
作品19という若書きの協奏曲。
ピアノはウラディーミル・アシュケナージ、伴奏はズービン・メータ指揮ウィーン・フィル。1983年11月、ソフィエン・ザールでの録音。

アシュケナージ、2度目のベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲盤。
1回目はショルティ/シカゴ響と、3度目は弾き振りでクリーブランド管とだった。
1回目はショルティの指揮がゴツゴツしていて(だからこそ良いとも言えるのだが)、やや演奏が硬い感じがする。
3回目は音が良くて輝かしいのだが、指揮もしながらなので、アシュケナージも大変だなぁと思った記憶がある。
この2度目の全曲盤は、メータのサポートを得て、自由奔放に泳ぎ回る演奏になっているのが素晴らしく、しかもオケがウィーン・フィル!。20年以上経過した今も十分に通用する名盤と思う。

この頃のベートーヴェンのピアノ協奏曲。3大レーベルにはそれぞれ、「売れ線」のピアニスト、ポリーニ・ブレンデル・アシュケナージが競って録音して、聴き比べるのが実に楽しかった。ポリーニはDGにベーム/VPO(ベーム死後、ヨッフムが指揮をした)と録音、ブレンデルはフィリップスにレヴァイン/シカゴ響とライヴ全曲盤を(その前にはハイティンク/LPOとも)。そして、アシュケナージは、メータとDECCA=ロンドンに・・・・・。
三者三様、どれも素晴らしい演奏だった。ポリーニのはギリシャ彫刻を思わせる、理屈を越えた美を感じさせるピアノ。大理石のように硬質で(と誰もが言うなぁ・・・(^^ゞ・・・)、明快なピアノ。鋭く、しかも豪快。
ブレンデルのは、よく考えられた格調高い演奏で、ピアノの音色が優しく美しかった。肌色の混じった白さというか、冴え冴えとした中に温もりのある優しさというか、そんなピアノで、伴奏のレヴァイン/シカゴ響がまた良かった。

そして、このアシュケナージ。
アシュケナージのピアノは、美しく鮮烈で爽快。どこまでも透明で、光り輝くようなピアノ。旨い水を入れたクリスタル・グラスの輝きというか、雨上がりのあと、緑濃い葉についた水滴の輝きというか・・・・、キラキラしていて耳を奪われる美しさ。

このベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番でも、そんなアシュケナージの魅力全開。
第1楽章は、例によってベートーヴェンのアレグロ・コン・ブリオ。アシュケナージの演奏は、推進力に溢れて、気持ち良く跳ね回るピアノの技巧が全く素晴らしい。メータの指揮も前に向かって鮮やかに進んでゆく。
第2楽章のアダージョ。研ぎ澄まされ、潤い満ちた音色がホンマに良い。透きとおって怜悧な音色なのに、暖かみのある演奏。冷たいのに温かいという、いろいろなニュアンスを味わえる楽章になっている。アシュケナージ、大家の芸か。
終楽章のロンド。軽快で率直、ピアノの技巧は華やかで申し分なし。オケは絶好調、特にヴァイオリンの輝かしい音色は、これぞウィーン・フィル。


と、こう書いていて、ポリーニやブレンデルを聴いてみたくなりました。
手始めに「皇帝」でも・・・・。
ブログにはいずれ。
2005/09/04のBlog
9月に入って、まだ残暑厳しい。蒸し暑い一日であります。
久しぶりの休日、ゆっくりさせてもらいましょう。先週は少々疲れた・・・・・。激務でありました・・・(^^ゞ。

今日は、ベートーヴェンの交響曲第6番ヘ長調「田園」。
休みの日に聴く回数が最も多いクラシック音楽。
なぜか、休日の午前中にゆっくり出来るときには、「田園」を聴いている。というより、聴かずにいられない。クラシック音楽を好きになってから、もう何度聴いたか分からない。なのに飽きない。いつ聴いても、幸福な気分になる。
春は霞がかった四国山地を遠望しながら、夏は緑濃くなる水田風景を眼下に眺めながら。
秋は徐々に冷たくなる風を窓から取り込みながら、冬は部屋を閉め切ってストーブに手をかざしながら。
本を読んだり、持ち帰った仕事をしたり・・・・・「ながら聴き」も多いのだが、それでも「田園」を聴いている自分。45分で、こちらの気持ちが穏やかになってゆく音楽。

