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2005/09/24のBlog
[ 00:56 ]
[ 協奏曲 ]
9月後半の連休突入。
少々仕事で職場に顔を出さざるを得ないのだが、少しはのんびり出来るかな?
27日からの東京出張を控えて、慌ただしい気分。
今日は、ショパンのピアノ協奏曲第2番ヘ短調。
ウラディーミル・アシュケナージのピアノ、デイヴィッド・ジンマン指揮ロンドン響の演奏。1965年1月録音のDECCA盤。もう40年前の録音になる。
当時アシュケナージ27歳。ジンマンは28歳。二人とも若い演奏家であり指揮者であったころ。
第1楽章マエストーソ。「荘厳に」と指示された堂々たる楽章。
ショパンのピアノ協奏曲は、2曲とも第1楽章の序奏が長く、これが面白くなかったり、オケの技量が悪かったりすると興味が半減してしまう。
ジンマンは溌剌とした若さを発揮していて気持ち良い。颯爽としていてリズム感がよく、オケが生き生きと弾むようだ。きびきびとしたアーティキュレーションで、推進力もある。ロンドン響は若い指揮者によくついており好演。高揚するところ、沈潜するところを鮮やかに弾きわけて、素晴らしい序奏となった。
アシュケナージのピアノも、すこぶる若々しく気持ち良い。アシュケナージのピアニストとしての全盛期は1970年代ではなかったかと思うのだが、もうすでにこの録音当時に彼の本領は発揮されていた。
以前にも書いたように、アシュケナージのピアノは、美しく鮮烈で爽快。どこまでも透明。ピアノがクリスタル・グラスのように光り輝く。硬質の燦めき。
ショパンのピアノ協奏曲は青春の協奏曲だと思う。
その青春の若々しさ、瑞々しさ、ためらい、憧れ、煩悶、怯えなど・・・・、アシュケナージのピアノは、鮮やかに表出する。
第2楽章のラルゲット。ショパンが書いた最も美しい旋律の一つ。
ボクは若い頃、何度も何度も繰り返し聴いたものだ。今でも、この楽章だけ聴くことも多い。
デリケートで、強く触ったら壊れてしまいそうな、美しくもはかないメロディ。これをアシュケナージの綺麗な音色で聴くのは格別だ。ジンマンもオケを爽やかに歌わせて、それを美しくサポートする。見事な協奏だと思う。
終楽章アレグロ・ヴィヴァーチェは、アシュケナージのピアニスティックな響きが炸裂する。技量は最高、オケも軽やかに弾んで気持ち良いくらい。
録音は、40年前のものとは思えないほど素晴らしい。さすがDECCA。
アシュケナージのピアノを余すところなく捉えていると言ってもいい。
このCD、カップリングは同じショパンのピアノ協奏曲第1番ホ短調。アシュケナージの弾き振りでオケはベルリン・ドイツ交響楽団。1997年の録音なのに、あまりパッとしない。1965年録音の2番とあまり変わらない感じがする。演奏も、今ひとつと思われた。
アシュケナージはピアニストではなく、「指揮者」になってしまったようだ。残念。
少々仕事で職場に顔を出さざるを得ないのだが、少しはのんびり出来るかな?
27日からの東京出張を控えて、慌ただしい気分。
今日は、ショパンのピアノ協奏曲第2番ヘ短調。
ウラディーミル・アシュケナージのピアノ、デイヴィッド・ジンマン指揮ロンドン響の演奏。1965年1月録音のDECCA盤。もう40年前の録音になる。
当時アシュケナージ27歳。ジンマンは28歳。二人とも若い演奏家であり指揮者であったころ。
第1楽章マエストーソ。「荘厳に」と指示された堂々たる楽章。
ショパンのピアノ協奏曲は、2曲とも第1楽章の序奏が長く、これが面白くなかったり、オケの技量が悪かったりすると興味が半減してしまう。
ジンマンは溌剌とした若さを発揮していて気持ち良い。颯爽としていてリズム感がよく、オケが生き生きと弾むようだ。きびきびとしたアーティキュレーションで、推進力もある。ロンドン響は若い指揮者によくついており好演。高揚するところ、沈潜するところを鮮やかに弾きわけて、素晴らしい序奏となった。
アシュケナージのピアノも、すこぶる若々しく気持ち良い。アシュケナージのピアニストとしての全盛期は1970年代ではなかったかと思うのだが、もうすでにこの録音当時に彼の本領は発揮されていた。
以前にも書いたように、アシュケナージのピアノは、美しく鮮烈で爽快。どこまでも透明。ピアノがクリスタル・グラスのように光り輝く。硬質の燦めき。
ショパンのピアノ協奏曲は青春の協奏曲だと思う。
その青春の若々しさ、瑞々しさ、ためらい、憧れ、煩悶、怯えなど・・・・、アシュケナージのピアノは、鮮やかに表出する。
第2楽章のラルゲット。ショパンが書いた最も美しい旋律の一つ。
ボクは若い頃、何度も何度も繰り返し聴いたものだ。今でも、この楽章だけ聴くことも多い。
デリケートで、強く触ったら壊れてしまいそうな、美しくもはかないメロディ。これをアシュケナージの綺麗な音色で聴くのは格別だ。ジンマンもオケを爽やかに歌わせて、それを美しくサポートする。見事な協奏だと思う。
終楽章アレグロ・ヴィヴァーチェは、アシュケナージのピアニスティックな響きが炸裂する。技量は最高、オケも軽やかに弾んで気持ち良いくらい。
録音は、40年前のものとは思えないほど素晴らしい。さすがDECCA。
アシュケナージのピアノを余すところなく捉えていると言ってもいい。
このCD、カップリングは同じショパンのピアノ協奏曲第1番ホ短調。アシュケナージの弾き振りでオケはベルリン・ドイツ交響楽団。1997年の録音なのに、あまりパッとしない。1965年録音の2番とあまり変わらない感じがする。演奏も、今ひとつと思われた。
アシュケナージはピアニストではなく、「指揮者」になってしまったようだ。残念。
2005/09/23のBlog
[ 12:26 ]
[ 交響曲 ]
連休を前に、職場の若い士とアサヒ・ビール園でしゃぶしゃぶ食い放題。
若い連中がよく喰う。ホンマに底抜け。
肉はバクバク喰らう、ビールは浴びるほど呑む、アイスクリームは何皿も平らげる・・・・・。大したモンだなぁ。
同じペースで付き合っていたら、今朝は胸焼け(^^ゞ。
若いってイイですね。
さて、今日はブルックナーの交響曲第7番ホ長調。
ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮チェコ・フィルの演奏。1967年3月、プラハ芸術家の家での録音。DENONクレスト1000シリーズからの1枚。
この交響曲で好きなのは、前半2つの楽章。全曲で70分ほどかかるうち、前の2楽章で47分ほどになる。
旋律が美しい。ブルックナーの全交響曲の中で、最も美しいと思う。しかも、雄大なスケールでテンポもゆったり。大河に身をゆだねるような安心感を味わえる。
マタチッチ/チェコ・フィルの演奏が、悠揚迫らぬゆっくりとしたテンポで、フレージングもゆったりとしている。決してセカセカしない。大らかに、また豪快に管弦楽を鳴らし、時にハッとするほど繊細な表情を見せるのも素晴らしい。
オケの技量は完璧とは言い難いし、少しアンサンブルが乱れるような箇所も(特に第1楽章)あるのだが、金管の咆吼は凄まじく、木管はしみじみとした音色を聴かせてくれる。
何より弦が良い。輝かしくはないのだが、底光りするようなしっとりした音色。やや濡れたような音色がしみじみとして味わい深い。チェコ・フィルの演奏では、ノイマンの指揮する「新世界」など、ドヴォルザークを愛聴してきたが、こんなに素敵なオケだったのかなと見直してしまった。これがマタチッチの功績なのか。ウィーン・フィルでもベルリン・フィルでもない、素晴らしい音!・・・・ブルックナーではこの2つのメジャー・オーケストラの演奏が多く今までよく聴いてきたが、チェコ・フィルの演奏はまた実に素晴らしく個性的。
録音も、今から30年近く前にもかかわらず、デジタル現役盤と比べて遜色ない素晴らしい出来。ホールトーンも豊かだし、個々の楽器もよく捉えられていて、音がどんどん前に出てくる。弦の音色などホンマに綺麗。チェコ・フィルの音、こんなに良かったんかいなと、ボクの中では評価激変。これ、ホンマにええオケですなぁ・・・・。
さて、聴きどころ第1楽章のアレグロ・モデラート。スケール雄大、すべてのものを呑み込んでしまうような大きさ。冒頭のテンポは非常に遅く、深々とした息づかいがたまらない。弦も管もよく鳴っている。美しい旋律が、聴き手の心を浄化させてくれるよう。
第2楽章のアダージョ。敬虔な祈りの楽章。ここも、非常にゆっくりと音楽が進んでゆく。作曲家の指示通り、「荘厳な」音楽だ。弦楽器が飛び切り美しい。ヴァイオリンが、シルクタッチの柔らかさ・しっとり感で、音楽を紡いでゆく。これを聴くのはまったく快感。そして、知らず知らず、ブルックナーの宗教的な世界に連れて行かれる・・・。
後半2つの楽章、マタチッチはグイグイと迫力ある演奏を展開して、一気に終曲まで持って行く。やや無骨ながら、これもまた野人ブルックナーの姿だろう。
行きつけのCDショップのバーゲン購入の、これは1枚でありました。
この3連休も出撃の予定であります。
若い連中がよく喰う。ホンマに底抜け。
肉はバクバク喰らう、ビールは浴びるほど呑む、アイスクリームは何皿も平らげる・・・・・。大したモンだなぁ。
同じペースで付き合っていたら、今朝は胸焼け(^^ゞ。
若いってイイですね。
