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クラシック音楽のひとりごと
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2005/12/20のBlog
世間のみなさんは、師走で多忙な日々でございましょう。
かく言うボクも、連日の忙しさで悲鳴を上げております。
今の仕事内容は一種の苦情処理、何でも屋でして、「この仕事は、取りあえずアイツに回しておけ」とされる時の、ボクは「アイツ」であります。
ん~~、それで給料もボーナスも貰えているのだから文句は言いません。言いませんとも。このご時世ですしねぇ。
でもね、職場の若い士たち、もう少し仕事してくれよなぁ。「あとはお願いします」ってね、その「後」始末が一番しんどいんだぜよぉ。


さて、口直しであります。爽やかなクラシック音楽を聴きましょう。

今日は、モーツァルトのディベルティメント第17番ニ長調 K.334。
シャンドール・ヴェーグ指揮ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカの演奏。カプリッチョ原盤。10枚組の廉価盤からの1枚で、以前にも「ハフナー」をエントリーしたが、この17番もとても素敵な演奏になっている。録音も優秀。文句なし。

ディベルティメントK334は、モーツァルトがマンハイムとパリへの旅から帰った後の作品らしく、ダイナミクスやメロディの処理が洗練され、エレガントな美しさを持っている名品。楽器編成は2つのホルンと弦楽器というシンプルなもので、室内楽として演奏する方が最近は多いのかな。第1ヴァイオリンが活躍して、優美な演奏を展開する。(だからテクニックにもアンサンブルにも優れたヴァイオリニストに弾いて欲しい)
室内オーケストラでの演奏も結構あって、ボクは両者とも好き。今日は、ヴェーグの清新で溌剌とした指揮、息のあったオケの合奏を聴きたかったのでこの演奏を取り出してみた。

ヴェーグの指揮は、ホンマに新鮮で生き生きと弾む。アーティキュレーションが独特で、スパッと切ったように演奏させる。だらしなく音を伸ばしたりせず、短いフレーズを積み上げながら、若々しさを演出する。フレージングもとても自然。昔のバロック時代(18世紀ロココ的と云うべきか)のスタイルに近いんじゃないかな。
一聴、ヴィヴァルディやバッハから聞こえてくる雰囲気に近い。

第1楽章などグイッとした推進力で、お祭りのような歓喜の噴出が聴ける。爽やかで元気で情熱的で・・・・。七重奏版や大オケ版では、こんな新鮮な歓喜は出せない。さすがヴェーグ。
白眉は第2楽章。この変奏曲、この悲痛・悲嘆。一つひとつの変奏が、様々に姿を変えてニュアンス豊かに、初めてこの曲を聴いたような新鮮さで響く。
第3楽章は有名な「モーツァルトのメヌエット」。愛らしい佳曲だが、ヴェーグの手にかかると、この曲が感傷的でイージー・リスニング的なものではなく、もっと雅な美しさをもって描き出される。
そして、アダージョ楽章の愁いを含んだ抒情、終楽章の躍動。
ホンマ、ヴェーグの演奏は自然で新鮮。モーツァルトの時代に響いていたのは、こういう音楽だったのではないかと思わせる・・・・・。


このヴェーグのディベルティメント・セレナード集は、全部でCD10枚組。
当分楽しめそうです。嬉しい。
こういうのをささやかな幸福って云うんでしょうなぁ。

ですから、もう愚痴や文句は言いませんよぉ(^-^)。
2005/12/19のBlog
大寒波!伊予路に12月の積雪!
例年、瀬戸内側はそう積もったりはしないんですが、珍しいことでした。
午前中は雪掃きをしておりました。道路も朝方は氷結していて大変でした・・・・。
日中はよく晴れたので、全部溶けましたが、やれやれであります。


さて、今日はマーラーの交響曲第1番ニ長調「巨人」。
ベルナルド・ハイティンク指揮ベルリン・フィルの演奏。1987年4月、ベルリンのフィルハーモニー・ホールでのフィリップス録音。
ハイティンクとしては2度目のマーラー全集の第1弾だったが(1回目は1960年代にアムステルダム・コンセルトヘボウ管と録音)、7番までで頓挫してしまった。2度目の全集も素晴らしい演奏だっただけに、実に惜しい。このコンビで9番や「大地の歌」を是非聴いてみたかったと思わせるほど、この「巨人」は名演と思う。

ハイティンクという指揮者、徐々に力をつけて(元々あった力を発揮する術を覚えた、と云うべきか)、じっくり熟成を重ねて、ついに天下を取った人物とボクは思う。若くしてアムステルダム・コンセルトヘボウ管の指揮者となった頃は苦労したらしいが、1970年代の後半から大きく変貌した。以前エントリーした、シューベルトの交響曲を録音した頃からだと思う。その後のアムステルダム・コンセルトヘボウ管とのチャイコフスキー、シューマンやベートーヴェンはどれも正統的で格調高い名演だったし、ウィーン・フィルとのブルックナーなどスケール雄大で美音の洪水に包まれるような、素晴らしい演奏だった。

