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クラシック音楽のひとりごと
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2005/12/12のBlog
冬の薄日が差し込むものの、寒い休日でありました。
どんよりと曇った空ではないんですがね。寒かったなぁ。

くすんだ色の空を見ていると、爽やかな音楽を聴きたくなってきました。
そやそや、モーツァルトのディベルティメントを聴こう(^-^)。

ディベルティメントはその昔「嬉遊曲」とも書いていた。最近はこの文字をあまり見かけなくなったが、明るく軽妙で楽しい曲風からついたものだろう。
本来は、貴族の食卓・娯楽・社交・祝賀などの場で演奏され、楽器編成は特に指定はなく、三重奏、四重奏、弦楽合奏、管楽合奏、小規模のオーケストラなど様々。形式・楽章数も自由な曲。

さて、演奏はどれにしようかと思ったが、イ・ムジチ合奏団の突き抜けた明るい演奏では今日の空の色に合わんなぁ・・・・、バウムガルトナー盤を取り出してみよう。

ということで、今日はモーツァルトの嬉遊曲K.136~K.138を。
演奏はルドルフ・バウムガルトナー指揮ルツェルン弦楽合奏団。1976年3月、スイスのヴァインフェルト会議堂での録音。DENON(原盤はオイロディスク)の廉価盤をさらに中古盤でGETしたもの。

K.136ニ長調、その第1楽章はおそらく3曲の中で最も有名な曲。爽やかで明るい弦楽合奏が部屋に響き出すと、こちらも穏やかな気分になってくる。優雅で瑞々しい表情、ヴァイオリンの音色にはクールな艶があって、たまらない。少しくすんだ感じの艶。
(この音色が聴きたくて取り出した。)
イ・ムジチほど滑らか・流麗な演奏にはならず、といってゴツゴツした響きではなく、しなやかな中に適度な柔らかさを持った響き。品の良いレガートがまた実にエエなぁ。

K.137は変ロ長調。ふつうとは逆で、緩-急-緩の曲。この緩の部分がとても優美。ほのかな甘さを漂わせる響き。録音のせいか、フワッと消えてゆく残響が、何とも言えず気持ちよい。癒される響きというのは、こういう録音を云うんじゃないかな。1976年の録音だから、アナログ末期(ということはアナログ全盛期)の素晴らしさだろう。

K.138ヘ長調。曲そのものがもう優美で流麗に書かれているし、ルツェルン弦楽合奏団のアンサンブルが美しく溌剌としている。自発性に富んだ演奏。バッハのブランデンブルク協奏曲でも、この合奏団の演奏はとても溌剌として楽しそうだった。その感じがそのまま出ている。
第3楽章のピチカートはとても新鮮。ああ、こんな演奏も面白いな。

クラシックを聴き始めたころ、バウムガルトナーのレコードには随分世話になりました。バロック音楽の楽しみや、モーツァルトの優美さは、バウムガルトナー盤(DENON発売のオイロディスク盤やDGの1300円盤)で教わりました。
今も時々取り出しては、懐かしさに浸りつつ楽しんでます。
2005/12/11のBlog
大曲の日々を送っております。
そして夜には忘年会の日々であります・・・(^^ゞ。

さて、昨日「復活」を聴いたので・・・・・。
今日はマーラーの完成した最後の交響曲。第9番ニ長調。
レナード・バーンスタイン指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1985年5~6月のライヴ録音。バーンスタイン2度目のマーラー全集(DG盤)からの1枚。

バーンスタインのマーラーを聴くには心の準備が要る。そして聴き終わってグッタリする。大変感動するが、感動の量と同じだけ疲れてしまう(^^ゞ。
聴き手がこれだけ消耗するのだから、演奏しているオケのメンバーは壮絶な力演だったのではないかと思う。
指揮するバーンスタインの入魂!彼も演奏し終わった後はクタクタだったろう。

第1楽章のアンダンテ・コモド。冒頭のゆったりとした低弦の響きに、バーンスタインの熱い吐息を感じる。情熱的に、あからさまに感情を訴える演奏。
テンポは非常に遅い。作曲者によって遅く指定されているところが、特に遅い。気持ちを込めて歌い抜くために、切々と心情を訴えるために、遅くなってしまう感じ。
一つひとつのフレーズを、丁寧に拾い上げて、気持ちを込めて演奏してゆく。他の指揮者からは聞こえなかったフレーズがあちらこちらで聴き取れるのも面白い。このあたり、バーンスタインの楽譜の読みが深いのか。ボクはスコアを見ながら音楽を聴く習慣がないので、詳細は分からないが、「あれ?」と思う部分が結構ある(他の指揮者では聞こえない)ので、これはバーンスタインの解釈の深さなのだろう。

第2楽章のレントラー。ホルンの音がドキッとするほど大きい。何かに追われているような感覚を呼び起こす。木管は柔らかめの音色で心地よい。フィリップスではなくDGでの録音、コンセルトヘボウ管の音はややシャープに捉えられているように感じる。
バーンスタインのテンポはここでもゆったりとしていて、中間の2楽章をアッサリやらないのはさすが。