さて、今日はブルックナーの交響曲第7番ホ長調。
ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮チェコ・フィルの演奏。1967年3月、プラハ芸術家の家での録音。DENONクレスト1000シリーズからの1枚。
この交響曲で好きなのは、前半2つの楽章。全曲で70分ほどかかるうち、前の2楽章で47分ほどになる。
旋律が美しい。ブルックナーの全交響曲の中で、最も美しいと思う。しかも、雄大なスケールでテンポもゆったり。大河に身をゆだねるような安心感を味わえる。
マタチッチ/チェコ・フィルの演奏が、悠揚迫らぬゆっくりとしたテンポで、フレージングもゆったりとしている。決してセカセカしない。大らかに、また豪快に管弦楽を鳴らし、時にハッとするほど繊細な表情を見せるのも素晴らしい。
オケの技量は完璧とは言い難いし、少しアンサンブルが乱れるような箇所も(特に第1楽章)あるのだが、金管の咆吼は凄まじく、木管はしみじみとした音色を聴かせてくれる。
何より弦が良い。輝かしくはないのだが、底光りするようなしっとりした音色。やや濡れたような音色がしみじみとして味わい深い。チェコ・フィルの演奏では、ノイマンの指揮する「新世界」など、ドヴォルザークを愛聴してきたが、こんなに素敵なオケだったのかなと見直してしまった。これがマタチッチの功績なのか。ウィーン・フィルでもベルリン・フィルでもない、素晴らしい音!・・・・ブルックナーではこの2つのメジャー・オーケストラの演奏が多く今までよく聴いてきたが、チェコ・フィルの演奏はまた実に素晴らしく個性的。
録音も、今から30年近く前にもかかわらず、デジタル現役盤と比べて遜色ない素晴らしい出来。ホールトーンも豊かだし、個々の楽器もよく捉えられていて、音がどんどん前に出てくる。弦の音色などホンマに綺麗。チェコ・フィルの音、こんなに良かったんかいなと、ボクの中では評価激変。これ、ホンマにええオケですなぁ・・・・。
さて、聴きどころ第1楽章のアレグロ・モデラート。スケール雄大、すべてのものを呑み込んでしまうような大きさ。冒頭のテンポは非常に遅く、深々とした息づかいがたまらない。弦も管もよく鳴っている。美しい旋律が、聴き手の心を浄化させてくれるよう。
第2楽章のアダージョ。敬虔な祈りの楽章。ここも、非常にゆっくりと音楽が進んでゆく。作曲家の指示通り、「荘厳な」音楽だ。弦楽器が飛び切り美しい。ヴァイオリンが、シルクタッチの柔らかさ・しっとり感で、音楽を紡いでゆく。これを聴くのはまったく快感。そして、知らず知らず、ブルックナーの宗教的な世界に連れて行かれる・・・。
後半2つの楽章、マタチッチはグイグイと迫力ある演奏を展開して、一気に終曲まで持って行く。やや無骨ながら、これもまた野人ブルックナーの姿だろう。
行きつけのCDショップのバーゲン購入の、これは1枚でありました。
この3連休も出撃の予定であります。
2005/09/22のBlog
[ 04:03 ]
[ 室内楽曲 ]
9月下旬を迎え、長男が大学の後期授業開始に備えて帰阪しました。学生の夏休みはホンマに長いもんです。2カ月は要らんだろうに。全く羨ましい(^^ゞ。
風呂場のリフォームで使用不能に。で、次男・三男に家内を連れて近くの「武丈の湯」へ。1人400円は安い。最近は、「ちょいと豪華な銭湯」が近辺に多く出来ており、サウナ好きのボクにとっては好都合であります。
露天風呂も、大変気持ち良く、秋の冷気を楽しんできました。
さて、今日は、ドヴォルザークの最も有名な弦楽四重奏曲。
第12番ヘ長調「アメリカ」。
ドヴォルザーク52歳の1839年、滞在中のアメリカ・アイオワ州で数日の間に書き上げられた名曲。あの「新世界」の直後でもあった。作曲家にとって、何と実り豊かなときだったのだろう。
このクヮルテットのCDには名演が多いのだが、今日、手にしたのはイタリア弦楽四重奏団の演奏。1968年録音のフィリップス盤。
以前取り上げたボロディンの弦楽四重奏曲第2番のA面がこの「アメリカ」だった。
録音の鮮度はだいぶ落ちてきたが、鑑賞には十分に耐えられる。
さて、これはイタリアSQらしい、歌に満ちた演奏。
第1楽章のアレグロ・マ・ノン・トロッポ。チェロが太々とした歌を奏でるのだが、その音の美しさ、骨っぽさ、たくましさに今後の展開がどうなるかとワクワクさせてくれる。第1ヴァイオリンの音はやや細めで、非常に美しい。よく歌う。旋律の美しいところは、飛び切りのカンタービレ。第2ヴァイオリンもヴィオラも一級品だと思うが、アンサンブルの緊密さよりも、各自の歌を優先した感じもする。勇壮なメロディの中にも、作曲家の望郷の歌が聞こえてくる。
第2楽章はレント。どの楽器も哀愁の歌に満ちて、おそらくこの演奏の白眉だろう。チェロの沈潜した音は、故郷が切々と思い出される心情の吐露か。2つのヴァイオリンもセンチメンタルな感情を露わにしつつ、故郷の思い出を朗々と歌ってゆく。
響きがことのほか美しい。細く、幾分頼りない感じもするのだが、よく伸びて左右のスピーカーの空間にフッと消えてゆく。何とも美しい。そして、よく整ったレガートがその歌をさらに強調してゆく。ああ、エエ演奏やなぁと思う。
第3楽章はモルト・ヴィヴァーチェ。スケルツォだ。よく弾む快活な音楽。どの楽器も楽しそうに奏でてゆく。第2楽章の痛切な歌に比べて、ここではスカッと空が青く晴れ上がったような演奏を展開してゆく。ヴァイオリンの細かな動きが面白い。
終楽章フィナーレ。指示はヴィヴァーチェ・マ・ノン・トロッポ。明るく爽快な光を放射するような演奏。新大陸の陽光か、イタリアSQらしい地中海的な明るさとでも言うべきか。心弾むような演奏で、終曲間近ではどんどん盛り上がって、聴き手の興奮を誘う。名演だなぁ。
チェコ、ボヘミアの団体ではないので、いわゆる「本場物」ではありません。
でも、イタリアSQらしく、歌謡性に満ちた演奏でボクは大好きであります。
そもそもドヴォルザークは、旋律美の作曲家、大変なメロディ・メーカーですから、「歌う演奏」が良いのではないかと思っています。
ファースト・チョイスにはならないかもしれませんが。2枚目としては、このイタリアSQの演奏は(カップリングがボロディンでもあるので)、お勧めであります。
風呂場のリフォームで使用不能に。で、次男・三男に家内を連れて近くの「武丈の湯」へ。1人400円は安い。最近は、「ちょいと豪華な銭湯」が近辺に多く出来ており、サウナ好きのボクにとっては好都合であります。
露天風呂も、大変気持ち良く、秋の冷気を楽しんできました。
さて、今日は、ドヴォルザークの最も有名な弦楽四重奏曲。
第12番ヘ長調「アメリカ」。
ドヴォルザーク52歳の1839年、滞在中のアメリカ・アイオワ州で数日の間に書き上げられた名曲。あの「新世界」の直後でもあった。作曲家にとって、何と実り豊かなときだったのだろう。
このクヮルテットのCDには名演が多いのだが、今日、手にしたのはイタリア弦楽四重奏団の演奏。1968年録音のフィリップス盤。
以前取り上げたボロディンの弦楽四重奏曲第2番のA面がこの「アメリカ」だった。
録音の鮮度はだいぶ落ちてきたが、鑑賞には十分に耐えられる。
さて、これはイタリアSQらしい、歌に満ちた演奏。
第1楽章のアレグロ・マ・ノン・トロッポ。チェロが太々とした歌を奏でるのだが、その音の美しさ、骨っぽさ、たくましさに今後の展開がどうなるかとワクワクさせてくれる。第1ヴァイオリンの音はやや細めで、非常に美しい。よく歌う。旋律の美しいところは、飛び切りのカンタービレ。第2ヴァイオリンもヴィオラも一級品だと思うが、アンサンブルの緊密さよりも、各自の歌を優先した感じもする。勇壮なメロディの中にも、作曲家の望郷の歌が聞こえてくる。
第2楽章はレント。どの楽器も哀愁の歌に満ちて、おそらくこの演奏の白眉だろう。チェロの沈潜した音は、故郷が切々と思い出される心情の吐露か。2つのヴァイオリンもセンチメンタルな感情を露わにしつつ、故郷の思い出を朗々と歌ってゆく。
響きがことのほか美しい。細く、幾分頼りない感じもするのだが、よく伸びて左右のスピーカーの空間にフッと消えてゆく。何とも美しい。そして、よく整ったレガートがその歌をさらに強調してゆく。ああ、エエ演奏やなぁと思う。
第3楽章はモルト・ヴィヴァーチェ。スケルツォだ。よく弾む快活な音楽。どの楽器も楽しそうに奏でてゆく。第2楽章の痛切な歌に比べて、ここではスカッと空が青く晴れ上がったような演奏を展開してゆく。ヴァイオリンの細かな動きが面白い。
終楽章フィナーレ。指示はヴィヴァーチェ・マ・ノン・トロッポ。明るく爽快な光を放射するような演奏。新大陸の陽光か、イタリアSQらしい地中海的な明るさとでも言うべきか。心弾むような演奏で、終曲間近ではどんどん盛り上がって、聴き手の興奮を誘う。名演だなぁ。
チェコ、ボヘミアの団体ではないので、いわゆる「本場物」ではありません。
でも、イタリアSQらしく、歌謡性に満ちた演奏でボクは大好きであります。
そもそもドヴォルザークは、旋律美の作曲家、大変なメロディ・メーカーですから、「歌う演奏」が良いのではないかと思っています。
ファースト・チョイスにはならないかもしれませんが。2枚目としては、このイタリアSQの演奏は(カップリングがボロディンでもあるので)、お勧めであります。