さて、この「巨人」。冒頭からベルリン・フィルの能力を最大限に引き出し、しかも抜群の録音で、大変イイ音がする。オーディオ的にも満足できる演奏。

第1楽章「ゆるやかに、おもおもしく」。序奏部は「自然の音のように」という指示があるのだが、この弦楽器だけ、フラジョレット奏法でかすかに聞こえてくる繊細な音がとても綺麗。やがて軍隊のラッパや森のカッコーの啼き声が響いてくるところなど、ベルリン・フィルの実力とフィリップスの優秀録音があいまって、非常に新鮮、「自然に」聞こえる。エエ音やなぁ。
この序奏部から明るい青春の雰囲気が横溢して、素直で品の良い音楽が展開してゆく。合奏能力が高いので、自然な陰影があって、明るいだけの単純さに終わらないのはさすが。
第2楽章「力強く運動して」。この楽章はスケルツォ。レントラー風の旋律や牧歌のようなトリオなどは、いかにもマーラーらしい。後年、マーラーの音楽はスケルツォを軸に展開するようになってゆくとボクは思うのだが、その芽生えがすでに第1交響曲に見られる・・・・・ハイティンク/BPOの演奏で聴いていると、そんな未来のマーラーまで見えてきてしまう。そう思えるのは、これ、やはりマーラー指揮者たるハイティンクの力なのかも。

第3楽章「緩慢なことなく、威厳をもって」。挫折した青年の葬送行進曲。コントラバスのソロはBPOの名手・ライナー・ツェペリッツ。録音の良さもあって、素晴らしい音。管楽器では、オーボエのローター・コッホやホルンのゲルトザイフェルトの名演が聴ける。
第4楽章は「嵐のように運動して」。BPOの能力全開、音も輝かしく、圧倒的な迫力。ダイナミック・レンジが非常に大きい。最強奏の部分でも、音が割れないし、音楽のフォルムも崩れない。演奏も録音も、ホンマに最高水準だと思う。
BPOの能力をこれだけ引き出して、しかも青春の悩みや憧れ、情熱、精力を存分に描き出すのだから、やはりハイティンクはスゴイ指揮者やなぁ。


ハイティンクといえば、アムステルダム・コンセルトヘボウ管。1回目の全集録音やクリスマス・マチネの選集などと比べると、BPOの音はややクール。
コンセルトヘボウのような自然な木質の、暖かみのある響きとは、やや趣が違います。

抜けのイイ音、スカッと爽快な音場・・・・。
そんな感じのフィリップス録音。
好みが分かれるかもしれませんが、我が家ではエエ音で鳴っています。
2005/12/18のBlog
今日は、アンネ=ソフィー・ムターのヴァイオリン名曲集を。
yuhotoさんのエントリーとの連動です。

オケは、ジェームズ・レヴァイン指揮ウィーン・フィル。1992年11月、ウィーン、ムジークフェライン・ザールでの録音。DG盤。

曲目は、まさに名曲。

1.ツィゴイネルワイゼン(サラサーテ)
2.伝説曲ト短調(ヴィエニャフスキ)
3.ソナタ ト短調「悪魔のトリル」(タルティーニ)
4.ツィガーヌ(ラヴェル)
5.タイスの瞑想曲(マスネ)
6.カルメン幻想曲(サラサーテ)
7.子守歌ニ長調(フォーレ)

名曲のオンパレードなのでいくつかを拾ってみると・・・・・・・。


サラサーテの「カルメン幻想曲」が素晴らしい、というより色っぽい。
カルメンの可憐さ、妖艶さ、したたかさ、そして底意地の悪い悪女であるところ・・・・・などなどがヴァイオリン1本で表現されてしまう。ムターのヴァイオリンの音色が万華鏡のように変化してゆく。濡れたような音色でカルメンの色っぽさを表現したり、ピチカートで妖しげな表情を作ってみたり・・・。見事だなぁ。
もちろん技巧は完璧。

タイスの瞑想曲では、ムターの奏でる感傷的なメロディがとにかく美しい。美音であるのは間違いないのだが、澄んで透きとおると云うよりは、妖しく輝く美音という感じ。ジャケットを見ても、この頃から、ムターの容姿はどんどん艶めかしくなってゆくが、演奏も艶っぽさを増していったのではなかろうか。
(カラヤンとモーツァルトの協奏曲を録音した頃など、可愛かったものだ)

