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2005/11/26のBlog
[ 04:37 ]
[ 協奏曲 ]
来年はモーツァルト生誕250年だそうな。
レコード雑誌などでボツボツそんな広告を見かけるようになったが、没後200年の時のような大騒ぎにはなっていないようです。あのときは、騒々しかった・・・・と言いつつ、実はだいぶ買い込んだんですが・・・・(^^ゞ。
その誕生日1月27日は、ボクと妻の結婚記念日でもあります。大雪の日でありました。この記念日は、当然毎年やって来ますので、もちろん毎年「○周年」と祝うのであります・・・・・・。
さて、そういうわけで今日は、モーツァルト。
協奏交響曲変ホ長調K.297b。
ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団の演奏。1983年7月、ロンドンでのフィリップス録音。
独奏者がスゴイ。フルートがオーレル・ニコレ、オーボエはハインツ・ホリガー、ホルンはヘルマン・バウマン、バスーンがクラウス・トゥーネマン。錚々たるメンバーやなぁ。
従来の演奏はクラリネットだったものを、コンピュータ分析によってフルートに代えているのと、オケ・パートもオリジナルに近い形に復元している・・・・ということらしい。K.297bそのものも、真作なのか贋作なのか問題だったはず。
しかし、素人のボクにとってはその辺はどうでもよろしい。そんなことを遙かに超えた、この作品は名作であるし、しかもこの演奏は美演だから(^-^)。
第1楽章のアレグロから、もうウットリしてしまうほど美しい演奏。それぞれのソロが蕩けるように綺麗で、しかも巧い。複数の楽器が絡み合う場面が何度も出てくるのだが、全く、ため息が出るほど美しいアンサンブル。悦びに満ちた演奏というのは、こういうのを言うんじゃないか。ソリストたちお互いが、微笑みながら演奏しているのが聴き手に伝わるアレグロ。
第2楽章のアダージョが、これまた絶美、至高の美しさ。(と、チョイと大げさだが、そう書いてしまいたくなるほど綺麗なんだから、もう仕方がない)。フィリップスの録音が良いのだろう、それぞれの楽器が持ち味を十分に出した音色で、しかも統一感のある音響に仕上がっている。演奏も良ければ録音も素晴らしい、見事な音場空間。2つのスピーカーの間に、4人のソリストが楽しくえんそうしている姿が見えてきそうな感じ。
第3楽章はアンダンティーノ・コン・ヴァリアッツィオーネ。主題と十の変奏曲。
ニコレのフルートは清涼感たっぷりでかつ格調高く、ホリガーのオーボエはやや細身の音色で透明感があるし、艶も十分。
バウマンのホルンは奥ゆかしく、時には野太く、荒々しくならずに、包み込むような豊かさで響く。トゥーネマンのバスーンは、ニュアンス豊かで、オシャレでユーモアもある。4人4色なのだが、均整の取れた統一感の中で演奏しているのが良い。時に、即興的なところもあって心憎いばかり。
マリナーの指揮も最高(と褒めてしまう^^)。4人のプレイを十分に引き出しつつ、アンサンブル完璧なバックだもの。
聴いているだけでウキウキしてくるような演奏。
いつまでも大切にしたい名盤であります。
録音も最高。フィリップスさすが。
レコード雑誌などでボツボツそんな広告を見かけるようになったが、没後200年の時のような大騒ぎにはなっていないようです。あのときは、騒々しかった・・・・と言いつつ、実はだいぶ買い込んだんですが・・・・(^^ゞ。
その誕生日1月27日は、ボクと妻の結婚記念日でもあります。大雪の日でありました。この記念日は、当然毎年やって来ますので、もちろん毎年「○周年」と祝うのであります・・・・・・。
さて、そういうわけで今日は、モーツァルト。
協奏交響曲変ホ長調K.297b。
ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団の演奏。1983年7月、ロンドンでのフィリップス録音。
独奏者がスゴイ。フルートがオーレル・ニコレ、オーボエはハインツ・ホリガー、ホルンはヘルマン・バウマン、バスーンがクラウス・トゥーネマン。錚々たるメンバーやなぁ。
従来の演奏はクラリネットだったものを、コンピュータ分析によってフルートに代えているのと、オケ・パートもオリジナルに近い形に復元している・・・・ということらしい。K.297bそのものも、真作なのか贋作なのか問題だったはず。
しかし、素人のボクにとってはその辺はどうでもよろしい。そんなことを遙かに超えた、この作品は名作であるし、しかもこの演奏は美演だから(^-^)。
第1楽章のアレグロから、もうウットリしてしまうほど美しい演奏。それぞれのソロが蕩けるように綺麗で、しかも巧い。複数の楽器が絡み合う場面が何度も出てくるのだが、全く、ため息が出るほど美しいアンサンブル。悦びに満ちた演奏というのは、こういうのを言うんじゃないか。ソリストたちお互いが、微笑みながら演奏しているのが聴き手に伝わるアレグロ。
第2楽章のアダージョが、これまた絶美、至高の美しさ。(と、チョイと大げさだが、そう書いてしまいたくなるほど綺麗なんだから、もう仕方がない)。フィリップスの録音が良いのだろう、それぞれの楽器が持ち味を十分に出した音色で、しかも統一感のある音響に仕上がっている。演奏も良ければ録音も素晴らしい、見事な音場空間。2つのスピーカーの間に、4人のソリストが楽しくえんそうしている姿が見えてきそうな感じ。
第3楽章はアンダンティーノ・コン・ヴァリアッツィオーネ。主題と十の変奏曲。
ニコレのフルートは清涼感たっぷりでかつ格調高く、ホリガーのオーボエはやや細身の音色で透明感があるし、艶も十分。
バウマンのホルンは奥ゆかしく、時には野太く、荒々しくならずに、包み込むような豊かさで響く。トゥーネマンのバスーンは、ニュアンス豊かで、オシャレでユーモアもある。4人4色なのだが、均整の取れた統一感の中で演奏しているのが良い。時に、即興的なところもあって心憎いばかり。
マリナーの指揮も最高(と褒めてしまう^^)。4人のプレイを十分に引き出しつつ、アンサンブル完璧なバックだもの。
聴いているだけでウキウキしてくるような演奏。
いつまでも大切にしたい名盤であります。
録音も最高。フィリップスさすが。
2005/11/25のBlog
[ 05:25 ]
[ 交響曲 ]
今年の銀杏、黄色く色づくのがどうも遅いようです。
職場近くに多くの銀杏があるんですが、落ち葉になるのが今年は遅い・・・・。
例年なら、掃除が大変なのに・・・・暖冬、地球温暖化なんでしょうかね・・・。
もう12月が近いのに、緑の葉も多く、チョイとボクは心配しております。
さて、今日は定盤、懐かしい名盤を。
シューベルトの交響曲第9番ハ長調D.944「グレート」。
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏。1959年1月、ハリウッドでの録音、CBS盤。
録音当時のプロデューサー、ジョン・マックルーアが、1980年代初頭に、オリジナルのマルチ・チャンネル・テープから新しくトラック・ダウンしたマスターでCD化されて話題になったもの。今から46年も前の録音なので、さすがにヒス・ノイズは大きいのだが、素晴らしい音になっている。リミックスが成功した例だと思う。特に。ヒス・ノイズを触らずに、当時のオケの音を再現させようとした意図が良かったのだろう。
ワルターの音楽は、とにかく、暖かく優しい。
肌触りが柔らかくぬくもりがあって、哀しいところでも微笑んでいるような演奏。
「深く切れ込んでゆく」とか「鋭く迫る」ような演奏とは無縁の、どちらかというと、ほのぼの系の演奏。激情に駆られたりしないのだ。
このシューベルトも、そんなワルターの魅力全開の素晴らしい演奏になっている。
第1楽章序奏部の、実にゆったりしたテンポ。遅い、とにかく遅い。そのゆっくりした歩みの中で、おおらかな歌が響く。ホルンの豊かな歌が印象的。木管もひなびた音色で、歌い上げてゆく。最強奏でも、音楽が崩れないのはさすが。コロンビア響も、響きがやや薄手だが健闘している。
主部の手前でアッチェランドがかかって、豪快で堂々とした音楽に変化してゆく。しかし、そこはワルター、いたずらに大げさな音楽にせず、「歌心」を込めて演奏させてゆく。
第2楽章のアンダンテ・コン・モート。木管の「歌」がこの楽章を貫いてゆく。響きも良い。オーボエやクラリネットの懐かしい響きが何とも云えない。バックの弦楽の刻みにさえ歌があるのだから、たまらない。肌触りも柔らかく、時にむせかえるようなロマンの息吹を感じる楽章になっている。
第3楽章はスケルツォ。速度記号はアレグロ・ヴィヴァーチェだが、そんなに速くない。リズムもあるが、ワルターの歌がやはり素晴らしい。ストリングスが、時にうねるように「歌」を紡いでゆく。テンポが微妙に揺れるし、フレージングも少しずつ変化する。これは巨匠の芸か。