第3楽章ロンド・ブルレスケ。奇怪な響き、時々怖くなるような旋律や和音が飛び出してくる演奏。いわゆる対旋律がよく見える(というより、主旋律よりも対旋律を強調するようなところもある)ので、面白い。終結部は迫力満点。畳みかけるような激しい演奏になっている。

終楽章アダージョ。遅い、非常に遅いアダージョ。バーンスタイン独特の「粘り」が発揮されている演奏。このくらい、ネットリとやってくれなくちゃバーンスタインではないだろう(やり過ぎの面もあるが)。
何度か出てくるヴァイオリンのソロが、か細く、非常に美しく、そして息も絶え絶えになっているところなど、バーンスタインならでは。
最後の10分間は手に汗握る熾烈な合奏。そして究極のピアニシモ(ピアニシモシモ?・・・とにかくものすごく小さく小さく・・・・)。
マーラーの全交響曲の結論めいたものが、この第4楽章にあって、「ああ、マーラーの交響曲のすべては、ここを目指して流れ込んでくるのか・・・」と納得させられてしまうような壮絶な演奏。イヤ、疲れますなぁ。


マーラーの9番交響曲、気楽に聴ける演奏などないんですがね。
このバーンスタイン盤は特に緊張を強いられます。
感動も深いが疲労も大きい。
ある意味で、やはりスゴイ名盤なんでしょう。
ベルリン・フィルとのライヴ盤もすごいんですが、こちらアムステルダム・コンセルトヘボウ管との演奏の方が、特徴的(悪く云えば異形)であって、バーンスタインの個性が十分に発揮された演奏だと思います。
2005/12/10のBlog
本格的に寒くなって、部屋にこもる季節になりました。
大曲を聴くのも苦になりません。
のんびりと暖を採りながら、ステレオに向かう日々であります。

そこで、今日はマーラーの交響曲第2番ハ短調「復活」。

スウィトナーのSKBボックスの中の「復活」に感心してから、最近よく聴くようになった。今のところマイ・ブームですな。

今日の演奏は、ベルナルド・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。録音は1984年12月25日。ソプラノはアレクサンダーのソプラノ(この人は4番の再録音でもソプラノを歌っていた)、アルトはヤルド・ヴァン・ネス。

このCDは、毎年12月25日の昼間にコンセルトヘボウで行われたマーラーシリーズの実況録音を集めたクリスマスマチネシリーズ。製作はユーロヴィジョンだと読んだことがある。「大地の歌」と「悲劇的」、「千人」は収められていないのが残念なのだが、なかなかの好録音で、十分に楽しめる。
ハイティンクには1960年代からの録音を集めた全集があるのだが、それは持っていない。このクリスマス選集とデジタルで再録音した4番と7番、そしてベルリン・フィルとの最新録音が廉価盤DUOシリーズで出始めたので、今のところこれで満足している。DUOシリーズでは旧録音の9番と「大地の歌」もあった。

ライブのハイティンクといっても、人が変わったような指揮ぶりではない。ただ、スタジオ録音より、テンポが揺れる(ルバートをかけている?)部分があるくらい。演出臭はいつも通り殆どないし、マーラだからといって大げさに喚くようなこともない。

録音が良い。個々の楽器がクローズアップされるのではなく、ホール全体の響きを重視した録音。マルチマイクではなく、ワンポイントに近いマイクのセッティングではなかろうか?奥行きが非常に深く、音源も遠くに聞こえる。だから、楽器の溶け合いが良く、響きも大変柔らかい。もっと鮮烈な音でマーラーを聴きたい気分の時もあるが、ゆったりと、大河小説のようなこの曲に身を浸そうとするなら、素晴らしい録音だと思う。
スピーカーに正対していると、コンセルトヘボウに居るのではないかと思えるような、ホールトーンが全く美しい。その音だけで酔ってしまいそう。

演奏はというと、いつものハイティンクで、正統的・正確なマーラー。
ただ、クリスマス・マチネということで、ヘボウの楽団員が、リラックスして演奏しているのが分かる。アンサンブルはメチャクチャ緊密というわけではないのだが、とても楽しそう。肩の力を抜いてやっている感じ。こちらも寛いで聴ける。

「復活」だから、もっと激情的な演奏にすることも出来るだろうが、この演奏は良い意味で微温的。優しく、微笑んだ、ほのぼのとしたマーラーになっている。

だから、ゆっくりした楽章の雰囲気がよい。第2楽章などとても美しいし、他の楽章でもテンポが遅くなるところの響きがことのほか美しい。
ソプラノもアルトも綺麗な歌唱。合唱はもう少しファイト!というところもあるが、クリスマス・マチネだもの、楽しく雰囲気良くやるのもイイんじゃないかな。