ツィゴイネルワイゼンはムターのヴィルトゥオジティに酔える。速いパッセージでは目も眩むような技巧を味わえる。巧い。

オケも素晴らしい。
だいたい、レヴァインという指揮者は合わせものがとても巧い。
オペラの指揮者だからかな、彼が伴奏するとソリストが本当に生き生きとしてくる。


録音も素晴らしい。音場感がエエです。
これだけのヴァイオリン録音はあまりないのでは?・・・・・と思います。


さてさて、四国伊予路では雪です。
当地に住んで20年、12月中に西条でこんなに降るのは、初めてです。
全国的な大寒波。妻と次男坊は大阪・梅田に行く予定なんですが(関西方面の大学の進学説明会)、大丈夫かな。瀬戸大橋、渡れるんかいなぁ・・・。
2005/12/17のBlog
ボクは日本人です。季節感のある音楽が好きです。
そして、寒くなると聴きたくなる曲があります。

今日のCDは、秋から冬枯れの季節、落葉から寒々とした風景が広がってゆく時期に聴きたくなる音楽であります。

カリンニコフの交響曲第1番ト短調。

この曲を初めて知ったのは、6年前のこと。仕事が猛烈に忙しく、プレッシャーもかかる仕事をいくつも抱えている頃でありました。出張した冬の日、松山の早川楽器で購入したもの。
それまで、カリンニコフの名前は聞いたことがあるものの(そして好評だったし、少しブームにもなったはず)、その曲は聴いたことがなかったので、試しに買ってみたのだった。

正解。一度聴いたら忘れられない素晴らしい旋律が、次から次へと出てくる。
青春の憧れや、焦燥、苦悩、哀感が漂う美しい旋律。
まさにメロディの饗宴。
主旋律が何度も繰り返して登場するので、一度聴くと覚えてしまう。

おかげで仕事のストレス解消、ボクはどれほど救われたことか。毎日のように聴いたので、今聴き直しても6年前のあの頃のことを鮮明に思い出す。音楽ってのはそんなものかもしれんなぁ。

演奏はテオドール・クチャール指揮ウクライナ国立響。1994年録音のNAXOS原盤。
指揮者もオケもよく知らないのだが、素直で好ましい演奏。録音も10年前のもので、こちらも妙に音を弄ることなく自然なオーケストラ録音に仕上がっている。NAXOSなので価格もgoodである。

カリンニコフはロシア生まれの作曲家。19世紀の後半に生まれ、34歳で夭折した人物。このCDには彼の2つの交響曲が収められている。


第1楽章はアレグロ・モデラート。哀愁漂う、そして懐かしさがこみ上げてくるような美しい旋律。何度もリフレインするので、親しみやすい。

第2楽章はアンダンテ。冬の日、雨粒が静かに窓を叩くような感じの冒頭部分、ハープや弦楽器が美しく響く。繊細ではかない。強く触れると壊れそうな、抒情。綺麗でうっとりする。ボクは我が家の南面に広がる田舎の風景を眺めて、この抒情的な旋律を満喫した。
第3楽章はスケルツォ。民謡風の音楽。中間部の木管群がホンマにデリケートな旋律を纏綿と歌う。クチャル/ウクライナ国立管も健闘。トゥッティの部分では、もう少し元気があってもイイかなと思ったが、この抒情的な旋律を素直に演奏しようとする姿勢は大切にすべきだろう。

終楽章はアレグロ・モデラート。前の楽章で出てきた旋律が再び現れ、変形しつつ、華やかに終曲を迎えてゆく。金管も活躍しておおらかに鳴り響くが、やはり木管やストリングスのアンサンブルが、抒情的に旋律を歌う。


カリンニコフの交響曲は青春の音楽。
34歳で夭折してしまった芸術家の夢や憧れ、焦燥や苦悩が詰まった佳品。

「天才は早死にする」のでしたか?・・・・・
カリンニコフが長生きしたら、さて、どれほどの作曲家になっていたかは神のみぞ知る・・・・・・でしょうが、この交響曲は、薄命の音楽家ならではの作品のように思えます。
大切に聴いていきたいものです。
2005/12/16のBlog
今日はイングリッシュホルンの響きであります。


イングリッシュ・ホルンは、旋律を歌わせたら最高の楽器だろう。長丁場の美しい旋律を朗々と響かせるその音色は、時にもの悲しく、時にエロティック。ほのぼのとする時もあれば、オシャレでイナセな時もある。

中学生の頃聴いた「新世界」の第2楽章は、「遠き山に日は落ちて」というキャンプの時の歌だと思っていたボクにとって、本当に美しかった。
ロドリーゴの「アランフェス協奏曲」のあの第2楽章も、イングリッシュ・ホルンでなければ、あれほどの哀愁は伝わらないだろう。

そして、この「トゥオネラの白鳥」!
この曲を初めて聴いたのは、カラヤンのEMI盤だった。シベリウス管弦楽曲と交響曲第4番と5番が入った2枚組のLP廉価盤。もう25年前になるだろうか。

その頃、ボクは福永武彦が好きで、新潮文庫と講談社文庫の福永作品を愛読していた。
その福永の最高傑作(とボクは思うのだが)『死の島』では、この「トゥオネラの白鳥」が重要なモチーフとなって、小説の底の方を流れてゆく。
シベリウスのこの寂しい音楽と、ベックリンの絵画「死の島」と。
絵画のことは当時も今も全然分からないのだが、のちに知ったシベリウスの「トゥオネラの白鳥」はホンマに素晴らしい音楽だった。