終楽章もアレグロ・ヴィヴァーチェ。金管の咆吼が盛り上がり十分なのだが、ハデハデにならないのはワルターの趣味だろう。ワルターの棒について、オーケストラも精一杯演奏しているのが分かる。こういう演奏はエエなぁ。
職場近くに多くの銀杏があるんですが、落ち葉になるのが今年は遅い・・・・。
例年なら、掃除が大変なのに・・・・暖冬、地球温暖化なんでしょうかね・・・。
もう12月が近いのに、緑の葉も多く、チョイとボクは心配しております。
さて、今日は定盤、懐かしい名盤を。
シューベルトの交響曲第9番ハ長調D.944「グレート」。
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏。1959年1月、ハリウッドでの録音、CBS盤。
録音当時のプロデューサー、ジョン・マックルーアが、1980年代初頭に、オリジナルのマルチ・チャンネル・テープから新しくトラック・ダウンしたマスターでCD化されて話題になったもの。今から46年も前の録音なので、さすがにヒス・ノイズは大きいのだが、素晴らしい音になっている。リミックスが成功した例だと思う。特に。ヒス・ノイズを触らずに、当時のオケの音を再現させようとした意図が良かったのだろう。
ワルターの音楽は、とにかく、暖かく優しい。
肌触りが柔らかくぬくもりがあって、哀しいところでも微笑んでいるような演奏。
「深く切れ込んでゆく」とか「鋭く迫る」ような演奏とは無縁の、どちらかというと、ほのぼの系の演奏。激情に駆られたりしないのだ。
このシューベルトも、そんなワルターの魅力全開の素晴らしい演奏になっている。
第1楽章序奏部の、実にゆったりしたテンポ。遅い、とにかく遅い。そのゆっくりした歩みの中で、おおらかな歌が響く。ホルンの豊かな歌が印象的。木管もひなびた音色で、歌い上げてゆく。最強奏でも、音楽が崩れないのはさすが。コロンビア響も、響きがやや薄手だが健闘している。
主部の手前でアッチェランドがかかって、豪快で堂々とした音楽に変化してゆく。しかし、そこはワルター、いたずらに大げさな音楽にせず、「歌心」を込めて演奏させてゆく。
第2楽章のアンダンテ・コン・モート。木管の「歌」がこの楽章を貫いてゆく。響きも良い。オーボエやクラリネットの懐かしい響きが何とも云えない。バックの弦楽の刻みにさえ歌があるのだから、たまらない。肌触りも柔らかく、時にむせかえるようなロマンの息吹を感じる楽章になっている。
第3楽章はスケルツォ。速度記号はアレグロ・ヴィヴァーチェだが、そんなに速くない。リズムもあるが、ワルターの歌がやはり素晴らしい。ストリングスが、時にうねるように「歌」を紡いでゆく。テンポが微妙に揺れるし、フレージングも少しずつ変化する。これは巨匠の芸か。
終楽章もアレグロ・ヴィヴァーチェ。金管の咆吼が盛り上がり十分なのだが、ハデハデにならないのはワルターの趣味だろう。ワルターの棒について、オーケストラも精一杯演奏しているのが分かる。こういう演奏はエエなぁ。
2005/11/24のBlog
[ 05:33 ]
[ 交響曲 ]
一昨日ノイマンの「復活」を聴いて、マーラー熱も復活・・・・(^^ゞ
ノイマンはアッサリ系だったが、今日はその反対方向のマーラーを聴いてみようか・・。
そこで、大好きなマーラーの交響曲第5嬰ハ短調。
サー・ジョン・バルビローリ指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団の演奏。1969年、イギリスのワトフォード・タウン・ホールでのEMI録音。
バルビローリのマーラーは多種あるが、EMIでのスタジオ録音は、他に6番と9番(例のBPOが感激して録音した名盤)があるだけだったはず。
バルビローリのマーラーは(この演奏などもう36年も前の録音になるのだが)、いまだ色褪せない。
エロティックで甘ったるくて、ドロドロとして情念渦巻くマーラー。
身をよじって泣きわめく、時に乱痴気騒ぎも辞さないマーラー。
それこそバルビローリ自身が、マーラーの心情に同化したような演奏。
バーンスタインもマーラーに同化して、全身全霊を込めて、汗だくになって悶えるような演奏するが、バルビローリの方がスタイリッシュなところがある。汗の量が、バーンスタインより、やや少ないか。
それでも第1楽章の開始から、遅めのテンポで切々とマーラーの心情を歌う。感情の昂ぶりで、音楽が前に進まないところさえある。
葬送行進曲が、行進しない・・・・。振り返り、後ずさりする。来し方を回想するように、過去を慈しむような演奏。
ポルタメントのかかった弦が何ともエロティック。しかも、目一杯のテヌート。これがバルビローリの魅力なのだが、なんともたまらない演奏。
第2楽章も遅い。じっくりとマーラーの心の襞にまで分け入って、感情の昂ぶり、心の揺らめきを表現しているような独特の演奏。むせかえるようなロマン。
一つひとつの音符が「長く」感じる。バルビローリは、音を「伸ばす」人だと思う。音を切らずに、ググッと伸ばす、保つ。そのしつこさが独特なのだと思う。何とも凄まじい指揮なのだが、ニュー・フィルハーモニア管がよくついていっている。
第3楽章はスケルツォ。この曲の中心に置かれたスケルツォこそ、マラ5の核心のような気がするんだが(と言いつつ、アダージェットはやっぱり素晴らしいよなぁ)、ホルン協奏曲のようなところがある。このホルンの音量が大きい。他のどの演奏よりも前に出てきて、音が大きい。これ、バルビローリの意思なのか、録音のなせるワザなのか。聴いていて、たいそう面白い。ホルン奏者、誰か知らないがのとても巧い。音色が魅力的だとは思わないが(EMIの録音のせいもあるだろう)、きっちりと吹いていて心地よい。他の管楽器群も健闘、好調。
そして第4楽章のアダージェット。この静謐さ、うねるようなストリングスの持続音・・・・バルビローリ節だなぁ。音が静かに消えてゆくところなど、たいそうエロティック。こちらの聴き方にもよるのかもしれないが、このアダージェットでエロスを尤も感じさせてくれるのはバルビローリ。
終楽章の爆発。ここでもテンポは遅く、弦楽器は波打ち、管楽器は揺らめくように奏する。アンサンブルが少し乱れてもお構いなしという感じで、オケも指揮者も、マーラーの世界に没入してゆく。悶えるように耽溺して。
いやはや、聴き終えて、凄まじいマーラーであることを再認識。
バルビローリはスゴイです。
でも疲れます。久しぶりに聴いて、どっと疲れました・・・・・(^^ゞ。
寄る年波のせいか、アッサリ系のマーラーがカラダにはエエようです。
こういうマーラーを聴き続けていると、生活習慣病になってしまいそう・・・・。糖尿病あたりが危ないかも・・・。あ、これ、バルビローリへの賛辞でありますが。
ノイマンはアッサリ系だったが、今日はその反対方向のマーラーを聴いてみようか・・。
そこで、大好きなマーラーの交響曲第5嬰ハ短調。
サー・ジョン・バルビローリ指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団の演奏。1969年、イギリスのワトフォード・タウン・ホールでのEMI録音。
バルビローリのマーラーは多種あるが、EMIでのスタジオ録音は、他に6番と9番(例のBPOが感激して録音した名盤)があるだけだったはず。
バルビローリのマーラーは(この演奏などもう36年も前の録音になるのだが)、いまだ色褪せない。
エロティックで甘ったるくて、ドロドロとして情念渦巻くマーラー。
身をよじって泣きわめく、時に乱痴気騒ぎも辞さないマーラー。
それこそバルビローリ自身が、マーラーの心情に同化したような演奏。
バーンスタインもマーラーに同化して、全身全霊を込めて、汗だくになって悶えるような演奏するが、バルビローリの方がスタイリッシュなところがある。汗の量が、バーンスタインより、やや少ないか。
それでも第1楽章の開始から、遅めのテンポで切々とマーラーの心情を歌う。感情の昂ぶりで、音楽が前に進まないところさえある。
葬送行進曲が、行進しない・・・・。振り返り、後ずさりする。来し方を回想するように、過去を慈しむような演奏。
ポルタメントのかかった弦が何ともエロティック。しかも、目一杯のテヌート。これがバルビローリの魅力なのだが、なんともたまらない演奏。
第2楽章も遅い。じっくりとマーラーの心の襞にまで分け入って、感情の昂ぶり、心の揺らめきを表現しているような独特の演奏。むせかえるようなロマン。
一つひとつの音符が「長く」感じる。バルビローリは、音を「伸ばす」人だと思う。音を切らずに、ググッと伸ばす、保つ。そのしつこさが独特なのだと思う。何とも凄まじい指揮なのだが、ニュー・フィルハーモニア管がよくついていっている。
第3楽章はスケルツォ。この曲の中心に置かれたスケルツォこそ、マラ5の核心のような気がするんだが(と言いつつ、アダージェットはやっぱり素晴らしいよなぁ)、ホルン協奏曲のようなところがある。このホルンの音量が大きい。他のどの演奏よりも前に出てきて、音が大きい。これ、バルビローリの意思なのか、録音のなせるワザなのか。聴いていて、たいそう面白い。ホルン奏者、誰か知らないがのとても巧い。音色が魅力的だとは思わないが(EMIの録音のせいもあるだろう)、きっちりと吹いていて心地よい。他の管楽器群も健闘、好調。