今日は、古書店で入手したクルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の演奏。RCA(ビクター)が発売した「世界名曲選集」のうちの1枚。1973年頃の録音らしい。マズアは後年、ベートーヴェン全集をデジタル録音しているので、これは旧盤になるのだろう。

第1楽章、落ち着いたテンポで始まる。速すぎず、遅すぎず、ちょうど良いテンポ。聴き手に心地よいテンポ設定だと思う。楽器の音色は全体的に渋め。キラキラ鮮烈だとか、切れ込んでくる迫力などは感じられない。ふっくらとしていい音。ゲヴァントハウスという先入観だろうか、近隣のドレスデン・シュターツカペレの音に似た感じがする。音の融けあいがイイ。弦も管も、個々の楽器が突出することなく、オケ全体が融けあったふっくらとした音がイイ。
第2楽章は、フルートやオーボエ、クラリネットなど木管の活躍が楽しみなのだが、ここでも、それぞれが突出することがない。全体的に雰囲気豊かな管弦楽が続く。ゆったりとした気分で聴ける音楽になっている。テンポはこの楽章も中庸。心地よい。
ただ、フレージングが短いところや、リズム感がなくなるようなところがあり、「あれ?」と思うこともあり。
第3楽章、ホルンの活躍が見事。太い音から深々とした音まで、素晴らしい音。技巧も素晴らしい。このスケルツォ楽章は、軽やかにリズムが弾んで聴きやすかった。
第4楽章の嵐は、オケに厚みが出てきて結構な迫力。全体的に太い音。管楽器の咆吼も暴風雨のようで結構。
終楽章は、逆に弦楽部の細い音が印象的。マズアはここでは、繊細に、優しく弾かせようとする。音色は渋め。ややくすんだ感じの音色だが、自然な木材の肌触り。金属質の鋭利さではなく、木綿のようにややザラッとした自然な質感が良い(絹のようなしっとりと柔らかい質感ではないのだが・・・・)。

録音の出来は上々。1970年代前半の録音なのだが、十分に現役盤。ホールトーンが豊かなので、雰囲気たっぷりにオーケストラ音楽を楽しめる。


さて、マズア/ゲヴァントハウスの演奏、好評をあまり見かけません。
ネットで検索しても、評判はよろしくないです。

良い楽器が買えなかった、マズア在任中に技術が低下した、統率力が不足している、個性的な閃きがない、何もしていない指揮・・・・・云々。

そういえば、この「田園」、アンサンブルが「おや?」と思わせる箇所もあったし(技術の低下か?)、鮮烈な音が聴けることもなかった(楽器が悪い?)・・・・。

でも、この「田園」、ボクは十分楽しめ、音楽に浸れました。自分が大好きな曲だから、アバタもエクボになってしまうのかもしれませんがね・・・・(^^ゞ。
2005/09/03のBlog
「時計」と「大学祝典序曲」、妙な取り合わせでありますが・・・・・。
今日は昔話をいたしましょう・・・・・。

昔々、高校生であった頃、ラジオの深夜放送は貴重な友人でありました。
文化放送では、レモンちゃんこと落合恵子やみのもんたの「セイ!ヤング」。谷村新司とバンバンのコンビも抱腹絶倒。「天才・秀才・バカ」シリーズは勉強そっちのけで聞き入っていた。谷村新司は、アリスでの大ヒットやソロになってからの「昴」以降、大歌手になってしまったが、当時は、「チンペイ」が愛称の、売れないフォーク・シンガーだった。
TBSはパック・イン・ミュージック。野沢那智と白石冬美の「ナッチャコ・パック」、お題拝借のコーナーは、金曜の晩の最高の楽しみだった。「なっちゃん、チャコちゃん、こんばんは」で始まる投書だけで笑えた時代。何とも懐かしい呑気な時代。

高校生の頃、テレビを見ずにラジオを聴くのが、ちょいと背伸びしたボクらの誇りだった。陽水も拓郎もテレビに出ない時代。テレビはつくりもの、偽物という感覚で、ボクらはテレビを観なかった。(ドラマだけは観ていたかな?ドラマは初めから作り物である前提があるから、観ていたように思う。ショーケンの「前略おふくろ様」など名作も多かったしね)。

