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2005/09/12のBlog
[ 20:41 ]
[ 協奏曲 ]
PCの調子が悪い。電源投入後、数分間でハングアップ。マウスもキーボードも、Ctrl+Alt+Delete も受け付けない。
ハードウェア・リセットして、再起動するのだが・・・そのままうまく起動して動き続けることもあれば、「ピポッ」という音さえ発せず、何度も起動を試みる(電源投入を繰り返す)ことも多い。
BIOS画面が立ち上がることも多い。
ショップ系のBTOパソコンなのだが・・・・・・OS(WinXP)の異常ではなく、マザーボードあたりがおかしいのではないかと疑っているのだが、よく分からない。
ボクには手が余る問題・・・・。どこを治せばいいんでしょう・・・・・?(^^ゞ。
というわけで、今日の更新は夜になりました。
恐る恐る入力してます。いつ止まってしまうのか不安であります。いやはや。
で、今日の音楽はヘンデルの合奏協奏曲集作品6。
演奏はコレギウム・アウレウム合奏団。1975年5月、キルヒハイム城糸杉の間。原盤はドイツ・ハルモニア・ムンディ。
ボクがクラシックを聴き始めた頃、国内ではテイチクから廉価盤として発売されていた。
ヘンデルといえば、ボクにとっては「水上の音楽」の作曲家であって、沢山ある声楽作品はメサイア以外は聴いたことがない(^^ゞ。器楽の作品も、実はあまり知らない。「王宮の花火の音楽」といくつかの協奏曲くらい。
そのうち、この合奏協奏曲集作品6はよく聴く。明るくおおらかで、柔らかく爽快なヘンデルらしい名作だと思う。
アーノンクールやリヒター、ピノックなどの演奏も良いが、今日は特におおらかで屈託ない古楽器演奏のコレギウム・アウレウム合奏団で。
このLPは3枚組の1枚。収録曲は、第1番ト長調、第6番ト短調、第5番ニ長調、そして第4番イ短調の4曲。
コレギウム・アウレウム合奏団は22人程度の団体なのに、響きが薄手になることなく、柔らかくしなやかな素晴らしい音を聴かせる。録音会場も、見事な残響で有名なキルヒハイム城糸杉の間(黄金の間)らしく、どこまでも美しく伸びてゆく響きが綺麗。
消えてゆく瞬間の、響きが小さくなるかすかな音色が実に美しいのだ。
演奏は、少しアンサンブルが緩いのかなと思わせるところもあるのだが、いたって健全。だいたいヘンデルの音楽は健康的なのが特徴で、だからこそ心地よいのだが、コレギウム・アウレウム合奏団の演奏は、その明るい健康性が実によく出た演奏。
テンポも中庸、アーティキュレーションも自然で、フレージングもゆったりと大らか。
ヴァイオリンの音色が、やや細めでよく伸びてゆく。
管楽器は闊達で流麗。巧いもんだなぁと思う。
最も良いのは、やはり第6番だろう。有名な第3楽章ミュゼットの穏やかさ、静謐さは心落ち着かせてくれるし、急速な部分での軽やかさはまた録音の良さもあって絶品。
こういう演奏を聴くと、ああ、やはりヘンデルの代表作なんだなぁと思う。
ハードウェア・リセットして、再起動するのだが・・・そのままうまく起動して動き続けることもあれば、「ピポッ」という音さえ発せず、何度も起動を試みる(電源投入を繰り返す)ことも多い。
BIOS画面が立ち上がることも多い。
ショップ系のBTOパソコンなのだが・・・・・・OS(WinXP)の異常ではなく、マザーボードあたりがおかしいのではないかと疑っているのだが、よく分からない。
ボクには手が余る問題・・・・。どこを治せばいいんでしょう・・・・・?(^^ゞ。
というわけで、今日の更新は夜になりました。
恐る恐る入力してます。いつ止まってしまうのか不安であります。いやはや。
で、今日の音楽はヘンデルの合奏協奏曲集作品6。
演奏はコレギウム・アウレウム合奏団。1975年5月、キルヒハイム城糸杉の間。原盤はドイツ・ハルモニア・ムンディ。
ボクがクラシックを聴き始めた頃、国内ではテイチクから廉価盤として発売されていた。
ヘンデルといえば、ボクにとっては「水上の音楽」の作曲家であって、沢山ある声楽作品はメサイア以外は聴いたことがない(^^ゞ。器楽の作品も、実はあまり知らない。「王宮の花火の音楽」といくつかの協奏曲くらい。
そのうち、この合奏協奏曲集作品6はよく聴く。明るくおおらかで、柔らかく爽快なヘンデルらしい名作だと思う。
アーノンクールやリヒター、ピノックなどの演奏も良いが、今日は特におおらかで屈託ない古楽器演奏のコレギウム・アウレウム合奏団で。
このLPは3枚組の1枚。収録曲は、第1番ト長調、第6番ト短調、第5番ニ長調、そして第4番イ短調の4曲。
コレギウム・アウレウム合奏団は22人程度の団体なのに、響きが薄手になることなく、柔らかくしなやかな素晴らしい音を聴かせる。録音会場も、見事な残響で有名なキルヒハイム城糸杉の間(黄金の間)らしく、どこまでも美しく伸びてゆく響きが綺麗。
消えてゆく瞬間の、響きが小さくなるかすかな音色が実に美しいのだ。
演奏は、少しアンサンブルが緩いのかなと思わせるところもあるのだが、いたって健全。だいたいヘンデルの音楽は健康的なのが特徴で、だからこそ心地よいのだが、コレギウム・アウレウム合奏団の演奏は、その明るい健康性が実によく出た演奏。
テンポも中庸、アーティキュレーションも自然で、フレージングもゆったりと大らか。
ヴァイオリンの音色が、やや細めでよく伸びてゆく。
管楽器は闊達で流麗。巧いもんだなぁと思う。
最も良いのは、やはり第6番だろう。有名な第3楽章ミュゼットの穏やかさ、静謐さは心落ち着かせてくれるし、急速な部分での軽やかさはまた録音の良さもあって絶品。
こういう演奏を聴くと、ああ、やはりヘンデルの代表作なんだなぁと思う。
2005/09/11のBlog
[ 05:28 ]
[ 管弦楽曲 ]
かかとの痛みは慢性化しつつあります。
アキレス腱の付け根の部分が痛いので、朝のジョギングは2日に1度にしました。
年齢を考えて、まぁ無理をしないのが大事なことだろうと思います。
1㎞6分というのんびりペース。30分で5㎞。
なかなか「風」にはなれませんが、秋を迎えた田園風景の中を走るのは気持ちいいもんです。早場米の収穫を終えた田んぼもあれば、ようやく稲穂が垂れ始めた田んぼもあり、のどかなものです。草むらではコオロギの大合唱。気温も少しずつ下がって、爽快な汗をかけます。
そのあとのシャワーがホンマに気持ち良く、朝飯がまた美味い。これを幸福と言わず何という・・・・・。
さて、今日聴きたくなったのはドヴォルザークの弦楽セレナードホ長調作品22。
田舎の初秋の風景にピッタリの音楽じゃないかなと、走りながら考えていた(。
演奏はコリン・デイヴィス指揮バイエルン放送響のフィリップス盤。
1987年1月、ミュンヘンのヘラクレス・ザールでの録音。
第1楽章モデラート。憧れを込めた旋律が、ゆったりと響く。しなやかで優美な旋律が、耳に心地よい。バイエルン放送響の技術がモノをいって、素晴らしいアンサンブル。よく歌い、良く弾む。録音も良く、響きは豊麗でシンフォニック。デイヴィスの指揮は正統的で格調高い。演出の臭みがないのは、いつものデイヴィスだ。
第2楽章はワルツ。哀愁漂う、メランコリックなワルツ。この旋律など、稀代のメロディ・メーカーだったドヴォルザークの面目躍如だと思う。もの悲しく、田園風でもあり、遙か遠いもの・気高いものに憧れる心情が吐露されているように思えるのは、ちょいと入れ込みすぎかな(^^ゞ。
デイヴィスの採るテンポは中庸。ただ、時々揺らしつつ、デイヴィスには珍しく表情をつけてゆく。中間部の穏やかな楽想は全く美しい。
第3楽章ヴィヴァーチェは、快活なスケルツォ。バイエルン放送響の弦楽セクションの巧さが引き立つ。アンサンブルは完璧だし、輝かしい音色で爽快な演奏だ。しかも、推進力に満ちているので、こちらも心が晴れ晴れとしてくる。楽章後半でチェロやコントラバスが活躍して、重厚な迫力を醸し出す。
第4楽章ラルゲット、ここでもドヴォルザークの憧憬が聴ける。ゆっくりとたっぷりと想いを歌い上げる楽章。チェロの歌にヴァイオリンが重なって、フーガ風に響くところなど絶品。デイヴィスの指揮はここでも正攻法、男性的なたくましささえ漂う。同時に、男の哀しみのような感情も伝わってくる。このあたりが、この演奏の白眉だと思う。
終楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。バイエルン放送響はますます好調。明るく活気溢れる弦楽アンサンブルが前へ前へ走ってゆく。音色は輝かしく、音楽は奔流のように部屋中に満ちて、非常に心地よい。内声部を支えるヴィオラの動きも細やかで渋い。
窓から秋風が入ってくる頃、ドヴォルザークのメロディはホンマに気持ち良い。
アキレス腱の付け根の部分が痛いので、朝のジョギングは2日に1度にしました。
年齢を考えて、まぁ無理をしないのが大事なことだろうと思います。
1㎞6分というのんびりペース。30分で5㎞。
なかなか「風」にはなれませんが、秋を迎えた田園風景の中を走るのは気持ちいいもんです。早場米の収穫を終えた田んぼもあれば、ようやく稲穂が垂れ始めた田んぼもあり、のどかなものです。草むらではコオロギの大合唱。気温も少しずつ下がって、爽快な汗をかけます。
そのあとのシャワーがホンマに気持ち良く、朝飯がまた美味い。これを幸福と言わず何という・・・・・。
さて、今日聴きたくなったのはドヴォルザークの弦楽セレナードホ長調作品22。
田舎の初秋の風景にピッタリの音楽じゃないかなと、走りながら考えていた(。
演奏はコリン・デイヴィス指揮バイエルン放送響のフィリップス盤。
1987年1月、ミュンヘンのヘラクレス・ザールでの録音。
第1楽章モデラート。憧れを込めた旋律が、ゆったりと響く。しなやかで優美な旋律が、耳に心地よい。バイエルン放送響の技術がモノをいって、素晴らしいアンサンブル。よく歌い、良く弾む。録音も良く、響きは豊麗でシンフォニック。デイヴィスの指揮は正統的で格調高い。演出の臭みがないのは、いつものデイヴィスだ。