福永は学習院の仏文の先生で、ボクは目白まで行ってサインをもらおうと思っている矢先、残念なことに1979年に死んでしまった。61歳の若さだった。

さて、今日の演奏はロリン・マゼール指揮ピッツバーグ交響楽団で。1992年の録音、CBソニー原盤。マゼールのシベリウス交響曲全集からの1枚。
録音は非常によい。クールでシャープな音場。

大変遅いテンポでゆったりとした演奏。ふつうは9分程度のこの曲に12分かけている。冒頭のピアニシモで奏でる弦楽器の奥で、ティンパニが不気味な低音を奏でる。
初めからマゼールの面目躍如。
やはり、この人はただ者ではない。面白い演奏。

ピッツバーグ交響楽団の演奏はいたってクール。あまり熱くならず(トゥオネラの白鳥だから当たり前か・・・(^^ゞ)、マゼールの棒にひたすら機能的についてゆくといった感じの演奏。

イングリッシュ・ホルンの音色が、哀愁を帯びて本当に美しい。マゼールのとるテンポが遅いので、深々とした息づかいでイングリッシュ・ホルンが響いてゆく。
あぁ、これぞシベリウス。
ジャケットがまたイイ。雨粒のついた窓からの風景写真。
ボーッと霞んだ荒涼たる湖の風景。ん~~寒そう。

2005/12/15のBlog
今週の寒さは格別。伊予路の瀬戸内海地方でも、毎日のように風花が舞っております。11月が暖かかっただけに、余計にこの寒さがこたえますな。1月下旬、大寒の時期
の寒さに近いように思えます・・・・。

こんな時は、豪華でギャラントで暖かい音楽を・・・・・・・(^-^)。
で、今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第25番ハ長調K.503。

フリードリッヒ・グルダのピアノ、クラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィルの演奏。1975年5月、ムジークフェラインザールでの録音。
このCDはグルダがDGに録音したモーツァルトのピアノ協奏曲4作をまとめた2CDシリーズ。長いことLPで聴いてきたのだが、ノイズが多くなってきたのでCDで買い直した。最高水準のモーツァルトが聴けるお買い得品。


第1楽章はアレグロ・マエストーソ。
堂々とした開始。音量を大きくして聴くと、まさに重量級のオーケストラ。ウィーン・フィルらしく弦楽器群は輝かしいのだが、トゥッティになると、ずっしりと響き渡る。アバドの指揮も急ぎすぎず、落ち着き払っている。古楽器演奏が当たり前になる以前、1970年代の懐かしい伴奏といった感じがする。今だと、こうはいかないんじゃないかな?

グルダのピアノは相変わらず珠玉の美しさ。ベーゼンドルファーの優美で柔らかい響きを十二分に発揮させながら、エッジを丸くした音色で魅了する。オケと同じく、ずっしりと響く。
演奏そのものは鋭敏で鋭いのだが、音色はあくまでも柔和で繊細。このあたり、芸達者なグルダらしい。テンポは中庸。速すぎず遅すぎず。「グルダなら、何かやってくるんじゃないか?」と想像すると、これ見事な空振り。伝統的で正統派のこれはモーツァルトだ。グルダ自作のカデンツァもしかり。襟を正した、気品溢れるカデンツァ。
(もっともグルダなら、もっと即興的なフレーズがあっても良さそうなのだが・・・。)

第2楽章ではピアノの動きがなお一層繊細に。ウィーン・フィルの木管群が、これまたデリケートな音作り。柔らかく、かすかに揺らめくような響きをつくり出してゆく。実に新鮮でニュアンスゆたか。第1楽章で肩に力が入った感じのアバドだったが、緩徐楽章に入って調子が出てきたように聞こえる。優美なモーツァルトの典型だと思う。ホンマに美しい。ウットリする。

終楽章はアレグレット。グルダのピアノが、キラキラした響きを伴って降ってくるような感じ。綺麗で快活、伴奏も颯爽としている。テンポはそんなに速くないのだが、爽快な演奏になっているのは、グルダの輝かしいピアニズムの賜物。


アバド/ウィーン・フィルの伴奏は全編に渡ってシンフォニックで堂々としている。

音もイイ。
1970年代の半ば、アナログ録音としては素晴らしい出来だろうと思います。

ウィーン・フィルが伴奏したモーツァルトのピアノ協奏曲、我が家にあるのは、このグルダ/アバド盤と、ポリーニ/ベーム盤(19と23番)、プレヴィンの弾き振り盤(17・24番)・・・・あれ?他に見あたらない・・・・もっとありそうなものだが。
探してみなくちゃ・・・・・(^-^)。
2005/12/14のBlog
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最近軽くなってきたようだし(夜は重いけれど)、これからも頑張ってくださいね(^-^)。