2005/09/21のBlog
[ 06:04 ]
[ 管弦楽曲 ]
行きつけのレコードショップが9月決算ということで、旧譜の半額バーゲンを始めた。
CDは再販制度があるんじゃなかったかな?新品の半額セールなど可能なんかいなぁ?・・・・と思いつつ、店主に尋ねると、昨年9月以前に発売された(つまり1年以上前の)商品は全部半額で良いという。ナント!・・・・。
普段から買うのは廉価盤がメインなのだが、1000円盤はたった500円で買えちゃう。ワンコインCDだ。レギュラー盤でも1400円だ。普段の廉価盤価格ではないか。
嬉しい。いいぞ。ナンボでも買えるなぁ。よっしゃ、どんどん買っちゃえ・・・・・(^^ゞ。
土曜日に20枚ほど購って、我慢できずにまた店を訪れ一昨日には30枚ほど結局購入。バーゲンは25日までなので、もう一度くらいは行ってしまいそう・・・・やれやれ。
そこで手に入れた1枚が今日のCD。
ムソルグスキー(ラヴェル編曲)の「展覧会の絵」。
演奏はエルネスト・アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団。1959年の録音。
録音が全く素晴らしい出来。ホンマに今から46年も前の録音なんかいなと、何度もジャケット裏を見てしまった。
先日取り上げた「コッペリア」が1957年録音、この2年前だったのだが、比較にならないほど「展覧会の絵」は素晴らしい。切れ込みが深く、音も鮮烈。管楽器は輝かしく、弦楽は濡れたような色気がある。さすが、DECCAである。
演奏は、至ってアンセルメらしい、スタイリッシュでエレガントなもの。品があって、クールなのだ。この「展覧会の絵」は、演奏の仕方ではドロドロ、ハデハデに出来る曲ではないかと思うのだが(それが可能なのは、ラヴェルの編曲が素晴らしいからだと思うのだが)、アンセルメは冷静に、しっかりと演奏してゆく。熱くなったり、興奮したりするような音楽にはしないのが、アンセルメ流なのだ。
冒頭のプレリュードのトランペットが輝かしくツヤツヤしている。滅茶苦茶うまいというほどではないが、安心して聴けるし、何より音色が明るくて良い。
「古城」の哀愁、「テュイルリー公園」での子供たちの動きもカッコ良く決まっている。「ブイドロ」の荘重なところも巧いなぁと思う。アンサンブルはすこしゆるいかな。
ラヴェルの管弦楽はもちろんスゴイと思う。彼の音楽は、「スイスの時計職人のよう」と評されたのだったか?アンセルメは、そんな精緻で知的なラヴェルのオーケストレーションを見事に解析して聴き手に示してくれていると思う。何度も書くが、録音が素晴らしく(ホンマに46年前のものか?ついこの間のものに聞こえる・・・・)、アンセルメ/スイス・ロマンド管弦楽団の演奏も明晰きわまりないので、曲の隅々まで「見える」のだ・・・・・。
後半の「カタコンブ」から、「キエフの大門」まで一気に盛り上がってゆく。
最後は、オルガンまで加わる(楽譜にはなかったらしいのだが)!。
壮大・華麗・豪華絢爛と評したいエンディング。
ダイナミック・レンジが広いので、ラストではボリュームを落とさないと部屋が揺れ始める。危険でありました・・・・(^^ゞ
実はこの演奏、昔、FM放送をエアチェックして、カセットテープで聴いていたが、デッキが壊れてからしばらくテープを聴いていなかった。久しぶりでありました。
なるほど、改めて聴いてもこの演奏はスゴイ。
昔から超定番と謳われてきただけのことはある。
そのCDが500円で手元にあるわけです(^-^)。
また買い出しに行ってしまいそうであります。
CDは再販制度があるんじゃなかったかな?新品の半額セールなど可能なんかいなぁ?・・・・と思いつつ、店主に尋ねると、昨年9月以前に発売された(つまり1年以上前の)商品は全部半額で良いという。ナント!・・・・。
普段から買うのは廉価盤がメインなのだが、1000円盤はたった500円で買えちゃう。ワンコインCDだ。レギュラー盤でも1400円だ。普段の廉価盤価格ではないか。
嬉しい。いいぞ。ナンボでも買えるなぁ。よっしゃ、どんどん買っちゃえ・・・・・(^^ゞ。
土曜日に20枚ほど購って、我慢できずにまた店を訪れ一昨日には30枚ほど結局購入。バーゲンは25日までなので、もう一度くらいは行ってしまいそう・・・・やれやれ。
そこで手に入れた1枚が今日のCD。
ムソルグスキー(ラヴェル編曲)の「展覧会の絵」。
演奏はエルネスト・アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団。1959年の録音。
録音が全く素晴らしい出来。ホンマに今から46年も前の録音なんかいなと、何度もジャケット裏を見てしまった。
先日取り上げた「コッペリア」が1957年録音、この2年前だったのだが、比較にならないほど「展覧会の絵」は素晴らしい。切れ込みが深く、音も鮮烈。管楽器は輝かしく、弦楽は濡れたような色気がある。さすが、DECCAである。
演奏は、至ってアンセルメらしい、スタイリッシュでエレガントなもの。品があって、クールなのだ。この「展覧会の絵」は、演奏の仕方ではドロドロ、ハデハデに出来る曲ではないかと思うのだが(それが可能なのは、ラヴェルの編曲が素晴らしいからだと思うのだが)、アンセルメは冷静に、しっかりと演奏してゆく。熱くなったり、興奮したりするような音楽にはしないのが、アンセルメ流なのだ。
冒頭のプレリュードのトランペットが輝かしくツヤツヤしている。滅茶苦茶うまいというほどではないが、安心して聴けるし、何より音色が明るくて良い。
「古城」の哀愁、「テュイルリー公園」での子供たちの動きもカッコ良く決まっている。「ブイドロ」の荘重なところも巧いなぁと思う。アンサンブルはすこしゆるいかな。
ラヴェルの管弦楽はもちろんスゴイと思う。彼の音楽は、「スイスの時計職人のよう」と評されたのだったか?アンセルメは、そんな精緻で知的なラヴェルのオーケストレーションを見事に解析して聴き手に示してくれていると思う。何度も書くが、録音が素晴らしく(ホンマに46年前のものか?ついこの間のものに聞こえる・・・・)、アンセルメ/スイス・ロマンド管弦楽団の演奏も明晰きわまりないので、曲の隅々まで「見える」のだ・・・・・。
後半の「カタコンブ」から、「キエフの大門」まで一気に盛り上がってゆく。
最後は、オルガンまで加わる(楽譜にはなかったらしいのだが)!。
壮大・華麗・豪華絢爛と評したいエンディング。
ダイナミック・レンジが広いので、ラストではボリュームを落とさないと部屋が揺れ始める。危険でありました・・・・(^^ゞ
実はこの演奏、昔、FM放送をエアチェックして、カセットテープで聴いていたが、デッキが壊れてからしばらくテープを聴いていなかった。久しぶりでありました。
なるほど、改めて聴いてもこの演奏はスゴイ。
昔から超定番と謳われてきただけのことはある。
そのCDが500円で手元にあるわけです(^-^)。
また買い出しに行ってしまいそうであります。
2005/09/20のBlog
[ 03:29 ]
[ 器楽曲 ]
中秋の名月。
東の空から見事な月が昇ってくる。やがて、南天に冴え冴えと輝く。
風も涼しくなって、まこと秋の名月を眺めるのにふさわしい。
クラシック音楽鑑賞にも読書にも適した季節が、ようやくやってきた。
そこで今日は、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調「月光」。
懐かしいウィルヘルム・ケンプのピアノ。
1960年5月、ドイツのハノーヴァーでの録音。今からもう半世紀前のDG盤。
ケンプは、ドイツ最長老のピアニスト。
クラシック音楽聴き始めた若い頃。ベートーヴェンについて、よくバックハウスと比較したものだ。
バックハウスは剛毅豪快で古典的、ケンプは浪漫的で詩人の味わい。
バックハウスの技術は完璧で、ケンプは技術的には難があるもののそれを補って余りあるポエジーが素晴らしかった。
別にどちらかを贔屓にしたことはないのだが、今夜の月を観て、ケンプがふさわしいと思ったまで。
さて、第1楽章、アダージョ・ソステヌート。ケンプの弾くピアノはロマンティックで詩情あふれるもの。特に演出するわけでもなく、淡々と弾いているようなのだが、滋味深い演奏というか、しみじみと情趣のある演奏というか。
ゆったりとしたテンポで、音色そのものは冴えているのだが、おそらくペダルを多用しているのだろう、ピアノの残響が夢見るように美しい。これほど上品で、清らかな第1楽章はあまりないのではないか。
第2楽章のアレグレット。心地よくピアノが弾む。気持ち良いつくり。
ピアノの音は冴えてホンマに美しい。録音も残響たっぷりで、味わい深い。
第3楽章はプレスト・アジタート。さすがに速いパッセージでは、「ケンプ、大丈夫か?」という瞬間があるのだが、破綻はしていない。それよりも、ふとテンポが遅くなる部分での哀愁、抒情が素晴らしい。この辺が、ケンプの美点だと思うし、この情感を聴きたくてボクはケンプのCDを取り出すのだ。
録音は45年前のものだけに、さすがに古びた感じが否めない。残響多いのが特徴。
ピアノの芯がクッキリしてはいないのだが、非常に雰囲気にある録音と言える。
もう少し「カツン」という響きがあればいいのだが、それはケンプには無い物ねだりかもしれないな。