そして第4楽章のアダージェット。この静謐さ、うねるようなストリングスの持続音・・・・バルビローリ節だなぁ。音が静かに消えてゆくところなど、たいそうエロティック。こちらの聴き方にもよるのかもしれないが、このアダージェットでエロスを尤も感じさせてくれるのはバルビローリ。
終楽章の爆発。ここでもテンポは遅く、弦楽器は波打ち、管楽器は揺らめくように奏する。アンサンブルが少し乱れてもお構いなしという感じで、オケも指揮者も、マーラーの世界に没入してゆく。悶えるように耽溺して。
いやはや、聴き終えて、凄まじいマーラーであることを再認識。
バルビローリはスゴイです。
でも疲れます。久しぶりに聴いて、どっと疲れました・・・・・(^^ゞ。
寄る年波のせいか、アッサリ系のマーラーがカラダにはエエようです。
こういうマーラーを聴き続けていると、生活習慣病になってしまいそう・・・・。糖尿病あたりが危ないかも・・・。あ、これ、バルビローリへの賛辞でありますが。
2005/11/23のBlog
[ 03:16 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
今日は、フォーレのレクイエム。
エマニュエル・クリヴィヌ指揮、国立リヨン管弦楽団・合唱団の演奏。独奏は、ガエル・ル・ロワ(ソプラノ)、フランソワ・ル・ルー(バリトン)。オルガンはシャン=ルイ・ジル。録音は1988年10月、ベルージュ・サントマリー=マドレーヌ・フォートレス教会。DENONの原盤。クレスト1000シリーズで発売されている。
クリヴィヌはグルノーブル出身、1947年生まれのフランスの指揮者。この録音当時は40代になったばかりの、若手だった。DENONも期待して、フィルハーモニア管でモーツァルトの交響曲などを盛んに録音させていた。
今まで、そのモーツァルトやムソルグスキーの「展覧会の絵」、R・コルサコフの「シェエラザード」などを聴いてきたが、生き生きとして明快、繊細だが活気ある演奏という印象の指揮者だった。
このフォーレのレクイエムは、教会での録音。残響がたっぷりで、雰囲気豊かな録音。定位はあまり明確ではないのだが、声楽は奥行き深くクリアに録られていて、ソロもオフマイクで合唱の中によく溶け込んでゆく。
宗教音楽らしい、しかもフォーレらしい、品の良い録音に仕上がっている。
大声を張り上げず、ひそやかに故人の冥福を祈る音楽。
静かに、故人の生前を振り返り、その思い出を語るような音楽。
クリヴィヌの演奏は、彼らしく明快で、かつ静かな中に研ぎ澄まされた緊張感と包み込むような優しさが同居している。素晴らしい演奏だと思う。
「入祭唱」と「奉献唱」の上品さ。合唱が大変上手で、よく練り上げられている印象。
合唱指揮はベルナール・テテュ。よく揃って、全く美しい。
「サンクトゥス」のハープと弦、そして合唱とのハーモニーの美しさは最高だし、「ピエ・イエズ」のゆったりとしたテンポの中で詠われる安息は、どこまでも優しい。
「アニュス・デイ」の4部合唱も見事で、清々しささえ漂う。
ラストの、「天国にて」では、弱奏が徐々に消えてゆくところなどホンマに天国的。
総じてクリヴィヌらしい、デリケートさの中に暖かさ・清涼感を感じさせる名演だと思う。
ソロの歌手が今一歩かな・・・(というより、フォーレやクリヴィヌの音楽とは異質で、何か迫力が感じられる。声も太い感じ・・・、もう少し細い方がピッタリと思うんだが・・・・)
静謐な音楽でありました。
先日、伯父が亡くなりました。竹笹研究の権威、植物学に邁進した人でした。
我が子3人の夏休みの理科研究では、随分お世話になりました。
フォーレのレクイエムのような、穏やかな伯父でありました。
エマニュエル・クリヴィヌ指揮、国立リヨン管弦楽団・合唱団の演奏。独奏は、ガエル・ル・ロワ(ソプラノ)、フランソワ・ル・ルー(バリトン)。オルガンはシャン=ルイ・ジル。録音は1988年10月、ベルージュ・サントマリー=マドレーヌ・フォートレス教会。DENONの原盤。クレスト1000シリーズで発売されている。
クリヴィヌはグルノーブル出身、1947年生まれのフランスの指揮者。この録音当時は40代になったばかりの、若手だった。DENONも期待して、フィルハーモニア管でモーツァルトの交響曲などを盛んに録音させていた。
今まで、そのモーツァルトやムソルグスキーの「展覧会の絵」、R・コルサコフの「シェエラザード」などを聴いてきたが、生き生きとして明快、繊細だが活気ある演奏という印象の指揮者だった。
このフォーレのレクイエムは、教会での録音。残響がたっぷりで、雰囲気豊かな録音。定位はあまり明確ではないのだが、声楽は奥行き深くクリアに録られていて、ソロもオフマイクで合唱の中によく溶け込んでゆく。
宗教音楽らしい、しかもフォーレらしい、品の良い録音に仕上がっている。
大声を張り上げず、ひそやかに故人の冥福を祈る音楽。
静かに、故人の生前を振り返り、その思い出を語るような音楽。
クリヴィヌの演奏は、彼らしく明快で、かつ静かな中に研ぎ澄まされた緊張感と包み込むような優しさが同居している。素晴らしい演奏だと思う。
「入祭唱」と「奉献唱」の上品さ。合唱が大変上手で、よく練り上げられている印象。
合唱指揮はベルナール・テテュ。よく揃って、全く美しい。
「サンクトゥス」のハープと弦、そして合唱とのハーモニーの美しさは最高だし、「ピエ・イエズ」のゆったりとしたテンポの中で詠われる安息は、どこまでも優しい。
「アニュス・デイ」の4部合唱も見事で、清々しささえ漂う。
ラストの、「天国にて」では、弱奏が徐々に消えてゆくところなどホンマに天国的。
総じてクリヴィヌらしい、デリケートさの中に暖かさ・清涼感を感じさせる名演だと思う。
ソロの歌手が今一歩かな・・・(というより、フォーレやクリヴィヌの音楽とは異質で、何か迫力が感じられる。声も太い感じ・・・、もう少し細い方がピッタリと思うんだが・・・・)
静謐な音楽でありました。
先日、伯父が亡くなりました。竹笹研究の権威、植物学に邁進した人でした。
我が子3人の夏休みの理科研究では、随分お世話になりました。
フォーレのレクイエムのような、穏やかな伯父でありました。
2005/11/22のBlog
[ 05:42 ]
[ 交響曲 ]
咳がまだ出ます。長いなぁ・・・・・。
勤労感謝の日は、久しぶりに休みが取れるかな?今月初の休日なんですが(^^ゞ
さて、元気を出して今日はマーラーの交響曲第2番「復活」。
この曲の激しく劇的な美しさに魅入られて、マーラーを聴き始めた頃(クラシック音楽を聴き始めてからマーラーを知るまでにしばらく時間がかかったので、おそらく大学を卒業してからだと思う)、何度もターンテーブルにLPを載せたものだった。
メータ/VPOの、マッチョで輝かしいオケの魅力満載の演奏。
バーンスタイン/NYPの、熱情に駆られたような、ドロドロした魅力に溢れた演奏。
このあたり、特に若い頃は、大好きだったものだ。
近頃は寄る年波のせいか、メータやバーンスタインのように、こってりと脂ののったステーキのような厚ぼったいマーラーは少々苦手になってきた。
肉料理よりも魚料理の方が旨く感じるようになったのと同じかもしれない・・・・・。
瀬戸内の白身の魚の味わいの方が、肉料理より優ると感じるようになった・・・・。
そこで、今日取り出したのはヴァーツラフ・ノイマン指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。ガブリエラ・ベニャチャコヴァーのソプラノ、エヴァ・ランドヴァーのアルト、合唱はチェコ・フィルハーモニー合唱団。1980年、プラハの「芸術家の家」でのアナログ録音。スプラフォン原盤のDENON盤。
1988年の発売時に2500円。当時としては破格の値段。CD1枚2500円で、しかも「復活」が聴ける!(LPだとまず2枚組5000円、古びた録音の廉価盤でも3000円だった)
時はバブル経済の真っ盛り、クラシック界では空前のマーラーブーム。それもピークにあった。次から次へとマーラーの新譜が出ていた頃だった。
そんな中で、DENONがスプラフォン原盤のノイマン全集を再発売したのだが、あまり目立たなかった。この「復活」を含めて何枚か購入したが印象の薄い演奏だった。(今年、ノイマン没後10年ということで、全集が1万円未満で復活発売された)
ところが、最近聴き直してみると、これがなかなかイイんだなぁ・・・・・。
第1楽章から、ノイマン/チェコ・フィルは絶叫しない。この楽章は、ヘトヘトになってしまうくらい絶叫できる楽章なのだが(だからマーラーは初演の際に5分の休憩を要求したはず)、ノイマンの演奏は阿鼻叫喚にならない。ややクールに淡々と進んでくれるのが良い。あざとく迫られるより、はるかに良い。瀬戸内の白身魚の味わい。淡々と進んでいるのだが、アンサンブルは綺麗だし、弦楽の弱奏など、デリカシーに富んでいる。噛めば噛むほど味わいがある。