第2楽章はワルツ。哀愁漂う、メランコリックなワルツ。この旋律など、稀代のメロディ・メーカーだったドヴォルザークの面目躍如だと思う。もの悲しく、田園風でもあり、遙か遠いもの・気高いものに憧れる心情が吐露されているように思えるのは、ちょいと入れ込みすぎかな(^^ゞ。
デイヴィスの採るテンポは中庸。ただ、時々揺らしつつ、デイヴィスには珍しく表情をつけてゆく。中間部の穏やかな楽想は全く美しい。
第3楽章ヴィヴァーチェは、快活なスケルツォ。バイエルン放送響の弦楽セクションの巧さが引き立つ。アンサンブルは完璧だし、輝かしい音色で爽快な演奏だ。しかも、推進力に満ちているので、こちらも心が晴れ晴れとしてくる。楽章後半でチェロやコントラバスが活躍して、重厚な迫力を醸し出す。
第4楽章ラルゲット、ここでもドヴォルザークの憧憬が聴ける。ゆっくりとたっぷりと想いを歌い上げる楽章。チェロの歌にヴァイオリンが重なって、フーガ風に響くところなど絶品。デイヴィスの指揮はここでも正攻法、男性的なたくましささえ漂う。同時に、男の哀しみのような感情も伝わってくる。このあたりが、この演奏の白眉だと思う。
終楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。バイエルン放送響はますます好調。明るく活気溢れる弦楽アンサンブルが前へ前へ走ってゆく。音色は輝かしく、音楽は奔流のように部屋中に満ちて、非常に心地よい。内声部を支えるヴィオラの動きも細やかで渋い。
窓から秋風が入ってくる頃、ドヴォルザークのメロディはホンマに気持ち良い。
2005/09/10のBlog
[ 07:24 ]
[ 協奏曲 ]
レコード・プレーヤーの修理が完了してからは、アナログ・レコードばかり聴いている。
カートリッジ廻りが原因だったので、手持ちのものを調べながら、それぞれの音色の違いを楽しんで・・・。
今日のカートリッジはAudio-technicaのAT33E。MC型の傑作、20年物(古いなぁ・・・・(^^ゞ・・・)。
明るく繊細な音色に特徴があり、時にはキラキラと輝かしい音を、時には鮮烈に切れ込んでくる音を聴かせてくれるので、愛用してきた。
さぁ、何を聴こうかなとレコード棚を眺めていたら目に付いたのが今日の1枚。
ミカラ・ペトリのバロック・リコーダー協奏曲集。
リコーダーの音は、明るく爽やかで、響きが自然で、特に消えてゆくときの余韻が素晴らしい。それを楽しもうと思ったわけだ。
というのは、もっともらしい理由で、実はこのレコード、20年前に秋葉原の石丸電気で「ジャケット買い」した1枚・・・・(^^ゞ。
ジャケットを見ながら綺麗な女性だなあと、手に取ると、マルチェルロのオーボエ協奏曲をリコーダーで演奏しているのが分かった。こんな美しい女性が吹くなら、さぞや音色も美しいのではないかと、アホな短絡思考ではあるが、結果的には正解。見事な演奏であり、素晴らしい録音だった。
この当時、フィリップスのデジタル録音は絶好調。自然で美しい余韻を持つ、当時「ヨーロッパ・トーン」と賞賛された録音。ホールの響き、オケの立体感・奥行き感、個々の楽器の響きをトータルに捉えた名録音。
ジャケットのエンジとシルバーのラインが、当時のボクには良い録音の印のように思えたものだ。
さて、このペトリのリコーダー協奏曲集。
伴奏はケネス・シリート指揮アカデミー室内管。チェンバロはアラン・カクストン。
1984年6月、ロンドンのヘンリー・ウッド・ホールでの録音。輸入盤で石丸価格1680円。
収録曲は全部で4曲。
1 マルチェルロ:リコーダー協奏曲ニ短調(原曲はオーボエ協奏曲)
2 ヴィヴァルディ:リコーダー協奏曲ハ長調RV444
3 テレマン:リコーダー協奏曲ヘ長調
4 ノード:リコーダー協奏曲ト長調Op17-5
ペトリのリコーダーの明るく弾むような音色が全く綺麗。技巧も完璧。
緩徐楽章の、低音部でのやや太い響きから、急速楽章では明るく、天井に突き抜けるような爽快な響きまで、音色や響き方の変化を味わうのは全く楽しい。ホンマにニュアンスに富んでいる。
マルチェルロの原曲はオーボエ協奏曲にもかかわらず、リコーダーで吹いて全然違和感がないのは、ペトリの音楽性だろう。第2楽章のあの有名な旋律、リコーダーの軽やかな響きがかえって哀愁を誘い、雰囲気に満ちている。
B面の2曲はあまり知らない曲なのだが、緩・急の楽章をそれぞれ変化をつけて描いているので、親しみやすい。ノードという作曲家はよく知らないが。綺麗な旋律で、気持ち良く聴けた。
調べてみると、リコーダーの技巧は実は奥深く、道遠いとのこと。
小中学校の時に習っている楽器であるし(ボクももちろん持っていたし、実は音楽の時間ではクラスで一番得意だった・・・今は昔^^;)、「簡単に吹くことが出来る」のは間違いないだろう。もちろん、音が鳴るだけなのだが。
フルートやオーボエ、クラリネットなどの木管は、こうはいかない。音を出すのに四苦八苦だ。
リコーダーなら口にくわえて息を吹き込めば、普通に鳴る。音が出る。
しかし、リコーダーであっても技術的に完成され、カッチリとした演奏をする為には、他の楽器と同様に練習と熟達が必要。
「入り口は広く易しく、しかし奥は深い」のが、リコーダーの習得らしい。
それにしても、LPの音の柔らかさ穏やかさ。
しばらく、レトロを楽しんで行こうと思います。
カートリッジ廻りが原因だったので、手持ちのものを調べながら、それぞれの音色の違いを楽しんで・・・。
今日のカートリッジはAudio-technicaのAT33E。MC型の傑作、20年物(古いなぁ・・・・(^^ゞ・・・)。
明るく繊細な音色に特徴があり、時にはキラキラと輝かしい音を、時には鮮烈に切れ込んでくる音を聴かせてくれるので、愛用してきた。
さぁ、何を聴こうかなとレコード棚を眺めていたら目に付いたのが今日の1枚。
ミカラ・ペトリのバロック・リコーダー協奏曲集。
リコーダーの音は、明るく爽やかで、響きが自然で、特に消えてゆくときの余韻が素晴らしい。それを楽しもうと思ったわけだ。
というのは、もっともらしい理由で、実はこのレコード、20年前に秋葉原の石丸電気で「ジャケット買い」した1枚・・・・(^^ゞ。
ジャケットを見ながら綺麗な女性だなあと、手に取ると、マルチェルロのオーボエ協奏曲をリコーダーで演奏しているのが分かった。こんな美しい女性が吹くなら、さぞや音色も美しいのではないかと、アホな短絡思考ではあるが、結果的には正解。見事な演奏であり、素晴らしい録音だった。
この当時、フィリップスのデジタル録音は絶好調。自然で美しい余韻を持つ、当時「ヨーロッパ・トーン」と賞賛された録音。ホールの響き、オケの立体感・奥行き感、個々の楽器の響きをトータルに捉えた名録音。
ジャケットのエンジとシルバーのラインが、当時のボクには良い録音の印のように思えたものだ。
さて、このペトリのリコーダー協奏曲集。
伴奏はケネス・シリート指揮アカデミー室内管。チェンバロはアラン・カクストン。
1984年6月、ロンドンのヘンリー・ウッド・ホールでの録音。輸入盤で石丸価格1680円。
収録曲は全部で4曲。
1 マルチェルロ:リコーダー協奏曲ニ短調(原曲はオーボエ協奏曲)
2 ヴィヴァルディ:リコーダー協奏曲ハ長調RV444
3 テレマン:リコーダー協奏曲ヘ長調
4 ノード:リコーダー協奏曲ト長調Op17-5
ペトリのリコーダーの明るく弾むような音色が全く綺麗。技巧も完璧。
緩徐楽章の、低音部でのやや太い響きから、急速楽章では明るく、天井に突き抜けるような爽快な響きまで、音色や響き方の変化を味わうのは全く楽しい。ホンマにニュアンスに富んでいる。
マルチェルロの原曲はオーボエ協奏曲にもかかわらず、リコーダーで吹いて全然違和感がないのは、ペトリの音楽性だろう。第2楽章のあの有名な旋律、リコーダーの軽やかな響きがかえって哀愁を誘い、雰囲気に満ちている。
B面の2曲はあまり知らない曲なのだが、緩・急の楽章をそれぞれ変化をつけて描いているので、親しみやすい。ノードという作曲家はよく知らないが。綺麗な旋律で、気持ち良く聴けた。
調べてみると、リコーダーの技巧は実は奥深く、道遠いとのこと。
小中学校の時に習っている楽器であるし(ボクももちろん持っていたし、実は音楽の時間ではクラスで一番得意だった・・・今は昔^^;)、「簡単に吹くことが出来る」のは間違いないだろう。もちろん、音が鳴るだけなのだが。
フルートやオーボエ、クラリネットなどの木管は、こうはいかない。音を出すのに四苦八苦だ。
リコーダーなら口にくわえて息を吹き込めば、普通に鳴る。音が出る。
しかし、リコーダーであっても技術的に完成され、カッチリとした演奏をする為には、他の楽器と同様に練習と熟達が必要。
「入り口は広く易しく、しかし奥は深い」のが、リコーダーの習得らしい。
それにしても、LPの音の柔らかさ穏やかさ。
しばらく、レトロを楽しんで行こうと思います。
2005/09/09のBlog
[ 05:38 ]
[ 交響曲 ]
毎日のようにアダルト系のトラックバックをつけられて困惑しております。
更新して1時間ほどに、2本ずつ・・・・・(^^ゞ。困ったもんです。
今日はどうなることやら・・・・・・・・。
レコード・プレーヤーの修理が完了。カートリッジ廻りの接触不良とのことで、大事に至らずに済んで良かった・・・・。
早速、アナログ・レコードをならすことに・・・・・・・今日は愛聴してきた1枚。
「秋はブラームス」ということで、交響曲第1番ハ短調を。
カール・ベームとウィーン・フィルの来日公演LIVE盤4枚組(DG)からの1枚。
国内のみの限定発売と謳っており、4枚組9200円はきつかったが無理して購った記憶がある。1983年11月の発売だから、もう22年前のことだ。
タスキにこうある。
「今も語り継がれているあの伝説的名演、ついにレコード化!」