夜の11時、文化放送から流れる音楽とともに、「百万人の英語」が始まる。提供は旺文社、先生はJ・B・ハリス。内容はとっくに忘れたが、テーマ音楽だけは今も鮮明。
ハイドンの交響曲「時計」の第2楽章だったのだ。クラシック音楽を聴き始めた大学生も後半になって初めて知ったのだが。
今もハイドンのシンフォニー、よく聴くのだが、「時計」だけは別格。この第2楽章を聴くたびに、懐かしさとともに、ボクは英語が大嫌いだったので、あの青春時代を思い出す。

11時30分からは、これも旺文社の「大学受験ラジオ講座」、通称「ラ講」が始まる。寺田文行の「鉄則数学」、なべつぐの「あすなろ数学」、西尾孝の「水準表」など、内容がチンプンカンプンでも聴いていると何となく分かったつもりになってしまう名講座がいくつもあった。そのテーマ音楽がブラームスの「大学祝典序曲」だった。1970年代後半、この音楽とともに受験勉強に励んだことを思い出す。尤も、勉強に励んだのはホンマに僅かな時間だったのが・・・・・(^^ゞ・・・・。

今日はその「時計」をカラヤン/ベルリン・フィルの洗練された演奏で。
スケールは大きく、オケの音は磨き立てられて、美しさの極み。音楽はどこまでも流麗。演奏もさすがにベルリン・フィル。巧いことこの上なし。
第2楽章など、オケは分厚く、ゆったりと、しかし淀みなく滑らかに、ムード音楽のように広がってゆく。言葉は悪いが、媚薬のような音楽になっている。でも、この媚薬、一度飲んだら忘れられない快感。
初期デジタル録音なので、やや硬めの音。籠もった感じの音でもある。突き抜け感に少し乏しい。音場の奥行きがあまりなく、ペタッとした音だが、個々の楽器はよく捉えられている。この時期のカラヤンの録音は、どれもこんな感じではあるのだが・・・・。


ブラームスの大学祝典序曲は、ショルティ/CSOの、これもダイナミックで雄大なスケールの演奏で。この演奏もスーパー・ダイナミック・ウルトラC軍団らしく、どこにも破綻がなく、爽快で、かつ大きく盛り上がってゆく。筋肉質のスポーツマン的な演奏で、テンポは例によって「ショルティのイン・テンポ」。速めでサッパリしている。「ラ講」テーマになったのは中間部だが、これは全くの懐かしい響き。
1970年代末のアナログ録音。ショルティのブラームス交響曲全集に収められていたもの。DECCAらしく、いつもながらエエ音している。我が家のステレオとDECCA、実に相性よし。


現代の高校生にとって、かような深夜放送の時代はもう古典の世界、とんでもない過去のことになるんでしょう。
ただ、若者が何かに繋がっていたいと思うのは、今も昔も変わらないかもしれません。
昔がラジオから流れくるDJの声であり、今はケータイのメールや、PCの向こうのネットの世界なのだろうと思いつつ・・・・・。

ジャケット写真は、カラヤン/BPOのハイドン「時計」。カップリングは「驚愕」。


2005/09/02のBlog
アナログ・レコードを時々楽しみます。
レコード棚から取り出して、クリーナーでサッと一拭き、ターンテーブルに乗せて、カートリッジのスタイラスを掃除して・・・・・儀式が多くて時々面倒くさいなぁと思いつつも、これがアナログの楽しみだから仕方がない・・・さぁ・・・・聴くぞぉ・・・・・。

ん?

左のスピーカーから音が出ん(^^ゞ・・・。

スタイラスがイカレたか?・・・・・カートリッジを替えてみたが、アカン。やっぱり出ん。

さては、シェル・リード線か?・・・・・この細かい作業が苦手で、無理矢理ヘッド・シェルに押し込んでかえって切ってしまったことがあったが・・・・ちゃう。やっぱり音出んぞ・・。

これは、ピックアップ・コードかな?・・・・・左右入れ替えてアンプに差し込むと、なるほど、今度は右のスピーカーから音が出ない。・・・・・これや。どうもコードが犯人ぽいぞ・・・・。でも、よう分からん・・・・・・。修理せにゃアカンなぁ・・・・。
この近くに修理してくれるところ、あるんかいな?
知り合いの電気屋に持ち込んだら、やってくれるだろうか?