第2楽章のレントラーなど、さらにチェコ・フィルの弦の渋さ発揮されて実にいい。黒光りした真鍮の美しさとでも云おうか、輝くような華美な音ではないのだが、聴いていて落ち着いてくる音色。トリオの部分での木管も綺麗で心地よい。おそらく最もチェコ・フィルの響きの味わい深さが現れている楽章。
第3楽章のダイナミクスも品のある迫力。第4楽章のアルトも好演。
終楽章のソプラノがまた素晴らしい。ベニャチャコヴァーのソプラノは出番が多くはないものの、よく透る爽やかな高音が心地よい。ややクールな声だと思うが、管弦楽とよくマッチしている。合唱もよく歌っている。巧いかどうか、よく分からないのだが、懸命さは十分に伝わってくる好演だと思う。
ノイマンの指揮は最後まで勤勉で誠実、やや速めのテンポで一貫している。颯爽としたマーラーでもある。全曲75分ほど。
アナログ最末期の録音で、優秀なんですが、もう少し高音が伸びても良いかなと思います(ひょっとしてCDの限界かな?)。
中音域は充実しており、だからチェコ・フィルの音がよく捉えられていると思います。
勤労感謝の日は、久しぶりに休みが取れるかな?今月初の休日なんですが(^^ゞ
さて、元気を出して今日はマーラーの交響曲第2番「復活」。
この曲の激しく劇的な美しさに魅入られて、マーラーを聴き始めた頃(クラシック音楽を聴き始めてからマーラーを知るまでにしばらく時間がかかったので、おそらく大学を卒業してからだと思う)、何度もターンテーブルにLPを載せたものだった。
メータ/VPOの、マッチョで輝かしいオケの魅力満載の演奏。
バーンスタイン/NYPの、熱情に駆られたような、ドロドロした魅力に溢れた演奏。
このあたり、特に若い頃は、大好きだったものだ。
近頃は寄る年波のせいか、メータやバーンスタインのように、こってりと脂ののったステーキのような厚ぼったいマーラーは少々苦手になってきた。
肉料理よりも魚料理の方が旨く感じるようになったのと同じかもしれない・・・・・。
瀬戸内の白身の魚の味わいの方が、肉料理より優ると感じるようになった・・・・。
そこで、今日取り出したのはヴァーツラフ・ノイマン指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。ガブリエラ・ベニャチャコヴァーのソプラノ、エヴァ・ランドヴァーのアルト、合唱はチェコ・フィルハーモニー合唱団。1980年、プラハの「芸術家の家」でのアナログ録音。スプラフォン原盤のDENON盤。
1988年の発売時に2500円。当時としては破格の値段。CD1枚2500円で、しかも「復活」が聴ける!(LPだとまず2枚組5000円、古びた録音の廉価盤でも3000円だった)
時はバブル経済の真っ盛り、クラシック界では空前のマーラーブーム。それもピークにあった。次から次へとマーラーの新譜が出ていた頃だった。
そんな中で、DENONがスプラフォン原盤のノイマン全集を再発売したのだが、あまり目立たなかった。この「復活」を含めて何枚か購入したが印象の薄い演奏だった。(今年、ノイマン没後10年ということで、全集が1万円未満で復活発売された)
ところが、最近聴き直してみると、これがなかなかイイんだなぁ・・・・・。
第1楽章から、ノイマン/チェコ・フィルは絶叫しない。この楽章は、ヘトヘトになってしまうくらい絶叫できる楽章なのだが(だからマーラーは初演の際に5分の休憩を要求したはず)、ノイマンの演奏は阿鼻叫喚にならない。ややクールに淡々と進んでくれるのが良い。あざとく迫られるより、はるかに良い。瀬戸内の白身魚の味わい。淡々と進んでいるのだが、アンサンブルは綺麗だし、弦楽の弱奏など、デリカシーに富んでいる。噛めば噛むほど味わいがある。
第2楽章のレントラーなど、さらにチェコ・フィルの弦の渋さ発揮されて実にいい。黒光りした真鍮の美しさとでも云おうか、輝くような華美な音ではないのだが、聴いていて落ち着いてくる音色。トリオの部分での木管も綺麗で心地よい。おそらく最もチェコ・フィルの響きの味わい深さが現れている楽章。
第3楽章のダイナミクスも品のある迫力。第4楽章のアルトも好演。
終楽章のソプラノがまた素晴らしい。ベニャチャコヴァーのソプラノは出番が多くはないものの、よく透る爽やかな高音が心地よい。ややクールな声だと思うが、管弦楽とよくマッチしている。合唱もよく歌っている。巧いかどうか、よく分からないのだが、懸命さは十分に伝わってくる好演だと思う。
ノイマンの指揮は最後まで勤勉で誠実、やや速めのテンポで一貫している。颯爽としたマーラーでもある。全曲75分ほど。
アナログ最末期の録音で、優秀なんですが、もう少し高音が伸びても良いかなと思います(ひょっとしてCDの限界かな?)。
中音域は充実しており、だからチェコ・フィルの音がよく捉えられていると思います。
2005/11/21のBlog
[ 06:31 ]
[ 協奏曲 ]
気温が低くなってくると、シベリウスを聴きたくなります。
シベリウスと来れば北欧・フィンランド。冷涼な気候、森と湖の国。短絡的な発想でまことに恥ずかしい次第だが、これも長年の習慣。もう肌が、シベリウスを聴きたくなってしまう。
今日はシベリウスのヴァイオリン協奏曲ニ短調。
ギドン・クレーメルのヴァイオリン、リッカルド・ムーティ指揮フィルハーモニア管の演奏。1982年6月、ロンドンのキングズウェイホールでの録音、EMI盤。
職場の同僚が、ダブリ買いをしてくれたおかげで回ってきた1枚。
クレーメルとしては、1977年のロジェストヴェンスキーとの共演以来、2度目のシベリウス録音。
第1楽章の冒頭、独奏ヴァイオリンが弱音で入って来るところから、もうすでに北欧の冷たい風が吹いてくる感じ。クレーメル独特の鋭さが功を奏して、非常にクールな開始。
そう、シベリウスだもの、クールであればある方が良い。
クレーメルのソロは、澄みきった湖面のような透明感でもって、あまりヴィブラートをかけずに、弾ききってしまう。潔癖で実にイイ。
音色はそんなにきれいではない。ふるいつきたくなるような美音ではなく、切っ先の鋭いナイフのような、冷たい輝きが特徴だと思う。やや細身でよく響く高音が特に良い。
決して耳に刺激的な音ではなく、どこまでも透明で細く伸びてゆくような音。まさに、シベリウスのための音色だと思う。華美な音ではなく、内省的な音色という感じ。充実したこの第1楽章の、全くシベリウスらしい旋律が、クレーメルによって実に美しく奏でられている。
ムーティ率いるフィルハーモニア管の伴奏も、とても美しいし、迫力も十分。木管が綺麗で、クレーメルのソロとピッタリ合っているのが好ましい。
第2楽章アダージョ・ディ・モルトなども、木管群が美しくオケが充実している。ヴァイオリンがほの暗いロマンを、あまり大きな声を上げずに詠いあげる。明るくならず、抑制をきかせたヴァイオリン。シベリウスの内なる声を聴くような気がする。
終楽章はアレグロ・マ・ノン・トロッポ。初めて聴いたときに最も印象づけられた楽章。リズム感に富んでいる楽章だが、内省的なほの暗さは変わらない。技巧的にはかなり難しいところがあるらしいが、そこはさすがクレーメル、全く破綻を感じさせない、ほぼ完璧な技巧。音の粒がよく揃って見事と言うほかない。
ムーティは、情熱的にやろうとしているのだが、クレーメルが肩すかしを食らわせてアッサリと弾ききってしまうところもある。それがまた協奏曲として聴いていて、面白い。
録音状況は、デジタル初期の硬さが残るかな。今ひとつのように思います。
EMIだから仕方ないか。
どうも我が家のシステムとEMIは相性が悪いようです。
まぁ、EMIそのものの録音がイマイチなんでしょうが・・・・・。という記述をよく見かけます。
(レコード雑誌の録音評は全く当てにならない)
学生の頃、福永武彦の『死の島』を愛読して以来、シベリウスはよく聴きます。
福永の最高傑作だと今も思います。
後期の交響曲は難解だなぁと思いますが、この冬も、いつも通り、しばしばシベリウスを取り出すことになるでしょう。
シベリウスと来れば北欧・フィンランド。冷涼な気候、森と湖の国。短絡的な発想でまことに恥ずかしい次第だが、これも長年の習慣。もう肌が、シベリウスを聴きたくなってしまう。
今日はシベリウスのヴァイオリン協奏曲ニ短調。
ギドン・クレーメルのヴァイオリン、リッカルド・ムーティ指揮フィルハーモニア管の演奏。1982年6月、ロンドンのキングズウェイホールでの録音、EMI盤。
職場の同僚が、ダブリ買いをしてくれたおかげで回ってきた1枚。
クレーメルとしては、1977年のロジェストヴェンスキーとの共演以来、2度目のシベリウス録音。
第1楽章の冒頭、独奏ヴァイオリンが弱音で入って来るところから、もうすでに北欧の冷たい風が吹いてくる感じ。クレーメル独特の鋭さが功を奏して、非常にクールな開始。
そう、シベリウスだもの、クールであればある方が良い。
クレーメルのソロは、澄みきった湖面のような透明感でもって、あまりヴィブラートをかけずに、弾ききってしまう。潔癖で実にイイ。