確かに名演のオン・パレード。ベートーヴェンもシューベルトもモーツァルトも凄まじい名演。なかんずく、このブラームスがスゴイ!今も、ボクのベスト・ワンである。
ただし、音は貧しい。1975年のNHKホールでの実況(FM放送で生中継したらしい)録音のレコード化だから仕方ないとはいえ、何とかならないかとも思う。
第1楽章の冒頭から、スケール雄大な演奏。音響の貧しいNHKホールにもかかわらず、オケが艶やかによく鳴っているのが分かる。どっしりとした盤石の安定感、王者の風格とも言うべき演奏。テンポは遅い。ゆったりと、堂々としたブラームス。
第2楽章の叙情も素晴らしい。ホルンの深々とした音色は、おそらくローラント・ベルガーだろう。太々として雄大な音が何とも言えない。オーボエもフルートも、味わい深く、しかもよく歌う。特にオーボエの懐かしいような哀しいような響きは、この楽章の白眉だと思う。そして、ラストのヴァイオリン・ソロ。この少し太めの朗々としたソロは、コンサート・マスターの今は亡きゲルハルト・ヘッツェル。ブラ1最高のソロだと思う。
第3楽章でも木管が活躍するのだが、弦のトゥッティが聴きごたえがある。厚みもあるし、鮮やかで爽やかな音色。ウィーン・フィルの弦の素晴らしさ、特に第1・2のヴァイオリンが本当に美しい。実演で聴けたなら、どれほど素晴らしかったことか。
そして終楽章。この盛り上がりが強烈なので、今もブラ1の最高の名演とボクは思う。
序奏部を経て、あの歓喜の旋律が出る直前のホルン!どこまでも音が届くのではないかと思わせるほど、音が大きく太く、しかも朗々と歌うホルン!最高のウィンナホルンと断言してもエエんじゃないか。
歓喜の旋律の、誠実さ・真摯さはいかにもベームらしいし、終曲へ向かって徐々に感興が高まってゆくのがビンビン聴き手に伝わってくるのも嬉しい。
ついに、壮大な結末へ。ものすごい盛り上がり。テンポもグッと落として雄大なスケールをつくり出す。この終曲のところは、この演奏に限る。多くの指揮者を全く寄せつけない「実演のベーム」の面目躍如。ボクにとっては最高の名演だ。
この「ベーム/ウィーン・フィル NHKライヴ"75 」。ベートーヴェンの交響曲第7番やモーツァルトのジュピター、シューベルトは未完成にグレートなど、多くの名演を収めております。曲が終わるやいなや、感動した観客のブラボーと拍手の嵐。いかに、当時、ベームが愛されていたかが分かります。
更新して1時間ほどに、2本ずつ・・・・・(^^ゞ。困ったもんです。
今日はどうなることやら・・・・・・・・。
レコード・プレーヤーの修理が完了。カートリッジ廻りの接触不良とのことで、大事に至らずに済んで良かった・・・・。
早速、アナログ・レコードをならすことに・・・・・・・今日は愛聴してきた1枚。
「秋はブラームス」ということで、交響曲第1番ハ短調を。
カール・ベームとウィーン・フィルの来日公演LIVE盤4枚組(DG)からの1枚。
国内のみの限定発売と謳っており、4枚組9200円はきつかったが無理して購った記憶がある。1983年11月の発売だから、もう22年前のことだ。
タスキにこうある。
「今も語り継がれているあの伝説的名演、ついにレコード化!」
確かに名演のオン・パレード。ベートーヴェンもシューベルトもモーツァルトも凄まじい名演。なかんずく、このブラームスがスゴイ!今も、ボクのベスト・ワンである。
ただし、音は貧しい。1975年のNHKホールでの実況(FM放送で生中継したらしい)録音のレコード化だから仕方ないとはいえ、何とかならないかとも思う。
第1楽章の冒頭から、スケール雄大な演奏。音響の貧しいNHKホールにもかかわらず、オケが艶やかによく鳴っているのが分かる。どっしりとした盤石の安定感、王者の風格とも言うべき演奏。テンポは遅い。ゆったりと、堂々としたブラームス。
第2楽章の叙情も素晴らしい。ホルンの深々とした音色は、おそらくローラント・ベルガーだろう。太々として雄大な音が何とも言えない。オーボエもフルートも、味わい深く、しかもよく歌う。特にオーボエの懐かしいような哀しいような響きは、この楽章の白眉だと思う。そして、ラストのヴァイオリン・ソロ。この少し太めの朗々としたソロは、コンサート・マスターの今は亡きゲルハルト・ヘッツェル。ブラ1最高のソロだと思う。
第3楽章でも木管が活躍するのだが、弦のトゥッティが聴きごたえがある。厚みもあるし、鮮やかで爽やかな音色。ウィーン・フィルの弦の素晴らしさ、特に第1・2のヴァイオリンが本当に美しい。実演で聴けたなら、どれほど素晴らしかったことか。
そして終楽章。この盛り上がりが強烈なので、今もブラ1の最高の名演とボクは思う。
序奏部を経て、あの歓喜の旋律が出る直前のホルン!どこまでも音が届くのではないかと思わせるほど、音が大きく太く、しかも朗々と歌うホルン!最高のウィンナホルンと断言してもエエんじゃないか。
歓喜の旋律の、誠実さ・真摯さはいかにもベームらしいし、終曲へ向かって徐々に感興が高まってゆくのがビンビン聴き手に伝わってくるのも嬉しい。
ついに、壮大な結末へ。ものすごい盛り上がり。テンポもグッと落として雄大なスケールをつくり出す。この終曲のところは、この演奏に限る。多くの指揮者を全く寄せつけない「実演のベーム」の面目躍如。ボクにとっては最高の名演だ。
この「ベーム/ウィーン・フィル NHKライヴ"75 」。ベートーヴェンの交響曲第7番やモーツァルトのジュピター、シューベルトは未完成にグレートなど、多くの名演を収めております。曲が終わるやいなや、感動した観客のブラボーと拍手の嵐。いかに、当時、ベームが愛されていたかが分かります。
2005/09/08のBlog
[ 04:28 ]
[ 交響曲 ]
台風が去りました。
大雨でいくつかの河川が増水しております。
小さな川が決壊して、少々水が出た地域もあり、被害ゼロというわけではなかったようです。
台風一過、昼から快晴。黄昏時、西にかかる三日月の美しさは格別。
秋になりました。だいぶ涼しくなりました。
いよいよクラシック音楽の季節であります。
秋になると聴きたい曲があります。
以前に取り上げたボロディンの弦楽四重奏曲第2番などはその最たるもの。秋の夜にふさわしい哀愁のノクターンがたまらない。
モーツァルトだとピアノ協奏曲イ長調K488の第2楽章。これも秋の物思い。これは葉が色づいてくる頃に聴きたい。
そして、ブラームス!
ブラームスはどの曲でもイイ。秋から冬、せいぜい春の初めまでの作曲家だ。
涼しくなって、やがて寒くなって、春まだ浅い頃の暖かさまで・・・・・・がブラームスの季節だと思っている。
何とまあ日本人的な聴き方なんだろうが、クラシック音楽に親しみ始めた頃から、この印象は変わらない。
で、今日はブラームスの交響曲第3番ヘ長調作品90。ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏。ああ、もう40年も前になってしまった、1964年10月の録音。CBSソニーが出している全集盤からの1枚。
ブラームスの3番シンフォニー、4つの交響曲の中では、最も早くに親しんだ曲だった。第3楽章のポコ・アレグレットが、映画音楽に使われていたこともあって、BGMとして聴いたことがあったし、なによりその旋律が哀愁きわまりない美しさ。クラシックを聴き始めた頃、アルビノーニのアダージョやマルチェルロのオーボエ協奏曲などとともに、とりこになった音楽の一つだった。
第1楽章はアレグロ・コン・ブリオ。勇壮な開始。しかし、ブラームスは、ベートーヴェンのように肩をいからせたりしない。どこかに慎ましさを残し、後ろを振り返るのがブラームス流。このあたりの、一種のためらいがこの楽章の良さだろうと思う。
セル/クリーヴランド管は、もう上手いなんてものじゃなく、ボクら素人でもヴァイオリン群の音が細く感じられるほど「綺麗に揃っている」のが分かる凄さ。
金管も木管も余裕綽々で吹いているのだが、それを感じさせないのが、かえって凄みを漂わせている・・・。
第2楽章、アンダンテ。この楽章も、「アダージョ・カラヤン」などに採られている曲で、非常に美しい。
カラヤンが振るとムード音楽的・化粧の濃い酒場の女性風になるのだが、セルの棒だと、気品が漂うというか、澄まし顔というか、ある意味飾り気がないというか、そんな感じ。でも、ブラームスが書いたのは、本当はこういう音楽なんだという説得力がある。
お待ちかねの第3楽章、ここでもセルは、妙な演出をせずに、ただひたすらブラームスの抒情を音にしてゆく。テンポは中庸。弦楽も管楽器も美しい。クラリネットもオーボエもホルンもフルートも、哀愁を込めてよく歌う。ただ、セルの指揮だとその哀しさに気品あり。愁嘆場にならないのが良い。ホルンの響きが絶品。
終楽章はダイナミクスが広く、ピアニシモの繊細さからフォルティシモの爆発まで、メリハリのついた指揮。オケは終結に向かって一糸乱れず突き進んでゆく。爽快な終楽章になっている。
セル/クリーヴランド管の鉄壁のアンサンブルを実感できる1枚。
このアンサンブルの素晴らしさは、以前によく「ヴァイオリンがコンマスの1本に聞こえる」とまで称された。(と、こんな表現だったかな?)。
録音はさすがに40年前のもの、ちょいと苦しくなってきたかな。
ただ、セルのベートーヴェン全集よりよい音がします、我が家のシステムでは。
大雨でいくつかの河川が増水しております。
小さな川が決壊して、少々水が出た地域もあり、被害ゼロというわけではなかったようです。
台風一過、昼から快晴。黄昏時、西にかかる三日月の美しさは格別。
秋になりました。だいぶ涼しくなりました。
いよいよクラシック音楽の季節であります。
秋になると聴きたい曲があります。
以前に取り上げたボロディンの弦楽四重奏曲第2番などはその最たるもの。秋の夜にふさわしい哀愁のノクターンがたまらない。
モーツァルトだとピアノ協奏曲イ長調K488の第2楽章。これも秋の物思い。これは葉が色づいてくる頃に聴きたい。
そして、ブラームス!
