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2005/11/13のBlog
[ 06:51 ]
[ 交響曲 ]
久しぶりの、いやホンマに久しぶりの休日。
咳止めの薬を飲みつつ、ゆっくりしてました。こういう日はブルックナーですね(^-^)。
ということで、ブルックナーの交響曲第7番ホ長調<ノヴァーク版>。演奏はベルナルド・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団。1978年10月、コンセルトヘボウでの録音。
ハイティンクとしては、すでにACOとブルックナー全集を完成していたのだが、これは再録音にあたる(旧録音は1966年)。このあと、ハイティンクは第8・9番もACOと再録音したのだが、結局ウィーン・フィルと新しく録音を始めてしまった。ウィーン・フィルとは3~5番と8番を録音して終わってしまったので、このACOとの再録音の7番は貴重だと思う。
このころから、ハイティンクの演奏は正統的でかつスケール雄大なものとなって、円熟味が増してきた。そのさきがけとなった演奏ではないかと思う。ACOとのマーラーの再録音シリーズ(4番や7番)、ベートーヴェンのライヴでの「合唱」などと並んで、ハイティンクが大器晩成型であることを示した1枚ではなかろうか。
ところで、ブルックナーの交響曲第7番は、彼の晩年の交響曲の世界を開く大傑作。ワーグナーテューバ4本にバステューバ1本が加わる大編成のオーケストラが、全く豪快。
特に前の2つの楽章が素晴らしい。旋律もオーケストレーションも、いつ聴いても素晴らしいなと思う。このハイティンク盤では、第1楽章に21分、第2楽章に22分、第3・4楽章に22分と、ほぼ前の2つの楽章で全曲の3分の2を占める。
第1楽章はアレグロ・モデラート。ヴァイオリンのトレモロに乗ってチェロとホルンが第1主題を奏でる、典型的な「ブルックナー開始」で曲が始まる。この開始がゆったりとして、また広々とした包容力がある。ハイティンクらしい、ぬくもりのある指揮ぶり。時に金管が強烈に響くのだが、それも暖かさを失わない。
そして、コンセルトヘボウ管の音が何とも素晴らしい。いつものヘボウの音、しかもフィリップスの奥行きのある穏やかな録音がまた最高の出来。アナログ録音時代の最末期、とても柔らかく温かい。
第2楽章のアダージョは全曲の白眉。ハイティンク/コンセルトヘボウのコンビが、いたずらに演出することなく、ただひたすら作曲者の意思を伝えようと真摯に演奏しているのが、こちらにビンビン伝わってくる。ホンマに崇高なアダージョ。LP時代からの愛聴盤だが、この楽章だけ、何度も繰り返して聴いたものだ。
ノヴァーク版なので、この楽章のクライマックスでティンパニ・シンバル・トライアングルが打ち鳴らされる。効果バツグン。
(尤も、ハース版でも、これらを付け加える指揮者が多いが)。
第3楽章スケルツォ。ハイティンクは、極めて変化に富んだこの楽章を、しっかりと着実に、克明に演奏させてゆく。いかにもハイティンク。中間部は、美しい歌が続く。ゆったりと深々とした歌がまた素晴らしい。(褒めてばかりだが・・・・・(^^ゞ)
第4楽章は「快速に、あまり速くなく」。ここではコンセルトヘボウ管の金管が炸裂。実によく揃って見事な音。豪快、スケール雄大で、実に気持ちよい。といって、金属的なパワーに頼った演奏というわけではない。あくまで音楽的であって、ブルックナーの意図を反映させようとしたら、こんなにスケールが大きい演奏になってしまったという感じ。
それにしても、ヘボウ管の音は弦も管も、どうしてこんなにエエ音なんでしょうか・・・・・。
ジャケットはLPのもので。
今は、CDで買い直して聴いてますが(しかも廉価盤になってます)、マスタリングが良かったんでしょう、LPと変わらぬ素晴らしい音です。
咳止めの薬を飲みつつ、ゆっくりしてました。こういう日はブルックナーですね(^-^)。
ということで、ブルックナーの交響曲第7番ホ長調<ノヴァーク版>。演奏はベルナルド・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団。1978年10月、コンセルトヘボウでの録音。
ハイティンクとしては、すでにACOとブルックナー全集を完成していたのだが、これは再録音にあたる(旧録音は1966年)。このあと、ハイティンクは第8・9番もACOと再録音したのだが、結局ウィーン・フィルと新しく録音を始めてしまった。ウィーン・フィルとは3~5番と8番を録音して終わってしまったので、このACOとの再録音の7番は貴重だと思う。
このころから、ハイティンクの演奏は正統的でかつスケール雄大なものとなって、円熟味が増してきた。そのさきがけとなった演奏ではないかと思う。ACOとのマーラーの再録音シリーズ(4番や7番)、ベートーヴェンのライヴでの「合唱」などと並んで、ハイティンクが大器晩成型であることを示した1枚ではなかろうか。
ところで、ブルックナーの交響曲第7番は、彼の晩年の交響曲の世界を開く大傑作。ワーグナーテューバ4本にバステューバ1本が加わる大編成のオーケストラが、全く豪快。
特に前の2つの楽章が素晴らしい。旋律もオーケストレーションも、いつ聴いても素晴らしいなと思う。このハイティンク盤では、第1楽章に21分、第2楽章に22分、第3・4楽章に22分と、ほぼ前の2つの楽章で全曲の3分の2を占める。
第1楽章はアレグロ・モデラート。ヴァイオリンのトレモロに乗ってチェロとホルンが第1主題を奏でる、典型的な「ブルックナー開始」で曲が始まる。この開始がゆったりとして、また広々とした包容力がある。ハイティンクらしい、ぬくもりのある指揮ぶり。時に金管が強烈に響くのだが、それも暖かさを失わない。
そして、コンセルトヘボウ管の音が何とも素晴らしい。いつものヘボウの音、しかもフィリップスの奥行きのある穏やかな録音がまた最高の出来。アナログ録音時代の最末期、とても柔らかく温かい。
第2楽章のアダージョは全曲の白眉。ハイティンク/コンセルトヘボウのコンビが、いたずらに演出することなく、ただひたすら作曲者の意思を伝えようと真摯に演奏しているのが、こちらにビンビン伝わってくる。ホンマに崇高なアダージョ。LP時代からの愛聴盤だが、この楽章だけ、何度も繰り返して聴いたものだ。
ノヴァーク版なので、この楽章のクライマックスでティンパニ・シンバル・トライアングルが打ち鳴らされる。効果バツグン。
(尤も、ハース版でも、これらを付け加える指揮者が多いが)。
第3楽章スケルツォ。ハイティンクは、極めて変化に富んだこの楽章を、しっかりと着実に、克明に演奏させてゆく。いかにもハイティンク。中間部は、美しい歌が続く。ゆったりと深々とした歌がまた素晴らしい。(褒めてばかりだが・・・・・(^^ゞ)
第4楽章は「快速に、あまり速くなく」。ここではコンセルトヘボウ管の金管が炸裂。実によく揃って見事な音。豪快、スケール雄大で、実に気持ちよい。といって、金属的なパワーに頼った演奏というわけではない。あくまで音楽的であって、ブルックナーの意図を反映させようとしたら、こんなにスケールが大きい演奏になってしまったという感じ。
それにしても、ヘボウ管の音は弦も管も、どうしてこんなにエエ音なんでしょうか・・・・・。
ジャケットはLPのもので。
今は、CDで買い直して聴いてますが(しかも廉価盤になってます)、マスタリングが良かったんでしょう、LPと変わらぬ素晴らしい音です。
2005/11/12のBlog
[ 04:11 ]
[ 交響曲 ]
伊予路は一日中冷たい雨が降りました。気温も下がってきました。
松山での出張は研修会であったのですが、そこで、鳥取の友人に偶然再会。
夜は、しっかり楽しめました(^-^)。
さて、今日はシューベルト「未完成交響曲」。交響曲第8番ロ短調 D.759。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
この全集は1979~81年、ドレスデンのルカ教会での録音。アナログ録音末期の名作で、個々には日本では徳間音工(ドイツ・シャルプラッテン)から発売されていたが、今やBerlin Classicsのボックスで全集が廉価で発売されている。しかも2000円程度なのだから恐れ入る。天下の大名盤がこの価格とは・・・嘆息でありますな。
さて、その演奏は・・・・・。
SKDの響きがたいそう柔和。ルカ教会の残響の美しさがものをいっているのだろうが、この響きの美しさ・まろやかさ・とろけてしまいそうな楽器のブレンド・・・・・オーケストラ音楽の最高水準に近い姿がここにあるとボクは思う。
アンサンブルの確かさも素晴らしい。峻厳な合奏というより、アンサンブルの力が身体に染みついてしまったので、肩の力を抜いて楽しんでいる趣きの合奏。
だから、オケが有機体のように様々に音色や色彩を変えて、ニュアンス豊かに鳴る。
そんなSKDと、おそらく最も相性が良かったと思われる指揮者ブロムシュテット。
ブロムシュテットが振ると、SKDの能力が最大限に引き出されていると思う。いや、引き出しているのだが、一杯一杯になっているということもなく、まだ余裕があるような底力。そんなものを聴きながら感じてしまう。