音色はそんなにきれいではない。ふるいつきたくなるような美音ではなく、切っ先の鋭いナイフのような、冷たい輝きが特徴だと思う。やや細身でよく響く高音が特に良い。
決して耳に刺激的な音ではなく、どこまでも透明で細く伸びてゆくような音。まさに、シベリウスのための音色だと思う。華美な音ではなく、内省的な音色という感じ。充実したこの第1楽章の、全くシベリウスらしい旋律が、クレーメルによって実に美しく奏でられている。
ムーティ率いるフィルハーモニア管の伴奏も、とても美しいし、迫力も十分。木管が綺麗で、クレーメルのソロとピッタリ合っているのが好ましい。
第2楽章アダージョ・ディ・モルトなども、木管群が美しくオケが充実している。ヴァイオリンがほの暗いロマンを、あまり大きな声を上げずに詠いあげる。明るくならず、抑制をきかせたヴァイオリン。シベリウスの内なる声を聴くような気がする。
終楽章はアレグロ・マ・ノン・トロッポ。初めて聴いたときに最も印象づけられた楽章。リズム感に富んでいる楽章だが、内省的なほの暗さは変わらない。技巧的にはかなり難しいところがあるらしいが、そこはさすがクレーメル、全く破綻を感じさせない、ほぼ完璧な技巧。音の粒がよく揃って見事と言うほかない。
ムーティは、情熱的にやろうとしているのだが、クレーメルが肩すかしを食らわせてアッサリと弾ききってしまうところもある。それがまた協奏曲として聴いていて、面白い。
録音状況は、デジタル初期の硬さが残るかな。今ひとつのように思います。
EMIだから仕方ないか。
どうも我が家のシステムとEMIは相性が悪いようです。
まぁ、EMIそのものの録音がイマイチなんでしょうが・・・・・。という記述をよく見かけます。
(レコード雑誌の録音評は全く当てにならない)
学生の頃、福永武彦の『死の島』を愛読して以来、シベリウスはよく聴きます。
福永の最高傑作だと今も思います。
後期の交響曲は難解だなぁと思いますが、この冬も、いつも通り、しばしばシベリウスを取り出すことになるでしょう。
2005/11/20のBlog
[ 02:20 ]
[ 協奏曲 ]
今日も休日出勤でありました・・・・・。
黄昏時の帰路、自宅近くで買い物帰りの家内と遭遇。近所のスーパーでなにやら沢山買い込んできたらしい。インスタント・コーヒーもある。ネスカフェ・ゴールドブレンドの瓶が見えた。
ああ、「違いがわかる男」か・・・・。
ボクはコーヒーをよく飲む。時間があればレギュラー・コーヒーだが、インスタントで済ませることも多い。学生の頃は、貧乏だったので、金があるときだけ「ゴールド・ブレンド」が買えた。そして、TVコマーシャルよろしく、「違いが分かる男」を気取ったものだ。松山善三、遠藤周作、北杜夫、野村万作・・・・・そして江藤俊哉。
クラシック音楽を聴き始めた頃、そのコマーシャルは江藤俊哉だった。彼がヴァイオリンを弾き、そのあと旨そうにゴールドブレンドを飲む。実にカッコ良かった。そのバックに流れる音楽が、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲だった。
あの第1楽章の主題のトゥッティ。
TVコマーシャルにクラシック音楽が使われるのはしょっちゅうだが、あのチャイコフスキーは、ホンマに決まっていた。素敵だった。テレビの貧しいスピーカーから流れ出す音楽が、実に豊かに聞こえたものだ。あれ以来、インスタント・コーヒーを飲むとき、時々チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が響く・・・・・。
などと思いをめぐらせながら家内と帰路についた。そうだ、今夜はチャイコフスキーを聴こう。
クラシック好きにとって、理由なんか実は何でもいいんですがね、そういう訳で、今日は何が何でも、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ニ長調だったのです(^^ゞ。
演奏は諏訪内晶子のヴァイオリン、ウラディーミル・アシュケナージの指揮チェコ・フィルの伴奏。2000年9月、プラハのドヴォルザーク・ホールでの録音、フィリップス盤。
諏訪内のヴァイオリンは1714年製作のストラディヴァリウス「ドルフィン」。アイザック・スターンが使っていたものという。
さて、第1楽章から諏訪内は「きっちり」弾く。一音一音、丁寧に命を吹き込むように弾く。1990年のコンクールでの優勝曲目の自信もあるのだろう。風格に満ちたところもある。安心して聴けるのだが、もう少し飛翔感のようなものも欲しいなぁ(というのは欲張り過ぎか?・・・・(^^ゞ)
チェコ・フィルの音は、落ち着いて穏やかな音。我が家のシステムでは、ややくすんだ感じに響く。「燻し銀」という言葉はよく使われるが、こういう派手にならない・ギラつかないオケの音のことを云うのかもしれない。
第2楽章は管楽器がとてもきれい。特に彼方から響くホルンが絶品。静謐なオケに合わせて、諏訪内のヴァイオリンも情感たっぷり。ここは、ポルタメントにビブラートを駆使して歌って欲しいところ、諏訪内は期待通りに弾いてくれる。
終楽章は諏訪内の胸のすくようなテクニックを味わえる。速いパッセージなど何のその、もっと速くても弾けてしまいそうな余裕ある弾きぶり。聴いていて身体が揺れてくるような、爽快なドライブ感を味わえる。オケも立派。素晴らしい協奏曲に仕上がっていると思う。
アシュケナージの指揮はまずまずといった感じ。実はよく分からないというのが本音で、印象的な指揮とは思えなかった。
指揮者アシュケナージとボクの相性かな?
ともあれ、今日は違いの分かる男を気取っていたわけであります。
「ゴールドブレンド」を飲みながら・・・・・・。
黄昏時の帰路、自宅近くで買い物帰りの家内と遭遇。近所のスーパーでなにやら沢山買い込んできたらしい。インスタント・コーヒーもある。ネスカフェ・ゴールドブレンドの瓶が見えた。
ああ、「違いがわかる男」か・・・・。
ボクはコーヒーをよく飲む。時間があればレギュラー・コーヒーだが、インスタントで済ませることも多い。学生の頃は、貧乏だったので、金があるときだけ「ゴールド・ブレンド」が買えた。そして、TVコマーシャルよろしく、「違いが分かる男」を気取ったものだ。松山善三、遠藤周作、北杜夫、野村万作・・・・・そして江藤俊哉。
クラシック音楽を聴き始めた頃、そのコマーシャルは江藤俊哉だった。彼がヴァイオリンを弾き、そのあと旨そうにゴールドブレンドを飲む。実にカッコ良かった。そのバックに流れる音楽が、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲だった。
あの第1楽章の主題のトゥッティ。
TVコマーシャルにクラシック音楽が使われるのはしょっちゅうだが、あのチャイコフスキーは、ホンマに決まっていた。素敵だった。テレビの貧しいスピーカーから流れ出す音楽が、実に豊かに聞こえたものだ。あれ以来、インスタント・コーヒーを飲むとき、時々チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が響く・・・・・。
などと思いをめぐらせながら家内と帰路についた。そうだ、今夜はチャイコフスキーを聴こう。
クラシック好きにとって、理由なんか実は何でもいいんですがね、そういう訳で、今日は何が何でも、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ニ長調だったのです(^^ゞ。
演奏は諏訪内晶子のヴァイオリン、ウラディーミル・アシュケナージの指揮チェコ・フィルの伴奏。2000年9月、プラハのドヴォルザーク・ホールでの録音、フィリップス盤。
諏訪内のヴァイオリンは1714年製作のストラディヴァリウス「ドルフィン」。アイザック・スターンが使っていたものという。
さて、第1楽章から諏訪内は「きっちり」弾く。一音一音、丁寧に命を吹き込むように弾く。1990年のコンクールでの優勝曲目の自信もあるのだろう。風格に満ちたところもある。安心して聴けるのだが、もう少し飛翔感のようなものも欲しいなぁ(というのは欲張り過ぎか?・・・・(^^ゞ)
チェコ・フィルの音は、落ち着いて穏やかな音。我が家のシステムでは、ややくすんだ感じに響く。「燻し銀」という言葉はよく使われるが、こういう派手にならない・ギラつかないオケの音のことを云うのかもしれない。
第2楽章は管楽器がとてもきれい。特に彼方から響くホルンが絶品。静謐なオケに合わせて、諏訪内のヴァイオリンも情感たっぷり。ここは、ポルタメントにビブラートを駆使して歌って欲しいところ、諏訪内は期待通りに弾いてくれる。
終楽章は諏訪内の胸のすくようなテクニックを味わえる。速いパッセージなど何のその、もっと速くても弾けてしまいそうな余裕ある弾きぶり。聴いていて身体が揺れてくるような、爽快なドライブ感を味わえる。オケも立派。素晴らしい協奏曲に仕上がっていると思う。
アシュケナージの指揮はまずまずといった感じ。実はよく分からないというのが本音で、印象的な指揮とは思えなかった。
指揮者アシュケナージとボクの相性かな?