東の空から見事な月が昇ってくる。やがて、南天に冴え冴えと輝く。
風も涼しくなって、まこと秋の名月を眺めるのにふさわしい。
クラシック音楽鑑賞にも読書にも適した季節が、ようやくやってきた。
そこで今日は、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調「月光」。
懐かしいウィルヘルム・ケンプのピアノ。
1960年5月、ドイツのハノーヴァーでの録音。今からもう半世紀前のDG盤。
ケンプは、ドイツ最長老のピアニスト。
クラシック音楽聴き始めた若い頃。ベートーヴェンについて、よくバックハウスと比較したものだ。
バックハウスは剛毅豪快で古典的、ケンプは浪漫的で詩人の味わい。
バックハウスの技術は完璧で、ケンプは技術的には難があるもののそれを補って余りあるポエジーが素晴らしかった。
別にどちらかを贔屓にしたことはないのだが、今夜の月を観て、ケンプがふさわしいと思ったまで。
さて、第1楽章、アダージョ・ソステヌート。ケンプの弾くピアノはロマンティックで詩情あふれるもの。特に演出するわけでもなく、淡々と弾いているようなのだが、滋味深い演奏というか、しみじみと情趣のある演奏というか。
ゆったりとしたテンポで、音色そのものは冴えているのだが、おそらくペダルを多用しているのだろう、ピアノの残響が夢見るように美しい。これほど上品で、清らかな第1楽章はあまりないのではないか。
第2楽章のアレグレット。心地よくピアノが弾む。気持ち良いつくり。
ピアノの音は冴えてホンマに美しい。録音も残響たっぷりで、味わい深い。
第3楽章はプレスト・アジタート。さすがに速いパッセージでは、「ケンプ、大丈夫か?」という瞬間があるのだが、破綻はしていない。それよりも、ふとテンポが遅くなる部分での哀愁、抒情が素晴らしい。この辺が、ケンプの美点だと思うし、この情感を聴きたくてボクはケンプのCDを取り出すのだ。
録音は45年前のものだけに、さすがに古びた感じが否めない。残響多いのが特徴。
ピアノの芯がクッキリしてはいないのだが、非常に雰囲気にある録音と言える。
もう少し「カツン」という響きがあればいいのだが、それはケンプには無い物ねだりかもしれないな。
2005/09/19のBlog
[ 05:47 ]
[ 管弦楽曲 ]
4年前に、1カ月ほどオーストラリアに出張したことがあった。
メルボルンおよび郊外のバララット、シドニーでの研修がメインで、なかなか自由な時間が取れなかったが、数少ない夜間自由行動の機会に、メルボルンでは「ボエーム」を観ることが出来た。当日券だったので、2階席しか残っていなかったが、ゆったりと楽しめた。空席も結構あったことを憶えている。日本円で4000円程度だったか、安い値段で観られるもんだわい、と感心した。
シドニーではあの著名なオペラ・ハウスへ。やはり当日券を申し込んだが、もうほとんど無いという。演目はドリーブのバレエ「コッペリア」。「バレエなど人気があるんかいな?」と思ったが(自分は興味が殆どないので)、まあ仕方がない、どうしても欲しいと言ったところ、「最悪の席しかないが構わないか?」と、念を押された(・・・らしい。というのは、英語がよく分からないので、あとで思い返せば、やめておけということだったようだ(^^ゞ・・・)。これも値段は3000円程度。安いなぁ。
しかし、席に座って驚いた。まさに、最悪の席。ステージ左上方の3階席。幕が開いているのに、その幕でステージが半分見えない!これじゃあ、半分しか楽しめんわいなと思いつつ、入場料が半額に近いほど安かったのも、むべなるかなと思ったものだ・・・・・・。
逆に、客席はよく見えた(^^ゞ。満席だった。着飾った男女で一杯だった。子供も多かったが、これも身綺麗にして観ていた。
なるほど、豪州では(おそらく、欧米でも同じだろう)、バレエが非常に人気があるんだなと思った次第。
前振りが長くなった。舞台は半分しか見えなかったが、音楽は充実していた。バレエ音楽は、じつは踊りと一緒に観ると楽しいことが実感できた。
今日は、そのドリーブのバレエ音楽「コッペリア」(抜粋盤)を。指揮はエルネスト・アンセルメ、スイス・ロマンド管弦楽団の演奏。録音は今から50年近く前の1957年1月、ステレオ初期の頃のDECCA盤。国内盤では1000円盤として出ている。カップリングは同じドリーブの「シルヴィア」抜粋。
アンセルメの指揮が溌剌として楽しい。シドニーでの舞台を彷彿とさせる明快で華麗な演奏。このCDでは2曲目の「アンダンテ~ワルツ」が素晴らしい。これは有名な曲だが、アンセルメの指揮で聴くと、何とも流麗で上品。うっとりとするほど管弦楽も巧い。
スイス・ロマンド管は実演で聴くと大したことなかったと、何かの本で読んだことがあるが、この演奏は巧い。弦はカラッと明るく、時にシルキー・タッチの繊細さ。管楽器も弾けるような軽さと明るさを持っていて、聴いていて心が弾み、気分がよい。
ドリーブのバレエは(舞台の半分しか見えなかったのだが)、本当に楽しかった。踊りも素晴らしいが、演技も愉快で大笑いできるほど、ユーモアに満ちていた。
その面白さ・楽しさが、アンセルメ/スイス・ロマンド管弦楽団のつくりだす音楽だけで伝わってくる。名演だなあと思う。
アンセルメは、こういうバレエ音楽や、情景描写の音楽がホンマに巧いなと思う。
DECCAの指揮者なら、このタイプは今ならデュトワなのだろうけれど、アンセルメの上品さ・演出の巧さは、デュトワより上ではなかろうか。
録音も、今から50年前というのがちょっと信じられないくらい鮮明。高音がやや詰まった感じがするのは仕方なし。DECCAの録音って、エエですなあ。
メルボルンおよび郊外のバララット、シドニーでの研修がメインで、なかなか自由な時間が取れなかったが、数少ない夜間自由行動の機会に、メルボルンでは「ボエーム」を観ることが出来た。当日券だったので、2階席しか残っていなかったが、ゆったりと楽しめた。空席も結構あったことを憶えている。日本円で4000円程度だったか、安い値段で観られるもんだわい、と感心した。
シドニーではあの著名なオペラ・ハウスへ。やはり当日券を申し込んだが、もうほとんど無いという。演目はドリーブのバレエ「コッペリア」。「バレエなど人気があるんかいな?」と思ったが(自分は興味が殆どないので)、まあ仕方がない、どうしても欲しいと言ったところ、「最悪の席しかないが構わないか?」と、念を押された(・・・らしい。というのは、英語がよく分からないので、あとで思い返せば、やめておけということだったようだ(^^ゞ・・・)。これも値段は3000円程度。安いなぁ。
しかし、席に座って驚いた。まさに、最悪の席。ステージ左上方の3階席。幕が開いているのに、その幕でステージが半分見えない!これじゃあ、半分しか楽しめんわいなと思いつつ、入場料が半額に近いほど安かったのも、むべなるかなと思ったものだ・・・・・・。
逆に、客席はよく見えた(^^ゞ。満席だった。着飾った男女で一杯だった。子供も多かったが、これも身綺麗にして観ていた。
なるほど、豪州では(おそらく、欧米でも同じだろう)、バレエが非常に人気があるんだなと思った次第。
前振りが長くなった。舞台は半分しか見えなかったが、音楽は充実していた。バレエ音楽は、じつは踊りと一緒に観ると楽しいことが実感できた。
今日は、そのドリーブのバレエ音楽「コッペリア」(抜粋盤)を。指揮はエルネスト・アンセルメ、スイス・ロマンド管弦楽団の演奏。録音は今から50年近く前の1957年1月、ステレオ初期の頃のDECCA盤。国内盤では1000円盤として出ている。カップリングは同じドリーブの「シルヴィア」抜粋。
アンセルメの指揮が溌剌として楽しい。シドニーでの舞台を彷彿とさせる明快で華麗な演奏。このCDでは2曲目の「アンダンテ~ワルツ」が素晴らしい。これは有名な曲だが、アンセルメの指揮で聴くと、何とも流麗で上品。うっとりとするほど管弦楽も巧い。
スイス・ロマンド管は実演で聴くと大したことなかったと、何かの本で読んだことがあるが、この演奏は巧い。弦はカラッと明るく、時にシルキー・タッチの繊細さ。管楽器も弾けるような軽さと明るさを持っていて、聴いていて心が弾み、気分がよい。
ドリーブのバレエは(舞台の半分しか見えなかったのだが)、本当に楽しかった。踊りも素晴らしいが、演技も愉快で大笑いできるほど、ユーモアに満ちていた。
その面白さ・楽しさが、アンセルメ/スイス・ロマンド管弦楽団のつくりだす音楽だけで伝わってくる。名演だなあと思う。
アンセルメは、こういうバレエ音楽や、情景描写の音楽がホンマに巧いなと思う。
DECCAの指揮者なら、このタイプは今ならデュトワなのだろうけれど、アンセルメの上品さ・演出の巧さは、デュトワより上ではなかろうか。
録音も、今から50年前というのがちょっと信じられないくらい鮮明。高音がやや詰まった感じがするのは仕方なし。DECCAの録音って、エエですなあ。
2005/09/18のBlog
[ 05:06 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
朝晩の涼しいこと。日中はまだ30度まで気温が上昇するが、クラシック音楽鑑賞に良い季節になりました。
が、しかし。このDoblog、アダルト系のトラックバック攻撃が激しすぎるのではないか?