第1楽章のフォルティシモ、そしてピアニッシモに変わってゆくところなど、シューベルトが見てしまった人生の深淵がある(と書いたら、ちょいと言い過ぎかな(^^ゞ)。でも、そんなところには、ポッカリ口を開けて聴き手を誘い込むような恐ろしい音楽が確かにある(とボクは思うんです・・・・(^^ゞ)。最強奏でも崩れないSKDは、さすが。ホルンの柔らかい響きも格別。
第2楽章は木管の響きがスゴイ。フルートもオーボエもクラリネットも・・・・歌うと言うよりは、声にならない痛切な叫び。ニュアンスが豊かで、夢見るような響きもあれば、峻烈な響きもある。
素晴らしいのはラストの3分間。ゆっくり、本当にゆっくりと音楽が消えてゆく。「未完成」ではなく、この曲はこの2楽章のラストで完結しているのだと言わんばかりの、説得力のある演奏。
ああ、この音楽は、これでやはり終わっていたのだと、ブロムシュテット盤を聴いてボクは思ったものだ。
(クライバー/VPO盤を聴いたときは、ああ、やはりこの曲は「未完成」だったのだと思ったものだが・・・・・・)
録音状態はアナログ末期のレベルとしては水準だと思う。
ブロムシュテット/SKDは、1980年代にDENONに盛んにデジタル録音したが、あのブルックナーやR・シュトラウスに比較すると、音色は暗めで、弦楽器の伸びが今一歩。高音の艶やかさもDENONの方が上。
ただ、ドイツ・シャルプラッテン原盤のこのシューベルト全集、さらにベートーヴェン全集は演奏の素晴らしさも含めて、永く聴き続けていきたいボクにとっての名盤であります。
松山での出張は研修会であったのですが、そこで、鳥取の友人に偶然再会。
夜は、しっかり楽しめました(^-^)。
さて、今日はシューベルト「未完成交響曲」。交響曲第8番ロ短調 D.759。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
この全集は1979~81年、ドレスデンのルカ教会での録音。アナログ録音末期の名作で、個々には日本では徳間音工(ドイツ・シャルプラッテン)から発売されていたが、今やBerlin Classicsのボックスで全集が廉価で発売されている。しかも2000円程度なのだから恐れ入る。天下の大名盤がこの価格とは・・・嘆息でありますな。
さて、その演奏は・・・・・。
SKDの響きがたいそう柔和。ルカ教会の残響の美しさがものをいっているのだろうが、この響きの美しさ・まろやかさ・とろけてしまいそうな楽器のブレンド・・・・・オーケストラ音楽の最高水準に近い姿がここにあるとボクは思う。
アンサンブルの確かさも素晴らしい。峻厳な合奏というより、アンサンブルの力が身体に染みついてしまったので、肩の力を抜いて楽しんでいる趣きの合奏。
だから、オケが有機体のように様々に音色や色彩を変えて、ニュアンス豊かに鳴る。
そんなSKDと、おそらく最も相性が良かったと思われる指揮者ブロムシュテット。
ブロムシュテットが振ると、SKDの能力が最大限に引き出されていると思う。いや、引き出しているのだが、一杯一杯になっているということもなく、まだ余裕があるような底力。そんなものを聴きながら感じてしまう。
第1楽章のフォルティシモ、そしてピアニッシモに変わってゆくところなど、シューベルトが見てしまった人生の深淵がある(と書いたら、ちょいと言い過ぎかな(^^ゞ)。でも、そんなところには、ポッカリ口を開けて聴き手を誘い込むような恐ろしい音楽が確かにある(とボクは思うんです・・・・(^^ゞ)。最強奏でも崩れないSKDは、さすが。ホルンの柔らかい響きも格別。
第2楽章は木管の響きがスゴイ。フルートもオーボエもクラリネットも・・・・歌うと言うよりは、声にならない痛切な叫び。ニュアンスが豊かで、夢見るような響きもあれば、峻烈な響きもある。
素晴らしいのはラストの3分間。ゆっくり、本当にゆっくりと音楽が消えてゆく。「未完成」ではなく、この曲はこの2楽章のラストで完結しているのだと言わんばかりの、説得力のある演奏。
ああ、この音楽は、これでやはり終わっていたのだと、ブロムシュテット盤を聴いてボクは思ったものだ。
(クライバー/VPO盤を聴いたときは、ああ、やはりこの曲は「未完成」だったのだと思ったものだが・・・・・・)
録音状態はアナログ末期のレベルとしては水準だと思う。
ブロムシュテット/SKDは、1980年代にDENONに盛んにデジタル録音したが、あのブルックナーやR・シュトラウスに比較すると、音色は暗めで、弦楽器の伸びが今一歩。高音の艶やかさもDENONの方が上。
ただ、ドイツ・シャルプラッテン原盤のこのシューベルト全集、さらにベートーヴェン全集は演奏の素晴らしさも含めて、永く聴き続けていきたいボクにとっての名盤であります。
2005/11/10のBlog
[ 03:57 ]
[ 管弦楽曲 ]
のんびり、ゆっくりモーツァルトを聴きたい。
難しく考えることなく、椅子にかけて、半分居眠りなどしながら寛いで。
ステレオの音量はあまり大きくせずに。
(ふだんは大音量で聴いているので、家族からは顰蹙を買ってますが・・・・(^^ゞ)
そんなときには、セレナード第13番。「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」。
今日は、ウィリー・ボスコフスキー指揮ウィーン・モーツァルト合奏団の演奏で。
録音は1968年10月、ウィーンのソフィエンザール。
ウィーン・モーツァルト合奏団は、ウィーン・フィルのメンバーがほとんどらしい。そもそも、指揮者のボスコフスキー自身がウィーン・フィルのヴァイオリンのトップだった。
(ボスコフスキーのウィンナ・ワルツがボクは好き。DECCAのLP2枚組は愛聴してきたし、70年代にEMIから出たィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団とのワルツも良かった。)
さて、第1楽章から溌剌として爽快、ウィーン・フィルらしい(ウィーン・モーツァルト合奏団だが)輝くばかりの弦楽合奏を楽しめる。エエ音やなぁ。アンサンブルも極上。ガチガチの合奏ではなく、柔らかく余裕のある合奏。お互いの音を聴き合いながら、アンサンブルを楽しんでいる感じ。ボスコフスキーが、身体を少し揺らしながら微笑んで指揮している姿が浮かぶような。愉悦に富んだ演奏。テンポはさほど速くない。ゆったりと聴ける。
第2楽章の「ロマンス」は、繊細な響きがたまらない。甘くて柔らかく、薫るような弦楽合奏。こういう音楽を「ウィーン的」というのだろうが、眩惑されてしまうほど魅力的。室内楽的な響きの部分は、ニュアンスに富んで全く美しいし、トゥッティでは弾力性のある厚みがまた何とも云えない。
第3楽章から終楽章へはテンポもスッキリして気持ちよい運び。第1と第2楽章がそれぞれ5分、第3と4楽章を合わせて5分。冒頭の颯爽とした気分が戻ってくる。
心地よい風のような終曲。
録音状態はさすがに古びてきましたな。
「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」なら、他にも夥しいほどの演奏があります。
ただ、ウィーンの雰囲気を味わいたいとき、ボクはこの演奏を取り出すことが多いです。
さて、今日から泊つきの出張。
喉のイガイガ感と咳、気分が悪いままに出張するのもしんどいなぁ。
難しく考えることなく、椅子にかけて、半分居眠りなどしながら寛いで。
ステレオの音量はあまり大きくせずに。
(ふだんは大音量で聴いているので、家族からは顰蹙を買ってますが・・・・(^^ゞ)
そんなときには、セレナード第13番。「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」。
今日は、ウィリー・ボスコフスキー指揮ウィーン・モーツァルト合奏団の演奏で。
録音は1968年10月、ウィーンのソフィエンザール。
ウィーン・モーツァルト合奏団は、ウィーン・フィルのメンバーがほとんどらしい。そもそも、指揮者のボスコフスキー自身がウィーン・フィルのヴァイオリンのトップだった。
(ボスコフスキーのウィンナ・ワルツがボクは好き。DECCAのLP2枚組は愛聴してきたし、70年代にEMIから出たィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団とのワルツも良かった。)
さて、第1楽章から溌剌として爽快、ウィーン・フィルらしい(ウィーン・モーツァルト合奏団だが)輝くばかりの弦楽合奏を楽しめる。エエ音やなぁ。アンサンブルも極上。ガチガチの合奏ではなく、柔らかく余裕のある合奏。お互いの音を聴き合いながら、アンサンブルを楽しんでいる感じ。ボスコフスキーが、身体を少し揺らしながら微笑んで指揮している姿が浮かぶような。愉悦に富んだ演奏。テンポはさほど速くない。ゆったりと聴ける。
第2楽章の「ロマンス」は、繊細な響きがたまらない。甘くて柔らかく、薫るような弦楽合奏。こういう音楽を「ウィーン的」というのだろうが、眩惑されてしまうほど魅力的。室内楽的な響きの部分は、ニュアンスに富んで全く美しいし、トゥッティでは弾力性のある厚みがまた何とも云えない。
第3楽章から終楽章へはテンポもスッキリして気持ちよい運び。第1と第2楽章がそれぞれ5分、第3と4楽章を合わせて5分。冒頭の颯爽とした気分が戻ってくる。
心地よい風のような終曲。
録音状態はさすがに古びてきましたな。
「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」なら、他にも夥しいほどの演奏があります。