優しく穏やかな「復活」であります。幸福な「復活」でもあります。
厳しさや迫力に不足しているかなとも思うんですがね・・・・、オケだってもう少し緊密なアンサンブルで・・・と云う部分もありますしね。
でも、そういう「復活」だったら、バーンスタインやショルティ、インバルを聴けばいいわけでして。


しかしまぁ、相変わらず、アダルト系のTB多し。何とかならないものか・・・・。
毎日7~8個の不要TBを駆除している。う~む・・・。

2005/12/09のBlog
年末です。第九の季節です。
年の瀬、押し迫ってくると第九を聴きたくなります。
これ、今や日本人の季節感じゃないですかね。
我ながら、素人でありますなぁ・・・・でも、聴きたくなる気持ちを抑えるわけには参りません。

これから大晦日まで、何回か第九を聴くことになるでしょう。

というわけで、今日はベートーヴェン作曲交響曲第9番ニ短調「合唱つき」。
演奏はヘルベルト・フォン・カラヤンの指揮、ベルリン・フィル。
独唱はジャネット・ペリー(ソプラノ)、アグネス・バツツァ(アルト)、ヴィンソン・コール(テノール)、ジョゼ・ヴァン・ダム(バリトン)。合唱はウィーン楽友協会合唱団。
1983年9月のデジタル録音。通算4回目、カラヤン最後のベートーヴェン交響曲全集からの1枚。トータル66分。

これぞ、CDの規格を決めたと云うべき演奏。CDは登場当時、74分収録可能とされていた(今は80分を超えるものもあるのだが)。CBSソニーとフィリップスの間で規格を決めたはずだが、その収録時間は「カラヤンの第九が収まる」という謳い文句だった。

懐かしい話。そして、ボクはワクワクしながらCDプレーヤーを買い、この全集をのちに購った。

第1楽章の冒頭。聞こえるか聞こえないか、小さな弦のさざ波、いわば混沌の状態から新しい何物かが生まれ出るような音楽。カラヤンらしく、ダイナミック・レンジが非常に大きい。弱音部では繊細きわまりない音楽を作り出し、強奏部分では怒濤の迫力で押してくる。その較差、落差と云ってもいいのかな、他の指揮者ではなかなか見られないカラヤン流の演出。
ベルリン・フィルの迫力はスゴイ。個々の楽器が当然のように巧いし、全体がよく揃っているし、しかもその揃い方が磨かれてピカピカ光っている。スゲェなぁとため息をつくばかり。

第2楽章も重戦車の行進。カラヤン流の颯爽としたテンポ。グイグイ前に進もうとする。ただ、スピーカーから出てくる音楽は爽快と云うより、豪快で重量級。ティンパニなど迫力満点で、ベルリン・フィルらしい剛毅な音が聴ける。
この時期のカラヤンのCD共通の特徴なのだが、録音がペタッとして平面的なのが、残念。奥行きとホール・トーンとがもう少し欲しいな。録音はギュンター・ヘルマンスとミッシェル・グロッツのいつものコンビなのだが、この音がカラヤン好みの音だったらしい。
カラヤンが指揮台から聴くと、BPOの音はこういう音だった・・・と何かの本で読んだことがあるのだがホンマかいな。

第3楽章は、もう何を言っても仕方ないくらい、ベートーヴェンの書いた最高のアダージョ。そして、ベートーヴェンが最も得意とした変奏曲の形式。旋律が美しいと云うより、その音楽のたたずまいが何とも清楚で、遙か高みにある美の極致を指向しているかのよう。カラヤンのテンポは、ここでも颯爽としている。くどくならない、サラッとした演奏。弦楽器中心の音楽なので、前の2つの楽章ほど、「重く」ない。木管もフレーズが特に美しい。そう、この楽章からは美しい音しか聞こえないが、この辺がカラヤンの巧いところかな。

終楽章の壮麗さは、カラヤン/BPOの貫禄。確信に満ちた音楽の運び、巨匠の名人芸が聴ける。圧倒的な終曲。まさに、歓喜の音楽。
バリトンのジョゼ・ヴァン・ダムは、落ち着いた歌声。あまり通る声質ではないが、まずまずの出来だと思う。コールのテノール、ペリーのソプラノも美しいが、バルツァのアルトが他の3人に冠絶して素晴らしい。このころ、まさに彼女は絶頂期にあったのではなかろうか。細くやや金属的な声色なのだが、存在感抜群。
合唱は、あまり上手ではないかな。ウィーン楽友協会合唱団は、本調子ではないような気がする。少し残念。

CDプレーヤーを購入して20年。
素晴らしい音楽を沢山聴けました。有り難いことであります。
音質については、アナログ・ディスクと比較すれば色々あるんでしょう。
でも、これだけの感動をもらえるのであれば、満足です。
幸福なもんです。

さて、今度は誰の第九を聴こうかな・・・・・(^-^)
2005/12/08のBlog
11月に風邪を引いてから、朝のジョギングを控えております。
・・・・・なんて言っているうちに、この寒気。
そろそろ再開しておかないと、本格的に寒くなってしまいそう。
継続は力なり。頑張らなくっちゃ・・・・。