さあ、ミーハーなボクの年末は「第九」です。
ベートーヴェンの交響曲第9番ニ短調「合唱つき」。

今日の第九は、サイモン・ラトル指揮ウィーン・フィルの演奏。
ソプラノはバーバラ・ボニー、アルトがビルギット・レンメルト。テノールはカート・ストレイト、バリトンがトーマス・ハンプソン。合唱はかつての手兵・バーミンガム市交響楽団合唱団。

2002年4月~5月、ウィーンのムジークフェラインザールでの連続演奏会のライヴ収録。おそらく、現在最も先鋭的な(現代楽器を使用しているのに!)ベートーヴェン全集からの1枚。

新ベーレンライター版の楽譜を使用した演奏。ジンマンの全集でぶっ飛んだのだが、このラトルの全集はそんなレベルでは済まない。もの凄い全集。
面白いことこの上ない。初めて聴いてビックリ、2度聴いて面白い、3度目以降は「これ、もの凄い演奏なんじゃないか」と思った。
ベートーヴェンの演奏史を完全に塗り替えてしまった、と云うのは大げさか。

しかも、オケは天下の名門ウィーン・フィル。そのオケをここまでドライブするのだから、、ラトルの凄さは半端じゃないが、それについていくウィーン・フィルの前衛性も素晴らしい。(完全に共感してラトルと一体化しているかどうかはやや疑問なのだが)
音は、ウィーン・フィルらしくない音色。鮮やかで突き抜けるようなヴァイオリン群の音色はそこかしこに聴けるのだが、演奏が古楽器風なので、ふだんより軽い感じ。


ただ、演奏は決して軽くない。重量感ある聴きごたえ。
第1楽章から、新鮮で爽快、にもかかわらず重量級で緊迫した響き。響きが透明で研ぎ澄まされていて、突き抜けるような軽みを持った音なのだが、軽薄にならない。いや、かえってせっぱ詰まった迫力がある。この迫力は第九そのものが持っている緊張感であり、悲痛な迫力でもある。

第2楽章の音も迫力十分。ティンパニの音など、素晴らしい響き。腹にズシンと来る。このくらいブッ叩いてくれないと、スッキリしない。演奏ぶりは、第1楽章同様で歯切れ良く軽快。リズムもシャープでキレがある。しかもこちらに向かってくる攻撃性もあり。フォルティシモの部分など、優美なウィーン・スタイルなどどこへやら、粗暴な感じさえする攻撃的な演奏。

第3楽章のアダージョは、やや速めのテンポ。歌うことは歌うのだが、各楽器の響きに耳をそばだててている方が楽しい。流麗ではあるのだが、だらしないレガート奏法ではない。といってぶつ切りの演奏でもない。優美さよりも、やはり緊張感の方が強い演奏。じっくり聴いていると、ベートーヴェンの意志の強靱ささえ伝わってきそう。


第4楽章の冒頭も圧倒的な迫力。古楽器の演奏ではこの迫力は出ないなぁ。モダン楽器の強さはここでも明白。10年前に盛んに聴いたガーディナーやブリュッヘンが遠くに感じる。
声楽が入ってくると、なお一層面白い。初めのハンプソンのソロなど、伸び上がるような感じ。4人とも上手。声質も良い。
合唱の面白さは格別。
これ、ホンマに「合唱」かいな?お祭りのかけ声に近い。毎秋の西条祭での「だんじり差し上げ」のかけ声と変わらん(^^ゞ
粗暴なほどの迫力。沢山の人が声を揃えると、こんなに迫力があるんだなぁ。優美な合唱など不要、ベートーヴェンの魂の叫びはこんな音だったのか・・・。


いやはや、ホンマに面白い演奏。何回聴いても面白い。
刺激的。

クラシック音楽って本当に面白いです。
2005/12/13のBlog
今日は前振りなしです。
オケが素晴らしいピアノ協奏曲です。「皇帝」です。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番変ホ長調「皇帝」。
アルフレート・ブレンデルのピアノ、ジェームズ・レヴァイン指揮シカゴ交響楽団の演奏。1983年6月、シカゴのオーケストラ・ホールでのライヴ録音盤。曲が終わるとブラボーの歓呼と拍手の盛大な嵐(その音もデカイ)。

今から21年前、1984年に全集としてレコード発売されるや絶賛を受けて、音楽之友社のレコード・アカデミー賞を受賞した名盤。(別に、受賞したから名盤という訳ではないのだが・・・。)
新ベートーヴェン全集の初の録音としての話題だけでなく、ピアノの演奏も伴奏も、ライブなのに素晴らしい録音も、トータルに考えても素晴らしい演奏。
懐かしいLPであります。

1970年代の後半から1980年代の半ばまで、ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集は有名どころのピアニストによって次から次へと録音されたものだった。レコード・アカデミー賞の協奏曲(全集もか)部門など、ベートーヴェンばかり。ルービンシュタイン/バレンボイム、ブレンデル/ハイティンク、アシュケナージ/メータ、そしてこのブレンデル/レヴァイン盤。さらに、その頃、ポリーニも完成したし、ゼルキン/小沢やペライア/ハイティンクの名演奏もあった。アラウ/デイヴィスの録音も素晴らしかった。

ん~~~、まさに百花繚乱。あの当時のレコード(CD)録音・発売の勢い、今、ありますか?