もう20年以上前のプレーヤーであります。TRIOのKP-880D。
ストレート・パイプの銘機と謳われ、当時はYAMAHAのGT-2000と競ったものだったんだが・・・・。
修理屋を探さなくちゃなりません。やれやれ・・・面倒くさいなぁ・・・・。

で、この間、約2時間半・・・・・。いやはや汗だくになりました。
ボクは不器用な男です。手先が上手く動かないんですな。中学校の技術家庭なんか大嫌いでありました。さらに、オーディオに関心がありながら、配線だの電気系統だの、著しく苦手なんです。困ったもんです。


そんな格闘のあと、結局CDを取り出しました・・・・・(^^ゞ。
今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第22番変ホ長調K482。アシュケナージの弾き振り、管弦楽はフィルハーモニア管。1978年6月、ロンドンのキングスウェイ・ホールでの録音。

アシュケナージの音はいつもながら美しい。透明感があって、妙な色づけがない。
第1楽章アレグロ。オケの音が良い。アンサンブルも弾き振りにもかかわらず緊密でだれないのは、さすがにフィルハーモニア管。1980年代のフィルハーモニア管のCDがどれも素晴らしい演奏だったことを思い出す(時々「え?」というCDがあったが、あれは指揮のせいだろう(^^ゞ・・・)。このオケはこの当時から好調だったのだ。堂々たる序奏なのだが、木管群にオーボエがいない編成のためか、音色が渋く、響きもややくすんでいる感じ。厚みは十分。この音がイイんだなぁ。テンポも落ち着いて、安手感もよい。
そして、おもむろにアシュケナージのピアノが登場。透明で、艶があって、なのにマイルドで穏やか・・・褒めすぎだろうか?・・・・・(^^ゞ。情に溺れたり激することもなければ、聴き手が驚くようなこともない。「中庸」としか言いようがないピアノ。聴きようによっては、面白くも何ともないのかもしれないが、安心して聴けるという点ではアシュケナージにまさるピアニストが、さて何人いるのだろう?

第2楽章アンダンテはハ短調。ため息のようなピアノ。歩きながら振り返る、前を向いているのに過去が気になる・・・そんな風情のピアノ。このアンダンテ、モーツァルトが書いた最も情感の溢れる音楽の一つだと思うのだが、アシュケナージのピアノは、過不足なくこの素晴らしさを伝えてくれる。
ここでも、ピアノに悲鳴・絶叫・号泣はない。その一歩・二歩手前でとどまって、品よくまとめるのがアシュケナージ。「こういう演奏だろうな」と聴き手に予想がついてしまうところが、アシュケナージの弱点だとは思うが、それにしても気品漂う美しいピアノ。
オケも木管中心にここでもよく頑張っている。特にフルートとファゴットは巧いし綺麗。
終楽章は一転、快活なアレグロのロンド。ここでも性急にならないオケとピアノ。モーツァルトの書いた愛らしい旋律が部屋に満ちてゆく。至福の境地。ピアノの音色はますます透明感を増して、クリスタルの輝き。いつまでも、何度も聴いていたい、素晴らしいロンド。終結はピアノとオケが融合した、華やかな盛り上がり。
う~ん、やはりアシュケナージはエエ。ホンマに巧いし、キレイ。

DECCAの、これはアナログ録音最末期のもの。素晴らしい録音であります。
だいたいDECCAの録音は素晴らしいのだが、特にピアノ協奏曲の出来がよろしいと思います。
このアシュケナージのモーツァルトはもちろん、アシュケナージでは、ハイティンクとの2曲のブラームスの協奏曲、メータ/VPOとのベートーヴェンの全集も良かった。
ベートーヴェンではグルダ・シュタイン/VPOも最高の録音。
そういえばルプーもラローチャも、ベートーヴェンが良かったぞ・・・・。
ありゃりゃ・・・・。

きりがないので、この辺でやめておきます・・・(^^ゞ。


それより、レコードプ・レーヤー、何とかせんとイカン・・・・。
2005/09/01のBlog
雨が降るたびに、秋の風情が強くなってきました。もう9月。月日の過ぎ去るのは、「矢のごとし」よりも速い・・・・・弾丸のように速く感じるのは、トシのせいでしょうか?日々、忙しすぎるせいでしょうか?