ともあれ、今日は違いの分かる男を気取っていたわけであります。
「ゴールドブレンド」を飲みながら・・・・・・。
2005/11/19のBlog
[ 05:01 ]
[ 管弦楽曲 ]
吹奏楽部に所属する次男は、少しずつクラシック音楽に関心が出てきた模様。
結構なことであります。ただ、映画「スウィングル・ガールズ」の影響かジャズにも関心があるようです。あのスウィング感がたまらないのだそうです。
今日はその吹奏楽部は、県の高校総合文化祭で演奏するため松山へ。
コンバス奏者よ、頑張れ。
ということで、今日はガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」を。
演奏はシャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団。ピアノはルイ・ロルティ。1988年録音のDECCA盤。
このCDは、ガーシュウィン名曲集で、カップリングは「パリのアメリカ人」、交響的絵画「ポーギーとベス」、キューバ序曲。どれもが素晴らしい演奏・録音でお勧めの1枚であります。
{ラプソディ・イン・ブルー」は、アメリカ最高のジャズ王だったポール・ホワイトマンとガーシュウィンとの親交から生まれた曲。
ホワイトマンは、あの時代に低俗・卑俗な音楽と見られていたジャズを芸術的に高め、クラシック音楽と融合させようと、ガーシュウィンに作曲を勧めたらしい。そして、書かれたのが、ジャズの手法をふんだんに取りいれた、ピアノとオーケストラのためのこの曲だったのだという。
やがて、アメリカのクラシック界に熱狂的に迎えられ、ガーシュウィンは、一躍スターとなった。
ガーシュウィンといえば、ラヴェルとの間に有名なエピソードがある。パリに遊んだガーシュウィンが、ラヴェルにクラシックのオーケストレーションの方法を尋ねたところ、ラヴェルがこう答えたという。「あなたはすでに一流のガーシュウィンなのに、なぜ、好んで二流のラヴェルになろうとするのか?」・・・・・・・・。
エエ話やなぁ。確かにラヴェルの編曲技術はスゴイが、ガーシュウィンの個性だってかけがえのないものだからなぁ・・・・。
そのあたり、このデュトワ/モントリオール響の演奏で聴くとよく分かる。
ガーシュウィンは、どうやったって、ガーシュウィンなのだ。
デュトワ/モントリオール響は、最高のラヴェル演奏を聴かせるコンビ。この両者が、実に鮮やかにガーシュウィンの「個性」を描き出したのがこのCDだと思う。
ピアノのロルティも大変に巧い。まるでピアノ協奏曲のように、前面に出てくる。ニュアンス豊かに、リズム感(スウィング感と言うべきか)も最高。自由闊達に弾きまくりながら、オケとの融合も見事で文句なし。
モントリオール交響楽団の名人芸も素晴らしい。冒頭のクラリネットはもちろん、他の木管・金管も、もう滅茶苦茶に巧い。ふと息をつくところで聴かれるデリカシーもたまらない。
デュトワの指揮もセンスに溢れ、ガーシュウィンの面白さ、新鮮さを上手に引き出している。
いつもながら感心するのは、DECCAの録音の見事さ。
「ラプソディ・イン・ブルー」ならバーンスタイン、プレヴィンの新旧盤など、名演奏が沢山ある。でも、このデュトワ盤をついつい取り出してしまうのは、録音が極上だからという理由もあります。
そうそう、カップリングの交響的絵画「ポーギーとベス」も素晴らしい演奏であります。
またの機会にエントリーしたいと思います。
結構なことであります。ただ、映画「スウィングル・ガールズ」の影響かジャズにも関心があるようです。あのスウィング感がたまらないのだそうです。
今日はその吹奏楽部は、県の高校総合文化祭で演奏するため松山へ。
コンバス奏者よ、頑張れ。
ということで、今日はガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」を。
演奏はシャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団。ピアノはルイ・ロルティ。1988年録音のDECCA盤。
このCDは、ガーシュウィン名曲集で、カップリングは「パリのアメリカ人」、交響的絵画「ポーギーとベス」、キューバ序曲。どれもが素晴らしい演奏・録音でお勧めの1枚であります。
{ラプソディ・イン・ブルー」は、アメリカ最高のジャズ王だったポール・ホワイトマンとガーシュウィンとの親交から生まれた曲。
ホワイトマンは、あの時代に低俗・卑俗な音楽と見られていたジャズを芸術的に高め、クラシック音楽と融合させようと、ガーシュウィンに作曲を勧めたらしい。そして、書かれたのが、ジャズの手法をふんだんに取りいれた、ピアノとオーケストラのためのこの曲だったのだという。
やがて、アメリカのクラシック界に熱狂的に迎えられ、ガーシュウィンは、一躍スターとなった。
ガーシュウィンといえば、ラヴェルとの間に有名なエピソードがある。パリに遊んだガーシュウィンが、ラヴェルにクラシックのオーケストレーションの方法を尋ねたところ、ラヴェルがこう答えたという。「あなたはすでに一流のガーシュウィンなのに、なぜ、好んで二流のラヴェルになろうとするのか?」・・・・・・・・。
エエ話やなぁ。確かにラヴェルの編曲技術はスゴイが、ガーシュウィンの個性だってかけがえのないものだからなぁ・・・・。
そのあたり、このデュトワ/モントリオール響の演奏で聴くとよく分かる。
ガーシュウィンは、どうやったって、ガーシュウィンなのだ。
デュトワ/モントリオール響は、最高のラヴェル演奏を聴かせるコンビ。この両者が、実に鮮やかにガーシュウィンの「個性」を描き出したのがこのCDだと思う。
ピアノのロルティも大変に巧い。まるでピアノ協奏曲のように、前面に出てくる。ニュアンス豊かに、リズム感(スウィング感と言うべきか)も最高。自由闊達に弾きまくりながら、オケとの融合も見事で文句なし。
モントリオール交響楽団の名人芸も素晴らしい。冒頭のクラリネットはもちろん、他の木管・金管も、もう滅茶苦茶に巧い。ふと息をつくところで聴かれるデリカシーもたまらない。
デュトワの指揮もセンスに溢れ、ガーシュウィンの面白さ、新鮮さを上手に引き出している。
いつもながら感心するのは、DECCAの録音の見事さ。
「ラプソディ・イン・ブルー」ならバーンスタイン、プレヴィンの新旧盤など、名演奏が沢山ある。でも、このデュトワ盤をついつい取り出してしまうのは、録音が極上だからという理由もあります。
そうそう、カップリングの交響的絵画「ポーギーとベス」も素晴らしい演奏であります。
またの機会にエントリーしたいと思います。
2005/11/18のBlog
[ 03:17 ]
[ 協奏曲 ]
ちょいと必要があって、イベリア半島のイスラーム国家のことを調べておりました。
ウマイヤ朝に後ウマイヤ朝、ムラビト朝、ナスル朝。コルドバにグラナダ。
その後イスパニアは、フェリペ2世のもとで大いなる繁栄を迎え・・・・・。
そこで、今日は、ロドリーゴのアランフェス協奏曲。
アルフォンソ・モレーノのギター独奏、エンリケ・バティス指揮ロンドン交響楽団の演奏。1981年8月、イギリス、ワトフォードのタウン・ホールでの録音。モレーノはこのCDが国内デビュー盤だった(といいつつ、その後どんな活躍をしているのかは知らないのだが・・・・(^^ゞ)。
当時、クラシック音楽を聴き始めた頃、友人が少女漫画を貸してくれまして(お恥ずかしい話だが)、「愛のアランフェス」というタイトル。
フィギュアスケートをメインに据えた、少女漫画らしい恋愛ものでありました。その中で、このアランフェス協奏曲をバックに、恋に落ちてゆく二人の男女が滑るんです(二人になったりソロになったり色々あるんですが)。
第2楽章の、あの有名な旋律に乗って、若い二人の美しいスケーターがデュエットで滑る・・・・・それだけで絵になるわけですがね。音楽の使い方、巧かったなぁ。
主人公の女の子が健気で良かったですし(この子はスケート界にデビューしたときは「ツィゴイネルワイゼン」で滑っていた)、物語のラストはなかなか良かった覚えがあります。
今は昔、懐かしいお話であります。
さて、その演奏。
第1楽章はサラッとした感じの演奏。ギターが慎ましく品がよい。哀愁を帯びた独奏ぶり。あまり粘らないのが良い。独奏者の技術も文句なし(といいつつ、そんなによく分からないのだが(^^ゞ)。
第2楽章のテンポはやや遅め。この楽章こそ、アランフェスの核心だと思うので、出来るだけゆっくりの方がよいとボクは思う。もともと哀感きわまる旋律なのだから、思い切り泣いてくれて構わない。
モレーノのギターがすすり泣く。ソロの部分など、ジワジワと哀しみが伝わってくる。装飾音も品が良く美しい。
情緒纏綿たるこの曲を、実に美しく哀しく仕上げてゆく管弦楽も見事。バティス/ロンドンSOもよく心得ていて、包み込むような暖かさでギターを支える。ストリングスの泣き節が特にイイ。
さらに素晴らしいのは木管。オーボエもファゴットも、何とも哀しく、はかなく歌わせる。
この楽章のラストでの管弦楽の強奏は、絶品の美しさ。バティスという指揮者、よくは知らないが巧いもんだなぁと思う。
終楽章は一転、明るく軽くスペインの陽光を思わせる快活さ。ただ、ときおり哀しみがそこはかとなく漂う。ギターの音色のためだと思うが、ソロにしても管弦楽にしても、微妙な色合いの変化が、聴いていて様々なイメージを誘う。時にギターと管弦楽との間合いが乱れることもあるが、モレーノはこの時31歳、まだまだ若いギタリスト、その辺はご愛敬。
この曲、長らくイエペスのレコードでよく聴いておりました。DG盤の名盤です。
ペペ・ロメロ/マリナーのフィリップス盤もイイですし、デュトワ盤も素晴らしい録音であります。
そして、今日のモレーノ/バティス盤、中古屋で見つけた超廉価盤ですが、良い演奏でありました。
ウマイヤ朝に後ウマイヤ朝、ムラビト朝、ナスル朝。コルドバにグラナダ。
その後イスパニアは、フェリペ2世のもとで大いなる繁栄を迎え・・・・・。
そこで、今日は、ロドリーゴのアランフェス協奏曲。