さて、今日は「小ト短調」。
モーツァルトの交響曲第25番ト短調K.183。
ヤープ・テル・リンデン指揮アムステルダム・モーツァルト・アカデミーの演奏。2002年、オランダのユトレヒト、マリア・ミノール(11世紀に出来た教会らしい)での録音。オランダの激安レーベルBrilliant Classics。6枚組で3000円もしなかった。
(K.550の、クラリネット有り無し両ヴァージョンを収録していてお買い得)

25番のト短調は、その冒頭部分が映画「アマデウス」で盛んに用いられたし、チョコレート(明治だったかな)のTVコマーシャルでも使われて、一躍有名になってしまった。

リンデン/アムステルダム・モーツァルト・アカデミーの演奏は、古楽器のひなびた音色に加えて、教会録音のために残響が豊かで、大変心地よいものになっている。テンポも全体的にそう速くないので、聴きやすい。
ボクは速すぎるモーツァルトは苦手。特にピリオト楽器でサッサと演奏されるモーツァルトは、あまり得意ではないので、このリンデン盤は有り難い。価格もだが(^-^)。

その聴きどころ、第1楽章アレグロ・コン・ブリオ。
往年の演奏では、ここを激烈に、ロマンティックに、どす黒い感情を込めるように・・・・やるものが多かった。
リンデン盤は、もちろん短調のコン・ブリオなのだが、あまり暗くならない。テンポが速すぎないことと、古楽器の響きのせいか、暗い・悲しみを帯びた感情が抑えられているように聞こえる。響きがやや軽く、かえって明るささえ感じさせる演奏になっている。
いくらと短調といっても、悲嘆に暮れるばかりでもあるまいと思うので、こういう演奏は好ましい。ホルンの響きがバロック的で、粗野な感じ。音を割って吹かせるところなど、なかなか面白い。

第2楽章のアンダンテ。古楽器の響きが素晴らしい。残響が豊かなので、ややくすんだ感じの音が部屋に広がってゆく。現代楽器の鮮やかさはないものの、木質の自然な肌触りのような音色が気持ちいい。長調と短調が微妙に揺れ動くこの楽章、モーツァルトの微笑みが感じられる演奏になっている。

第3楽章はメヌエット。3分少々の短い音楽だが、強弱のコントラストがクッキリ、決然とした演奏になっている。管楽器の響きが奥ゆかしいし、その音色と弦楽器の音色がよく融け合って素晴らしい音空間を作り出す。教会録音ってホンマにエエなぁ。

フィナーレはアレグロ。先を急ぎすぎない、やや遅めのテンポ設定なので、各楽器がどんな風に弾いて(吹いて)いるのか、分かりやすい。暗くならない演奏。少し明るさを帯びた演奏であることは第1楽章同様だ。


軽くてやや明るい小ト短調。
こういうのもエエもんです・・・・・
って、もともと、こっちの方が本筋だったのかもしれません。
モーツァルトは、こっちの演奏のつもりで書いたのかもしれません。
2005/12/07のBlog
氷雨の一日。
この数日の気温の低下で、風邪引きが周囲で激増中。
気をつけなくちゃね。

さて、今日はハイドンの交響曲第104番ニ長調「ロンドン」。
オイゲン・ヨッフム指揮ロンドン・フィルの演奏。1971年10月のDG録音。ヨッフムのロンドン交響曲集(4枚組)からの1枚。

ヨッフムはこの録音の後、1970年代半ばからEMIにベートーヴェン・ブラームス・ブルックナーというドイツ3大Bの交響曲全集を一気に録音、巨匠晩年の全盛期を迎えてゆく。
このハイドンもその全盛期にさしかかる頃で、大変おおらかで健康的。
巨匠的な恰幅の良さに加えて、自由でのびのびとした演奏になっている。オケの音色も爽やかでとてもイイ。
録音も、この時期のものしては、柔らかく穏やかな音色に仕上がっている。
とても聴きやすい。

「ロンドン」のニックネームは別に大した意味はなく、この一連の交響曲がロンドンで作曲されたという理由だけ。ただ、「ロンドン」という名によって、ハイドン最後の交響曲はさらに著名になった。

第1楽章はアダージョ~アレグロ。序奏部がスケールが大きく堂々とした開始になっている。まさにシンフォニックな演奏。
主部に入っても、その歩みは変わらない。格調も高いが、何より自信に満ちた演奏ぶりがいい。ヴァイオリンの清涼感のある響きがとてもきれい。

第2楽章はアンダンテ。変奏曲風の楽章で、ハイドンとしては旋律も豊か。木管のひなびた響きがとても愛らしく、それを支える弦楽器群が爽やかな響きで心地よい。アンサンブルはあまり緊密ではないのだが、かえってそれがおおらかな雰囲気になって、いかにも「パパ・ハイドン」という感じ。楽章の終わりで、テンポがグッと落ちて、抒情的に歌わせるところなどは、巨匠風だなぁ。