ただ、ウィーンの雰囲気を味わいたいとき、ボクはこの演奏を取り出すことが多いです。
さて、今日から泊つきの出張。
喉のイガイガ感と咳、気分が悪いままに出張するのもしんどいなぁ。
2005/11/09のBlog
[ 06:13 ]
[ 協奏曲 ]
深まりゆく秋、冬の足音が聞こえるようになりました。
そういえば、一昨日が「立冬」だったようです。
南国の四国でもようやく紅葉が目につくようになりました。
街路樹の色が日々変化していくのを眺めるのも楽しいもの。
落ち葉の音もカサコソと耳につくようになっています。
移ろいゆく季節感、日本人らしい感情ではありますなぁ。
憂愁の思いを抱きつつ、冬支度しましょう。
という訳で、この季節に聴きたくなる曲を取り出してみました。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番ハ短調。ピアノはスヴャトスラフ・リヒテル、スタニスラフ・ヴィスロツキの指揮ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。
1959年録音のDG原盤。もう46年も前の録音になる。
初めて聴いたときの印象は強烈だった。
柔と剛が同居したような、静かにたたずむものと激しく動くものとが併存しているような演奏。コントラストが際だって、スケール雄大なものすごいピアノ演奏。
止まってしまうようなゆったりとしたテンポで、情緒纏綿と歌い上げるところもあれば、激しく感情のおもむくままに叩きつけるように弾くところもある。
強弱の対比が極端で、息を呑むような緊張感があった。
今もこの演奏の印象は変わらない。
ヴィスロツキ/ワルシャワ・フィルも健闘。録音の古さもあって、オケそのものの魅力はあまり伝わってこない。弦楽器も管楽器も頑張っていると思うが、音色のコクや艶、柔和な表情には不足しているかな。
でも、リヒテルの嵐のようなピアノに、よくつけていると思う。合わせるだけでも大変だったんじゃないかなと思う。
その点で、ヴィスロツキの指揮は上出来じゃなかろうか。
第1楽章の冒頭、ピアノが登場しただけで圧倒的な存在感が部屋に充満する。スケールの大きい男性的なロマンが炸裂する感じ。時にゴツゴツした肌触りが見られるが、それもたまらない魅力。
第2楽章の抒情も素晴らしい。抒情的・情緒纏綿と言っても、ヒソヒソ・メソメソにならないのがリヒテル。志操が高く、集中力に満ちている。
個人的な感情の吐露というより、もっと大きなものを目指しているかのように聞こえる。
第3楽章は、目眩くような演奏、ピアノの振幅の幅が広く、強烈なコントラスト。オケもついていくのが一杯一杯。圧倒的なフィナーレ。
リヒテルの手は、バカでかかったそうな。超人的な手だったといいます。
だから、こんなダイナミックな演奏になったんでしょうか。
カップリングはチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。
これも超絶的な名演奏なんですが、これについては機会を改めて。
そういえば、一昨日が「立冬」だったようです。
南国の四国でもようやく紅葉が目につくようになりました。
街路樹の色が日々変化していくのを眺めるのも楽しいもの。
落ち葉の音もカサコソと耳につくようになっています。
移ろいゆく季節感、日本人らしい感情ではありますなぁ。
憂愁の思いを抱きつつ、冬支度しましょう。
という訳で、この季節に聴きたくなる曲を取り出してみました。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番ハ短調。ピアノはスヴャトスラフ・リヒテル、スタニスラフ・ヴィスロツキの指揮ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。
1959年録音のDG原盤。もう46年も前の録音になる。
初めて聴いたときの印象は強烈だった。
柔と剛が同居したような、静かにたたずむものと激しく動くものとが併存しているような演奏。コントラストが際だって、スケール雄大なものすごいピアノ演奏。
止まってしまうようなゆったりとしたテンポで、情緒纏綿と歌い上げるところもあれば、激しく感情のおもむくままに叩きつけるように弾くところもある。
強弱の対比が極端で、息を呑むような緊張感があった。
今もこの演奏の印象は変わらない。
ヴィスロツキ/ワルシャワ・フィルも健闘。録音の古さもあって、オケそのものの魅力はあまり伝わってこない。弦楽器も管楽器も頑張っていると思うが、音色のコクや艶、柔和な表情には不足しているかな。
でも、リヒテルの嵐のようなピアノに、よくつけていると思う。合わせるだけでも大変だったんじゃないかなと思う。
その点で、ヴィスロツキの指揮は上出来じゃなかろうか。
第1楽章の冒頭、ピアノが登場しただけで圧倒的な存在感が部屋に充満する。スケールの大きい男性的なロマンが炸裂する感じ。時にゴツゴツした肌触りが見られるが、それもたまらない魅力。
第2楽章の抒情も素晴らしい。抒情的・情緒纏綿と言っても、ヒソヒソ・メソメソにならないのがリヒテル。志操が高く、集中力に満ちている。
個人的な感情の吐露というより、もっと大きなものを目指しているかのように聞こえる。
第3楽章は、目眩くような演奏、ピアノの振幅の幅が広く、強烈なコントラスト。オケもついていくのが一杯一杯。圧倒的なフィナーレ。
リヒテルの手は、バカでかかったそうな。超人的な手だったといいます。
だから、こんなダイナミックな演奏になったんでしょうか。
カップリングはチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。
これも超絶的な名演奏なんですが、これについては機会を改めて。
2005/11/08のBlog
[ 05:30 ]
[ 交響曲 ]
雲一つない秋晴れ。「青天」の一日でした。
久しぶりにゆっくり出来たので、今日はブルックナーの8番を聴こうと思い、最近入手したギュンター・ヴァントの2枚組を取り出した。
1枚目が9番、その後に8番の第1楽章が入っているので、じゃ、まぁ取りあえず9番から聴き始めようと思ったら、「取りあえず」どころではなくなってしまった(^^ゞ。
素晴らしい演奏でありました。
とう訳で、今日はブルックナーの交響曲第9番ニ短調、版は「原典版」。
ギュンター・ヴァントの指揮北ドイツ放送交響楽団の演奏。
1988年6月シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭での演奏、リューベック大聖堂でのライヴ録音。
教会でのブルックナー録音、他にボクが持っているのはヨッフムのオットーボイレンでの5番だが、これは素晴らしい録音だった(だいぶ古びてきたが)。
期待通りの「残響」。北ドイツ放送響は機能的なオケだと思うし、ヴァントのブルックナーは集中力のある凝集的な演奏になるのだが、教会録音のこの残響で、適度な柔らかさが加わって、印象としてはとても聴きやすくなっていると思う。
のちの1993年のものや、最晩年のBPOとの演奏も確かにスゴイのだが、このリューベック大聖堂でのライヴは、存在価値が十分にあるとボクは思う。
第1楽章の開始から、雰囲気たっぷり。ヴァントはもちろん雰囲気で聴かせるような指揮者ではないが、でも、この開始の残響とスケールは捨てがたい。ただ、曲が進んでいくと、スケールの雄大さはあまり感じなくなる。アンサンブルが素晴らしいからか、金管・木管も弦楽器群もよく揃って、音楽が中へ中へと集まってくる感じ。
金管は抑え気味かな。もっと逞しく咆吼しても良いかなというところで、グッと慎重に吹いているように聞こえる。しかし、響きは美しい。
第2楽章のスケルツォ。ヴァントは音楽を丁寧に美しく響かせる。ブンチャカブンチャカに鳴りやすいこの楽章を、かえって繊細に響かせるのがヴァントだ。だから、中間部の弦楽合奏の、あの室内楽的なところが、ことのほか見事。迫力もあるのだが、音楽のフォルム、楽器のバランスを重視した演奏になっていると思う。
終楽章は、至高絶美のアダージョ。ブルックナーが自分の死を知りつつ書いた白鳥の歌。ヴァント/北ドイツの演奏はここでも丁寧さを極めるもの。音楽はますます凝集してゆくのだが、録音が柔らかいので適度なスケール感が出てくる。終盤は、本当に美しい。いつまでも終わって欲しくないなと思いながら聴いていた。コーダの部分は、まさに天国的な美しさ(ちと褒めすぎか・・(^^ゞ)
素晴らしい音楽を聴くとため息が出ます。
ヴァントのブルックナー9番、聴き終えた後「ホッ」と一息。
8番まで聴く体力がなくなってしまいました・・・(というより、勿体なくて、気息を整えてブル8を聴こうと思いました。
名演奏というものは、そういうものでありますな。
久しぶりにゆっくり出来たので、今日はブルックナーの8番を聴こうと思い、最近入手したギュンター・ヴァントの2枚組を取り出した。
1枚目が9番、その後に8番の第1楽章が入っているので、じゃ、まぁ取りあえず9番から聴き始めようと思ったら、「取りあえず」どころではなくなってしまった(^^ゞ。
素晴らしい演奏でありました。
とう訳で、今日はブルックナーの交響曲第9番ニ短調、版は「原典版」。
ギュンター・ヴァントの指揮北ドイツ放送交響楽団の演奏。
1988年6月シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭での演奏、リューベック大聖堂でのライヴ録音。