何とかならんのか・・・(`_´)。更新するたびに、10件近いTBが付いてくる。
ワシャ、腹が立っとります・・・・・。
と、ブツブツ言っていても仕方ないので、口直しに今日は甘い歌唱を。
キリ・テ・カナワが歌うプッチーニのアリア集。伴奏はジョン・プリッチャード指揮ロンドン・フィル。1981年録音のCBS盤。新宿の伊勢丹近く、コタニというレコード屋で「ジャケット買い」(^^ゞ・・・した1枚。
いや、この頃のキリ・テ・カナワはホンマに綺麗だった。歌も素晴らしいが、容姿も他の歌手に比べて図抜けて美しかった。このとき、彼女は30代の後半。匂うような色香が何とも言えなかった。
このプッチーニは、実はレコードのB面で、A面にはヴェルディのアリア集がいくつか収録されている。
ただ、ボクにとって思い出深いのは、断然プッチーニ。
ボクはこのLPで、プッチーニの、たっぷり砂糖を使ったケーキのように甘く、また身を切られるように切なく哀しい、そんなアリアの楽しみを知ることができた。また旋律美に満ちた素晴らしい管弦楽を知ることが出来た。
まだ学生だった頃。
このアリア集を聴くと、その当時の生活、学生街の雑踏、大教室のざわめき、ゼミのレジュメを書くのに通った図書館の本の匂い・・・・いろいろなことが思い出される。
キリ・テ・カナワのプッチーニのアリアは、ボクを過去に連れ戻す・・・・。
そのB面の曲目は7曲。
1.「妖精ヴィルリ」~もしも私が小さい花ならば
2.「トスカ」~歌に生き,恋に生き
3.「つばめ」~ドレッタのすばらしい夢
4.「ボエーム」~私が町を歩くと(ムゼッタのワルツ)
5.「マノン・レスコー」~華やかに着飾っても
6.「ジャンニ・スキッキ」~私のお父さん
7.「蝶々夫人」~ある晴れた日に
テ・カナワの全盛期の録音。この当時、彼女の録音が次から次へ発売されており、実演でも相当忙しかったのではないかと思われるほど、時に掠れるような声になっているのがチョイと惜しいのだが、それでも、キリの「クリーミー・ヴォイス」は十分に味わえる。
特に高音の伸びが美しい。
トスカのように情熱的で重みのあるアリアより、妖精ヴィルリやジャンニ・スキッキのアリアのような、明朗で軽やかな方が向いているように思う。
特に素晴らしいのは、ムゼッタのワルツ!
化粧の厚い、けばけばしい美女なのだが、実はハートは純真なところがあるムゼッタの雰囲気がよく出て、まさに名唱。
ボエームが好き。中でもミミとムゼッタのアリアが好きなのだが、ムゼッタのワルツに関しては今でもこのテ・カナワがボクにとってはベストであります。
が、しかし。このDoblog、アダルト系のトラックバック攻撃が激しすぎるのではないか?
何とかならんのか・・・(`_´)。更新するたびに、10件近いTBが付いてくる。
ワシャ、腹が立っとります・・・・・。
と、ブツブツ言っていても仕方ないので、口直しに今日は甘い歌唱を。
キリ・テ・カナワが歌うプッチーニのアリア集。伴奏はジョン・プリッチャード指揮ロンドン・フィル。1981年録音のCBS盤。新宿の伊勢丹近く、コタニというレコード屋で「ジャケット買い」(^^ゞ・・・した1枚。
いや、この頃のキリ・テ・カナワはホンマに綺麗だった。歌も素晴らしいが、容姿も他の歌手に比べて図抜けて美しかった。このとき、彼女は30代の後半。匂うような色香が何とも言えなかった。
このプッチーニは、実はレコードのB面で、A面にはヴェルディのアリア集がいくつか収録されている。
ただ、ボクにとって思い出深いのは、断然プッチーニ。
ボクはこのLPで、プッチーニの、たっぷり砂糖を使ったケーキのように甘く、また身を切られるように切なく哀しい、そんなアリアの楽しみを知ることができた。また旋律美に満ちた素晴らしい管弦楽を知ることが出来た。
まだ学生だった頃。
このアリア集を聴くと、その当時の生活、学生街の雑踏、大教室のざわめき、ゼミのレジュメを書くのに通った図書館の本の匂い・・・・いろいろなことが思い出される。
キリ・テ・カナワのプッチーニのアリアは、ボクを過去に連れ戻す・・・・。
そのB面の曲目は7曲。
1.「妖精ヴィルリ」~もしも私が小さい花ならば
2.「トスカ」~歌に生き,恋に生き
3.「つばめ」~ドレッタのすばらしい夢
4.「ボエーム」~私が町を歩くと(ムゼッタのワルツ)
5.「マノン・レスコー」~華やかに着飾っても
6.「ジャンニ・スキッキ」~私のお父さん
7.「蝶々夫人」~ある晴れた日に
テ・カナワの全盛期の録音。この当時、彼女の録音が次から次へ発売されており、実演でも相当忙しかったのではないかと思われるほど、時に掠れるような声になっているのがチョイと惜しいのだが、それでも、キリの「クリーミー・ヴォイス」は十分に味わえる。
特に高音の伸びが美しい。
トスカのように情熱的で重みのあるアリアより、妖精ヴィルリやジャンニ・スキッキのアリアのような、明朗で軽やかな方が向いているように思う。
特に素晴らしいのは、ムゼッタのワルツ!
化粧の厚い、けばけばしい美女なのだが、実はハートは純真なところがあるムゼッタの雰囲気がよく出て、まさに名唱。
ボエームが好き。中でもミミとムゼッタのアリアが好きなのだが、ムゼッタのワルツに関しては今でもこのテ・カナワがボクにとってはベストであります。
2005/09/17のBlog
[ 04:50 ]
[ 器楽曲 ]
秋風が爽やか。
月も美しい。冴え冴えとして、眺めていて気持ちいい。
さて、今日はモーツァルトのピアノ・ソナタを。
ピアノはマリア・ジョアオ・ピリス。DENONの名曲全集「マイ・クラシック・ギャラリー」の1枚を先日入手。ピアノソナタの第8番や第11番「トルコ行進曲つき」、第15番などを収めている。いわば、モーツァルトのソナタの有名どころを集めた1枚。1974年のPCM録音(懐かしい言葉!)。すでに30年前になってしまった。ピリスはその後DGに再録音しているので、これは旧盤となる。
ピリスの音が綺麗。
音色は実に透明感溢れるものなのだが、向こうが透けてクッキリと見えてしまう透明感ではなく、やや霞がかった見え方というか、そんな音色(ああ、うまく言えない(^^ゞ・・・)。
コロコロ転がるような音もあれば、ナイフのような切れ味鋭い音もある。フワッと浮遊する音もあれば、感情を抑えて沈潜する音もある。聴いていると、音色が万華鏡のように変化してゆく、不思議なピアノ。そして、それらの音色が、モーツァルトにピッタリなのだから聴き手にはたまらない。
第11番イ長調K331「トルコ行進曲つき」。
第1楽章のアンダンテの落ち着き、楽想・音色の変化が楽しい。変奏曲のそれぞれの性格がきれいに描き分けられ、しかもニュアンスに富んでいる。音はエッジがやや丸く暖かい。
第2楽章のメヌエットもテンポは中庸で、ピリスの穏やかな温かみのある音色が十分に楽しめる。
素晴らしいのは第3楽章のトルコ行進曲。
テンポが遅い。全く遅い。手持ちのケンプやブレンデル、内田光子、バレンボイムなどと比べてみても、とにかく遅い。
そして、暗い!・・・・・。この曲は快活な行進曲だと思っていたが、ピリスが弾くと、哀しみが漂う。涙ぐんでいる行進曲。ここにもモーツァルトの「走る悲しみ」がある。
ああ、そうか。こんな弾き方もあったのかと呆然。しかし、これもモーツァルトだわなぁ。
第8番イ短調K310は第1楽章が面白い。ピアノがスマートで、鋭い。切れ味バッサリという感じで、音もクール。冷たく輝く音と言っても良いかな。それが、また短調のこの曲想に絶妙に合っている。とにかく11番の暖かい音色と全然違うので、思わず「ありゃ、ピアニストが変わったんかいな?」と、ジャケットを調べてしまった。
ピアノの音色が千変万化。面白いことこの上なし。
しかも、素晴らしいモーツァルトの音楽になっている。
ピリス、恐るべし。
ピリスの新盤は未聴なので比較しているわけではありませんが、モーツァルトのピアノ・ソナタに関しては、このピリスの旧盤で十分に楽しめました・・・・・というより今まで聴いた中では最高の部類と言ってもエエでしょう。録音も30年も前のものとは思えない、素晴らしいものです。
ところで、この数日のアダルト系TB攻撃、何とかならんですかね?