ブラームスはどの曲でもイイ。秋から冬、せいぜい春の初めまでの作曲家だ。
涼しくなって、やがて寒くなって、春まだ浅い頃の暖かさまで・・・・・・がブラームスの季節だと思っている。
何とまあ日本人的な聴き方なんだろうが、クラシック音楽に親しみ始めた頃から、この印象は変わらない。
で、今日はブラームスの交響曲第3番ヘ長調作品90。ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏。ああ、もう40年も前になってしまった、1964年10月の録音。CBSソニーが出している全集盤からの1枚。
ブラームスの3番シンフォニー、4つの交響曲の中では、最も早くに親しんだ曲だった。第3楽章のポコ・アレグレットが、映画音楽に使われていたこともあって、BGMとして聴いたことがあったし、なによりその旋律が哀愁きわまりない美しさ。クラシックを聴き始めた頃、アルビノーニのアダージョやマルチェルロのオーボエ協奏曲などとともに、とりこになった音楽の一つだった。
第1楽章はアレグロ・コン・ブリオ。勇壮な開始。しかし、ブラームスは、ベートーヴェンのように肩をいからせたりしない。どこかに慎ましさを残し、後ろを振り返るのがブラームス流。このあたりの、一種のためらいがこの楽章の良さだろうと思う。
セル/クリーヴランド管は、もう上手いなんてものじゃなく、ボクら素人でもヴァイオリン群の音が細く感じられるほど「綺麗に揃っている」のが分かる凄さ。
金管も木管も余裕綽々で吹いているのだが、それを感じさせないのが、かえって凄みを漂わせている・・・。
第2楽章、アンダンテ。この楽章も、「アダージョ・カラヤン」などに採られている曲で、非常に美しい。
カラヤンが振るとムード音楽的・化粧の濃い酒場の女性風になるのだが、セルの棒だと、気品が漂うというか、澄まし顔というか、ある意味飾り気がないというか、そんな感じ。でも、ブラームスが書いたのは、本当はこういう音楽なんだという説得力がある。
お待ちかねの第3楽章、ここでもセルは、妙な演出をせずに、ただひたすらブラームスの抒情を音にしてゆく。テンポは中庸。弦楽も管楽器も美しい。クラリネットもオーボエもホルンもフルートも、哀愁を込めてよく歌う。ただ、セルの指揮だとその哀しさに気品あり。愁嘆場にならないのが良い。ホルンの響きが絶品。
終楽章はダイナミクスが広く、ピアニシモの繊細さからフォルティシモの爆発まで、メリハリのついた指揮。オケは終結に向かって一糸乱れず突き進んでゆく。爽快な終楽章になっている。
セル/クリーヴランド管の鉄壁のアンサンブルを実感できる1枚。
このアンサンブルの素晴らしさは、以前によく「ヴァイオリンがコンマスの1本に聞こえる」とまで称された。(と、こんな表現だったかな?)。
録音はさすがに40年前のもの、ちょいと苦しくなってきたかな。
ただ、セルのベートーヴェン全集よりよい音がします、我が家のシステムでは。
2005/09/07のBlog
[ 05:46 ]
[ 協奏曲 ]
台風通過中。風雨激しいので、久しぶりに自室の雨戸を閉めた。
九州では大きな被害が出ている模様。
住宅浸水は、昨年、当地が何度も痛い目に遭っているので、ホンマ同情する。
伊予路東部地方は、その大水害の教訓があり、早くから準備が(心の準備も)出来ていた。雨も昨年ほど降っていないので、特に被害はなさそう。
さて、閉め切った部屋で聴くは、モーツァルト最後のピアノ協奏曲、第27番変ロ長調K595。
ルドルフ・ゼルキンのピアノ、伴奏はアバド指揮ロンドン響。
1983年3月、ロンドンのキングスウェイ・ホールでの録音。ゼルキン晩年の演奏。
ジャケットのゼルキンの表情が何ともいえず良い。
この録音当時、ゼルキンは80歳。ビルトゥオーゾが歳をとって、幸福な老年を迎えている表情。
自分も老人になったら、こんな顔で日々を過ごしたいと思う。エエ顔で老境を迎えたいものだ。
第1楽章、ゼルキンとアバドの採るテンポは、やや遅め。ゆったりと余裕のある管弦楽が、静かに歌い始める。モーツァルトの、もう現世には欲望がなくなったかのようなシンプルで静謐な音楽。ロンドン響の音が優しく漂うように美しい。これはアバドの指揮の賜物だろう。
長調の爽やかさを保ちつつも時に哀しげに響く。モーツァルトの真髄がこの協奏曲の開始、管弦楽の響きにあるんじゃないかと、聴くたびに思う。
さて、ゼルキンのピアノが登場。音がとても美しい。大げさでなく、そんなに色彩的な派手さはないのだが、耳に心地よく響く美しさ。ほのかに温かく、繊細なニュアンスに富んだ音色。
録音のせいだろうか、管弦楽はスッキリとした音に録られているのだが、ピアノにはややエコーがかかる感じ。マイクを少し離してセッティングしたのかもしれない。ただ、このピアノの響きが何とも綺麗。ゼルキンが時に施す品の良い装飾音が、たいそう綺麗に響くのだ。一瞬、キラッと閃くような装飾音なのだが、全く印象的。
第2楽章のラルゲット。磨き抜かれた美しいピアノは、ここでも変わらない。ゼルキンはこの緩徐楽章の一音一音を慈しむように弾いてゆく。誠実で上品なピアノ。派手さはないし、色づけもないのだが、慎ましい穏やかな重いが伝わってくる演奏。アバド/ロンドン響の伴奏もよく歌って美しく、ゼルキンをしっかりサポートしてゆく。こういう合わせ方、いつ聴いてもアバドは上手い。
終楽章は、永遠に続くようなロンド。急がず慌てず、ゼルキンのピアノは着実な足取り。時に歌い、時に沈潜し、ピアノは様々な表情を見せる。
モーツァルト最後のピアノ協奏曲だという思い入れでこちらが聴いているせいかもしれないが、白鳥が飛び立つ姿を連想させるロンド。
後ろ髪を引かれながら、しかし、時は過ぎてゆく。美しいものは壊れてしまう。去る者は逝ってしまう。
ゼルキンのピアノから、そんな感情が伝わるのは、思いこみが少し激しいかな・・・・・。でも、それほど、ゼルキンのピアノは美しい。
この演奏、名人が晩年に到達した境地を示す名演だと思います。そして、名人自身が白鳥となってゆく・・・・そんな演奏でありました。
九州では大きな被害が出ている模様。
住宅浸水は、昨年、当地が何度も痛い目に遭っているので、ホンマ同情する。
伊予路東部地方は、その大水害の教訓があり、早くから準備が(心の準備も)出来ていた。雨も昨年ほど降っていないので、特に被害はなさそう。
さて、閉め切った部屋で聴くは、モーツァルト最後のピアノ協奏曲、第27番変ロ長調K595。
ルドルフ・ゼルキンのピアノ、伴奏はアバド指揮ロンドン響。
1983年3月、ロンドンのキングスウェイ・ホールでの録音。ゼルキン晩年の演奏。
ジャケットのゼルキンの表情が何ともいえず良い。
この録音当時、ゼルキンは80歳。ビルトゥオーゾが歳をとって、幸福な老年を迎えている表情。
自分も老人になったら、こんな顔で日々を過ごしたいと思う。エエ顔で老境を迎えたいものだ。
第1楽章、ゼルキンとアバドの採るテンポは、やや遅め。ゆったりと余裕のある管弦楽が、静かに歌い始める。モーツァルトの、もう現世には欲望がなくなったかのようなシンプルで静謐な音楽。ロンドン響の音が優しく漂うように美しい。これはアバドの指揮の賜物だろう。
長調の爽やかさを保ちつつも時に哀しげに響く。モーツァルトの真髄がこの協奏曲の開始、管弦楽の響きにあるんじゃないかと、聴くたびに思う。
さて、ゼルキンのピアノが登場。音がとても美しい。大げさでなく、そんなに色彩的な派手さはないのだが、耳に心地よく響く美しさ。ほのかに温かく、繊細なニュアンスに富んだ音色。
録音のせいだろうか、管弦楽はスッキリとした音に録られているのだが、ピアノにはややエコーがかかる感じ。マイクを少し離してセッティングしたのかもしれない。ただ、このピアノの響きが何とも綺麗。ゼルキンが時に施す品の良い装飾音が、たいそう綺麗に響くのだ。一瞬、キラッと閃くような装飾音なのだが、全く印象的。
第2楽章のラルゲット。磨き抜かれた美しいピアノは、ここでも変わらない。ゼルキンはこの緩徐楽章の一音一音を慈しむように弾いてゆく。誠実で上品なピアノ。派手さはないし、色づけもないのだが、慎ましい穏やかな重いが伝わってくる演奏。アバド/ロンドン響の伴奏もよく歌って美しく、ゼルキンをしっかりサポートしてゆく。こういう合わせ方、いつ聴いてもアバドは上手い。
終楽章は、永遠に続くようなロンド。急がず慌てず、ゼルキンのピアノは着実な足取り。時に歌い、時に沈潜し、ピアノは様々な表情を見せる。
モーツァルト最後のピアノ協奏曲だという思い入れでこちらが聴いているせいかもしれないが、白鳥が飛び立つ姿を連想させるロンド。
後ろ髪を引かれながら、しかし、時は過ぎてゆく。美しいものは壊れてしまう。去る者は逝ってしまう。
ゼルキンのピアノから、そんな感情が伝わるのは、思いこみが少し激しいかな・・・・・。でも、それほど、ゼルキンのピアノは美しい。
この演奏、名人が晩年に到達した境地を示す名演だと思います。そして、名人自身が白鳥となってゆく・・・・そんな演奏でありました。
2005/09/06のBlog
[ 02:58 ]
[ 交響曲 ]
大学の後輩達が、遂に宿願の全国制覇!