教会でのブルックナー録音、他にボクが持っているのはヨッフムのオットーボイレンでの5番だが、これは素晴らしい録音だった(だいぶ古びてきたが)。
期待通りの「残響」。北ドイツ放送響は機能的なオケだと思うし、ヴァントのブルックナーは集中力のある凝集的な演奏になるのだが、教会録音のこの残響で、適度な柔らかさが加わって、印象としてはとても聴きやすくなっていると思う。
のちの1993年のものや、最晩年のBPOとの演奏も確かにスゴイのだが、このリューベック大聖堂でのライヴは、存在価値が十分にあるとボクは思う。
第1楽章の開始から、雰囲気たっぷり。ヴァントはもちろん雰囲気で聴かせるような指揮者ではないが、でも、この開始の残響とスケールは捨てがたい。ただ、曲が進んでいくと、スケールの雄大さはあまり感じなくなる。アンサンブルが素晴らしいからか、金管・木管も弦楽器群もよく揃って、音楽が中へ中へと集まってくる感じ。
金管は抑え気味かな。もっと逞しく咆吼しても良いかなというところで、グッと慎重に吹いているように聞こえる。しかし、響きは美しい。
第2楽章のスケルツォ。ヴァントは音楽を丁寧に美しく響かせる。ブンチャカブンチャカに鳴りやすいこの楽章を、かえって繊細に響かせるのがヴァントだ。だから、中間部の弦楽合奏の、あの室内楽的なところが、ことのほか見事。迫力もあるのだが、音楽のフォルム、楽器のバランスを重視した演奏になっていると思う。
終楽章は、至高絶美のアダージョ。ブルックナーが自分の死を知りつつ書いた白鳥の歌。ヴァント/北ドイツの演奏はここでも丁寧さを極めるもの。音楽はますます凝集してゆくのだが、録音が柔らかいので適度なスケール感が出てくる。終盤は、本当に美しい。いつまでも終わって欲しくないなと思いながら聴いていた。コーダの部分は、まさに天国的な美しさ(ちと褒めすぎか・・(^^ゞ)
素晴らしい音楽を聴くとため息が出ます。
ヴァントのブルックナー9番、聴き終えた後「ホッ」と一息。
8番まで聴く体力がなくなってしまいました・・・(というより、勿体なくて、気息を整えてブル8を聴こうと思いました。
名演奏というものは、そういうものでありますな。
2005/11/07のBlog
[ 04:12 ]
[ 交響曲 ]
喉のイガイガ感と咳は相変わらず。治るのにはもう少しかかりそう。
にもかかわらず、三男の文化祭で合唱を楽しんできました(^^ゞ。
気分良し。
ところで、我が家の南面に広がる田園風景は、もう冬の装い。だいぶ枯れ葉が目につくようになりました。そろそろ寒くなるなぁと思いつつ、聴きたくなったのが今日の1曲。
メンデルスゾーンの交響曲第3番イ短調「スコットランド」。
演奏はペーター・マーク指揮マドリード交響楽団。録音は1997年7月、ARTS原盤のボックスセットで購入(モーツァルトやベートーヴェンの交響曲など素晴らしい名演も入ってお買い得でありました)。
スコットランドの旧城の遺跡を見て着想したというこの交響曲は、メンデルスゾーンらしいロマンティックな旋律美に溢れ、しかも品良く端正なスタイルにまとめられた名曲。哀愁とはかなさとに満ちた名品。初めて聴いたときから大好きな作品であります。
さて、マークの指揮は、これがまた端正で品がよい。ただ、1960年頃にDECCAに録音したものと比べると、余裕を含んだ豪快さが出ているようにも思う。マーク78歳、最晩年の演奏。
第1楽章の弦楽合奏が、繊細で美しすぎるほど。響きが透明で清冽。表情豊かで、ロマンティックな歌わせ方も印象的。メンデルスゾーンの哀愁が、くっきりと描き出されている。
テンポはかなり遅め。ゆったりとしたペースで進んでゆくのだが、あまりモタモタした感じはしない。遅いのに颯爽としている、というのは矛盾した感じなのだが、聴いているとそんな風に思える。奥行き深く、残響成分の多い録音も効果的で、このテンポが実に心地よい。
第2楽章のスケルツォは爽やかそのもの。マドリードSOの弦楽群も健闘。しなやかな音楽を作り出している。アンサンブルは、緊密とはいえないが、懸命さは伝わってくるので聴いていて気持ちよい。
第3楽章のアダージョ。寂しく美しい旋律が続く、この交響曲の聴きどころだとボクは思っている。テンポは本当にゆっくり。アダージョだから当然なのだが、メンデルスゾーンの旋律美をすべてすくい取って聴き手に示してくれるような演奏。マーク、絶好調と見た。
終楽章は金管の強奏にティンパニも加わって結構豪快。ここまで穏やかだったマークの指揮も、一転、激しさを加えている。マドリードSOの金管群が頑張っているのだが、もう少しファイトがあってもいいかな。でも、一生懸命吹いてます。こういう演奏は良いですな。
録音も上々。特に弦楽器の柔らかさ・しなやかさ・透明感は素晴らしい。
木管の味わいも良いし、奥行きも残響も良いです。
金管がちと惜しい。音がイマイチ(オケの技術のせいか?)のように思えます。
にもかかわらず、三男の文化祭で合唱を楽しんできました(^^ゞ。
気分良し。
ところで、我が家の南面に広がる田園風景は、もう冬の装い。だいぶ枯れ葉が目につくようになりました。そろそろ寒くなるなぁと思いつつ、聴きたくなったのが今日の1曲。
メンデルスゾーンの交響曲第3番イ短調「スコットランド」。
演奏はペーター・マーク指揮マドリード交響楽団。録音は1997年7月、ARTS原盤のボックスセットで購入(モーツァルトやベートーヴェンの交響曲など素晴らしい名演も入ってお買い得でありました)。
スコットランドの旧城の遺跡を見て着想したというこの交響曲は、メンデルスゾーンらしいロマンティックな旋律美に溢れ、しかも品良く端正なスタイルにまとめられた名曲。哀愁とはかなさとに満ちた名品。初めて聴いたときから大好きな作品であります。
さて、マークの指揮は、これがまた端正で品がよい。ただ、1960年頃にDECCAに録音したものと比べると、余裕を含んだ豪快さが出ているようにも思う。マーク78歳、最晩年の演奏。
第1楽章の弦楽合奏が、繊細で美しすぎるほど。響きが透明で清冽。表情豊かで、ロマンティックな歌わせ方も印象的。メンデルスゾーンの哀愁が、くっきりと描き出されている。
テンポはかなり遅め。ゆったりとしたペースで進んでゆくのだが、あまりモタモタした感じはしない。遅いのに颯爽としている、というのは矛盾した感じなのだが、聴いているとそんな風に思える。奥行き深く、残響成分の多い録音も効果的で、このテンポが実に心地よい。
第2楽章のスケルツォは爽やかそのもの。マドリードSOの弦楽群も健闘。しなやかな音楽を作り出している。アンサンブルは、緊密とはいえないが、懸命さは伝わってくるので聴いていて気持ちよい。
第3楽章のアダージョ。寂しく美しい旋律が続く、この交響曲の聴きどころだとボクは思っている。テンポは本当にゆっくり。アダージョだから当然なのだが、メンデルスゾーンの旋律美をすべてすくい取って聴き手に示してくれるような演奏。マーク、絶好調と見た。
終楽章は金管の強奏にティンパニも加わって結構豪快。ここまで穏やかだったマークの指揮も、一転、激しさを加えている。マドリードSOの金管群が頑張っているのだが、もう少しファイトがあってもいいかな。でも、一生懸命吹いてます。こういう演奏は良いですな。
録音も上々。特に弦楽器の柔らかさ・しなやかさ・透明感は素晴らしい。
木管の味わいも良いし、奥行きも残響も良いです。
金管がちと惜しい。音がイマイチ(オケの技術のせいか?)のように思えます。
2005/11/06のBlog
[ 04:03 ]
[ 管弦楽曲 ]
風邪の症状が続きます。喉がイガイガ身体はだるい。
この調子で、あと数日続くんだろうな。クスリ、飲むかな・・・・・。
さて、今日はR・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」作品30。
演奏はヘルベルト・ブロムシュテット指揮ドレスデン・シュターツカペレ。
録音は1987年6月、ドレスデンのルカ教会にて。ただ、オルガンは8月にベルリンのシャウシュピールハウスで別録り。CD番号33COー2259、新譜で発売当時に3300円で購入したもの。高かったなぁ・・・・。
しかし、見事なジャケット。実はジャケットを見て、きっといい音がするのではないかと思って購入してしまったもの(^^ゞ。でも正解、ホンマにエエ音でありました。
ボクら中年世代は、若い頃オーディオ・ブームを経験してます。1980年頃、国内の電器メーカーは競ってオーディオ製品を発売していたし、オーディオ専門の自社ブランドを持ってました。シャープはOTTO、東芝はAurex、日立はLo-D・・・・・などなど。
スピーカーはゴォキュッパ(59800円)が激戦区、カセットデッキはノイズ・リダクション・システムがポイントで、DolbyかAdressかdbxか・・・・Victorのアンルスもあったな。
そして、クラシックで言えば、ストラヴィンスキーの「春の祭典」、ホルストの「惑星」が大人気になって、レコードはどんどん出るわ、それを如何にダイナミックに再生するかオーディオ雑誌の記事になるわ・・・・。
なかんずく、このR・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」は、もう圧倒的な人気。冒頭の部分のハデハデさは、オーディオ機器のデモンストレーションに最適でありました。