第3楽章はアレグロ。快活なメヌエット。リズムがよく弾んで、奥手で鳴るティンパニもなかなか良い響き。弦楽合奏は、しなやかでのびやか。ヨッフムがオケを解放して楽しませている感じが伝わってくる。トリオでの、落ち着いた柔らかな演奏は、懐かしい気持ちさえ呼び起こす。

終楽章はスピリトーソ。主題がどんどん広がっていき、大きく展開してゆく見事な楽章。もう「ベートーヴェン」がそこまで来ていることを感じさせる音楽。
オケのトゥッティが壮麗で重厚、素晴らしい響き。ハイドン最後の交響曲、その掉尾を飾るにふさわしく、大きな息づかいでグイグイと進んでゆく。堂々たる終曲だと思う。


朝の出勤前に。休日の午前中に。
ハイドンは朝に聴く音楽であります。

朝はバロック音楽も爽快でイイんですが、元気が出てくるのはハイドンがエエですな。
活気が出て、「さぁ一日頑張ろうかいなぁ」という気分になってきます。
2005/12/06のBlog
寒さになれていないので、今日の風がまあ冷たかったこと。
銀杏の落ち葉、掃き掃除が大変でした。

さて先日、協奏交響曲のK.297うを聴いたので、K.364を・・・。

モーツァルトの協奏交響曲変ホ長調K.364。
ギドン・クレーメルのヴァイオリン、キム・カシュカシアンのヴィオラ。ニコラウス・アーノンクール指揮ウィーン・フィルの演奏。
1983年10月、ムジークフェラインザールでのDG録音。クレーメルのモーツァルト・ヴァイオリン協奏曲集に所収。

第1楽章アレグロ・マエストーソ。
序奏部から比較的ゆったりしたテンポで進んでゆく。オケの音色はいつものウィーン・フィル。輝かしく張りがあって、ふくよかな響き。トゥッティの時に、奥の方で管楽器が(特にホルン)が野卑な響きをつくり出すのが面白い。
やがてヴァイオリンがスーッと降ってくる。天から降ってくるように響く。これぞモーツァルトの天才性と云いたいほどの見事な登場。いつ聴いてもカッコエエ。
クレーメルのヴァイオリンが、クールで清々しい。よく冷えた自然の水の旨さ、実に瑞々しい。技巧はいつも通り完璧で申し分なし。そして、クレーメルにしてはよく歌う。メロディを存分に歌わせているのが、クレーメルが弾く他の協奏曲ではあまり感じられなかったことだ。
加えてカシュカシアんのヴィオラが、何ともイイ音で鳴る。ふくよかなのだが、ダブつかないスマートな音色。深々としているし、抒情的な味わいも十分。
時にクレーメルのヴァイオリンが明るく流線的に響くのに対して、カシュカシアンのヴィオラは渋く落ち着いて、魅惑的な音色。ヴァイオリンがやんちゃなお転婆娘に対して、ヴィオラは成人の音色。

第2楽章のアンダンテはハ短調。
すすり泣くような音楽。初めて聴いたときはビックリした。突然、痛切な響きが耳に飛び込んできて、(当時はレコードだったから)違う音楽に針が飛んだのではないかと驚いたものだ。
モーツァルトにしては珍しい、悲しみにくれる音楽。クレーメルとカシュカシアンはじっくりと歌い上げてゆく。クレーメルの歌は第1楽章と同様、カシュカシアんの下支えが素晴らしい。
この演奏の成功は、カシュカシアンのヴィオラの素晴らしさではないかとボクは思う。、長調に転調するあたりの安らぎは、モーツァルトならでは。この揺らめくような変化、ニュアンスがたまらない。


終楽章プレストでは一転、愉悦の響きが戻ってくる。
弦の響きが生き物のように部屋に満ちてゆく。音色が輝かしく、新鮮。ああ、幸福な音楽やなぁ。第2楽章が悲嘆の音楽だったので、この楽章の楽しさが素直に喜ばしい。

アーノンクール/ウィーン・フィルの演奏も見事。切れ味鋭く、溌剌としたフレージングが心地よい。時に野卑なホルンはアーノンクール独特のバロック奏法かな。面白い。

この2枚組。ヴァイオリン協奏曲も大変面白く、新鮮でありますが、それについては別の機会に。
2005/12/05のBlog
[ 19:07 ] [ 近況など ]
stonezさんよりバトンを頂きました。
今の自分の欲望について答えていくようです。さてさて。