さて、この演奏。素晴らしさの半分以上はレヴァインの功績ではないかとボクは考えている。
それは、オケの音が何より素晴らしいから。今聴いても、「これ、ホンマにシカゴSOの音かいな?」・・・・との感慨あり。
シカゴSOの鮮やかな響き、金管の猛烈な音、そしてオケ全体の音のデカさは、レコードで聴いてもナマで聴いても同じだった。特にナマはすごかった。凄まじかった。
DECCA録音のショルティ/シカゴ盤、DGのアバドやジュリーニが指揮したCDでも同様のものを感じた。

しかしこのブレンデル/レヴァインのベートーヴェンの協奏曲は、全くシカゴSOらしくない音。というより、ヨーロッパのオケのような音がする。
ライヴ録音のせいかな?
フィリップスというレーベルの録音が、そういう音作りをするからかな?

第2楽章のフルートのしっとりと濡れたような渋い音色は、とてもアメリカのオケの(と云うより、慣れ親しんだシカゴの)響きではないよなぁ。概して、木管が渋く、落ち着いた響き。ほの暗く、柔らかい音色。

この楽章に限らず、実は、全編に渡って金管楽器も慎み深く上品に鳴っている。あのシカゴの世界最高の輝かしく(そして世界一「音」のデカイ)金管群が、まるで中欧のオケのように、雰囲気が良く、ニュアンス豊かに鳴っている。

もちろん弦楽器群も、芯のある渋い音色で豊かに鳴る。エエ音やなぁ。

これ、まことにレヴァインの功績なのか、録音のマジックなのか、よく分からないのだが、・・・・・。
(でもやはりレヴァインの指揮の賜物だとは思う。レヴァイン恐るべし。端倪すべからす。)


あれまぁ、シカゴSOの響きの話になってしまいましたが、肝心のブレンデルのピアノ、これはまた見事なもんです。
テクニックは完璧(ライヴなのに。編集してるのかな?一発録りに聞こえるんだが)。
音色も、いつものブレンデル。優しく落ち着いていて、とても綺麗。
純白ではない、肌のぬくもりを感じさせる白さ。
ピアニスティックな場面では感興に富んでいるし、フォルティシモでも音が汚れない。
弱音部でのデリカシーなど、しっとりとして、少し水分を含んだような柔らかさ。

録音もライヴなのに素晴らしく、これは今も現役で通用する名盤でありましょう。


ブレンデルはラトルと再録音しているんでしたか?
聴いたことがありませんが、今のところこのレヴァイン盤で大満足でありますな。
2005/12/12のBlog
冬の薄日が差し込むものの、寒い休日でありました。
どんよりと曇った空ではないんですがね。寒かったなぁ。

くすんだ色の空を見ていると、爽やかな音楽を聴きたくなってきました。
そやそや、モーツァルトのディベルティメントを聴こう(^-^)。

ディベルティメントはその昔「嬉遊曲」とも書いていた。最近はこの文字をあまり見かけなくなったが、明るく軽妙で楽しい曲風からついたものだろう。
本来は、貴族の食卓・娯楽・社交・祝賀などの場で演奏され、楽器編成は特に指定はなく、三重奏、四重奏、弦楽合奏、管楽合奏、小規模のオーケストラなど様々。形式・楽章数も自由な曲。

さて、演奏はどれにしようかと思ったが、イ・ムジチ合奏団の突き抜けた明るい演奏では今日の空の色に合わんなぁ・・・・、バウムガルトナー盤を取り出してみよう。

ということで、今日はモーツァルトの嬉遊曲K.136~K.138を。
演奏はルドルフ・バウムガルトナー指揮ルツェルン弦楽合奏団。1976年3月、スイスのヴァインフェルト会議堂での録音。DENON(原盤はオイロディスク)の廉価盤をさらに中古盤でGETしたもの。

K.136ニ長調、その第1楽章はおそらく3曲の中で最も有名な曲。爽やかで明るい弦楽合奏が部屋に響き出すと、こちらも穏やかな気分になってくる。優雅で瑞々しい表情、ヴァイオリンの音色にはクールな艶があって、たまらない。少しくすんだ感じの艶。
(この音色が聴きたくて取り出した。)
イ・ムジチほど滑らか・流麗な演奏にはならず、といってゴツゴツした響きではなく、しなやかな中に適度な柔らかさを持った響き。品の良いレガートがまた実にエエなぁ。