「2001年宇宙の旅」の映画音楽として有名になってしまったこの曲、しかし、冒頭だけもてはやされて、それ以後はちょっとイマイチ人気がないようにも思う。
でもエエ曲なんだなぁ。渋くて、深みがあって、室内楽のようなしみじみとしたところもあって。
さて、ブロムシュテット/SKDの演奏は、冒頭だけカッコイイのではなく、全編に渡って素晴らしい正統的な解釈を聴かせてくれる、ホンマモンの模範演奏であります。
格調高く、絶叫調にならず、直線と曲線をくっきりと描き分けて、聴き手を納得させてくれる演奏になっている。
ニーチェのテキストが元にあるので、標題は難解だが、音楽そのものは晦渋ではない。何回か聴くと分かりやすい音楽だ(とボクが思うのも、ブロムシュテットのおかげかもしれない)。
で、SKDの音が、実にまろやか。
弦は艶やかに(でもケバケバしくならないのはさすがSKD)、管楽器は深々と甘く。
特に弦楽合奏だけの部分になると、もう、得も言われぬ気品が漂ってくる。
この曲、R・シュトラウスとしては「アルプス交響曲」に次いで大編成の曲で、ハープ2台にグロッケンシュピール、鐘、オルガンまで加わる。冒頭部のようにスケール雄大な曲想もあれば、中間部の室内楽的で穏やかな曲想まで、本当に幅広い。そのあたりを、ブロムシュテットはきっちりと振り分けて退屈させない。
しかも各楽器が見事に溶け合って、オケ全体としてはふくよかで豊満なのに、個々の楽器の音色はあくまでも渋めで穏やかという、相反するような要素が見事に融合した、素晴らしい録音になっている。ホンマ、このころのDENONの録音は最高でありました。
この調子で、あと数日続くんだろうな。クスリ、飲むかな・・・・・。
さて、今日はR・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」作品30。
演奏はヘルベルト・ブロムシュテット指揮ドレスデン・シュターツカペレ。
録音は1987年6月、ドレスデンのルカ教会にて。ただ、オルガンは8月にベルリンのシャウシュピールハウスで別録り。CD番号33COー2259、新譜で発売当時に3300円で購入したもの。高かったなぁ・・・・。
しかし、見事なジャケット。実はジャケットを見て、きっといい音がするのではないかと思って購入してしまったもの(^^ゞ。でも正解、ホンマにエエ音でありました。
ボクら中年世代は、若い頃オーディオ・ブームを経験してます。1980年頃、国内の電器メーカーは競ってオーディオ製品を発売していたし、オーディオ専門の自社ブランドを持ってました。シャープはOTTO、東芝はAurex、日立はLo-D・・・・・などなど。
スピーカーはゴォキュッパ(59800円)が激戦区、カセットデッキはノイズ・リダクション・システムがポイントで、DolbyかAdressかdbxか・・・・Victorのアンルスもあったな。
そして、クラシックで言えば、ストラヴィンスキーの「春の祭典」、ホルストの「惑星」が大人気になって、レコードはどんどん出るわ、それを如何にダイナミックに再生するかオーディオ雑誌の記事になるわ・・・・。
なかんずく、このR・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」は、もう圧倒的な人気。冒頭の部分のハデハデさは、オーディオ機器のデモンストレーションに最適でありました。
「2001年宇宙の旅」の映画音楽として有名になってしまったこの曲、しかし、冒頭だけもてはやされて、それ以後はちょっとイマイチ人気がないようにも思う。
でもエエ曲なんだなぁ。渋くて、深みがあって、室内楽のようなしみじみとしたところもあって。
さて、ブロムシュテット/SKDの演奏は、冒頭だけカッコイイのではなく、全編に渡って素晴らしい正統的な解釈を聴かせてくれる、ホンマモンの模範演奏であります。
格調高く、絶叫調にならず、直線と曲線をくっきりと描き分けて、聴き手を納得させてくれる演奏になっている。
ニーチェのテキストが元にあるので、標題は難解だが、音楽そのものは晦渋ではない。何回か聴くと分かりやすい音楽だ(とボクが思うのも、ブロムシュテットのおかげかもしれない)。
で、SKDの音が、実にまろやか。
弦は艶やかに(でもケバケバしくならないのはさすがSKD)、管楽器は深々と甘く。
特に弦楽合奏だけの部分になると、もう、得も言われぬ気品が漂ってくる。
この曲、R・シュトラウスとしては「アルプス交響曲」に次いで大編成の曲で、ハープ2台にグロッケンシュピール、鐘、オルガンまで加わる。冒頭部のようにスケール雄大な曲想もあれば、中間部の室内楽的で穏やかな曲想まで、本当に幅広い。そのあたりを、ブロムシュテットはきっちりと振り分けて退屈させない。
しかも各楽器が見事に溶け合って、オケ全体としてはふくよかで豊満なのに、個々の楽器の音色はあくまでも渋めで穏やかという、相反するような要素が見事に融合した、素晴らしい録音になっている。ホンマ、このころのDENONの録音は最高でありました。
2005/11/05のBlog
[ 04:21 ]
[ 交響曲 ]
Doblogのメンテナンスが先日行われましたが、あれ以来、また重くなったような気がします。
特に夜間が大変。閲覧がしにくいようです。
ご覧いただいている方々には、大変申し訳ありません。
(と、ボクが謝っても仕方ないんですが)。
無料のWeblogですからね、しょうがないと言えばそれまでなんでしょうが・・・う~~ん。
機能は今のままでイイんです。別に多くは欲してません。ただ、もっと軽いところを探してみようかと思う今日この頃であります。
さて今日は、モーツァルトの交響曲第36番「リンツ」。大好きな曲。
オトマール・スウィトナー指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。輸入廉価盤5000円程度で発売されている「スウィトナー&シュターツカペレ・ドレスデンBOX」からの1枚。まぁ、CDは安くなったものだ。
録音は1968年、今から37年も前のものだが、結構いい音がする。弦楽器群が元気よく前面に出てきて、奥行き感は今一歩なのだが、さすが、名スタジオ(?)との評価高いドレスデンのルカ教会、トゥッティが消えてゆく時の余韻が、たいそう素晴らしい。この余韻、空気感は、現在でも十分に通用するレベルだと思う。
第1楽章のアレグロから、オケが元気いっぱい。前に前に楽器が出てくる感じ。颯爽として若々しい推進力が、いかにもモーツァルトだなぁと思う。
この曲、モーツァルトがザルツブルクからの帰りにリンツの町に立ち寄り、演奏会を持つことになったのだが、ストックがないので慌てて間に合わせようと、僅か4日間で書き上げたという交響曲。作曲家の、凄まじいまでの集中力、そして神業。
この序奏部からアレグロ・スピリトーソの主部に入って、次から次へと旋律が湧きだして、オケが畳みかけるように音を重ねてゆく部分など、最高の聴きものだと思う。
ドレスデン・シュターツカペレの音が、素晴らしく良い。キラキラした鮮烈さはないのだが、一本筋の通った芯の強い絹糸のような、滑らかで澄んだ音色が、何とも良い。スウィトナーの統率力も抜群。アンサンブルは完璧。
第2楽章アンダンテは、展開部が充実しているソナタ楽章。ステージ奥手で静かに歌うホルンが綺麗。品が良く慎ましく甘い音色がたまらない。弦楽器のアンサンブルも素晴らしく、細い糸が第1・2ヴァイオリンからヴィオラ、チェロ・コンバスに至るまできちんと通っているような演奏。
第3楽章メヌエット。オーボエのトリオが美しい。「リンツ」はフルートやクラリネットが用いられていないので、色彩的に輝くような曲にならないのだが、この部分は例外。オーボエがレントラーを美しく歌う。
終楽章はプレスト。第1楽章と同様で、オケが元気よく快活。速い、速い。どんどん進んでゆく快感。「リンツ」はこのくらい速くないとイカンよなぁと思いつつ、スウィトナー/SKDに拍手を送っておりました。
で、このBOX、こんな演奏が10枚入っているんです。
モーツァルトだけじゃなくて、マーラーやストラヴィンスキーも。
当分楽しめそうです。嬉しい。
特に夜間が大変。閲覧がしにくいようです。
ご覧いただいている方々には、大変申し訳ありません。
(と、ボクが謝っても仕方ないんですが)。
無料のWeblogですからね、しょうがないと言えばそれまでなんでしょうが・・・う~~ん。
機能は今のままでイイんです。別に多くは欲してません。ただ、もっと軽いところを探してみようかと思う今日この頃であります。
さて今日は、モーツァルトの交響曲第36番「リンツ」。大好きな曲。
オトマール・スウィトナー指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。輸入廉価盤5000円程度で発売されている「スウィトナー&シュターツカペレ・ドレスデンBOX」からの1枚。まぁ、CDは安くなったものだ。
録音は1968年、今から37年も前のものだが、結構いい音がする。弦楽器群が元気よく前面に出てきて、奥行き感は今一歩なのだが、さすが、名スタジオ(?)との評価高いドレスデンのルカ教会、トゥッティが消えてゆく時の余韻が、たいそう素晴らしい。この余韻、空気感は、現在でも十分に通用するレベルだと思う。
第1楽章のアレグロから、オケが元気いっぱい。前に前に楽器が出てくる感じ。颯爽として若々しい推進力が、いかにもモーツァルトだなぁと思う。