Q1.今やりたい事

部屋の片付けです。CDと書籍、何とか片付けないと書斎の機能が低下中です。

Q2.今欲しい物

まとまった休日。出来れば5日くらいまとめて頂戴(^-^)。

Q3.現実的に考えて今買っても良い物

自動車。10年以上乗りましたので、そろそろ替え時かと。妻の許可も出てますしね^^。

Q4.現実的に考えて欲しいし買えるけど買って無い物

ベルティーニのマーラー全集。EMIフランスが発売した5番までの選集を持ってますのでね。ダブリ買いになってしまうし・・・・でも買ってしまいそう(^^ゞ。

Q5.今欲しい物で高くて買えそうに無い物

B&Wのスピーカー、ノーチラス801D。これを駆動するセパレート・アンプと、それに見合うCDプレーヤー。ああ、いくらかかるのか・・・・。

Q6.タダで手に入れたい物

フルマラソンを完走出来る体力。

Q7.恋人から貰いたい物

「恋人」・・・なんて懐かしい言葉ですね。。照れますな。
恋人から貰えるなら何でもエエです。「手編みのセーター」なんて、青春時代を思い出しますなぁ。

Q8.恋人にあげるとしたら

柔らかい優しい音楽が詰まったCD(レコード)をあげます。アルビノーニのオーボエ協奏曲集とか、プッチーニのアリアの管弦楽版・・・・とかどうでしょうね。

Q9.このバトンを5人に回す

ええと・・・・考えてみます。

Q10.このバトンを無視したら?

誰か受け取ってくださいマセマセ(^-^)。
荒れ模様の天気。
強風とともに気温も低下、一気に真冬の様相であります。
伊予路にも風雪注意報が出ております。北の方では大雪でしょうか。

さて、今日はラヴェルの「ボレロ」。
クリュイタンスもミュンシュも、デュトワだってアバドだって良いんですが(というか、それが本筋かなとも思うんですが)・・・・・・・今日は少しゲテモノを。

ロリン・マゼール指揮ウィーン・フィルの演奏。
1996年6月、ムジークフェライン・ザールでの録音。BMG原盤。このCDはBVCC34062~63、マゼールがウィーン・フィルと録音したJ・シュトラウスなどとの2枚組廉価盤。

「ボレロ」を聴くたびに、ラヴェルのオーケストレーションは巧いなぁと思う。小太鼓の単純なリズム、旋律も極めて単純で変化があまりないのだが、オーボエ・ダモーレからサクソフォンまで古今の楽器を織り交ぜて、徐々に盛り上げてゆく、その素晴らしさ。
次から次へと出てくる楽器の音色を味わっているうちに満腹してしまう。
手の込んだフランス料理のよう。
見た目が実に美しく、しかも技巧を凝らした料理で、さらに隠し味が随所にあって、賞味していると「ニヤリ」とさせられるフランス料理。
フルコースでも僅か15分。でも、スゴイ量だなと思う。

ピッコロ2本とホルンとチェレスタの重なる部分など、オルガンの響きを聴いているような錯覚に陥る。不思議な音色。
トランペットに弱音気がついて、そこにフルートが絡んでくるところなど、イヤぁ、巧いもんだなぁ・・・・。

さて、演奏はウィーン・フィルらしく柔らかくふっくらしたもの。
音色もとても美しく輝かしい。

ただし指揮はマゼール。この人は、何か手を加えないと気が済まないんだろうなぁ。
この「ボレロ」、ラストでビックリ。ものすごいテンポ。
ブレーキがかかったような感じ。全く面白い。何度も聴いていると、抱腹絶倒。
「ここまでヤルか?」と云った演奏。

序盤からラストまでとても美しい演奏だけに、最後の最後で落とし穴を仕掛けられたような感じ。でも面白い。

これ、マゼールの嫌いな人はますます嫌いになるんじゃないかと思われます。
お勧めはしません。でも面白いです。

マゼールはセカンド・チョイスの人。
ある曲に親しんでから、同曲異演盤をもう1枚、というときには是非マゼールを。
親しんだ曲が、別物のように聞こえてしまう・・・魔術のような演奏が時々聴けます。

といって、期待して買ってみると、「何じゃ、ちっともおかしくないじゃないか」という演奏もあって・・・・。つまり、「スカ」も結構ある人で・・・・。
いや面白いですな。
2005/12/04のBlog
師走であります。週末と休日、連日の忘年会であります。
酒が飲めないボクはもっぱら同僚や友人の運転手であります。
今治、新居浜、松山・・・・・東へ西へ。オイ、おまえら感謝せえよぉ(^^ゞ。
出てくる料理を味わう楽しみしかボクにはありません・・・。

ここのところ瀬戸内の鯛とヒラメの刺身が出てきます。旨いです。
あ、カレイもボツボツ上がっているようで、これも旨いです。

この淡泊で微妙な味わい・・・・ん~~、そうや、今日はモーツァルトを聴こう。

で、取り出したのは交響曲第39番変ホ長調K.543。

コリン・デイヴィス指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1981年10月の録音。クレジットはないが、おそらく、ドレスデンのルカ教会での録音だろう。
当時、SKDを指揮して何枚かデイヴィスがモーツァルトを録音したもの、これをまとめたフィリップスの2CDシリーズの廉価盤。

モーツァルトの39番シンフォニーは、オーボエがない。
オーボエの独特の甲高い響き、時にきつくなる響きがないので、この曲は優美で柔らかい曲になる。「モーツァルトの白鳥の歌」と称される所以だろう。