朗報でありました。
雨中の激闘を制しての、優勝まですべて完勝だったとのこと。
ようやった。ホンマに頑張ったなぁ。嬉しいなぁ。わが恩師・大監督の笑顔が目に浮かぶ・・・・・。
大型台風が接近中であります。昨年の水害を思うと、恐ろしくなります。我が家は被害を受けなかったのですが、当地はホンマに大変でありました。雨戸を全部閉めて、備えております。
さて、そういうもろもろのことに関係なく・・・(^^ゞ、今日はドヴォルザークの交響曲第8番ト長調。
オトマール・スウィトナー指揮シュターツカペレ・ベルリンの演奏。1977年7月の録音。ドイツ・シャルプラッテンから出ていた廉価盤CD(1000円盤のはしりだった)。
第1楽章、序奏部の、深々としたチェロの音が素晴らしく、期待を持たせる開始。と思ったら、一気に加速、急激なテンポ。速い。この曲、こんなに速かったかなと記憶をたぐったが、思い出せない。演奏時間をいちいち確認したわけではないが、手持ちのドヴォ8ではおそらく最速。コーダの部分など、煽りに煽ってゆく激烈なテンポ。スウィトナーといえば、正統的で格調高い指揮者だと思っていたが(モーツァルトは速かったが、ベートーヴェンやシューベルトなど中庸のテンポで落ち着きもり非常に良かった)、この第1楽章はグイグイ進んでゆく。そうか、これ、アレグロ・コン・ブリオだった。
第2楽章は一転、ゆっくりと運んでゆく。アダージョだから当然か(^^ゞ。弦楽の音色が甘く穏やかで心地よい。ヴァイオリンはやや細めに聴こえる。金管群も活躍、ホルンのソロなど大変上手いし、音色も甘く落ち着いていてイイ。録音の加減もあるのだろうか、決して鮮烈であるとか、派手であるとか、そんなオーケストラの音ではないのだが、馥郁とした香りが漂ってくる演奏。
第3楽章。この楽章は、ドヴォルザークの個性丸出し。前の2つの楽章が、ブラームス的なつくりを感じさせるのだが、この楽章からドヴォルザークの無類のメロディ・メーカーぶりが発揮される。しなやかなヴァイオリンに、懐かしい響きを醸し出すチェロがとても良い。木管や金管の音もよく融けあって、この民謡風舞曲風の楽章を美しく彩ってゆく。スウィトナーの指揮はリズムがよく弾んで心地よいし、歌うべきところは、しっかり歌って期待を裏切らない。
終楽章、スウィトナーの指揮ぶりは、遅いところは遅く、速いところは速く、メリハリをはっきりつけてゆくもの。変奏曲の楽章だが、その変奏の特徴をクッキリ描き出そうと、テンポを揺らしてゆく。コーダの部分の劇速なテンポは、第1楽章と同じ。一気呵成に終結に持ってゆく。
ドヴォ8は、チェコののどかな田舎風景をイメージする交響曲だと思っていたのだが、スウィトナーの演奏でイメージ一新。
鮮烈とは云いがたいが、オケ全体がよく融けあった録音で非常に聴きやすい。
朗報でありました。
雨中の激闘を制しての、優勝まですべて完勝だったとのこと。
ようやった。ホンマに頑張ったなぁ。嬉しいなぁ。わが恩師・大監督の笑顔が目に浮かぶ・・・・・。
大型台風が接近中であります。昨年の水害を思うと、恐ろしくなります。我が家は被害を受けなかったのですが、当地はホンマに大変でありました。雨戸を全部閉めて、備えております。
さて、そういうもろもろのことに関係なく・・・(^^ゞ、今日はドヴォルザークの交響曲第8番ト長調。
オトマール・スウィトナー指揮シュターツカペレ・ベルリンの演奏。1977年7月の録音。ドイツ・シャルプラッテンから出ていた廉価盤CD(1000円盤のはしりだった)。
第1楽章、序奏部の、深々としたチェロの音が素晴らしく、期待を持たせる開始。と思ったら、一気に加速、急激なテンポ。速い。この曲、こんなに速かったかなと記憶をたぐったが、思い出せない。演奏時間をいちいち確認したわけではないが、手持ちのドヴォ8ではおそらく最速。コーダの部分など、煽りに煽ってゆく激烈なテンポ。スウィトナーといえば、正統的で格調高い指揮者だと思っていたが(モーツァルトは速かったが、ベートーヴェンやシューベルトなど中庸のテンポで落ち着きもり非常に良かった)、この第1楽章はグイグイ進んでゆく。そうか、これ、アレグロ・コン・ブリオだった。
第2楽章は一転、ゆっくりと運んでゆく。アダージョだから当然か(^^ゞ。弦楽の音色が甘く穏やかで心地よい。ヴァイオリンはやや細めに聴こえる。金管群も活躍、ホルンのソロなど大変上手いし、音色も甘く落ち着いていてイイ。録音の加減もあるのだろうか、決して鮮烈であるとか、派手であるとか、そんなオーケストラの音ではないのだが、馥郁とした香りが漂ってくる演奏。
第3楽章。この楽章は、ドヴォルザークの個性丸出し。前の2つの楽章が、ブラームス的なつくりを感じさせるのだが、この楽章からドヴォルザークの無類のメロディ・メーカーぶりが発揮される。しなやかなヴァイオリンに、懐かしい響きを醸し出すチェロがとても良い。木管や金管の音もよく融けあって、この民謡風舞曲風の楽章を美しく彩ってゆく。スウィトナーの指揮はリズムがよく弾んで心地よいし、歌うべきところは、しっかり歌って期待を裏切らない。
終楽章、スウィトナーの指揮ぶりは、遅いところは遅く、速いところは速く、メリハリをはっきりつけてゆくもの。変奏曲の楽章だが、その変奏の特徴をクッキリ描き出そうと、テンポを揺らしてゆく。コーダの部分の劇速なテンポは、第1楽章と同じ。一気呵成に終結に持ってゆく。
ドヴォ8は、チェコののどかな田舎風景をイメージする交響曲だと思っていたのだが、スウィトナーの演奏でイメージ一新。
鮮烈とは云いがたいが、オケ全体がよく融けあった録音で非常に聴きやすい。
2005/09/05のBlog
[ 05:13 ]
[ 協奏曲 ]
台風接近中で、湿度の高い一日。気温はさほど上がっていないのに蒸し暑かった。
雨は断続的。明日以降の天気が心配ですな。
さて、今日はベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番変ロ長調。
作品19という若書きの協奏曲。
ピアノはウラディーミル・アシュケナージ、伴奏はズービン・メータ指揮ウィーン・フィル。1983年11月、ソフィエン・ザールでの録音。
アシュケナージ、2度目のベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲盤。
1回目はショルティ/シカゴ響と、3度目は弾き振りでクリーブランド管とだった。
1回目はショルティの指揮がゴツゴツしていて(だからこそ良いとも言えるのだが)、やや演奏が硬い感じがする。
3回目は音が良くて輝かしいのだが、指揮もしながらなので、アシュケナージも大変だなぁと思った記憶がある。
この2度目の全曲盤は、メータのサポートを得て、自由奔放に泳ぎ回る演奏になっているのが素晴らしく、しかもオケがウィーン・フィル!。20年以上経過した今も十分に通用する名盤と思う。
この頃のベートーヴェンのピアノ協奏曲。3大レーベルにはそれぞれ、「売れ線」のピアニスト、ポリーニ・ブレンデル・アシュケナージが競って録音して、聴き比べるのが実に楽しかった。ポリーニはDGにベーム/VPO(ベーム死後、ヨッフムが指揮をした)と録音、ブレンデルはフィリップスにレヴァイン/シカゴ響とライヴ全曲盤を(その前にはハイティンク/LPOとも)。そして、アシュケナージは、メータとDECCA=ロンドンに・・・・・。
三者三様、どれも素晴らしい演奏だった。ポリーニのはギリシャ彫刻を思わせる、理屈を越えた美を感じさせるピアノ。大理石のように硬質で(と誰もが言うなぁ・・・(^^ゞ・・・)、明快なピアノ。鋭く、しかも豪快。
ブレンデルのは、よく考えられた格調高い演奏で、ピアノの音色が優しく美しかった。肌色の混じった白さというか、冴え冴えとした中に温もりのある優しさというか、そんなピアノで、伴奏のレヴァイン/シカゴ響がまた良かった。
そして、このアシュケナージ。
アシュケナージのピアノは、美しく鮮烈で爽快。どこまでも透明で、光り輝くようなピアノ。旨い水を入れたクリスタル・グラスの輝きというか、雨上がりのあと、緑濃い葉についた水滴の輝きというか・・・・、キラキラしていて耳を奪われる美しさ。
このベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番でも、そんなアシュケナージの魅力全開。
第1楽章は、例によってベートーヴェンのアレグロ・コン・ブリオ。アシュケナージの演奏は、推進力に溢れて、気持ち良く跳ね回るピアノの技巧が全く素晴らしい。メータの指揮も前に向かって鮮やかに進んでゆく。
第2楽章のアダージョ。研ぎ澄まされ、潤い満ちた音色がホンマに良い。透きとおって怜悧な音色なのに、暖かみのある演奏。冷たいのに温かいという、いろいろなニュアンスを味わえる楽章になっている。アシュケナージ、大家の芸か。
終楽章のロンド。軽快で率直、ピアノの技巧は華やかで申し分なし。オケは絶好調、特にヴァイオリンの輝かしい音色は、これぞウィーン・フィル。
と、こう書いていて、ポリーニやブレンデルを聴いてみたくなりました。
手始めに「皇帝」でも・・・・。
ブログにはいずれ。
雨は断続的。明日以降の天気が心配ですな。
さて、今日はベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番変ロ長調。
作品19という若書きの協奏曲。
ピアノはウラディーミル・アシュケナージ、伴奏はズービン・メータ指揮ウィーン・フィル。1983年11月、ソフィエン・ザールでの録音。