K.137は変ロ長調。ふつうとは逆で、緩-急-緩の曲。この緩の部分がとても優美。ほのかな甘さを漂わせる響き。録音のせいか、フワッと消えてゆく残響が、何とも言えず気持ちよい。癒される響きというのは、こういう録音を云うんじゃないかな。1976年の録音だから、アナログ末期(ということはアナログ全盛期)の素晴らしさだろう。

K.138ヘ長調。曲そのものがもう優美で流麗に書かれているし、ルツェルン弦楽合奏団のアンサンブルが美しく溌剌としている。自発性に富んだ演奏。バッハのブランデンブルク協奏曲でも、この合奏団の演奏はとても溌剌として楽しそうだった。その感じがそのまま出ている。
第3楽章のピチカートはとても新鮮。ああ、こんな演奏も面白いな。

クラシックを聴き始めたころ、バウムガルトナーのレコードには随分世話になりました。バロック音楽の楽しみや、モーツァルトの優美さは、バウムガルトナー盤(DENON発売のオイロディスク盤やDGの1300円盤)で教わりました。
今も時々取り出しては、懐かしさに浸りつつ楽しんでます。
2005/12/11のBlog
大曲の日々を送っております。
そして夜には忘年会の日々であります・・・(^^ゞ。

さて、昨日「復活」を聴いたので・・・・・。
今日はマーラーの完成した最後の交響曲。第9番ニ長調。
レナード・バーンスタイン指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1985年5~6月のライヴ録音。バーンスタイン2度目のマーラー全集(DG盤)からの1枚。

バーンスタインのマーラーを聴くには心の準備が要る。そして聴き終わってグッタリする。大変感動するが、感動の量と同じだけ疲れてしまう(^^ゞ。
聴き手がこれだけ消耗するのだから、演奏しているオケのメンバーは壮絶な力演だったのではないかと思う。
指揮するバーンスタインの入魂!彼も演奏し終わった後はクタクタだったろう。

第1楽章のアンダンテ・コモド。冒頭のゆったりとした低弦の響きに、バーンスタインの熱い吐息を感じる。情熱的に、あからさまに感情を訴える演奏。
テンポは非常に遅い。作曲者によって遅く指定されているところが、特に遅い。気持ちを込めて歌い抜くために、切々と心情を訴えるために、遅くなってしまう感じ。
一つひとつのフレーズを、丁寧に拾い上げて、気持ちを込めて演奏してゆく。他の指揮者からは聞こえなかったフレーズがあちらこちらで聴き取れるのも面白い。このあたり、バーンスタインの楽譜の読みが深いのか。ボクはスコアを見ながら音楽を聴く習慣がないので、詳細は分からないが、「あれ?」と思う部分が結構ある(他の指揮者では聞こえない)ので、これはバーンスタインの解釈の深さなのだろう。

第2楽章のレントラー。ホルンの音がドキッとするほど大きい。何かに追われているような感覚を呼び起こす。木管は柔らかめの音色で心地よい。フィリップスではなくDGでの録音、コンセルトヘボウ管の音はややシャープに捉えられているように感じる。
バーンスタインのテンポはここでもゆったりとしていて、中間の2楽章をアッサリやらないのはさすが。

第3楽章ロンド・ブルレスケ。奇怪な響き、時々怖くなるような旋律や和音が飛び出してくる演奏。いわゆる対旋律がよく見える(というより、主旋律よりも対旋律を強調するようなところもある)ので、面白い。終結部は迫力満点。畳みかけるような激しい演奏になっている。

終楽章アダージョ。遅い、非常に遅いアダージョ。バーンスタイン独特の「粘り」が発揮されている演奏。このくらい、ネットリとやってくれなくちゃバーンスタインではないだろう(やり過ぎの面もあるが)。
何度か出てくるヴァイオリンのソロが、か細く、非常に美しく、そして息も絶え絶えになっているところなど、バーンスタインならでは。
最後の10分間は手に汗握る熾烈な合奏。そして究極のピアニシモ(ピアニシモシモ?・・・とにかくものすごく小さく小さく・・・・)。
マーラーの全交響曲の結論めいたものが、この第4楽章にあって、「ああ、マーラーの交響曲のすべては、ここを目指して流れ込んでくるのか・・・」と納得させられてしまうような壮絶な演奏。イヤ、疲れますなぁ。


マーラーの9番交響曲、気楽に聴ける演奏などないんですがね。
このバーンスタイン盤は特に緊張を強いられます。
感動も深いが疲労も大きい。
ある意味で、やはりスゴイ名盤なんでしょう。
ベルリン・フィルとのライヴ盤もすごいんですが、こちらアムステルダム・コンセルトヘボウ管との演奏の方が、特徴的(悪く云えば異形)であって、バーンスタインの個性が十分に発揮された演奏だと思います。
2005/12/10のBlog
本格的に寒くなって、部屋にこもる季節になりました。
大曲を聴くのも苦になりません。
のんびりと暖を採りながら、ステレオに向かう日々であります。