アルフォンソ・モレーノのギター独奏、エンリケ・バティス指揮ロンドン交響楽団の演奏。1981年8月、イギリス、ワトフォードのタウン・ホールでの録音。モレーノはこのCDが国内デビュー盤だった(といいつつ、その後どんな活躍をしているのかは知らないのだが・・・・(^^ゞ)。
当時、クラシック音楽を聴き始めた頃、友人が少女漫画を貸してくれまして(お恥ずかしい話だが)、「愛のアランフェス」というタイトル。
フィギュアスケートをメインに据えた、少女漫画らしい恋愛ものでありました。その中で、このアランフェス協奏曲をバックに、恋に落ちてゆく二人の男女が滑るんです(二人になったりソロになったり色々あるんですが)。
第2楽章の、あの有名な旋律に乗って、若い二人の美しいスケーターがデュエットで滑る・・・・・それだけで絵になるわけですがね。音楽の使い方、巧かったなぁ。
主人公の女の子が健気で良かったですし(この子はスケート界にデビューしたときは「ツィゴイネルワイゼン」で滑っていた)、物語のラストはなかなか良かった覚えがあります。
今は昔、懐かしいお話であります。
さて、その演奏。
第1楽章はサラッとした感じの演奏。ギターが慎ましく品がよい。哀愁を帯びた独奏ぶり。あまり粘らないのが良い。独奏者の技術も文句なし(といいつつ、そんなによく分からないのだが(^^ゞ)。
第2楽章のテンポはやや遅め。この楽章こそ、アランフェスの核心だと思うので、出来るだけゆっくりの方がよいとボクは思う。もともと哀感きわまる旋律なのだから、思い切り泣いてくれて構わない。
モレーノのギターがすすり泣く。ソロの部分など、ジワジワと哀しみが伝わってくる。装飾音も品が良く美しい。
情緒纏綿たるこの曲を、実に美しく哀しく仕上げてゆく管弦楽も見事。バティス/ロンドンSOもよく心得ていて、包み込むような暖かさでギターを支える。ストリングスの泣き節が特にイイ。
さらに素晴らしいのは木管。オーボエもファゴットも、何とも哀しく、はかなく歌わせる。
この楽章のラストでの管弦楽の強奏は、絶品の美しさ。バティスという指揮者、よくは知らないが巧いもんだなぁと思う。
終楽章は一転、明るく軽くスペインの陽光を思わせる快活さ。ただ、ときおり哀しみがそこはかとなく漂う。ギターの音色のためだと思うが、ソロにしても管弦楽にしても、微妙な色合いの変化が、聴いていて様々なイメージを誘う。時にギターと管弦楽との間合いが乱れることもあるが、モレーノはこの時31歳、まだまだ若いギタリスト、その辺はご愛敬。
この曲、長らくイエペスのレコードでよく聴いておりました。DG盤の名盤です。
ペペ・ロメロ/マリナーのフィリップス盤もイイですし、デュトワ盤も素晴らしい録音であります。
そして、今日のモレーノ/バティス盤、中古屋で見つけた超廉価盤ですが、良い演奏でありました。
2005/11/17のBlog
[ 05:18 ]
[ 交響曲 ]
グッと冷え込んできました。
今日は寒かった。冬です。電気ストーブを出しました。
寒いと言っても、四国伊予路の冬は暖かいもんです。
我が部屋は、電気ストーブで足りるんですから。
さて、今日は久しぶりに大曲を。
ブルックナーの交響曲第8番ハ短調<ハース版>。オトマール・スウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレの演奏。1986年8月、東ベルリンのキリスト教会での録音。
スウィトナーのブルックナー全集としてドイツ・シャルプラッテンが企画し、その第1弾だったが結局完成しなかった。
発売当時は2枚組で5400円!現在はBerlin ClassicsからBOXセットで非常な廉価で発売されている。つくづく、幸福な時代だなと思う。
しかも80分限界まで迫る1枚もの。LP時代に比べ、CDは格段に便利になった。裏返す手間がないから(その手間がイイと言うこともあるのだが(^^ゞ)。このスウィトナーのブル8も1枚で聴けちゃうスゴイ時代。何とまぁ・・・と思う。
ブルックナーの8番シンフォニーは、長大な彼の作品の中でも、5番と並ぶ長さ。慣れるのには苦労した。90分近く、じっとステレオの前にはなかなか居られないものだから。あまりの長さに途中で寝てしまうこともしばしばだった(^^ゞ。
ところが、マーラーにどっぷり浸かり出すと、ブルックナーの長さが別に何でもなくなった。マーラーとブルックナー、全く違う作曲家だが、長さはボクらド素人にとって同じ。マーラーはオーケストレーションを聴いているだけでも楽しくなったし、ブルックナーは山道を散歩するような楽しみが味わえるようになった。
そう、ブルックナーは、聴き進んでゆくと、ちょうど山登りのように、あちこちで風景が変わってゆく。途中で休憩したり(全休符がナンボでも出てくるしね)、雄大な山脈を眺めたり(金管の大爆発)、鳥の鳴き声が響いてきたり(弦の優しいユニゾンなんかたまらんなぁ)・・・・・・・。
交響曲だから真面目に初めから最後まで聴かなくちゃ・・・・・・なんて思っていた時期もあったが、今なんか、ブル8など、まず第3楽章だけ聴いて、そのあと4楽章を楽しんでいくことが多い。「おっ、やっぱり第4楽章はエエよなぁ」なんて思いながら、日を変えて初めからゆっくり楽しむ・・・・。そんな聴き方。
今日のスウィトナー盤は、久しぶりにまとまった時間が取れたので初めから聴き通しました。尤も、途中で家人に呼ばれたり、電話がかかってきたり、中断もありましたが、それでもブルックナーは、こんな不真面目なボクに安らぎをくれます。
さて、その演奏。全体的には「非常にきれいな造り」。料亭の「おつくり」のように上品で丁寧に仕事しているなぁという印象。ゴツゴツしたブルックナーではなく、耽美的とでも云えそうなブルックナー。
初めの2つの楽章、第1と第2楽章。
3管編成で8本のホルンを持つ大オーケストラだが、その音がとてもきれい。鮮やかで輝くのではなく、しっとりと落ち着いた響き。ベルリン・シュターツカペレ(SKB)の響きは、ややくすんだドイツ的な音がするのだが、スウィトナーはそれに磨きをかけてスベスベした音を引き出している感じ。野卑な音がしないのが味わい深く感じられる。
第3楽章は崇高なアダージョ。宗教的、敬虔な祈りと言ってもいいような楽章だが、スウィトナー盤からは哀しみが漂ってくる。他の演奏ではあまり感じなかった哀愁のようなものが、この演奏にはある。終盤でのオケの大爆発は見事。素晴らしい音響。
終楽章は、やや遅めのテンポですすんでゆく。煽り立てないのがスウィトナー流なのかな。ベートーヴェンやドヴォルザークの交響曲では煽る部分が結構あったのだが、ブルックナーでは端正な造形を心がけている感じ。
SKBの音がイイです。この響き、安定感。
アンサンブルが時々「オヤっ?」と思われるところもあるんですが、そこはどうでもイイでしょ。この響きで聴くブルックナーもイイものです。
ドレスデンの音も良いんだけれどな、・・・・・SKBもエエなぁ。
今日は寒かった。冬です。電気ストーブを出しました。
寒いと言っても、四国伊予路の冬は暖かいもんです。
我が部屋は、電気ストーブで足りるんですから。
さて、今日は久しぶりに大曲を。
ブルックナーの交響曲第8番ハ短調<ハース版>。オトマール・スウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレの演奏。1986年8月、東ベルリンのキリスト教会での録音。
スウィトナーのブルックナー全集としてドイツ・シャルプラッテンが企画し、その第1弾だったが結局完成しなかった。
発売当時は2枚組で5400円!現在はBerlin ClassicsからBOXセットで非常な廉価で発売されている。つくづく、幸福な時代だなと思う。
しかも80分限界まで迫る1枚もの。LP時代に比べ、CDは格段に便利になった。裏返す手間がないから(その手間がイイと言うこともあるのだが(^^ゞ)。このスウィトナーのブル8も1枚で聴けちゃうスゴイ時代。何とまぁ・・・と思う。
ブルックナーの8番シンフォニーは、長大な彼の作品の中でも、5番と並ぶ長さ。慣れるのには苦労した。90分近く、じっとステレオの前にはなかなか居られないものだから。あまりの長さに途中で寝てしまうこともしばしばだった(^^ゞ。
ところが、マーラーにどっぷり浸かり出すと、ブルックナーの長さが別に何でもなくなった。マーラーとブルックナー、全く違う作曲家だが、長さはボクらド素人にとって同じ。マーラーはオーケストレーションを聴いているだけでも楽しくなったし、ブルックナーは山道を散歩するような楽しみが味わえるようになった。
そう、ブルックナーは、聴き進んでゆくと、ちょうど山登りのように、あちこちで風景が変わってゆく。途中で休憩したり(全休符がナンボでも出てくるしね)、雄大な山脈を眺めたり(金管の大爆発)、鳥の鳴き声が響いてきたり(弦の優しいユニゾンなんかたまらんなぁ)・・・・・・・。
交響曲だから真面目に初めから最後まで聴かなくちゃ・・・・・・なんて思っていた時期もあったが、今なんか、ブル8など、まず第3楽章だけ聴いて、そのあと4楽章を楽しんでいくことが多い。「おっ、やっぱり第4楽章はエエよなぁ」なんて思いながら、日を変えて初めからゆっくり楽しむ・・・・。そんな聴き方。
今日のスウィトナー盤は、久しぶりにまとまった時間が取れたので初めから聴き通しました。尤も、途中で家人に呼ばれたり、電話がかかってきたり、中断もありましたが、それでもブルックナーは、こんな不真面目なボクに安らぎをくれます。
さて、その演奏。全体的には「非常にきれいな造り」。料亭の「おつくり」のように上品で丁寧に仕事しているなぁという印象。ゴツゴツしたブルックナーではなく、耽美的とでも云えそうなブルックナー。
初めの2つの楽章、第1と第2楽章。
3管編成で8本のホルンを持つ大オーケストラだが、その音がとてもきれい。鮮やかで輝くのではなく、しっとりと落ち着いた響き。ベルリン・シュターツカペレ(SKB)の響きは、ややくすんだドイツ的な音がするのだが、スウィトナーはそれに磨きをかけてスベスベした音を引き出している感じ。野卑な音がしないのが味わい深く感じられる。
第3楽章は崇高なアダージョ。宗教的、敬虔な祈りと言ってもいいような楽章だが、スウィトナー盤からは哀しみが漂ってくる。他の演奏ではあまり感じなかった哀愁のようなものが、この演奏にはある。終盤でのオケの大爆発は見事。素晴らしい音響。