アシュケナージ、2度目のベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲盤。
1回目はショルティ/シカゴ響と、3度目は弾き振りでクリーブランド管とだった。
1回目はショルティの指揮がゴツゴツしていて(だからこそ良いとも言えるのだが)、やや演奏が硬い感じがする。
3回目は音が良くて輝かしいのだが、指揮もしながらなので、アシュケナージも大変だなぁと思った記憶がある。
この2度目の全曲盤は、メータのサポートを得て、自由奔放に泳ぎ回る演奏になっているのが素晴らしく、しかもオケがウィーン・フィル!。20年以上経過した今も十分に通用する名盤と思う。
この頃のベートーヴェンのピアノ協奏曲。3大レーベルにはそれぞれ、「売れ線」のピアニスト、ポリーニ・ブレンデル・アシュケナージが競って録音して、聴き比べるのが実に楽しかった。ポリーニはDGにベーム/VPO(ベーム死後、ヨッフムが指揮をした)と録音、ブレンデルはフィリップスにレヴァイン/シカゴ響とライヴ全曲盤を(その前にはハイティンク/LPOとも)。そして、アシュケナージは、メータとDECCA=ロンドンに・・・・・。
三者三様、どれも素晴らしい演奏だった。ポリーニのはギリシャ彫刻を思わせる、理屈を越えた美を感じさせるピアノ。大理石のように硬質で(と誰もが言うなぁ・・・(^^ゞ・・・)、明快なピアノ。鋭く、しかも豪快。
ブレンデルのは、よく考えられた格調高い演奏で、ピアノの音色が優しく美しかった。肌色の混じった白さというか、冴え冴えとした中に温もりのある優しさというか、そんなピアノで、伴奏のレヴァイン/シカゴ響がまた良かった。
そして、このアシュケナージ。
アシュケナージのピアノは、美しく鮮烈で爽快。どこまでも透明で、光り輝くようなピアノ。旨い水を入れたクリスタル・グラスの輝きというか、雨上がりのあと、緑濃い葉についた水滴の輝きというか・・・・、キラキラしていて耳を奪われる美しさ。
このベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番でも、そんなアシュケナージの魅力全開。
第1楽章は、例によってベートーヴェンのアレグロ・コン・ブリオ。アシュケナージの演奏は、推進力に溢れて、気持ち良く跳ね回るピアノの技巧が全く素晴らしい。メータの指揮も前に向かって鮮やかに進んでゆく。
第2楽章のアダージョ。研ぎ澄まされ、潤い満ちた音色がホンマに良い。透きとおって怜悧な音色なのに、暖かみのある演奏。冷たいのに温かいという、いろいろなニュアンスを味わえる楽章になっている。アシュケナージ、大家の芸か。
終楽章のロンド。軽快で率直、ピアノの技巧は華やかで申し分なし。オケは絶好調、特にヴァイオリンの輝かしい音色は、これぞウィーン・フィル。
と、こう書いていて、ポリーニやブレンデルを聴いてみたくなりました。
手始めに「皇帝」でも・・・・。
ブログにはいずれ。
2005/09/04のBlog
[ 04:57 ]
[ 交響曲 ]
9月に入って、まだ残暑厳しい。蒸し暑い一日であります。
久しぶりの休日、ゆっくりさせてもらいましょう。先週は少々疲れた・・・・・。激務でありました・・・(^^ゞ。
今日は、ベートーヴェンの交響曲第6番ヘ長調「田園」。
休みの日に聴く回数が最も多いクラシック音楽。
なぜか、休日の午前中にゆっくり出来るときには、「田園」を聴いている。というより、聴かずにいられない。クラシック音楽を好きになってから、もう何度聴いたか分からない。なのに飽きない。いつ聴いても、幸福な気分になる。
春は霞がかった四国山地を遠望しながら、夏は緑濃くなる水田風景を眼下に眺めながら。
秋は徐々に冷たくなる風を窓から取り込みながら、冬は部屋を閉め切ってストーブに手をかざしながら。
本を読んだり、持ち帰った仕事をしたり・・・・・「ながら聴き」も多いのだが、それでも「田園」を聴いている自分。45分で、こちらの気持ちが穏やかになってゆく音楽。
今日は、古書店で入手したクルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の演奏。RCA(ビクター)が発売した「世界名曲選集」のうちの1枚。1973年頃の録音らしい。マズアは後年、ベートーヴェン全集をデジタル録音しているので、これは旧盤になるのだろう。
第1楽章、落ち着いたテンポで始まる。速すぎず、遅すぎず、ちょうど良いテンポ。聴き手に心地よいテンポ設定だと思う。楽器の音色は全体的に渋め。キラキラ鮮烈だとか、切れ込んでくる迫力などは感じられない。ふっくらとしていい音。ゲヴァントハウスという先入観だろうか、近隣のドレスデン・シュターツカペレの音に似た感じがする。音の融けあいがイイ。弦も管も、個々の楽器が突出することなく、オケ全体が融けあったふっくらとした音がイイ。
第2楽章は、フルートやオーボエ、クラリネットなど木管の活躍が楽しみなのだが、ここでも、それぞれが突出することがない。全体的に雰囲気豊かな管弦楽が続く。ゆったりとした気分で聴ける音楽になっている。テンポはこの楽章も中庸。心地よい。
ただ、フレージングが短いところや、リズム感がなくなるようなところがあり、「あれ?」と思うこともあり。
第3楽章、ホルンの活躍が見事。太い音から深々とした音まで、素晴らしい音。技巧も素晴らしい。このスケルツォ楽章は、軽やかにリズムが弾んで聴きやすかった。
第4楽章の嵐は、オケに厚みが出てきて結構な迫力。全体的に太い音。管楽器の咆吼も暴風雨のようで結構。
終楽章は、逆に弦楽部の細い音が印象的。マズアはここでは、繊細に、優しく弾かせようとする。音色は渋め。ややくすんだ感じの音色だが、自然な木材の肌触り。金属質の鋭利さではなく、木綿のようにややザラッとした自然な質感が良い(絹のようなしっとりと柔らかい質感ではないのだが・・・・)。
録音の出来は上々。1970年代前半の録音なのだが、十分に現役盤。ホールトーンが豊かなので、雰囲気たっぷりにオーケストラ音楽を楽しめる。
さて、マズア/ゲヴァントハウスの演奏、好評をあまり見かけません。
ネットで検索しても、評判はよろしくないです。
良い楽器が買えなかった、マズア在任中に技術が低下した、統率力が不足している、個性的な閃きがない、何もしていない指揮・・・・・云々。
そういえば、この「田園」、アンサンブルが「おや?」と思わせる箇所もあったし(技術の低下か?)、鮮烈な音が聴けることもなかった(楽器が悪い?)・・・・。
でも、この「田園」、ボクは十分楽しめ、音楽に浸れました。自分が大好きな曲だから、アバタもエクボになってしまうのかもしれませんがね・・・・(^^ゞ。
久しぶりの休日、ゆっくりさせてもらいましょう。先週は少々疲れた・・・・・。激務でありました・・・(^^ゞ。
今日は、ベートーヴェンの交響曲第6番ヘ長調「田園」。
休みの日に聴く回数が最も多いクラシック音楽。
なぜか、休日の午前中にゆっくり出来るときには、「田園」を聴いている。というより、聴かずにいられない。クラシック音楽を好きになってから、もう何度聴いたか分からない。なのに飽きない。いつ聴いても、幸福な気分になる。
春は霞がかった四国山地を遠望しながら、夏は緑濃くなる水田風景を眼下に眺めながら。
秋は徐々に冷たくなる風を窓から取り込みながら、冬は部屋を閉め切ってストーブに手をかざしながら。
本を読んだり、持ち帰った仕事をしたり・・・・・「ながら聴き」も多いのだが、それでも「田園」を聴いている自分。45分で、こちらの気持ちが穏やかになってゆく音楽。
今日は、古書店で入手したクルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の演奏。RCA(ビクター)が発売した「世界名曲選集」のうちの1枚。1973年頃の録音らしい。マズアは後年、ベートーヴェン全集をデジタル録音しているので、これは旧盤になるのだろう。
第1楽章、落ち着いたテンポで始まる。速すぎず、遅すぎず、ちょうど良いテンポ。聴き手に心地よいテンポ設定だと思う。楽器の音色は全体的に渋め。キラキラ鮮烈だとか、切れ込んでくる迫力などは感じられない。ふっくらとしていい音。ゲヴァントハウスという先入観だろうか、近隣のドレスデン・シュターツカペレの音に似た感じがする。音の融けあいがイイ。弦も管も、個々の楽器が突出することなく、オケ全体が融けあったふっくらとした音がイイ。
第2楽章は、フルートやオーボエ、クラリネットなど木管の活躍が楽しみなのだが、ここでも、それぞれが突出することがない。全体的に雰囲気豊かな管弦楽が続く。ゆったりとした気分で聴ける音楽になっている。テンポはこの楽章も中庸。心地よい。
ただ、フレージングが短いところや、リズム感がなくなるようなところがあり、「あれ?」と思うこともあり。
第3楽章、ホルンの活躍が見事。太い音から深々とした音まで、素晴らしい音。技巧も素晴らしい。このスケルツォ楽章は、軽やかにリズムが弾んで聴きやすかった。
第4楽章の嵐は、オケに厚みが出てきて結構な迫力。全体的に太い音。管楽器の咆吼も暴風雨のようで結構。
終楽章は、逆に弦楽部の細い音が印象的。マズアはここでは、繊細に、優しく弾かせようとする。音色は渋め。ややくすんだ感じの音色だが、自然な木材の肌触り。金属質の鋭利さではなく、木綿のようにややザラッとした自然な質感が良い(絹のようなしっとりと柔らかい質感ではないのだが・・・・)。