今日はマーラーの交響曲第4番ト長調。演奏はジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管。ソプラノ独唱はエディタ・グルベローヴァ。1991年2月、ロンドンでの録音。シノーポリが急死していくつか追悼盤が出たが、それを輸入盤で購入したもの。嘆きの歌も入っていた。

第1楽章。サンタクロースを思わせる鈴の音、冒頭のテンポが速く、「え?」と思わせる開始。やがて、普通のテンポに戻るのだが、特徴的な始まりだ。
シノーポリの指揮の特徴は、歌わせる部分で思い切りテンポを落とすところ。この楽章でも、大きくテンポが揺れる。遅いところは徹底して甘く歌わせて、速いところは、颯爽としてカッコイイ。泣くべきところはすすり泣くし、快活なところは元気よく。この第1楽章の中でも曲想は様々に変化するのだが、その変化がとても分かりやすいのがシノーポリ。金管の扱いも面白い。目立つのだ。ホルンは太々として、トランペットは朗々と、それぞれハッキリクッキリ音も大きい。たぶん、意識的にシノーポリは大きな音量で吹かせていると思う。そういうのも分かりやすい。

第2楽章、録音が良いので、隅々までよく聴こえる。例のヴァイオリン・ソロ、悪魔的には響いていないが味わい深い。ここでもホルンやトランペットの音色がイイ。ファゴットやオーボエ、クラリネットなどの木管群も活躍。それぞれのソロが、大変巧い。フィルハーモニア管の面々、好調。

第3楽章の静謐さ、ゆったり感はシノーポリ向き。マーラーの書いた最も幸福な音楽のひとつ、しみじみとした楽想だが、聴き慣れてくると眠くなってしまいそうなところ。シノーポリはニュアンス豊かにオケをドライブして飽きさせない。いろいろなところで、「あ、こんな風に書かれているんだ」と思わせるように楽器が鳴る。ボクは楽譜が読めないので(この曲はもちろん、他のスコアも殆ど持っていないので)、偉そうなことは言えないのだが、楽器の扱いが特徴的で聴き手の耳を引く。その辺が、シノーポリの非凡さなのかな。

終楽章、お目当ては、エディタ・グルベローヴァ。テンポは速め。圧倒的な声。相変わらず玲瓏玉を転がすような弾む声(とは、まぁ古い表現だが^^;)。葉についた水滴が玉になって、震えながら落ちてゆくような、新鮮な声。エエ声やなぁ。この声を聴いているだけで、夢見心地になるなぁ。
シノーポリのとるテンポが劇的。第1楽章と同じく、速いところ(鈴音のところ)は非常に速く、遅いところはゆったりとしている。グルベローヴァが、その時々に変わる曲想の上を歌い上げてゆくのだが、少し窮屈そうなところもあり。

全体的には、劇的なのにべとつかず、スッキリ爽快なマーラーになっております。管弦楽も非常に巧いです。フィルハーモニア管、絶好調と見ました。


あ、そういえば、シノーポリのマーラーは、1番から9番まで全曲とも「カッコイイ」です。若々しく颯爽としてハンサムなマーラーと言いましょうか。劇的な面白さもあります。録音も素晴らしく、部屋中にマーラーのオーケストレーションが響きます。
好みが分かれそうな気もしますが・・・・・ボクは、シノーポリのマーラー、好きです。
2005/08/31のBlog
クラシック音楽をきちんと聴こうとすると、まとまった時間が要ります。「ながら聴き」でも構わないんですが、こうしてブログを書こうとしたときにはスピーカーに正対して聴きたいもの。ヘッドホンでもよし。集中して聴ければ良いんです。
そのまとまった時間・・・・・せめて2時間あれば、マーラーがゆっくり聴けるし、オペラでもまぁ何とか最後まで届くかな・・・・と思いつつ、仕事との兼ね合いでなかなか時間が取れませんな。

でも、クラシックを聴きたい。

そういう時には、協奏曲がエエですね。シンフォニーに比べて概して短く、30~45分程度の曲が多いので、好都合。気分良く音楽に浸れます。しかも、ソロの名人芸にウットリ、古典派からロマン派の協奏曲は旋律も美しく聴きごたえも十分。

で、今日はグリーグのピアノ協奏曲。ピアノがマレイ・ペライア、コリン・デイヴィス指揮バイエルン放送響の演奏。1988年1月、ミュンヘンでの録音のCBS盤。ソニーの発売した世界名曲大系のうちの1枚らしく、中古屋で購入したもの。