ひどい日は10個くらい、TBがつけられてしまいます。
アダルトはやめてくれ~~~。ワシャ、クラシック音楽を聴きたいんじゃ。
月も美しい。冴え冴えとして、眺めていて気持ちいい。
さて、今日はモーツァルトのピアノ・ソナタを。
ピアノはマリア・ジョアオ・ピリス。DENONの名曲全集「マイ・クラシック・ギャラリー」の1枚を先日入手。ピアノソナタの第8番や第11番「トルコ行進曲つき」、第15番などを収めている。いわば、モーツァルトのソナタの有名どころを集めた1枚。1974年のPCM録音(懐かしい言葉!)。すでに30年前になってしまった。ピリスはその後DGに再録音しているので、これは旧盤となる。
ピリスの音が綺麗。
音色は実に透明感溢れるものなのだが、向こうが透けてクッキリと見えてしまう透明感ではなく、やや霞がかった見え方というか、そんな音色(ああ、うまく言えない(^^ゞ・・・)。
コロコロ転がるような音もあれば、ナイフのような切れ味鋭い音もある。フワッと浮遊する音もあれば、感情を抑えて沈潜する音もある。聴いていると、音色が万華鏡のように変化してゆく、不思議なピアノ。そして、それらの音色が、モーツァルトにピッタリなのだから聴き手にはたまらない。
第11番イ長調K331「トルコ行進曲つき」。
第1楽章のアンダンテの落ち着き、楽想・音色の変化が楽しい。変奏曲のそれぞれの性格がきれいに描き分けられ、しかもニュアンスに富んでいる。音はエッジがやや丸く暖かい。
第2楽章のメヌエットもテンポは中庸で、ピリスの穏やかな温かみのある音色が十分に楽しめる。
素晴らしいのは第3楽章のトルコ行進曲。
テンポが遅い。全く遅い。手持ちのケンプやブレンデル、内田光子、バレンボイムなどと比べてみても、とにかく遅い。
そして、暗い!・・・・・。この曲は快活な行進曲だと思っていたが、ピリスが弾くと、哀しみが漂う。涙ぐんでいる行進曲。ここにもモーツァルトの「走る悲しみ」がある。
ああ、そうか。こんな弾き方もあったのかと呆然。しかし、これもモーツァルトだわなぁ。
第8番イ短調K310は第1楽章が面白い。ピアノがスマートで、鋭い。切れ味バッサリという感じで、音もクール。冷たく輝く音と言っても良いかな。それが、また短調のこの曲想に絶妙に合っている。とにかく11番の暖かい音色と全然違うので、思わず「ありゃ、ピアニストが変わったんかいな?」と、ジャケットを調べてしまった。
ピアノの音色が千変万化。面白いことこの上なし。
しかも、素晴らしいモーツァルトの音楽になっている。
ピリス、恐るべし。
ピリスの新盤は未聴なので比較しているわけではありませんが、モーツァルトのピアノ・ソナタに関しては、このピリスの旧盤で十分に楽しめました・・・・・というより今まで聴いた中では最高の部類と言ってもエエでしょう。録音も30年も前のものとは思えない、素晴らしいものです。
ところで、この数日のアダルト系TB攻撃、何とかならんですかね?
ひどい日は10個くらい、TBがつけられてしまいます。
アダルトはやめてくれ~~~。ワシャ、クラシック音楽を聴きたいんじゃ。
2005/09/16のBlog
[ 04:53 ]
[ 協奏曲 ]
爽やかな気候になってきました。
秋の冷気が漂う中で、クラシック音楽を聴くのは最高であります。
仕事は、大きな行事を沢山抱えて忙しく、にもかかわらず周囲の動きが鈍いので腹立たしい日々ではあるのですが、まあ、そんな時もあるわいなぁ。
ええ、ええ。構わん、構わん。何とかなるだろうぞい。
さて今日は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番ト長調作品58。
マウリツィオ・ポリーニのピアノ、カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの演奏。1976年、ウィーンのムジークフェラインザールでの録音。ポリーニの1回目のベートーヴェン全集につながった1枚。MG1050というレコード番号の国内盤。
晩年のベームと並んで、若きポリーニがエエ顔してます。演奏も、実ははそんな感じでありました。
第1楽章のアレグロ・モデラート。ベーム/ウィーン・フィルがつくり出す管弦楽はスケールが大きく輝かしい。ヴァイオリンはいつものウィーン・フィルらしく鮮烈で光り輝く明るさ。柔らかく、かつしなやかで、色彩的な弦楽はいつ聴いても素晴らしいなと思う。管楽器も鮮やか。ホルンやオーボエが特に美しい。濃厚で味わい深い、コクがあって舌の上でとろけそうな、そんなホルン・オーボエ。素晴らしい管弦楽。
そのオケの大きさに全く遜色なく、これも圧倒的な音量でピアノが始まる。重厚なのに透明感があって、輝く音色。晴れ渡った青空がどこまでも澄んで抜けてゆくような音色。まさにポリーニの音色。オケと対峙して、全くひけを取らないのはさすが。
ただ聴き進むうちに、ポリーニならもっと豪快に弾けるんじゃないかと思うこともあった。どうもペースがベームにあるような感じなのだ。老匠ベームに遠慮したかな?敬意を表して合わせたのだとしたら、ちょいと残念。
カデンツァは最高。今まで聴いたことがないカデンツァなので、ポリーニ自作かと思ったら、ジャケットにはちゃんとベートーヴェン作と書いてある。どうも、ベートーヴェンの書いたカデンツァは3つあって、そのうち殆ど弾かれないカデンツァをポリニーは用いたらしい。即興的で、音もスカッと抜けて気持ち良く、全くポリーニ自作と言っても良いような、すてきで技巧的なカデンツァだ。
第2楽章の叙情の表出も美しい。ポリーニの弱音もなかなかイイ。オケはしっとりと聴かせてくれるが、テンポはベームのペースだろう。テンポの落ち着き、リズムの厳格さ、ヴィオラやチェロの峻厳さは、ベームの特長だと思う。
終楽章ロンド・ヴィヴァーチェ。ベームの重厚な管弦楽を背景に、陽気な音でピアノが走り回る。サッパリと屈託ない演奏。快活で俊足な青年の音楽になっている。ジャケット写真のポリーニが若いこと!ベームとの協奏を楽しむ微笑がイイ。カデンツァはここでも素晴らしい。コーダのプレストはポリーニの技巧を持ってすれば何てことはない。ウィーン・フィルは最後まで本当に美しい。
この演奏、ベームの影響が強いベートーヴェンだと思うが、しかし、全体的に青春・青年の音楽になっている。ポリーニのピアノの賜物だ。
この頃のポリーニは実に良かった。
当時から、この演奏には賛否両論あったが、ボクは好きだな。後年のアバドとのものより良いんじゃないかと思う。
秋の冷気が漂う中で、クラシック音楽を聴くのは最高であります。
仕事は、大きな行事を沢山抱えて忙しく、にもかかわらず周囲の動きが鈍いので腹立たしい日々ではあるのですが、まあ、そんな時もあるわいなぁ。
ええ、ええ。構わん、構わん。何とかなるだろうぞい。
さて今日は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番ト長調作品58。
マウリツィオ・ポリーニのピアノ、カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの演奏。1976年、ウィーンのムジークフェラインザールでの録音。ポリーニの1回目のベートーヴェン全集につながった1枚。MG1050というレコード番号の国内盤。
晩年のベームと並んで、若きポリーニがエエ顔してます。演奏も、実ははそんな感じでありました。
第1楽章のアレグロ・モデラート。ベーム/ウィーン・フィルがつくり出す管弦楽はスケールが大きく輝かしい。ヴァイオリンはいつものウィーン・フィルらしく鮮烈で光り輝く明るさ。柔らかく、かつしなやかで、色彩的な弦楽はいつ聴いても素晴らしいなと思う。管楽器も鮮やか。ホルンやオーボエが特に美しい。濃厚で味わい深い、コクがあって舌の上でとろけそうな、そんなホルン・オーボエ。素晴らしい管弦楽。
そのオケの大きさに全く遜色なく、これも圧倒的な音量でピアノが始まる。重厚なのに透明感があって、輝く音色。晴れ渡った青空がどこまでも澄んで抜けてゆくような音色。まさにポリーニの音色。オケと対峙して、全くひけを取らないのはさすが。
ただ聴き進むうちに、ポリーニならもっと豪快に弾けるんじゃないかと思うこともあった。どうもペースがベームにあるような感じなのだ。老匠ベームに遠慮したかな?敬意を表して合わせたのだとしたら、ちょいと残念。
カデンツァは最高。今まで聴いたことがないカデンツァなので、ポリーニ自作かと思ったら、ジャケットにはちゃんとベートーヴェン作と書いてある。どうも、ベートーヴェンの書いたカデンツァは3つあって、そのうち殆ど弾かれないカデンツァをポリニーは用いたらしい。即興的で、音もスカッと抜けて気持ち良く、全くポリーニ自作と言っても良いような、すてきで技巧的なカデンツァだ。
第2楽章の叙情の表出も美しい。ポリーニの弱音もなかなかイイ。オケはしっとりと聴かせてくれるが、テンポはベームのペースだろう。テンポの落ち着き、リズムの厳格さ、ヴィオラやチェロの峻厳さは、ベームの特長だと思う。
終楽章ロンド・ヴィヴァーチェ。ベームの重厚な管弦楽を背景に、陽気な音でピアノが走り回る。サッパリと屈託ない演奏。快活で俊足な青年の音楽になっている。ジャケット写真のポリーニが若いこと!ベームとの協奏を楽しむ微笑がイイ。カデンツァはここでも素晴らしい。コーダのプレストはポリーニの技巧を持ってすれば何てことはない。ウィーン・フィルは最後まで本当に美しい。
この演奏、ベームの影響が強いベートーヴェンだと思うが、しかし、全体的に青春・青年の音楽になっている。ポリーニのピアノの賜物だ。
この頃のポリーニは実に良かった。
当時から、この演奏には賛否両論あったが、ボクは好きだな。後年のアバドとのものより良いんじゃないかと思う。
2005/09/15のBlog
[ 05:32 ]
[ 協奏曲 ]