終楽章は、やや遅めのテンポですすんでゆく。煽り立てないのがスウィトナー流なのかな。ベートーヴェンやドヴォルザークの交響曲では煽る部分が結構あったのだが、ブルックナーでは端正な造形を心がけている感じ。
SKBの音がイイです。この響き、安定感。
アンサンブルが時々「オヤっ?」と思われるところもあるんですが、そこはどうでもイイでしょ。この響きで聴くブルックナーもイイものです。
ドレスデンの音も良いんだけれどな、・・・・・SKBもエエなぁ。
2005/11/16のBlog
[ 05:38 ]
[ 器楽曲 ]
ようやく咳がおさまりつつあるんですが、長かったなぁ。
今日で10日目。
熱は出なかったものの、身体のだるさと、咳はひどかった。そろそろジョギングを復活させなくちゃ。
さて、今日はベートーヴェンのピアノソナタ第17番ニ短調作品31の2「テンペスト」。
ウラディーミル・アシュケナージのピアノで。1976年4月、ロンドンのキングスウェイ・ホールでのDECCA録音。ユニヴァーサルが出している2CDシリーズの廉価輸入盤で購入。新品でも2000円しないのではないかと思う。
アシュケナージの弾くベートーヴェンは、ピアノ協奏曲がまず素晴らしかった。ショルティ/シカゴSO、メータ/VPO、クリーヴランド管との弾き振り、都合3回も全集録音を果たしているのだから、アシュケナージ自身、好きで得意としているのだろう。メータ/VPO盤はレコードで、クリーヴランド管盤はCDで、それぞれ聴いてきたが確かに素晴らしい出来。4番の協奏曲などは、ホンマ最高だなぁと思う。(ショルティ/シカゴ盤では「皇帝」のみレコードで聴いているが、若々しく覇気があって良い。セカセカしているのが少し気になるが)
そのアシュケナージの弾くソナタ集。まず、音が素晴らしい。冴え渡っている。
「テンペスト」は久しぶりに取り出してみたのだが、やはり、その音の美しさに参ってしまった。
いやはや、アシュケナージの音に身を任せて、酔ってしまった。
低音はジンジンと響く感じ(ズンズン・ドンドンではなく)。重厚な低音というよりは、透明感があって軽い感じの音。DECCAの録音の良さもあるのだろうが、モコモコしていない。深々としているのだが、厚ぼったい音になっていないのが気持ちよい。冬の湖がきれいに澄んで、底の方まで見えてくるような、そんな感じの低音。
高音は柔らかいけれどもクールな透明度を持つ音。暖かみよりもクールさが特徴、青白く燃えるような感じの音。冬空に煌々と輝く月のような感じの音。突き抜けてゆくような輝きが、実に素晴らしい。
第1楽章ラルゴ~アレグロ。緩急の部分の弾きわけがくっきり鮮やか。強弱のコントラストもカッコイイ。弱音部のデリカシー、ニュアンスの豊かさは、いつものアシュケナージ。巧いなぁと思う。
第2楽章はアダージョ。ほとんどテンポは揺れないのだが、時々、たっぷりと情感を歌うところがある。アシュケナージはそこでテンポを落として、聴き手に耳をそばだたせる。メカニック的な巧さはアシュケナージなら当たり前。こういう、演出が出来ることこそ「技術」なのではないかとボクは思う。
第3楽章は、いつぞや車のTVコマーシャルに使われたほどの超有名曲。メランコリックな旋律が、やはり美しい。いいメロディだなぁ。低音が強くなるところで、アシュケナージの音が生きる。モコモコしないでスッキリとピアノが響くので、高音の主旋律が鮮やかになる。巧いもんだなぁ。
そのうちにアシュケナージのベートーヴェン・ソナタ全集を買おうと思いながら、今も買いそびれています。この2枚組と後期ソナタ集2枚組を持っているだけです。
でも、この「音」。いつかGETしなくちゃね。
今日で10日目。
熱は出なかったものの、身体のだるさと、咳はひどかった。そろそろジョギングを復活させなくちゃ。
さて、今日はベートーヴェンのピアノソナタ第17番ニ短調作品31の2「テンペスト」。
ウラディーミル・アシュケナージのピアノで。1976年4月、ロンドンのキングスウェイ・ホールでのDECCA録音。ユニヴァーサルが出している2CDシリーズの廉価輸入盤で購入。新品でも2000円しないのではないかと思う。
アシュケナージの弾くベートーヴェンは、ピアノ協奏曲がまず素晴らしかった。ショルティ/シカゴSO、メータ/VPO、クリーヴランド管との弾き振り、都合3回も全集録音を果たしているのだから、アシュケナージ自身、好きで得意としているのだろう。メータ/VPO盤はレコードで、クリーヴランド管盤はCDで、それぞれ聴いてきたが確かに素晴らしい出来。4番の協奏曲などは、ホンマ最高だなぁと思う。(ショルティ/シカゴ盤では「皇帝」のみレコードで聴いているが、若々しく覇気があって良い。セカセカしているのが少し気になるが)
そのアシュケナージの弾くソナタ集。まず、音が素晴らしい。冴え渡っている。
「テンペスト」は久しぶりに取り出してみたのだが、やはり、その音の美しさに参ってしまった。
いやはや、アシュケナージの音に身を任せて、酔ってしまった。
低音はジンジンと響く感じ(ズンズン・ドンドンではなく)。重厚な低音というよりは、透明感があって軽い感じの音。DECCAの録音の良さもあるのだろうが、モコモコしていない。深々としているのだが、厚ぼったい音になっていないのが気持ちよい。冬の湖がきれいに澄んで、底の方まで見えてくるような、そんな感じの低音。
高音は柔らかいけれどもクールな透明度を持つ音。暖かみよりもクールさが特徴、青白く燃えるような感じの音。冬空に煌々と輝く月のような感じの音。突き抜けてゆくような輝きが、実に素晴らしい。
第1楽章ラルゴ~アレグロ。緩急の部分の弾きわけがくっきり鮮やか。強弱のコントラストもカッコイイ。弱音部のデリカシー、ニュアンスの豊かさは、いつものアシュケナージ。巧いなぁと思う。
第2楽章はアダージョ。ほとんどテンポは揺れないのだが、時々、たっぷりと情感を歌うところがある。アシュケナージはそこでテンポを落として、聴き手に耳をそばだたせる。メカニック的な巧さはアシュケナージなら当たり前。こういう、演出が出来ることこそ「技術」なのではないかとボクは思う。
第3楽章は、いつぞや車のTVコマーシャルに使われたほどの超有名曲。メランコリックな旋律が、やはり美しい。いいメロディだなぁ。低音が強くなるところで、アシュケナージの音が生きる。モコモコしないでスッキリとピアノが響くので、高音の主旋律が鮮やかになる。巧いもんだなぁ。
そのうちにアシュケナージのベートーヴェン・ソナタ全集を買おうと思いながら、今も買いそびれています。この2枚組と後期ソナタ集2枚組を持っているだけです。
でも、この「音」。いつかGETしなくちゃね。
2005/11/15のBlog
[ 05:47 ]
[ 協奏曲 ]
午後から急に寒くなってきました。
帰宅すると、コタツで子供たちが勉強しておりました。
コタツの上にはミカンも。
四国の草深い田舎にも、小さな冬が訪れたようであります。
さて、今日はヴァイオリン協奏曲を聴きたいなぁ・・・・・と取り出したのは・・・・
ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番ト短調作品26。
アンネ=ソフィー・ムターのヴァイオリン、伴奏はヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル。1980年9月、ベルリンのフィルハーモニーでの録音。
当時ムターは17歳になったばかり。モーツァルトのヴァイオリン協奏曲を15歳で録音して衝撃的なデビューを飾った2年後のことだった。
今やプレヴィン夫人となって円熟した演奏を聴かせるムターが、「天才少女」ともてはやされたころのもの。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の録音を経て、この曲はメンデルスゾーンとのカップリングで発売されたものだったと思う。カラヤンとはこのあと、ブラームスのヴァイオリン協奏曲も録音している。
曲想そのまま、この演奏はそんなムターの青春の情熱が聴ける素晴らしいもの。
導入部(イントロダクション)と題された第1楽章、ヴァイオリンがカデンツァのように入ってくる、その表情が大変若々しく情熱的。ムターのヴァイオリンは情感に溢れて、表情も豊か。そもそもロマン性に富んだこの情熱的な旋律を、直線的に弾ききってしまう潔さもある。
ヴァイオリンの音色
帰宅すると、コタツで子供たちが勉強しておりました。
コタツの上にはミカンも。
四国の草深い田舎にも、小さな冬が訪れたようであります。
さて、今日はヴァイオリン協奏曲を聴きたいなぁ・・・・・と取り出したのは・・・・
ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番ト短調作品26。
アンネ=ソフィー・ムターのヴァイオリン、伴奏はヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル。1980年9月、ベルリンのフィルハーモニーでの録音。
当時ムターは17歳になったばかり。モーツァルトのヴァイオリン協奏曲を15歳で録音して衝撃的なデビューを飾った2年後のことだった。
今やプレヴィン夫人となって円熟した演奏を聴かせるムターが、「天才少女」ともてはやされたころのもの。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の録音を経て、この曲はメンデルスゾーンとのカップリングで発売されたものだったと思う。カラヤンとはこのあと、ブラームスのヴァイオリン協奏曲も録音している。
曲想そのまま、この演奏はそんなムターの青春の情熱が聴ける素晴らしいもの。
導入部(イントロダクション)と題された第1楽章、ヴァイオリンがカデンツァのように入ってくる、その表情が大変若々しく情熱的。ムターのヴァイオリンは情感に溢れて、表情も豊か。そもそもロマン性に富んだこの情熱的な旋律を、直線的に弾ききってしまう潔さもある。
ヴァイオリンの音色