第1楽章からペライアの流麗で繊細なピアニズムを堪能できる。音が綺麗。ダイナミズムも十分で、弱音の美しさはいつものペライアらしい。フォルティシモでも、強靱なタッチでしかも鮮烈な美しさを味わえる。このグリーグでは、ペライアはピアノを遠慮なく「鳴らして」気持ち良い。モーツァルトやいくつかのソロ曲では控えめな音出しが多い人だっただけに、面白い。

第2楽章の静謐な部分は、ペライア得意の弱音で聴かせる。ニュアンスたっぷりに弾いてくれれば、聴き手としては満足。
べとつかない抒情、というか、停滞せずに流れてゆくような情感というか・・・ロマンティックに歌うんだけれど、泣きっぱなしにならないのがペライアのカッコイイところ。

終楽章も目眩くピアニズム。特に最後のカデンツァで、ペライアがバリバリと鳴らすのには少し驚いた。もちろん、音がデカくなっても、形は崩れない。さすが。

バックのデイヴィス/バイエルン放送響は、あまり色濃い演出をせずに、アッサリ・スッキリ系の伴奏。第1楽章ではペライアのピアノについてゆくのに懸命な感じだが、第2楽章以降はテンポも安定して堂々たる伴奏ぶり。
ロマン派の協奏曲なんだからもう少し嘆いたり喚いたりしてもいいんじゃないかなとは思う。ちょいと淡泊かなと思うのだが、これがデイヴィスの持ち味だろうな。スタイリッシュに造形してゆくのはデイヴィスの真骨頂だから。
バイエルン放送響は、非常に巧いオケ。ホルンやフルートのソロは特に美しい。

録音はややペタッとした音場であまり奥行きなし。
各楽器は美しく捉えられているので、この時期のものとしては標準なのかなと思うが。
2005/08/30のBlog
朝晩の涼しさは、まさに初秋。
コオロギの盛大な鳴き声がこれから1ヶ月続きます。

伊予路では、はや新学期が始まっています。
最近は、高校独自に2学期を始めており、次男坊も文句を言いつつ登校していきました。学力低下だの授業時数不足だの、いろいろなことが叫ばれてますので、その埋め合わせかな。まあ、土日が全部休みなのだから、あまり変わらんような気もするが・・・。

さて、今日は「アダージョ・バーンスタイン」と称したオムニバス盤を。
これは、ユニヴァーサルと丸善メイツが発売した名曲全集「TRINITAT」からの1枚。丸善の通販か訪問販売かに使われた全集なのだろう。
某オークションで75枚セットで出品されていたのだが、誰も入札しないので開始価格で落とせてしまった(ラッキー^^)。こういう商品の入札・落札は正月の福袋のような楽しみ。何枚かダブリがあったが落札したのは正解だった。

曲目は下記のようなもの。
1.マーラー:アダージェット(交響曲第5番)
2.ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番からのレント(弦楽合奏版)
3.ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
4.シューマン:交響曲第1番のラルゲット
5.モーツァルト:アヴェ・ヴェルム・コルプス
6.ブラームス:交響曲第3番のアンダンテ
7.バーバー:弦楽のためのアダージョ
(オケはVPO、BRSO、ロスPOなど)

「アダージョ・カラヤン」が大当たりしたのは、いつのことだったか。レコード会社は二匹目のドジョウを求めて、随分アダージョのCDを発売したものだ。このセットにも、カラヤンはもちろん、小沢やアバド、何とベームまでアダージョのオムニバス盤を組み込んでいる。商魂はいつも逞しい。

さて、演奏だが、これは曲目からしてもバーンスタイン得意のものばかり。
マーラーのアダージェットは、粘り着くような演奏。情緒纏綿、粘着質、滂沱たる涙・・・・・(^^ゞ・・・・。ゆったりとしたテンポで、よくVPOがついていっているなと思う。低減のピチカートがこれほど効果的に響く演奏をボクは知らない。このピチカートはマーラーの(いや、バーンスタインか・・・)の涙か?
ベートーヴェンの弦楽四重奏の弦楽合奏版のLPは、1980年頃に発売されたとき大いに話題になったものだ。今は廃盤かな?このレント、ホンマに遅くて、のろくて、でも美しい演奏。本元の弦楽四重奏で聴きたくなった。
ドビュッシーは、すこしアンサンブルがゆるめ。でも、雰囲気が良いので許しちゃう。このテンポも、やや粘り着く感じ。ということは、「ドビュッシーらしくない」ことになってしまうのだろうが、美しい演奏であることには変わりない。ボクは好きです。
シューマンやブラームスは、交響曲の全曲で聴きたい。
最後のバーバー。これは涙が溢れて、しかも絶叫する哀しみにあふれている。感情の表出が凄まじい。バーンスタインの情念に聴き手は満腹になりそう。聴き手は、その渦の中で酔いしれればいいのかもしれないな。
2005/08/29のBlog
朝夕の涼しさ、いよいよ「秋」ですね。