録音の出来は上々。1970年代前半の録音なのだが、十分に現役盤。ホールトーンが豊かなので、雰囲気たっぷりにオーケストラ音楽を楽しめる。
さて、マズア/ゲヴァントハウスの演奏、好評をあまり見かけません。
ネットで検索しても、評判はよろしくないです。
良い楽器が買えなかった、マズア在任中に技術が低下した、統率力が不足している、個性的な閃きがない、何もしていない指揮・・・・・云々。
そういえば、この「田園」、アンサンブルが「おや?」と思わせる箇所もあったし(技術の低下か?)、鮮烈な音が聴けることもなかった(楽器が悪い?)・・・・。
でも、この「田園」、ボクは十分楽しめ、音楽に浸れました。自分が大好きな曲だから、アバタもエクボになってしまうのかもしれませんがね・・・・(^^ゞ。
2005/09/03のBlog
[ 05:19 ]
[ クラシック音楽その他 ]
「時計」と「大学祝典序曲」、妙な取り合わせでありますが・・・・・。
今日は昔話をいたしましょう・・・・・。
昔々、高校生であった頃、ラジオの深夜放送は貴重な友人でありました。
文化放送では、レモンちゃんこと落合恵子やみのもんたの「セイ!ヤング」。谷村新司とバンバンのコンビも抱腹絶倒。「天才・秀才・バカ」シリーズは勉強そっちのけで聞き入っていた。谷村新司は、アリスでの大ヒットやソロになってからの「昴」以降、大歌手になってしまったが、当時は、「チンペイ」が愛称の、売れないフォーク・シンガーだった。
TBSはパック・イン・ミュージック。野沢那智と白石冬美の「ナッチャコ・パック」、お題拝借のコーナーは、金曜の晩の最高の楽しみだった。「なっちゃん、チャコちゃん、こんばんは」で始まる投書だけで笑えた時代。何とも懐かしい呑気な時代。
高校生の頃、テレビを見ずにラジオを聴くのが、ちょいと背伸びしたボクらの誇りだった。陽水も拓郎もテレビに出ない時代。テレビはつくりもの、偽物という感覚で、ボクらはテレビを観なかった。(ドラマだけは観ていたかな?ドラマは初めから作り物である前提があるから、観ていたように思う。ショーケンの「前略おふくろ様」など名作も多かったしね)。
夜の11時、文化放送から流れる音楽とともに、「百万人の英語」が始まる。提供は旺文社、先生はJ・B・ハリス。内容はとっくに忘れたが、テーマ音楽だけは今も鮮明。
ハイドンの交響曲「時計」の第2楽章だったのだ。クラシック音楽を聴き始めた大学生も後半になって初めて知ったのだが。
今もハイドンのシンフォニー、よく聴くのだが、「時計」だけは別格。この第2楽章を聴くたびに、懐かしさとともに、ボクは英語が大嫌いだったので、あの青春時代を思い出す。
11時30分からは、これも旺文社の「大学受験ラジオ講座」、通称「ラ講」が始まる。寺田文行の「鉄則数学」、なべつぐの「あすなろ数学」、西尾孝の「水準表」など、内容がチンプンカンプンでも聴いていると何となく分かったつもりになってしまう名講座がいくつもあった。そのテーマ音楽がブラームスの「大学祝典序曲」だった。1970年代後半、この音楽とともに受験勉強に励んだことを思い出す。尤も、勉強に励んだのはホンマに僅かな時間だったのが・・・・・(^^ゞ・・・・。
今日はその「時計」をカラヤン/ベルリン・フィルの洗練された演奏で。
スケールは大きく、オケの音は磨き立てられて、美しさの極み。音楽はどこまでも流麗。演奏もさすがにベルリン・フィル。巧いことこの上なし。
第2楽章など、オケは分厚く、ゆったりと、しかし淀みなく滑らかに、ムード音楽のように広がってゆく。言葉は悪いが、媚薬のような音楽になっている。でも、この媚薬、一度飲んだら忘れられない快感。
初期デジタル録音なので、やや硬めの音。籠もった感じの音でもある。突き抜け感に少し乏しい。音場の奥行きがあまりなく、ペタッとした音だが、個々の楽器はよく捉えられている。この時期のカラヤンの録音は、どれもこんな感じではあるのだが・・・・。
ブラームスの大学祝典序曲は、ショルティ/CSOの、これもダイナミックで雄大なスケールの演奏で。この演奏もスーパー・ダイナミック・ウルトラC軍団らしく、どこにも破綻がなく、爽快で、かつ大きく盛り上がってゆく。筋肉質のスポーツマン的な演奏で、テンポは例によって「ショルティのイン・テンポ」。速めでサッパリしている。「ラ講」テーマになったのは中間部だが、これは全くの懐かしい響き。
1970年代末のアナログ録音。ショルティのブラームス交響曲全集に収められていたもの。DECCAらしく、いつもながらエエ音している。我が家のステレオとDECCA、実に相性よし。
現代の高校生にとって、かような深夜放送の時代はもう古典の世界、とんでもない過去のことになるんでしょう。
ただ、若者が何かに繋がっていたいと思うのは、今も昔も変わらないかもしれません。
昔がラジオから流れくるDJの声であり、今はケータイのメールや、PCの向こうのネットの世界なのだろうと思いつつ・・・・・。
ジャケット写真は、カラヤン/BPOのハイドン「時計」。カップリングは「驚愕」。
今日は昔話をいたしましょう・・・・・。
昔々、高校生であった頃、ラジオの深夜放送は貴重な友人でありました。
文化放送では、レモンちゃんこと落合恵子やみのもんたの「セイ!ヤング」。谷村新司とバンバンのコンビも抱腹絶倒。「天才・秀才・バカ」シリーズは勉強そっちのけで聞き入っていた。谷村新司は、アリスでの大ヒットやソロになってからの「昴」以降、大歌手になってしまったが、当時は、「チンペイ」が愛称の、売れないフォーク・シンガーだった。
TBSはパック・イン・ミュージック。野沢那智と白石冬美の「ナッチャコ・パック」、お題拝借のコーナーは、金曜の晩の最高の楽しみだった。「なっちゃん、チャコちゃん、こんばんは」で始まる投書だけで笑えた時代。何とも懐かしい呑気な時代。
高校生の頃、テレビを見ずにラジオを聴くのが、ちょいと背伸びしたボクらの誇りだった。陽水も拓郎もテレビに出ない時代。テレビはつくりもの、偽物という感覚で、ボクらはテレビを観なかった。(ドラマだけは観ていたかな?ドラマは初めから作り物である前提があるから、観ていたように思う。ショーケンの「前略おふくろ様」など名作も多かったしね)。
夜の11時、文化放送から流れる音楽とともに、「百万人の英語」が始まる。提供は旺文社、先生はJ・B・ハリス。内容はとっくに忘れたが、テーマ音楽だけは今も鮮明。
ハイドンの交響曲「時計」の第2楽章だったのだ。クラシック音楽を聴き始めた大学生も後半になって初めて知ったのだが。
今もハイドンのシンフォニー、よく聴くのだが、「時計」だけは別格。この第2楽章を聴くたびに、懐かしさとともに、ボクは英語が大嫌いだったので、あの青春時代を思い出す。
11時30分からは、これも旺文社の「大学受験ラジオ講座」、通称「ラ講」が始まる。寺田文行の「鉄則数学」、なべつぐの「あすなろ数学」、西尾孝の「水準表」など、内容がチンプンカンプンでも聴いていると何となく分かったつもりになってしまう名講座がいくつもあった。そのテーマ音楽がブラームスの「大学祝典序曲」だった。1970年代後半、この音楽とともに受験勉強に励んだことを思い出す。尤も、勉強に励んだのはホンマに僅かな時間だったのが・・・・・(^^ゞ・・・・。
今日はその「時計」をカラヤン/ベルリン・フィルの洗練された演奏で。
スケールは大きく、オケの音は磨き立てられて、美しさの極み。音楽はどこまでも流麗。演奏もさすがにベルリン・フィル。巧いことこの上なし。
第2楽章など、オケは分厚く、ゆったりと、しかし淀みなく滑らかに、ムード音楽のように広がってゆく。言葉は悪いが、媚薬のような音楽になっている。でも、この媚薬、一度飲んだら忘れられない快感。
初期デジタル録音なので、やや硬めの音。籠もった感じの音でもある。突き抜け感に少し乏しい。音場の奥行きがあまりなく、ペタッとした音だが、個々の楽器はよく捉えられている。この時期のカラヤンの録音は、どれもこんな感じではあるのだが・・・・。
ブラームスの大学祝典序曲は、ショルティ/CSOの、これもダイナミックで雄大なスケールの演奏で。この演奏もスーパー・ダイナミック・ウルトラC軍団らしく、どこにも破綻がなく、爽快で、かつ大きく盛り上がってゆく。筋肉質のスポーツマン的な演奏で、テンポは例によって「ショルティのイン・テンポ」。速めでサッパリしている。「ラ講」テーマになったのは中間部だが、これは全くの懐かしい響き。
1970年代末のアナログ録音。ショルティのブラームス交響曲全集に収められていたもの。DECCAらしく、いつもながらエエ音している。我が家のステレオとDECCA、実に相性よし。
現代の高校生にとって、かような深夜放送の時代はもう古典の世界、とんでもない過去のことになるんでしょう。
ただ、若者が何かに繋がっていたいと思うのは、今も昔も変わらないかもしれません。
昔がラジオから流れくるDJの声であり、今はケータイのメールや、PCの向こうのネットの世界なのだろうと思いつつ・・・・・。
ジャケット写真は、カラヤン/BPOのハイドン「時計」。カップリングは「驚愕」。
2005/09/02のBlog
[ 04:09 ]
[ 協奏曲 ]
アナログ・レコードを時々楽しみます。
レコード棚から取り出して、クリーナーでサッと一拭き、ターンテーブルに乗せて、カートリッジのスタイラスを掃除して・・・・・儀式が多くて時々面倒くさいなぁと思いつつも、これがアナログの楽しみだから仕方がない・・・さぁ・・・・聴くぞぉ・・・・・。
ん?