第1楽章はゆったりとした序奏部で始まる。演奏スタイルは1980年代までの昔ながらの重厚なものなのだが、ドレスデン・シュターツカペレのアンサンブルが緊密でよく融け合っているので、見通しがよい。落ち着いた歩みの中で響くフルートの音色が絶品。涼やかな風のように、オケの中央からこちらに吹いてくる感じ。澄みきった音は、これからの演奏の素晴らしさを予感させるもの。
主部に入っても堂々たる歩み。骨格逞しい演奏になっている。オケの響きは厚いのだが、ヴァイオリン群の音は抜けが良く、至って爽やかに響く。

第2楽章はアンダンテ・コン・モート。デイヴィスはどちらかというと、手管を弄せずに直截的な指揮をする人だと思うのだが、この楽章では繊細で淡い抒情が漂う素晴らしい演奏になっている。特に、短調のトゥッティがフォルテで鳴るときの痛切な響きが素晴らしい。
クラリネット2本とフルートの掛け合いも美しいし、ファゴットのひなびた響きにも微妙なニュアンスが漂う。

第3楽章は至高のメヌエット。精力的な弦楽合奏と、モーツァルトの「白鳥の歌」にふさわしいトリオ。アンサンブルは、さすがにドレスデン・シュターツカペレ、弦楽器も管楽器も見事に融け合って美しい。ヴァイオリンのレガートが艶めかしいくらいに美しい。
そして、クラリネットとフルートのトリオ。優雅で上品で、そこはかとなく哀しさが漂う、これは名品だと思う。いつまでも聴いていたい音楽。ああ、まさに「白鳥の歌」だなぁ。モーツァルトの余命僅かということを、つい考えながら聴いてしまう。

第4楽章、フィナーレはアレグロ。ここでもアンサンブルが見事で、聴き手を幸福にさせる音楽に満ちている。フルートとファゴットの掛け合いも綺麗だし、そこにかぶってくるストリングスの清涼感も実にイイ。テンポはあまり速すぎず、指揮者とオケが一体となって壮麗で、まさに堂々と終曲を迎える。何という安定感。安息を感じる演奏。


録音も最高水準。いつも褒めるが、ホンマに「さすがフィリップス」。
我が家のステレオと実に相性がよろしい。
2005/12/03のBlog
ボクがクラシックを聴き始めたのは1980年代に入ってからでありまして、大学生の頃であります。それまではフォークソングばかり聴いておりました。(ニュー・ミュージックなどという言葉もあったが、今やかえって古くなってしまった。いや、すでに死語か?(^^ゞ)。
田舎の少年、クラシック音楽を聴く環境もなかったんですな。

クラシック音楽を聴き始めた頃、NHKのFM放送には随分お世話になった。
朝6時からは「バロック音楽の楽しみ」、午前8時から11過ぎまで「朝の名曲」「音楽の部屋」、午後1時から3時までまたクラシック番組。4時近くに若手のスタジオライヴ演奏の番組。夜7時20分から延々とクラシックの実況録音の番組(ザルツブルクの音楽祭とか、海外のコンサートをNHKが放送権を得て日本国内で流していた)・・・・。1日8時間以上、NHK-FMの3分の1はクラシック番組だった・・・・・・今思い出しても、黄金時代やなぁ。
FM雑誌も盛んに発行されていた。「週刊FM」、「FMレコパル」、「FMファン」・・・・。(クラシックの記事が充実しているので、ボクは「FMファン」を買っていた)


午前9時からの番組「音楽の部屋」、そのテーマ音楽は今も覚えている。
「パッヘルベルのカノン」。そして、その演奏はジャ・フランソワ・パイヤール指揮パイヤール室内管弦楽団だった。

パイヤールは何度かこの曲を録音しているのだが、これは古い方。1980年代になってデジタル録音したのだが、演奏は断然古い方がよろしい。

古楽器が当たり前となった現在の耳で聴くと、何とロマンティックな演奏かとも思う。ケバイほどの厚化粧と云ってもいいかもしれない。

でもこの演奏がイイんだなぁ。

カノンの開始は、ピチカート。このピチカートがとても品が良くて、落ち着いていて、ゆったりとして心安らぐ。
やがてヴァイオリンが重なってくる。その音色がか細く、とても優しい。柔らかく頬を撫でてゆく感じ。そよ風のようなストリングス。

カノンだから、あとは楽器が加わって、旋律が少し変化して、徐々に盛り上がってゆくだけの・・・・・いわば単純な音楽なのだが、ホンマに心が洗われて、どんどん気持ちが落ち着いてゆく。
シンプルで全く美しい旋律。寄せては返す波のように聴き手を包み込む。
ラストは暖かく盛り上がり、いつしか精神が浄化されてゆく・・・・。