PCの起動、いよいよ不安定。今日も何度もハングしました。
このエントリーを記している間にも、ハング・・・・・(^^ゞ。
「ピポッ」という起動音が出ると、ホッとする状態であります。やれやれ。
さて、夜になってだいぶ涼しくなってきました。そこで、今日はブラームスのヴァイオリン協奏曲ニ長調作品77。
ギドン・クレーメルのヴァイオリン、バーンスタイン指揮ウィーン・フィルの演奏。1982年9月、ウィーンのコンツェルトハウスでのライヴ。国内発売は1983年10月。
クレーメルが1980年に当時の西ドイツに亡命し、フィリップスやDGに盛んに録音し始めた頃の演奏。すでにベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(フィリップス盤)で、シュニトケのカデンツァを用いた衝撃的な演奏が話題になっていたし、同じフィリップスから出たバッハのヴァイオリン協奏曲集は新鮮そのもの、特に2つのヴァイオリンのための協奏曲はクレーメルの2役、多重録音が素晴らしい出来だった。さたにバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータも、切れ味鋭い演奏だった。
そう、クレーメルのヴァイオリンは細身で切れ味鋭い、日本刀を思わせるような音色が特徴に思えた。喩えは悪いが、クレーメルのヴァイオリンは、ルパン三世の石川五右衛門がバッタバッタと切ってゆく姿を彷彿とさせるヴァイオリンじゃないか・・・(^^ゞ。
この演奏でも、濃密で重厚で感情過多のバーンスタイン率いるウィーン・フィルがむせび泣く中で、クレーメルはシャキシャキっとヴァイオリンを弾いてゆく。音は細身で鮮烈、日本刀が光り輝くような響きが素晴らしい。バーンスタインがつくり出すロマンティックな響きと、クレーメルが紡ぎ出す爽快な切れ味の響きは、ある意味では対照的。
協奏曲というよりは競争曲風。
でも、そこが面白い。
第1楽章の開始、オケが提示する主題がとてもロマンティックに響く。これぞバーンスタイン。深刻ぶった表情ではなく、どちらかといえばウィーン・フィルらしい(特に弦楽が!)明るい響きなのだが、バーンスタインの情念に触発されたのか、濃厚な味わいの主題だ。そこへクレーメルのクールで透明なヴァイオリンが入ってくる。オケの響きが明るく暖かいだけに、一層引き立つヴァイオリン。
カデンツァがスゴイ。マックス・レーガーの「前奏曲とフーガニ短調」を使っている。ヨアヒムでもクライスラーでもない、独特の響き。クレーメルの音色と同じで、クールで粘らないが、表情は多彩でニュアンスに富んでいる。初めて聴いたときはビックリしたが、何度も聴き返すうちに、素晴らしいカデンツァに思えてきた。
第2楽章は、やはりウィンナ・オーボエが聴きもの。ほのぼのと素朴で、若々しいオーボエ。ああ、この演奏は青春の響きを持っている演奏なのだと実感した。クレーメルも若かったし、バーンスタインの演奏はいつだって元気いっぱい、晩年まで若々しかった。そして、このレコードを高田馬場のムトウで買って、大事に抱えて家路についたボクも若かったのだ・・・。
終楽章は、バーンスタインの熱気とクレーメルのテクニック爆発の面白さ。伴奏はホットで情念的、ヴァイオリンは技術完璧で知的にクール。よく考えれば、水と油の個性なのに全然違和感なし、かえって素晴らしい協奏曲になっている。クラシック音楽って面白いなぁ。
このエントリーを記している間にも、ハング・・・・・(^^ゞ。
「ピポッ」という起動音が出ると、ホッとする状態であります。やれやれ。
さて、夜になってだいぶ涼しくなってきました。そこで、今日はブラームスのヴァイオリン協奏曲ニ長調作品77。
ギドン・クレーメルのヴァイオリン、バーンスタイン指揮ウィーン・フィルの演奏。1982年9月、ウィーンのコンツェルトハウスでのライヴ。国内発売は1983年10月。
クレーメルが1980年に当時の西ドイツに亡命し、フィリップスやDGに盛んに録音し始めた頃の演奏。すでにベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(フィリップス盤)で、シュニトケのカデンツァを用いた衝撃的な演奏が話題になっていたし、同じフィリップスから出たバッハのヴァイオリン協奏曲集は新鮮そのもの、特に2つのヴァイオリンのための協奏曲はクレーメルの2役、多重録音が素晴らしい出来だった。さたにバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータも、切れ味鋭い演奏だった。
そう、クレーメルのヴァイオリンは細身で切れ味鋭い、日本刀を思わせるような音色が特徴に思えた。喩えは悪いが、クレーメルのヴァイオリンは、ルパン三世の石川五右衛門がバッタバッタと切ってゆく姿を彷彿とさせるヴァイオリンじゃないか・・・(^^ゞ。
この演奏でも、濃密で重厚で感情過多のバーンスタイン率いるウィーン・フィルがむせび泣く中で、クレーメルはシャキシャキっとヴァイオリンを弾いてゆく。音は細身で鮮烈、日本刀が光り輝くような響きが素晴らしい。バーンスタインがつくり出すロマンティックな響きと、クレーメルが紡ぎ出す爽快な切れ味の響きは、ある意味では対照的。
協奏曲というよりは競争曲風。
でも、そこが面白い。
第1楽章の開始、オケが提示する主題がとてもロマンティックに響く。これぞバーンスタイン。深刻ぶった表情ではなく、どちらかといえばウィーン・フィルらしい(特に弦楽が!)明るい響きなのだが、バーンスタインの情念に触発されたのか、濃厚な味わいの主題だ。そこへクレーメルのクールで透明なヴァイオリンが入ってくる。オケの響きが明るく暖かいだけに、一層引き立つヴァイオリン。
カデンツァがスゴイ。マックス・レーガーの「前奏曲とフーガニ短調」を使っている。ヨアヒムでもクライスラーでもない、独特の響き。クレーメルの音色と同じで、クールで粘らないが、表情は多彩でニュアンスに富んでいる。初めて聴いたときはビックリしたが、何度も聴き返すうちに、素晴らしいカデンツァに思えてきた。
第2楽章は、やはりウィンナ・オーボエが聴きもの。ほのぼのと素朴で、若々しいオーボエ。ああ、この演奏は青春の響きを持っている演奏なのだと実感した。クレーメルも若かったし、バーンスタインの演奏はいつだって元気いっぱい、晩年まで若々しかった。そして、このレコードを高田馬場のムトウで買って、大事に抱えて家路についたボクも若かったのだ・・・。
終楽章は、バーンスタインの熱気とクレーメルのテクニック爆発の面白さ。伴奏はホットで情念的、ヴァイオリンは技術完璧で知的にクール。よく考えれば、水と油の個性なのに全然違和感なし、かえって素晴らしい協奏曲になっている。クラシック音楽って面白いなぁ。
2005/09/14のBlog
[ 01:07 ]
[ 協奏曲 ]
彼岸も近いのに、何たる残暑!。
日中、外にいたので、激しく日焼けしてしまいました。
肌が火照ってなかなか寝付けず、いやはや困ったもんです。
で・・・・・ここのところ、アナログづいております。
今日は懐かしいジェームズ・ゴールウェイのフルート独奏でモーツァルトのフルート協奏曲第1番ト長調K313。管弦楽はルドルフ・バウムガルトナー指揮ルツェルン祝祭管弦楽団。1974年9月、ルツェルンでのアナログ録音。オイロディスク原盤をキング・レコードが国内発売したもの(レコード番号はK15C-9008)。
ジェームズ・ゴールウェイ。天才の呼び声高いフルーティスト。音色は千変万化し、高音は突き抜けるように輝かしく、低音は太く強く、そしてしなやかで柔らかい。
1939年生まれというから、今は66歳。
経歴がスゴイ。20代半ばからロンドン響やロイヤル・フィルの主席を歴任、30歳でベルリン・フィルの首席に奏者の地位を獲得。1975年にはカラヤンの慰留を振り切って、ソロイストの活動へ。「あのカラヤンを袖にした男」なのである。
カラヤンはゴールウェイの音を愛し、BPOとの2度目の交響曲全集の「田園」録音の際に、ゴールウェイをわざわざ呼び寄せて、つまりゴールウェイのスケジュールに合わせて、僅か1日で「田園」を録ってしまったという話もある。第2楽章最後のフルートがゴールウェイだったのかと思いながら聴くのは、感慨深い。)
この録音は1974年、ゴールウェイがBPOの首席であった当時ということになる。
第1楽章から、素晴らしい管弦楽の音。深々として、艶やかな弦のトゥッティが、包み込むように聴き手に迫る。ルツェルン祝祭管弦楽団は、毎年夏の音楽祭のためのアンサンブルのはずだが、その巧いこと。録音も最高。アナログらしい、豊かで濃密な音、特に低音が深く、重厚で、耳に優しい。
そして、ゴールウェイのフルートが登場。爽やかに鳴り渡る高音。美音の固まりから、キラキラと輝く一音一音が飛び散ってゆくよう。左右のスピーカーの外へ、あるいは上方へ、拡散してゆくような高音が、ホンマに綺麗。
低音になると、強くクッキリとしていて太いのだが、弾力性のあるしなやかさも感じられる。
演奏は、技巧の破綻など全くなく、完璧。そして、天衣無縫、自由闊達、悪く言えば「好き放題」な演奏。バックのバウムガルトナー/ルツェルン祝祭管弦楽団が、カッチリとして格調高い、優美で正統的な伴奏を繰り広げているので、その違和感が全く面白い。
カデンツァは聴きごたえ十分。音色も演奏もワクワクするほど自由で、爽快で、明るく輝かしく、そして面白い。
第2楽章はアダージョ・ノン・トロッポ。テンポは、ゆったりとして、管弦楽の優しく美しい響きに酔うのも良し、フルートの美音の饗宴に満腹になるのも良い。ゴールウェイもルツェルン祝祭管弦楽団も好調だ。
11分かかる、この協奏曲で一番長い楽章なのだが、長さを感じない充実した演奏。さすがにモーツァルトの緩徐楽章、味わい深くいつまでも飽きない。