左のスピーカーから音が出ん(^^ゞ・・・。
スタイラスがイカレたか?・・・・・カートリッジを替えてみたが、アカン。やっぱり出ん。
さては、シェル・リード線か?・・・・・この細かい作業が苦手で、無理矢理ヘッド・シェルに押し込んでかえって切ってしまったことがあったが・・・・ちゃう。やっぱり音出んぞ・・。
これは、ピックアップ・コードかな?・・・・・左右入れ替えてアンプに差し込むと、なるほど、今度は右のスピーカーから音が出ない。・・・・・これや。どうもコードが犯人ぽいぞ・・・・。でも、よう分からん・・・・・・。修理せにゃアカンなぁ・・・・。
この近くに修理してくれるところ、あるんかいな?
知り合いの電気屋に持ち込んだら、やってくれるだろうか?
もう20年以上前のプレーヤーであります。TRIOのKP-880D。
ストレート・パイプの銘機と謳われ、当時はYAMAHAのGT-2000と競ったものだったんだが・・・・。
修理屋を探さなくちゃなりません。やれやれ・・・面倒くさいなぁ・・・・。
で、この間、約2時間半・・・・・。いやはや汗だくになりました。
ボクは不器用な男です。手先が上手く動かないんですな。中学校の技術家庭なんか大嫌いでありました。さらに、オーディオに関心がありながら、配線だの電気系統だの、著しく苦手なんです。困ったもんです。
そんな格闘のあと、結局CDを取り出しました・・・・・(^^ゞ。
今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第22番変ホ長調K482。アシュケナージの弾き振り、管弦楽はフィルハーモニア管。1978年6月、ロンドンのキングスウェイ・ホールでの録音。
アシュケナージの音はいつもながら美しい。透明感があって、妙な色づけがない。
第1楽章アレグロ。オケの音が良い。アンサンブルも弾き振りにもかかわらず緊密でだれないのは、さすがにフィルハーモニア管。1980年代のフィルハーモニア管のCDがどれも素晴らしい演奏だったことを思い出す(時々「え?」というCDがあったが、あれは指揮のせいだろう(^^ゞ・・・)。このオケはこの当時から好調だったのだ。堂々たる序奏なのだが、木管群にオーボエがいない編成のためか、音色が渋く、響きもややくすんでいる感じ。厚みは十分。この音がイイんだなぁ。テンポも落ち着いて、安手感もよい。
そして、おもむろにアシュケナージのピアノが登場。透明で、艶があって、なのにマイルドで穏やか・・・褒めすぎだろうか?・・・・・(^^ゞ。情に溺れたり激することもなければ、聴き手が驚くようなこともない。「中庸」としか言いようがないピアノ。聴きようによっては、面白くも何ともないのかもしれないが、安心して聴けるという点ではアシュケナージにまさるピアニストが、さて何人いるのだろう?
第2楽章アンダンテはハ短調。ため息のようなピアノ。歩きながら振り返る、前を向いているのに過去が気になる・・・そんな風情のピアノ。このアンダンテ、モーツァルトが書いた最も情感の溢れる音楽の一つだと思うのだが、アシュケナージのピアノは、過不足なくこの素晴らしさを伝えてくれる。
ここでも、ピアノに悲鳴・絶叫・号泣はない。その一歩・二歩手前でとどまって、品よくまとめるのがアシュケナージ。「こういう演奏だろうな」と聴き手に予想がついてしまうところが、アシュケナージの弱点だとは思うが、それにしても気品漂う美しいピアノ。
オケも木管中心にここでもよく頑張っている。特にフルートとファゴットは巧いし綺麗。
終楽章は一転、快活なアレグロのロンド。ここでも性急にならないオケとピアノ。モーツァルトの書いた愛らしい旋律が部屋に満ちてゆく。至福の境地。ピアノの音色はますます透明感を増して、クリスタルの輝き。いつまでも、何度も聴いていたい、素晴らしいロンド。終結はピアノとオケが融合した、華やかな盛り上がり。
う~ん、やはりアシュケナージはエエ。ホンマに巧いし、キレイ。
DECCAの、これはアナログ録音最末期のもの。素晴らしい録音であります。
だいたいDECCAの録音は素晴らしいのだが、特にピアノ協奏曲の出来がよろしいと思います。
このアシュケナージのモーツァルトはもちろん、アシュケナージでは、ハイティンクとの2曲のブラームスの協奏曲、メータ/VPOとのベートーヴェンの全集も良かった。
ベートーヴェンではグルダ・シュタイン/VPOも最高の録音。
そういえばルプーもラローチャも、ベートーヴェンが良かったぞ・・・・。
ありゃりゃ・・・・。
きりがないので、この辺でやめておきます・・・(^^ゞ。
それより、レコードプ・レーヤー、何とかせんとイカン・・・・。
レコード棚から取り出して、クリーナーでサッと一拭き、ターンテーブルに乗せて、カートリッジのスタイラスを掃除して・・・・・儀式が多くて時々面倒くさいなぁと思いつつも、これがアナログの楽しみだから仕方がない・・・さぁ・・・・聴くぞぉ・・・・・。
ん?
左のスピーカーから音が出ん(^^ゞ・・・。
スタイラスがイカレたか?・・・・・カートリッジを替えてみたが、アカン。やっぱり出ん。
さては、シェル・リード線か?・・・・・この細かい作業が苦手で、無理矢理ヘッド・シェルに押し込んでかえって切ってしまったことがあったが・・・・ちゃう。やっぱり音出んぞ・・。
これは、ピックアップ・コードかな?・・・・・左右入れ替えてアンプに差し込むと、なるほど、今度は右のスピーカーから音が出ない。・・・・・これや。どうもコードが犯人ぽいぞ・・・・。でも、よう分からん・・・・・・。修理せにゃアカンなぁ・・・・。
この近くに修理してくれるところ、あるんかいな?
知り合いの電気屋に持ち込んだら、やってくれるだろうか?
もう20年以上前のプレーヤーであります。TRIOのKP-880D。
ストレート・パイプの銘機と謳われ、当時はYAMAHAのGT-2000と競ったものだったんだが・・・・。
修理屋を探さなくちゃなりません。やれやれ・・・面倒くさいなぁ・・・・。
で、この間、約2時間半・・・・・。いやはや汗だくになりました。
ボクは不器用な男です。手先が上手く動かないんですな。中学校の技術家庭なんか大嫌いでありました。さらに、オーディオに関心がありながら、配線だの電気系統だの、著しく苦手なんです。困ったもんです。
そんな格闘のあと、結局CDを取り出しました・・・・・(^^ゞ。
今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第22番変ホ長調K482。アシュケナージの弾き振り、管弦楽はフィルハーモニア管。1978年6月、ロンドンのキングスウェイ・ホールでの録音。
アシュケナージの音はいつもながら美しい。透明感があって、妙な色づけがない。
第1楽章アレグロ。オケの音が良い。アンサンブルも弾き振りにもかかわらず緊密でだれないのは、さすがにフィルハーモニア管。1980年代のフィルハーモニア管のCDがどれも素晴らしい演奏だったことを思い出す(時々「え?」というCDがあったが、あれは指揮のせいだろう(^^ゞ・・・)。このオケはこの当時から好調だったのだ。堂々たる序奏なのだが、木管群にオーボエがいない編成のためか、音色が渋く、響きもややくすんでいる感じ。厚みは十分。この音がイイんだなぁ。テンポも落ち着いて、安手感もよい。
そして、おもむろにアシュケナージのピアノが登場。透明で、艶があって、なのにマイルドで穏やか・・・褒めすぎだろうか?・・・・・(^^ゞ。情に溺れたり激することもなければ、聴き手が驚くようなこともない。「中庸」としか言いようがないピアノ。聴きようによっては、面白くも何ともないのかもしれないが、安心して聴けるという点ではアシュケナージにまさるピアニストが、さて何人いるのだろう?
第2楽章アンダンテはハ短調。ため息のようなピアノ。歩きながら振り返る、前を向いているのに過去が気になる・・・そんな風情のピアノ。このアンダンテ、モーツァルトが書いた最も情感の溢れる音楽の一つだと思うのだが、アシュケナージのピアノは、過不足なくこの素晴らしさを伝えてくれる。
ここでも、ピアノに悲鳴・絶叫・号泣はない。その一歩・二歩手前でとどまって、品よくまとめるのがアシュケナージ。「こういう演奏だろうな」と聴き手に予想がついてしまうところが、アシュケナージの弱点だとは思うが、それにしても気品漂う美しいピアノ。
オケも木管中心にここでもよく頑張っている。特にフルートとファゴットは巧いし綺麗。
終楽章は一転、快活なアレグロのロンド。ここでも性急にならないオケとピアノ。モーツァルトの書いた愛らしい旋律が部屋に満ちてゆく。至福の境地。ピアノの音色はますます透明感を増して、クリスタルの輝き。いつまでも、何度も聴いていたい、素晴らしいロンド。終結はピアノとオケが融合した、華やかな盛り上がり。
う~ん、やはりアシュケナージはエエ。ホンマに巧いし、キレイ。
DECCAの、これはアナログ録音最末期のもの。素晴らしい録音であります。
だいたいDECCAの録音は素晴らしいのだが、特にピアノ協奏曲の出来がよろしいと思います。
このアシュケナージのモーツァルトはもちろん、アシュケナージでは、ハイティンクとの2曲のブラームスの協奏曲、メータ/VPOとのベートーヴェンの全集も良かった。
ベートーヴェンではグルダ・シュタイン/VPOも最高の録音。
そういえばルプーもラローチャも、ベートーヴェンが良かったぞ・・・・。
ありゃりゃ・・・・。
きりがないので、この辺でやめておきます・・・(^^ゞ。
それより、レコードプ・レーヤー、何とかせんとイカン・・・・。
2005/09/01のBlog