最近の目覚めは、蝉の声ではなく、もっぱらコオロギです。
田舎の生活の良さは、この自然の音を聴けることかもしれません。
初夏はカエル、真夏はセミ、初秋はコオロギ・・・・・(^^ゞ・・・・。


今日は内田光子のピアノでベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番ハ短調。
管弦楽は老巨匠クルト・ザンデルリンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管。
内田光子の完成したベートーヴェンピアノ協奏曲全集からの1枚。オケはRCOとバイエルン放送響だった。

第1楽章は、ベートーヴェン得意のアレグロ・コン・ブリオ。オーケストラの雄大な演奏が冒頭から楽しめる。この曲、なかなかピアノが登場しないのだが、それまでの間の管弦楽がスゴイ。雄弁でスケール大きく、ゆったりと豪快。堂々の行進。王者の風格。
ザンデルリンクのテンポは加齢とともに遅くなって、いまや我が道を行っている感じ。コンセルトヘボウ管の音は、1980年代に比べて少しきつくなったような感じ。もう少し暗く、木質で、柔らかかった音だったが、録音のせいか、すこし明るくきつめに感じる。
そして、ピアノの登場。内田もマイペース。管弦楽との対話を楽しむより、自分の思いの丈を吐露してゆく感じ。オケには「ついてこい」、とでも言っているかのようだが、だからこそ指揮に老巨匠が選ばれたのかな?コンセルトヘボウ管は巧い。
ピアノの音色は、いつもの内田の音。透明感が半端じゃなく透きとおっていて、細く張りがあって、ニュアンス豊かな音。
内田には専属の調律師がついていて、独特の調律らしいのだが耳が悪くよく分からない(^^ゞ。ライナー・ノートにもそれっぽいことが書いてあるらしいのだが、輸入盤のため英語分からず(^^ゞ。

第2楽章、冒頭からデリカシーに満ちた内田のピアノが美しい。ためらうように、夢見るように、秘かな声で、でもピアノの音色はくっきりとして美しく響く。管弦楽も弱音器をつけていて、深い抒情を漂わせる。ゆったり、遅いテンポ。時間が止まってしまうのではないかとさえ思わせる深い息づかい。内田のロマン的心情が伝わってくる演奏。恍惚として弾いているのが、聴き手に「見えてくる」演奏。オーケストラの音も非常に美しいが、楽団員みんな内田についていくのに必死だったのじゃないかと思わせる緊張感あり。

第3楽章のロンド。ベートーヴェンの5曲のピアノ協奏曲の中では、最も面白くない楽章だとボクは思っているのだが、内田とザンデルリンク(ヘボウ管)とのやりとり・掛け合いが結構楽しめるので、面白く聴けた。ハ短調だが、内田のピアノは華麗に舞う。調性を忘れてしまう華やかさ。オーケストラは好調。この楽章が一番イイ音してる。


この全集、HMVで2800円ほど。輸入盤の廉価盤です。
内田の最新のベートーヴェンが3000円以下で買えてしまうこの時代。
内田のピアノについては、好みは分かれるかもしれませんが、この安さは「買い」だと思います。4番も5番「皇帝」も、さらにスゴイ名演でもありますしね^^。
2005/08/28のBlog
我が家の三男坊は中学3年。バレーボール部はようやく引退したものの、相変わらず合唱部は熱心に参加中(来年3月には、高校受験なのだが・・・・・(^^ゞ・・・・)。

その合唱、昨日、愛媛県民文化会館で行われたNHKコンクール四国大会で、見事2年連続金賞。大したもんです。顧問の先生が素晴らしい先生なのです。
いよいよ10月はNHKホールでの全国大会であります。

お祝いに、ベートーヴェ