そこで、今日はマーラーの交響曲第2番ハ短調「復活」。

スウィトナーのSKBボックスの中の「復活」に感心してから、最近よく聴くようになった。今のところマイ・ブームですな。

今日の演奏は、ベルナルド・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。録音は1984年12月25日。ソプラノはアレクサンダーのソプラノ(この人は4番の再録音でもソプラノを歌っていた)、アルトはヤルド・ヴァン・ネス。

このCDは、毎年12月25日の昼間にコンセルトヘボウで行われたマーラーシリーズの実況録音を集めたクリスマスマチネシリーズ。製作はユーロヴィジョンだと読んだことがある。「大地の歌」と「悲劇的」、「千人」は収められていないのが残念なのだが、なかなかの好録音で、十分に楽しめる。
ハイティンクには1960年代からの録音を集めた全集があるのだが、それは持っていない。このクリスマス選集とデジタルで再録音した4番と7番、そしてベルリン・フィルとの最新録音が廉価盤DUOシリーズで出始めたので、今のところこれで満足している。DUOシリーズでは旧録音の9番と「大地の歌」もあった。

ライブのハイティンクといっても、人が変わったような指揮ぶりではない。ただ、スタジオ録音より、テンポが揺れる(ルバートをかけている?)部分があるくらい。演出臭はいつも通り殆どないし、マーラだからといって大げさに喚くようなこともない。

録音が良い。個々の楽器がクローズアップされるのではなく、ホール全体の響きを重視した録音。マルチマイクではなく、ワンポイントに近いマイクのセッティングではなかろうか?奥行きが非常に深く、音源も遠くに聞こえる。だから、楽器の溶け合いが良く、響きも大変柔らかい。もっと鮮烈な音でマーラーを聴きたい気分の時もあるが、ゆったりと、大河小説のようなこの曲に身を浸そうとするなら、素晴らしい録音だと思う。
スピーカーに正対していると、コンセルトヘボウに居るのではないかと思えるような、ホールトーンが全く美しい。その音だけで酔ってしまいそう。

演奏はというと、いつものハイティンクで、正統的・正確なマーラー。
ただ、クリスマス・マチネということで、ヘボウの楽団員が、リラックスして演奏しているのが分かる。アンサンブルはメチャクチャ緊密というわけではないのだが、とても楽しそう。肩の力を抜いてやっている感じ。こちらも寛いで聴ける。

「復活」だから、もっと激情的な演奏にすることも出来るだろうが、この演奏は良い意味で微温的。優しく、微笑んだ、ほのぼのとしたマーラーになっている。

だから、ゆっくりした楽章の雰囲気がよい。第2楽章などとても美しいし、他の楽章でもテンポが遅くなるところの響きがことのほか美しい。
ソプラノもアルトも綺麗な歌唱。合唱はもう少しファイト!というところもあるが、クリスマス・マチネだもの、楽しく雰囲気良くやるのもイイんじゃないかな。


優しく穏やかな「復活」であります。幸福な「復活」でもあります。
厳しさや迫力に不足しているかなとも思うんですがね・・・・、オケだってもう少し緊密なアンサンブルで・・・と云う部分もありますしね。
でも、そういう「復活」だったら、バーンスタインやショルティ、インバルを聴けばいいわけでして。


しかしまぁ、相変わらず、アダルト系のTB多し。何とかならないものか・・・・。
毎日7~8個の不要TBを駆除している。う~む・・・。

2005/12/09のBlog
年末です。第九の季節です。
年の瀬、押し迫ってくると第九を聴きたくなります。
これ、今や日本人の季節感じゃないですかね。
我ながら、素人でありますなぁ・・・・でも、聴きたくなる気持ちを抑えるわけには参りません。

これから大晦日まで、何回か第九を聴くことになるでしょう。

というわけで、今日はベートーヴェン作曲交響曲第9番ニ短調「合唱つき」。
演奏はヘルベルト・フォン・カラヤンの指揮、ベルリン・フィル。
独唱はジャネット・ペリー(ソプラノ)、アグネス・バツツァ(アルト)、ヴィンソン・コール(テノール)、ジョゼ・ヴァン・ダム(バリトン)。合唱はウィーン楽友協会合唱団。
1983年9月のデジタル録音。通算4回目、カラヤン最後のベートーヴェン交響曲全集からの1枚。トータル66分。

これぞ、CDの規格を決めたと云うべき演奏。CDは登場当時、74分収録可能とされていた(今は80分を超えるものもあるのだが)。CBSソニーとフィリップスの間で規格を決めたはずだが、その収録時間は「カラヤンの第九が収まる」という謳い文句だった。

懐かしい話。そして、ボクはワクワクしながらCDプレーヤーを買い、この全集をのちに購った。

第1楽章の冒頭。聞こえるか聞こえないか、小さな弦のさざ波、いわば混沌の状態から新しい何物かが生まれ出るような音楽。カラヤンらしく、