全曲で7分10秒。ボクが知る限り、最も遅いパッヘルベルのカノン。
この遅さに慣れてしまうと、他の演奏は速すぎて、素っ気なく聞こえてくる。
古楽器団体の演奏は、概して速く、サッサと終わってしまう(速いところが、古楽器演奏の良さなのだろうが)。あのコレギウム・アウレウムも速かった。

「アダージョ・カラヤン」で話題になったが、カラヤンなども速すぎる。
ミュンヒンガーやバウムガルトナーあたりが結構ゆったりしていて良い。
ということは、往年の(古いタイプの)演奏がボクには相性がよいということか。

大好きな曲であり、思い出の音楽。
パイヤールの演奏を聴くたびに、クラシック音楽を聴き始めた頃、夢中になってステレオの前に座り、大学をサボってエア・チェックにいそしんだ頃を思い出します。
素直に、謙虚に、むさぼるようにクラシックを聴いていた頃。
素晴らしい音楽に飢えていた頃、ガツガツと音楽を吸収していた頃。

曲のレパートリーとレコード・CD所蔵枚数はあの当時と比較して、天文学的に増えました。
でも、態度はいい加減になってきちゃいました・・・・・(^^ゞ
もっとマジメに聴かにゃぁ・・・と思うのであります。
2005/12/02のBlog
昨日、久しぶりに職場でレクリエーション。
バレーボールだったのだが、ふだん使わない筋肉を使ったんでしょうな、これも久しぶりに筋肉痛。ジョギングとは違う筋肉らしく、腕や肩、脇腹が痛い・・・。
おそらく明日の方がもっと痛い・・・・・・・。若い頃は、翌日痛くてあとはケロッとしていたものだが、トシを取ると、翌々日ほど痛くなる・・・・・・ううむ。

さて、それとは無関係に、晴れやかな交響曲を。

モーツァルトの交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」。

ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団の演奏。
録音はミュンヘンのヘラクレス・ザール、1980年6月8日の1日のみのテイクらしい。(ライナー・ノートによればこの翌日に「ハフナー」、10日に39番を録音しているようだ)。
モーツアルト後期交響曲集として3枚組で発売され、名盤として誉れ高いもの。
演奏スタイルは、今の耳で聴くと、もうかなり古くなっているのだろうが、古楽器がイマイチ好きになれないボクには、安心して、心落ち着いて聴ける最高のスタイル。
オケの配置は、いわゆるヴァイオリンの対向配置。弦の音がきれいに溶け合い、得も言われぬ味わいを醸し出す。部屋中にバイエルン放送響の、南ドイツ風の柔らかくやや明るい弦の音が充満してくるのは、実に心地よい。

第1楽章のアレグロ・ヴィヴァーチェ。クーベリックの開始は実に堂々としている。モーツァルト最後のシンフォニー、しかも最高の名曲の開始にふさわしいたたずまい。「ジュピター」は、こうでなくちゃ。セカセカした演奏では、味わいが薄れるように思う。
クーベリックのテンポはやや遅めか。その分、個々の楽器がどんな風に弾いているのかが聴き取れて面白い。オケのアンサンブルはもう完璧で、両翼配置の気持ちよい融け合いに酔いそう・・・・・(^^ゞ。

第2楽章のアンダンテ・カンタービレ。テンポは中庸で、慎ましい歌が上品でイイ。特に楽器の数が少なくなるところでの流れるような演奏は、美しい貴婦人の風情。素晴らしいアンダンテだし、品の良いカンタービレ。イタリア系の指揮者が振ると、もろに「カンタービレ」になるのだが(例えばアバドやムーティ)、クーベリックの演奏は、内声部の動きも充実していて、旋律線が上滑りにならないのがエエなぁ。

第3楽章メヌエット。モーツァルトの書いた最後のメヌエット。クーベリックの演奏は、ここでは重厚に聴かせる。軽くない、堂々としたメヌエット。オーボエやフルートの音色が特にいい。ストリングスの強さと、木管の柔らかさとが対照的。でも、いや、だからこそ、素晴らしいモーツァルトのアンサンブル。手兵バイエルン放送響を振るクーベリックの心も気持ちよかったことだろうな。

終楽章フィナーレはモルト・アレグロ。古今東西のクラシック音楽の中で、最高のフィナーレの一つ。
クラシックを聴き始めた頃、自分の気分がどんどん高揚してゆくこの楽章だけを何度も繰り返して聴いたものだ。フーガの魅力にとりつかれたんですなぁ。(と、こういう形式を「フーガ」ということはあとあと知ったわけなのだが・・・・)
クーベリック/バイエルン放送響の「力」が充満する楽章。ヴァイオリンを初めとした弦の、やや明るくしかも落ち着いた響き。管楽器の達者な技術と柔らかい音色。オケと指揮者が一体となって、どんどん上昇してゆくフィナーレ。プラトンの云う「イデア」的な解決がここにある。

ああ、エエ音楽を聴いたなぁ・・・・。ホンマにクラシックってエエなぁ。
毎度、エントリーの最後に、お決まりのフレーズだが、いやホンマに、こんな音楽を聴いていると、人生ってエエなぁと思います。