この曲、モーツァルトがザルツブルクからの帰りにリンツの町に立ち寄り、演奏会を持つことになったのだが、ストックがないので慌てて間に合わせようと、僅か4日間で書き上げたという交響曲。作曲家の、凄まじいまでの集中力、そして神業。
この序奏部からアレグロ・スピリトーソの主部に入って、次から次へと旋律が湧きだして、オケが畳みかけるように音を重ねてゆく部分など、最高の聴きものだと思う。
ドレスデン・シュターツカペレの音が、素晴らしく良い。キラキラした鮮烈さはないのだが、一本筋の通った芯の強い絹糸のような、滑らかで澄んだ音色が、何とも良い。スウィトナーの統率力も抜群。アンサンブルは完璧。
第2楽章アンダンテは、展開部が充実しているソナタ楽章。ステージ奥手で静かに歌うホルンが綺麗。品が良く慎ましく甘い音色がたまらない。弦楽器のアンサンブルも素晴らしく、細い糸が第1・2ヴァイオリンからヴィオラ、チェロ・コンバスに至るまできちんと通っているような演奏。
第3楽章メヌエット。オーボエのトリオが美しい。「リンツ」はフルートやクラリネットが用いられていないので、色彩的に輝くような曲にならないのだが、この部分は例外。オーボエがレントラーを美しく歌う。
終楽章はプレスト。第1楽章と同様で、オケが元気よく快活。速い、速い。どんどん進んでゆく快感。「リンツ」はこのくらい速くないとイカンよなぁと思いつつ、スウィトナー/SKDに拍手を送っておりました。
で、このBOX、こんな演奏が10枚入っているんです。
モーツァルトだけじゃなくて、マーラーやストラヴィンスキーも。
当分楽しめそうです。嬉しい。
2005/11/04のBlog
[ 04:44 ]
[ 協奏曲 ]
相変わらず休日出勤が続きます。やれやれ。
喉が「イガイガ」してきてます。風邪引いたなぁ。久しぶり。朝のジョギングを始めてから病気知らずだったんだがなぁ。職場の若い士がゴホゴホやっていたので、うつされたようです。アイツめ。
さて、今日はベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ニ長調作品61。
アイザック・スターンのヴァイオリン、ダニエル・バレンボイム指揮ニューヨーク・フィルハーモニックの演奏。
CBSソニー原盤で1975年5月ニューヨークでの録音。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、メンデルスゾーン・ブラームスと並ぶ三大ヴァイオリン協奏曲の一つ(チャイコフスキーも含めれば四大協奏曲か)。中でもこの曲は、古典的な様式美と格調高くロマン的なメロディが素晴らしい大傑作。
作曲当時、ベートーヴェンは「傑作の森」にさしかかろうとしていた時期。まさに絶頂期の作品。背筋がピンと伸びたような気品の高さで、これは古今のヴァイオリン協奏曲の最高傑作だとボクは思う。
さて、第1楽章。ティンパニの連打で始まる序奏部が、素晴らしい。バレンボイム/NYPの演奏は全く豪快で、楽器が実によく鳴っている。弦も管もブリリアント。思い切り弾いている(吹いている)感じ。あまり細かなことにこだわらず、屈託なくオケを鳴らした伴奏。
この協奏曲は、ある意味では単純に同じ旋律の繰り返しのようなところがあって、(しかし、この繰り返しがたまらない魅力なのだが)、オケを存分に鳴らした方が効果的だと思う。バレンボイムの指揮は、その点で、オケの技量と曲の魅力を気持ちよく引き出していると思う。
そして、スターンの独奏。気持ちよい美音。しかも低音から高音まで実によく鳴るし、よく響く。音量が大きい。高音の細く長く響かせるところでも、芯の強靱さを感じさせる音。
日本を代表するヴァイオリニスト江藤俊哉が、スターンの使っているヴァイオリンはグァルネリだという。一途に、力を入れて弾く奏者に向いているらしい。なるほど、このベートーヴェンの強靱さがグァルネリか・・・・ボクはそう思ったものだ。
(ちなみに、オイストラフはエレガントに弾く人なので、ストラディヴァリウスだということだ)
第2楽章の静謐さは、実はどんなヴァイオリニストで聴いても素晴らしい。スターンの特長は弱音のしなやかな強さだと思う。よくしなる鞭のような強さを持ちながら、透明で艶のある響きが、ホンマに素晴らしい。そのソロの響き、そして弱音器を付けて支える伴奏の響きがとても良く、ベートーヴェンの「祈り」が聴こえてくる。
終楽章のロンド、オケの鳴りっぷりは第1楽章同様、豪快で気持ちよい。ただ、アンサンブルは少し緩め。テンポは安定感のあるゆったりしたもの(テンポは全曲を通じて、速くもなく遅くもなく、フレージングも心地よく聴きやすかった)。
スターンのソロはどんどん集中力を高めていく感じ。音が拡散してゆくというより、中へ中へ音がどんどん集まってゆく感じの演奏ぶり。ラストのカデンツァなど、もはや孤高の響き。
1970年代のスターンというと、技巧は下り坂にあったらしいのだが(本にはそんなことを書いてあったりする)、この演奏からは、衰えは感じません。
NYPの響きが明るすぎるのが少し気になるのだが(これ、録音のせいかもしれません)、スターンの強靱な響きは、やはり素晴らしいなと久しぶりに聴き直して、ボクは思ったのであります。
喉が「イガイガ」してきてます。風邪引いたなぁ。久しぶり。朝のジョギングを始めてから病気知らずだったんだがなぁ。職場の若い士がゴホゴホやっていたので、うつされたようです。アイツめ。
さて、今日はベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ニ長調作品61。
アイザック・スターンのヴァイオリン、ダニエル・バレンボイム指揮ニューヨーク・フィルハーモニックの演奏。
CBSソニー原盤で1975年5月ニューヨークでの録音。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、メンデルスゾーン・ブラームスと並ぶ三大ヴァイオリン協奏曲の一つ(チャイコフスキーも含めれば四大協奏曲か)。中でもこの曲は、古典的な様式美と格調高くロマン的なメロディが素晴らしい大傑作。
作曲当時、ベートーヴェンは「傑作の森」にさしかかろうとしていた時期。まさに絶頂期の作品。背筋がピンと伸びたような気品の高さで、これは古今のヴァイオリン協奏曲の最高傑作だとボクは思う。
さて、第1楽章。ティンパニの連打で始まる序奏部が、素晴らしい。バレンボイム/NYPの演奏は全く豪快で、楽器が実によく鳴っている。弦も管もブリリアント。思い切り弾いている(吹いている)感じ。あまり細かなことにこだわらず、屈託なくオケを鳴らした伴奏。
この協奏曲は、ある意味では単純に同じ旋律の繰り返しのようなところがあって、(しかし、この繰り返しがたまらない魅力なのだが)、オケを存分に鳴らした方が効果的だと思う。バレンボイムの指揮は、その点で、オケの技量と曲の魅力を気持ちよく引き出していると思う。
そして、スターンの独奏。気持ちよい美音。しかも低音から高音まで実によく鳴るし、よく響く。音量が大きい。高音の細く長く響かせるところでも、芯の強靱さを感じさせる音。
日本を代表するヴァイオリニスト江藤俊哉が、スターンの使っているヴァイオリンはグァルネリだという。一途に、力を入れて弾く奏者に向いているらしい。なるほど、このベートーヴェンの強靱さがグァルネリか・・・・ボクはそう思ったものだ。
(ちなみに、オイストラフはエレガントに弾く人なので、ストラディヴァリウスだということだ)
第2楽章の静謐さは、実はどんなヴァイオリニストで聴いても素晴らしい。スターンの特長は弱音のしなやかな強さだと思う。よくしなる鞭のような強さを持ちながら、透明で艶のある響きが、ホンマに素晴らしい。そのソロの響き、そして弱音器を付けて支える伴奏の響きがとても良く、ベートーヴェンの「祈り」が聴こえてくる。
終楽章のロンド、オケの鳴りっぷりは第1楽章同様、豪快で気持ちよい。ただ、アンサンブルは少し緩め。テンポは安定感のあるゆったりしたもの(テンポは全曲を通じて、速くもなく遅くもなく、フレージングも心地よく聴きやすかった)。
スターンのソロはどんどん集中力を高めていく感じ。音が拡散してゆくというより、中へ中へ音がどんどん集まってゆく感じの演奏ぶり。ラストのカデンツァなど、もはや孤高の響き。
1970年代のスターンというと、技巧は下り坂にあったらしいのだが(本にはそんなことを書いてあったりする)、この演奏からは、衰えは感じません。
NYPの響きが明るすぎるのが少し気になるのだが(これ、録音のせいかもしれません)、スターンの強靱な響きは、やはり素晴らしいなと久しぶりに聴き直して、ボクは思ったのであります。
2005/11/03のBlog
[ 05:12 ]
[ 交響曲 ]
我が家周辺あちこちで「文化祭」が行われております。
吹奏楽部の次男坊の高校も2日間の文化祭。記念式典で演奏するんだと張り切っていました。
合唱部の三男坊は、「地域合唱」と称して、地域の人々を招いて一緒に合唱を楽しむ出し物のリーダーとして燃えています。ボクも地域住民として中学校の文化祭におつきあい・・・(^^ゞ、ここのところ練習に行ってます。「太陽がくれた季節」は懐かしく得意だが、「ハナミズキ」など知らん、オジサンには歌えんぞ。