終楽章はロンド。テンポも速くなるが、ゴールウェイのソロはますます好調、自由で伸びやか、明るく微笑んでいるような演奏。こんなに幸福で良いのか、こんなに楽しくていいのかと思ってしまうほど、屈託なく華やかな演奏。
モーツァルトの協奏曲は素晴らしい。、
朝・昼・夜、いつ聴いても素晴らしい。
そういえば季節も選ばないなと・・・思いました。
日中、外にいたので、激しく日焼けしてしまいました。
肌が火照ってなかなか寝付けず、いやはや困ったもんです。
で・・・・・ここのところ、アナログづいております。
今日は懐かしいジェームズ・ゴールウェイのフルート独奏でモーツァルトのフルート協奏曲第1番ト長調K313。管弦楽はルドルフ・バウムガルトナー指揮ルツェルン祝祭管弦楽団。1974年9月、ルツェルンでのアナログ録音。オイロディスク原盤をキング・レコードが国内発売したもの(レコード番号はK15C-9008)。
ジェームズ・ゴールウェイ。天才の呼び声高いフルーティスト。音色は千変万化し、高音は突き抜けるように輝かしく、低音は太く強く、そしてしなやかで柔らかい。
1939年生まれというから、今は66歳。
経歴がスゴイ。20代半ばからロンドン響やロイヤル・フィルの主席を歴任、30歳でベルリン・フィルの首席に奏者の地位を獲得。1975年にはカラヤンの慰留を振り切って、ソロイストの活動へ。「あのカラヤンを袖にした男」なのである。
カラヤンはゴールウェイの音を愛し、BPOとの2度目の交響曲全集の「田園」録音の際に、ゴールウェイをわざわざ呼び寄せて、つまりゴールウェイのスケジュールに合わせて、僅か1日で「田園」を録ってしまったという話もある。第2楽章最後のフルートがゴールウェイだったのかと思いながら聴くのは、感慨深い。)
この録音は1974年、ゴールウェイがBPOの首席であった当時ということになる。
第1楽章から、素晴らしい管弦楽の音。深々として、艶やかな弦のトゥッティが、包み込むように聴き手に迫る。ルツェルン祝祭管弦楽団は、毎年夏の音楽祭のためのアンサンブルのはずだが、その巧いこと。録音も最高。アナログらしい、豊かで濃密な音、特に低音が深く、重厚で、耳に優しい。
そして、ゴールウェイのフルートが登場。爽やかに鳴り渡る高音。美音の固まりから、キラキラと輝く一音一音が飛び散ってゆくよう。左右のスピーカーの外へ、あるいは上方へ、拡散してゆくような高音が、ホンマに綺麗。
低音になると、強くクッキリとしていて太いのだが、弾力性のあるしなやかさも感じられる。
演奏は、技巧の破綻など全くなく、完璧。そして、天衣無縫、自由闊達、悪く言えば「好き放題」な演奏。バックのバウムガルトナー/ルツェルン祝祭管弦楽団が、カッチリとして格調高い、優美で正統的な伴奏を繰り広げているので、その違和感が全く面白い。
カデンツァは聴きごたえ十分。音色も演奏もワクワクするほど自由で、爽快で、明るく輝かしく、そして面白い。
第2楽章はアダージョ・ノン・トロッポ。テンポは、ゆったりとして、管弦楽の優しく美しい響きに酔うのも良し、フルートの美音の饗宴に満腹になるのも良い。ゴールウェイもルツェルン祝祭管弦楽団も好調だ。
11分かかる、この協奏曲で一番長い楽章なのだが、長さを感じない充実した演奏。さすがにモーツァルトの緩徐楽章、味わい深くいつまでも飽きない。
終楽章はロンド。テンポも速くなるが、ゴールウェイのソロはますます好調、自由で伸びやか、明るく微笑んでいるような演奏。こんなに幸福で良いのか、こんなに楽しくていいのかと思ってしまうほど、屈託なく華やかな演奏。
モーツァルトの協奏曲は素晴らしい。、
朝・昼・夜、いつ聴いても素晴らしい。
そういえば季節も選ばないなと・・・思いました。
2005/09/13のBlog
[ 05:41 ]
[ 室内楽曲 ]
オーケストラ音楽が好きなので、ふだんは室内楽や器楽曲、声楽曲などを聴きません。
レコードもCDもあまり持ってないんですな・・・・。
ただ、秋の夜長には室内楽やピアノ曲が似合います。良いなぁと思います。
今日はPCをモゾモゾ触りながら、シューベルトを取り出してみました。
シューベルトの弦楽五重奏曲ハ長調D956。
これは、実に素晴らしい室内楽曲で、よく聴く。
今日の演奏はフィルハーモニア・クワルテット・ベルリン。1984年11月、西ドイツのジーメンス・ヴィラでの録音。DENONの原盤だが、このCDは輸入廉価盤で購入した。
フィルハーモニア・クワルテット・ベルリンのメンバーは、ヴァイオリンがダニエル・スタブラーヴァとヴァルター・ショーレフィールド、ヴィオラが土屋邦雄、チェロがヤン・ディーセルホルスト。これにベルリン・フィルのエーベルハルト・フィンケがチェロで加わっている。
弦楽五重奏曲ハ長調は、シューベルト唯一の弦楽五重奏曲。最晩年、シューベルトが死ぬ2ヶ月前の作曲。交響曲第9番「グレート」のあとの作品で、規模も大きく、約50分かかる大曲。
普通の弦楽四重奏団にチェロが一本加わる編成で、響きが重厚になり、シンフォニックな広がりを持っている名作。特に一挺のチェロが独奏的に動くので、響きが非常に新鮮。ステレオ空間で云うと、真ん中やや右寄りに和声を刻むチェロがあり、一番右外に、独奏的チェロが活躍する。音量は抑えめで、ヴァイオリンに比べてそんなに目立ちはしないのだが、存在感十分のチェロだ。
第1楽章、アレグロ・マ・ノン・トロッポ。田舎ののんびりした風景を思わせる優しい旋律が何度も出てくる。このメロディが懐かしさを誘うようで、何とも印象深い。演奏も情感に富んでおりながら、折り目正しくよく歌う。弦の響きはやや細め、シャープに録られているが、決して固くならないのはさすがDENON録音だ。約20分かかる長大な楽章だが、だれないのは演奏家の腕だろう。アンサンブルも美しく、いささかの破綻もない。
第2楽章のアダージョ。死期を悟ったような静けさが特徴的。淡々とした旋律が続くのだが、緊張感も持続する楽章。ヴァイオリンもヴィオラも秘かに囁く。時に涙に濡れたような響きを聴かせる。チェロも音量を抑えているが、動きそのものは結構雄弁だ。フィンケのチェロだろうと思う。
第3楽章は一転、活発なスケルツォ。速度はプレストなので、グイグイ前に進んでゆく。元気に弾むような舞曲。交響曲「グレート」の第3楽章とよく似た雰囲気を持っている。途中、抒情的楽想が間に挟まるが、これが哀愁漂うような旋律で、実に美しい。死を目前にしたシューベルトを想起させて、感慨深い。
終楽章はアレグレット。ロンドのような楽章。交響曲の終楽章といっても十分通用する書かれ方だと思う。
微笑んだり、悲しんだり、いろいろな表情を見せる終楽章だが、アンサンブルは緊密で、各楽器がよく歌っている。ここでもチェロは雄弁だ。全体的にテンポは速すぎず、克明に音符を拾ってゆく感じでもある。
これからもっと涼しくなるでしょう。
秋です。
そうすると普段苦手な室内楽を聴く機会も増えそうです。
レコードもCDもあまり持ってないんですな・・・・。
ただ、秋の夜長には室内楽やピアノ曲が似合います。良いなぁと思います。
今日はPCをモゾモゾ触りながら、シューベルトを取り出してみました。
シューベルトの弦楽五重奏曲ハ長調D956。
これは、実に素晴らしい室内楽曲で、よく聴く。
今日の演奏はフィルハーモニア・クワルテット・ベルリン。1984年11月、西ドイツのジーメンス・ヴィラでの録音。DENONの原盤だが、このCDは輸入廉価盤で購入した。
フィルハーモニア・クワルテット・ベルリンのメンバーは、ヴァイオリンがダニエル・スタブラーヴァとヴァルター・ショーレフィールド、ヴィオラが土屋邦雄、チェロがヤン・ディーセルホルスト。これにベルリン・フィルのエーベルハルト・フィンケがチェロで加わっている。
弦楽五重奏曲ハ長調は、シューベルト唯一の弦楽五重奏曲。最晩年、シューベルトが死ぬ2ヶ月前の作曲。交響曲第9番「グレート」のあとの作品で、規模も大きく、約50分かかる大曲。
普通の弦楽四重奏団にチェロが一本加わる編成で、響きが重厚になり、シンフォニックな広がりを持っている名作。特に一挺のチェロが独奏的に動くので、響きが非常に新鮮。ステレオ空間で云うと、真ん中やや右寄りに和声を刻むチェロがあり、一番右外に、独奏的チェロが活躍する。音量は抑えめで、ヴァイオリンに比べてそんなに目立ちはしないのだが、存在感十分のチェロだ。
第1楽章、アレグロ・マ・ノン・トロッポ。田舎ののんびりした風景を思わせる優しい旋律が何度も出てくる。このメロディが懐かしさを誘うようで、何とも印象深い。演奏も情感に富んでおりながら、折り目正しくよく歌う。弦の響きはやや細め、シャープに録られているが、決して固くならないのはさすがDENON録音だ。約20分かかる長大な楽章だが、だれないのは演奏家の腕だろう。アンサンブルも美しく、いささかの破綻もない。
第2楽章のアダージョ。死期を悟ったような静けさが特徴的。淡々とした旋律が続くのだが、緊張感も持続する楽章。ヴァイオリンもヴィオラも秘かに囁く。時に涙に濡れたような響きを聴かせる。チェロも音量を抑えているが、動きそのものは結構雄弁だ。フィンケのチェロだろうと思う。
第3楽章は一転、活発なスケルツォ。速度はプレストなので、グイグイ前に進んでゆく。元気に弾むような舞曲。交響曲「グレート」の第3楽章とよく似た雰囲気を持っている。途中、抒情的楽想が間に挟まるが、これが哀愁漂うような旋律で、実に美しい。死を目前にしたシューベルトを想起させて、感慨深い。
終楽章はアレグレット。ロンドのような楽章。交響曲の終楽章といっても十分通用する書かれ方だと思う。
微笑んだり、悲しんだり、いろいろな表情を見せる終楽章だが、アンサンブルは緊密で、各楽器がよく歌っている。ここでもチェロは雄弁だ。全体的にテンポは速すぎず、克明に音符を拾ってゆく感じでもある。
これからもっと涼しくなるでしょう。
秋です。
そうすると普段苦手な室内楽を聴く機会も増えそうです。