さて、今日は、ブルックナーの交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」。ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団。録音は1979年、ミュンヘンのヘルクレスザール。デジタル録音初期のもので、クーベリックはこの後、ソニーに第3番も録音していた。2枚とも発売直後にLPで購入したのだが、素晴らしい演奏なのでCDで買い直してしまった。CDのジャケットはLP初出時と同じなのが嬉しい。
第1楽章冒頭のホルンが明るく爽やか。この部分は数あるクラシック作品の中で、ホルン奏者が最も緊張する曲の一つだと言うが、ここでは、そういう緊張感は伝わってこない。かえって、伸び伸びと気持ちよく吹いている印象。艶やかで非常に良く響くソロ。
やがて盛り上がる金管の強奏も、厚ぼったくならず、爽快に響く。青春の息吹のような音楽になっているのは、バイエルン放送響のしなやかなさの賜物だろう。クーベリックの指揮も、大局を捉えて、気持ちよい流れを形作ってゆく。細かな部分にこだわるというより、65分以上かかるこの大曲の全体を見通したうえでの音楽作り。
ヴァイオリンは両翼配置。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの掛け合いが、とても面白い。
(だいたいクーベリックのレコードやCDは、この両翼配置が多いので、聴いていて面白い。オケの個々の楽器が綺麗に溶け合い、ヴァイオリンの受け渡しなどを楽しめる)
第2楽章の静謐さ。ここでは弦楽群の柔らかな響きが素敵。デジタル録音初期の多くは、音の硬さが耳についたものだが、この「ロマンティック」にはそのかけらも感じられない。柔らかく美しい。特に弱音がイイ。秘かな弦楽の積み重ねが、徐々に盛り上がってゆくのを、ゆったりした気分で聴くのは、大変気持ちよい。
第3楽章はスケルツォ。狩りをイメージした音楽だと思うが、管楽器の絡み合いが見事だ。ホルンは勿論だが、木管やトランペットの響きが、明るく柔らかいのが良い。アッケラカンとした(いわばアメリカ的な・・・)明るさではなく、しっとりとした、柔らかい日差しを浴びたようなほのぼのとした明るさ、そんな音楽。聴いていて心が弾む。ワクワクしてくる。
終楽章は「活発に、しかし速すぎずに」。クーベリックの採るテンポは、前の3楽章もそうだったが、まさに「速すぎない」テンポ。中庸というべき速さ。遅くもなく、速くもなく、ボクにとっては非常に聴きやすい速度。ゆったりと、この大きな音楽の流れに身を任せて聴いていられる。バイエルン放送交響楽団も絶好調。
聴き終えた後の満足感が格別。 ブルックナーの曲は長いだけに満足感も大きいのだが、妙な演奏で聴くと途中でイヤになってしまうこともある。
クーベリックは、もう、最高の「ロマンティック」指揮者。
大切にしたい1枚であります。
吹奏楽部の次男坊の高校も2日間の文化祭。記念式典で演奏するんだと張り切っていました。
合唱部の三男坊は、「地域合唱」と称して、地域の人々を招いて一緒に合唱を楽しむ出し物のリーダーとして燃えています。ボクも地域住民として中学校の文化祭におつきあい・・・(^^ゞ、ここのところ練習に行ってます。「太陽がくれた季節」は懐かしく得意だが、「ハナミズキ」など知らん、オジサンには歌えんぞ。
さて、今日は、ブルックナーの交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」。ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団。録音は1979年、ミュンヘンのヘルクレスザール。デジタル録音初期のもので、クーベリックはこの後、ソニーに第3番も録音していた。2枚とも発売直後にLPで購入したのだが、素晴らしい演奏なのでCDで買い直してしまった。CDのジャケットはLP初出時と同じなのが嬉しい。
第1楽章冒頭のホルンが明るく爽やか。この部分は数あるクラシック作品の中で、ホルン奏者が最も緊張する曲の一つだと言うが、ここでは、そういう緊張感は伝わってこない。かえって、伸び伸びと気持ちよく吹いている印象。艶やかで非常に良く響くソロ。
やがて盛り上がる金管の強奏も、厚ぼったくならず、爽快に響く。青春の息吹のような音楽になっているのは、バイエルン放送響のしなやかなさの賜物だろう。クーベリックの指揮も、大局を捉えて、気持ちよい流れを形作ってゆく。細かな部分にこだわるというより、65分以上かかるこの大曲の全体を見通したうえでの音楽作り。
ヴァイオリンは両翼配置。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの掛け合いが、とても面白い。
(だいたいクーベリックのレコードやCDは、この両翼配置が多いので、聴いていて面白い。オケの個々の楽器が綺麗に溶け合い、ヴァイオリンの受け渡しなどを楽しめる)
第2楽章の静謐さ。ここでは弦楽群の柔らかな響きが素敵。デジタル録音初期の多くは、音の硬さが耳についたものだが、この「ロマンティック」にはそのかけらも感じられない。柔らかく美しい。特に弱音がイイ。秘かな弦楽の積み重ねが、徐々に盛り上がってゆくのを、ゆったりした気分で聴くのは、大変気持ちよい。
第3楽章はスケルツォ。狩りをイメージした音楽だと思うが、管楽器の絡み合いが見事だ。ホルンは勿論だが、木管やトランペットの響きが、明るく柔らかいのが良い。アッケラカンとした(いわばアメリカ的な・・・)明るさではなく、しっとりとした、柔らかい日差しを浴びたようなほのぼのとした明るさ、そんな音楽。聴いていて心が弾む。ワクワクしてくる。
終楽章は「活発に、しかし速すぎずに」。クーベリックの採るテンポは、前の3楽章もそうだったが、まさに「速すぎない」テンポ。中庸というべき速さ。遅くもなく、速くもなく、ボクにとっては非常に聴きやすい速度。ゆったりと、この大きな音楽の流れに身を任せて聴いていられる。バイエルン放送交響楽団も絶好調。
聴き終えた後の満足感が格別。 ブルックナーの曲は長いだけに満足感も大きいのだが、妙な演奏で聴くと途中でイヤになってしまうこともある。
クーベリックは、もう、最高の「ロマンティック」指揮者。
大切にしたい1枚であります。
2005/11/02のBlog
[ 04:15 ]
[ 交響曲 ]
黄昏時に車の運転をしておりました。どんどん暗くなって、あっという間に夜に。
秋の日は夜の訪れが早いですな。
クラシック好きは、こんな些細なことがきっかけになります。
そう、今日は、マーラーの交響曲第7番ホ短調「夜の歌」。これを聴こう^^。
演奏は小澤征爾の指揮、ボストン交響楽団。1989年録音のフィリップス盤。
第1楽章の冒頭、テナー・ホルンの音色が甘く、ややエロティック。しかも、ほのかな温もりを感じさせて全く美しい。やがてホルン、トランペット、トロンボーンなど、金管群の活躍が素晴らしい。しかも、どの音色も何とも甘く、時に切なく、また朗々と歌い上げる。小沢は、金管の処理が巧いなぁと思う。
木管群も、素晴らしい。本来は穏やかな音色のはずだと思うのだが、この演奏では甘くセクシーな感じ。マーラーの、最も妖しい交響曲(だとボクは個人的に思っているのだが)を、この管楽器群の音色だけでも十分に堪能させてくれる。
もちろん、ボストン響、弦楽も素晴らしい。ヴァイオリンの音色がほの暗く、やや渋めなのだが、黒光りするような艶がある。よく磨き込まれた漆器のような感触。
磨き込まれた弦と甘くて色気たっぷりな管楽器の、見事な融合。
録音も、最高に素晴らしい。
第2楽章は「夜の歌Ⅰ」。初めの部分で、夜の鳥たちが会話をするような感じで管楽器が奏でる。妖しい鳥のさえずりのよう。テンポは中庸だが、アッチェランドがかかるところもある。小沢独特の解釈だと思うのだが、効果有りと見た。全体的には細かいところまで神経の行き届いた演奏になっている。
第3楽章はスケルツォ。「影のように」と標示されているらしい。この楽章は最もつかみ所のない音楽が続く。初めて聴いたときには、何が何だか分からないので辟易したが、何度も聴いて慣れてしまうと結構面白い。その感覚で聴くと、小沢/ボストンの演奏は、非常に明快。分かりやすい演奏を心がけているように思う。多彩な曲想を、繊細に描き分けてゆくし、対抗旋律の処理も巧いなぁと思う。
第4楽章「夜の歌Ⅱ」。この楽章こそ、最も「夜の歌」=セレナードらしい。マンドリンの音が夜の雰囲気にピッタリだし、木管や金管がフクロウのように鳴くのを聴くのも楽しい。小沢は、ヴァイオリンをデリケートに響かせて、闇の深さを演出。遠くで鳴るホルンがまたイイ。
終楽章は、強烈なティンパニのソロで始まる。この音が素晴らしい。ティンパニの音はこうでなくちゃ。上質の革の音がする。曲が進むにつれて、夜の闇のような部分もあり、夜明けのような金管の絶叫もあり、これも不可解なところが多い楽章だと思う。
テンポはあまり速くならないが、小沢のリズム感の良さもあって、全体的にキレのよいダイナミックな演奏になっている。ボストン響の奏者は、全く達者。名人芸があちこちで聴ける楽しさも味わえる楽章だと思う。
小沢のマーラー全集、作曲家自身の心情を描き出す演奏とは一線を画し、純音楽的にマーラーを捉えた名演だと思います。
マーラーの魂の彷徨を描く指揮者(テンシュテットやバーンスタイン)らとは、やや遠いところにあるような気もしますが、マーラーを明快に美しく、しかも心優しく演奏した名作だなぁと思っています。
特筆すべきはフィリップスの録音が素晴らしい!
この「音」だけでも聴く値打ちがありますぞい。耽美的でさえありますから。
マーラーの使う「カウベル」についての、pfaelzerweinさんのエントリー。
参考になります。
秋の日は夜の訪れが早いですな。
クラシック好きは、こんな些細なことがきっかけになります。
そう、今日は、マーラーの交響曲第7番ホ短調「夜の歌」。これを聴こう^^。
演奏は小澤征爾の指揮、ボストン交響楽団。1989年録音のフィリップス盤。
第1楽章の冒頭、テナー・ホルンの音色が甘く、ややエロティック。しかも、ほのかな温もりを感じさせて全く美しい。やがてホルン、トランペット、トロンボーンなど、金管群の活躍が素晴らしい。しかも、どの音色も何とも甘く、時に切なく、また朗々と歌い上げる。小沢は、金管の処理が巧いなぁと思う。
木管群も、素晴らしい。本来は穏やかな音色のはずだと思うのだが、この演奏では甘くセクシーな感じ。マーラーの、最も妖しい交響曲(だとボクは個人的に思っているのだが)を、この管楽器群の音色だけでも十分に堪能させてくれる。
もちろん、ボストン響、弦楽も素晴らしい。ヴァイオリンの音色がほの暗く、やや渋めなのだが、黒光りするような艶がある。よく磨き込まれた漆器のような感触。
磨き込まれた弦と甘くて色気たっぷりな管楽器の、見事な融合。
録音も、最高に素晴らしい。
第2楽章は「夜の歌Ⅰ」。初めの部分で、夜の鳥たちが会話をするような感じで管楽器が奏でる。妖しい鳥のさえずりのよう。テンポは中庸だが、アッチェランドがかかるところもある。小沢独特の解釈だと思うのだが、効果有りと見た。全体的には細かいところまで神経の行き届いた演奏になっている。
第3楽章はスケルツォ。「影のように」と標示されているらしい。この楽章は最もつかみ所のない音楽が続く。初めて聴いたときには、何が何だか分からないので辟易したが、何度も聴いて慣れてしまうと結構面白い。その感覚で聴くと、小沢/ボストンの演奏は、非常に明快。分かりやすい演奏を心がけているように思う。多彩な曲想を、繊細に描き分けてゆくし、対抗旋律の処理も巧いなぁと思う。
第4楽章「夜の歌Ⅱ」。この楽章こそ、最も「夜の歌」=セレナードらしい。マンドリンの音が夜の雰囲気にピッタリだし、木管や金管がフクロウのように鳴くのを聴くのも楽しい。小沢は、ヴァイオリンをデリケートに響かせて、闇の深さを演出。遠くで鳴るホルンがまたイイ。
終楽章は、強烈なティンパニのソロで始まる。この音が素晴らしい。ティンパニの音はこうでなくちゃ。上質の革の音がする。曲が進むにつれて、夜の闇のような部分もあり、夜明けのような金管の絶叫もあり、これも不可解なところが多い楽章だと思う。
テンポはあまり速くならないが、小沢のリズム感の良さもあって、全体的にキレのよいダイナミックな演奏になっている。ボストン響の奏者は、全く達者。名人芸があちこちで聴ける楽しさも味わえる楽章だと思う。
小沢のマーラー全集、作曲家自身の心情を描き出す演奏とは一線を画し、純音楽的にマーラーを捉えた名演だと思います。
マーラーの魂の彷徨を描く指揮者(テンシュテットやバーンスタイン)らとは、やや遠いところにあるような気もしますが、マーラーを明快に美しく、しかも心優しく演奏した名作だなぁと思っています。
特筆すべきはフィリップスの録音が素晴らしい!
この「音」だけでも聴く値打ちがありますぞい。耽美的でさえありますから。
マーラーの使う「カウベル」についての、pfaelzerweinさんのエントリー。
参考になります。
2005/11/01のBlog
[ 05:30 ]
[ 器楽曲 ]
11月を迎えて、だいぶ冷え込んできました。
ここのところ、ジョギングには実に気持ちよい気候で、爽やかな汗をかいておりました。でも、今朝はちと寒いかな?
ベストを1枚羽織って行こうか。
さて今日は、ホロヴィッツのピアノでベートーヴェンのピアノソナタ第23番ヘ短調作品57「熱情」を。1972年の録音。CBSソニー原盤。
ホロヴィッツといえば、「ピアノの神様」(と賞する人が多い)。60年以上の長いキャリア、その間、世界最高級のピアニストとして絶賛を博した大スター。
確かに、ホロヴィッツの弾くラフマニノフやリスト、ショパンは超絶的に冴えた技術が素晴らしいし、チャイコフスキーやベートーヴェンの協奏曲など、ものすごい名演だと思う。
ボクが少しずつクラシック音楽を聴き始めた1980年代の前半、確か1983年夏だったと思う、初めて来日して、演奏会が行われた。チケットはべらぼうな値段だったはず。テレビ中継も行われて、貧乏なボクはもちろんテレビで観るのが精一杯だった。
世界的達人の演奏家というので、ワクワクして観ていたが、「へ?こんなもんかな?」と感じたことを覚えている。自分がクラシック初心者なので、ホロヴィッツの真価がよく分からないのだろうと思っていたが、後日「ひび割れた骨董」という評を読んで、妙に納得したのを思い出す。
さて、今日の「熱情」。ホロヴィッツ68歳の名演だが、演奏は、超絶的テクニックとか、大ヴィルトゥォーゾとか、そんな言葉には無縁の、極めて「普通」の名演だと思う。
テンポは穏当なもの。、少し遅めかな。表現も激烈なことはなく、淡々と弾いている部分も多い。
第1楽章のアレグロ・アッサイは9分35秒。老齢ホロヴィッツとはいえ、さすがに打鍵は強烈で音色はやや硬めの透きとおっている。冷たい湖が碧く澄んだ感じの音色。低音の強打も素晴らしいが、高音部の燦めく音色の輝かしさが実に良い。若い息吹さえ感じさせる出来。
第2楽章は5分56秒。アンダンテらしく、ゆっくりと音楽が進んでゆく。変奏曲の性格を弾き分けて、美しい。
終楽章は8分。アレグロ・マ・ノン・トロッポなので、猛烈に速いことはないが、粒立つような色彩的なピアノが聴ける。この楽章が、最もピアニスティックであり、ホロヴィッツらしさがよく出ていると思う。時々ハッとするようなピアノの青白い輝きが聴ける。
コーダで大きく加速するが、無茶苦茶速いわけではない(ホロヴィッツならもっと早く弾けるだろうにと思うのだが・・・・・)。ただ、コーダの部分での音色はさすが。キラキラと輝きながら、タッチはあくまで美しい。
ホロヴィッツらしいスリリングさはないが、音色は全編美しく、技巧的にもほぼ完璧。68歳という年齢を感じさせない若々しい名演だと思う。
ここのところ、ジョギングには実に気持ちよい気候で、爽やかな汗をかいておりました。でも、今朝はちと寒いかな?
ベストを1枚羽織って行こうか。
さて今日は、ホロヴィッツのピアノでベートーヴェンのピアノソナタ第23番ヘ短調作品57「熱情」を。1972年の録音。CBSソニー原盤。
ホロヴィッツといえば、「ピアノの神様」(と賞する人が多い)。60年以上の長いキャリア、その間、世界最高級のピアニストとして絶賛を博した大スター。
確かに、ホロヴィッツの弾くラフマニノフやリスト、ショパンは超絶的に冴えた技術が素晴らしいし、チャイコフスキーやベートーヴェンの協奏曲など、ものすごい名演だと思う。
ボクが少しずつクラシック音楽を聴き始めた1980年代の前半、確か1983年夏だったと思う、初めて来日して、演奏会が行われた。チケットはべらぼうな値段だったはず。テレビ中継も行われて、貧乏なボクはもちろんテレビで観るのが精一杯だった。
世界的達人の演奏家というので、ワクワクして観ていたが、「へ?こんなもんかな?」と感じたことを覚えている。自分がクラシック初心者なので、ホロヴィッツの真価がよく分からないのだろうと思っていたが、後日「ひび割れた骨董」という評を読んで、妙に納得したのを思い出す。
さて、今日の「熱情」。ホロヴィッツ68歳の名演だが、演奏は、超絶的テクニックとか、大ヴィルトゥォーゾとか、そんな言葉には無縁の、極めて「普通」の名演だと思う。
テンポは穏当なもの。、少し遅めかな。表現も激烈なことはなく、淡々と弾いている部分も多い。
第1楽章のアレグロ・アッサイは9分35秒。老齢ホロヴィッツとはいえ、さすがに打鍵は強烈で音色はやや硬めの透きとおっている。冷たい湖が碧く澄んだ感じの音色。低音の強打も素晴らしいが、高音部の燦めく音色の輝かしさが実に良い。若い息吹さえ感じさせる出来。
第2楽章は5分56秒。アンダンテらしく、ゆっくりと音楽が進んでゆく。変奏曲の性格を弾き分けて、美しい。
終楽章は8分。アレグロ・マ・ノン・トロッポなので、猛烈に速いことはないが、粒立つような色彩的なピアノが聴ける。この楽章が、最もピアニスティックであり、ホロヴィッツらしさがよく出ていると思う。時々ハッとするようなピアノの青白い輝きが聴ける。
コーダで大きく加速するが、無茶苦茶速いわけではない(ホロヴィッツならもっと早く弾けるだろうにと思うのだが・・・・・)。ただ、コーダの部分での音色はさすが。キラキラと輝きながら、タッチはあくまで美しい。
ホロヴィッツらしいスリリングさはないが、音色は全編美しく、技巧的にもほぼ完璧。68歳という年齢を感じさせない若々しい名演だと思う。